Coolier - 新生・東方創想話

威厳なきレミリア ~The Heta Remilia~

2006/07/07 10:43:54
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 ※タイトルを見て、動悸・目まい・息切れ・逆切れなどの症状が出た場合は、ブラウザの『戻る』を押して下さい。
 ※この作品は、拙作『比類なき咲夜 ~The Inimitable Sakuya~』(作品集30)の続編です。
  単品でも特に問題はありませんが、そちらを読んでいただけると理解が楽になると思われます。


   ◆  ◆  ◆


「おはよう咲夜」 私が言った。
「おはようございます、お嬢様」 咲夜が答えた。
 彼女が用意した目覚めの一杯を飲みながら、私は言う。
「咲夜、何か変わったことはあったかしら」
「竹林でボヤ騒ぎがあったようですが、紅魔館への影響はございません。
皿を二十枚割ったメイドがおりましたので、トイレ掃除担当に異動させました。
パチュリー様が『もってかれたぁ……』と嘆いておられましたが、小悪魔が慰めたようです。
それと、美鈴が少しばかり愚痴を漏らしておりました。以上でございます」
 一、二番目は特に問題なし。
 三番目のニュースは後で当人達に聞くとして、
「美鈴が愚痴? 魔理沙のせいで門番業が嫌になったのかしら」
「それは違います。そもそも、美鈴は彼女なりに自らの仕事に誇りを持っています」
「一寸の虫にも五分のプライド、ってやつね」
 言うと、咲夜の表情が固くなった気がした。気のせいでしょうけど。
「ジョークよ咲夜。続きを言いなさい」
「はい。美鈴が言うには『最近、花の育ちが良くないんですよねぇ……』と」
「咲夜、声は似せないでいいわ」
「かしこまりました、お嬢様」
 咲夜の完全で瀟洒な声真似は、表情との不一致っぷりがおかしくもあり不気味でもある。要は、普通に話して欲しい。
「……で、それだけ?」
「はい、以上でございます」
 愚痴というほどでもない、ただのボヤキじゃない。
「私が手や口を出すことじゃないわ。咲夜、あなたが適当に処理なさい」
「かしこまりました、お嬢様」

 私は紅茶を飲み終えて、「咲夜、今日の食事はこっちにお願い」と言った。
「かしこまりました」と咲夜は言い、静かに退室した。
 私が部屋で食事をすると言ったら、彼女は血の入ったワイングラスを一つだけ持ってくる。
 何故なら、私がそう望んでいると彼女は知っているからだ。


   ◆  ◆  ◆


「RH+のB型、21歳処女」
 テーブルに肘を着いた私が言うと、咲夜は頭を下げ、
「ご名答です、お嬢様」
 何百年も血ばかり飲めば、外す方が難しくなる。
「少し熟れすぎかもしれないけど、まあ悪くはないわね」
 血の味はワインと同じように、全く同じものなど一つとして存在しない。
 とはいえ、咲夜に向かって血の味を語ることに意味はないんだけれど。
「ごちそうさま」
 私はグラスの中身を飲み干し、テーブルに置いた。
 咲夜はそれをスッと持ち上げ、音一つ立てず盆の上に置く。
「では、失礼いたします」
 一歩下がって扉へ方向転換する咲夜。
 私は彼女の背中を見て、ふと思いついたことを言ってみた。

「――咲夜ぁ、霊夢の血が飲んでみたいわ」

  咲夜はこちらへと向き直り、盆を持ったままの姿勢で、
「それは、私に博麗霊夢の血液を採取して来いという命令を下したと解釈してよろしいのでしょうか?」
「咲夜、咲夜、それは違うわ」
 ちょっとばかり端折りすぎたかしら?
「ただ血を飲むだけならば、あなたに頼まずとも方法は幾らでもあるわ。
でもね咲夜。私が求めているのはそういうことではないの」
 咲夜は黙って私の言葉を聞いている。

「霊夢が、私を吸血鬼ではなく一人の女性として意識する形で、彼女の血を味わってみたいのよ」

「つまり、彼女にアレでナニな行為をしたい、と」
「咲夜、それは違うわ。
というか私のフリが台無しだわ。次からはもうちょっと瀟洒な言い回しをして」
 咲夜は、「申し訳ございません」と言って頭を下げた。
 この反応を見るに、どうやら私の構想を彼女に伝えるのは簡単ではないらしい。
 なので一から説明することにした。
「つまりね咲夜、包丁で指を切るとか、縫い物で針が刺さるとか、転んで膝をすり剥くとか、あるでしょう?」
「一般的にはあるものと存じます」
 一般的には。……ま、あなたには無縁な話よね。
「そういう時に、ほら、バイキンが入るからとか消毒とか言って傷を舐めたり吸ったりするじゃない? ああいうのがやってみたいの」
 咲夜は五秒弱ほど沈黙した。そして、

「失礼ですが、お嬢様」

 ……出たわね、『失礼ですが』。
「何かしら」
「そのようなシチュエーションをお楽しみになりたいと考えられるのでしたら、
私に申し付けますよりも、お嬢様ご自身の能力をお使いになられることが最良の方法であると存じます」
 長いわ咲夜。
「あなたの言葉を要約すると、ンな身勝手なことテメエの運命操作でどうにかしろよこのド変態が、ってことかしら?」
「お嬢様、私はそのようには申しておりません」
 咲夜は言い逃れの天才ね。私は常々そう思う。
 仕方がないので、私は「咲夜?」と前置きして言った。

「運命は操らないし、視ようとも思わないわ。興が削がれるもの。
咲夜、私は単に愉しみたいの。そのための策を考えろと、あなたに言っているの」

「ではお嬢様」 咲夜の沈黙は短かった。「幾つかすぐに使える案がございます」
「幾つか? 私が今命じたばかりなのに、時も止めずに?」
「はい。メイドの教育の際使う手法の中で、幾つか流用出来そうなものがございます」
「なるほど、そういうこと。じゃあ早速聞こうかしら」
「はい。手順ですが、まず霊夢の頬を一発張ります」

 ――は?

「咲夜、今何て言った?」
「頬を張る、と。いわゆるビンタでございます」
「あなた、メイドの教育にビンタを使うの?」
「お嬢様、それはある程度は事実でございますが、ビンタを即悪と判断するのは早計でございます。
どうか最後までお聞き下さい」
 ……釈然としないけど、それもそうかしら。
「じゃあ、続けなさい」
「ありがとうございます。
霊夢の感情が戸惑いや怯えの類である場合、抱きしめて二、三優しい言葉をかけてやります。
しかる後、霊夢の口腔内をお嬢様の舌で蹂躙いたします」
 ……また咲夜が変なことを言ったような気がしたのだけど。
「また、霊夢の感情が怒り等の反抗心である場合、
もう二、三発頬を張り、這いつくばらせるか、もしくは壁に押しつけます。
その後顔を近づけ、二、三適当な言葉をかけてやった後に霊夢の口腔内をお嬢様の舌で蹂躙いたします」
 どうやら、空耳や気のせいではなかったらしい。
「お嬢様はビンタによる口腔内の出血を味わい、また霊夢はお嬢様を女性として強く意識すると推測されます。
以上が私の提案でございます」

 パチェならば、『それなんてエロゲ?』と言うでしょうね。私は言わないけど。
「咲夜、あなた気でも違えたかしら」
「いいえ、気は確かでございます」
「咲夜、私は霊夢を三文官能小説のように堕としたいわけではないのよ?」
「最短かつ最適と考えられる手段を提示したまででございます。
お嬢様が気に召されなかったのでしたら、別の方法を」
「その前に、咲夜」
 追求しなければならないことがあるわ。
「あなた、メイドを教育する時今言ったようなことをしているの?」
「いいえお嬢様。今説明したのは、以前美鈴に教わった方法です。ですが私は使っておりませんのでご安心下さい」
「そう、なら別に良いわ」
 それにしても、あの美鈴が、ねぇ。
 前から部下に妙に慕われているとは思ってたけれど……。

「で、もう少しハートフルでラブコメディで全年齢対象な策はないのかしら?」
 私が聞くと、咲夜は「はい、ございます」と答えた。
「霊夢が後天性慢性空腹症候群に罹患しているという事実は、幻想郷に広く知れ渡っています。
それを利用しない手はございません」
「具体的には?」
「差し入れと称して食材を持って行きます。それを渡す条件として、『手料理を食わせろ』とお嬢様が泣き叫びます」
「泣き叫ぶ必要はあるの?」
「そして、」 咲夜は無視して続けた。「霊夢は包丁で指を切り、お嬢様はそこにむしゃぶりつくという寸法です」

 私は頬杖をついて、むっきゅりとした顔と声で言う。
「力は使わないって、私言ったはずだけど」
「その必要はございません。
私が調査したところ、霊夢が料理目的で包丁を握ってから既に三週間が経過しています。
能力を使わずとも、少し邪魔をするだけで失敗すると推測されます」
 ……まあ、その程度なら許容範囲かしら。
「まだ日は沈んでいなかったわよね」
「その通りですが、今からお出になられますか?」
「そうよ。私が支度をしている間に、あなたは適当な食材を見繕っておいてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」


 そして私は、博麗神社へと飛び立った。




   ◆  ◆  ◆




 苦痛をこらえ、歯を食いしばり、どうにか湖のあたりまで戻って来た。
 湖の上をゆっくり飛んでいると、遠くから何か飛んできた。
 もし私の予想通りなら、大分気が楽になるのだけれど……。

「お嬢様! また勝手に抜け出して、――――どうしたんですか!?」

「ああ、やっぱり美鈴。良かった、職務熱心で助かるわ……」
 痛みが引かない胸の傷を押さえながら、私は美鈴の体に倒れこんだ。
「ち、血だらけじゃないですか! 何があったんですか!?」
「ちょっとヘマやっちゃっただけ。大丈夫、血はもう止まっているから」
「でも、痛むんでしょう? すぐパチュリー様のところにお運びします」
 そう言って、美鈴は私をお姫様抱っこした。
 でけぇ胸が私の顔に当たって、幸福感と敗北感を同時に味わう。
 それらの感情を一旦抑えて、私は言った、
「美鈴、パチェのところへは行かないでいいわ。館に着いたら咲夜を呼んでちょうだい。
他のメイドには気づかれないように、ね」
「ですが……!」
「こんな醜態、他の子たちに見せるわけにいかないでしょ。
それにこの程度、血飲んで一晩ぐっすり寝れば治るわ」
「お嬢様……」
 月に照らされる湖の上、二人っきりの私と美鈴が見つめあう。なかなか良いシチュエーションだわ。
「ね、美鈴。お願い」
「……判りました。ですが、まだ聞いていないことがあります」
 何かしら、と言う私に、美鈴は緊張を顔に表しつつ言った。

「一体、誰にやられたんですか?」

 私は帽子を下げて目を隠し、
「大丈夫、紅魔館にやって来やしないから。変な気配はないでしょう?」
「それは、そうですが……答えになっていません」
「美鈴」
 私は目を隠したまま言う。
「誰が、は私と咲夜だけ知っていればいいわ。あなたはあなたの職務を果たしなさい」
 美鈴は、不承不承といった調子で「判りました、お嬢様」と言った。
 その言葉に安心した私は、このまま寝てしまおうと思った。


   ◆  ◆  ◆


 目が覚めたら、ベッドの横に咲夜が直立不動で控えていた。
「おはよう咲夜」
「おはようございます、お嬢様」
 私は天井を見ながら、あの悪夢を思い出す。

「なんだかね、とっても痛い夢を見たわ。痛くて怖い夢を見たわ。
神社でね、霊夢がエプロン着て、私のために料理をしている夢なの。
でね、料理している霊夢にすり寄ったら針をおでこに打ち込まれたの。
それでも我慢して邪魔し続けたら、霊夢が指先をちょっと切ったみたいでね。
よっしゃ吸ったれやぁって手を掴んだら、霊夢、私の目を見てね、
『――レミリア、やめてよ。もし吸ったりしたら、私、止められないわ……』って。
こりゃもう決まりね、据え膳ゴチですって勢いで吸おうとしたら、逆に刺されたわよ。
包丁を。心臓に。もうブスッと。骨の間を正確に貫いて。さらに捻りを加えて。
ええ確かに日は沈んでいたわ。夜は私の時間、その通りよ?
でも白木の杭じゃないし良いじゃないって、痛いものは痛いのに酷い。酷すぎ。
愛も容赦も存在しない、冷たい一撃だったわ。
しかも霊夢は笑ったのよ? 「ケヒヒヒヒヒヒヒッ」って。
あれはもう霊夢じゃない、別の生物だと思う。
きっと極限の飢えが、霊夢の別人格を形成してしまったの。
そして食事の支度を邪魔する私に、その人格が包丁を向けたのよ。
で、極度の肉体的&精神的負傷で気を失ったと思ったら、目が覚めたの。夢から覚めたの。
そうよね咲夜?」
 咲夜は静かに頭を下げて、「左様でございます、お嬢様」と言った。



 悪夢のせいか、食欲がこれっぽっちも湧かないので、咲夜に血を持ってこさせた。
 それを飲みつつ、私は咲夜に問う。
「ねえ咲夜。私の傷ついた心を癒してくれる、愉しい話はないかしら」
 咲夜は少しだけ悩んだ後、
「では、私が先日耳にした話をいたします。
一人の恋する少女――仮にアリスとします――が、
相手の少女――仮にマリサとします――のために縫い物をしております」
「ふんふん」
 どの辺が仮なのか理解できないが、まあそれは大した問題じゃない。
「順調に進んでいたのもつかの間。突然マリサがアリスの家にやってきます。
それに驚いたアリスは、手元を狂わせ、指を針で突いてしまいます」
「その心情は、理解出来なくもないわ」
 そう言うと、咲夜は軽く頷いた。
「家に入ったマリサは、指から血を流すアリスと、まだ途中の縫い物を見て、全てを察します。
そして慌てふためくアリスをゆっくりと抱きしめ、抱き上げ、寝室へ連れ込みます
以上となりますが、いかがでございましたか?」
 ……興味深い話ではあったが、まず私が言うべきは、
「それ、誰に聞いたの?」
 咲夜は静かに頭を下げ、
「メイドの間で広まっている、創作の恋物語でございます」
「『この物語はフィクションです。実際の人物団体その他とは一切関係がございません』?」
「左様と存じます」
 誰がそんなの信じるかぃ。

 フィクションかノンフィクションかは多少興味があるけれど、重要なのはそこではない。
 霊夢の指に血の玉が浮く様を想像するだけで、私の心がうきうき踊りだしたということだ。
 しかし、懸念は残る。
「咲夜」私は言った。
「はい、お嬢様」
「霊夢って針使うじゃない。ってことは、縫い物得意なのかしら」
 咲夜はナイフを投げるだけではなく、本来の用途(料理や洗濯、掃除などの家事一般)でも使いこなす。
 同じ理屈を考えれば、霊夢が縫い物でミスをするというのは考えにくいのではないだろうか。
 しかし、咲夜の言葉は良い方向に予想を裏切った。
「巫女服などの繕いは自分でやっているようですが、特別得意という話を聞いたことはございません」
「そう……」
 ならば、策を立てるべし。
「咲夜、霊夢に私のための縫い物をさせることは出来るかしら?」
「容易いことと存じます」
「容易いと言ってのけるあなたの案を聞いてみたいわ」
「はい、お嬢様。
お嬢様が二、三ほころびや虫食いのある服を着て、博麗神社へ向かいます。
そして霊夢に『直してくれたら紅魔館でフルコース食べ放題』と言えばよろしいかと存じます」
 私は、手をポンと叩いて言った。
「素晴らしい案だわ、咲夜」
 咲夜は、ゆっくりと頭を下げて言った。
「お褒めいただき恐縮の限りでございます、お嬢様」


 丁度良いことに、先日フランと遊んだ時の服がそのままになっていた。
 私は、少しばかり風通しの良いその服を着て、博麗神社へと飛び立った。




   ◆  ◆  ◆




 ボロボロの服を身にまとい、精魂尽き果てふらふら飛ぶ私。
 月が照らす湖の上をただよっていると、遠くから聞きなれた叫びが聞こえてきた。
「――お嬢様!? 今度は一体どうなさったんですか!?」
 迎えに来てくれたのは、案の定美鈴だった。
「ああ、美鈴。みっともないわね、紅魔館当主とあろう者が、こんな醜態を二度も見せてしまって、……っ!」
「お嬢様!!」
 苦しむ表情を浮かべつつ美鈴の胸に向かって倒れこむと、彼女は優しく抱きとめてくれた。
「しっかりしてください! すぐパチュリー様のところに運びますから!」
「その必要はないわ、美鈴」
 私は首を横に振って言った。
「大丈夫。これくらいの怪我、寝て起きる頃には治るだろうから……。
館に着いたら咲夜を呼んで、部屋に運んでって言っておいてちょうだい」
「お嬢様、……昨日もそう言ってましたけど、本当に大丈夫ですか?」
 いかにも『心配してます』って顔の美鈴。ま、この子は心からそう思ってくれてるでしょうけど。
「夜の私はあなたよりよっぽど頑丈よ。昨日の怪我だって、少しの跡も残っていないわ。
それとも、主人の言葉を信じないの?」
 美鈴は顔をうつむかせて、
「……判りました。でもお嬢様、一体誰にやられたんですか?
二日続けてって、もしかして再戦を挑んで、それで――」
「美鈴」私は言った。
「それ以上言ったら、いくら私でも怒るわよ」
「っ、失礼しました!」
 慌てる美鈴に、私は言葉を重ねた。
「美鈴、心配してくれるのは嬉しいわ。
でも、昨日言った通り、私と咲夜だけが知っていれば良いことなの。
重ねて言うけど、紅魔館を襲うような奴じゃないから。あなたはいつも通り仕事をなさい」
「かしこまりました……」
 美鈴の顔には、納得出来ません、と書いてあった。

「ねえ美鈴」
「何でしょうか、お嬢様」
「疲れて眠いの。昨日みたいに抱いてちょうだい」
「……はい」
 二日連続で美鈴の腕がゆりかごなんて、なんて贅沢なのかしら。
 私は彼女の豊かかつ柔らかな胸に顔をうずめ、眠りへと落ちた。


   ◆  ◆  ◆


 目が覚めて、見えた天井は自分の部屋のものだった。
 ということは、私の横には咲夜が控えているということになる。
「……おはよう咲夜」
 私は体を起こさず寝たまま言った。
「おはようございます、お嬢様」
 足元の方から咲夜の声が聞こえてきた。
 私は天井を見ながら喋ることにした。

「――咲夜、また怖い夢を見たわ。とっても痛くて怖い夢」

 そこで言葉を区切る。咲夜が何も言わないから、彼女がどういう顔をしているのか判らない。
「私はまた神社にいて、ちょっと破れた服を着ているの。
そしたら霊夢が、繕ってあげようか? って言ってね。フルコースを持ち出すまでもなかったわ。
服貸すから脱ぎなさいって言ってきたけど、ううん、このままやってちょうだい、って私言ったの。
そうしたら、縫うために半密着状態でしょ? 霊夢は少し渋ったけど、でもあっさりOKしたわ。
私は心の中でガッツポーズ。
針を持って寄り添う霊夢を見ると、なんかもう、心がゾクゾクしたわ。
でもね、変だったの。浮かれてて気づくのが遅かったのかしら。
霊夢が持ってる針、大きいの。明らかに。
その針弾幕ごっこ用じゃないのって聞いたら、縫い物にも使えるのよって。確かに糸の穴が開いていたわ。
そうそう、確かに霊夢の縫い物の腕はあまり良くなかったわ。わざと刺しているんじゃないのってくらい。
もう体中ぶっすぶす刺されて血の玉が浮いて私の白い肌に映えてああ綺麗でも目的と違うじゃない
私は霊夢の血が見たいし吸いたかったのにああゾクゾクが止まらないチクチクとつついてプッと肌の表面を
突き破る感触がもう最高でも痛いわやめて霊夢でもやめないでもっとでも痛いわ霊夢霊夢霊夢――――

 私は、言葉を切った。
「……で、気づいたら神社の外に倒れていて、服はもっとボロボロになってて、
めそめそ泣きながら紅魔館に帰ってくる途中で美鈴にあってそのまま寝てしまう夢だったの」
 首を横に向けて、咲夜の顔を見る。
 彼女は真面目ったらしい顔で、
「大変複雑な夢であったと存じます、お嬢様」と言ってくれやがった。



 私はベッドの中でもぞもぞ動いて、上体を起こした。
「ねえ咲夜」
「何でしょうか、お嬢様」
「あなた、少し疲れているんじゃないかしら」 私は言った。
「そのようなことはございません。むしろ、お嬢様の方がお疲れではと存じますが」
「ええ、確かに疲れているわ。でも咲夜の方がもっと疲れているんじゃない?」
 疲れていなければ、あんな風に失敗ばかりする杜撰な策は考えないでしょう?
 私は口には出さず、咲夜の目を見つめることでそれを伝えた。
 私と咲夜が見つめあったまま、数秒、沈黙の時間が過ぎた。
 結局、先に口を開いたのは私の方だった。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「あなた、明日一日休みなさい。紅魔館当主として命じるわ」
 咲夜は静かに頭を下げ、「かしこまりました、お嬢様」と言った。
「それじゃあ咲夜」 私は言う。「血と、あとお酒を持ってきて」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
 咲夜は一礼すると、部屋から出て行った。
 窓に目をやると、外は夕闇、星がまばらに見える程度の暗さだった。
 本当ならば今からが行動時間なのだけれど、今日はそんな気がしない。
「お嬢様、お待たせいたしました」
 声に振り向くと、盆に二種類のグラスを載せた咲夜が立っていた。
 グラスの片方は血の入ったワイングラスで、もう片方は血と見まごうような紅いワインだった。


   ◆  ◆  ◆


 明けて翌日。

 目を覚まして、「おはよう咲夜」と言ったことを私は後悔した。
 誰に聞かれたわけでもないけれど、私が咲夜に依存している証しのような気がしたのだ。
「咲夜、何してるのかしらね……」
 休みを与えたことを思い出しつつ、私は呟く。
 いつも紅茶が置かれるベッド脇のテーブルの上には、当然何も載っていない。と、
 ――トントン。
 ノックの音を聞いた私は、部屋の扉に向けて「入りなさい」と言った。
 代わりのメイドが来たのかしらという想像は、かなり嫌な方向に裏切られた。

「おはようレミィ。――ブザマな姿ね」

 この館で私に向かってこんな口を聞くのは、一人しかいない。
 私は再びベッドに体を沈めた。
「うっさいわねパチェ。引き篭もりが私の部屋に何の用?」
「咲夜に捨てられたあなたの顔を見てあげようと思ったの」
「咲夜には一日休みをあげただけよ」
「あら、あなたはそう思ってるのね? うふふふふ……」 
「パチュリー様、それにレミリア様も、ほどほどにして下さいね」
 パチェ以外にも誰かいたのか、と思って私は体を起こした。
 いたのは、まあ予想通り小悪魔だったけれど、手にはティーセットの載った盆を持っている。
「紅茶を用意して来ましたので、まずはどうぞお座り下さい」
 パチェは、図々しくも小悪魔が言う前に椅子に座っていた。
「小悪魔、レミィは咲夜の顔を見ながらでないと紅茶が飲めないそうよ」
「ちょっとパチェ。今日は随分突っ掛かるじゃない」
「だって、……ねぇ小悪魔?」
 いつもならパチェをたしなめるはずの小悪魔は、なんと、「えぇ、まあ……」と言葉を濁すだけだった。
 私は嫌な予感に観念して、ベッドから起きて椅子へと移動した。
「……何かあったってのなら、聞かないこともないわ。でも先に紅茶を淹れなさい」



 小悪魔の紅茶は、やはり咲夜のものには幾分劣る。
 けれども図書館に行く時は大抵小悪魔の紅茶なので、いまさら不満は感じない。
「それで、咲夜がどうしたの?」
「美鈴と一緒にデートに行ったわ」
 パチェに向かって紅茶を吹いたら、風の魔法で私の顔に返ってきた。小悪魔が慌ててハンカチを出す。
「……もうちょっと具体的に話してくれるかしら。
まさか一緒に買い出しに行ったのをデートとは呼ばないわよね?」
 小悪魔に顔を拭かせながら、私は言った。
 咲夜と美鈴が二人で買い出しに行くのは、珍しいことではあっても、初めてというわけではない。
 そう、別にそれほど気にするようなことでは、決してない。
 けれど、パチェはにやりと笑って、
「そうね、その程度ならデートとは呼ばないわよね。
――永遠亭に用があって行ってくるそうよ。向こうで泊まって、帰りは明日の早朝らしいわ」

 ……は?

 私が彫刻の如く固まっていると、今度は小悪魔が口を開いた。
「えーとですね。美鈴さんが、花の育ちが良くないことを咲夜さんに相談して、
それで肥料やら薬やら買いに行くのに、向こうが顔を知ってる咲夜さんが同行することになったそうです」
「わざわざこっちから行かなくても、通販で注文すればいいじゃない」
「植物関係はカタログにあまりなかったそうです。それで、直接行って注文した方が早くて確実だ、と」
「咲夜が一人で行けばいいじゃない」
「美鈴さんじゃないと、花の詳細な状態を向こうに伝えられないからだそうです」
「とっ泊まるってのはどういうことよ」
「遠いからじゃないですか?」
「咲夜が時を止めれば良いのよ!」
「レミィ、下手なことするとまた霊夢が怒るんじゃない?」
 霊夢。そのキーワードを聞いて、私の体から反逆する力が抜けていった。
 私は涙をこらえながら、紅茶を軽く啜り、
「それにしても詳しいわね、小悪魔」
「ええ。昨日美鈴さんにさんざん聞かされましたから」
「私も一緒に、ね。あんなに喜んでいる美鈴、とても茶化す気になれないわ。
その代わり、レミィに秘密にしておいたのだけれどね」

 ああ魔界におわしますたくましき神よ。幻想郷を裁くチビッ子閻魔よ。ついでにぐうたらスキマ妖怪よ。
 もしや、てめえら方が、この厳しすぎる試練を私に与えたのでしょうか?
 それとも、これが霊夢との逢瀬にうつつを抜かした罰なのでしょうか?

「ちょっとレミィ、何トリップしてるのよ。あなた紅茶に何か入れた?」
「パチュリー様、誤解を招くようなこと言わないで下さいよぉ。
……あ、入れたんじゃなくて、血を入れ忘れてました」
 その言葉をきっかけに、私は意識を戻した。小悪魔は紅茶を淹れ直している。
「実は私、血が入っていない紅茶を飲むと意識が飛んでしまうの」
「レミィ、それはもはや嘘ですらないわ」
 パチェは呆れたように言って、カップを口に運んだ。



 そして私は、咲夜と美鈴に思いを馳せるあまり知恵熱を出して寝込んだ。
「吸血鬼が知恵熱なんて出すわけないじゃない」とはパチュリーの言葉だけど、実際に頭痛いんだから仕方ないじゃない。
「看病にメイドを呼びましょうか?」 小悪魔は気を遣ってくれたけれど、
「いらない。というか秘密にしておいて。
ヘタにメイドに知らせたら、咲夜がいなくて羽を伸ばしている連中に悪いでしょう?」
「紅魔館当主らしからぬお言葉だこと」とパチュリーはコメントした。
 ……本当は、咲夜以外に看病されたくないだけなんだけど。


   ◆  ◆  ◆


 そろそろ夜かしら、と思って目を覚ますと、横に咲夜がいた。
「……おはよう咲夜」
「おはようございます、お嬢様」
 体を起こそうかと思ったけれど、まだ何となくだるさがある。
 仕方がないので、寝返り打って顔と体を咲夜の方に向けた。
「咲夜、今日は美鈴と永遠亭に泊まってくるんじゃなかったの?」
 咲夜は表情を変えないで、
「確かに二人で永遠亭には行きました。
しかし、元々日が沈む頃には戻ってくる予定でしたが、そちらの方がよろしかったでしょうか?」
「ううん、全っ然よろしくないわ」
 あンの紫モヤシ、騙したわね……!!
「それより咲夜、まだ休暇中でしょう。別に私の世話しないでいいわよ」
「パチュリー様から、体調を崩されているとお聞きいたしました。
お嬢様が苦しんでいる時にのうのうと休んでいるなど、従者が取れる行動ではありません」
 咲夜は、まっすぐ私の目を見ていった。
 ……咲夜の目は、いつもと同じ目。従者が主に向ける敬慕の眼差しだった。私のうぬぼれじゃなければだけど。
 私は、両手を伸ばして言った。

「咲夜、手、握って」

 咲夜は一歩こちらに歩み寄ると、私の手を取り、そっと握った。
「ベッドに座って」
 そう言うと、咲夜は静かに腰を下ろした。
「お嬢様、やはり平時より体温が高い様子です。
よろしければ、永遠亭で仕入れてきた薬をお出ししますが――」
「いらない」
 私は咲夜の言葉を遮った。
「薬なんかより、もっと良い方法があるもの」
「と、おっしゃいますと?」
 咲夜は私の手を握ったまま、いつもの調子で聞いてくる。
 それが、なんだか私と距離を置いているようで、……もどかしい。
「……命令よ、咲夜」
「何でしょうか、お嬢様」
 言おうかどうか、やっぱり少し迷う。でも、今しか言う時はない。

「……私の横で寝なさい。私が眠るまで、いいえ眠っても、ちゃんと手を握り続けるのよ」

 咲夜は、完全で瀟洒な笑顔じゃなくて、ただ優しい笑みで言ってくれた。
「かしこまりました、お嬢様」

 久しぶりに見る咲夜の“笑顔“を見て、私は確信した。
 ――ここ数日寝てばかりだったけれど、やっと、心から落ち着いて眠れる気がするわ。

 
「パチュリー様、レミリア様の『悪夢』ってどこまで本当なんでしょうか?」
「小悪魔、こういう格言を知っているかしら。――『知らぬが仏』」

※追記
指摘を受けた『知恵熱』について。
頭が痛いとか熱が出たとか普通に書くよりも、可愛いじゃないですか。レミリア様っぽくて。
らくがん屋
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コメント



0.7230簡易評価
8.80翔菜削除
>パチュリー様が『もってかれたぁ……』と嘆いておられましたが、
一瞬人体練成を連想した僕バカス。
いやはや、氏の咲夜さんはまことに素晴らしい。
ついでにレミリア様はもっと素晴らしい。
12.70MIM.E削除
レミリア可愛いよレミリア。
しかし、威厳の無さも相手が霊夢ではしょうがないのでしょうかねぇ。
とても楽しいお話でした。
13.70ABYSS削除
なんか、もう、いいですね。
個人的に最高の紅魔の主従でございました。
てか、素面で「口腔を蹂躙」とか言っちゃう咲夜さん瀟洒すぎ。
16.100名前が無い程度の能力削除
タイトルの英訳に噴いた
17.80某の中将削除
巫女さん容赦ねぇ……。
それはともかくさらりとアレコレ問題ありそうな台詞を連発するメイド長にこの点数をささげます。
あとしっかり友達をからかって遊んでる紫もやしさんにも一票。
24.100名前が無い程度の能力削除
ぱーふぇくとだ咲夜
27.80名前が無い程度の能力削除
げに凄まじきは瀟洒なメイドか
キース・ロイヤル級に真顔で壊れてるのに
〆るところはきっちり〆る…完璧な従者、恐るべし
いや、友人も霊夢も十分に凄いんですけどね

ところで、気になる点が一つ
 「知恵熱」
 生後六ヶ月~満一歳前後、知恵がつく頃の乳児にみられる発熱。

…確かに年齢で考えれば吸血鬼には縁遠い言葉か
49.80名前が無い程度の能力削除
またしても咲夜さんが瀟洒過ぎる
63.80変身D削除
色々と問題あるっつーかありすぎな紅魔主従ですが面白かったです(礼
と言うか「ビンタ→口内蹂躙」の美鈴コンボを最初に食らったのが一般冥土時代のさきやんだと妄想が止まらないのですがどうすれば(ry
75.70かわうそ削除
前作を読んで、ジーヴスを読んだ。
もっと! もっと続編を!
87.70名前が無い程度の能力削除
>>霊夢が料理目的で包丁を握ってから既に三週間が経過しています。
料理目的以外では握ってるのか。
…欠食巫女が包丁片手に食事をせびる様子が…
94.90通りすがる程度の能力削除
二人の面白おかしくテンポのいいやりとりに終始笑わせて頂きました。
お約束の紅茶吹きを風魔法で跳ね返すパチュのちゃっかりさも素敵。
これは是非前作も読まねば!
109.100徹り縋り削除
トンベ霊夢噴いた
112.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、これはいいわ。
113.100絵描人削除
メイド長の、
「失礼ですが」
が堪りません!w

とてもご馳走様でした!(日本語が変
122.80名前が無い程度の能力削除
これは霊夢に心引かれるレミリアに嫉妬した瀟洒なメイドの嫌がらせですかね?ww
142.90名前が無い程度の能力削除
楽しませてもらったぜw
154.100名前が無い程度の能力削除
このレミリアは知らん内にメイド長に躾られとるんじゃなかろうか