Coolier - 新生・東方創想話

ハレの日

2009/04/11 12:40:59
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古びた木で作られた小さな祠があった。
何が祀られているのか。
その詳細を知る者も物も既に失われている。
黒く変色した木造の祠に蜘蛛の巣などは無く、ささやかなれども手入れがされており、忘れ去られたわけではないようである。


目の前に広がる澄んだ池。
池を覗くと底が見えるほどである。
その池の所々に木洩れ日が射し、蓮の花に浮かぶ水滴がそれを受けて光を発する。
水面も光を反射している。
光の樹が満開になった様、とでも言うべきかもしれない。
池の前にある、古びた祠の横に腰を下ろしながら、ぼんやりとそんなことを思う。
地面に直に座っているため、服には砂が付いている。
おしりの下の部分はもっと砂が付いているだろうか。
でもまあ、気にしない。
早朝。
静謐な空気が満ちるこの池の道を通り過ぎる者は一人も居ない。
当然だ。
ここは妖怪の山の中なのだから。
入口に近いとはいえ、妖怪の山の中に変わりはない。
妖怪の住む危険な山の中、だ。
なのだけれど。
誰も来ないという筈ではないと私は考えている。
私の横に建っている、古びた祠。
この祠は木で作られていて、その木は今や黒い。
相当な時が経っている筈だ。
しかし祠自体はさほど汚れていないし虫の被害にあった様子もない。
そして、蛙の置物が供えてある。
私の服にも描かれている、蛙である。
掌にぴったり収まる位の大きさで、ちょっとばかり愛嬌のある顔をしている。
この蛙が気に入り、毎日のように此処に通っている。
置物の蛙を見に来る為というのもあるが、別の理由もある。
こんな妖怪の山の小さな祠にどんな人間が来るのか気になっているのだ。
また、この祠には何が祀られているかも少し気になる。
詣でる人がいなくなった神は信仰を得られず、消えてしまう――
祠にやって来る人間に会えたらいいなと思い、度々此処に来てしまう。
ぼんやりと池を見渡している早い朝。
今日も人がやって来る気配はない。

陽が高くなってきた。
正午近くになってきたのだろうか。
――今日も会えないか。
ふと、口を突いて出る言葉。
空しさ……寂しさ……どちらでもないと思う。
ただ何となく、としか言えない。
自分の神社に戻ろう。
早苗と神奈子が待っているだろう。
立ち上がるために、腰を浮かそうとする。
――ジャリ。
何か、聞こえた。
砂を踏んだ音だ。
――ジャリジャリ。
聞こえた。
初めの音は自分が立てたかと思ったが、違う。
確実に、道を歩いて立てた音だ。
この祠に来るのだろうか?
静かに立ち上がって、辺りを見渡す。
右手に少女が見える。
手に籠を持っているようだ。
この祠に用があるのかは分からないが、とりあえず木々の中に身を隠しながら少女を見る。
少女は祠の前にやって来た。
籠を降ろし、中から大根の葉や人参の先を供え手を合わせる。
供えものをした後、池の水を汲み祠の蛙の置物に少しかけ、元来た道を戻る。
――ねぇねぇお嬢さん、ちょっといいかな?
一通り終わって帰ろうとする少女を呼び止める。
少女は振り向こうとしてひゃっと声を上げ地面に座り込んだ。
驚かせる気は無かったのだけど……やり方がまずかったかしら。
初めての訪問者に舞い上がっていたから考えが回らなかった。
とにかく、これで、訊ける。
――貴女、この祠のこと知ってるの? 知ってたら、教えてくれないかな?
自分の名は名乗らず、すぐさま質問をする。
少女は何か言おうと口を少し動かしている。
暫し待って、落ち着いて貰ってから再び訊いた。
少女は答えた。
これは大ガマ様の祠、この祠にお供えして祈っていけば山の妖怪から守ってくれるんです、私は安全に山の幸を採らせて貰っているので大ガマ様にお礼に――と。
大ガマ――それがこの祠で祀られているのか。
土着の神だろうか?
この祠は子供の身長位の高さしかない、小さな祠である。
けれども詣でる人間――信仰は絶えていない。
人の想いは絶えることなく、この祠はもっているのだろう。
それに比べて――いや。
考えるのはよそう。
再び少女に訊く。
この祠のこと、誰から聞いたの――と。
おばあちゃんから。里の人も知っているはずだよ。私は詳しくは知らないけれど、おばあちゃんならもっと詳しいこと知っているかなあ――と、少女は答えた。
――そう、か。ありがとう、お嬢さん。その気持ち、大切にしてね。
――え?
私の言葉に少女は戸惑いの声を上げる。
しかし続ける。
――それじゃあ。蛙の置物、きっと大ガマ様は喜んでるよ。
――え? あなたは、えっと、何のことを、
少女の言葉の最後は私には届かない。
少女に振り返えらずに私はその場から走り去る。
視界から消えたところで、歩きになって山道を行く。
大丈夫。
大丈夫だ。
人の想い、人の祈り。
この地、幻想郷では人の想いは生きている。
妖怪への畏れ。
神への畏れ。
自己の理解を超えたものへの畏れは失われていない。
外の世界では失われてしまったものが。
想い、祈り――即ち信仰は畏れと同じものだ。
大丈夫、幻想郷で信仰を集められる。
妖怪が妖怪として存在していることで人は畏れをもつ。
古代、元々人がもっている感情だ。
信仰は人の想い。
人は神に願い、神は人の願いを叶える。
願われることで神徳を得、願いを叶えることで信仰をえる。
それが幻想郷で、再びできるのだろうか。
胸が躍る。
必要とされないほど寂しいものは無いのだから。
――早苗に、信仰、集めてもらおうっと。
洩矢神社めざして、晴れ渡る空の下を軽くなった足で進んだ。
儚き神への信仰を。
比目夢
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コメント



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5.100煉獄削除
風神録が始まる前あたりでしょうか?
諏訪子のある日の話。
落ち着いた雰囲気や静かな感じがしてとても良いですね。
後書きの『儚き神への信仰を。』という言葉も
話と合わさって印象的ですね。
面白いお話でした。
6.90名前が無い程度の能力削除
畏れ。
人間の知恵と力の及ばぬものへの畏れ。
恐いけれど、自分の予想もつかない神秘を与えてくれるもの。
そんなワクワクドキドキ感が、未だ幻想郷では生きているんですね。
神と妖怪、明日は、ハレの日。
10.100名前が無い程度の能力削除
なんとなく詩的な文章で面白かったです