Coolier - 新生・東方創想話

素直になる日

2010/05/07 20:39:58
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『幻想郷式脱衣麻雀 五か条』


 其の一 参加者の着衣は5枚までとし、5枚を失った者が出た時点で対局は終了となるものとする。





 其の二 点棒による得点計算は行わず、満貫未満→脱衣1枚、満貫~ハネ満→脱衣2枚、倍満→脱衣3枚、三倍満→脱衣4枚、役満→脱衣5枚とする。





 其の三 ツモ和した場合は、上記の得点計算は適用せず、満貫以下→他3人が脱衣1枚→ハネ満~三倍満→他3人が脱衣2枚、役満→他3人が脱衣3枚とする。





 其の四 罰符として脱衣された着衣は、和了した者の所有物となるものとする。





 其の五 裸には興味が無いので、サラシとドロワーズの着用を義務とする。左記の2枚は『其の一』の着衣5枚には含めず、脱衣の対象としても認めない。










「なあ……ご主人様」

 畳敷きの居室の入り口で、鼠の妖怪が前を向いたままに問いかけた。
 彼女の後ろに立ち、その肩に両手を置いていた寅の妖怪は笑顔を強張らせながら応える。

「な、なんですか? ナズーリン」

 ナズーリンと呼ばれた妖怪は、機械的な動きで肩越しに振り返り、背後に立つ寅の妖怪に冷ややかな視線を浴びせ、

「私は……『たまには他の面子と一緒に遊んでみませんか?』と誘われて連れ出された気がするんだ」

「そ、そうですね……私もそう言った覚えがあります」

 彼女の応答に腹を立てたのか、ナズーリンは尻尾で畳をぺちんと叩き、

「ご主人様は……出かける際に、私の着る物に事細かに指図を出したね? つまり、今日の集まりがあんな内容のふざけた会だと、最初から知っていた訳だ!」

 と指差す先には居室の壁に掛けられた『幻想郷式脱衣麻雀 五か条』と題された額縁がある。
 問い詰められた寅の妖怪はゴロゴロと喉を鳴らしながら、ナズーリンの視線から逃れるようにそっぽを向いた。
 しかしナズーリンは視線で責め立てることを止めない。

「まあまあ、喧嘩はやめなよ」

 穏やかな声が彼女を我に帰させる。
 ナズーリンが視線を前にやると、居室の中央に置かれたコタツに座る人妖が二人。
 言葉を発したのは、九つの尻尾を携えた狐の妖怪で、

「寅丸星と……その部下のナズーリンだね? 博麗の宴等で顔は合わせているが、改めて自己紹介をしておくよ。私は八雲藍」

 そして、と掲げられた手は対面に座る二股の尻尾を持つ猫の妖怪へと向けられて、

「私の式である橙だ」

 主に紹介された彼女は体を強張らせると、緊張しているのかぎこちない仕草でナズーリン達の方を向いて会釈をした。
 見られてたのか、と恥らいながらナズーリンも会釈を返した。
 星と呼ばれた妖怪は助け舟が来たことに強張っていた笑顔を緩ませて、

「こんばんは、藍さん。今日はお招きいただきましてありがとうございます」

「なに、同好の士はいつでも歓迎しているよ。勝負事だから協力は出来ないがね」

「そ、そこを何とか、お手柔らかに……」

 ナズーリンの頭越しに、藍と名乗った妖怪と言葉を交わす。
 会話が始まった居室の中、ナズーリンは不服そうに頬を膨らませていた。
 頬を膨らませて憤るのは、騙されて連れ出されたことに対してと、何やら密談めいたことを交わす二人に対してだ。
 ナズーリンは俯きながら、肩に置かれた星の手を払うために片手を挙げて、

「ご主人様、悪いが私は帰――」

「君は。……主に恥を与えることを好しとする部下なのかな?」

 しかしそれは藍の言葉によって制止された。
 顔を上げて視線を向けた先、藍は呆れたように苦笑をしながら、

「なに……ただの遊戯だよ。脱衣もあくまで勝負に張り合いを持たすためのものであって、敗者を辱めるためのものではない」

 さあ、と彼女はナズーリンへ向けて手を差し伸べて、

「まずは一局試してみないかい? もしかすると君にとってもいい経験になるかもしれない」

 ナズーリンは自分に向けられた手に視線をやりながら、頬を萎ませていく。
 確かにふざけた会とはいえ、自らの主人が招待に応じた会をご破算にするのは、主人に恥をかかせることになるだろう。
 それはナズーリンの好しとするところではない。

――それを言われて気づかされるのは悔しいな。

 ナズーリンは歯噛みしながら藍の手は素通りして、荷物を置いてからコタツの空いている席についた。

「……ご主人様のためだ。一局だけつき合わせてもらうよ」

 つれないね、と藍は寂しそうに眉尻を下ろしながら手を引き、うーっ、と何故か橙は二本の尻尾を逆立てて威嚇の構え。
 星はナズーリンが席についたのを見届けると、安堵に胸を撫で下ろしながら自分も空いている席につく。
 藍は面子が揃い、卓についたことを見届けると満足そうに頷き、

「さぁ、それでは始めようか。スメルフェチの宴を……!」


 高々と宣言された伴天連の言葉にナズーリンの尻尾は不安げに項垂れていた。





・東一局 親:八雲藍 南:寅丸星 西:橙 北:ナズーリン




 牌がたてる硬質な音が場には流れている。
 ナズーリンの心配を余所に、麻雀自体は恙無く進行していた。
 肩透かしを食らったような気持ちでナズーリンはいらない牌を場に捨てる。
 そして牌を引くために手を伸ばした藍に視線をやり、

「なあ、八雲……さん」

「藍でいい。遊びの場で堅苦しいのは好まないからね」

 引いてきた牌を眺めて思案する彼女を横目で見やりながら、ナズーリンは一息ついて問いかける。

「じゃあ藍……と呼ばせてもらうよ。先ほど君が口にした……すめるふぇちの宴とは一体全体なんのことだい」

 ナズーリンの問いに彼女は笑みを浮かべながら牌を弄り、

「そうだな……簡単に言えば、誰もが誰も勇気を持てるわけじゃないということさ」

「それは……答えているのかい、はぐらかしてるのかい」

 さてね、と彼女は楽しげに呟きながら牌を一つ手に取った。
 煙に巻かれた、と不服そうなナズーリンの目の前で、牌が卓に置かれて乾いた音が響く。
 
「あっ」

 すると橙の口から声が漏れた。
 ん? と疑問符を掲げた面々が橙に視線を向ける。
 声の主である橙は、しまった、と言わんばかりに目を背けてしまった。
 ただ一人、藍は自分の式の状況を把握したのか口の端を吊り上げて、極めて穏やかな声で名前を呼ぶ。

「橙」

「は、はぃ……」

 名前を呼ばれて前を向きなおした橙を、彼女は諭すような口調で言葉を続ける。

「言っただろう? これは遊戯であり、勝負でもあるんだって。何も遠慮をすることは無いんだ」

 だからと前置きして、おいで! と藍は清々しい表情で両腕を広げて見せた。
 許しを得たことに打ち震える橙は、両手で自分の牌を卓に倒して宣言する。

「ロ、ロンっ!」

 疎らに倒される牌の列と、先ほど藍が捨てた牌。
 両方を見比べながら、ナズーリンと星は祝福の拍手を打ち鳴らし。
 和了された側の藍は、何故か歓喜に打ち震えていた。
 悦に浸っていた藍は橙の手牌に視線をやり、

「ふむ……タンヤオ・平和……1枚だね。橙、私の何を望む?」

「あ、え、えと、そのっ……」

 堂々とした藍に、落ち着かない様子で思案する橙。
 藍が罰符払う側だよね? とナズーリンは両者を見比べながら首を傾げる。
 暫くして考えが纏まったのか、橙は卓に両手をついて身を乗り出し、

「ぼ、帽子……っ。藍様の帽子がいい!」

 橙の申し出に対し、藍は残念そうに眉尻を下げて、

「帽子でいいのか? 遠慮しなくていいんだが……」

 望まれて通りに帽子を脱ぐと、尻尾と同色のピンっと立った耳が露になる。
 藍は脱いだ帽子を一瞥してから、橙に向けて差し出した。
 それを橙は両手を恭しく掲げながら受け取り、

「藍様の……帽子……」

 漏らした言葉に藍が訂正を入れた。

「違う。それはもう橙のものさ。だから何をしてもいいんだよ」

 その言葉が引き金になったのか、橙は顔を綻ばせて帽子に顔を埋める。

「藍しゃまのっ! 藍しゃまの匂いっ……!!」

 クンクンと鼻を鳴らしながら、尻尾をパタパタと振る彼女は幸せそうだった。
 星は指を咥えながら、いーなー、と彼女を横目で見ている。
 藍はわが子の成長を見守る母親のような目で彼女を見ている。


 ナズーリンは、自分は一体何に巻き込まれたのか、と不安げに肩を落としていた。





・東二局 親:寅丸星





――成る程。

 ナズーリンは恙無く進行する卓を眺めながら、前局の最後の光景を思い返す。
 式である橙が、主である藍より所有物を奪って、我が物にした光景を。
 鮮烈に記憶に残る光景を思い出して、ナズーリンは満足げに微笑んだ。

――この不可解な会の隠された目的、そして藍の言葉の裏が理解できたよ。

 ナズーリンは山から牌を引いてきて、手配と見比べつつ自分の考えを整理する。

――つまり、素直には想いを伝えられない関係。例えば主従関係にいるものが、遊戯の形で勝負をして相手の着衣を想いの代わりとして得ようという訳だ。

 ナズーリンは牌を入れ替えながら、しかし、と思う。
 前局の勝者である橙を見やる。
 彼女は戦利品の帽子を片腕で抱き、二本の尻尾をパタパタと振っている。
 開始前の緊張した面持ちとは打って変わり頬は緩みきっていた。

――こんな会に誘った時点で相手に想いを打ち明けたようなものだろう。わざわざ代替品を求めなくてもいいじゃないか。

 会の趣旨は理解できたが、会の意味が理解できないナズーリンはため息を漏らす。
 まったく、と心の中で悪態付きながらナズーリンは不要牌を手に持ち、

――まったく、ご主人様は何だってこんな会に……。
 
 捨てるために伸ばされた腕は途中で止まる事になる。
 ナズーリンが息を呑んで、顔を上げた視線の先。
 対面に座る星の顔があり、彼女は視線が合うと、どうしました? と首を傾げた。
 
――例えば主従関係にいるものが……。

 ナズーリンは毘沙門天の部下であり、寅丸星は毘沙門天の代理人だ。
 共に毘沙門天の弟子ではあるが主従関係にあることは明白だ。

――こんな会に誘った時点で……。
 
 ナズーリンは星に誘い出されてここにいる。
 ナズーリンは自分が導き出した結論を心の中で反芻する。
 胸の奥で何かが強く脈動した。
 生まれた動揺から牌は手から零れて卓を転がる。
 
「ナズ、落しましたよ?」

 音を立てて転がった牌を直すべく星が手を伸ばしてくる。
 ナズーリンは手が触れ合いそうになると、伸ばしていた腕を慌てて引っ込めた。

――落ち着け、落ち着くんだナズーリン。

 乱れた心を正そうと、ナズーリンは両手を胸に当てて心の中で呟く。
 頭の中では先ほど自分が結論付けた会の趣旨と意味が反芻している。

 
 前提が正しい場合、星はナズーリンに対し、部下以上の感情を抱いていることになる。


 ナズーリンと星は長年苦楽を共にしてきた仲だ。
 真面目で優秀だが、どこか抜けている星のことは嫌いではない。


 むしろ好ましいと思っている。

   
 しかし、とナズーリンは首を横に振る。

――確かにご主人様のことは好きだよ。でも、あくまで私達は上司と部下の関係、強いて言うなら良き友人ぐらいのはず。きっとご主人だって、知り合った藍に誘われたから付き合いで仕方なく……。

 ナズーリンの脳裏に出かける前の光景と、前局の最後の光景が浮かぶ。
 渋るナズーリンをあれこれとまくし立てながら誘う星の姿。
 戦利品を得た橙を羨ましそうに指を咥えて見つめる星の姿。


 どちらの姿もナズーリンが立てた『付き合いで』という仮定では説明が付かない。    


 ナズーリンは自分で導き出してしまった結論に俯いてしまう。
 その結論を覆すための材料を探すために思考を巡らせていたとき。

「ナズ?」

 星の声が響いて、ナズーリンは我に返る。
 ナズーリンが顔を上げると、不思議そうに自分を見つめる藍と橙の姿。
 そして心配そうに眉尻を下げた星の姿があった。
 なんだい、と絞り出そうとした声は、ナズーリンの口からは出なかった。
 しかし彼女はナズーリンが顔を上げたことに胸を撫で下ろし、

「貴女の番ですよ」

 放たれた言葉にナズーリンは山へと手を伸ばす。

「あ、ああ。申し訳ない、少し考え事をしていてね」

 ナズーリンは自信が困惑している原因である星の顔を直視できず、俯き加減に牌を引いてくる。
 しかしその牌が自分にとって必要な牌なのか、場から考えて危険な牌なのか、ナズーリンには判断が付かない。
 結果、引いてきた手をそのまま卓へと下ろして、牌を捨ててしまう。
 ナズーリンが捨てた牌が音を立てる。
 それに続く音があった。


 大量の牌が疎らに倒される音。


 まさか、とナズーリンが顔を上げる。
 視線の先には両腕を突き出して、端正な顔を笑みで歪めた星の姿があった。
 彼女は震えながら身を縮こまらせた後、

「――――っ! いやったぁっ!! ナズから和了できましたよ!」

 笑みを浮かべながら両腕を掲げて万歳を繰り返す。
 それがナズーリンの心をどれほどかき乱す行為かも知らずに。

――そんな嬉しそうな顔をしてくれるな、ご主人……!

 ナズーリンの心の抗議に星が気づくはずも無い。
 星が嬉しそうに奇声を漏らしながら諸手を挙げている。
 それを祝福するように両脇の藍と橙が拍手を打ち鳴らしていた。
 ナズーリンは乱れた心を悟られぬように、小さく深呼吸。
 その後に星が倒した手牌を見やりながら言った。

「さすがだね、ご主人様。……タンヤオ、ドラ2。1枚……かな?」

 ナズーリンは出来るだけ星の顔を見ないように呟いた後、確認するように藍の方へと視線を巡らす。
 彼女はナズーリンと視線が合うと、確認するように星の手牌に視線をやってから、

「そうだね。星……君は彼女に何を望む?」

 この局の勝者に視線を巡らせた。

「えっ、あ……そうですね。それは……」

 問われた星は、緩みきった笑みから一転して真剣な面持ちを浮かべる。
 最近めっきり見ることがなくなった主の思いつめた表情にナズーリンは息を呑む。


 そんなに思い悩むほど貴女にとっては重要な選択なのか、と。


 問うことが出来ない問いが心を揺らす。
 問えば今宵の集いの隠された意図に気づいていることを告げることになり、星を辱めることにつながるだろう。
 現状を打破するためにナズーリンは声を絞り出した。

「ごっ……ご主人様」

「はっ、はいっ!? ……なんですか、ナズ?」

 顔を上げた星の視線を浴びて、ナズーリンは高鳴る胸を抑えるように両手を胸に当て、

「い、いきなりスカート等を選ばれるのは抵抗があるんだ。まずは肩掛けからでお願いできないかい?」

 無難な着地点を提案する。
 こちらの言い分を、確かに、と相槌を打った星は真剣に悩んでいたことを恥らうように頬を掻いた。

「そうですね。で、で、では、ナズ……肩掛けをいただけますか? き、規則ですから!」

 壁に掛けられた額縁を指差しながら放つ言葉は言い訳がましかった。
 ああ、と応えたナズーリンは肩掛けの止め具を外す。
 するりと解けて手に収まった肩掛けを一瞥してから差し出した。
 おお、と声を漏らした星は差し出された肩掛けを両手で受け取る。
 わなわなと震えだした彼女は形容しがたい表情を浮かべた後にそれを抱きしめた。
 そして辺りを伺う様な目つきで他の面々に視線を廻らして。
 彼女の意を察したのか、藍が薄く口元に笑みを浮かべながら言った。

「星……それはもう君のものだ。好きにするといい」

 その言葉を契機に星は顔を綻ばせて、抱いていた肩掛けを顔の高さに掲げて。


 一息。


 おもむろに顔に押し当てる。

「ナズの、ナズの匂い……こんなに近くにっ……!」

 奇声を上げながら露骨なまでの悦び様を示す星は幸せそうだ。 
 肩掛けの元持ち主は丸く見開いた瞳を彼女から背けることが出来ない。
 恍惚と匂いに浸る主の姿を見据えながらナズーリンは息を呑む。

――私の推測はうぬぼれじゃない……そう思っていいのか、ご主人様!

 ナズーリンの背後、尻尾は忙しなく畳に愛の字を描いていた。 






・東2局 1本場 親:寅丸星





 桜舞い散る境内。
 紋服姿の星の傍らに寄り添う白無垢姿のナズーリン。
 そして二人を取り囲む幻想郷の仲間達――

――いやいや、結婚は早すぎるだろう。
 
 ナズーリンは苦笑しながら、浮かんできた幸せな幻想を追い払うように頭を横に振る。
 この局が始まってからというもの、自分の番が来るたびに呆けては首を振るという動作を繰り返していた。
 当然、卓を囲む面子はナズーリンの異変に気づいており、三者三様の反応を示している。
 橙は不思議そうに、星は心配そうに、藍は楽しげに。
 三者三様の視線を浴びながらも、ナズーリンは自分の世界に浸っていた。

――そうだとも。まだ私は何もしていないじゃないか。

 手にした牌を握り締めて、

――この遊戯を終えたら……私はご主人様に想いを伝えよう。
    
 高鳴る胸に応えるように心の中で呟いた。
 動揺しきっていた前局とは異なり、ナズーリンの心は湖の水面のように落ち着いている。
 拳を開き、露となる牌を見つめてナズーリンは苦笑を浮かべた。

――こんなふざけた会に……と最初は思ったがね。

 しかし参加したことにより、星の想いを知ることが出来、その想いに応えたいという自分に気づくことが出来た。
 確かにいい経験だ、とナズーリンは藍に視線をやり、
 
――ただまぁ、脱ぐのは恥ずかしい。だから悪いが適当に流して終わらせてもらおう。

 遊戯を楽しむ彼女に謝罪しながら牌を卓に捨てる。
 牌が卓を打つ音が響き、そして消え行く。
 誰の当り牌でも無かったらしく、声が上がらなかったことにナズーリンは呼気を漏らす。
 ナズーリンにとっての最善は自分と星以外の二人が潰しあうこと。
 彼女達にとっても、想い人以外の服を脱がしても意味が無いはずという考えも浮かぶ。
 しかし麻雀という形式を取っている以上、狙い打つことは難しい。
自分が和了する必要は無いので、危険牌の可能性が高いものを避けて捨てればいいという結論だった。

――そうすれば、ご主人様がうっかりしない限りは、私達が脱ぐことは無いだろう。


 一つの例外を除いて。


 牌が卓を打つ音が響いた。
 続くように13枚の牌が揃って卓を打つ。
 そして手牌を全て倒した藍が言った。
 
「ツモ……三色同順だね。各人、1枚ずつ上着をいただこうか」

 その宣言を聞いて星と橙がため息を漏らす中、ナズーリンは歯噛みする。

――やってくれるね、君は……!?
  
 如何にナズーリンが他の面子の危険牌を警戒していても自身で引き当てられては意味が無い。
 さあ、と脱衣を促す藍を恨めしそうにねめつけながら、ナズーリンは上着を脱ぎ捨てる。
 同じく脱衣して肌着姿になった星や橙に倣って、脱いだ上着を藍へと差し出した。

「悪いね……。まあ勝負だから恨まないでくれよ」

 ナズーリンの視線を感じてか、藍は視線と言葉をこちらへと向けながら戦利品を鼻先へと持っていく。
 今までの二人とは異なり、どこか余裕のある態度で嗜む様にそれぞれの上着に鼻を鳴らしていく。
 星のものは一度鳴らして脇に置き、橙のものは五度程鳴らして脇に置く。
 ナズーリンのものに掛かった所で彼女は手を止めた。
 スンッ、と鼻を鳴らしてから彼女は笑い、

「ふむ……君も中々いい匂いじゃないか。どうだい、私の式にならないか?」

「「「なっ!?」」」

 続いた言葉を聞いた三人の驚き反応が重なる。
 式になるということは藍を主に仰ぐということ。
 既に仕える主がいるものにとっては侮辱の言葉に他ならない。
 しかも目の前にその主がいれば尚更の事だ。
 しかし驚きの声に続く、抗議の言葉はナズーリンからは発せられない。


 その前に憤りの声を発した者がいたからだ。


「なっ――何を言い出すのですか、藍さんっ!」

 声を発した星は卓を両手で付いて身を乗り出す。
 詰まれた牌が崩れて耳障りな音が響く中、藍がどこと無く嬉しそうな笑みを浮かべて、

「何を……も何も。私は素直に自分の想いを伝えただけだよ。いい匂いだから自分の手元に置いておきたい、とね」

 返した星への答えに、橙が大きな瞳に涙を湛えて、私は!? と抗議の視線を藍に浴びせていた。
 ナズーリンは藍の歯に衣着せぬ物言いにたじろぐ星を固唾を呑んで見守る。
 さも自分の言動が当然という態度の藍に対し、星は大きく喉を鳴らしてから震える声で言う。

「そ、そんなことを言われて許せるわけがないでしょう……っ」

 何故だい? という問いかけとも挑発とも取れる言葉を口にした藍を一瞥して、彼女は言葉を続ける。

「それは……ナズは、ナズーリンは……!」

 言葉を詰まらせ、凛々しい顔を紅く染め震わせる彼女を見てナズーリンは拳をきつく握り締めた。

――言ってやってくれ、ご主人様!

 握り締めた拳が汗で濡れるのを感じる。

「私の大切なっ……」

 ナズーリンは星の絞り出すような声を聞く。
 一世一代の晴れ舞台に臨むかのような真剣な面持ちにナズーリンが心が震えて。

――ああ、私には貴女に全てを捧げる覚悟がある。

 だから、とナズーリンは瞳に懇願の色を浮かべ、

――言ってくれないか。私は貴女の物なのだと……!

 誰もが彼女の言葉を待ち、静まり返った部屋の中。
  



「え、えっと……部下、ですから……」




 寅丸星は土壇場でへたれてしまった。


 ナズーリンの頭が鈍器のような物で殴られたかのように大きく仰け反る。
 言った本人は最初の威勢はどこに行ってしまったのか、しゅんっと縮こまってしまっていた。
 そんな主従に視線を巡らせていた藍は残念そうにため息を漏らし、

「……まあ部下ならしょうがないね。無理強いはしないさ」

 部下という言葉を口の中で反芻するナズーリンの尻尾は元気なさげに項垂れていた。
  
  
 


・東3局 親:橙


  
  

――早く帰りたい……。

 ナズーリンの心は沈んでいた。
 前局の最後で土壇場で期待を裏切られたからだ。
 零れそうになる涙を拭いながら牌を揃える。
 ナズーリンの心中とは対照的に手牌は順調に揃っていた。

――当たり前だ。これは所詮遊戯じゃないか……。そんなことの最中に喜んだり、期待したりと馬鹿なことをしたものだよ。

 前局までの舞い上がっていた自分を思い出して、ナズーリンはため息をつく。
 余計なことを考えず、遊びと割り切っていればこんな思いはしなかったのに、と。
 ナズーリンは俯き加減に卓を囲む面子を見渡せば、各々複雑な表情を浮かべている。
 橙は大きな瞳に涙を溜めながら、時折鼻水をすする音を立てていた。
 星はナズーリンと同じく俯き加減で、眉尻を落して覇気が無かった。
 藍は落ち込む星に視線をやり、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。
 
――何故皆、心に傷を負ったような表情を浮かべているのだろうね。

 遊びなのに、そう続けようとしてナズーリンは息を呑む。
 全てを遊びだと言い切るのであれば、前局の自分が星に対して抱いていた熱情は偽りだったのか。
 そうあって欲しくはないとは思っている。
 そうではないと言い切る自信はなかった。
 
――私はいったいご主人様とどうなりたいんだろう。

 今まで通りの関係でいたいのか。
 今までは何も考えていなかったのか。
 上家である橙が牌を捨てたことに気づくと、ナズーリンは山に手を伸ばしながら自問する。

――主と部下、それ以外になりたいのだろうか。

 長きに渡って続けてきた関係を覆し、新しい関係を作り出したいのか。
 答えは浮かばない。
 代わりにとでも言いたいのか、引いてきた牌はナズーリンの手牌を聴牌へと導いてくれていた。
 心も麻雀のように分かりやすければいいのに、とナズーリンは苦笑しながら最後の不要牌を切る。
 
――いいさ、時間はたっぷりあるんだ……これから考えていけばいいじゃないか。

 今まで互いの関係について何も考えないで生きてきた分、考えればいい。
 そう結論付けて、ようやく落ち着きを取り戻したナズーリンは背筋を伸ばした。
 見上げれば、星がしきりに場に捨てられた牌に視線をやりながら唸り声を上げている。
 恐らくは危険牌が何かを考えているのだろう。
 どんな悩みでもすぐに顔に出る彼女が可笑しくてナズーリンは口元を押さえる。


 そして彼女が選び出して捨てた牌を見て噴出した。


「ど、どうしたんですかナズ!?」

「あ、いや……」

 卓に置かれた牌はナズーリンの当り牌だった。
 宣言と共に手牌を倒すことは簡単だ。
 
「その……」

 ナズーリンの歯切れの悪い言葉から察したのか、星は途端に頬を緩めて子供をあやす様な穏やかな口調で言った。

「ナズ? 藍さんも言ってたじゃないですか……これは勝負事だって。遠慮することは無いのですよ」

 彼女の言葉を聴いて、いらぬ所で優秀だね、とため息をつきながらナズーリンは手牌に手をかけ、

「まったく……見通すなら危険牌を見通しなよ、ご主人様。ロン……1枚だよ」

 宣言と共に手牌を倒せば、星は頬を掻きながら苦笑いを浮かべていた。
 
「あはは……上手く行かないものですね。さ、さぁ! どこにしますか!」

 肌着ですか! と上半身に纏う衣服を摘む彼女にナズーリンはたじろぎ、  
 
「じゃ、じゃあ……それにさせてもらうよ」

 勢いに押される形で頷いた。
 ナズーリンの頷きに、わかりました! と威勢よく応えた星は肌着に手をかける。
 ぐっと裾をたくし上げればくびれた腰にお臍、サラシが巻かれた胸と健康的な身体が露となる。
 そんな彼女の姿を見て胸の奥が再び強く脈動したのを感じながらナズーリンは息を呑んだ。
 
――ご主人様が朝寝坊した際に着替えを手伝ったりで見ているというのに。

 何故、こんなに意識してしまうのか。
 星が肌着から首を抜いて一息ついても、答えは纏まらない。
 乱れた髪を直し、ずれた蓮の花を元に戻してから、彼女は手にした肌着をナズーリンに向けて差し出した。

「さっ、ナズ……これはもう貴方のものですよ?」

「……頂くとするよ、ご主人様」

 伸ばした両手に渡された肌着の重みは心地よかった。
 伝わってくる温もりは心を解きほぐしてくれるようだった。

――肌着だけでこれであれば。

 浮かんだ考えを振り払うように、ナズーリンは頭を振りながら戦利品を抱き寄せる。
 これだけでいいんだ、と自分に言い聞かせながら。

「ふむ……」

 口を閉ざし、事態を見守っていた藍が声を発し、

「嗅がなくていいのかい、ナズーリン」

 続いた言葉にナズーリンは身体を強張らせた。
 寅丸星の身体を包んでいた布だ。
 彼女という存在の残滓として、温もりだけではなく匂いも纏っているだろう。
 ナズーリンは震えながら、抱きしめた肌着に視線を落す。

「ナ、ナズ? 別に嗅いだりとかしなくてもいいんですよ?」

 戸惑いの色を孕んだ星の声は遠く聞こえた。
 ナズーリンは徐々に温もりを失いつつある肌着を見つめて息を呑む。
 主を失ったソレは徐々に元の主の残滓を失いつつあるだろう。
 
――これは、私のものだ。

 躊躇う必要は無い。
 橙や星がしてきたように、元の持ち主に想いを馳せながら満足すればいい。
 しかし、とナズーリンは思う。

――私はこれだけで満足することが出来るのか?

 満足が出来なかった時が怖かった。
 まだ自分の星に対する感情をナズーリンは把握できていない。
 いきなり事実だけを突きつけられるのは怖かった。
 
「…………」

 葛藤するナズーリンを眺めていた藍は卓に肩肘をついて語りかける。   

「難しく考えることは無い。素直になりたまえよ」

 その言葉は引き金になった。
 あれこれと思い悩んでいたナズーリンは抱きしめていた肌着を掲げて。


 一息。

 
 瞼を伏せると鼻先に押し付けるように抱き寄せた。



 どこか懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
 柔らかい匂いだとナズーリンは思う。
 命蓮寺の湯浴み場に置かれた石鹸の匂いだとナズーリンはすぐに気づく。

 
 そして石鹸の匂いの奥。


 より懐かしく、心休まる匂いが花開いた。
 どこで嗅いだ匂いだろうとナズーリンは思う。
 その匂いが何なのか気づいた時、ナズーリンの胸の奥で心臓が強く脈動した。


 それは寅丸星の匂い。


 常に傍に侍り、微かに嗅いでいた彼女の匂い。
 ある事が当たり前すぎて、すぐには判らなかったその匂い。
 自分がその匂いに多くの感情を抱いていることにナズーリンは気づく。

――ああ、私はいかれているようだ。 

 ナズーリンの閉ざされた瞳から大きな粒が零れだした。

  

 泣き出したナズーリンにいち早く反応したのは星だった。
 彼女は身を乗り出して腕を伸ばし、ナズーリンの肩に手を置き、

「ナズっ! 無理しないでください、ほら、そんなものはポイして、ポイっ!」

 掴んだ肩を揺らして言葉を続ける。

「嫌な匂いを嗅ぐことなんて――」

 しかしその言葉は長くは続かなかった。
 ナズーリンの尻尾が勢いよく畳を打ったからだ。
 鞭を連想するその音に、ネコ目の妖怪達はひぃっ、と身を竦ませる。
 誰もが口を閉ざした中、ゆらりと尻尾を持ち上げたナズーリンは瞼を開く。
 
「見くびらないで欲しい、ご主人様」

 ナズーリンは口元に星の肌着を当てたままに言葉を紡ぎだす。

「私は……付き合いで、好まない事を進んでやるほど出来てはいない」

 それに、と一息。

「ご主人様の匂いが嫌な匂いなわけないだろう」

 最初は意識していなかったであろう匂い。
 今の今まで意識していなかった匂い。
 手放したくないと気づいた匂い。

「私が泣いているのは自分のいかれ具合に気づいたからさ」

 匂いを嗅ぐだけでこんなにも胸が高鳴ることに。
 この匂いに包まれていたいと望んでいることに。
 
――私としたことが一緒にいることが当たり前すぎて気づかなかったよ。

 ナズーリンは一瞥の後に肌着を持っていた手を下ろす。

――匂いだけで満足が出来るわけ無いじゃないか。

「私は――」

 ナズーリンは涙を湛えた瞳で真っ直ぐに星を見つめて言葉を紡ぐ。

「私はご主人様の――」

――違う。主従とかそういうものじゃない。

「寅丸星の全てが――」

――そうさ匂いだけじゃない。

「愛しく、共に在りたいんだって気づいたんだ」

 告げた言葉に最初に反応したのは星だった。
 彼女は驚きに目を丸く見開いたかと思うと、続いて茹蛸の様に頬を紅潮させる。
 そして、ボンッ、という音と共に蒸気が噴出してふらふらと揺れだした。
 そんな彼女を一瞥した後、ナズーリンは何処か楽しげな藍へと視線を巡らせる。

「藍。君には感謝をしている。本当にいい経験をさせてもらった」

「私は別に何もしていないさ。私もいいものを見せてもらったよ」

 軽口を叩く藍に対し、ナズーリンは、だが、と前置きをして、

「私は君に謝らなくてはいけない」

 何故だい、と続きを促す藍の言葉を受けて、

「私は自分の物をご主人様以外に捧げるのも、ご主人様の物が他人に奪われるのも耐え難い」

 ナズーリンは、だから、と続けて、

「お楽しみの所を申し訳ないが、ここからは本気で勝ちに行かせてもらう。私が全てを奪いつくしてこの勝負を終わらせてもらうよ」
 
 ほう、と楽しげに呟いた藍は笑みを浮かべ、

「それは勇ましい……しかしどうやって勝ちに行くというんだね?」

 からかう様な口調で紡がれた言葉にナズーリンは笑みを返す。

「私を舐めないで欲しい」

 ナズーリンは傍らに置かれた自分の荷物を手に持って身構える。

「私はナズーリン。ダウザーのナズーリンだ。自分の望む牌、誰かの当り牌が何処にあるかを探り当てることなど造作ない……!」

 ナズーリンは獲物を手に、イカサマの行使を高らかに宣言した。





――その夜、着膨れした鼠の妖怪と、サラシにドロワーズ姿の寅の妖怪が仲良く連れ添って空を飛ぶのが目撃され、

  『幻想郷式脱衣麻雀 五か条』はダウジング禁止の文言を加えて六か条になったという。――
最初は星の煮え切らない態度に、ナズーリンがやきもきする話を書いていたんだ。

内面描写に挑戦しましたが、上手く表現できているでしょうか。

最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

5/8 誤字修正(>>14様 ご指摘ありがとうございます)
はちよん
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コメント



0.1130簡易評価
4.100ぺ・四潤削除
主従愛を超えた二人の愛に感動……していいのか?
サラシとドロワーズは奪わないようにうまく調節して勝ったんだwww
ドロワ……被ってほしかったな……
しかし星ちゃんも能力使えば当たり牌を集めることが出来るんじゃないのかww
二人でドロワから全部交換しちゃえばよかったのにww
8.100名前が無い程度の能力削除
なんという純愛
ナズ星いいですね
12.100名前が無い程度の能力削除
開幕で度肝を抜かれる→エッチな内容期待したら純愛ぽい→オチが付いてビックリ(いまここ)

どこをどう弄ったら後書きに書いてある内容から脱衣麻雀になるんだろう。
14.100名前が無い程度の能力削除
開幕からぶっ飛んでて素敵だ。

東2局でナズーリンを見守るシーンで藍様が二人いるのは仕様ですか?
16.80妖怪に食べられる係削除
ダウジング・・・運命操作とか時間停止級にタチ悪いサマだなあw
思いを伝えるのも自覚するのも難しいものですね。
17.90名前が無い程度の能力削除
星は財宝が集まる程度の能力で宝(ナズ)を手に入れたんですね、わかります
21.100名前が無い程度の能力削除
獣だからな
正常だ
28.90ずわいがに削除
こwwうぃwwwつwwwらwwwwうぁwwwww
いや、ニヤニヤもんですわ、ラブ的な意味で
しかしそれ以上にウケるwwww
30.100名前が無い程度の能力削除
脱衣麻雀なのに色気かないとはけしからんが、それぞれの主従愛に免じて許しましょう