「大会の司会を引き受けて欲しいのですが」
その紅魔館の瀟洒なメイドは、僕に珍妙な頼み事をしてきた。
僕の名は森近霖之助。魔法の森近くの古道具屋「香霖堂」の店主をしている。
そしてこちらの瀟洒なメイドは、代金をきちんと支払って買い物をしていく数少ない良客だ。彼女以外にきちんとお金を払って買い物をしてくれる客は……ちょっと考えただけでは思い出せなかった。
そんな良客の頼みを無碍に断る訳にもいかない。僕はもう少し詳しい事情を聞いてみる事にした。
「引き受けようにも、何の司会なのかがよく分からないんだが?」
「はい。最近幻想郷では仲の良いカップルが増えまして。そして、カップル同士で『私達の方が仲がいいのよ!』と張り合うようになってしまい、果ては弾幕ごっこにまで発展する始末。これに心を痛めたお嬢様が、『きちんとしたルールに則って、最萌カップルを決める大会を開催したい』と。」
なるほど。しかし、〝心を痛めた〟のくだりは嘘だな。恐らく退屈しのぎに思いついたに違いない。しかし、何故、僕に白羽の矢が立ったのだろう?
司会進行ならあの天狗少女の方が向いているのではないだろうか。
だが、断るつもりはない。報酬が期待出来るからだ。僕は報酬を引き上げる為、逡巡するふりをする。
「……やれやれ。それで、仮に『嫌だ』と言っても連れて行くのだろう?」
「出来ればそうしたくはありません。ですが、もし好意的に対応して頂けるのであれば、十分な報酬をお約束いたします」
〝十分な報酬〟――その言葉がこの良客から引き出せれば十分だ。
「最近は開店休業状態だったし、報酬が出るなら悪くないか」
僕は重い腰を上げる事にした。
◆
さりとて当日紅魔館へ行って、いきなり司会をしろと言われても生粋の商人である僕には無理だ。僕は紅魔館の瀟洒なメイドにお願いして事前準備をさせて貰う事にした。
彼女もそれは分かっていた様で、その旨を伝えると「それでは早速」と言い、二人で紅魔館へ向う事になった。彼女以外の客はもう来ないだろうから、店を閉めても問題ないだろう。
紅魔館に着いてみると、もう一人司会役がいた。司会進行はこの方と二人で進める事になっていたらしい。仕事の量が減るのは好都合だ。報酬が変わらない事について念を押し、僕はそれを承諾した。
とはいえ初対面同士、十分打ち解けていないと当日の連携に齟齬が生じる。
そこで僕は、休憩の間に機知の効いた冗談を飛ばしたり、店にお茶とお菓子をせびりに来るが、滅多に何も買っていかない巫女や魔法使いへの愚痴をこぼしたりしてみた。
冗談を言ったり、さりげない弱さを見せ共感を呼ぶ、これが初対面の相手の緊張を解す妙薬だ。相手もしたり顔で乗ってきた。相手の話を聞いてみると、無報酬で炊事や掃除から、果ては同居人の下着の洗濯までさせられているという、かなり悲しい境遇のようだ。
それだけ働いて無報酬とは、商人としては許し難い。共感させるつもりが、思わず相手の境遇に共感してしまった。
そして、雑談をしながらお互いの距離を少しずつ縮める。これも相手と親密になる策の一環だ。声が聞き取り辛い、という事もあるのだが。
……いつしかお互いの話は司会の打ち合わせよりも愚痴交じりの雑談で盛り上がりをみせるようになった。
このぐらい打ち解けておけば十分だろう。次は会場の下見もしておきたいところだ。
紅魔館の地下には大広間があるそうで、今回はどうやらそこで大会を行うらしい。僕ともう一人の司会、そして瀟洒なメイドの三人はその大広間を訪れた。
そこでは大会の準備のため、妖精メイド達が忙しく客席や会場の設営を行っていた。僕達は暫く下見を行い、いくつかの質問を瀟洒なメイドに投げかけ、おおよそ会場の細かい状況を把握した頃、この館のお嬢様が現れた。彼女は満足げに妖精メイド達の仕事振りを眺め、
「ふふふ! いつもはパーティ会場だけど、今回は〝地下萌技場〟と言ったところね!」
と、大変誇らしげだった。そして誇らしげなまま、瀟洒なメイドに問う。
「咲夜、予選の結果は?」
「こちらでございます。十組の本選出場者が決定しております」
瀟洒なメイドはお嬢様に本選出場者のリストを手渡した。お嬢様はそれに目を通し、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ご苦労。くっくっく……この顔ぶれは非常に楽しみね。咲夜、貴女達と当たっても手加減しないわよ!」
「望むところです。全力でやらせて頂きます」
(この二人、カップルじゃないのか!)
驚いて僕は本選出場者のリストを覗き込んだ。……なるほどね。この組み合わせは面白い事になりそうだ。
◆
そして大会当日。天狗の新聞の影響もあってか、地下萌技場は満員だった。下見の時に広すぎやしないかとは思ったが、このぐらいで丁度良かったらしい。観客の入場も完了し、太陽と月が入れ替わろうかとする頃、いよいよその時が来た。
「ただ今より、〝最萌カップリングトーナメント〟を開始致します! 全カップル入場!」
僕のその一声で、観客席が静まり返る。そして打ち合わせ通り、入場する選手達の紹介を始める。
選手紹介の文面は紅魔館側で用意してくれていた。精一杯盛り上がるように、それを選手の入場に合わせて二人で交互に読み上げる。
「ブラックコーヒーすら蜂蜜のように甘くなる! 本トーナメント有力候補!」
「盗んでいったのは、アリスの心です!! アリマリ・マリアリで天下を二分する争いが起こるッ! 霧雨魔理沙&アリス・マーガトロイドの入場だァー!!」
「公式で『仲が悪い』と言われた? だがそれがどうした! 対立していても愛は成り立つ!」
「マイナス設定を恋のスパイスに変えて愛を貫く天狗少女二人ッ! 射命丸文&犬走椛だッ!!」
「ルールの無い殺し愛がしたいから蓬莱人(不老不死)になったのだ!!」
「殺し愛を見せてやる!! 蓬莱山輝夜&藤原妹紅!」
「⑨! 説明不要!!」
「ほのぼのッ!! チルノ&大妖精コンビだッ!」
「組み付きしだい九尾をもふもふしちゃう、それも愛!」
「式代表、橙&八雲藍だァッ!!」
「吸血鬼四九五年の秘愛が今ベールを脱ぐ!」
「紅魔館から、レミリア・スカーレット&フランドール・スカーレットだッ!!」
「地霊殿の仕事はどーした!? 姉妹の百合の心未だ消えず!」
「心を覗くも壊すも思いのままッ!! 古明地こいし&古明地さとりだ!!」
「特に理由はない! 従者同士の愛が強いのは当たり前!」
「お嬢様には内緒(建前)の愛だ!! 瀟洒豊満ッ! 十六夜咲夜&紅美鈴が来てくれたーー!!」
「『無くした宝塔を見つけ、落ち込んだご主人を心身共に慰める』――愛の様式美はこの二人が完成させた!」
「命蓮寺の切り札!! ナズーリン&寅丸星だァ!!」
「どこへ行っていたんだ、幻想郷の管理者達! 僕達は君らを待っていた!!」
「実力も名声もあるチャンピオンカップル、博麗霊夢&八雲紫の登場だーーッ!!」
「「きゃーーーー!!」」
観客席が黄色い歓声で盛り上がる。それにしても、十組の美少女カップルが一堂に会すると壮観である。まさに眼福。その上十分な報酬が期待できるこの仕事を引き受けて良かった。暫くは美味い酒と上質なお茶が楽しめそうだ。
そして、大会はどうやら順調のようだ。ひとまずこのまま進めよう。
僕達は河童製拡声器を握り、司会進行役の自己紹介に移る。
「進行および実況は、古道具屋『香霖堂』の森近霖之助と――」
「命蓮寺より参加の、それがし雲山が執り行うッ!」
僕達の紹介が終わった途端、盛り上がっていた場内が一瞬にして水を打ったように静まり返った。おや? 何かがおかしい。
気が付くと、選手全員が僕と雲山を見つめていた。よくよく見ると視界に入っている観客全員も僕と雲山を見つめている。皆何か言いたそうだが、誰も言葉を発せず、僕達をじっと見つめている。
さっきまでの盛り上がりがまるで嘘のようだ。皆に見つめられて、僕も雲山も言葉に詰まる。う、打ち合わせにこんな展開はなかったはずだが、どうしたものだろうか……。ルールの説明に移ってよいものか?
◆
しばらくこの状況が続いたが、何かを察したとみえる幻想郷の管理人がふぅわりと空中に浮き上がり、スキマに腰掛け、全員を見下ろす位置から語りかけた。
「……皆さん。私達は今日、最萌のカップルを決めるためにここに集まりました。しかし、どうやら最萌のカップルは既に決まっていたようですわ」
そう言いながら、白い手袋に覆われた滑らかな右手を、ある方向にスッと伸ばす。その先には――僕と雲山がいた。
ぼ、僕と雲山が最萌のカップルだって? じょ、冗談じゃない。僕は慌てて、それを打ち消そうとする。
「悪い冗談はよしてくれないか? 何を馬鹿な事を」
「私はいつでも本気ですわ。十組の紹介、実に息がピッタリだったじゃありませんか。それに、とてもお似合いよ」
「いや……それは」
鋭い。幻想郷最古参の妖怪で〝賢者〟と称えられているだけの事はある。僕と雲山が司会進行の練習などを三日三晩みっちり行った事などお見通しのようだ。
しかも、この分だと僕がこの話でちゃんと名前で呼んであげているのが雲山だけ、という事も見抜かれているのかもしれない。
だが、まずい。このままだと何かが色々とまずい。何とか言い訳をしなくては。しかし上手い言い訳が思いつかない。僕は口が動くまま、
「ま、万一、ぼ、僕が良くても……う、雲山の気持ちだって、あ、あるじゃないか!」
どうにか喘ぐように言葉を搾り出し、雲山の方を見た。雲山! 頼む! なんとかしてくれ!
雲山は「任せておけ」という表情で僕の後に続いた。流石は雲入道。なんて大きくて頼りがいがあるんだ!
「それがしは一向に構わんッッ!」
半妖の聴力をもってしても聞き取り辛かった雲山の小声は、河童製拡声器を伝わって地下萌技場一杯に広がった。
「えっ……?」
僕がその言葉の意味を理解する間も無く――。
「「「きゃーーーー!!」」」
地下萌技場が選手入場の時以上の黄色い大歓声に包まれた。「妬ましい最萌のカップルね……」「あの二人の絆は楼観剣でも切れない」「雲山って綿菓子みたいでおいしそうだし、あれを食べられるなんて霖之助さんは羨ましいわね」などの声があちこちから聞こえてくる。
……どうしてこうなった。僕は思わず頭を抱えた。こうなったら僕がなんとかしなくては。
考えろ! 考えるんだ森近霖之助!
………………………………閃いた!
僕はこの窮地をひっくり返すべく、選手として参加している主催者のお嬢様と瀟洒なメイドに向って、全力で切り札を切った。
「ちょ、ちょっと待った! こ、この〝最萌カップリングトーナメント〟は〝少女同士〟の最萌のカップリングを決めるんじゃなかったのか?」
「「――なっ!」」
動揺を見せるお嬢様と瀟洒なメイド。この論理に一分の隙もないはず!
観客もざわめき出した。「うにゅ?」「そーなのかー」そんな声が聞こえてくる。観客が味方につけばこのまま押し切れる!
さあ、改めて〝少女同士〟の最萌カップリングを決めて貰おうじゃないか!
……しかし、動揺していたはずの瀟洒なメイドは、涼しい顔に戻って言葉を紡いだ。
「貴方への依頼時に『最萌カップルを決める大会を開催したい』とは申し上げましたが、カップルを〝少女同士〟に限定してはおりません」
罠に掛かった小鳥を見るような彼女の表情が僕の顔から血の気が引かせ、紡がれた言葉が縄となり僕を縛りにかかる。
そういえばあの時、この瀟洒なメイドは何と言っていた? 確か、
――カップル同士で『私達の方が仲がいいのよ!』と張り合うようになってしまい、果ては弾幕ごっこにまで発展する始末。
こうだ。これを聞いて、〝カップル〟が少女同士のみと錯覚した僕が悪かったのか? いや、幻想郷のカップルは少女同士しかありえない……。
そんな考えを読まれたかの如く、観客席にいた風祝の良く通る声が響く。
「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですよ! 霖之助さん!」
それに同調するように、観客も選手達も皆一様に頷いていた。……もう、ここから逆転する方法は、ない。
ふと隣を見ると、俯いてこちらをチラチラ見ている雲山の桃色が徐々に濃くなっている気がする。恐らく夕焼けのせいだろう、きっと。頼む! そうであってくれ!
一方、お嬢様は八重歯をきらりと光らせてくっくっくと笑っていた。それを見て、僕の顔から益々血の気が引く。二人の動揺は、僕を持ち上げて落すための偽装だったのだ。僕があの切り札を切る事すら想定内だったのか。何という事だ……。
あまりの事に二の句が継げない僕を見て、お嬢様は趨勢が決したと見たのだろう。満面の笑みを浮かべながら、
「この瞬間、最萌カップルが決まった! 引き続き宴会をしながらどちらが受けで、どちらが攻めかを全員で決めよう! 決まったら……あとは分かるな?」
地下萌技場の中央で、そう高らかと宣言した。それを聞いて観客の熱気が更に跳ね上がる。選手達も一緒に盛り上がる。
「雲山さん、カッコいいわねー。男気溢れる告白だわ! 見直しちゃった!」
「香霖はちょっと情けないけど、まんざらでもなさそうだな!」
巫女と魔法使いが何か言っているが、それは僕の右の耳から入って左の耳へと抜けていった。
地下萌技場の熱気に呑まれながら、僕の頭の中にはある一つの疑問が浮かんだ。幻想郷の各勢力が集まり何かを決める時に、これほど揉めなかった事があったろうか? そもそも「誰と誰がカップリングになるか?」でまず揉めに揉めるはずじゃないか?
……事前に誰かがこの筋書きを前提に各勢力に根回しをしていた? もしそうだとしたら、そんな事が出来る奴は、一人しかいない。
僕は虚ろな目で、宙に浮きスキマに腰掛ける今回の主犯の顔を見上げた。
彼女はそれに気付き、口を薄く開き、まるで繊月のような、にたりとした笑みを浮かべる。この笑みはいつだったか……見た事がある。そう、その後は決まって碌な事にならないんだった。
僕はそんな事を思い出しながら、とどまる事を知らない盛り上がりを見せる地下萌技場と、桃色から紅に染まっていく雲山を呆けた顔で眺めていた。
◆
――この状況をこっそり見守る影が二つ。
「どうやら上手く行ったようね」
「パチュリー様の作戦が見事当たりましたね! 各方面に根回ししたかいがありました!」
二人はこの作戦の成功を喜んでいた。そして、パチュリーは小悪魔の方に改めて向き直り、労うように言った。
「調整ご苦労様。大変だったわね」
「いえ、話を持ちかけたらどこでも大歓迎でしたよ。だって皆――」
小悪魔がサラリと言う。パチュリーもそれに合わせて続ける。
「そうね。だって皆――」
「女の子ですから!」
「女の子だものね!」
二人の声がピタリと重なる。二人はクスクスと笑い出した。そして、小悪魔が続ける。
「ところでパチュリー様、私は雲山攻めだと思うんですがいかがでしょう?」
「こぁ、あれは霖之助のへタレ攻めという見方もあるわ」
「なるほど! その見立てもありますか……さすがパチュリー様! いずれにせよ今夜はとても楽しみですね!!」
「ふふ……そうね。最近幻想郷に落ちてきたこの漫画といい、当分退屈せずに済みそうね」
――真の黒幕二人は、目的を達しニヤリとしていた。
いや面白かったしカップル紹介のとこ俺はかなり興奮してた。好きなキャラがカップリングしてんだもん。
だからこそこーりんサイドに行かないで嫁達最高したかったぜ(´゚Д゚`)
まあ、ある意味そのとおりと言えますが、これは………………………………ナイワ~。
釣りにしても全然面白くないよ
騙されたのでこの点数で。
「百合」とか「カップリングの名前」のタグがあるとスルー出来るので、読み手を選ぶ話のときは付けるといいですね。
私は楽しめましたが百合薔薇問わず同性愛に拒否反応示す方はいますのでそのあたりをタグに込めればよかったんでは?
さすがにゲイや薔薇とか書いたらネタバレになるんで同性愛タグがベターかと
入場ネタ使うなら、もうちょっとでもひねり入れろよ
タグに関しては狙い通りだろうしどうでもいい
が、いない