Coolier - 新生・東方創想話

宵に瞬く篝火の傍で

2015/02/27 20:26:31
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「やあ、宵闇の」

「あら、蛍火の」


その邂逅は全く偶然のもので、思えば久方ぶりのものであった。
それは青々と草が茂る、川沿いの土手の上であった。
それは、そろそろ宵も更け、世界が墨染の色へと変わろうとするその合間の頃合であった。

ひらりひらりと蛍火が一人の回りを舞踊り、それが一際濃い黒い真球のなかへととぷりと消え、ふらりと現れる。
その真球がじじっとゆらいで、そしてもうひとりが中から姿を現した。

「宵酒かしら」
そういう彼女の手にも酒瓶があり、返事を待たずに隣へと腰を下ろす。

「一緒にどうぞ」
と、先の少女が徳利を傾け、後の少女がそれを小さな猪口で受ける。

「じゃあ相席させてもらいましょう」
と酒瓶を傾けると、それを小さな盃で受けた。

「では、乾杯」

「何に」

「幻想郷に」

「失われた者たちに」

「忘れられた者たちに」

「今を生きる我々に」

「逝ってしまった者達に」

そう謳って、詠って、声はかろやかに、表情はおおらかに。
しかしながら寂寥の気配が色濃くまとわりついた空気のなかで、鳴り合わせた杯が小さく、ちん、と哀悼の鐘を鳴らし、彼女達はくい、と酒を飲み干した。

「ちいさいのね、足りないのじゃない」
と隣の少女が持つ小さな徳利をみて呟く。

「足りぬとも、寂しいよりは」
と少女は笑う。

「ひとりで飲もうとしてたじゃない」
と少女は笑う。

「そーだったか?気のせいじゃない」
と少女はとぼけて続ける。
「誰か来そうな気がしたのよ。そう。言うなれば虫の知らせかしら」

「それは私の台詞でしょう」
と笑いながら少女が答える。

とぷとぷと酒を注ぎ交わし、ちびちびとと呑んでまた注ぐ。

とう、とう、と短く点滅する黄緑色の光があたりを包む。
そのありふれた光景を肴に酒を勧める。

さあ、と生温かい風が一筋。ぽう、と浮かび上がる小さな光は波及し、広がり、川沿いに一面へと広がっていく。
ぽうと瞬く光の中に、二人の人影がぼうと落ちている。

その明るさに中てられてか、思えばね、と先の少女が切り出した。

「外だと、人の子は夜を克服した。灯りは行き届き夜は明るくなった」

「うん」

「でもね、それは些細なことで、それよりも何よりも、人は暗闇を恐れなくなった。未知が既知になってしまったのよね」
そうして私はここに行きつくことになりましたとさ。と、また盃をあおる。

そこに悲しみの色はなく、唯、淡々とつらつらと言葉が紡がれる。

貴女はどうなの。外だと保護されてるんでしょう、と問えば、別にいいことじゃないよ、と静かな返答が零れて紡がれる。

「人の子らが成長するなかで私達は消えていったんだ。それも自然だったんだ。人の営みのなかに私達はあり、それとともにまた私達も変わってきたんだ。人の営みの外で生きながらえたとして、そこにある人の思いは全く別物さ」

ごめんね。
別に、気にしてないよ。

少し時を置いて後の少女は続ける。
「外は加速している。此処もいずれ滅びすら受容するんじゃないかな」

「明りすら忘れた人の子らが何所へ行くかは興味深いけれど、はたしてそれまで永らえるか。はてさて」

「永らえようと移ってきたけど、もう一度滅びに直面することになるとは皮肉なものだね」

「結局、早いか遅いかの違いでしかないのかしら」

くい、と盃をあおって、注ごうとした酒は一向に徳利から出てこない。

「結局足りないじゃない」
とくすくすと笑う少女に、静かに笑って返す。

「元より底なしの闇だから、そもそも酔えやしないのよ」 

「じゃあ一体、何に酔うのよ」

「人の酔いに酔うのよ」

宵の妖怪だしね。とケラケラ笑って、空になった徳利をぷらりぷらりと弄ぶ。
そして、暮れた日とともに暗くなった周囲を、照らしていた小さな光がいつの間にか減っていることに気づく。

夏も盛って、一足早い送り火だよ。と酒瓶を返してとぷとぷと、光を失ったそれに打ち掛ける。
また次の夏までおわかれさ。とこぼして。

「私はこれで。じゃあね、宵闇の」
と後の少女は腰を上げる。

「じゃあね、蛍火の」

と先の少女は未だ、腰を下ろしたままに、こうと輝く星空を見上げて呟いた。

そしてとぷりと二人は夜の闇へと溶けて消えた。

風が少し生暖かくなる、ある夏の日であった。
こっちで無くなった景色も向こうだと多分普通の景色
遠田四二三
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コメント



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6.70名前が無い程度の能力削除
夏の夜、寂しさに酒が沁みる。
良い一幕でした。
7.80名前が無い程度の能力削除
実に雰囲気が良い
この寂しい感じ好き
8.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が好み
10.100名前が無い程度の能力削除
ほんと大人なルーミア好きだわ
ほんのり切なく、洒落たSSごちそうさまでした