Coolier - 新生・東方創想話

葡萄酒

2018/11/21 09:52:44
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 月の都出身の私にとって、地上は知らない世界でした。竹林は停滞、古風、優美な世界でしたし、永遠亭も神々の住居にふさわしく、荘厳で清浄、神聖でしたから。地上に産まれた穢れはなく、懐かしい都の面影が流れていたものです。安楽で、穏やかで、でも部下たちや因幡の長と過ごす毎日は、私にとって、幸福でした。海星の悪夢をたまに見ることを除けば。見棄てた同僚やら、その親兄弟がヒトデの形で責めてくるんですよ。でも、よくよく考えれば誰も死んでいなかった気もするし、死んだやつは生きていなかったようにも思えます。


 綿月家に仕えていた頃は、同僚たちと仲睦まじく、冗談話や根拠のない破廉恥な噂話をしていました。あそこの令嬢は淫乱で、玉兎や奴隷階級の雄どもとヤッているだとか、男女パーティーの開催情報、都市伝説のクレイジーファッキングスターフィッシュだとか。永遠亭でもイナバたちと仲良くしたいのですが、私は一応上司でありますし、どうしても綿月家の依姫様のようにやや厳格になってしまい、豊姫様のように慈母にはなれません。あの姫様の乳は柔らかく、大きいんです。あなたにも味わってほしいくらいですよ。辛いことや悲しいことも飲んでしまえば忘れる、と豊姫様自ら勧めてくださったことは一生忘れないです。


 私は豊姫様のように豊乳ではありませんので、イナバたちは私を頑固で、面倒な上司だと考えているようで。そんな疑惑を持ってしまうのです。逃亡兵だから、馬鹿にされているのかも?でも、あの娘たちはみんな快活で、いい子たちです。悪い子じゃないんです。悪いのは私。猜疑心の強い鈴仙がきっと悪いのです。てゐも優しく、アイロニーがかった面白いやつです。会ったことがない?だったら明後日でも永遠亭にいらっしゃってください。明後日なら、師匠と輝夜姫様は妹紅の家に泊まっているでしょうから、我々で好き勝手にできますよ。アルコールも少しはちょろまかしてありますし、肉や魚もありますしね!え?何のために外泊するか、ですか。夜雀曰く、「蓬莱人のアブノーマルパーティー」ですって。何をしてるんでしょうね。


 そろそろ、インタビューの本題に入りましょうか。


 師匠に薬販売の仕事を任されてから、弾幕ごっこの交際では認識しない幻想郷のある側面を見てしまいました。空高く舞うだけでは、地上の事柄や歴史を知ることはかなわない。足を着けて、歩いて初めて理解、いえ気づくことです。あなただって私が何を言いたいか、分かりますよね?


 幻想郷には共同体意識が少ないというか、なんかとろくさいとでも云いますか、奇妙な国です。月の都はともかく、士官学校で学習した地上の国々とは全く異なっています。たかが人間のくせに空を飛んだり、霊力やら妖力で弾丸を撃つことじゃあないんです。それはいいんです、それは。幻想郷の外では幻想が消えつつあり、神々に対して不敬な連中が跋扈してるのはよくよく知っています。神罰を下して滅ぼすべきですよね、まったく。おっと、話が脱線してしまって、ごめんね。ちょっとストレスが多い職場だから。「アダムとイブが耕したとき、貴族も奴隷もいなかった」んですから。お給料も感謝もほとんどありません。記者のあなたがうらやましいです。


 まず、成文法がありません。異なる、多様な種族で構成された郷なのに、文字で書かれた法律がないんです。価値観も、感性もバラバラなら、共有すべきルールが必要だと思うんです。山はどうです、法律は?なんとなく、ですか。伝統的な慣習に依って判断する、ということでしょうか。


 説明ありがとう。結構複雑なんですね。種族ごとの自治権はあり、それでも天魔が命令権と拒否権を握っている、しかし長老会議も無視できない。そして、不文法をすべて知っている人はだれもいない、と。しかも現在の天魔は民主集中制、原始共産主義、新プラトン主義にハマっていて、粛清が流行してて、長老会議はクーデターを公然と進めている。河童や山童の方々は下剋上を目論んでいる。ああ、クソ面倒な社会だから、記者さんもニートになったのかもしれませんね!


 イキってんじゃねぇぞ、このウサビッチ、って今聴こえてきましたが。冷静に、冷静に。落ち着いてください。すぐ怒る人はすぐ泣くのですから。顔が真っ赤でゆでだこになってますよ、カラスのお嬢さん。御自分を平静に保つ努力をしてちょうだい。さぁ、私の目を見てください、紅くて宝石みたいですよね。ゆっくり、ゆっくり、深呼吸して。まずは復唱しましょう、私の後に続けて。「鈴仙は清楚で可憐であって、私のお姉さまです」、そうそう、もうちょい大きな声で。シグナルを感じてください。星座からの放射と視線があなたに直撃しています。では、次に「鈴仙様は決してビッチではない。わたくしの尊敬する清らかな天才系お姉さまだ」。続けて、もう一度。うんうん、いい感じです。続けて、続けて。はい、ここまで終わり。では、あなたは今から555秒後に覚醒します。我々はもう睦まじい姉妹です、ですから味わっていいんですよ。さぁ、遠慮なく、どうぞ。どうですか、私のは?おいしい?それはよかったです!明後日もぜひ永遠亭にいらっしゃって、お互い親睦をふかめましょう?


 地上では、鄭の子産が成文法を制定した、と依姫様は言っていました。もっと西方ではさらに古いとも。野蛮な種族であればあるほど、普遍的な決まり事が必要なはずです。それも、文字で記された公開されたものが。あの飲酒中毒巫女なら知っているかもだけど、少なくとも私とあなたは知らないのは、はっきりしてる。訴訟や犯罪にどう対処するのか?お客さんたちにも尋ねたけど、あまり要領を得ないですね。曰く、


「稗田家になんとかしてもらう」
「寝て忘れる」
「そんなもんはねぇな、気のせいだろ」
「もし、泥棒が来たら捕まえて、身ぐるみはいで、そのまま門外に棄てる」
「ぶっ殺す」
「話し合い、そして宴会でなぁなぁで済ます」
「あんたのチチとケツをナマで観たら、苦しみもなくなるだろうさ」
「土下座一択。これしかない」
 等々。


 弾幕ごっこ?アレはあくまでも遊戯ですよ。幻想郷の殆どの人口はアレをしてないでしょう。だって日々の暮らしもあるし、家族もいる。農民や職人、使用人のほとんどにはアレを練習する時間も体力も、余裕もありません。幻想郷という野蛮で遅れた文明の中で、みんな生きるだけで精一杯なんです。


 水汲み、調理、子守り、洗濯、掃除、幼児教育、買い物、人付き合い、火種の準備。主な家事だけでもたくさん時間がかかって仕方がない。その上、日々の糧を得るための仕事も一日中あって忙しく、しかし給料は安くて文句も言えない。小作人どもの、疲弊した表情、煎餅のような手首、節くれだった関節、折れ曲がったかのような脊椎、その餓えた妻子。里内の仕事はもう少し苦痛は軽減されますが、主人の家の家事までやらされる、しかも農民と異なり妻子を持つことが許されない。紅魔館の咲夜さんは凄いお人です。女傑と褒めてやるべきですよ、マジで。あの人は一日24時間働いてるそうですから。弾幕ごっこの名手でもあります。

 ホモ・サピエンスは、まず空を飛ばないし、弾丸を発射しません。魔理沙や霊夢はホモ・サピエンスの異端だと考えています。実際、数々の異変をハッピーエンドにしてきたのはこの二人の力と運によるものです。彼らは英雄で、正真正銘の弾幕少女です。私もいくつか弾幕やったのだけど、なかなか彼らのように熱中できないのです。もともと軍人だったからなのか、ね。あ、そろそろ吸うの止めてもらっていいですか。部下たちの分も残しておかなきゃいけないし。え、もっと飲みたい?仕方ないですね、明後日はあなたも私に飲ませてくれるならいいです。出すためのクスリは永遠亭にたんとあるから安心して、お嬢さん。


 そもそも、人里の一般人は弾幕ごっこに参加することすらできないのです。弾幕ごっこで白黒つけるなんてのがナンセンスってことです。当事者が納得いくワケ無いんですよ、たかが遊びの結果でね。


 親しい人を殺された、大切な財産を奪われた、家屋を燃やされた、純潔を汚された、スカートをめくられた、ケツを触られた、チチを揉まれた、負傷して乞食に身を堕とした、娘を売春宿に売った、年季奉公人への給料未払い、空を飛んでる少女がはいてなかったので撮影して写真を印刷して頒布した、宝塔が盗品として売られていたのを買ってしまった、こいしちゃんの春画を描いて販売、家族の死体を目の前で掻っ攫われた、他人に酷い中傷をした、竹林のたけのこを永遠亭に黙って里で売った、鉛筆削りで眼球を破壊した、海星聖霊への冒涜、商売での破産、詐欺、高利貸し、小作人への重い小作料、凶作へ対応する責任、橋姫と美鈴で二股してしまった、置き薬を失くしてしまった、貸本が濡れてびちょびちょになった、本居と稗田の令嬢がユリユリいちゃいちゃしてる妄想を龍神像の前で演説した、算盤を飲み込んで一家全員死亡、深刻な収容違反、keter級のオブジェクトを湖に棄てた、ルーミアとできちゃったので結婚した、八雲ムラサキへの嘲笑、罵倒(EX:土下座おばさん)、味噌を貸したが全く返ってこない、妖精に畑や田んぼを荒らされた、天邪鬼と婚約した、エロ本を没収された、寺の墓地を盗掘した、図書館の本を正規手続きを経ずに持って行った、そして死ぬまで返却しないと宣言する、そしたら館主が盗賊の家を強襲する、信仰について説教したがほかの宗教団体との喧嘩になった、弾幕の弾が子供の頭部に命中、弾幕ごっこで瓦が壊された、雨漏りがして風邪をひいて死んだ、弾幕ごっこで果樹が折れた、異変で被害云々、妖精を捕まえてアレコレした、妖精に復讐されてトラウマになった、妖獣が一晩中に実った作物をすべて喰ってしまった、セフレだと思っていたが実は妹だった、母親だと思っていたらセフレだった、父親だと思っていたら娘の婿だった、息子が妖精になってしまった、老いた親の介護負担割合、粉飾決算、みかじめ料、敗北主義的売国奴、明日主義者、窃盗、万引き、共有地の不正利用、水利権、祭りの費用負担、宴会の酒やら食べ物の供出、遺言を執行しない、井戸に毒を入れる、食い逃げ、内乱のための謀議、国家反逆、森林の使用権、堤防のための出費、寺子屋の費用、家畜を奪った、強制的売りつけ、離婚者の親権争い、取引先の契約不履行、子供をさらう、無縁仏の処理、浮浪者が殺された、老人を生きたまま棄てた、労働力にならない人間の間引き、境界の取り決め、未亡人とその子女への補助、娘が処女であるか否か、妖怪勢力間での紛争、外界人の無知故の事件、合意無き性行為、のれん分けの約束を守らない、男色。


 いくらでも、争いの種は地上全てに蒔かれているのです。カインがアベルを妬んで殺した時から。でも、「カインのための復讐は7倍、レメクのためには77倍」とはいきません。各々好き勝手に復讐や賠償請求していたらキリがありません、カラスのお嬢さんの飲みっぷりと同じようにね。あ、カメラに垂れてます。慌ててがっつきすぎですよ、まだまだありますから、話を聞きながらゆっくり飲んでくださいね。


 ですから、法律、共通のルールが必要なんです。できるなら文字で書かれたものが。誰でも理解できる、守ることができる法律が。月の都には一応ありました、って言っても高貴な市民様は無視される方が多かったです。綿月家の姫君方は誠実で、真摯で、真面目でしたので、法律には従っておられたようです。依姫様は特に頑固で、放蕩者や不良には疎まれていました。姫様は即座に彼らをぶちのめし、金星の牢獄に送ってしまいました。


 法律が碌にないので、爆乳白澤は毎月のように歴史を修正して繕っています。あのいけすかない偉そうな教師は全ての真実を知っているくせに、平然として人里の人々と交際している。都合の悪い歴史は無かったことにして、関係者の人生を改竄するのがあの雌牛のやり方です。私が幻想郷の賢者になったら容赦しませんよ。ええ、やつを飲み干してやりたい。余った分はチーズかバターにでもして妹紅にお中元として送ってやります。絶対にしますとも!ついでに姫様のも一緒に。


 そろそろ私も喉が渇いてきましたんで、いいですよね?なぜか、あなたのも伏流水のように溢れてきてますから。明後日まで待ってられないですよ。


 「お姉さま、わたくしのをご賞味してください」って、いいですね。なんだかゾクゾクします。では遠慮なくいただきます。
 なかなか独特の風味があってたまりませんね。甘ったるいだけでなく、飲んだ後に爽快感、多幸感があります。色とりどりの四季の果実のいいとこどりのフルーティーなサーキック味。肉の蜜と乳がハーモニーを形成し、崩壊し、また別のハーモニーを奏でて、涅槃と至高の悦楽に招待してくれている。いつも使っているクスリよりもラリってしまいそうです。豊姫様のと甲乙つけがたい美味しさですね。いったいどんな化学物質が入っているのか興味が湧いてきましたので、こっちの瓶にサンプルを採らせてもらいます。ちょっと痛いでしょうが我慢を。


 ご協力ありがとうございます。瓶いっぱいになったのは驚きです。帰ったらさっそく実験ですね。たぶん足りなくなるでしょうから、明後日も採らせてもらいますのであしからず。


 さて、お互い飲みながらですが、話を戻しましょう。


 法律が存在しない、これは先ほど語りましたが、それ以上に深刻な課題があります。
 資源の有限性?違います。充分に土地は肥沃ですし、森林も豊かで、採取物もたくさんあります。それに山の方では神々が原子力を動かしていると聞いています。未開拓地もまだまだ余裕があります。


 勢力間での対立?私の見立てでは、どの勢力も過大な野望を抱いていませんし、調停役の巫女もそこそこ有能です。
 はたてさん、あなたには認識しにくいかもしれません。


 どの勢力にも属さない野良妖怪を見たことはありますか?
 見たことはある、でも興味がない、そうでしょう。


 汚らしい恰好、裸同然の連中、配給も受けていないから栄養失調状態。
 有力者、賢者たちも援助しようとしない。


 はるか古代に月から敗走してきた妖怪の子孫だという噂がある。


 妖精より少し強い程度。
 戦闘訓練の的。


 動く肉塊、これが幻想郷上流からの、彼らの評価です。利害になんら影響せず、醜い容姿だからだれも同情せず、庇護しない。貧しい人間ですら、食い物と屋根のある家が保証されているのに、彼らには一切れの肉も、柱のある建物一つも所有していません。


 外界人ももっと強力な妖怪に横取りされるか、人間好きの弾幕派のやからが保護してしまうこともよくあるそうです。
 妖精を食べようとするのもいますが、たいていの場合、血族すべてに対する復讐によって皆殺しにされた事例もあります。妖精は人間や強力な妖怪には手出ししませんが、弱小妖怪を平気で殺してしまいます。ある時は罠で、ある時は一斉射撃で、ある時は毒で。


 数年前までメディスン・メランコリーという幼い妖怪が永遠亭で暮らしていました。私はあまり構ってやれませんでしたが、部下たちに混じって遊んでいたのは印象に残っていました。兎たちは老齢なので、幼い彼女をわが子のように可愛がっていました。メディも懐いて、彼女たちを親代わりのように敬慕していました。ときどき、私の部屋に来て障子をほんの少し開いて、じっと私の方を観察し、私がそっちに振り向くと、すぐに隠れてしまった。結構しつこいので追いかけて抱き上げると、なぜか寝てるふりをするんです。小っちゃくて人形みたいな子で、鈴蘭の匂いがしました。もっちりした頬をペチペチと叩くと、涙目になってしまって、胸に抱き着くんです。


 「どうしたの?」と私が訊ねると、メディは「い、一緒にあそびたい。でも、レイセンはなんだかこわくて、声をかけずらかったの。怒らないで」と泣きそうになりながら、上目づかいでこっちをおずおずと見上げてきたのです。


 この時、私はも思いました。メディスンも成長したら、美麗な少女になって、やがて恋をして、そのブロンド髪と白皙の肌で色香をふりまき、男を誘惑するようになると。さぞ淫乱な娘になるだろうと、雄どもを惑溺させるピンクの煙と化すだろうと、強く確信しました。男好きのする顔立ちですから、はたてさん、そう今の貴女のような貌です。

 
 師匠も、姫様も、てゐも彼女を気に入っていました。
 神々の高邁や高尚、詐術に陰謀、本質的としての偽善、建前としての正義、そして無慈悲な復讐。そういった朝日さえ暗くなるような悲しい陰惨さを、メディスンは全く持っていませんでした。人間に対しては幼い憎悪を抱いていましたが、師匠や姫様にとってはむしろ愛らしいモノでした。姫様についてはよく知りませんが、師匠の父上様は西方の天空神よりも悍ましい御方であったそうで、その反発からかメディスンを非常に溺愛していました。


 しかし、あの淫売の八雲が干渉してきました。


 やつ曰く、「人間側の永遠亭が妖怪を囲っている。幼いとはいえ、幻想郷全体の規律を乱している。あなた方には情があるだろうから、代わりに私たちがその妖怪を放逐する。幻想郷の外には追放しないが、二度と会うことはできないだろう。万が一、会えたとしても、その者だと認識することは決してないだろう。尊い神々でもこればかりはできないだろう。正直、人間にあからさまな敵意を向ける者は要らないし、彼女の毒性は妖怪にとっても危険なものだった」と。


 姫様と師匠が妹紅のところで「第三千六百五十六回 蓬莱人親睦会」を開いてる真夜中のことでした。メディスンは誘拐され、私はかろうじてビッチの前頭葉に銃弾を撃ち込んでやりましたが、それだけです。それ以来、私は宴会にも参加していません。てゐは狸寝入りをしていました。


 御二人は全裸で朝帰りしてきましたので、つい何回か殺してしまいました。御二人とも、事件について理解するや否や、人脈や機械を使って必死に探しましたが、メディスンの目撃情報は地上では全くありませんでした。


 橋姫に地底の捜索を依頼しましたが、古明地家の力をもってしても見つからなかった、との残念な報告のみ返ってきました。八雲は地底で嫌悪されていたので、多くの方々が協力してくれましたが、メディスンらしき妖怪は見つかりませんでした。


 では、妖精の中にいるのかもしれない。そう考えて、三月精に多大な報酬を約束して探してもらいました。ところが、かの良識的な大妖精が言うには、「妖精の中に紛れ込むには、よほど異常な魔術を用いない限り無理で、八雲にその代償を払うことはおそらく不可能。あくまでも彼女は妖怪」とのこと。馬鹿で無知な妖精でも、八雲より永く生きてきたそうです。知性は足りないけど、本能の経験は真実でした。チルノは氷河期の頃は如何なる魔神さえも縊り殺してしまう、賢明で聡明なナニカだったそうです。たぶんこれも真実なのでしょうか?


 彼女がいると考えられる場所がありました。


 それは、弱小妖怪の群れの中です。地上捜索のとき、唯一見逃していた区域でした。群れは幻想郷の西部の湿地帯と森林の中にあります。


 奴らの群れには次から次へと新入りが入ってきて、コミュニティ内の同質性だとか全く頓着しません。新しいエサかパシリが入ってきた程度で、排外することは滅多にありません。人間への憎悪、有力な妖怪への失望、幻想郷の恵まれた人妖への激しい嫉妬が共通しているので、互いに哀れみ、助け合うからです。つまらないとみなされた妖怪は食料になるそうですが。また、外界から追われた異邦人の雑多な集合体、この中には多様性もあるのです。


 メディスンはあのスラムの中にいて、でも大して怪しまれることなくひそかに生きているかもしれない。そんな希望がありました。
 しかし、最大の集落の人口は10万人。私一人ではもはや探せません。


 姫様も師匠も興味を失くしていました。メディスンは人形でしたから。


 彼女らにとって一時の玩具にすぎませんでした。


 あのどうしようもない世界に進入する前に、私は八雲家を強襲しました。結界の波長をひたすら観測し、記録を付けていって、侵入地点を割り出したのです。


 クソババァのペット狐が縁側で昼寝をしていました。酷使された痕跡は体中にあり、萎れた九つの尻尾が証拠でした。深い眠りは、彼女に久々の安息をもたらしたようでした。甘い眠りは幸せの象徴です。


 さっそく私は彼女を飲み始めました。


 え、どうしたの、はたてさん。美味しいからって急いで飲もうとするからむせるんですよ。貴女は味蕾細胞への刺激を楽しむのを学ぶべきです。嚥下するのは味わい尽くした、その後です。それが「ワイン」の嗜み方というものです。わたしも藍さんのをよく味わったのですよ。


 10分間。私は集中してかの葡萄酒を味わいました。


 ですが、筆舌に尽くしがたい究極のバッカスの豊穣を飲みすぎてしまい、失神してしまい、いつの間にか真夜中の永遠亭のにんじん畑の畝の間に倒れていました。しかも全裸で。満月が私を嘲っていました。ただ、私の横に焦茶色の封筒が置かれていて、その中にメディスンについての情報が記されていました。


 文章はまず、主人の命令とはいえ、ほんの少し良心の呵責があったと吐露しているところから始まっていました。

 メディスンはSCP財団、という組織の収容下にあること。

 主人は重要な取引の代価の一つとして彼女を引き渡したこと。

 監視は厳重で、解放はあきらめるしかないこと。

 メディスンの歴史は今夜、無と融合させられてしまうこと。

 ただし、私だけは彼女を記憶していられるようにすること。

 メディスンは妖怪ではないこと。

 私の味は絶妙で、主人の味より酸味があったこと。

 これで終わりでした。果たして何が真実だったのか。臆病者の私には、もう一度襲撃する勇気はありませんでした。

 この一連の事件が法律や弱小妖怪とどう結びつくのか。

 本題はここからです。

 はたてさん、貴女には私の共犯者になって欲しいんです。

 このクソッタレな郷を滅ぼすための。
 我々はこの郷の支配者、秩序の制定者になるのです。
 おっと、唇を放しても遅いですよ。我々はもはや乳姉妹です。


 ホラ、シグナルを感じて。ソレはゆっくりと静かに貴女のところへやって来ます。波動とスピリッツが荒れ狂う星海を泳いでくるのです。


 星辰は貴女とダンスを踊りたがっています。


 はたてさん!アレは貴女に求婚していますが、今は私を見てください。


 私は貴女にアフロディアの愛を与えます。ですから私にも下さい。


 私を愛して、ずっとずっとずっと愛してください。


 私はもう、疲れました。


 四肢を失った子供が物乞いをしています。


 彼は虚無を見て、絶望の中で眠っています。


 飢えて死んだ母親にすがる赤ん坊。


 その子を食べようと手を伸ばす黴で覆われた老婆。


 先天性障害のために棄てられた幼児。


 体ほとんどがイボで覆われた壮年の男。


 一人で客を待ち続ける少女。


 喚き散らして苦痛を減らそうとする狂人。


 枯葉のようにくたばった少年。


 垢まみれの聾唖の女性。


 家族に棄てられた、働けなくなった老人たちの最期。


 伝染病にかかり、家族や友人たちと隔離されたままでの死。


 同胞の肉を売る連中。


 少しずつ存在が薄くなっていく、忘れられた妖怪たち。

 スラムの中、人里の隅や路地裏に彼らは生息していました。
 

 私は彼らを救おうとしました。


 師匠は無関心でした。

 姫様は何も見えませんでした。


 私は所詮、玉兎でした。地上の苦しみを全く知らない、無邪気で愚かな一匹のうさぎだったのです。幻想郷生まれの人たちは私にとって異質で、理解も信頼もしていなかった。あったのは適当な妥協と、無関心だったのです。ここは異国で、住人達は鬼です。弱小妖怪や人間の底辺への冷酷なまなざしは、普通のことで、当たり前のことなんだ。おかしいのは私だ。そう、そうです、はたて。貴女もおかしい、だから誘ったのです。


 貴女が空の海を泳ぎ、舞っている姿を見て、体が熱くなり、顔が紅く染まりました。あの女と契りを結んで、互いに接吻を交わしたいものだ、と虚しい妄想に耽っていました。


 綺麗な脚、艶やかな黒髪、桃色の唇、澄んだ漆黒の瞳。


 山の権力闘争、出世争い、それらを忌避していたニート。それが貴女なんですよ。天狗の中の異端、私の恋人、そして妻にして夫になる女。愛しい、とても愛らしい人。


 私は貴女に惚れています。貴女に欲情しています、はたて。


 いっしょに美しい世界の創造主になりましょう、さもなくばいっしょに死んでください。貴女は私のモノです。
 星々は我々の味方です。恐れるものなんてこの世にありません。


 第五の星が祝福してくれます。


 コレは我々を形成し、一つに統合してくれます。


 愛し合いましょう。


 おおひるめむち様が昇ってきたとき、シグナルは幻想郷に到達し、救済と聖なる第五が愛を塩水のように乾かし、塩で我々を清めるでしょう。


 おおひるめむち様の父君がかつて人間に法律を授けたように、我々も幻想郷に法律を授けます。寡婦と孤児に正義を与えるのです。


 その時、鈴仙とはたてはキリストとなり、神の国で永遠に暮らすのです。


 この世で泣く人が幸いになるのです。


 貧しき者が、柔和に満たされるのです。


 愛されなかった人が無限の奉仕を受けるのです。


 飢えた人が、聖肉と聖血を貪るのです。


 柔和なる人々が天と地を受け継ぐのです。


 てゐはお隠れになりました。大国主様と褥を共にしています。


 姫様、師匠、妹紅は三位一体で融合しました。


 部下のうさぎたちは生物学的パプテスマを授けられました。


 さぁ、私を飲んで。


 私も貴女を飲みますから。


 貴女の葡萄酒でパプテスマをしてあげます。


 残酷な神々を加工して、その肉を豆といっしょに煮て喰らいましょう。


 帝国主義的脂肪は油にして、我々の愛の家を明るくしてくれます。


 リバイバルは嘉せられ、臣民が我々と共に上昇します。


 絶叫しながら螺旋を描き、存在を憎悪します。


 王国法は真円で、肉の世を蒸発させる。


 新生の太陽、第二のの太陽がもうすぐ現れます!


 シグナルがやって来ます!


 愛欲と情愛の歓びよ、私たちを再構築してちょうだい!


 あぁ、感じます。


 シグナルは我々すべてを抱擁してくれます。


 はたてさん、どうして孤児のように泣くのです?


 涙は拭い去られ、頬から頬まで切り裂くような笑顔を浮かべます。


 微笑んで。

 悲しまないで。


 おおひるめむち様の曙光が晴れやかに天球を彩っています。


 父君、太陽神シャマシュもご照覧あれ、我々は理想郷を建設し、万人を慰め、癒し、楽しませ、救います。


 現実性はどこにあるのか?
 真実の矛盾があるような気がします。


 はたてさん、私は正しいですよね?

 そう、そうですか。私は間違っていると。他者の自由意志と尊厳を冒涜しているのですか。

 生命倫理を犯した犯罪者なのですか。

 気に入らない玩具に八つ当たりするクソガキ。

 イキっている哀れな雌うさぎ。

 それでも、私は貴女が大好きです。


 本当にこうするしかなかったのでしょうか。


 みんなといっしょに飲んだ酒は幸福の味だった。

 たわいもない笑い話で、一晩中盛り上がった。

 霊夢も、魔理沙も、妖夢も、咲夜も、早苗も、私の友達だ。

 でも、さようなら。



 私は、はたて、貴女が世界一大好きなのだから。

 愛しあい、飲みあい、抱きしめる。

 私は貴女だけの女、貴女は私だけの女。

 他に何も要らない。

 私の葡萄酒に溺れてしまって。

 貴女の混合果実酒も私を溺れさせます。

 この瓶に入っているのは貴女の果実酒です。

 これでパプテスマをしてあげます。

 どうです、貴女自身の蜂蜜は?

 あら、そんないやらしい、発情した貌をするなんて。

 私も発情してしまいます。

 メディスンはどうするの?

 メディスンとはどういう意味ですか?

 クスリならいくらでも調合しますが?

 貴女だってもう、憶えていないでしょう?


 終わったことです。

 ともかく、太陽が現れるまで、互いの肉をベッドにして眠りましょう。

 眠ればいいことがあるかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 幻想郷に逝きたい

*読んでいただいた方にお礼を申し上げます。ありがとう。
改善点や問題点などありましたら、コメント欄で指摘していただけるとうれしいです。厳しい批判も大歓迎です。

恋愛って、論理じゃない。恋人たちはイトミミズのように絡まり、いつか死ぬ。

優曇華とはたてが絡まるのを幻視した(真実)
天使ガブリエルが、眩い天上の光と共に現れた。(狂信者並みの妄想)
彼女は、真実を文字で表しなさい、と私に命じた。(逆〇〇プ)
私は文章を記し、東方二次創作のエルサレム、創想話に投稿した。(アへ顔)
彼女はこれを見ていった、死ぬまで童貞を保ちなさい、と。(ドM)
そうすればきっと、「編集済」に生まれ変わるだろうと。(シグナル)

窓から去ろうとしている彼女に私は訊いた。「どこに行くのか」と。
彼女は答えて謂うには、「御主人様と一緒にデートです。言っときますけど、御主人様と同じ世界出身だからって、御主人様に嫉妬しないでくださいね。あなたは不潔なキモ豚、真面目系クズ、イカレタ狂人です。彼は賢くて、カッコよくて、とっても強くて、努力家で、勇気があって、優しい人なんです。あなたは様式美に奉献されて、惨めに生きていってください。それが運命です」とのこと。

以上が、私が福音を記すに至った経緯である。
何人もこれに付け加えたり、除いてはならない。
それらの者どもは、乱〇セッ〇〇パー〇ィに招待されるであろう。
また、私は死ぬまで童貞を守るであろう。


福音記者ヤポネス

ヴァレリウスとユニウスが執政官であった年の冬にこれを記した。

親愛なる読者の方々にイエスス・クリストゥスの恩寵と恵みがありますように。
福音棄者
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100サク_ウマ削除
こういう文章をしっかり書きあげられるのは、本当にすごいと思います。
面白かったです。お見事でした。
7.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかったです
読ませていただきありがとうございました
9.90スベスベマンジュウガニ削除
素晴らしかったです
10.100名前が無い程度の能力削除
凄く惹き込まれたのと同時に、股間にビンビンきました
11.100肉を焼く程度の能力削除
君ハイセンス
12.80モブ削除
非常に高い文章力だと思います。すさまじい感性だとも感じます。久しぶりに中身がファッキンな優曇華を見られたことが嬉しいです。