Coolier - 新生・東方創想話

好きですから。(後)

2011/04/16 20:06:58
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前作『好きですから。(前)』の後編という形になっていますが、前作を読んでなくても読めると思います。
ただ、読んでいただいたほうがわかりやすいと思います。
よろしいかたは下から、よろしくお願いします。




今の私を構成しているのは何かと聞かれたら、間違いなくこいしだろう。
それほど、私にとってこいしはかけがえのない存在。

『おねえ……ちゃ』

泣きながら私にしがみつく可愛い妹。
彼女はとても多感で、笑ったと思ったらすぐに泣いてしまうような子だった。
幼いながら、私はこの子をずっと守っていこうと決意をした。
この子の笑顔が私の救いだった。
どれだけの思考が流れてこようと、こいしの思考だけが私の真実。
他には何もいらない。

『こわ、い、こわいよぉ~』

いつからか、思考自体に怯えだした。
嫌悪、恐怖、畏怖という感情だけでなく

『わかんな、やだ、なにそれ!』

私の思考さえも拒絶し始めた。
彼女だけに注ぎ続けた愛は歪んでいたのだろうか?
こいしは私の思考を見て怯えた。

そのときに嫌なほどさとった。
私は言葉や心で誰かを幸せに出来ないのだと……
この能力で、動物達と心を通わせても、すぐに離れていく。
みんな、みんな私を『こわい』といっている。
最初は体よく利用しようとするくせに。
私はずっと同じ態度でいるのに、勝手に恐れていく。

私を受け入れてくれるものなんていないのだと





いつもどおり、書類をまとめているとお燐の思考が流れてくる。
『さとり様、来客です』
緑髪の巫女?
知らないけど、とりあえずドアの前だけでも来てもらうか。
猫の耳だけに聞こえる笛で『了承』の音を鳴らす。
私の部屋の前に来ると、お燐は一目散に逃げ出す。
不思議そうに思いながらも、緑髪の巫女はドアをノックする。
いきなり、ドアを壊してくるなど野蛮な行動はなし。
何か悪巧みをしているわけでもなさそう。

「どうぞ」
「失礼します」

入ってきて、私を見た瞬間に小さいですか……

「大きなお世話です」
「え、ぁ、すいません」
「とりあえず、そこの椅子に座ってください」

なんで、こんなことで動揺して謝るんだ?
だって、私は覚り妖怪なのに……

「とりあえず、そこの椅子に座ってください」

来客用の椅子を指差し、私も正面へと移動する。

「で、なんの御用事でしょうか?」

ふむふむ、異変について謝りに来た……
一応、そういう配慮はあるのですね。

「先日の異変で、大変なご迷惑をかけてしまいました。
その謝罪をしに参りました」
「実際何を謝ればいいかわからないのに来たんですか?
神様を信仰しているのならば、そこらへんしっかりしてくださいよ」

まあ、所詮は使いのもの。
自分の神が具体的に何をしたかもわからずに謝りに来たってことですか。

「お礼を言えば、いいと思ってるんですか?
私の能力について、何も知らないのですね。
私は、さとり。
心を読む妖怪です。
その能力故に恐れられています。
大丈夫ですから、謝罪なんていりません」

どうせ、すぐにおそれる。
助けたって、何をしたって離れられるとわかっている。
だって、私は実の妹にすらおそれられているのだから。

「友達になりませんか?」
「話聞いてましたか?」

無意識に眉間にしわが寄る。
地上の人間と言うものは、自分をあれだけ恐れておきながら、こんなにも簡単に忘れてしまうものなのか……

「あぁ、思えばこちらは名乗ってもいませんでした。
早苗といいます。
好きなようによんでください」
「だから」
「だめですか?」

彼女の心が流れ込んでくる。
そこには黒い服を着たたくさんの方々が写真を前に泣いている。
これは本で見た葬式と言うものか……
その写真には一人の女の子。
『もし、彼女が私の心を読めていたならば、彼女は死んでいなかったかもしれない』
そして、大きな悔恨。

「そういうことですか」
「だめですか?」
「好きにしてください。
あなたがいやになれば、突き放してくれて、結構」

振り払えない。
彼女の心は、こいしが瞳を閉じる前のように寂しそうだったから……

「じゃあ、お話でもしましょう。
お友だちになった記念に」

『やった、しゃべれる!
みんな、私の話なんか聞いてくれない。
興味があるのは外の世界だけ……
だから、話しかけてきても外の世界のことじゃなかったら話してくれない』

「コーヒーでいいですか」

彼女のあまりにもまとまってない思考が流れてくる。
嬉しい、過去の複雑な思い、混じってくる悔恨。
部屋から出るためにもっともらしい口実を作る。

「はい、もちろんです」
「単純と言われませんか?」
「あはは、どうでしょうか」

はぁ~と大きくため息を吐いてしまう。
本当に動物のようだ。
そして、すぐに離れていくのだろう。
昔のように二人分の要領でコーヒーをいれて、お盆にカップなどをのせて持って行く。
部屋に戻ってみると、私の机の上をじ~と見ていた。

「そんなにじろじろと見ないでください」
「すいません。
きちんと整理されてるなって」
「そんなこと思ってなかったじゃないですか」
「あはは、次に考えようと思ってたことです」
「はぁ、どうぞ」

普通、まともな思考の人間ならばそろそろ恐れるはずなのに……
喜ぶなんて、よくわからない。

「ここにありますよ」

ミルクや砂糖などを探していたようなので、容器を差し出す。

「さとりさんって、センスいいんですね」
「どうも」

心の中でわざわざ丁寧に褒めている。

「それは入れすぎではないですか?」

コーヒーにいれている砂糖やミルクの量に驚く。
ミルクを入るまでなみなみにいれて、砂糖も五つ……

「甘いのがいいんですよ」

ぽんぽんっと何個も甘そうなお菓子が彼女の頭の中で巡る。

「それなら、ココアをいれてきましたのに」
「だって、さとりさんがお話に応じてくれるってだけでも嬉しいですからね。
あ、そうだ、さとりさん。
これを機に守矢神社を信仰しませんか?」

ギャグのようにがくっと机から肘が落ちていく。
な、なんだこの急な思考の飛びは?

「なんですか、その……
友達になるんじゃないですか?」

無理やり作ろうとした笑みも引きつる。
こいしの目指していた友達というものはこんなものだっただろうか?
それとも悪質な宗教勧誘をするための口実の友達?

「だって、自分が好きなものを友達も好きだと嬉しいじゃないですか?
強制はしませんけどね」
「まあ、考えておきますね」

あぁ、なるほど。
一緒の趣味をつくろうって感じの感覚なのか。

「えへへ、楽しみに待ってます」
「信仰するって決めたわけじゃないですからね」

信仰する気なんてない。
神などいたとしても、何の役にもたたない。
だって、私達が離れる運命をかえてくれなかった。

「は~い、わかってますよ」

嬉しそうに返事をしてコーヒーを一口すすりだす。

「いつも、飲んでるやつですけど」
「も~、都合よく解釈させてくださいよ!」

それにしても、本当にころころと表情が変わるものだ。
まるで、あのころのこいしみたいだ。
思わず笑みがこぼれてしまう。

「ふふ、それはすいません」

『あ、笑顔かわいい』

「変わり者ですね」

今まで思われたこともない言葉。
その言葉に変に動揺してしまう。

「えへへ、かわいいは脊髄反射で思っちゃうものですよ」
「はいはい、そうですね」

ほら、こんな軽い気持ちで言っているのだ。
意識したらダメだ。
ぐいっとコーヒーを一気に飲む。
急いで飲みすぎたせいで、咳き込むと

「あはは、熱かったんですか?」

にっこりと笑ってる。
だけど、心の中で少し心配してくれてる。
私のことを見てくれてる。

「あぁ、もう仕事があるから急いで飲んだだけです!
あなたも、あるでしょ?」

だめだ、しっかりしろ。
さみしいからって、私を見てくれるからって、手を伸ばしてしまいそうになる。
私のほうから近づいて離れられるなんてたえられない。

「まあ、そうですね……
じゃあ、また今度」
「へっ、ちょ」

だけど、彼女は軽々しく次を言う。
ひらひらと手を振る彼女に振り返せない。
だって、そういって帰ってきたもののほうが少なかったから。
手を振ると次があると期待してしまう。
彼女が出て行った仕事部屋。
いつもと同じはずなのに……
一つの気配がなくなっただけで、こんなにも虚しい。
いや、そんなの私の妄想だ。
こんなものすぐになれる。
『ガタッ』
外からの物音。
ひょっとして、早苗さんが帰ってきた?
思わず、小走りでドアまで向かって開けてしまう。
そこには一匹の子猫がいた。
まだ、小さくて私を恐れていない。
あなたはいつになったら、私から離れていくのでしょうね……
それまではどうぞ擦り寄ってきてください。
離れたって責めない。
おなかがすいているという思考が流れてくる。
一回、怯えない程度に子猫の頭を撫でた後にキッチンに向かう。
いつもどおりに大鍋をふるう。
細く見えるかもしれないけれど、これでも一応妖怪。
並の人間以上の力はある。
できあがったペットたちのご飯をお皿に盛り、いつもの場所においておく。
きっと、あの子達は私と一緒にご飯を食べたくないだろうから。
仕事部屋に戻り、残った書類仕事を終わらせる。
時計を見ると、すでにペットたちが眠っている時間。
大きく伸びをした後、大浴場に向かう。
どごごごとお湯の注がれる音だけが響いてる。
他のペットたちの声もない。
手短に身体を洗って、お風呂から上がる。
身体を拭き、服に着替えて、自分の私室に戻り、ベッドに入る。
『さとりさん』
次はいつ来るのだろう?
本当にきてくれるのだろうか?
あぁ、だめだ。
期待しちゃってる。





次の日に仕事をしていても、物音一つで来てくれたかもしれないと期待してドアを開けに行ってしまう。
バカみたいだ。
私は覚り妖怪。
それ以前に『古明地 さとり』。
妹にすらも受け入れてもらえない存在なんだ。
何も分かっていない他者に受け入れてもらおうなんて片腹痛い。

「バカみたい」

普段はコーヒーしか飲まないのにわざわざ紅茶を買って……
ティーセットも二つ用意してしまう。
最近作ってもいなかった甘いお菓子を作って待ってしまう。
あの人がお菓子を食べたいという理由でもいいから……
ここに来る理由を作ってしまいたい。
失敗して少し焦げてしまったクッキーを口に放り込む。

「しょっぱいなぁ」

味見のときの一口はあんなに心躍っておいしいのに……
『ごはん、ほしいなぁ』

「あぁ、ごめんなさい」

いつの間にか入ってきていた子猫。
彼女のことで頭いっぱいになって、ご飯を忘れてしまうなんて……
ご飯を作ってあげて、お風呂に入って、ベッドにダイブする。
心がむかむかして、そうでもしないとはちきれてしまいそうだった。





朝起きて、身支度を整える。
仕事部屋に向かう前に、来てくれる可能性が高いのに、今日も二人分のティーセットにお菓子を用意する。
だけど、きてくれなかったときに寂しいから……
そのまま、キッチンにおいておく。
だけど、仕事部屋に入って、書類のために動かす手が止まってばかりする。
ちらちらとドアのほうばかりを見てしまう。
とっとっと足音が聞こえてくる。
『やっと来れた』
きてくれた、きてくれたんだ!

「さっとりさん、こんにちは~」
「本当に来たんですね」

嬉しすぎて、うまく表情を形成できない。
あぁ、もっとうまく嬉しいって表情が作れたらいいのに……
そうすれば、歓迎の意思が伝わるのに。
少しでも歓迎の意思を伝えるために、急いでお茶を持ってこよう。
『ぇ、まさかの会話拒否?』
言葉が足らなかったな。

「紅茶のめますよね?」
「もちろんです!」
「よく来ますね」

照れ隠しにそんなことを言ってしまう。

「だって、あなたはきちんと話を聞いてくれますから」

あぁ、そうか。
思い上がったら、だめだ。
この人が求めているのは『私』ではない
話を聞いてくれて、心が読める『覚り妖怪』であればいいのだ。
そう、一昔のこいしでも……

「そんなに隙ばかり見せて……
本当に、能天気な人間です」

溜息が勝手に出て行く。
だけど、必死に笑顔を作る。
私である必要がなくても、この人が今私を求めてくれるのならばそれでいい。

「あはは、そうですね」
「えぇ、本当に」

耐え切れなくなって、半ば走るように部屋から出て行く。

「お待たせしました……
蒸らすまでの時間、これでも食べててください」
「うわぁ、クッキーですね!
いただきます」

あ、手作りだと言うことに気づいてくれた。
おいしいって思ってくれたら嬉しいな。

「うわぁ、これおいしいです。
どうやって作ったんですか?」
「普通のクッキーですよ。
まあ、すこし特別な植物の蜜を加えてるくらいです」

うそ。
本当はあなたのためだけに作った。
でも、この笑顔のためならば全然苦労でもなかった。
次も何か作ったら喜んでくれるかな?

「あぁ、だから優しい味をしてるんですね」

心の中ではばれてないって思っても、私が早苗さんのためだけに作ったと言うことをこの言葉を聞いたときにばれたのではないかとドキっとしてしまう。
自分のいれた想いがばれてしまうんじゃないかと……

「どうぞ、食べてください」
「はい、喜んで」
「おしゃれですけど、クッキーを一気に三枚も口に突っ込むんですね」
「んむぅ、ごくっ……
だって、さとりさんのおいしいから」

また、幸せそうに笑う。
その際に頬についたクッキーのカスが目につく。
触れても大丈夫だろうか?
拒絶……されないだろうか?
できるだけ自然に見えるように、そっと手を伸ばしとる。

「ありがとうございます。
ほら、食べカスついてますよ」
「えへへ、すいません」
「はい、紅茶もどうぞ」

彼女がそのことを気にしだしてしまう前にほかの事に話を持っていく。

「いただきます」
「それはよかったです」

甘いものが好きみたいだから、特注したものでよかった。

「まさか、私のために用意してくださったんですか?」
「ばかですね、あったやつですよ」

だけど、そんなのいえない。

「それは残念です」

そこからは、初めて『会話』というものをした。
今まで、私がしていたのは一方的な言葉だったから。
私が時々心を読んで、先に口に出してしまっても、気にしなかった。
それどころか、私と楽しく話すための内容を必死に考えている。
この人の出している言葉の一つ一つが嬉しい。
あぁ、そうか……
言葉ってこんなにも重みがあるんだ。
どうして、今まで先読みなんかしてしまっていたんだろう?

「あっ、もうこんな時間!
そろそろ、帰りますね」
「えぇ、おきをつけて」
「また、遊びに来ます」

手を振る早苗さん。
言葉の一つにも重みがあるように、行動にも重みがある。
早苗さんのこの一つの小さな動作だって嬉しいのだから。
だから、私も振り返す。
そうしたら、早苗さんが嬉しいって思ってくれているのが伝わってくる。
かぁって勝手に体温が上がっていく。
今まで、全てをなし崩しに受け入れてきた。
こいしが瞳を閉じたことも……
だけど、一つの行動であんなにも嬉しそうにしてくれるの?
私から、手を

さとり様、こわい。

ドクンっと違う意味で心臓が痛くなる。
そうだ、だめだ。
忘れたらダメだ。
私は古明地 さとりだということを……
でも、考えたくなくなる。

「にゃあ~」

猫が一匹擦り寄ってくる。
思えば、この子猫も私のところに来るのが続いているほうだな……
頭を撫でてあげて、キッチンへと向かう。
みんなの分の料理を作ったら、お皿に盛り付け、いつものように一人先にお風呂に入る。
ベッドにはいる。
天蓋つきの大きなベッドに一人……
今度はいつになるだろう?
こんなにもたくさんの気配を感じるのに、さみしい。
あの人の気配がなければ、こんなにも日々はひどく長い。
今まではこんなこと考えたこともなかった。
ただただ、一日を怠惰に過ごしていたから。
長いとか短いなんて考えなくてもいいほど、何もなかった。
楽しい時間を知ってしまったから、仕事の時間は憂鬱。
でも、仕事を終わらせておけば、早苗さんのためにお菓子を作る時間もできる。

『さとり様、炉の温度が高くなりすぎたので、少し燃料をくべるのを中断してもよろしいですか?』

お燐の思考が流れてくる。
それに『了解』の笛を鳴らす。
お燐と直接会わなくなってどれくらい経っただろう?
今となっては、事務連絡さえもこのざまだ。
まあ、私は覚り妖怪なのだから、しょうがない。
あの子は、私を恐れている。
まあ、心を読まなくなって長く経ったから、本当のところは知らない。
それよりも、次は何を作ろうか?
やはり、甘い洋菓子がいいだろうか?
だから、家に余ってるビターチョコレートはまた別の機会に使うとして……
前のクッキーの植物の蜜がまだあるから、使って。
いつ来るかもわからないし、焼き菓子で長持ちするもの……
よし、パウンドケーキにしよう。
今日の仕事を終え、またいつもどおり。
誰とも会話しない。
大丈夫、早苗さんが近々きてくれる。
そうすれば、一人じゃない。





「さとりさん、また来ちゃいました」
「はい、いらっしゃい。
よく飽きないものですね」

飽きないでください。
もう少しだけでもいいから、そばにいて……

「えへへ、一緒にいたいですもの」
「紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」

直球の好意がうれしい。
でも、それを受け止めるのが精一杯で投げ返せない。

「紅茶がいいです」
「待っててください」

キッチンで、いつも茶葉をしまっているところを見ると

「あれ、ない」

あの甘い茶葉がない。
他のやつは渋みが強く、おいしい時期も過ぎてしまっている。
これだったら、まだコーヒーのほうがましだろう。
コーヒー豆をいって、コーヒーを淹れる。
でも、もし嫌われたらどうしよう?
早苗さんは紅茶を望んだのに、わざわざコーヒーを出すなんて嫌味だと思われるかもしれない。
嫌われたらしょうがないか……
『すごく居心地がいいな』

「くすっ、ここのペットにでもなりますか?」

ペットでもいいから、早苗さんがずっとここにいてくれたいいのに……
そしたら、ヒトリボッチじゃなくなるのに……

「さすがにいやですね~」
「あら、それは残念」

ぱっと早苗さんの信仰している神様達の顔がよぎる。
やはり、早苗さんの心の中ではこの二人の存在が大きい。
祖先から伝わっている信仰と自分をすくってもらった個人的な信仰。
この二つがあわさっているのだから、小さいはずがないけれど……
できれば、神様達と会いたくない。
会ったら、私は早苗さんと神様達の様子を見て嫉妬してしまう。
でも、そんなことを表に口に出したら嫌われてしまうから、我慢。
持ってきたコーヒーとパウンドケーキを早苗さんの前に置く。
早苗さんは紅茶じゃないことを気にせず、ミルクや砂糖をいれていく。
よかった、不快に思われなくて……
『これは食べてもいいのかな?』

「食べてだめなものを出すつもりはありませんよ」
「それもそうですね。
それじゃあ、いただきますね」

早苗さんの口へと私が作ったパウンドケーキが入っていく。
早苗さんの反応が待ち遠しい。
おいしいって思ってくれただろうか?

「おいしいですか?」
「えぇ、もちろん!
すっごく、おいしいですよ」
「それはよかったです」

それは嘘じゃなかったようで早苗さんのフォークを動かす手は止まらない。
あっという間に早苗さんは一切れを食べ終わってしまう。
『私、こんなに食いしん坊だったっけ?』

「おいしいって食べてくれれば、作り手は嬉しいですから、食べてください」

だって、あなたのためだけに作っているのだから。
不特定多数じゃない、あなただけのため……

「さとりさん……全然食べてない」
「小食ですしね」

本来、妖怪は食なんて必要ない。
特に、『覚り妖怪』なんて何よりも『精神面』に特化している妖怪。
いざとなれば、『心を読む』だけで生きていける。

「次来るときは私が何かお菓子作ってきます!
だから、さとりさん食べてください」
「魂胆はどうかと思いますが……
まぁ、楽しみに待ってます」

作ってくれる。
私だけのためなんかじゃなくて、きっと神様達も食べるだろう。
だけど、食べれるんだ。

「えぇ、すっごくおいしいの作っちゃいますよ」
「初心者が変にアレンジ加えようとするのは一番の失敗の元ですよ。
きちんと、なれてないならレシピ見て計って作ってくださいね」

だけど、心を読んでみると不安になってくる。
この人、大雑把料理タイプだ。
クッキー作ったら絶対粉っぽくなりそうだな……

「お菓子作りは計量大切ですからね」
「あはは、まあ楽しみに待っててください」
「食べれるものであることを祈ります」

お願いします。
どうか、変な奇跡が起こりませんように……

「ひどいです。
そこまで、料理音痴じゃないですよ」
「はいはい、期待してます」

まあ、どれだけまずくても食べますけどね。
どうか、爆発物や刺激物じゃありませんように……
『練習してでも、絶対にギャフンッ!って言わせてやる』

「ギャフンッ!ってなんか表現古くないですか?」
「いいじゃないですか。
しかも、心で考えてるだけです」
「私にとっては口に出そうが心で思おうが、あんまり変わんないですもん」

こうやって、面と向かって私に対してしゃべっているとわかるなら、ともかくたいていは陰口だ。
口が半開きで心で罵詈雑言を言われていたら正直わからない。
早苗さんがどんな感覚なのだろうと考えている。
最終的な思考の到達点が体験が出来ないからわからない。

「えぇ、しないほうが幸せです」

もし、心を読めるようになって、今の私の心を読んだらこいしのようになってしまうかもしれない。
そんなのたえられない。
心を閉ざしてしまう、そんな悲しいことを早苗さんにさせたくない。

「なんか、それ自分が不幸って言ってるみたいですよ」
「そうじゃなくて……
はぁ、もうめんどくさいです」

わざわざ言わなくてもいいだろう。
酷く過去を気にしている早苗さんにこんなことを言う必要もない。

「うわぁ、丸投げですか」
「何を言っても、経験してない人には本当にはわからないです。
心を読む私だからこそ、それはいやなほどわかります」

早苗さんのものすごくきれいな私への思いが流れてくる。
ちがう、ちがう!
私はそんなきれいな存在なんかじゃない。

「都合よく解釈しないでください」

すぅっと目を細めてしまう。
だめだ、おさえないと……
もっとそばにいたい。
でも、こわい。
だって、今私は早苗さんを利用している。
自分が一人にならないために早苗さんを求めている。
それにそんなきれいに解釈をされてしまったら、醜い内側を知られたときが怖くなる。

「でも、利用するためだけでしか考えてないなら……
こうやって、私と話ししてくれるわけないです」
「それは、地上との交流」

どうしよう、どうしてこんなことを言ってしまう?
地上との交流なんてどうでもいい。
ただ、早苗さんとそばにいたい。
でも、その本心を言うのはおそろしい。

「じゃあ、それさえなければ……
さとりさんは私と話してくれません……か?
私は、はな、したいです」

早苗さんの震えている声。
そして、拒まれるのを恐れる心。
それは私と変わらない。
でも、私と早苗さんは決定的に違う。
私は早苗さんの内側を見ている。
それでも、私は早苗さんのことが好き。
早苗さんが自分が『酷い』と思っている面を知っても、私はどうしようもなく好きだ。
依存してしまっている。
きっと、これは恋愛感情なんていえないほど歪んでしまっている。
こんな醜い内側を早苗さんは知らないんだ。
だから、私の思いを言葉にして百パーセント伝えたらダメだ。
きちんとおさえないと……

「いやではないですよ」
「さとりさん!」

嬉しそうにパウンドケーキを食べだす早苗さん。

「くす、太るのが怖かったんじゃないですか?」

もう、この話には戻したくないから話を逸らす。

「ぅ、もう~!」
「うふふ、いっぱい食べてください」
「絶対、次は持ってきて、食べさせてやりますからね!」

あぁ、胃がキリキリする。
嫌われたらどうしようなんて、考えたのはいつぶりだろうか?
でも、頑張ろう。
できるだけこの人の望む私でいよう。
『心の読めて、この人が行動しようとした望みどおりに手を差し伸べる』私で……
私から、行動するのは控えよう。

「ぁ~、そんなにやにやして」
「えへへ~、心の中も幸せですよ」
「おめでたい人間です」

心の中も嬉しそうですね。
でも、もしあなたは私の心を知ったらどうなってしまうの?
こいしみたいに離れてしまう?
私のこの想いが『おそろしい』と……
その後、何を話したかが記憶に残らない。
早苗さんが帰ってから、急に吐き気が出てくる。
急いでトイレに駆け込む。

「ぅえっ、げぼっ、ごぼっ」

あぁ、気持ち悪い。
怖くてしょうがない。
あの方に嫌われてしまったらどうしよう。
そう考えれば考えるほど吐き気がおさまらない。
でも、早くご飯を作らないと……
無理やり立ち上がり、ご飯だけ作りに行く。
またたえきれなくなり、トイレに駆け込む。

「ぅあっ、うぅっ、あ」

ぼろぼろと涙も出てくる。
どたどたと外の音が酷く遠い。

「あ、れ?」

かすむ、視界が酷くかすむ。
ぐらぐらとゆれて白くなる。
どすんっと自分が倒れるのが分かっても起き上がれない。
目を開ける気力もなくなっていって、私は目を閉じてしまう。





「んんぅ」

目を覚ましても、トイレの中。
時間は分からない。
だけど、起き上がって仕事をしないと……
いや、その前にお風呂か?
無理やり起き上がる。
足元がおぼつかない。
壁を伝いまず自分の部屋に行く。
お風呂を出た後の着替えを適当に決めて、お風呂に向かう。
服を脱ぎ終わり、お風呂の扉を開けると……
湯船にお燐が上機嫌に鼻歌を歌いながら入っていた。
目が合う。
その瞬間お燐から流れてくる思考。
『離れないと』
ざばっと湯船から出て行き、私の隣を走り抜けていく。

「大丈夫、わかってる」

それでも、その態度一つにズキリとくる。
今まで気にしてなかったのになあ。
違う、近づかないようにしてた。

「ぅうっ」

だって、こんな思考を読みたくなかった。
明確に嫌われているんだと確認したくなかった。
また涙が流れてくる。
お風呂場だったから、強引にばしゃばしゃと水を当てながら顔を洗い感情を誤魔化す。
鏡で見る自分の顔は真っ青で気持ち悪い。
無理やり作り笑顔。
あぁ、きもちわるい、きもちわるい!
こんなんじゃ早苗さんに嫌われてしまうかもしれない。
それまでに顔色だけでも普通に戻そう。
頭がくらっとする。
のぼせてしまう前に手早く身体を洗って、お風呂から出て行く。
服を着替えて、仕事をしに行く。
仕事をしていても、何回も世界が揺れる。
自分の腕に爪を食い込ませて、なんとか頑張る。





そんな身体の調子が続く。
とたとたと軽い、私の元へと向かう足取り。
あぁ、早苗さんだ。
どんっと扉が開けられる。
嬉しそうに抱えている箱。
それが私の前へと差し出される。

「というわけで、食べてください!」
「ありがとうございます。
シュークリーム……ですか」

どうしよう。
胸やけがひどいのに、まさかのクリームもの。
ちらっと表情を盗み見てもきらきらとした瞳で私を見てる。

「えぇ、食べてください」

断れるわけがない。
がぶっとひと口、放り込む。
あれ、なんかかたい?

「卵、もったいないからって少なくしましたか?」
「ぇ、なんですか?」
「見てください」

断面図を見せる。

「卵が少なすぎるとかたくなっちゃうんです」

ぁ、えらそうに言い過ぎたかもしれない……
はいてしまいそう。

「あ、あの、私が食べます!」

だけど、そんな申し訳なさそうな心を見せられたら……
無理やり一個を食べ終わる。

「ぎゃ~、なにしてるんですか!」

悲鳴のような声を上げながらも、嬉しそうな心。

「もう一個もらってもいいですか?」

あぁ、意地を張ってしまう。
でも、この人が喜んでくれるならかまわない。

「まずいとは言ってません。
むしろ、おいしいですから」
「無茶はいいですよ」

ごめんなさい。
本当は味なんか分かりません。
でも、あなたが作ってくれただけで私は食べれる。

「小食の私が二個食べたくなる程度ですから」
「ありがとうございます」

あ、まずい。
不調だってことが伝わってる。

「大丈夫ですから、おいしいものなら」

もう一個も少しずつ口に運んでいく。

「あはは、ありがとうございます」

紅茶を飲むときに見える水面の私の顔は死にそう。
だけど、早苗さんの心の中の私の顔はとてもかわいらしい。
……あれ?
なんだろう、この違いは……
『やさしい、かわいい』
いたい、いたい。
あぁ、自分と早苗さんの中の自分が違いすぎて気持ち悪い。
最後の一口を放り込む。

「ごちっ、そうさまでした」
「お粗末さまでした」

次も持ってくる……か。

「まぁ、頑張ってください。
すいません、ゆっくり食べてしまったので、もう帰らないとまずいんじゃないですか?」

これ以上、ここにいられたら抑えきれない。
身体がもう耐え切れないと悲鳴を上げている。

「まあ、時間はやばいですね。
それでは、また今度!」

どうしよう、吐いてしまいそう。
でも、これは早苗さんの好意なのに……
出てくる吐き気を無理やり飲み込む。
それを二三回繰り返すうちに、マシになってくる。
キッチンへと真水を飲みに行く。

「ぁ、さとり様」
「お……空」

この子の声を聞くのも久しぶりだ。
異変の後、管理問題を問いただされたが結局変わらない。
距離が埋まることなんて一生ないのだろう。

「し、しつれいします!」

どたどたと私の隣を走っていくお空。
『たいへんだ、たいへんだ!
お燐と約束したのに』
そこまでして、近づきたくない?
わざわざ約束するほどに?

「早苗……さん」

だけど、あの人の中にいる私は私だけど私じゃない。
あの人の中でとてもきれいに構築されている私だ。
接すれば接するほど、あの人の中の私はきれいになっていく。
どんどんと私から離れていく。
もし、私が好意でした行為でも早苗さんの中の私と違う行為だったら?
きらわれてしまう。

「ぃや、だ」

あの人にまでも、拒絶されて嫌われたらもうたえられない……
その後はひたすらあの人の中の私について考え続けていた。
それを考えずにすむのは夢の中と仕事のときだけ。
夢の中では早苗さんは本当の私を理解してくれてる。
そして、隣にいてくててお話できる。
早苗さんも笑ってて、私も笑ってる。
こんな関係になれるだろうか?
でも、自分を出すなんて怖い。





「ぅあ、う」

頭が痛い。
一度、ベッドに入って眠ろうかな?
『さとりさんにあえる!』

「早苗、さんだ」

起きないと……
大丈夫、眠るなんていつでもできる。
そして、ドアが開いたら、幸せそうな早苗さんの顔と大きな箱……
前回の箱の4,5倍の大きさ。
スイートポテトか。
箱を見るとそこには数えたくないくらいたくさんの量。

「いただきますね」

それを突っ込むのがおそろしかったから、まず一口いただく。

「はい、どうぞ!」
「まあ、おいしいですよ」
「本当ですか、よかった。
コレ、全部さとりさんのために作ったんですよ」
「バカですか?
いや、もうバカですよね」

聞きたくなかった事実が早苗さんの口から出てくる。
嬉しい、早苗さんが私のために作ってくれるのは……
ただ、もう一口食べただけでも気持ち悪い。

「ひどいです!」
「一個が握り拳大ですよ……
私、小食ってわかってますか?」

お願いします。
せめて、一個か二個が詰め込んでも限界。

「前回はシュークリーム食べてくれたじゃないですか」
「腹のたまり具合が違いますよ。

一個食べ切れるかもあやしいんですけど……
とりあえず、お茶いれてきます」

流し込む勢いで食べないと無理だ。

「あ、今日おちゃっぱもってきたので、いれさせてもらっていいですか?」

茶筒を取り出す早苗さん。
立ち上がり、早苗さんをキッチンへと案内していく。

「日本茶なんて久しぶりです」
「ふっふっふ、私お茶いれるのには自信あるんですよ」
「楽しみにしておきます」

あぁ、思えばキッチンは汚くないだろうか?
だけど、早苗さんの視線は大きな鍋にいってくれたみたいだ。

「ペットのえさはまとめて作りたいですから」
「あはは、なるほど」
「はい、どうぞ」

急須とやかんを手渡す。
早苗さんは手馴れた要領でお茶の準備をしていく。

「じゃあ、湯のみは持っていっておきますから」
「私も行きますよ~!」

部屋を出て行こうとする私の隣に早苗さんが並ぶ。

「じゃあ、飲みますか?」
「もう少し、蒸らしてからですよ」

そういうものだったのか。
いつもおちゃっぱを入れたらすぐに飲んでいた。
だから、おいしくなかったのか……
早苗さんが私の分もお茶をいれてくれる。
湯のみの中のお茶の茶柱がたって、『いいことありそう』だなんて早苗さんが考える。

「人間は単純ですね」
「でも、なんかいいことあるような気がしません?」
「そうですね」

私はあなたと一緒に入れるだけで満足です。
それであなたが笑ってくれるならもっとね。
そのことを考えると顔が自然と笑ってしまう。
ドキっとした?
それはどういう意味だろうか?
笑うと人の心を見透かし笑っているのかと罵倒され続けた。
まさか、早苗さんも急におそろしくなった?
よくある。
今まで平気な顔をしていたくせに、急に離れていったなんて……

「はい、どうぞ」
「いただきます……
ぁ、おいしい」

素で呟いた言葉で、早苗さんは少しショックを受けている。
スイートポテトは、おなかに膨れるからおいしくても苦しそうな顔になってしまっているんだろうな……

「早苗さんのいれ方が上手だからですよ。
私が紅茶とコーヒーばかり飲むのは、日本茶をおいしいと感じられなかったからです」

もっともらしい言葉を言う。
でも、本当に早苗さんの淹れてくれるお茶が好きだな。

「本当ですか。
それは、嬉しいですね」
「みゃた、いれてください」

厚かましいお願いをしようとしたから、緊張して噛んでしまう。
あぁ、どうしよう。
体温がかっと上がる。
最近青白い顔が不自然なほど赤くなっていく。
早苗さんの心を読めば読むほど恥ずかしくなってしまう。

「うるさいっ!
こんなこと言ったこともないし、緊張したんです!」

あぁ、しまった。
乱暴に言い過ぎた。

「そんな緊張しなくてもいいじゃないですか。
ペットたちにはペットになってくださいって言ってるんでしょ?」
「ペットたちは勝手に定住していってるだけですから。
だから、その本当に初めてなんですよ。
早苗さんはいつも自分の気持ちを言ってくれるから、私もきちんと伝えようと思ったんです」

そう、ペットたちは離れていってしまう。
みんな、みんな。
早苗さんだけ傍にいてくれる。
ねえ、早苗さん?
離れないで、もっと一緒にいて。

「そ、そうですか」

私の言葉が重くなかったか、心配になったけど、喜んでくれている。
その想いが嬉しくて、頭がショートして身体を動かせなくなる。
無理やり身体を動かして、スイートポテトを食べる。

「お、おいしいです」
「あはは、ありがとうございます」

そのまま、目もあわせることもままならず口を開いては、一言二言で会話は消えていく。
だけど、幸せであればあるほど怖くなってくる。

「じゃあ帰ります」
「おきをつけて」

早苗さんが手を振る。
私もそれに手を振り返す。
少しずつ増えていく嬉しい二人の当たり前。
それと共に積み重なっていく早苗さんの中のきれいな私。

「あ、だめ」

早苗さんがいなくなったことで、興奮状態が終わり、またしんどくなってくる。
倒れてしまう前にベッドへと向かう。
ぼすんっとそのままベッドへ倒れこむ。
お風呂も入っていないけれど、そのまま目を閉じる。





『お姉ちゃん、だ~いすき』

あぁ、こいしが笑ってる。
これは夢だな。
あの子はもう私の前で笑ってくれない。
それどころか、目の前に現れてさえくれない。

『ずぅっと、一緒にいようね』

えぇ、そのつもりだった。
あなたさえいれば、本当に他のものなんてどうでもよかったの……

『ねえ、お姉ちゃん?』

光のともっていない瞳。
静かに狂気につかれていく妹。

『えへへ』

笑いながら、アリの足を一本ずつもいでいってる。
ただただ一心不乱に……
無駄な殺生を叱るつもりなどない。
私はそのこいしがおそろしくみえた。
それが本当に自分の妹か確かめるためおそるおそる声を掛ける。

『こいし?』

こいしがゆっくりとこちらを向く。

『な~に?』
『何をしていたの?』
『え~、わっかんない。
私、何をしていたんだろうね』

無意識に何かをすることが増えていた。
きちんと、意識を持っていたらいやというほど誰かの感情が流れてくるからだろう。

『お姉ちゃん?
お姉ちゃんだけは私を愛してくれるよね?』
『もちろんよ』

そして、縋りつく回数も増えてた。
一日一回どころか十回以上。
だけど、いつだろうか?
急に怯えだしたのだ。

『こいし?』

なすすべもなく、こいしの瞳は閉じられた。
私の一番の悔恨。



『さとりさん』

あぁ、今度は早苗さんだ。
ついには、夢の中でさえも現れるようになったのか。
私の頭はどれだけ早苗さんでいっぱいになっているのだろう。

『気持ち悪いです』

ぇ?

『やっぱり、無理ですよ』

いやだ、いやだ、聞きたくない。

『確かに、最初はいいなって思いましたよ?
でも、ずっと心を読まれてるなんてこわいですよ』

いやだ、離れないで

『それにあなたのことがそろそろうっとうしいです。
さようなら、さとりさん』

あなたの思うような私がこわいなんて思わない!
あなたの理想の私にもっと近づく。
近づいて見せるからお願い!



「うぁっ、や、まって!?」


必死に叫ぶ。
そこはいつもと同じ自分の部屋。

「大丈夫ですか?」

あれ、早苗さんがいる?
まだ、私は夢の中なのかな?
でも、早苗さんであることには違わない。
夢の中でも拒絶されたくない。

「なんでもないです」

だから、強いふりをする。
さっきの早苗さんはうっとうしがってる。
甘えるようなことをしたら、離れられてしまう。

「お水でも持ってきましょうか?」
「そこまで、甘えるわけには」
「甘えてください。
お水持ってきます」

だけど、早苗さんは水を持ってきてくれる。

「はい、飲めますか?」
「ありがとうございます」

コップを受け取る。
水を飲んでみると、きぃんっと冷たい。
夢の中のはずなのに、現実みたいだ。
あれ、なんか早苗さんの吐息を感じる。
横になって、こっそりと身をつねる。
おかしい、夢なら感覚がないはずなのに……
これは、現実?

「ぇ、なんでいるんですか?」
「あなたのことが心配だからですよ。
さとりさん、きがえましょうか」

早苗さんは私の服を手早く脱がせていく。
今までの疲れがどっと出ている私は、恥ずかしいけれど抵抗する気力はなく、そのまま早苗さんに任せる。

「はい、終わりです。
寝てくださいね」

額に早苗さんの手が置かれる。
冷たくてキモチイイ。
ずっと寝ているはずなのに、それが気持ちよくてまた眠たくなっていく。

「ふぁ、きてくれたのに、すいま、せ……」
「いえ、また体調戻したら話してください」
「はい、そうですね」

これが現実であっているのだろうか?
どっちかはわからないけれど、今目の前の早苗さんがゆるしてくれる。
今の私にとってはそれで十分。
早苗さん、どうか……
次に目覚めたときもそばにいて。
これがどうか夢じゃないように。





「はぁ、忙しい」

体調が戻ったら、溜まった仕事が私を待っていた。
私の気分では一日くらいしか寝ている感じがしなかったのに、数日間も眠りっぱなしのようだった。
次に早苗さんが来るときまでに終わらせておかないと……
本当に来るだろうか?
悪夢だと思っていたほうが事実で、事実だと思っているほうが夢なのじゃないだろうか?それだったら、早苗さんはもう二度とここにはこなくなってしまう。
でも、私は待たないといけない。
あの人が望んでいるのは『心の読めて、早苗さんが行動しようとした望みどおりに手を差し伸べる』相手だ。
待たないとダメだ、あの人が動いてくれるまで……
一心不乱に書類を片付けていく。
これが終わったころには早苗さんがきてくれる。
だから、何日間か集中して仕事を終わらせる。
仕事がひと段落してお菓子作り。
早く来てくれますようにと願いながら、作っていく。
そう願っているのに来てくれない。

「なんで、なんで?」

今まで、一週間も待ったこと一度もない。
いつもすぐに来てくれるのに……

『さようなら、さとりさん』

ひょっとして、本当?
いやだ、こわい。
ずっと先でいいはずの資料に手をつける。
仕事を片付ける。
そうやって無理やりに日々を重ねるのに、早苗さんは来てくれない。
一人分のティーカップ。

「ううん、早苗さんはいる」

もう一個ティーカップを用意する。
すっと一回瞳を閉じる。
早苗さんは目の前にいる。
ほら、とっとと走ってくる音が聞こえてくる。
そして、ドアが開けられる。

「あら、早苗さんきてくれたんですね」

えへへ、やっとこれましたよ。

「くすくす、お仕事お疲れ様です」

さとりさんのほうこそ大丈夫でしたか?

「えぇ、早苗さんが来ない間に終わりましたよ」

それはよかったです。

「えぇ、だからゆっくり話しましょう。
今日は紅茶も上手に淹れられたんですよ」

いいにおいですね。
ひとくちいただいてもいいですか?

「えぇ、もちろんですよ」

うわぁ、おいしいですよ!

「本当ですか?
それはよかったです」

あれ、お菓子はないんですか?

「ごめんなさい、今日は……
バカみたい」

こんな一人芝居したって一人だ。
脳内の早苗さんなんて、さみしい。
だって、早苗さんの声は実際ないもの。
私の紅茶やお菓子を食べて笑う早苗さんもいない。
お菓子だって早苗さんがいないから準備しない。
だって、一人で食べても意味がない。
あの人と食べるから、意味がある。

「会い……たいよぉ」

もお、捨てられちゃったのかな……

「早苗さん、早苗さん」

呟いたって、ドアが開いて早苗さんが現れることはない。
きっと、地上にいるのだろう。
神様と一緒?
それとも、違う人妖?
私があの人の隣にいたいのに……
この音もしない部屋がひとりだって伝えてくる。
一人なのにある二つのティーカップから立ち上げる湯気で余計に虚しくなる。
二杯分を飲み込む。

「なれなきゃ、なれなきゃ」

ひょっとしたら、仕事が忙しくなったのかもしれない。
前みたいに頻繁に訪れてくれることのほうがすごかったのだ。

「大丈夫、きっと来てくれる」

何日もまた、日々を重ねる。
早苗さんを考えないように考えないように……
でも、無意識にティーカップを二個持ってきている自分がいる。

「何、やってるのよぉ」

紅茶の量だって二人分。
普段、一人分だってなかなか飲みきれていないのに……
だけど、淹れてしまったのは自分だから、ゆっくりと飲んでいく。
積み重なっていた仕事はもう何日も前に終わってしまっている。
先先とやっている仕事も、終わってしまいそう。
なんとか、一日を終わらせたら、ベッドに入って眠る。

「あれ?」

目覚めたと思ったら、私はエプロンまでつけてお菓子を作っていた。
材料や作業工程からシフォンケーキ。
そして、近くには焼きたてのクッキー。

「私、寝ていたはずなのに」

とりあえず、作りかけのシフォンケーキを作る。
シフォンケーキの焼き上げを待っている間に焼き上げたクッキーをお皿へとうつしていく。
早苗さんが来なかったら、私が全部食べないといけないのに、どうして作ってしまったのだろう?
次に早苗さんがくるまで作るつもりなんてなかったのに……

「来てくれたらいいな」

シフォンケーキが焼きあがると、逆さにして冷ましておく。
ちらりと時計を見ると、もう仕事の時間。
エプロンを外し、ハンガーにかける。
ティーポットに紅茶を作り、ティーカップを持ち、仕事部屋へ向かう。
資料と睨めっこしながらも、お菓子を作ってしまったからかチラチラとドアのほうばかり見てしまう。
だけど、そのドアは開いてくれない。
ガチャリと開く音だけでも聞きたくなって、自分で一度ドアを開けにいく。
途端に聞こえてくるペットたちの声。
楽しそうでしょうがなさそうな声。
誰かと一緒にいる……
いやだ、いやだ。
こんな声いらない。
私と早苗さんが一緒にいないのに、なんでなのよ!

『思えば、最近あのお姉さん来ないね』
『さとり様と接せられる唯一の人だったのに』
『『かわいそうに』』

開けたドアを無理やり閉める。
普段は使いもしないカギまで使って……
やだやだ、聞きたくない。
どうして、私は心を読めるの?
今までも、何回も思った。
でも、今まではここまで思わなかった。
だって、外のことに興味がなかった。
こいしがいるときにはこいしだけだった。
こいしがいなくなったら、早苗さんと会うまでは何も気にしなかった。
だけど、希望があると思うと外にへ出てしまう。
こんな能力なければこんなおもいせずに

『心を読めるなんていい』

早苗さんの言葉がよみがえる。
そうだ、この能力がなかったら早苗さんは私なんかに興味を持たないんだ。
あはは、ばかみたいだ。
あぁ、どうすればいいんだろう?
早苗さんがいなくて、寂しい、辛い。
幸せな人の心を読みたくない。
心を読めないよう瞳を閉じたい。
でも、そんなことをしたら、早苗さんは二度と私に振り向いてくれない。
だけど、早苗さんが来るかもわからないまま、希望を持って地獄を味わい続けるの?
ちょっとだけ……
おそるおそる第三の瞳へと手を近づけていく。
ごくりと一回唾を飲み込み、瞼に手をかける。
そして、開いている瞳を無理やり閉じさせる。
『ブチンッ』
頭の中の神経が切断されたような音が自分の中で響いて、真っ黒になる。



『さとりさん、だいっきらいです。
もう、こんなところに通うなんてごめんです。
地底なんて、暗いしジメジメしてるし汚いです。
そして、そこに住んでいるやつらも同じですね。
自分から接点を作りましたし、慈悲の心で今まで一緒にいましたけど……
へんな期待をもたれたら困るんですよ』

あぁ、早苗さんだ。
真っ暗で自分の姿すら見えていないのに、早苗さんの姿だけが光り輝いている。

『笑いかたも、まるで人を小ばかにするようですし。
お菓子だって、何一つ好みじゃない。
出してくれるもの全て、毎度吐き気がしましたよ』

やっぱり、私の想いは重いのかな?

『そのくせ、毎度感想聞いてきますし……
おいしかったら、自然と口に出るに決まってるじゃないですか。
出ないってことはそういうことだってわかってくださいよ』

早苗さんがぞっとするほど美しく笑う。

『じゃあ、さようなら。
何一つ楽しくなかったですけど、ありがとうございました』

歩いていく、歩いていく。
いやだ、こんな暗いヒトリボッチなんて……
早苗さんだけが光なのに、光がなくなっちゃう。
すて……ないで

手を伸ばそうとしたとき



がくんっと世界が揺らされる。
ゆっくりと閉じていた目を開く。

「さとりさん、久しぶりです」
「早苗……さん?」

一番聞きたい声が聞こえてくる。

「ようやく来れました」

それは夢の中とは違う優しい言葉。
早苗さんが来てくれたのが嬉しくて、ぎゅっと早苗さんに抱きついてしまう。

「すて、ないで」

言うつもりもない言葉が漏れる。
だめだ、こんなの望まれていないはずだ。

「すてないですよ。
今だって、さとりさんに会いにきたんですよ」

本当にそう思ってくれているのだろうか?
さっきまで眠っていたからだろうか、心が読みにくい。

「こわ、こわくて」

ぼろぼろと涙が落ちていく。
嗚咽も止まらない。
どうしよう、うっとうしいと思われる。

「えっと、私の胸ならかします」

だけど、早苗さんは私の考えとは逆に受け入れてくれる。
それが嬉しくて、また涙が出てきそうになるのを胸に顔を埋めて隠す。
背中に回してくれている早苗さんの指が優しく身体を撫でてくれる。
あのことが全部悪夢なんだと認識できて、ゆっくりと涙が止まってくる。

「すいまっせん。
私から言ったのに、『突き放してもいい』って。
だけど、いつか私が望んでた……
早苗さんと一緒にいたいって」

いつのまにか、言葉を発していた。
自分の欲望だらけの言葉。

「私もそうですよ」

早苗さんも頷いてくれる。
あれ、どうして?
どうして、これが本当だってわからないの?

「利害関係だけでもいいから、一緒にいたかった。
だから、ペットが周りにいたとき嬉しかった。
だけど、すぐに離れていった。
みんな、みんな、みんな!
私の能力をわかってたのに、それなのに」

今は疎遠になってしまっても、愛しいことには変わりない。
愛しくなかったら、わざわざご飯を作ってあげたりなんかしない。
でも、注いだ愛情の分だけ離れていくのが怖かった。
だから、必要以上の情を持たないよう距離を持って接してたはずだった。

「それがこわいって離れて……
妹のこいしでさえも、瞳を閉じる少し前から、『心を読むこと』も『心を読まれること』もおそれて近づいてきてくれなかった」
「さとりさん、私は」

早苗さんが言葉を発しようとしているのに、自分の言葉が止められない。
溜まっていた想いが溢れるように出て行く。

「だから、あなたが来たときこわかったけど、嬉しかった。
あなたは最初からきちんと力を持ったものなのに、普通に接してくれて……
能力が目的だったけれど、能力が目的だったペットと同じようにはならなかった。
ううん、それどころか優しくて……
いつのまにか、依存してた」

あなたが訪れてくれないとまともな日常生活を送れない……
虚像のあなたを作ってしまったり、悪夢にうなされてばかり。

「早苗さんが来なかったら、不安で……
早苗さんには大事なものがあるから、その次でもいいから」

どうか、私と一緒にいて?

「確かに私はお二方が大事です。
でも、私はさとりさんも大切です。
心を読んだら伝わってきませんか?」

何を思っているの?
わからない。
まるで、水の中から見ているように早苗さんの心の中がぼやけている。
瞳を閉じたいと願ってしまったからだろうか?

「わかりますよ。
だけど、こわいんです」

どうしよう、本当のことを言えない。
だって、この人は私の心を読める能力を信頼しきっている。

「じゃあ、できるだけそばにいます。
私も一緒にいたいですから」
「はいっ、はい、早苗さん」

この嘘がばれたらどうしようとおそれでまた涙が流れる。
分かっていないだろう早苗さんは優しくその涙を拭ってくれる。

「じゃあ、一緒にお茶でも飲みましょうか、さとりさん」
「はい、準備します!」

スリッパで無理やり走る。
色んなところを通って、ペットの心は存在していると分かるが正確に読めない。
その事実がおそろしくて、急いで戻る。
いつも、私は向こうで紅茶を淹れてくるのだから、不審がっているかもしれない。

「一緒にいたいですから」
「そうですね」
「ねぇ、早苗さん……
来てなかった間、何をしていたか話してください」

今日は普通の会話をしたらまずい。
心を読めてないことがばれやすくなる。
だけど、早苗さんは渋っている。
おかしいのがばれた?

「だめ……ですか?」

こわくなって、ゆっくりと聞いてみる。

「いいえ、さとりさんがいいのなら」

早苗さんが話し出してくれる。
よかった、今日はばれずにすむ。
早苗さんの存在があるというだけで勝手に顔が緩む。

「あの、楽しいんですけど……
時間大丈夫ですか?」

だけど、早苗さんに迷惑をかけられない。
迷惑をかけたら、きてくれなくなるかもしれない。

「か、帰ります!」

これほど、あせるというのは晩御飯の支度が終わってないからだろう。
そう予想してバスケットを渡す。
もし、間違っていてもあたためる時間などもあるから不審には思われないはず。

「じゃあ、これもっていってください。
二人で食べるつもりだったんですけど、お話聞くのに夢中になってて忘れてました。
晩御飯作るまでの時間稼ぎにはなるんではないかと」
「ありがとうございます。
それでは、また!」

ひらひらっと手をふると、早苗さんも振りかえしてくれる。

「ど、どうしよう」

心がうまく読めない。
第三の目にも視力があったのだろうか?
あるのならば、眼鏡が必要になるくらいぼやけている。
断片的に心を読めるだけだ。
これじゃあ、勘の良い人と変わらない。
なんで、なんでなのよ。
必要となったとたんにこうなってしまうのだろう。
ごまかすしかない。
大丈夫……
あの人の中の私はとてもきれいだ。
よっぽど、変なことをしないかぎりあの人のフィルターでごまかせる。

「あはは」

正しく言えば、本当の私は見られていない。
それでも、早苗さんが一緒にいてくれるならかまわない。
その後、いろいろと試してみたけれど、正確に心が読めるようには戻らなかった。
時間が何とかしてくれるだろうと考えて、お風呂に入り、着替えをしてベッドに入る。
大丈夫、絶対に戻るはず……
ようやく早苗さんとの関係が戻ったんだ。
なんとかしないといけない。
早苗さんにばれてはいけない。





そこから、数日間また早苗さんを待つ日々だ。
相変わらず、私の第三の目はぼやけている。
でも、感情には色があることが分かってきた。
感情が分かれば、少しは話せるだろうと考える。
走ってくる足音が聞こえてくる。
そして、ドアが開かれる。

「お久しぶりです」

いつもとは違って疲れているように見える。

「えぇ、久しぶりです。
疲れているのならば、むりしないでくださいね」
「それよりも、さとりさんに会いたかったですから」

にこっと笑う早苗さん。
だけれど、それは心を読まなくても作っているとわかるほど歪なものだった。
でも、そこまでしんどいのに着てくれたのが嬉しくて

「くす、別にねむってもいいんですよ」
「いえ、せっかくきたんですから」
「そうですか。
じゃあ、お茶でもいれてきますね」
「は~い、お願いします」

キッチンにお茶を淹れに行く。
ここ最近は心を読めるように戻すのに精一杯でお菓子を作っていなかった。
今日はお疲れだから大丈夫だろうけど、次からはきちんと作っておこう。
そう考えながら、紅茶を入れて仕事部屋に戻る。
す~す~と小さな息が聞こえてくる。
そっと覗き込んでみると、眠ってしまったみたいだ。
私のベッドまで運んであげたほうがいいだろうか?
悩みながら、隣の椅子に座ると

「ぇ」

とすっと早苗さんが倒れてきて、頭が私の膝の上に落ち着く。
ベッドで寝たほうが疲れがいえるとわかっているけれど、触れた場所から伝わってくる早苗さんの体温が気持ちいい。
起きていないかを何度も確認した後、そっと髪をなでる。
これが早苗さんの髪だ。
癖毛な私と違い、さらさらしててすごい指どおりが良い。
それにこれだけ長いのに、きれいってことはきちんと手入れしているんだろうな。
きもちいい、うらやましい、もっと触れたい。

「へ?」

ぶちんと意識が途切れたと思ったら、私は早苗さんの髪を掬い上げて、その髪にキスしていた。
私、何してるんだろ?
こんなの気づかれたら、軽蔑されるかもしれない。
早苗さんに気づかれなくて良かった。
でも、このままじゃもっとすごいことしてしまいそうだ。
ぎゅっと目を閉じ、髪だけを漉く。
だけど、そんな時間は本当に生殺し。
がまん、がまん。
ちらっと目を開けてみても、早苗さんは気持ちよさそうに眠っている。
その顔がまたかわいくて、ドキドキしてしまう。
ちょっと、いたずらで耳を触ろうとする手をおさえつけながら、髪を撫でる。
そんな自分の中の戦いを繰り返していると、少しずつ早苗さんの意識が戻ってくるのが分かる。
まだ、寝ぼけているようなので

「ふふ、まだ寝ててもいいんですよ」
「んぅ~、って、あれ?」

だけど、その言葉は逆に完全に目を覚まさせてしまったみたいだ。
もうしわけないと感じていることだけはわかったので

「疲れてたんですからしょうがないです」
「で、ですけど」

すすす~と目を逸らす早苗さん。
そして、いろいろ考えた結果恥ずかしいと思ったらしく起き上がってしまう。

「すいません。
ベッドまでお運びする力が私にはなかったので」

なんて、嘘吐いてるんだろ。
ペット何人分ものご飯を作る鍋を振り回すこの腕に力がないなんて……
だけど、体温が気持ちよかったなんて、言ったら気持ち悪がられてしまうかもしれない。
だって、私の前の無意識に言ってしまった告白まがいの言葉はその場で終わってしまい、意識されていない。
だから、ここまで依存してしまっているのは意識させてはいけない。

「いえ、こちらこそすいません!
きょ、今日はもう帰りますね!」
「きをつけてください」

あわあわと身だしなみを整えて、部屋から出て行く早苗さん。
一気に肩の力が抜ける。
どうしたらいいんだろう?
好きって気持ちが抑えられない。
そもそも、これは好きなのだろうか?
もっとどろどろしているようなきもする。
でも、わからないのならばきれいな響きでいいだろう。
だって、私以外にこの感情を知れるものはいない。
私のように心を読める『覚り妖怪』は、私しかいないのだから。
そう、私はあの人と一緒にいるためにも『覚り妖怪』でい続けないといけない。
ズキンと頭が痛む。
何か、何かして気を紛らわせたい。
あぁ、そうだ。
ペットたちのご飯を作ってあげないといけない。
台所に向かってみると……
すでにたくさんのペットが集まってご飯を食べていた。
思えば、早苗さんのことで頭がいっぱいで、最近ご飯を作ってあげてなかった。
擦り寄ってきてた猫も離れていってる。
そうか、当たり前のようにしてきて、私がしなきゃいけないって思っていたことでさえも私じゃなくてもいいんだ。
バカみたいだ。
はっと一回息を吐き、自分の部屋へ行く。
何もすることがない。
ちらりと時計を見ると、今の時間ならばペットたちと入浴時間がかぶらない。
着替えやタオルを持って、お風呂へ向かう。
きていたものを脱ぎ、お風呂の中に入ったら
『バッシャーン』と大きな音。
誰かいるのなら、出て行こう。

「お姉……ちゃん?」
「こいし?」

こいしなら、なおさら出て行ったほうがいいだろう。

「お話しない?」
「え?」
「だめ、かな?」
「いや、いいわよ」

内心ドキドキしながら、かけ湯をした後にこいしの隣へといく。
狭いわけでもないのに、ぎゅうっと体育館座りで座り込んでいるこいし。
ちらりちらりとこちらの顔をうかがう。
だけど、開きかけた口はすぐに閉じられる。
私のほうから聞いたほうがいいのだろうか?
だけど、こいしは私と一体何が話したい?
だって、この子は私がおそろしいんじゃないのか……
私から問いかけて、こわがらせたらもうしわけない。
沈黙のきまずい時間が何分も続く。
次第に時間間隔もなくなっていく。

「ごめんなさい。
のぼせそうだから、一度あがってもいい?」
「ぇ、あ、うん!
そうだね、もうあがるよ」

ざばんっと勢いよくこいしは、湯船から出て行き扉から出て行く。
何がしたかったのかしら?
久しぶりにこわいものみたさでも、わいたのかもしれない。
そう結論付けて、いつもより長湯なので手早く身体を洗ってお風呂から上がり自室へと戻る。
あぁ、早く早苗さんに会いたいな。
でも、そのまえに心をきちんと読めるようにならないと……
大丈夫、今日はおかしなことをしていなかった。
大丈夫、次も来てくれる。
そう信じてベッドに入り目を瞑る。
朝目が覚めたら、いつもと同じ一日を繰り返す。
早苗さんがここに訪れてこなかったら、私の一日は本当に華がない。
日記を書いていたとしたら、早苗さんが訪れた日以外は空白になるに違いない。
最近はお菓子を作るけれども、早苗さんが来なかったら、腐ってしまう前に自分で処理だ。
早く早苗さんは来ないかな……
一日がやっぱり長い。
嫌われてしまったのではないかとこわくなる。
あの人の体温にまた触れたい。
愛しい、寂しい、わびしい、恋しい。
感情が浮かんでは消える。
なんとか今回は一週間たっても我慢できた。
だけど、早く会いたい。
ぎりぎりといつの間にか指を噛んだりしてしまう。
でも、でも、早苗さんはきっときてくれる。
だから、待たないと……





意識が飛ぶ回数も増えてくる中、ようやく……

「さとりさん、お久しぶりです!」

ドアが開かれて、早苗さんがやってきてくれた。

「はい、久しぶりです」


それだけでも嬉しいのに
早苗さんの頭の中の『好き』って言葉だけがダイレクトに私に伝わってくる。
どうしたらいいんだろう?
それに、どうして早苗さんは私がこんなにも好きなのにわかってないんだろ。
少しくらいならいいかな?

「バカ」
「んぅっ、ぇ、さとりさん」

そっと背伸びをして、早苗さんの頬にキスをする。
髪の毛とはまた違って柔らかい。
夢見心地のまま、溜まっていた言葉があふれ出す。

「私はあなたが好きですよ。
ずっときてくれなくて、会えたときの言葉は告白……のつもりだったんですよ。
それなのに、あなたはただの友情の好意と思い込むし……
その上、また来なくなるなんて」
「ぅ、ごめんなさい」

申し訳なさそうにうつむく早苗さん。
そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに……
どうして、もっとうまく伝えられないんだろう。
心の中の早苗さんはこんなにもダイレクトに伝えてくれるのに……
ぎゅっと早苗さんの服の袖を掴む。

「あ、あのさとりさん?」
「それで、あなたの返事は?
あなたの口からでる声が欲しいんですけど」

私は口だけじゃうまく伝えられない。
だから、早苗さんのお手本を知りたい。
でも、早苗さんの言葉が欲しいだけなのかもしれない。
どっちが本当に望んでいることかなんてわからないけど

「ぁ、はい。
わ、わた、わたしはさとりさんのこと……すき、ですよ」

早苗さんはゆっくりとだけど伝えてくれる。
それが嬉しくて何も言葉が出せなくなる。
早苗さんは私が畳み掛けるように言った言葉が自然に普通に思えたみたいだ。
一方的で、全然いいように思えないのに……
でも、こんなにも言葉が出来たのは

「ずっと前から早苗さんのことを意識してましたから。
あなたは、意識してくれないから……
この想いは叶わないんだって思ってたんですよ」

だって、私はほとんど初対面からあなたに夢中になってた。
あなたが推し量ってる中私だけ夢中。
あなたに良く思ってもらいたい。
だけれど、そこから生まれるギャップがまだこわい。
だけど、今はかすんではっきりと見ないですむ。

「大丈夫です、はい。
私はさとりさんのことが好きです。
絶対にさとりさんのことを傷つけませんから」

今は心が読みにくいはずなのに、はっきりと初対面のとき見えた女のこの顔がよぎる。
今は私と一緒にいるはずなのに……
そんなにも、まだその人が気になるの?
それとも、私がその気になってるだけであなたは私にあの人をかぶせてるだけ?
守れなかったあの人を重ねて、私を守ることで、償いをしたいの?

「はい、早苗さん。
でも、私はあなたといれればそれでいいんですよ」

たとえ、それでもかまわない。
今のあなたが私を選んでくれるなら……

「あはは、ありがとうございます。
でも、無茶はしないでくださいよ」
「はい、もちろんですよ」
「えへへ、早苗さん。
何か持ってきますね」

あぁ、どうしよう。
こんなにも嬉しいのに心がモヤモヤしてる。
でも、これは言っちゃいけない。
気にしている明かされたくない『トラウマ』なのだから。
キッチンに着くとすぐに淹れっぱなしになっていたコーヒーを一気に飲み干す。
苦味がなんとか私を冷静にしてくれる。
紅茶はなくなってしまっているため、またコーヒーを淹れなおす。
お菓子は前に焼いておいたワッフル。
コーヒーを入れるまでの間に生クリームを泡立てていく。
コーヒーが淹れ終わったころには、まだ少し甘いけれどなんとかホイップクリームになっていたため、近くに添える。
そして、前に使ったはずのストロベリーソースを軽くかけて、それらをお盆に載せて持っていく。

「おまたせしました」
「ありがとうございます」

『おいしそう』って思ってくれてる。
なんかそれを直球で受け止めるのが恥ずかしくなってしまい

「それくらいしか趣味がないんですよ」
「素敵だと思いますよ」
「ありがとうございます。
食べてみてください」
「はい、いただきます!」

ぱくっと早苗さんが口の中にワッフルを放り込む。
感想を聞こうとした瞬間、喉がきゅっと締められたかのような感覚に襲われる。
夢の中の早苗さんの言葉が頭にこびりつく。

「おいしいです」

だけど、早苗さんは『おいしい』って自分から言ってくれる。
その不安を取り除いてくれてありがとうという意味で、目があったときににっこりと笑う。

「足りなければ、私の分も食べてくださいね」
「いえ、そこまでは」

遠慮しないで欲しい。
もっと食べて欲しい。
これは私のエゴなのだろう。
自分のワッフルを一口大に切り分けて、ぐさっとフォークでさし、早苗さんの前に差し出す。

「あ~ん」
「ん、おいしいです」

嫌がらずに早苗さんは食べてくれる。
おいしいって伝えてくれる。
自分も一口食べようと切り分けて、口に含んだ瞬間にこのフォークが早苗さんのお口の中に入ったのだと思い出す。
ただの金属のはずなのに、そこに早苗さんが触れていたというだけで嬉しい。

「間接キスですね」

思わずそれを口にもらしてしまう。
早苗さんが恥ずかしそうにしている。
こういうときに普通に嬉しいって思ってしまうのと恥ずかしいって思うのが想いの差なのかもしれない。

「だって、好きな人と触れ合えるなら……
私はどんな形でも嬉しいですもの」
「わ、私だってそうですよ
えいっ!」

思考がゴチャゴチャとして、いつのまにか頬にキスされていた。
頬に触れる少し湿った感覚。
初めて感じる早苗さんの唇。
それは頬よりも少し柔らかくて不思議な感じがして、かぁっと一気に体温が上がる。

「ほ、本当にあなたは突拍子もないですね」

『赤い』という単語だけが伝わってくる。
それは言われなくたってどこが赤いかなんてわかってる。

「あなただって、顔赤いですよ」
「えへへ、私も好きな人と触れ合えたら、嬉しいんですよ」
「そ、そうですか」

自分で言ったのに、早苗さんが言ってくれたら嬉しくなる。
もっと触れ合いたいって想ってもいいのだろうか?

「あ、そうだ、さとりさん!」

そんなことを考えていると急に
『家来る』という単語が流れてくる。
『家来る』?
えっと、早苗さんの家に来て欲しいということでしょうか?

「ぇ、って急にどうしてそんなことを?」
「いつも、ご馳走になってるから夕食ご馳走したいんです」
「でも、私は」

好意は純粋に嬉しい。
ただ、色々と面倒なこともあるのだ。

「さとりさんのペットは頻繁に地上に通ってますよ」

私のペットと私とじゃ話が違うのだ。
だけど、それをこの方に話しても理解してもらえないだろう。

「でも、いきなりお邪魔したら、神様が」
「じゃあ、宴会のときにでも……」

どうしよう、着々と行く方向で話が決まっていってしまう。

「あの、それは断ったらまずいんじゃ……」
「あはは、お酒弱いですから、すぐつぶれちゃうんです。
それで、その酒癖悪いみたいで……
私を家に一人にはさせたくないから、誘ってくださってるんです」
「じゃあ、お邪魔しましょうかね」

宴会の中一人寂しそうにしている早苗さんが見えたら断れるわけない。
スキマ妖怪にしろ、なんにしろ話をつければなんとかなるかもしれない。

「はい、楽しみにしてください」
「作り過ぎないようにしてくださいよ」

百パーセントの確約は出来ませんから。

「余っても、次の日に食べますから」
「それならいいですけど。
でも、私神社の場所わからないですよ」

でも、最後にもう一度抵抗してみる。

「じゃあ、迎えに行きます。
橋とかどうですか?」

地底で橋といわれたら、あの橋だろう。
不機嫌そうにエメラルド色の瞳をゆがめている彼女の顔が思い浮かぶ。
ここを待ち合わせにすると聞いたときにするだろう顔を思い浮かべて笑ってしまう。

「くすくす、ひょっとしたら神社にたどり着けなくなるかもしれないですよ」
「なんでですか?」
「だって、橋姫のいる橋で、『恋人同士』の待ち合わせをするんですよ。
嫉妬されたら、なかなか解放してくれないですよ」
「えへへ、それもそうですね。
まあ、そのときは強引にでも突破ですね」
「くすっ、退治しちゃだめですよ?」

これ以上、私に悪い噂を増やしても変わりはしないけど……

「えぇ~、わかりました」
「じゃあ、待ち合わせの時間は六時ごろでどうですか?」

夕食ならそれくらいだろう。
あんまりにも早い時間にお邪魔するのは悪い。

「はい、楽しみにしてます。
じゃあ、そろそろ帰りますね」
「はい、おきをつけて」

手を振る。
いつも、いつかは分からない、いつかを待ち続ける日々。
だけど、今回はきちんと会える日が分かってる。
最初は不安だったけれど、そう思うと俄然やる気も出てくる。
でも、その前に色々しておかないといけない。
上司へこの地霊殿に離れることの連絡とスキマ妖怪に地上へ出ることに対して聞いてみることだ。
お燐やお空が地上に出やすいのは条約のときに彼女達がいなかったからだ。
条約を締結したときにいたのは、地上から地底へ逃げ出したものだった。
原住生物だった彼女達は抜け道だがその条約には入っていない。
まあ、条約で妖怪同士だから人間はOKっていう考えをする相手なのだから、こちらだってその言い分を通したって大丈夫だろう。
でも、私は違う。
私はきちんとその条約を締結するときにいた。
まず、スキマ妖怪への手紙を書き出す。
アポなしは失礼に当たるだろう。
あれ、でも、手紙を書いても誰に渡してもらうんだろ……
書きながら、思いつくのは一人。
逆を言えば、早苗さんをのぞけばまともな知り合いは彼女しかいない。
上司である四季・映姫だ。
近々視察があるのだし、その時に彼女に頼めば良い。
そう決めると、手紙を書いていく。
だけど、誰かへあてて手紙を書くなんて、本当に初めての経験で何度も書いては字を消す。
それを何十回と繰り返し、ようやく手紙が出来上がる。
立ち上がり肩を回すとゴリゴリと音が鳴る。
もう時間も良いころなので、一回自室へ戻って着替えを取った後お風呂へ向かう。
ひょっとしたら、こいしが来るだろうか?
そう思うと、体が変に緊張してくる。
だけど、こいしはいなくて、ほっとする。
手早く身体を洗って、お湯につかる。
少しの物音でこいしが来たのではないかと驚いてしまう。
きらいなわけなんかもちろんない。
どう距離をとったら良いのかがわからない。
今までの距離じゃ前みたいに傷つけてしまうかもしれない。
でも、無視はもっとあの子を傷つける?
そう考えると動けなくなる。
だけど、こいしは来なかった。
私はお風呂から上がりベッドの中に入る。
やるべきことや考えることばかりが多くなっていく。
急いだって映姫が来るまで何も出来ない。
だから、大人しく目を瞑って眠る。



『こんにちは、さとり』

私と容姿が瓜二つ。
双子なんかよりも近い。
でも、夢の中ということは過去?
それとも、全く違う人物なのか?

『あははっ、残念。
私は正真正銘、あなた。
私は現在の古明地さとりよ』

じゃあ、私は誰?

『あなたも、古明地さとりよ』

同姓同名?

『だ~から、私とあなたは同じ』

勝気に楽しそうに微笑む目の前の自分。
とてもじゃないけど、自分のようには見えない。

『えぇ、そうかもしれないわ。
だって、私はあなたの理想そのものだから』

夢の中で理想の自分と出会えてる?
全然嬉しくない。

『それなら、がんばりなさい』

何を?
早苗さんと一緒にいるための時間を作ること?

『まあ、半分正解。
後はあなた次第。
私がこれ以上出る幕がないことを祈っておくわ』

どうして?
こういうときは乗っ取りたがるものなんじゃ

『言ってるでしょ?
私はあなた。
根本的な目的は同じ。
そして、私はあなたの理想どおりに動く『私』なだけ』

わからない、わからない。

『くすっ、結局『私』も早苗さんが好きってことよ。
タイムオーバー。
それじゃあ、もう私と出会うことがないように』



「なんだ、夢?」

目が覚める。
さきほどの夢が頭にはっきりと残っている。
でも、考えたって意味が分からない。
はぁっと大きく溜息を吐いた後身支度を整える。
全てが終わり、仕事部屋に入った瞬間に
『え、閻魔様だ』
心を読む力は弱まっているのに、はっきりと伝わってくる。

「こんにちは、さとり」
「こんにちは、映姫。
いつもより、少し早いんじゃないですか?」

来客のための準備を何もしていない。

「あぁ、少し繰り上げまして。
視察が終わったら、すぐに戻ります」
「あら、そうですか。
それじゃあ、これお願いしてもいいですか?」

昨日、書いておいた手紙を手渡す。
映姫が酷く驚いた顔でこちらを見る。

「あなたが、どうして手紙を?」
「少し、地上に行きたいと思ったんです。
だから、要請状を……
後、少しの間ここから離れてもよろしいでしょうか?」

さらに目を大きくする。
そして、ゆっくりとその瞳を閉じ

「私からもお願いしておきます。
後、報告書などをきちんと出してくだされば外出は私達のほうで制限をかけませんよ」
「わざわざすいません」

いくら他に相手がいないとはいえ、一応上司なのだ。

「いえ、閻魔として当然です。
生物である限り、何かに興味を持たなければ意味がない。
罪を犯さぬよう、善行をつみなさい」
「はい、かしこまりました」
「じゃあ、回ってきます。
あなたは仕事をしててください」
「お気をつけてください」

映姫が部屋から出て行く。
あぁいっているのだし、映姫のほうから謝りにこない限り、地上に行っても大丈夫だろう。
約束を破らずにすむ。
それだけでほっとする。
そこからは待ち合わせの日にちまで、時間を潰していく。
そうやってようやく待ち合わせの日になる。
スキップしそうになるのを抑えて、橋へと向かう。
思考はイヤというほど流れてくる。
だけど、長年によって培われた無視と最近の読みにくくなった瞳の前では、そこまで不愉快にはならない。
三十分前に着いたので、早苗さんはまだ着いてない。
一回、身だしなみをもう一度整える。
いつもと変わらぬ服に、普段外に出ないため寒さが分からなかったので念のためにつけておいたマフラーと手袋。
しかし、今日の寒さならまだなくても、たえられたかもしれない。
私なんかがこんな場所にたっていれば、パルスィがちょっかいでもかけてくると思ったがその様子はない。
もっとねたましいものでもあったのだろうか?
せっかく、早苗さんと会えるのだからジャマされないのならそれが一番なのだが。
何回も時計を見る。
でも、まだ待ち合わせ時間よりも早い。
楽しみすぎて、時間が経つのが遅い。
だけど、きちんと時計の針は動く。
そう、きちんと時間は過ぎていっている。
なのに、早苗さんは来ない。
すでに待ち合わせ時間から十分遅れてる。
何か仕事でもあったのだろうか?
それでも、一時間くらいにはきてくれるだろう。
だから、早苗さんに会えるまで自分がどういう風に振舞うかを考える。
そう考え出すと止まらない。
早苗さんの作る普通のお料理はどんな味だろう?
前は上半身だけだけど、裸を見られたのだから私もお風呂で見返してやろう。
やっぱり白くてきれいなんだろうな。
巫女服から分かる胸のラインとか見てたら、ナイスバディなんだろうし。
思えば、今日は泊まるのか泊まらないかも聞いてない。
泊まるのだとしたら、布団はどうなるのだろうか?
ひょっとして、二人で一つを使うとかになってしまうんだろうか?
ぅ~、膝枕でもあんなにドキドキしたのに、大丈夫だろうか?

「おそいな」

これだけ煩悩まみれなことを考えて時間を潰しても早苗さんは来る気配がない。
時計を見てみると、すでに一時間もたっている。
どこかで弾幕ごっこにでもひっかかったのだろうか?
心配になって少し様子を見に行く。
だけど、地上への光が見えても早苗さんはいない。

「そこの土ぐも」
「ひぃっと」

落ちてきそうになる土ぐも。
わざわざ、そこまで怯えなくても

「ここに巫女は今日来てないわよね」
「ぇ、さっき来てたよ。
きたと思ったら、帰っていったけど」

嘘だと叫びたい。
だけど、目の前の土ぐもの心には嘘をついてる気配がない。
つまり、これは本当?
どうして、いきなり?
それは緑か赤かも聞くのがこわくなり、私は橋に戻る。
今まで、寒くもなかったのに、身体が冷えてくる。
どうして、どうして?
だけど、待つ以外の選択肢はない。
早苗さんがやってこないってことを考えたくもない。
だから、橋で待ち続ける。
早苗さんが離れていった?
私はそんなこと絶対に認めない。
時間の感覚なんてうせてくる。
でも、大丈夫。
早苗さんは来てくれるもの。
だんだんと暗くなって旧都に明かりが増えていく。
それでも、早苗さんはまだこない。
そして、その明かりも次第に消えていく。
こんな時間に、もし早苗さんが来るのだったら危ないなっと考えながら待つ。
時間を見たいけれど、暗すぎて時計も見れない。
夜の静かな中、私の息遣いだけがひどく目立つ。
だけど、平気。
だって、早苗さんは来てくれる。
そう信じて、立ち続ける。
次第に旧都から音がし始める。
少しずつ人が起きはじめている。
一夜が明けてしまう。
ひょっとして、一日日にちを間違えたのだろうか?
それなら、こなくて当たり前だ。
六時まで時間があるけれど、地霊殿に帰ってもやることがない。
だから、もうここで待ってしまおう。
思考をプラスにプラスに無理やり変えていく。
近くの旧都の町の人々の声が活発になっていく。
まだかな……
地上に通じるほうに意識を向けても、誰も来る様子がない。
ちらりと時計を見ると、また六時……
もう、思考をプラス思考に変えられない。
思わず、座り込みそうになったとき、ひゅっと風を切る音。
そして見えてくる愛しい人。

「ぁ、しゃ、なえさん」

それは幻覚ではない。
それだけでほっとして身体が少し軽くなってくる。

「あはは、間違えて一日待っちゃいましたかね。
実は朝の七時に目が覚めてしまいまして」

早苗さんが気にしないように言葉を考える。
早苗さんの真意はわからない。
でも、そんなの知らなくていい。

「どうしてですか?」

早苗さんの目が細くなる。
泣いているのか怒っているのかよく分からない。
『空』しか読めない。

「くすくす、地底なので空はないですけどね」

とりあえず、笑うところだろう考えて笑う。

「な、なんで怒らないんですか?」

どうして、怒るのだろう?
ゆっくりと近づいてみても早苗さんは逃げない。

「言ったでしょう?
私はあなたが好きなんです。
あなたはちゃんと来てくれた。
それで、十分なのですよ」

それ以外はいらない。
どんな宝だって、勝てやしない。
あなたが私を求めてくれるならそれで良い。

「でもっ、でも、私」
「嫌われるのは慣れています。
それとも、嫌われ者の私の傍にはいたくないですか?」

ぶんぶんっと早苗さんが私の言葉に首を振る。

「周りなど、どうでもいいのですよ。
私にはあなたがいればね」

あなたしかいらないんです。
だから、どうか一緒にいて?

「ごめ、ごめんなさいっ!」

ぎゅうっと早苗さんに抱きしめられる。
思ったよりも冷たくなった自分の身体に早苗さんの体温がきもちいい。

「あったかいです」

拒まれたらどうしようと思いながらも、腰に手を回す。
こうやって、触れ合えるなんて幸せだ。
でも、もっと触れ合いたいと思ってしまう。

「キスしてもいいですか?」

そう思ってたら、早苗さんが聞いてくる。
まるで、心を読まれたかのような感覚。

「ばか、そういうのは雰囲気でいいんです」

嬉しくて恥ずかしくて、ゆっくりと早苗さんを待つ。
ぴとっと触れ合うだけのキス。
唇が離れた瞬間

「「好きです」」

お互いがそう口にしていた。

「さとりさん……
今からでも、私の神社に来てくださいますか?」
「よろこんで」

じゃあ、今日は一緒にいられる。
嬉しい、もっと一緒にいれるんだ。
先に行こうとする早苗さん。
離れてしまった体温が寂しくて、わざと手を出して追いかけない。

「さとりさん?」

早苗さんが振り返る。
気づいてくれたようで、急いで戻ってきてぎゅっと私の手を握る。
でも、向き合う握手の形になってしまっている。

「くすくす、これじゃあ進めないですよ?」
「ぇ、あ、はい!」

早苗さんはすぐに握る手を変える。
でも、今日はずっと早苗さんと二人なんだ。
飛んでいる最中のお話もすごく楽しくて、だから神社に着いたとき

「ただいまかえりました!」
「ぇ、え?」

早苗さんの言葉に驚いてしまう。
思えば、宴会は昨日なのだから神様達がここにいるのも自然なのか……

「神様、いらっしゃるのですか?」
「えぇ、いらっしゃいますよ。
なにか、都合が悪いですか?」

不思議そうにきいてくる早苗さん。
二人っきりになるのが楽しみだったなんていえない。
ごくりとその言葉を飲み込み、笑う。

「い、いえ、そうじゃないですよ」

後ろから気配を感じる。

「お、はじめまして……かな?」
「はい、はじめまして。
古明地 さとりと申します」

深々とお辞儀をする。
早苗さんが大切に信仰している神なのだから、失礼なことはしたくない。

「すいません。
いきなりおじゃまして」
「いえいえ、じゃあせっかくだし……のもうか!」
「はい、よろしくお願いします」

盃を渡される。
思わず、受け取ったもののお酒はあまり得意でない。

「じゃあ、私はあてでも作ってきますね」
「うん、待ってるからね~!」

ぐいっと肩に腕を回される。
早苗さんだったらよかったのになって思ったら、早苗さんがこの様子に嫉妬しているのが伝わってくる。
逆の立場になると、ずっと考えていただけあって、思わず笑ってしまう。

「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」

そのまま、つれられていく。
そこには神様がもう一人いた。
『早苗のことが本当に好きか?』
会った瞬間、鋭く重たい思考をぶつけられる。

「当たり前じゃないですか」

頭を抑えながら答える。
ふっと奥の神が笑い

「ふっ、そうか。
まあ、よろしくたのむ」
「もう、神奈子ったら!
よっし、のっむぞ~」
「ぇ、はい」

そして、料理が出される前から胃袋に酒を注ぎこまれていく。
もともと飲みなれていないお酒に、空っぽの胃袋に突っ込まれる酒。
アルコールが回らないわけなく、すぐに私はデロンデロンになってしまう。
聞かれた質問に答えているもののどうやって答えているかも分からない。
ちらりと早苗さんを見ると幸せそうにしている。
だから、間違ってなんかいないはず

「ねえ、早苗はどこを好きになったの?」
「えっとですね……
優しくてお菓子作りが上手なところももちろんですし、やっぱり心を読んで欲しい言葉を的確にくれるところでもありますね。
私が仲良くなろうと思ったきっかけですし。
あ、でも、もちろん全部好きです」

ざばっと冷水をかけられたごとく頭が冷静になる。
そうだ、早苗さんはまだ知らない。
私の読心が弱くなっていることを……
早苗さんの顔が見たいのに怖くて見れない。
首は上下に動くばかり。
そして、繰り出される質問に答えるのもおそろしくなってくる。
一つの回答で心が読めないということがばれてしまうのではないかと。
だから、寝ているふりでそっと隣の早苗さんの肩に寄りかかる。

「早苗、もう寝かしてあげて」
「はい、わかりました」

早苗さんが身体を持ち上げてくれる。
急いで布団を敷いて、そこに私を寝かせる。
すぐに出て行こうとする早苗さん。

「いっちゃうんですか?」

私は抱きついて、布団の中に引きずり込む。
行かないで、行かないで。
嘘がばれたら、離れてしまうかも。
それなら、いれる時間はそばにいて

「後片付けがありますから」
「ほんとうに?」

終わったら一緒にいてくれる?
そういって、またはなれていってしまうんじゃ

「ほんとうです。
えいっ!」

身体を引き寄せられる。
さっきしたやさしいキスとは違って歯がぶつかってしまいそうな勢いのキス。
だけれど、それだけじゃ物足りない。
もっと、もっと求めて……
早苗さんを読心が第一じゃなく、身体でもいいから引き止める何かを作らないとだめだ。
だから、舌を必死に伸ばす。
早苗さんのほうからも舌を伸ばしてきたのがわかったので、その舌を絡める。
少し絡めただけなのに、ぴちゃっとかすかに鳴る卑猥な音。
もっと、強弱をつけてしていかないと、少し弱めようとした瞬間

「んぅっ!?」

早苗さんのほうから、ぎゅっと引き寄せて舌を絡めてくる。
鼻で息をすることくらい分かっているのに、できなくなっていく。
早苗さんの味に酔わされて、息さえも忘れてしまいそうになる。

「ぷはっ、はぁ……
ねえ、さとりさん?」

唇が離れて、しばらく放心状態の私。
その私ににっこりと笑う早苗さん。

「ごめんなさい」

思わず口から謝りの言葉が出ていた。
『甘えて欲しい』なんて心が伝わってくる。

「ちがう、んですよ」

そんなんじゃない。
ただ、必死にあなたを騙そうとしているだけ。

「何がですか?」

不思議そうに首をかしげる早苗さん。
言わなくてはわからない。
だけれど、騙すのをやめるために隠している嘘を暴露したら嫌われてしまう。

「なんでもないです。
ごめんなさい。
後片付けに戻ってください」

早苗さんは不思議に思いながらも出ていく。
布団に入っても眠れるわけがない。
早苗さんが戻ってきたときには、むりやりぎゅっと目を瞑り寝息をたてる。
そっと早苗さんが髪をなでてくれる。
ずっと、こうならいいのに……

「さとりさん、朝ですよ」
「ぅあ、く、っ~!
ぉはようございます」

早苗さんの声で起きるふりをする。
二日寝ていないから頭がくらくらする。
頭を抑えていると『目細めて、二日酔い?』

「どうやら、そのようです」
「じゃあ、朝ごはんできたらよびますね」

気遣ってくれる早苗さん。
でも、このままお世話になりっぱなしになるのは申し訳がない。
立ち上がっても、千鳥足になる。

「いえ、手伝います。
お世話になったのですし……
少しだけでもさせてください」
「じゃあ、お魚やいてください」
「おまかせください」

用意されていたお魚をさばいていく。
それにしても、やっぱり恵みの太陽のおかげだろうか?
地底のものより脂が乗っていて、おいしそう。

「うふふっ、朝から仲がいいね」
「諏訪子様、あともう少しでできあがりますから」

二人が一緒にいるのがいやで、私は近くにある台拭きらしきものをとり

「机ふきにいってきますね」
「さとりさん、お願いします」

キッチンから出て走っていく。
手早くキッチンの台を拭く。
すぐに、早苗さんが料理を運んできてくれる。

「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」

昨日の宴会ではあれだけ話していたはずなのに、一言も喋らない食卓。
なんだか、少し寂しいなって思ったら早苗さんも同じことを考えていた。
まあ、私の場合はせっかく早苗さんと一緒にいれるのならしゃべりたいっていうのが大きいけれど……
ご飯を食べ終わると、早苗さんと一緒に食器を運んでいく。
早苗さんが遠慮しようとしたけれど、私が食器を離しそうにないとわかると、お願いしてくれた。
そのまま一緒に洗い物をして

「思えば、何時くらいに帰るんですか?」
「そうですねぇ」

正直なところ決めてない。
今月分の報告書も一応作っておいたし、時間はある。
でも、もう一泊なんて迷惑だろうし

「暗くなる前には帰りましょうかね……」
「じゃあ、さとりさん!
それまで、地上を案内してもいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」

彼女の頭の中にさまざまな場所が浮かんでは消えていく。
でも、そんなものよりより私と出かけるのを楽しみにしてくれている早苗さんが嬉しい。

「ようっし、じゃあ早く後片付けを終わらせちゃいましょう!」

早苗さんがすごい勢いで洗い出す。
私は渡される食器を拭いていく。
二人でやると、すぐにお皿洗いは終わり

「じゃあ、行きましょうか」
「はい」

早苗さんが差し出してくれた手を握り、飛んでいく。

「ほら、この山もきれいですよね」
「そうですね」

嬉しそうに話す早苗さん。
『ちょっと、遠回り』
どうして、そんなことをするのだろう?
伝わってくる心に不思議に思いながらも

「さとりさん、ちょっと下りていいですか?」
「はい、何かあるのですか?」
「えへへ、実物を見てからのお楽しみですよ」

おりたのは、何もない場所。
一体、何が見せたいんだろうと早苗さんのほうを見ると

「ほら、これ見てください」

早苗さんが指差したところには小さな白い花。

「もう冬も近くて、枯れてきている花が多いんですよ。
だから、下向いたとき偶然見えたから、さとりさんに見せたかったんです」
「そうですか。
きれいですね」
「えへへ、でしょ~」

嬉しそうに言う早苗さん。

「それにさらに!
むむむ~」

いきなり、頭をおさえだす。
頭が痛くなったのだろうか?

「こっちです」
「うわわっ」

ぐいっと引っ張られていく。
早苗さんの心の中は緑色と『喜んでくれるかな』でいっぱい。
一体、どうしたんだろう?

「えっとですね~、しばらく待ってください」

がさがさと何かを探し出す。
数分後、早苗さんが拳を私に差し出してくる。

「はい、プレゼントです」
「ぇ、え?」

どうしろっていうのだろう?

「んぅ……
あぁ、手の中に握っちゃってましたね」

ぱっと開いた手の中からはクローバー。

「さとりさんに幸福をプレゼントです」
「幸福?」
「あれ、知らないですか?
四つ葉のクローバーは幸福をもたらすっていうんですよ。
だから、さとりさんにプレゼントです」

四つ葉のクローバーを私の手に握らせる早苗さん。

「でも、幸福なら早苗さんが持ってるほうが」
「私がさとりさんに持ってほしいんです。
さてと、もう一回飛びましょうか」
「はい、ありがとうございます」

おとしてしまわないようにポケットの中にクローバーをしまう。

「いえ、喜んでもらえたらうれしいです」

手を握りなおして、もう一度飛ぶ。
しばらくすると、早苗さんが山の中を指差し

「前作っていったスイートポテトも、ここにいる秋の神様の作ったお芋なんです。
あんなおいしいお芋食べちゃったら、他のやつ食べたくなくなりますよね」
「そうですね。
量はめちゃくちゃでしたけど、おいしかったです」
「あはは、次からは気をつけますね」
「楽しみにしてます」
「えへへ、がんばっちゃいますよ。
あれが、人里です。
行きましょう」

空から降りてみると、そこにはたくさんの人。
早苗さんは迷わずにあるところに歩いていく。

「こんにちは~」
「「「こんにちは、巫女様!」」」

すぐに、周りは囲まれてしまう。
早苗さんは人気者なんだなって思う。

「今日も良い子にしてたかな?」
「うん、してたよ!」
「そう、えらいね。
明日の寺小屋の宿題も頑張らないとね」

話しながら頭を撫でたりもしている。
だけど、早苗さんはその全てが自分を現人神としての信仰と思っているらしい。
だから、必要だけれど苦手と思ってる。
だけど子どもなのだから、大多数が早苗さん自身を慕っているのだ。
そうじゃなければ、あんなにも無邪気な笑顔で近寄ってこない。
これを教えてしまったら、早苗さんはもっといろんな人を好きになってしまうかもしれない。
だから、そっと胸の中に隠しておく。

「えへへっ、もう終わったよ!」
「へえ、本当に?」
「本当だよ!」
「うふふ、えらいですね。
親御さんが待っていますし、みなさん帰りましょうね」
「「「は~い、さよなら巫女様」」」
「はい、さようなら」

ひらひらと元気よく手を振っていく。
みんなそれぞれ帰っていく。

「すいません。
ここの近くにおいしい和菓子屋さんがあるから、さとりさんに紹介したかったんです」
「謝らないでください。
早く、和菓子屋さんに向かいましょう」
「はい、さとりさん」

もう一度手を握りなおし、歩いていく。
しばらくすると、緑色の幟が見えてくる。

「ほらっ、ここです!」
「人里から少し離れてますね」
「隠れた名店なんですよ」

歌うようにいい、店に入り

「私はお団子お願いします。
さとりさんはどうしますか?」
「えっと、じゃあ何かおすすめお願いします」

注文をすると、主人の人は静かにうなずいて店の中に入っていく。

「ここの和菓子って、本当においしいんです!
こう、自然な甘みがぱぁ~と口の中に広がるんです」
「それは楽しみです。
和菓子は自分では作らないですし、最近食べてもなかったです」

何しろ、お茶の上手なおいしい淹れかたを知らなかったからコーヒーばかり飲んでいた。
だから、わざわざ和菓子を作ったり買ったりしようと思わなかった。

「ほんとうにおすすめですよ。
きっと、さとりさんだって「おいしい」ってさけんじゃいますよ」
「うふふ、早苗さんは最初叫んだんですか?」
「あはは~、嘘ついてもわかっちゃってますよね。
つい感動しちゃいまして」

ぺろっと舌を出す早苗さん。

「神奈子様と諏訪子様も大好きなんですよ」
「へぇ、『神も絶賛!』とかいうキャッチコピーで売れそうですね」
「向こうの世界ならいけそうですけど……
こっちの世界では神様たくさんいますしね~」
「それもそうですね」

妖怪、幽霊なんだっているのだ。
神が絶賛したからといって、売れはしないか。

「それに売れすぎたら困ります」
「くすくす、店の人が聞いたら怒りそうですね」
「だって、買えなくなっちゃいますもん。
ここの味がなかなか食べれなくなるなんてたえれません」

和菓子の味を思い出して、とろけてしまいそうな早苗さんの顔。

「そこまで評価していただけると、ありがたいです。
はい、これがお団子。
こっちがおすすめのぜんざいだ」
「「ありがとうございます」」

声が早苗さんとかぶる。

「くすくす、仲がいいね。
ゆっくりしていきな」

中へと戻っていく。

「それじゃあ、いただきますか」
「はい、いただきます」

一口ぜんざいを食べる。
あ、おいしい。

「おいしかったんですね」
「ぇ、え」

何で、早苗さんは私の心を読めないのに……

「くすくす、ここ」

とんとんっと私の口をつつく。
幸せで思わず笑っていたようだった。

「喜んでもらえて何よりです」
「あはは、本当においしいですね」

恥ずかしくなってもう一口食べる。
隣の早苗さんも幸せそうにお団子をほおばっている。
本当に甘いものが好きなんだな……
食べだすと早苗さんは夢中になって、しゃべらなくなってしまう。
だけど、早苗さんの表情を見るだけで話しているのと同じくらい幸せな気分になる。

「ふぅ、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」

食べ終わり、お店の人にお金を払ってお店から出て行く。
早苗さんが手を握ってくれる。
飛んでいる最中に早苗さんが

「さとりさん、また来ましょうね」

とびっきりの笑顔で言う。
思わず固まってしまう私。
その次があるのかと怯えてしまう。
だって、まだ私はかくしてる。
楽しんだって心の奥底でわかってる。
ばれたら、早苗さんが離れていくと

「えぇ、そうですね」

だけど、頷く。
ばれないことをただ祈るしかない。
飛んでいったところは、地底への入り口。

「じゃあ、今日は楽しかったです。
気をつけて帰ってくださいね」
「はい、早苗さん」

どうしよう、このまま別れる?

「あの、早苗さん」
「はい、なんでしょうか?」
「その、私はいつでも空いてますから……
夜とか、いつでも突撃してきてくれたら嬉しいです」

厚かましいだろうか?

「本当ですか~。
じゃあ、また近々行きますね」
「はい、待ってます。
それでは、また今度」

手を振って分かれる。
前は約束無しで、こんなことも言わなかった。
こういうことを言わないと怖い。
せめて、ばれるまでは傍にいたい……





早苗さんとはその間も何回も来てくれていた。
本当に夜に来てくれた時もあった。
危うい砂のお城のような関係はまだ続いてくれている。
地上に出てから一週間後、映姫から手紙が届く。
そこには、地上がどうだったかという質問から始まったかと思うと、後半は全て説教だった。
うんざりしながらも、許可をもらってくれたのだから、最後まで読みきる。
返事を催促はされていない。
ただ書かないのは申し訳ない。
机の引き出しからレターセットを取り出して、書き出そうとしたとき

「こんにちは~!」
「あ、早苗さん」

とりあえず、筆をおく。
映姫には悪いが、返事ならいつでもいいだろう。

「あれ、さとりさん?」
「どうしたんですか?」

『手紙?』
ぐわっと流れ込んでくる早苗さんの記憶。
そこにはまた、あの女の子……
そして、神社の寝室にある引き出しの中の白い封筒?

「なんでもないですよ」

ぎゅっと胸の上で拳を作る早苗さん。
何、何があるの?
気になる、きになる。

「お茶淹れてきますね」
「はい、お願いします」

ききそうになる自分をおさえつけて、キッチンへ紅茶を淹れに行く。
前に作っておいたお菓子とティーセットをお盆に載せて、部屋へ戻る。

「お待たせしました」
「いいえ、全然」

そこからはいつものようにお話をしていた。
だけど、早苗さんの思考は時々あの女の子を思い浮かべている。

「じゃあ、そろそろ帰りますね」
「はい、気をつけてください。
あの、早苗さん」
「なんですか、さとりさん?」

手紙ってなんなんですか?
その思い浮かべている女の子のことがまだそんな気になるんですか?

「また、あの和菓子やさんに行きたいです」

だけど、全ての言葉を飲み込んで出た言葉はそれだった。
いえるはずがない、嫌われたくない。

「くすくす、前言ったときからそれまで時間経ってないですよ」
「ぇ、あ、ごめんなさい」
「謝らなくていいですよ。
空いてると分かっている日は二週間後になるんですけど、いいですか?」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、また今度」

早苗さんが帰っていく。
ぎゅうっと心臓が痛い。
それは気のせいだと気にしないようにする。





「おはようございます、早苗さん」

二週間後、私は朝一に早苗さんの家を訪れる。
気になりすぎて、ほとんど眠れていない。
来たからといって、聞けるわけないのにと思っていると

「おはようございます、さとりさん。
今日大丈夫だって言っていたんですが、急用の妖怪退治が入ったので、待っててもらってもいいですか?」
「はい、わかりました」

あがりそうになる口角をおさえつける。
これは神様がくれたチャンス?

「じゃあ、そろそろ行ってきます」
「行ってらっしゃい、早苗さん」

早苗さんが見えなくなったのを確認して、私は寝室へと入っていく。
そして、記憶をたどり、タンスを開ける。
そこには彼女の想像と同じ白い封筒。
これを、これを見たらもやもやせずにすむ。
早苗さんと一緒に入れるって信じられるはず……
読心がなくても、大丈夫って思えるはず。
白い封筒を取り出し、ごくっと一回唾を飲み込みびりっと少し破いたとき

「あはは、忘れも……
さとりさん?」

ぴたっと凍りつく空気。
信じられない目で私を見る早苗さん。
今までに見たことのない目。
あぁ、だめだ。
嫌われる、嫌われてしまう。
いやだ、そんなのいやだ。
ほんの少し残っている読心で、そんなもの読みたくない。
何も知りたくない、何もいらない。
全部、全部、夢にしたい。
幸せな夢に埋もれてしまいたい。
ぶつんっと意識が切れて、早苗さんが見えなくなる。
そのかわりにもう一人の私が、私を睨みつけている。

『それを望んでいる?
本当に夢にしてしまいたい?』

夢に早苗さんがいれば何も問題ない。
もう、疲れた。
拒まれることがない、幸せな夢が見たい……

『そう、そっちを選ぶのね。
あれだけ言ったのにね。
本当にいいなら、うなずいて』

頷こうとした瞬間、ぎゅうっとあたたかい何かに包まれる。
早苗さんに抱きしめられている。

「さとりさん、私を見てください。
そんな遠いところを見ないで、目の前にいる私を見てください」

あたたかい体温に無理やり意識を引き戻される。

「逃げ出してばかりの私が言う権利はないかもしれません。
それでも、私は逃げて欲しくないです」

たくさん、悩んでいる早苗さんの心。
ぐいっと顎を持たれ、目を合わせさせられる。
ゆらゆらと揺れている瞳。
でも、きちんと私を見ている。

「だって、あの時さとりさんが言ってくれたみたいに……
私にとっても、どんなことがあってもさとりさんがそばにいてくれることが大切です」

ちがう、やめて!?
そんな、そんな心の中でキレイにしないで……
早苗さんの中の私はきらきらとしてる。
でも、違う。
そんなんじゃない。

「ねえ、さとりさん。
あなたがこんなことをしていた理由はわからないですけど、そんなことで私はあなたを嫌いになりませんよ」

にっこりと笑う早苗さん。

「だって、私はさとりさんが好きですから」

言葉が胸に突き刺さる刃のようにいたい。
だって、この人は私がキレイだって疑わない。
醜い部分をさらけ出しても、こうやって目を逸らす。
この人は私のなにを見ているんだろう?
早苗さんの理想が、痛いほどに伝わってくる。
これがきっと、最善なんだ。

「ごめ、ごめんなさい。
早苗さんが好きだから、もっと知りたくて、私」
「いいですよ。
だって、私もさとりさんのこと知りたいですもの」
「でも、でも、私勝手に見ようとしてました」
「困りますけど、いいですよ。
さとりさんですしね」

あれ、あれ?
喉が震えてくれない。
次の最善の言葉が、彼女の望む言葉が出て行かない。

「ひっ、ひくっ、ぅ」

なんで、泣き出してしまう?
違う、違う、これは最善じゃない。

「さとりさん?」

すごく困惑している早苗さん。
笑わないと……
『嬉しいです。
ありがとうございます、早苗さん』
そういわなくちゃいけないのに、心がキリキリと悲鳴を上げる。
もう限界って……
好かれるための自分を演じてる。
だけど、求めてしまう。
心を読めて、望みどおりに行動する私ではなく……
ワガママな行動をとる妖怪である私をうけいれて欲しいって。
醜い部分をきちんと受けいれて欲しい。
いい解釈ばかりをしてほしくないって求めてしまう。

「ぅうっ、ぐすっ」
「どうしたんですか?」

『うれし泣き』?
あぁ、そうみえてしまうのか。

「なんっ、でもないですよ」

必死に嗚咽を飲み込む。
でも、そんなのありえない。
そう、さっきみたいに夢の中に逃避しないかぎり。

「あなたの言うとおり、嬉しい、んですよ」
「ほんとう、ですか?」

早苗さんが不安そうにしている。
本当って言わないと……
私は思わずうつむいてしまう。

「無理……してますか?」
「あ、あの、その」

身体が震える。
どうしよう、言わないと、あぁどうしたいの?

「ごめんなさい、さとりさん。
私は心が読めないです。
だから、言葉や態度でしか判断できないんです。
さとりさんが無茶をしているというのは態度でわかるから……
何か言いたいことがあるなら言ってください」

じぃっと見つめられる。
望んだ機会。
それなのに、言えない。

「私も、さとりさんの本音が聞きたいです」
「全てを話しても、私と会ってくれますか?」

『きらいにならないですか?』とは聞けなかった。
きらいになられるのはしょうがないと思ってしまっている自分もいる。
でも、おそろしいのはあえなくなること。

「もちろんです」
「わたっ、私は早苗さんが思っているような性格じゃないんです。
全然優しくなんかもないです。
ただ、嫌われるのが怖くなって、あなたの心を先読みして、動いてただけで……
あなたのためなんかじゃなかったんです。
全て、自分のため。
あなたに好かれる自分になりたかった。
あなたと少しでも一緒にいたかったから。
よこしまな気持ちがいっぱいで、全然キレイなんかじゃないんです。
ベッドのなかにひきずりこんでのキスだって、甘えなんかじゃないです。
私はずっとあなたに嘘をついてる。
その嘘が知られたら、私は嫌われてしまうから。
その嘘がどうでもよくなってしまうほど、私自身に夢中にさせたかった。
あのキスはそんな醜い独占欲の溢れた行為だったんです。
あなたが、あなたが全部……
好意的に捉えてくれるだけで、醜いんです。
私は、あなたに好かれるためにあなたに嫌われるだろう嘘をずっと隠してる」

喋りだしたら止まらない。
でも、隠してる嘘を喋る度胸が出てこない。
声が詰まった私を早苗さんがそっと撫でる。

「ごめんなさい。
そんな想いをさせてたんですね。
でも、さとりさん……
相手に好かれるために行動することが醜いことならば、この世の人妖、神さえも全て醜い存在になってしまいます。
私だって、さとりさんに良く思われたくって一生懸命でしたしね。
それに、誰かを愛するのって、相手のためだけなんて無理です。
だって、愛されたいです。
それに、えっと、ごほんっ!
その、好きになったら、相手に少しでもよこしまな感情を抱いてしまうのはしょうがないですよ。
私だって、その大好きだから、さとりさんに抱いてますし」

顔を真っ赤に逸らす早苗さん。

「直接口には出して聞かないけど……
私の気にしていることも知っているでしょう?
でも、さとりさんはそれを受け止めて、好きでいてくれる。
それがすっごく嬉しいんです。
だから、さとりさんのどんな嘘だって受け止めますよ」

こつんっと額と額をぶつけられる。

「ほん、とですか?」
「本当です」

早苗さんが強引に小指と小指を絡ませる。

「指きりでもしますか?
ぜったいにありえないですから、嘘だったら本当に千でも万でも針を飲んでやりますよ」
「嘘だったら、飲んでくださいね」
「あはは、嘘ついたらいいですよ」

ぎゅうっともっと強く絡ませて

「私、実は……
心が読みにくくなってるんです」
「へ?」

驚く早苗さん。
それはそうですよね。
だって好きになったきっかけで好きになった理由で一番に出てくる私の能力なのだから。

「完全に読めないわけではないですけど、弱くなっていっているのは私が一番わかってます」

声が震えていく。

「わかってたのに、隠してました。
あなたは、『心の読める』私が好きですから」

どうなるんだろうか?
怒るだろうか?

「私って本当だめですね。
あなたをずっと苦しませてました。
確かにきっかけは否定できません。
でも、今は違いますよ。
さとりさんの声、瞳、髪に笑い方、立ち居振る舞い、指に唇。
作ってくれるお菓子や淹れてくれる紅茶にコーヒー。
えへへ、語りきれないですね。
さとりさんを形成している全てが好きなんです。
心を読むこともその一つなんです。
でも、その一つがなくなったからといって……
今まで過ごした時間を否定して、嫌いになるわけないです」
「でもっ、でも……
あなたが望んでいることを百パーセントかなえられない」

今までだってかなえられていない。
でも、心を読めなくなってもっと酷くなっているだろう。

「そんなこと強制しませんよ。
だって、さとりさんは私の従者ではなく恋人なんですよ。
従わせるためじゃなくて、愛するために一緒にいるんですから。
相手の要望を百パーセントかなえるなんて不可能ですしね。
それに、私だってあなたの望んでいることをかなえたいです。
我慢しないで、今日みたいにもっと吐き出してください。
そっちのほうが嬉しいです」
「心が完全に読めなくなってしまってもいいんですか?」
「だって、それでもさとりさんはさとりさんじゃないですか?
心が読めなくなったって、さとりさんじゃなくなるわけないです」
「種族『覚り』の古明地 さとりなんですよ」
「そんなの知らないです。
私が好きになったのは、種族なんか関係ない古明地 さとりなんですから」

すとんと心が楽になる。
気にしていたことがバカみたいだ。

「あ、でも、さとりさんをキレイに見すぎてしまうのをやめるのは無理ですよ。
だって、私の目から見えるさとりさんは本当にきれいなんです。
他人の目からうつる自分は自分が思っているものとは違うものです。
さとりさんは心が読めますけど、あなたが想ってくれている私と本当の私は全然違うでしょうしね」
「そう、かもしれないですね」
「これって、私達との関係以外でも当てはまると思いますよ。
さとりさんがペットの子達、みんな離れていったって言ってたじゃないですか?
でも、違うんじゃないですか?」

どういうこと?
だって、みんなわたしがおそろしいって

「たった一度の恐怖を読み取ったら、あなたが離れたんじゃないですか?
こちらから近づいていっても、深くは介入してくれない。
ペットたちのほうは、あなたに嫌われていると勘違いしているかもしれないですよ。
嫌われていると想っている相手に近づくのは怖いです。
それに、さとりさんは自分の中で溜め込んで、本音を話してくれないですし」

本音を話す?
おそれられているのに?
きらわれてしまっているのに……

「仲良くなるには二歩が必要なんです。
相手と自分の一歩ずつが……
さとりさんのほうから一歩踏み出してみましょうよ。
全員が来てくれないかもしれない。
でも、待っているものもいると思います」
「でも、こわいです」

ちゅっと唇に口付けられる。

「大丈夫ですよ。
待っている子達はいますから」

はっきりといろんなペットたちの顔が駆け巡る。
『仲良くなりたい』
『どうすればいいと思う?』
『お姉さんがうらやましい』
ペットが早苗さんに聞いている光景。

「そうかもしれないですね」
「がんばってください」

えへへって笑いあう。
『さとりさん、かわいい』
ダイレクトに見える。
まるで靄が取れたようだ。
さっき、読みにくなったといったばかりなのに……
『巫女様、お仕事にこない……』
どこかから心が伝わってくる。
そうか、早苗さんは忘れ物をとりにきたんだった。

「あの、お仕事大丈夫でしたか?」
「ぇ……
今すぐいってきます!」

思い出したようで早苗さんは急いで飛んでいく。
一人残された部屋、私は手紙を持っている。
でも、手紙なんか確認しなくてもいい。
早苗さんが私のことを受け止めてくれたから。
そっと、元にあった場所に手紙を戻す。
早苗さんがいつ帰ってくるかはわからないけれど、畳に寝転がると、少しずつ眠たくなってくる。
久しぶりに幸せな気分で眠りに落ちる。
夢など見ることもなく、ただ普通に眠れた。





『トットットット』

愛しい足音。
これはきっと早苗さんの足音。
思わず、目覚める。
『さとりさん、大丈夫かな?
大丈夫なら、もっと向き合うために話がしたい』
私のことを考えてくれている早苗さん。

「ただいまです、さとりさん」
「おかえりなさい、早苗さん」
「お茶の準備してきますね」
「はい、お願いします」

早苗さんがお茶を淹れにいってくれる。
その間も、心がはっきりと読める。
私と何を話すかどうかばかり考えている。
話しながらずぅっと心が読めていた。
昔とかわらずはっきりとしている。
つい最近までが夢だったかのようだ。

「あの、さとりさん大丈夫ですか?
ペットと話すためにも、そろそろ帰ったほうが」
「ぇ、あ~」

あぁは言ったもののいまだ怖いのが本音だ。

「今日、泊まりますか?
その間に考えてください」

早苗さんが夕食の準備をしに行くのがわかったから手伝いに行く。
早苗さんが何をして欲しいかわかるから、私もテキパキと動けてすぐに夕食は出来上がる。
今日は神様達はいないみたいだ。
だから、早苗さんと少し喋りながら夕食を食べていく。
早苗さんは最初戸惑いながらも、途中でこっちのほうがいいと思ってくれる。
後片付けもスムーズに終わって、お風呂も順番に入って、布団に入る。

「さとりさん、やっぱりまだ心は読みにくいんですか?」

早苗さんが聞いてくる。
やっぱり、気にしているんだろうか?
あれだけ言ってくれたとしても、好きになったきっかけであるのだから。
それなら、戻ったことを伝え
『さとりさんは不安だろう。
それなら、支えたい。
私に出来ることをしたい。
他愛のない話をたくさんしよう。
もっといっぱいぎゅっとしよう。
心で想っているだけで伝わらないのだから、行動にしよう』

「はい」

早苗さんの心を見た瞬間、私は迷わず嘘をついていた。

「そうですか。
じゃあ、明日は地霊殿まで送っていきます」

『送り終わったら、すぐに地上に戻らないと』
早苗さんの予定はきついみたい。
心は完全に読めている。
それなら、遠慮するべきなのに

「ありがとうございます」

でも、甘えたい。
こんな少しくらいならいいよね?
早苗さんだってゆるしてくれるよね。
もっと早苗さんが想いを言葉と行動にしてくれるなら、もう少しだけ黙っておきたい。

「好きです、早苗さん」
「私も好きですよ、さとりさん」

前みたいにおそろしくはない。
早苗さんならきっと受け止めてくれるって信じられるから。
布団の中、もう少し近寄ってみたら、早苗さんも近づいてきてくれる。
早苗さんの手に自分の手を重ねる。
早苗さんのほうがきゅっと握ってくれる。

「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

幸せな気分のまま、目を閉じる。
前みたいに悩んで悩んで眠ることなんてない。



『もう、『夢』なんていらないよね』



「さとりさん、朝ですよ」
「んぅ、おはようございます」

何か夢を見た?
覚えているような覚えていないような……

「どうしたんですか?」

私がうつむいて考えていたから、心配してくれる早苗さん。

「いえ、なんでもないですよ」

夢なんてどうでもいい。
もう、逃げ込む必要もないのだから……
目の前の早苗さんがいるという現実をきちんと見ないといけないんだ。

「あの、少し早いんですけど、もう送っても大丈夫ですか?」

『修行の日だから、今日は朝ごはん食べたらだめなんだよね……
それとも、さとりさんだけでも食べてもらったほうがいい?
でも、私が食べなかったら気を使っちゃうだろうしな』
別におなかがすいているわけでもない。
早苗さんと食べられないのなら意味がない。

「はい、お願いします」

ぎゅっと早苗さんのほうから手を握ってくれる。
神社を出て、地底の入り口まで送ってもらう。

「地霊殿まで送っていきますよ」
「いえ、ここからは大丈夫です」

甘えたいけど、甘えすぎはダメだ。

「それでは、また今度」

すっと手が離れる。
地上に飛んでいく早苗さんの姿が見えなくなるまで、見送った後、地霊殿へと帰る。
服が昨日のままだから、まず着替えようと自室へ行く。
扉を開けて見えたのは、部屋の中央で正座しているこいし。

「こいし?」
「お姉ちゃん、そのお話いい?」
「もちろんよ」

正面に私も正座で座る。
そして、またお風呂場のように、沈黙が包み込む。
あのときのように、こいしはちらちらと私の顔を見ては開こうとした口が閉じられる。
弱気で逃げ出そうとする自分をおさえつける。
早苗さんが握ってくれた手と昨日の言葉に勇気をもらいながら、必死に自分の思いを伝える。
こいしの目を直で見るのが怖くてぎゅっと目を瞑る。

「ねえ、こいし……
あなたは瞳を閉じたときから、私のことがおそろしい……
嫌いになってるかもしれない。
でもね、私はこいしのこと好きよ。
だから、こいしのお話したいこと、私知りたい。
たとえ、どんな中身だろうと」

うっとうしいと思われるかもしれない。
怖くなって閉じた瞳を開ける。
逃げてばかりじゃだめだと思ったから。

「ぇ、こいし?」

目を開けると、泣いているこいし。
やっぱり、私の想いはこわい?

「怒ってないの?」

恐る恐る聞いてくるこいし。

「なんで、怒ってるなんて思ってたの?」

今はアレだか、昔は愛情を注いでいたつもりだ。
瞳を閉じるときだって、自分の無力さを痛感はしたけれど、こいしに怒ったことなどない。

「だって、だって、私……
みんな頑張って仲良くなっても離れていったから……
お姉ちゃんからのいっぱいの愛がなくなるのがこわくなって、自分のほうから離れた。
お姉ちゃんのこと何も考えなかったの」

ぎゅっと一回唇を噛むこいし。
そこから、赤い血が流れていく。

「それなのに、もう一回仲良くしたいなんて……
都合よすぎるよね?」

そっと一回流れてきている血を拭い、震える手を押さえながら、こいしの首に腕を回す。

「ひゃぅあっ、し、しびれるぅ~!」
「ぇ、え、きゃっ」

軽く腕を回しただけなのに、こいしは私のほうに倒れこんでくる。
突然のことで二人してそのまま倒れこむ。

「うぅ~、起き上がれない」
「そんなにしびれてるの?」
「だって、一晩だもん。
夜には帰ってくると思ったら、朝帰りだし」
「変な単語使わないでよ」

意識してしまう私がおかしいのかもしれないけど……

「ぇ、本当にそういうことがあったの?」

きらきらと好奇心で目を輝かすこいし。

「ないわよ。
健全な関係だから」
「ふうん、そうなんだ~。
この現場見られたらどういう風に見られるかな?」
「きちんとわかってくれるわ。
ところで、あなたのほうは大丈夫なの?」

こいしにそういう人がいるかなんてわからないけど、聞いてみる。

「う~ん、大丈夫だと思うよ」
「ぇ、そういう関係の人がいるの?」

しばらくこいしは黙りこんで、自分が言ったことに気づいたのか顔を真っ赤にする。

「ぇ、あ、あのね!」

ぶんぶんと腕を振り出すこいし。
まるで、親に恋人がばれてしまった子どものようだ。
何も考えていないものとか酷い言われようだったが、そういう相手もきちんといたのか。
まあ、地底一の嫌われ者である私に恋人が出来るのだから、不思議なことではないけれどね。

「今度連れてきなさい。
お料理作って最大限にもてなすわ。
そのときに、私の恋人も紹介したい」
「楽しみだね」

擦り寄ってくるこいし。
優しくこいしの髪を撫でる。

「そうね、こいし……
ところで、しびれは取れてきた?」
「うぅ~ん、あともうちょっと」
「わかったわ」

まさか、こいしとこんな風に話して触れ合えるような日が来るなんて思えなかった。
ずっと、おそれられていると思ったから……
早苗さんがいなかったら、こいしが踏み出してきてくれても、私のほうから一歩踏み出せなかったと思う。
早苗さんがいたから得られたたくさんの幸せ。
早苗さんと出会って、恋が出来てよかった。
早苗さんが私に踏み込んできてくれて、好きになってくれてよかった。

早苗さん、好きです。

たくさんの感謝を込めて、心の中でそっと呟く。
はじめまして、もしくは二度目ましてシークアーサーと申します。
長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。

前作にコメントしていただいたかた、ありがとうございました。
少しでも読みやすく、おもしろくなっていればと思います。
今回もコメントしてもらえれば嬉しいです。

次回は、最後を読めばなんとなくわかるかもしれないですが、こいしちゃんのお話です。
こんな感じで最後に出てきたキャラが次のメインになるという形でやっていきたいと思ってます。
お燐やお空の話もいつか書きたいと思ってます。

それでは、最後にここまで読んでくださってありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。

※追記
誤字指摘ありがとうございます。
直させてもらいました。
さらに追記
キャラ名だけは、気を付けていたんですが、指摘してくださりありがとうございました。
直させてもらいました。
シークアーサー
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コメント



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6.90喉飴削除
続き待ってましたっ!
良いハッピーエンドで、読み終えた後ほわほわしました。楽しませてもらいましたっ。
ラストでこいしちゃんにスポットライトが少し当たって終わったので、まさか続くのかな?と思ったらやっぱり次回のお話で明かすのですね。次回も楽しみにしてます。

最後に誤字らしきものを報告です。
>>ドアが開かれて、さとりさんがやってきてくれた。
→さとりじゃなくて、早苗では?

>>早苗さんの言葉が驚いてしまう
→言葉に、ですかね。
7.100名前が無い程度の能力削除
さとり様が幸せそうで本当によかった。
次回も楽しみにしてます!
10.100名前が無い程度の能力削除
さなさとの眼が開眼しました!

早苗さんに抱いてますし
→さとり?
14.90名前が無い程度の能力削除
良い話でした。
前回の早苗サイドの視点と、今回のさとりサイドの視点が、同一の事をまるで違う読み取り片をしていて、最後までしっかり楽しめました。

タイトルは、前後よりも表裏であったり、『早苗』『さとり』で分けた方が良いかも、とか思ったり。

どこかの誤字で、『早苗』が『様絵』になっている所が有りました。

今後も楽しみにしています。