Coolier - 新生・東方創想話

MIND SEEK

2010/01/21 14:01:21
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「うー……ん」

眠りにつけず目を開けると見慣れた天井が視界に入ってくる。
ぴんと張り詰めた空気が私の顔を強張らせた。
夜にとっぷりつかったあばら家へ隙間風が入り込み、吊るしてある暦表をきしきしと揺らす音が聞こえる。
今、外は大雪だ。
よく耳を澄ますとごうごうという吹雪く音が聞こえた。どうやらかなりの豪雪らしい。
もしかすると明日の朝は入り口が雪で埋もれてしまっているかもしれない。
冬の夜というのはどうしてこんなに心細くさせるのだろう。

頭からすっぽりと布団を被る。布団の中は暖かく、外の音も遮ってくれた。
布団の温もりは不思議と心を癒してくれる。もしかすると母親のお腹の中というのもこういう感じなのかもしれない。
実際お互いは良く似ているように思う。
外の刺激から赤ん坊を守るのが母体であり、冬の寒さと不安から私を守ってくれるこの布団は言わば母体と同じと言っても多分間違ってはいない。
この母体の中で胎児のように蹲り目を閉じる。傍から見ると幼児退行かと思われそうだが、こうすると深い安心感を得る事が出来るのだ。

いつもならば。
 

 目の前には干からびた砂漠が広がっていた。
水気の一つもなく、生の波動を全く感じられない死の世界だ。
その広大な空間には一糸纏わぬ姿の私がただ一人存在するだけだった。お気に入りのぶどうを飾った帽子も今は見あたらない。

勿論、幻想郷にこんな場所は存在しないし、私は裸で外へ出るような趣味もない。
言うまでもなくこれは夢現。

空は明るく視界も開けているのに何故か閉塞感のある世界。しかも、喋ろうと喚こうと泣こうと音は一切聞こえない無音。それはとても気持ちが悪く、心細い。全聾の者はこの感覚を常に味わっているというのか。
とにかく気が遠くなりそうだった。思わずその場で泣き叫びたくなった。でもそんな事してもどうにかなるわけじゃない。

私は延々と赤く焼けた砂地だけが続く世界をひたすら進む。心の底から滲み出てくる不安を紛らわせるように。

ふと目の前に湖が見えた気がした。
急いで向かう。とにかくこの重苦しい雰囲気から放たれたい。少しでも生の息吹を感じたい。救いを求めたい。その一心で湖へと向かう。
徐々に湖が近づいてくる。その水面は太陽の光を反射し冷たく輝いていた。

私はそのまま湖に飛び込む。
しかし、待っていたのは、命の水ではなく、重く乾いた砂だった。湖は一瞬にして姿を消し、流れる砂が私の体にのし掛かる。何が起きたか理解できない。
水は? 救いは?
視界が砂で消えかけたところでようやく我が身に起きている事を受け入れる。しかし、もがけどももがけども体はどんどん地面に埋もれていく。
熱い。熱を帯びた砂が肌に触れる。服を着ていないから直撃だ。恐らく水分はたちまち奪われてしまうだろう。
だが、こんな状況でも慌てる必要はない。生き物であれば死を覚悟する場面だろうが私は神。これしきの事で死ぬ事はない。多少息苦しくはあるが。

突然底が抜け私は重力に任せてそのまま落下する。
そして地面に着地するとそこは砂漠ではなかった。
見渡す限りの原生林。澄み渡った空気。これは外の世界だ。鳶が飛び、小鳥のさえずる声が聞こえる。ああ、ここは幻想郷に来る前に過ごしていた山地だ。
どうして突然この風景が出てきたのか。それはわからない。しかし、唯一言える事、それは私がこの世界に未練を残していたという事だ。

実際、幻想郷へと身を移そうと姉が提案してきた時私は強く反対した。それは見知らぬ所へ引っ越すという恐怖もあったが、何よりもこの美しくて馴染みのある風景と別れするのが嫌だったのだ。何しろこの山地は私が誕生してからずっと暮らしていた場所だ。それはもはや私の体の一部と言っても過言ではないくらいだった。
私はこの山地で生まれこの山地で潰える。そういうものだとばかり思っていた。
だから姉が幻想郷への移住話を持ち出した時はひどく驚いたものだ。

――このままここにいては私たちはそう遠くないうちに消えてしまうわ。いずれこの山地も切り崩され家が建つでしょう。この世界で私達の役目はもう終わったのよ。

確かに姉の言う事も間違ってはいなかった。
昔のようにお天道様任せの農耕時代は終わりを遂げ、温室栽培などによって季節に関係なく収穫が出来る時代になった。それにより収穫を祝うなどという事はほとんどなくなり、私に対する信仰は無きに等しいくらいとなっていた。

姉の場合はもっと悲惨だった。紅葉を司るという元々大して信仰も集められそうもない神様だったうえに、人前に姿を現す機会などは滅多になかった。本当ならば私より遙か前に消えてしまってもよかったのだ。
そもそも姉は私ほど人々の生活の根底に携わっているわけではない。どちらかというとそれは娯楽や趣味に近い。紅葉に趣を見出すなんてそれこそ宮廷の貴族か、風流人士くらいだ。
姉は必死で信仰集めに勤しんだ。全国各地の紅葉の名所を巡っては見事な紅葉で人々に訴えかけた。某所の土産品であった紅葉をかたどった饅頭を信仰集めに利用しようとした事もあった。

これは余談だが、そういう事もあって姉は己の身を保つ事にどん欲になった。物静かで争いを好まないという性格も実は己を守るためだ。前に麓の巫女が攻めてきた時だって姉はほとんど戦わずにすぐ撤退した。引く時はあっさり引いて極力イザコザは避け、被害は最小限に留める。人間で言えば世渡り上手タイプと言うべきか。

思えばそんな姉が今の世界に見切りをつけ、新たな可能性を求めて幻想郷へ引っ越そうとしたのは言わば必然的だったのだ。

結局、私は姉の説得もあり幻想郷へと移り住む道を選んだ。この選択が正しかったのかどうか……未だに迷う時がある。
確かに幻想郷の人々は私達を迎え入れ、信仰してくれた。それは素直に嬉しかった。
しかし、外の世界には僅かながらも私を信仰してくれていた者もいた。結果的にはその彼らを裏切ってしまった事になる。
神様が人間を裏切るような行為は出来る事なら避けたかった。
そんな事もあり私はこの風景に未練を残していたのだ。
逆に言えば未練があったからこそ、この懐かしい風景が目の前に現れてくれたのだ。
私の記憶の奥底に眠るこの美しき風景が。
これは自分に感謝するべきか。幻とは言えど、ある意味感動の対面でもあるのだから。

 だが、次の瞬間その憧憬は一瞬にして崩れ去る。
それこそ音は立てなかったものの、瓦解と言った表現がピッタリなほどの勢いで風景そのものがたちまち姿を消してしまった。そして、それと同時に、うっすらと自分の姿が透けていっているのがわかった。神が消える。即ちそれは信仰が完全になくなり、人々から忘れ去られた事に他ならない。それは神にとっての死。

もしかすると、これはあのままあっちの世界に居続けた場合に辿った末路なのか。
山地は開発によって切り崩され姿を消し、そして信仰が完全になくなり、秋穣子は完全にその役目を負え姿を消していたというわけなのか。
それで構わないと思ってはいたものの、いざその瞬間になるとやはり怖い。自分は何て臆病者なのだろうか。威勢が良くても大抵はただの虚勢だ。

そういえば神は死ぬとどうなるんだろう。
恐らくはただ闇に消えるだけなのだろう。誰にも振り返られる事なくひっそりと姿を消すのだ。

嫌だ。そんなのは嫌だ。
私はここにいる。確かに存在している。しっかりとここに姿がある。
思わず自分自身の体を震える両手で抱きしめる。自分を守ろうとするために。そして自分が存在する事を証明するように。

気がつくと私は真っ暗い闇の中にぽつんと取り残されていた。
もしかして私は夢の中で死んでしまったのか。
だとすると、これは死後の世界なのか。死んだ神が行き着く場所。

天と地や右や左もわからない。立っているのか。横になっているのかもわからない。体が鉛のように重く、微動だにする事が出来ない。全身が物凄く冷えている気がする。そう、まるで冬の妖怪の抱擁でも受けているかのようなそんな寒さだ。その感覚は妙に現実味を帯びていて妙に生々しい。

まさか、自分は本当に死んでしまったのではないのか。そんな不安が頭をよぎる。
という事は今までの風景はもしかすると死ぬ前に浮かぶという走馬灯だったとでもいうのか。 

目を閉じても開いても大して変わらない闇の世界が私を覆い尽くしている。
さっきも自分ひとりだけの世界ではあった。しかし、今度は砂漠すらも存在しない。
何も見えない。それは恐怖の世界だ。もしかして私は目が見えなくなっているのか。
恐らくそうなのだろう。何故なら自分の姿すらも見えなくなっていたからだ。

どこからともなくばりばりと何かが裂けるような音が聞こえてくる。
何の音だろうか。あまり聞いていて気持ちの良い音ではない。

ばりばり
めきめき
ぶちぶち

ばりばり
めきめき
ぶちぶち

嫌な音だ。その音はしばらくの間耳の中へ入ってきた。
不意に目の前が明るくなる。
打って変わって今度は真っ白な世界だ。
目が慣れるまでしばしの時間を費やした。

そしてようやく目が慣れる頃、自分の目の前に何かが浮いている事がわかった。

手。
人の手。手首のところから無残に引きちぎられた手。それが私の前で浮いていた。
その横には足だ。同じく付け根から引きちぎられた足が浮いている。
更にその脇には四肢の引きちぎられた体。

……なんだこれは。
冗談にしては悪趣味過ぎる。

だってこれは、私の体……という事は手足も。
おかしい。だって私の体はちゃんと……。


「あ……」


いつの間にか私は生首状態となって宙に浮いていた。

何よこれ?

突然目の前に浮いていた手や足が、ぐしゃぐしゃと潰れてたちまち肉塊へとなっていく。
手足に次いで体も同じようにひしゃげて潰れ始める。

何なのこれは。私の一体。体は。何が起きて何が起こってるの……?

頭の中は既に真っ白になっていた。目を閉じ涙を浮かべて自分にあるただ一つの気持ちをうわ言の様につぶやいた。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
こわい


自分の頭がべこりと凹む。痛みはないが気持ち悪い。そして視界もやがて完全に遮られてしまった。





「……穣子。しっかりしなさい」

その言葉で私は我に返る。

「あ……姉さん」

目の前には姉の姿があった。

「穣子、何か怖い夢でも見たの?」

私は自分が今まで見た景色やら感覚やらを洗いざらい総て姉に話す。

「……そう、そんな夢を見たのね」

姉はそう言ってふわりとした笑みを浮かべてくれた。
果たしてあれは本当に夢だったのだろうか。

「私はそういうのはあまり詳しくはないんだけど、恐らく深層心理と言うものが働きかけてそういうものを見させたのでしょう」

深層心理。あまり聞いた事がない言葉だ。

「それはどういう意味なの?」

姉はしばらく考えてから答えてくれた。

「……何かの暗示かもしれないわね」

暗示……あの風景の数々が何かを暗示してると言うのか。
このえもいわれぬ不安の正体は一体何なんだろうか。

「大丈夫。きっと冬のせいよ」

姉はそう言って私を抱きしめてくれる。
もしかして姉は何か知っているのかもしれない。でも、それを問う気にはなれなかった。
姉の抱擁は暖かく、私の不安な思考を溶かしてくれた。姉は秋の力を使って私の体を癒してくれていたのだ。

とりあえず今はいい。今はこのぬくもりに総てを委ねたい。
そして出来るならいつまでもこのままでいれたらいいのに。まどろみの中で私はそう思っていた。

私達の冬はまだまだ続く。

二人の過去はどんなもんかなと思ってみたお話です。
ためしにタグを使って色を変えてみましたら良い感じだったのでこのままにしました。
では失礼しました。

ちなみにオチはありません。
バームクーヘン
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コメント



0.290簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
いやー、これはダークなホラー。
ここで終わったからこそ、この怖さがあるのだと思います。

真ん中らへん、「ばりばり めきめき ぶちぶち」の三行前に一つ「。」があるのですが、一応報告します。わざとだったら申し訳ない。
3.40名前が無い程度の能力削除
ゆめにっきみたいだ。面白い雰囲気小説だった。
ちょっと抽象的すぎるとも思えるけど。
4.無評価削除
これって携帯からの読者は読めませんの?
10.無評価名前が無い程度の能力削除
コメが読めない・・・