冬近い季節。博麗神社では何やら毎日起こる事件に頭を悩ませているようだ。そう参拝客の来ない事だ。原因は勿論分かってる。妖怪と人間の入り乱れる神社に来る輩はそうは居ない。仮に来としてもそれはよほどの変わり者でしかない。
「まぁ賽銭が無いだけで生活はおくれてるから問題は無いんだけどねぇ」
よく人は言う。賽銭が入らずにどう過ごしているのかと。幻想郷の大結界の補修やその他妖怪退治。異変解決などで収入はそれなりにあるのだ。ただ私が賽銭の事を気にするのはそれがそのまま信仰に関係するからだ。神様を降ろす時に神様は最近は信仰が減って暇をしていると言う。
豊作の神ならば豊作を願われることでその意味を持つ。しかし願われなければ力を無くし豊作に出来なくなってしまう。信仰されることで力を持つなら人がそれにお願いをしようとお金が入る。だから信仰=お金になる。
「もしお金が入ったら神社の老朽化したところとか直したいなぁ」
もし無限のお金が入っても使い道はそれくらしかないかなぁ…。
あって損は無し。しかし有りすぎは人を惑わす。が無ければ無いで困る事がある。
「そこそこが一番」
そこそこに基準は無いがそれが世界の、ここでの長生きの秘訣なのかもしれない。
そんな事を思い遅い紅葉を見ながらお茶を啜る。美味しい。
「ごめんください」
「…は~い」
誰? 面倒だなぁ…。
そう思いつつ玄関まで行く。
「あぁ聖」
「お久しぶりです霊夢さん。あの一件ではお世話になりました」
「仕事の一つだから気にしないで」
「今日霊夢さんの所に来たのは他でも無いその仕事の話で来ました」
「……」
真剣な顔。聖くらいの力があれば私に頼む仕事なんてほとんどないはず。となれば仕事内容のほうね。
「はぁ…面倒ねぇ」
「いえ霊夢さんに仕事を持ってきたというわけでは無いんです」
「知ってるわだから面倒なの」
「…流石霊夢さん。貴方のカンは鋭いですね」
どうもと言いながら客間に通す。こんな事はたまに聞きに来たりするやつがいるのだ。妖夢も聞きに来た頃があった。真面目で優しい奴がよくこの話を持ってやってくる。
聖と自分のお茶を出す。
「それで要件の方なんですが」
「妖怪退治をやめろってことよね」
「そうです」
「私はやめてもいいのよ。けどやめて人間に被害が出たときはどうするの?」
「出させません。私聖の名にかけても出させません」
「そう。夜が近くなってきたわね」
外はまだ明るいが日は落ちるのが早くなる一方だ。こんな時期は普通よりも妖怪が出やすくなる。故に妖怪退治の依頼も普通よりかは多くなる。
「それでやめてくれるのですか?」
「私は止めてもいいって思ってるわ。けど…そうねぇ」
一旦言葉を切る。真剣な面持ちの聖は私の言葉は全て言い返してきそうだ。言っても無理なら…
「なら今日の妖怪退治聖がやってみて。貴方のやりたいように。上手くいかなくても私が何とかしてあげるから」
「そうきましたか。分かりました。では僭越ながらやらせてもらいます」
そこで会話は途切れた。
聖は妖怪と人間の完全な平等を目指している。だから妖怪退治をしている私にやめてと言ってきたのだろう。
夜も深くなり妖怪退治には打って付けな時間になってきた
「そろそろ時間ね。行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
被害が出たと言われる場所に聖を案内する。夜になり寒くもなってきた。早く帰りたいなぁ。
「聖」
「なんですか?」
「今回退治するって妖怪ね、私の知ってるやつなの」
「なっ?! でしたら何故知り合いを殺すような真似を買って出たのですか?!」
「そう決めたからよ。理由はまた今度にでも話すわ」
聖は何か言いたげな顔をしていたが私が何も言わないと思ったのか何も聞かなかった。
「ここよ。被害が多発しているって場所は」
「えぇわかります。妖気がまだ残留していますね」
「私が囮になるわ」
「待って下さい。そんな危険な目に合わせられるわけないじゃないですか」
「聖人なんでしょ?なら私一人くらい守れるでしょ?」
「分かりました」
道の側に立つ。月が綺麗だ。
あの頃の私もまだ今の仕事に希望と夢を持っていた。今は本当に本当の意味での仕事だ。何も思うことは許されずひたすらにただただ妖怪を退治するだけ。
「な~んてね。やっぱり貴方も変わっちゃったのね」
「れ……い…む……さん」
昔に知り合った妖怪。出会った頃にはまだまともに会話は出来た。
「もう無理か…」
「霊夢さん」
「後は貴方なりのやり方でやってみなさい」
「はい」
聖はゆっくりとそれに近づいていく。それはもう人の形をしていない。
「私は聖白蓮と言うものです。私は貴方を助けたいんです」
「あ…ぁあ……」
「私は命蓮寺と言うお寺の住職です。毘沙門天の加護に入れば貴方もきっと助かるはずです」
「た…けな…。も…無理。ひ……思い…や……。わた…人…ありたい」
「私を信じて下さい! 私は貴方を救いたいんです!」
会話はほぼ出来てない。しかし霊夢にはその物が何と言おうとしているかが分かっていた。
「ぁぁぁぁああああああ!」
雄叫びをあげ聖に襲いかかるそれ。
「っ―――?!」
聖の腹の肉が少し持っていかれた。
「私は貴方に危害は加えません!」
「ぁあぁ…おぁぁあ」
ゆらゆらそれは揺れる。
「聖。死なないでよ」
「えぇ。私はまだ死ねません」
「がぁぁぁあああああ!!!」
姿は見えない。それほどにそれは早かった。否速かった。
「ぐぅ!!」
聖は腕で急所は守ったもののそのままなら心臓を貫かれていただろう。ガードした腕は折れ曲がり、ありえない方向に曲がっていた。肉を貫き紅き水が暗闇に滴り落ち、暗闇に映える白い骨がむき出しになる。
「私は…貴方を救いたいだけなんです!! どうか私と一緒に来てください」
それはさっきよりも聖を殺す気を出し加速の準備に入った。
「貴方は悔しくないのですか?!」
「ぁ?」
「妖怪に生まれ恐れられ、孤独に生き、人によって消されて!」
「…ぁ……」
「私がそんな世の中を変えて一つにしてみせます!! ですから」
その言葉の途中でそれは動き出した。
「私を信じて下さい!!」
「無理ね」
それが聖に触れる前に私の御札がそれを貫いた。
「こうなったらもうどうしようもないの」
「待ってください!! 私の説得はまだ終わっていません」
「今までにもそういってこうなったこいつみたいなのを説得したいって言ったやつが居たのよ」
「え?」
「聖人のあなたならもしかしてって思ったけど無理なのよ。こうなった奴等に説得なんて」
それはまだかろうじて動いていた。
霊夢は止めを刺すためゆっくりそれに近づいていった。
「待って下さい!!」
「この子が何て言ったか教えてあげるわ」
「…」
「助け無い。もう無理。人思いにやって。私人でありたい」
「え?」
「この子は元は人だったみたいなの。けど聖みたいに人であることをやめたの」
「そんな…なら尚更救ってあげないといけないじゃないですか?!」
「それが出来るならもうやってるわよ!!!」
声を張り上げて言う。自分でも肩で息をしているのが分かる。
「もう無理なの。いや実際には救いようはあるのかもしれないわ。けど私も聖もその方法を知らない。だからこれが今できる最大の救いなのよ」
「…方法は無いんですか?」
「そうよ。それとも貴方は心まで失ったこの子に尚辛い思いして生きろと言うの?」
冷たくそしてもう諦めろと諭すように言う。
聖はそれの一部を握り…
「申し訳ありません。私にもっと力があれば救えたのに…」
涙。涙。涙。
悔しくて悔しくて仕方がないのだ。
大見得を切ってもそれは上手くいかないケースが多い。
「仕方ないわよ。じゃあ今楽にしてあげるから。またね」
冷たい夜に虚しくその灯火は消えていった。
「ぁぁぁあああ!!!」
抑えていた悲しみと自身の無力さ、自信への怒りを声と涙で表す聖。
「仕方ないのよ」
「何で貴方はそんなに冷静でいられるんですか?! 知り合いだったのでしょう?!」
「…帰りましょう。傷の手当も必要みたいだし。それに少し頭を冷やしてから話しましょ」
半ば無理やりに聖を博麗神社まで引っ張って帰る。
ある程度は聖は魔法で傷を治した。残りは包帯などで簡易に治療した。
「……」
「だから面倒だって言ったのよ」
「貴方に哀れみは無いのですか?」
「そこそこにはあるわよ」
「私が言うのも何なんですが何故そこまで人らしくないのですか?」
「感情が欠落してるって事?」
「いえ。根本です。何があっても自分と関わりが無いと分かるととことん興味を示さない。仕事になると綺麗に割り切れる。何があればそこまでの心を持てるのですか?」
「簡単よ。昔は貴方みたいに妖怪も人間も平等に接しよう。両方救おうって思っていたわ」
天井を眺める。何も無いと分かっていても今は聖の顔を見ることが出来なかった。
「そして今日みたいな事が起きたの。説得は失敗。殺される寸前まで私は説得をした。けど自分が大切だったのかは知らないけど私は気付いたらさっきまで説得をしようとしてた妖怪を殺してたの」
「………」
「色々調べた。色々試した。全て失敗。上手くいかなかった。そして私は頑張ることを止めた」
「何でですか?」
「頑張っても仕方ないからよ」
「違います!! 何でその痛みを知ってるあなたが何でまだその仕事を続けているんですか?!」
「私は無関心。けど生きなくちゃいけない。だからやってる」
「矛盾してるとは思わなかったのですか?!」
「言われなくたって分かってるわよ!!」
「私には貴方が、いえ霊夢さんがやっている行為は自己満足としか思えません。昔の事に囚われ、生きないといけない何て勝手な理由を自分で付けてそれで本当に傷ついてるのは霊夢さん自身じゃないんですか?!」
聖は目一杯に涙を浮かべ私の顔を直視している。まだ希望を持った真っ直ぐな目。
「もう遅いのよ!! こんな血だらけの手で誰を救えっての?!」
「霊夢さん自身です!!」
お互いに呼吸を整える。
妖怪を救おうとして失敗した霊夢。平等を目指し騙したがため人間に封印された僧。
霊夢は頑張って救おうとした。そしてその頑張りが実ることは無かった。いや種さえ無かったのかもしれない。そして今はその気持ちに嘘を付き、仮面を被り妖怪を退治する。
聖は傷ついた。しかし復活した後に夢を着々と叶えている。実を結ぶ前の花は咲きかかっているのだ。
「私はもう無理…。何で聖は上手くいくのに私の頑張りは報われなかったのよ…」
「霊夢さんはまだ希望を持っているんですよね?」
「諦めたわ」
「なら何故あの子を退治するときに(またね)と言ったんですか?」
「自己満足よ」
「輪廻転生。それを願ったのでは無いのですか?」
「それくらい祈ってもいいじゃない。もうどうすることも出来ないんだから…」
涙で前が見えなくなるくらい悲しかった。それこそ聖が嘆いたように自分の無力にまた霊夢もずっと嘆いていたのだ。
「そこそこに頑張るのと投げやりになるのは違いますよ。霊夢さんは投げやりに自分が傷ついてもいい。もうどうにもできないから諦める。だから貴方たち妖怪は退治されるべき。そんな感じに見えます」
「じゃあ私は何をすれば良かって言うの?!」
「もっと自分を大切にすれば良かったんです」
聖が霊夢に近づく。霊夢も聖の方を見る。
「ですからそれに気づけなかった霊夢さんを私が怒ります」
パチン
聖が霊夢の頬を叩く。
呆然とする霊夢を聖は引き寄せそして抱きしめた。
「霊夢さんは優し過ぎたのです。相手ばかり考えては自分が幸せになりません。霊夢さんが傷だらけなのに相手が幸せになれるわけないんですよ」
「……もっと早く、あの頃の自分に聞かせたかった」
泣いた。否啼いた。
傷だらけになった。傷を負い過ぎた少女。今は感情の赴くままに涙を流しても誰も文句は言えまい。
「霊夢さん妖怪も人間も、もしかしたら神様だって死ぬかもしれません。生き方こそ違えど行き着く先は皆同じなのです」
「私も死んだら今まで退治してきた妖怪と会えるのかな?」
「えぇきっと。もしかしたらもうすでに生まれ変わり幸せな人生を送っている方も居るかもしれません」
「それならいいなぁ…」
「退治された妖怪はもう生まれ変わっているはずです。退治するとは退化つまり堕ちる事を治す。そういった考えもあるのです。ですから堕ちた妖怪を霊夢さんは治しまたこの世の理へと導いたのです」
霊夢は何も言わず聖の膝に頭を乗せる。顔を見られぬように。聖はそれを見て霊夢の頭を撫でながら話を続ける。
「この世で罰を受け過ちをあの世で償い、また生まれる。殺された方も同じです。霊夢さんは何もしなかったわけではありません。私には出来なかったやり方で妖怪に救いを見出したのです」
「………」
「今までお疲れ様です霊夢さん」
「ずるいよ…」
また涙が出た。誰も言ってくれなかった頑張りに対しての労いの言葉。今の霊夢には十分すぎる言葉であった。
「ありがと。また頑張ってみる。今度は間違わないように。間違えたときにはまた私を怒ってね?」
「当たり前です。その願い確かに聞き届けました」
「ねぇ…」
「はい?」
「今日ってこんなに温かかったっけ?」
「それは風邪というやつです!! 早速自分を大切にしてないじゃないですか!!」
霊夢を大急ぎで布団に寝かせる。
スヤスヤ眠る霊夢の横でセーターを編む聖。
今回の一件は苦くもありまたよき経験にもなったはずだ。そんな事を思いつつはぐれた布団を直す。今まで頼りたくても頼れなかった霊夢。
「今回のでお友達くらいにはなれましかね霊夢さん」
返事は無いが幸せそうに眠る霊夢を見ながら自分もまだまだ未熟と感じた。こんな年半ばもいかぬ少女の重たい、辛い気持ちに気付けなかったのだ。友達になり関係を深め打ち解けれるようにならなければと思いながらセーターの続きを編み始めた。
「あっ…網目一つ飛ばしてたの気づきませんでした…」
「まぁ賽銭が無いだけで生活はおくれてるから問題は無いんだけどねぇ」
よく人は言う。賽銭が入らずにどう過ごしているのかと。幻想郷の大結界の補修やその他妖怪退治。異変解決などで収入はそれなりにあるのだ。ただ私が賽銭の事を気にするのはそれがそのまま信仰に関係するからだ。神様を降ろす時に神様は最近は信仰が減って暇をしていると言う。
豊作の神ならば豊作を願われることでその意味を持つ。しかし願われなければ力を無くし豊作に出来なくなってしまう。信仰されることで力を持つなら人がそれにお願いをしようとお金が入る。だから信仰=お金になる。
「もしお金が入ったら神社の老朽化したところとか直したいなぁ」
もし無限のお金が入っても使い道はそれくらしかないかなぁ…。
あって損は無し。しかし有りすぎは人を惑わす。が無ければ無いで困る事がある。
「そこそこが一番」
そこそこに基準は無いがそれが世界の、ここでの長生きの秘訣なのかもしれない。
そんな事を思い遅い紅葉を見ながらお茶を啜る。美味しい。
「ごめんください」
「…は~い」
誰? 面倒だなぁ…。
そう思いつつ玄関まで行く。
「あぁ聖」
「お久しぶりです霊夢さん。あの一件ではお世話になりました」
「仕事の一つだから気にしないで」
「今日霊夢さんの所に来たのは他でも無いその仕事の話で来ました」
「……」
真剣な顔。聖くらいの力があれば私に頼む仕事なんてほとんどないはず。となれば仕事内容のほうね。
「はぁ…面倒ねぇ」
「いえ霊夢さんに仕事を持ってきたというわけでは無いんです」
「知ってるわだから面倒なの」
「…流石霊夢さん。貴方のカンは鋭いですね」
どうもと言いながら客間に通す。こんな事はたまに聞きに来たりするやつがいるのだ。妖夢も聞きに来た頃があった。真面目で優しい奴がよくこの話を持ってやってくる。
聖と自分のお茶を出す。
「それで要件の方なんですが」
「妖怪退治をやめろってことよね」
「そうです」
「私はやめてもいいのよ。けどやめて人間に被害が出たときはどうするの?」
「出させません。私聖の名にかけても出させません」
「そう。夜が近くなってきたわね」
外はまだ明るいが日は落ちるのが早くなる一方だ。こんな時期は普通よりも妖怪が出やすくなる。故に妖怪退治の依頼も普通よりかは多くなる。
「それでやめてくれるのですか?」
「私は止めてもいいって思ってるわ。けど…そうねぇ」
一旦言葉を切る。真剣な面持ちの聖は私の言葉は全て言い返してきそうだ。言っても無理なら…
「なら今日の妖怪退治聖がやってみて。貴方のやりたいように。上手くいかなくても私が何とかしてあげるから」
「そうきましたか。分かりました。では僭越ながらやらせてもらいます」
そこで会話は途切れた。
聖は妖怪と人間の完全な平等を目指している。だから妖怪退治をしている私にやめてと言ってきたのだろう。
夜も深くなり妖怪退治には打って付けな時間になってきた
「そろそろ時間ね。行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
被害が出たと言われる場所に聖を案内する。夜になり寒くもなってきた。早く帰りたいなぁ。
「聖」
「なんですか?」
「今回退治するって妖怪ね、私の知ってるやつなの」
「なっ?! でしたら何故知り合いを殺すような真似を買って出たのですか?!」
「そう決めたからよ。理由はまた今度にでも話すわ」
聖は何か言いたげな顔をしていたが私が何も言わないと思ったのか何も聞かなかった。
「ここよ。被害が多発しているって場所は」
「えぇわかります。妖気がまだ残留していますね」
「私が囮になるわ」
「待って下さい。そんな危険な目に合わせられるわけないじゃないですか」
「聖人なんでしょ?なら私一人くらい守れるでしょ?」
「分かりました」
道の側に立つ。月が綺麗だ。
あの頃の私もまだ今の仕事に希望と夢を持っていた。今は本当に本当の意味での仕事だ。何も思うことは許されずひたすらにただただ妖怪を退治するだけ。
「な~んてね。やっぱり貴方も変わっちゃったのね」
「れ……い…む……さん」
昔に知り合った妖怪。出会った頃にはまだまともに会話は出来た。
「もう無理か…」
「霊夢さん」
「後は貴方なりのやり方でやってみなさい」
「はい」
聖はゆっくりとそれに近づいていく。それはもう人の形をしていない。
「私は聖白蓮と言うものです。私は貴方を助けたいんです」
「あ…ぁあ……」
「私は命蓮寺と言うお寺の住職です。毘沙門天の加護に入れば貴方もきっと助かるはずです」
「た…けな…。も…無理。ひ……思い…や……。わた…人…ありたい」
「私を信じて下さい! 私は貴方を救いたいんです!」
会話はほぼ出来てない。しかし霊夢にはその物が何と言おうとしているかが分かっていた。
「ぁぁぁぁああああああ!」
雄叫びをあげ聖に襲いかかるそれ。
「っ―――?!」
聖の腹の肉が少し持っていかれた。
「私は貴方に危害は加えません!」
「ぁあぁ…おぁぁあ」
ゆらゆらそれは揺れる。
「聖。死なないでよ」
「えぇ。私はまだ死ねません」
「がぁぁぁあああああ!!!」
姿は見えない。それほどにそれは早かった。否速かった。
「ぐぅ!!」
聖は腕で急所は守ったもののそのままなら心臓を貫かれていただろう。ガードした腕は折れ曲がり、ありえない方向に曲がっていた。肉を貫き紅き水が暗闇に滴り落ち、暗闇に映える白い骨がむき出しになる。
「私は…貴方を救いたいだけなんです!! どうか私と一緒に来てください」
それはさっきよりも聖を殺す気を出し加速の準備に入った。
「貴方は悔しくないのですか?!」
「ぁ?」
「妖怪に生まれ恐れられ、孤独に生き、人によって消されて!」
「…ぁ……」
「私がそんな世の中を変えて一つにしてみせます!! ですから」
その言葉の途中でそれは動き出した。
「私を信じて下さい!!」
「無理ね」
それが聖に触れる前に私の御札がそれを貫いた。
「こうなったらもうどうしようもないの」
「待ってください!! 私の説得はまだ終わっていません」
「今までにもそういってこうなったこいつみたいなのを説得したいって言ったやつが居たのよ」
「え?」
「聖人のあなたならもしかしてって思ったけど無理なのよ。こうなった奴等に説得なんて」
それはまだかろうじて動いていた。
霊夢は止めを刺すためゆっくりそれに近づいていった。
「待って下さい!!」
「この子が何て言ったか教えてあげるわ」
「…」
「助け無い。もう無理。人思いにやって。私人でありたい」
「え?」
「この子は元は人だったみたいなの。けど聖みたいに人であることをやめたの」
「そんな…なら尚更救ってあげないといけないじゃないですか?!」
「それが出来るならもうやってるわよ!!!」
声を張り上げて言う。自分でも肩で息をしているのが分かる。
「もう無理なの。いや実際には救いようはあるのかもしれないわ。けど私も聖もその方法を知らない。だからこれが今できる最大の救いなのよ」
「…方法は無いんですか?」
「そうよ。それとも貴方は心まで失ったこの子に尚辛い思いして生きろと言うの?」
冷たくそしてもう諦めろと諭すように言う。
聖はそれの一部を握り…
「申し訳ありません。私にもっと力があれば救えたのに…」
涙。涙。涙。
悔しくて悔しくて仕方がないのだ。
大見得を切ってもそれは上手くいかないケースが多い。
「仕方ないわよ。じゃあ今楽にしてあげるから。またね」
冷たい夜に虚しくその灯火は消えていった。
「ぁぁぁあああ!!!」
抑えていた悲しみと自身の無力さ、自信への怒りを声と涙で表す聖。
「仕方ないのよ」
「何で貴方はそんなに冷静でいられるんですか?! 知り合いだったのでしょう?!」
「…帰りましょう。傷の手当も必要みたいだし。それに少し頭を冷やしてから話しましょ」
半ば無理やりに聖を博麗神社まで引っ張って帰る。
ある程度は聖は魔法で傷を治した。残りは包帯などで簡易に治療した。
「……」
「だから面倒だって言ったのよ」
「貴方に哀れみは無いのですか?」
「そこそこにはあるわよ」
「私が言うのも何なんですが何故そこまで人らしくないのですか?」
「感情が欠落してるって事?」
「いえ。根本です。何があっても自分と関わりが無いと分かるととことん興味を示さない。仕事になると綺麗に割り切れる。何があればそこまでの心を持てるのですか?」
「簡単よ。昔は貴方みたいに妖怪も人間も平等に接しよう。両方救おうって思っていたわ」
天井を眺める。何も無いと分かっていても今は聖の顔を見ることが出来なかった。
「そして今日みたいな事が起きたの。説得は失敗。殺される寸前まで私は説得をした。けど自分が大切だったのかは知らないけど私は気付いたらさっきまで説得をしようとしてた妖怪を殺してたの」
「………」
「色々調べた。色々試した。全て失敗。上手くいかなかった。そして私は頑張ることを止めた」
「何でですか?」
「頑張っても仕方ないからよ」
「違います!! 何でその痛みを知ってるあなたが何でまだその仕事を続けているんですか?!」
「私は無関心。けど生きなくちゃいけない。だからやってる」
「矛盾してるとは思わなかったのですか?!」
「言われなくたって分かってるわよ!!」
「私には貴方が、いえ霊夢さんがやっている行為は自己満足としか思えません。昔の事に囚われ、生きないといけない何て勝手な理由を自分で付けてそれで本当に傷ついてるのは霊夢さん自身じゃないんですか?!」
聖は目一杯に涙を浮かべ私の顔を直視している。まだ希望を持った真っ直ぐな目。
「もう遅いのよ!! こんな血だらけの手で誰を救えっての?!」
「霊夢さん自身です!!」
お互いに呼吸を整える。
妖怪を救おうとして失敗した霊夢。平等を目指し騙したがため人間に封印された僧。
霊夢は頑張って救おうとした。そしてその頑張りが実ることは無かった。いや種さえ無かったのかもしれない。そして今はその気持ちに嘘を付き、仮面を被り妖怪を退治する。
聖は傷ついた。しかし復活した後に夢を着々と叶えている。実を結ぶ前の花は咲きかかっているのだ。
「私はもう無理…。何で聖は上手くいくのに私の頑張りは報われなかったのよ…」
「霊夢さんはまだ希望を持っているんですよね?」
「諦めたわ」
「なら何故あの子を退治するときに(またね)と言ったんですか?」
「自己満足よ」
「輪廻転生。それを願ったのでは無いのですか?」
「それくらい祈ってもいいじゃない。もうどうすることも出来ないんだから…」
涙で前が見えなくなるくらい悲しかった。それこそ聖が嘆いたように自分の無力にまた霊夢もずっと嘆いていたのだ。
「そこそこに頑張るのと投げやりになるのは違いますよ。霊夢さんは投げやりに自分が傷ついてもいい。もうどうにもできないから諦める。だから貴方たち妖怪は退治されるべき。そんな感じに見えます」
「じゃあ私は何をすれば良かって言うの?!」
「もっと自分を大切にすれば良かったんです」
聖が霊夢に近づく。霊夢も聖の方を見る。
「ですからそれに気づけなかった霊夢さんを私が怒ります」
パチン
聖が霊夢の頬を叩く。
呆然とする霊夢を聖は引き寄せそして抱きしめた。
「霊夢さんは優し過ぎたのです。相手ばかり考えては自分が幸せになりません。霊夢さんが傷だらけなのに相手が幸せになれるわけないんですよ」
「……もっと早く、あの頃の自分に聞かせたかった」
泣いた。否啼いた。
傷だらけになった。傷を負い過ぎた少女。今は感情の赴くままに涙を流しても誰も文句は言えまい。
「霊夢さん妖怪も人間も、もしかしたら神様だって死ぬかもしれません。生き方こそ違えど行き着く先は皆同じなのです」
「私も死んだら今まで退治してきた妖怪と会えるのかな?」
「えぇきっと。もしかしたらもうすでに生まれ変わり幸せな人生を送っている方も居るかもしれません」
「それならいいなぁ…」
「退治された妖怪はもう生まれ変わっているはずです。退治するとは退化つまり堕ちる事を治す。そういった考えもあるのです。ですから堕ちた妖怪を霊夢さんは治しまたこの世の理へと導いたのです」
霊夢は何も言わず聖の膝に頭を乗せる。顔を見られぬように。聖はそれを見て霊夢の頭を撫でながら話を続ける。
「この世で罰を受け過ちをあの世で償い、また生まれる。殺された方も同じです。霊夢さんは何もしなかったわけではありません。私には出来なかったやり方で妖怪に救いを見出したのです」
「………」
「今までお疲れ様です霊夢さん」
「ずるいよ…」
また涙が出た。誰も言ってくれなかった頑張りに対しての労いの言葉。今の霊夢には十分すぎる言葉であった。
「ありがと。また頑張ってみる。今度は間違わないように。間違えたときにはまた私を怒ってね?」
「当たり前です。その願い確かに聞き届けました」
「ねぇ…」
「はい?」
「今日ってこんなに温かかったっけ?」
「それは風邪というやつです!! 早速自分を大切にしてないじゃないですか!!」
霊夢を大急ぎで布団に寝かせる。
スヤスヤ眠る霊夢の横でセーターを編む聖。
今回の一件は苦くもありまたよき経験にもなったはずだ。そんな事を思いつつはぐれた布団を直す。今まで頼りたくても頼れなかった霊夢。
「今回のでお友達くらいにはなれましかね霊夢さん」
返事は無いが幸せそうに眠る霊夢を見ながら自分もまだまだ未熟と感じた。こんな年半ばもいかぬ少女の重たい、辛い気持ちに気付けなかったのだ。友達になり関係を深め打ち解けれるようにならなければと思いながらセーターの続きを編み始めた。
「あっ…網目一つ飛ばしてたの気づきませんでした…」
もう少し一つ一つを掘り下げてみてもいいんじゃないかなと
飄々としてる霊夢もいいけど感情的になる霊夢もいいですね
誤字報告を
「助け無い。もう無理。人思いにやって。私人でありたい」
「一思い」かと
が、良かったです
前半部分で霊夢の葛藤なんかのエピソードが入ってたら納得出来たかな、と。
お話自体はそれぞれの立場がある明確で、良かったです。