Coolier - 新生・東方創想話

長『雨』降りて『林』に芽吹く

2009/10/31 02:15:54
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※この作品は作品集90の『彼が見つけたその背中』の続編にあたります。
 そちらは幻想入りの人の設定がありますが、プロローグ程度の内容ですので飛ばしてしまっても構いません。
 ですが先にそれを読んでいただけるとなお楽しめます。
この話には『幻想入り』についての独自の視点・考えが入っています。
 それについては「そういうもの」と割り切ってくれると助かります。
 幻想入りや設定についての指摘、ありがとうございます。

※◇:霖之助視点 ◆幻想入りの人視点 となっております。


 ◇
「えっと幻想郷・・・ですか」
彼・・・だろうか。目の前にいる子は戸惑った顔をしている。
何がなんだかわかっていないような顔だ。
やはり間違いなく彼は外の世界の住人だ。
見たところ意図的に幻想郷に来たわけではないようだ。
彼の様子を見ればわかるところだが。
「やはり。無縁塚のことはまだしも博麗大結界すらわからないのなら確定か」
「僕はどうなったので?そしてあなたはどちらさまですか?」
 ふむ、見たところ霊夢や魔理沙と同じ年代に見えるがとても落ち着いている。
 普通ならパニックになるところなのだろうが彼は状況把握に勤しむ余裕がある。
 これはおそらく外の人間だからというよりは彼自身の本質なのだろう。
 霊夢のように『異変に慣れている』といった感じとは違う。
 なんといえばいいだろうか。強いて言うならば。
 知識の取得が優先されている。ということが言える。
 恐らく彼は自分がここに来た理由よりも、元に戻る理由よりも、自らの探究心が上回っているのだろう。僕も恐らくこの部類に入ると思う。
「とりあえず・・・動けるかい?ここは無縁塚と言って、詳細は省くけれどとても危険な場所なんだ。状況を説明するにもここは相応しくないだろう」
 彼はずれていた眼鏡を直すと軽く睨んできた。
 救いの言葉をかけたつもりだったが・・・これは少々信用が危ぶまれる発言だな。まぁ元より信用なんてされていないだろうけども。
 場所もわからない土地で知らない相手についてこいと言われても不信感しか抱かないだろう。次からは注意しよう。
「足は大丈夫です。問題なさそうですね」
 世界を移動する際には衝撃は存在しないのか。1つ勉強になったな。
 まぁ埋葬した死体にも大きな外傷が見られなかった(妖怪に襲われたのは例外だが)上、博麗大結界は論理的結界だから可能性としてはわかっていたが。
 いつかは外の世界に行きたいと考えている以上そういう情報は多いに越したことはない。
「安心してくれ。君に危害は加えるつもりはないよ」



 ◆
 目の前にいる男性は誰なんだろうか?
 ここはどこなんだろうか?
 幻想郷と話していたけど・・・そんな土地は聞いたことがないし。
 でも今は情報があまりにもないのでとりあえずこの人を信用してみよう。
 というよりそれしか方法がない。
「えっと・・・お名前は?」
 手を差し出してくれたので手を借りて立ち上がる。
 うん。別に何も外傷はなさそうだ。
「・・・すまない。名乗っていなかったね。僕は森近霖之助。商店を営んでいるものだ」
「森近様ですか。えっと私は・・・里平あきらと申します」
 森近様は私の名前を聞くなり少し考えたような顔をすると勝手に頷き歩きだした。
「ついてきてくれ。とりあえず僕の店に案内しよう」
 森近様は身長が高いせいで歩きが速い。こっちは早足で行かなければならなかった。
 ひょこひょことついていきながら周りを見渡すと土を盛ったようなものが大量にある。
 何か埋めてあるのかと思い見てみると白い骨のようなものが見えた。
 森近様はそれに目もくれず飄々と歩いている。まさかこの人がやったのだろうか・・・。
「さきほども言ったがここは無縁塚といってね。名の通り無縁仏や身元不明な死体が大量にある場所なんだ。
 そういう死体は放っておくと妖怪になってしまうのでね。僕が定期的に埋葬をしているというわけさ。
 それに死体目当てに妖怪そのものも集まってしまう。だから危険だと言ったのさ」
 埋葬・・・つまり商店を営みつつ葬儀屋のようなものをしているのだろうか?
 そう考えるとやはり善人なのかな?
「ちょっとすみません」
「なんだい?質問なら受け付けるよ」
僕は先ほどの言葉の違和感を質問した。
「妖怪・・・ですか?そういった類が出るんですか?」
 訊くと森近様は少し考えると納得したような顔をして笑いだした。
「なるほど。考えれば当たり前の質問だね。確かに君にとっては今の発言は珍妙だった」
 森近様は数歩先に歩むと
「やはり外の世界には妖怪は存在しないのか?いや外の本には目撃情報が確かにあったはず・・・まぁそれは今話すことではないか」
 と勝手につぶやくとこちらを向いて言った。
「ここ、幻想郷には平然と、ごく当たり前に妖怪、妖精が存在する。まぁ希少といえば希少ではあるけれどね。人の里で暮していればほとんど合わない程度にね」
 僕はその言葉が信じられなかった。
 だってそうだろう。妖怪なんてものは怪談にしか出ない絵空事だと思っているのが普通だからだ。その言葉をおいそれと信じるわけにはいかない。
「やはり信じるわけではないようだね。正しい判断だ」



 いつの間にか無縁塚を抜け僕達は草原を歩いている。誰かが舗装したのが人2人が並べるくらいの獣道のような古道だった。
日はすでに暮れ、夜が始まろうというところ。
「まぁそれが当然の反応というものだ。ここではいそうですかと信じるのはよほどの阿呆か妄想癖のあるものだろう」
 案外きついことを言う人だ。信じることの深い人ならば信用するだろうに。
 まぁ商人だからなのかも知れない。 
と考えていると目の前に女の子が出てきた。
 いつの間に?と思ったが見たところまだ子供だ。
 黄色の髪で黒い服、赤いリボンをつけている。
「おなかすいた」
 手は何故か平行に伸ばしており赤い眼がこちらを見ていた。
「えっと・・・君は?」
「おなかすいたー」
 じりじりとこちらに近寄ってくる。
 会話が成立しない。
 森近様は彼女を見てギョッとした顔で固まっていた。
 何か怖いものでも見たような。
「食べてもいい?」
 ニヤリと笑っている。
 食べるもの・・・と考え僕はポケットに入っていたものを取り出した。
「えっと・・・これなら食べていいよ?」
 パンの耳(砂糖とゴマまぶし)110円なり。
「これしかないけど甘くておいしいものだよ?」
 一本取り出して渡す。
「そーなのかー」
 と呟いて女の子はそれを口に入れるとあっという間に飲み込んで。
 女の子は袋をじっと見つめると顔を綻ばせた。
 すると

目の前が真っ黒になった。

それはいきなり部屋の電灯をすべて消されたような、いやいきなり深夜になったような感覚だった。目の前が全く見えない。
それは数秒で終わり視界が開けると眩しくて仕方ない。
そして手元を見ると袋が無くなっている。
「ありがとうね」
 見ると女の子の手にはパンの耳の袋が握られており、口には砂糖屑が付いていた。
 いつの間に?と考えるうちに彼女はフワリと浮き上がり森の奥へ消えていった。
 浮いてた・・・よね?あれが妖怪なのだろうか?
「運がよかったね」
 森近様はふぅと息を吐くとこちらを向いてしゃべりだした。
「あの子は妖怪だよ。ルーミアという」
「あれが妖怪ですか・・・女の子にしか見えませんでしたけど」
「あぁ見えて人を食らう妖怪だよ。闇を操る程度の能力を持つ。先ほどの『食べてもいい?』という発言は君を食べるという意味だったんだ」
 そうなのか。そう考えると少し怖いものだ。
 見たところは普通だったからなぁ。
「先ほどの案は良かった。他の食べ物・・・まぁ普通では釣られはしないだろうが彼女にも外の食べ物は魅力的だったのだろう。
 まぁ外の食べ物ということも、その価値も分かっているかとなればそれは違うだろうけどね」
 運がよかった。つまりはそういうことだったのか。



 ◇
 危なかったな。まさかこの時間帯に宵闇の妖怪に会うなんて。
 しかしルーミアに渡したあの食べ物。少し興味深かったな。持っているのは知っていたが理由なしにもらうわけにもいかなかったからもらえなかったが・・・。
 携帯していたところを見ると外の世界の保存食か何かだろうか?あの一口で食べられる大きさといい形といい、携帯性の高いものであることは間違いない。
 もしかしたらレシピを知っているかもしれないな・・・店に着いたら聞いてみることにしよう。まぁそれよりも世界移動の方が興味深いが。
 彼の話を聞く限り、やはり彼は幻想郷の知識が全くない。
 そして自らが世界の移動を行ったことに気づいていない。
これが示す答えは、
『彼は何らかの事故、もしくは何者かによって移動した』ということである。
 何故ならば彼が場所を聞いてきたとき全く分かっていなかったからだ。
 もし意図的にこの幻想郷に来たのなら無縁塚という地名はともかく、移動した先の世界名、及び地域名である幻想郷や移動するために越えなければならない博麗大結界のことを知らないということはあり得ないからだ。
 僕が知る中で生きた人間が完全な状態で博麗大結界を越え、その上すぐさま動くことができるというケースはなかった。
 本来『人間』という枠組みが非常識になること自体があり得ないと考えたからだ。
 無縁塚に来た人間は身元不明の人間、つまりはその名の通り『無縁』である。
 だが彼は違う。先ほどの話では最低限あの携帯食料を数刻前に店で購入したと言う。
 つまり彼は社会の、人間の枠組みから外れていない可能性が高い。
 確かにその店との関係はなくとも(食料1つにそれほどの縁はできないだろう)、それを購入できるだけの金や物を得た縁があるはずなのだ。
 それについては詳しく聞く必要があるだろう。
 ならば後者はどうか。何者かによって連れてこられたという可能性。
 あのスキマ妖怪である八雲紫なら軽くやってのけそうだが・・・。
 メリットがわからない。もし外の人間がほしいのならば直接彼女の元に送ればいいのだから。わざわざ危険地域である無縁塚に送る理由がない。
 そうと考えているとアキラというらしい彼が話しかけてきた。
「ここは幻想郷という土地で普通の場所とは違う、と考えていいのですか?森近様」
 やはり思考を巡らすことに長けているようだ、状況の整理は今一番彼に大事なことだろう、
「君の持つ普通が何かによるけどね。僕にとっては君が普通ではない」
「それはそうですね。確かにそうです」
 と微笑む。改めて見てみると彼はかなり小さかった。
 霊夢よりも小さいだろうか?大人とは決して言えない風貌だ。
 髪は地毛だろうか茶髪で少し長い髪を後ろでまとめている。
 服装は外の世界の衣服だろうか長袖で若干ダボダボだが手首は締まり、首筋に頭巾がくっついている。能力を使っていたところ『パーカー』という名前の衣服のようだ。
 色は橙色で彼には少し大きいように見える。
 下は綿のような生地のズボンで色は黒。厚手のようで彼の細見の体系にぴったりとくっつくようについている。名称は『ジーンズ』だそうだ。
 外の衣服を作れないものかと思っていたが・・・もしかしたら作り方がわかるかもしれないな・・。
「どうかしました?森近様」
僕はいつの間にかほくそ笑んでいたらしく彼は不思議そうにこちらをみていた。
「すまない。正直外の人間に会うのは初めてでね。多少話には聞いていたが・・・」
 霊夢から聞いていた守矢神社の巫女を思い出していた。彼女にもいずれ話を聞きたいところだ。
「・・・そうだ。さっきから気になっていたんだが」
「なんでしょう?」
「『森近様』というのはやめてくれないか。名字で呼ばれることは構わないけどさすがに様付けはね。仰々しいのはあまり好きじゃないんだよ」
僕は様付けで呼ばれるほど人間(半妖だが)はできていないと自負している。
すると彼は困ったように首をかしげて、
「ではなんとお呼びすればいいでしょうか?」
「様付けでなければ何でも構わないよ」
「では森近さん、で構いませんか?」
僕が首肯すると彼は了解というように頷いた。


 そして僕が一方的に話す形で話しを続け、再思の道を抜け、魔法の森に入りすこし経ったころ、上から声が聞こえた。
「あら?霖之助さんじゃない。また墓漁りの帰り?」
「墓漁りとは言い方の悪い。埋葬の報酬だよ」
 霊夢だった。見たところ大した傷もないので神社から飛んできたのだろうか。
「はいはいそうね・・・」
 呆れた顔をした霊夢は無論僕の右に気がついた。
「で?この子は誰?見たとこ妖怪ってわけでもなさそうだけど・・・憑かれたの?」
 札を取り出して構える霊夢。彼はビクッと震えた。そりゃそうだろう。
「彼は外の世界から来たらしい。無縁塚で倒れていたところを助けてね」
「えっと里平アキラと申します」
 おどおどとお辞儀をする。
「そこまで怯えなくてもいい。彼女は善人だ。僕が保証しよう」
「霖之助さんに保証がもらえるとは驚きだわ。まぁ誉められてるからいいけど」
 気をよくしたのか霊夢は札を納め少し微笑んで、
「私は博麗霊夢。幻想郷の東の博麗神社で巫女をしてるわ。よろしく」
 彼もその笑顔で警戒心を解いたのか握手を交わした。
「とりあえず彼を店に連れて行こうと思ってね。無縁塚では危険であったし」
「そんなこと言って、外の世界の知識が欲しいだけでしょうに」
 霊夢が見透かしたような眼でこちらを見てくる。
「そんなことはないさ。これは右も左もわからない彼への救済であってそんな自らの欲望を反映させるほど僕は馬鹿じゃないさ」
 まったく・・・霊夢は僕を悪のように見る。
 僕は彼が元の世界に戻るための術を考えるために思案し、ここまで連れてきたというのに。外の世界の知識はその際のおまけ程度にしか考えていない。
 断じて。断じてだ。
 


 ◆
「着いた。ここが僕の店。『香霖堂』だ」
 と森近さんが建物の前で立ち止まる。
 見たところ確かに商店のような見た目だけど。
 ものすごくごちゃごちゃしている。
 用途、種類関係なく無造作に置かれており、中は見えないが障子には黒い影しか見えない。つまり日光が入らないくらい積んであるということだ。
「相変わらず片づけないわよね。霖之助さん」
「相変わらずとは・・・先週も来たばかりだろうに」
 話を聞くと霊夢さんは店によく来る人のようだ。
 それは常連客なのでは?と思ったが何も商品を買わないらしく迷惑極わるとぼやいて、霊夢さんに棒(お祓い用らしい)で叩かれていた。
 博麗様と呼んでみたが僕も叩かれ呼び名を直された。
名字では呼ばれ慣れないらしい。
 中に入ると様々なものが眼に飛び込んできた。
 ジャンル問わず様々なものがありさながら『百貨店の品物をコンビニに全部詰め込んだ』といった感じだった。
「すごいですね・・・」
「おぉ。君にこの品物のすごさがわかるかい!」
若干興奮していた森近さん。
「この子はここの汚さに驚いたんだと思うけど・・・」
 呆れ顔で溜息をつく霊夢さん。そういえばこの人もさっき空を飛んでいたような・・・?
 妖怪とかなのだろうか?
 質問してみると、
「それは私の能力なの。私はしっかりとした人間よ」
 とのこと。それでは妖怪との区別がつかないな・・・。
 そう考えていると森近さんは何かぶつぶつ呟いていた。
「そうか。彼ならここにある品物の使用方法がすべてわかるかも知れない・・・だがそれでいいのか?見た目と自らの能力だけで物を使ってみせることが僕の目標だったはず・・・」
「えっと森近さん?」
「放っておきなさい。そのうちすぐに話し出すから」
 といいながら箪笥から煎餅を出しお茶を3人分用意する霊夢さん。
 そして店のはしっこ、窓が開けている場所に置いた。
 おそらくカウンター及び休憩所のようなところだろう。
 見たところ奥には寝室らしきところと調理場があった。
 釜戸だったけど・・・幻想郷って江戸時代か何かで止まっているのだろうか?
 そう思っていると江戸時代にはありえないものを発見した。
「これ・・・パソコンですか?それに扇風機まで・・・」
 その言葉に森近さんが反応してこちらを向いた。
「やはりそれが何かわかるのかい?」
「えぇまぁ・・・パソコンを扱ったことはありませんけど」
「ふむ。しかしこれが何かわかるんだね?使用方法は?」
 興味津津といった顔でこちらを見る森近さん。その眼は少年のようだった。
「えっと電源を入れれば・・・って」
 あたりを見渡してみる。パソコンに必要なアレがない。
「ここってコンセントがないんですか?豚の鼻のような穴ですが・・・」
「コンセント?豚の鼻?」
 霊夢さんが首を傾げた。まさか。
 森近さんは店の中を引っ掻きまわして
「これかい?「それは延長コードです・・・」」
 森近さんが出した延長コードがむなしく揺れる。
「えっとコンセントというか電流がないとパソコンも扇風機も動きませんが・・・」
香霖堂が沈黙に包まれる。

するといきなり窓の外から音がして窓から何かが入ってきた。
それは僕たちの真上を過ぎて品物の山の手前でストップした。
「香霖、来てやったぜ。おっと、霊夢も来てたのか」
 目の前には女の子が浮いていた。
 しかし今回は霊夢さんのような浮き方ではなく。
 あまりにもわかりやすい魔法使いの風貌だった。
 箒にまたがり黒い三角帽子を被り、
 これまた黒いスカートをしている。
 目は金で髪も綺麗な金髪だった。
「魔理沙!玄関から入れといつもいっているだろう!」
 森近さんが怒りの意を示しながら彼女を怒鳴る。
「入口があんなじゃ窓からしか入れないだろう?」
 確かに入口はごちゃごちゃで一見入口には見えなかった。
「それになんかごたついてるみたいだったしな。驚かしだ」
 ニヤリと笑う。その顔がすごく似合っている。
「魔理沙・・・あんたのせいでお茶と煎餅が台無しじゃない!」
 机を見てみるとお茶は零れ、煎餅は何枚か床に落ちてしまっていた。
「ありゃりゃ。それはすまなかった。今度気をつけるぜ」
「今度じゃあたしの煎餅は戻ってこないのよ!」
 森近さんの煎餅なはずなんだけど。まぁ気にしない方がいいか。
 しかし本当に魔法使いだな・・・テンプレートみたいだ。
「大丈夫かい?」
 森近さんが気遣ってくれた。幸いお茶もかからなかったし倒れた品物にも当たっていない。煎餅はもったいなかったけども。
「彼女は霧雨魔理沙。見ての通り魔法使いさ。そこの魔法の森の奥に住んでいるんだよ」
 軽く説明をもらった。口振りから察するに中々親しい仲のように思える。
 すると霊夢さんとの睨み合いをやめてこちらを向いて
「紹介もらった通りだぜ。あんたは?」
「えっと里平あきらと申します。よろしくお願いします霧雨様」
あいさつをすると霧雨様は手を突き出してニヤリと笑って
「魔理沙で構わないぜ。他人行儀なのは好きじゃないんだ」
「そうでしたか。でしたら魔理沙さん、と呼ばせてもらいますね」
 了解だぜと言いながら箒から降りる魔理沙さん。
すぐそこにある商品であろう壷に腰かけた。
「んで?霊夢が攻撃してないってことは妖怪じゃないんだろ?なんでここにいるんだ?」
「彼は外の世界の人間なんだ。無縁塚にいたところを僕が連れてきた」
「ほう・・・誘拐だな香霖」
 ニヤニヤと笑いながら森近さんを箒でつつく魔理沙さん。
「えっと香霖って?」
「あだ名みたいなもんだぜ。使いたきゃ使ってもいいぜ?」
 そうか、店の名前が香霖堂だからか?と自己完結しながら再度出されたお茶を飲んだ。
「霊夢。また箪笥の奥の茶葉を使ったろう?とっておきの茶葉だったのに」
 確かにいい香りがするいいお茶だ。高価だろうなぁとすぐわかるくらいに。
「あらいいじゃない。どうせ今日は客人が来ていることだし高価なものは出るはずだったんでしょ?単に私が注ぐか霖之助さんが注ぐかの違いだけだわ」
 客人とは僕のことだろうか?だとするとものすごく気を遣わせていることになる。
 森近さんはお茶を啜り、一息つくと
「さて。とりあえず君がここに来るまでの経緯を教えてもらおうか。できるだけ詳しく、身辺のことも教えてくれると助かるよ」
 真剣な顔だった。



 ◇
「それで僕は学校に行かなくなって・・・あ、学校っていうのはここの寺子屋のことで」
 彼は自分の過去を話し始めた。
 本来ならこちらに来たその時の状況だけを聞けばいいのだろうが今回の場合こちらに来る条件を知る必要がある。
 何故ならそれが彼が元の世界に戻るための方法になりえるからだ。
「なーんか難しい話だぜ。跡継ぎとか養子とか」
「君が自然と避けた話題だからね。耳が痛いのは仕方ないだろう?」
 魔理沙はばつが悪い顔をしてお茶をすすった。
 家出をして魔法の森に住んでいる魔理沙にとっては少々きつい話だった。
「まぁでも家無しなんてそんな大きいことじゃないでしょ。外の世界ではわからないけど」
 霊夢は軽く話しているが家無しというのはきつくないのだろうか?彼女自身は神社に住んでいる以上わかりえない問題だと思うが。

「それで夕飯にパンの耳・・・さっきの菓子ですね。あれを食べて寝たら・・・」
「無縁塚に転がっていたってことか?よくわかんないぜ」
 彼の話を聞く限り事前的な行動に世界移動の理由は含まれていないようだ。
「なぁ霊夢。お前の力で元に戻すことはできないのか?もしくは紫のやつに頼んでもいいだろうしさ」
 そんなことができるのか?正直に言えば初耳だった(紫が外の世界と繋がっていることは無論知っていたが)ため僕は霊夢の方を凝視した。
 彼も帰れるという希望を見つけたことで目を輝かせて霊夢を見ている。
「う~ん。さっきからそう考えていたところなんだけど・・・」
 霊夢は彼の前に立つと下から上へとまじまじと見つめて
「この子何か変な感じなのよね・・・」
「変な感じ?どういうことだい霊夢」
 お祓い棒で彼の背中を叩きながらこう言った。

「この子体が半分になってるのよ。だから今はまだ外の世界には連れて行けないわ」

・・・?体が半分とはどういうことだろう?
 その言葉を代弁するように彼が霊夢に聞き出そうとする。
「体が半分ってどういうことですか?僕は見ての通り五体満足で・・・」
「肉体的なことじゃないわ。精神的なことよ」
 霊夢は戸棚から紙とポールペン(僕のお気に入りだったんだが)を持ち出して絵を描き始めた。紙の真ん中に一本の線。そして棒人間を1つ。
「この子は確かに肉体は今幻想入りしてるけど精神が半分・・・いや3割くらいしかこっちに来てないのよ。7割分の精神を外の世界のどこかに放置してしまってる感じね。だから今すぐ戻すことはできないわ」
「なんでだ?今体を戻せばその7割の精神も戻って万事解決じゃないか」
魔理沙が不思議そうに聞く。彼もわかっていないようだ。ここは僕が解説する必要がありそうだ。
「つまり霊夢が言いたいのは肉体が優先されるか、精神が優先されるか、ということさ」
「肉体ではないのですか?肉体がなければ精神はできませんし・・・」
「それは外の世界の話だ。精神が元に動き出すことも多い。そうでなければ朽ちた死体が妖怪になることはありえない。それは肉体を精神が凌駕したからこそ起こる現象だ。」
「それがどういう関係があるんだぜ?今は幻想郷から外の世界に戻す作業なんだろ?」
「霊夢が危惧しているのはその7割の精神が入れ替わりに幻想郷に留まってしまうことだ。何故なら肉体のない精神は云わば幽霊と変わりないからね。幻と実体の境界に引き込まれてこちらに来てしまう可能性がある。仮にだが彼をこのまま外の世界に戻した場合、彼の精神は3割程度しかない。10割の精神の元に動く外の世界では彼は物言わぬ人形になってしまうだろう。そして彼が死んでしまったとしても3割の精神は7割の精神とは相いれないだろう。それが最も起こってはならないことだ。同一の2つの魂が生まれてしまう」
「この子の3割の精神は言ってしまえばもう『幻想の精神』なのよ。外の世界をふよふよ浮いてるであろう7割の『外の常識』の精神とは相いれるはずがないわ。例え同一人物でもね」
彼は困った顔でこちらを見て、
「打開策はないのでしょうか・・・?」
 霊夢はお茶を啜り、一息つくと少し微笑んで
「策は簡単よ。それほど難しい話でもないしね」
 確かに今の話をまとめれば打開策は1つしかなく、そしてそれはとても簡単な策だ。
 いや、策ですらないだろう。
 つまり彼がこちらに滞在すればいいのである。
 肉体を外の世界に戻すには霊夢や八雲紫の力が必要だろう。
 しかし必要である彼の7割の精神は幽霊のような存在であるがために幻と実体の境界でこちらに流れてくる可能性がある。
 要はそれを待てばいいのだ。この幻想郷内で精神が10割に達するまで。
 流れてくる精神も境界をくぐることで彼に対応した幻想へと変化してくれる。
 そう説明すると彼はほっと胸をなでおろしていた。
「だけどなんでそんな半端なことになったんだぜ?」
「恐らくだけどこの3割の精神・・・というかこの子の一部が先に幻想入りしていたんだと思うわ。それがなんだかはわからないけど」
 と霊夢が言うと彼はびくりと体を震わせた。何かあるのだろうか?幻想入りしそうなものが。
「えっと・・・霊夢さんが話している『幻想入り』というのは『忘れられてしまう』ことで発生するということでいいのですか?」
 忘れられる、という表現は多少語弊があるが間違ってはいない。
 事実香霖堂にある商品は「使われなくなったもの」、もしくは「無縁物の所持物」で構成されている。前者のものについては「忘れられたもの」と考えても差し支えないだろう。
「えっと先ほどお話した通り僕は人との関係をあまり持ちませんでした。常にガラガラの店で本を読んでいました。深い関わりは祖父くらいなもので・・・」
「どこかの店主みたいだな」
魔理沙が皮肉をかけてくる。だが彼の言葉にはなにか奇妙な感じがある。
何か隠しているような。
「だから祖父が死んで数カ月たった今周りの人間すべてが僕のことを忘れるということはありえないことではないように思えるのですけど・・・」
 その考えは確かにあり得なくもない意見だ。しかし人間の縁と言うものはそこまで軽く切れるものではない。特に存在に関してはそうだ。
 例え周辺の親族が彼のことを忘れていたとしても彼は1週間の間外で暮らしていたのだ。
 そのことを周辺の住民が知らないはずはないだろう。山奥だった、となれば話は別だが彼の話ではそうではないようだった。
 故に「こういう人がいる」という認識がある限り彼は忘れられることはない。
 だが彼が世界移動した理由の1つとして考えても問題はないだろう。
 


 でも不完全な世界移動を行われた理由は分かっていない。
 精神、いや体を表す何かが欠けているのだろうか?
 そう考えていると魔理沙が紙に自分の名前を書いて彼に見せていた。
「こうやって書くんだぜ?わかったか?」
 紙一杯に書かれた『霧雨魔理沙』の字を見て彼はポールペンを手に取り、
「僕はこう・・・書くんですが。こちらの方がわかりやすいですね」
 彼は紙こう書いていた。

『里平 亜季良 明』

「わかりづらいわね。右の一文字でいいじゃない」
霊夢は左のアキラの字に横棒を引くと右の字に丸をつけた。
「そうですね。私も特別な書類以外は右のほうの『明』で通してまして・・・学校でも『亜季良』というのは書きづらくて『明』と書いて誤魔化してましたよ。本来なら名前を偽るというのはあり得ないことなんでしょうが」
 という彼の言葉で僕はひらめいた。
 つまり彼は肉体より先に名前が幻想入りしたのだろう。
 名は体を表す、その言葉のように彼は亜季良という名前を幻想にしてしまったのだろう。
 そのため体も幻想になってしまったのだ。
 彼の話を聞くと文字として彼が名前を書かなければならなかったのは幻想入りの数年前。
 それまでの間にほとんど『明』としての名を持ち続けていたのなら『亜季良』としての彼は幻想入りしてしまうことになる。
 それが間接的にこの3割の精神となったのだろう。つまり今この幻想郷に来ている精神は亜季良としての精神であり明の精神ではないのだろう。
 だがその精神は境界をくぐることで確実に亜季良としての精神と一体化する。
 ならば今必要なのは幻想を生きること、一度でも幻想に染まる覚悟だ。
 彼は10割の幻想の精神を持って外の世界に出なければならないのだから。
 その旨を彼に伝えると彼は少し悩んで
「それが方法でしたらそれをするしかありませんね。でも幻想に染まるとはどうすれば・・・」
「ただ生活をすればいい。必要なのは幻想郷にいること、それだけなのだからね」
「ならどうする?霊夢は預かれるか?」
「無理よ。連日鬼やら天狗やらが騒いでるもの。客人を招くって雰囲気じゃないわ」
「ん~なら無難に人間の里に送るか?それが一番安全だぜ」
 2人が話しているところに僕は一つの案をひらめいた。

「アキラ君。香霖堂で働いてみないかい?」

その言葉に彼だけでなく霊夢や魔理沙も迎転していた。
「おいおい何考えてるんだ香霖!正気か?」
 大声を出しながら胸倉を掴んできた魔理沙をなだめて、
「いたって本気だよ。彼がいち早く幻想に染まるには幻想に触れる必要がある。ここならばそれにはうってつけだろう?ここには君たちのような巫女や魔法使い、吸血鬼に幽霊まで来るのだから。人間の里では到底出会えないレベルでね」
 霊夢はこちらを見て何かを察したような顔をして。
「それなら神社も変わらないけどねぇ。それにうるさいのは嫌いで1人が好きなんじゃなかったの?霖之助さん」
「彼は君たちと違って常識もあるし沈黙を愛するタイプだからね。気が合いそうだしね」
「どうせ外の知識が目当てでしょうに。まぁ私は止めないけどね」
 と小さく霊夢がため息をついていると奥で彼がこちらを見てきた。
「えっと雇ってくださるんですか?僕を?ここに?」
 感無量といった顔だ。元々骨董品店に勤めていた彼にはここは都合のいい場所だろう。
「あぁ。君の知識はともかく僕もいつか外の世界に行きたいと思うのでね。君のような人間の意見を聞きたいんだよ」
 そうですかと彼は呟くと大きく頷いて
「では、よろしくお願いします!」
 大きくお辞儀をしてきた。


そろそろ萃香が来るからと霊夢は神社に帰っていってしまった。
 すると魔理沙が僕に小声で話しかけてきた。
「そういや香霖。気づいてないのか?」
「どうしたんだい魔理沙?いったい何がだい?」
魔理沙は僕を見てクスクスと笑いだした。
「霊夢は一発で気づいてたみたいだぜ?私もすぐ気付いたが・・・」
「アキラのことかい?一体何が?」
今アキラは居候兼手伝いとしての第一仕事として茶碗と皿の掃除を行っている。
魔理沙はその背中を見てこう言った。

「あいつ女だぜ?」

「・・・女性?彼・・・彼女が?」
「発育は悪いけどな。どっから見ても女だぜ」
 そう言われて調理場にいる背中を見ると確かに女性らしい腰の細いラインが見えた。
「まぁ香霖が手を出すような変態だとは思ってないから安心しなよ。」
魔理沙はそう言い残すと窓から飛んで行ってしまった。
水の流れる音がする。かちゃかちゃと音が響く。
「森近さん、ひとつお願いがあるのですけど」
 彼女は洗い物を終えるとこちらを向いて座った。
「何だい?衣食住のことについては心配することはないと思うけども」
「いえ、そうではないんです」
 彼女は真面目な顔でこちらを向いて話し出した。
「幻想に染まることで私は元の世界に戻れるのですよね?」
「あぁ、僕の勝手な推論ではあるけどね」
 ん・・・?『私』?
「なら私は今から幻想の人間です。そしてこの香霖堂の店員にして居候です。ですから」
 彼女はさきほど無縁塚で手に入れた万能鋏を手に取ると、
 止めていた部分の髪をばっさりと切ってしまった。
「ここからは幻想のこと。妖怪に食べられようが病に倒れようが私の責です」
 切った髪をある程度まとめ、紐でくくる。まるで遺髪のように。
「亜季良という人間は外の世界での人物。私はこの幻想郷で別の名を名乗ろうと思います。だめですかね?」
 名を捨てるということだろう。いや正確には外の自分と幻想の自分を区別したいのだろう。
 彼女がそれを望むなら僕にそれを否定する権利はない。
「そうしたければそれで構わないよ」
「ありがとうございます。それでは私はこれから、この香霖堂の一部となれますように」
 彼女は一息ついて、

「私は、霖と名乗ろうと思います。構いませんか?」

霖。『ながめ』か。正確には『ながあめ』だが『あきら』という名に被せたくないのかもしれない。
「そうか、ではこれからよろしく頼むよ。霖」
「はい!森近さん!」

こうして僕の経営する香霖堂に一人の手伝いができた。
2作目です。白麦です。
前述の通り少し独自の視点が入っています。申し訳ありません。
ご指摘ありがとうございました。
主人公の「学校を辞めた」というのは不登校になった、と考えてください。
ホームレスになった経緯は後々書く予定ではありますが祖父死亡が数カ月前→ホームレスは1週目ということでその間に
色々あったと推測してください。

東方キャラらしさが出ていればいいのですがどうでしょうか?
やはりわかりにくいところ、わからないところがあればご指摘お願いいたします。

題名についてですが今回は霖之助ということで雨と林をいれております。
前作は「背」が「世」とかけてあるつもりでしたが・・・わかりづらいですよね。

作品批評とアドバイスをお願いします。
続きも読んでいただけると嬉しい限りです。
白麦
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コメント



0.720簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
読みやすく、内容も充実していたと思います。
続きに期待
4.90たぁ削除
面白い 次回が楽しみだが、分類タグにオリキャラを入れといった方がいいぜ
5.80マイマイ削除
続き物であることが分かりにくいのは問題だと思います。
でも、2話目なのに1話目として読んでも問題ないのはすごいですね。
プロローグと1話目とは言え、文章力と構成力の高さが伺えます。
9.80煉獄削除
ルーミアと遭遇したときの彼女の行動とか、霖之助や霊夢たちが
彼女が半分だけ幻想入りしたことについて会話する場面など面白かったです。
続きが楽しみですね。
16.90名前が無い程度の能力削除
前回よりも読みやすかったです。
後、続きものなら
作品集○○の「前作の題名」の続きとなっています。
と最初にあったほうが親切でいいです。
他に書き足すとすれば、前作を読んでいなくても問題がないかどうかとか書いてあるといいです 。