Coolier - 新生・東方創想話

母と娘と、

2011/12/04 17:35:50
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 とある昼下がり。
 幾日振りの客人にして、久方振りの再会であった。








 閑散とした魔法の森の中に小さく構えるマーガトロイド邸。森特有の瘴気と、窓からのぞく人形の異様な雰囲気に、人妖問わず寄り付く者は少ない――筈なのだが、珍しくドアが叩かれた。
 家主が玄関を開けると、小さな鞄を手に提げ微笑む女性の姿が、家主の視界を独占した。
 深紅のローブに身を包んだその女性は、白銀のサイドテールを揺らし、にこりと微笑みかけた。荘厳で神々しく、慈愛に溢れた微笑みだった。
 その笑みの対象――アリス・マーガトロイドは開いた口が塞がらぬ様子で、ただ呆然と客人――神綺の顔を見つめていたが、しばしの沈黙を経て観念した様に中へ招いた。

 神綺はあからさまに軽そうな鞄を机に置き、辺りを見回し始めた。
 玄関、窓、灯り、寝具……と、部屋にこれと言った装飾は何一つ無い。無造作に置かれた裁縫道具と、棚に所狭しと並んだ人形が唯一のアクセントとなっている位であった。悪く言えば質素。
 客人が少ないのも理由として挙げられるのだが、人形の様に映えるアリスの服装と、彼女を取り巻く人形達。彼女自身のセンスの問題もあるのだろうが、完全に浮いている。
「地味ね」
「第一声が、それ」
「もっと可愛げのある部屋だと思ってたのに。色が無いわ」
 あそこだとか、こことか、ああだ、こうだ。時には手を動かし手を広げ、どうにかして華やかさを表現せんとする神綺。かりにも彼女は魔界の神である。
「……態々来てくれたのはご足労。けどお生憎様、まだ作業の途中なの。寝室が空いてるから適当にくつろいでて」
 実に不服そうに呻く神綺を後目に、一人手を動かす。
「……折角だし、アリスちゃんの手法を拝見させて貰おうかと思ったのに」
「一人にならないと手が付かないのよ。ほら、出てった出てった」
 除け者にされ露骨に不機嫌な顔をしたものの、観念した様に寝室へと入っていった。
 その後ろに上海――妙な事をされたら困るので監視役――を付けて。

(大袈裟に言わないと、食い下がってくれなさそうだしね)
 アリスにとっては作業と言うよりも日課に近かった。
 最近は弾幕ごっこが度重なった事もあり、炸薬として用いていた人形の減りが激しかった。ストックは増やせる時に増やしておきたいと、アリスは手を早めた。
 炸薬を人形に詰め込み縫合するだけなのだが、如何せん作業量と時間の釣り合いが取れない。無論、一人の作業量ではたかが知れている。
 人形に作らせればいいと言われた事もあったが、アリスはそれを頑なに拒否した。
 何故、と問われればアリスは言い淀むだろう。自分でも分からずにいるのだから。
 人形だけは己の手を煩わせないと気が済まない――といった、くだらない矜恃に囚われている訳でも無い。ましてや強制なんて以ての外。だが、自分でも理解に苦しむ物であった。
 そう考えつつも、手は止まらない。
 こっちに移り住んでから、必要最低限の事は人形にやらせていた。しかし人形を作るという行為だけは、何人たりとも手伝わせた事は無い。
 人形に人形を作らせるのが道化に思えたのかもしれない。しかし、自分だって元はと言えば人形紛いの存在だったのだ。それこそ道化としか言いようが無いのだが、それを道化として解ってくれる者は一人しか居ない。
 ――それが母なのだから、笑えない。
「つっ」
 指先に走る痛みと鋭利な感触を感じ、とっさに手を引っ込めた。
 刺さった箇所を口に運ぶ。じわりと広がっていく鉄の味と、やり場の無い鬱屈した思いに顔をしかめるのであった。




 §




 ひとまずは数を確保できた、と作業机に所狭しと並んだ人形達に向け、満足しきった顔を浮かべる。
 ”作業を終える”という作業。アリスは毎度の事ながら、自分の手だけで一仕事を終えた余韻は心地良いモノを感じて――
「ちょっといいかしら」
「良くない」
 背後からする声に振り向きもせず、後始末を始める。
「アリスちゃんってば嫌らしい事するのね。人形を監視に使うなんて」
「勝手な事されるのは嫌いなの、もう少しだけ静かに待ってくれるかしら」
「いけず」
「何とでも」
「って、こんな事話に来たんじゃないの。これよ、これ」
 曖昧な言葉に振り向いた、その表情が強張るのに二秒と掛からなかった。
「折角綺麗に人形が並べてあるのに、この子達だけ奥底でほこり被ってたら可哀想じゃない」

 神綺の手に抱えられたモノ。
 青と白を基調にした、一対の小さな、上海人形より更に小さな人形。

 忘れもしない、魔界で起きた一連の騒動で幼き日のアリスと共に戦った使い魔の依代。異変が終わってからお役御免となり、自分でも何処へ消えたのか覚えていない代物だった。もっともその時のアリスは禁書を手にして、魔界を侵してきた四人を倒す事に余念が無かった。――禁書を以てしても倒せなかったのだが。
「呆れた。自分でも覚えてないの?」
 全く記憶に無い。さっきまで強ばっていたアリスの表情は、猜疑を孕んだモノに変わっていた。しかし頭では根掘り葉掘り、奥底にあるであろう記憶の断片を手繰り寄せようとしている。
 いつからあった? ――こちらに移り住む前から私が持っていた、らしい。
 どこに仕舞っていた? ――仕舞ったかすら記憶が危うい。
 何故彼女が持っている? ――家にあったと言うのだから仕方無い。
 アリスが合点の行く答えは一つも無かった。たとえあったとしても、それは古傷を抉るだけの得物にしか成り得ないだろう。
 ……既に答えは出ているのかもしれない。現に人形は自分の目の前で現存している。それだけでも、アリスは昔日の自分とその人形を重ね、独り傷付いていた。
「とりあえず部屋の中片付けさせて? あぁ、あと上海ちゃん借りるわね」
「……ぁ、ちょっとっ」
 そう言い残し、神綺は再び寝室へと戻っていった。その後ろにはどうやったのか、上海人形がぴったりと寄り添っている。
 再び静かになった部屋。
 アリスはそっと、一対の片割れに手を伸ばした。
 埃が手に付くのも厭わず、その頬に指を滑らせる。

――なんで、今になって出てきたの。

――なんで、出てくるのが今じゃないと駄目なの。

――ねぇ。

――私、どうしたらいい?

 その人形に、口は無かった。




 §




 ――淵に沈んでいた意識が、引きずり出された。
 作業机に突っ伏す形で寝ていたアリスは、先ず自分が迂闊であった事を悔いた。
 背中に掛けられたシーツ。作業机。無造作に置かれた、口の無い一対の人形。尚も視線は動き――窓際で止まった。隙間風に髪をなびかせ、沈む夕日を見つめる神綺の横顔で。
(何で、ここに居るのよ)
 口は動いたが声は出なかった。
 アリスは息を吸い直し、今度は確実に窓際の彼女に言い放った。
「何でっ」
「アリス」
「…………ぅ」
 はずだった。
(たかだか名前を呼ばれただけなのに……)
 アリスは自身の腑甲斐無さに唇を噛んだ。そして、寝起きの頭なら仕方無いと、自分勝手に合点のいく答えを出し、誤魔化した。
 それに対し、憐憫とも情愛とも取れぬ表情を向け、神綺は小さく息を吸う。

 放たれた言葉は、まごう事なき”得物”だった。

「貴女は、」




 §




 ――貴方は、自分が居なくなった後の魔界を考えた事はある?




 殊更に隠す必要も無いだろう、無かった。寝起き一番の問いにも関わらず、アリスの頭は至極当然且つ非情な答えを弾き出した。
 言葉という得物。刺されば傷になり、傷からは押さえ込んでいた思いが溢れた。
 魔界を捨てたかった、と言えば嘘になる。しかし、アリスの中ではどうしても払拭出来ない思いがあった。奥底に根ざしたソレは、心身の成長と共に大きくなっていき、仕舞には家出に近い形で幻想郷に来ていた。
 魔界では皆が居た。しかし、ここには居ない。誰一人縋る者の居ない、何もかもが新しい生活を求め、柵から身を乗り出した。一匹狼を気取りたかった訳でも無い。一人になりたかった訳でも無い。ただ、新しくなりたかった。須臾の時だけでも、昔の事を忘れたかった一心で、渡った。

 幻想郷はアリスに冷たかった。

 渡ってしまった。彼女がそう思う様になったのは、移り住んでから初めての――後に春雪異変と呼ばれる、終わらぬ冬の異変だった。
 冬が終わらなかったのだ。暦の上では春を迎えているにも関わらず、依然として雪が止む事は無かった。寒さが肌を刺し、手は悴み、吐く息は白い。何時止むか、何時終わるかと、微塵の期待を持ちつつ窓を開けばそこは銀世界。幾度と無く凍てつく夜を越え、過ぎ往く日々を数える事すら億劫になる程に、永きに渡る冬だった。
 初めは彼女も、幻想郷ではこれが普通なのだと異邦人らしく妥協していたものの、こうも長続きされると流石に堪えたのだった。埒が明かないのは百も承知だったが、実際どうしようも無かった。寧ろ、どうしろと言うのだ。
 少しでも何かを掴めればと思い、あても無く空へと身を踊らせた。そこで待っていたのは運命か、僥倖か、腐れ縁か。はたまた再会を喜ぶべき好敵手か、旧知の友人か、憎き宿敵か。それが分かる術も由も無かったが、確かに目の前には巫女が居て、魔法使いが居て、自分がいた。異変の最中という事もあって弾幕沙汰なり紆余曲折はあったが、兎角、自分を知ってくれている者が居てくれる事に一抹の安堵を覚えていた。

 それきりである。




「それに」
 次いで紡がれた声で、アリスは思いの奔流から引っ張り出された。
「私の事、呼んでくれないのね。お母さんって」
 傷口が広がる。
「昔と違うのは分かってる。でもね、遠い所で独り育っていく娘を考える親の気持ちを分かって欲しいの」

 気持ちは痛い程に分かる。分かっている。
 何故眼前の女性の表情が晴れないのかも。
 何故こんな事を話しているのかも。
 何故私の心だけが痛めつけられているのかも。
 ――なのに、どうしてか口は剣幕を張り続けた。
「いっ……要らぬ心配するそっちが悪いのよ! 大体、ここに手紙を寄越してくるのは十中八九魔界からだし、いきなり断りも無しで人様の家に上がり込もうとするし、家中物色されるし……」
 最早、自分でも何を伝えたいのか分からぬまま口は動き続けた。ーー胸の痛みを伴って。
 アリスは己で深淵を更に掘り進める。ずっと、ずっとずっと、奥深く。
「大体お母さんがっ……ぁ」
 しかしその途中、深淵を掘り進めていた手が突然引かれる。そしてまた、違う何かへと引きずり込まれていく。
「お母さんが……」
 母の愛は、深淵すら後にした底無しの愛だった。








 母の胸に抱かれて半刻。寝起きだったアリスの頭はようやく覚醒した。
「やっと言ってくれた。”お母さん”って」
 ――もう、何を言われても心が痛む事は無い。ただ今は、ここに身を委ねていたかった。
「……怖かったの、魔界の事ほっぽって独りで出て行って。自分が好き勝手してる間、皆を心配させて。そんなんじゃ私、どう顔向けしたらいいか分からなくて、それで怖くて……」
「よく言えました」
 神綺はアリスを抱え直し、その顔を更に深く胸に埋めさせた。
「怒ってる?」
 少しだけ顔を上げ、神綺の顔を覗き込んだ。
 途端、神綺はアリスから視線を外し、少しばかり頬を膨らませ「カンカンです」と小さく唸った。
「……ごめん、なさい」
「よろしい」
 謝るのを聞くや否や神綺の表情は一転し、満面の笑みでぽんぽんと軽く頭を叩かれる。手はそのまま頭から離れず、何時しかアリスは撫でられていた。
「……大きくなったわね」
 撫でられていた手が止まり、その手は頭から頬、頬から肩、肩から胸……と、ゆっくりアリスの身体を滑っていった。
「背も高くなったし、体もしっかりしてる。……あら、おっぱいも大きくなったのね」
「や、やめてよそんな話」
「……言う事も難しくなっちゃって。甘えなくなったし、高圧的になった」
 少しだけ寂しそうな顔を浮かべた神綺に、アリスは出来る限りの笑顔を見せてやった。
「いつまでも子供では要られない、娘の成長として、あれはお母さんが一番良く知ってる筈じゃないのかしら」
 ぎこちなさの残る笑みが、神綺にはどうしてか嬉しく思えた。
 親元を離れて、よくもここまで育ってくれた。口には出さないが、逞しくも昔と変わらずの意志に安心を覚えたのであった。
「そこだけは変わって無いのね」
「何、が?」
「意地っ張り」
「ばっ」
 莫迦言わないでよ、と声を荒らげるが、完全に母の思うつぼになっている事に気付くと、アリスはたちまち赤くなってしまうのであった。
「昔からそう。『お外へ出たい』、『魔法が使いたい』とか言い出してはパンデモニウムから飛び出して、結構なおてんばさんだったものねぇ。まぁ、今も変わってなくてお母さん逆に安心しちゃった」
「そ、それと今とは違うでしょ……もうっ」
 二人は昔日を辿るだけ辿り、時間は徒に過ぎていった。
「さて、もうじき夜も更けるわ」
「泊まる気?」
「あら、最初からその積もりで来たのだけれど」
「あの鞄の中身は何なのよ」
「着替え」
「……だけ?」
「だけ」




 §




「たまには顔を見せに来て。みんな貴女に会いたがってるの」
「……ん」
 どんな顔を向けてやればいいのか分からず、アリスは笑顔とも困り顔とも取れぬ複雑な表情をしていた。
 気恥ずかしさからなのかは分からないが、目の焦点が定まらない。しかし、別れ際ともあり少しはマシな顔向けをしてやろうと、思い切って目を前方へ向けてみた。
 それが、今更になって目線が母と同じ高さにあったのに気付かせてくれた。
 自然と気恥ずかしさは消えた。あるのは母に対する憧憬と、郷愁。
「私ね、お母さんを見上げた事しか無かったんだ」
 思いがけぬ言葉に神綺は目を見開いたが、表情はすぐに優しい笑みへと変わり、ただ静かにアリスの言葉に耳を傾けていた。
 アリスの口からは堰を切ったかの様に、止めどなく言葉が溢れ出してきた。
「手を繋いで歩いてた時も、抱っこしてくれた時も、一緒に寝てた時も……ずっと」
「サラやルイズ姉さん、夢子さんは目線を合わせる為に屈んでくれてたっけ」
「ユキとマイは……あんまり変わらなかった。目線も、立場も」
「でもお母さんだけ、見上げてた」
「屈んだ時も少しだけ高くて。よく、おやすみのキスを額にして貰ってた」
「でも、今は同じ」
 神綺はゆるゆると首を振ると、自分とアリスの額同士をぶつけた。そのまま両手を互いの頭に滑らせると、背丈を測り始める。
 額を放し、互い違いになった手をアリスに見せた。――手前の方の手が、反対側の手に僅かながら乗っている。
「抜かれてた」
「大して変わってないじゃないの」
「ふふ――ホント、大きくなった」








 去りゆく神綺の後姿を見届けながら、アリスは一人苦笑した。
 ――無理にでも暇を作る必要があるようだ。
次会える日は何時になるのやら。(意訳:神綺様復活まだですか)
粥蛆
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コメント



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微笑ましい気持ちになりました
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神綺様マジグレートマザー
大きくなっても親にとってはいつまでも子供ですね
15.80名前が無い程度の能力削除
あと魅魔様をだな・・・
22.80名前が無い程度の能力削除
「アリスちゃーーーーーーん!ママよーーー!」な神綺様じゃないことが興味深かった。
でも、
> 撫でられていた手が止まり、その手は頭から頬、頬から肩、肩から胸……と、ゆっくりアリスの身体を滑っていった。
>「背も高くなったし、体もしっかりしてる。……あら、おっぱいも大きくなったのね」

この部分は…。もしかして、チュッチュを期待した読者へのサービスですか?
私はなくてもgoodだったと思いました
24.100名前が正体不明である程度の能力削除
歩いて帰って来なさい!
28.100鹿墨削除
落ち着いた神綺様も素敵ですね
38.100非現実世界に棲む者削除
素晴らしい親子愛でした。