Coolier - 新生・東方創想話

彼女の愛した幻想郷

2011/11/29 14:31:56
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 スペルカードルールを作り出した博麗の巫女―――博麗霊夢
 幻想郷に住むもの誰もが知っている彼女が博麗の巫女として一生を終えた時代は、もうずっと昔になる。
 幻想郷の空気が汚れている。
 そう思うようになったのは、やはりあの霊夢が老いた頃からだろうか。
 幻想郷は変わった。
 外の世界で忘れ去られ、消えた物が流れ着く場所―――幻想郷。それは文明も例外ではなく、特に当時外の世界を知っていた守矢神社や、技術者である河童達は外の世界の文明を取り入れるようと推進し始めた。
 目新しい物を好む人々は多く、大半以上がそれに賛同し、中立の考えである人々がその残りの殆どで、反対した人はたった一人だった。
 進んだ文明は多くのモノをもたらし、里は大きくなり、人間の数が増えた。
 だがその裏で妖怪達、とくに妖精達は姿を消していった。自然の象徴でもある妖精達は、人工からは生まれてこないのだ。外の世界から消え去った妖精達は幻想郷に流れ着き、そして再び幻想郷からもその殆どが消えていってしまった。

 あの人は言ったのだ。文明の推進は幻想郷を幻想郷ではなくしてしまうと。
 あの人は言ったのだ。だからせめて、ここだけは幻想郷のままで残さなければならないと。

 かつて太陽の畑と呼ばれた場所は、今では向日葵だけではなく四季折々の花を咲かせ、住処を奪われつつある妖精達が生まれ住む場所となっていた。
 人里は街となりその大きさも昔の比では無くなり、やがては太陽の畑にまで手を伸ばし始めた。

『この場所だけは残さないといけないの。この場所だけは幻想郷のままで残さなければならないの。たとえ血が流れることになっても、それでも残しておきたいの。幻想郷は幻想郷ではなくなり、ここが最後の幻想郷になってしまうから』

 人を、妖怪を、手にかけたのはその時が初めてだった。
 戸惑い、躊躇、後悔、恐怖、そして罪悪感。一切の感情の上に、怒りが降り立っていた。
 あの人を私達から奪い、果てはこの場所まで奪おうとするのか、と。
 悲鳴を上げて最後の人間が息絶えたとき、隣にいたユウカはいつもの笑顔のままだった。

「楽しいねカザミちゃん」
「そう、ね」
「自信満々で攻め込んできた先頭の人間なんて傑作だったわ。片腕が吹き飛んだだけで泣き叫んでいたんだもの」
「きっとあいつらまた来るよユウカ」
「私もそう思うわ。でも―――」

 緑色の髪が揺れ、ユウカが顔を向けてくる。その張り付いたような笑顔に抱く感情は、ただただ恐怖一つだけだった。

「この場所だけは、絶対に渡さない」

 太陽の畑と呼ばれたこの場所は今「最後の幻想郷」と呼ばれている。
 その名前をつけたのは、今はもういないあの人。私とユウカがそれを護り続けている。
 本当はもう帰ってくることの無いあの人が、いつ帰ってきてもいいように。
 そしてその時がきたら「よくやったわね」と、頭を撫でてくれるように。





 突然博麗神社に来るようにと言伝があったのは、夏真っ盛りの時期であった。それは秋、冬、春と花を追って幻想郷を渡り歩く私がこの太陽の畑に戻ってくるのを待っていたかのようであった。
「面倒ねぇ」
 向日葵の間をゆっくりと歩いていくと、向日葵妖精達が頭の上に乗っかったり、目の前をくるくると飛び回って遊んでいる。
 ああ、これこそが幻想郷なのだと、心からそう思った。
 外の世界で消えていった景色。
 このままここで一日を過ごしていたい。そう思いながらも、突然の呼び出しに悪い予感が払拭できないでいた。
 自ら足を神社へ向けることはあっても、呼ばれることは無かった。それが如何なるときでも。

「妖怪達がいると出入りしていると賽銭が増えないのよ」

 そんな巫女の言葉が頭をよぎる。あの巫女は人を、妖怪を神社へ招くことは全くしない。
 にもかかわらず、その神社へとくるように言われたのだ。

「面倒だけれど、行ってみましょうか」

 体に引っ付いていた向日葵妖精達を引っぺがして空へと軽く投げると、妖精達は自らの羽で飛び、遊び足り無そうに幽香を見つめていた。

「帰ってきたら遊んであげるから」

 この妖精達に言葉が通じているのかはわからないが、そう告げておき足を博麗神社へと向けることにした。先ほどの妖精は笑っていた。
 さほど時間もかからず博麗神社にはたどり着く。長い石段を登った先には、広い境内に見知った顔が集まっていた。

「ようやくお出ましね。貴方が最後の一人よ」
「これは一体何事なの?」

 出迎えた八雲紫の後ろには、神社に住まう霊夢はいいとして、珍しい顔ぶれがそこに集まっていた。人間、妖怪、半人半獣、蓬莱人、神、天人。彼女にとってはその殆どが知りえない人物達だった。

「話は私からさせてもらおう」

 そう言って視線を集めたのは、妖怪の山に住まう神―――八坂神奈子だった。





 博麗神社からの帰り道。幽香は頭を悩ませていた。
―――あの神は、外の世界から来たあいつらは、幻想郷に文明をもたらそうとしている。
 八坂神奈子の発案は、外の世界の文明をもっと積極的に取り込み、幻想郷を今よりも住みやすい世界にするべきであるというものだった。
 文明の利器とは、とても便利なものだという。それは理解している。だからそれを推したいという気持ちもわからないでもない。
 問題は、その所為で幻想郷が無くなってしまうかもしれないということだ。
 それは外の世界から流れ着いた妖精達をみればわかることだ。外の世界では存在できなくなったものが存在できる場所。それが幻想郷。外と同じ文明を幻想郷にもたらすことは、幻想郷が外の世界と同じになるということである。
 その行き着く先に幻想郷は残っていない。第二の外の世界が創られるだけ。
―――どうしてそれに誰も気がつかないの……。
 集まっていた殆どの者が、その意見に乗り気であった。
 古くから見知る霧雨魔理沙や、新しいもの好きな紅魔館の吸血鬼などは特に乗り気だった。
 自分のような妖怪が一人声を上げて反対しても、その声は届くことのないまま地に落ちる。だがこのまま傍観するわけにはいかないのだ。今目の前にあるこの幻想郷を愛しているのだから。

「お、幽香いるじゃん!」

 太陽の畑に戻ると、そこには二人の妖精が家の前に立っていた。

「こ、こんにちは幽香さん」
「いるなら早く出てきてよー。あたい達長い時間待ってたんだからね」
「さっき来たばかりだよチルノちゃん……」

 氷の妖精チルノと大妖精。
 この二人と出会ったのは、それほど昔ではない。特にチルノとは、異変の時に一度顔をあわせている。しかし家に遊びに来るまでになったのは、本当につい最近のことである。
 向日葵に誘われてか、ある日突然迷い込んできた二人を特に追い返す理由もなく、すこしばかり子供の遊びに付き合っていたら、いつしかよく遊びに来るようになっていた。

「鬼ごっこしようよ幽香!」
「はいはい。じゃあ捕まったら一回休みね」

 一回休み。それは妖精が命を落としたときにおこる現象のことだ。妖精は死という概念を持たず、致命傷を負うと一回休みという状態になる。その状態になると目には見えなくなり、風に流されるままどこかへと流れていってしまうのだという。

「やっぱり鬼ごっこは幽香とすると迫力が違うね」
「ちょっと恐いけどね……」

 だから幽香も割れ物を扱うように接する必要もない。気楽に吹き飛ばし、一回休みにさせる。そのスリルが、彼女達にとって心躍る遊びのスパイスになっているようだった。

「じゃあ百数えるわよ」

 二人に背を向けて、数を数える。
 あまり長い時がかからず、幽香は同じ場所に戻ってきた。
―――今あの二人はどこを漂っているのかしら。
 静寂の太陽の畑の中で、幽香はなんとなくそんなことを考えた。





 二人がまた太陽の畑に戻ってきたのは、二日後のことだった。
 
「今日も鬼ごっこかしら?」
「いや、今日はゆっくりしたい気分なのよ!」
「そう。じゃあ花を見ながらお茶にしましょうか」
「あ、お手伝いします」
「いいわよ。ここで待ってなさい」

 大きなパラソルをたて、日陰の中で向日葵を見渡しながら三人は紅茶を飲んでいた。

「やっぱり紅茶よりクッキーよね!」
「チルノちゃん頬張りすぎだよ……」

 幾度となく繰り返した賑やかなお茶会。しかし飽きることのない時間に幽香の顔も緩み優しげな笑みを浮かべていた。
 幻想郷がこのまま、この時間が永遠に続けばいいのに。心から幽香はそう思った。しかし幻想郷は着実に、そして確実に姿を変え始めていた。






 空気が汚れ始めている。それは日増しに確定的なものへと変わっていった。
 車という箱のような物体が大きな音を立てながら汚い空気を撒き散らし、それを作る工場という家がさらに多くの汚い空気を幻想郷に撒き散らしている。
 これ以上傍観し続けることは幻想郷を捨てるのと同じことだろう。
 私は護りたいのだ。幻想郷を、妖精達を、そしてあの二人を。
 恐怖を拭い去れないでいた。行けば間違いなく自分は生きていられない。仮に命が助かったとしても、今から起こそうとする異変はとても幻想郷では容認できるようなものではない。封印されるか、幻想郷から追い出されるか。殺されてしまうか。結局それは、どれも彼女達と別れることを示していた。
―――私はこれほどまでに弱くなってしまったのかしら。
 一人ならば強く在れたのだ。自分の思うままに自分のためだけに戦う。
 今まではそう在れた。なのに今はそうではない。
 だが、自分以外に行くものがいない。それもまた事実だった。ならば行くしかない。
 二人の妖精が笑っていられる幻想郷を残すことができればそれでいいではないか。
 それが自分の愛した幻想郷なのだから。
―――納得しろ風見幽香。
 鏡の前で自分に言い聞かせる。
 行こう。一世一代の大異変を起こしに。幻想郷を護る為に。
 たとえあの二人に、もう会うことができないとしても。
 ドアノブを捻り扉を開けたとき、思わず口からは間抜けな声が出そうになってしまった。

「どうして……」

 眠気眼を擦り必死に起きようとしているチルノと、険しい視線で見つめてくる大妖精の姿がそこにはあった。

「どうしてそこにいるのよ。もう夜更けよ?」
「幽香さんこそ今からお出かけですか? こんな夜更けに」

 大妖精の声は、その表情とは裏腹に悲しげな音を持っていた。
 気づいているのだ。この聡い妖精は。

「そう、ね。少し散歩でもしようかと思って。すぐ戻ってくるから、私の家のベッドを使いなさいな」
「……嘘です」
「え?」
「嘘です! 幽香さん嘘つきです!」

 突然声を荒げる大妖精に、今にも眠りにつきそうであったチルノも目が覚めたようだった。

「どうしたの大ちゃん……」
「嘘なんてついてないわ」
「ついてます! だって幽香さん、どうしてそんなに苦しそうな顔してるんですか」
「……」
「幽香さんに迷惑はかけたくありません。でも、少しでも力になれるなら協力したいです」
「幽香……」
「……」

 幽香は何も言わずに二人の妖精をそっと抱き寄せた。
 コトリと日傘が音を立てて地面に倒れ、腕の中で二人が驚いたように体を震わせたのがわかった。

「幻想郷を、二人を護りたいの。だから私は行かなきゃ行けない」
「幻想郷をって、どういうことですか?」
「幻想郷を変えようとしている人々がいるの。幻想郷が変わってしまうと妖精達は存在を保てなくなる……。貴方達は普通の妖精達よりも強い力を持っているけれど、もしかしたら消えてしまうかもしれない。それが私には耐えられない……」
「幽香さん……」
「幽香……」
「私は行くわ。たぶんもう二人には会えないかもしれない。それでも私は二人を護りたい」
「なに……それ。やだよ。もう会えないなんてヤダ!」

 幽香の腕に抱かれるチルノが幽香の服の裾を強く握った。

「どうして? あたい達のことが嫌いになっちゃったの?」
「そんなことない。大好きよ。私にとって大切な、大切な存在」
「だったら―――」
「だからこそ行かなければならないの。チルノは大妖精がだれかに襲われそうになったら助けるでしょう?」
「……うん」
「私も同じ。チルノと大妖精に危険が迫っている。だから私は行く」
「でも……でも、会えないなんてやだよぅ……ずっと一緒にいてよ幽香」

 チルノの震える声が腕の中から聞こえる。幽香は腕の力を強めた。頬を流れる涙を、彼女達には見せたくなかった。
―――ああ、私はこんなにも弱くなってしまったのか。
 一人で生きてゆけない弱さ。誰かを求めてしまう弱さ。孤高でいられない弱さ。
 それ故に自分は、死へと向かっていくのだろう。
 立ち向かう強さが欲しい。彼女達との繋がりが。
 そして幽香に一つの提案が頭に浮かんだ。

「ねぇ……名前を交換しないかしら」
「名前?」
「ええ。たとえ離れ離れになっていても、せめて名前だけは繋がっていたいの。私の風見と幽香を貴方達にあげる。だからチルノと大妖精の名前を私にくれないかしら?」

 我ながら変なことを言っている。そう思ったが、それは切な願いでもあった。
 たとえ彼女達とリボンを交換したとしても、いずれ時が経てばそれは形を保てなくなる。そんな脆い繋がりではなく、もっと近くにある、そして不変の繋がり。
 弱い自分は誰かを求めてしまう。どこかで彼女達と繋がっていたい。自分という存在が、彼女達の中から消えないように。そして、弱くなってしまった自分が強くあるために。

「あげます。全部あげます」

 そう言ったのは大妖精だった。

「でも約束してください。もう一度会いに来るって」
「難しい約束ね……。でもいいわ。約束しましょう」

 幽香は腕の力を緩めた。
 二人の妖精が、幽香と向き合う。

「チルノにはカザミの名前を、大妖精にはユウカの名前を託します。そして私は―――」
「「大妖精チルノ」」

 まるで示し合わせたかのように、カザミとユウカがその名前を呼んだ。

「ありがとう二人とも……」
「約束、護ってくださいね」
「ええ。かならず戻ってくるわ」
「約束だからね!」

 大妖精チルノは二人から手を離し、地面に倒れている日傘を拾い上げ、空へ飛び立った。
 まだ胸にのこる暖かい気持ち。だがそれを彼女は奥底に無理やりに押し込めた。
 幻想郷を揺るがす大異変を起こし、全てを敵に回す。

「仕方がないのよ。これが幻想郷の行く末なら」

 後世に自分は余りにも愚かしく、おぞましい妖怪として語り継がれていくだろう。

「大妖精チルノ、一世一代の大異変。とくとごらんあれ」

 人里の上空から、彼女は日傘を構えた。
 スペルカードルールなど無かったあのころと同じその力を、解き放った。





 人里が焼けている。
 その火の中では、人間が悲鳴を上げて逃げ回っている。
 あってはならない異変。博麗霊夢によって創られたスペルカードルールによって起こりえないはずの異変。
 それを引き起こしたのだ。もうしばらくもすれば、様々な人々が異変を解決しにやってくるだろう。

「あんた……自分のしてることがわかってるの?」

 ほら、来た。

「わかっているわ霊夢」
「わかってない! わかってないわ幽香。あんたは魔界のときのように幻想郷を壊すつもりなの?」
「幻想郷を壊そうとしているのは私じゃない。私以外の奴らよ」
「あんたが何を考えてるのかなんてわからないしわかりたくも無い。でも一つだけ言えることがあるのよ」
「あらそう」
「これだけのことを仕出かしたのよ。もう幻想郷にあんたの居場所は無いのよ」
「居場所なんていらないわ。私は護りたいものを護る為にここにいるの。それはもう仕方の無いこと」
「どうして相談しに来なかったのよ……」
「あら、貴方は私が神社に行くといい顔しないじゃないの」
「あんたはそんなの気にしてなかったじゃない。今までは宴会にだって顔を出してた」
「これ以外に方法がなかったのよ」
 霊夢だけじゃない。周囲にはかなりの人数が集まっている。
 今まで異変を解決してきた者。異変をはるかに越える事態に現れたもの。幻想郷を護ろうとするもの。

「幻想郷は誰のものでもない。それでも、人や妖怪のように種族を越えて共存できる世界を愛した者がいる。その世界を護ろうとした者がいる!」

 これだけの相手。生きて帰ることなど出来ないだろう。それでも、約束がある。

「幻想郷は変わってはいけない。それに気づかない者の手から幻想郷を護ろうとする者がいる!」

 帰ろう。向日葵が咲き乱れるあの場所へ。二人が待つあの場所へ。

「どれだけ不器用でも、愚かでも構わない。幻想郷は変化を求めてはいない!」

 一人で生きて行けない弱さがあっても。大切なもののために戦う強さがある。孤高の強さでなくても、それは強い力になる。

「私の名前は大妖精チルノ。私の愛した幻想郷に花を咲かせましょう。赤い、赤い大きな花を!」

 眼下の火に照らされる幾数もの影が動き出し、その異変は始まった。





 深夜の風は、夏真っ盛りの季節とはいえ涼しいものだった。
 太陽が沈み首をもたげる向日葵たちに囲まれながら、その二人は立ち尽くしていた。

「幽香、戻ってくるよね大ちゃん」
「私はもうユウカだよカザミちゃん」
「……そうだったね、ユウカ」
「戻ってくるよ。約束したもん」
「そうだよね。うん」

 胸の内に広がる悪い予感。
 人間の住む人里の方が、赤い光を放っている。そこに幽香が―――大妖精チルノがいるのだ。
 太陽が遠くの山から顔をだし、朝日が向日葵に注ぎだした。
 そのときだった。
 遠く広がる向日葵の道を、前かがみに誰かが歩いているのが見えた。

「「―――!」」

 ユウカもカザミも、繋いでいた手を離して駆け寄った。
 その姿は。もういつもの彼女の姿ではなかった。
 服は千切れ、肌は赤い血で染まり、左の腕が無い。そして右手にはぼろぼろになった日傘を杖にして、足を引きずるように歩いている。

「帰って、きたわよ……」

 消え入りそうな声。
 ユウカとカザミは何も言わず、彼女の体に抱きつき支えた。

「お帰りなさい……」
「おかえり……」
「ただいま。二人とも」

 どうしてこんなことに。
 カザミにはわからなかった。自分とユウカを護るため、と彼女はそう言っていた。

「ねぇ二人とも。私のわがままをもう一つだけ聞いてもらえるかしら……」

 ユウカが涙を流しながら何度も頷く。カザミも同様だった。

「この場所を護って欲しいの……。幻想郷はこれからきっと変わっていく。それはもうどうしようもないの」
「……」
「幻想郷はきっと、貴方達妖精や妖怪が住みやすい世界じゃなくなってしまう」
「そのために貴方は、こんなになってまで……」

 震えるユウカの言葉に、彼女が少しだけ笑ったような気がした。

「こんなこと貴方達に頼みたくなかった。でもこの場所だけは残さないといけないの。この場所だけは幻想郷のままで残さなければならないの。たとえ血が流れることになっても、それでも残しておきたいの。幻想郷は幻想郷ではなくなり、ここが最後の幻想郷になってしまうから」
「護ります。護って見せます……だからお願いです。置いていかないで下さい」
「置いていく? どういうこと? 戻ってきたんでしょ、また一緒にいられるんでしょ?」
「……ごめんなさいカザミ。私は遠いところへ行かなければいけないの」
「やだ! やだやだやだ! ずっと一緒にいてよ! 一緒に遊んでよ幽香!」
「私はもう大妖精チルノよ、カザミ」

 日傘から手を離し、右腕がユウカとカザミを抱きしめる。それは前とは違い、とても弱弱しい力だった。

「もう、お別れね」
「私は待ってます。カザミちゃんと一緒に、この場所を護りながらいつまでも」
「ありがとうユウカ……」
「あたいも待つ! だから帰ってきてね」
「ええ。ええ、帰ってきますとも。二人が傍にいてくれてよかった。最後に会えて―――」

 右腕が力なくぶら下がり、ユウカとカザミは動かなくなったその体を支える形になっていた。
 どこかに行くのではなかったのか。カザミにはわからなかった。

「ねぇユウカ。どこかに行っちゃうんじゃなかったの? 寝ちゃったよ?」
「違うのカザミちゃん。もう遠いところへ行っちゃったの」
「どういうこと?」
「死んでしまったの」
「死ぬってなに? どういうこと?」
「生きてるものはね。全部いつか死んでしまうの。死んでしまうともう動けないし、一緒に遊ぶことも出来ないの」

 死ぬ。妖精であるチルノにとっては全くわからないことだった。
 しかし目の前で死んでしまった彼女を見て、ユウカからその意味を聞いて、死ぬということを僅かながら理解し始めていた。

「許さない……絶対に許さない……」

 ユウカの体が震えている。唇をかみ締め、涙を流すその顔は怒りに満ちていた。






 無邪気な子供のような妖精達は死を知らない。妖精は致命傷を負っても一回休みという状態になり、また復活するからだ。
 しかし死を知り、殺すことを理解してしまった妖精は、もう妖精ではいられなくなってしまった。
 求聞史記には『最後の幻想郷』を護る二人の大妖怪の名前がそこにはある。
 ユウカとカザミ。元々妖精であったという彼女達は妖精の枠を越え、妖怪へと変わった。その二人は、ずっと昔からその場所を護り続けているという。
 その場所に踏み込むことが許されているのは妖精達と、たった一人の妖怪だけ。
 そしてもう一つ、大異変を起こした大妖怪の名前もそこには記され続けている。
 大妖精チルノと名乗ったその妖怪は、人里を襲い、博麗の巫女や様々な異変を解決しに来た者達と戦い続け、深手を負った後姿を消した。
 過去の求聞史記に目を通した稗田の娘は、高層ビルの上から車の跋扈する道路を眺め、かつての幻想郷はどのような場所だったのかと思いをはせた。
 それはもしかすると『最後の幻想郷』と呼ばれるあの場所のように、妖精達が舞い、花が咲き乱れる場所だったのかもしれない。
 しばらく考え込んでいた彼女は、新たな求聞史記の作成のために筆で書かれたかつての求聞史記を書庫に戻し、パソコンという文明の利器の元へと歩いていった。
何ヶ月、いや何年ぶりか、独活の小木です。

いつになっても過去の作品を読み直すと枕に顔をおしつけてじたばたしたくなるものです。

今回こそは……誤字脱字がないはず!たぶん……。
現在、今作のチルノと大妖精sideを少々執筆中。
書き終わるのかな……。
こんなところまで読んで下さってありがとうございます。よろしければ次の作品も読んで下さると幸いです。
ツギガアレバイイナ……。

独活の小木でした。
独活の小木
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コメント



0.2490簡易評価
3.70奇声を発する程度の能力削除
うーむ…色々と考えさせられるお話でした…
5.100名前が無い程度の能力削除
これば大妖精チルノサイドの話にも期待せざるを得ないな。
8.100名前が無い程度の能力削除
いいなあこれ こういうのに出会えるから二次創作あさりはやめられません
9.100名前が無い程度の能力削除
チルノと大妖精……いや、カザミとユウカサイドも待ってますね。

それと、ルナチャイルドの話もお忘れなく。
11.90名前が正体不明である程度の能力削除
紫よ働きなさい。
13.90名前が無い程度の能力削除
この幻想郷で、神奈子はどれくらい信仰されているのだろうか…
14.100スピードスター削除
 紫、お前の望んでいた幻想郷はこんなにも発展したものだったのか?なんで幽香、もとい大妖精チルノに手をかさなかった。
15.90筑紫削除
紫が推進派に回った理由が気になりますが、とても楽しかったです。
チルノと大妖精sideのお話も楽しみにしていますね。
後、もし出来たら推進派sideのお話も読んでみたいな、と思ってみます。
19.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷の西郷隆盛とか思った俺は幽香と作者さんに土下座しますすいません
死を覚悟した者が必ずしも美しく散るとは限らないですものね
25.70名前が無い程度の能力削除
うわ、お久しぶり。
投稿お疲れ様です。
31.80名前が無い程度の能力削除
よくあるテーマだけどネタは新鮮。大妖怪には逸話があるものだ。
何故幽香だけが、って点に一押しあればもっとよかった。
32.90名前が無い程度の能力削除
残されたラストファンタズムに住まう二人の大妖怪。緩やかな不変と停滞を愛した古い時代の幻想郷がこうなってしまうのは、なんとも寂しいことです。
大妖精チルノによる真説妖精大戦争。その果てに幻想郷の人々が何を見いだしたのか。気になるところではありますが。

まぁぶっちゃけると紫は保守派だと思うんだけどね。
35.40名前が無い程度の能力削除
保守側に回る人妖がもっといるだろうなー。
43.50とーなす削除
いろいろと納得がいかない展開だなあ。
もっと多くの妖怪が文明化には危機感を示すだろうな、とか、人里を襲うとか怒りの矛先向ける先が違うんじゃないかとか、幽香が一人で勝手に悩み過ぎじゃないか、とか。
45.100名前が無い程度の能力削除
切なくて悲しいお話でしたが、とても面白かったです。次も期待しています。
49.90名前が無い程度の能力削除
突っ込むところは色々あるんだろうけど、こういう話好きです。
次作も期待して待ってます。
57.80名前が無い程度の能力削除
まず紫の存命中にこれはありえない。
幻想郷は妖怪のための楽園であって人間に便利だからと
文明を受け入れること自体矛盾してる。
むしろ紫が真っ先に守矢一派を討つ展開になるんじゃないの?
59.80名前が無い程度の能力削除
確かに保守派が幽香だけというのは考えづらいかな。紫とか古参の妖怪にはむしろ保守派が多いのでは?

まあ、二次創作ですしこんな展開もありかと思います。
批判的な意見を言ってますが、私は大妖精たちsideの話も楽しみにしてます。
64.90にんにん削除
最初の方を読んでるとき、言動からてっきりユウカがチルノでカザミが大妖精かと思ってたら、まさか逆とは・・・。
大ちゃんて争いは嫌いそうだから、やっぱり笑顔の仮面を着けて無理してるのかな?

確かに緋想天の紫編を見る限り確実に保守派だから、こんな提案したら怒り狂いそうなものだが。
大妖精sideの話でその辺の疑問が解決するといいなと思います。
69.80名前が無い程度の能力削除
紫が推進派になった理由?そりゃあもちろん、外の世界が現在の環境・文化優先の道を端まで歩ききってしまったために、自然と想像力と創作活動が外の世界の常識となってしまい、結果結界の性質上幻想郷のほうが工業と物質にまみれてしまった、からでしょう。もはや保存すべきは自然ではなく、外の世界から消えようとしている20世紀的大量生産と産業化の遺物と技術なのです。
74.10名前が無い程度の能力削除
納得いかないっすね。色々と