チルノは、自宅のベッドの上で苦しんでいた。
必死に息を止めて、己の内より湧き出る衝動を抑えようとしていた。
顔を真っ赤にしながら抑えていたが、ついにその衝動は声となって外に漏れる。
ひっく。
ついに漏れてしまったその声に、チルノはかぶりを振りながら呻く。
「うごぉ……これで32回目のしゃっくりだ」
32回ということは、100回まで残り68回と言うことである。
いつもは数字を扱うのが苦手なチルノも、この時ばかりは数字を意識しなければならない。
そもそも、彼女がこんなに苦しんでいるのは昼間の何気ない会話が原因であった。
『ねー、大妖精ちゃん。最近さー、ひっく。おわ、しゃっくり出てきた』
『あはは、チルノちゃんがしゃっくりしてるぅ』
『そんな思い切り笑われてもひっく。困るんだけど』
『あ、そうそう。何かの本で読んだんだけど、しゃっくりって100回すると死んじゃうらしいよ』
『え!?』
『まあ迷信だと思うし、しゃっくりは100回も続かないから大丈夫だよ』
それからしばらくは、大妖精と他愛もない話をしていたが、どうもしゃっくりが止まらない。
100回すると死ぬというのは嘘かもしれないが、やはりどうにも不安は消えない。
だから、チルノは大妖精の話を慌てて遮って、家に帰ってしゃっくりを治療しに掛かることにしたのであった。
しかし、天下の妖精とは言えどもしゃっくりはどうしても止まらず、
今こうして必死に息を止めながら、止まって止まってと念じ続けるのであった。
「くうう……、いざこうしてしゃっくりと向き合ってみると、中々辛い」
経験した人ならばおわかりであろうが、しゃっくりと1:1で退治するのは中々骨が折れる。
一つはその発生のランダムさである。いつくるかわからない、その状況自体が発症者の心をどんどん蝕んでいく。
二つ目は、体力の消耗である。しゃっくりと共に、人の体は少し上下に揺れる。
この上下に揺れる動作に含め、それを止めようと躍起になり自然と入ってしまう力も相まって、しゃっくりは発症者の体力をどんどん削っていくのである。
そして、最後。
「くそ……ひっく。うわああああ、あと67回で死んじゃうよおおおお!!!!!」
100回で死んでしまう、という悲しきタイムリミットである。
チルノが、一体自分はこの世の中で何を何をなせただろう。
ああ、まったくこんな若さで死んでしまうなんて、結婚して子供の一つでも作っておけばよかった。
あれ……この光景は……4歳の頃のあたい……。
「チルノちゃあーん!」
ばあん、と大きな音を立ててチルノの家のドアが開く。
チルノは、危うく走馬灯に身を任せそうになっていたが、その音でどうにかこうにか意識を取り戻した。
「ひっく。もうあたいはダメみたいだ……」
「チルノちゃん、諦めないで。しゃっくりを治すための専門家を連れてきたよ」
「……大ちゃん。気持ちは嬉しいけど、医者じゃこの病は治らないよ」
「うん。だから、お医者さんじゃなくて」
チルノの手を甲斐甲斐しく握る大妖精の背後から、突然黒い影が姿を現した。
「じゃじゃーん! びっくりどっきりサプライズ、の小傘ちゃんです。どう? 驚いた?」
「確か、その本にはしゃっくりの呪いを解く方法も載ってたよ。『しゃっくりはびっくりすれば治る』って……」
「……」
目をキラキラさせながら、華麗なる登場シーンを決めた小傘の姿を見て、
チルノは、なんだか訳のわからないことになってきたなあ、と思い少しだけ意識がまた遠のいていくのを感じた。
◆
「さあ、チルノさん。私が、いやわちきがあなたをびっくりさせてその呪いを解きますからね!」
「今わちきって言い直したよね!? なんかその時点でひっく、割とびっくりなんだけど」
「いやあ、細かいことは気にしないでください。私、いやわちきも雰囲気作りのために……」
「いや雰囲気作れてない! っていうか一々間違うならもう『私』でいいよ!」
「『あたい』じゃダメですか!?」
「駄目じゃないけどなんでわざわざ合わせてくるん!?」
「失礼、これで驚いてもらえるかと思いまして……」
「その、あんたの脳みそに私はびっくりだよ……ひっく」
適当に問診を行いながら、小傘は必死にチルノを驚かすための糸口を探していた。
大妖精も、必死に机の上に「正」の文字を書いてチルノのしゃっくりの回数をカウントしていた。
小傘は、ふっと何かを思い出したようにがそごそとポケットを漁ると、封の開いたガムを取り出した。
そして、その内一枚を引っ張り出しと、箱ごとチルノに向かって差し出した。
「とりあえず、落ち着くためにこのガムでもどうぞ」
「ああ、ありがと」
チルノが、差し出されたガムを取り出した瞬間、ばちーんという音と共にチルノの指に激痛が走った。
「いったあああああああ!!」
「お、香霖堂で買ったぱっちんガムがいきなり効果を発揮しましたよ!」
チルノは、涙ながらにガムを地面へと投げつけた。
「ひっく! 何よいきなり! 殺す気なの!?」
「殺すも何も、しゃっくり止まらないと死んじゃうんですよ。ていうかしゃっくり止まってないし!」
「確かに止めてほしいけど、流石にこれは趣味が悪すぎるよ!」
「しょうがない。ちゃんと止まらない時のことも考えて、次の手段は用意してあります!」
小傘が、さっとカバンの中から「へんそうグッズ」と書かれた袋を取り出した。
そこから、女性物の服を取り出して着替え、きっと顔つきを変えてチルノの方を向いた。
「ねえ、貴方。今日が何の日か覚えてる? ……うふふ、そうよ。私達の3度目の結婚記念日。
あれから色んなことがあったね……喧嘩したり、一緒に旅行に行ったり。覚えてる?
……あはは、そりゃちゃんと覚えてるよね。私も多分一生忘れないもん。
え? なんでこんないきなり真面目な話をしてるのかって? 何か隠してるだろうって?
ええとね……その、言いづらいんだけど……『できちゃった』みたいで」
「驚かないよ!!!!!!!」
チルノのあまりの形相での突っ込みに、小傘は自分の方が思い切り驚いた。
「ええっ!? 早苗に聞いたけど外の世界ではこれが一番有名な驚かし方だって」
「なんで、あたいとあんたがいきなり夫婦みたいな設定になってるのよ! ていうかいつ子供を作ろうとした!?」
「くう……じゃあ、『誕生日に家に帰って誰も居ないと思ったら急に電気がついてハッピーバースデー!』作戦で……」
「既にネタをばらしてる!? ひっく」
「うっかり」
「うっかりってレベルじゃないよ……」
「うっかり☆」
「可愛く言っても無駄!」
それからしばらくの間、「娘に急に結婚の話を持ち出されたお嬢さん」や「実は腹違いの兄弟だった恋人」。
はたまた、「女と思っていたら実は男だった転校生」まで様々なシチュエーションで驚かせようとしたが、
そのどれもが、チルノのしゃっくりを止めるまでには至らなかった。
「多々良小傘、己が身の無力を感じる……!」
「しみじみとされても困るんだけど……ひっく。ていうか後半は明らかにあんたの趣味じゃないの」
「あ、バレましたか?」
「なんというか、あんたの演技の活き活き具合がね」
これぞ骨折り損のくたびれもうけ、と言った状況にチルノはため息を付いた。
小傘は、ふと大妖精のほうを振り向いた。
「あ、大妖精さん。今しゃっくり何回なんですか?」
「ん……ふあああ。今は90回かな」
「え!? もうあと10回しか残されてないのひっく!?」
「今のであと9回ですよ!」
二人ともお芝居に熱中しすぎて、しゃっくりの回数を数えることをすっかり失念していた。
その事が、二人にとって大きな誤算であった。
「ちょ、ちょ、どうしよう! あと9回であたい死んじゃうよひっく! うわあと8回だ!」
「え、チルノちゃん!? 死んだらだめだよ、強く生きてよ」
「強くって、どこを強くすれば良いのよこの場合」
「横隔膜?」
「いやちょっとその理屈はわかるけど! 手遅れだよひっく!」
「チルノさん、私に良い考えが有るんですよ……」
そう言うと、小傘はカバンの中から筆と紙を取り出した。
「筆と紙!? これで一体何をすればしゃっくりが止まるの」
「……辞世の句を」
「きえええええい!!」
チルノは、大きな掛け声と共にそれらを地面へと投げつけた。
「絶対に死んでたまるもんか」という彼女なりの意思の表明であった。
「ひっく。何か方法はないの? 例えば、あたいが自分自身をコールドスリープで眠らせるとか」
「それだと、多分起きた時点でしゃっくりが再開されるかと……」
「じゃ、じゃあさ、ひっく。私を殺せば私のしゃっくりは止まって私は死なずに済む!」
「チルノさん……あまりの死の恐怖についにおかしくなって…」
「ひっく。おかしくなんかなってないもん! なってないもん!」
「可愛く言っても無駄ですよ!」
チルノは、ついに万事休すと言った様子で頭を抱えた。そして、すぐに鬼の形相になって立ち上がった。
そして、氷の刃を一瞬にして自らの手の中に生成すると、 自分の腹に向かって刃を向けた。
「ううううう、ひっく。こんなしゃっくりに殺されるぐらいならいっそ自ら命を絶つ! あたいもサムライだあ!」
「チルノさん、やるなら早くやらないと! あと3回で死んでしまいますよ!」
「わかったよ、ひっく。最後の言い残すことは、こんな人生だけど楽しかったです! ありがとう!」
「うう……チルノさん。私ももっと貴方と仲良くしたかったです。お芝居にノリノリで付き合ってくれた貴方のこと忘れません」
涙を流しながら辞世の言葉を述べるチルノの姿は、悲劇的なオーラを纏っており、それが逆にとても美しく見えた。
チルノは、意を決して刃を持つ腕に思い切り力を込めた。
「ひっく。次のしゃっくりであたいの人生も終わりだ。さよなら――」
「待って! チルノちゃん、最後に一つ貴方に謝らせてよ!」
「ど、どうしたの大ちゃん。早くしないと100回目のしゃっくりが……」
「ごめん!!本当にごめん! 数え間違いでさっきの100回目のしゃっくりだったわ!」
チルノのしゃっくりは、止まった。
誤字?
代用生徒→大妖精と
早苗は自分の方が→小傘
これは意表を突かれました
もう一箇所ありました
大ちゃんww
>あんたの縁起
演技?
誤字
> チルノのあまりの形相での突っ込みに、早苗は自分の方が思い切り驚いた。
早苗→小傘
あれ?妖精って死んでも生ry
妖精って死を恐れないんじゃなかったかなぁ。
チルノのびっくりする顔が目に浮かびますwww