Coolier - 新生・東方創想話

私とあなたの東方永夜抄

2010/01/21 03:46:01
最終更新
サイズ
20.08KB
ページ数
1
閲覧数
1510
評価数
17/68
POINT
3960
Rate
11.55

分類タグ

 こう見えてミスティアはあまり物事に頓着が無い性格だ。
 妖怪にしては珍しく屋台を経営したり、人に頼まれて歌を披露したりする事はあるけれど、自分から何かをしたいと思った事は多くない。今でこそ広く普及しているスペルカードルールがまだ無かった時代、人間と妖怪の間には深く溝があった。食糧として人間を食らう妖怪に対して、力を持たない人間は群を作り、知識や技術を持ってこれに対抗した。確かにミスティアも妖怪として人を食らった事はあるが、別にそれを好んでいた訳ではない。とは言え人間からすれば妖怪は皆妖怪だ。おかげでミスティアも何度か退治されそうになった事がある。その為、そんな殺伐とした時代ではなくなった今でさえ、どちらかと言うと人間を好いていない。


 唯、やはり頓着が無いのだからそんな事は無いのかもしれない。彼女が経営する屋台のメニューであるヤツメウナギは、人里で人間達が行っている市で購入している物だし、屋台の暖簾をくぐる者の中には妖怪に混じって人間も居る。ミスティアも訪れた客を追い返した事は一度も無いし、何かいざこざがあった事は無い。まぁ、酔っ払った客同士で揉めたりする事はあるけれど、そこは幻想郷である。大抵は殴りあっているかと思えば何時の間にかまた笑って酒を酌みかわしているし、他の客も喧嘩は酒のつまみだといわんばかりに囃し立てる始末だ。皆なんだかんだで彼女の屋台が気に入っているので、本気でミスティアの迷惑になるような事はしない。


 ところで、普段営業中にミスティアが何をしているのかと言うと、意外にも何もしていない事の方が多い。一度料理を出したらあとは誰もいなくなるまでのんびり帳簿を付けているくらいである。
 と言うのも、大概やってくる客は常連で、来るや否や自分で棚の酒を―勿論その者の名前が入っている、いわゆるキープされている酒だ―勝手にグラスに注ぐような連中というのもあるが、なによりこの屋台にはメニューと言う物がない。ヤツメウナギを出せば終わりである。そのヤツメウナギは先にも挙げた通り人里で仕入れているので、ミスティア自身の気が向けば何か別の食材も購入され、その日限りのメニューとして出る事もあるが、基本的に物事にあまり頓着しないミスティアである。ヤツメウナギ以外のメニューがある日と無い日、どちらが多いのかと問われれば、多分後者になるのだろう。訪れる客ももはやそんなミスティアの性格は当に分かりきっているので、多くは頼まないし、場合によっては持ち込みしてくるものまでいる始末である。しかしミスティアは別に何も言わない。ミスティアからすれば無事に一日が終わってくれればそれで良いのだ。


 そんな訳で、ミスティアは基本的には何もしない。途中で料理を頼まれるか、或いは歌を披露してくれとせがまれる時だけその要望に応えるだけだ。これはミスティア自身気付いていない事だが、どうやら彼女は聞き上手らしい。その為しばしばカウンターで飲む客の相談を聞く事が多い。目下現在進行形で一番相談して来るのは友人のルーミアで、内容は恋の相談だと言うのだから、人は見かけによらない。何でも二人の共通の友人である氷精のチルノに惚れているらしいが、残念ながら生まれてこの方恋愛をした事がないミスティアである。話を聞いて、当たり障りの無い助言をするのが精一杯なのだが、大抵酒混じりに相談事を持ち掛けてくる者は自分の話を聞いてくれるだけで満足するのだ。ミスティアの助言に有効性など無くとも、聞き上手としてルーミアの話を聞いているだけで役割はほとんど果たしていると言って良いだろう。


 さて、そんなミスティアの屋台だけれど、今日はまた一段と人が多い。それもそのはず、先日までは終わらない夜と言う異変が起こっており、つい先程紅白の巫女がそれを解決したばかりなのだ。おかげで異変に携わった者や解決する側に回った者、あるいはどちらにも関係ないけれど唯単に人がいるから来た者、実に様々だ。
 カウンターには四人座っているが、どういうわけか全員テーブルに突っ伏している。がやがやと騒がしい屋台の外とはうって変わって、やけに静かだ。
 勿論、全員酔い潰れているわけでは無い。ぶつぶつと呟く声も聞こえる。
 やがて突っ伏している四人の内の一人がミスティアに話しかけた。

「女将、聞いてくれよ」
「何でしょう」
「いやぁ、やっちまったよ。私とした事が大失態だ。咲夜を泣かせちゃったよ」
「それはそれは。一体どうしてそうなったんですか?」

 むくりと上半身を起こすレミリア。グラスの中には紅いワインが入っていたが、それをくいと飲み干した。そして溜息を吐いた。

「いや、悪いのは私なんだよ。毎朝一緒に朝食を食べる約束をしていたのに、うっかり時間を過ぎちゃったんだ」
「成程。それは申し訳ないことをしてしまいましたね。でも、それだけならば謝れば許してくれるのでは?」

 ミスティアも咲夜は知っている。時折屋台に来るレミリアの背後で瀟洒にしている記憶が新しい。一緒に朝食をとる約束をしている事は初めて知ったミスティアだし、完璧な咲夜と言うイメージが強い為、主人に甘えるのは珍しいとも思ったが、深くは考えなかった。

「……うん、まぁ、普通ならそうなんだけどさ。実はその時、ちょっと霊夢とにゃんにゃんしてたんだよね」
「あー……」

 それは怒るか泣くかするだろう。
 普段は完璧な従者としてレミリアにつくす咲夜だが、自分を出すのは苦手なのだ。その咲夜が初めて主に甘えた、ついでに言えばお願い事をしたのである。にもかかわらず他の女の所で一晩を過ごし、朝帰りした挙句約束を守って貰えなかったとなると、これは相当の傷を負ったに違いない。

「それで、咲夜さんが泣いてしまわれた時、レミリアさんはどうしたんですか?」
「そこなんだよ、問題は」

 ぐてんと、再びレミリアがテーブルに突っ伏す。

「いっそ怒ってくれたらどんなに救われたか。あいつ、文句一つも言わないんだよ。泣いてたのも、偶々見ちゃったけど一人の時だったし。ああ、どうしよう。見なかった事にするべきなのかねぇ」
「それは違うな」

 はて、今のはミスティアではない。
 見れば突っ伏したままの他二人を挟んで、レミリアの一番反対側に座っていた藍が身を起こしていた。グラス、と言うか手にしているのは瓶だ。酔いが深い時は直接ラッパ飲みをするのが藍の癖である。気に入っている銘柄が一升瓶サイズでは無いのが救いか。

「従者は主に仕えるべき存在なのよ。主に文句なんてとてもとても」

 全く酒と言うのは魔性の薬である。普段であれば絶対に見られないようなその者の内面を簡単に引きずり出すのだから。
 そんなギャップ混じりの会話をミスティアは当然耳にするわけなのだが、決してそれを誰かに話したりはしない。酒の勢いで言ってしまった言葉は得てして普段は隠しているような感情で、言ってみれば秘密と大差ない。屋台の女将は秘密を守るのも仕事なのだ。そしてそれを粛々と行っているからこそ、ミスティアの屋台には人が絶えない。

「だから今の紫様は少しおかしいんだ。主としてのお考えが足りないと思うわ」
「可愛いとは思うけどねぇ」
「それじゃあ駄目なのよ。
 いつになったら私を顎で使ってくれるのかしら。なんていうか、こう、踏んでくれても良いのに」
「……大した忠誠心だよ」

 呆れ顔のレミリア。そのレミリアに変わり、今度は幽々子と霊夢が口を挟む。

「それは無いわよ。だって私の紫は優しいもの」
「なるほど、だから一緒に異変の解決に来てくれなかったのねレミリア。それならそうと一言言ってくれれば良かったのに。しかも家に目覚まし時計忘れてったわよ。
 それから幽々子。いつから紫があんたの物になったのよ」
「あらやだ。ごめんなさいね、私嘘が付けないのよ」

 女三人寄れば姦しいと言うが、四人ともなると余計に騒がしい。そのままやいのやいのと言葉を重ねる四人を尻目にみながら、ミスティアは帳簿をパタンと閉じた。そして席を立つと、屋台の外に向かう。
 野外には四つか五つ位のテーブルが置かれており、その全てのテーブルが酒やら減った料理やらで埋め尽くされている。これらのテーブルと椅子はミスティアが用意したものではなく、大分前にカウンターに座れなかった客が用意した物だ。何でも手先の器用な家具屋の店主らしく、折り畳みで屋台に収納出来る物を何日も掛けて作ったらしい。そしてそれをミスティアによこしたとの事である。特に断る理由もないミスティアとしては、有難く頂戴した。そしていつの頃からかカウンターに座れなかった客が自らそのテーブルと椅子を引っ張り出して野外で騒ぐのである。


 宴もピークを過ぎたらしく、すでに盛り上がりは下がっており、閑散としている。一つのテーブルを除いて客はおらず、空いた食器やら酒瓶やらがテーブル・芝生問わず転がっている。これらはいつもならば客同士である程度纏めておいてくれるのだが、何せ今日は異変の夜だった日である。皆騒ぐのに忙しかったのあろう。また、仮にそうで無かったとしても、物事に頓着の無いミスティアは別に気にしない。淡々と自分で片付けるだけだ。


 さて、ミスティアがわざわざ野外の席まで来たのは、空いている食器を片付けるためである。ミスティアが出すウナギ料理で一番人気があるのは焼いたウナギに特製のたれを塗ったものなので、あまり長い時間皿をそのままにしていると中々洗い流せなくなるのだ。この時期は水も冷たい。出来る事ならば苦労せずに後片付けをしたいミスティアとしてはやはりこうして時々空いた食器を早めに洗う事にしている。

「みすちー、お疲れ」

 芝生に座っていたミスティアの友人、リグルがそう話し掛ける。座っている芝生と同じ、短い緑色の髪が少しだけ風に揺れる。彼女は蛍の妖怪で、下戸の為、今飲んでいるのは水だ。そうして立ち上がったかと思うと、そのグラスをテーブルにおいてぐっと背伸びをする。

「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな」
「気を付けてね」
「うん、そうするわ。もう襲われるのは勘弁だから」

 今回の終わらない夜を解決したのは例の如く博麗霊夢だが、例の如く女性好きで手癖の悪い彼女に運悪く引っ掛かったのはこのリグルだ。蛍の妖怪として、やはり晴れた澄み渡る夜の空はいつでも見ていたいものなので、ついつい出歩いてしまったのが失敗だったらしい。ばったり出くわした霊夢によって割かし思い出したくも無い事をされたのだ。
 ミスティア自身もまたその被害を受けた一人なのだが、なにしろ物事に頓着が無いせいであまり恥ずかしがりはしない。


 帰ってゆくリグルを見送り、かちゃかちゃとテーブルの食器を片付ける。すると、唯一席が埋まっているテーブルの方から声がした。

「女将さん。悪いけど、熱燗をもう一つ貰える?」
「紫、珍しいじゃない。そんなに飲むなんて」

 金と銀の髪が夜によく映える。どちらもこの幻想郷においては頂点を争うほどの実力者である。金髪の方は八雲紫、そして銀髪の方は八意永琳と言う。


 永琳は初めからこの幻想郷に住んでいたわけではなく、かつては月に住んでいた。幻想郷で長く生きるものならば誰もが知っている、第一次月面戦争。何を隠そうその争いはこの二人(厳密に言えば、多少別の名前が出てくるが、要所を纏めるのならばこの二人になる)の間で起こった物だ。
 そして今回、終わらない夜と言う異変を起こしたのは八意永琳である。とは言え、何も永琳とて幻想郷、あるいは紫が憎くてそんな事をしたわけではない。寧ろこうして時折月を見ては酒を飲む程度の仲だ。まぁ、最も、お互い腹の内を全ては見せない性格の持ち主だ。紫は紫で永琳本人に「また月面戦争をしたい」と言うくらいだし、永琳も永琳で「月と姫に迷惑がかからない程度なら、相手をする」と返す会話がしばしば出る。その度にお互いの従者は戦々恐々としているが、この二人の主がそれに気付くのはもう少し先になるだろう。

「……飲みたくもなりますわ。さっきも言ったでしょう」
「あぁ、まぁ。聞いたけれど」
「幽々子は別にしても、藍も霊夢も私が自分で育てたのよ。なんだってあんな子になっちゃったのかしら」
「ああ、女将。熱燗はキャンセルしますわ。紫、それ以上のお酒は薬じゃなくて毒よ」

 ミスティアは世話になった事が無いが、永琳はこの幻想郷で薬師、あるいは医者として暮らしている。その為、珍しく深酒をしている紫を止めた。

「貴女の所は良いわよねぇ。皆しゃんとしていて」
「そんなに変わらないわよ。うちの兎は皆てゐの言う事しか聞かないし、そのてゐは自由奔放。鈴仙は従者としてはマトモだけど、ミリタリーマニアで殆ど部屋から出て来ないし。一番普通なのが姫なのは、何の皮肉かしらね」

 異変を解決すべく、霊夢が永遠亭を訪れた時、彼女の相手をしたのは永琳と姫である輝夜だ。勘が鋭いのか、あるいはたくさんの兎と言う情報網の広さからか、てゐはさっさと逃げてしまった。逆に鈴仙は霊夢が永遠亭に来た事にさえ気づかなかったという。何故なら自室でひたすらリボルバーを“磨いては愛で磨いては愛で”を繰り返していたからだ。


 ちなみに、永遠亭を訪れたのは霊夢一人だが、異変を解決したのは彼女一人ではない。当初は紫と二人で解決しようと思っていた霊夢だが、前回の春雪異変の際に霊夢は紫の機嫌を損ねてしまった。つまり、霊夢の前に暫く姿を見せなかったのだ。その為、永遠亭を訪れるまでに人間や妖怪と何回か戦いながら、全力で泣いていた。ボロボロと泣きながらも弾幕に一切の隙を出さないのはまさに修行の成果なのだが、同時に倒した敵にセクハラをするところもまたどうにかして欲しかった。やられた敵からすれば、泣きながら強力な弾幕を打ち込んでくる人間が自分の身体に執拗に触ってくる光景などトラウマにならざるを得ない。
 そんな調子で永遠亭まで辿り着いた霊夢である。途中、迷いの竹林で若干迷子になったものの、天性の幸運を持つ霊夢はそこでばったり妹紅に会った。妹紅からすれば霊夢は知らない人間だ。その知らない人間に、泣きながら己の良く知る永遠亭に行きたいと言われたら、事情を聞く前に案内してしまっても無理は無い。なんと言っても優しさと炎の塊である。


 そして霊夢は気づかなかったのだが、紫は本気で怒っていたわけではない。唯、少し反省をしてくれればそれで良かったのだ。それがよもや泣くとは思っておらず、どうしてよいものか分からず、道中に気付かれ無い様、スキマでちょこんと顔を出して霊夢の後ろを追いかけていた。
 結局霊夢に声は掛けずじまいだったし、霊夢も紫に気付く事は無かった。その為、紫は永琳意外に愚痴を零して酒を飲む相手が今は居ない。
 その永琳もひとしきり紫の愚痴を聞いた後、そろそろ姫が心配だからと言い、屋台を後にした。永遠亭で一番しっかりしているのは実は輝夜なのだが、これもまた永琳が気付くのはまだ先になるだろう。今頃永琳の帰宅に合わせてお茶漬けの用意でもしているに違いない。かつて多くの男性を虜にしたのは容姿だけではなく、こういった気配りも出来るからだ。

 こうして野外の席に残されたのは紫一人となった。

 カウンターの方もそろそろお開きが近いらしい。ガタガタと席を立つ音が響く。

「それじゃあ、私もそろそろ帰るよ。まぁ、全力で咲夜に謝ってみるかな」
「私も帰るわ。妖夢は本当に潔癖症だからもう大変」
「そうだな。女将さん、お勘定を」
「藍、それはミスティアじゃなくてただの木よ」

 一番酔っているのはどうやら藍のようだ。
 レミリアと幽々子が顔を見合わせる。そして互いに頷いたかと思うと、藍の腕を引っ張り霊夢から離れた。
 何も二人が先に帰ったのはお勘定を支払わなかったと言う意味ではない。単に気を利かせたのだ。四人して散々騒いだにもかかわらず、紫が霊夢を避けている事をちゃんと理解していた。そして宴会の終わり際、二人きりになるには正に丁度良い機会である。
 勿論霊夢からすれば三人が突然消えた様にしか見えない。振り返って三人の姿を探すが、どこにも見当たらない。

「……ん。飲みすぎたかしら。誰も居ないじゃない」

 ここに紫が居るよ、とは言わないミスティアだ。無闇に口を挟まないのがミスティアの流儀だ。例え全員分の勘定を受け取っているとしても。

「あー。今夜は珍しく酔っちゃった。神社まで真っ直ぐ飛んで帰れるかしら」
「……」

 霊夢にしては非常に遠回しな言い方である。さしもの霊夢も、紫が自分を避けて居る事くらいは分かっているようだ。椅子に座ったままの紫の方を見ずに、ゆっくりと一歩ずつ近づいてゆく。まるで距離を計る様に、或いはどこまでなら紫に近づいても構わないかを確かめる様に、ゆっくりと。
 しかし、やはり考えたり気を回すのは苦手なのだろう、やがてわしゃわしゃと自分の頭を引っ掻き回すと、一気に紫に近づいた。そして手近にあった椅子を引き寄せて腰を落とす。そして開口一番、手を合わせた。

「紫、ごめんっ!」
「あえっ、な、何が?」

 まさかいきなり真横に来るなどと思っていなかったのだろう、しどろもどろになりながら紫が霊夢に聞き返す。その顔が赤いのは、決して酒の所為だけではない。

「いや、最近全然会ってくれないじゃん。ちょっと調子に乗りすぎたかなぁ、なんてね」
「わ、分かってるなら良いのよ。そう、だって貴女は博麗の巫女じゃない。いいえ、立ち位置や身分なんて物を差っ引いても、ああいう性癖は詳らかにしないのが普通なの。良い? 分かった?」
「あ、ああ、分かったわよ」

 どんとテーブルを叩き、紫が霊夢に詰めよる。やはり愚痴や文句は本人にぶつけるのが一番に違いない。

「あっ……」
「あー?」

 見詰め合う事数秒。先に目を逸らしたのは紫だった。思いのほか顔を近づけすぎたのだろう。慌てて扇子を取り出して顔を隠すものの、しかし紅白の巫女は勘が鋭い。途端ににまにまと頬を緩め、

「ねぇ、照れてるの?」
「べ、別に照れてませんわ」
「照れてる照れてる! こいつ照れてる!」
「照れてません。神社に帰れないんでしょう、スキマで郵送して差し上げます」
「え? ちょっ! うわ!」

 けたけたと笑う霊夢の足元に、スキマが広がったかと思うと、次の瞬間には霊夢の姿はなくなっていた。ミスティアとしては二人が揉めようと仲直りしようとどうでも良かったのだが、霊夢と共に神社へと送られた椅子が気になる。
 そんなミスティアに気付いたのか、今度は先程よりも少し高い位置にスキマが開いた。そしてがたんと椅子が出てくる。なるほどスキマは便利だな、ミスティアはそう思った。


 パタパタと扇子で顔を仰ぐ。酔いと言うよりも、顔の火照りを失くしたいのだろう。

「……帰ります。女将、御馳走様でした」
「どうも」

 二人のやり取りなど特別きくわけでも無く、食器を片付けるや否やカウンターの奥の普段自分が座っている席へと戻っていたミスティアに、紫がそう声を掛ける。ややもすると、最後の客を見送る態度としては若干不適切かもしれないが、元来ミスティアはこう言う性格である。無愛想、と言うよりも、口数が少ないのだ。歌っている時と営業中を除けば、ミスティアの声を聞ける瞬間は本当に限られている。
 紫もミスティアの店で酒を飲む様になってから短くは無い。それくらいの事は当に把握している。けれどやはり、今日は異変だった夜なのだ。普段とは、違う。だから、霊夢の言葉に照れる紫が居ても不思議じゃないし、ミスティアに紫が質問をしても、別段不思議でも何でもない。

「女将。幻想郷は、楽しいかしら?」

 すっかり帰ると思っていた紫からの、しかも抽象的な質問だ。即答せずに、悩む所だろう。
 しかし、ミスティアはあっさりと答えた。

「ええ。また来て下さい」

 物事に頓着しないミスティアらしい、実にサバサバとした答え。しかし紫は知っている。ミスティアは嘘をつかない事も、こういった答えをするだろう事も。分かり易い位によく分かる性格だ。

「……ええ。また来ますわ」

 最後に一言だけそう返し、紫は去っていった。
 こうして、最後は当然ミスティア一人になる。この、誰もいなくなった屋台の風景が、ミスティアは好きだった。“祭りの後の”なんて人は言うけれど。

 後二、三時間もすればまた朝日が昇ってくるだろう。そうしたらまた人里へ行って、ウナギやらを仕入れて、仕込みをするのだ。

(……まぁ、今夜は別かな)

 いつもならばさっさと片付けて屋台をしまうけれど。なぜだかそう言う気分になれなかった。不思議と目は冴えている。仕方が無いので、ミスティアは一升瓶の蓋を開け、グラスに注いだ。氷も水もない、素のままの日本酒を一杯だけ飲む事にしたのだ。歌う妖怪として、あまり普段から飲酒はする方ではないが、舌と喉を湿らすくらいなら良い薬になるだろう。
 まずは一口含む。独特の匂いと苦味が唇から、舌に広がって、やがて口の中全体に行き渡る。喉を伝って、胃の中に落ちるのが自分でも感じ取れた。

 そうして、ミスティアが見上げた空は見た事も無いような程に、綺麗だった。

 手を伸ばせば届くような、完全な球体の月。
 グラスを掲げれば氷代わりになりそうな星。
 見事な程に、何も聞こえてこない。不思議な夜だ、と改めてミスティアは思った。
 久々に歌おうか。ふとそんな事を思った。今まで乞われて歌う事はあったけれど、自分で、自分の為に歌った事は無かった。そう思うと、その閃きを実行してみたくなる。
 さて、どんな歌を歌おうかと空を見ながら、ふと友人の顔が頭に浮かんだ。それはまさにこの空に似た友人で、氷精に恋をしている妖怪だった。

(恋か。分かんないけど、してみるか)

 少しばかり咳をして、喉の調子を整える。そうして、思いつきのまま、声を空に滑らせた。歌いながら、色々な人物の顔を思い浮かべる。

(ルーミア。駄目だ、チルノが好きって言ってた。
 大妖精……は紅魔館の司書が好きって言ってた。
 リグルは、誰だっけ、でも確か居たな。
 霊夢。嫌だ。紫。無理、霊夢が居る。
 レミリア。従者が居る。藍。紫が居る。
 幽々子……も紫か。文は厄神様だっけ?
 あー……妹紅?)

 そこで一旦歌を止める。妹紅とは、営業で使う竹炭を売買する程度の関係だ。何度かミスティアの屋台にも顔を出した事もあるし、人里に誘われた事もあるのだが、ミスティアがその誘いに応じた事はない。それどころか、誘われた事も覚えていない。

(まぁ、妹紅でいっか。よし決めた、今から妹紅に恋してみよう)

 恋がどういう物なのか分かっていないミスティアとしては、順序付けて恋を“しよう”としている。それが正解か否かを教える者は、今この場にいない。唯、何となくだけれど。ミスティアも恋をしようと思った。唯、それだけの事である。


 すっと息を吸い、再びミスティアは歌い始めた。今度は妹紅がどんな顔をしていて、どんな声で会話をしていたのかを思い出しながら。
 気の所為か、普段より優しい歌声だったけれど、ミスティア自身はその事に気付かない。
 そうして、夜明けまでの間、幻想郷に優しい歌後が響き渡った。




















「ただいま」
「おかえりなさいませ、紫様」
「……藍。ええ、ただいま」
「お風呂が沸いております。それともお茶に致しますか?」
「え、ええ。ありがとう」
「いいえ、これくらいは、従者として当然です」
「ずいぶん、ご機嫌ね」
「当たり前です。ようやく紫様が私より先にお風呂に入ってくださるのですから。私、初めて自分でお風呂を入れました」
「そ、そう。御苦労様」
「紫様、お背中を流しましょうか?」
「ぐすん」


「ただいま」
「おかえりなさい、師匠」
「鈴仙。ええ、ただいま」
「お風呂が沸いていますよ。姫様は先にお休みになられました」
「そう。ありがとう」
「いいえ、これくらいは、従者として当然です」
「ずいぶん、不機嫌ね」
「ええ、見てくださいこの銃。兎共が悪戯しやがったんです。マガジンに指紋なんてつけやがって」
「そ、そう。大変ね」
「勿論お仕置きはしました。銃は私の恋人ですから」
「はぁ」


「ただいま」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「咲夜。悪かった。この通り反省してる」
「お嬢様。お顔を上げてください。従者に謝るなんて、主の品格が下がりますわ」
「お前が泣かなくて済むなら安いものだ」
「……宴会の帰りに仰られても、困りますわ」
「ああ、そうだな……済まなかった」
「…………明日の朝食は、納豆と白米と焼鮭に、油揚げのお味噌汁です」
「え?」
「ところでお嬢様、目覚まし時計は?」
「あ、ああ……そうだ、神社だ」
「では、お嬢様が起きられるよう、添い寝して差し上げましょう」
「やっほう咲夜、愛してる!」
 どうも。神田です。
 さばさばしてる人って良いよね。そんなお話でした。いつもと方向性が違うのは、自機キャラが多いので、前回までの書き方がしづらかったからです。加えて言えば、ミスティア中心で描くのが一番楽しかったからです。すまない慧音先生……。

 次回は、萃夢想と花映塚をくっ付けた感じになるかと思います。それが終われば文雛、もとい風神録ですね。
 まぁ、何が言いたいかと言うと、雛が可愛いってことです。

 そんな訳で、ちょっと雛と温泉に行って来ます。それでは。
神田たつきち
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2350簡易評価
5.80名前が無い程度の能力削除
アリスと魔理沙がいない不思議w
きっとどちらかの自宅で(ryですね、わかります
10.80名前が無い程度の能力削除
キャラの描き方が実に魅力的だ。
12.90名前が無い程度の能力削除
ここ最近、たつきちさんの新作まだかな?新作まだかな?と創想話をちょこちょこ覗く程度の能力で新作発見余裕でした
紅の主従がマイジャスティス!今回も楽しませてもらいました。
次回ものんびり待っております。
それにしても、いつになったら霊夢は紫と一緒にお風呂に入れるようになるやらw
13.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズの独特の世界観が好きです。
そしてなんというOKAMIミスティア。
17.100謳魚削除
器量良しの姫さまと女将分100%のローレライ嬢に満点を捧げたく存じます。
19.100名前が無い程度の能力削除
なんて素敵な幻想郷。
29.100名前が無い程度の能力削除
ウドンゲが末期だwww

あと……みすもこ、だと……次作にやってくれるな。たつきちさん!
30.100名前が無い程度の能力削除
何気にドロドロした霊夢中心の関係が素敵だねww
35.90名前が無い程度の能力削除
氏の中のキャラがしっかりしてて楽しめました
そしてミスティアが大変イイ!
38.100名前が無い程度の能力削除
鈴仙、これをどう思う?
っWH04HL-KRSW
41.100名前が無い程度の能力削除
ルーミアがチルノに惚れてて、チルノがルーミアを好きということは実は相思相愛か なんと素晴らしい
44.100名前が無い程度の能力削除
女将みすちーいいよ!
もっと読みたいな。
47.90名前が無い程度の能力削除
家庭的な姫様バンザーイ\(^o^)/
でも創作料理だけはやらせるなよ?絶対にやらせるなよ!?
50.80名前が無い程度の能力削除
変態度が落ちてたせいでほのぼのしたし、霊夢とゆかりんのやり取りに不覚にも2828したw
前回の変態組も無口な女女将みすちーもいい味だしてたと思う
ちょっといい話をありがとうwww
53.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
60.100名前が無い程度の能力削除
姫様いいなあ

鈴仙が銃に名前をつけていそうな駄目な月兎になっている件について
67.100名前が無い程度の能力削除
グッド