Coolier - 新生・東方創想話

火車之三つ編み事情

2016/01/03 21:45:17
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「んぅ……」
 眠りから目覚め、重いまぶたをあける。広がるのは見知った天井。ベッドから上半身をゆっくりと起こし、視線を天井から壁へと移す。シーツが身体から布擦れの音と共にズレ落ち、その豊満な胸に引っかかって止まる。露になった美しい身体には少し部屋の空気は肌寒かったのか。その肌寒さが彼女、霊烏路空のまだ眠っていた脳を徐々に覚醒させていく。
「おや、起こしちゃったかな?」
 化粧台に備え付けられた鏡の前で振り返る事無く、赤髪を慣れた手付きで結びながら、二本の尻尾を揺らし、火焔猫燐が眠い目を擦る空に話しかける。
 髪は見る見るうちに編まれていき、いつもと変わらぬ三つ編みが出来上がる。その様子を空は口を開けたまま感心しているかのように眺めている。
「な、なんだいお空。じっと見つめて……流石に恥ずかしいよ」
 左右の髪を結び終えた燐が、振り向きながら空に言う。その表情からは嫌悪感などは感じられず、口元が緩み、頬もわずかに赤く染まっていることから、容易に照れているということが想像できた。
「あ、ごめんねお燐。ちょっと見とれちゃってて」
 などと照れる様子も無く平然と言い放つ空に、燐の頬は更に赤くなる。赤面する顔を見られたくなかったのか、嬉しさで緩みきった表情を見られたくなかったのか、燐は空から顔を背ける。
 その際、大きく揺れ動く二本の三つ編みされた赤い髪の毛。先端と付け根を黒いリボンで結んだその髪型は、リボンの色や種類が変わることがあっても髪型自体が変わったところを空は見たことが無い。
「ねぇお燐。その髪型なんだけど……」
「あぁ! もうこんな時間だ! お空、あんたも早く服着て仕事しなきゃ!」
 空の言葉を遮り、不自然に声を張り上げて燐が時計を指差す。確かに時計の針は既に二人が仕事を始める時間を指している。既に服も着て髪形も整えていた燐は空を残し、足早に部屋を後にする。独り部屋に残された空は、あまりに不自然な燐の挙動に疑問を抱きながらも、自らも仕事へと取り掛かるために、ベッドから立ち上がった。



「それで、気になってたらそのまま裸で地霊殿をうろついていた……と」
「うにゅう……」
 空は普段通りの服を身にまとい、自らの正面に座り優雅にお茶を飲む少女の言葉に、ばつが悪そうに頷いた。桃色の髪。外観は少女そのものではあるが、その醸し出す雰囲気。そして少女の横に佇む球体が少女を唯の少女ではないことを告げている。その正体は、地霊殿の主であり、空や燐の飼い主、古明地さとりその人である。
「しかし三つ編みですか……」
「さとり様、何か心当たりがありますか?」
 何かを考えるような素振りを見せるさとりに、空が尋ねる。空が燐の事を気にしていることは、さとりにはまさに手に取るようにわかっている。さとりの持つ能力。彼女がこの地霊殿の管理を任されている理由。相手の心を読む第三の目。覚妖怪である彼女の前では、隠し事や嘘偽りは意味を成さない。もっとも、空が嘘偽りを口にするような娘でないことは、さとりにも十二分にわかっているのだが。
「そうね。三つ編みになら心当たりがあるわ。それが理由かどうかと言われたら怪しいけれど」
 そう言ってさとりは持っていたティーカップを置いた。
「本当ですか!? 教えてください、さとり様!」
 直後、身を乗り出して空がさとりに迫る。その言葉には一切の裏が無い。さとりの能力の前には確かにそういった考えは無意味だが、空のそういう真っ直ぐな性格が、さとりにとっては愛おしかった。
「えぇ、話してあげるわ。アレはまだ、あの娘が人型に化けられるようになる前の話ね」
 そう言ってさとりは懐かしそうに目を閉じる。まるで閉じた瞼の裏側に、当時の記憶を映し出すかのように。その顔は穏やかで、楽しそうな笑顔だった。
「その三つ編みはね、はじめは私がしてあげたの。三つ編みって言うのは、動物達を飾りつける方法のひとつとしても有名だったのよ」
 目を開き、話し始める。言われてみれば、ここ地霊殿に住む動物達にも、三つ編みをしている動物達がいたことを、空は思い出した。同時に、自分が三つ編みではないことが少し寂しかったのか、その表情に暗い影が落ちる。
「ごめんなさい、お空が烏だった頃は、三つ編み出来るほどの体毛が無かったのよ」
 心を読まずとも、その表情で察したのか、すかさずさとりがフォローに入る。それを聞き、空の表情に再び笑顔が戻る。
「人型に化けられるようになった後も、その髪形を気に入ってくれてね。自分で出来るようになるまでは、よく私が編んであげていたわ」
「へぇ~……あれ? でもそれって三つ編みの話をしたくない理由になりますかね?」
「そうね。気恥ずかしかった……にしては、不自然な気がするわね。それに、確かお燐は三つ編み以外の髪型をしている事はあったはずよ。最近見ていないけれど」
 さとりの意外な言葉に、空は首を傾げた。空には、三つ編み姿の燐以外のイメージが、三つ編みを解いた姿しかないのだ。それ以外の髪型に見覚えの無い空は、些か信じられない言葉だったのだろう。
 その空の心を読んださとりが考え込んでいると、廊下から、一つの足音が近づいてくるのが聞こえた。その足音は部屋の前で止まると、部屋のドアを軽くノックする。
「失礼しますさとり様……ってお空?」
「あ、お燐!」
 ドアを開け、室内に入ってきた燐は、想定外の人物の登場に驚いた様子だが、対する空はいつも通りというか、屈託の無い笑顔で燐に元気よく手を振る。それに答えて燐も気恥ずかしそうに胸の前で小さく手を振り返した。
「お燐、今ね、さとり様と三つ編みの話」
「あー! さとり様! お客様ですよ!」
 空の言葉を遮り、燐が大声でさとりに言う。さとりはその慌しい様子と、第三の目で見たその心の内に小さく笑みを浮かべて、椅子から降りる。
「お空、この答えは私の口からは言えないわ。お燐から直接聞いてあげて」
 燐に聞こえないよう空に小声でそう言って、さとりは部屋の入り口に向けて歩みを進める。そのまま歩みを進め、部屋から出ようとしたとき、当然のように着いてこようとした燐を制して、燐にも一言、小声で告げる。
 燐は歩みを止め、さとりはそのまま部屋から出て行った。ドアが閉まり、さとりの私室には燐と空、二人だけが取り残された。一瞬の沈黙。その沈黙を破ったのは空の声だった。
「あ、あのさお燐。その……髪型のことなんだけど……」
 流石に二度もはぐらかされた話題を口に出すのはためらわれたのか、空にしては随分と歯切れの悪い言葉になってしまった。
「あー……うん。ごめんね、お空。何か、色々と悩ませちゃったみたいで……」
 それを受けて、燐もばつが悪そうに答える。
「いや、その……大した理由じゃないんだけどね? なんか恥ずかしかったって言うかさ……」
 空と目を合わせる事無く、指で頬をポリポリと掻きながら、燐が言う。その様子に、空も首を傾げた。恥ずかしいとは一体何故なのか。実はかつらとかそういうことなのだろうか。などと悩んでいる内に、燐は意を決したのか、大きく息を吸い込んで、吐き出した。
 そして、先程までとは違い、両頬を真っ赤に染めながらも真っ直ぐに空を見つめる。その真っ直ぐな瞳にドキッとしたが、早まる鼓動を自覚しながらも、空も真っ直ぐに見つめ返した。
「この三つ編みさ……あんたは覚えてないかも知れないけど。初めて会った時にね、あんたが褒めてくれたんだよ」
「え?」
 随分と素っ頓狂は言葉が空の口から漏れる。覚えていなかったのだろう。それも承知の上で話をしていたであろう燐はやっぱりねと呆れた様子で小さく微笑んだ。
「昔は、さとり様がわざわざしてくれた髪型って気に入ってたんだけどね。あたいだってほかの髪型が気になってたりしたから、色々試したりしてたんだよ?」
 自らの髪を手で弄りながら、燐が言う。空は、未だに頭の中で整理できていないのか、黙って燐の話を聞いているだけだ。その様子を見て、燐は言葉を続ける、
「それで初めて会ったあんたがね、言ったのさ。その三つ編み可愛いね。って。今となっては見慣れちまったけど、今も変わらず大好きな、あの底抜けに明るい笑顔でね」
 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、燐は空を見据えて言う。空は答えない。口をパクパクと金魚のように動かしている。しばらくの沈黙。一体どれくらいの沈黙だったかはわからないが、恥ずかしい台詞を言った後の燐にとってはその沈黙はとてつもなく長く感じられ、その空気はとても耐えられる空気ではなかった。
「あ、あのさ、お空……?」
 堪らず、愛しい人の名前を呼ぶ。名前を呼ばれてハッとしたのか、空は勢いよく地面を蹴り、突然燐に抱きついた。あまりに突然の出来事に燐も動くことが出来ず、なすがままに抱きつかれてしまう。
「お、おおおおおおおお空!?」
 唯でさえ真っ赤に染まっていた頬がさらに赤みを増していく。燐からは空の表情は見ることが出来ないが、鼻腔をくすぐる甘い香りが燐の思考を奪っていく。
「ごめんねお燐。私、自分で言ったことなのに忘れちゃってて……」
 空が謝る。その声は震えていて、震える肩から、彼女が泣いているということがわかる。
 あぁ、なんて単純なんだろう。あぁ、なんて感化されやすいんだろう。あぁ、なんて愛おしいんだろう。
 燐が優しく空を抱き返す。そして優しく、ゆっくりと頭を撫でる。
「あたいは気にしてないよ。ずっと昔の話なんだ。覚えてたらビックリするよ」
「……でも、お燐はずっと覚えてたんでしょ?」
「……あー……まぁ、その、惚れた弱みって奴かね……」
 恥ずかしそうに燐が言う。その言葉を聞いた空が急に燐から離れ、今度は正面から、面と向き合って燐の両肩を掴む。突然の出来事にしどろもどろになる燐だったが、空の真っ直ぐな、それでいて蕩けた視線を見て、全てを察する。
「……はぁ、全く……さとり様の私室だってのに……」
 呟いて、ゆっくりと目を閉じる。真っ暗になった視界。恐怖は無い。燐の唇に柔らかい唇が触れ、互いの熱を伝え、想いを伝える。触れていた時間はほんの僅か。ほんの僅かだが、離れた唇の熱が寂しく思えるほど、それは二人にとって至福の時間だった。
 ゆっくりと目を開ける。燐の眼前にあるのは蕩けた空の顔。空の眼前に広がるのは蕩けた燐の顔。互いの顔を見合わせて、小さく微笑む。
「今でも、お燐のその髪、大好きだよ」
「あたいも、今でもその笑顔が大好きだ」
 今一度、お互いの思いを伝える。そしてもう一度唇が触れるか触れないかという時、二人は部屋に存在する自分達以外の生物の気配に気がついた。
「あ、別にそのまま続けていても構わないわよ」
 部屋の入り口に立っているのはこの部屋の主、古明地さとり。何故こんな所に。そんな考えが二人の頭を過ぎったが答えはすぐに出る。ここはさとりの私室なのだ。むしろさとりからすれば、人の私室でイチャつく二人の方が何故といった所な訳だ。無論、その理由など心を読むさとりにとっては、聞くまでも無い事柄なのだが。
「さささささささささとり様!?」
「だからそのまま続けていいと言ったでしょ。そもそも、こうなる事もわかっていたしね」
 慌てて離れた二人を尻目に、さとりは悠々と二人の横を通り過ぎ、椅子に座ってティーカップにまだ残っていた紅茶を注ぐ。そのままカップを口に運び、紅茶を一口。息を一つ吐き、紅茶の残り香を堪能しながら、未だに動揺し続ける二人へと視線を移す。
「……それで、お互いに疑問は解けたのかしら?」
 と、わかりきっている質問をした。さとりの質問に驚いた様子の二人だったが、一度互いに顔を見合わせて、クスリと小さく笑ってさとりの方へと向きなおす。
「「はい」」
 声を揃えて、二人は答えた。その答えを聞き、さとりは心底優しい笑顔で微笑む。
「そう、なら仕事に戻りなさいな」
 そう言って、再び紅茶を口に運んだ。二人は改めて元気よく返事をして、しっかりと互いの手を握り締めて部屋から出て行く。独り残されたさとりは一冊の本を開き、あるページを開いた。数度開かれたことが伺えるそのページには少し折り目がついてしまっていて、簡単にそのページを開くことが出来る。果たしてその折り目をつけたのがさとりなのか、はたまた別の誰かなのかは、分からないが。
「……ふふ。やっぱり、恋っていいものね」
 誰に話しかけるでもなく、強いて言えば自分に、またはここにいない誰かに語りかけるように呟く。その視線の先にあるのは一冊の、まるで血のように紅い表紙の本。その本にそっと手を沿え、もう一度紅茶を口へ運んだ。
 それぞれの想いを再確認し、今日もまた一日は過ぎていく。しっかりと編み込まれた絆と気持ちは、きっと簡単に解けることは無いのだろう。
 明日も、明後日も、赤毛の三つ編みを揺らしながら、火焔猫燐はまたこの地霊殿を駆けていく。
お久し振りです、殆どの方ははじめまして。アグニ@紫と申します。以後お見知りおきを
さて、今回は友人のリクエストにより「お燐が三つ編みに拘る理由」というテーマで小話を一つ書かせて頂きました
まぁふたを開けてみれば随分安直な理由なのですが、やはり好きな他人から髪形を褒められたら、それに拘っちゃうものじゃないですかね
短い内容ではありましたが、楽しんでいただけたら幸いです
ご意見、感想、アドバイスなどお待ちしております
アグニ@紫
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コメント



0.180簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
4.無評価アグニ@紫削除
>1様
ありがとうございます!
なんだかこの二人はこんな感じでイチャイチャしてそうなイメージがあって……
5.100柊屋削除
読んで温かい気持ちになりました。
また次も、期待してます!
6.無評価アグニ@紫削除
柊屋様>
ありがとうございます!
期待に添えられるよう、精進してまいります!
7.100名前が無い程度の能力削除
素敵な相手に髪型を褒められたら、そりゃあずっとその髪型にしますよ
良いおりんくうでした
8.無評価アグニ@紫削除
7様>
ありがとうございます!
まぁ実際俺にそんな経験などないのですが、知人にそういうことを言っている人が多かったもので……
この二人は書いてても和みますねぇ
10.80とーなす削除
おりんくう!
作者さんも危惧している通り、ちょっと理由が安直だったので、オチにもうちょいひねりが欲しかったのが正直なところですが、良いおりんくうでした。