Coolier - 新生・東方創想話

いまここにいる私と、いまそこにいるあなたの話

2013/09/20 11:55:10
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私の名前は宇佐見蓮子。苗字をもじってウサミミとか呼ばれたりするけどその呼び名は相方のマエリベリー・ハーン(私は呼びにくいのでメリーと呼んでいる)にしか許していない。
 秘封倶楽部という大学の霊能者サークルに所属している。メンバーは私とメリーの二人のみ。除霊や降霊はしてないので周りからは不良サークルと思われているが実はスキマと呼ばれる空間の裂け目を探検する超行動派サークルだ。メンバーは募集していない。
 ちなみに私はプランク並みに頭が良い。専攻は超統一物理学。「ひも」理論の研究をしている。まぁ。そんな事はどうでもいいか。
 私のメリーとの関係は恋人。勘違いしないで欲しいが私もメリーも両方女だ。マエリベリーは珍しいから良く分からないかもしれないが、蓮子はどこからどう見ても女の名前だ。昔みたいに子がつくのは実は男だなんて時代でもないから私は普通に女だ。
 つまり私は世間一般で言うところのレズビアン、百合にあたる。メリー限定でだが(男でも女でもメリー以外愛そうとは思わない)
 非生産的で神に反逆する関係。だけど誰にも文句は言わせない。
 もしこの関係が他の人にばれた場合、それがなんだと胸を張ろう。最悪メリーと一緒に同性でも結婚が出来る国に引っ越そう。
 東京に住む両親には親不孝な娘で悪いが、世界を敵に回してもメリーを愛し続ける。そんな自分でも狂信的な愛。
 向こうもそう思ってくれてるとうれしいけどあまり期待はしない。
 以上自己紹介終了。

「まだ、かなぁ」

 私がこの部屋(といっても私とメリーの部屋だが)に入って2時間14分経つ。この部屋に時計はないが私の星を見たら時間が分かるという夜限定、しかも現代社会ではあまり役に立たない変な特技のおかげで時間には困っていない。一応携帯を見たが一分足りともずれはなかった。
 なぜ一人で2時間以上もぼーっと過ごしているのかというと現在メリーは某ファーストフード店でバイト中。2ヶ月前に親からの送金額を減らされたメリーが家賃もろもろを払うためにはじめた。私が払うからいいといったものの、メリーは頑固で一歩も譲ろうとしなかったため最終的に私が折れて赤い髪の道化が目印の有名ファーストフード店で働くことになった。忙しいことで有名なので、のんびりしているメリーに出来るのかと心配していたが杞憂だったらしく無事今まで働いている。
 メリーがバイトし始めて一緒に入れる時間が減ったので最近の私はイライラしている。バイトなんかやめて私のそばに居て欲しい。お金を払うから。そうだ、それがいい。と思ってもメリーのことだ、断るのだろう。
 ため息をつきながら星を見る。現在8時30分。メリーの仕事が終わるのが9時。そこからこの部屋まで20分。つまりこの部屋にメリーが戻ってくるのは最低でも9時20分。私は50分もこの状況を耐えなければいけない。しかしその50分は私にとっては永遠のごとき責め苦。なんて残酷な相対性理論。
 それにしても暇すぎる。暇すぎて机の上に立てた十円玉の数、なんと50枚と少し。離れてみると気味が悪いがせっかく作った作品なのだから崩そうとは思わない。
 しかたないので刻まれている年号でも読もう。それにしても大学内ではカードを使うから小銭をあまり使わないとはいえ、なぜこんなに十円玉が溜まったのだろうか。謎だ。
 年号を見るのにも飽きてきた。今度テレビでも買おう。この部屋は殺風景すぎる。机、私とメリーが寝るためのシングルベッド、小さな本棚、CDコンポしかない。本棚の中の本は全て読み終わったので今更読み直そうとは思わない。
 そうだ携帯で最近面白いニュースはないだろうか。検索しよう。………ない。暇つぶし終了。
 駄目だ暇すぎる、そのうえメリー成分が足りない。深刻なほど足りない。渇く、心が飢え乾く。メリー成分とは私にとって糖分よりも大切な栄養素で、メリーから摂取することが出来る。足りないと集中不足、イライラ、手足の震えなどを起こすため重要、超重要。
 よし、メリーを向かいに行こう。こんなところでくすぶっているよりかは何倍もましだ。ハンガーにかけてあるコートを着て、いつもの帽子をかぶる。さぁ、メリーに会いに行こう。



「いらっしゃいませ」
「スマイル一つ」

 いつもどおりの会話を店員と交わし頼む商品はハンバーガー、ポテト、コーヒー。夜なのでお客は少ないし、並んでいる客もいない。なので金髪の可愛い店員さんと喋ることにしよう。

「まだ終わらないのメリー」
「あと十分よ」

 十分。秒になおすと600秒。一秒を600回繰り返した数。なんと遠い時間なのだろう。あぁ、運命のいたずらが私達を引き裂く。メリー、どうしてあなたはバイトなの?

「もう十分経った?」
「十秒しか経ってないわ」

 仕方ない、注文した商品を食べるよう。メリーが見える位置に座り、もっそもっそとハンバーガーを食べる。うん、なんて素晴らしい体に悪そうな味。嫌いじゃない。
 小さなハンバーガーを2分ほどで食べ終えてしまった。暇なのでメリーの口にポテトを投げ込もう。
 
「それっ」
「お客様。おやめください」

 怒られた。普段のメリーの笑顔だけども目が笑っていなかった。怖い。何よりメリーに他人行儀な呼び方をされるのが怖くてたまらない。
 おそらく、厨房からこっちを覗いている頭が冴えない中年のマネージャーらしき男性に怒られるのだろう。あれが私とメリーの仲を引き裂く暴君ディオニスか(私がメロス、メリーがセリヌンティウス。二人とも女で恋人同士。マントの少女なんて知らない)
 仕方ないので再び席に戻り、メリーを見ながら、ポテトとコーヒーを食べる。あ、メリーがこっちを見て笑ってくれた。私は上手く笑い返せただろうか。メリーの前でしか使わない表情筋がさび付いてないかと心配する。
 ………メリーはこんなに可愛いのだ。他の客にちょっかいを出されてるだろう、それに他の店員にもおそらく。何てことだ、こんなところにいたらメリーが私のものではなくなってしまう。メリーがどこにも行かないと信じつつもおっとりさんのメリーならだまされてしまうかも知れないと思ってしまう。あぁメリー 大好きメリー あぁメリー。宇佐見蓮子 心の川柳。
 思考がごちゃごちゃし始めたのでコーヒーの苦味でリセットする。
 カウンターを見るとメリーがいない。時計を見るとすでに9時。メリーは仕事を終えたのだろう。
 私は残っていたポテトとコーヒーを行儀が悪いと思いつつ一気に食べ終える。ゴミはちゃんとゴミ箱へ。
 従業員用出入り口の前でメリーを待つと、制服から私服に着替えたメリーが出てきた。

「それじゃあ、帰ろうか」
「うん」

 メリーと手を繋いで帰る。握り方はもちろん指と指を絡ませた俗に言う恋人つなぎだ。

「蓮子寒いでしょう?」

 メリーが巻いていたマフラーを私の首にも巻く。私とメリーの距離がさらに短くなる。
 今が冬でよかった。もう少し顔を突き出せばキスすることが出来る距離にいるメリーを見てそう思った。

「はぁ。疲れちゃった」
「夕飯どうする?」
「どこかで食べましょう」

 どこかと言ってもここ周辺に食べれる所なんてファミレスぐらいしかない。首都の癖に大体の店9時には閉まるからだ。もうちょっと都内に行けば変わるが。
 なので近くにあるファミレスに寄る。ここも時間が時間なのであまり混んでいない。お絞りを持ってきた女性の店員にメリーがパスタとサラダを頼む。私はさっき食べたのでサラダだけ。
 お冷で口を濡らしつつ、メリーに尋ねる。

「それで、メリー。今日は活動するの?」
「今日はやめましょう。疲れてるのよ。巻き込まれるときは巻き込まれるのだし進んでやろうとは思わないわ」

 最近のメリーはこんな感じ。バイトで疲れてるより、最近本当に巻き込まれることが増えたためだ。メリーの能力が不安定。それはメリーの
能力が暴走しているのかそれとも進化しているのか。どちらにせよあまり良い事ではなさそうだ。私にとっては夢でもメリーにとっては現実だから。
 いつまでこの関係が続くのだろう。一生かそれとも明日か。
 それ以降は今日大学であった事などのたわいもない話をする。後は最近のニュースについて。

「そういえばメリー」
「何?」
「宇宙旅行の話こないだしたでしょ? そのときに出たコーヒーを地上でも販売するらしいよ。わざわざ真空状態を作ってまで飲みたいものなのかな」
「私は飲みたいけど」
「うん、私もそう思う」
「なにそれ」

 メリーがくすくすと笑う。パーフェクトなコミュニケーションは失敗。でもグッドなコミュニケーションぐらいはいったのではないだろうか。
 でもそうか。メリーが飲みたいというのならここから少し電車に揺られることになるが飲みに言ってもいいかもしれない。たしか今週の日曜はメリーもバイトは休みだったろうから。

「お待たせいたしました。カルボナーラとサラダでございます」

 そう計画を練っていると注文していたものが運ばれてくる。ちらりとみた店員の顔はどこかで見たことのある顔。たしか同じ大学の岩なんとかさんだったろうか。

「お腹ぺこぺこだったのよ」
「バイトお疲れ様です」

 いただきますをしてレタスをフォークで刺す。かかっているのは和風ドレッシング。ノンカロリー。
 サラダは美味しいがどこで食べても一緒じゃないだろうかと思うのは私が高級な店でサラダを食べたことがないからだろうか。
 メリーが少し黄みがかった白いソースをパスタに満遍なくまとわせる。黒胡椒とのコントラストが実に食欲を誘う。なんて美食家みたいなコメントをしてみたが夕方に食べたお弁当とさっき食べたファーストフードで三大欲求のうちの一つが埋められているので食べたいとは思わなかった。
 でも口が寂しいのでサラダを口に運ぶ。タバコを吸う人はこんなことを思って吸うのだろうか。
 
「う~ん。美味しいわぁ」
「私はメリーでご飯十杯はいける」
「蓮子ったら………」

 呆れられた。しかし嘘偽りは少ししかない。実際は二杯が限度。いくら脳の栄養になる炭水化物でも消費できる量は決まってる、それに胃に収納できる量も。この世には質量保存の法則というものがあるから1に2を含めることは出来ないのだ。質量保存の法則の意味が違うことに関しては気にしない。
 それに太るのは困る。実に困る。メリーのようにゆったりとした服が好みでは無いので体型が変わると着れなくなってしまう。
 メリーの食事を見ながらサラダを食べるが所詮サラダ、数分ほどで全てなくなってしまう。
 仕方ないので、メリーをじっと見つめる。

「あの蓮子? そんなじっと見られると食べにくいのだけれど。それにここ外だし」
「気にしないで」
「気にしてるのだけれど」

 結局私はメリーが気まずそうに食べ終えるまでじっとメリーを見続けた。

 

「帰る?」
「ちょっと公園に行きましょう」

 星空が綺麗だから、とメリーは言う。見上げた空は満天の星空に覆われていて、あれが何の星座なのかを説明すると時間がいくらあっても足りない、すぐに言えることはもうすぐ10時になるということだ。
 時間が時間なのでもう帰ったほうがいいのではないかと思うが、せっかくのメリーのお誘いなのだ。受けることにしよう。
 近くにある公園に入り缶コーヒーを買う。手袋の上からでも過剰なほどの熱を伝えてくるそれのふたを開ける。冷え切った空気中に湯気が立ち上った。
 メリーが買ったのはコーンポタージュ。コーヒーにしないの?と聞くと、楽しみは日曜まで取っておこうと思うのといわれた。正直缶コーヒーと店で飲むコーヒーは別物だから構わないと思うのだがメリーは美味しそうにコーンポタージュを飲んでいた。
 今日は月もよく見える。やはり京都は空気が綺麗だ。現在家から数分のところにある公園。メリーの隣。

「あ、蓮子。こんな時間に子供がいるよ、金髪で黒い服着てる女の子」

 メリーが指を指した先を見る。薄暗いが見えないこともない。しかし私の視界に子供どころかおおよそ生物と言えるものは捕らえなかった。

「いな、いよ?」
「え? 赤いリボンまいて………」

 メリーがこっちを見て酷く驚く。そしてすぐに目を覆った。

「こんな目。無ければいいのに」

 一体メリーが何を見ていたのかは分からないが、私は小さくなったメリーをそっと抱きしめることしか出来なかった。


 帰りましょう。そう言ってメリーは飲みかけのコーンポタージュに蓋をして立ち上がった。
 私もコーヒーに蓋をして立ち上がったメリーの手を取る。今は恋人つなぎではなく普通の繋ぎ方だ。
 そこからは家に帰るまでは空気が震えることはないんじゃないかと思うほどの重苦しい空気で、私は口を開けることもなくただ家に向かって歩いた。
 月と星だけが私達を見ていた。



「ただいま」
「おかえり」

 私もただいまというべきか迷って結局お帰りと言っておいた。もしここで私以外のおかえりが帰ってきた場合、私はメリーの手を握り逃走を図るだろう。想像しただけで結構怖い。

「お風呂に入ろうよ、メリー」
「えぇ」
「さぁさぁ」
「ちょっと、蓮子」

 メリーの背中を押しながら脱衣場まで急かす。
 脱衣所の扉を閉め、ばばっと服を脱ぐ。メリーの服は脱ぐのが難しそうだったので、ばばっと脱がせた。
 二人して入るには狭い風呂場なので、私が浴槽の中にいる。お湯が張ってないので寒い。すぐにはお湯にならないシャワーを水不足の人たちごめんなさいと思いながら排水溝に向けて流し続ける。水が温かくなったのは流し始めてからざっと15秒ほど後だった。
 メリーを椅子に座らせ綺麗な髪を濡らしていく。シャンプーを少しお湯で薄め、メリーの髪を泡立たせる。
 メリーにシャンプーをするときメリーはぎゅっときつく目を閉じている。昔シャンプーが目に入って痛かったらしく、今でもシャンプーは苦手だそうだ。
 
「メリー、最近髪伸びてきたね」
「うん。あまり切りに行く暇もないし」
「切るだなんてもったいないよ。こんなに綺麗な髪なのに」
「照れくさいから止めてよ」

 本音である。
 出会ったときは肩ほどまでしかなかった髪も今では腰に届くほど伸びている。
 私の3倍ほどの時間をかけてメリーの髪を洗っていく。シャワーで流すときにメリーの外国人特有の金色の髪が水を受け輝いた。
 流し終えるとリンスを取り、メリーの髪になじませていく。なじませ終わると十数秒待ち、シャワーで流し終える。
 メリーの髪に指を通すと、絹のように触り心地が良かった。

「じゃあ、次。体洗うわ」
「体は自分でやるからいいわ」

 拒否されてしまったので浴槽に裸で体育座りをするという傍から見ると奇妙な行動でも取っておこう。
 シャワーの音が再びしたのでメリーの方を見る。洗い終わったので次は私の番だ。
 メリーと交代して座るとメリーはシャンプーを手にとってそのまま泡立てた。
 シャンプーそのままは髪に悪いと聞いた事があるのだが、まぁいい。

「メリー。次リボンを買ってあげる」
「え、本当?」
「その髪を飾らないのはもったいないでしょ」

 私が白のリボンを帽子に巻いているからメリーは赤にしよう。紅白は昔からめでたいと言うし。
 私の髪は短いのですぐに終わる。それが最近残念で、メリーのように伸ばそうかと思うが、長いと面倒に感じるので止めておいた方がいいだろう。

「はい。スポンジ」
「めりぃ。洗ってぇ」
「そんな甘えた声出しても駄目」

 今日のメリーは冷たかった。仕方ないので、ささっと体を洗う。
 凹凸が少なく、下着がいるのかどうか分からないような体型だが、これでも一応は女だ。メリーのような女らしさはないけれども。
 古いせいか、シャワーの温度は設定よりも熱く、体が熱くなって来る。
 流し終え風呂場から出てもその火照りが冷める事は無かった。
 私は綿のパジャマ。メリーはネグリジェ。なぜかメリーは下着にドロワーズを愛用している。
 昔その理由を聞いたら、ドロワーズはすでに幻想だからという良く分からない返答が帰ってきた。たまにメリーは私の理解の先にいることがある。
 私はタオルで十分なのだがメリーがドライヤーに時間がかかる。なので私は先に部屋に戻りCDコンポの電源を入れた。そしてベッドに座る。
 入ってたCDはメリーが持ってきたクラシックで、曲名は分からないがいい曲だということは分かった。

「それ、幻想即興曲って言うのよ。ショパンの」

 脱衣場からタオルで髪を拭きながらメリーが出てくる。
 どうやらこの曲は幻想即興曲というらしい。どこかで聞いた事があるのはショパンだからだろうか。
 髪を拭きながらメリーが私の隣へ座った。
 不老不死のショパン。幻想になり損ねた人が作った曲が部屋を満たす。ピアノは一瞬で消える音の幻想を紡ぐ。聞いた音はすでに過去の物だ。
 メリーの顔を見ると、曲に聞き入ってるようだ。さっきの事はもう気にしてないのか目を閉じて安らかな顔を浮かべている。
 とんっとメリーを押すと、きゃっ、という悲鳴を上げメリーはベッドに寝転がった。
 すぐさまメリーに覆いかぶさる。そのまま白い首筋に口づけた。あむあむと甘噛みをしながらメリーの肌を吸う。
 メリーの恥ずかしそうな声を聞きながら私は一心不乱にメリーを吸い続ける。甘噛みやぺろりと舐めてみたりしながら。
 吸い付いたまま口を離すと、ちゅぷっという音と共に赤い花びらが一つ咲いた
 
「もう蓮子。止めてよ」
「やだ」
「んっ!?」

 メリーの拒否を物理的に止める。私はメリーに口づけた。初めはもがいていたメリーだが無駄と悟ったのか、力を抜く。
 口を離すと、二人の唾液が混じり、透明な橋をかけた。

「本当、蓮子はキスが好きね」
「カニバリズムは愛。キスは一番軽いカニバリズムなのよ。相手を自分に取り込みたいと思うのは当然でしょ?」
「キスが気持ちいいのは、赤ちゃん時代に口を良く使うから、一番敏感って聞いた事があるんだけど」
「私は私の持論で行くわ。メリーを食べてメリー成分を取らないと私は死ぬの」
「何それ」

 メリーのネグリジェのボタンをはずす。そのままいくつも赤い花びらを咲かせる。
 キスは鎖骨から降りていき、メリーの可愛らしいへそに到着した。
 口づけ、舌で穴を舐める。そのままちゅーっと吸い

「ひゃうぅううぅううううぅううぅうぅうううううううっ!?」

 メリーの悲鳴が部屋中にこだまし、次の瞬間私は枕で殴られた。
 普段のメリーからは想像も出来ない一撃を貰い、ベッドから落ちる。50センチほどの空中散歩を味わい、背中から華麗に着地した。
 
「っ、けふっ」

 肺の空気が反抗期の少年ばりに出て行き、目を見開く。見えるのは、白い天井、電気。そして枕を構えて怒っているメリー。
 メリーは枕を思いっきり振りかぶり。私の顔に投擲した。あまり痛くないとはいえ、空気を吸おうとしたタイミングで投げられたため、肺に酸素を与えることは出来なかった。
 なんとか枕を払い、肺一杯に空気を吸う。新鮮な空気を吸って私は、酸素不足から平常時になんとか戻った。
 ふぅとため息をつき起き上がると目の前にいる、鬼のようなメリー。結局私はそれから1時間説教を食らってしまった。
 その結果まだ寒い時期だというのに、冷たいフローリングの床でクッションを枕にして寝ることになった。
 自重すればよかったと毛布と掛け布団で暖かそうなメリーの寝顔を見て後悔する。窓から伝わる冷気でなかなか寝付くことは出来ず、私は半ば意識を失う形で眠りに落ちた。



「へくちっ」

 自分のくしゃみで目が覚める。目を覚ますと頭がぼーっとする。どうやら風邪を引いてしまったようだ。
 上体を起こし横を見ると幸せそうに眠っているメリー。もぐりこもうとしたが巻き込んで寝ているため一回起こさなければ入ることは出来ない。起こしたところで怒られるだけだろう。
 体は冷え切っている。仕方ない。インスタントだがスープでも飲もう。
 台所に行って、愛用の電気ケトルでお湯を沸かす。その間に体温計で熱を測ろう。
 クッションにすわりぼーっとしていると、ピピッと体温を測り終えたことを伝える電子音が鳴った。脇から抜き取り表記を見る。
 38.9℃
 立派な熱だった。




「ごめん蓮子、本当ごめんっ」

 ずずずっとスープを飲んでいるとメリーが起きた。顔色が悪いといわれたので風邪を引いたことを伝えると、そのまま額を床につけそうなぐらいの勢いで謝り始めた。
 
「別にいいってぇ」

 そう言ったのだが、メリーは熱冷ましシートやおかゆなどを作り、私を布団に寝かせた。
 
「大学はいいのぉ?」
「一時限目はサボるわ」

 駄目だといったが、メリーの変に頑固な所が発揮され、結局2時限目までりんごを食べさせてもらったり、汗を拭いてもらったりと幸せな時間をすごした。

「うっ、けほっけほっ」

 訂正。あまり幸せな時間ではなかった。





 暇だ。何もすることがないし、あっても やろうとは思わない。倦怠感だけが体を支配する。
 寝ようにもなかなか寝付くことができずにため息をついた。
 早くメリーが帰ってこないだろうか。ベッドの上で寝返りをうちながらその事だけを考える。
 そういえば、大学のレポートを終わらせていない。どうしようかと考え、私は這うようにしてベッドから抜け出した。
 かばんの中をあさり、筆記用具とレポート用紙を取り出す。カチカチと数回ノックをして芯を出す。そのまま数回ペンを回し咳気味にため息をついた。どう書き出すかを考えてもまったく頭が働かない。どうしたものだろうか。書きたいことの内容はまとまっているのだけど、それを文章にすることができない。まるで作文を書かされる小学生のようだ。
 プランク並みに頭がいいと自称していたのはどこの誰だっただろうかと、自嘲気味に呟く。
 額に手を当てると熱い。仕方ない、少し休もう。と何もしてないのに休憩をとる。
 立ち上がり台所で水を飲むべく立ち上がる。少しふらつき壁に手をついた。
 そのまま壁伝いに台所までいき、洗ったばかりのコップに水を注ぐ
 冬なので冷え切った水を飲むと少し体温が下がった気がした。
 
 ぞくりっ
 
 寒気が走る、風邪が酷くなったのだろうか。
 いや、違う。見られている。誰に? 少なくともこの部屋には私以外誰もいない。当たり前だ。私とメリーの部屋で、メリーは今大学に行っているのだから。
 その視線の主はすぐに見つかった。コップに入った水を流そうとした排水溝の闇の中。そこに目があった。
 ひとつやふたつではない。いくつもの目が私を見ている。

 ずるりっ

 排水溝の中の闇が這い出る。逆流する水のように。目も闇と一緒に這い出る。
 質量を持たない二次元の闇がシンクを覆う。じわりと侵食してくる。
 とっさに寄りかかっていた手を外し床に倒れこんだ。
 金色が見えた。金色の糸、いや髪が。
 二次元から這い出してきたその三次元は






 メリー。






 目を覚ます。暖かな布団が包んでくれていた。
 どうやら寝ていたようだ。額に手を当てると完治とまでは行かなくとも、無理をしなければ動けるぐらいには回復していた。なんの夢を見ていたのかは覚えていないけど、ずいぶん寝汗をかいている、パジャマまで濡れていて不快だ。着替えよう。
 愛用している服に袖を通し、一息つく。もう昼を少し過ぎたくらいの時間だ。昼ごはんはメリーが作ってくれたものが机の上においてある。おなかも空いていて食欲もある。なら食べない理由はない。
 ラップを剥がしスプーンを手に取る。冷めてはいたが、温めなおすのが面倒だ。それに冷めていてもある程度は美味しい。さすがメリーと自分の恋人を誇りに思う。
 食べ終え、食器を軽く水で流す。
 やることがなくなってしまった。手持ち無沙汰なので携帯を取り出しインターネットを開く。
 こんどメリーと遊びに行く場所でも探そう。
 カチカチと折りたたみ式の携帯をいじる。近場でリボンが買えるような場所は。
そうだ、このまえみたいに博麗神社へ行こう。あそこは枯れ木が綺麗だ。それに行くまでにある程度大きな商店街があるから。ショッピングも出来る。
 しかし決まったら決まったでまた暇になる。ニュースでも見ることにしよう。何か面白いニュースはないだろうか。いや、それとも時間があるしオカルトについて調べようか
 そういえば最近ニュースぐらいしか見ていないなぁ、ならオカルトにしようか。そう思いつつ私は掲示板を開いた。
 





「ただいま、蓮子」

 気がつくとメリーが靴を脱いでいた。何時間集中していただろう。とある怪談が気になったばかりにずいぶん地方の伝承について詳しくなってしまった。
 
「おかえり、メリー」
「ちゃんと大人しくしてた?」

 メリーが優しく笑う。とても可愛らしい。キスをしたいが、昨日みたいなことになっても困るので自重した。
 
「熱は下がったよ。そういえばメリー日曜日はバイト?」
「休みよ」
「よし、出かけよう」
「………私はあんまり、サークル活動したくないんだけどね」
「メリーは私とのデート嫌なの?」
「デートなの?」
「デート」

 そう告げるとメリーが嬉しそうに笑った。いますぐ飛びついてキスをしたいが、昨日みたいなことになっても困るので自重。
 メリニウムが切れない限りは動けるからまだ大丈夫。そう自分に言い聞かせる。(メリニウムはビタミンミネラルカルシウムを含む、プラシーボ物質。宇佐見 蓮子限定で効果あり。一説ではダイエット効果もあるらしい)

「枯れ木を見に行こうよ」
「枯れ木ってまた変なものを見に行くのね」
「あの侘しさがいいんじゃないの。日本人特有のワビサビって感じで」
「私日本人じゃないから分からないわよ?」
「じゃ、教えてあげるわ。手取り足取り。にひひ」
「蓮子。おじさんくさいわ」
「なっ」

 大げさにショックを受けて仰け反る。ひどい、ひどいわっメリーと、昔どこかでみた少女マンガばりに言ってみても流されるだけだった。
 もちろんセクハラということは承知しているが、こればかりはやめられませんなぁ、と心の中の私がゲスな顔でいう。 

「それで枯れ木ってどこで見るの?」
「博麗神社。あそこ結局何も起きなかったから安心でしょ? それに商店街だってあるし」
「あぁ、そうだったわね。でも少し遠いわよ?」
「時間ならあるし、それに京都から東京まで53分で行ける世の中よ?」
「あれはあわせてるだけ、実際はもっと早くつけるわ」
「知ってるけど」
「まぁ、昔に比べたらずいぶん近いんでしょうけど」
「ならオッケー?」
「もちろん」

 メリーと私が顔を見合わせて笑う。こんな時間がずっと続けばいい、とぼんやり思った。






 
 ガタンゴトンと電車が鳴く。この電車は古い。と言っても東京都だったときの電車に比べれば、速く、ゆれもずっと少ないらしい。この電車の鳴き声だって実際になってるわけではない。風情というものを重視した会社があったほうが良いという理由で録音したものを流しているらしい。実に日本人らしくすばらしいと思う。
 椅子に私とメリーが向き合って座る。外を見ると流れていく景色。過去のものになっていく景色を見て私はメリーに話しかけた

「ねぇ、メリー。こんな話を知ってるかしら」
「いきなりどうしたのよ」
「電車は人を運ぶけど、死者も運ぶの」
「あぁ、良くある怪談ね」
「なぜ舟じゃないのかしら。昔から三途の川を渡しあの世に連れて行くのは死神やカローンって決まっているのに」
「カローンはギリシャ神話よ。しかも渡るのは三途の川じゃなくステュクスだし」
「話の腰を折らないでよ。もしかするとあの世も時代と共に進化していって、今は舟じゃなく電車なのかもしれないわよ。舟で運ぶよりずっと大勢の人数を運べるし」
「ってことは今、カローンは車掌になってるのね。じゃあ運賃は400円くらいかしら。って、そんな大人数を運ぶような事態が起きて欲しくないわよ」
「備えあれば憂いなしって言うじゃない。閻魔も今はスーツの時代かもよ?」
「それじゃあ裁判長みたいじゃない」
「実際裁判みたいなものよ。善か悪かの二分立しかないのなら、黒と白のスーツだったり」
「そんなお笑い芸人みたいな閻魔に裁かれたくないわ」

 想像してみる。あの髭が生えて恐ろしい顔をしている閻魔が白と黒のオセロのようなスーツを着ている。
 かひゅっ、と口から変な笑いが漏れた。

「で、それがどうしたの?」
「いや、それだけだけどつまらなかった?」
「いや、仮説としては骨董無形だけど笑い話としては面白かったわ」
「それは良かった」
「ねぇ、蓮子」
「何?」

 メリーの顔を見ると笑っても怒っても悲しんでも楽しんでもない。どこか達観したような顔をしていた。流れる景色のそのさらに奥を見ているような目。流れる川の底の小石を見つめるような目。人が見ることの無いどこかをメリーは見ていた。

「私がもし三途の川を渡ったり閻魔に会ったら教えてあげるわよ。今、どうなってるのか」
「そんな事、冗談でも言わないでよ」

 私は憤った。そんな事を考えたくない。わがままかも知れないけど、メリーが私より先に死んでほしくない。

「ごめん、蓮子」
「もう、そんな事言うメリーには、お仕置きだぁ!!」

 私はメリーのわき腹を思いっきりくすぐった。なかなか肉付きがいい。

「きゃっ、やめてよっ。く、くすぐったいっ」
「安心して。誰も見てないから」
「そんな問題じゃ、んっ」
「うひひ、たまりませんなぁ」
「いい加減に、しなさいっ」

 メリーからの強烈な拳骨を撃沈した。やはりメリーは怒らすと怖い。
 頭に出来た拳骨をさすりながら、スピーカーから流れる目的の駅の名前を聞いていた。








「これはどう?」

 短く赤いリボン二本と、長く赤いリボン一本をメリーに軽く巻きつける。

「赤?」
「私とメリーで紅白になるじゃない。めでたいめでたい」
「リボンを帽子に巻きつけるって。なんだか変じゃない?」
「似合ってる似合ってる」

 長い方はメリーの帽子に巻きつけてもあまるので、前で二つの輪を作った。無限の形を描く。

「無限のマークは閉じた輪よりもさらに強力な魔除けよ」
「あら、私の事を案じてくれてるのね」
「当たり前じゃない。メリーは私にとって最愛の人なんだからねっ」
「ちょっと声が大きいわ。恥ずかしい」

 メリーが頬を赤く染める。とにかく気に入ってくれたようでなによりだ。
 会計を済まし外に出ると暖かい店内違い、寒い。マフラーと手袋をつける。
 風が枯葉を運んでいた。





 

「久しぶりねぇ」
「この前は来たけど結局何もなかったわよね」
「とりあえず、お参りしようよ」
「うん」

 賽銭箱に5円玉を6枚投げ込む

「なんで6枚?」
「6は調和と安定の象徴だからね。この日々が続いて欲しいという気持ちをこめてみたのよ」
「確かにこの日々が続けばいいわね。変わらないものなんて無いからこその神頼みだし」
「メリーはネガティブね」

 メリーにも5円玉6枚を渡す。チャリンという音が六回鳴った。
 どんな神様がいて、どんな御利益があるのかは分からないけど、神社の神様なら知り合いの神様くらいいるだろう。それでも伝言代で30円は安いだろうか。
 これでもしも願いが叶ったなら安い、凄い、ヤバいの三拍子を揃った神社としてほとんどいない知人に紹介しよう。
 うろ覚えの二拝二拍手一礼をする。形よりは気持ちだ。多分神様だってそう思ってくれるだろう。

「メリーと末永くチュッチュできますように」

 そう大声で言うと、隣のメリーが恥ずかしげに「バカな事言わないでと」、あれ言ってない。
 どれだけ夢中になってお願いしてるのかと思い、手早く礼をすませ、横を見る。
 

 

 そこにメリーはいなかった。




「メリー?」

 神様が怒った? もしかしてここに祀られてたのは祟り神? いやいやそれにしてもおかしい。狙われるならメリーじゃなくて私のはず。大切な人を奪うことで最大の痛みを与える? おいおい、趣味が良すぎて困るぜ神様。
 おっと、私としたことが当たり前の可能性を忘れていた。

「いきなりかくれんぼなのメリー? 意地悪ね」
  
 笑いながら神社の周辺を周って見る。

「メリー? メリーさーん? マエリベリー?」

 いない。見当たらない。人ごみに紛れたとしてもすぐに分かる、明るい金色の髪が見えない。
 ぐるぐると神社を周って見たり、いきなり振り返ってみても見えない。からかうような笑顔を見せてはくれない。

「メリー!? いい加減でてきてよ!!」

 叫ぶ。返答は返ってこず、ただ音として処理される。
 もし、もしもの可能性として、隠れたメリーに何かの要因が加わり、本人の意思とは関係なしに出てこれなくなったとしたら。
 探さないと。
 メリーの名前を叫びながら走る。

「メリー!! メリーッ!!」

 隠れられそうな場所を探す。草むら、森の中、手当たりしだいに。


「痛っ」

 跳ねた枝が皮膚を浅く切り裂く。
 思わず足を止めてしまう。

「メリー………めりぃ………………」

 血と一緒に涙が流れる。
 自分の無力さを痛感する。
 なにがプランク並みの天才だ。

「天才なら、天才ならなんとかしてよっ!! ねぇ!!」

 叫び声は空に消え―――なかった。
 視線、視線、視線、視線。
 無数の好奇な視線。
 空中に浮かんだ隙間の中にそれはあった。
  
「こんにちわ。いえ、こんばんわかしら。どこからがこんにちわで、どこからがこんばんわなのかしら」

 くすくすと笑い声が聞こえた。そしてゆっくりとその隙間の中から女性が出てくる。
 一瞬メリーかと思ったが、良く似ているだけで違っていた。
 
「だ、誰なの?」
「私は八雲 紫 隙間の妖怪」

 電波さんか? と思いたかったが、目の前の光景を見せられたせいで、その確立はとても低い。錯覚、トリックを考えようにも今も感じている無数の視線がそれを許さない。

「へ、へぇ。その隙間の妖怪さんが一体何のようですか?」

 気おされていることを悟られないように、精一杯強がってみる。

「貴方の親友。マエリベリー・ハーンは私が連れて行くわ」
「ふざけんなっ!!」

 掴みかかる。八雲 紫はなんの抵抗もしなかったが、顔は今までどおり笑顔のままだった。
 掴まれたまま八雲 紫が告げる。

「仕方の無いことなのよ」

 仕方の無い? 何が仕方の無いことだ。私はメリーと一生を添い遂げると誓った。たとえそれで世界を敵に回しても。もしそれが妖怪だったとしても何も変わらない。

「メリーを返してよっ!! ねぇ!!」

 振り上げた手は降ろすことができなかった。
 誰かが後ろから優しく握っていたからだ。

「やめて、蓮子」
「メリーッ!?」

 メリーの声がした。
 振り向くとそこには泣きそうな顔をしているメリー。
 一体何で泣きそうになっているんだろう。あぁそうかこの妖怪に連れられていきそうになってるからだ。
 今までこんな修羅場なんどか切り抜けてきたでしょ。何の問題もない。
 メリーの手をとり走り出そうとする。
 しかし掴んだ手はメリー本人によって振り払われた。

「めり、い?」
「蓮子。帰って」
「な、なんでよメリー」
「だって」

 メリーがさっと手を払う。その軌跡が空中を切り裂き、隙間を作る。開いたその中には無数の視線。

「こんな姿。見られたくないよ゛」

 メリーの目から透明なしずくが零れ落ちる。一滴、二滴。メリーは涙をぬぐうと、泣いているような笑顔を作った。

「だから、じゃあね。蓮子」
「待ってよっ!!」

 隙間に消えていこうとしたメリーの手を握る。

「離しなさい。宇佐見 蓮子」
「っ! いやだっ!! 離さないよ、メリーが大好きだから! メリーもメリーだよ。隙間が作れるようになったぐらいでなにさっ。私なんか星と月で時間が分かるのよ!? 凄いでしょ!? 化け物みたいでしょ!? だから、だから行かないでよメリーッ!!」
「――――――っ!」
「マエリベリー」
「うん。分かってる」
「メリー!?」

 メリーが振り返る。そしてメリーは私にキスをした。メリーの唇は柔らかく、とても女の子らしかった。時間にして1秒未満。それでも私にとっては大切なメリーのキスだ。
 
「大好きよ。蓮子」
 
 メリーの唇が離れていく。それとメリー同時にメリーも離れていく。
 いなくなる、メリーが。ここじゃないどこかへ。
 ここで手放してしまうとメリーに一生会えないと分かっている。でも必死に伸ばした手はメリーに届く事はなくて、隙間が閉じるとそこにはメリーなんてそもそもいなかったんじゃないかと思うぐらいの変化のなさ。それがもうメリーがいないんだということを痛いほどに伝えてくる。
 振り返ると、変わらずそこに八雲 紫がいた。

「話、聞かせてもらえる?」
「えぇ」







 神社に戻り、境内にあった石の上に座る。八雲 紫は空中に開いた隙間に座っていた。

「コーヒーで良かった?」
「構わないわ」

 神社の境内にあった自販機でかった暖かいコーヒーを八雲 紫に投げる。
 自分用に買ったカフェオレがポケットの中でカイロの役割をする。

「じゃあ、聞かせて。なんでメリーがあぁならなきゃいけなかったのか」
「幻想郷って知っているかしら」
「メリーから聞いたことがあるけど」

 たしか昔メリーが言っていたことを思い出す。たしか

「忘れられたものたちが集まる場所」
「そう、消え行くものたちの生命維持装置」
「メリーは幻想郷に行ったの?」
「えぇ」

 なぜ。という疑問を口に出す前に八雲 紫が答える。

「あの子は幻想郷の管理者だから」

 幻想郷の管理者。その言葉の意味が分からずに頭の中で考える。管理者。土地などを管理する人。幻想郷を管理するのがメリー。管理、どうやって? そんなのできるわけがない。忘れられたものが集う場所なら沢山のものが集まるだろうし、どんくさいメリーにできるとは到底思えない。
 
「幻想郷の管理者ってどういう事よ」
「言葉の通りよ。幻想郷で異変が起きたらそれをとめる。博麗の巫女と同じ幻想郷の抑制装置。通称妖怪の賢者」
「まってよ。メリーは人間よ」
「人間が持つにしては強すぎる力、と思ったことは?」

 ある。一度ではなく何度も。異世界、平行世界または失われた世界に行くことが出来るのだから、それを実現するために必要なエネルギーは軽く考えただけでも原子力の数千倍にはなるはずだ。そんなのが実現したなんて話は聞かないし、メリーは原子力発電所じゃない。科学的に考えてしまってはいけないのがメリーという存在。

「私も妖怪の賢者でね。世代交代をするときが来たの。あの子はこれから八雲 紫になる」
「つまり、メリーは八雲 紫襲名って事?」
「八雲 紫になる。文字通りね。最強の一人一種の妖怪。死んだとしても新しい八雲 紫がいるし、力が衰えてしまったら新しい八雲 紫になる。私たちはいままでそうやって生きていた」
「メリーはもうメリーじゃないの?」
「表面上は八雲 紫。内面にあるメリーはもうでてくることはないでしょうね」
「………………」
「死ぬわけじゃないわ」
「分かってる。それでも、メリーを知る人がいないだなんて」

 死んでいるのと変わらないじゃないか。これからメリーを誰も認識せず、八雲 紫として認識する。あんまりだ。

「覚えていてあげて頂戴。お願いよ」
「分かってる」
「そう。ありがとう」

 八雲 紫が微笑む。それは今までと違い人間のような表情だった。

「貴方、どうなるの?」
「消えるわ。八雲 紫は一人だけだから」
「………せっかくだから貴方のことも覚えておいてあげるわ。プランク並みの頭脳は一度記憶したことを忘れない」
「ふふふ。ありがとう」
「だから一つだけお願いがあるんだけど」
「メリーを八雲 紫にしないでっていうお願いなら聞いてあげるわよ。金銀財宝? 不老不死?」
「ただ私の――――――にして」









「あ、蓮子さん大丈夫だった?」
「うん。大丈夫」

 大学の中にはいると知り合いや、好奇心旺盛な学生に囲まれた。なぜかというとメリーは行方不明。私は怪我をして事件の記憶が無くなったとされているからだ。
 あぁ、この目って隙間みたいだなぁとぼんやり考える。
 質問を適当にあしらっていると。ショックが大きいと勘違いした、正義感の強い学生が周りの学生を追い払ってくれた。

「ありがとう」
「いや、いいよ」

 笑顔を作り礼を言うと、学生は照れたように頬を掻いた。
 
「蓮子ー!!」

 椅子に座り、今日はどこをやるのかを思い出していると後ろからとても元気な声が、オブラートに包まないとうるさい声が聞こえた。振り向くと同じゼミの友人がいた。走ってきたらしく、息を切らしていた。

「目大丈夫!? 耳も」
「うん」
「困ったことあったら言ってねっ」
「あ、ありがとう」

 今私は眼帯とみみせんをしている。さらに私の耳はここにある音を拾うことが出来ない。目もだ。
 多少の不便はあるが、深刻なほどではないし、心配をするほどのことではない。
『美味しそうなお団子ね。いただくわ』
『あっ!! それ私のだから!!』

「ははっ」
「どうかした? 蓮子」
「いや昨日みたバラエティーが面白くってね」
「蓮子。バラエティー見るっけ?」
「すごい良い感じっていうコント番組」
「面白いっていうなら、私も見てみようっと。どこのチャンネル?」
「京都テレビ」

 ただ、放送されてるのはもう十年以上前だけど。
 友人はメモを取っていたが、おそらく見ることはできないだろう。というか私も詳しくしらないので見てこられても話についていけない。
 隣に座った友人が何か言っていたが、適当に相槌を打ち、私は外の景色を見つつ、そこから聞こえる音を聞いていた。





「はぁ、さむ」

 神社の階段を上がりながら、カイロ代わりに買ったキャラメルラテとやらのプルタブをあける。

「どう?そっちは」
『!? あ、あぁ蓮子かぁ。幽霊かと思った』
「幽霊なんてそっちは掃いて捨てるほどいるでしょ?」
『まぁね。それでどうしたの蓮子』
「愛するメリーとの会話を楽しみたいのよ」
『ちょっと、何ぼそぼそ言ってるのよ』
『なんでもないわよ』
「どうしたのメリー」
『傍から見たら独り言だから』
「こっちもよ。だから人気が無い場所に行くの」

 胸焼けするほど甘いキャラメルコーヒーを飲みながら、運動不足の人には大変だと思われる階段を上りきる。境内には誰もいない。良い感じのさびれ具合だ。
 眼帯を外し、右目を閉じると誰もいないはずの境内に紅白の巫女服を着た少女が掃除をしているのが見えた。
 
「あぁ。霊夢だったのね」
『えぇ』

 紅白の少女は博麗 霊夢。博麗神社の巫女で、ここにはいない。
 あの日私は八雲 紫に頼んで、私の左目をメリーの左目と一緒にしてもらった。つまりメリーの見えるものが私には見える。耳も同様に。
 だからここで私がいくら動き回っても視界は一切動くことはない。
 
『蓮子は今どこにいるの?』
「博麗神社。外のね」
 
 神社の賽銭箱の近くに腰を降ろす。

『私はどこにいるのかしら』
「私の隣」
『あら、蓮子はそこにいるのね』

 メリーが私がいるであろう場所を撫でる。

「たまには遊びにきたら? 隙間操って」
『もうすぐ冬眠するから、そっち行くわ、スキマ使って』
「冬眠するんじゃ?」
『冬休み~』

 どうやらメリーと私の距離はあまり遠くないらしく、冬ならば冬眠と偽り、こっちに遊びにこれるらしい。
 なんじゃそりゃとため息をつく。
 向こうでは霊夢の声とまた新しく飛んできた金髪の少女の声が聞こえた。




『紫。帰らないの。もう夜よ?』

 その声でもう日が暮れていることに気づく。どうやらそんな事に気づかないほどに私は熱中していたようだ。
 メリーも同じらしく、あら本当ね と言っていた。

『もう少しここにいるわ』
『そう。じゃ』
『またね霊夢』
「もう夜だったんだね」
『そうね』
「現在博麗神社賽銭箱から1メートル後方の階段、私の30センチ隣にいるわ」
『そう。そこにいるのね蓮子』
「うん」
『月が、綺麗ね』
「そうね。私もそう思うわ」

 二人して笑う。月は綺麗だ。冬の寒さは厳しいけれど、隣同士でいれば温かい。体じゃなく心が。なんて馬鹿げたことかもしれないけど実際そうなのだから仕方が無い。
 星が動き、時間は過ぎていく。それでも止まることのなく続いていく。
 今日だけじゃない。なぜならメリーと私はずっと一緒なのだから。永遠にずっと続いていく。
  
 

 今ここにいる私と、今そこにいる貴方の話が。
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コメント



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1.90非現実世界に棲む者削除
まぁよくある話としては中々良かったと思います。
ただ突発的で前置きが足りない部分があったかと思います。
境を隔てても尚一つ。
ロマンチックな作品でした。
2.90奇声を発する程度の能力削除
素敵な雰囲気のあるお話でした
7.90名前が無い程度の能力削除
蓮子が空回りしてる感じがちょっと滑稽だったけど、
こういうの大好きです
9.503削除
ラストは良かったです。
しかしそれ以外の箇所が読みにくいことこの上ない。

まず読み手をこのSSに惹きつけたいなら、最初にいきなり自己紹介をずらずらずらーっと並べるのは避けるべきだと思いますし、
次の段落で
>一緒に入れる時間(居れる)
>現在8時30分。(全角数字と半角数字をごっちゃにしない!)
という文を見てしまうとブラウザバックしたくなってしまいます。

その他の文も基本蓮子の行動と思考だけしか書かれておらず、
全体としてのっぺりとした印象を受けます。

上記を踏まえて、やや辛いかもしれませんが、この点数で。