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正月異変『和尚がツー』に関して その1

2023/01/27 05:50:25
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「和尚がツー」
正月三が日どころか去年の大晦日はおろか、その少し前から河城にとりは自前の工房から出て来ず、全く姿を見せなくなった。
最も極まったエンジニアにはありがちな事であるし、最初は工房から音やら光やらが漏れていたので、それが生存確認となるのでにとりをよく知る者たちはそれが出来ているうちは気にはなる物の暮れの忙しさから合間合間で確認しつつ、一応の安心を得ていたけれども。
正月をついに過ぎても、そしてついににとりの工房から音もしなくなってきたころには……付き合いがそれなりにある鍵山雛はさすがに不味い領域ではと思い、彼女の工房の扉を叩いた。
しかしながら……いや、河城にとりはちゃんと生きていた、眼の下のクマが酷いし何となく頬も痩せこけている、その上機械油の臭いが鼻を付いてくる物の、命に別状は無さそうではあった。

だけれども問題は全く別の所にあった。
「和尚がツー」
にとりは……様子を見に来た鍵山雛に対して姿を見せなかったことのお詫びも、理由の説明も行わずに、使い古されたダジャレを雛の顔を見るなり連呼するのみであった。
「和尚がツー」
そして……にとり一人だけではなかった、使い古されたダジャレを連呼してくるはっきりと言って奇行を繰り返すものは。
にとりの工房の奥からは、やっぱりにとりと同じような疲労困憊の姿である山城たかねが、フラフラと出てきた。
「和尚がツー!」
たかねの姿を見たにとりは、やっぱり先ほどと同じ言葉を正し今回は何がそんなに嬉しいのか分からない物の、声高に使い古されたダジャレを叫ぶように、だけれどもたかねに対して挨拶でもするかのように、そしてはっきりと言ってしょうもないダジャレをぶつけられているたかねの方も。
「和尚がツー!!」
本当に、にとりと同じく何が楽しいのか分からないけれども、たかねの方もしょうもないダジャレを、挨拶に対する返礼なのだろうか、とにかくにとりよりも大きな声どころかにとり以上に上機嫌らしく、ハイタッチまで求めてきた。
そしておそらくは徹夜明け、たかねもそうだけれども徹夜明けゆえのおかしなテンションがあるから、にとりはやっぱり上機嫌そうにたかねからのハイタッチを受け入れていた。


「……この二人、頭叩いたら直るかしら」
鍵山雛は、目の前で自分を完全に置いてけぼりにされながら繰り広げられている、はっきりと言って乱痴気騒ぎである。
これを見続けるのにもそろそろ苦痛と言う物を覚え始めて、もういっその事こいつらの頭を一発はたいて、暴力で解決できないかと言う実に安易な道を模索し始めていた。
ただし模索し始めるだけだ、一応彼女はそこまで暴力的でも好戦的でもない、厄神だからと言ってそう破壊的な事を望んでいる訳ではない。
むしろ厄と言う物の適正な流れと言う物を、彼女はつかさどり続けているしこれからもそうありたいと願ってすらいた。
だけれども。
「和尚がツー!」
「和尚がツー!」
にとりとたかねの二人から、辺りをぐるぐると回られながら、手を取ってお前も踊れと言わんばかりに巻き込もうとしたり雛にまでハイタッチを求めてくるにとりとたかねの二人に絡まれてしまっては。
比較的温厚な鍵山雛も、二人の頬をはたいてしまっても非難されるいわれはそう簡単には出てこないであろう。

「落ち着いた?」
鍵山雛の笑顔で全く隠しきれてない苛立ち、それ以上に純粋な暴力は徹夜を続けてテンションがおかしくなっているにとりとたかねを、かなり強引にではあるが大人しくする効果はあった物の。
「しょうもないかもしれないが、それを大真面目に具現化させた後に、落ち着くのはかなり難易度の高い事業だよ」
にとりは全く悪びれずに。
「にとり、これは見てもらった方が早い。私たちの興奮を共有してもらうにはそれが一番手っ取り早い」
たかねに至っては、雛の手を取ってにとりの工房に、その奥深くへと連れて行こうとしていた。
河童と山童は仲がたいして良くないと思っていたのだけれども、根っこにあるエンジニア気質のお陰なのだろうか、今この時は比較的以上に良好と言えるような関係を持っているのは明らかであった。
それそのものは良い事のはずなのだけれども、若干以上にどころかもしかしたら加減を知らないエンジニア気質ゆえに射命丸の次ぐらいにトラブルメーカーの気配がある、そんな両名が手を組んでいる事の恐ろしさの方が雛の中では勝っていた。

出来れば逃げたかった、だけれども机の上で図面ばかりを引いているのとは違って、にとりもたかねも力仕事も、機械油にまみれるような事も喜んでやるタイプのエンジニアである。
雛も厄神と言う属性ゆえに勘違いされやすいが決して病弱ではない物の、体力勝負も出来るエンジニア二名に絡まれてしまっては、これを振りほどくのは容易ではなかった。
しかし、出来れば逃げたいと言う思いもありながら、にとりとたかねは間違いなくろくでもない思い付きに恵まれた以上に、それを具現化してしまった可能性が高かった。
これを確認せずに帰るのも、その後の対応等が出来ないし報告も出来ない、確認せずに帰るのもそれはそれで何が起こっているのか分からなくて恐ろしくて予測すらつかないのも、ままならないが事実であった。
二律背反とはまさしくこの事であろう。

ただ、徹夜明けのテンションのにとりとたかねに絡まれたくなかったので、雛は二人に手を取られる前にスタスタと工房の奥へと向かう事にした。

「……は?」
ロクでもない物を作っている、それは雛としてもと言うよりはこの場面に相対した人物ならば十人が十人とも、大なり小なりの差はあろうとも良い想像などは出来るはずがないだろう。
だとしても、にとりの工房の奥深くにそれぞれ白と黒を基調とした、正座をしていて表情は能面の翁のようなややもすれば何を考えているのか分からない不気味なほほえみを浮かべた老人が、等身大よりも何倍もざっとみて一回りでは聞かない、お寺にある鐘が三つほど集まったぐらいの形の、巨大な白と黒の翁面の顔をした袈裟を着た老人、出来れば精巧な大仏だとかそう言う物であってほしい物が、白と黒の一体ずつにとりの工房に鎮座していた。
「……一発ギャグの置物にしては力が随分入ってるわね、演技が良さそうだと抗弁できない事も無いから……まぁ、良いんじゃない?ちょっとデカい事を除けば」
だがまだ、鍵山雛としても許容できる範囲はまだ存在していたと言うか超えないでくれと言う部分があった。

こいつが動きさえしなければ、まだ良かったが。
すぐに、にとりとたかねのニンマリとしたはっきりと言って何か企んでいる顔と、そもそもこの場において雛の鼻腔に突き刺さってくるとまで形容できる、機械油の臭い。
これらによって雛はこいつが、白と黒で二体一組の翁面の和尚が、動くのかと言う絶望的な気分になってしまう事実を、突きつけられたし理解もしてしまった格好となってしまった。

「にとりー、充電も燃料もどっちもばっちりだー。そう簡単には墜落しないぞー」
「正月一発目にお出しするんだーそう簡単に終わっちゃ申し訳ないからねー」
嫌な言葉がたかねから聞こえてきた、妥協しないと言うか思いついたことを全部ねじ込みたい悪い癖が、どうやらにとりとたかねの二人同時に発動したらしい。
その結果、自作品に関して往々にして手厳しいストイックな評価を降しがちなこの河童と山童が、徹夜を繰り返した妙な気分が影響しているのかもしれないが、中々に良い評価を与えているのも……それだけこいつが厄介な代物である事の証明にしかならなかった。


にとりとたかねはあひゃあひゃと笑いながら工房の屋根を開き始めていた。
……つまり、こいつは飛ぶと言う事だ。そうでなければ屋根を開く意味が全く見当たらないのだから。
「逃げよ」
雛は空いた屋根から、即座に飛び出した。


「いけー!和尚がツー!!幻想郷を飛び回れ!!」
にとりの声が雛の真下から聞こえてきた、とても楽しそうな声で随分と迷惑な事をとしか思わなかった。と言うか想像通り、あいつ飛ぶのか。
「雄姿を見せろ!和尚がツー!!正月にふさわしい華やかさと縁起の良さとを兼ね備えたその飛行姿を見せるんだ!!」
たかねも随分と仰々しい言葉を叫んでいた、一発ギャグにかける熱量ではないし、はっきりと言って二体の白黒翁面和尚が飛び回る姿は、新手の怪異か化け物としか思えない。
そうそうに博麗霊夢に壊されてほしかった。

『かしこみーかしこみー』
今度は地鳴りのような音が、空を飛んでいる雛の耳にも聞こえてきた恐らくは燃料か何かであの二体の和尚が飛び立つための予兆だろう。
そしてそれにも負けない……何で仏教の経典では無くて神道の祝詞をと思う物の、白と黒の二体の和尚が呪文かまじないの如く、大音量で文言を唱え始めた。
にとりとたかねは、仏教だけでなく神道にも意図せず喧嘩を売っていた、ほんとに何で和尚が祝詞を唱えているんだ、信也と哲也のテンションでそれが面白いとでも思っていたのだろか。
二人ともあるいはも何も、明らかにまともではないので永遠亭にでも突っ込んでおくべきだろう、外傷やら疾患やら出来物の治療と違って八意女史を酷く難儀させる患者になりそうだが。
少なくともあのテンションはもはやまともなそれからは大きく逸脱しているのだから。


「うわ……ほんとに飛んだ」
にとりの工房から轟音が雛の真下からせりあがってきた、逃げる事を優先しつつもチラリと後ろを向けば、例の二体の和尚が飛び上がって来ていた。
更にギミックにもこだわっているのか、和尚は二体とも首をぐるぐると360度回転させていて……化け物っぽさに拍車をかけていた。
しかも白い方は時計回り、黒い方は反時計回りにしてちょっと芸術性を高めてきているのが、何とも小癪としか言いようがなかった。
だけれども、小癪さよりもやっぱり化け物が浮かんでいると言う印象の方が、より強烈に雛の中に刻み込まれるだけであった。

雛は出来る限りこの二体の空を飛び首を360度回している和尚から逃げるのみであるのだけれども。
こんな派手な物を作ったにとりとたかねが、これを誰にも見せない等と言う殊勝な事は絶対に考えてなどいなかった。
見てくれる人がいないのであれば、無理にでも見られに行く、あの二人はそれぐらいの事を考えるのは別に自然な事であった。

二体の和尚の首がぐるぐると周り続けていたと思ったら、カチリとでも言いそうなほどに急にある方向に固定……と言うよりは、鍵山雛を狙いすましたような角度であった、実際雛はこの二体の和尚と完全に目が合ってしまっていた。
「客がいなければ!」
二体の和尚に追いつくかのように、にとりと。
「話にならん!」
たかねも工房の開いた屋根から飛び上がってきた。
にとりとたかねも当然のことながら、鍵山雛の事を見つめていた、どうやらこの二人から雛は完全に客扱いされてしまっていた。
「せっかくだからキュウリ持って行け!」
にとりが叫ぶと、白い和尚の口がカパッと開いてキュウリが鍵山雛めがけて飛んできた。
「キュウリだけで腹が膨れるか!!」
続いてたかねも、にとりが何かやってるのに何もないはずがないのは分かっていたはずだ、でも黒い和尚の口もカパッと開く姿には、二体友の和尚の口が開いた姿には鍵山雛も小さい悲鳴を上げざるを得なかった、黒い和尚の口からはおにぎりが何個も射出されていた。
有難迷惑ここに極まれりだろう、そもそもの部分であのキュウリもおにぎりも、化け物としか言いようがない二体の空飛ぶ和尚の口から出てきている、食べる気にはまったくなれなかった。


「ひぃ!ひぃぃ!?何か小さいのがまとわりついて来てる!?」
このキュウリとおにぎりも、そいつがただただ射出されているだけならばまだ、避けてしまえばそれで終わるのだけれども。
二体の白黒和尚の口から射出されたキュウリとおにぎりは、小さい白黒和尚が抱えながら、今現在は鍵山雛に対して無理にでも食わせようと懸命にまとわりついていた。
有難迷惑と言う感情よりも、ホラーの感情が上回りつつあった。

「正月なのだぞ!」
いつのまにか白い和尚の頭の上に乗っているにとりが何か叫んでいた。
「めでたいんだから受け取ってくれてもいいだろ!!」
たかねも黒い和尚の頭の上に乗って、キュウリとおにぎりを受け取れと迫って来ていた。
「こんな怪しい化け物じみた巨大兵器から出てきたもんとか!怪しいし気持ち悪いのよ!!」
だけれども鍵山雛の答えは、最初と変わっていないし何ならより強力な拒否の感情として、今もなお拒否の感情が巨大になり続けていた。
何なら気持ち悪いよりも恐怖の感情も比べれば大きくなっていた。

「せっかくの正月だからめでたそうなものを作ったのに!」
にとりは随分とおかんむりな声と表情……と言うよりもどうやらにとりは。
「祝詞も唱えてるんだから十分おめでたいだろう!!」
それだけではなくたかねも、どうやら本気で自分たちのこれが何か良い物だと思っているらしい。
こんな一発ネタを凝縮させたものが……なのだけれども、にとりとたかねには下手に技術があるせいで、こんな一発ネタでも妙に動けるし巨大な物を作り上げてしまっていた。
一応言わせてもらえれば、何で仏教を想像したら多分真っ先に出てきそうな和尚さんの姿をしていて、神道の肝とも言える祝詞も唱えているのだと、突っ込みたかったけれども関わりたくないので言わないでおいた。
ただそもそもの時点で、既に向こうから無理に関わってきているからあまりこの思考にも意味は無いのだけれども。

鍵山雛は、キュウリを抱える白いミニ和尚とおにぎりを抱えている黒いミニ和尚たちを、正直言って触りたくもなくて必死に避けていた。
何とか本体である巨大な二体の和尚からは遠ざかっているけれども、にとりとたかねにとっては雛にキュウリとおにぎりを押し付けるのは、ミニ和尚で良さそうだと思ったのだろう。
本体の方は離れて行ってくれたものの。
「「あけましておめでとうございまーす!!」」
にとりとたかねがそう叫びながら、明らかに人里の方向に向かったとき、これを放置するのはいくら何でもと言う思いと……いい加減自分にキュウリとおにぎりを押し付けに来ているミニ和尚を、こいつらを自分一人で対処する事に限界を感じ始めていた。
「ここからなら……守矢神社に駆け込むか」



「……」
鍵山雛が守矢神社に駆け込む事を決めたのとほとんど時を同じくして、東風谷早苗は神社の境内にて、とてつもなく渋い面構えを作りながら、目線は人里の方角を、ただし人里の方は見ないでとてつもなく向こう側を……その先にあったのは二体の巨大和尚ロボが人里に向かって飛んでいく光景であった。
「にとりさん、しばらく見ないなと思ったら……あの人は…………正月早々何を……いやお正月と和尚がツーなのかな……どうでもいいけれども」
そうぶつぶつと早苗は呟きながらも、目の前の後継をこれ以上目に映したくなくて、もっと言えば不意に目に付く事も嫌だったので、神社の奥へと引っ込もうとし始めていた。

「いやー早苗……あれは多分止めた方が良いと言うか、ここでしっかりと止めておかないと……あの河童は、河城にとりはただでやられてなる物かって何かヤバい花火を打ち上げる性格だぞ」
とにかく表舞台から去ろうとする早苗に対して、彼女の親代わりとも言える八坂神奈子は……まともな事を言っているのは確かなのだが、それでも早苗の顔からやる気は一切出て来ずに、面倒くさいと言う感情だけが色濃かった。
「ぶわっはっはっは!?」
その少し離れたところでは、もう一人と言うか神社にとってのもう一柱でやはり早苗にとっては親代わりの洩矢諏訪子が……彼女の場合はにとりの引き起こした突拍子もない上にしょうもないシャレに対して、何がそんなにツボに入ったのか膝を地面に屈させながらも、目の前の後継に対して大笑いしながらも、もっと見ていたいと思っているのか視線は巨大和尚の方をしっかりと捉えていた。
とにかく見る事すら嫌だと考えている早苗とは、対照的と言えよう。

「あ、私はおみくじとかお守り作らなきゃいけないんで。あっちの方なら諏訪子様の方が適任かと」
だけれども早苗の意思は固かった、たとえ大いに慕っている神奈子から。
「私も手伝うから」
例え神奈子から、自分も関わると言われても、あんなものを情熱を――この場合情熱が悪い方向に作用しているが――持続させて作り上げてしまえるにとりが、まともな状態のはずは無い。
どうせあそこまで精神状態のおかしなものを飛び回させていれば、人里の方向に向かっているし上白沢慧音が必然的に、そして霊夢さんもあるいは止めに入ってくれるだろ。
うん、それで十分だそう思って早苗は神奈子を振り切るように神社の奥へと社務所に閉じこもろうかと思っていたのだけれども。

「助けてー!白い和尚と黒い和尚にキュウリとおにぎりを押し付けられかけているのー!東風谷様ー!助けて―!!」
情熱を見て欲しいにとりの根性が勝ったのか、事態は最初から色々な人間を巻き込む方向に動き出していたのだ。
鍵山雛が、あの巨大和尚のミニ版ともいえるのに追いかけられながら、神社に助けを求めにやってきた。
そう、早苗があの巨大和尚を認識したその瞬間にはもう既に、である。



続く
続きます
稲光
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深夜のテンションで突っ走るにとりとたかねがとてもよかったです