Coolier - 新生・東方創想話

幻想ノ風 四つ風~予見~

2008/03/06 23:32:55
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 朝日が顔を出す頃に、八雲藍はむくりと身を起こす。夢見は恐ろしく悪かった。

「……はぁ」

 自分の式神である橙に伝えなければならないことが、寝起きの気分を曇らせる。だが、気分を重くしたところで何も変わらぬと、気合いを入れて立ち上がった。寝間着から普段着まで着替える速度は刹那。毎朝の家事で身に付いた技術である。
 起きると、まずは日課の掃除と朝食作り。それは本来式神の仕事であるので、紫がいない今、本当ならば橙がやらなければならない仕事である。だというのに藍がこなすのは、その式神の橙がいまいち頼りないということと、頼りない橙に任せられない藍の過保護さによるものであった。
 藍はあっという間に日課を終えると、満足げな表情で橙を起こしに行く。向かう途中で心に影が差したが、顔を振って笑顔に戻す。

「橙。起きなさい、朝食の時間だ」

 ふすまを開けて式神の部屋に入ると、そこにはこんもりとした山ができていた。蒲団のほぼ中央で、橙は猫らしく丸くなっている。
 それに手を添えて、優しく揺する。

「あともう五分寝かせてください」

 対して橙は、そんなことを言いながらモゾモゾと蒲団に沈み込んでしまう。さすがにその様を見ると、普段からもう少し厳しくしなければならないと思う。
 僅かにもう少しだけ寝かしておこうかと思ったが、甘やかしすぎてはいけないと考えを改め、藍は息を充分に吸ってから、怒気を込めて叫びつける。

「起きろ!」
「わっ! は、はいっ!」

 驚いた橙は蒲団を蹴り飛ばし、間抜けな恰好で藍の目の前に現れる。そして藍と目が合うとハッとして、すぐさま一旦立ち上がって姿勢を整えてから正座をする。

「お、おはようございます藍様」
「おはよう、橙。朝食はできているから、着替えて早く来なさい」
「はいっ!」

 強く返事をすると、寝惚けている頭を強引に切り換えて、できる限り早く衣服を着替え始めた。
 藍は橙が着替え始めるのを見てから、ゆっくりと居間に戻ってご飯をよそい始める。二人分のご飯がよそわれてから数秒で少しばかり乱れた服装の橙が駆け込んできたので、それから静かな食事が開始された。
 食事の最中、藍はどう紫のことを伝えようかと悩み、始終難しい顔をして無言である。そしてそんな藍を見て、橙は藍が何か不機嫌なのだと感じた。この藍の表情は、紫に無理難題を言われ、困りつつ苛々としている表情と似ていたのだ。ただ違う点があったとすれば、それは表情に僅かな陰りがあったということだろう。
 二人は一言と喋ることはなく朝食を食べ終えると、食後の挨拶をしても動こうとはしなかった。言葉が見つからない藍と、藍の言葉をただ待ち続ける橙。藍は気付いていないが、その部屋の空気は非常に重いものとなっていた。

「橙。話しておかなければならない話がある」

 意を決し顔を上げて口を開くと、それにビクンと橙は体を震わせた。

「はい」

 真っ直ぐに藍を見つめ返事をしたが、橙の胸の中の震えは止まらない。
 藍の表情に口調、先程の沈黙、この雰囲気。それら全てを敏感に橙は感じ、この後に続く言葉がとても悪いものなのだと察していたのだ。

「これは真面目な話だから、しっかりと聞きなさい」

 その前置きに、重々しく橙は頷いて、続く藍の言葉に耳を傾けた。
 内容は、幻想郷の結界について。そして、その結界が壊れようとしているということについてを簡単にまとめたものであった。
 そのあまりに大きな事態に、橙も言葉を失う。
 結界などについての説明を簡単に終えると、深い呼吸をしてから、今でも隠したいと思っている事実を吐き出した。

「そして……先日、結界を守る為に紫様が亡くなった」

 一言で、時が止まるように場が凍り付き、橙の顔は瞬時に青ざめていった。
 そんな橙を見ながら、藍は言葉を止めないように続ける。

「幻想郷を守る為その身命を尽くし、幻想郷を覆う結界を直す為その生を致命された」

 言わなければならないという思い、伝えたくないという思い、それが混ざって、言葉が先程までの説明と違ってやや遠回しなものとなった。
 これ以上言葉を続けても、自分はめちゃくちゃなことを言ってしまう。そう感じた藍は、そこで言葉を切り、一呼吸置いてから橙に訊ねかける。

「私の言ったこと、判るね」

 ビクリと身を震わせる。
 その様はまるで雪の中で震える子猫の様に、小さく、そして酷く憐れに見えた。

「紫様が……死んだってことですか?」

 全身をガタガタと震わせて、ボソリと答える。それに藍はしっかりと頷いた。
 藍の頷きを見て、橙はゆっくりと頭を左右に振る。

「冗談、なん、ですよね?」

 血の気のない表情に、小さな微笑みが浮かぶ。それは、藍が冗談と言ったら、笑い飛ばせるようにという準備であった。
 橙の作る表情とその意味を理解すると、藍の口は重くなり、次の言葉が喉で止まってしまった。けれど、ここまで言ってしまった今、例えこの場で嘘を吐いたとしてもやがて橙は真実を察する。そう思うと、喉に詰まった言葉を強引に押し出した。
 できるだけ淡々と、自分が泣き出さぬ様に藍は口にする。

「真実だ」
「嘘です!」

 途端、叫ぶ。僅かにあった笑みは消え、見たくないものから目を背ける為に声を荒げる。

「だ、だって! 紫様って、すごく賢くて、すごく強くて……あんなにすごく強くて、死ぬわけ、ないですよ」

 嘘だと叫ぶ自分への優しい偽りと、信頼する藍が口にした心を傷つける真実。そのどちらかを一心に信じることはできず、けれどその二つは同時に受け入れられず、橙は制御することのできない心に押し潰されそうになっていた。
 そんな半狂乱の橙を、藍は優しく抱き締める。

「橙。私たちを助ける為に、紫様は命を掛けた。だから、しっかりとそのことを理解しなさい。そうしないと、紫様が報われない」

 突然視界が塞がれるように抱かれ戸惑う。だが次の瞬間には、声を殺して藍の腕の中で泣き出した。認めようとする気持ちと認めたくない気持ちの整理がつかず、声を出して泣くことができなかったのである。
 そんな橙を抱き締めがら藍は、この橙を置いて出掛けることは酷な仕打ちなのではないかと考えた。けれど、まだ自分自身の心が落ち着いていない橙を連れて行けば、場を無用に混乱させるかもしれない。そして紫の書を持つ自分が行かないわけにもいかない。そこまで考え、とりあえず橙が落ち着くまではこうしていようと、少し強めにギュッと橙を抱き締めるのだった。
 それからしばらくして、藍は身支度を整えて玄関に立った。それを見送ろうとする橙は、今どういう顔をすれば良いのか判らないようで、様々な表情が浮かんでは消えていく。

「それじゃ、私は博麗神社に出かけてくる。留守は頼むからな」

 そう言い残し、背を向ける。すると橙は、咄嗟に声を掛けた。

「あ、あの!」

 けれどそこから言葉は続かない。何を言おうとしているのか、自分でも把握できていないのだ。
 だがそんな橙を見て、藍は優しく笑いながら言葉を返す。

「大丈夫。私は何があっても、お前を残して死んだりはしない。だから私の出掛けている間、私たちの家を守っていてくれ」

 その言葉に、橙は強い安心を覚え、ほんの僅かに笑みが浮かんだ。

「はいっ!」

 返事を聞くと、藍は満足そうに頷いてから屋敷を出た。
 屋敷を出てすぐに空に舞い上がる。そこで、懐から紫の書と一通の手紙を取り出すと、紫の書は仕舞い直し、手紙をジッと見詰め、それから袖の中に仕舞い込んだ。

「さて……まずは、白玉楼か」

 呟くと、藍は白玉楼へと飛んでいく。紫の書いた、西行寺幽々子への手紙を持って。
 
 

 
「で、なんであんたはそんな陰鬱そうな顔をしてるの?」

 一方、博麗神社では、暗い顔をした慧音を怪訝そうに霊夢が眺めていた。今は昼食より少し前という時間だ。
 ちなみに魔理沙とアリスは、ここで朝食を食べた後でお互いの家へと帰っていった。萃香は朝食を食べた後でもう一眠りを始めてしまっている。

「寺小屋の授業を、阿求殿に代わってもらったんだ」
「……それで、そのどこに暗くなる要素があるのよ?」

 大きな溜め息を吐き、俯いたままの慧音。

「生徒が喜ぶんだ」
「いいことじゃない?」
「私の授業はつまらないと言う生徒たちが! 阿求殿の授業だと喜ぶんだ!」

 もはや愚痴である。

「才能ないんじゃない?」
「もう少し心ある発言はできないのか!?」

 泣きそうになる慧音を見て、どう言えば良いのかを少しだけ考えた。

「先生のやり方をまず習った方が良いかも知れないわね」
「うぅ……」

 うずくまって顔を押さえてしまう。言う言葉を間違えたと、今更になってから霊夢は気付いた。しかし、そもそもこんな話をしていることがおかしいのだと気付いたのは、更にその後のことだ。

「というか、判ってると思うけど、そんな話をする為にここ来たわけじゃないでしょ?」
「あぁ、それもそうなんだが……まだ紫の式は来ていないだろう」

 揃っていないからって愚痴言われるのはどうなんだろうと、霊夢はややげんなりした。
 空を見渡してみるが、まだ藍の姿は見えない。真っ先に来るだろうと慧音と霊夢は思っていたので、意外とゆっくりしていることに内心驚いていた。

「もうじき来るんじゃないかなぁ」

 そんな霊夢に続き、慧音も立ち上がると空を見渡してみる。が、やはり藍の姿はまだなかった。
 と、思い出したように霊夢の肩を軽く叩き、神社の中を指差す。

「そういえば、神社の中で寝ている鬼の娘は、もしかして話に参加するのか?」
「そうよ。萃香も結界の一人だから問題はないでしょ」
「その結界の話は済ませたのか?」
「一昨日あんたに会う前に、紫が会いに来て話を聞いたって言ってたわ」
「そうなのか」

 ふむと慧音が納得すると、二人は揃って藍の気配を感じた。空を見上げると、まだ遠いが、藍の姿を捉えることができる。
 二人が藍に気付いてすぐ、藍は二人の前に降り立った。

「すまない、遅れた」

「別に時間までは約束してなかったし……さて、あの鬼を起こすか」
「鬼? お、萃香が来てるのか。って、もしかして萃香も一緒に?」
「あんたら揃って意外そうな顔しない方が良いわよ。たぶん萃香がやさぐれるから」

 こうして、面子は揃った。




 萃香を起こしてから、四人は居間に腰を下ろして昨日紫の書を読んだ藍の言葉を聞く。

「まず、判ったことがいくつかある。幻想郷に住む、紫様を除く九人の結界の役割。そして、いつ結界として生まれたのか」

 その藍の言葉に、三人は息を飲む。

「もし、聞きたくない。あるいは、他人に聞かれたくないというのなら、私は今は話さない。どうする?」

 真剣な目で、藍は三人の目をそれぞれを見た。
 しばらくの沈黙を挟んでから、慧音が静かに手を挙げる。

「私は他人に聞かれても構わない。それに私は、自分が結界となった時なら大体の予想が付いている。ただ、判らない部分があるから、そこを教えて欲しい」

 皆が慧音の後に藍を見ると、藍は静かに頷いた。

「私が結界になったのは、私が半獣人となった時。ワーハクタクとなった時……そうだな?」

 その言葉に藍は頷く。

「え、慧音って生まれついての半獣人じゃないの?」
「あぁ。私は昔は人間だった。だが、ある日を境に突然ワーハクタクとなったんだ。当時のこと、そして半獣人となる前のことは記憶が曖昧になっているが、人間であったことは間違いない」

 霊夢の質問に答えてから、今度は藍を睨むように真剣に見詰める。

「私が聞きたいのは、人間に生まれて偶然結界となったのか、結界になるべく生まれたのか、あるいはこの私の中にある人であったという過去そのものが偽りなのか……私はそれだけが知りたい!」

 それは、自分の存在についての問い。
 問い掛ける慧音の手が震える。顔色は持ちこたえているものの青く、手の平にはじっとりと汗ばんでいた。歴史をどうこうする力を持つ慧音だからこそ、自分の歩んできた過去の真偽についての恐怖というものが誰よりも強かったのだ。
 軽く息を吐くと、藍は毅然とした口調で言葉を返す。

「ハクタク。あんたは元々は結界ではなく、普通の人間だった。それは間違いない。紫様の書によれば、最も結界に適した存在が結界となったと書いてあるから、あんたが結界になったのは偶然ではないけれど、あんたが人として生まれ人として生きてきた歴史は存在する。安心してくれ」

 精一杯、心を傷つけないように選んだ言葉。それを聞くと、慧音はがくんと、糸の切れた人形のようにへたり込んでしまった。

「……良かった」

 今まで悩み、怯えてきた最悪の想像を否定され、安堵から力が抜けてしまったのだ。

「後天的に結界になるなんてことがあるのね。他のみんなもそうなの?」

 首を傾げつつ、霊夢が問う。
 その問いに、藍は答え難そうに視線を逸らしてから、霊夢に向き直る。

「聞く覚悟はあるか?」
「……他人が知ってて、自分が知らないなんて癪じゃない」

 知りたくはないけど、知らなければならない。そういう思いを、少し歪めて肯定をする。そんな葛藤が判ったからこそ、藍はできる限り感情を込めずに言葉を口にする。

「少なくとも、霊夢、お前は違う。お前は……結界となるべくして生み出された」
「改めて強調されると滅入るわね」
「すまない」
「気にしないで」

 予想はしていたことであったが、やはり軽くはないショックが霊夢の胸に訪れた。
 二人の話を聞いていた萃香が、自分を指差しながら藍に話しかける。

「それは私もでしょ?」
「萃香の場合は……」
「言ってくれて大丈夫。私も知りたいから」
「……ちょっと異なるが、確かに結界として生み出された」
「何が異なるの?」

 霊夢と自分の違いが判らず、訊ねる。すると、姿勢を正しながら慧音が口を挟む。

「かつてオリジナルが存在して、その情報を基に生み出された、ということだろう」
「その通り。伊吹萃香という鬼がいたかは判らないが、かつて幻想郷にいた鬼という存在をモチーフにして生み出された、と書いてあった」

 と、今度は霊夢が、自分と萃香の違いが判らず訊ねる。

「私はそうじゃないの? 結界成立時の博麗ってつく誰かがモデルだと思ってたんだけど」
「……博麗の巫女というのは、確かに基となった存在がいないわけではないが、基本的には理想を基にして生み出したものだと書いてある……つまり、その時の幻想郷に最も適した人格を宿した存在として生み出されるようだ」

 それは要するに、幻想郷の都合で生み出されるという、最も作られた存在であるということだった。

「なるほど……つまり、今は私の人格であった方が、この幻想郷には馴染むってことね」
「……そうなるな」
「……まったく。面白くない話だわ」

 また詫びの言葉を口にしそうになり、藍はそれを必死に呑み込む。
 その霊夢の顔があまりに寂しそうだったものだから、慧音は霊夢に提案をする。それは、自分の過去を喜んでしまった後悔と、あまりに酷な霊夢の真実に対する同情であった。

「博麗。もしも嫌なら、今聞いた部分だけでも記憶を消すことができるぞ」
「……魅力的だけど、悔しいから遠慮するわ。ありがとうね、慧音」

 痛くないはずがない。もしここに誰もいなかったのなら、吐き出してしまいたいほどの苦痛である。なにせ自分の全てを否定されたのだ。
 けれどそんな痛みに、霊夢は己の意地で堪えた。

「それじゃ、その結界の役割についてだ」

 霊夢の無理をする表情に堪えかねて、藍はすぐに話を変える。

「まず、ハクタク。お前は人里の護衛と歴史の守護。それが結界としての役割だ」

 やはりか、と、慧音は静かに頷く。それはここにいる全員の予想とほぼ一致していた。

「次に霊夢は、他の九人の結界を整えまとめ、更に外の結界を管理する役割」

 聞いて、霊夢は小さく溜め息をこぼした。これもまた、全員の予想とほぼ一致している。

「萃香は、内外問わず、結界を破壊しようとする存在を退治する役割」

 と、これには予想が外れたようで、三人が少しだけ驚いた顔を作る。

「私だけ調整じゃないんだ?」
「力の強い存在を抑えるという役割もあるから、調整の意味もある」

 萃香は納得したようで、うんうんと首を振る。
 ここで、藍は言うべきことは言い切ったと感じた。本人が居ないというのに、他の結界の役割などを口にすべきではないと考えているからだ。

「さて、とりあえずここにいる三人については以上だ。他の結界については、また別の機会に話したい。それでいいな?」

 それに全員が肯定する。

「さて、それじゃ紫様の書を見てくれ。これから、幻想郷結界をどうにかするかが書いてある」
「簡単にまとめて説明してくれていいわよ」

 読む気がなく、またやる気も若干薄れてる巫女が面倒そうに口にした。

「……悪い、ここから先はまだ読んでいないんだ」
「あれ? 全部読んだんじゃないの?」

 まだ読み終えていない理由は、書の中に『ここから先は霊夢たちと見るように』という一文があったからだ。しかし、それが十中八九悪戯の為だと思うと、そう答えるのには抵抗があったので、本当の理由を誤魔化すことにした。

「いや、まだだ……その、手紙があってな。それで読めなかった」
「紫の手紙だと?」
「どんな内容だったの?」
「何てことはない。家事や、八雲としての役割とか……そういうこと」

 嘘は吐いていないというのに、どこか心苦しく感じた藍であった。
 それに三人が納得したので、全員は重なるようにして手紙を読むことにする。
 やる気がまだ起きてこない霊夢は読む気がなかったし、藍も無理に読ませる気はなかった。だが、萃香が引っ張って無理に読ませようとしたので、結局霊夢も紫の書に目を通すこととなる。藍は、どうか悪戯をしないでくださいと祈るほかなかった。

『まず最初に、幻想郷が今どうなっているのかを簡単に教えましょう。幻想郷結界を風船に例えるなら、風船の中の幻想郷という空気が、風船がしっかりと張るには足りていないという状態。空気が水になり、更に氷になれば当然が密度が大きく変わるわね。つまり、あなたたち九人の結界を生み出したことで、幻想郷結界は自らを維持するだけの力を失ってしまったの。勿論それだけじゃないけれど、急激な幻想郷結界の衰えはそれが原因であることは間違いないわ。でもまぁ、それは仕方のないこと。術者が存在しないで、これほどまで巨大な結界を維持するにはどうしたって負担が掛かる。あなたたちという支えを生み出さなければ、結界はもっと早い内に瓦解していたでしょうね。』

 決して細かな説明ではなかったが、なんとなく理解するには足りる文章である。

『となれば当然、結界を持ち直させる為には、結界の内側の密度、つまりは幻想郷結界の内側の力を増やせば良い』

 と、その文章から良からぬ気配を感じ、四人は無意識に震え上がった。

『そこまで書けば判るかしら。幻想郷を支えるあなたたち結界、それをいくつか力に返してしまえば幻想郷は持ち直すわ。そうね、九人の内、七人ほど消滅すれば幻想郷結界の維持くらいはできるでしょうね。』

 それは、淡々と書かれている文であったが、あまりに恐ろしいことである。

『協議の結果でも、力の限り殺し合ってでも、どうにかして七人を減らせば結界は持ち直すわ。』

 そこで、紫の書は次のページへと続く。だが、藍は手が震え、ページをめくることができなかった。

「……何だ、それは」

 鬼気迫る表情で、恐怖と怒りを感じている慧音。他の三人は、どういう表情を作れば良いのか判らなくなっていた。
 ただ何気なく、殺し合えと書いてあるのだ。
 藍は青い顔をしながら、どうにかページをめくった。

『とまぁ、それは冗談。』

 四人は盛大にすっ転んだ。
 派手な音を立てて崩れた後、しばらく四人は揃って畳に突っ伏してピクピクと痙攣していたが、どうにか固まってしまった体を動かして上半身を起こすと、紫の書の続きに目を通す。

『そもそも、支える為に生み出した結界を消滅させたところでなんの解決にもならないわ。ただの一時凌ぎ。それじゃ意味がないわよね。』

「じゃあ書くなぁぁぁぁぁ!」

 霊夢の怒りの咆哮が轟く。
 それを聞いて、三人はこの反応を期待してわざわざあんなことを書いたのだと納得した。

「はぁ、はぁ……なんて悪趣味な冗談を書くのかしら」
「「……同感」」

 他にも言いたいことは山ほどあったが、異常なほど脱力してしまった四人には、それ以外に言葉を紡ぐ元気は残っていなかった。
 ただ、不思議なことに、霊夢はやる気を取り戻した。それは、あまりに飛び抜けた悪戯を嬉々として仕掛けたであろう、紫への怒りからなのだろう。
 次からの文は、仕切り直した様に真剣で、そして氷にも似た鋭さを感じさせる雰囲気を含んでいた。

『さて、それならば本当にしなければならないことは何か。それは当然、外から力を取り込んで、幻想郷の力にすること。内側だけでは足りないのだから、外側から持ってくるしかないわよね。その作業は大きく分けるとこう。』

 文章は軽いが、文字の一つ一つに込められている思いが、今までと大きく異なっている。

『まず結界の一部に穴を開ける。そこから侵入してくる力に仮の器を与える。その仮の器を持った外の力を破壊する。』

 ここを読んで意味が判った者は誰もいなかった。全員が首を傾げつつ次の文を追う。

『外の力は、幻想郷を押し潰そうとする攻撃的な力。強引に内と外を分けているのが幻想郷結界だから、その不自然を掻き消そうとする自然の力はどうしても攻撃的になってしまう。だから、ただ招き入れるだけでは駄目。招き入れてから、幻想郷の力になるようにしなければいけない。そして、この作業が結構大変なのよね。』

 藍がページをめくる音だけが、居間の中で大きく響く。

『外の力は、幻想郷を消そうとする力だから、そのままではこちらが何をしても通用しない。それだから、最初にその力を器に入れてしまう。そうしてしまえば、それはやがて幻想郷の力に触れ、仮とはいえ幻想郷の生き物となる。そしてそれを消滅させることで、外の力の攻撃的な部分を取り除き、純粋な力にすることができる。それを幻想郷結界に取り込むことで、結界が力を取り戻す。とまぁ、そういう計画よ』

 判ったような判らないような、という顔を全員が作る。霊夢と萃香は他の二人に比べ、判らないの比率が若干多かった。

『本当はもう少し細かくやることがあるのだけど、そっちは全部霊夢の仕事。』

「えっ!?」

 軽い悲鳴が上がる。 

『霊夢以外がやることは、結界が修復できるほど力が溜まるまで、とにかく結界の穴から現れ続ける化け物を退治し続けるだけ。』

 説明がアバウトになり、とりあえずやらねばならないことだけは把握できた。そして同時に、弾幕ごっこではない本来の戦闘をしなければならないという動揺が走った。
 そして追い打ちのように、次の文章で四人は再び固まることとなる。

『ただし、結界となっている九人は戦闘に参加しちゃ駄目。外の力は結界を消そうという力だから、他の人間や妖怪には居心地が悪い空気というだけだけど、九人には猛毒となってしまう。それに、結界に穴が開いているから、普段よりも力が出しにくく、また無駄に放出してしまってろくに戦えないはず。』

 現状を知る四人の内、三人は戦力外となってしまった。

「……何これ。私たちは何もできないってこと?」
「とりあえず続きを読もう、霊夢」

 唖然としている霊夢の袖を萃香が引いたので、霊夢はまた視線を紫の書に戻す。

『ただし、例外として萃香と幽香は、まぁある程度は大丈夫。いざとなったら戦って構わないわ。二人は元々、結界の内外を問わず敵を倒す役割を持っているから、他の七人と比べて外の力が相手でも戦闘ができるようになっているの。でも、普段とは格段に力が落ちるから、そう理解はしておいて。』

 この計画の実行時、自分たちがどうなってしまうのか、結界の三人はゾッとした。

『そうそう、幻想郷結界に開く穴は、あなたたち九人の結界が居る位置ほど開きやすいわ。外の力は結界の九人を狙ってくるから。それと、巨大な力が使用された場所も内側の力が一時的に薄くなるから穴が開きやすい。穴が大きくなればなるほど流れ込む力は多くなって、敵が強大になることを覚えておいて。あと、恐らく結界の穴は幻想郷結界の至る所に開くだろうから油断はしないで。幻想郷全部を守るつもりでいないと、少なくない死人が出ることになるわよ』

 四人は息を呑む。そして事態の解決がそう簡単なことではないことが判り、全員に痛いほどの緊張が走る。
 つまり、ここにいる四人だけでは解決できないというだけでなく、幻想郷全土を巻き込んだ大騒動になる、ということである。

『さて。それじゃまず、あともう一人、誰かを誘いなさい。そして五人で知恵を出し合って、どう敵を待ち受けるか、どう九人の結界を守るかを考えなさい。』

 この何気ない言葉に、萃香の参加を予測していたのかと、藍は小さく驚いた。けれど、そんな些細な驚きは心を乱す不安の波にあっという間に呑まれてしまう。
 次のページに、やや白紙となりつつある頭で全員は目を通す。

『あなたたちならなんとかできるわ。どうせだから後は悩みなさい。私にできる手助けはここまで。残りはあなたたちでどうにかした方が、勝利の美酒も甘美でしょ。』

 途端、白紙となった。

「「「「はぁ!?」」」」

 あまりに投げやりな最後のアドバイスに、全員の目が点になる。

『ここから先は藍と霊夢だけが読めば良いわ。もう霊夢の仕事しか書いていないから。』

 急ぎ次の文を追うが、本当にそこまででアドバイスはお終いらしい。

「ちょっと、こんなんでいいの!?」
「わ、私に訊くな!」
「あの大妖怪は何を考えているんだ!」
「わー、紫の馬鹿ぁ!」

 場は見事なまでの大混乱。落ち着くまでに、実に十分という時間が掛かった。なお、それは精神的に落ち着いたのではなく、疲れ切って叫べなくなったことによる。
 沈黙が神社を支配する。あともう一人を誘うとあったが、誰を誘えば良いのかが気になったのだ。

「紫のことだから、何か答えがある問いなのよね」
「あぁ、だと思う……まったく。どこまでも真面目になりきれない人だ」
「……とにかく考えないといけないな」

 んー、と唸りながら、全員は誰を誘うべきかを考える。けれど、良案かと思って浮かんでは、いやしかしと思って否定してしまう。

「とりあえず、結界の誰かが良いわよね?」

 そう霊夢が呟く。それは、考えの結果、魔理沙やアリスを誘いたくはない、という思いからであった。

「そうだな。結界であった方が話がしやすいかもしれない。二人は異論あるか?」

 慧音がそう訊ねると二人は異論がないことを首を振って示す。

「あと一人ねぇ……結界って、私たちの他にはレミリアに……」

 そう萃香が数え始めて、次の瞬間に全員の頭に一人の顔が浮かぶ。

「「「「薬屋!」」」」

 満場一致で、五人目の候補に白羽の矢が立つ。
 こうして、午前の穏やかな時間は、騒がしいまま午後へと時間を進めていった。
 九回目になります大崎屋です。

 八回目があまりに好評でしたので短編書けば良いのにと自分でも思うのですが、どうしても完成させたいので今回は長編です。
 八回目の続きを期待していた方々、申し訳ないです。

 今回は、この物語がどういう展開を見せるのか、という導入になります。
 えっと、読んだ方がどういった感想を持つかは判りませんが、本作品、後半はバトルものになります。
 今回がそのバトルものになる説明です。
 もうちょっと長くしようかとも思ったのですが、導入の説明長くても読みづらいだろうと考えたので今までで一番短くまとめました。ですので、上手く説明できているか少し不安です。
 一話目からそうですが、今回は特にオリジナル設定盛り沢山です。どうなんでしょう。

 特に人気はない長編ですが、書き終わるまで温かく見守ってください。
 長々とした本作ですが、お読みいただきありがとうございました。
大崎屋平蔵
[email protected]
http://ozakiya.blog.shinobi.jp/
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コメント



0.900簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
紫のことだから、「はぁ~い♪」とかいって帰ってきそう・・・(^^;
2.90大天使削除
ああ・・・やっぱり次回のwktkがとまらない・・・
3.60☆月柳☆削除
導入部なんで、続きが気になるという点では高得点をつけたいところですが、結界部分の説明が分かりづらい(というかそもそも詳しくは説明されていない、いきなり霊夢やらが結界と言われてもピンとこない、オリジナル設定っぽいところなので仕方ない言えば仕方なく、納得せざるをえないというか)点で減点。
あと、なんとなくだけど、紫は生きてて、さらにこの大騒動の張本人も紫のような気がしないでもないwww
うん、なんかごちゃごちゃ書いたけど、何が言いたいかって言うと。
「続きを期待せざるをえない!!」ってことで。
4.90名前が無い程度の能力削除
オリジナル設定が分かりにくかったりしますが、なかなか面白いので続きに期待。

紫は何か生きてそうな予感
7.80名前が無い程度の能力削除
>内側の力が一時で敵に薄くなるから
 一時的にでは?

紫様は帰ってこないのかなぁ……
とりあえず次は天才な師匠が出てくるんですよね!?期待してます~
8.90名前が無い程度の能力削除
一から読みましたが……、全くどこまでもお茶目なゆかりんだwwけどやっぱり深い。深すぎてわからないくらい深い。だがそれがいい。
今までの紫の説明も、本質を把握しきっている紫だからこそああいう表現なんだろうと思える。これから起きる出来事の中で、こういうことかと納得させられるような。
一つ一つすんなり入ってくる話もいいけど、こういった一種の謎を抱えながら進むってのも……ああ畜生、続きが気になってしまうじゃないかww
橙に、幽々子に、永琳に、そしてこの話の展開に期待!
9.無評価大崎屋平蔵削除
16:30:56さん
>>内側の力が一時で敵に薄くなるから
>一時的にでは?
 はい、その通りです。申し訳ない。あと、ありがとうございました♪
 ……相変わらず見直しが甘いですね。気をつけます。

 オリジナル設定、判りやすく書けるよう努力します。
12.無評価名前が無い程度の能力削除
小出しされる長編は、完結してから1から読むという人も居るでしょう。
人気が無い何て思わず、気長に頑張って下さい。
点数はまだ入れてないけど、続編を心から待ち望んでいる奴もここに一人いる
訳で。
続き、お待ちしております。
13.80もみじ饅頭削除
一作目から読ませていただいてます。
この第四部にて、はじめの頃と比べるとだいぶ文章も構成力も表現も変わってきたように思えました。
そういった意味では、キャラの性格付けや状況表現を工夫するよりも、物語の結末に向けての納得できるような理由付けと、それに負けない状況表現の向上を目指していただいた方がいいのではないか、と私は思います。
ありがちな言い方ですが、"当たり前を当たり前のようにやり通す力"は必ず文章に滲み出てきます。
偉そうな発言ですみません;
次回も  大変  期待しております。
14.無評価もみじ饅頭削除
↓一つ目の"状況表現"は"見た目"です。誤字ですみませn;