Coolier - 新生・東方創想話

記者の宿命

2009/10/19 23:15:24
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「ごめんくださーい!」

 秋の宵の静けさを、興奮した風祝の声が切り裂く。時刻は既に丑三つ。草木も眠るとまで言われるような時間帯に人を大声で呼ぶとは何事か、と無理やり起こされた文は思わず不満を漏らす。放っておこうかとも思ったがドンドンと戸を叩き続けられるのは迷惑極まりないので、渋々彼女は玄関を開けてやることにした。

「なんですか、こんな時間に。あまり言いたくはありませんが、はっきり言って迷惑……ん?そちらの方は?」
「エイリアンですよ、エイリアン!私、ついさっき捕まえたんです!ほら見て、どう見てもエイリアンでしょう!?」

 早苗はそう言いながら謎の少女を前に突き出した。
 確かに初めて見る者だが、恐らく彼女は妖怪の類だろう。「えいりあん」とは確か異質な者のことを指す言葉だった気がするが、妖怪や神々が闊歩するこの幻想郷においては異質などという概念自体が成立しようがない。とはいえ、私が見たことのない妖怪なのだから、彼女はかなり珍しい存在なのだろう。これは取材するのが楽しみだ。
 少女を眺めながらあれこれ考えていると、文はその少女がいかにも面倒くさそうに溜息をついているのに気がついた。経緯はよくわからないが、おそらくは早苗に負けてしまったため仕方なく付き合ってやっているのだろう。

「ところで、何か用があったんですか?わざわざエイリアンを見せに来たというわけでもなさそうですし」
「ふふ、実はですね……貴女に私とこの人を撮ってほしいんです!」
「あー……まさかエイリアンとツーショット、とか考えてませんよね?」
「あれ、バレました?私、宇宙人に会うのなんて初めてだから興奮しちゃって!申し訳ないですが、今すぐ撮っていただけますか?」
「え、ええ、じゃあ撮りますよー……はい、チーズっと」
「やったー!これで皆に自慢できる!よーしじゃあ次は……」

 異様なテンションで何やら企んでいる早苗はどうでもいいとして、気になるのはこの少女だ。まだ名前も聞いていないが、変に慌てることもなく妙に落ち着いている。まるではしゃいでいる早苗を静かに嘲笑っているような彼女の態度は益々私の好奇心を刺激する。彼女はいったい何者なのだろうか。そんな疑問が頭の中に湧き上がってきたが、何故かその答えは永遠に出ないような気がした。
 なんにせよ、このまま早苗に引っ張りまわされていては彼女に取材を申し込むことすら出来ない。とにかく、ここは早苗にお帰り願おうか。そう考えて、文は妙にテンションの高い早苗に声をかけた。

「盛り上がっているところ悪いんですが、彼女に取材をしたいので今日のところはお帰りになっていただけますか?」
「え?ああ、記事ですか、それは面白そうですね!わかりました、じゃあお任せしますね。では、夜分に失礼しました」

 そう言うと早苗は山の頂上のほうへと飛んでいった。きちんと挨拶をしていく姿を見て、彼女の常識が全て吹き飛んだわけではないらしいと安心しつつ、文は少女に声をかけた。

「いやはや、大変でしたね。ところで、お名前を伺っても宜しいですか?私は射命丸文。山で新聞記者をさせていただいております」
「ええ、まったくひどいのに捕まったもんだわ。私は封獣ぬえ。よろしくね、文」
「よろしくお願いします。では、中で少しお話を伺っても?」
「ええ、いいわよ、どうせ暇だし」


 好奇心が刺激されると眠くなくなるというのは本当らしい。先程までは眠くて仕方なかった文だが、ぬえから話を聞こうと思った途端に眠気など吹き飛んでしまった。

「成程、貴女が鵺だったんですか。話には聞いていましたが姿を見たのは初めてです」
「まあ正体不明が売りだからねぇ。今まで実際に誰かに姿を見せたことはほとんどないよ」
「ところでその正体不明についてですが、このように取材など受けて大丈夫なのですか?」
「うん、そもそも私の能力は……説明するより見たほうが早いか。ちょっと目を瞑っててくれる?」
「え?ええ、いいですよ」

 目を閉じぬえが部屋の中を探る音を聞いているうちに、文の心に一抹の不安がよぎる。
 彼女はいったい何をするのだろうか。悪い妖怪ではなさそうだから何かを盗ったりすることはないだろうが、悪戯は好きそうな顔をしていたから物を隠したりくらいはするかもしれない。そもそも、正体不明と目を瞑ることにどんな関係があるのだろうか。
 まあなんにせよ、ここは彼女が準備を終えるのを待つしかないか。

「いいよ、目開けて」

 文が色々と考えていると不意にぬえが彼女の肩をポンと叩いた。少しびっくりしながら文が目を開ける。普段ならいきなり肩を叩かれようと驚くこともないのだが、やはり心に不安があった分過敏に反応してしまったのだろう。

「さて、これなーんだ?」
「え?何って、私の万年筆じゃないんですか?」
「ふふ、残念。答えはこれ」

 ぬえが万年筆に見えたモノから何かを引き抜くと、忽ちそれは鉛筆へと姿を変えた。目の前で起こった有り得ない現象に、文は驚きを隠せずにいる。

「えっ!?だ、だって今の、あれ?確かに万年筆だったのに……?」
「私はね、正体不明の種を物につけることでその正体を隠すことが出来るの。さっき私は鉛筆にこの種をつけた。そうするとコレは見た者の知識で認識できる物に見えるようになるんだ。そして、たぶんあんたはこの鉛筆を書くものだと解釈した。でもいつも物書きに使っているのは万年筆だから、これが万年筆に見えたんだよ」
「な、なるほど……」

 文が唖然としていると、ぬえは椅子に掛けながら欠伸をした。もう時間も遅いしそろそろ取材を切り上げようか、と文も再び椅子に腰掛けながら取材の締めにとりかかった。

「時間も遅いのに今夜はありがとうございました。最後にお聞きしたいのですが、正体不明が特徴の貴女がどうして取材を快く受けてくださったのかがどうにも不思議でして。話して下さいますか?」
「まあ私の能力は分かっていてもどうしようもないからね。仮に私の能力について知っていても人の認識はそう簡単に変えられないからたぶん結果は変わらないよ。要するに、正体不明になるか否かの鍵は各々の認識によるのさ」
「各々の……認識……」

 「正体不明」と「認識」という言葉を聞いて、文の頭をとある疑念が過ぎった。それは以前から彼女の心の片隅に残り続けているものだった。

 報道とは、なんだろう。
 文は、報道とは隠された、或いはあまり伝わっていない真実を広く伝える事だと考えている。彼女は昔からそう思っているし、それは今も変わっていない。しかしながら、もし報道が文字通り隠された真実を暴くものであるとしたら、それは妖怪という存在の根底を否定してしまうものではないか。
 妖怪の源とは、人間の畏れである。理屈や常識では説明できないような現象に対して人間が抱いた恐怖が具現化したものが妖怪の源なのだ。だから、報道という行為によって説明できなかった事象の解明がなされてしまえば、妖怪はその根源的な要素を失ってしまうといえる。
 以前から文はこの点が気にかかっていた。この幻想郷では妖怪と人間はうまく折り合いのついた関係を保っているから妖怪の根源など考える必要もないのかもしれない。それに、報道の持つメリットを考えればこのような疑念は些細な事に過ぎないだろう。
 だがしかし、ぬえの場合はどうだろうか。彼女の存在の源は正体が不明であることだ。もし彼女を記事にしてしまったら、それは彼女への漠然とした恐怖を消滅させてしまうことになりはしないだろうか。もちろん、彼女が問題ないと言うのだからたいした事ではないのかもしれない。けれど、鵺という妖怪の正体が世間に伝わるのは事実だ。正体がわからないことで有名な彼女の正体がバレるというのは、どの程度かはわからないが彼女にとってマイナスになるだろう。彼女を取材するという事は、少なからず彼女の正体不明である要素を削ってしまうことになる。やはり、自分は彼女に取材を申し込むべきではなかったのかもしれない。

 このような思いが湧き上がる一方で、文の心にはまた別の感情が芽生えていた。
 記者として、彼女の事をもっと詳細に取材してみたい。長年こういう仕事をしていると、世間に様々な事を伝えるのが楽しみになってくる。ましてその事実が珍しいものだったり信じ難い事であったりすれば尚更だ。そんな自分にとって、正体不明の彼女は絶好の取材対象であり、もっと立ち入った事も聞いてみたくなる。しかしながら、頭の片隅には先程の疑問が残っていて、喉まで出かかった密着取材の申し入れを飲み込んでしまう。
 彼女の正体不明さを尊重するか、それとも自らの本能に従ってもっと話を聞いてみるか。いったい自分はどうすべきなのだろう。二つの思いに悩まされ、文は言葉を失い、下を向いて唇を噛み締めた。


 文のそんな様子に気づき、ぬえは心配そうに声をかけた。

「どうしたの?私、なんか変なこと言った?」
「い、いえ、そうじゃないんです。ただ、私は本当にこれでいいのだろうかと思いまして……取材をしたら、貴女の正体を少なからず世間にバラす事になってしまうでしょう?それは本当に正しい事なのだろうか、と思ってしまって」
「ふーん。……ねぇ、あんたはどう思ってるの?」
「えっ?」
「あんたは私を取材したいと思ったから私に話を聞いたんでしょ?だったら、それでいいんじゃないかなあと思うんだけど」
「でも……」
「じゃあさ、今度私の所に来なよ。命蓮寺っていう寺が人里の近くに出来たのは知ってる?そこに私もいるから。そこで私の生活とか見れば何かわかると思うよ」
「い、いいんですか?お寺に住んでいる方もいらっしゃるんでしょう?」
「ああ、いいよいいよ。気のいい連中だからいきなり来ても快く迎えてくれるよ。それじゃ、おやすみなさい」

 そう言うとぬえは席を立った。文が止めるのも聞かずに外へ出ると空へ舞い上がり、そのまま深夜の闇に消えていった。一人取り残された文は虚空を見つめながら考える。
 いったいどういうつもりなのだろうか。取材すべきか否かを迷っていた私に、彼女は自分の家に来いと言った。それはつまり、さっき彼女の言っていた通り取材したいという自分の思いに素直になれ、という意味だろう。確かにそれはその通りかもしれないが、そう簡単に決められるのならば私はもう既に取材を申し込んでいる。私自身記者の仕事には思い入れがあるから、その根底を揺るがしかねない疑問が心に浮かんだという事実が重く、苦しいのだ。
 私が自分の思いに忠実になれば、彼女の神秘性を大きく崩してしまう。かといって、記者の本能はそう簡単に押さえつけられるものではない。とはいえ、ずっとこうして悩んでいるのも私らしくない。このまま何も出来ずにウダウダしていてはこの射命丸文の名に傷がつく。ここはやはり彼女の言うように命蓮寺で話を聞いてみるとするか。さてさて、どうするか決まったところでそろそろ寝ようか。そんな事を考えながら文は布団へ入った。先程まで不安で一杯だった心はそれが嘘のように落ち着いていて、妙に穏やかな気持に包まれて彼女は瞳を閉じた。


   *   *   *


 翌日、文は人里のほうへと向かっていた。宝船が寺になったと大騒ぎだったので、命蓮寺の場所は既に分かっている。いきなり行っても問題ないとぬえが言っていたが、朝早く訪ねるのはさすがに気が引けたので陽が昇りきった頃を見計らって家を出た。
 未だに彼女の心には相反する二つの気持が存在していたが、記者の性分なのか話を聞きに行ける事にわくわくして不思議と不安には感じなかった。


「あら、お参りにいらしたのですか?」

 境内近くに降りて早々、誰かが文に声をかけてきた。文が振り向くと、穏やかな雰囲気を纏った女性が柔らかい笑顔を湛えていた。その微笑みは見る者を優しさで包み込むような温かさを孕んでおり、初対面のはずなのにどこか懐かしく感じられる。

「い、いえ、私は取材をさせていただこうと思っただけで……失礼ですが、もしかしてこのお寺の方ですか?」
「ええ、聖白蓮と申します。今はここ命蓮寺で修行しております」
「そうでしたか。ああ、申し遅れました、私は山で記者をさせていただいております、射命丸文と申します。宜しくお願いします、白蓮さん」
「こちらこそ宜しくお願いします。ところで、何を取材するんですか?この寺自体を取材しにいらっしゃったとか?」
「いえ、実はぬえさんにお話をお聞きしたくて参りました。彼女は今どこにいらっしゃいますか?」
「ええっと、たぶん自分のお部屋じゃないかしら。あの子はお昼寝が好きだから」
「では、今は迷惑になってしまいますね」
「ごめんなさいね。じゃあ、ぬえが起きてくるまで私の話し相手になってくださいますか?」
「え?ええ、いいですけど、修行はよろしいのですか?」
「ええ、いつも気を張っていては疲れてしまいますから。それに、貴女は何か迷っているようですし」
「……では、少し話を聞いていただけますか?」

 白蓮に話をしているうちに、文は自分が少しずつ彼女に惹かれていることに気がついていた。彼女は一目見ただけで自分の心が不安定であることを見抜いた。その器量もさることながら、彼女の持つ雰囲気のおかげで変に気を張ることなく自分の心情を打ち明けることができた。文はあまり自分の気持に正直になることはないが、素直になるのもいいものだと思えた。

「……成程。記者の仕事が妖怪にとって悪い影響を与えてしまうのではないか、と心配しているのですね?」
「はい。闇がなくなれば人は畏れを抱かなくなります。そうなれば、妖怪の存在自体が揺らいでしまいます。尤も、この幻想郷でそのような事が起こるかどうかはわかりませんが……」
「大丈夫ですよ、きっと」
「えっ!?」
「だって、妖怪は妖怪、人間は人間ですから」

 そう言ってニコっと笑う白蓮に気後れしながら文は考えを巡らせる。
 彼女は何を言おうとしたのだろう。私がずっと悩んでいた疑問をこんなにも簡単に解決してしまう事などできるのだろうか。いや、でも……
 あれこれ考えながら頭を捻る文を見て微笑みながら、白蓮は諭すような口調で言った。

「簡単に言えば、人間と妖怪の境界は明確であり、そう簡単に妖怪が消えていく事などない、という事ですよ。たとえば……ほら、あそこにいる子供達を御覧なさい」

 そう言って白蓮は境内の方を指差した。そこには子供達が集まっていて、中心には妙な形に曲がった杖を持った少女がいた。しかしながら中央にいる彼女は子供達の陰に隠れ、姿を見ることはできない。わいわいはしゃぐ彼らの声は思いのほか大きく、二人が座っている縁側にも声が届くほどだった。

「ねえナズちゃん、今度は何して遊ぶ?」
「いい加減にしてくれないか。私も忙しいんだが」
「あ!じゃあかくれんぼは?」
「いいね、そうしよう!ナズちゃん鬼ね」
「お、おい、勝手に決めるんじゃ」
「ちゃんと三十数えてよね!よーし、逃げろー!!」
「わーいわーい!!」
「まったく、本当に勝手な連中だ。……仕方ないな。ふふ、見てろよ子供達、私にかかれば君らを見つけるのなんて一瞬さ。さてと、いーち、にーい、……」

 子供達が逃げていったため、文がいる位置からも中心にいた少女の姿が見えるようになった。何気なく彼らを眺めていた文だったが、その少女の姿を見た瞬間思わず声を上げてしまった。
 彼女には鼠の耳と尻尾が生えていたのだ。その出で立ちから一目でわかったが、その事実が納得できなかった文は白蓮に聞いてみることにした。

「あ、あの……今鬼をやっている子って、妖怪ですよね?」
「ええ、この寺に住んでいるナズーリンという子です」
「でも、どうして……?」
「人間と妖怪が共に遊ぶのが信じられませんか?文さん、現在の幻想郷ではこういう可能性もあるのです。あの子供達はもちろんナズーリンが妖怪である事を知っています。それでも、彼らはあの子と一緒に遊びたがるんですよ。この関係が示しているように、人間が妖怪を畏れなくてはいけない、という考え方自体が既に古いのかもしれませんね。もちろん、全ての妖怪がこのような関係になるとは私も思いません。けれども、あの子達を見ればわかる通り、恐怖が妖怪の全てではありません。ですから、報道が妖怪の存在を否定してしまう、という事は一概に言えるわけではないと私は思います。ぬえについてですが、彼女は新聞に載ったりしても困らないと思いますよ?あの子も里の子供達とよく遊んでますし、喜びこそすれ困ることはないでしょう」

 白蓮の話を聞きながら、文は気分が高揚していくのを感じていた。自分のしていた事が間違いではなかったのがうれしかっただけではない。人間と妖怪の新たな関係の可能性を見ることができて感動していたのだ。
 文はこれまでずっと山で暮らしてきた。天狗の社会に属し、当たり前のことではあるが常に妖怪側の立場にいた。そういう環境で生きてきた文は、人間は妖怪を畏れるものだと信じて疑わなかった。だから、その畏怖がなくなってしまえば妖怪は生きていけないものなのだと思っていた。
 しかしながら、人間の子供達に好かれている妖怪が現に目の前にいる。人間と妖怪が仲良くするという関係性が、ここに成立していた。けれども、この関係は人間と妖怪の境界が曖昧になった結果ではない。なぜならば、子供達は彼女達が妖怪である事をはっきりと認識しているのだから。互いの境界線が曖昧になり存在が近づいていくのではなく、互いの個性を尊重しながら関係を育んでいく。人間と妖怪が喰らい退治される関係であるのは変わりないが、このような関係性も悪くない。ぬえからは話を聞けなかったが、白蓮の話を聞けたのは彼女のおかげだ。やはり、ぬえに取材を申し込んでよかった。

「おはよー白蓮ー……おぉ、文じゃん。来てたんだ」
「ふふ、寝ぼけてるのね。もう夕方よ、ぬえ」
「ええっ!?やば、寝過ごした!今日はあの子達と遊ぶ約束だったのになぁ」
「ナズちゃんが代わりに遊んでたわよ。まああの子も楽しんでいたようだけど」
「それでは、私はそろそろお暇しますね。白蓮さん、今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ。頑張ってね、文ちゃん」
「え?ねえ、私の取材は?」
「もう大抵のことはわかってますから大丈夫です。それでは、またいずれ」

 そう言い残して文は空へと舞い上がった。がっかりしたような顔をしているぬえを尻目に、夕焼けの空を真っ直ぐ山のほうへと飛んでいく。微笑を浮かべながら、白蓮は消えていく彼女に手を振っていた。

「まったく、私の取材って言ってたのに!」
「まあまあ、いいじゃないの、彼女も元気を取り戻したみたいだし」
「そうだけどさー……あ、ナズナズおかえりー」
「ただいま。まったく、あいつらときたらとんでもないところにばかり隠れて……塀の隙間から出られないとか、堀に落っこちたとかもう勘弁して欲しいよ」
「それは大変だったわね。さあ、そろそろご飯にしましょうか」

 白蓮に続いてぬえとナズーリンは本殿へと入っていった。今日の食事当番は星だからきっとおいしいご飯が待っていることだろう。ただ彼女のことだから一品くらい変なものを作っていそうな気もする。そんなことを考えていると、不意にぬえのお腹がぐぅと鳴った。

「あっ!?」
「プッ!!ぬ、ぬえ、君、くははっ!!」
「あらあら、ぬえもお腹減っちゃったのね」
「う、うるさいなあ!」

 ぬえはしばらく赤くなっていたが、ケラケラ笑うナズーリンとあらあらまあまあしている白蓮を見て、ふと子供達が以前言っていた家庭という関係を思い出した。時々嫌な気持になることもあるけれど、温かくて優しい場所。きっと、こういう空間のことを言うのだろう。偶に不愉快な時もあるが、こういうのも悪くない。そんな事を思って、ぬえはニコリと笑った。








 妖怪と人間。両者は永い間相容れない存在であり、互いを憎み合ってきた。妖怪は人を喰らい、人間は妖を退治する。この関係は何年もかけて作られていたものであり、今更変えようもない。しかしながら、両者の間に介在する恐怖の感情は、この幻想郷において最早必要のないものなのかもしれない。勿論、妖怪と人間が馴れ合うべきだ、という意味ではない。ただ、人間が無闇に妖怪を畏れたり、妖怪が退治されるのを恐れて人間に近づこうとしなかったりする必要はないのかもしれない。それよりも、互いを認め合った上で人間と妖怪が手を取り合うことが出来たなら、そのほうがよりよい関係であるといえる。
 だから、私は今まで通り記者の仕事を続ける。妖怪も人間も関係なく、出来ることなら両者に真実を伝えていくために。白蓮がぼそっと言っていた人間と妖怪の平等には興味などないが、情報は常に平等でなくてはならないはずだ。これからは人里にも配ってみようか。
 さて、ひとまずは今日の取材内容を記事に起こさなければ。まずはそれからだ。そんな事を考えて、文は微笑を浮かべながら夕日に向かって飛んでいく。

 普段なら少し切なげに見えてしまう秋の夕焼けだが、この時の夕日は赤々と輝き、見ているとなんだか勇気をもらえるような気がするほどに煌々と空を染め上げていた。
 
 
真実を伝える事が誰かを傷つけるかもしれないと気づいたら文はどうするだろうなあと思い、初のExクリアで上がった異様なテンションのまま書きました。
でれすけ
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コメント



0.1180簡易評価
16.90ゴーダ削除
互いに尊重しあうって大事なことですよね
人間同士でも
17.100nanasi削除
文たんにしては、記者としての使命感と責任感を持っている事に関心したw
23.100名前が無い程度の能力削除
上に同じw

文もさることながら、登場人物全員をうまく引き立てられるって素晴らしいことだと思います