Coolier - 新生・東方創想話

薄明の空には、いとおしUFOを浮かべて ――“O”

2010/05/04 02:17:34
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“Unidentified Finding Object” in the Twilight Sky ――“O”







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 前編はこちら







 主な登場人妖


 封獣ぬえ          《未確認幻想飛行少女》  ……正体を判らなくする程度の能力
 聖白蓮           《封印された大魔法使い》  ……魔法を使う程度の能力
 寅丸星           《毘沙門天の弟子》  ……財宝が集まる程度の能力
 村紗水蜜          《水難事故の念縛霊》  ……水難事故を引き起こす程度の能力
 雲居一輪          《守り守られし大輪》  ……入道を使う程度の能力
 雲山            《守り守られし大輪》  ……形や大きさを自在に変える事が出来る程度の能力
 ナズーリン         《小さな小さな賢将》  ……探し物を探し当てる程度の能力
 多々良小傘         《愉快な忘れ傘》  ……人間を驚かす程度の能力
 古明地さとり        《怨霊も恐れ怯む少女》  ……心を読む程度の能力
 古明地こいし        《閉じた恋の瞳》  ……無意識を操る程度の能力
 霊烏路空          《熱かい悩む神の火》  ……核融合を操る程度の能力
 火焔猫燐          《地獄の輪禍》  ……死体を持ち去る程度の能力
 星熊勇儀          《語られる怪力乱神》  ……怪力乱神を持つ程度の能力
 水橋パルスィ        《地殻の下の嫉妬心》  ……嫉妬心を操る程度の能力
 上白沢慧音         《知識と歴史の半獣》  ……歴史を食べる(隠す)程度の能力
 藤原妹紅          《紅の自警隊》  ……老いる事も死ぬ事も無い程度の能力
 霧雨魔理沙         《普通の魔法使い》  ……魔法を使う程度の能力
 アリス・マーガトロイド   《七色の人形遣い》  ……魔法を扱う程度の能力
 東風谷早苗         《山の新人神様》  ……奇跡を起こす程度の能力














 4. Multiple-gazers







 ※







(鏡の中に映り込む、他者が私に呼び掛ける)
(眩い光の中にこそ、問うべき闇があるのだと)

(――目を覚ませや、瞠目せよ)
(――目を逸らすな、刮目せよ)







 遥か下方、丸く開かれた穴には、赤々と熾(おこ)る炎の波が踊っていた。吹き付ける熱風に逆らわず上方を顧みれば、戦場に轟く剣光弾雨が円形に切り取られて遠い。地霊殿の中庭から旧地獄跡へ続く長大な縦穴を、私は一人降下していた。上下の出口が同じ大きさに見えるということは、そろそろ筒の中頃か。

「……結構暑いな。地獄の竃に通じてるなら当たり前なんだろうけど。この分だと、底はどれだけ暑苦しいのやら」

 最初の爆炎が花開いて、まだ秒針は五週もしていないだろう。

 白蓮が真っ先に挑み交わしたのは地霊殿の当主である。人型の変化達が主人の周りを固めていたためすんなり一騎打とはいかないだろうが、多数の敵味方の思考が入り混じるあの場では、さとりも能力を十全に活かすことが困難なはずだ。ましてや、彼女の近接格闘が達者だとは考え難い。
 ちらりと見た限り、尼公は護衛のペット達を単身で圧倒していた。覚妖怪がどんな戦法を用いるのか知らないが、白蓮が易々と破られるようには思えないし。どちらにせよ、私を含めた他の妖怪達では相性が悪過ぎるだろう。

 もっと厄介なのは、あの神の力を手にした地獄烏だ。馬鹿と付けても足りない箆棒(べらぼう)な火力は、直撃すればこんがりどころの騒ぎではないに違いない。調子付かせて暴れられればこちらが大打撃を被るのは目に見えていると、一輪・雲山とムラサの組み合わせが真っ先に牽制を仕掛けていた。上手く誘導して主戦場から引き離すのに成功したは良いが、その安否が気遣われる。

「……畢竟、私の相手はあんたって訳ね」
「かなり深層の心理(ふかいところ)まで潜ったつもりだったけど、貴方にはまだ認識できているのね。息が続くかしら?」

 片手で押さえる帽子を底へ向け、こいしは逆立ちの状態で私の対面を落下していた。またもやその接近を勘付けなかった事実に舌打ちしつつ、気勢を張る。

「しつこい奴は嫌われるよ。何度だって言ってあげるけど、あんたのペットになってやるつもりは毛頭無い。大体腕尽くで従えたとして、それは奴隷の間違いじゃないの?」
「一度や二度の玉砕で諦めが付くほど私の愛情は薄弱じゃないもの。それに……、うん。ドレイって響きも悪くないわね」
「んなカミングアウトは願い下げだ」
「あん、怖がらないで。本当に鎖に繋いだりはしないから。その代わりって言ったらなんだけど、私の魅力を嫌ってくらい身体に刻み込んで、めろめろにして差し上げます」
「そっちばっかりじゃ不公平。私にもアピールの時間を頂戴よ。場合によっちゃ、うちで下働きの仕事をくれてやるから」
「うん、素敵な趣向だと思うわ。恥ずかしがらないで全部曝け出して良いの。無意識の底から矯正して――」
「あんたが最後に目にするのは、得体の知れない恐怖に戦慄する自分の姿よ。そのいじけた性根を引き摺り出して――」

 轟々と熱風が二人の間を噴き上がった。逆しまに向かい合ったまま、地を這う鵺と盲目の覚は相宣告する。

「――ふふ、恋のドレイにしてあげるわ……」
「――そう、何者でも無くしてあげるわ……」

 彼女の能力からして、相手の出方を窺うのは逆に不利だ。先手を打ち、微笑むこいしに向けて私は十八番の未確認飛行物体(ユーフォー)――木片ではなく、純粋に私の力の塊――の編隊を撃ち出す。無限の可能性を孕む正体不明の飛来体は、観測によって在り様の幅を一点に収束させられ、その落差から生み出されたエネルギーを威力に替えるのだ。

「さーて、あんたには何に見えるかな?」
「その程度、目を瞑っていたって当たらない」
 
 ユーフォーの突進を躱しつつ、こいしも初手を放っていた。炎の尾を棚引かせるハート形の飛び道具が、一見無作為にばら撒かれる。

「おくう程じゃないけど、恋の炎も捨てたものじゃないわよ」
「ふん、見え透いた手は――お互い様か」

 壁に跳ね返り、死角から襲ってきたハートを“棘”で打ち払いながら私は呟く。こいしの脇を通り過ぎた編隊から放射される光線は、再び展開された球状の結界に阻まれ、機体も指の一振りを向けられ爆散した。続けて解き放った第二波も、一機は炎の尾に巻かれて壁に激突し、一機はこいしの指先から発せられた“何か”に貫通され大破。残る一機が特攻を果たすも、障壁に罅(ひび)すら入れられず半身を抉り取られていた。
 そうこうしている内にも跳ね回るハート弾の数は増え、相対する水平面を埋め尽くさんばかり。上下に逃げれば楽だが、それでは敢えて踏み止まった意味が無い。

「防戦に回ったらお終いね。数を減らすのが先決、か」

 “棘”と“蔦”を構えて念じ、数十の使い魔(ユーフォー)を召喚する。並列して精密操作できる数を大幅に超えているが、盾になってくれさえすればそれで良い。
 そこかしこで巻き起こる衝突と破砕の音。喧騒に紛れ、私はこいしへと一直線に突撃する。左右から襲う跳弾を加速して振り切り、真正面からの一発とはすれすれのところで交錯した。勢いそのまま得物を結界に突き立て、縦穴の内壁に押し付ける。軽々と肉薄されてしまったことで、覚の眉がほんの僅かに歪んだ。

「――う?」
「その笑顔、丸っきり鉄面皮って訳じゃないのね。今に泣き喚かせてやるから腹ァ括りな」

 貫くには至らなかったが、ゴム毬のように押し潰された結界へ“棘”の穂先が食い込み、ばちばちと電撃を散らす。そのまま押し通せるかと思いきや、眼前の相手の存在感が朧になるにつれ、意識と無意識の鬩(せめ)ぎ合いから成る障壁は硬度を増した。振り上がる指先を辛くも認識し、すかさずユーフォーを挟んで土手っ腹に蹴りを叩き込むことで射線を逸らす。頬をこいしの結界に似た現象が掠めた次の刹那、妖怪の姿は掻き消える。同時に、ハートの弾幕も全て消え失せていた。

 一拍の間を挟んで静寂を破ったのは、背後から聞こえた笑い声。漂う未確認飛行物体に腰掛け、無意識の少女はこれまで以上に楽しそうな笑顔を浮かべる。やけに脇腹が痛むと思って手を遣れば、自分の“蔦”に噛み付かれていたのだった。一瞬の油断を衝いて無意識に干渉したのだろう。大した傷ではないが、一撃を加えられた動揺は小さくない。やっとのことで制した機先を、早速挽回された形になる。

「あはっ、本当なら首を締めたかったのに。私の思い通りに行かないなんて、思った通りの逸材よ」
「少しは失望してくれた?」
「その時はその時でちゃんと剥製にしてあげるから安心して。……ささ、続きといたしましょうか。お互いまだまだ小手調べでしょ?」

 使い魔に自爆の命令を送るよりも早く、こいしは飛び上がって結界を展開していた。まずはあの結界を突破しなければ手の打ちようが無いとはいえ、今の攻防で種は割れている。物理ではなく心理の防壁。弾かれていたのは私や使い魔の攻撃しようとする意志で、強要されたのは手加減と自傷。つまり、これは己の無意識との精神戦でもある。

 先程のハート弾に加え、今度は圧迫感のある大型弾と高速の小型弾が織り交ぜられて押し寄せる。後者二つは妖力を威力に変換しただけの何の変哲もない弾だが、緩急の付いた攻めは単純故に誤魔化しが効かない。
 それでも機動性ならこちらが勝っている。動きを読まれないよう水切り式に飛び、弾と弾の間隙を縫い、時には使い魔を犠牲にして活路を開きながら、反撃の機会を待つ。

「……あんたの技の正体は、既に割れているよ」
「知らなかった。私に正体があったなんて」
「忘れてたの間違いじゃない?」

 私は、彼女が自分と同じジレンマを抱えていることを察していた。

 定義を否定することで対象を正体不明にする鵺の能力は、人々の恐怖を煽る上で極めて有効だ。しかし、正体不明の度合いがある域に達すると、人間は逆にそれを怖がらなくなる。想像すら及ばない遥か形而上の領域では、そもそも理解しようとする努力を放棄してしまうのだ。故に、私は意識して相手の空想が及ぶか及ばないかぎりぎりの高度を維持する必要があり、時にはわざとヒントを与えることさえある。

 彼女の場合、私の正体不明が臨界に達した状態こそ、本領である無意識の行動に対応するのだろう。世界から切り離された彼女を何人たりとも観測することはできない。逆に言えば、彼女の方から皆の意識に干渉することもできないのだ。
 たとえ陰陽が裏返っていたところで、こいしの専門は姉と同じく精神攻撃。一撃が成立するためには相手に被弾を意識させなければならず、意識の深層へ潜るほど威力は弱まる。完全な無意識へ至れば隔離されたも同然だ。深い水底では無敵だろうと、こちらへ触手を届かせるためには危険を冒して水面に近付く必要があった。
 彼女の攻撃と防御は反比例する。それさえ分かってしまえば、後はどう釣り上げるかだ。

「じゃあ教えて、私がどんな風に乱れてしまうのか――」
「その身体に、ってこと?」
「飲み込みが早いじゃない! 良い子、良い子!」

 筒の中軸に陣取って妖弾を振り撒くこいし。“翅”と“鰭”から妖力を放射することで、慣性を殺しつつその周囲を飛び回る。大型弾を受け流し小型弾を切り払い、意図的に現実と焦点をずらしたユーフォーへ複数のハートを取り込んで跳弾を潰す。ぎりぎり囲まれないよう一定の調子で――。若干相手の攻勢に焦れが生じてきた頃合いを見計らい、壁際に追い詰められたと見せ掛けては、壁を蹴って弾群を飛び越え逆襲に転じる。
 迎え撃つこいしは指先に妖力を集中させた。それでも牽制の弾幕が緩まない仕組みに私は目を瞠る。自我から切り離した意識野を自律動作する銃座に仕立て、本人の意識とは無関係に迎撃させているのだ。脊髄反射による弾幕の援護を受け、その分余裕を持って照準が定められるは、ユーフォー七機直列すら軽々と貫通する認識不能の怪攻撃。

「でも、悪いわね。そいつはもう通用しない」

 彼女は単に『瞼を閉じている』だけに過ぎない。自らを一個の眼球に仮定義し、指先に意識の壁を作りだして視界の一部を遮る。そんな見立てによって積極的な作用を持つ死角を作り出していたのだ。見えない部分は存在しないという勝手な概念を押し付ける、認識の真空とでも称すべき攻撃を受けた使い魔は、己の無意識から現実へとフィードバックされる被害に忠実に大破させられることになる。
 ごり押し極まりない催眠術。この程度、原理さえ分かれば幾らでも対策の取りようがあった。

「あれれれ、れ?」

 弾幕に囲まれ逃げ場の無い私を撃ち抜かんとした睨撃。その一条を減衰せしめたのは、漆黒の暗雲を纏う“蔦”だった。彼女のそれを真空とするなら、私の雲は認識の砂嵐。人々の理解を有耶無耶(うやむや)に帰す論理破綻の渦は、意識も無意識も一緒くたにして飲み込んでしまったのだ。
 暗雲の外套は、辺り一帯を包み込まんと膨張を続ける。

「これが私の結界よ。あんたが目を開いていようが閉じていようが、さしたる違いは無くなったね」
「瞳を閉じて歩いてみれば、地下も地上も同じことだわ。元より、暗闇こそが私達の舞踏場じゃなくって?」
「違い無いね。あんたも私も――」
「お先は真っ暗。ああ、なんて素敵な道連れなんでしょう……」

 聴覚を頼りに、こいしが全く動揺していないことを悟る。認識を撹乱する外套の内側にあってすら、その結界は揺るがなかった。突き出される得物をひらりと躱し、私の背後に回って少女は囁き掛ける。

「嬉しいから、ちょっとだけ教えてあげようかな。私が夢にまで見た愛しい人のことを……」

 闇の中、私を取り囲むように謎の群れが蠢く気配。小蠅の羽音の如く、発動機の鯨音の如く、そして赤子の咀嚼音の如く。耳朶を苛む不気味な喧騒が瞼の裏に描くのは、末期の偏執病患者が産み出した恋人の姿だ。妄想の中に閉じ込めて足留めし、じっくりと甚振(いたぶ)る魂胆か。
 私にとっては絶好の機会だ。こいしが距離を取るよりも早く、奇怪な弾幕の包囲へと自分から片手を突っ込む。肉を削がれる痛みと同時に少女の悲鳴が上がり、晴れた暗雲から現れるは、両腕を刺し切られた覚妖怪の姿。

「忠告したはずだよ。あんたの術はからくりが知れた。無意識に潜るならば無理にでも引っ張り出すまで。背中のこれを飾りと思ったのが間違いだ」

 “翅”と“鰭”に付いた血を振り落としながら、私はずたぼろになった左手を見る。攻撃を受けるその瞬間以上に彼我の繋がる機会は無い。肉を切らせて骨を断つ。痛みを仲立ちにすることで、彼女の結界を透過したのだ。こんなことなら、最初から素手で殴るんだった。神経の通う攻撃を、盲の覚は防御することができない。
 三か所ずつの刺し傷を負った両腕をぶら下げ、呆けた表情のこいし。

「遺言があるなら今の内。剥製になんてする趣味も無いし、灼熱地獄の底に沈めてやれば清々するかしら」
「――ふふ。痛いわ。こんなに痛いのは久し振り。ほとほと素敵な社会勉強ね」

 くすりと笑みを作る少女。そう簡単に戦意喪失してはくれないか。

「うん、うん、うふふ。それに、その触手もとっても奇麗だと思うわ」
「奇麗じゃなくてー。もっと他に褒め言葉があるでしょうが」
「勘所なのね」
「そうそうお手入れには気を使ってて――って違う! 次はこの“棘”ぶっ刺すよ!」
「ええ、貴方の全てを味わわせて頂戴な」

 腕を伝って滴り落ちる血の紅を唇に引き、上目遣いに潤んだ瞳を向けてくるあどけない少女。どん引き状態の私。

「……ひょっとして、あんた頭おかしくない?」
「こう見えて変態検定準一級のこいしなのです。さ、もっともっとおめかししましょ?」
「よ、寄らないで!」

 黒雲の煙幕を張りつつ、私はその場から離脱する。鵺妖怪のことを油断ならない相手として認めさせることには成功したものの、手出しを慎重にさせる狙いは頓挫したような気がしてならない。お互いの怪我は人外にしてみれば唾で治る程度だが、肉体派ではないだろう彼女なら、完治に一夜は要するはずだ。相手方の戦力を殺(そ)げただけでも良しとしよう。これは個人戦ではなく、あくまでも団体戦なのだった。
 速度ならこちらに分があった。追い来るこいしを引き離してさらなる熱気渦巻く下層へ向かう。

 灼熱地獄跡の未だ衰えない熾灼に汗ばむ頃、交戦中にあるもう一組のカップルと遭遇した。光背を背負って神妙な毘沙門天に相対するは、夥(おびただ)しい数の怨霊を纏わせる陽気な火車だ。……そう言えば、大口叩いた鼠の方は乱戦へ紛れて早々に姿を消していたっけ。

「お姉さん、なかなかやるじゃないか! あたいの可愛こちゃんを退けるとは、代わりの強い死体が手に入りそうで何よりさ」
「まだ屍を晒すつもりは。たとえ死したところで、貴方に魂を開け渡すつもりはありませんが……」

 一戦を交え終えたところか、小休止を挟む両者にはまだ呼吸の乱れもない。相変わらず騒ぎを楽しんでいる様子のお燐に対し、いつも温厚篤実な星は珍しく瞳に怒気を湛えている。

「尼さんの悪口を言った気は無かったんだけどなぁ。まあそうムキになりなさんな。あたいだってこんな闘いは望んじゃいないんだ。平和を愛する猫さんなのさ」
「……どういうことなの?」
「おくうや皆は血の気の多い方にしても、ご主人様はあれで根が優しいお方だからねぇ」
「ならば何故、あんな手の平を返すようなことを」
「そりゃ、尼さんの方から喧嘩を売ったに決まってるね」
「まさか――」
「さとり様じゃないんだから、あたいも本当のところは知らないよ。ま、ご主人様直々のお達しを喜ばないほど不忠な猫じゃない。楽しんで命を投げ出すさー。……それにしても、洒落た毛並みだねぇ。あたいの色艶も引けを取っちゃいないが、お手入れも大変だろう? シャンプーはどこのを使ってるんだい? これは大事なところだよ」
「は、はぁ、どうも。洗髪剤については、部下が調達してきてくれるので詳細は判りません。何故に今それを?」

 ルール無用の舌戦においては、黒猫の方が優勢らしい。威勢を挫かれた様子の毘沙門天に、皮肉っぽい笑いが投げ掛けられる。

「――くくっ。返す返す残念だと思ったのさ。その世にも美しい毛皮を、この手で裂き汚さなきゃいけないなんて! 抵抗しないんだったら、後でカーペットか何かにしてあげようね」
「……どうにも仕様が無いわね。邪法使いの黒猫よ。貴方の心に正義の有りや無しや、説法の前に確かめさせていただこう!」

 薙ぎ払う左手の長槍から、神々しい光の束が放たれる。それらを余裕綽々で避け切ったお燐は、喉をくるくると鳴らしながら大量の地霊を両腕の中へ集め、一旦凝縮してから解き放つ。

「人も妖もいずれ死ぬ。どうせ死ぬならとことん楽しむのが吉だ。経験者の皆さんが言うんだから間違いない!」

 その身を爆炎に賭して猛然と襲い掛かる亡者の群れ。黒猫の指先に鋭く伸びる爪からは、さらに裂傷を込めた妖弾が撃ち出される。二段構えの攻勢を前に、星の背に負う光輪が輝きを増す。

「邪な心から発せられた祈りは、究極的に何事をも為さないことを知りなさい。空言から得た財産は、より多くを伴って貴方から離れるでしょう」

 少女の周囲を十重二十重に走る光の弧が、迫る弾幕を一掃した。しぶとく難を逃れた霊の一匹が噛み付こうとするも、槍の柄で打ち据えられて敢え無く霧散する。疎らに残る妖弾は、ぱらぱらと壁に突き当たり小さな亀裂を残すのみ。
 漂うごく小さな残り火を回収しつつ、お燐が唇を曲げて呟く。

「あーあ、こりゃ酷い。どいつもこいつも芯火に戻っちゃったよ」
「怨みに縛られた浮かばれない霊……。この槍も所縁(ゆかり)あるものだけど、彼らを解放するには力不足のようね」
「この子達を成仏させる法具があるのかい? そいつはおっかないね」
「輪廻転生にまで口は出さないわ。ああ、これは絶対に折れることがないという宝具でして。かつて落盤と地面との間でつっかえ棒になって、持ち主の命を救ったという逸話を持ちます」
「ふぅん。とことん地味な活躍だねぇ。武器として役に立つのかい?」
「十分でしょう。我が槍にも心にも、生きとし生ける者へ向ける切っ先は無用のこと」
「星! 後ろ後ろ!」
「え?」

 壁に刻まれた傷跡が再び遊離し、密かに星の背を狙っていた。片手に回転させる長槍でそれらを払い落とし、事も無げに虎柄の毘沙門天は呟く。

「ですから、正々堂々と挑まない限り私を倒すことはできないと、始めに申し上げたはず」
「……むむむ。これは苦手なタイプみたい」
「搦め手が悪いとは言いませんが、騙し討ちに頼るのは良くない傾向よ」
「あー、ごめん、私も闇討ち一辺倒なの。にしても星って結構強いのね。宝塔に頼りっ放しだと思ってた」
「これはあまりやりたくないのですが。服が傷(いた)んでしまいますから――。およ!? どうしてぬえがここに?」
「ん。見物してた」
「手が空いているのなら、一輪達に加勢してやって下さい。あの地獄烏に追われてこの先へ逃げ込んだのです。私はこの方のお相手をしなければなりませんので」
「それが、私もこうやって立ち話をしてられる身分じゃないのよねぇ」

 いつの間にか行く手に立ち塞がっているのは、にこやかな表情も見慣れてきた無意識の少女。無視された格好の火車が、ひょいと肩を竦めてみせる。

「ま、あたいはお姉さんを足留めできさえすればそれでいいか。こっから馬力も回転数も上げ上げで行くよっ! 付いて来られなくても泣きなさんな!」

 己の影から白い包みを積んだ猫車を取り出すと、お燐は宣言通り縦横無尽の疾走を開始した。目にも留まらぬすばしっこさで、星を翻弄しに掛かる。対する虎柄の少女は無理に目で追おうとせず、長槍を構えて集中していた。

「轢き逃げされて泣き寝入り、さもなきゃ永眠でも構わないよ!」
「性懲りも無く――!」

 真後ろからの急襲に、星は振り向きざま槍の柄を打ち下ろす。これを黒猫の爪が受け止め、一瞬の膠着。再び振突と直突が火花を散らした拍子に包みの一部が解け、細かい木片が散らばり出る。間髪容れずに三の柄を放とうとした妖獣は、火車の『残像』達に襲われて防戦を強いられ、薙ぎ払いに自爆を返されてついに態勢を崩した。怨霊使いは、自らの痕跡さえも使役して獲物を狩るのだ。

「積んでて良かったスペアタイヤ! 積み立てばっちり保険金!」

 瞬く間に組み上がった車輪は、炎を上げて輪転しつつ至近距離から星の顔面に向かう。すんでのところで仰け反った虎は腰を軸に後方へ倒れ込み、相手の猫車を蹴り上げた。倒立のまま身を旋転させての裏拳打ちを、柳に風と受け流したお燐、流れるように続く蹴り足を機敏に跳び退って躱す。追撃を断念した星は賢明だった。その光背を光源として大きく映し出された火車の影絵に、昔日の地獄から召喚された針山がびっしりと生え揃っていたのだ。槍の回転を盾にして飛来する針弾を凌ぎ、戻ってきた炎輪を返す穂先で打擲、大破せしめたと思いきや、寸前に部品にまで分解され、破壊には至っていなかった。
 これにて一旦仕切り直し。傍観していた私とこいしはどちらともなく顔を見合わせ、決闘を再開しようとしていた二人の間に割り込んだ。

「ぬえ! そんなところに居ると危ないですよ!」
「気にせずじゃんじゃん撃ち合っていいよ。緊張感があった方が盛り上がるし」
「そうそう。私達は勝手に愛を語らっていますから」
「……こいし様、今日は大層ご機嫌だねぇ。――ったく」

 乱戦の口火を切ったのはお燐である。十指に余る炎輪が組み上がるや否や、高速で先と逆向きに回転し始め、燃え盛る轍(わだち)を絶え間無く送り出す。星もまた、光背から輝く光の弧を伸ばして対抗し、弾幕ががっぷりと組み合った。
 二人の攻防を尻目に、私達も戦闘を再開していた。蛇の如くのたうち絡まる炎と光の帯、その合間を縫うように飛びつつ、弾に負けない鋭さで切り結ぶ。

「しかしこうして見ると虎縞が衣装に映えてるねぇ。素晴らしいって思ってるのは本当のことさ。シャンプーはともかく、洗い方にもコツがあるのかい?」
「それも部下に任せ――、はっ!? も、もう誤魔化されませんよ!」

 光の束で編まれた投網へ、口先三寸の火車は真正面から突っ込んだ。人間の肥大した煩悩ではとても潜り抜けることの叶わない細かな網目も、猫の子一匹逃さずとはいかなかった。黒猫の形態へ移行したお燐が空中に『着地』すると、辺り一面に猫の足跡が浮き上がり、高熱を発して燃え上がる。まるで見えない猫の群れが焼けた鉄板の上で踊っているかのような乱歩。得物の一振りで撃ち払われるも、星の進退を封じるには十分だった。

「そう、貴方の方こそどうなんですか!?」
「おくうは烏の行水だよ――っ、畜生!」

 人型に戻ったお燐が爪を伸ばして引っ掻きを仕掛けた刹那、剛健たる平手が彼女を真横へと張り飛ばした。星の背後にぼんやりと揺れるのは、厳然として睨みを利かせる猛虎の影向(ようごう)だ。人間からも妖怪からも崇め奉られる看板娘の実態は、決して張子の虎ではない。
 しなやかに縦穴の壁へ四つ足を着き、火車はにやりと虎柄の少女を見据える。

「まあいいさ。あたい達はいつもさとり様と背中の流しっこしてるもんね!」
「くっ、ナズーリンは未だ私に髪を洗わせてくれないのです……」

 どうしてこの猫らは行水の話題で言い争ってるのだろうと疑問に思いつつ、私は私で地味に奮戦していた。交錯する両者の弾幕の狭間を飛び移りながら、すぐ傍で無軌道な回避を続けるこいしに掣肘を加えるべく“翅”と“鰭”の先端から雷条を放つ。
 事情は相手も同じこと。散発的に互いを妨害してはいるが、自分から被弾しないことが大前提だ。光の玉や怨霊を避け、咆哮や轍を跳び越え、投網や炎壁を切り開いては、猫科の爪を掻い潜って舞い続ける。滲んだ体液を拭う暇も無く、飛び散る汗の珠を光炎の反射に煌かせ、そうでなければ蒸発させられながら。首筋を掠める鋭利な弾丸の起こす風すら、この場に至っては心地良い。

 場に合わせることで思い切った現象を振るえない以上、試されるのは純粋な実力――と見せ掛けて、私は密かに手を打っていた。たとえ回避の技術が同程度だったところで、自分とこいしには決定的な差がある。彼女が他人の都合を考慮しないのに比べ、私は扇動の専門家だ。気にするなと言い付けたところで、射線に誰かが居れば完璧に無視することはできないだろう。自分の立ち回りが周囲にどんな影響を与えるのか計算したうえで(普段からやってろなんて言わないように)、戦局がこちらの有利になるよう振る舞っていたのだ。
 徐々に成果は現れ始め、こいしがじりじりと追い詰められかけていた。もう一息で攻め落とせるか。と、その慢心が仇となる。

「――あらら。お鵺ったら浮気性ね」

 お燐へもちょっかいを掛けてみようと欲を出したのが間違いだった。不意を突かれてこいしの妖弾を“翅”に受け、飛跡を乱した私へ燃え盛る輪禍が迫り――。

「ぬえ! 危ない!」
「こいし様! 気を付けてっ」

 両者は同時に動いていた。星が掌底から放った圧力に私の身体が弾かれるすぐ隣で、俊敏に駆けたお燐がこいしの襟首を掴む。私達が居たその場所を、極太の熱線が焼き尽くしていった。
 四人が見下ろす中、一際明るく熾る炎の海から飛び出て来た影は二つ。片やフードを煤けさせながら逃げる尼装の少女とその相方であり、追うもう一方は完全武装して自ら炎上する地獄の烏だ。

「あ、おくうも頑張ってるなぁ」
「一輪……。無事だったみたいね」
「彼女のしぶとさは寺でも随一ですから。――しかし、船長の姿が見当たりませんが」

 安堵するにはまだ早かった。マントをはためかせて飛翔するおくうが構えた右腕の砲塔から、熱線ならぬ熱柱が断続的に噴き出し入道使いを狙う。心なしか元気の無いように見える雲山を庇って浮かぶ一輪と、自在に羽撃(はばた)き回るおくうの距離は徐々に縮まってゆく。

「核融合は地球に優しいクリーンエネルギー! 大掃除にも便利で一石二鳥なクリーンさを、身を以ってお試しあれ!」

 炎に僧衣の裾を焦がしながら向き直る一輪の手から放出された妖弾の束は、赤熱した六角筒の一振りで掻き消され、相手には届かない。雲山を繋ぐ金輪を振り翳して巨人サイズの拳骨を形作るも、ただ一条の光線に貫かれ、あっさりと蒸発してしまう。

「なあんだ。そのおっさん、見掛け倒しじゃない!」
「……ふぅ」

 足元に爆風を作り出して急加速した地獄烏が目前に迫るも、尼の口元には微笑が浮かんでいた。

「見掛け倒しはそっちじゃなくて? さっきから、『私』には一発も当たってないわよ?」
「ごっめーん、食玩のおまけには興味ありませんの」
「入道使いが入道より弱いと思ったら大間違い。口で言っても覚えないでしょうから――」

 一輪が構える宝輪に、初めて妖力が集中する。これまで延々と逃げ回っていた相手が場違いに闘志を膨らませたことで、反射的におくうは砲塔を楯と構えて防御の姿勢を取った。それが、誘われた動作だとも知らずに。

「はん! やれるものならやってご覧なさいな!」
「ええ、すごいことするから覚悟して頂戴」
「無駄無駄! 私には八咫烏様のお力があるのですから!」
「…………」
「掛かってこないの? ふふん、私の気迫に怖れをなしたか!」
「…………」
「ねぇ、まだなのかしら。このポーズ飽きちゃったんだけど」
「あー、馬鹿?」
「……だ、だっ、騙したなーっ!」

 のほほんと頭巾を直してみせる入道使いに、地獄烏が怒りを爆発させた。砲口を相手の頭部に突き付け、零距離でエネルギーを充填し始める。
 思わず飛び出しかけた私を星が制す。萎んでしまっていた入道が、ちらりと上方を確認した。

「直情的な奴は嫌いじゃない。取り扱いにも困らないしね」

 軽く怒気を受け流す一輪の上空から、唸りを上げて金属塊が落下してきていた。その大きさは、船幽霊が振り回していた物の二倍はあろうか。惑星の引力を破壊力へと変換した巨大なアンカーが背骨を砕く寸前、入道使いはその身体をふわりと横にずらしていた。おくうから見れば、突然眼前へ凶器が突き出されたかのように感じただろう。鈍い音が響くと共に、烏は墜落して炎の海に没する。
 おくうを撃墜したのとは別、太い鎖で吊り下げられたアンカーの爪に腰掛け、ゆっくりと降りてきたムラサがセーラー服の襟元を摘んでいる。もう一方の手は錨の表面へ沈み込んでいた。恐らく、壁の中を浮上して私達の頭上に回ったのだ。

「良い感じに決まったわね、一輪。これなら追撃用のは要らなかったかな」
「熱い中で飛び回るこっちの身にもなって頂戴。結構かつかつのタイミングだったわよ?」
「愚痴る前にその暑苦しい格好をどうにかしなさい」
「こないだ洋服で買い物から帰ったら、星、真顔で何者だって問い詰めてきたわ」

 息の合った連携を見せた少女達が軽口を交わす傍ら、あちゃーと額に手を当てたお燐へ、こいしが不思議そうに問うている。

「ねえ、おくうを助けなくて良かったのかしら」
「あの程度でくたばる親友を持った憶えは無いさ。むしろガッツが湧くんじゃないかな」
「え、嘘? この錨、何トンあるように見えますか?」
「船長、いくら暑いからといって、そんなに襟を拡げるなんてはしたないですよ」
「どうして星は涼しい顔をしてられるのー。心頭滅却すればなんとやらって奴? 服が貼り付いて気持悪いったら」
「私もすっかりべたべたになっちゃったわ。あ、お燐も汗かいてないよね」
「あたいは慣れてますから……。これじゃまだまだ温(ぬく)い内だ」
「どうしてそこの二人が自然に会話へ参加しているのか知らないけど、私は一旦上に戻るわ。雲山がかなり消耗しているから。雲に熱気は相性が悪かった」
「私も柄杓が枯れそうなんだったっけ。船で補給してこなくっちゃ。星はどうする?」

 見上げれば、垂れ下っている錨は一個だけではなかった。重々しく揺れ動くいくつもの金属塊。各々から伸びる鎖は、ピンと張りつめて縦穴の出口まで続いている。
 一輪がムラサの隣に足を掛け、鎖を掴んだ時だった。異常事態を告げるけたたましいブザー音が坑内へ鳴り響くと共に、辺り一面に警告表示が明滅し始めたのは。

「これは……、只事じゃなさそうね」
「山の神様がご丁寧にも取り付けて行った機能だよ。ヤタさんのリミッターがちょいと外れたんだ。こうなればもうおくう自身にも制御不能。お姉さん方にできることは逃げ惑うことだけってこったね」
「気軽に言ってくれるじゃないの……。星、ぬえ、引き揚げるから急いで!」

 私と星が手近な錨に飛び乗るや否や、アンカーは上昇を開始した。壁が高速で眼下へと流れ落ち、風が汗を乾かすことも相俟ってぐんぐんと体感温度が下がってゆく。縦穴の底で何かが光ったと思うと、ちゃっかり便乗していたお燐が叫ぶ。

「来るよ! 生煮えにならないよう気ぃ引き締めな!」

 急速に遠ざかっていたはずの火焔の波が、錨の巻き揚げを上回る速度で迫(せ)り上がっていた。中庭に脱出するのが早いか灼熱に飲み込まれるのが早いか。迫り来る圧倒的な熱量に、引きかけていた汗が冷たくぶり返す。錨の軸を握る手が滑ったような気がしてふと視線を遣ると、軸を挟んでもう一方の爪にこいしが立ち、私へ微笑み掛けていた。

「ね、恋は熱く燃え上がってこそだと思わない?」
「……もう嫌だ。あんたの機嫌を取ってたらこっちの気力が持たないよ」

 指先から放たれた催眠術と“棘”から伸びる雷の矢が互いの頬を掠めるのを感じつつ、私達は同時に足場を蹴っていた。襲い来る妖弾を妖弾で相殺しつつ後方にあった別の鎖を揺らし、反対側の錨へ着いたばかりのこいしへ反動を活かして強襲する。近い間合いなら体術でも手数でも勝っているのはこちら。突き出した“棘”を躱したところで六本の切っ先が待ち受ける。上昇を錨に依存するこの状況では迂闊に自失することもできまい。他の足場に移る猶予を与えるつもりもなく、無難に攻めても数手で詰みだ。
 しかし、彼女が選んだのは捨て身と形容する他ない行動だった。逃げるどころか、逆にこちらへ突っ込んできたのだ。私は得物を振るう機を失し、懐に潜り込まれてしまう。

「ふふっ、お鵺が積極的になってくれて嬉しいわ~」
「や、ちょっ、こいしあんた――!」

 反応できなかったのは、攻撃の予備動作が全く見えなかった――そもそも攻撃する気が無かったから。事もあろうに、少女は私へべったりと抱き付いてきたのである。すぐそこには迫る焚灼の荒波。危ういところで“蔦”を錨に巻き付け無理心中を回避できたのは、頭のどこかで彼女ならやりかねないと感じていたからだろう。まさか私、染まってる?

「なんてこった。変態は感染するというの……」
「ぬえ、飛んでっ!」

 一足先に脱出を果たしていたムラサの呼び声に、私は器官を縮ませる勢いから飛翔した。間一髪。開けた中庭へ逃れ出た直後、勢いよく溢れ出た炎が大穴と直径を同じくする火柱と化す。サボらずに熾烈な攻防を繰り広げていた両陣営も一時戦いの手を休め、何事かと目を見開いていた。要らぬ誤解を受けないうちにこいしを振り解き(ああん、じゃねーよ)、私もその輪に加わる。

「八咫制御基盤(リミッター)、『乾』『坤』共に沈黙! イ号からト号太陽炉(かみさま)、連鎖活性開始! 私の元気も溌剌! システムオールレッドの大盤振る舞いといきますわよー!」

 高々と噴き上がった火焔は十分に明るかったが、その紅蓮を裂いて迸った光の明るさは度を越していた。純白を超えた驚きの白さ。直(じか)に見ればきっと眼を沸騰させられていたに違いない。
 咄嗟に展開した暗雲さえ侵食するほどの強烈な光が萎んだ中心には、得意げな面持ちの地獄烏が一羽。舞い散る炎の羽根、深みを増すマント裏の宇宙。右腕に装着された六角筒が機械音と共に開き割れ、濛々と蒸気を排出する。もう、もうどこからツッコミを入れれば良いのか分からない。

「無駄かもしれないけど言っておくよ……。おくうー! あんまり調子に乗らないようにねー!」
「大丈夫大丈夫! 私は最強だからー!」
「聞け馬鹿ガラス!」
「見ててお燐。見てて下さいさとり様! 究極の力を身に付けた私の勇姿を! ご褒美はビー玉の詰め合わせが良いな!」

 がしゃこんと元に戻った砲塔が狙うのは、巻き揚げられてゆく錨にしがみ付いたムラサ達である。あの特大の錨は、いつの間にか戦場へ寄せられていた聖輦船から射出させたものだったらしい。船長と船は一心同体、遠隔操作はお手の物だろうが……。
 ひょっとしてこれはピンチなのではないか。不吉な予感が脳裏を過る。おくうと錨の延長線上に聖輦船が浮かぶということは、一輪達が避けたところで船体への直撃が免れないだろう。白蓮――ひいては弟の飛倉――の法力で護られているとはいえ、太陽の出力を誇る熱線を受けて木造の船が無傷かどうか。
 しかも三人はさっきの滅茶苦茶な閃光の余韻から醒めきれず、瞳を瞬かせている状態だ。他の皆はどうだろう。瞼越しに網膜を焼かれ、視力を麻痺させられてやしないだろうか。雲の暗幕で身を守った私以外、状況に対応できる者が居ないとしたら……。確かめている余裕は無い。

「南無三――って、こんな時に唱えるべきだと思う!」

 飛び上がりつつ弓なりに身体を逸らし、エネルギーを充填されて輝く六角筒へ向けて“棘”を投擲する。地獄からでも仏さんに無茶振りは届いたのか、“棘”は狙い過(あやま)たず砲塔の芯を捉え弾いた。ぶっ放された灼熱の塊――熱線ではなく、隕石めいたどちらにしても危険物――は大きく標的を逸れ、地底世界の天井に着弾して目にも鮮やかな大爆発を引き起こす。こいつ、敵味方関係無く旧都を焦土に変えるつもりか。今頃鬼達は、予定外の花火を見物できて大はしゃぎだろう。

「うぬにゅ!? 我を邪魔立てするのは何奴ぞ?」
「飼い主を放り捨てるなんていけない子! そんなにお仕置きされたいの? 愛の鞭は……、んー、何にしよう……」

 一難去ってまた一難。前門の烏に後門の覚とは、豪華な歓待もあったものだ。一体後どれだけ、ここが踏ん張りどころと自分に言い聞かせなければならないのだろうか。

「水溜りより深い私の叡智を以ってしても、貴方が何者か判らないだなんて! ま、灰にしちゃえば一緒だよねー」

 細かいことを気にしなさ過ぎな地獄烏。念のため、私が正体不明を解除していることも付け加えておく。胸の大目玉が怪しく輝き、ばさりと拡げられた外套の銀河を思わせる裏地に波紋が広がった。幾つかの星々が選(よ)り出されて見る間に膨れ上がり、マントの内側から溢れ出す。燃え滾る焔星が、敵を焼き潰さんとおくうを中心に公転する。

「……えー、まふ……。んふふふ……――」

 虚ろな瞳で宙空を見詰めるこいし。私を見失ってしまったのか、そもそも探そうとしていないのか。ぼんやりと口を開けた表情からは幽かな意図も読み取れない。――と、突然その全身からハート型の妖弾が発散され始めた。炎の尾こそ曳いていないが、如何せんその数が膨大だ。妹君の異変を察知して駆け寄っていたペットの一匹が不運にも巻き込まれ、恍惚の表情で地面に転がる。涎を垂らしびくびくと痙攣する様子からして精神に異常を来(きた)したのだろう。触りたくないというか、関わり合いになりたくない弾幕である。

 物理と心理の両極端から攻め立てられるこの状況。凡百の妖怪ならば尻尾を巻いて逃げ出してしまうだろうが、私は伝説に名高い鵺妖怪だ。ちょちょいと華麗に切り抜けてしまうとしよう。不遜な笑みを浮かべてみせながら、私は“翅”と“鰭”を両者に向ける。

「この私を挟み撃ちにしようなんてお笑い種(ぐさ)もいいところ。あんた達は、自分が誰と戦っているのかすらも見えていない!」

 両翼から展開された正体不明の影は、二様の弾幕を覆ってそれらの定義を剥奪する。主の統制を失った猛威は境界をあやふやにされ、歪曲され曲解された挙句に渾然一体の合成弾幕と成り果てた。醜い異形のキマイラは、遺伝子と本能の命じるまま、まずは産みの両親を毒牙にかけようと出来損ないの器官をばたつかせる。

 ……この技の短所は、自分自身がちっとも安全にならず、時にはより危険になり得る点だろう。今気付いた。格好付けてる場合じゃなかった。

「――しっ、死ぬかと思った」

 命辛々脇へ逃げ出した私。リスクは大きかったが、これで一時的にしろ二人の足を止めることができるだろう。どうにかこうにか一息つけた。縦穴の内部に比べて涼しい、とにかく暑苦しくない空気を胸一杯に吸い込む私の脇腹へ、硬質の物体が激突する。

「ぐえっ……。これは、薬缶(やかん)かいな? もうツッコミ入れる気力もありませんが」
「そっこのっけ、そっこのっけ、化っけ傘通るー! 付喪神様の大行列だよ! 頭を上げてしかとご覧じろってんだ!」

 数十本もの傘を始めとして、壺やら提灯やら枕やら茶釜やら、大きい物では柱や戸板まで。無数のがらくたを引き連れてがやがやと走り過ぎたのは、見間違えでなければ多々良小傘その人である。
 そう言えば、彼女もナズーリンと同様拉致監禁されていたんだっけ。あの少女に関することとなると、どうも真剣に受け止めることができないのは不思議なことだ。しかし何故、小傘が大量の付喪神(ぼけどうぐ)と共に中庭を爆走しているのだろうか。

「やんややんや! 日も差さぬ地底に骨の花が満開たぁ風情があるじゃないか! あたいも気張って血の雨降らせなきゃねぇ」
「こらっ、決闘の最中にすたこらさっさとは何事ですかー! まともに相手をしなさいったら!」

 けらけら笑いながら最後尾に続く猫車と、ばたばた追い掛ける看板娘の図。どうも小傘達は片方の勢力に味方しているでもなく、手当たり次第に体当たりを敢行しているらしい。大した害はなさそうなので放っておこう。その辺に薬缶をリリースし、周囲を見渡してみる。

 おくうショックから我に返った面々は、再び各々の戦いに身を投じていた。数で劣るため、常に少対多の戦闘を強いられている命蓮寺側。それでも概ね善戦できているのは、灰汁(あく)が強過ぎて連携が取れないペット達に対し、一輪達とムラサのようなコンビネーションを発揮して死角を作らないよう立ち回っているからであろう。常日頃の集団行動の賜物だ。手傷を負っている者も少なくないが、まだまだ志気は互角。自在に人型を取るまでになった古参のペットは、おくうやお燐を含め半数にその数を減らしている。恐らくは、最初に飼い主を護った者達が蹴散らされたのだ。
 肝心の白蓮とさとりの姿が見当たらない。御殿の中に入ったのか、それとも上空で――。

「ささ乗った乗った飛び乗った! 今宵限りの臨時特急、各駅停車じゃ拾わない、人間様は置き去りでい!」
「端(はな)っから脱線してちゃあ踏切事故も起こしようが無いってねぇ! 終着駅(あのよ)までノンストップと行こうじゃないか!」
「はっ、どうして私が運ばれているのですかー!?」

 復路のご一行はスルー……できなかった。猫車の上にお行儀良く正座して疾走する星。こいつら本当は仲良いんじゃない?

 中庭の隅に目を向けると、そこだけ結界で隔離され、怪我人達が建物の内部へ運び込まれていた。どうやら戦闘不能に陥った者達が収容されるスペースのようで、力及ばなかった寺の宗徒もペット達と同列に扱われ、白衣を着たゴリラやナースキャップを付けた象に治療を施されている。これが本当の獣医って奴か。
 妖怪が肉体的な怪我で死ぬことは滅多に無いにしても、痛いものは痛い。口では物騒なことを言っているが、地霊殿の連中も本気で私達を抹殺しようとしている訳ではないようだ。彼らなりのポーズというものがあるのだろう。だとすると、尚更気を引き締めなければなるまい。これは単に娯楽や損得勘定から出た喧嘩ではなく、面子と信念を賭けた決闘なのだ。

 今のところは拮抗していたとしても、物量で押され続ければこちらが不利である。船長達が復帰するまでもう一働きしておこう。他でもない、自分自身のために。







 ※







 一口に中庭と言ってしまうには広大な敷地。草木の一本も生えない荒涼とした眺めといい、疎らに嵌め込まれた小さな硝子窓といい、打ち捨てられた建設現場のよう侘しさがある。背の高い建物が醸し出す閉塞感は、牢獄か、あるいは処刑場のそれか。地獄跡へ通じる大穴の岸辺や上空で敵味方入り乱れる弾幕合戦の只中を、私は忙しく飛び回っていた。

 一対一の勝負より、不確定要素の多い乱戦の方が私には向いている。場を引っ掻き回して連帯を崩す撹乱戦法は得意中の得意だ。要は数の不利を逆手に取れば良い。味方を取り囲みつつある敵の群れに奇襲を掛けて暗雲を展開し、同士打ちを恐れてまごついている間に一撃を入れてすかさず離脱。次の獲物を品定める。
 誰かの邪魔をするのは単純に楽しい。五感を狂わせる暗闇の中、どこから何をされるのか分からず怯える者。誤って仲間を傷付けてしまう者。雲が晴れた後も、味方の中に偽物が居ないかと疑心暗鬼に陥る者。痛快な反面、ちくりと罪悪感がある。不純な動機と卑怯な手段で活躍したところで、胸を張って戦友を助けたと言えるだろうか。こんな形で勝利を収めたところで、あの白蓮や星は喜ぶだろうか。

「ま、まあ、私には私の道理があるってことで」

 それでも一番合理的なのは、私が可能な限り多くの敵を弱体化させ、槍の並びを空(す)いておくことなのだ。上空から爆撃しようとしていた翼竜類の頭上を取って撃墜し(T-レックスは雲山に任せた)、伝令として走り回っていたエリマキトカゲに“鰭”を絡ませて転ばせ(我ながら鬼畜の所業だと反省する)、円(つぶ)らな瞳でうるうる見上げてきたチワワを全力で蹴っ飛ばす(罠だ。頭を撫でようとしたらあわや腕を噛み千切られるところだった)。しかし色んなペットがいるものだ。流石は古明地アニマルパーク。もう何が出てきても驚かないだろう――え? パンダ(♂)? しかも八頭身!?

 熊の力強さと猫のしなやかさで振り抜かれた青竜刀が鼻先をくすぐった。感想をまとめきれないまま応戦する私の雷撃を鮮やかな足取りで捌き、白黒の獣は瞬く間に王手を掛けてくる。

「ぐうっ……!」

 袈裟掛けの一刀が“私”を肩から切り裂くも、生憎とそれは正体不明で形成された囮であった。本物は、一足早く上方へ跳んでいる。

「女の子だからって舐めないでね。肉弾戦も嗜みの内よ」

 宙返り気味に頭上を飛び越しざま、相手の首に“蔦”を絡み付かせた。直接電撃を流し込まれ、痙攣するパンダ男。煙を上げて倒れ伏す背へ、私は端的な感想を述べる。

「なんつーかさ、あんた、キモいわ」

 懲りず立ち上がろうとしたところに追い討ちの呪言を刺され、妖獣は完全に沈黙した。精神と肉体の状態が直結する人外の闘いでは、舌戦を制した者がペースを握る。口喧嘩も喧嘩の内なのだ。
 気絶したパンダを壁際にどかそうとして、左手の痛みに顔を顰めた。治す暇も無く転戦していたが、肉を剥き出しにしておくのは少々不味い気がしないでもない。一応手当した方が良いだろうか。精根尽きた者達がまどろむ一角へ赴き、白衣のゴリラに話し掛ける。

「ね、良かったら包帯分けてくれない?」
「ウホッウホホッ。ウホウホウホホ!」
「パオォーン!」
「……その、私が悪かったわ」
「ああ、済まない。つい独逸語が出てしまってね」
「包帯ならこちらにありますよ。他の方の分もご入り用ですか?」
「む、ムカつく……」

 適当に左手をぐるぐる巻きにする片手間、情報収集に努める。相変わらず両大将の姿は見当たらない。チワワにKOされた宗徒によると、大将同士の真っ向勝負を挑んだ白蓮に対してさとりは護衛のペット達に応戦させ、足止めを食わせている間に御殿の中へ逃げ込んだらしい。救護区域で魘(うな)されている人型達の様子から尼公の善戦が窺えるものの、改めて楽観視できない戦況を認識させられた。

「何よその伏線ばりばりな展開は……。妖怪殺しの覚妖怪、策略があるに決まってる」

 敵の縄張りへまんまと誘い込まれた白蓮の愚直さを笑うことはできない。さとりが私達の性格を熟知した上で術を仕掛けてくる以上、こちらの搦め手はまず通用しないだろう。正面から打ち破るのが結局は最善の方策だ。
 このまま中庭に留まってムラサ達の復帰を待ってもいいが、私の戦法もそろそろ相手方に警戒されていると考えるべきか。一度白蓮の様子を見てこようと急ぐ私の足を留めたのは、壁際に追い詰められて苦戦している星の姿だった。その相手はまたもや怨霊使いの黒猫――火焔猫のお燐である。

「おやおや、さっきまでの威勢はどうしたんだい? あたいはまだ墓穴を掘り足りないっていうのにさ」
「……っ。これしきのことで……」

 毘沙門天の弟子を取り囲んでいるのは、数十匹にも及ぶ妖精達だった。その顔色は蒼褪めて死体のようで、ただ瞳の底に爛々とした炎を灯している。のっそりとした動きでじゃれ付こうとする小柄な少女達を長槍の柄が片っ端から叩き落とすものの、痛み一つ感じていない様子で妖精は立ち上がり、たどたどしい足取りでひたすら相手に縋り付く。無謀な方向へ折れ曲がった四肢や羽根も、見る間に再生して妖獣に休む間を与えないようだった。
 焦りを隠せない星を攻撃するでもなく、少し離れたところでお燐はにやにやと笑っていた。

「――くく、お優しいこと。誰かが殺し尽してあげない限り、この子達は永遠に仇を求めて悶え苦しむだけなのに。お姉さんが楽にしてやれば、お姉さんも楽になると思うよ?」
「星! そいつの口車に乗せられちゃ駄目よ! 根こそぎ吹き飛ばしたところでどうせ復活するって!」
「しかし――」

 落ち着いて観察すれば正体を見抜くことは容易だった。恐らく、親和性の高い妖精に怨霊を憑依させることで、元々優れた再生力をさらに底上げすると共に、痛覚を麻痺させているのだろう。手加減抜きで屠戮したとしてもちゃんと復活してくるはずだが、真面目な少女は本気を出せずに躊躇っている。気持は分からないでもないものの、このまま突破口を見出せなければジリ貧だ。
 ならば私が引き受けるべきだろう。使い魔の内部に取り込んで封じてしまおうと発射されたユーフォーは、何の前触れも無く真っ二つに裁断され、爆散し地面に焦げ跡を残す。

「やっと見付けたわ! 気が付いたら居ないんだもの。もー、どこに行っていたのよ」
「やれやれ。こんな時に限って……」

 ふわりと降り立ったこいしは、どこか様子が奇妙に思えた。透き通るように白かった頬は上気し、瞳の焦点はうっとりとぼやけている。

「さっき間違えて変なのを回収しちゃったからかしら……。なんだか身体が火照っちゃって。……ね、慰めてくれない?」
「あんたは本っ当に色んな意味でぎりぎりだね」
「お鵺にだって素質はあると思うわ。探り当てたげるから、じっとしてて」 

 催眠術師の指が振り上げられ、私は認識の切断を横っ跳びに避ける。反撃の未確認飛行物体は、再度出現した無意識と意識の境界に巻き込まれ捻り潰された。

「誰にだって身体を開く訳じゃないのにー。そろそろ私の魅力に気付いてくれる頃だよね?」

 本能が発する警鐘に逆らわず、私は暗雲で身を守っていた。こいしがぱちりとウインクした刹那、両眼の視差から生まれた歪みが現実に押し付けられ、私を中心とした空間が網目の如く微細な罅割れで埋め尽くされる。判断が一瞬でも遅ければ、鵺百パーセント果汁に磨(す)り下ろされていたところだった。三次元の下ろし金を正体不明で誤魔化す首筋に、冷や汗が伝う。

「危険度は身に沁みて理解したよ……」

 キメラ弾幕を吸収した影響か、その結界は大きく揺らいで周囲の物を歪ませてゆく。両手を大きく開き、地面の土を焦がしながらこいしは私に突進してきた。到底受け切れないため飛び越えて逃げ、振り向きざまに飛ばしてきた認識の真空を身を捻って躱す。
 視界の端にいよいよ妖精の群れに埋まりかけた星を捉える。援護しようと逸(はや)る気持とは裏腹に私は急停止し、目の前に立ち上がる妖力の尖柱を見た。そこに在るから私は止まったのか、止まったからこそそこに在るのか――。無意識から林立する尖柱は一度上空へと浮き上がり、こちらを地面に縫い留める杭として振り下ろされる。
 土を転がって難を逃れた先に飛び掛かってくる盲の少女。今度は地を這うように加速して下を潜り距離を取ろうとするが、再び突き上げてきた柱に煽られ失速。召喚した使い魔にしがみ付いて素早く態勢を立て直す。

「お上手! さあて、次はどんな芸を見せてくれるのかしら?」
「ふん。一筋縄じゃいかないか――」

 この妖怪は、とてもじゃないが脇見しながら相手取れる敵ではない。せめて“棘”を手放していなければ、多少強引にでも突破できそうなものだが。再生成には時間が掛かるし――。
 そう唇を噛んだ時だった。私とこいしの中間に炎弾が墜落し、爆音と共にクレーターを掘り上げる。ぎくりとして仰ぐ先には、光の環を掲げる地獄烏の姿。

「うにゅにゅにゅにゅにゅにゅ!? す、凄い……。熱い想いが胸の奥から湧き上がってくる……。ははっ、今日の私は空前絶後の絶好調ですわ! 核・即・BAAAAAAN! ふははははははははっ!!」

 一線を通り越してしまった爽やかな笑顔。がしゃがしゃと開閉を繰り返す六角筒。胸の赤い目玉の瞳孔は開きっ放しで、法悦の境地すら予感させる。ひょっとしなくともキメラ弾幕のせいだろう。どちらかの弾幕に、放った者へ還元されるような要素が含まれていたのだ。こいしがおくうの熱さを取り込んでしまったように、おくうはこいしのアレな要素を呑みこんでしまったらしい。

「……どうしよう、これ。私の責任?」
「おくうが暴走してる……。んったく! あれほど無茶しなさんなって言い聞かせておいたのに! こうなったら――」

 無差別に砲撃を開始した親友を、険しい表情で見詰めるお燐。そのタイミングを見計らっていたのか、憑依妖精達の頭上に石の礫(つぶて)が降り注ぎ、動作を麻痺させた。続いて降ってきた巨大な結晶が、寸前まで怨霊使いの立っていた地面を抉る。細いチェーンで繋がれたペンデュラムが巻き戻ってゆく屋根の上には、鼠色の少女がシニカルな微笑みを浮かべていた。

「どうも待たせてしまったね。受け取ってくれ、ご主人」

 戻ってきた振り子石を縮ませるナズーリン。呟きつつ無造作に放り投げた物体を、妖精まみれの星が掴んだ時だった。眩(まばゆ)いが不思議と目に痛くない光が溢れ、周囲の闇を残らず照らし出す。光が小さく収まった頃には妖精達が残らず倒れ伏しており、再び起き上がる気配も無い。見上げれば、既にダウザーの姿は消えていた。

「信じていましたよ、ナズーリン。……さあ、再び問わせていただきます、邪法の黒猫よ。もし貴方の心に正義が無ければ、地底に有りて尚輝き続けるこの法の光――」

 凛と背筋を正した星は、呆然としているお燐へ宝塔を手に向き直る。

「――この毘沙門天の宝塔の前にひれ伏す事になるでしょう!」
「……ん? ごめん、何か言ったかい?」
「え? ええと――。ごほん。もし貴方の心に正義が無ければ、その……」
「んー、悪いね。あたいはちょっと急用が出来ちゃった。他の誰かと遊んどいておくれ」
「あ、どこに……? ま、待って下さい。私の話はまだ終わっていませんよ!」

 折角の決め台詞を右から左へ聞き流し、気も漫(そぞ)ろに立ち去る火車。慌てて後を追う毘沙門天オブ命蓮寺。残された私とこいしは、お互いに顔を見合わせ――。

「げげ」
「うふっ」

 ――争闘を再開した。結界から伸びる誤認識の触手は尽(ことごと)く正体不明の暗幕に遮られ、未確認飛行中隊の猛攻は全弾が無意識の柵に拒絶される。

「厄介な奴ね。私の正体不明を無視するなんて――」
「私の無意識を意識するだなんて。これって運命の出会いじゃないかしら」
「せめて宿命の対決と呼んで欲しいわ。ま、あんたの気が済むまで打ち負かしてやろうじゃない」

 そう言いつつ身を翻して逃走を図る私の前方にまたもや妖力の尖柱が立ち上るものの、今度は慌てない。理屈ではなく体感で、私は彼女の無意識を見切りつつあった。黒雲を吹き付けて足場とした柱へ速度を殺さず駆け上がり、後方へ宙返りながら連続して雷の投網を見舞う。防御を余儀無くされたこいしの目の前へ両手から着地し、背の六枚刃ごと旋転。器官に痛覚を残しているからこそ無意識への潜行は制限され、激痛と引き換えに結界を切り裂く。
 後ろっ飛びに逃れた瞳に戸惑いを見出しつつ、ユーフォーを射出した。間を置かず風穴が穿たれるものの、その真空を逆流して雷撃が催眠術師を襲う。すんでの所で身を捻ったこいし。苦し紛れに指が複雑な式をなぞるも、術は精神の空白をすり抜けていった。私に先達もご先祖様も存在しない事実を強調し、幻術の焦点を逃れたのだ。
 一撃が空振りに終わったこいしは隙だらけで、二基目の使い魔に足場を爆撃されてついに転倒する。立ち上ろうとして、しかし膝が砕けた。

「あれ、おかしいな……」
「あんた、きちんと応対されるのには慣れてないみたいね」

 少女を守る結界には、所々綻びが生じている。緒戦で負わせた両腕の傷が、徐々に彼女の体力を奪っていたのだった。痛みを意識せずに動ける長所は、長期的にみれば弱点ともなる。自身を顧みない無茶な戦い方故の自滅だった。
 ぺたんと尻餅をつくこいしの周りを旋回しつつ、未確認飛行物体達は私の指令を待ち望む。

「別に痛めつけるのが趣味って訳じゃないの。投降してもらえない?」
「ねぇ、お鵺……」
「だから、お鵺じゃないってば」

 絶体絶命の危機に瀕していながら、こいしは私を見詰め頬を紅潮させていた。両の瞳からぽろぽろと涙を流してすらいる。

「やっぱり、あなたを選んで、正解だったわ」
「……?」
「お鵺に殺られちゃうんだなって分かって、私、こんなに興奮しちゃうんですもの。頭の奥がくらくらして、心臓のどきどきが止まらないの。背骨に孔を開けられて、煮えた蜂蜜を流し込まれたみたい――」
 
 肩を震わせながら危険な台詞を吐く少女が突如として爆炎に包まれ、使い魔達が残らず吹き飛ばされた。すわ地獄烏の襲来かと警戒するも、光の鳥は遥か遠くの空をでたらめに飛翔中。燃え残る紅蓮の中から、華奢な影絵が立ち上がる。

「だから、こんなに早く終わらせちゃ勿体無いわ」

 思い切って再起不能にしなかったのは、痛恨の失策だった。結界の綻びは飴色の炎によって補修され、シャボン玉の光沢を描いている。肉体の疲労を精神の昂揚が補っていた。吸収した焔星の情熱が、何かの拍子に彼女の無意識と噛み合ったのだろう。
 不味い展開だ。再び妖力の枯渇を狙うにしても、今度はこちらのスタミナが切れかねない。

「お鵺も、そう思うでしょ? 思うに決まってるわ……。五尊の菩薩に五色の薔薇、虚無への供物を捧げてみれば――」

 斑模様の結界がぶくぶくと歪み、数えきれない泡沫を分離し始める。己の吹き出す炎で渦巻き、鋭い棘を備えるそれらは、催眠術師の瞳の焦点が移ろうのに合わせて収縮と色変わりを演じ、まるで咲いては散りを繰り返す薔薇のようだ。何の前触れもなく背中に灼熱感を覚え、ぎくりとして振り返る。色取り取りに大小様々な花束が、自分の四方八方を取り囲んでいた。私にすら認知できない極小の泡片を飛ばし、死角で成長させていたのだ。

「頭の中がお花畑、ってか……。やれやれ、こいつは隠し玉だったんだけど」

 出し惜しみしていては圧殺されるばかり。止めを刺すために温存していた正体不明を、背中の器官から解放する。
 片や黒、湖上に浮かぶ胡乱な竜影が迫る花々に対して壁となり、片や白、空飛ぶ魚の異名を持つ未確認高速飛行体の群れが、私の行く手を遮る薔薇と同士討ちを果たす。鵺の弱点を補うため、最初から可能性を限定して生み出した未確認幻想生物(ユーマ)の試作体だ。
 それでも全ての薔薇を潰すには足りない。十指の使い魔を捨て駒にし、片足の感覚を削られつつ、強引に退路を開く。態勢を立て直すためにも逃げの一手を打とうと飛び立つ、その時だ。

「あら、どこに行こうっていうの?」

 制止を振り切って危険な花畑を離脱しようとする私の背に、猛烈な悪寒が張り付いた。今まさに飛び越えようとしていた大穴から、巨大な泡が浮かび上がってきていたのだ。
 いや、正確には泡ではなく、内部に液体が詰まったぶよぶよの水槽だ。半透明の膜に包み込まれているのは、無数の小さな人影。妖怪の本能が直視を躊躇わせている。再召喚して突っ込ませた空想生物達は、影に取り憑かれるや否や自身の存在を苦にして自害させられた。深層意識の大海に潜む怪物は、こちらの使役するUMAを心の内側から食い破る。私とて、直接中身を覗いてしまえば発狂は免れないだろう。

「知ってる? 目を開ける前に見る夢って、みんな同じところに居るのよ。 閉じたままならずっと一緒なの。今日は、特別にこの子達を紹介してあげるわ」

 虚実入り組む花々に囲まれて、こいしは恍惚境にあった。あそこに舞い戻ったとしても、見当識を削り殺されて再起不能が関の山だ。どの道、彼女の大技を人任せにしておく訳にもいくまい。鵺だからこそ辛うじて同じ精神の深度まで潜っていられるが、縦穴を産道にした子供達が生まれ落ちてしまった場合、戦場がどのような混乱の渦に叩き込まれるか想像もしたくなかった。

「傍迷惑な奴! どうしたって、あんたを潰さなきゃ埒が明かないか……」

 一か八か、意を決して左手の包帯を解き、残った暗雲を傷口から取り込む。血管を遡った正体不明が脳に辿り着き、己の精神を犯し始めた。視界に霞みが掛かる。混濁する意識の中で腕を振り上げ――

「――――――――はぐっ」

 対岸の地面へ激突する衝撃で目が覚めた。振り返れば、水槽は尽く惨殺された胎児の血で赤く染め上げられている。どうやら“私”はよくやってくれたらしい。服を濡らしている羊水の錯覚も、偽りの子宮が破裂すると共に蒸発していった。相手が精神のみを標的にするなら、そこを集中的に防御しやり過ごしてしまえば、単純な本能でも駆逐できる程度の雑魚に成り下がる。
 こいしが意識を切り売りし戦わせた応用、人格の薄皮を独立させた上で狂気を肩代わりさせ、夢見る未確認生命達を血祭りに上げたのだ。手前味噌ながら興味深い戦法。敵に回して厄介な分、なかなかどうして勉強になる。

「文字通り、赤子の手を捻るお手前ね」

 認識戦で一手上回ったことに自信を付け、こいしが産褥から立ち直る猶予を与えることにした。再度こちらを見付け、追ってくるのを確かめてから飛び立つ。やはり、命蓮寺側で彼女に対抗できるのは自分くらいのものだ。自身の消耗が少なくないこともあって、いよいよ逃げ惑ってはいられない。この期に及べば短期決戦、正体不明の精髄を以って、無意識の少女を打破してみせようではないか。







 飛び込むは、かつてナズーリンが監禁されていた空っぽの部屋だ。荒れ狂った炎は既に消えていたが、建材はまだ僅かに熱を帯びている。船幽霊が開け、地獄烏が拡げた壁の穴から、ひょいと無意識の少女が顔を出した。その身に纏う結界には、許容できない現実との軋轢が紅炎(プロミネンス)の如く巡っている。

「あら、やっと私に振り向いてくれる気になった?」
「そうね……。あんたの笑顔には飽きちゃったと言っておくわ」

 待ち構えていた私は、部屋を満たしていた暗雲を自分の周囲へと凝縮させる。密度が臨界を超えた正体不明は光の粒となり、私を中心に飛遊し始めた。

「お望み通り曝け出してあげる。その節穴で見えるものなら、ね」

 光の粒、すなわち未確認飛行物体の核は数を増し、最終的には私の身体を覆い尽くすに至る。傍から見れば、それは奇妙な光球としか認識できないだろう。見る者によって姿を変えたりはしない。何故ならここが正体不明の極点であり、限界まで細分化された模様が一面となるように、逆説的にたった一種の可能性へ収束しているためだ。

「弧絶の結界で見栄を張ってるのは、何もあんただけじゃない――」

 他者のありとあらゆる理解を撥ね退ける精神の結界は、推測の取っ掛かりになる些細な情報さえ漏らすこともない。相互理解の基盤となる本能や公理といった概念からすらも隔絶された私には、まさしく青い巫女の名付けた異星人(エイリアン)という呼称が相応しいだろう。あの夜とは比べられないほど厚く塗り固めた妖力を以って、他者を否定する少女に挑む。

「……そっか。それじゃ、今のお鵺はうんと恥ずかしいところを隠しているのね? 本当、焦らすのが上手い子なんだから」
「面白半分なら止めといた方が良いよ? 見れば見るほど興味を喰らわれ、終いには魂を攫われてしまうでしょうから」

 正対するこいしは微笑みを沈め、能面の無表情でこちらを見詰めてきた。それが彼女の貴重な素(す)なのかもしれない。姿はともすれば空気より薄く霞み、結界はますます大荒れの様相を呈する。覚の妹を取り巻く刺々しい妖気の正体は、嫌われ者が他者との間に生み出し続ける確執か、不条理な世界との拒否反応か。こいしが自失すれすれまで心を閉ざしたのだろう、今は辛うじて輪郭が確認できるのみ。
 それでも彼女の不敵な目配せを感じ取れたのは、意識の底で通じるものがあったからであろうか。

 ――いざ、尋常に雌雄を決するとしよう。

「見えず見抜けず見晴らせず。三拍子揃った恐怖に怯えて奈落へ落ちろ!」
「おいで。貴方の息の根が止まるまで、ずっと生かしてあげるから」

 正面衝突した二つの結界は一旦弾かれ合い、次の接近遭遇でがっちりと組み合った。激しく妖力を散らして精神を削り合いながら、私はじりじりとこいしを外へ押し出してゆく。駆け引きの要素が限定される、単純な力比べだ。
 その後の十秒間は百倍にも感じられた。正体不明を前方に集中させつつ、必死に目を凝らして少女の姿を探す。相手の結界が消耗していることを示すように少しずつ彼女の顔立ちがはっきりとしてくるものの、私の正体不明も著しい勢いで消費されてゆくのだ。脆い硝子の鉢を磨り合わせるような、神経を疲弊させる意地の張り合い。重要なのはタイミング……。あと一秒か、二秒かそれとも――。薄膜の向こうでこいしの表情が歪んだように見えた瞬間、私の結界に亀裂が走る。

「言っとくけど、私はあんたのことが大嫌いよ!」
「うん。だから、これからは好きになっていくしかないの」

 叫ぶと同時、私は“嚢”に収納していたユーフォーへ特攻を命じていた。可能性の落差の収率を最大限に設定したそれは構成要素の全てを威力に替えて炸裂し、ついに彼女の結界を砕き割ることに成功する。奥の手の催眠術は使い魔の破片が撹乱してくれるはずだ。
 確実に意識を刈り取れるよう、三種の器官を伸ばす私。しかし、先制したのはこいしの方だった。固く揃えられたその拳が、こちらの鳩尾を痛打していたのだ。

「確かにこれは――、私の手も痛いのね」

 まさか、ここに来てごく普通の殴打が飛んでくるとは。意表を突かれ虚を突かれて反応できなかった私の脇腹に突き刺さる回し蹴り。次いで、細腕から繰り出されているとは思えない重みのアッパーカット。腕の傷口からさらに血が滲むことも意に介さず、淀みない一連の打撃だった。最後の最後で見事に出し抜かれ、感嘆すら覚える。

「護身術、って奴かしら。女の子の独り歩きは危ないからって、昔お姉ちゃんに無理矢理習わさせられたの。ペットとのスキンシップは本当に大切なんだって、今なら納得できるかな」

 十分護身の域を超えていると返すこともできず無防備に浮かぶ私へ、震える催眠術師の五指が向けられる。半ば朦朧としていた私の意識を引き戻したのは、背後からの鋭い指示だった。

「ぬえ! 伏せるんだ!」

 辛くも身を捩った私の傍らを巨大な質量が掠め、こいしを襲う。巨大化したペンデュラムの一撃は反射的に回避してのけた少女だったが、部屋の奥から現れた第三者が、敢えてチェーンを手放していたことには気が回らなかったようだ。細く硬い鎖が、意思を持っているかの如き手管で少女の身体に巻き付き拘束する。振り子石の重量に引き摺られ、灼熱地獄の大穴へ落ち込んでゆく覚の妹。

「ははっ、思い知ったか。私を辱めてくれたお返しだよ」
「な、ナズーリン?」
「驚くことはない。見付からないものを見出すのがダウザーの仕事でね。それと白蓮のことなら案ずる必要は無いよ。無傷とはいかないが、現在こちらに向かっている最中だ」
「……、あの――」
「礼には及ばん。君は小傘と接触し、例のモノを受け取っておいてくれ。適材適所、個人が得意分野に全力を尽くすことが、結局は組織のためにもなる。誰も君に周囲の顔色を窺うことを期待しちゃいない――」

 一つ咳払いを挟み、妖獣は視線を外した。

「どうも説教臭くなってしまったな。これだから戦場は苦手なんだ。さて、今度こそ私は私の適所へ戻るとしよう。まだまだ山場はこれからだろうが、陰ながら、君達の健闘を祈っているよ」

 呆気に取られる私へ背を向け、小さな賢将は御殿の奥へ退場してゆく。そのクールな仕草は、嫌味なくらい絵になっていたのだった。







 ※







 言い表しようのない独特の緊張感が場を支配していた。付喪神達が固唾を呑んで見守る中、茄子色の唐傘を戦槍の如く構えた化け傘と、いつぞや私達を廊下で呼び留めた老鶏とが相対している。小傘の足の掻き傷や抜け落ちた白い羽毛が、死闘の激しさを如実に物語っていた。

「ふぉっふぉっふぉ。なかなかやるようじゃな、若いの」
「お爺ちゃんも良いキックしてるじゃない。でも、私はこんなところで足踏みしている妖怪じゃない。次で決めさせてもら――っくしゅん!」

 気迫の余り劇画調になる二人。余白が少ないため次頁で決着である。

「聞いて驚け見て驚け! 多々良流傘技――傘可思驚(かさかしげ)!」
「昔取った杵柄じゃ! 金鵄啼朗蹴(きんしていろうしゅう)! クケェーッ!」

 ザシュウッッ! と無駄にカッコイイ効果音を響かせて両者は交錯し、位置を交換していた。一拍置いてどさりと地面に倒れたのは、年老いた雄鶏の方である。

「お見事……。これからの世はお主ら新世代の妖怪達が牽引していくことになる。若人よ、泣き言を並べたら許さんからな。……儂の墓は必要無い。老兵は死なず、ただ消えるのみじゃ。ぐふっ」
「……安心して眠りなさい。お爺ちゃんの意思は、私が受け継ぎましょう」

 万感の想いを胸に多々良小傘、宿敵の最期を背景に開いた傘を担ぎ、決め台詞。

「またつまらぬものを驚かせてしまった……」
「結局つまんないのかよ! ってぇ、浸ってるところ悪いんだけどさ」

 がらくた達に混じって体育座りで小芝居を見物していた私は、挙手して質問の許可を求める。

「あ、ぬえちんじゃない。今の見てくれた?」
「きぐるみショーの方がまだ楽しめた。それはいいとして、あんたが何故ここに居るのか知りたいんだけど」
「テツガク? ゼンモンドー?」
「……質問を変えよう」

 ナズーリンの指示通りに小傘を探し出してみればこの有り様だ。彼女一人のために場のシリアスゲージがだだ下がりである。四分の一を割ると決闘方式が大喜利にシフト。せめて爆発オチだけは阻止しなければ。

「拉致されたはずのあんたがどうしてフリーマーケット開けそうな連中引き連れて暴れてんのかって訊いてるのよ、私は!」
「うん。確かに私は捕まっていたけど、鼠が来て助けてくれたの。中庭でお祭りをやってるから一暴れしてこいと言われてー。この子達とは倉庫で出会ったんだ。そこで私は古道具を弾圧する影の番長と対決することとなり――」
「あー、その辺は飛ばして結構」
「そう? ここから小傘の壮大な冒険が始まるのに……。色々あってレジスタンス組織の長となった私は――」
「んなことはどうでもよろしー」
「ええー? 私には龍神様のしゃっくりを止めて世界を救うという秘められた使命があるのに?」
「ちょっとでもアリと思ってしまった自分が憎らしい。然らば、勇者様はどうして鶏と戦っておられたので?」
「目玉焼きに塩を掛けるか砂糖を掛けるかで口論になっちゃった」
「私は醤油かな」
「……はっ! 寝とる場合じゃなかったわい。早くばーちゃんを捜さんと」
「まだ生きてたんだ。えい、これでも食らえ」
「クエッ!?」

 飛び起きた鶏に向かって正体不明にした“蔦”を突き出してみると、あっけなく白目を剥いて気絶してしまう。雑魚が無理に出しゃばるから。

「悪く思わないでね。これ以上、どうでもいいキャラに話をややこしくされる訳にはいかないの」
「ああ、親切に道案内をしてくれたお爺ちゃんが。ところで皆は何をしているのかな? 全然私のこと構ってくれないんだけど」
「意地の張り合いよ。私はちょっと休憩。あいつの相手は流石にしんどかった」

 情熱的に冷めている自己矛盾の少女。向こう一年は再戦の機会が無いことを祈ろう。辛くも撃退できたのは良かったものの、こちらの疲弊も無視できなかった。健在の敵味方が減って一撃離脱戦法も難しくなっただろうし、白蓮や一輪達が戻ってくるまで回復に徹することにしたのだ。幸い各戦線にも膠着状態が散見され、全体としては小康状態と言って良い。

「繋ぎはあんたらに任せたわよ」
「ほへ? 繋ぎって――」
「あそこで壁に嘴を突っ込んで抜けなくなっている間抜けな烏。あれを退治してくれればいい」
「鳥一匹くらいなら楽勝そうね。あ、自爆した」
「どうして自分の服は燃えないのかなぁ。……それより小傘。例のブツはどこに?」

 こっそりと耳打ちした私へ、小傘は不思議そうな視線を向ける。

「例のブツ? そんなお縄にされそうなお薬は持ち合わせてないわ」
「あれ、鼠に聞いてないの? 重要アイテムらしいんだが」
「わちきを捨てるなんてとんでもない……。そだ、もしかしてこれのことじゃない?」

 そう言って唐傘の口から取り出されたのは、古めかしく褪色した頭陀(ずた)袋であった。口を広げて覗いてみると、小粒の木片がぎっしりと詰まっていることが分かる。

「これ飛倉の破片じゃない! しかも私の種が仕込んである……。一体どこで手に入れたの?」
「破片? 私が閉じ込められていた部屋に、おはじきと一緒に散らかしてあったのを、鼠達が集めて渡されたの。確か、貴方達が失くしてしまって、探している物なのよね」
「そうなんだけど、何故こんなところに……。袋、しばらく借りてていいかな。渡しておかなきゃ」
「どうぞ、大事に使ってくれるなら。――むむ!」

 受け取った袋を“嚢”に仕舞う私の隣で、きりっと表情を作っている小傘である。目線の先には、建物の一角を吹き飛ばすことで自由を得た暴走烏。

「あの烏、よく見たら私の唐傘を貶した奴じゃない! きっとこの一つ目に恐れをなしたに違いない。心肺停止するほど驚かせてやるんだから。さ、行くわよ皆……ぁららら?」

 気が付けば、骨董品達は小傘を置いて一目散に逃げ出してしまった。固まる私達の背後で地響きが発せられ、頭上に落ちる大きな影。恐る恐る振り向くと、そこには見上げるような怪物の姿があった。効果音と共に表示されるは、どこかで見た覚えのある吹き出し。

「おい、てめぇらかい。うちの親父畳んでくれたのは」
「……ば、ばーちゃんさん、ですか?」

 巨大な鶏に似た生物だった。胴体は硬い鱗で覆われ、広げた翼の先に鋭い刃のような羽毛が並ぶ。尻尾は完全に爬虫類のそれで、両足にはそれぞれ鶏と蛙を象ったブーツを履いていた。
 私の想像が正しいならば、鶏冠の代わりに頭を飾る冠は長虫の王たる証。幾度となく海向こうの伝承に登場し、その都度姿形を移ろわせてきた正体変幻の幻想怪獣。猛毒の呼気と蛇の魔眼を併せ持つその名の一つは、――バジリスク。

「あ、でも意外に息爽やか」
「おう。煙草はもう止めちまったからな。しかしなんだこのザマは? 飯ができたって呼びに行ってみりゃ、覚様は居ねぇし、皆は中庭で遊んでやがるし。コック長に絞られんのは俺なんだぜ?」
「やっぱりペットなんだ……」

 伝説級の化け物を飼い馴らした上に使い走りとは、地霊殿恐るべしというべきか。動物園って段じゃない。

「今は――そう、親善試合の最中でね。丁度良かった。そこに伸びてる親父さんを引き取ってもらえない?」
「しゃーねーな。そのくらいお安い御用だ……って流れかよこのボケ。夕飯ご馳走になろうって身分で人様の庭荒らすたぁ太(ふて)え女郎共だ。スープが冷める前に片付けてやるよ!」

 有無を言わさず戦闘態勢に入った怪物の瞳に魔力が充填される。蛇の一睨みといえば石化攻撃。直視されれば文字通り一撃必殺だ。暗雲を張って誤魔化すのもいいが、私は耳を澄まし、第二の策を選んだ。硬直していた小傘を羽交い絞めにし、衝立として活用したのだ。

「名付けて小傘シールド!」
「きゃーっ! いやーっ!」
「えーと確か、ここをこう押すのです」
「ひゃあん!?」

 メデューサの魔眼が発動する寸前、茄子色の唐傘がぶるりと仰け反り強烈な閃光を発した。目玉をぎょろつかせていたバジリスクが怯むのに合わせ、上空から巨大な拳骨が振り下ろされる。

「ぬおっ! あっぶねえな――ちぃっ!」

 空振りに終わった入道の一撃に続き、重い錨が地面に突き刺さっていた。噴き上がった飛沫に紛れて飛び出した船幽霊が至近距離から柄杓を振るう。

「ぬえ、遅れてごめん! ティラノに少し手間取っちゃって。火炎放射器が仕込んであるなんて反則よ」

 振り返れば、咥内から重火器を突きだした巨大爬虫類が首から下を地面に沈められて喘いでいる。上空では、錨の鎖で雁字搦めにされて力無い草食竜が船から宙吊りに処されていた。人々の想像力を媒介に甦った古代の骨々も、少女達の連携を前に敗れ去ってしまったようだ。

「こいつはちっと手強そうね。二人共、怪我は?」
「三下相手に不覚を取るもんですか」
「うう……、もうお嫁にいけないよぅ」
「こいつはまたぞろぞろと出てきやがった。そんなに庭のオブジェにされたいのか?」
「……。犬――」

 鱗に弾かれてしまったのだろうか、間近から呪いの水を浴びせられたにもかかわらず苦しむ様子も無い怪物へ、私の前に着地した二人が打ち合わせたかのように冷やかな視線を向ける。

「――村紗、こいつも犬みたいよ」
「またですかー。どっちを向いても犬だらけで、もう飽き飽きしてきたのですが」
「犬以外の動物を飼う気は起きないのでしょうね」
「趣味が悪いとしか言いようがありません」
「お前ら、どういう――」

 宗徒の双璧は目配せを交わし、にっこり笑って一言。

「――一々解説が必要ですか? ここのペットは、揃って負け犬ばかりという意味ですよ」
「ふっ……ざけるな! 全員まとめて漬物石にしてやるからそこに直りやがれ!」
「っ! 注意して、睨まれたらダイエットどころじゃないよ!」

 まんまと挑発に乗って怒髪天を衝くバジリスクの瞳に、再度石化の魔力が宿る。暗幕を翻して初撃を払った私の後ろから拳と錨が乱れ飛ぶも、怪物は図体に似合わぬフットワークの軽さで全弾を避けきってみせた。睨撃の第二波は暗幕だけでは捌き切れず、灰色に硬化したユーフォー達が地面へ転がることとなる。せめて間を持たそうと放った妖弾は、頑丈な装甲に掠り傷一つ付けられない。今度は、入道の拳が砂塵と散る。

「おいおい、その程度か! 俺も暇じゃねぇんだよ。遅刻一分でじゃが芋千個剥かされるこっちの身にもなってみろってんだ!」
「ぐぬぬぬぬ、出オチ野郎の癖にぃ――」

 雷の網で動きを封じれば――駄目か。雷親父はともかく、全身びしょ濡れの船幽霊を巻き込んでしまうことになる。接近戦へ持ち込めれば料理のしようはあるものの、なかなか付け込む猶予が見当たらない。攻めあぐねて歯噛みする私の陰で、一輪が悠長に顎を撫でていた。

「あちらさん、私達の攻撃を完璧に見切っている訳じゃあないね。烏共々野生の勘って奴か。ぬえ、さっきの黒雲、もっと広げられる?」
「無茶言わないで。あいつの眼力を受け止めるには、この密度が限界なの。雲山にやらせなさいよ!」
「それでいい。受け止められないからいいんじゃない。雲山じゃ石化は防げないからね。目くらましにさえできれば……」
「あいつに見切らせてやりましょ! ぬえ、一、二の、三で――!」

 ムラサが右手の錨をぶん投げ、豪快に半回転しつつ左手の錨も放(ほう)った。足元の水溜りから突き出た取っ手に爪先を引っ掛け、回し蹴りの要領で三投目。同時に入道が二つの眼から牽制の閃光を放ち、隙を見て私が暗雲を展開する。難なく金属塊を躱しつつ、バジリスクはすぐに防御陣の鞍部を見抜いてみせた。

「それで隠れた気になってるんなら、呆れちまわい――」

 確かに石化の視線は狙いが付け辛くなるかもしれないが、この暗雲に物理的な防御力は皆無だ。怪物の正面で交叉された金属質の両翼。一枚一枚がナイフめいて鋭い羽根が、剣呑な光沢を滑らせる。

「お望み通り、細切れにしてやるぜ!」
「村紗!」
「おうよ!」

 一輪が短く叫ぶ。錨の束を握っていない方の手で、ムラサが私の足を掴んだ。

「――ああ、そういうことかって事前に説明しろ――!」

 翼が広げられると共に、銀羽の弾幕が風を切って飛来する。だが単純に物理的な攻撃なら、私達には頼もしい保護者が付いているのだった。がっちりと組み合わされた巨人の掌が、刃先を遍く受け止め殺傷力を殺す。
 次いで、雲の防壁にしてヴェールの後方から反撃がバジリスクを襲った。雲間を突き抜ける形で投擲された複数の錨。それらに交(ま)ざって同じ速度で飛来する未定義の“飛行体”を、冷静さを欠いた頭は錨の一つだと判断してしまうだろう。故に思い至らない、避けられたはずの“錨”が急加速して自分を追尾し、首筋に浴びせ蹴りを放ってこようとは。直の電撃によろめいた巨体へ次々と金属塊が突き刺さり、駄目押しに二倍アンカーを脳点へ打ち落とされて、ようやっと怪物の巨体は地に沈んだ。

「確かこういう場合にゃぁ……。ぐ、ぐふっ」
「ふん。負け犬じゃなかったら咬ませ犬ね。この私と正体不明が被りかねない以上、あんたの敗北は必至のセオリーよ」
「不良さんは成敗される運命なのよー。参ったかーっ」

 お前は何もしてないだろうが。何故か勝ち誇っている小傘の隣、勝利の余韻に浸る間も無く、入道使いは次なる展開を慮っていた。

「――。うん、戦況は四六ってとこみたい。私達が戦列に加われば、どうにか盛り返せるかしら」
「私も雲山も補給はばっちりよ。ここから挽回していかなきゃ……。聖の安否は?」
「覚の姉を追って御殿の中に入って行ったけど、もうすぐここに戻るってさ。妹の方は地獄に落ちて、ナズーリンは離脱した。星は宝塔を取り戻してたから、多分火車と交戦中。小傘はおまけ」
「大体の状況は通信を受けてる。やはり、姐さんとの連絡が途絶えているのが心配ね」

 怪物の体を邪魔にならないよう壁際に放り投げつつ、ムラサが力強く断言する。

「聖のことだもの、絶対無事に戻って来るったら。それまで皆で力を併せて持ち堪えさえすれば――。あ、あの烏の存在を忘れてた……」
「なんだかんだあって、今は敵味方構わず砲撃しまくってるわ。理性の箍(たが)が外れてるみたいだから、放っておいて正解と思う」
「ねぇねぇ、遊ぶんならわちきも仲間に入れてくりゃれ。付喪神ーずもどっか行っちゃったしさぁ」
「うーん。確かに猫の手も借りたい状況ですけど……」
「精々陽動係じゃない?」
「囮役が適切かもね」
「九番ライトはどうでしょうか?」
「ふ、不当な扱いを受けている気がするよぅ……っ」

 小傘がぷるぷると悔し涙を浮かべ、抗議の弾幕を放とうとした丁度その時だった。猛烈な熱波が押し寄せ、私達の肌を焦がしたのは。気温が温度計の目盛りを駆け上がり、ふっと浮かぶような感覚が身体を捉える。

「FUUUUSION! UNYUUUUUUUUUUUU!」

 茹だるような暑さの中、誰もが手を止めてその光景に見入らざるを得なかった。いや、実際は目を開けていられなかった者の方が多かっただろう。地霊殿の上空に浮かぶのはまさしく二つ目の太陽。地底世界の闇を仮借無く照らし出す神憑(かみがか)りの黎明。軽い物体からその引力に捕まり、白熱へと飲み込まれてゆく。秒間どれだけの熱量を放出しているのか想像もつかなかった。スケールの桁が違う。

「な、なななな――」
「誰か日傘を……。唐傘が日焼けしちゃうわ!」
「こりゃもう天災レベルじゃん。私パスね。明るいのって苦手なの」
「これだけ肥大したエネルギーを抱えて――。炉心は無事で済むのかしら。何ににせよ、雲山が干上がらないうちに対処しないと」
「おくうっ……! あーあー、世話を焼かせてくれるねぇ!」
「法の灯がまるで蝋燭のように! 成程、のんびり日向ぼっことはいかないようです」

 聴覚の隅を、切羽詰まった様子の猫科達が駆け抜けていった。幸いなことに第二の太陽はぐんぐんと上昇し、距離の二乗に反比例して引力と光量は緩和されていく。安堵の息を吐いたのも束の間、俄(にわか)にその音は聞こえてきた。

 ――ぼぉん、と。紛れもない、あの退魔の音だ。忘れるはずもない、忘れたくても忘れられない……。

「……あぁ」

 信じ難い、有り得るはずがないと叫ぶ胸の内とは裏腹に、ひりつくような既視感が全身を襲っていた。暑さの源は遠ざかっているというのに、滲み出る汗が止まらない。潮の香りが鼻をついて、胃の腑から吐き気が込み上げてきた。段々と目の前が暗くなる。――ぼぉん。あの日に聞いた弾弓(ひきゆみ)の音が再び響き渡り――。

「ひっ、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 どれだけの時間が過ぎたろうか、太陽は蹴鞠大で上空へ浮かんでいた。私を地霊殿の中庭に引き戻した、絹を裂くような悲鳴の主は、閉じた唐傘を胸元に掻き抱いて蹲(うずくま)る小傘である。光を失った瞳に、乾いて罅割れた唇。幽鬼の如き面持ちから、不規則に嗚咽が漏れる。傘は所々が無残に破け、本体のそこかしこにも無機質な傷口が開いていた。妖怪にとっての心的外傷は、人間にとっての外傷と同義だ。

「――てぇ……、ひ、じ……ぃ……」

 見れば、ムラサも惨い有り様だった。がたがたと震えながら蒼白な顔で錨に寄り掛かり、苦しげな喘噎(せんえつ)の合間に聖の名を呼ぼうとしては、喉奥から溢れる塩水に押し流される。明るかったセーラー服は汚泥にまみれ、変色した皮膚から腐臭を発していた。ぐずぐずに変形する不定形の塊は、ややもすれば雲山だろうか? 宝輪は地面へと転がり、うつ伏せに倒れ伏した僧衣の少女からは生気が感じられなかった。
 焦熱地獄から急転直下、冷え冷えと重苦しい空気が戦場を席巻する。満身創痍になっているのは彼女達だけではない。中庭の至る所で、宗徒達が同様の阿鼻叫喚を繰り広げていた。あれだけ士気の高かった命蓮寺勢の妖怪はほぼ壊滅状態。こんな芸当が出来る者など、彼女をおいて他に居ない。昇る太陽を逆光に、弓を携えた少女の影法師が浮かんでいた。

「古明地の、覚妖怪――」
「ふふ、『一体何をしたの?』ですか。私は手を貸してあげたまでですよ。貴方方が、意識の淵に沈めた記憶を想い起こすことに。多少の脚色は加えていますけどね。……他人の心配をしている場合かしら。これは貴方が癒えない傷の影、『源三位頼政の弓』……」
「そんな物、今になって恐れるもんですか! もうとっくの昔に――」
「克服できたとでも? 記憶は常に、都合良く美化されるものよ。貴方は己の真なる過去を顧みて、逃げ出さずにいる自信がある? 辛い思い出から目を背けて作り出したまやかしを抱えては、何一つ解決することもない。誤魔化して遠ざかった歩数だけ、昔日の影は長く大きく横たわるでしょう。その程度の自己暗示など、私の目には通用しない――洒落臭(しゃらくせ)ぇ仔鳥です」

 催眠術師の呪言は容赦無く心の隙を突き、皮膚の内部に侵入しようと爪を立てていた。身体は金縛りに遭ったように動かず、耳を塞ぐことも叶わない。同じ覚でも、妹と腕前の差は歴然。一体どの時点から術が始まっていたか、どうやって術を打っていたのかすらも判然としないのだ。精神攻撃のエキスパートは、こうもあっさりと他人の心を掌握できるのか。展開しようとした暗雲が、強烈な日光を浴びて霧散する。太陽が生み出す無尽の波動すら、彼女の手に掛かれば恐怖催眠術の媒体になるのだ。
 怨霊も恐れ怯む少女。その逆光であるはずの面に、私は獰猛な笑みを見る。目が、離せなかった。眼底から脳髄まで光の洪水に焼かれ、意思の抵抗すらままならない。

「隠し通せるとでも――見透かせないとでも思いましたか? 正体不明(かげえ)の恐怖など高(たか)が知れています……。直視すれば目の潰れよう、忌まわしき過去(トラウマ)の閃光に比べれば!」

 ――ぼぉん。細指が弓の弦を弾き、三度(みたび)奏でられる退魔の音色。苦い液体が咥内に逆流する。潮騒の音が押し寄せて、私を遠くに運ぼうとしていた。荒れ狂う感情が理性を裏切り、正気が幻覚に侵食され始める。過去が現実より彩度を高め、濃縮されて甦りつつあった。疼痛は既に激痛へ変わり、全身を蝕んでいる。――ぼぉん。何度も何度も振り下ろされる刃。肉と骨が裂かれ、首と胴体が分割される鈍い音。私を観察する瞳。視界の端で、ムラサや一輪の五肢がばらばらに切断されていた。酷い。どうしてそんなに酷いことをする必要があるのか。折角仲良くなれたと思ったのに。居場所ができたと思ったのに。私は、また独りきりだ……。

 死体が山積みになっている。無数の腕に無数の脚に無数の羽根に無数の頭に。早く探し出さなければならない。全てが腐敗して朽ち果ててしまう前に、私の身体を探し出さなければ。――ぼぉん。ここは寒い場所だった。血と粘液で濡れた手が悴(かじか)んでも、私は私の肢体を探し続ける。あれでもないこれでもない。そもそも私はどんな姿形をしていたのだっけ。涙で滲んだ視界には、無限に広がる死体の野原があった。――ぼぉん。この下に命蓮寺の面々も埋まっているのだ。私のせいで。私のせいで。……見付けてくっ付けて元通りにしなくてはいけない。折角――たのだと思ったのに。太陽が私達を焦がしているにもかかわらず、心の芯から熱が奪われていた。泣きべそをかいて地面を掘っても、出てくるのは見覚えの無い畸形の部品ばかり。それともこれら全てが、私の破片なのか。――ぼぉん。ふと手に取った髑髏(しゃれこうべ)がこちらを認めたような気がして、慌てて放り捨てる。気が付けば私の周りは夥しい数の頭蓋骨に埋め尽くされており、眼窩の一つ一つに数十個も犇(ひしめ)く目玉の群が、こちらを舐めるように見詰めていた。数え切れない好奇の視線に貫かれる恐怖で私は喘ぐ。――ぼぉん。後生だから見ないで欲しい。この醜い身体を目に焼きつけないで欲しい。脳味噌が引っくり返るのに合わせて、天と地とが逆転する。赤子のように泣きじゃくって哀願する私を、太陽と彼女が嘲笑いながら見上げていた。――ぼぉん。弓に鏑矢が番(つが)えられ、能(よ)っ引いてひょうと射上げ――。

 ――轟、と一陣の突風が吹き荒れる。

 聖輦船を覆うのと同じ法力の波動が、絡みつく妖術を根こそぎ吹き飛ばす。しゃくり上げながら顔を上げると、見覚えのない背中がさとりとの間に立ち塞がっていた。そういえば、私には彼女の背中を見る機会がほとんど無かったような。魔法使いの手の中で、矢が高い音を立ててへし折られる。

「姐さん。よくぞご無事で……」
「済みません。少々、迷ってしまっていて」

 いつの間に息を吹き返していたのだろう、潤んだ一輪の声に振り返った白蓮には、掠り傷すら見当たらない。しかし、その優しげな表情には確かに疲労の色が滲んでいた。

「随分と遠回りをしてしまいました……。皆さんに大事は無い?」
「私達は何とか。ぬえはどう?」
「……ん。これしき屁でもないよ。遠回りなんて言って、本当は力技で壁を抜けて来たんでしょ」

 まだ足腰が萎えてまともに立てそうにもなかったが、皮肉を口にするだけの余力が残っていてほっとする。一輪といえば、へたって咳き込んでいるムラサに肩を貸しているところであった。

「って、一輪はよく平気で立ってられるね……」
「危ういところで雲山が張り倒してくれたのよ。五体満足とはいかないけど、歯ぁ食い縛ればなんとかなる」

 意識さえ失われてしまえば精神攻撃は遮断される。あまりにも原始的で、故に効果的な防御策だった。

「うえぇ……。聖ぃ……」
「村紗もいつまでへばってんの。姐さんが来てくれたんだからしゃきっとしなさい」

 脳天に拳骨を落とされ、少女はセーラー服の袖で涙を拭く。

「ぐすん……。聖成分の補給を要請しますわ~」
「私達の仕事は全然終わってないじゃない。甘えるのは後よ後」
「……ムラサ、もう少しの間堪(こら)えてくれませんか。私には、先にやらねばならない用がありますので」
「あ、姐さん。くれぐれもご無理はなさらぬよう。自分達は……、まだまだ挫けていませんよ」
「ええ、勿論。できるだけ早く済ませましょう」

 ふわりと表した笑顔を寸瞬に引き締め、尼公は正面へ向き直った。

「さとりさん。他の者には手出し無用と……私がお相手すると申し上げたはず。人の禁忌に付け込んで痛めつけるとは――用法の誤りを承知の上で申しましょう――言語道断の所業です!」
「あら、そうでしたか? てっきり手出し『させない』くらいの気概だと受け取っていましたが、虚勢だったのですね。なかなか貴方が追って来ないものだから、つい手慰みにと」

 物憂げに目蓋を半ばまで落としながら、地霊殿の主は応じる。

「覚妖怪も舐められたものです。仕事をペットに任せっ切りとはいえ、伊達や酔狂で地霊殿の当主を務め上げている訳ではありません。――ふむ、一騎討ちをお望みとあらば、今更ですが受けて立ちましょう。でも、直接手を下すのは苦手なのよねぇ。……南無阿弥陀仏と唱えれば、私にも仏の加護があるかしら」
「それは無論のこと……。故に私は、私自身の理を以って、貴方を成敗いたします」
「ああ、次の貴方の台詞は――」

 両手に対を成す巻物の片方から妙(たえ)に輝く文字列が引き出され、もう一本へと流れ込んでゆく。一足飛びに相手と同じ高さにまで舞い上がった大魔法使い。その腕が胸の前に交差されることで、文字列の帯は円環を結ぶ。覚妖怪は双眸を閉じ、第三の目で相手を見据えた。旧地獄から吹き上がる怨念混じりの風が、その洋装をあやすように揺らしている。

「『懺悔するなら今の内よ』、と言う……!」
「懺悔するなら今の内よ。南無三――ッ!」

 獅子吼(ししく)と共に浮かぶ魔法陣、その表面から飛び出した大粒の光弾が、無防備に佇むさとりへと群がり、周囲を破砕で埋め尽くした。自らの魔法を追って駆けていた白蓮は、炸裂に重ねて鉄腕を振るう。……手応えは無し。いかなる抜け道を見出していたのか、魔力の残滓すら消し飛ばされた向こう、覚妖怪は懐から一枚のお札を取り出していた。

「正義と悪、そしてどちらにも囚われない人の業が貴方を試すでしょう。頭でっかちで回避できるかどうか――」

 ひらりと風に巻かれる度、札の裏表が引き剥がされる。その枚数は鼠算的に増殖し、瞬く間に数百にも膨れ上がっていた。一片(ひとひら)一片に剃刀の如き霊力を秘めた紙吹雪が、尼公目掛けて殺到する。

「元より回避など――」
「――『考えていない』ようですね」

 追尾性能を備えた不可避の弾幕に対し、白蓮は防御を捨て、真っ向から勝負を挑んでいた。流れ巡る巻物の一文字一文字を炎の矢として連射しながら一直線に翔(か)け、撃ち漏らした札弾が魔法の装甲を削るにも構わず吹雪の中を突貫する。
 力任せの戦法を前にして僅かに眉を顰め、さとりは半歩身を引いた。あっと言う間に距離を詰めた超人の魔弾が四方八方から叩き付けられようとした寸前、妖怪の姿は宙に開いた隙間(スキマ)の中へ飲み込まれる。恐らく、初撃から逃れたのと同じ術だろう。

「見逃すとでもお思いですか?」

 近接戦を嫌い、白蓮の遥か後方に出現したさとり。転瞬、白蓮はその眼前に肉薄していた。身体強化魔法に後押しされた亜光速の挙動が、空間を渡る少女に容易く追い付いたのだ。二の矢を抜こうとしていた妖怪が表情を変える暇も無く、至近の間から岩をも砕く掌底を放つ。

「餓鬼、畜生、地獄……。三悪道を眼下へ治める私の瞳に、法の光は届かない」

 甲高い音が響き、霊力と魔力の火花が散る。掌は五芒星の結界を打ち砕いたものの、覚妖怪にまで威力を届けることはできなかった。滑らかに続く打撃音。矢継ぎ早に撃ち出される正拳も、次々と出現する障壁にピンポイントで阻まれる。読まれていた、乱打の全て、尽く。

「ご承知の通り。貴方が自分の攻撃を意識している限り、この結界は破れないのですが――」
「押して駄目なら、押し通すまで!」

 害意に反応して自動形成される五芒星の結界を打破するため、白蓮は正面から裏拳を叩き付け、光壁に罅を入れていた。己へ向いた掌へと、もう一方の手に纏めていた巻物を間髪容れず突き込む。防衛機構の式(プログラム)が面でしか攻撃を察知できないことを見抜いていたのだ。強引ながらも突破を果たし、直撃なるかと思いきや、魔法使いの姿勢が不自然に強張る。その身体に巻き付き自由を封じているのは、霊力の繊維が縒り合わされて生まれた白く艶めく大蛇だった。

「これは天地(あめつち)に荒ぶる神々の戒め。神仏は敬うべきものだと考えているらしいけど……。それとも、貴方方とは犬猿の仲だったかしら」
「筋金入りの破戒僧だと申し上げたはず。立ちはだかるのが神だとしたら、拝み倒して進みましょう」

 開き直った尼公。二又に裂けた舌をちらつかせ、その首筋に齧り付こうとした白蛇だったが、鋭い牙も鋼鉄並みに強化された皮膚に歯が立たず、逆に顎を外されてしまう。力の抜けた戒めを解こうとする白蓮へ、連れ合いの神使(つかわしめ)が大口を開ける。桁外れに大きい蛙(かわず)の化生が、蛇もろとも魔法使いを丸呑みにしたのだ。

「……え、何そのシチュエーション」

 ぐびりと喉を鳴らす大蛙と、安全策を取って距離を離すさとり。シュールな光景で我に返った私は、脈打つように痛む身体を押して辺りを見回す。
 宗徒達は私達と同様、まだ恐怖催眠術の威力が抜けきらない有り様で頭上の決闘を眺めていた。ペット達もまた、畏怖の念に打たれたかの如く平伏して主の姿を追っている。自分もまだ満足に動ける状態ではないため、全員の注目が二人へ釘付けになっているのは都合が良い。そんな折、私の中で違和感が頭をもたげてきた。

「一輪……。覚は群衆が苦手じゃなかったの?」
「それが種族の特性と聞いてはいたけど――。確かにこの状況は不自然ね」

 拗ねてしまったムラサをあやしながら、尼さんが首を捻る。時代親父曰く、伝統的に覚は不確定要素の入り込まない一対一を好むらしい。そのためにさとりは白蓮を中庭から引き離したものと思っていたが、彼女はわざわざ衆人環視の下に舞い戻り、情報量過多に陥るどころか、この大人数を一度に陥落せしめる離れ業をやってのけた上、超人相手に堂々の立ち回りを演じている。なんらかのトリックを用いているのか、それとも覚妖怪の底力か。
 つくねんと眠たげな眼を擦っていたさとりが、ちらりとこっちを見遣った気がした。

「あいや雲山、それはちょっと古典的過ぎやしないかしら――」
「喰われたー!? いいいいっちゃん、このままじゃ聖がけしからんことに!」
「落ち着いて。姐さんなら場数を踏んでるから問題無いわ」
「どんな場だ!?」

 ぬめる両生類の体表に斑な明かりが裏写りし、そこかしこに罅割れが入り始めた。内側より這い出てきた柔らかな虫達が薄い翅を広げ、極彩の鱗粉に彩られた成虫へと羽化する。霊力を喰らって産まれた蝶の群れが、抜け殻と化した蛙の口から続々と飛び立ち、香り妖しく煌めいていた。

「人の精神を啜る異界の夢見鳥……。彼の世にて蝶は御霊の影。思考の煙幕にしようという腹積りですか。つくづく骨の折れるお客様だこと」

 どこからともなく放たれた青白いレーザーが魔界蝶の巣を薙ぎ払うも、焼け石に水。雲か霞かと見紛う無数無量の大群――仮初(かりそめ)の命を吹き込まれた美しい魔法生物が、妖怪を包み込まんと押し寄せる。
 最も苦手とするだろう物量戦法を前にして、しかし覚の眉は動かない。

「『蜘蛛が蝶々に言いました。私の応接間にようこそ』。喰われて死ぬか、さもなくば飢えて死ぬか。それは仏も認めた世の摂理でしょう?」

 再度あらぬ方向から射出されたレーザーが、輝く雲霞(うんか)を焼き切った。また別の方向より一条、二条……。総計十数条の光線が冷徹に群れを解体し、張り巡らされた網が蝶達を火の粉へと変える。熱線で編まれた蜘蛛の巣の中心。露わになった術者は瞑目し、両の巻物を脇に垂らしていた。

「どうしても認めることはできないのですか? 両者が手を取り合い歩む道を……」
「片方が根絶されろとは言いいません。勝手に生きて死ねばいい。ただし、生かされるのはご免だわ。気に食わないのよ。その、仮面の下にも救世主面」
「それでも、貴方自身は目を背ける訳にいかないと――」
「ふふ。遺憾ながら、仕事でしてね」

 さっと払われた催眠術師の手に呼応し、高熱の光条が魔法使いに焦点を結ぶ。大方の予想通り、白蓮の選択肢に回避は無かった。ただ開眼の刹那、瞬発力任せに両手の巻物を跳ね上げる。再起動した文字列が組み上げる二重円環の見立ては鏡。反射されたレーザーの束は、一転してその主を襲う。それでも顔色を変えない妖怪の前に、人間大の影が割り込んだ。

「……! 無体な!」

 さとりを庇って光線を屈折させたのは、遠近法を無視した大きさの眼球である。レーザー十数条の出所を辿れば、それぞれに第三の目を膨らませたような物体が浮かぶ。その中に自分自身の瞳を見付け、私は得心がいった。これまで催眠術師が行使していたのは、宗徒達の精神から汲み上げた記憶……。

「このために皆を苦しめ、貶めて……」
「許せません、か? 私の糧は絶望であり、恐怖は食器に過ぎません。貴方が断末魔に上げる悲鳴は、さぞこの身を酔わせてくれるでしょうね」

 押し殺したように呟く白蓮へ、さとりは超然とした眼差しを揺るがせない。

「あんの性悪妖怪……! 聖を傷付けるために私達を利用するなんて!」
「怒りに我を忘れたら彼女の思う壺よ、村紗船長。武器を取るのは頭を冷やしてから」
「ざば~」
「……私にも頼める?」

 ムラサと一輪達は互いに柄杓の水を掛け合っている。私といえばまだ倦怠感が酷く、茶々を入れられる状態ではなかったが、思考は奇妙にはっきりしていた。上空で対峙する二人を目に焼き付けながら考える。自分は、あんな風になれるだろうか――?

 行使されるは大魔法にて、召喚されていたのは圧縮された小宇宙だった。嵐に巻かれて荒れ狂う星屑の海。少しでも気を抜けば銀河の藻屑になりかねない渦潮の中心に、大魔法使いは居た。二本の巻物は両の手を離れて術者の周囲を飛び回り、何千何万行の経を循環させる。文字列のスクロールは既に判読できる速度を超え、玉虫色に輝く光の帯は天女が纏う羽衣の風情。

「貴方の場合、全くの逆なのですね……。誰かを救い、希(こいねが)われ望まれなければ存在意義を失ってしまう。宗教もそうです。しかし、高度に発達した救済は絶望と見分けが付かない、そう思いません? ――あ、思いませんか」

 地霊殿の主は、乱れ交う流星をそつの無い動きで回避し続けていた。弾幕の流れに追従することなく、それでいて反抗するでもない。脅威など存在しないと言わんばかりの自然体で飛翔しながら、極めて細い弾幕の間隙をすり抜けてゆく。ともすれば、弾の方から彼女を避けているかのようだ。
 ふらりと視界から消えたかと思えば、反対側の端から現れ、分身したかと思えばどこにも見当たらなくなってしまう。その変則的な飛行には見覚えがあった。ルールそのものでありながら既存の法則に縛られない、妖怪より不思議で不敵な無重力の巫女。さとりを先導する紅白の少女は、気儘な宇宙遊泳を楽しんでいるかのようにも見え、巻き込まれたはずの闘争をまるで意に介していない。
 私達がかつて見聞きした強敵が、彼女なりのアレンジを施した上で再現されていた。その下準備として恐怖催眠術が必要だった。それでもまだ説明のつかない点が残るが……。

「無明の闇をこそ御仏の慈悲は照らす。己の無知を、絶望的な愚かさを見据えることで、我々は信心を抱くことができるのです」

 投じられた破魔針を素手で打ち払いつつ、白蓮は経典の並びを打鍵する。渦巻く銀河がぴたりと静止し、一斉に雪崩を打った。

「残念、もう少し堪能しておきたかったのだけれど。星空を眺めたのなんて、一体いつ以来かしら……」

 迫る流星群を瞳に映し、さとりは片手で九字を切る。方眼に走る結界が星屑を迎撃しつつ、45度きっかり傾いた。

「そうそう、儚くも手癖の悪い彗星なら、去年の暮れに見物したんだった」

 他方の手が追って印を切り、九字の結界が貼り合わされる。方眼と方眼が重なって八角を成し、弾幕が解け崩れて八卦の形象を表した。六門を数える砲口に魔力が充填され尼公を狙う。眼球達から多角的に投げ掛けられる視線が、モノトーンの魔法使いと碧瑠璃の現人神をさとりの両隣に映し出していた。

『妖怪は人間に討たれなければならないのです。人が人として生きる以上。妖が、妖らしく在るために』
「吹き荒ぶは恋の山颪(やまおろし)――」
『骨董じみた考え方だな。碗や掛け軸じゃあるまいし、古臭いだけじゃ売れないぜ?』
「――烈(はげ)しかれとは祈らぬものを!」

 恋の一字を冠する魔砲が轟然と撃ち上げられ、地底世界を震撼させる。一発であの威力だったのだから、重ねられれば天文学的な数字を叩き出すだろう。当然の如く流星群は消し飛び、粉砕された天井の岩盤が、幸いにも旧都市外へと降り注ぐ。十重二十重に文字列を紡いだ繭の中から白蓮が現れたのを見て、心底ほっとしたものだ。

「いくら何でもデタラメじゃない? 耐える白蓮もアレだけど」
「記憶の中の弾幕を復刻するならまだしも、それを並列で使いこなすなんて……。聖徳太子も真っ青ね」

 唖然とする私達の疑問に答えたのは、今更ながらむっくりと起き上がった鶏爺さんだった。主の姿を見付け、元々真ん丸の目玉をますます丸くさせる。

「おお、あれは覚様のまるちぷる想起……!」
「あからさまに思わせ振りな発言ありがとう。ペットに聞くのもなんだけど、あんたらのご主人様はどんな裏技を使ってんの?」
「ちーと? ふぉっふぉっふぉ、並々ならぬ修行の賜物じゃよ。妹君とは出来が違うでの。さ、儂は巻き込まれん内に娘を連れて帰るとするか」
「娘ぇ!? ……藪蛇か。つつかないどこう」

 ひょこひょこ去って行く鶏肉の言葉が真実なら、さとりの弾幕は純粋に実力から来るものだということになる。だとしたら、果たして修行の動機とはいかなるものか。黒猫の述懐を信じるとすれば、それはこいしの閉ざされた心を救うためだ。
 皮肉な話である。己の出自を厭う妹の自傷行為が、姉の第三の目を鍛え上げたのだとしたら。妹が読心能力を放棄したために、姉が己の才を無双の域に磨き上げたというのなら。
 そして、短い間ながらもこいしと干戈(かんか)を交えた私だからこそ、そこはかとなく感じることがある。さとりが術に傾注するほど、妹は隔たりを感じるようになったのではないか。姉が操心術の精髄を極めたことで、姉妹の溝は決定的になったのではないか。
 克己勉励により一族の限界を突破してみせた姉と、一族を捨てることで異次元の力を手にした妹。対照的な擦れ違い、滑稽な悲劇だ。

「聖! まだです!」

 魔砲を撃ち終えた眼球は、反動を受けたのか張りを無くして萎んでいた。護衛を失った覚妖怪。これを好機と見た尼公が攻撃態勢に入ったのは、早計だったと言わざるを得ない。瞳は対で存在するもの。魔法使いの背後に見開かれたもう半数の眼球が、七色の波動を送り出す。咄嗟の防御は間に合ったものの踏ん張りが利かず、吹き飛んだ先の棟へ激突して屋根に大穴を開ける。
 しかし、ムラサ達の間には動揺のさざ波すら立たなかった。真剣な面立ちは、白蓮の勝利を露ほども疑っていないものだ。私には、そんな目はできない。

「うゅー……」

 そういえば誰か忘れていたような。呻き声に振り返ってみると、失神していた小傘が身を起こそうとしているところだった。立ち上がるのに手を貸しながら、一応体調を心配してみる。本音を言えば、こっちが気遣って欲しいくらいだが。

「どこか痛むところはない? 気分が悪いなら、隅っこの方で寝てなさい。足手纏いになるからさ」
「なんか口の中がじゃりじゃりするぅ。それにしても嫌な夢を見ていたわ。内容は忘れちゃったけど」
「夢ってあーた……。お気楽な脳味噌ね」
「そうそう、ぬえはもうゴーヤ病が完治したの?」
「どんな夢だよ!?」

 さては私のスルースキルを試そうとしているな。寝ぼけ眼(まなこ)を擦っていた小傘が、急に不安げな面持ちで私の顔を覗き込む、

「そ、そうだ! あの頭陀袋ちゃんと持ってる? 捨てたりしてないよね?」
「何それ? 私知らないよ?」
「ぁぁぁぁぁぁぁ――」
「嘘うそ! ほんの冗談だから! ほらちゃんと持ってるって大丈夫!」
「良かったぁ……。あ、なんか楽しそうなことしてるねぇ」

 浮遊する眼球達は不気味な融合を果たし、複数の虹彩を有する四つの複眼へと変貌していた。覚妖怪と二重写しに投影されるのは、銀朱の法衣を纏い、三対の翼を広げる見知らぬ少女の姿。灼熱地獄から汲み上げられた膨大な感情が、彼女の周りに渦巻いていた。

「貴方達の声はちゃんと届いています。心配は無用よ、私の可愛いペット達。……だから、少しの間目を閉じていなさい。これから巻き起こる災いに、皆が付き合う必要は無い。それが、誰しもの未来に約束されていたとしても――」

 そして弾幕は、華閃く。
 翼を広げ、口を開け、殻は爆ぜ、産道は押し裂かれる。

「大想起――『天変地変』」

 聖母めいた少女の像が砕け散ると共に、さとりの上下左右を公転していた複眼から光が芽吹いた。光は瞬く間に膨張し、間も無く地底の空を覆い尽くさんばかりの花々へと成長する。分厚い花びらを構成しているのは、ぎっしりと敷き詰められた細胞ならぬ弾幕胞。規模だけなら、文句無しの今夜一等賞だ。
 第二の太陽を後光とする古明地の当主と、壁をぶち抜いて中庭へ躍り出た尼公の視線が交錯した直後、大輪の花は緩慢に墜落を始めた。いや、ゆっくりとして見えるのは規模が桁違いだからで、その渦中に身を置けば、まるで大瀑布のように感じられるだろう。悪夢は半ばで向きを変え、凸レンズを通過したかの如く、焦点の白蓮へと殺到する。
 
「すごいすごいっ! 綺麗だねぇ!」

 無邪気に歓声を上げる小傘。私を含めた命蓮寺の面々もまたその光景に目を奪われ、圧倒されていた。言い付けを守るペットが居ようはずもない。どんちゃん騒ぎを続けていた旧都の妖怪達が水を打ったように静まり返り、地霊殿の方角を指差して囁き交わす様が目に浮かぶようだ。
 そしてその内の何人が、花びらの襞(ひだ)に蠢く陰影の正体を看破できるだろうか。日照りに乾き、生命の気配が途絶えつつある大地。大嵐と大地震とに蹂躙され、原形を留めずにいる山河。蔓延する病によって、生者と死者が区別なく転がる都。鉄錆と硝煙の臭い。噴き上がる茸型の雲に乗って、空を覆う死の灰。どれも破滅的で非現実的な光景ながら、不思議と真に迫るものがあった。

「まるちぷる想起――ですらない、と」

 複合・並列想起は、まだ覚妖怪の最奥ではなかったのだ。今彼女が参照しているのは、個人のものではなく、もっと根源的な恐怖。万人の意識に通底する漠然とした『恐れ』を掘り当て、災害の形で表出させているのだった。極められた読心の術は、ついに集合無意識へ漸近するか。人々が想像力の限りを尽くした底知れぬ悪夢。だとすればこの反則的な規模にも納得できるし、単身立ち向かう大魔法使いの変態度数も跳ね上がるというものだ。

 超人――聖白蓮の説法に、迂回の二文字は存在しない。ムラサ達の気持が少し分かってしまった。気を抜いたら、多分惚れてしまうだろう。拳を握り締める力に比例して、巻物の回転数が上がってゆく。気迫が焔と可視化され、妙なる色合いの長髪を波打たせる。

「永劫の火宅で目を見開き続けることは、確かに苦しいもの。時には光を見失うこともありました。しかし、私達の瞳もまたこの一対のみではないのです」

 収束する光の奔流が尼公を飲み込んだ時には、流石に誰もが息を呑んだ。弾幕の束が内側から弾け飛んだ時には、さらにどよめきが大きかった。文字列の帯――救世の教えを全身に纏い、白蓮は迷いなく突貫を開始する。

「仏道に五眼あり! すなわち肉眼、天眼、慧眼、法眼、そして仏眼。世に遍く災禍が満ちるというのなら、怯むことなく見据えましょう。殴り飛ばすのはそれからよ!」

 身体強化魔法を極めた大魔法使いにとって、己の肉体に勝る得物は無い。目の前の大型弾をぶん殴っては活路を開き、群れ来る小型弾を蹴散らしては振り向かず、道を塞ぐ光線の網目すら手刀の一振りでへし折りつつ、尼公の背は魔法の炎に焼かれ続ける。自ら発生させた爆風を、悪夢の濁流に抗うための推進力へと変えているのだ。
 宗徒達は一心に魔法使いの勝利を信じていた。聖女を後押しする祈りの風は、時として苛烈に吹き荒れ、かつては鞭となりその歩みを逐ったはずだ。再起を経て、この夜に彼女を駆り立てているものは何だろうか。

「貴方にも――、貴方だからこそ知っているはず。立場を異にする者達が心を通わす物語も、決して絵空事とは限らないと!」
「貴方なら分かるはずよ。並んで空を見上げる二人の心に、同じ月が浮かぶ道理も無いと」
「重ならないからこそ、寄り添う肩があるのです」
「触れ合わなければ開くことのない傷口を、皆、宿命づけられているのです……」
「分からず屋め! 鏡を見ろ―――!」
「自惚れ屋が! ――――――『鏡!』」

 両者の距離が縮まるにつれ、攻防はさらに激しさを増した。次々と花開く弾幕は、蕾へ戻るようにして白蓮を押し潰さんとする。密度を倍加させた弾幕の中、如何ともし難く前進を鈍らせつつ、それでも押し戻されることはない。刃を砕き光柱を断ち切り、補強が間に合わない両腕から血を流す尼公の眼光には鬼気迫るものがあった。損傷を魔法で再生する傍から新たな傷を受ける乱暴極まりない猛進は、果たして夜叉か、羅刹のものか。経典の武装は限界を迎えつつあり、虫食い状態に明滅している。

「心の底から、歩み寄れないとお考えですか? 希望の火を灯すことなく、どこまでも歩いて行けるとでも?」
「暗闇でこそ見出せる光があるわ。たとえ道が別れていても、耳を澄ませば足音は聞こえる」

 ついに、彼我の間合いは腕を伸ばせば届きそうなところまで縮まった。覚妖怪自身が放つ居合の閃光を、超反応した魔法使いの合掌が叩き潰す。これでもかと塗り重ねられた魔法陣が、ずたずたに裂かれた僧服から覗く素肌を烙印めいて覆っている。

「和平を希いながら、自らは率先して拳を振るうの?」
「己の愚僧っぷりは百も承知。それでもこの手は、迷い苦しむ衆生のために差し伸べられていると自負しているわ。――っ、今! この時もっ!」

 空気が破裂する、稲妻にも似た音が響き渡った。愚直なまでにまっすぐ突き出された正拳を、催眠術師の手の平に投影された護符が辛うじて受け止めている。余波を免れない片腕は肩口まで袖を吹き破られ、剥き出しの雪膚を裂傷が網目と走った。その胸では第三の目が平時の二倍ほどにも腫れ上がり、血走った白眼から滂沱の涙を垂れ流す。出力の限界を露呈させつつも、さとりはくすくすと笑んでみせた。

「本当に変わった人ね。この期に及んで、まだ私の事情を気に掛けている。勝負事にはこだわらないつもりだったけど……、ふふ、愚かさを競おうというのなら、負ける訳にはいかないのよ」

 護符を握り込んだ拳が振るわれ、初めて肉体が会話した。敢えて大きく吹き飛ばされることで距離を取った白蓮は、熱暴走寸前の巻物を一旦停止させる。

「負けられない……、同感だわ。意見が一致して何よりじゃない?」
「『この調子で一歩ずつ歩み寄ってはいかが?』、ですか。やれやれ、飛んだ尼さんが居たものねぇ」

 苦笑を消し、覚妖怪は片手を自分の胸に置いた。双眸に宿る決意は色を違えど、魔法使いのそれと眼力は互角。ならば彼女もまた、果て無き問いを自らに課してきた求道者か。

「古明地の姓は外道上等。しかし、人の『弱み』に付け込んでいるのは貴方も同じことでしょう。外道の対極は王道ではなく、また一つの外道と知りなさい」
「……上等。救うべき者が道の外に在るとすれば、私は赴いて共に歩みましょう。まだまだ、存分に語り尽くせた訳ではありませんよね?」

 凛と伸ばされた尼公の後背に、蝶の翅とも花びらともつかない大輪の魔法陣が出現した。地底にあってますます気高く、咲き誇るは魔道の徒花。蓮華の清浄な香りを舞わせながら、白蓮は再び巻物を構える。

「分陀利華(ふんだりけ)の聖か……。お互い、業の深い名前だこと――」

 四輪の華に相対するは、四粒の複眼。呟く覚妖怪の背後にも、負けじと禍々しい紋様が浮かび上がっている。苦悶に歪む顔形が各所へ配された、紅蓮に燃え荒ぶ曼荼羅(まんだら)だ。その亡者達へ鞭打つかのように、さとりは腕を一閃させた。

「ならば、これからが本番よ! 夢に見果てぬ『贖えぬ過去(トラウマ)』で果てるがいい!」

 主人が切ってみせた啖呵に火を付けられ、俄然活気付くペット達。命蓮寺の宗徒達もまた、尼公の毅然たる勇姿に励まされ、瞳に力を取り戻していた。勿論、この妖怪達も例外ではない。

「こうしちゃあいられないわ! 私達も聖を盛り立てましょう!」
「――はあ。落ち着けって言っても無駄なんでしょうねぇ。雲山、もう一踏ん張り付き合ってもらうわよ」
「あははっ、よく分かんないけど、その辺の人を驚かせればいいのよね?」

 両手に出現させた仕事道具を弾ませ、迷わず駆け出す船幽霊。続いて、小粋に唐傘を担いだ付喪神が飛び立ってゆく。やる気満々の二人を尻目に、私は場違いな物思いに耽っていた。
 白蓮とさとりがそうしたように、全身全霊を賭けて信念をぶつけ合うことなど、私にはできない。ムラサや一輪達のように心から誰かを信じることもできないし、素直な喜怒哀楽を仲間達と共有することもできないだろう。それは卑屈や強がりでなく、酷く冷静な実感だった。嬉しいような悲しいような、得体の知れない情動が私の胸に根付いていた。

「――ちょっと、聞いてるのー?」
「ん? ああ、一輪か。あんたまだ居たの?」

 気が付けば、入道使いとその相方が私へ胡乱な目付きを向けていた。

「まだ居たの? じゃないでしょう。ここからが正念場よ。私達は皆と合流するつもりだけど――」
「……私はその、急用を思い付いて」
「そう。それじゃ任せたわよ、ぬえ。しっかりやんなさい」

 僧衣の裾を颯爽と翻し、一輪はこちらに背を向けた。親父顔を振り向けた雲山が、ぐっと親指を立ててみせる。照れるくらいなら最初からやるな。作り笑顔に失敗して、私は地底の空を振り仰ぐ。

「やれやれ。こういう肝心な時に限って、どうして誰も私にああしろこうしろと言ってくれないのかしらね」







 再び中庭は軍場と化していた。入り乱れる戦況を見極めようとしていた私の目に、思わぬ物体が飛び込んでくる。私がおくうへ投擲した“棘”が、大穴の縁に引っ掛かっていたのだ。灼熱の炉に沈んだものと諦めていたが、武器が増えるのは心強い。
 依然として十全の態勢とはいかなくとも、まだまだ十分に戦力となれるはずだ。たとえ無視できない温度差があるにしても……。半ば強引に心を固めかけた矢先、誰かが“棘”を拾い上げていた。

「奇遇なことって重なるのね。お鵺も元気そうで安心したわ」

 片手で取得物を弄ぶ少女は、私の露骨にげんなりした表情を一顧だにしない。血で汚れた洋服は焼け焦げだらけで、フェルト帽もまだ帽子と呼べるのか怪しい状態だったが、例の感情が欠落した微笑みは健在だった。ま、ここで殊勝な表情をされてもかえって不気味だが。

「きっと血のように赤い糸で結ばれているのよ」
「どの口がいけしゃあしゃあと――」
「私の小指と、貴方の頸動脈がね」
「不公平にも程がある! 何度だって言ってあげるけわ。私はあんたのことが嫌いよ。見てて苛々する」

 私の憎まれ口を蛙面に水と受け流し、盲の少女は笑い掛ける。

「分かっているわ。おぬえはツンデレなんだって」
「私がデレるとしたら、それはあんたの死亡診断書を受け取った時だ」
「あら、地獄の底までお供してくれるだなんて、嬉しいな」
「ポジティブ思考なのかネガティブ思考なのかはっきりしなさいよ……」
「『考えるな、恋しろ』がモットーなの。我が無意識の赴くままに」

 ひょいと投げ渡された“棘”を片手で受け取る。人差し指を朱唇へ添え、こいしは蠱惑的に囁いた。

「まだまだ貪り足りないんでしょ? もっともっと、私とイケナイことしてたいのよね」
「調子の良い奴め。こんな所で遭わなかったら、もっとずっと嫌いになれてたでしょうに」
「ご託はいいから。貴方は私だけ見てれば好いの」
「鏡でも見てな。独り遊びが身上でしょ」
「うん。誰かに触れて嫌われるって、考えるだに恐ろしいことよね……。ここがとってもずきずきするわ」

 両手を胸の上に重ねる少女は、陶然とした色を浮かべ、震える。

「でもね、最近はその痛いのが気持ち良いの。とろ火で炙られたみたいに体中が熱くなるのよ。今日貴方に傷付けられて、どれだけ私がはしたなくなっちゃったか知ってるでしょう?」
「その……、こいしさん。変態アピールは分かったから、さも私まで同類みたいに扱うの止めてくれませんか」

 閉じた瞼はいかなる情熱を夢見るのか。ほうっと息を漏らし、眼差しを潤ませるこいし。

「だから私もお鵺のこと、うんと乱暴に傷付けて、一生忘れられないくらい気持ち良くしてあげる。お姉ちゃんが言ってたわ。こういうの、サトリズムっていうんだっけ?」
「サディズムだ。お願いだから、人の話を聞いてくれ」

 これで準一級なのだから、変態資格検定は底が知れない。

「ちなみにお姉ちゃんは有段者ー」
「私が間違ってた! この妹にしてあの姉ありだよ! 染められる前に帰りたいところだけど――」

 私は周囲を見渡した。未だ、命蓮寺側は全体的に押され気味か。覚ならぬこの身には、誰が何のために戦っているのか、本当のところは理解できない。
 乗組員を鼓舞しながら、自らも錨と柄杓を振り回して奮戦するムラサ。楽しげに笑い声を上げ、降りしきる弾雨の中を踊る小傘。一輪・雲山のコンビといえば、単身敵陣に乗り込んで十数の拳を操り、大車輪の張り切りを見せている。白蓮とさとりが戦艦さながらの砲撃戦を繰り広げるさらに上空、中天に漂う太陽へ、何故か猫科の二人組が果敢に立ち向かっていた。姿の見当たらないナズーリンも、きっとどこかで自分の責務を全うしているはず……うーん。

「ま、私だけサボってるって訳にもいかないか」
「うんうん、遊んでくれるのね!」
「いいや、痴女に構ってやる暇は無いわ」

 私は“嚢”に仕舞い込んだ頭陀袋の感触を確かめる。その中に集められた飛倉の破片――亡き命蓮の遺物にして、姉の力の源という代物。法力の詰まったこれらを相応しい人物に届けることができれば、形勢逆転も難しくない。
 しかし、そうそう簡単に運ばないのが現実だ。認めたくはないが馬が合うのだろう。もう数年来の付き合いにすら感じる無意識の少女が、私の前に立ちはだかる。
 
「くふ、浮気なんて許さないわよ。それに邪魔しちゃ悪いわ。お姉ちゃんがあんなに活き活きしてるなんて、ほんとに久し振りだもの」
「……おん?」
「んー?」
「いや、何でもない」

 はにかんでみせるこいしに、私は首を振った。お互い型に嵌った構えは持たない。好戦的な視線を交わし、口から細く息を吐く。

「いいよ、決着を付けてやろうじゃない。お望み通り、息も絶え絶えに喘がせてやる」
「そう簡単にいくかしら。私の閉じた瞳には、正体不明なんて通用しない。それより私と無意識しましょ? お鵺が正体を失くしてあられもなくなるとこ、想像しただけでぞくぞくするわ!」

 コケティッシュに舌なめずりした無意識の妖怪は、傷だらけの腕を差し出し、指先に薔薇を咲(わら)わせてみせた。敗北を喫するつもりは無いにしろ、楽に勝てる相手でもない。己の技と伯仲する強敵の存在は、意外な充実感を伴って私に私を問い掛ける。

「閉じた瞼の裏こそ、妖怪鵺の生まれ落ちた場所。だからこそこいしは、絶対に私から逃げ切ることができないでしょう。泣いて喚いて許しを請おうと、千年遅いと思いなさい」

 差し出す手に代えて、四種の器官を突き付ける。遠慮も呵責も無く挑んでくる以上、今度こそ死力を尽くして迎え撃つまでだ。

「――いざ! 光の下に目覚めぬ者よ。正体不明の悪夢(だんまく)に乱れて眠れ!」

 土を蹴って飛び出しながら、私の心のひんやりとした部分は、全く別のことを考えていた。どうして里の人間達が、妖怪と反目しながらもその立場を理解し、時には尊重さえするのか。彼らは先祖代々、逃げも隠れもせずに交流を深めてきたのだ。対話と称してしまうには、あまりにも原始的な方法で。














 5. Self-Finders







(手を合わせて見詰めるだけで)
(どれだけ想いが通じるだろう)
(手を合わせて祈れば届く)
(神や仏じゃあるまいし)







「……居ないわね」
「ありませんねぇ」
「引っ越したのかしら」
「恐らく、また宝船もどきをやっているのでは? でも羨ましいな。うちの神社も変形したり空を飛んだりすればいいのに」
「よかないわよ。利用客にはいい迷惑だ」
「お寺に何かご用ですか? いえ、どちらかといえば教会の方が似合いそうだと」
「たまには里帰りも良いかな、と思ったんだけど……。ふむ。どうにも踏ん切りが付かないものね。そういうあんたは?」
「河童の職人さん達に受注していた関連商品が出来上がったので、お披露目にと。でも、無駄足を踏んでしまったみたい」
「無駄足かどうかは、お家に帰り着いてから判断するものよ」
「それもそうね。お暇なら、私共の神社を参拝していきませんか」
「神様なら一家に一台で間に合ってる。ねぇ、あっちの小屋みたいなのは何かしら?」
「ああ、あれはちょっとした祭壇です。寺社が末永く安寧であるよう、元々土地にいらっしゃった神様に捧げる宝物を、鎮壇具(ちんだんぐ)として地面に埋める習慣があるの。その目印ね。山門の下にお供えしてもよかったのですが……」
「ふーん。伝言とか残せればと思ったんだけどね」
「ご心配なく。この扉を開けると――、じゃーん! メッセージボードが入っております! あと賽銭箱も」
「用意周到で気味が悪い。……なになに、『帰還時期は未定』ですって。驚くほど役に立ってないし。ほとんど落書きで埋まってるじゃない」
「遊覧船事業に精を出すなら、是非当神社に一枚噛ませていただきたいものです」
「手広くやってるらしいじゃない。神社がそんなに商売っ気出していいの?」
「信仰するならともかく、される側には先立つものが必要なの。といっても、私腹を肥やすことのみに執心なさっている方々と一緒にされても困ります。集まった信仰を元手に親交の輪を拡大し、利益を神徳として信者の皆様に還元する。株式会社と同じですね。そうやって信仰を世の中に巡らせることもまた、宗教に課せられた使命なのでしょう。信心をタンスに預けっぱなしでは、発展するものも発展しません」
「清々しい顔で力説してもらったとこ悪いけど、正論過ぎて逆に胡散臭いわ」
「正論? 理想論と呼んで下さいな。合理性を追求した経営なんて、なんの面白味もないでしょう。苺抜きのショートケーキみたいなものですよ」
「『汝、眠れる賢者たるよりも、夢見る愚者たらん』。常識の枠に囚われないことと、そもそもの無知は違うけどね」
「神奈子様は仰いました。常識は打ち破ってなんぼだと」
「はぁ」
「諏訪子様は仰いました。常識は裏をかくためにあるのだと」
「あんたも色々、大変ねぇ」
「御二柱の境地には遠く及びませんが。日々の修行で一杯一杯で」
「もう少し気を抜いていいんじゃない? ここの連中は話半分で付き合うくらいが丁度良い。骨身に染みた教訓よ。その分、主張したいことは十割増しにする必要があるけれど」
「白蓮さんのことですか? 思っていたより好感の持てる方だったわ。神奈子様は警戒していらっしゃったけど、諏訪子様は面白がっていましたし」
「実家からの手紙に書いてあった。川の真ん中で立ち往生しながら、喉が渇いたって喚いてるような奴だってね。尼さんが何を企んでいようが知ったこっちゃないけど、あいつは結構懐いてたようだし――。ふん、噂をすれば」
「ありゃりゃ、寺ごともぬけの殻じゃないか。つーことはあんにゃろも留守か。折角早起きして準備したってのにな。……む? そこの怪しい二人組は何をやってるんだ?」
「別に、お宝目当てで泥棒に入る計画を立てている訳ではないわ」
「酷い言い草だ。私はただ――」
「借りるだけだぜ」
「死ぬまでな」
「ぐぬぬ。二人してなんだよぅ。ちょっとお礼参りに来ただけじゃんか。あと魔法を盗んだり」
「ね、これ以上鼠がすばしっこくなったら厄介だと思わない?」
「確かに。今の内に駆除しておこうかな。尼さんの意見ではありませんが、悪い人間は悪い人間で天誅を下さなければ」
「だって。自分からお縄につくのが身のためじゃない?」
「はっはーん。お前ら遅れてるなぁ。今時勧善懲悪ものなんざ流行らないぜ。正義は勝つなんて子供向けの――」
「必殺! 早苗さんアロー!」
「ちょわっぶ!? 何すんだいきなり! やるか!?」
「殺らねば殺られる、それが今時なヒロインの合言葉なのです。神罰、てっきめーん!」
「どこのお伽噺にそんな殺伐としたお姫様が登場するか! いや同意するけど。魔法少女舐めんなよー!」
「はいはい二人共頑張ってー。……それにしてもあの『別荘のお姉さん』がこっちにねぇ。世の中、どんな縁があるか分からないものだわ――って痛い痛い! 人が上手く締めようとしてんのにまきびしとか撒いてんじゃないわよ! それでも巫女か! ……違う、テトラポッドはもっと駄目ー!」







 ※







 一夜明けて、ほどほどの騒がしさを取り戻した地底の都。

 私は屋根の上に腰掛け、すっかり綺麗に片付けられてしまった中庭を見下ろしていた。抉れた地面は元通り均され、損壊した建物は応急処置が施されたのち、断面を布板で覆われている。数々の料理が並べられていた長卓に、ほとんど有効活用されることがなかった椅子の類、無駄に気合いを入れてデコレーションされていたお立ち台まで、昨夜の盛り上がりを思わせる要素は、もう残ってはいない。
 ……勝敗の行く末をここで詳らかにすることは野暮というものだろう。ただ一つ確かなことは、決戦の結果がどうなろうと、古明地さとりは最初からこの展開に持ってゆくつもりだったということだ。

 戦闘が終結した頃合いを見計らって鍋やら大皿やらが運び込まれ、中庭は即席の宴会会場と相成った。血生臭さと陸続きの晩餐は、地霊殿では珍しいことではないらしい。今までの遺恨を水に流して和気あいあいと――とは必ずしもいかず、限られた好物を巡って死闘が演じられたり、ペット達による食物連鎖が拝見されたりしたが――概ね円満に食事は進み、恒例の酒盛りへともつれ込んだ(白蓮を始めとした敬虔なる仏道の宗徒達は、不飲の戒めを受けたアルコールに代わり、いと芳(かぐわ)しき般若湯を召し上がっていた。お酒も飲めないなんてお坊さんは損だなーと棒読み)。以降の流れは、まあお察しである。
 しかし、解せないのは地霊殿当主の準備の良さだ。大量に用意されていた料理といい、見事に場を沸かせた隠し芸といい、命蓮寺の一行が訪れることを事前に知っていたとしか考えられない。酔っ払っていたとはいえ、本人に直接問いただす勇気は、私には無かったが。
 疲労も手伝って泥のように眠り込んでしまい、気が付いたら新しい一日が始まっていた。太陽の角度に頼らず現在時刻を知る術なら、長い地底生活で身に染み付いている。ここがお寺ならば、とうの昔に一輪の手で布団から引き摺り出されているような時間帯だ。

「……暇だな」

 命蓮寺の妖怪達は、皆旧都へショッピングに出払ってしまったらしい(人里の市場の品揃えとなど、比べるべくもないだろう)。市街地のお祭り騒ぎも昨晩の内に酣(たけなわ)を過ぎたらしく、目抜き通りを中心にぽつぽつと篝火が揺らめいているくらいか。地霊殿の森では動物達の生活音が雑多に絡み合い、時折、鳥類の甲高い鳴き声がその合間を縫って響いていた。
 今更ムラサ達と合流するのは決まり悪いし、そうでなくとも人の集まる場所は苦手だ。かといって他に暇潰しも思い付かず、私は暇を持て余していた。

 昨日の慌ただしさが嘘のようだと和みつつ屋根の上をごろごろ転がっていると、見間違いようのない派手な柄が視界の端に映る。御殿の母屋と灼熱地獄跡棟を結ぶ渡り廊下を、毘沙門天の弟子とその部下が並んで歩いていた。

「やあ、何やってんの」
「おや、ぬえじゃないですか」
「ぬえじゃなーい」
「……? ああ、妹のもえさんでしたか」
「その設定広まってたんだ!? 封獣筋にそんなあざとい名前の娘は居ない!」
「では、姉のむえたいさんですか?」
「どこの! 世界に! 泰国式拳闘を専門にする鵺的妖怪が居るんだよ! 私の名前は封獣ぬえだ!」
「同姓同名の別人?」
「こいつ、頭の花を薔薇にすげ替えてやろうか……?」
「それは私が恥ずかしいから止めてくれ」

 鼠妖怪が真顔で睨んできたため、ボケツッコミはここまでとする。……ボケだよね? まさか本気じゃないよね?

「てっきり、貴方も買い物に行ったものだと思っていましたが」
「それが寝過ごしちゃってねぇ。二人こそ何を?」
「滅多に足を運べる場所じゃないから、ちょっと見学させてもらってるんだ。君は聞き逃していたかもしれないが、個人の部屋を除けば敷地内は自由に行動して構わないそうだよ」
「ただし、腹を空かせた猛獣に出くわした場合は自己責任とのことでしたが。ぬえも一緒にどうですか?」

 心躍る用件ではないが、無為に怠惰を貪るよりましだろう。ふと、部下の方が何やら神妙な表情をしているのに気が付いた。

「うーん、ナズーリンは構わない?」
「そうだな……、よし。この際、君にも説明しておいた方が良いだろう。付いて来てくれ」

 小さな賢将は、迷い無い足取りで私達を先導し始めた。やはり人気の無い、薄暗い屋内。鼠の狭い歩幅を虎の律動的な足音が追い掛け、私は影だけを滑らせる。

「ぬえ、昨晩は十分に食べられましたか? 私は気付いたらご飯が無くなっていて」
「お喋りに夢中になっているのが悪いんだよ、ご主人。もっと要領良く立ち回るんだね」
「ナズーリンこそどこへ行っていたのですか? 探していたのに」
「あの手の馬鹿騒ぎは苦手でね……。この中庭を囲む建物、元は灼熱地獄を管理するためのお役所だったそうだ。よくよく観察してみれば、築年数の違いが見て取れるだろう?」

 階段から一階へと降り立ち、さらに地下へと足を進めた。お伽の国めいたファンシーさは鳴りを潜め、事務的でよそよそしい通路を進んだ奥、飾り気のない扉を軋ませた向こうから、埃臭い空気が漏れる。

「ここは……、何ぞ?」
「地獄のスリム化を邁進するにあたって切り捨てられた負の遺産――その集積場だよ」

 鼠の尻尾が壁の転轍機(スイッチ)を叩いた。等間隔に配置された燭台に次々と火が灯り、広大な地下室に並ぶ無数の書架を浮かび上がらせる。図書館の閉架を思わせる陰気な空間。蝋燭の炎に炙られ、脂(やに)が強く匂った。

「公然の秘密とも言えるが、是非曲直庁の運営は、世に喧伝されている神話ほど健全ではなかった。慢性的な人員不足による未熟な人材の登用、新人教育の不備。杜撰な霊の管理体制。死者と獄卒の結び付き。不明瞭な審判基準や責任の所在。――と、まことしやかに囁かれているほど堕落していた訳でもないと私は思うが……。ここに収められている資料の中には、そんな地獄の恥部を証明しかねない危険なものが含まれている。全てが白日の下へ曝されることになれば、閻魔共は批判を免れないだろうな」
「閻魔共ってあんた……。でも、どうしてその資料とやらがこんなとこに?」
「連中も一枚岩ではないということだ。これだけ肥大した火薬庫ともなると、闇へ葬り去るのも一苦労だろう。幸い、ここは冥府の下請けのようなものだし、管理者が管理者だ」
「か、勝手に踏み込んでしまって良かったのでしょうか……」
「我々如きがどうこうして動く程度の大岩なら、とっくの昔に転がり落ちているさ」

 独り言のように呟きながら、ナズーリンは書架の間を縫う通路をのんびりと進む。

「古明地さとり。彼女は毒が過ぎる故にどこの勢力にも属さず、また属せない。ケーキの番には最適だよ。妖怪のおいぼれ賢者達や、天界の業突張り連中、是非曲直庁の改革派さえ、おいそれとは手を出すことができないだろう。これはさとりにとっても好都合だ。誰かが抜け駆けしようとすれば、他のライバル達が勝手に後ろ盾になってくれるんだから。会場の片隅に放置されていた膠着状態に目を付けたのが、新参の神様という訳だ。彼女達は本当に見ていて飽きないな――」
「どうしちゃったの? ナズーリン」
「さあ。今朝からすこぶる機嫌が良いのよね。おにぎりも分けてくれましたし。きっと仕事が忙しいんですよ」
「忙しいのに機嫌が良いなんて、変なの」
「聞こえてるよ。まあ、どこにでも転がっている与太話の一つとして聞き流してもらって構わない。字面ほど深刻な話でもないしな。私が言いたいのは、もっと別のことだ」

 整然と列を成していた本棚がぽっかりと途切れ、そこはちょっとした広間になっていた。掃除用らしい箒やバケツの類がほったらかしにされている他、泉のように敷き詰められた蝋燭の群立が、一際明るい照明になっている。そこだけ円形に空いた吹き抜けは、どうやら上階へ通じているらしかった。
 広間の入り口で立ち止まったナズーリンの瞳には、仄かな茶目っ気が宿っている。

「冥府は汚職の見本市だ。賢者達は議論の場から若い妖怪を締め出し、因習に囚われ秘伝の独占に躍起になっている。欲を捨て、俗事に拘らない天人像など嘘っぱち。彼らほど我執の強い人間が地上に居ないというだけでね。仏道だって、また然りさ。無責任にそれらを糾弾することなら、誰にでもできる」
「俗世の理と隔てられた教義には些かの存在意義もありません。聖俗の分かち難さについて、私も一定の理解を示しているつもりですが」
「知っているよ。けれど、妥協はして欲しくないな」

 少女の視線は、私には向けられていなかった。柔らかく細められた瞳から、稚気が消える。

「どんな組織にも建前と本音が必要だ。宗教にだって暗部はある。しかしご主人様は命蓮寺の偶像。どこに出しても恥ずかしくない建前であってもらわねば」
「何を今更、の話ですね。あの日から、私の決心は変わっていない」
「それでこそ、私も自分の仕事に専念できるというものだ」

 隣で虎が微笑む気配がした。鼠は心なしか照れ臭そうに俯き、広間へ足を踏み入れる。

「由無(よしな)し事さ……。この場所を選んだことに深い意味はない。ただ、ご主人が聞きたそうにしていたのは、エントランスで話題にするべきものじゃないんだろう?」

 星はこっくりと頷く。もしかして、二人きりにしてあげた方が気が利いていたのかしらん?

「席を外そうか?」
「君にも関係があることだよ。どうせ近い内に話をするつもりだった」
「三角関係はご免だからねー」
「え? なんの話ですか?」

 不思議そうに首を傾け、しかし深くは追求せずに虎柄の少女は部下へ向き直る。ダウザーは横目で炎の泉を見遣り、私は本棚に凭(もた)れ掛かろうとして止め、本棚の上に腰掛ける。並べられた書物には、ご丁寧にも触れれば痺れる盗人避けの結界が張ってあった。どちらかといえば、悪戯なペット対策だろうか?

「私が疑問に思っているのは、古明地の妹さんのことです。姉の弁によれば、私達を誘き寄せるために貴方の部下を誘拐したとのことでしたが……。どうして毘沙門天の宝塔まで盗み出さなければいけなかったのでしょう。そもそも、いかなる思惑のために私達を地霊殿へ招く必要があったのでしょうか」

 それは確かに気にならなくもない。招待状を用意するくらいなら(何故か小傘の手に渡ってしまい、目的を果たすことはなかったが)、誘拐なんて余計なことをする意味は無かったろうに。あるいは突発的な思い付きか。こいしなら気紛れに人殺しだってしでかせそうだ。

「後者に関しては迂闊なことを言えないな。彼女の行動原理を余人が推し量ることは多分に難しい。姉の差し金かもしれないし、ペットに何か吹き込まれたとも考えられる。それより宝塔――、宝塔か」

 軽く咳払いし、ナズーリンは腕を組んだ。

「ご主人様以外には伏せているが、私は毎夜、選り抜きの子ネズミ達に寺の見張りを任せている。主に盗人対策でだ」
「盗人、ねぇ」
「一昨日の朝、子分の一匹――例のスネーク――に定期報告をすっぽかされた私は、ご主人様の部屋に近い廊下で爪痕を発見した。あの印は緊急事態を示す符牒でね。だが、肝心の内容が続いていない。書き足す余裕も無いほど切羽詰まっていたのか、本人も危機の正体が判別できなかったのか」

 説明役を楽しんでいる様子で、賢将は続ける。

「私はひとまず彼の識別信号を探知してみたが、寺の周囲一帯に反応は無かった。労働条件の不満から脱走を決行したのでなければ、誰かしら侵入者に連れ去られたに違いない。追い掛けた先で捕まったのならばもっと書き残すべき情報があるだろうし、寺の中で害されたのなら、心臓が止まった時点で私に信号が届くような仕掛けがある。思えば、もっと子ネズミ達の連絡網を緊密にしておくべきだったかな。一体何者が? と行き詰っていたところで、新たな懸案事項が発覚した」
「私の部屋から、宝塔が持ち出されていた件ですね」
「そうだ。私が納得できなかったのは、盗まれたのが宝塔だけだったという点だ。後から確かめてみると、『その夜』に無くなっていた物は他に特定できなかった。正面玄関の錠が抉じ開けられていた形跡もない。犯人は裏口近くに固まっている宝物蔵や倉庫、物置を無視し、嫌でも目に付く荘厳具にも手を出さず、敢えて居住区にあるご主人様の私室にお邪魔したことになる。つまり犯人は、最初から宝塔か、それともご主人様の虎柄の下着を目当てに忍び込んだんだ」
「私の下着ですか? 特別に誂えた訳でもなし、どこにでも売っている一般的なものですよ。それに、他人の使った下着などを手に入れてどうするのでしょうか。下着も購えないほど窮乏しているというのなら、古着でなく新品を差し上げたのに」

 真顔。絶句を経た苦笑。

「……私が悪かったよ、ご主人。ちょっと場を和ませようとしたつもりだったのに。さて、盗人の目的が金品でなく宝塔そのものだったとしたら、それは何のためだろう?」
「所有欲……収集欲?」
「確かに宝塔のレアリティはトップクラスだが、蒐集家の鑑定眼ならば同じだけ貴重な宝物が他にもごろごろしているのは分かるだろうし、また簡単に足が付くことも理解できるはず。この私が居る限りね」
「それとも、示威行為とか」
「論外だ。仮にそうだとして、妖精よりましな脳味噌が詰まっていれば、もっと効率的な方法を考え付くだろう」
「じゃあ妖精が――」
「私の精鋭部隊に、鼻垂れ小僧に出し抜かれる馬鹿は居ない。次」
「寺への妨害でしょうか。いや、どうしても宝塔を使わなければならない場面なんて、そうそうあるとは思えませんし……。当てつけにしては回りくどいですね。ならばやはり、宝塔の力が目的でしょう」
「ああ。毘沙門天の宝塔には計り知れない力が秘められている。しかしそれを十分に引き出すには、ある程度の予備知識が必要だ。説明書として子ネズミを攫ったのならば、一応の説明は付くな。私も最初はそう考えた」
「と、いうことは?」
「説明を急ぐ前に別の観点から考察してみよう。同じ夜、ごく近い場所で宝塔が盗まれ鼠が誘拐された、これを偶然の一致で片付けるべきではないと仮定する。もう一つはっきりしていることは、その翌朝、宝塔が地霊殿に、広く見積もって旧都に位置していたことだ」
「動機の次は、機会の問題ですか。結局、宝塔は地霊殿で見付かったんですよね」
「古い物置に放り込まれていた。何故か酷く荒らされていて、掘り起こすのに手間が掛かったよ」
「なんと罰当たりなー……ぁ。はい、私も言えた立場じゃないんでしたごめんなさいすみません」
「……えーと、つまりこういうことでしょ。犯人は地霊殿の一員、でなくとも関係者。ぶっちゃけ地霊殿に近寄りたがる妖怪なんてそう居ないんだから、容疑者は覚妖怪とそのペットに限定される」
「それに地上と交流を持つという条件を加えれば、候補はさらに絞られる。命令するならともかく、古明地さとり本人が地上に出向くことはまずあるまい。そうだな、例えば霊烏路空」
「それはない」
「とてもではありませんが――」

 あれだけの力を有しながら、脳の容積が見合っていないのだ。いや、ここは釣り合っていると見るべきか。いずれにしろ、宝の持ち腐れであることは間違い無い。

「……無理があるだろうね。ならば、火焔猫燐なら?」
「有り得なくもない、かな」
「白状してしまうと、私は彼女を真っ先に疑ってしまった。十二支が定められたその日から、猫は鼠を狩るものと相場が決まっている。火車は死体を漁りに度々人里を訪れていて、命蓮寺の噂を耳にしていてもおかしくはない」
「ですが、私は昨晩彼女と一騎打ちをして、その、共闘もしました。なんと言葉にすればいいか分かりませんけれど……」
「分かるよ。彼女は口が軽い上に締まりもないが、裏を返せば頭の回りが早く、柔軟だ。しかも相当な家族想いでもある。軽々しく他所様のお宝に手を出せば、飼い主や友人にどんなしっぺ返しが来るか、予測できない訳がない。主人に命じられれば別だろうが、さとりは宝塔の件に関与していないことを明言している」
「他に思い付く奴といえば……、んん、あいつしか居ないよなぁ」
「古明地こいしなら、誰にも気付かれずに鼠を連れ出し、宝塔を持ち出すことなど朝飯前だろう。動機についてはどうとでも言えるが、先の通り、我々の来訪の呼び水とするのが有力だな」
「待って下さい。その場合必要なのは貴方の部下だけ――、いいえ、言ってしまうと、宝塔さえあれば事足りるのではないですか?」
「付け加えておくと、こいし嬢は急に力を付けた姉のペットに対抗意識を燃やし、自慢できるような珍しいペットを探し求めていた。……こじつけにしても少々苦しいか。鼠のレアリティなら重々承知している」
「鵺妖怪に比べりゃあね。でも、なーんかしっくりこないわ」
「同感です。二つの事件を一揃いで扱うという前提自体が、恐らく間違っているのでは?」
「それは半分正解で、半分間違っている。未知の要素Xを導入する前に、検討しておくべき事柄があるはずだよ」
「……? 一体何のことですか? ナズ、勿体振らないで教えて下さいよ」
「内部の者の犯行、という線だ」
「そんな――馬鹿な」

 あからさまに傷付いた表情で狼狽える星へ、しかしナズーリンは容赦しなかった。

「少なくとも機会の面からすれば話は簡単だ。寺に君の部屋を知らない者は居ないし、自分の部屋から歩いてすぐそこだ。私の子ネズミを油断させて騙し討つことも不可能ではない。私やご主人程ではないとしても、宝塔の使い方は知れるだろうし」
「ですが、翌朝の朝食には皆揃っていましたよ? 貴方も一緒だったじゃないですか」
「夜の内に共犯者へ渡してしまえば済むことだ。私があの席に座っていたのは、何を隠そう、皆の挙動に不審な点が無いかどうか見極めるためだった」
「でも……っ!」
「仲間を疑いたくないご主人の気持は理解できるし、そうでなくてはならない。貴方は命蓮寺の看板だ。身内を疑うのは、私の仕事だよ」
「ナズーリン……」
「領分を弁えるんだ。ご主人にとっては汚れ仕事でも、か弱い小動物にとっては当たり前の選択肢。人の食い扶持を奪わないでくれないか。……。ぬえ、君なら犯人の見当が付くはずだ。この場合、誰がどれだけ得をするかという極めて俗っぽい問いだからね。重要なのは、そのことだ」
「あー、まあね」

 実を言えば、薄々あいつではないかと思っていたのだった。今の鼠妖怪の表情を見て、疑いは確信に変わる。

「スネーク、でしょう? 子ネズミの」
「……は? その、攫われたという?」
「うん。だって宝塔が持ち出されたことで直接的に助かってるのはあいつじゃない」

 宝塔に仕掛けられていた現在地追跡機能。盗人対策を担うナズーリンの部下なら、その存在を聞かされていて不思議ではない。それを無しに宝塔の在り処、つまり犯人の行く先を割り出すことは困難だっただろう。

「廊下でばったり出くわした侵入者は、一人ではとても太刀打ちできない相手で、しかも自分の身柄が目的らしい。だから咄嗟に星の部屋へ駆け込んで、宝塔を懐に入れてから捕まった。そうすれば、大将が絶対に自分の居場所を見付けてくれることになる」
「部屋に飛び入る余裕があったのなら、どうして私を起こさなかったんです?」
「たとえ寝起きじゃなかったところで、あんたがこいしの無意識に対応できるとは思えないな」
「あるいはこうだ。その場の装備で侵入者に対処できないと悟ったスネークは、敢えて自分を誘拐するように仕向け、宝塔を頬袋に隠し持って――比喩表現だよ――相手の懐に飛び込んだ。そうすることで侵入者の身元を確実に明らかにしようとした。もしかしたら、自力で帰還できるものと考えたのかもしれない。長々と後付けの推察を披露してしまってから恐縮だが、彼が宝塔を持ち出したことは本人の口から確認済みなんだ。ただ、当時の記憶はあやふやにしか残っていないらしい。古明地こいしの能力に中てられたんだろう」
「そ、そうだったのですか……」

 ほっとした様子で肩の力を緩める星。くっくっと笑いを堪えているナズーリンへ、非難の眼差しを向ける。

「人が悪いですよ、ナズーリン。それに、毘沙門天の宝塔を利用するなんて……」
「私ばっかり振り回されているんじゃ不公平だと思ってね。しかし彼を責めないでやってくれ。結局宝塔は無事に戻って来たじゃないか。第一、ご主人様が何を言っても説得力が見当たらない」
「むぅぅ……。それは言わない約束ですったら」

 不満そうに頬を膨らませていた虎柄の少女は、はっと私に気付いて視線を泳がせた。大方、土壇場で失くした宝塔をこっそり探させていた件で引け目を感じているのだろう。人間の飛宝集めを見物しているうちに色々目撃していた私がムラサ達に喋ってしまったため、ばれていないと思っているのは本人だけである。
 
「話ってこれだけ? 私はあまり関係無いように思えたけど」
「いや、君に立ち会って欲しいのはこっちの方でね」

 軽く呼吸を整える間を挟み、出し抜けに手の平を強く打ち合わせるナズーリン。乾いた破裂音が地下空間に反響したかと思うと、さざ波のような振動が四方八方から湧き始めた。
 書架の隙間から蝋燭の広間に鼠が顔を出しては、機敏な動きで妖怪の尻尾に掛けられた籠へと飛び込んでゆく。その一匹だけではない。百匹、いや千匹は下らないだろう小動物が灰色の絨毯と化して押し寄せ、押し合い圧(へ)し合いしながら彼らの巣穴――見た目通りの容積では有り得ない籠――に流れ込む。最後の取り分けちっこい鼠が私の肩から転げ落ち、甘えるように親分に擦り寄ってからややあって、籠の中から布包みがすぽーんと押し出された。

「正式に許可が下りたんで、昨日から手分けして探させていたんだ。一応、検(あらた)めておいてくれないか」

 解かれた包みの中に詰まっていた品々を見て、一瞬星は怪訝な表情になるが、すぐにその正体に思い至ったようだ。

「飛倉の破片がこんなに……。しかし何故でしょう? 秘宝は地上にばら撒かれていたはずでは?」
「小傘が持って来てくれた分だけじゃなかったのね」

 掬い上げた尻尾の先から頭の天辺までよじ登ってきた子ネズミをくすぐったそうにしつつ、ナズーリンは述べる。

「整理しておこう。間欠泉が活性化したことを契機に聖輦船は戒めから解放され、船長達は白蓮を復活させるために立ち上がった。知り合いの妖怪達が人間如きのために動くことを快く思わなかったぬえは、計画を撹乱し妨害するために、船に積んであった飛宝へ正体不明の種を植え付け、暇潰しと憂さ晴らしを兼ねて空へばら撒く。この認識で正しいかな」
「仰るとおりですよ、刑事さん。全部私がやったことですの。――気に病みやしないから続けて」
「ふふ。白蓮が救出されてからも引き続き破片の回収に当たっていた私は、偵察に向かわせておいた子分の報告を受けて地底へと赴いた。そうして探知したんだ、秘宝の反応が地霊殿に集中していることを。だが幾ら私が仕事熱心だとしても、自分や子ネズミ達だけで悪名高き御殿の敷地に足を踏み入れることは躊躇われた。有象無象のペット達はともかく、その主の目は驚異的だ。……身の毛もよだつとはあのことだよ。ご主人様も身を以って体験しただろう」
「ええ。万全を期して精神防壁を固めておいたつもりでしたが、ああもあっさり突破を許してしまうとは」
「覚を名に負う所以(ゆえん)だな。加えて思い上がらないから始末が悪い。強者が驕り高ぶるのは、一種の様式美であり美徳だというのに」
「あんた自分だけはちゃっかり退避してたじゃん。美味しいところだけ持って行きやがって」
「はて、そうだったかな?」

 私の文句は、あくまでも爽やかに流された。

「以来、私はどうにか潜入の糸口が見出せないかと工作を続けていたんだ。今回の件は渡りに船。紆余曲折あったが、地霊殿に立ち入る格好の口実となった。災い転じて福となったと言うべきか……。もう少し、上手くやれれば良かったが」
「福は福、それも貴方が身体を張って手繰り寄せてくれた福ですよ、ナズーリン。優秀な部下が付いてくれて、私は幸せ者ね」
「はん、皮肉のつもりかい?」
「いえ、労を謝したつもりだけど――」

 豪奢な衣装に反して言葉を飾らない虎妖怪に、鼠は皮肉っぽく肩を竦める。

「やれやれ。子供ではないのだから、最低限の仕事はこなして当たり前だ。一々気を遣うものじゃない。人の上に立つ者として、もっとどっしり構えてもらわねば」
「確かにそうですね。しかし、私は貴方に本心を偽ることはしたくないのです」

 邪気の無い笑顔を向けられ、ナズーリンはふいっとそっぽを向いた。頭の鼠が籠の中へころころ転がり込む。

「ちぇっ、調子が良いんだから。私は任を果たしたまでさ。ご主人様こそ、探し物は見付かったのかい?」
「そうですね――」

 その時、吹き抜けの上方で重いものが軋んだ。灯火の並びが大きく乱され、つられて私達の影も揺れる。大袈裟な鼓翼(はばたき)が聞こえた、次の一コマであった。

「それっ、私のー!」

 暗がりから猛然と急降下する人影。ナズーリンが危なげなく回避すると、鳥は勢いよく床へ衝突し、目を覆いたくなるような音を立てる。昨晩の武装を解き、長髪をうなじで括った黒翼の少女だ。
 驚きに息を呑み、思わず両手を胸の前に重ねていた星が、ぴくりとも動かない闖入者を恐る恐る気遣った。

「あのー、大丈夫ですか? 空さん」
「むん!」

 目の前でがばりと跳ね起きられてあわあわと後ずさる虎柄の少女。そんな彼女も目に入らず、おくうは飛宝の包みを抱えた鼠妖怪へ憤りの表情を向けている。

「そこまでだ盗人めー! 私の宝物を返しなさい!」
「構わないよ。ほれ」

 やけに素直に応じるものだと訝りつつ、烏の妖怪は包みを引ったくり、さも大事そうに両腕で抱える。ナズーリンが苦笑しつつ私に目配せした。

「説明するのも面倒だ。頼むよ、ぬえ」
「はいはい。あんたも底意地が悪いわねぇ」

 承諾し、私は包みに向けて手招きする。飛倉の破片それぞれから使い魔が分離し、主の手の中に吸い込まれた。
 私から見れば最初から木片だったものだが、他の者からしてみれば変化は劇的だったろう。可哀想なおくうなど、目を皿のように開いて手元を見詰めていた。

「ど――、どうしてぇ? うう、私のきらきらがぁ……」

 塩を振り掛けられたかの如くしょげかえってしまった少女の手から飛宝を取り返すと、賢将は呟く。

「どうして地霊殿にこれが集まっていたのかと問われれば、なんのことはない。意欲的な蒐集家が居たというだけの話だ」

 吹き抜けから黒々とした影が滴り、黒猫の少女が形を取る。親友へ向ける眼差しは、得心がいった者のそれだった。

「おくうがまた妙ちくりんなものを集め出したと思ったら、京の雷獣が絡んでやがったか。だからあたいは止めたのにねぇ。してお三方、いったいどうしてこんな面白味の無い場所に? あたい達だって滅多に遊びに来ないのに」
「見学させてもらっていますよ。実に興味深いものばかりで」

 瞳ではおくうの方を気に掛けつつ首を傾げて見せるお燐へ向き直り、慇懃に礼を述べる星。

「お燐さん、昨日はどうもありがとうございました。お陰で命拾いをしましたよ」
「お? ……ああ、さとり様に掛かっちゃどうなってもしょうがないよ。それにまあ、困った時はお互い様さ。地獄の沙汰も世知辛いばかりじゃあ渡っていけないしね、寺猫さん」

 素っ気なく言って、黒猫は隅でめそめそしている親友の肩を叩く。

「どしたい、おくう。美味しくないものでも食べちゃった?」
「ぱ、ぱぁになっちゃった。ごめんね、折角お燐も集めてくれたのに」
「どうやら、こいつは相当なお宝に化けていたようだな」

 身も蓋も無い嘆きっぷりに片目を瞑り、ナズーリンは言う。見かねた星が懐から何かを取り出した。大粒の輝石が連なる、一綴りの数珠である。

「どうか、こちらを受け取ってはいただけませんか」
「…………」

 鼠の賢将が一瞬咎めるような目付きを作ったが、結局無言を通した。おくうが幼子のように顔を上げる。

「ぅに、良いの?」
「ええ、私からの気持です」

 蝋燭の灯を受けて煌めく珠を手の中に受けて、烏の少女は現金に表情を輝かせた。

「えへへ、ありがとうございますっ! 見てお燐、ビー玉こんなに貰っちゃった!」
「猫に小判の例えじゃないが、おくうにこれの価値が分かるとは思えないけど」

 何か言いたげなお燐へ、星は真顔で答える。

「差し上げるのですから、貸し借りは生じませんよ。真に重きをおくべきは、財宝の重みに非ず。そこに価値を見出す精神こそ、我々は尊重するべきなのです」
「いけ好かない奴だとは思ってたがここまでとは。呆れたもんだ。鼠さん、あんたも苦労してそうだねぇ」
「そんなに褒めても、私からは何も出ないよ」

 数珠を明かりに翳し無邪気にはしゃいでいるおくうと、その様子を眺めて目尻を柔らかくしているお燐から視線を外し、自分の言葉にうんうんと頷いている虎柄の少女は、鼠色の少女に微笑み掛ける。

「誰しもの心に、正義の輝きを見出すことができた。それが私にとっての収穫ですよ、ナズーリン」

 部下はやはりそっぽを向いていて、私にも聞き取れないほど小さな声で何事かを呟く。彼女の誉れを傍目に知ることは難しい。

「そういえば、ぬえ」

 高みの見物を決め込んでいたというか、なかなか話に割り込めないでいたところに星から声を掛けられ、私は少し慌てた。

「な、なぁに?」
「そろそろ“あれ”の正体を教えてくれてもいいのでは?」

 本気で忘れてしまっていた私は、多少なりとも素の表情を晒してしまっていたかもしれない。

「あー、“あれ”のことか。持ち合わせてはいるけど、どうしようかなぁ」
「なんならもう一度見せてくれるだけで良いの。あのときはじっくり観察できなかったけど、今ならもう少し見極めることができそうな気がする」
「“あれ”とは、ぬえが会う人会う人見せびらかしていた正体不明のことかい? 見掛けるたびに姿を変えていたものだから奇妙に思っていたんだ。私にだけ見せてくれないということもないだろう?」
「ぬぅ……。ここじゃ人目が多過ぎるし」

 二人に乞われ、私は逡巡した。この正体不明は観測者を限定するのが前提条件なのだ。それにダウザーは、見たままのことを素直に教えてくれなさそうだし。
 ……いや、良い案を思い付いた。

「ナズーリン、ちょっと耳を貸して」
「んん?」

 本棚から飛び降りた私は、くすぐったがられるのにも構わず少女の耳元に口を寄せ、“それ”の正体を囁いた。堪えきれず、妖怪鼠は途中で吹き出してしまう。

「――くくっ、それは、ご主人様もさぞかし驚いたろうね」
「ど、どうしたんですか? ナズ、何を聞いたので?」
「いやはや傑作だ。あはははははは!」
「ずるいです。私にも教えて下さいよー」
「くひっ。止めろ。こっちに来ないでくれ!」

 ツボに嵌まってしまったのか、苦しげにお腹を押さえながら笑いの発作に耐える部下と、怒っていいやら心配していいやらでおろおろしている上司。
 ふと、蝋燭の泉が大きく波立った。空気の流れが変わったのだ。自分達が入ってきたものとは別の出入り口から、誰かが急ぎ足で近付いてくる。

「何やってんだお前ら? こんな所でよ」

 広間に足を踏み入れるや否やぶっきらぼうに問いを発したのは、まだ年端もいかない少女だった(無論、外見年齢の話である)。几帳面にボタンが留められたコックコートへ短くはない髪をさらさらと流し、童顔を不貞腐れさせている立ち姿へお燐が声を上げる。

「お玉(たま)じゃないか。そっちこそどうしてここに?」
「鼠が揃って駆け回ってたもんだから、追い掛けてみたんだよ。やれやれ、食糧庫を固めてなけりゃ、今頃粟の一粒も残ってなかっただろうな」
「ふうん。ま、あたい達も似たようなものさ」

 笑い過ぎて呼吸困難に陥っている鼠の妖怪と傍らで慌てている虎へ、ペット仲間らしき少女はじろりと視線を走らせる。その仕草にはどこか見覚えがあった。

「見て見てお玉ー。ビー玉貰いましたのー」
「へぇ、そいつは良かったな」
「その様子じゃまた使いっ走りかい?」
「うるさい。どうせこちとら下っ端さ。それよか、封獣ぬえってのを探してるんだ。心当たりはないか?」
「鵺なら私のことだよ。お嬢ちゃん」

 私を認めたお玉の表情が途端に苦々しいものに変わる。その両足に蛙と鶏を象ったスリッパを履いているのが目に入って、ようやくぽんと手を打った。

「ああ、昨日の負け犬か」
「……。実際負けちまったからには、何も言い返せねぇよ」
「それが貴方の正体? 割と縮んだね」

 自分の容姿に思うところがあるのだろう、少女は軽く舌打ちする。

「こいつは仮の姿だ。俺達にとっちゃ、あっちの方が自然体なんだぜ。どっちみちあの図体じゃ、狭くて廊下も歩けやしねー」
「そっか。違いない」

 続く沈黙を肯定と受け取ったのか、少女はくるりと背を向けた。

「そら、行くぞ」
「待って。誰が私を探してるって?」
「聖白蓮。あんたらんとこのボスだろ。何の用かは聞いてないが」
「私だけ名指しで?」
「他の連中についてまで知ったことか。さ、とっとと付いて来な」
「…………」
「ナズーリン!? しっかりして下さい、ナズーリィィーン!」
「運ぶかい?」
「燃やしとく?」
「えーと、お大事に」

 他に割り込むべき言葉は無い。あの二人は、ボケツッコミとして既に完成されているのだ。私は一度だけ振り返り、そしてずんずんと進んでゆく案内の背に続いた。







 ※







 渡り廊下を戻って回廊を巡り、上品かつ悪趣味な彫像が並ぶエントランスを過ぎる。その後はひたすら昇りだった。奇怪なオブジェに目を惹かれながら踊り場を踏む。飛んで行けば早いとも考えるのだが、ここは先導者に従おう。
 幾度か廊下を過ぎるうちに、改めて御殿のデザインが主人の好みを反映しているのだと思わされる。アリスの始祖が訪れたトランプ城のように、ファンシーとグロテスク、退廃と楽天が同居していた。多彩な色使いは巧みに調和してけばけばしさは無いが、個々の色面の主張は決して控え目ではない。それともこれは、彼女が第三の目に映し出す光景なのだろうか。

 六つ目の階段に差し掛かって、朧げに不安を覚えた。この手の建物で上階に住んでいる人物は、身分の高い者か、そうでなかったら隔離されている身と相場が決まっている。両方に当て嵌まる妖怪を、私は嫌でも忘れられなかった。

「ねぇ、どこまで上るつもりなの?」
「気が短いな。もうちっとで着くから静かにしてろや」

 そうして、私の不安は現実のものとなる。開け放たれた扉の向こう、神経質に整頓された、しかし小物の数々が生活感を演出しているため一見して個人の居室と知れる広めの部屋。中央に据えられた背の低いテーブルを挟むソファの片方に、一生顔を合わせたくないランキング堂々の一位と二位が雁首を揃えている。

「あ、お鵺だー」
「昨晩はよく眠れたかしら? ……ふぅん、良かったわね」
「妖怪違いです」

 と、言い捨てて姉妹に身を翻さなかったのは、向かいのソファに腰掛けた尼公と、緊張気味の小間使いの目があったためである。打って変わって丁寧な態度で、お玉は口を開く。

「さとり様――」
「ええ、どうもありがとう。そうね、お茶のお代わりをいただけるかしら。ん、人数分。……いえ、その薬は入れなくていいわ」
「どんな薬!?」
「かしこまりました」

 少女が退出した扉を睨み付ける。あんにゃろ、知っててわざと黙ってやがったな。

「ぬえ、こちらに座ってはどうですか?」

 にこやか白蓮さんがぽんぽんと隣のクッションを叩く。お前はどうして場に馴染んでるんだ。これは何の罰ゲームだ。

「白蓮さん。彼女は子供扱いされているようで恥ずかしがっているのですよ」
「黙れ」
「あらあら、まあまあ」
「お鵺も私とお茶しましょう。水蜜美味しいわよ?」

 私は耳を疑った。見れば用意されているお茶請けは、雑誌に載っていた葛屋反魂堂銘菓『水蜜』そのものである。

「遠慮しなくていいんですよ。沢山ありますから、水蜜。反魂堂のご主人とは昔から懇意にさせていただいていて。こいしの好物でもありますし」
「私、水蜜好きー」
「ムラサ逃げてー!」
「値段もお手頃ですから、家族で頂くも良し、ちょっとした菓子折りにも良し」
「そうでした。何かしらお土産を用意しておかなければと思っていたところです」
「って白蓮、あんた知らない訳じゃないでしょうに」
「何のことですか?」
「……千年のブランクは大きい?」
「ムラサは慕われていますからね。買って帰れば皆喜ぶことでしょう」
「食べさせられた方も本人も気まずいわ! どんだけ愛情が重いのよ」
「あら、ぬえは甘いものが苦手だったかしら?」
「だからボケてんじゃねーよ。年か。年なのか」
「密教的(エソテリック)ジョークですよ」
「仏、懐が広いにも限度があるだろ」
「『やっぱり水蜜って甘いんだ』、ですって」
「人の思考を抜粋するな。そこだけ聞くといかがわしいじゃないか」
「近頃は変わり水蜜も売り出されているようで。食べ比べてみるのも良いですよ」
「無視するなって」
「私はこの苺水蜜が気に入ったわー。一齧りで口一杯に広がる甘酸っぱさがたまりません」
「こちらの青いのは、何味なのでしょうか」
「確かラムネでしたような。その隣は、判り難いですが桃味です。風味を出すのに最も苦労した自信作だと伺っています。しかし、私はやはり昔ながらのオーソドックスな水蜜が一番ですね。黒蜜を惜しまず掛けて頂くのがお勧めですよ」
「あんたらは水蜜を一体何だと思ってるんだ……」
「嗜好品。貴方こそ、そう想像を逞しくするのはいかがなものかと」
「してない! 人聞きの悪いこと言わないで!」
「でも、ミルク味の水蜜は味見したいでしょう?」
「そりゃ気になるけども!」
「観念しなよ。お鵺だって食べたいのよね? 水蜜。がつがつとむしゃぶりついて、骨の髄まで味わい尽くしたいんでしょ。我慢は体に毒よ?」
「その性格素だろ。こんの変態妖怪!」
「関係無いことですが、ゲシュタルトって焼き菓子の名前ではありませんよ」
「知ってらい!」
「ぬえ、少し落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか!」
「興奮するような話柄でもないのでは?」
「……ぬぬぬ」

 ぬええぇん。

「――で。どういう風の吹き回し? まさか本人の居ないところで名前を弄くり倒すために私を呼んだ訳もないでしょう」
「それも一つの目的ではありますが……」
「目的なの!? ふざけてるんなら帰るよ」

 散々からかわれた私は、腹立ちを隠そうともせず白蓮の隣に腰を下ろした。どうせ心は読まれている。下手に取り繕わないのがせめてもの抵抗だ。
 それでも、さとりは単刀直入に切り出そうとはしなかった。

「『部屋は意外に普通なのね』、ですか。客人を迎え入れる時くらい、見栄えは気にしますよ」

 薄布が重ねられた天蓋付きの寝台。飾棚に置かれた空っぽの鳥籠。ハート形や目玉の意匠で統一された品々はともすれば幼さすら感じさせて、怨霊すら恐怖で縛る大妖怪の面影は見当たらない。寺の抹香とは違った趣のアロマが焚かれ、そこはかとない色気を漂わせている。広く取られた窓からは、昼も夜も無い旧都の街並みが一望できた。

「ご想像の通り、ここは私の寝室です。執務室は別に用意されているのですが――」
「ね、私の部屋も見ていって下さらない? お目に掛けたいものが沢山あるんです」
「あー、昼間っからゲテモノは気分じゃないわ」
「お鵺ったら失礼ね! みんなちゃんとおめかししてあるわよ」
「こいし、それは後のお楽しみに取っておきなさい。ほら、あーん」

 姉が黒文字の先に突き刺した一切れを、こいしはあーんと口を開けて催促する。親鳥に餌をねだる雛のような仕草だ。
 それも仕方の無いことだった。こいしの両腕は包帯でぐるぐる巻きに固定されていて、とても日常の用を足すことができる状態ではない。浅くはない傷を負って間も無く酷使され続けたため、治癒が追い付いていないのだ。あの時私の片手も血まみれになったが、こちらは多少むず痒く感じる程度に回復している。妖魅として、覚は身体の丈夫さが自慢の種族ではない。
 幸せそうに咀嚼している妹の横顔を、さとりは優しげな面持ちで見詰めている。

「懐かしいわね。昔は、よくこうやってペットの世話をしたものです」
「お一人で? あの大所帯じゃ大変ではありませんか?」
「以前はもっと頭数が少なかったの。それに、この子も手伝ってくれていましたし」

 述懐しつつ、古明地の当主は妹の髪に手櫛を通す。

「特にお風呂の時間は大変でした。濡れるのが嫌いな子も居れば、どうしても湯船から離れたがらない子も居て……。ペットの数が増えるにつれて手が回らなくなってしまったので、長じて変化(へんげ)となった子達に世話を任せることにしたのですが――」
「お姉ちゃん、くすぐったいよ」
「……あ、ごめんなさい。今にして思えば、監督不行届が過ぎましたね」

 名残惜しげに離した手の置き場に迷いながら、恐らく白蓮がお風呂という単語から連想したのだろう、さとりは脈絡の無いことを言い出した。

「では、まだ大浴場の方にはいらしてないのですか?」
「大浴場?」
「ここの地下に源泉を引いて、旧地獄の余熱で沸かしてあるものです。釜茹でといっても、こちらは極楽ですよ」
「まあ! 温泉ですか」
「鯨も浸かれる大浴槽が主ですが、ペット達の好みに合わせて様々なお風呂を用意しています。よろしければご案内しますが」
「ええ、是非ともお願いします」

 好きなんだ、温泉。白蓮はお世辞抜きに惹かれている様子で目を輝かせている。さとりもまた、こくこくと頷き返していた。
 それにしてもこの二人、いつの間に打ち解けていたのだろう。といっても馴れ合う風ではなく、お互い適切な距離感を掴んだとでも言うべきか。まともに参加していなかったので、晩餐での両者の様子には詳しくない。

「あと白蓮、その提案は却下だ」
「まだ何にも言っていないのに」
「裸の付き合いなんて、正体不明が形無しもいいとこじゃない」
「私には、貴方の思考は丸裸ですがね」
「わざとらしい物言いをするな。何様なのよ、性悪妖怪」

 言い放つ字面ほどには、場に険悪な雰囲気も無い。覚妖怪もまた、昨晩の圧倒的な威容を潜めていた。
 あれは自分の実力ではないのだと、さとりは謙遜する。

「貴方方は、私の発した光によって映し出された己の影に怯えていたに過ぎません。当方の力添えは微々たるもの。まともにぶつかっていれば、私は何の手も講じることができないまま敗れていたことでしょう。昨晩はその隙を、ペット達が身を呈して作ってくれましたが」
「それだけさとりさんが皆に愛されているということではありませんか。人望も実力の内ですよ」

 純粋な戦闘技術ならば、彼女はあの黒猫やバジリスクに劣るだろう。神威を擁する烏や鬼の四天王とは比べるべくもない。その代わり、この覚は人心の機微を操る才智と流れ込む妄執に押し負けぬ精神力を誇っている。
 捻くれ者の私でも、さとりの貫録を認めない訳にはいかなかった。それは己を律することで他者の上に君臨し続けてきた者と、責任とは無関係のまま放埓に過ごしてきた者との違いか。種の限界を超えて技術を磨いた者と、才能の上に胡坐をかいていた者の違いか。
 とはいえ、頭を低くするつもりは無いし、湯船で肩を並べる気もまるで無い。

「私も、昨日の内にシャワーを貸してもらったから」

 流石に血やら汗やらでべとべとになったまま眠り込むのも嫌で、気力を振り絞って浴室に赴いたのである。魔法で体力を補える尼さんはともかく、あれだけ暴れておいてまだ歌って踊れる元気が残っている連中の気が知れないというか、図太さは見習いたい。
 いやまあ、私が特別疲れていただけなのかもしれないが。正体不明と無意識の根競べなんて、よくよく考えてみれば不毛にも程があった。

「遠慮しないのー。お鵺も一緒に入りましょうよ」
「それじゃ、私も付き合わせてもらうわ」

 この姉は妹の介助を一から十まで引き受けるつもりらしい。姉妹仲が良いんだか悪いんだか。

「何が悲しくてあんたらと背中の流しっこをしなきゃならんのだ」
「そうね。ぬえ、どうせならムラサ達がお買い物から帰って来てから皆でお邪魔させていただきましょうか。構いませんでしょう?」
「ええ、広さだけなら保証しますよ」
「白蓮、私の話聞いてた?」

 ひょっとしてこいつは超人以前に天然なのではなかろうか。しかし、心から楽しみに思っているらしい横顔に水を差すのも躊躇われ、私は口を噤む。
 そんな折、廊下を足音が近付いてきた。扉をノックするよりも早く主に促され、トレイを手にしたバジリスクの少女が入室する。

「お待たせしましたー、と」

 私と白蓮の前には、煮詰めらたように濃い紅茶、姉妹にはこれまた濃厚なミルクティー。ついでとばかりに下された指示に頷くと、言葉少なに部屋を辞する。去り際にこちらに眼(がん)を付けてきたので睨み返してやると、さとりがくすくすと笑みを漏らした。

「……むぅ。そろそろ、本題に入ってくれてもいいんじゃない?」
「そうですね。お察しの通り、この子に関することなのですが」

 温(ぬる)めのお茶に口を付けた私に問われ、少女は妹の頬を指で抓った。

「むにに?」
「ペットになれ、とは言いません。ただ、できることならまたこいしと遊んでやって欲しいのです」
「そんなことだろうとも思ってたけど、どうして私に?」

 ぐいぐいと頬肉を引っ張りながら、姉は続ける。

「貴方には、閉じた瞳の隠密に対する耐性がある。いざとなれば、渡り合うだけの実力も備えているでしょう。また、この子に随分と気に入られていますしね」
「そういう手合いなら地上を探せばいくらでも居るんじゃないの? それに聞いてるよ、専用のペットが居ない訳でもないんでしょう?」
「妹ではなく私があてがった子達ですから、懐いているかと問われればね……。こいしは惚れっぽい性質でして。これまでにも、幾度か一目惚れから騒動を引き起こしたことがありましたが――」
「が?」
「生き延びることができたのは、貴方を含めてほんの一握りで」
「絶交を前提にお付き合いさせていただいて構いませんか?」
「お義姉ちゃんと呼んで下さって結構」
「遺産目当てだけどー」

 承服しかねる私に、隣から尼さんが口を挟んできた。

「良いじゃありませんか、ぬえ。友人が多いに越したことはありませんよ」
「まーたそうやって飛躍する」
「ひゃひ。ほへぇひゃん、いひゃいよぅ」
「あら、ごめんなさいね、こいし」
「もうぅ、何なのよー」

 やっと解放されて真っ赤になったほっぺをさすり、涙目で抗議するこいし。さして悪びれた様子もなく、さとりは自分の頬を撫でた。

「この子も決して無感覚という訳ではありません。元は繊細過ぎたくらいです。痛みは今の妹が他者と共有できる数少ない感覚であり、感情の一種」

 さとりは片方の手を卓上へ仰向けに置く。もう一方の手で黒文字を握り、躊躇無い動作で自分の掌(たなどころ)へ振り下ろした。決して鋭利でない尖端が色白の皮膚を突き破り、見る間に鮮血を溢れさせる。

「お姉ちゃん、何やってるの?」

 こいしが不思議そうに問い掛けた。さとりは他人事のように自傷した手を眺め、淡々と楊枝を引き抜いてハンカチを被せる。卓を挟んだ尼公の声には、痛ましい響きが籠もっていた。

「大事はありませんか?」
「ええ、蚊に刺された程度にしか感じません。この子の声を聞き分けるには、私は痛みに慣れ過ぎてしまった」

 己の心が強いのではなく、感受性が擦り減ってしまっているだけなのだと、地霊殿の当主は言外に匂わせる。

「さとりさん……。ちょっと、お手を拝借」

 素直に差し出された手に重ねた白蓮の手から、温かい光が漏れ出した。説明されずとも感覚的に分かる。いわゆる回復魔法という奴か。

「白蓮って、ちゃんと僧侶っぽいこともできたのね」
「そ、僧侶ですよ?」

 断然武闘家である。普通の坊さんは素手で弾幕を殴り飛ばしたりしない。それともあれか。ほにゃららの極みでも会得してるのか。

「そのうち波紋とかも使い出しそうでハラハラするよ……」
「ああ、波紋なら確か魔界で――」
「皆まで言うな。巻物が逆だぜ、とか指摘されちゃう訳?」
「お姉ちゃん、んー」
「はいはい」

 乞われるがままにミルクティーを飲ませてやり、姉は妹に優しく諭す。

「こいしからも、何かお願いすることがあるんじゃないかしら?」
「んぃ? あ、そっか」

 唇を丁寧に拭ってもらい、こいしはぱふっと両の包帯を合わせた。

「お鵺、貴方の名前は何ていうの? 教えて頂戴な」
「……そういや、名乗った覚えも無いか。私はぬえよ。封獣ぬえ。封じられた獣と書いて封獣」
「封じられた獣性と書いて……。名前がぬえ? 安直ね」
「だーまーれー。って、それを言ったらあんたのお姉ちゃんはどうなる」
「今度会う時までに、銘入りの首輪を用意したげなきゃ」
「どうしよう。話し合えば話し合うほど、先行きに不安しか見えてこないんだけど」

 苦笑いしつつ、さとりは視線を皿の上の口取に落とす。

「何も責任を持てとは言いません。ですが、この子がそちらに遊びに伺った際、せめて出迎えてやって下さい」
「どうせ、首をどっちに振ろうが結果は同じなんでしょうよ……」

 不承不承であることを心の中で念押しして、私は頷いた。どこまで彼女の手の内かは分からないが、さとりはほんの少しだけ妬ましそうな面差しをこちらに向ける。話題の妹は心ここに在らずで窓のガラスを見詰めていた。気が付けば、白蓮も同じ方向を眺めている。その心中はいかばかりか、覚妖怪は不親切にも引用抜きで答えた。

「その通り、この二つの眼(まなこ)と第三の目では眺める景色に違いがあります。遠くその内実は読み取れなくとも、そこに魂魄が存在することは見て取れるのですよ。一つ一つ、灯火のようにね」

 私はその光景を思い描こうとしてみた。無辺の暗闇の中に数えきれないほどの明かりが点々と灯り、明々と、さもなくば細々と瞬いている――。

「眼鏡があれば、もうちょっと遠くまで見渡せるのですが」
「読心の効果範囲って視力の問題なんだ……」

 くすと双眸を閉じてみせ、姉は空いている方の手で妹の頭を撫でようとし、止める。第三の視線は、己の手を握る尼公へ向けられていた。

「この御殿は貴方の目指すような灯台ではなく、監視塔。しかし、実際に旧都を取り仕切っているのは勇儀さんを始めとした鬼達であることに間違いはありません。私が行政に口を出すことは滅多に無い。精々、鬼同士が諍いを起こした時ぐらいでしょうか。彼ら彼女らは粗野で淫奔ですが、少なくとも実直ではありますからね。『話し合い』が成立するかどうかは、貴方次第ですよ」
「……でしょうね」

 白蓮は短く答えた。覚妖怪はそれ以上言及せず、今度は私の連想に付き合う。

「蔵書室を尋ねたのですか? ――その鼠の言い草は買い被りというものです。あれらは全て、野となれ山となれと捨て置かれた資料ですよ。我が身可愛い是非曲直庁の官僚達が、私などに付け入る口実を与える訳がありません」

 そうするとあの封印が不自然に思えるが、少女は補足しようとはしなかった。

「本当に危険な書類なら、是が非でも焼却処分してしまっていたことでしょうし」
「お焚き上げされてしまっては不味いからじゃないでしょうか」

 白蓮が発した冗談に、さとりは大真面目に頷いてみせる。私はその隣、まだ呆けているらしいこいしに声を掛けた。

「こいし、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「えう? なーに?」
「どうして招待状なんて回りくどい手を使ったのか、あんたの口から聞いておきたくて。私の身柄が目的だったんでしょ」
「何でだったっけ……。そう、流石にアウェーで一人じゃ分が悪いかなと思ったのよ。前もそれで負けちゃったし」

 最初から殺る気満々だったのかい。さして関心が無さそうな少女に、重ねて問い質す。

「なら、どうして小傘なんかに渡したのよ。お陰で大迷惑を被ったわ」
「私の眼中にあったのは貴方だけよ。小傘ってのが誰のことだか知らないけど、招待状は玄関の前に突っ立ってたポストっぽい奴に入れておいただけ」
「茄子色ポスト……。じゃあ、どうして鼠なんか誘拐したの」
「えっとね。ああ、庭でこそこそしているのを見掛けたから、後頭部をガツーンと。何と無く気が向いたから」
「何と無くは置くとして。それはナズーリンのことじゃない? 私が聞きたいのは貴方が寺から連れ出した鼠のこと」
「私が知ってるのは、あのハムスターだけ」
「……。それってまさか――」

 眠たげに瞳を瞬(しばた)かせ、こいしはぼそりと呟いた。彼女の弁を信じるならば、少なくとも一名はとんでもない演技派だ。自然、誰と結託していたかは推察されるが……。
 止めておこう。今更疑っても詮無いことだ。どんな計画があったにせよ、事態はこの少女からひっちゃかめっちゃかに掻き回されてしまったことだろうし、誰かが損をしている落着でもない。重要なのは、そのことだ。

「お鵺、あーん」
「……そい」
「んがんー!?」

 もの欲しそうに口を開けられたので、手近な茶菓子を丸ごと突っ込んでみた。瞳を白黒させる妹をよそに、姉はぽつりと言葉を漏らす。

「それもまた、買い被りというものです。私は強者などではない。単に、手段を選んでいないというだけ……」

 呟くさとりの眼差しは、千年前よりちょっぴり賑やかになった旧都の街明かりに向けられていた。

「私が予期していた以上の試練が、この地では待ち受けていました。貴方が想像している以上の責め苦が……。それでも、ここが私の安らげる場所であり、妹が帰ってくるはずの家なのです――」

 こいしは、私が傾けてやっているカップに素直に口を付けていた。古明地の当主と尼公の視線が、一時交わる。

「――この場所を守るためならば、私は、鬼にも仏にもなりましょう」







 ……ちなみに、用意されたお茶請けは全て平らげられた。私はお腹の不調もあって大して食べられなかったが、スタッフにくれてやる水蜜は無い、とだけ言っておこう。







 ※







 身体こそ温まったものの肝は冷えっぱなしな大浴場での騒動を生き延びた私達は(肝心の場面を抜かすなだなんて言わないで欲しい。オトナの事情という奴だ。ローズ風呂や電流風呂はともかく、ウナギ風呂にクラーケン風呂って誰が得するんだ……)、地霊殿の面々に別れを告げ、一路地上へと舵を取っていた。

「元気無いわね。また具合でも悪いの?」
「や、そんなことはないけど」

 一頃忘れていた“もやもや”がまたもやぶり返していた。風を求めて甲板に出ても、洞穴を進んでいる以上閉塞感は大差無く、症状に改善も見られない。例によって顔を突き合わせている一輪達との会話も、我ながらぎこちなかった。

「無理も無いか。あの姉妹に延々と付き合ってたんでしょう」
「噂に聞いてたほど、極悪非道な奴じゃなかったわ」
「そりゃ分かる。――。でなきゃ、姐さんがあんな風に握手して別れやしないでしょうから」
「問題は第三の目云々とかじゃなくって、延々とツッコミに回らなくちゃいけなかったってことよ。私一人にボケ三人ってどういう比率なの……」
「あら、ご愁傷様」

 尼公の天然と古明地姉のひねくれっぷりにも振り回されたのだが、特に手を焼かされたのは妹君である。彼女はまた命蓮寺を訪れる気満々らしい。今から気が重かった。

「にしても、なんでさとりは私達に喧嘩を売ってきたんだろ」
「どういう意味?」
「あるいは私の身体が目当てっていうか、妹の遊び相手にって算段はあったんだろうけどさ。目的がそれだけじゃ割に合わないと思わない?」
「まあ、突発的な布陣であの頭数にしては統制が取れていたとは思ったわ。宴会の手際の良さといい、用意周到に準備されてたって考えるのが妥当か」
「鬼の件についてもそうよ」

 破壊された中庭周辺の修繕を行ったのは、旧都目抜き通りでさとりが勇儀に派遣を依頼した鬼の若い衆と、彼らが連れてきた土建の妖怪である。最初はおっかなびっくりだったものの、料理やお酒を進められて最後には上機嫌で帰っていったらしい。現金というか、単純な連中だ。

「実際に引き金になったのは私とこいしの一件だけど、それが無くたってさとりは総力戦になるよう仕向けていたと思うわ。どの道、そうなれば私がこいしの相手を引き受けなくっちゃならなかったでしょうから」

 元はといえばこいしがナズーリンを拉致したのが発端なのだが、古明地の当主が妹の動きを当てにしていたはずもない。古明地こいしは、唯一第三の目の読心能力が及ばない相手なのだから。こいしの招待状が唆されたもので、もし子ネズミの誘拐劇が不発に終わっていたとしても、次はお燐辺りがアプローチを掛けてきただろう。

「で、どうしてそんなことをする必要があったのかしら? 殊更隠してる様子も無いのよね」
「それが分かんないから聞いてるんじゃん。察しろ馬鹿」
「……そうね、心当たりならあるけど」
「本当?」

 考え考え、顎に手を添えた僧衣の少女は語る。

「第一に、地上とのパイプ作りでしょう。長期的に付き合いのある組織が守矢神社だけだと心許無い。博麗神社にもペット達を通わせているらしいけど、あそこはまともに交渉できるとこじゃないからね。即物的な利害計算ですら気紛れだから扱い辛いの」
「ちょっと待って。どうしてそこで守矢神社が出てくるの?」
「だって、地獄鴉に八咫烏の力を与えたのはあそこの二柱よ。山の妖怪達と共謀して、地下核実験施設を作ろうって計画も進んでるらしいわ。技術屋の連中は、もう頭が上がらないわね」
「んな話聞いたことも無かった……。どこでそんな情報を?」
「里の花屋の子に訊いたのよ。毎度の法事で付き合いがあるから、花の代金を弾んでおいたの」

 お山の機密にも通じってるってどんな敏腕花屋だよ。お強を握らされた時の笑顔が思い出されて、私は背筋が寒くなった。そういえば、名乗ってもいないのにぬえちゃんとか呼ばれたっけ……。人間はやはり、空恐ろしい。

「窓口が一つしか持てないなら、そこに社交の生殺与奪権を握られたも同じ。話の通じる組織をせめて二つ確保したいのは当然でしょう。そこで地上の新興勢力である命蓮寺に目を付けたって訳。この線は固いわね」
「その初手で殴り合いを選択するのがらしいといえばらしいというか。まあ、効果的だったけど」
「もう一つ、示威行為も視野に入れていて然るべきでしょう」

 今に推察したのでもないのだろう、一輪は澱み無く続けた。昔気質の親父は話に付いていけないのか、進行方向の暗闇を辛抱強く睨んでいる。

「古明地の姓、そして地霊殿の権威は、旧都の妖怪達の恐怖に依って立っている。でも、どんな感情も時が経つにつれて摩耗するものよ」
「だからあれだけ派手にお披露目して、観客に見せ付けたってことか」

 古明地の雄(ゆう)尚衰えずここに在り。思い返せば終盤は、戦闘空域が御殿の敷地上空に収まっていなかった(特に大将戦、お前らは戦闘機か)。それでなくとも第二の太陽のインパクトは絶大だったろう。よくも星達はあんなのへ挑む気になったものだ。

「これはともすれば危険視が過ぎる諸刃の剣だけどね。特に霊烏路空は、地底のパワーバランスを崩しかねない未評価の要素だった。鎮火できて本当に良かったわ」
「ああ、私達の実力が未知数ってところがミソなんだ。強過ぎても底が知れてもいけないから。気を遣ってるねぇ」
「だからといって、手を抜かせたつもりはないけど」
「さとりには良いストレス発散になったんじゃない?」

 彼女の全力を受け止められる相手は、地底じゃ精々鬼の四天王程度だろう。それにしたって互いに相性が悪い。ほうぼうに道場破りを申し込んで回れる立場でもなし。

「管理職って大変なんだ」
「勿論、妹さんのことも大きいと思うけどね。姐さんにしても見解の相違はあっただろうけど……、私達があんたのために戦ったって言っても、丸っきり嘘じゃあないし」
「……そう。私には、分かんないわ」

 やはり調子が悪いのか、憎まれ口の代わりに、弱気な言葉が零れた。

「――。何が?」
「どうしてさとりが、こいしのことをあんなに大事にするのか。別に得があると決まった訳じゃないでしょうに。労力に対価が見合ってない気がする。それとも、姉妹って無条件に大切じゃなきゃいけないの?」

 姉でも妹でもない私には、見極められないのだ。血統の絆の、その正体が。

「あんたと雲山みたいなのなら、私にも理解できるよ。互いが互いにとって無くてはならない存在で、一緒に居て利益がある」
「互恵関係か。んー、否定はしないけど」
「でも、こいしが姉のためにしたことってあるの? 散々迷惑を掛けておいて、きっと色んなものを犠牲にさせて、それでもあいつの一番大事なことは『お姉ちゃん』じゃないのよ。不公平だと思わない?」
「全ての人間が合理的な損得勘定で動いている訳じゃないわ。妖怪もね」

 私は、ずっと空から人間達を眺めてきた。彼らは得てして身勝手で理不尽で、しかも割の合わないモノのために命すら平気で投げ出す。そんな時当人や周りの連中は決まって愛だの恋だの得体の知れない感情を持ち出すのだ。兄弟愛、親子愛、師弟愛、隣人愛、主への敬愛に、友人に対する親愛。――神様仏様の慈愛。掛け替えの無い恋人に、恋々とさせられる地位、宝物。係累を持たない私には理解できない。昔は、そもそもの疑念すら湧かなかった。もたらされる恐怖という糧と、自分の正体を隠すことしか頭に無かった。

「一輪はムラサと友達なんでしょう。ムラサが困ったことになったら、助けに行く?」
「まあ、そうするでしょうね」
「まるで見返りが無くっても? しかも、彼女には嫌われちゃうことになったとしても?」
「問われてみれば、当然かな」

 誇るでもなく入道使いは呟く。私には、その当然が分からない。何を置いても危機に駆け付けなければならない相手が思い至らない。多分それは貧しいことなのだと、最近になって考える。
 “もやもや”が急にお腹の中で膨れ上がって、呼吸が苦しくなった。押し黙ってしまった私の隣で、一輪が全く関係無いようにも思える話題を持ち出す。

「ねぇ、どうして食事が美味しく感じられるんだと思う? 平たく言えば、どうして動物が食べることに快楽を見出すのか」
「…………」
「何故なら、基本的に食事中は危険に対して無防備になってしまうからなのよ。刹那的な生存本能はそれを拒もうとするけれど、長期的に見れば、生き延びるために絶対必要なこと。だから快楽というご褒美を与えて本能を懐柔しようとする。睡眠や生殖行動も同じこと。気持良くなかったら、誰も好き好んでそんな間抜けなことはしない。たとえ、それが自分にとって種にとって必要なことだと頭で理解していても」
「…………」
「人間は犬や猫に比べて複雑に発達した生活を営むけど、そんな原理は変わってないんじゃないかしら。親兄弟や子供、異性や主人を慈しむことなんて、本当は割に合わない、やってられない苦行なのかもしれないけど、社会にとっては必要な互恵性だから、精神的にご褒美が与えられる。そいつが、愛だの恋だのって名付けられた。ある意味で、人間の本能とも呼べるのでしょうね」
「……それ、自論?」
「いいえ、他人の受け売りよ。どこで聞いたんだっけか。全面的に同意はできないけど、一つの参考はになったわ」
「ふぅん」
「何よ、その目は」

 訝しげな目付きを返されて、私はしばし口ごもる。黙って聞いていたのは、既に似たような話をその道の専門家が解説していたからだ。大浴場、浪漫に走るオス達を指一本で下水に流しながら。彼女の目に掛かれば、人間の心理など積み木細工も同然だ。
 ちなみに一輪といえば、瞳を輝かせて走り出そうとするムラサの首根っこを掴んで離さなかった。よっぽど風呂場で苦い経験を重ねてきたに違いない。
 雲山は流された。

「……えーっと、あんまり仏教徒らしくない弁舌だなと思って。生々しいというか直截的というか。あんた、見掛けは一番『らしい』のに」
「私や雲山は、言ってしまえば俗物だからね。雲煙過眼、姐さんや星のようには振る舞えないわ。だからこそこんな恰好をしている。村紗だって、自分が念縛霊だと忘れないためにあんな服装なんじゃないかしら。半分は趣味だろうけど」

 奇妙な物言いに、しかし自嘲の影は窺えなかった。

「それに、秘密仏教はどちらかといえば実践的な教義なのよ。死後の極楽浄土を望むのではなく、この現世を仏国土へと見做す。故に生きとし生ける者は生きながらにして仏たり得るのだ。余れる者一つ無く相支え合う理想郷、それすなわち密厳海会なり。あんたにも分かるよう簡単に言えば、力を合わせて皆が生きる世界を少しでも良くしていきましょうってこと」
「当たり前のことを言っているように聞こえる」
「当たり前のことを当然のようにできる人が貴重ってだけ。……だから何、その目は」
「一輪ってさ、見た目も性格も考え方も地味で面白味が無くて没個性だけど」
「喧嘩売ってんのか」
「そういう奴も、組織ってのには一人くらい必要なんだろうね」

 そして、私のような奴は必要なのだろうか。
 一輪が、何故かこれ見よがしに溜息を吐いた。

「はぁ、可愛くない奴」
「可愛くあって欲しかった?」
「それはそれで気色悪いから、結構よ」

 面白がっているように微笑して、瞳を閉じる一輪。

「――。ああ、確かにそろそろだわ」

 瞼の裏へ、思い出したように地図を浮かび上がらせてみる。橋姫が守る地底湖は、すぐそこまで迫っていた。







「あらぁ、帰りにもここに寄って行く連中なんてあんたらが初めてよ。私の期待が見事に裏切られたことを知らしめに来たんでしょう。それとも仲良いとこ見せ付けて、地団駄踏ませるのが往路だけじゃ物足りなかったのかしら? ああ嫌らしい嫌らしい。本当、あんた達みたいに嫌らしい連中は前代未聞だわ!」
「あ、あははは……。一応、お世話になったからね……」

 水橋パルスィの弁舌は行きにも増して絶好調だった。しかし応対に出たムラサの歯切れが悪いのは、橋姫の態度ばかりが原因ではないだろう。

「まあまあ、そうお客さんを邪険にするもんじゃないよ」
「他人が邪険にされてるのは分かって、自分がどう扱われているかには鈍いのね! 図々しいったらありゃしない!」
「まあ、姫さんが捻くれてンのは今に始まったことじゃないしさ」
「私だって知ってるわよ。自分を正当化することと、他人の気持を都合良く曲解することにかけて、あんたの右に出る者は居ないってね! ああもう、忌々しい忌々しいぃ! 死ね! 滑って転んで頭打って死ね!」

 翡翠の双眸が険悪に睨め付ける先、橋桁にどっかりと座り込んで朱盃を傾けるのは、誰あろう山が四天王の一角、星熊勇儀である。欄干に腰掛けたパルスィも赤ら顔で、酒杯を持っていない方の手で何度も何度も勇儀を指差しては呪いの言葉を吐いていた。輝く湖面は大荒れで、空洞の岸壁といい飛刹の船底といい波模様の陰影で彩られている。

「馬に蹴られて死ね! 犬に食われて死んでしまえ! どうっ、どうしっ、どうして私の目の前から消えてくれないのよう。うええぇぇぇぇん!」

 ついには勢い余ってべそをかきはじめた。それを見てかかかと笑う鬼へ、船幽霊が恐る恐る質問する。

「えっと……、どうして勇儀さんがこちらに?」
「あん? なんでだっけなぁ。そうそう、ここで待ってりゃお宅の尼さんに会えるかなぁと思ってね」
「ひっく、ほら見なさい! みんなあいつの本性をじっと見なさい! 私と飲みに来たなんて嘘っぱちだったのよ」
「あいや、それもそれで目的なんだけど」
「じゃあ、どうして昨日は誰も私を誘ってくれなかったの?」
「そりゃあ姫さん、あんた騒がしいのは苦手じゃないか」
「その通りよ! どっちを向いても私より楽しそうな連中が笑ってるの、想像しただけで妬ましくて気が狂いそうだわ! 狡い狡いわ狡いわよ! 一人で居たら陰口を叩かれて、行ったら行ったで笑い物にされるなんて、私にどうしろっていうのぉ!? どうしようもないわッ! 全人類のばかぁ! 全員嫉妬をこじらせてしっとりにしてやる!」
「はっはっは、騒々しさなら負けてないと思うんだがなぁ」

 ハンケチをぎりぎりと噛み締め、悔し涙を流すパルスィ。鷹揚に恨み節を受け流しながら盃を呷る勇儀。一人で盛り上がる酔いどれの相手を諦め、ムラサはもう一人の酔いどれに向き直った。

「申し上げにくいのですが、聖は現在船内で休養中でして」
「ほお、そいつは残念だ……。まあ仕方無いか。昨晩はあれだけ楽しそうにしてたもんな。相手が地霊殿の大将じゃなきゃ私も混ぜてもらってたんだが」
「いえいえ、温泉ではしゃぎ過ぎてしまいまして、MP切れなのです」

 温泉好きにも限度ってものがあるだろう。古明地スパリゾートを全力で満喫した白蓮は気力体力を消費し尽くしてしまい、現在満足に魔法を使えない状態にある。念のため自室で安静にしているのだが――、MPってなんぞや?

「その『えむぴー』っていうのは何事なんだ?」
「えー、何かの頭文字だったと思うんですけど……。そう、うんたらパワーでしたっけ。確か……、マッシヴ? いやマッスルのMだっけ? ここまで出掛かってるのにな――」
「もしかして、マッチョパワーのことかい?」
「そうそれ! マッチョパワーでした!」
「MP(マッチョパワー)が切れちゃったんなら仕様が無いな」
「マジックポイントじゃないんだー!?」

 遠巻きに事の成り行きを見守っていた私は、思わず叫んでしまっていた。ツッコミが板に付いてきた自分がつくづく嫌になる。自己嫌悪に陥ってみる隣で、冷静に解説する一輪。

「大丈夫よ。MP(マッチョパワー)は技を使う度に減ってゆくけど、一晩寝れば最大値まで回復するものだから」
「聞いてないしルビ止めろ。なんだ、魔界プリーステスは筋力を資本に魔法を使うってか。そしてお前らも同類だろうが」
「わ、私が消費するのはHPだかんねー」

 船幽霊が弁解するものの、戦闘スタイル的に説得力は皆無であった。

「どうせヒジリポイントとか言うんでしょ」
「よく分かったわね」
「分かりたくもなかったわい……」

 嘆く私を他所に、一輪が話を進めようと試みる。

「勇儀さん、姐さんは別に床に伏している訳ではありませんから――」
「あー、いいよいいよ。どうせやるならお互い万全の状態じゃなきゃね。尼さんには続きを楽しみにしてるってだけ伝えといてくれ」
「続きって、また喧嘩するつもりだったんだ」
「あれでお開きってのも寂しいだろう? 祭りの余熱が残っててなぁ。その気があればお前達、まとめて相手をしてあげようか。好きなだけ胸を貸してあげるよ」
「いや、結構です結構です」

 ムラサはぶんぶんと首を振って辞退した。からからと大笑する鬼へ、眦(まなじり)を吊り上げた橋姫が噛み付く。

「ちょっとふざけないでよ。また私の橋をぶち壊しにするつもり!?」
「気にしなさんな。ちゃんと直すからさ」
「正しくは再建でしょうが! 壊すことを前提に口を開くな!」
「それじゃ、私達はこれで――」

 そそくさと撤退に入った船幽霊。パルスィの文句をどこ吹く風と、勇儀が快活に声を掛けた。

「おう! 近い内にまた会おうな」
「近い内……?」
「分かるのよ。目は口ほどに物を言うって聞くが、拳だって同じくらい雄弁だ。お宅の尼さんは、世に言う聖人に期待されるほど清廉潔白な奴じゃないし、その癖覚悟も足りてない。あれじゃ到底、私に勝てやしないね。……しかし」

 初めて含むところのある面差しで、力の勇儀は微笑する。

「地霊殿の大将と交わした拳なら、きっと一皮剥けてるんだろう。なんだかんだ言って、あいつはエキスパートなんだよなぁ」







 船長が操舵室に引っ込み、飛刹はゆっくりと地底湖に架かる橋を離れていった。私は鬼や橋姫と共に、遠ざかってゆく船尾を見送る。
 後で追い付くと伝えた船幽霊は心配そうな表情だったが、結局何も訊かれなかった。二人の誘いに応じたのは、少しの間彼女達と距離を置くためである。それに、多少なりとも興味はあった。

「御所の怪鳥(けちょう)か……。話には聞いていたが、こうして話すのは初めてだな。何世紀とお隣で暮らしてたってのに、不思議なもんだ」
「私にも事情ってもんがあるよ、大江山の。あんたにしてもそうだろうに」

 違いないなと呟いて、ぐびぐびと朱盃を呷る胡坐の勇儀。奇妙なことに、どれだけ飲んでも酒の水面が減っているようには見えなかったが、鬼の持ち物は得てしてそんなもんだ。

「ん?」
「や、遠慮しとくよ。飲み食いしたい気分じゃない」

 差し出された盃は、手を振って断った。橋姫は激情に飽きたようで、欄干の上で黙したまま両足をぶらぶらさせている。ちびりちびりと酒を橋桁に零す様を勇儀が見咎めないのは、それが彼女なりの呑み方なのだと心得ているからだろう。湖面の投げ掛ける光の綾が、鬼女の背中に波模様を揺らめかせていた。鬼の横顔にも、また私の器官にも。

「今日のところは、昔の話はよしとくか。愚痴っぽくなって仕方が無いや」
「どうせこの面子じゃ、槍玉に挙がるのは決まってるだろうしなぁ」

 三人に関連する仇敵の一字を思い浮かべたのか、星熊の鬼は苦笑いを象った。馬鹿騒ぎの席なら酒の肴になろうが、この場では笑い話にもなりはしない。

「それで? 何か私に訊きたいことがあって残ったんだろう?」
「訊きたいことってほどじゃないけどさ。あんた、さとりのこと苦手なんでしょ」
「また直球だ」

 今度こそ、本当に苦々しい苦笑を浮かべる勇儀。

「大将のことは嫌いじゃないよ。他の連中みたく、疎ましいとも恐ろしいとも思わない。でもやっぱり、苦手だわ」
「その心は?」
「んー、大将とはたまぁーに呑みたくなるんだ。旧都で私にお追従しやがらない奴は数えるほどしか居ないからさ。お忍びで、知る人ぞ知るって店にね。そこであいつ、何を注文すると思う? ホットミルクだホットミルク! 居酒屋なんだから酒を頼めよと!」
「ああ、容易に想像できる……」
「――そう、付き合いが無い訳じゃないんだ。でもね、どうも大将と喧嘩しようって気にはならない」

 言葉を探す間を埋めるかのように、鬼は盃をもう一方の手に持ち替える。

「何故かっていうと、大将はどんなに強い奴と戦ってるときでも、ちっとも楽しそうじゃないからだ。自分の持てる力を全て出しきって、それでやっと勝てるかどうかって相手が居る。これ以上に面白いことって無いじゃないか。かといってあいつは必死になるでもない。五分の闘いをしてるはずなのに、傍から見れば一方的な粛清だった」

 粛清か。彼女が遠慮を知らなかったなら、今頃私達は地霊殿のオブジェの仲間入りを果たしていたことだろう。

「この土地が閻魔から下げ渡されてすぐの頃かな。あっちこっちでごたごたが起きてててね。地霊殿なんざ生意気な新参者に突っ掛かる連中も後を絶たなかったが、全員蝉の抜け殻か、さもなくば気違い同然になって帰ってきたよ」

 その当時の記憶が、現在も御殿の周囲に深い森を茂らせているのだろう。自分は関与こそしていないものの、噂が強風に煽られた火の手のように旧都を駆け巡っていたのはぼんやりと覚えている。

「私が直接手合わせする機会は無かったし、今だって立場上、勝ち負けをはっきりさせる訳にもいかない。返す返すも惜しい奴だ」
「……でも、さとりも楽しそうだったけど」

 私の呟きに、勇儀は目を見開いた。

「大将が? そりゃ、昨晩の話かい?」
「うん。楽しそうってのは違うかもしれないけど、あれはあれで活き活きしてたわ。妹の談によれば」
「そうかい――。私も、いよいよ見る目が曇ってたかね」

 こちらの視線を確かめて、それで事足りたようだった。軽く揺らした酒面を、考え深げに覗き込む。

「大将も昔の大将じゃないか……。地上が変わって、地底もそりゃ変わっちまうわな。どうしても変わりたくなくって、私達は――」
「弱音を吐くなんてらしくないわね、勇儀」

 私達の方に顔を向けようともせず、これまで黙り込んでいた橋姫が言い放った。

「弱音、そう聞こえたが」
「結局昔の話になってるじゃないの。それに勝ち負けをはっきりさせる訳にはいかないなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ。要はびびってるだけでしょ」
「……この私が臆してるって? そいつは聞き捨てならないな」
「はぁ、あほらしい」
「何がだ」

 低い声。喧嘩腰になりかけた勇儀を、パルスィはつっけんどんに突き離す。

「これだから鬼は嫌なんだ。喧嘩の強さでしか他人を計れないから、自分が自分に勝つところを想像できない。勝手にハンデなんて下らないこと言って、負けた時の言い訳に余念が無い。全く浅ましいったら」
「酒、酒の強さも重要だぞ」
「はっ」

 小馬鹿にした笑みを橋の向こうに投げ、橋姫は酒杯の中身を一息に飲み干した。

「よくも偉そうな口を利けたものだわ。『あれじゃ到底、私に勝てやしないね』、だって。はん! 笑いを堪えるのが大変だったわ。あの尼が何を背負って戦ってるのか、考えようともしないんだから。比べてあんたが抱えてんのは、高々一杯ぽっちの酒と、ちっぽけな意地くらいのものでしょう。土台、どっちも救い難い空(うつ)け者でしょうがね!」
「……。参ったな。まさか姫さんに慰められるとは」
「誰が慰めてなんか……!」

 眉間に皺を寄せてこちらを睨んできたパルスィは、忌々しそうに唇を噛み、後方に重心を傾けた。星の引力に逆らわず、背中から湖面へと落下してゆく。空洞に、軽い水音が反響した。

「認めたくはないが、あいつの言にも一理あるのかもな。地上が変わるなら、私達も変わるべきだと。たとえ妥協はしないにしても」
「あいつって?」
「昔馴染みの酒呑み仲間だよ。今は地上で酔っ払ってるらしいから、あんたも会う機会があるだろう」
「うわぁ、関わりたくない」
「そうかい? 気の良い奴なのに」
「あんたがそう請け負うからだよ」
「……くく。で、どうだい。お前さんは地上で変われそうなのかい?」

 喉の奥でくつくつと笑う勇儀が、不意にこちらをまっすぐ見詰めてきた。続く言葉に他意も裏も見出せなかったからこそ、私は受け流せず答えに詰まる。お腹にどろりとしたものが溜まってしまう。

「私は……ひゃぁっ!?」

 冷たい感触がふくらはぎに触れて、思わず変な声を出していた。欄干の隙間から伸びる青白い手が、片足を掴んで濡れている。腕の持ち主も全身ずぶ濡れで、水も滴る金髪の合間に翠の双眸が光っていた。

「そのまま、少しの間動かないで」

 心の隙を衝かれ、初歩的な呪術に両足を縛られる。上半身を橋桁に乗り出した姿勢から軽業師の身軽さで飛び上がったパルスィは私の目の前に着地し、足元に水溜りができるよりも早く構わず全身を捻った。鋭く放たれた拳は、硬直して無防備な私の腹部へ叩き込まれる。
 最近流行ってるのか、護身術。

 ごふっ、だの、かはっ、だの、声にならない呻きが喉(のど)から押し出される。狙い澄ました右ストレートは、的確に私の勘所を捉えていた。丁度例の“もやもや”が膨らんでいた時だから一溜まりも無い。堪える間も無く胃の腑からブツが逆流し、苦み以前の不快感が咥内を満たす。濡れ雑巾を絞るかの如く吐瀉物は溢れ、頭の天辺が白熱した。
 実際に吐き出された量は大したことも無かったが、行為を終えた私は全力疾走した直後のように息を荒げ、欄干に掴まらなくては立っていられない状態だった。身体を折って呼吸を整え、ようやく顔を上げた私の恨めしげな眼差しを受けて、橋姫の緑眼が愉悦に輝く。

「……っ、はぁっ、な、は……ぁっ、なに、してくれんのよ……」
「意外と初心(うぶ)なのねぇ。もっと経験が豊富なのかと思ってたわ。それがどんなモノでも、溜め込み過ぎは体に毒よ。特に自分で消化できないモノは。適度に吐き出すことを覚えなきゃ。私みたいになってからじゃあ、遅いの」

 気が付けば、先程の息苦しさは嘘のように消えていた。一輪の言葉が脳裏に再生される。専門分野は知らないが、彼女は確かにプロだ。そういえば最後に食べたのは水蜜だなと思い出して、ますます曰く言い難い気分になる。
 けほけほと咳き込む私を見下して、腕組みするパルスィは溜息を吐いた。

「あんたは、まだまだこれからなのね。全く以って――」
「――妬ましいわ、かい?」

 胡坐のまま飛沫が掛からない距離まで移動していた勇儀が、茶化すように割り込む。そちらに面を振り向けた波斯(ペルシャ)の少女は、しかし華のように微笑んでみせた。

「あら、私だってたまには、羨ましいなって思うのよ」

 鮮やかな不意打ちに、さしもの豪傑も気を呑まれてしまった様子。成果に意地悪く喉を鳴らし、橋姫は私へ手を差し出した。







 ※







 歴史に匂いがあるとすれば、丁度このような感じだろうか。実際、その内訳は使い込まれた木材や畳、大量の紙束や墨汁に由来するのだろうが、それらが渾然一体となって一種の風合にまで昇華されている。これもまた、部屋が主の気風を表している例だろう。

「すみません、散らかりっぱなしで」
「いいえ、私共こそ突然お邪魔してしまいまして。こちら、旧都のお土産です」

 居間も決して狭くはなかったものの、戸棚一杯の資料や散乱した紙屑のせいで、三人が卓袱台を囲んで丁度良い程度になってしまっている。一人は家人である上白沢慧音。夜中に突然の客を迎えたにもかかわらず、物腰には嫌味の素振りも見られない。一人は客人である聖白蓮。こちらにも気後れの色は無く、長年来の友人であるかのように振る舞っていた。そして一人だけ所在無さげに突っ立っているのが、封獣ぬえ、つまり私だ。

「こちらは……、歴史書の編纂をなさっていたのですか?」
「寺子屋の教材を準備していたんです。凝り始めると止まらないものなんですよ」
「そういえば、星も一日中説法の草案で悩んでいることがありました」
「難産だった題材に限って、生徒に受けなかったりもするんですよね――」

 この面談を急ぎたい尼公の希望で聖輦船が上白沢宅の上空を通過する際、お供の人選に時間は掛からなかった。ムラサや一輪達は船の運航に欠かせない存在であり、本来なら選ばれるべき毘沙門天の弟子は自室でナズーリンと重要な話し合いの最中ということで、誰の目にも明らかに暇を持て余していた自分へ白羽の矢が立ったのである。
 これには白蓮本人の意向もあったらしい。名目はまだ本調子でない彼女の補佐だったが、私はその真意を量りかねていた。

「ぬえさんもどうぞ、こちらにお掛け下さい」
「どうして私の名前を知ってるのよ」

 警戒を露わにする私へ、歴史家は困ったような表情を向けた。

「前にも言った通り、簡単に身元を調査させてもらったので」
「疑ってる訳じゃないけどさ、それをどうやったのかってことが気になるの。まさか興信所を頼った訳でもあるまいに」
「そんなことはしませんよ。私は、白沢を身に宿す半獣なのです。半獣といっても二つの大枠に分類されまして――」
「私はあんたみたいな人種をよぅく知ってるわ。だからお願い。必要な情報に絞って簡潔に教えてくれる?」

 講義の機会を失って慧音は少し不服そうだったが、格式ばった帽子に手を遣りながら概要をまとめてくれた。それでも余計だった部分を端折ると、こうなる。

「つまり、あんたは満月の晩だけ白沢の力を十全に引き出せて、幻想郷の歴史を自在にするってことね。これだけ語るのにどうして半紙が五枚も要るのよ」
「一時的にしろ全知だなんて、大変ではありませんか?」
「私が紐解ける情報は歴史的事実に限られます。言うなら、公文書に残されるような客観的な事柄ですね。逆に、個人が日記に書くような私的・主観的な物事は、よほど幻想郷にとって重要なものでなければ改変はおろか閲覧することすらも叶いません。歴史は記録であって記憶でない。例えば稗田家の史書は『幻想郷の記憶』という儀礼的な体裁を挟む以上、白沢の力を以ってしても干渉できないですし――」

 どうやら教師云々以前に口と頭を動かすことが好きなのだろう少女は、ぴんと指を立てて説明を続ける。

「先の満月の晩に拝見したのは、精々履歴書といった程度でしょうか。個人の事情にはできる限り立ち入らないように気を付けていますが、無遠慮だったことは否定しません」
「皆が気を悪くしないだろうと言えば嘘になりますけれど、私が貴方の立場だったら、同じことをしていたでしょう」
「あんた、私達が幻想郷に来る前のことも調べられるの?」
「今の貴方という索引の起点があれば。誰しも、過去の積み重ねで現在の自分が成っていることには違いが無い」

 座布団に正座した私の方を向き、質問に答える女教師。

「今の私の能力として、過去の出来事を食べることで『無かったこと』にすることができますが、それはあくまでも認識を誤魔化しているのであって、実際に抹消してしまえる訳ではない。当人にとって良い思い出だろうが悪い思い出だろうが、それらが等しく今の自分を形成している以上、過去を無闇に否定する習慣は、現在を拒絶することと何ら変わりは無いのでしょう」

 歴史家が言葉を切り、冗談の類を許さない沈黙が部屋を過った。

「いずれ、とは申しましたが、こんなに早くいらして下さるとは思っていませんでした」
「私も、座して待っているばかりではいられないと気付きましたから」
「――おーい、邪魔するよー」

 間の悪いことに、緊張感の無い声が玄関から聞こえてきた。慧音が腰を浮かすよりも早く白髪の少女が居間に顔を出し、聞いてないぞ、という顔で私達を睨む。

「あら、妹紅さん。お邪魔しております」
「お邪魔してって、私も客なんだがね」
「どうしたんだ? こっちまで来るのは珍しいな」
「んー、急用って訳でもないんだ。茶でも淹れて来るから、どうぞ勝手に話を進めといてくれ」

 気まり悪げに頭を掻いた少女は、私達の間をすり抜けて奥の戸に消えた。間も無く食器を扱う音が聞こえてきたから、すぐ隣が台所になっているのだろう。外から見れば小さくない家だったが、典籍が場所を取っているのか、間取りに余裕は無いらしい。
 嘆息一つの間を挟み、歴史家は真剣な面差しで問う。

「一昨日の席の、答えを頂けるものかとお見受けしましたが」
「答え――というほどのものでもありません。単なる決意表明と受け取っていただければ。慧音さんには、どうしても今日の内に伝えておきたかったのです」

 そう断りつつ、白蓮はちらりと私の方を窺った。釣られて慧音もこちらを見る。どちらかの味方になるでもなし、仏頂面で黙っている自分。

「ぬえも聞くだけ聞いておいて下さい。私は、人間と妖怪が平等に暮らす世界を諦めるつもりはございません。生きとし生ける者が相荘厳する密厳の世に、どうして種族の垣根が必要でしょうか」

 繰り返されるそれは、一貫した尼公の主張だった。相も変わらぬ文言に、しかし半獣が待っているのはその正当性ないし根拠だろう。

「里の皆さんや慧音さんの論を軽んじる訳ではありませんよ。むしろ、貴方方のお言葉が無ければ、私は地の底で多少なりとも妥協してしまっていたやもしれません。ために、皆を犠牲にしていたかも」
「その心は……」

 歴史家は、問うでもなく呟いた。台所からは、いつの間にか湯を注ぐ音が途切れている。

「第一に、私共の主張と貴方方の主張は、互いに敬意を以って並び立つことができると考えるのです。人と妖が、ここ幻想郷で共存しているように。たとえ対立することはあっても、互いを否定するものではないと」
「尤もな言い分です。私だけなら頷けますよ。ですが、それで里の者達が納得するでしょうか?」
「確かに、難しいのかもしれませんね。しかし私は確信していますよ。少なくとも慧音さんは、私に賛同してくれるはずだと。そうして、里の皆さんを説得する側に回ってくれると」
「どういう意味……?」

 今度こそ疑問符を浮かべた相手へ、尼さんは悪戯っぽく笑い掛ける。

「元はといえば慧音さんが仰ったのではないですか。人と妖は、対立することそのものに意義があると」
「――、そうか」

 はっとした表情を経て、慧音は呆れ顔で帽子を脱ぐ。白蓮の作戦勝ちを認めたのだ。

 両者の主張を人と妖の対立へと準(なぞら)えた尼公の言に、歴史家は頷いた。その例えを歴史家自身の主張に応用すると、次のようになる。

 白蓮の、人間と妖怪が平等であるべきだという主張と、それを否とする里人達の主張。その対立は互いを切磋琢磨させ、双方に成長をもたらすはずなのだと。それは、幻想郷全体にとって欠けてはならない成長点なのだと。

 乱暴なこじ付けではあるが、己の意を汲んだ論である以上、お人好しの慧音が無理矢理に否定するとは考えにくい。

「私は一昨日、過去の再演を恐れてその場から逃げ出しました。しかし真に恐れるべきは、互いに理解し合おうともせず耳を塞ぎ、諦念に身を任せてしまうことだったのではないかと、今日の私は考えます。相手の不信と無理解に怯まず、己の想いを形にする努力を怠らなければ、いつかきっと手に手を取り合える日が来るはずなのです。どうか慧音さんのお力をお貸し下さい。再び私達が語り合う席を設けられるよう、あの方々を説得していただきたいのです」

 しばらく口を開かずにいた半獣は、出し抜けに肩の力を抜いた。

「私が根回しするまでもないと思いますよ。詫びを入れる良い機会はないものかと、あいつらから打診されていたところでしたから」
「まあ……、それでは」
「屁理屈だね、全く」

 白蓮がほっとしかけたところで、ぶっきらぼうな声が割り込む。茶を注ぎ終えた妹紅が台所から戻ってきたのだ。質素に塗られたお盆には、不揃いの湯呑みが四客用意されている。各々に配りながら、自分も慧音の隣に腰を下ろした。

「私は嫌いじゃないが。この千年、屁理屈で通してきたようなもんだしな。どこに行ってきたのか知らないけど、少し顔付きが変わったんじゃないか」
「……。へ? あ、こっち」

 てっきり白蓮に話し掛けたものと思い込んでいた私は、間を持たそうと口を付けたお茶の苦みに噎(む)せ返る。

「あにこれぇ、苦っ」
「特製の煎じ茶だよ。三口で万病が退散するって代物なんだが、お子様の舌には合わなかったかしら。して、どこまで遊山に出掛けたのかな」
「ちょっくら地底までどつき合いにね。あんたにも居心地が良いとこだと思うよ」

 軽口を叩く私の隣で、嬉々として煎じ茶を啜る尼公。さてはただの健康マニアか。

「このお茶、後で淹れ方を教えていただけないでしょうか」
「え? 別に構わないけど……」
「それより妹紅、彼女達に言っておくことがあるんじゃないか」
「んん?」
「一昨日のことだ」
「そうよそうよ。謝罪と賠償を請求するわ」

 どこかで耳にしたようなやり取りだが、こちらは慧音が主導権を握っているらしい。私の混ぜっ返しには取り合わず、妖怪退治屋は指で頬を掻いた。

「確かに、言葉遣いが悪かったことは謝っておこうかな。内容に関しちゃ撤回するつもりは無いが」
「妹紅」
「会って百年も経ってない奴を信用するほど、私はお人好しじゃないんでね」

 不平を含む慧音の口調に、悪びれもせず肩を竦める妹紅。二人を眺めて、白蓮はほうと息を吐いた。

「妹紅さんも、ありがとうございました」
「へぇ、どういう意味で?」
「ご自分で考えて下さい。……そういえば、ご用はよろしかったのですか?」
「用ねぇ。特にこれといって用事があって来たんでもないのよね」

 湯呑みを傾けてお茶を濁す。家の主人は先程珍しいと言っていたが、勝手知ったる様子から何度も訪れたことはあるのだろう。用事が無いのなら尚更、ただの用心棒ではありそうにない。

「あんたらって、一体どういう関係なの?」
「私の能力の範疇には含まれないとだけ断っておきますよ」
「何よそれ、怪しいなぁ」
「そう言うお前達こそどうなんだい?」

 この返しを想定できていなかったのは失態だった。困惑して白蓮を見ると、彼女もまた困り顔を傾げている。そういえば私、何のためにこの席に居るんだろうか。







「まあ、今夜も遅いですし、そろそろお暇しましょうか」

 詳しい段取りは後日ということで、談話もそこそこに私達は上白沢宅を辞した。

「貴方方が、充実した歴史を紡ぐことを願っていますよ」
「叶うなら、美味しい歴史を綴りたいものです」

 和やかに別れを惜しむ二人とは少し離れたところで、自分は妹紅に呼び止められている。さっきから繰り返し絡んでくるのだが、気に食わない点でもあるのだろうか

「お前が何でも正体不明にできるってのは本当かい、鵺妖怪さん」
「それがどうかしたの?」

 警戒を露わにする私へ横顔を向けて、少女はひらひらと手を振ってみせた。

「や、気になってさ。物事を未定義にするってことは、先入観無しにそいつを観察できる――してしまうってことだろ? そうしたら、私自身はどんな風に見えるんだろうって考えちゃってね」
「なら、植え付けてあげようか。遠慮は要らないよ?」
「止してくれ。おっかないったらありゃしないわ」

 しみじみとした呟きには、言葉以上の実感が込められている。星明かりにもお互いの表情が朧だからか、その吐露が素直なものだと私には思えた。

「本当の自分なんて知りたくもない……。でも正体不明にできるってことは、そこに正体があるからでしょう? 私はこう見えて長く生きてるけど、云百年前の自分が今の自分と地続きだなんて到底信じられない。返す返すも、昔の私は別人よ。何もかもすり替わってしまって、それでも変わらずに残っている部分がこの妹紅の正体なのかしら? 気にならないと言ったら嘘になる」
「さぁて。人生相談なら人選を間違えてるね」

 私は星の解説を思い出していた。あらゆる装飾を剥ぎ取って残る芯は『空』だ。空洞の周囲を流動する虚飾こそが世界を形作っている。故に不変の価値を追い求めても無意味で、ならば大切なことはどう変わったのか、これからどう変わって行くのかだ。

「にしても、見た目通りに女々しいことだって言えるのね」
「違う違う。私は警告しとこうと思っただけさ」

 向き直った妖怪退治屋の指先に炎が灯り、その不敵な表情を照らす。

「お前は地上から眺める者の心を逆説的に照らし出す。夜空に何を託すかで、隠しておきたい本心を剥き出しにしてしまう。私はか弱い人間なもんだから、色んなことを誤魔化すのに必死で生きている。鵺の鳴く夜が恐ろしいの。だからこそ、人に害なすと判断した時には容赦しないよ。焼鳥屋さんからの忠告だ」
「そ。肝に銘じておきますわ。こっちからも一つ良い?」

 返事を待たず、指ごと炎を握り込む。ややたじろいだ気配を見せる少女に、私は無表情に問うた。

「そろそろ答えを聞かせてよ。あんた、あの歴史家とどういう関係なの?」
「ふん。他人にどうこう言われる筋合いは無いよ」
「下世話な好奇心で訊いてるんじゃない。重要なことなのよ」

 手の平を焼く激痛に耐えながら、引き抜かれようとした指を強く握り締める。興味本位でないことを悟ったのか、抵抗はそれきりだった。

「……答えられたらどんなに良いか。いくら言葉を費やしても、最後には偽りになってしまうでしょうから。人生なんてそんなものよ。妖怪には分からないだろうけれど」
「そっか。無理を言って悪かったわ。お詫びに良いモノ見せてあげる」

 あっさりと手を離し、私は懐から“それ”を取り出した。思い立って、手の平の向きを調整する。妹紅はついしげしげと見入り、

「こいつは面妖。炎……にしちゃ熱いってほどじゃないな。灯火か――って、お前!」

 掴み掛かってきた腕をすり抜け、丁度話を終えたらしき白蓮へと駆け寄った。敢えて背後を振り向くことはしない。慧音の手前、この場で口封じにかかることはないだろう。

 尼公が、私へと声を掛ける。

「それじゃ、帰りましょうか。皆が待っているでしょうから」

 異存は無かった。少なくとも、今のところは。







 ※







「――そして、壺から頭を引っこ抜きながらあのお方は仰ったのです。『私の別荘で一体にゃにしてるの!』」
「噛んでるし。スケールが大きいんだか小さいんだかはっきりさせときなさいよ」

 天蓋には雲の一切れも浮かばず、星月夜の空の下を私達は歩いていた。人里の中でも夜間に出歩く不良者は一握りで、中心部ならともかく、外縁部では人家の明かりもほとんど見掛けることがない。どちらにせよ、空を振り仰いでみれば同じことか。並んで雑談を交わした一昨日の夜が思い起こされるが、比べて尼公の瞳は明るかった。

「ああ、ごめんなさい。私ばっかり話してしまっていて」
「構わないけど。聞き役も嫌いじゃないし」
「じゃあ、次はぬえがお話して下さいな」
「やだよ。面倒臭い」

 見通しの良い田畑を風が渡ってゆく。慧音の家は里の外れに、寺はそのまた外縁に位置するが、中央から見た方角が開いているためそれなりの距離があった。飛べばあっという間だろうが、どんなにのんびり歩いたところで話題が尽きる訳でもない。先日は気が付かなかったが、こうして隣を歩くと彼女の方が背が高かった。

「空――」
「ん?」
「さとりさんが仰っていました。人々が心象風景に思い描く大空は、個人によって全く異なるのだと。考えてみれば不思議なものですね。空はただ一面にしかないのに、託された想いは一通りでない。一個の人妖の中でも、時代によって移り変わる」
「当然でしょう。空に棲む正体不明の妖し幻は、当然私だけじゃないんだから」
「その振れ幅こそが『色』なのかもしれません。人間や妖怪を深く見通すだけでは足りない答えを探すためには、両者を同時に眺め渡す視野の広さが必要なのです。そうは思いませんか?」
「はぁ……?」

 そんなことを私に訊かれても返しようがない。これが星なら喜んで問答に応じるだろうに。

「さとりといえばさ――」

 私は背中で両手を結び、二、三歩先を後ろ向きに歩き出す。対面する魔法使いがふわりと小首を傾げた。

「はて、何でしょうか?」
「今更こんなこと尋ねてもしょうがないとも思うけど、あんた、どうして地底くんだりまで行こうなんて言い出したの?」

 もっと言えば、何を目的に妖怪覚に会おうだなんて考えたのか。白蓮は眉に戸惑いを揺らす。

「どうして、そんなことを?」
「深い意味は無いんだ。無理強いするつもりもない。下世話な好奇心って奴だから」
「そうですか……。言われてみれば、無理に黙っておくものでもありません」

 ここだけの話ですが、と前置きして、尼公は濃淡の柔らかな長髪を掻き上げた。

「人の口が囁くように、私は自分が偽善者の誹りを免れないと、そう自覚しています」
「へぇー」
「驚かないのですね」
「ま、元々信用しちゃいないから」
「あら、残念です」

 さして本意でもなさそうに頬を撫で、白蓮は続ける。

「私が妖怪を助け始めたのは、そもそも仏心ではなく私利私欲に基づいてのこと。我が身可愛さで邪法に手を染め、期待を掛けて下さっていた人々を裏切り……。それでもいつしか、私は人ではない民の安寧を心から祈るようになっていた。掲げた理想は偽らざるものだったはずです。しかし――」

 感想の述べようがない漠然とした告白を、歩幅を合わせながら静かに聞いていた。

「果たしてあの頃の誓いは、今も変わらずこの胸で息衝いているのでしょうか? 千年の瞑目を経て、変質した一文が無いとも限りません。己に、皆から信じられ慕われる資格があるのか否か」
「確かめたかったの?」

 思わず問い掛けた私に、魔法使いは直接答えることをしない。

「私自身は、きっと変わらざるを得なかった。避け得ない未来を先送りにしようと過去にしがみ付き、変化を別の部分に押し付け。そんな自分をみっともないと嘲笑いつつも、どうしても後には引けなかった。皆に合わせる顔が無いと思いながら、皮肉なものですね、そのことを受け入れられたのも皆が居てくれたからです。そしてこれからも変わってゆくのならば、叶うなら良い方向にと。――ぬえ、そんな顔をしないで下さい」

 はて、自分がどんな顔をしているというのだろうか。暗くてよく分からないのだ。

「私なら大丈夫です。千年の別離を経ても、皆は変わらず私のことを慕ってくれていた。己の中に不変を見出せずとも、朽ちない輝きを私は知っています。ですから、ご心配には及びませんよ」
「別に、あんたのことを心配した覚えは無いわ……」

 星の――先人の弁によれば、この世に不変のものなど一切が許されない。ならば破戒僧の語る価値とは、彼女自身が見付けたものなのだろう。風に嬲られた髪が、星明かりに波打っている。

「ところで、一つお願いがあるのです」
「なぁに?」
「時々で構いませんから、またこんな風に私の話を聞いてはいただけませんか?」
「ぬ、聞くだけで良いってんなら、まあ」

 それこそ、星でなくともムラサや一輪達なら喜んで耳を傾けそうなものだが。この尼さんが私に期待しているものに、今一ピンとこない。

「言っとくけど、あんた好みの文鳥になるつもりはさらさら無いからね」
「ええ、存じていますよ」
「……。私からも、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 しかし、この胸に溜まった“もやもや”をどう吐き出したものだろうか。いくら表現を探しても陳腐でありきたりなものしか思い浮かばず、求める意味には程遠い。実際に言葉にすることができれば、何か開けるような気がするのに。
 白蓮がじっとこちらを見詰めている。歩調を速めるか歩幅を狭めるか選びかねて、結局足を止めてしまった。唇をこじ開けるようにして、どうにかこうにか言の葉を紡ぐ。

「わ、その、私はね――」
「いけませんよ。それでは、こちらが悪者のようではありませんか」

 いつの間にか傍に寄っていた人影が、ぽんと手の平を載せてきた。優しく頭を撫でられて、やっとの思いで用意した台詞が霧散してしまう。振動する弓弦へ指を添えられたかの如く、鬱々とした感情が静められて。人肌の温かさに安堵しかけ……。

「無理をしなくてよいのです。それは、貴方がじっくり考え抜いた上で結論を出すべき事柄」
「……ってぇ! こ、ども扱いしないで頂戴!」

 反射的に(というには間がありすぎたが)手を振り払って、見上げる白蓮の驚いたような表情に怯みそうになる自分を叱咤する。

「まあ、そんなつもりでは――」
「した! 絶対したもん! ちょっと背が高いからって上から目線だった!」
「それは申し訳無いことを……、ああ、そうですね」

 言い掛かりをつけられてしゅんとした尼公が、一転表情を明るくする。嫌な予感がひしひしと。

「こうすればおあいこでしょう?」

 その場で屈(かが)み込んで両手を膝に、催促するように頭を傾ける。良いことを思い付いたと言わんばかりの得意げな表情。まさか、まさかとは思うが、

「私に撫で撫でしろと仰るか……!?」
「はい。思えば、先の行為には礼節を欠いていたようですね。反省いたします。お詫びといってはなんですが、存分に撫でて構いませんよ」
「いやいやいや」

 にこにこと無防備に見上げてくる少女。何が恐ろしいってこの魔法使い、冗談や皮肉でやっている訳ではないのである。何故神仏は我に斯様な試練を与えたもうた……。
 幼子の無邪気さに付け込んでいるような罪悪感が心を刺す。本当に手を出して良いものかどうか、これほど葛藤させられたことはない。恐る恐る手を伸ばしては踏ん切りがつかず引っ込めていると、白蓮のはにかみに不安が差した。

「ああ、こちらでは不足でしたか――」
「待って。心の準備をさせて!」

 ええいままよ。これ以上過激な行為に走られる前にと、心を決めて頭頂に手を乗せてみる。乗せるぞ。さあ乗せるぞ。

「…………」

 乗っけてみた。見た目通り、髪の毛のふんわりとした感触が返ってくる。特に凸凹していたり、粘ついていたりするでもない。比較対象は自分の頭くらいのものだが、さして違いがあるようには思えなかった。当然と言えば当然。人間の撫で心地の良し悪しが議論されている事例なんてそうそう耳にしたことがない。あってたまるか。
 しかしこの状況を傍から眺めるとどう映るのだろう。試しに手を動かしてみると、白蓮はちょっぴり気恥ずかしそうに身を捩(よじ)る。遠慮がちに面を伏せて、仄かに頬を赤らめている演出が心憎い。かと思えば潤んだ上目遣いと視線が合って動悸が速くなる。うわぁ何事だこれは。南無三、仏様は私にどうしろと。訊かれても困りますかすいませんでした。
 こんな時こそ平常心だ、とか考えている時点でもう平静ではないのだろう。募りゆく背徳感から焦って力を込めてしまい、少女がびくと身を固くする。ん、と短く漏れた呼気が耳に入って、もうね、駄目だ。妙に意識をしてしまってからは、込み上げてくるものを抑えようにも歯止めが効かなかった。
 つまり、吐いた。

「おろろろろろ……」
「ぬえ!? 大丈夫ですか?」

 咄嗟に顔を背けることができたのは不幸中の幸いだった。唐突に目の前で嘔吐され、慌てた白蓮が私の背を摩(さす)る。とはいえ実際に再会した吐瀉物は無いに等しく、ただ空気が食道を流れてくぐもった音を響かせ、胃酸の苦さに舌が辟易する程度だ。

「すみません、気付いてあげられませんでした。いつから加減が優れなかったのでしょうか」
「――ぁはっ。平気だよ……。だからお願い、少し離れてくれない?」

 魔法使いは素直に応じ、私は口元を拭って背筋を伸ばす。健気さをアピールしている訳ではない。初めての時に比べてぶちまけてしまいたい衝動は緩やかだったし、立ち上がれないほどの疲労感や倦怠感も無い。強いて挙げるとするなら、咥内の不快感だけは健在か。

「辛いなら、おんぶして差し上げましょうか?」
「結構。その、種の個性って奴かしら。妖怪鵺にとってはしゃっくりみたいなものよ。心配しなさんな」
「それは知りませんでした。でも、無理はしないで下さいね」
「しんどそうに見える?」

 事実、私は幾らかすっきりした気分になっていた。“もやもや”を全て排出できた訳でもないが、存外楽に尼公の心配そうな視線を受け止めることができる。こうなってしまうと、うじうじしていた自分が馬鹿らしい。

「ねぇ、白蓮」
「はい?」
「気が向いたらの話よ。もしまたあんたが抜き差しならないことになったら、助けてあげる。ええと、あんたを助けようとするだろうムラサ達をね。借りは返すってこと、それだけ承知しておいて欲しかったの」
「まあ……」

 胸のすくような物言いではなかったが、鼠のそれより回りくどくはないだろう。ようやく口にできて支えが取れたのも束の間、白蓮が再び沈黙を破る。

「本当に、とっても有難いことですよ。ぬえ」

 発光する微粒子が塗(まぶ)されたような混じり気の無い笑みを向けられ、私はついっと視線を逸らした。こういう表情は反則だ。今ならあの時のナズーリンに同情できるように思う。こちらの小細工など一切通用しない上、図らずとも虚を衝いてくる。まさしく天敵というべき連中である。

 ……そして、やっぱり彼女は残酷な性格だ。緩やかに見えて、真に引き締めるべき部分は妥協を許さない。じっくり悩んだ末に決意してしまえば、もう後戻りはできないだろうに。

「さあ、行きましょうか。皆が待っていますよ」

 両手を後ろ手に組んで、少女は和やかに声を弾ませる。私はきまり悪いのを誤魔化そうと、“それ”を手の平に乗せ魔法使いへ向けた。

「ええ、と?」
「教えて。“こいつ”があんたの瞳にどう映るのか」

 自分でも意外なことに、彼女に“これ”を試すのは初めてだ。しげしげと観察した上で、尼公は恥ずかしそうに指で己の唇を押さえた。まるで、面と向かって最上級の讃辞を送られたかのように。

「あら……、これは、ぬえが描いて下さったのですか?」







 程無くして、私達は命蓮寺の敷地へと帰り着いていた。飛刹の内部より響いてくる生活音から、宗徒達は普段の就寝時刻をとっくに過ぎても明日の準備に余念が無いようだった。二日の間が空いた分、明日から気合いを入れ直して業務を再開すると聞いている(お寺は基本年中無休なのだそうだ。年中休日だった私には俄に信じ難かった)。
 三門の屋根に腰掛けて雑談を交わしていた二人の少女が、こちらに気付いて地面へ飛び降りる。

「聖ーっ! お帰りなさーい!」
「お疲れ様でした、姐さん。――。ぬえ、先方に失礼を働かなかったでしょうね」
「ま、ばれちゃいなかったと思うけど」
「ただいま。ぬえはちゃんと大人しくしていてくれましたよ」
「ほらね、一輪。ぬえは空気読めないけどけじめは付けるって」

 聖を出迎えて喜色を溢れさせる船幽霊と、釣り合いを取るように苦笑する入道使い、その傍らには無愛想な相方。笑顔で答える尼公の隣で、私はどんな顔をすればいいか分からない。空気を読まないんじゃなくて読めないと思われていたのか……。地味にショックだ。

「でも、どうして船のまんまなの? 変形しとくんじゃなかったっけ」

 寺は、未だに聖輦船形態で直接地面に着陸していた。この状態では里人の参堂もままならないのではないだろうか。

「それが、何故か一帯の地面が荒らされていまして。他の建物は無事だったけど、大事を取って変形は見送ったの」
「さっき山の神社の神使が来て、明日の朝には地面を整える用意があるそうです」
「まあ、ご親切に」
「やけに早耳なことねぇ」

 そこはかとなくマッチポンプの香りがするのは気のせいかしら。だが山の連中も、これから白蓮を相手にするとなると手こずらされるに違いない。
 尼公とその宗徒達は、利害関係を度外視してでも理念の追求を止めることはないだろう。理想に邁進する者と、現実へ己を問う者。二様の挑戦者のどちらかが劣る訳でもなく、これもまた幻想郷に必要な対立項なのではないか、そんな風に考える次第である。

「三人はここで暇潰し?」
「一通りの作業が済んだので、先に休憩させてもらってたの。本格的な整備は明るくなってからですね。さあ、皆が聖のお帰りを待ちかねていますよ」
「それと、星が何やら話したいことがあるそうで。――。もし後ほど時間がおありなら、先方と相談した件についてお聞かせ願えますか?」
「ふふ、分かりました。とりあえず中に上がりましょうか。……ぬえ?」

 ムラサに袖を引かれるようにして歩き出した白蓮が、ぼうっと立ち尽くしている私を顧みる。

「あー、私はちょっとその辺を散歩してくるわ」
「こんな時間からですか?」
「ぬえじゃない?」
「ぬえじゃない」

 あらそうですか、と瞳だけ微笑んでみせた船長が、気を利かせたつもりか尼公の背に回ってぐいぐいと押し始めた。

「ほらほら聖、早く早く」
「ですが――」
「五歳の子供じゃないんだから、ほっといても勝手に帰ってきますって」

 諫められつつもちらちらと振り返りながら、白蓮が門を潜らされる。まだ動かない私へ一瞥を寄越して、僧衣の少女も踵を返した。

「夜更かしするのは勝手だけど、朝寝坊はしないことね。起こすの、雲山にやってもらうからそのつもりで」
「へいへい、善処いたしますよー」

 憎まれ口には耳を貸さず、入道使いは甲板に飛び乗った。最後に入道がむっつりと眉を上げてみせて、私は独り残される。

 門越しに、一隻の船を見上げた。一応のところ帰るべき場所と言えるのだろうが、この寺のために、一体自分は何ができるのだろうか? ムラサや一輪のように仕事をこなせるでもなし、また期待もされていないだろう。ナズーリンの器量や星の人望には及ぶべくもなく、厄介払いされないのが不思議なくらいだ。私は、私がどうやって誰かの役に立つのか知らない。
 それでも構わないと彼女達が笑ってくれたから、きっとこの船は得難い場所なのだと考える。猶予がたっぷり確保されているからこそ、自身で期限を定めなければいつまでも中途半端のままだ。私は正体不明故に、自ら自分自身を見極めなければなるまい。

「進退両難か。ぬへの怪物(けもの)も焼きが回ったな」

 呟き、そっと私は地を蹴った。夜風が火照りを冷ましてくれると期待して、宣言通り星空の散歩と洒落込もう。どうやったって今夜は安眠できそうにない自分が、今はたまらなく厭わしかった。































 EX. Romancer







(星座の海図、宙吊りの羅針盤を備えずとも)
(海鳥は、己の帰るべき故郷を心得ているそうだ)
(……、羽根を休める枝は選ばない癖してね)







 ※







「――げほっ、えう……、ぅあ、気持悪い……」

 溢れたよだれを袖で拭い取り、深呼吸して息を整える。口の中に残った如何ともし難いえぐみを強引に飲み込めば、やっと夜風を感じる余裕ができた。喉の奥には、まだひりひりが残っているけれども。
 今のは特別大きな波だった。油断してしまっていたせいで過剰に反応してしまったものの、何と無く嘔吐のコツを掴みつつもある。この調子なら、もう四五回繰り返せばある程度の調節も可能かもしれない。ぶっちゃけ慣れてきた。

「これが『気持ち良い』に変わっちゃったらもう末期ね。気を付けよう」

 既に、癖にはなってしまっているやもしれない。対症療法でしかないと分かってはいるが、抜本的な対策には時間が必要だ。当面はこれで乗り切るしかない。

 ふと辺りが暗くなったような気がして頭上を仰ぐ。茄子色の内側に水色という二重傘から、肌色の棒が二本伸びていた。

「あ、ぬえりよん、少し驚いたね。小腹が満たされたでやんす」
「確かに予想外だったけどさぁ。それ、恥ずかしくないの?」
「だいじょぶだいじょぶ。これ、見えても平気な代物って聞いてるから。むしろ見せるためのものだとか。ちょっと奮発してみましたー」
「………………そっかぁ」
「今の間は何!?」

 絶対こいつ騙されてるよ。くるりと私の隣に降りてきて、不審の声を上げる唐傘お化け。真相は言わぬが花というものだ。正体不明だけに。

「ねぇねぇ、ぬえんぐも一緒に使ってみない?」
「ノーコメント。ああ、そのままそのまま」
「ふぇー?」

 きょとんとしている小傘の頭を両手で無造作に鷲掴みにし、激しく髪の毛を撹拌してみる。

「わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ」
「ぅあぅあぅあぅあぅあぅあ」

 水色の髪型がモップとしても通用するだろうまで滅茶苦茶にし、私は満足して手を離した。訳が分からないといった様子で涙目の少女。

「あう、どうしてそんなやり遂げた顔をしているの……? いぢめ?」
「いやー、ここんところ受け身に受け身に回ってる気がしてね。あんたを見てるとほっとするわ」
「も、もしかして褒められてる!?」
「んーや、そんな意図はからきし無い」
「むかー、わちき怒ってもよござんすよねー」
「まあまあ。そうだ、あんたに用があったんだった」

 三白眼でほっぺを膨らませる付喪神。私は“嚢”から件の頭陀袋を引っ張り出す。

「ありゃ、今どっから出しました?」
「不明よ。だからこそ何だって入るんだけど。あんたの唐傘も似たようなもんじゃない。これ、返しとくわ」

 中身が全て取り出されぺらぺらになった袋を差し出すも、小傘は神妙な顔付きで受け取ろうとはしなかった。

「んー、その子、ぬえこさんが預かっといてくれない? 好きに使っていいからさ」
「見ての通り、収納術なら間に合ってるんだけど」
「でも全然役に立たない訳じゃないでしょうよ。わちきと一緒に居たら、それこそ不良になっちゃいやすんで」
「そんなもんかね」

 特にこだわりも見せず頭陀袋を仕舞い込む私へ、少女は不思議そうに問い掛ける。

「でも、おぬえがこんな所を飛んでる方が不可思議よ? 寺に居るんじゃなかったっけか」
「その呼び方は止めろ。あんたこそ、今日は泊まっていかないんだ」
「これまでにも宿を頼った覚えは無いよ。雨傘が軒先を借りるだなんて、職務怠慢もいいとこだぁね。次に遊びに来るのは当分先になるかも。お寺の皆は優しく構ってくれるけど、甘えっぱなしじゃ腕が鈍(なま)る」

 真面目な表情で彼方を見据える小傘に、私は一抹の不安を覚えた。こいつこんなキャラだったかしら。

「で、どこに行こうって?」
「武者修行に、ひとまず天狗の山へ向かうつもりよ。覚えてる? あの緑色の巫女、わちきを一度ならず二度までも虚仮にしてくれやがって。今度こそリベンジを果たしてやるわ。地獄の試練を潜り抜けて、今の私は一味も二味も違う。七味の風味が食欲をそそるよ!」
「止めといた方が良いと思うけどなぁ。いや本気で」
「心配はご無用。地底で出会った仲間達の応援があればこそ、私は負けたりしない!」
「思いっきり置き去りにされてたけどね」
「あとほら、強敵との死闘を経て成長したとか!」
「うん。鶏と良い勝負してた」

 闘志に燃えるガッツポーズから一転、唐傘お化けは儚げに微笑む。

「そうだ。お願いしときたいことがあるのよ」
「残念ながら展開は読めちゃったけど、聞くだけ聞いてあげる」
「もし私が帰ってこなかったとして、貴方が私の同胞達(つくもがみ)に出会ったら、伝えておいてくれない? 多々良小傘が忘れ去られようとも、多々良小傘が忘れることはないと……」
「あー、覚えてたらねー」
「それとぬえ、貴方にはこれまで黙ってたけど――」
「気を付けて頂戴。あと一歩でおいたわしやフラグが役満よ」
「――ううん。続きは、私が無事に戻って来た時にね」
「だから注意したのに! ねぇ、私の名前を言ってみて」
「封獣ぬえじゃなかったけ? じゃあね、また一緒に悪戯しましょう!」
「こ、小傘ぁー! ……はっ、勝手に共犯にするなー!」
「幻想郷のどこか。わちきに驚かされるのを心待ちにしている人が居る限り、小傘の冒険は続くのであったー!」

 そう言い遺して唐傘お化けは妖怪の山へと旅立っていった。おとぼけ要員という最後の砦を放棄し、代わりにフラグを満載して。せめてその背中に合掌し、涙を拭いて私は逆方向へ進路を取った。巻き添えとかご免被るし。

「後で骨は拾ってあげよう。明日になったら向こうから遊びに来るってのに難儀な奴だ。しかし、どうして飛んでいるかと問われてもな。……あの子、なんだかんだ言って自由よねぇ」

 飛ぶことに本能以外の説明を見出そうと頭を捻ることは、一つの進歩と見て良いのだろうか。端的に言ってしまえば、今はただ彼女達との距離を置きたかったのだ。あのまま寺に帰ったならばきっと平静では居られなかっただろう。その前に、素面の頭で考えておく必要があった。

 念頭にあるのは、古明地こいしの例だ。彼女は紛うことなき変質者ではあるが、そこに脈絡はあって然るべきなのではないだろうか。人間が血と骨と肉で出来ているように、妖怪は来歴と由縁、そして理由から成り立っている。その構成を視透かすのが覚であり、彼女達もまた妖の例外ではない。
 こいしは肉体的、精神的な痛みを(二者は不可分のものだ)快楽へと変換し、同じ変態的嗜好を私にも強要してきた。それは、彼女の無意識が自身の精神を守るために編み出した防衛機制の一種なのではないだろうか。
 一度は第三の瞳を閉じて他者を締め出した覚の妹も、徐々にではあるが外界に興味を示し始め、しかし、未だに彼女にとって他者との交流は痛みを伴うものだった。ために痛み辛みを恋という名の悦楽へと錯覚させることで心の平穏を図ったのだとすれば。人々が、引き受けざるを得ない痛苦を別の言葉で飾ったように。推測の域は出なくとも、一応の説明は付く。

「人間って、呆れちゃうほどロマンチシストよねぇ」

 高度に複雑化した欲望を夢と理想と言い換えたのも、似たようなカラクリではないだろうか。ややもすれば宗教という存在すら、元は常識で説明できない問題を第三者に転嫁するための壮大なペテンなのかもしれない。人間様の正体見たり、連中は偉大なる嘘吐き共だ。その生き様――詐称行為の一端を妖怪鵺が担っているのだと思うと、少しだけ彼らに親しみが湧いた。

 閑話休題。

 さとりは妹と私とが釣り合っているとほざいたが、あの奇矯な妖怪と同列に扱われるのは心外だ(恋の麻薬は彼女の社会復帰を助けたかもしれないが、同時におつむを緩くしてしまったのではないか)。しかし対照すべき事例ではある。留意しなければならない点は、こいしが他者との関係を痛みと認識しているのに比べ、私は苦しみをこそ感じていたことだ。

 ――胸を押さえ、意識して呼吸を繰り返すよう努める。心臓の音が、撞かれた銅鐘の如く長い尾を引く。

 苦しみ。そう、私は息苦しかったのだ。私の席。私の勤め。狭い廊下に、四方を取り囲む壁。どこにも隠れようがない密室。四六時中を共に過ごす相手が居ること。誰かを頼り、時には頼られること。目的を感情を共有し、一丸となって取り組むこと。

「私のことを、仲間って言ってくれたわ。――ったく、人の気も知らないで」

 情け容赦の無い緊縛! 千と数百年もの間ひたすらに分類を拒んで何処にも属さず、ただただ自由を謳歌してきた私にとって、命蓮寺での窮屈な暮らしは耐え難い苦しさを伴うものだったはずだ。己の正体不明(アイデンティティ)の頼り無さを、常々突き付けられる日々。
 だからこいしがそうしたように、私の無意識は避け得ざる苦しみを別角度からの認識へ誘導したのではないか、と分析できる。
 問題は、精神の緊急回避たる新種の感情を、今度は身体が受け付けなかったことだ。周囲から注がれ、あるいは身の内から湧き出づる“もやもや”は、自分が糧としていた恐怖と全くの別物で。消化すなわち理解が間に合わない以上、溜め込んで毒とならないよう排出しなければならない。

「だけど、吐いた後味の悪さはどう解消したものか。口直しに飴ちゃんでも持ち歩こうかな」

 単純かつ効率的な解決策が一つある。吐き出し方を変えれば良い。古明地こいしを見習って、“もやもや”の内実を素直に口に出し、体当たりで相手に想いを伝え、体面を気にせず感情を発散させれば――。
 それが叶うほど大胆なら、こう思い悩む必要なんて無いのだ。せめてもう少し捻くれていなければ、ありがとうと言えたのに。流石に、その先は年齢を考えて自重すべきだろうが。
 不可抗力で光景を想像してしまって、私は身悶えした。自分でも分かるほど耳が熱くなり、無意味に“翅”と“鰭”を絡み合わせる。決めた。もう一生覚妖怪とは顔を合わせない。

「斯(か)く在るべし、と……。難しいなあ、問答ってのも」

 思考を切り替えようと、懐から“それ”を――折り畳み式の手鏡を取り出して開く。仕込まれた正体不明は、地霊殿潜入時に纏った迷彩よりも強力に観測者の願望を反映するよう調整されていた。皮肉なことに、苦笑しつつ覗き返してくるのはありのままな反射像である。私が私に望む象徴となると、魔法の鏡はだんまりを決め込むのだ。
 候補が思い付かない訳でもない。巫女や魔法使いが嘯(うそぶ)くように、人が未知の大空へ、空想へと託したのは必ずしも恐怖ばかりではなかった。地上へ憧憬を振り撒く正体不明(ロマンサー)というのも、案外悪い身の振り方ではないのかもしれない。ただし、それは最低限の課題をこなしてからの顛末だ。
 急がば回れ。再び懐に突っ込まれた“私”とは、気長に理解を深め合う他にあるまい。

「…………あ」

 満天の星空を眺め渡す視界の端に、一条の光が流れる。はっとして振り仰ぐ頃には、流星は燃え落ちてしまっていた。
 軽く瞳を閉じる。意識から締め出すためではなく、手に取れなかったはずの光を掴んでみるために。握った手の平には、まだ人肌の温もりが残っているような気がした。無論、錯覚であろうが。

「今の、撃墜されたUFO(おなかま)だったのかもね。気の毒に、ちゃんと不時着できたのかしら」

 今夜のところは、皆が寝静まった後にこっそり帰り着こう。いつかは定義しなければならない“もやもや”も、しばらくは夜空に浮かべたままで。いつかその正体を見極めて、滋養とできるようになる頃には、胸を張ってただいまと言えるはずだから。








 その時にこそ私は、きっと自分のことを――く想えるのだろう。





















 “Unidentified Finding Object” in the Twilight Sky (了)








 
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 ※ 当選者の発表は撃沈を以って代えさせていただきます。あらかじめご了承下さい。











 冗談はさておき、ご読了ありがとうございました。プラシーボ吹嘘と申します。

 妖怪鵺が、ただ夜空に手を伸べる物語。お楽しみいただけたでしょうか。皆様の暇潰しに、少しでも貢献できたのなら幸いです。 
 当作品では、一部設定や展開等を意図的にぼかしております。悪しからずご了承のほどを。鵺の正体不明に準える訳でもないですが、敢えて語られなかった彼女の『帰還』へと空想を馳せるのも一興かもしれません。


 皆様の見上げる夜空にも、色取り豊かな船の影が幻視されることを願いまして。プラシーボ吹嘘でした。 
プラシーボ吹嘘
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コメント



0.1660簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
肝心の場面を抜かすな!

場面が二転三転しながらも情景の数々が目に浮かぶ内容、素晴らしかったです。
ぬえにとって寺は何かとむずがゆい場所でしょうけど、不器用な優しさは立派に皆のためになってていい子だと思います。
ああ、でも本人は自分のキャラじゃないって後で悶えてそう。
いつかぬえ自身が自分の居場所を見出せると願って。
それと濃厚ミルクがたっぷりかかった水蜜をください。
8.100たつみ削除
なぜだ、もっと読まれてもいいはずだ・・・!
などと言いながら、UFO全編読ませていただきました。
なんといいますか、出てくるキャラクターそれぞれが東方『らしく』、妖怪『らしい』お話だと感じました。言葉遊びとか大好きなので、終始ニヨニヨしながら読めました。ツッコミ属性のぬえ・・・ありだな!
覚り妖怪の優位性や、聖の理想の矛盾など膝をたたく場面も多く、良き作品に出会えて満足です。

にしても、結局ぬえの見せていた正体不明の正体ってなんだったんでしょうね?
長文失礼しました。
10.100名前が無い程度の能力削除
長さに少し疲れましたが、読み応えがありました。
登場人妖が、メインから名も無きモブに至るまで幻想郷(あるいは地底)に生きている様が幻視できそうなほど活き活きしていて、なんと言うか、作者様の独自設定や解釈に違和感なく納得できました。言葉遊びも素敵でした。
ぬえのもやもやが無くなって本当の意味でスッキリする頃には、彼女や彼女を取り巻く周囲はどんなふうに変わっているんでしょうね。
愚にもつかない長文失礼。


それはそうとオーソドックスな水蜜を所望します。
12.90名前が無い程度の能力削除
桃を貰おうか。無ければみっちゃんの桃でも構わんのだがね……。

この文量を読ませてしまう文章力、堪能させていただきました。
ところどころ誰の台詞か分かりづらいところがあったのが残念でしたが、登場キャラがどれもこれも魅力的で、自分の中の東方観と凄くマッチしました。オリキャラも良い味です。

ってか聖強ぇー。
13.100名前が無い程度の能力削除
色々と湧き上がってしまい言葉が浮かんできませんで、一言だけ失礼します。
素晴らしい作品でした。
14.100名前が無い程度の能力削除
素ううううううううううう晴らしいいいいいっっ!!!!!
久しぶりだよ「面白ぇ面白ぇ!!」なんて叫びながらベッドの上で悶えるほどの作品は!!
丁寧な情景描写にテンポのいいキャラ同士の掛け合い、どれも本家東方に寄るようなケレン味が盛り込まれていて、「上手いなぁ」と関心させられる言い回しが沢山ありました。
各キャラクターの個性が上手く書き分けられていて、とても生き生きしていたように感じます。特にこいしちゃん。個人的な「エロ方面に特化しちゃったこいしちゃん像」にベストマッチしていて終始悶えっぱなしでした。ありがとう、ありがとう、ありがとう……古明地姉妹にはもう潜在的な部分からのエロティシズムが沸くよねって何言ってるか自分でもわからない。
個人的に10000点あげたい作品です。惜しむらくは長いことっ……! 長くても続きを読ませるだけの吸引力は十分にありますし、自分にとっては全然苦にならない長さでしたが、しかし人によってはとっつきにくさを感じるだろうことも事実でしょう。読んでさえ貰えれば100点確実です。
しかし本当に面白かった! 掛け合いもいちいち笑いました。ぬえのツッコミが鋭い鋭い。どこか「化物語」シリーズのアララギ君を想起させるような切れ味が。
長くなりましたが、それくらい面白かったということで許してください。どうかお体に気をつけて。次回作を心待ちにしております。あ、水蜜は苺味でお願いします。
16.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。本当に面白かった。ありがとう。
ぬえっちのモラトリアムがとても青春な感じで可愛らしく、
聖の不屈の聖母(というより求道者って感じですが)っぷりも格好良く、
さとり様のカリスマっぷりは半端なく、お燐や勇儀のセリフ回しは超カッコイイ。
とにかくみんな生き生きしていて、自分もモブの一人としてこの世界に入りたくなりました。
大作お疲れ様でした。どうもありがとう。
あ、練乳たっぷりかかった水蜜をお願いします。
19.100ずわいがに削除
お空が凄いお空らしかった。そしてそれ以上にさとりがどこまでも覚り妖怪らしくあったのにはもはや戦慄しました。弾幕ごっこでなければ、やはりさとりはとんでもなく恐ろしい大妖怪なんですねぇ。あと、パルスィ大好きv
ぬえを主人公にしてるからこその面白さがありました。命蓮寺に加わって間もない、正体不明の妖怪であるぬえだからこそのストーリーが、ねぇ…。

しかしこの作品で一番正体不明の曲者だったのは小傘だな。間違いなくMVPだ。だから…生きて、帰ってこいよッ。
20.100名前が無い程度の能力削除
スペル名など出さずとも描写で元ネタがそれと判る弾幕描写に舌を巻きました。
刻々と変化する戦場も魅力的で、爆発から脱出しながら宿敵と戦うってそれアクション映画ならラストシーンに持っていく所だよ!濃密すぎるよ!
21.100名前が無い程度の能力削除
本当に面白かったです。
こいしがエロかったり、ぬえがツッコミだったり、雲山が意外と俗物だったり。
こんな大作を読めてよかったです。ありがとうございました。

あ、練乳がたっぷりかかっている水蜜下さいな。
22.100名前が無い程度の能力削除
これは100点しかない!と思ったのは久しぶりです。
物凄いボリュームでありながら、バトルとほのぼののメリハリが付いていて、
飽きることなく一気に読んでしまいました。
キャラ付けも明確で、かつ違和感なく、見事な描写でした。
惜しむらくは、ギャグシーンが若干空回りしてる感があったことですが。
大作ありがとうございました。水蜜はオーソドックスな物とラムネ味の物をお願いいたします。
24.100名前が無い程度の能力削除
::::::::::::::::::::::::::::::::::: : _,,.. -‐'" ̄ヽ- 、 :: :::::::::::| |   ::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::::::::::::::::::::> "´ /     \ ::::::::::| | ::::::: ..::::: . ..::::::::
:::::::::::::::::...... ....::7  /      .!  〉 `>| | :< 小傘の冒険は
:. .:::::。:::........ .,'   /  /__ |   /‐/ ハ r‐-::::。 続くのであったー!
:::: :::::::::.....:  :|  |  |/__ハ   /ァテY   ハ{ニ ゜:::::::::: ...:: :::::
 :::::::::::::::::: . . .',   ! ァ'i´,ハ |/ り ハ| / 八_::.... .... .. .::::::::::::::
::::::...゜ . .::::::::: 〉 .八ヘ. ゝ‐'  _  ⊂〉レ' /|/. .::::::::::::........ ..::::
:.... .... .. .   (    ⊂⊃ l´  ソ /|>'"`ヽ.... .... .. .:.... .... ..
:.... .... ..:.... .... ...∨\/ヽ,ハ>'´ ̄ヾ'"´      |........ .. . ........ ......
...... ........ ..... ....... ........ ..... .......  ..... .... ........ ........ ......... ... ........
:.... . ∧∧   ∧∧  ∧∧   ∧∧ .... .... .. .:.... .... ..... .... .. .
... ..:(   )ゝ (   )ゝ(   )ゝ(   )ゝ .. 無茶しやがって・・・
....  i⌒ /   i⌒ /  i⌒ /   i⌒ / .. ..... ................... .. . ...
..   三  |   三  |   三  |   三 |  ... ............. ........... . .....
...  ∪ ∪   ∪ ∪   ∪ ∪  ∪ ∪ ............. ............. .. ........ ..
  三三  三三  三三   三三
 三三  三三  三三   三三

それでは私は赤く火照った林檎水蜜を頂きますね。
褒める所はいくらでもありますが、特に弾幕の解釈や表現は素晴らしかった。
25.100名前が無い程度の能力削除
100点じゃたりないとおもえるボリュームとクオリティでした!
30.100名前が無い程度の能力削除
キャラ付けが的確で、台詞の一つ一つにうんうんと唸りながら読ませていただきました。
今まで、ムラサやヌエのキャラが掴めて居ないところだったので、
このSSで、いい感じに彼女達のイメージが固まりました。
戦闘シーンもテンポが良くて非常に楽しかったです。
34.80名前が無い程度の能力削除
さとりとこいしの古明地姉妹がすばらしく歪な愛に満ちていて素敵でした。
天然さん達に振り回されるナズやぬえがコミカルでおかしく、
小傘ちゃんは可愛い。あと小傘ちゃんが可愛い。

もう少し言葉を削ったほうが美味しく頂けたような気もしますが、
全体として大変満足のいくシリーズでした。ご馳走様でした。
36.100名前が無い程度の能力削除
かねてより地霊殿、星蓮船キャラでのこういう話が読みたかったので、私の中でジャストヒットでした。
なんかもう、東方本編に通じるケレン味たっぷりな台詞回しで、たいへん楽しませていただきました。
特にさとりのカリスマっぷりと白蓮の求道者が印象に残りました。
あと、けっきょくその後のぬえとこいしはどうなったんですかねえ。
37.90名前が無い程度の能力削除
特に地底のキャラ達が自分の中のキャラ像に合っており、
ぐいぐいと引っ張られ、一気に最後まで読みきれた、いい物語でした。

じゃあ、私は苺水蜜で御願いします。
39.100名前が無い程度の能力削除
あれか。ぬえが見せてまわってたのは、みんなの似顔絵だったのか。集合絵かな?

作中でなんか小難しいことを言ってたような気もしますが、自然に理解できたのは作者さんの実力のおかげでしょう

この作品のおかげで、楽しい一日を過ごすことができました。ありがとうございました。
40.無評価名前が無い程度の能力削除
え? いや、手鏡でしょ? 見せて回ってたのは。そう書いてあるじゃない。
あれ? そうだよね。
41.無評価39削除
あれ、まじか。見落としてたっぽいな……
白蓮さんの言葉を見て、絵か何かだと思い込んでた
42.100名前が無い程度の能力削除
いやー、いい味を醸す奴だらけ。一人一人が主役で、自分の道を歩む。それが色であるのだろうな。と、柄にもないこと口走ってみたり。
水蜜は苺味のやつお願いしますね。
45.100名前が無い程度の能力削除
\すげえ!/
46.100名前が無い程度の能力削除
作品を読み終えるのが寂しいと思えたのは久しぶりでした。感無量。
47.100名前が無い程度の能力削除
ぶっちゃけ疲れたから簡単に
面白かったです
特にバトル描写が素敵でした
とりあえずさとりさま格好よすぎ
こいしとぬえの新しい解釈での戦いも良かったし
お燐と星ちゃんのとこもお気に入り
あとちょくちょく出てくる脇役の魔理沙とかも良かった
49.90名前が無い程度の能力削除
一日かけてゆっくり読ませていただきました。

"U"……読んでて冗長さがきつかったです。「地底行くぞ―!」というパートなのですから、さっくりめにしてもう少し削っても良かったかと。
"F"……文句無し。徐々に盛り上がっていく空気にわくわくしながら読むことが出来ました。命蓮寺チームVS地霊殿チームの激戦開幕の場面などは鳥肌が立ち、次の章へと繋げるのも見事だと思います。
"O"……惜しい、物凄く惜しい。戦闘場面のすさまじく濃密な書き込みには圧倒されながら読み進めることができたのですが……残りのパートがすごく蛇足に感じてしまいました。なんというか、最高潮に燃えあがった空気がくすぶってしまった感じが。ここも短めに纏めていれば、たいへん良かったと思います。

全体……細やかな風景の描写と、ちょろちょろ入るネタが面白かったです。オワニモとかゴルバットとかスネークとかにニヤリとさせていただきました。ですが、やはりちょっと長すぎるのも否めないかと思います。3章合わせて400kbを越えていらっしゃるのですが、この4分の3の容量でも充分な面白さだったのではないかなぁ、と。

自分はバトル場面が大好きなので100点を入れたいのですが、指摘した部分をマイナスして90点をば。
面白かったです。
52.100名前が無い程度の能力削除
二日掛けて読んでしまった……。
練り込まれた描写、息を呑む戦闘パート、丁寧に描かれたキャラクター、胸に響く想い。
何から何まで堪能させていただきました。いいですね、命蓮時と地霊殿。

面白かったです。
充実した時間を、ありがとうございました!
53.100葉月ヴァンホーテン削除
暇つぶしどころか、こんな時間です。どうしてくれるんですか。

ともあれ。
素晴らしい。まっこと素晴らしかったです。
"らしさ"溢れる軽妙な掛け合い。先を期待させる見事な誘引。胸躍る熱き展開。
全てが詰まっていて、(休憩は挟みましたが)途切れることなく読むことができました。

前途多難な命蓮寺の目指す道ですが、きっと(なんやかんやで)手を取り合いながら進んでいけることでしょう。
堪能させてもらいました。
ありがとうございます。
55.100名前が無い程度の能力削除
二日かけて読みました。面白かった。
登場する東方キャラの解釈が斬新で説得力があって、なにより全員が魅力的。みんな可愛いなもう。
個人的には、他者と触れ合う痛みを恋心に置き換えるこいしと、種族の限界を超えて覚りを極めたその姉にMVPをあげたい。
もっともっと、あなたの書く幻想郷の住人に触れたいです。次の作品を心待ちにしております。
56.100ニュートン削除
戦闘パート、ぶっちゃけて言うと……面白いです。乱戦を描写しきれるのかと
思いつつも、それを上手く表現する辺り手腕の高さを感じさせます。
また、氏のSS読んで思ったんですが覚り妖怪怖ええええええ!です。もちろん
さとりさんに出逢ったら幸せですが。そしてこいちちゃんのぎりぎりの発言
ぬえの応答、この二人の会話だけでも充分SS一作分の価値を感じました。
また、戦闘パート後のやり取りも東方らしさを感じ、総じて、素晴らしい完
成度でした。惜しむべくはこれ以上続くシリーズじゃないところ…。
また、会話的にも物語的にも伏線の回収も多々ありましたが、ぬえには思わ
ず色んな所でほろりとしてしまいます。
しかし、長文なのに人を夢中にさせるのが上手いせいでいつの間にか授業に
出る時間が…。
お体にお気を付けて、次のSSを楽しみに待ってます。
59.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい作品でした。
伏線も充分あり、先を読ませたくなる展開でした。
次の作品を心待ちにしております。
61.100名前が無い程度の能力削除
キャラ造形の精度が凄まじい。台詞の一つ一つがキャラの魅力を底上げしてる。



超面白かったです。
62.100名前が無い程度の能力削除
能力や思考回路の解釈が独特かつ説得力があって、読んでてとても面白かった。
ぬえは可愛い。さとりは格好いい。
63.100名前が無い程度の能力削除
星蓮船組が好きになれた
普通の水蜜をもらおうか
66.100名前が無い程度の能力削除
長編でしたが最後まで一気に読めました。
とても面白かったです。
お疲れ様でした。
67.100非現実世界に棲む者削除
いやー面白かったです。

地底妖怪対地上妖怪による妖怪大戦争、めっちゃ面白かったです。
もう引き込まれました。
さとりの大想起の時に出た羽ってもしかして神綺?
大迫力だったなー。
白蓮も強いったらありゃしない。どんだけ超人なんだか(笑)。

だがそれだけにクライマックスが省かれたのが非常に残念。
でもまあ、円く収まってくれて良かったです。
ぬえ、大活躍でしたね。かっこよかったです。

素晴らしい作品でした。
これにて失礼いたします。