Coolier - 新生・東方創想話

日輪烏考

2012/06/23 22:25:55
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太陽を抱くのは空の役目。なるほど、だから私が八咫なのか。
鳥居の上に寝転んで太陽光線に眼を細めながらそんなことを考えていた。
こうしていると紅い巫女に注意されるのだが気にしたことはない。向こうもそれほど気にしていないようだった。
碧い巫女は見つける度に口をすっぱくして注意してくる。罰当りとかなんとか。
今日も目ざとく見つけられた。なんで居るんだろう。紅い方の神社なのに。あんまりにもしつこいので言い返してみた。
鳥が居ると書いて鳥居なのだ。鴉たる自分がここにいてなにが悪い、と。
そう言うと妙に納得して鳥居をくぐっていった。後ろで見覚えのある神様が項垂れているのが見えた。
神を宿す身に当たる罰とは一体なんだろう。興味がないでもないけれど痛いのは御免だ。そういうのはどこぞの天人にでも任せておけばいいと思う。
地上より遥か高くにある博麗神社。その鳥居から見下ろす景色のなんと綺麗なこと。
雪に沈んだ山々の景色も、私にとっては鮮やかな眺め。
空を飛べばもっと高くから見下ろすことが出来る。しかし私は地上で見る景色の方が好きだった。


「地に足が着いていれば、空の広さを感じられるでしょう?」


思ってもいないことをぽつり呟いてみる。冬の風に巻かれて誰にも届かずに消えていった。
















突然だけど。橋の上のお姫様は昔、外の世界にいたのだそうだ。


「どこから聞いてくるのかしらね、この鴉は」


地上と地下を結ぶ橋。そこで番人をしているのが彼女、水橋パルスィ。
変わり者の多い地底でも特に変わった妖怪の一人で鬼がまだ外の世にいた時代、彼女は人から鬼へと身を転じたと聞いた。
誰から聞いたかはあまり覚えてない。陽気な土蜘蛛からだったような気がする。


「それで?私に何か聞きたいの?」


こちらを見ないまま会話を続ける橋姫。機嫌が悪いのはどうしてだろう。私はまだ何も言ってないのに。


「見当はつくわ。外に出たくはないか、とかその辺りじゃないの?」


地上との契約も緩くなったみたいだしね、と彼女は続ける。
心を読んだかのように正確に言い当てられた。だったら話は早い。答えを求めた。


「別に。用もないし興味もない。出たって煙たがられるだけだろうし」


パルスィは心を読むことは出来ないが心の内の嫉妬や羨望といった感情を読むことはできるらしい。交戦時ならいざ知らず、なんでもない時にそういった心は読みたくないのだと彼女は言う。
人間に会わなければいいだけじゃないかと思う。パルスィの能力は相手がいなければ何も問題ないはず。


「そうね………でも陽の下に出ると探したくなるのよね」


何を、とは聞けなかった。過去に何があったかは知らないけれど、絶望と悲哀と憎悪がない交ぜになった表情を見るとそれ以上話を掘り下げようとは思えなかった。


「外に出たければ好きにするといいわ。おかえりくらいは言ってあげる」


呟いた言葉に込められていた微かな希望には気づかない振りをしておいた。












一角の鬼は私の問いに杯を傾ける手を止めた。


「外?そうだねぇ………出たいかと聞かれると答えに迷うな………」


地底の妖怪の代表格だという鬼と知り合いになったのは少し前のことだ。名前は、なんだっけ。クマみたいな名前だったと思う。

きっかけはとても簡単。強い烏がいるという話を聞いて向こうから地霊殿を訪ねてきたのだ。
とても弾幕ごっことは呼べない戦い。殴り合いの後、仲良くなった。
曰く「奥義で倒れなかったのはあんたで二人目だよ」とのこと。
鬼達は地上に嫌気がさし地底に移り住んだ。私が知っている鬼の知識はそれだけ。
仲良くなったついで、なんて言ったら聞こえが悪いけどもう少し詳しく話を聞きたかった。


「詳しくって言ってもねぇ。卑怯な人間に嫌気がさした、としか言いようがないんだよ」


そうじゃない。私が聞きたいのは違うこと。
外に出たくはないのか。外の景色を見たいとは思わないのか。


「外の景色、か………。花見に月見、紅葉に白雪。どれもこれも酒の席には申し分ない」


どうして答えに迷うのだろう。気持ちはそんなにはっきりしているのに。
地上の人間が嫌いだという。卑怯な人間が嫌いだという。嘘を嫌う鬼の性格は人間と相性が悪いのかもしれない。
それでも貴女は。


「さぁ呑もう。辛気臭い話は酒を不味くする。この話はもう終いだ」


勧められて杯を空ける。酒精が喉を焼いていく。このヒトのお酒はとても強い。酔いが回って思考が出来なくなっていく。
綺麗な赤。鮮やかな黄色。酒に浸した杯の星。それ以外の物は見たことがない。本当に、地上を見限ったのだろうか。


貴女の杯は地底じゃ作れないのに。
















異変の後、私は度々神社を訪れるようになった。
見てみたいと願っていた外の世界。一度は滅ぼしてしまおうと考えた。誰もそんなことを望みはしないと止められてから気づいた。
地底にはない景色ばかりで眼に映る全てが新鮮だった。主は私の心を通してその景色を懐かしんでいた。
いつかは自分の眼で見てもらいたいと思う。親友と、もう一人の主も一緒に。地底のみんなも。出来れば私もそこにいたい。
それはきっととても難しいこと。けれど叶わぬ願いというほどでもないはず。ならばいつか叶う。叶えてみせる。
巫女に言ってみたら好きにすれば、と軽く流されてしまった。
その横顔が微かに笑っていたのを覚えている。




元より好奇心旺盛な私が人里に眼を向けるのは当然と言えば当然だった。
最初こそ巫女や魔法使いの同伴を義務付けられていたが今では一人で動くことを許されている。
初めて単独行動を許可された時、嬉しくて思わず巫女に抱きつこうとした。
暑苦しい、と結界を直にぶつけられしばらくおでこが痛かった。


「人里に行くならついでにこれ持っていって」


こんな風にたまにお使いを頼まれることもある。妖怪に御札を運ばせる巫女なんてどこを探してもこの紅白だけだろう。
結界符だったり魔除けだったりと大抵は護符なので私が触れると手が痛む。わかってて持たせるあたりこの巫女はいい性格をしている。
この日は触れても手は痛まなかった。入っていたのは護符ではなくお守り。
護符とお守りの違いってなんだっけ。一度聞いたような気がするんだけど。


「健康祈願とか家族円満とか安産とか。頼まれて作ってるのよ。数少ない定期的な収入ね」


普段は無愛想だけど時々優しい。本当はとてもいい人なんじゃないかと私は思っている。


「届け先は前と同じ。じゃ、よろしく」


頼ってくれる人が増えた。嬉しいと思う私は妖怪としては間違っているかもしれない。
常識なんてどうでもいい。私は私。
人里を目指して、雪の舞い始めた空を行く。ほんの少し前まで焼き尽くそうとしていた場所へ。

滑稽だ。












「すまんな。本来なら私が受け取りに行くのが筋なのだが………」


慧音という名前の人里の守護者は綺麗な顔を申し訳なさそうな表情で飾る。
いい人なんだろうな、と思う。その分苦労もしてそうだけど。
さとり様に似ていると思った。顔も背もまるで似てないのに。
お守りは後で寺子屋に各自取りに来てもらうそうだ。いっそ分社にしてしまえばいいのに。
安産のお守りだけは配りに行くらしい。身重の人間にあまり無理はさせられないとのこと。


「一緒に来るか?彼女らもきっと恩人の顔を見たがるだろう」


このくらいの働きで恩人だなんて大袈裟な気がする。
興味がないわけではないが遠慮することにした。新たな命の誕生前だ。そんな場所に地獄の鴉は相応しくない。
慧音に別れを告げて人里を行く。少しずつ勢いを増してきた雪。私に触れて熱を奪えずに溶けていく。
有り得たかもしれない未来を幻視した。瓦礫すらない荒地に積もる雪。独り佇む私。黒々とした雲に覆われて真っ暗。
空の無い世界は、きっと楽しくなんかない。








行くあてもなく人里を彷徨っていると人間の騒ぐ声が聞こえた。お屋敷のような、他の家より一回りは大きな家から聞こえてくる。
気になって覗いてみた。宴会でもしているのかと思ったがどうも違うらしい。人々の表情は険しい。
乱雑に積もった雪とその周りで騒ぐ人間。何かを掘り出そうと必死に雪を掻いている。
傍に来た私に誰も気づかない。気づいたところで何もしようがないけれど。
あぁ、誰か雪に埋もれたのか。雪下ろしを真面目にしなかったか、それともその途中だったか。どっちにしろ同じことか。
妖怪ならばどうということはないけど人間となれば話は別。急がなければ大事になりかねない。
人間の脆さは知っている。巫女に教えてもらったから。儚きは命の灯火。吹かずとも勝手に消える。
助けに動こうとして不意によぎる思考。暗い笑み。黒い私。まるで妖怪のような。
雪の下は真っ暗でしょう。とても寒いでしょう。私達はそこにいるの。誰の手も届かない。光も差さない。押し込められて閉じ込められて。
そのままそこに居るといい。地底の気持ちがきっとよくわかる。


「あんたも手伝ってくれ!中に二人埋まっちまってるんだ!」


声をかけられて我に返る。
左手で作る八咫。指先に灯る小さな火球。女性としては大柄な私の背丈よりも高く積もった雪が見る見るうちに融けていく。
雪が全て水に変わるまで時間はかからなかった。雪山の代わりにずぶ濡れの人間が二人現れ間の抜けた顔で私を見ている。
大事なさそうでなにより。次からはもっと気をつけたほうがいい。そこに私が居るとは限らない。
放心の間に立ち去る。風邪をひく前に風呂に入る事をお勧めしたいところ。
















もう少し力を込めれば、あの家くらいは簡単に焼き払えた。そこに居た人達諸共に。
そうしなかったのは何故だろう。
















人里を出て見知らぬ道をふらふらと歩く。
道があるということは人通りがあるということ。この先に何があるのだろう。
何もなくてもいい。散歩もたまには悪くない。
道の両側に立ち並ぶ木。春になると「サクラ」が咲くらしい。それはそれは見事なサクラ色で景色が埋まるそうだ。サクラがどんな色なのか知らないけれど。
雪を踏みしめる形容しがたい音だけが今は耳に届く唯一の音。粘り気を帯びた炎の爆ぜる音など何処にもない。
廃獄とはまた違う冷たさ。虚しい熱じゃない純粋な冷気。本当の冷たさを今更知った。
頭を冷やせとは誰に言われたんだったか。巫女か。魔女か。誰でもいいや。


今でもたまに考える。あの時私が負けなかったら。
大地と、そこに生きる全てを焼いて遥か地上の土を踏む。
そして私は言うのだ。ほら、みんな見て。外だよ。地上だよ。もう私達を蔑む奴らは何処にもいないんだ。
頭を過ぎる地底の仲間の過去。迫害。差別。焼き尽くしてしまえばそんなもの失くしてしまえるのに。
そんな過去なんぞ酒の肴にしてしまえ。呑もう。騒ごう。ここが我らの楽園だ。
そう言ったのは地底の仲間だった。底抜けに明るい私の大好きな嫌われ者達。
残念なことに、私の中には暗い情念の炎が未だに燻っている。
誰もが酒の肴と呑み干した過去を私一人が諦められずにいる。誰の為にもならない怒りがふとした弾みに顔を覗かす。
こんな熱、必要ないのに。


冷やすとはただ熱供給を止めることじゃない。奪い、熱を失わせること。
もっと冷たい方へ。誰でもいい。なんでもいい。太陽みたいに熱い頭を、馬鹿になるまで冷やして頂戴。












ほどなくして大きな水たまりに行き着いた。巨人の水浴びに丁度よさそうなほどに広大だ。
この辺りで一番冷たい場所はきっとここ。寒い。太陽を宿した私がそう感じるほどに。
外套を脱げばお気に入りの真っ白なそれは雪に紛れて見えなくなる。
革靴と靴下を脱いで重しにした。目印にもなる。風はないから飛ぶ心配はなさそう。
素足で雪を踏む。直に触れる雪が体温を奪っていく。雪でこれほどなら、水はどれほどか。
これほど冷たい空気の中でも水は凍っていなかった。指先で触れると身を斬るような冷たさを感じた。
一歩、踏み出す。足首まで水に浸って冷たさが骨に沁みた。でも、まだ。
もう一歩。膝が浸かってスカートの裾が水面に浮いた。肌が灼けそうなほどに冷たい。灼ける?なら、まだ。
更に一歩。急に水深が深くなり腰まで浸かる。水面を掻いた手の感覚が少し遠くなった。つめたい。でも私の胸は、まだ。
あと一歩、踏み込もうとした。高速で飛来する物体がそれを阻んだ。微か視界にとらえた、青い弾丸。


「あんた死ぬ気!?人間がこんな冷たい水に入ったらシンゾー止まっちゃうでしょ!ってけーねが言ってた!」


一気に水際へと押し戻された。勢いに堪えられずそれなりに積もった雪に埋もれる。
あぁ、冷たい。冷たいと思える内は私の熱は冷えてない。まだ、まだ。もっと。


「あたいがたまたま見つけなかったらあんた今ごろどうなってたか………聞いてるのー?」


聞こえてるよ、と相手もろくに見ないおざなりな返事。慧音辺りに怒られてしまいそうだ。礼儀を大事にする人だから。


「聞いてないのと一緒じゃん。で、あんた何者?ジサツシガンってやつ?」


声の主は女の子だろうか。こんなところで何をしているんだろう。妖怪が出ないとも限らないのに。
少しだけ首を起こしてみる。青い髪に不思議な形の羽………人間じゃない。この子は妖精なのか。
それでも妙だ。妖精は暖かな季節を好むんじゃなかったかな。


「そこらの妖精と一緒にするんじゃないよ。あたいのこと知らないのか?」


地底暮らしが長い私だ。地上のことなんて知らないことばかり。


「チテイ?まぁいいや、とにかく変な考えは捨てて家に帰ることね。悩んでるならけーねに相談しなさい。わかった人間?」


………あぁ、この子も私と同じ勘違いをしているのか。
怒るんじゃないかな。私なんかと一緒にされたら。
少しも動こうとしない私を見て女の子は飛ぶのをやめて私の隣に座り込んだ。寒くはないのだろうか。かなりの薄着に見えるけど。


「ねえ、何しに来たの?こんな所にさ」


追い返すことはどうやら諦めたらしい。答える義理はない。でもまぁ、話してみるのもいいか。
頭を冷やせって言われたことを思い出して、冷やしに来た。冷えないから水に浸かったら、青い何かが飛んできた。


「あんた馬鹿なの?あたいに言われるってよっぽどだよ?」


馬鹿、なのだろう。それもとびっきりの。怒られて殴られて、それでようやくわかった。


「なぐられって………………なにをやったのよあんた」


遥か地底から陽光を負って、世界が終わる一歩手前まで。
なんて言ったら、大袈裟だけど。
















仰向けの私に雪が降る。溶けずに積もる。熱はもうない。
隣にいる女の子はどこから拾ってきたのか氷を手の中で弄んでいる。きっと私が帰るのを待っている。
ひたすらに頭と身体を冷やしてみた。これでもかと自分を虐めてみた。
気は済んだ。心は晴れなかった。
何がしたいんだ私は。


「気が済んだ?」


とても長い沈黙の後、心を読んだかのようなタイミングで女の子は言った。頷きだけ返しておいた。


「もう帰った方がいい。夜はまだまだ来ないけど、そうでなくてもここいらは危なくなる」


最初より幾分優しい声音で再度帰るよう促してきた。
私の話を信じたわけではないだろう。きっと何かの例え話だと思ったはずだ。
もしかしたら理解してないのかもしれないけど、それでも黙って聞いてくれたことには感謝したい。
じゃあね妖精さん。また会うことは多分ないだろうけど。


「じゃあね人間。せーぜー死なないように気をつけて帰るのね」


最後まで勘違いしたままぶっきらぼうに言い放って彼女は何処かに飛び去っていった。
冷たい言葉が、暖かかった。












肺腑の底まで凍えきって吐く息さえも冷たいような、そんな気がする。
私に熱は残っているのだろうか。そう思うほど身体が冷たい。熱が恋しいと思ったのは初めてかもしれない。
外套も靴下も濡れに濡れていた。この場で乾かすことも出来るけど、なんとなくそんな気分じゃない。このままでいい。
私自身も雪に塗れて全身しっとり濡れ鴉。白かったブラウスも濡れて見た目に黒い。
真っ白だった私は今や真っ黒になっていた。はて、私は白い鳥だったか。鶴に生まれた覚えはないんだけど。


「闇夜に鴉。鴉の濡羽。どっちも黒だ」


月が消えた夜に私はようやく鴉となるのか。水と遊んで初めて鴉となるのか。
どっちでもいい由無し事。きっとどっちでもない。寝て起きれば忘れるだろう。
神話の鴉は白かったという。本当の色は果たして。


「ねぇ神様。貴方はどっちだと思う?」


紅い眼に問いかけてみた。答えはなかった。












人里に戻ってくると門の辺りで慧音が傘をさして立っていた。誰かを待ってるのか。少なくとも私ではない。
傘の似合う人だ。傘が似合うのと雨が似合うのは全く別物。さとり様は雨が似合う。


「やぁ、おかえり………どうした、ずぶ濡れじゃないか!」


月が顔を覗かせる夕暮れ。似ていると思う理由がわかった。この人の眼は見覚えがある。
憂いを湛えた優しい眼。孤独と辛苦を知っている眼だ。
その眼に私は、一体何をしてあげられるだろう。
私に出来ることなんてたかが知れている。悩んだところでそれほど意味はない。
ならば私は今日何をしていたのか。これからどうしたらいいか。
考えるのを止めた。答えはきっと後からついてくる。


「帰る前に家に寄って行け。すぐ湯を沸かしてやるから」


空のない地の底でも雪は降る。曇りはしないけど、晴れることもない。
誰かが涙を流す姿を、私は見たことがない。
でも知っている。地底にも雨が降るのだ。


「あ、おい何処へ行く!風邪をひくぞ!」


熱を出して寝込むのは頭のいい人の役目。大丈夫。私は馬鹿だから。
出来ることからやればいい。一つずつ。一歩ずつ。
難しいことなんて考えなくていい。


私に出来る始めの一歩。
晴らすのは恨みじゃない。
永遠続く地底の夜を、私の空で。















「ねぇさとり。あんたのとこの馬鹿早くどうにかしてよ。眩しくてたまらないわ」
「やー、懐かしい良い眺めだねぇ………わ、キスメが眩しい」


太陽。太陽。ただひたすらに輝いて。もっと強く。もっと熱く。


「おくう!あんた何がしたいのさ!ずぶ濡れで帰ってきたと思ったらいきなり核融合全開ってにゃおぁ!」


願いを込めて、私は落ちた。地に叩きつけられて地底の空を仰ぐ。
光がそこにあった。


「喜べみんな、お天道様が来てくれたぞ!」


妖の黒陽ではないけれど、太陽と呼ぶにはあまりにも小さな白い光。青くない空が悔しい。
とりあえず、今の私に出来るのはこんなこと。
意思に反して動かない身体。虐めた上に無理をしたからか。しばらくは動けそうにない。


「久しく見ない太陽だ!これが呑まずにいられるか!!」


妖怪達の陽気な声が聞こえる。どうやら宴が始まるようだ。
顔見知りの一角の鬼が早速一樽空けた。急速に盛り上がる宴。身体が動けば後で覗いてみようかな。
ふと眼をやれば、遠くで橋姫が柔らかな笑顔を浮かべていた。
せっかく綺麗な顔なのに、と常々思っていたところだ。いいものを見た。太陽のお陰か。自惚れじゃないといいな。


「全く貴方は………少し前に異変を起こしたと思ったらこれですか」


呆れた顔の私の主。隣には親友。その隣にもう一人の主。


「たまにはいいじゃない。ねぇお燐?」
「あたいに振りますか………」


楽しそうなこいし様。少し困った顔のお燐。
二人とも、笑ってた。


「いくら丈夫とはいえ心配するのですよ………雪?湖?何をやっているのですか貴方は………」


雪は冷たかった。水も冷たかった。言葉は暖かかった。そういえばあの女の子の名前、聞いてないや。
みんなが見たいのはこんな空じゃない。こんなもんじゃないはずだ。
突き抜ける空の青を、闇に烟る夕焼けを、月の輝く明るい夜を。本当の空を見せてあげたい。
私の名前はなんだ。この身に何を宿した。はためく外套に映した宇宙はただの飾りじゃないはずだ。


「こらこら、こんなところで本物そっくりな太陽を創ってしまったらみんな消し炭になってしまいますよ」
「消し炭ならまだマシじゃない?たぶん塵も残んないよ」
「上手に焼けませんでした、って感じですかね」


本物を創る気はない。本物はいつか見に行こう。封じられた私達にも空は平等に広がる。
残念ながら、大地は平等じゃないらしいけど。


「仕方ありませんよ。私達の持つ力は妨げにしかならない」


諦めた声。閉じた瞳。
本当に諦めたのなら、涙の理由がわからない。
恐怖に震えて涙を流すような、痛みに耐えられずに涙を流すような、貴方はそんな弱いヒトじゃない。
でも、強くもない。
どうして。


「………時たま鋭いですよね、貴方は」


馬鹿な頭で必死に考えた。冷やしもした。
結局自分は何がしたいのかもわからないまま。


「お燐、おくうを部屋に。こいしは水を持っていってあげて」
「あいあいさー」
「了解しました。ぅ………意外と重いなあんた」


すぅっと世界が遠のいていく。こんな風に意識を落とすのは人間に負けたあの時以来だ。
そういえば、黒陽に落ちる私を受け止めたのは誰だったのか。
音が消える。光が消える。
眠りに沈む。
おやすみなさい。




















月や星は太陽の光を受けて輝いているのだと言う。違うものもあるらしいけれど。
目が覚めた。見覚えのある天井。私の部屋だ。散らかり様もないほど空っぽ。
まだ浮ついたままの頭で難しいことを考えてみる。
私に力を与えた神様は何がしたかったのか。太陽を地下に埋めたりして。


「………………太陽が喧嘩しないため?なんて」


子供みたいな発想。身の丈に合っている。
太陽が私なら、月は誰。星は誰。
親友の顔が浮かぶ。違う。お燐はむしろ太陽みたいなやつだ。明るくて、朗らか。
私じゃなかったらきっとお燐が太陽だ。
さとり様はどうか。月の光は似合いそうだけど、内にあるものは思いの外熱い。
これほど見た目と中身が噛みあわない人はそういないんじゃないかな。
こいし様は。月か星かと聞かれたら、きっと星。
明るいけれどどこか虚ろ。蝋燭に似た力強くも不安定な光。
鬼の姉さんはそれはもう暴力的なほどに輝く恒星で、橋のお姫様はちょっと刺々しい、それでも優しい色の光。地底のみんなは騒がしく光る暖かな星。
私の周りには光ばかりだ。みんな自分から光るものばかり。
私が一番月のようだ。誰かに光を貰ってようやく輝ける。そんな雅なものじゃないけど。
そうだ、幼子が描くような五角形のお星様。私にはそれがお似合いだ。
星と言えば、白くて黒い魔法使いを思い出す。あの人は星の魔法使いだった。太陽みたいに苛烈な星の。
夜空を裂いた流星は間違っても受動的な輝きじゃない。恋色。よくわからないけれど綺麗。
次いで思い出す紅と白。月の光を受けて煌めいていた黒髪が脳裏に焼き付いている。
あまねく人妖に平等に輝く、幻想を包む巫女。でもあの人も月じゃない。
本当の太陽はおめでたい色をしているのかもしれない。


「そうだ、月はあの人だ」


底の見えない紫色。扇子の向こうに隠した表情。落ちる私を受け止めたのはあの人だった。
焼けた腕の痛々しさ。痛む素振りもない安堵の笑顔。紅白の裏側。
顔を隠すということは心を隠すこと。あの人はきっと優しい。
表に出せない一方通行の愛。出さないのではなく。誰にもわからないようにあの人は微笑んだ。


「笑えたらいいのに。みんな。空の下で」


地下の妖怪達は何故人間達に嫌われたのか、という質問に誰もが忌み嫌われる能力故に、と答える。
そこで思考を閉ざしていた。誰も考えないその先を考えよう。
どうして嫌われるまで人間と共に居たのか。人の歴史に残るほどに共に生きようとしたのか。
力を隠そうと正体を隠そうと、いずれはわかってしまうというのに。


「………なんだ。簡単なことじゃない」


答えはさっき自分で思いついていた。なんて切ない一方通行。


立場や境遇。背負った歴史。
無視できるほどに軽いものではない。理解できる。納得はできない。
屍が積み重なることもあったろう。血の雨が降る事もあったろう。
それでも同じ空を仰ぎ見たいと望むのは、愚かなことなのだろうか。















次の日も私は外へと繰り出した。無茶はするなと言いつけられた。
鳥居に留まって空を見上げる。雲の少ない快晴。良い天気だ。日差しが心に刺さる。


「ねぇお日様。そこからの景色はどう?貴方を見上げるヒトは昔より少なくなったよ」


返事はない。聞こえなかったのか。聞こえないふりをしたのか。
重ねる問いも空に消えていく。広すぎるのも少し問題かもしれない。
空は全てをその身に抱く。太陽も月も。花も風も。光も闇も、何もかも。


「私が、みんなの空に」


その続きを言うにはまだいろいろ足りない。頭とか、心とか。
誰もが空の下で。地底なんて区切りも無くなればいい。
きっと近くはないけれど。果てほど遠くでもないはず。理想までの距離。太陽が一番高いところで輝くまで。
空と大地。地上と地底。家族。友達。優しいあの人。いつか別れた隣人。
みんなまとめて。目いっぱいに手を伸ばして。


「フュージョンしましょ?」


冬の風に巻かれてなお消えないよう、太陽に届けと呟いた。
お初お目にかかります。いろんな作品を読む内に昂ってきたので自分も筆を取ってみました。
読んでいただけたら幸いです。




おあああああああ1000点越えとる。評価してもらえるのがこんなに嬉しいとは。
ありがとうございます。書いてみてよかったー。
わるさー
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コメント



0.1190簡易評価
1.100もんてまん削除
とても良い雰囲気でした。面白かったです!
4.90名前が無い程度の能力削除
これは感受性豊かな好感が持てるお空。
5.80奇声を発する程度の能力削除
お空が可愛くて良かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
≫「あんた馬鹿なの?あたいに言われるってよっぽどだよ?」

幻想郷にまた一つ名言が生まれました。
18.100名前が無い程度の能力削除
こんな感じの雰囲気好きです。
20.100名前が無い程度の能力削除
馬鹿というより切ないお空