Coolier - 新生・東方創想話

妹紅と山狩り

2014/10/26 21:22:52
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「山狩り?」
「違うと言ってるだろう」
心なしか言葉に険がある。
明かりの影のせいかと思ってたけど、慧音の眉間に微妙に皺が寄っている。どうやら会合ではいろいろあったらしいけど、
地雷、踏んじゃったかしら。
 慧音との遅い夕飯、その席での会話としてはあまりよろしくない流れだけれども、話の流れのうえでは仕方がない。
「どうしてそう不穏な言い方をするんだ。別に何を狩り出すわけでもない。」
「別にそれが悪いとかいいとかは言ってないわよ。山狩りと同じところがあるなーって。」
私がそう言うと慧音のこわばった雰囲気が急に和らいだ。
「まあ、そうなんだがな」
茶碗を持っていた腕を卓に下ろす。和らいだというより、意固地になることに疲れたのかもしれない。
「とりあえずご飯食べなって。少しでも食べとかないと明日辛いよ?」
安心させるように私は慧音に笑いかける。どうにもこの先生様は眼の端にひっかかるモノすべてを背負い込む癖がある。
そういう真っ当さを私はもう二度と手にすることはないだろうと思うし、だからこそそういう慧音の融通の聞かない部分が愛おしくもある。
「そうだな、せっかく妹紅が作ってくれたんだしな」
「あ、やっと笑った。やっぱり慧音はそのほうがいいわ」
「馬鹿」

「外来人の遺留品回収、か。八雲もなんだっていまさらになってそんなこと言い出したのかしら」
「ここ何十年かで外もずいぶん変わったらしくてな。そろそろ対処し始めないとまずいらしい」
  妖怪が人を食う、というのも今は昔、そういう事が皆無とまでは行かなくなったものの、たいがいは半分獣のような奴らに襲われることなどが主であり、妖怪がどうの人間がどうのという話にはそもそもならない、まあゆるい御時世ではある。
 とはいうものの、悪意だなんだの以前に根本的に人を食わないと立ちいかない連中、というのもそれで消えてなくなるわけじゃない。そういう連中には八雲が主導して外の人間を――業腹な言い方だけども取り繕っても意味はない――供給している。
 おおっぴらには言われないが誰でも知ってはいることだ。
 こういうことに関する取り決めにも賢者の一人として慧音は関わっているらしいけれど、当然ながら普段は絶対そういうことは私には言わない。
 会合から帰ってきた時に私でも引くような殺気を放っているときはだいたいそれ絡みだ、というのは飲み過ぎでダメな方にハマった時断片的に聞いたくらいだろうか。
「元人間」としてはそのことに何か論評を加える気にはなれないし資格もないだろう。
 それでこの世界は滞りなく回っているわけで、それが立ちいかなくなった時それでワリを食う側に間違いなく私も含まれている。これを日和見だと言うならそもそもこの郷は存在するなと言ってるようなもんだとは思う。
 まあそれはそれとして、だわね。
 そうやって計画的に供給される人間は理詰めで考えればきっちりと掌握されている。でも神隠しはそれに限った話じゃない。
 だいたいは無縁塚あたりで行き倒れるのが大半、その中で年に数人から十数人はどことも知れる山の中で、誰に知られるともなく行き倒れるやつらが最期に出てくる。
  問題はその行き倒れにあるというのだ。

「さっきの話、あんまり気に入ってないみたいね」
  私がそう尋ねると
「気に入らないというほどこだわってはいないさ。実際必要なことなのだし、無茶な要求がつきつけられた訳でもない。
むしろこれからの収穫が終って冬に入る間に、人間にとって実入りのある仕事がくるのはまたとないことだからな。お、この筍お前のところで漬けたやつか」
「今年最後のなんだから味わってよね。それでも、釈然としないものはある、と。」
「そりゃあな。幻想郷に入ってくるような人間はここではほとんど生き残れないし、そもそもそういう意志さえない。それを許せないと思うほど青臭いつもりもない。でも」」
手に持った杯に眼を落とす
「そういう人間でこの土地が成り立っていると実感するのは、今更かな。」

最近幻想郷に紛れ込んでくる人間の持ち物に変化が出てきたらしい。
 ある猟師がみつけた遺体は骨がやっと判別できる程度だったけれど、生前着ていたう衣服は朽ちることなく色さえも判別できるほどだったのを発見した。
 とある哨戒天狗は勤務中に口から血を吐いて危うく死にかけている狼を見つけた。
尋常な様子ではないので聴きだしてみると、行き倒れていた人間のそばに落ちていた「甘い匂いのする粉」を食べたらしい。

 八雲紫いわく
「一つひとつは取るに足らなくとも積もれば山になります。私がいなくともそれくらいはなんとかしていただかなくてはなりませんわ」
 だそうだ。
 その時の表情が手に取るようにわかる気がする。
 あれからひと月ほどのあいだにまた何度か会合が行われ、
 一、人出は人里が供する
 二、その護衛として各勢力より幾人ずつか護衛を出す。
 三、冬に入る前の霜月に3日間、これを毎年行い10年を区切りに幻想郷全体を回ることとする
 というような約定が決まったようだ。
 そしてなんの因果かその護衛に私も選ばれてしまった。暇人だと思われるのは非常に不本意なのだけれど、慧音に頭を下げられるのは非常に対処に困るわけで。
「人里に縁があって、護衛を任せられる者というのは非常に限られてくるのだ。どうか、頼む。」
「だから頭をあげてってば。いや、別にやりたくないってわけじゃないけど、それなら魔理沙なんかはどうなの?出すもの出せばあっちから出てくると思うけど」
「あいつには湖の方面を頼んでいる。一度に郷全体をやるわけじゃないが、さすがに今年の割り当て分を賄うには男衆の数もバカにならない。」
「賢者連中もずいぶんせっかちね」
「藍どのによれば年にこれだけの範囲をこなさなければ帳尻が合わないそうだ。」
「なんだか貧乏くじに思えてくるわね。」
「人里以外に組織だって動けるほどの頭数を有しているのは、まあ山くらいのものだからな。それに悪いことばかりじゃない。働いた分は八雲殿から報酬がでるからな」
 私の担当は妖怪の山と人里の境界まわり、人数としてはおよそ三十人ほど。さすがにこの人数を一人で護衛するわけにもいかず、八雲藍が同行することになった。なんでも事前に話は通っているものの、
 妖怪の山は領分を荒らされることに神経質になっているらしく、揉め事の折、仲裁にあたる役目らしい
 まあこういう諸々も打ち合わせとして顔を合わせた時、本人直々に教えてくれた。
「他のところのほうがよっぽどやばい連中がいると思うけれど」
「単純なチカラではな。一つの領地に何人か、といったところだし、そういう方々は事前に礼を尽くしておけ物分かりよく諒解してくださる。山はそうもいかない」
「そういうこと、あんまり私なんかにペラペラ言わないほうがいいんじゃないかしら。」
「隠すばかりじゃ何一つ信用も得られない。護衛を願ったのだから事情を話すのは当然だろ?」
「あなたがいれば全部こなしちゃいそうだけど」
「私は別に完璧でもなんでもないよ。正直戦いの立ち回りではあなたほどの方はそうそういるもんじゃない」
「褒めて頂いたととります」
 この女史に素直に褒められるとは思わず、私は苦笑いするしかなかった。

 当日明六つ。人里の外れで里の男衆の半分が集合した。
 さすがに男衆すべて里を離れるというのは危なっかしいからなのだが、中々にそうそうたるたる眺めだ。祭りの時よりすごいんじゃないか。
 私はいつものもんぺの上に脚絆を巻きブーツのかわりに地下足袋を履き、上は蓑を羽織っている。いつのも格好も竹林を渡る分にはまだいいのだけれど、本格的に山に分け入ることを考えるといくらか装備に手を入れておいたほうがいい。私一人ならどうとでもなるのだけれど、何人もの護衛を任されていることを考えると服のためににいちいち死んでいるわけにもいかない。
 そう護衛だ。それだけならいつもやっていることとかわりはないわけだけれど、数が数だ。それを思うとため息がでる。この何日か準備しているあいだに何度ついたかわかったものじゃない。正直大所帯は勘弁していただきたいのが本音だ。しかも今回のメンツは・・・・
「おー!ほんとに妹紅ちゃんでねえか!おいみんな、俺らついてるなあ!」
噂をすればこれだ。確か今年の頭、腕を折ったとかで永遠亭まで案内したおじさんだ。「妹紅ちゃんと永遠亭の医者さんのおかげでおいらんとこは路頭に迷わんで済んだんだ。これならこんどの御役目もうまくこなせるってもんだ!」うーん朝からテンション高い
「そ、そうですねえ・・・」笑顔がひきつってないか不安だ。悪い人じゃないんだけど、
「それじゃあ御札配りますよー」
 里の婦人会が博麗神社謹製の御札を配っていく。今回の人里の臨時仕事に際して、さすがに護衛だけではカバーしきれないので博麗神社が全員に妖怪と獣避けの御札を配ることとなった。
 見たところ一枚一枚はそこまで気合の入ったものではないが、あの霊夢が早苗に泣きついたというのだから何枚作ったかは推して知るべしというところか。
 ちなみに守矢神社は山が本拠ということで、人間が山ギリギリまで立ち入る微妙な事情には立ち入らないことになっている。その割にはあそこは妖怪退治に精を出す巫女(風祝だったか)がいるわけだが地元勢力への配慮の表明はきっちりしなきゃならない。
 御札の作成には協力してるのは解せないといえるかもしれないが、博麗や人里に何か面倒事が起きても守矢に得は一切ないわけで、
「隠居の身には微妙すぎる駆け引きね。」
「まあ骨が折れるのは確かだな」
 道中藍殿と埒もない話をしながら歩いて行く。護衛なので飛ぶわけにはいかず、慧音が子供たちを引率するような形になっている。
 滑稽なようだが、人の集まり自体が魔除けのようになっている。
「守矢は実質山の信仰が基板だからな。現人神といっても人間の肩を持つわけにもいかない、かといって山に傾いて人を否定するのでは元も子もない」「知恵のある連中はどこでも同じなのかしら。『宮』の連中もおんなじようなもんだったし」
「そこは立ち入ってもいい話なのか?」
 眉を上げておどけるような笑みには気まずい風(ふう)はない。
「あーそういうのは別にいいのよ。あなたなら藤原がどうのって知っるんでしょ?今さらねー。」
「確かに。上白沢殿なら少し知っているどころではないしな」
「まったくだわ」
 実際のところ慧音が私の過去について知っていることはそんなに多くはない。
 いつぞやか「自分は飛鳥で貴族の妾腹だった」
と素で出生を語ったところ「妹紅は冗談が下手だなあ」と相手にされなかったきりか。まあそれで済むならそれでいいのだろう。
 一度休んで更にかれこれ一刻ほど歩いていったところか。普段は色々避けなければならない難所も多いのだが、そこも手抜かりはないらしい。ほぼ一直線で進んでいる。
「それでは皆さん、取り決めの通り初めてください」
 藍殿の一声のもと、男衆が動き出す。
「八雲の狐様、相変わらずエラい美人だな」
「黙ってろよ。くだんねえこと言ってると挽き肉にされるぞ」
「こらこら。私を何だと思ってるんだ。」
「うおぅ!!言わんこっちゃねえ、ほれ謝っとけ!」
「わかったわかった、早く持ち場に戻りなさい」
 妖怪に対する反応としてはこれが普通なのだろう。鈴仙と話していた時、お得意様だと思ってもふとした瞬間に露骨に区別を感じてしまう時があるとこぼしていた事を思い出す。これはもう理屈ではないのあろう。いちいち気にしているよりもああいう温度のほうがいい。
「さて、と」
 ここからは周りを見渡せる方がいい。十間(十八メートル)ほどの位置まで浮かぶと何が起きてもいいように注意を四方に散らす。
 藍殿はといえば、同じような高度で目を閉じている。妖気が妙に濃いのをみると術を起こしているようだ。
 道中、実際のところ二人でどう監督するのかときいたところ、「少し力めば今回の担当範囲くらいはこなせる」と言っていた。猫の子一匹とまではいかずとも、男衆の大まかな動きくらいはほぼ把握しているのだろう。私がやろうとすれば4回は死んで贄を捧げなければならない。
 自分の強さを誇る気持ちはさらさらないけれど、こうも力量差が見えると色々虚しくなるのは否めない。
 とはいえ長時間気を張る作業で相方がいるのは頼もしい。一日は始まったばかりだ。

 昼ごろまでは特に何事もなく作業は進んでいった。
 幻想郷狭しとは言っても野垂れ死んだ外来人やその荷物がそうそう見つかっていれば世話はない。大体はとっくの昔に妖怪や野犬に食われ跡形も残っていないだろう。一発で何かが見つかるなんて期待はしていないし、むしろ見つからずにいてくれるほうが面倒は省けるというものだ。こんなことは藍殿には言えないけれど。
 昼の休み、一人でおにぎりをついばんでいると近づいてきた藍殿に話しかけられた。
「お隣、いいかな?」
 微笑みながら藍色の巾着を掲げて見せる。花柄のあしらわれた品の良い作りだ。
 巾着からラップにくるまれたおいなりらしきものを取り出す。
「って、あんたラップ使ってるの?」
「え?あ!」
 藍殿が慌てたように稲荷をしまいこもうとする。珍しいものを見れた。
「別にいいけど、他の人に見られちゃまずいんじゃないの?」
「仰るとおりだ、面目ない。藤原殿は外のモノにも詳しいのか?」
「竹林くんだりでこういうの使ってそうなのって言ったらわかるでしょ?」
「まあ、たしかにな。」
 納得してくれたのならありがたい。
「なんというか、意外だったわ」
「意外?」
 そう言いながらお稲荷をぱくつく。よく見ると巾着から出た瞬間にラップが剥がれている。細かいというか、なんというか。
「八雲の式神と言ったら一分の隙もない印象だったけれど」
 そう言うと苦笑いしながら藍殿が答える。
「それを言うなら藤原殿こそもっと生真面目かと思っていたぞ?」
「お互い相手に誤った印象を持っていたってことね」
「違いない」
 二人して笑い合う。
 最近、というかもうずっと慧音以外とこんな砕けた会話をしていなかったかもしれない。
「一つ聞いてみてもいい?」
 休みもそろそろ終わりかと言うとに、いっそ聞いてみたいと思っていたことを聞いてみる。
「答えられることなら」
これこそペラペラ答えられないことなのは私にもわかる。けれども竹林の木っ端蓬莱人一匹、栗を覗く真似をしてもいいだろう。
「今回のこれ、正直人間の力なんて必要なの?」
「というと?」
「あなたの主が本気出せば、幻想郷くらいならあっというまに調べ尽くせると思うけど。」
「まったく、我が主も買いかぶられたというか、評判も善し悪しだな。」
 目を細め愉快というには非常に味のある笑みを浮かべる藍殿。主君に対してどういう感情をもってるのか。
「言ったろう?我ら八雲の力は無限ではない。確かに外の人間の扱いはこちらの領分でもあるが、同じ郷内の助けを借りられるのなら敷くはない。それに」
 目を細めると、
「すべてを余すことなく掌握する。確かにそれは魅力的だが、それが自分にできるかどうか分からないほどあの方が暗愚だと?」
 笑ってはいる。笑ってはいるが、目はどうしようもなくこちらを射抜いてくる。いかん、地雷踏んだかしら。
「悪かったわ。あなたの主を侮辱するつもりはなかったわ。」
「私こそ責める気はないよ、おっと、今の私はそんなふうに見えていたかな?」
「勘弁して頂戴」
 やれやれ、こちらがからかわれていたか。
「まあ正直なところ、管理がすべて私達が行うというのは逆に危険でもある」
「危険?」
「私たちが立ちいかなくなれば即この郷が終わる、それはお世辞にも盤石とは言えない。」
煙管をとりだして火をつける。
「究極、私達がいなくとも幻想郷が維持できるのならそれが最善でもある。」
「ちょっとちょっと、そんなこと言っていいの?」
「わざわざ言いふらすような人間にこんなことは言わないさ」
 煙を吹き出すその姿は常に比べれば品が良いとはいえないが、それでさえ色気がつきまとっている
「我らの目的は八雲による幻想郷の支配そのものではない。人でも妖怪でも、ここを維持できるのならばだれでも構わん。まあ」
紫煙が昇る。
「ないものねだりなのだろうがな」

 その後の2日は特に何ということもなく過ぎた。決められた場所が終われば次の場所へ。藍殿とは何度か話したけれど、初日のあの会話ほど印象の強いものはなかった。
 このまま何事もなくこの行事が終わってくれればとは思ったが、やはりそうは問屋が降ろさないのが世の常ではある。
 三日目の昼過ぎ、とうとう「あたり」がきてしまった。
「藤原殿」「ん?」
 先程から急に術を強めていた藍殿に話しかけられる。なんだかんだでこの三日疲れたそぶりもみせずに術を維持している。
「何か見つかったようだ。」
「おーい!妹紅ちゃーん!!」
 半町むこうから声が上がる。
 遺留品というのはどんなものが来るのやら、見分といこう。

 見分どころの騒ぎじゃなかった。
「これは・・・」「考えてはいたが、初年でいきなりとは考えていなかったな」
 有り体に言えば見つかったのは遺体そのものだった。完全に白骨化していたけれど、問題はその遺体の状況だった。
 遺体は胡座をかいていた。胡座というには足を両方綺麗に組んでいる、いわゆる結跏趺坐の形だ。そして右腕はまっすぐ上に挙げられて、その人差し指は更に上を向いていた。
 普通なら骨になってまでそんな形を保つことはできない。なぜそんなことができたかは考えるまでもなかった。
 骨にはいたるところに白い紐が巻き付いていた。
 骨は大木を背にして座り、紐は骨を木にくくりつけ、足を縛り、腕を括りつけ、死体に形を与えていた。
「天上天下・・・まさしく仏さん、か。」
 そう言うしかなかった。これだけ入念に紐を巻いたのはまあご本人に間違いないだろう。
「それにしてもよく綺麗に骨だけ残ったわね。」
「多分これだ」
 しゃがんでいた藍殿はなにか見つけたようで立ち上がって手のひらのものを見せてきた。「・・・白い、粉?」
「虫を殺すための薬だ。辺り一面にまかれている」
 よくあたりを見渡すと、確かに周りには白い粉が巻かれている。
「それにこの臭い。」「臭い?」
「私は人より鼻が利くからな。ほとんど干上がってかすかにしか残っていないが、多分石油だ。どうやら、自分のまわりに毒になりそうなものを手当たり次第に撒いたようだな。」
死体の周りにはモノが散らばっている。
 透明な布で作られた唐傘の残骸、やたら派手な色の天幕、それらの下に敷かれた青い布、
「・・・状況がわかるようなわからないような」
「とにかく物品を回収しよう。そのためにこれをしてるんだからな。」
 そう言って藍殿は印を組んでから
「皆さん!遺体が見つかりました。案内するので集合してください!」
 拡声か。式を四方に散らしてみせるよりも手の内を見せない基本技といえるかもしれない。
 今が八つ時だから、場を収めて帰るだけで日がくれそうだ。

 結局そのあと特に目立ったことは何もなかった
 他の場所でもいくらか回収されたものはあったけれど、やはり仏の真似事をしている(ような)ホトケさんよりも耳目を引きそうなものは見つかっていなかった。
 私はと言えばその後のことには直接関わっていない。あくまで引き受けたのは護衛だし。
「鈴仙殿が見分したあと、取り決め通り遺体は命蓮寺が埋葬した。人里の寺はあくまで人里の寺だからな。」
 今回の事業の諸々が片付いたあと、慧音との席で聞いたくらいだ。
「命蓮寺ってあの鳥船もどきのお寺?」
「そうだ。これこそ自分たちの務めだと進んで引き受けてくれたよ。あれはありがたかった」
 あまりありがたくなかったその他大勢を思い返しているのか、顔つきが非常に味わい深くなっている。
「・・・ん?見分した?鈴仙が?」
「そうだ。何分状況が状況だったからな。藍殿からも記録だけは残しておきたい、と。」
 お前も現場にいたろ?と言いつつ猪口を見つめる。死体をネタに酒を飲むとは余りよろしくないのだろうけど、酒で無頓着になっている慧音が見れるというならささやかな悪徳と言ってもいいだろう。
「言い方は悪いけど、結局はわけわかんなくなった行き倒れでしょ?そこまで調べる必要あるのかしら。」
「行き倒れ、ではなかったらしい。」
「違うの?」
「鈴仙殿の見立てでは、30前の頑健な男の骨だとわかったそうだ。目立った病いもなし。なによりも、彼がそこに自分を縛って座ったのは餓死するよりもかなり前のことだったらしい。」
「いよいよ頭がおかしいだけとしかおもえないんだけど」
「あれが狂ったための行いだとすると、ああもはっきりと意味のある形をつくった事実とどうにも辻褄があわない。」
 酔っているのは確かだが目つきが完全に据わっている。あ、これダメな酔い方だわ。
「鈴仙殿によると、体ではなく精神的に死を覚悟するほどの状態では、自分の死に様をどうこうしようなんて考えはそもそも持てないらしい。」
 今夜は新月のはずだけれど、思わず月を確認するほどには気配が膨れ上がっている。
「そして狂っているだけだったとしてもやり方が丁寧すぎる。頭蓋骨から顎骨にかけても紐で縛られていた。明らかに自分が骨だけにの姿になった時のことを考慮にいれている。神隠しは、あちらの世界で生きることを完全に諦めた者が落ちるものだと聞いているが」
 そこで、慧音が猪口を見つめたまま先程から一滴も口にしていないことに気づく
「・・・いや、何が起きたか分かるなどというのは、それこそ傲慢なのだろうな。」

「あ」
「お」
 豆腐屋の前で藍殿に出くわしたのは慧音との刺激的な夜から数日後のことになる。
「買い物かしら?」
「ああ、これで終わりだ。そちらもか?」
「ええ、このあいだの仕事で結構稼いだから。たまの贅沢ね。」
 そう言って刻み煙草の入った木箱を見せる。
「羨ましいな。私はここで買う油揚げがささやかな幸せだというのに」
「根無し草も善し悪しよ。贅沢した分は全部自分に跳ね返ってくるんだから。」
「違いない」

「あれから紫様の機嫌が悪くてな。今日の夕飯は色々奮発するために買い物に来たのだ。」
「あれから?」
「山狩りで骨が見つかったろう。調査結果を見たあと目に見えて渋い顔をなさってな。こんなことは神社が潰れて以来だよ。」
 先ほど豆腐屋でもらったのだろう油揚げを爪楊枝で摘みながらしゃべっているけれど、片手でもってる麻袋は2斗を超えているように見える。深く考えないようにしよう。
「たかが骨一つで?別のことじゃないの?」
「皆が思ってる以上に紫様は人間を気にかけているよ。」
 縁起の書き方を考えてもらわないとならんな、とあまり知りたくなかった裏事情をつぶやいている。幻想郷には私には思いもよらない事が色々とあるらしい。
気づくと人里からだいぶ離れたところまで歩いてきている。
「少し休むか」
藍殿は往来のへりに麻袋を置いて煙管を取り出す。
雁首には非常に薄く狐の尻尾が細工されている。
「外からここにくるような人間は例外なく『折れた』者だ。入り込む時点でかけらでも意志を持っているならば、結界は侵入を許さない。世界から忘れられた者は」
いや、違うな。そう言って一息に吸って、吐く。
「自分から世界を見放した者こそを博麗大結界は受け入れる」
「耳が痛いね」
「しかし貴方はこうして生きている。受け入れられた者は自ら生き残るか、それとも。今まではそういうシンプルな割り切り方ですんでいたんだが」
箱に火種を落として
「折れてなお立ち上がり、そして最後まで立ち続けた者がいた。あの方にとっては、それこそが収まりのつかない事なのかもしれん。」

 藍殿が去ってからも私は道端に留まり続けた。農作業の帰りらしき何人かに会釈をされて、それに答えて。
気づけば煙草もすっかり燃えきってしまっていた。
 これ以上ここでうだうだしててもしょうがないので立ち上がる。
 慧音の言うとおり、結局死んでしまった男が何を考えていたのかなんてことは未来永劫わからないのだろう。
だろうが、
「ま、意地だけは通したってところか」
 そう考えておいて締めとしても、別にバチは当たらないのだろう。
 来年は面倒に当たらなければいいな。なんてことを考えながら、私は竹林へと歩き始めた。
はじめまして。タタミです。
プロシュート兄貴の名言だけを頼りに書き上げました。
タタミ
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コメント



0.230簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
 ああ、これは面白いですね。想像が膨らみます。
2.90名前が無い程度の能力削除
てっきりハッピー○ーンの粉の話かと思った
5.無評価名前が無い程度の能力削除
甘い粉とか遺体の状況とか骨とか謎残しすぎる
結局なんだったんだろうか
7.80絶望を司る程度の能力削除
ぞくぞくする結末ですねぇ……
8.80奇声を発する程度の能力削除
おぉ、これは何とも…
9.80名前が無い程度の能力削除
>これはもう理屈ではないのあろう
ないのだろう or ないのであろう
>敷くはない
如く/若く/及く かな?

元ネタがある? それとも今後の作で絡めて行くのか。
10.無評価タタミ削除
皆さんご感想及び誤字指摘ありがとうございます。

誤字については一人でグルグル煮詰める気力がとうとう尽きての見切り発車の結果です。投稿したい!と心の中で思った時にはッ!

ネタというかイメージは完全にラ◯ウです。本当にありがとうございました。

あと今見ると妹紅ほんとに護衛以外なんもしてない。
11.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷の裏エピソードみたいな感じでワクワクしつつ奇妙な感覚を楽しめました
あと誤字かな?というのを報告しておきます

>そういう方々は事前に礼を尽くしておけ物分かりよく諒解してくださる。
おけ「ば」、物分かり~でしょうか?
「しておけ」という忠告みたいな台詞だったらすみません