Coolier - 新生・東方創想話

遊園地で行き先を他人任せにすると楽しさが減る

2012/06/01 21:33:39
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前作
http://coolier-new.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1332169756&log=164
『春の自己紹介とかで、普段は何をしているのですかと聞かれると困る』
の後日談的扱いです。






 お嬢様が新しい十六夜咲夜を購入した。主のテーブルに横たわったソレは、糸が切れたようにぴくりとも動かない。

 朝方、博麗神社へお嬢様を迎えに行ったときアリスに渡されたものだ。桜が舞い落ちる神社の縁側、紙袋の中身を確認するともう一人の私が小さく膝を抱えていて、「これはなに」と聞くと「ご注文の品よ」とアリスはあくびを漏らしながら、請求書を袋の中に落として帰って行った。

 どこまで精巧に作ってあるんだろう、彼女のことだから火薬なんて仕込んであるのかもしれない。中から出して抱えてみると、どうやら自律しないらしく腕の中でだらりと垂れ下がる。「まるで代用品ね」と指摘する霊夢。そうかもしれない。よくよく考えなくとも私よりお嬢様の方が長生きするのは当たり前だし、私を思いだせる形にしておきたいというのもわかる。モデルが私なのだからアンティークとして飾れるのは当たり前だ。

 けれど、どんなに美しかったとしても『今は』その程度でしかない。それ以上の価値を持つためには、私という段階を踏み越えてこそこの人形は美しく輝くのだから。思い出というものは、過ぎ去って初めて輝くものなのである。

「本物が本物であるうちは、私のほうを見てくれるわ。私が死んだら、この子が本物になってくれる」

「そんな単純じゃないんだから、自分のために生きなさいよ。えっと、趣味とかもってさ」

「趣味なんて枠組みだと案外、何かに一生懸命になっている時わからないものよ。――夕方にまた来るから、それまでお嬢様をよろしくね」

 そのまま軽く手を振って別れたが、霊夢は気付いていなかったようだ。何が楽しいのか知らないが、霊夢は何度も頷いて何かに納得している様子で、いつも通りぽけーっとしていたのだから。

 ――紅魔館、主の部屋へと私の意識は戻ってくる。お嬢様は夜まで帰らないとのことなので、私は紙袋の中身を主のテーブルに座らせた。投げ出すように置かれた肢体にどこか機械的な表情は、まるで抜け殻のようだ。この中に魂が入ることはなくとも、私が消えたら何か違う意味が付加されるのは確かだろう。

 ぼんやりとソレを眺めているうちに、埋め込まれたガラス球と視線がぶつかった。日光を遮断した室内なのに不思議ときらきら光る球体は、遊園地で順番待ちをしている小さな子供を連想させる。みすぼらしい看板に記されたアトラクション名は『十六夜咲夜』。嬉々として乗り込む子供と対称に、チケットを使い終わった私は階段を降りて退場するしかない。後に残るのは千切られた半券と、アトラクションを乗りこなす、私に似た小さな子供のふざけた金切り声。
 
 バラバラに、したい。

 先ほど霊夢の前で強がって見せた自分が恥ずかしい。口ではなんと言えたって、結局は我慢ならないものなのか。
 
 服の裏に隠していたナイフを瞬時に取り出し、ソレの首元へと刃先を突き付ける。当然ソレは反応しないし、私も傷つけることはできない。私はともかく、コレはお嬢様の所有物だ。ただ、ナイフで切りつけたいと思うくらいの権利は私にもあるだけ。そうやってぼんやりと過ごしていると、自分の順番が少しでも長くなるような気がしてくるから不思議なものだ。

「斬らないのか?」

「バラバラにしたら、どうなるのかしら――魔理沙」

 さあな、と答えて泥棒は窓から暗幕をめくり侵入してくる。赤い頬、ふらつく足。意識はある程度はっきりしているようだが、身体が追い付けていない。小さく吐息を漏らし、そのまま倒れそうになる彼女を駆け寄って支える。小さな魔法使いは私の腕に抱えられて苦しげに呻いた。

「あなた今朝、神社で酔いつぶれていたんじゃないの」

「レミリアが居ないなら新たな侵入経路を模索しようと思ったんだがな。お前に見つかったから今日はお終いだ、二日酔いもあるし潔く病欠するとするぜ」

「私もお嬢様もほとんど容認しているようなものでしょうに」

 ますます辛そうにもたれかかってくる彼女を見ていると、二日酔いというよりも、まだ酔いが醒めていないのではないかと思う。彼女から漂う薬品が混ざり合った歪な匂いの中から、はっきりと強いアルコールの香りが鼻を刺激する。小さな宴会の痕跡を感じて、なんとなく除けものにされたようで。腹いせに妹様の部屋へ放り込んでやろうかなんて考えていたら、彼女の視線はテーブルのソレへと向けられていることに気づいた。虚ろな目で私の顔とソレの顔を見比べてへらへらしている。誰かに話せば私の中で諦めもつくかと思い順を追って話したところ、「そいつは大変だ」と子供らしく笑った。

「順番を取られたくないなら、いっそのこと順番をなくせばいいじゃないか。永遠を手に入れろよ咲夜」

「永遠――というと、私の首をお嬢様に差し出せということかしら」

「お前の場合はそうだろうな。霊夢は神格、私は捨虫。忘れがちだが早苗は神格を持っているようなものだし、一度本気で考えてみたらどうだ。歓迎するぜ」

「やっぱり今日は無理だ」と帽子の中から軽い刺激臭のする葉を口に入れると、少し楽になったのか彼女は箒にまたがり、休んでいけと言う暇もなく春の空へ飛び立つ。後を追ってテラスへ出てみると門の当たりで美鈴が眠っているあたり、今日は戦うことすらしなかったのだろう。魔理沙に対しては顔パスみたいな状況になっていると言っても、もう少し門番らしい振る舞いを見せてほしいものだ。



 人間らしくあるなんてどうでもよかったけれど、人形らしくあるくらいなら永遠を求めてもいいのではないだろうか。晩餐を片付けたあとお嬢様が住人にソレを披露し、それぞれの反応を目にした時に、私は漠然とそう思った。パチュリー様はあきれ顔で何も言わずに食堂を出ていき、妹様は「へんなの」と一瞥しただけで興味を失ってしまう。美鈴にも見せたが簡単に社交辞令を述べただけでそれ以上はない。本当に興味がないのか、それとも代用品としての意味を誰も見出さず、十六夜咲夜は私だけだと認識してくれたのか。

 満足げなのはお嬢様だけで「どうしてそれを作らせたんですか?」と私が訊ねても、ソレを優しくなでるばかりで答える気がなさそうだった。食後に紅茶を運んで行ったときになってようやく、

「逆に聞くけど、どうして私はこれを作ったのかわかる?」

 と答えが返ってくる。主の抱えるソレが、私を挑発するように睨みつけている気がした。お嬢様が動くたびにころころと揺れる眼球が、球体関節に身を任せるしかないはずの身体が、懸命に出番を訴えかけようとしてもがいているようだ。私はナイフを掴もうとする右手を、バラしたいと感じる衝動もろとも抑えこみ返事を差し出す。

「私が、人間のままでいると思っているからでしょうか」

「人間のままだと、どうしてこれが必要になるの?」

 それは、つまり

「私が死、んだときに誰かが覚えていられる記念品として、では」

 今にも震えてしまいそうな私の言葉に、お嬢様は小さくため息をつく。

「なんだ、咲夜は本当にただの記念品だと思っていたんだ。魔理沙の言ったとおりだ――つまらないな――まあ、時間はまだあるから、今はそれでいいか」

 そしてまた黙る。結局は小競り合いばかりで確かな答えは得られなかった。ティーセットを片付け部屋から出ていくときに「霊夢と同じだな」とお嬢様が呟く。返事を期待しているのかいないのか、私が振り返ってもそれっきり言葉は帰ってこない。再び人形と視線が交錯して――私は時間を止めた。

 紅魔館は一言で言えば魔的だ。館に踏み入れた瞬間、おとぎの国に迷い込む浮ついた錯覚をもったかと思えば、まぎれもない現実を意識させる恐怖へと変貌させられる。おどけた門番に屋敷を飛び回る妖精たち。赤を基調として鮮やかに彩られた空間はどこまでも広がり、屋敷の奥には小さな愛らしい羽つきの少女が居るけれど、おとぎ話はシンデレラストーリーが全てじゃない。客人は全て主人の掌にあり、牙をむくときは一瞬。その不安定さが私はたまらなく好きなのだが、お嬢様が抱えるアレを見ていると、私も客人の一人として扱われているような気がしてならないのだ。

 確かに私の命運はお嬢様に握られているとも言える。しかし、私をただの客人と一緒にしてほしくはない。私という本物がお嬢様のもとで培ってきた時間は、そんな簡単に形作られるものじゃないはずだ。

 停止した時間の中でナイフを構える。残り一つの工程で、目標がお嬢様ごとナイフで串刺しになるはずだ。それが出来たらどんなにいいか。例えお嬢様を傷つけてでも、アレを破壊する価値は私にとってお釣りがくるほどあまりある。

 要するに私は、完璧で瀟洒なメイドなどという肩書よりも、私の代わりなど居ないという幸福な一言が欲しかったのだ。

 そのままどれくらい経っただろう。体感時間としてはかなりの時間がたった気もするが、静止したこの空間では何もわからない。お嬢様は相変わらずソレを撫でていて、ソレは私に名状しがたい視線を投げつけてくる。最後の悪あがきか、私は人形に向かって素早く十字を切る。当然刃先は空を切るだけで、何も変わるはずがない。それでも小さな自尊心を満たした私はそっと扉を閉めて、ティーセットを片付けに薄暗い春の廊下を歩いて行った。


 □□


 後日、時を止めてしばらくの休養を得たのち私はアリスのもとへ飛び立った。アレの代金を支払うという名目もあるが、制作を依頼するときには用途を意識することで良いものが作れるのだから、何かしらお嬢様の真意をアリスが知っているのではないかと考えたからだ。

 ただ、

「客の情報をそんな簡単に渡すわけないでしょう」

 こんなにあっさり断られるとは思っていなかったが。

「それより私が気になるのは魔理沙のほうよ。本当に歓迎すると言ったの?」

 私が肯定すると、「重症ね」とぼやき頭を抱える。

「魔理沙はその内なんとかするとして――ああ、魔理沙の件は別にあなたの問題じゃないからいいの――レミリアのことだけど、私が答えを言うわけには行かないわね。口止めもされているし、彼女が興味あるのはあなた自身の答えなのよ」

 私自身の答え、ね。

 そういう、誰かを成長させようとしてわざと答えを言わないのって、意図を見せないようにするものだと思う。私の勘違いかもしれないけれど。

 赤いリボンの印象的な人形が、静々とクッキーを運んでくる。今度は違う人形が二対、ティーセットを運び、一方がテーブルを拭き終わると、慎重に食器が並び始める。一連の動作は淀みなく、あまりにも機械的――人形的であるけれど、数の暴力である屋敷の妖精メイド達よりよっぽど手際がいい。

 人形がお茶の準備を進める光景を眺めながら、「すぐ帰るつもりだったのに」とぼやいた直後、アリスは顔色一つ変えず、「たまには休みなさい」と半ば無理やり私を座らせてしまった。そうすると疲れているような気がしてくるのが不思議なもので、私は彼女と、彼女の人形たちの間でいつの間にか心を開きくつろいでしまって。紅魔館での仕事が残っているのに、もう少しここに居ようかなという気にさせられてしまう。魔理沙いわく、これがアリス・マーガトロイドの恐ろしさらしい。パチュリー様あたりに言わせれば、研究の時間もおせっかいにまわす大馬鹿者だそうだ。

「ここに居る人形たちは一緒にいると安心させられるわ。どうせなら、お嬢様に送ったアレも、こんな風に作ってくれればよかったのに」

「気に入らなかった?」

「意外そうに言うのね。気に入るどころか、自分の模造品を作られて喜ぶ人はあまり居ないと思うけど」

「そう? 私は人形を作り始めた時数え切れないほど自分を作ったわよ」

「長生きすると碌なこと考えないものね」

「長生きしているように見える?」

 あなたにそんな質問は馬鹿げた話でしょう、と思ってはいたが、こういうときはお世辞でも若く見えると言うべきである。私が彼女の見た目より二つほど若い年齢を告げると、彼女は「見た目は当てにならないわ」と言いつつも口元を緩めた。

「さて、ここで問題。私は永遠を持っているでしょうか? あー、えっと、これは真剣に考えたほうがいいわよ」

 アリスの言葉は、自然なようにふるまってもどこか呼吸がずれていた。意図的な話題の転換、もしくは矯正。彼女が話のテンポを多かれ少なかれずらしているということは、これがいわゆるおせっかいだからである。おそらく本人は自然にふるまっていると思い込んでいるのだろうが、明らかに目が泳いでいるし、こころなしか声が上ずっている気がしないでもない。核心の明示を避けながらも目的地へ確実に到達させる方法を組みたてられる癖に、最後の最後で相手をだませなくなってしまう。

 私と正反対だな、なんて笑ってしまった。その顔を見てアリスは悟られたことに気づき紅潮しながらも、お嬢様の意図について私に到達方法を明示しようとする。

「捨虫、だっけ。老化しないんでしょう? 外傷による死を防げないから完全とは言えなくても、可能性はもっていると思うけど」

「この問いに対する答えは正解。でも考え方は間違っているわね。考え方として、私は捨虫を習得しているかどうかという段階から始めないといけないの」

「あなたは種族魔法使いでしょう? だったら」

「ストップ。霊夢ならともかく、あなたと私は出会ってから大した時間がたっていないわ。私が成長を止めているかどうか、確認する方法はないでしょう。そもそも、捨虫とは体内の毒を取り出すこと――この場合は老化を防ぐんだけど――種族魔法使いになるには、もうひとつ大切なことがあるの」

 アリスの舌は回り続ける。私はそれを受け止め続ける。

「人間が魔法使いになるっていうのはね、目的をもつということよ。目的を叶えるために研究し、寿命を得て、悲願を達成する。私が完全な自律人形を作ろうとしているように、目的の過程にあるものを魔法使いという。目的がない奴が魔法使いになったところで、ただの普通じゃない人間。着地点がわからず大成しないことは目に見えているわ。魔理沙はここが危険なんだけれど、今はこんな話どうでもいいか。でもね、重要なことは――捨虫の魔法はね、いつでも止められるということなの」

「つまり、魔法使いはいつでもやめられるし、いつでも年をとることができるということ?」

 そういうこと、とアリスは頷く。後は頑張って考えなさいとでも言いたいのか、人形たちがくるくるとテーブルを片付け始める。あるべきものはあるべき場所に。それは人形も同じで、役目が終わった彼らは自分の棚へと帰っていく。結局、この話で理解できたことはアリスが魔理沙を非常に心配しているということくらいだが、そろそろ私も自分の場所へと帰らなければならない。

 収穫は大してなかったけれど、とりあえず支払いは済ませたのだ。それだけでも良しとしよう。礼を言って立ち上がり、扉を開けて外へ出ようとすると、

「い」

 小さな巫女が胸元にぶつかってきた。



「だからさ、対象が硬くても軟らかくても、ぶつかったら無意識に痛いっていっちゃうものなのよ」

「何も言ってないんだから、何も言わなくていいわ」

 勢い良く扉を開いて私の――硬いらしい――胸元に飛び込んできたのは霊夢だった。トレードマークの巫女服は着ておらず、サイズの合っていない男物の甚平である。足元の裾を持ち上げてよたよたと歩いているせいか、今にも転びそうな感じだ。さっきぶつかってきたのも、サイズの合わない甚平に躓いてしまったかららしい。

 霊夢は巫女服を作るための布を貰いに来たようだ。買いにくるとは言わず、貰いに来るあたりが彼女らしいところである。香霖堂の主に、ぼろぼろになった巫女服の代わりを仕立てて貰おうと出向いたところ、布を切らしていたためここを訪ねたということだった。ひどく幼く見えてしまう服を着ているのは、作業中の巫女服の間に合わせを借りているらしい。

 私には関係のないことなので、早々に退散させて貰おうと思ったのだが、にわかに声をかけられて踵を返すことになった。

「魔理沙って、あんたの所にも声をかけてるの?」

 何気ない体を装って聞かれたが、私はこれが真剣な問題なのだとすぐに気付いてしまう。ああ、そういえばこの小さな巫女も、当事者の一人だったなと思いだす。楽園の楽しさ、妖怪と深くかかわってしまったことで生まれる永遠への憧れ。それはただ、今の時間をもっと楽しんでいたいと言うだけではなく、ただ妖怪のように長い寿命を生きたいという怠慢にも変換される。

 もしかしたらアリスはこのことを言いたかったのだろうか。私がアレに嫉妬して永遠を持つということは、連鎖的に霊夢や魔理沙、早苗と言った、永遠を持ちたがるかもしれない彼らに大きな影響を与えることになると。そう思いアリスへと視線を向けても、仕立て用の生地を選んでいる彼女からは何も伝わってこない。

「ええ、誘ってきたわ。『永遠に興味はないか』。まるでチープなB級映画の悪役ね、自分だけがなるのは寂しいから、同じような境遇の私たちも一緒にしちゃいたいんでしょう」

「ああ、やっぱりそうなの。でも、咲夜は確か永遠に興味なんてなかったのよね」

 そんなこと、いつ言ったっけ。

「ほら、前にあんたそっくりの人形を見たとき、自分で言っていたじゃない。自分の次が居るから永遠なんていらない、みたいな」

 ああ、そう、そうだ。

「しっかりしてよね。魔理沙もどうかと思うけど、私と早苗にあんたは魔理沙にとって最重要候補なんだから。早苗は何も考えずころっといっちゃいそうだけど、私かあんたが落ちたら、魔理沙が勢いづいて皆そうなっちゃいそう」

「まるで人間であることが最善みたいな言い方ね」

 だからお嬢様の誘いを断り続けるの? そう続けようとして気付いた。お嬢様が呟いた「霊夢と同じね」とは、このことだったのか。

「別に、それが最善なんて言ったつもりはないわ」

 私が意外そうにこちらを見つめる彼女に返答しようとした時に、アリスが布袋を手にして戻ってきた。「霊夢も人任せなところがあるわよね」なんてぼやきながら。反応がないところをみると、霊夢には聞こえなかったようだ。

「ああ、アリスありがとう。もし代金が欲しいなら、霖之介さんに言ってちょうだい」

 アリスが頬笑みながら小さくうなずくと、今度は私の方に向かって、

「あんたもさ、たまにはお茶でも付き合ってよ。縁側でいつでも待っていてあげるから――またね」

 簡単な別れのあいさつをして、彼女は慌ただしくさっていく。身体に合わない甚平が風を受けてはためき、魔法の森を駆け抜けようとしている。

 ああ、そうだ。一つだけ聞き忘れていた。

「服、なんでやられたの?」

 小さな巫女は、照れるように頬を掻きながら、

「ちょっと山の巫女に手ほどきを」



 咲夜。霊夢もまだ子供だから、永遠をもつのが怖い、というよりわからないのよ。皆が一緒だと自分も「だったらいいか」みたいな感じ。だから――あなたが永遠をもつことは、四人とも永遠をもつことと同じこと。そのあたり、ちゃんと考えた方がいいわ。

 別れ際にアリスはそう言った。そんなことを言ったところで、私にどうしろというのだろう。何が最善なのかもわからないというのに。

「小言が多くなるあたり、案外アリスは年寄りなのかも」

 既に日課となったアレへの破壊衝動を抑えるための行為は、済ませてあった。時間を止めて、誰にも認識されない空間で十字を切ることは、私にとって小さな冒険であり、密かな楽しみに変わっていた。

 お嬢様はお休みになり、食堂では妹様とパチュリー様という珍しい組み合わせで、紅茶を楽しんでいる。

「目、どんどん増えてるね」

 妹様がぽつりと呟く。視線の先には、食台に置かれたもう一人の私。

 はて、目は二つしか見当たらないが、と首を傾げていると。

「どんどん壊れやすい繋ぎ目が増えてる。最初に見たときも少しはあったけど今は段違い」

 はあ、とだけ呟くと、自分の日課は直接的な攻撃は与えていないはずだが、と確認する。妹様は最近になってようやく部屋から出てくるようになったので、あまり知らないが、何か普通は見えないものが視えるのだろうか。

「まったく、レミィもくだらないものを作ったものね」

「よく出来てはいると思うよ」

「どうかしら。レミィは咲夜の返答によっては、本気で記念品にするつもりよ。そんなこと、意味がないというのに」

 パチュリー様と妹様が会話を続ける横で、私は淡々と片づけを続けていく。

「それの何が悪いの、パチュリー――あれ? 咲夜、人形の腕が折れているけど、時間止めて何かした?」

 いいえ、何も。反射的に呟いてから、何も言えなくなる。視覚から入った情報は神経へとあるはずのない痛みを伝える。おそるおそる自分の右腕へと手を添えて確認し、しっかりと付いていることを理解すると、私はソレへと駆け寄った。

 右肘から先の部分が、まるで鋭利な刃物で切り取られたように転がっている。異常があっても表情一つ変えず佇んでいるソレが不気味で、私は小さくうめき声をあげてしまった。

「咲夜。この際だから言うけれど、私はあなたが一過性のものだと考えてるわ。妖怪と人間の時間差を考えれば、いつまでも永遠を得ないあなたは、一時的にだけ観客に安らぎを与えるテーマパークと同様のものよ」

 ――だから私は、あなたをいつまでも引き延ばそうという意志の現れである、この人形が嫌いなの。パチュリー様はこうも付け加える。永遠を持つかもたないか、さっさと決断しろと追い立てるように、

 そんなことすぐに決められるわけがない。

 私は魔理沙のように魔法使いへの憧れから永遠を求めるわけでもなく、霊夢のように決断を他人に任せているわけでもない。ただ、永遠を持った自分と持たない自分、どちらも想像することができないのだ。

 結局、霊夢も魔理沙もまだ子供なんだなと思っておきながら、自分もただの子供でしかない。ぼんやりとしたイメージに晒されて、身を任せることしかしない、魔理沙とは違う意味で夢見る少女の一人に過ぎなかったのである。

 ああ――なんて無様。完璧で瀟洒な私は程遠い

 明日、アリスを館に呼びますね。この場に居ることが耐えきれず、それだけ言って、食堂を後にしようとする。足元がふわふわとして危なっかしいのは、決して手入れの行き届いた絨毯のせいではない。

「あ、咲夜」

 妹様の呼びかけに、はい、とだけ答えて振り向く。

「この人形、要らなくなったら頂戴。これだけ精巧に作ってあると、爆発させたときに、最後の一瞬がとってもとっても綺麗なんだからさ」


 ◇◇


 「本当に、何もしてないのね?」

 人形を連れた少女は、確認するように念を押す。提供した商品の切断面や全体像を何度も確認して、ぶつぶつと何やら呟き続ける。目の前で突然腕が壊れた、なんて小さな男の子みたいな言い訳を、信じていいものかどうか迷っているようだ。

 午後、食堂。私の後ろには魔理沙や霊夢まで居る。博麗神社に居たアリスを連れ出そうとしたところ、おまけにくっついてきたのだ。さしずめ、「永遠を手に入れろ」と聞かれたことに対し、どんな答えを出したかが知りたいのだろう。面倒くさそうに立っている霊夢は、無理やり連れてこられたといったところか。

「それで、この人形はどういう扱いになるの?」

 経緯を知ってしまった私にとっては、少々複雑な面持ちである。妹様の言っていた『目』とは、ものの壊れやすい部分のことらしい。それが本当なら、切断面の状況から考えて、私の日課がこの状況を生み出してしまったということなのだろう。

「一応アフターサービス扱いにしておくわ。原因がどうであれ、渡してから一週間も絶たず壊れたなんて、私がお金を取ろうと仕組んだと思われたら嫌だから」

「誰もそんなこと思わないわよ」

「こういうのは積み重ねの問題なの」

 アリスが慎重に箱詰めをしている間、お嬢様がリビングへと入ってくる。「あら霊夢、血を吸わせてくれるの」なんて言って、いつも通り「うまく吸えるようになってから言いなさい」とあしらわれている。はっきりと断らないあたり、全く興味がないという訳でもないのはわかっている。

 魔理沙が物言いたげな視線を投げかけてくる。それを感じた私は視線を合わせることも出来ず、そのまま仕事に取り掛かることにした。自分も彼女と同じ夢見る少女の一人だったことに気付いた今、完璧な私は消え去ってしまったのだから。

 彼女に言えることなんて、何もない。

 黙々と作業に取り掛かる。空間を狭めて手早く掃除を済ませ、役に立たない妖精メイドの指導をしながら洗濯。料理は、時間操作により調理過程を短縮する。足りない資材の確認、帳簿への記録、財政管理。何を考えていても、身体は勝手に動くもので、淡々と処理されていく。

 ただ、この程度のことは誰にでも出来るわけで。

 問題は、お嬢様が『私という夢見る少女』を必要だと思うかということなのだ。

「それで、あんたは一体どうしたいの」

 わからない。

「わからないじゃなくて、さ。もうちょっとあるでしょ、ほら、なんかこう、自分のためにさ」

 あなたは、どうしたいの?

「私? 私は永遠なんてどっちでもいいわ。誰かが傍に居てくれればいい。それで一緒にお茶なんかすすってくれたら言うことなんてないかも。地味かもしれないけれど、結構いいものなんだってね。最近になって早苗に教えられたの」

 なら、もし、もしもよ。私が死んだら泣いてくれる? 霊夢。

「泣くかどうかはわからないけど――あんたにはさ、私よりも悲しんでくれる人達が居るでしょう。そいつらのことも考えてあげることね」

 私は顔をあげる。目の前の少女はあきれたように私を見ていて、それでも全てを受け入れてくれるような優しさが含まれていて。その視線を感じていると、私は世界にたった二人しかいないような錯覚をしてしまう。

 ああ、なるほど。霊夢はアリスが言うようにふよふよとして危なっかしい子供ではないのだ。確固たる自分であることを自ら意識していないだけで、彼女は全てを受け入れる優しさを持っている。決断を任せるのではなく、受け入れる。何も考えずにできるこの行為こそが、彼女を彼女たらしめ、世の中に受け入れられにくい妖怪たちからですら、広く慕われる理由になるのだろう。彼女は誰もが自らの意思で楽しみを見出せる、幻想郷に現れたもう一つの楽園なのだ。

 人間は妖怪にとって一過性のテーマパーク、とはパチュリー様もよく言ったものだ。人間がペットを飼うとき、死んでしまったら次のペットにすぐ乗り換える人間も居れば、一匹を大切にしてそれ以降を飼わない人間も居る。どちらがよいとは言えなくとも、楽しみ手は思い出を大切にして、のちに過ぎ去った楽しい日々を感じ、心の中にそっとしまいこむ。その過程は、何にも代えがたい尊さを持っているのではないだろうか。

 きっと私は霊夢のように誰もが楽しめる楽園となることは出来ない。だが、例え誰かに嫌われたとしても、私を好いてくれる人たちだけには、私という人間を楽しんでもらおう。

 一過性である人間には、妖怪に出来ない楽しみ方があるはずだから。


 ■■


 後日、紅魔館。春の桜は終わりを見せ始めている中、私は扉の前で立ち止まっている。この先にはお嬢様が居て、今ものんびりと甘い紅茶を嗜んでいるころだろう。

 手には紙袋がぶら下がっている。中身はアリスが修理した一体の人形。これは紛れもなくもう一人の私であり、ある意味で私の代役を果たすことが出来る存在である。手入れの行き届いた銀色の髪も、起伏に乏しい体つきも、体中に仕込んだ大量のナイフも、全て余すことなく再現されている。思い出としての私は、ここにあるもので十分だ。

 でもこれだけじゃ不十分なのだということに気づいてしまった。

 夢見る少女である私は今、ぼんやりとした未来像から、はっきりとした私を夢見ている。それは、魔理沙の魔法使いに対する憧れとは違う、確固とした目的をもつ自分へと進んでいく道。妖怪が膨大に生きると言うなら、私は人間の特権として、限りある時間を妖怪よりも楽しんでやろう。私が消えたときに悲しんでくれる人たちへ向けて、私という存在をあきれるほどに刻み続けてやる。

 私は、魔理沙と違う。

「お嬢様――この人形、バラバラにしても構いませんか」

 扉を開けて第一声。私の視線を理解した主は、私の行動などお見通しなのか、多少芝居がかった口調で受け止める。

「へえ、それで私に何の得があるの」

それは、一介のアトラクションなどには収まらない私という存在の具現。自分のために生きてみたら、と彼女は言った。それなら私は自分のために生きてみせよう。傍目には何も変わらないかもしれないけれど、この一言が、私を私らしくする鍵となるのだから。

「私が、私のために演出する素晴らしいワンダーランドを――十六夜咲夜という幻想を、お嬢様に堪能させてさしあげましょう」

 お嬢様が優しい笑みをこぼす。「やっぱり、人間って使えないわね」とでも言いたげに。つられて私も笑ってしまう。「使えないなりに、楽しませて見せましょう」と。

「こういうのは、散り際が一番綺麗だそうですよ」

 私は袋から人形を取り出す。新しい腕を取りつけられて傷一つなく戻ってきた人形は、これから起こる事態にどんな感情を抱くのか。人形への憎悪が消えた私には、何もわからない。子供のころ何が楽しくてそんなことをしていたのか、わからないことなんて幾らでもあるのだろう。あの頃は世界のことをよく知らなかったからこそ、どんな小さなことでさえ笑うことも悲しむことも出来た。大人になったら過程がはっきりと視えてしまって、感動が心に残らず、すぐに薄れていく。ある意味、私はこの人形を壊すことで、少女の檻から一歩だけでも踏み出すことが出来るかもしれない。

 私は時間を停止せずに、人形へと切り込みを入れた。

「ま、目的が出来たならこれでよかったのかな」

 切断されて切り離された頭部が、絨毯の上へと落ちる。それを合図に、私は無機質な身体を可能な限り分割していく。

「ああ、お嬢様。今日の博麗神社へは、私もお供させてください」

「自分からそんなことを言うなんて珍しいわね。何かあったの」



「巫女から、お茶に誘われているもので」
 一応、初投稿のぽけーっとした霊夢話の後日談となっております。もうちょっと早く投下できればよかったなあとか、前作が綺麗にまとまりすぎてどうしようか迷ったとか、でもそんなこと誰も気にしないだろうなあとか思いつつ投下しております。

 数年前に某夢の国に行った時、どこでもいいかと思って行き先を人任せにしていたら怒られたのをよく覚えています。レミリアは咲夜が人生楽しんでるのかなー、なんて思って試してみたけれど、咲夜が予想外に何も考えていなくて、しかもよくわからない事を言い出したので「まあいいか」みたいな感じになってる。そんな話です。
わつじ
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コメント



0.490簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです 自分の生き方ができるって大切ですね
12.90名前が無い程度の能力削除
ええ、かなり面白い作品だったのにコメントすくな。
続編として素直に楽しめました。
それぞれのキャラクターがきちんと作られていると思います。
彼女達にはらしく生きて欲しいですね。