Coolier - 新生・東方創想話

宝石の羽根

2019/10/29 00:10:30
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 湖の畔には、場違いな真紅の洋館が建っている。
 洋館の名は、紅魔館。
 人間は決して紅魔館に近づこうとはしない。
 それもそのはず、その場違いな洋館は悪魔の館なのだから。
 洋館の主の名はレミリア・スカーレット。
 絶大な力を振るい、他者の運命を見抜き、溢れるカリスマを以ってして、力あるが故に弾き者となった者たちを統べる吸血鬼。屈強な妖怪ですら裸足で逃げ出す、夜を統べる幼きデーモンロード。
 そんな彼女には、さらに幼い妹がいる。
 それは、レミリアすら御しきれない究極の爆弾。
 封印されし禁忌、禁断の力。
 狂気の代弁者。
 フランドール・スカーレット。
 精神を病んだ、最強の吸血鬼。
 もし彼女がすべての力を暴走させたら、誰も止められない。
 故にレミリアは彼女の力を恐れ、彼女をずっと地下に封印してきた。
 つい最近までは…。
 これは、わりと最近は精神的に安定している状態のフランドールにまつわる話である。

「紅茶の香りがする…。こっちか。」
 昼寝から目覚めたレミリアは、眠い目をこすりながら洋館の廊下を歩いていた。いつもなら彼女の懐刀のメイド長に紅茶の一杯でも持ってこさせて自室でゆっくりとしているところだが、なんとなく館内を散歩したくなったのだ。
 そんな折、紅茶のよい香りが漂ってきた。いや、漂ってきた、というには語弊があるかもしれない。
 吸血鬼は鼻が良い。彼女の異常に発達した嗅覚だからこそ、残り香すらも立ち消えそうな紅茶の香りを手繰ることが出来る。レミリアは紅茶の香りを頼りに、廊下を進む。こうやって使うぶんには大変便利な鼻ではあるが、困ったこともある。
 ―こんなだから、ニンニクなんかにやられるんだ。
 レミリアはそんなことを考えながら、紅茶の香りに導かれ、大きな扉の前に辿り着いた。

 紅い洋館には、図書館がある。
 一体何万冊の蔵書があるのか皆目検討もつかないような、広大な図書館だ。
 その図書館の一角で、黒い帽子を被り、黒い衣服に白いエプロンドレスを身に着けた金髪の少女が椅子に座って紅茶を啜っていた。
 彼女の名前は霧雨魔理沙。普通の人間の魔法使いの少女である。何故かほっぺたが少し赤くなっている。どうも近所に住む人形遣いと喧嘩してきたらしい。
「なあ。」
 魔理沙は机を挟んだ正面に座る、図書館の主に声をかけた。
「…何?」
 図書館の主―魔女、パチュリー・ノーレッジは、面倒くさそうに返事をした。返事はしたが、彼女の視線は本からまったく外れることなく、魔理沙を一瞥すらしない。普通の人なら怒るところか嫌なやつだと思うところだが、魔理沙は全く気に留めた様子もなく続ける。
「フランの羽根とレミリアの羽根って、何で形状が違うんだ?」
「…。」
 無言のままのパチュリーをよそに、魔理沙は紅茶のおかわりを注ぎながら続ける。
 レミリアの羽根は、いかにもコウモリ然とした、所謂テンプレ式の吸血鬼の羽根であった。だが、その妹のフランドールは同じ吸血鬼でありながら、八色の宝石をぶら下げたような、エキセントリックな羽根の造形をしていた。
「姉妹で同じ吸血鬼なのに、あそこだけデザインが違いすぎる。他の部分はわりと共通しているパーツが多いと思うんだが。」
「…。」
 パチュリーは相変わらず答えない。
「…今更な質問ね。」
「うわ、レミリア。昼間は寝てるんじゃないのかよ。」
 魔理沙は背中から声が飛んできて、驚き振り返った。
 魔理沙の後ろには、いつの間にかレミリアが立っていた。
 どうも廊下まで漂ってきた紅茶の香りは、魔理沙のものらしい。一体誰が用意したのか。
「騒がしいネズミが居そうだから起きてきた。全く、人んちのお茶を勝手に飲むな。」
 もちろんネズミ…魔理沙…のせいだなんてことは嘘で、レミリアはたまたま起きてしまっただけだった。だが、こういう細かいところでハッタリを利かせていくことが、カリスマを高めていくことだと彼女は思っている。
 レミリアは魔理沙から紅茶のカップを取り上げ、一口すする。
「咲夜と美鈴はどうしたのよ。」
「咲夜は里までお買い物、美鈴はまっ黒焦げ。」
 レミリアの問いに答えたのは、パチュリーだった。相変わらず興味なさそうな口ぶりで、視線は本に落としたままだった。
 通常なら、紅魔館は門番―紅美鈴と、メイド長―十六夜咲夜が招かれざる客の対処を行う。
 美鈴は通常の相手に対してなら門番として機能するが、この黒い普通の魔法使いに対しては殆ど機能したことがない。咲夜が居れば美鈴が突破されても魔理沙をつまみ出すことは容易だが、あいにくの不在だった。
 かくして招かれざる客―霧雨魔理沙は、あっさり図書館へと侵入し、あまつさえ紅魔館の紅茶を勝手に淹れて飲んでいたのであった。
「困った門番だ。」
 レミリアは大して気にした様子もなく、空いていた椅子に座った。すでに今の光景は日常茶飯事だ。侵入者が防げないのは由々しき事態ではあるのだが、もはや変わらぬ日常の1ページになってしまっていた。
「で、話戻すんだけど。」
 魔理沙は答えない図書館の主に代わり、本人へと質問を投げかけた。
「なんでお前ら姉妹は羽根のデザインが違うんだ?」
「それ知ってどうするのよ。」
 レミリアは顔をしかめる。魔理沙は悪びれる様子もなく即答した。
「興味本位だぜ。」
「…。」
「…なんか、答えにくいことならいいけどさ。」
 やはり答えないレミリアに対し、魔理沙はほんのわずかなフォローを入れる。
 レミリアは少し考えたあと、パチュリーのほうを向いた。
「…おい、パチェ。答えてやればいいじゃない。」
「…私が?なんで?レミィが話せばいいでしょ。」
 パチュリーは心底面倒くさそうと言った体だったが、いつの間にか本から顔をあげてレミリアを睨みつけていた。別に魔理沙からすればどちらが話してくれてもいいのだが、ここでふたりが喧嘩を始めることは後味が悪いので、やめてほしい。
 レミリアとパチュリーは睨みあい、無言の空中戦を展開する。
 数秒後、パチュリーが盛大なため息をついて本を閉じた。
「仕方ない。おばかのレミィじゃ上手に説明できないだろうから、私が説明するわ。…あれは今から三十六万…いや、五十年くらい前だったかしらね。」

 ―五十余年前。
「…また随分ひどくやられたわね。」
 大怪我をしてベッドに横たわるレミリアに、パチュリーは回復法術をかけていた。
 吸血鬼が即座に回復できない程度まで痛めつけられるのは、珍しいことだ。こんなことが出来るのは、当然同じ吸血鬼か、それ以上の強さの化け物しかいない。
 レミリアの大怪我の原因は前者だ。レミリアの妹のフランドール・スカーレット。
 フランドールは生まれつき精神的に不安定な部分があり、一度感情がある方向に振れるととことんそっちに進んでいくという、少し変わった性格(気質?)をしていた。一度泣き始めると延々泣き止まないし、笑い出すとずっと笑い続けてむせる。
 何より、怒り出すとレミリアを大怪我させるまで痛めつけたり、視界に入るものを片っ端からものを破壊してしまうという危険な性質であった。それ故に、レミリアはフランドールを地下に幽閉し、自分(と、パチュリー)以外がフランドールと接触できないようにしてきていた。
 ただ、レミリアとフランドールは姉妹である。いくらレミリアがお姉ちゃんとは言え、フランドールも全て姉の言うことを聞くわけでもない。少しの喧嘩になるたび、レミリアは常に大怪我を追って帰ってきた。レミリアは怪我から立ち直ると「まあ、いつものことだ」となんとも無いフリをしているが、その瞳には確実に疲労が見え、また、フランドールに対する愛情と厄介者扱いが入り混じった複雑な気持ちを宿すようになっていた。
 ―このままではいけない。
 回復法術を毎回レミリアに施すのが面倒だというのもあるのだが、最近回を追うごとにレミリアの怪我がひどくなっていっている。いずれこのままでは、レミリアがフランドールに「破壊」される日が来るだろう。
 フランドールにとって、レミリアは肉親の姉なのだ。通常時はそれなりに姉妹仲もよく、フランドールからしても大好きな姉である。そんな大好きな姉を一時の怒りで「破壊」した先、フランドールが冷静を保っていられるわけがない。最悪、世界が「終わる」まである。
 ―それだけは避けねばならない。
 パチュリーは何も世界のことを案じているわけではない。パチュリーからしても、レミリアは(パチュリー的には)腐っても友人である。友人の家庭環境のいざこざに首を突っ込むのはどうかと思うが、流石に目の前で死なれてしまうのは嫌だった。
 ひとしきりレミリアの治療を終えたパチュリーは、休むまもなく片っ端から「感情」に関する書籍を漁り始めた。

「最近、なんか作ってるみたいね。何作ってるのかしら?」
 怪我から立ち直ったレミリアは、珍しくパチュリーの自室に訪れた。
 ちょっとした工房と化したパチュリーの自室で、パチュリーは延々と細かい細工作業のようなことをしていた。その手には、手のひらより少し大きい程度の、紅く輝く宝石のようなものが握られていた。
「…感情を制御するアイテムを作ろうとしているの。」
 たったそれだけの説明ではあったが、レミリアにはパチュリーの意図がすぐに読めた。
「…すまない。手間をかけるわね。うちの家庭問題なんだけど。」
「あんたの家庭環境のことなんかどうでもいいの。私の研究の一環が使えるから、それで実験しようとしているだけ。」
 パチュリーは丸わかりの照れ隠しのようなことを言う。付き合いが永いからこそ、この友人のそういうところをレミリアはよく理解していた。
 パチュリーが作っているアイテムは、端的に言うと感情のバランスを調整するマジックアイテムだった。例えば、使用者の感情が怒りに傾いてしまったら、怒りの感情を魔力へ変換し、外部に放出する。しきい値から溢れた感情を外部へ捨てることで、精神のゆらぎをしきい値の範囲内に収めようというのが、パチュリーの考案したマジックアイテムの目的だった。
 これをフランドールに身に着けてもらうことで、フランドールの精神状態を今よりもかなり安定したものにすることが出来るだろう。少なくとも、レミリアが半殺しになるような事態は起こらなくなるはずだ―。

「…以上が経緯。つまり、妹様の羽根は感情をコントロールするマジックアイテムに差し替わっている、ということよ。」
 時は今に戻る。魔理沙にひとしきり説明を終えたパチュリーは、セルフで紅茶を淹れて一息ついた。魔理沙は目を丸くしている。
「パチュリー、お前すごいな。」
「褒めなくていいから本を返して頂戴。」
「ああ、死んだら返す。羽根がマジックアイテムなのは分かった。じゃあ、あれが八色に分かれているのはなんだ?まさかおしゃれってことでもないだろう?」
 魔理沙は図書館から大量に持ち出している本のことを咎められても、どこ吹く風という感じだ。それよりも、フランドールの羽根のさらなる秘密に興味が深々と言った様子だった。
「単なるおしゃれよ。綺麗でしょ?」
 レミリアがふっと笑って答えると、魔理沙は大きく首を横に振った。
「いーや、そんなことあるわけないね。絶対なんか意味があるはずだ。パチュリーがそういうやつだってことは、短い付き合いだけど分かってるつもりだぜ。」
 魔理沙の指摘は当たっていた。パチュリーが説明を続ける。
「感情って一言で言ったって、色々な感情があるわ。だから、感情の基本成分となるものを定義することで、全ての感情をコントロール出来るようにしたかったの。詳しくは『感情の輪』を調べなさい。図書館にも本あるだろうから。」
 フランドールの羽根には、紅、橙、黄、黄緑、翠、水色、蒼、紫の八色の石がぶら下がっている。
パチュリー曰く、これは一言で「感情」と呼ばれている気持ちの動きを、八つの基本性質に分解して放出させるために必要だったのだという。すなわち、
 紅は怒り。
 橙は期待。
 黄は喜び。
 黄緑は信頼。
 翠は恐れ。
 水色は驚き。
 蒼は悲しみ。
 紫は嫌悪。
 八つの基本感情の組み合わせで、すべての感情をコントロール出来る。パチュリーの意図したところはそれだった。それを羽根に取り付けることで、フランドールは今現在に至る安定性を手にしたのである。
「…魔理沙は気づいてないでしょうけど、妹様の羽根が八色になっているのは精神状態が安定しているときだけの話よ。石を片側の羽根に八個ずつ用意したのは、もちろん基本感情がちゃんと全部機能しているかを見るためでもあるのだけど、感情が爆発したときに緊急で放出速度を上げるためでもあるわ。」
 結局、フランドールの羽根も何回か改良を重ねて今のスタイルに落ち着いているらしい。パチュリーの言うところによると、最初は片側ひとつずつでやっていたのだが、それでは全然感情の魔力変換と放出が間に合わず、何度かレミリアがボコボコにされて帰ってきたことがあった。そもそもちゃんと自分の理論が正しく機能しているかも検証する必要があったパチュリーは、感情ひとつずつの状態を把握出来るように…パチュリー曰く「今流行りの見える化ってやつよ」…石を八個に増やし、今のスタイルに落ち着いているらしい。ここ最近はあまりないようだが、フランドールが怒ると一気に魔力の放出が始まり、羽根が全て紅く染まるようなこともあるらしい。
「これが私の作ったマジックアイテム。妹様の『宝石の羽根』の本当の機能よ。魔女パチュリー・ノーレッジに不可能はないわ。」
 パチュリーはにやりと不敵な笑みを浮かべ、図書館の奥にある自室へと戻っていった。

 ―感情の見える化、か。
 パチュリーの話をひとしきり聞き終え、パチュリーも話に飽きたレミリアも居なくなった図書館で、魔理沙は一人考えていた。
 つまるところ、フランドールの感情の変化は羽根の輝きを見ることである程度分かってくるということになる。しかも、本人の意志とはあまり関係なく、だ。
まあ、どのみち表情のコロコロ変わるフランドールのことだ。羽根なんかなくても気持ちの変化は分かる。ただ―。
 ―もし、他の人に使えば、他の人の気持ちもちょっと分かるようになる。
 魔理沙はぼんやりと、その結論に行き着いていた。
 他の人の気持ちを知りたい。覚(さとり)でもない者たちにとって、永遠の夢かもしれない願い。
 ―あいつの気持ちも、少し分かるのかな。
 パチュリーは二度と同じアイテムは作らないだろう。魔理沙はそれもなんとなく理解していた。手に入らないアイテムに願いをかけても無駄だ。
 魔理沙は帰ることにした。
 気持ちが見えなかったためにすれ違い、喧嘩してきた人形遣いの住む家に寄って帰る。
 ―別に喧嘩したなら、仲直りすればいい。気持ちが見えるかなんて重要じゃないもんな。
 魔理沙は、アイテムに頼らなくても上手くやるつもりで紅魔館を後にした。
初投稿になります。本業は音屋さんです。
何本か考えている小話のうち、文章に起こしやすそうなものを書いてみました。
「原作で何故8色なのか」の自分なりの答えを混ぜてあります。
徒桜
http://twitter.com/adazakura_midi
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コメント



0.160簡易評価
3.90大豆まめ削除
おお、フランちゃんの羽根の新説だ!
レミリアと違う歪な形状な理由、そして、魔術関係で使われそうな人工物的な結晶をぶら下げてる理由が上手く解釈されてて、なるほどなーと思いました。
最後、それを受けた魔理沙の物語に帰着するところとかも、私の好みな感じで好きです。
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白い発想で良かったです
5.90名前が無い程度の能力削除
いい意味で10年前の東方二次創作っぽいですね
6.90封筒おとした削除
新しい発想!!”!!
7.100ヘンプ削除
フランの羽の設定に納得しました。
とても面白かったです。
8.100南条削除
面白かったです
設定に沿った素晴らしい解釈だと思いました
10.70名前が無い程度の能力削除
姉妹想いなパチュリーがいいですね
視点は最初から魔理沙に統一すればよかったのではとは思います
11.100終身削除
フランの羽と感情の輪の色と本当に同じなんですね この解釈いいなと思いましたとても好きです 鼻がきくからニンニクが苦手で自分のカリスマポイント気にしてるレミリアがとても可愛らしいと思いました 
13.100UTABITO削除
 宝石の羽根に関する能力制御や感情の色分けに対する考察、パチュリーの姉妹に対する感情がとてもすっきり見えてきてとても面白かったです。
 個人的には、魔理沙とアリスの喧嘩要素を入れて、パチュリーの話を聞いた魔理沙が、その話を起点にアリスとのことを考えていく、という話の展開がとても好きでした。