Coolier - 新生・東方創想話

市場でGO

2022/01/02 19:42:31
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 探すのは簡単だった。玉虫みたいな服を着た女なんてそうそういないからだ。
 目撃情報が寄せられた八百屋を見張っていると、やがて異様にキラキラした買い物袋を持った女が、顔を伏せ気味にしてちまちま歩きながら出てきた。顔はよく見えないし黒いコートを羽織ってはいるが、髪につけた虹色のカチューシャや、どこで売ってるのかわからん全面にホログラム加工がされた買い物袋のセンスから間違いない。
 私はさっそくこっそり後ろからつけていき、やがてひとけのない路地にさしかかった頃、いきなりがばっと捕まえてやった。
「うわっ? な、なにっ?」
「千亦ちゃんじゃないの。久しぶりい」
 私を見るとすぐにぎょっとした顔をして、
「お、お前は疫病神……」
 そこまで言ってから、
「あ、いや、ち、ちまただなんて知りませんよ。人違いでは?」
 目を反らしながらすっとぼけようとする。往生際が悪い。
「そのファッションセンスで間違えるわけないでしょ。さっさとそのコートの下を見せろっ」
「な、なにするんですかっ」
 無理やりはぎとってやると、案の定、例の極彩色のやたら派手な服があらわれた。
「こんなわけのわからない服を着ているやつなんて、あんたしかいないでしょうが」
「千亦ちゃんだ。久しぶりだねえ」
 姉さんがへらへらと近づいてくると、千亦はひいいっと鳴いた。こいつは特に姉さんが苦手なのだ。所有するものをもともと持たない姉さんの存在自体を恐れているらしい。
「相変わらずちっこくてかわいいねえ」
 へへへ、と姉さんが千亦の頭を撫でようと手を伸ばすと、
「やめろおっ」
 千亦は叫びながらめちゃくちゃに暴れて抵抗してくる。
「そこまで嫌わなくてもいいじゃん……」
 姉さんはちょっと傷ついたらしい。まあでも姉さんが触ろうとした猫も同じような反応をするしな。姉さんは何故か嫌われるものに近寄ろうとするのだ。
 でも、ここまで嫌われてるのはある意味好都合だ。
「千亦ちゃん、お願いがあるんだけど。いっちょ市場を開いてくんない?」
「い、いやだっ。前だって、あっという間に私の市場をメチャクチャしたじゃないのっ」
「あのときはこの依神女苑も若かったのよ……。ほら、途中まで私のおかげでみんなこぞって交換しまくって市場も大賑わいだったじゃない。ただ、やりすぎて一気にバブルが崩壊しちゃっただけでさ。今度はちゃんとやるって」
「こ、今度は何を売るつもりよ」
「石よ」
「い、石?」
「私がそこらへんの河川敷から厳選して拾ってきた変な形の石だよ。ほら、変わった形をしててかわいいでしょ」
 姉さんがふところから取り出したその石は、どこか悲鳴を上げている顔みたいにも見えて、あからさまに禍々しいオーラが漂っていた。
「引きが最悪な姉さんが拾ってきた絶対なんかやばそうな石よ。まあ普通だったら石ころなんかなかなか売れないじゃん? でも市場だったら『嫌いなやつのふところにそっと忍ばせればたちまち不幸が訪れる呪いの石』とか触れ込めばどさくさに紛れて売れそうじゃん?」
「女苑ってマジで頭いいよね!」
「そ、そんな詐欺みたいなものを売ることは許さないからねっ」
「でもあんただって役に立たない詐欺カードを売ってたじゃん」
「あ、あれは、詐欺カードじゃない!」
「でも巫女とかメイド長とかみんなさんざんぶーたれてたし。最高に使えないクソカードとか、はずれカードを握らされたとか」
「ちがうっ。あのカードの価値をわからないやつらのほうがクソなんだしっ」
 あっ、ちょっと泣きそうになった。まじでへこんでんのかこいつ……話を聞く限りマジでクソカードなのに。
「まあまあ。市場を開いてくれたらもうクソカードって言わないでおいてあげるからさ。早く開いて?」
「よ、寄るな詐欺師っ」
「そんなこと言わないで、友達になろうよー。天狗に裏切られてまたぼっちになっちゃったんでしょ?」
「あ、あれは天狗が裏切ってることを利用した高度な作戦で……」
「友達でもなんでもなくてビジネスでのお付き合いってやつなんだね。かっこいい!」
 姉さんの身も蓋もない言葉が突き刺さったのか、千亦は目を曇らせてぐうっとうめいた。本当に姉さんとの相性は最悪みたいだ。
「ほらほら、早く市場を開けないと、代わりに依神ハウスで千亦を囲んでのパーティナイトを開いちゃうよ」
「やった! 千亦ちゃん、一晩中語り明かそうねっ」
「ち、近寄らないでっ」
「早く開けないと姉さんが抱きついてくるよ。姉さんの氷のようにひえっひえの手と悪意のない邪悪な言葉が身も心も凍り付かせてくるよ」
「……わ、わかったから……まじでやめて……」
 やった。姉さんは傷ついた顔をしているけど、うまくいったぞ。

「で、でも、私だって好きなように市場を開けないのよ。開くにはスペシャルなことがないとダメなのよ。虹がかかるレベルの珍しいことよ」
「虹が出るレベルの珍しいことってよくわかんないんだけどさ。例えば市場の神をボコボコにする祭りとかどうかな。珍しくない?」
「も、もっとハッピーなやつじゃないとダメっ」
 ふいに思案していた姉さんが、
「そうだねえ……お団子食べ放題祭りとか?」
「それは姉さんが食べたいだけでしょ……」
 すると、千亦が人差し指を立てたまま、両手を水平に伸ばした。
「え、ふざけてんの? やっぱりボコボコ祭りでいく?」
「ち、違うっ。これは市場開放ゲージで、私の右手が頭上を指したときに市場が開かれるの。うーん、まだまだぜんぜん低いよ。もっとスペシャルでキラキラしてないと市場は開けないよ。貧乏神と疫病神にそんなきらめきが出せるかな?」
 市場の神は、そう言って何故か見下したような笑みを浮かべてきやがる。
「いやあんただってきらめいてないから市場開けないんでしょうが。そんな服を未練たらしく下に着てて、ほんとは市場を開きたくてウズウズしてんでしょ?」
「ぐっ……」
「服だけはこんなにきらめいてるのにねえ。残念だよね……」
 姉さんが本当に残念そうに言うのがグサッときたのか、千亦は「うっ……」と声を詰まらせてまたちょっと泣きそうになっている。
「う……うるさいっ! そうやってネガなことばっか言ってるといつまでも市場は開けないんだからねっ」
「じゃあ、ゲンナマばらまき大会とか。これはハッピーでしょ」
「おうどん食べ放題祭りはどうかな?」
「なんでそんな即物的な発想しかないのよ? さっきも言ったようにきれいな虹が空にかかるような……こう、心がキラキラしてきて豊かになるような、尊みっていうか……そんなスペシャルなきらめきが必要なの。わかる?」
 こいつの服のセンスぐらいわからんと思いながら姉さんをみると、やはり呆けたような無の表情を浮かべている。
「あんたたちマジで情緒というのが欠片もないのね……仕方ない、きらめきマイスターの私からヒントをあげる。例えばあんたたちでちょっと仲良いとこを見せてみてよ」
「は? な、なんでよ?」
「普段イチャついてない姉妹ならではのぎこちない反応が、時として尊いきらめきを発するものなのよ。私も最近ムカデ妖怪と天狗の、親友と言いつつあわよくば捕食しようとするあやうい関係を見てて、ふいに新たなきらめきを発見してしまってね……」
 何を言ってるのかなんもわからん。こいつ、もしかして適当ぶっこいて市場を開きたくないだけじゃないのか? そんなことを考えていると、ふいに頭を何かが撫でてきた。
「女苑はえらいねえ。たまに団子をおごってくれるし、おみやげで焼き鳥とか買ってくれるし」
 振り向くと、姉さんが私の頭を撫でていた。
「はっ? ど、どどうしたのいきなりっ?」
「試しにやってみてるのよ。たまには女苑をほめようかなって」
「ちょ、ちょっと、は、恥ずかしいからやめてってば……」
「えー? そんなこと言うともっとなでなでしてやるぞー」
「おっ、これは……」
 あれ、さっきより千亦の右手の指の角度が上がってる? 
「もしかして私たち、今、きらめいてるんじゃない?」
 千亦は「こういうのでいいんだよこういうので」といった満足げな顔でうんうんうなづいている。よくわからないが、どうやら方向性は間違ってないらしい。
「思った以上にきらめき度が高いじゃん。これは期待できそうだわあ」
 千亦がニチャア……ってかんじの気持ち悪い笑顔を見せた。私たちを見る目も、なんかえもいえぬキモさをかんじる。
「このきらめき度の高さは屈折した何かを感じるわね。例えば普段は仲が悪いように見せつつ実は大好きだとか。イチャイチャしたくてもできないとか」
 なんだこいつ突然おかしなことを言い出しやがった。
「ふ、普段から仲悪くないし! そうだよね姉さんっ」
「女苑は好きだよ。お団子買ってきてくれたりご飯の支度をしてくれるからね」
 ただの食い扶持じゃねえかそれ……。好きって言ってくれたからまあいいけど……。
 でも確かに普段イチャイチャできないのは事実だ。正直なところ姉さんとイチャイチャしたい気持ちがなくはない。しかし私は普段クールなキャラで通してるので、唐突に私が姉さんにベタベタしはじめたらきっと姉さんは気味悪がるだろう。それに私だって理由もなくイチャイチャするのはこっぱずかしい。
 いや……ちょっと待てよ……。今なら市場を開くという大義名分のもとで思い切りイチャイチャできるのでは?
「ひらめいたわ……姉さん、市場を開くためにがんばってイチャイチャしよう! 名付けてイチャイチャ作戦よ! ためしに姉さん、もっと私をほめながらなでなでしてよ」
「よし、わかった!」
 姉さんはそう言いながら、ひゃっこい手で私をなでなでしてくる。
「女苑はいい子だねえ。いい子いい子」
 えっなにその褒め方……これじゃなんかへんなプレイっぽくない? んあーめっちゃこっぱずかしい……こっぱずかしいけどクセになりそう……んあー……。
「女苑、なんかすごい顔してない? 大丈夫?」
「んあっ、ど、どうだった?」
「ほら、さっきよりかなり上がってるよ」
 あへーってへんな顔を浮かべている千亦の右手は、さっきよりぐぐっと上がっている。
「あいつさっきから変じゃない? 今もあんなとろけたような顔してて」
「女苑もさっき同じような顔してたよ?」
 まじかよ気を付けないと……。まあ姉さんは気にしてないからいいか……。
「や、やっぱ私の考えは正しかったようね。は、恥ずかしいけど、市場を開くためにはもっともっとがんばってイチャイチャしないとダメね」
「わかった! じゃあ、今度は女苑が私をいい子いい子してよ」
「えっあっうん」
 妹が姉にいい子いい子するのってどうなのかと思ったけど、それはそれでレアだしきらめき度が高いかもしれない。
 しかし姉さんは無駄に背が高いので、近くに寄ってつま先立ちしないと手が届かない。頭をうまくなでなでできてるのかもわからん。
「い、いい子、いい子……」
「うーん、なんかちょっと違くない?」
「ちょ、ちょっと姉さんさ、頭を低くしてくれない?」
「もう、しょうがないなあ……」
 姉さんは腰を落として前屈みになった。すると、だるんだるんのパーカーの襟元がびろーんと垂れさがって、胸元が丸見えになった。うわお。パーカー直着かよ。姉さんが着るとすぐボロボロになるのはわかるけどせめて下着ぐらい着ろよ。さっそくやってきたぞこの姉の不幸体質ゆえの無自覚ラッキースケベが。こういうことをするから妹の性癖を狂わせるのだ。
「ねえ、早くいい子いい子してよー」
 姉さんはへへへと上目遣いをしながら待っている。少し頬が赤いのは、やっぱ恥ずかしいからだろう。かわいいなおい。きらめき度高いぞこれは。
「わ、わかったって」 
 ガバガバの胸元からがんばって目をそらしつつ、私は姉さんの髪に手を置いた。相変わらずなんか油っぽいくせにガサガサしててキューティクルが死んでる手触りだ。
「い、いい子、いい子……」
「えー、いい子だけじゃ、どういい子なのかわかんないよ。ちゃんと具体的に言ってくれないと」
「いや具体的にて……姉さんだっていい子いい子だったじゃん」
「その前にちゃんと具体的に褒めたじゃん。ほらほら」
 姉さんの褒めポイントだって……? 
 私は姉さんをあらためてみる。姉さんは期待をいっぱいにした目でじっとこっちをみている。かわいい。ほんと顔がいい。食い意地ばっか張ってる役立たずのろくでなしのくせに顔だけはいい。顔がいいとしか思いつかない。まじでかわいい。でも姉にかわいいねって褒めるのって気持ち悪くない? しかも今かわいいと言うと妙に気持ちがこもりそうでより一層気持ち悪いかんじになりそうだ。
「女苑、さっきよりあんまりゲージが上がってないよ。ほら、がんばって私を褒めて!」
「あっうーん……せ、背が高いとか……」
「ええ……すごく微妙な褒め言葉……」
 みると、千亦はすごくがっかりした顔を浮かべながら、手の高さをむしろちょっと下げてしまった。なんなんだよあいつ。
「うーん、女苑のせいでダメダメじゃないの。女苑が言い出したんだから、もうちょっとがんばってよ」
 くそ、日和ったらダメらしい。しょうがない、ここは覚悟を決めてもっと思い切りいくしかない。そうしないと市場が開かないんだからしょうがないのだ。よし!
「じゃ、じゃあ、もっとイチャイチャすればいいんでしょっ」
 おらあっと姉さんの正面から抱きついてやった。なんとなく胸元に顔をうずめてしまったが、これは身長差のためだ。
「おおっこれはいいきらめきだっ」
 千亦はうれしそうに叫んだ。
「さっすが女苑! じゃあ、私だってやっちゃうからねっ」
 姉さんも私の後ろに手を回してきてぎゅうっと抱きついてきた。さらに密着度があがり、私の顔は姉さんの胸元に完全に埋まってる状態になった。んあーやべえなこれ。なにがやべえってさっき見てしまってたのもあって今私の顔が姉さんの胸のどこらへんに当たってるのかすごいリアルにわかるのである。こう書くとまるで私が姉の胸を冷静に分析してる変態のようだけど、姉さんが強く抱きしめてくるのだから悪いのは姉さんだ。えっちょっと待ってこの体勢でそんなにきつくされると息がやばいんだけど。えっマジで息が。姉さんのドジっ子気質がさっそく発動してうまいようにチョークがキマってる。え、このままじゃ死ぬんだけど? んあーでも姉さんの胸が名残惜しくて外すにも外せない。んあー……。
「じょ、女苑、大丈夫?」
「んあっ……?」
「息できないんだったらそう言ってよ。あやうく妹を絞め殺すところだったよ」
 千亦をみると、またしても残念そうな顔つきになっていて、せっかく高くなっていた手がちょっと下に戻ってしまっていた。
「な、なんで下がるのよ! せっかく死にかけるくらいがんばったのに!」
「いきなり物騒になったんできらめきが減っちゃったのよ。市場に暴力はダメゼッタイだって言ってるでしょ」
「女苑のせいで下がっちゃったよ。どうしてくれんの?」
「いやなんで私が責められんの? どこをどうみても悪いのは絞め殺しかけた姉さんじゃないの」
「ちえっ、わかったよ。じゃあ、どうすればいいの?」
「そ、そうね……じゃ、じゃあ仕方ないから、後ろから抱きしめてよ……。そうすればいくら姉さんでもチョークをキメたりしないでしょ」
「よーしわかったぞ」
 近づいてきた姉さんが私の背後に立った。なんかこれはこれでドキドキするな……。
「じゃあ、ガバーっといくからね。ガバーっと」
 情緒のかけらもない言葉とともに、姉さんの手が後ろから私を抱きしめた。抱きしめたのはいい。でもつかんでる位置がおかしい。
「ちょ、ちょっとまっ……な、なんで、そこつかむのっ……」
「え、どうしたの?」
「む、胸っ、お、おもいきり胸を、つかんでるじゃないのっ……」
「え、ダメ?」
「あ、当たり前じゃないのこのアホっ」
「えー、だってつかみやすいように盛り上がってるじゃん」
「ば、バカっ、別につかんでほしくてあるわけじゃないのっ。と、とにかくはやく手を離してよっ。あっちょっ……」
「ちょっと待って、きらめきゲージが今また上がったんだけど」
「う、うそでしょ?」
 千亦をみると、少し頬を赤らめながら、手をぐぐぐっと上げてきている。
「やった! 私たち、かなりきらめいてるっぽいよ!」
「はうっ。そ、そんなぐっとつかまないでっ」
「おっ、また上がったよ。わかったぞ……女苑の胸をいじるときらめくんだな」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「そうと決まれば、いじりまくってやるぞ」
「だ、だからやめっ、あんっ……」
「へへへ、ほらほら。もっとやっちゃうよー」
「はあんっ、ら、らめえっ……」
「あれ? いつの間にかゲージが下がってるぞ?」
 見ると、千亦のやつが顔を真っ赤にしていた。
「や、やりすぎっ。ここの市場は健全なんだからねっ」
「ふ、ふざけんなあっ。私は揉まれ損じゃないのっ」
「結局女苑のイチャイチャ作戦もダメっぽいね。お姉ちゃんほんとガッカリだよ」
「いやあんたが調子に乗ってやりすぎたんだろうが!」
「やっぱ私になんかをやらせるのはダメなんだって。女苑もまだまだだねえ」
 くそ、どう考えても全部姉さんが悪いくせに開き直りやがって……。
「で、どうすんの? もうイチャイチャ作戦はあきらめる?」
 姉さんが「はいはい今回もダメでしたね」ってかんじで投げやりに言うのが腹立つ。
 くそ……だったら……だったら、言ってやるっ。
「い、いや……まだよ! こ、こうなったら、チューよ! 姉さん、チューしよう!」
「ちゅ、チューしちゃうの? マジでーっ?」
 何故か千亦がきゃーきゃー飛び跳ねている。
「な、なんであんたが大騒ぎしてんのよっ」
「い、いやーだってさ……」
「こ、これなら文句ないでしょ。きっと一気にイチャイチャゲージが満タンになるはずよ!」
「イチャイチャゲージではなくて市場開放ゲージだけど……ま、まあ確かにきらめき度が高そうだし市場が開くかもしれないけど……で、でもその刺激がちょっとうへへ……」
 千亦はもじもじしつつ、でへへへとものすごいにやけ面をしている。かなりキモい。なんなんだよその反応。くそ、なんか勢いでめちゃくちゃ恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
「じゃあ、やってみる?」
 恥知らずの貧乏神は軽く言いのけた。
「早く石ころを売りさばいてお団子とか食べたいんだよ。お金のためだったら女苑とチューくらいするよ」
 顔が真剣そのものだった。そんなに団子を食べたいのかよ。この姉いつかエサにつられてタヌキとかイノシシの罠とかに引っかかったりするんじゃないかって怖くなる。
 いや……ちょっと待て考えてみろ女苑。姉さんの言うとおり、別にたいしたことじゃないんだ。ただ姉妹でチューするだけだし。ほら、家族でチューする国だってあるみたいだし。千亦の反応のほうがおかしいし、私も考えすぎているだけなのだ。たいしたことじゃあないんだ女苑。よし!
「い、市場のためだから、しょうがないよね。じゃ、じゃあ、ちょっとやってみちゃう?」
「うん。じゃあ、さっさとして?」
 姉さんの言葉にドキっとしてしまう。
「……え? な、なんで私から姉さんにするって決まってるのよ」
「私からするとさっきみたいにまた失敗するじゃん。だから、女苑からしてよ」
 私からする。姉さんに。
「……そ、そうね。しょ、しょうがないもんね……」
 やばい。動揺して少し声が震えてしまった。
「で、どこにすんの? しやすいようにしてあげるから。ほっぺ? それとも口?」
「く、口! まさかのマウスツーマウス! いや、こ、これはよもやよもやのベロチューですかーッ!」
 さっきから市場の神がぎゃーぎゃー一人お祭り状態でくそやかましい。だからなんなんだよあいつ。そんな盛り上がるようなもんだって考えるとまたしても恥ずかしくなってくるだろうが。
「な、何言っちゃんてんのよ姉さん?」
「でも、市場開くにはそれくらいしないとダメなんじゃないの」
 すごい冷静だし。思わず私は「あっはい」と応えてしまった。
「じゃあ、口にしてよ」
 ……なんでこの姉、普段だらしないくせに、いざというとき妙に強気というかキリッとするんだよ。いや全ては団子のためなんだけどさ。なんかドキっとするだろ。しかもその、してとかそういう言い方って、なんかその……やらしくない? あっダメだ、なんかすごく意識してしまっている。
「わ、わかっ、た」
「座ったほうがしやすい?」
「あ、ど、どっちでも」
「じゃあ、座ってあげる」
 姉さんはぺたんと座ると、こっちをじっと見上げている。
 ……ほんとうにこの姉は性格どクズで役立たずのくせに、何もしなければきれいな顔をしている。実際は何も考えてないくせになんか憂いを帯びているようにみえる目や、普段家でグータラしてるせいで妙に白い肌もあって、なんか幸薄な美少女といった顔をしている。
 うすい色の唇だって。なんか腹が立つくらいきれいだし。
 ……やばいな。緊張してきた。
「そ、そんなに、こっち見ないでくれる?」
「だって、顔を向けないとしづらいでしょ」
「そ、そうだけど」
 姉さんは、へへ、と笑った。
「なに、緊張してんの? 女苑ってこういうことって慣れてるんじゃないの」
「ば、バカにしないでよ。……ね、姉さんとすると、貧乏がうつりそうだからよ」
「えー、そんなひどいこと言う?」
 姉さんは貧乏神のくせに貧乏って言われるとめちゃくちゃ怒る。でも今は何故か、困ったようにへらへら笑っているだけだ。それが逆に自分の気持ちを見透かされているようで、ちょっとむかつく。
「で、するの?」
「す、するよ。市場の、ためだもの。しょ、しょうがないし」
 私は姉さんの両肩をつかんだ。つかんでから、少し手が震えているのがバレそうで失敗したと思った。
「でも。そんなに嫌だったら、無理してしなくてもいいんだよ」
「……え」
 姉さんは、ちょっと困ったような笑顔のままで言った。
「どうせノリで言っちゃったんでしょ。私のこと気遣って平気なふりしてるんだったら、別にいいよ。ほら、嫌われることは慣れっこだしさ」
 ……ほんとむかつくな。
 本気で、私が姉さんのことを嫌ってるだなんて思ってるの?
「……何言ってんの。嫌われ者は。私だって同じじゃないの」
「あは。それもそっか。私たち、嫌われ者同士の姉妹だもんね」
「……そうよ。私たち、ふたりで最凶最悪の姉妹なんだから」
 へへへと笑っている姉さんの肩をつかんだまま。私は姉さんの顔に自分の顔を近づけていって。そのうすい色の唇に自分のを重ね合わせようとしたそのとき。
「市場は開かれたっ!」
 突然千亦が叫んだ。ぎょっとして振り向くと、例の玉虫みたいな服にいつの間にか空色のマントを羽織って満面の笑みを浮かべている。
「この市場の神のもと、ぞんぶんに己の欲を満たすがいい!」
 みると、千亦の右手の人差し指は、まっすぐ空を指していた。
「な、なにーっ? い、いやまだその、し、してないんだけど……」
「あんたたちのやり取りだけできらめきをお腹いっぱい摂取できたぞ。それにこれ以上はこの市場じゃNGかもしれないしな」
「そ、そう、ですか」
「また頼むぞ!」
 なぜか肌がつやっつやになってる千亦はすごい笑顔で私の肩をぽんと叩いた。ほんとなんなんだよこいつ。こんなんだからぼっちになったのかもしれない。やっぱ友達は無理だ。
 ……なんか。一気に力が抜けてきた。
「やった! 私は最初から女苑の作戦を信じてたよ! これでお団子食べ放題!」
 姉さんははしゃぎながら私の手をにぎってくる。途中まで失敗したとか言ってたくせに、相変わらず調子がいい。
 いや。まあいいんだけどさ。なんかさ。とモヤモヤしながらその冷たい手を握り返してやった。

「あれえ、女苑、なんかがっかりしてない? あんだけびびってたくせに」
「び、びびってない!」
「えー、ほんとにい?」
 え、なんでこの姉笑顔で煽ってくるの。これはどういうあれなのだ。もしかしてこれはそのもしかして……もしかして、誘っている、とか?
 ……ちょ、ちょっと、言ってみるか。
「ほ、ほんとよ……」
 私は顔を姉さんから反らした。直視しながらはさすがに言えない。
「な……なんなら、い、今からでも、し、してもいいしっ」
 ドキドキしながらちらっと姉さんをみると、
「え。姉妹で意味なくチューするだなんて変じゃない?」
 真顔でそう言った。
 
ちなみに例の石はまったく売れなかった。
藍田真琴
https://twitter.com/imako69
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コメント



0.500簡易評価
1.100サク_ウマ削除
ちまいぢめかと思ったら全然そんなことはなかった。千亦お前、市場(コミケ)の神だったのか……?
めちゃくちゃ笑いました。良かったです。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
市場と書いてマーケットの神……。
やりとりが楽しい作品でした。
7.100名前が無い程度の能力削除
えがった
8.100名前が無い程度の能力削除
ああ、市場ってあのマーケットのこと……。
途中からカップリングオタクと化している千亦に笑い、最後の塩対応な紫苑でまた笑いました。面白かったです。
9.100夏後冬前削除
文章が丸っこくて柔らかいのが、すごくやらしくて素敵です。たくさんカワイイを摂取できたので幸せです。市場は開かれた。
12.100名前が無い程度の能力削除
市場開放ゲージ、とても良かったですね。
虹本編でカードに加えて別途それがシステムとして追加されてたら操作面で色々と泣きの目を見ていたような気もしますが…ともかくいっぱい購入出来ました。御馳走様です。
14.100Actadust削除
はよ結婚しろ(好き)
もどかしい関係が無理矢理ひっつこうとするイチャイチャ成分、大変美味しゅうございました。
15.100名前が無い程度の能力削除
甘すぎる
16.100めそふ削除
ギリ健全ギャグ最高だね!
17.100南条削除
面白かったです
おおよそ心がキラキラしていない千亦がよかったです
最後に急に「冷静になるところが特に面白かったです