Coolier - 新生・東方創想話

心の在処 前編

2010/01/19 02:45:19
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 何も難しい依頼を受けたわけじゃなかった。ただ、地上とのいざこざもあったし、その方面では私のペット達が迷惑をかけた事もあって、何となく断り切れなかったのもある。
「さとりさん、私たちの研究のお手伝いをしてほしいんだけど」
 あの魔理沙とかいう魔法使いのサポートをしていた、河城にとりからの要望があったのは、地霊殿が以前の落ち着きを取り戻しかけている頃だった。
「はあ……」
 目の前の古びたラジオから少し曇った声が聞こえる。立場上、あまり地上の妖怪とおおっぴろげには会えないため、このような通信になるのはしょうがない。
「実はね、私とアリスは自立型の人形作りの研究をしているんだ。ここでいう自立型って言うのは自分で考え、行動できる人形の事さ」
 にとりのその話を最後まで聞かなくても、私には何となく彼女たちの言いたい事が伝わってきた。
「ああ、つまり本当に自立人形が作れたならば、私の悟りの能力が効くはずだと」
「そう言う事。協力してくれないかな?」
 ラジオ越しの通信では、本当の声は聞こえない。にとりがどういった意図でこの話を持ちかけているのかを私は知る事が出来ない。ただ、最初に言ったいざこざの責任もあった手前、私はその話を無碍には断れなかった。
「……側に置いておくだけで、私から一切その人形には手も口も出しませんよ。壊れたら、そちらの責任でお願いしますね」
「それでいいんだ。どうせ関係なくなるだろうし、ね。私たちが求めているのは結果だけだから」
 ラジオから嬉しそうな声が聞こえてくる。関係なくなる、という一言に引っかかったものの、にとりはそのまま、一か月ほどでエネルギーが切れて実験が終了し、その結果を教える事、今すぐ地霊殿に人形を送るといって事を言って通信を切った。
 ラジオでの通信は、相手が見えないため、相手の心が読み取れないため、私には違和感がある。いつもならガラス越しの相手の心は、この時ばかりは曇りガラスになって私を不安にさせる。私からすればまさに空気に色が付いているようなものだった。この感覚は覚り妖怪として生まれてきた私の宿命でもある。
 まあしばらくの間ならば、と油断していたと後になって後悔する事になるとは、その時はちっとも思わなかった。

「うわ、可愛くない」
 人形の第一印象を頭の辞書で引くと、真っ先に浮かんだ単語だった。人形と言うから、小さい物だと思っていたら、私の身長よりも高い人形が贈られてきたのだ。
 そして致命的だったのは、どう見ても、その人形を可愛い生物と見てとれない外見にあった。
 不自然に開かれた目。筋肉が変化しない顔。口の横にある、口を動かすための溝。
 不細工な、という単語はまさに、『彼女』のためにあった。
「やあやあ、届いた?」
 一緒に梱包されたラジオから、依頼主の明るい声が聞こえる。
「ちょっと、こんな気味の悪い物を送りつけないでよ。人間らしくするなら、顔も人間らしくしなさいよ」
「そうは言っても、これは仕様みたいなものだしなあ」
「こんな仕様、あってたまるか!」
「協力してくれるんだろう?」
「もう少し見る人の事を考えて」
「協力してくれるんだろ?」
「……呪うわよ?」
「あれ、電話の相手を間違えたかしら?」
 どうやら、何を言っても無駄だと諦めた私は、長いため息をついた。
「なあに、すぐになれるさ。じゃあ、後は説明書通りに動かしてよ」
 そしてそのまま、にとりは一方的に通信を切った。何が何だか分からないが、とにかく私はこの人形としばらく一緒に過ごさなければいけないらしい。
「断っておけばよかったかしら……」
 だがもう後の祭りである。
 
 人形は、顔以外の部分を除いて、非常に人間らしい仕組みをしていた。自立型人形の完成を目指すアリスの協力があるおかげだろう。人形独特の球体関節のような物もなく、肌触りも人間そっくりだった。
「ここがスイッチかしら?」
 背中に小さな赤いスイッチがある。にとりいわく、そこを押せば後はどうにでもなるらしい。
 恐る恐るそれにスイッチを入れる。
「?」
 しばらく、人形の中から何かを巻いているようなキリキリと言った音が聞こえた。少しだけ、距離を置いて人形を観察する。
「エネルギー充電完了。これより、行動を開始します」
 人形は私の予想を超えてなめらかに発音する。その声は人間の声をまねた、機械の音だった。瞳は私を見ずに、地霊殿の仄暗い天井を向いたままだ。
「凄い……これでも人形なのかしら?」
 ぽつりと独り言を言う。すると、目の前の人形が急にこちらを向いて話し掛けてきた。
「さとり、様ですか?」
「え……違うわ」
 人形がぎょろっとした黄色い目で私に話しかけてくる。それに驚いた私は、咄嗟に嘘を言ってしまった。
「そう、ですか」
「……」
「……」
 沈黙。静寂。
「嘘よ、うそ。私はさとり。小明地さとり」
「さとり、様ですか?」
 再び同じ事を同じ発音で繰り返す人形は、滑稽で不気味だった。
「ええ、そうよ」
 人形はしばらく私の方を見ると、何かを考えているようにしばらく動きが止まる。
「認識しました」
「……」
 どうしようか、会話が続かない。別に会話しなくても良いのだが。
「そうだ、あなた名前があるの?」
「私の製造番号はAIL-23です。呼ぶ時はアイルとお呼びください」
 なんとも単純な名前だと思う。けれど、それが彼女の名前ならば、尊重しなければいけない。
「そう……ではアイル。これからよろしく」
「よろしくお願いします」
 アイルはぎこちない動作で、頭を下げた。それは、子どもが頭を下げるような格好に似ていたから、私は少しだけ笑ってしまった。
 だが、私は油断していたのだ。
 それからものの一時間もしないうちに、私はアイルを黙らした。その時、ちょうどお燐が遊びに来て、人形を見て非常に驚いていた。
「さとり様、これは一体何ですか? 人間?」
 お燐は興味津津といった様子で人形をつつく。
「それはね、人形よ。自分で喋る事が出来るの……」
「え、人間じゃあないんですね。道理で魂の匂いがしないわけだ。しかもこいつは喋るんですか?」
「喋らす事が目的だから、勝手にいろんな話をしてくれるわ。迷惑なぐらい」
 お燐はへえっと言って、背中のスイッチを連打していた。しかし、人形はピクリとも動かない。
「今は何も喋りませんね?」
「うっとおしいから、喋るなと言っておいたわ」
 するとお燐はにったりと笑って、私にお願いをしてくる。
「少しだけでいいですから、喋らして下さいよ」
「……お燐が引き取ってくれるなら、いいわよ」
「好きにしていいんですか」
 お燐の目がきらりと光る。その輝きには、人形にとって良くない未来が含まれていそうだったが、私はまあそれでもいいかと思う。
「言ったわね? 後悔するわよ」
 と言いながら人形に命令する。
「アイル、起動してもいいわよ」
 私がそう言うと、アイルは黄色い目を光らせて、私の方をしっかりと向いたまま話し始める。
「……ああ、おはようございますさとり様。今何時でございましょうか、いや聞くまでもない。私の体内には電子時計が入っているので時間には精確なのです。しかもそれはお腹、つまり私の中心、人間で言うならば、横隔膜の辺りにございましょうか。いや、これぞまさに腹時計と言われるものでありまして、つまり私の腹時計は世界でも、類をみないほどの精確さを誇るわけです、さて、こんな……」
 私はアイルの言葉に全く耳を貸さず、アイルの横でぽかんとしているお燐に向かってこう言った。
「こいつはね、一方的に喋るだけでこっちの話を全く聞かないの。だから欠陥品よ」
 するとアイルは自分の話を突然切り上げて、私に話を合わせてくる。
「私はさとり様のお話ならばなんでも聞きます!」
「あんたには話し掛けていないんだけど……」
 この小一時間で私が理解した事。それはアイルとの会話はとても疲れるという事だ。彼女は所詮、人形であり相手の表情や場の雰囲気というものを理解できていないのだ。この人形は純粋に、『主と会話をするため』だけに作られたのだから。
「でも、よくここまで流暢に喋る事が出来ますよね。これってさとり様以外の人たちとも会話できるんですか?」
 お燐がアイルをべたべたと触りながら尋ねてくる。それでもアイルはお燐にまるで気付かないかのようにとめどなく喋り続ける。
 私以外の音声には反応しない、というとても迷惑な機能だ。
「説明書によれば、一人相手ならば主、今だと私が命令すれば喋る対象を変えられるようね」
 分厚い説明書をお燐に渡す。お燐はぱらぱらと説明書を広げ、へえ、とか、はあ、とか言いながら目を通していた。
「この人形、私がいる事に気付いているんですかね?」
 お燐が私の隣によってくる。
「情報としてインプットはされているけど、それを反応の部分につないでいないだけでしょう。たぶん」
 そんな事を言っていると、またしてもアイルが会話に割り込んできた。
「さとり様少しお疲れのようですね。こうれではお仕事もままならないでしょう。そこで私が僭越ながらサトリンのお身体をいたわって……」
 アイルの言葉に私の心の事線が触れる。もちろん悪い意味で、である。
「何? なんだって? 私の事を何と呼んだ?」
「いえ何も。たださとり様のお身体をいたわって、と言おうとしまして」
「こいつ……」
 人形のくせに自分の行った事をごまかすなんて。私はすっかりアイルのペースに嵌められていた。そんなやり取りをしていると、お燐が溜め息交じりに呟いた。
「さとり様……代わってあげれるなら代わってあげられるのに」
「あら? 今日からアイルはお燐が引き取ってくれるんでしょう! 今後、主になるのはお燐、あなたよ」
 私がそう言うと、お燐はクモの巣にかかった昆虫を見るような目で私を見た。
「さとり様、説明書をよくお読みになって下さい」
 お燐から返された説明書の一番最後に赤字で強調された一文。それを読まなかったのは私のミスだった。
「この人形は、最初に挨拶した音を主として認識し、その後、主の変更は出来ません……生まれたてのヒヨコか、おバカ!!」
 感極まった私は説明書をアイルに投げ捨てる。アイルはそれを難なくとって、私に向かってこう言いながら差し出してきた。
「落としましたよ、さとり様」
 難なく受け取られただけでも腹が立ったのに、アイルがなんとも不気味な笑顔を向けたため、私は言葉に出来ない疲労感を覚えたのだった。

 説明書によると、アイルは動きの部分をアリスの魔法で動かし、自律の部分をにとりが担当しているらしかった。
「……つまりこの会話を組み込んだのはあなたなのね?」
 再びアイルを黙らせ、私は開発主であるにとりに連絡を取る。
「そうだね。よく喋る人たちの性格とか会話を参考にして作っているから、一緒に居て飽きないでしょう?」
「ええ、そうね。うるさすぎて、私は参っているわ」
 にとりは私からの通信にはたいていの場合、出てきてくれた。被験者の身の安全と人形の様子を知るため、だそうだ。
「生意気な性格ね。彼女は」
「ふうむ……その人形は多数の人格を入れ込んでるから、その時々で喋り方や反応が変わるかもしれないな。なにぶん、一つにまとめるのがめんど……あ、いや難しかったから……」
「つまり、彼女は多重人格の持ち主?」
「ま、世間一般ではそう呼ばれるものかも。人形にそれがあるなんて聞いたこともないけどね。いずれにしても、彼女の言動は全てプログラミング、つまり初めから決められているんだ。プログラムの量はそこら辺に居る虫たちよりもはるかに少ない。たぶんあと三日もすれば彼女の行動の全てが分かるでしょうね。だから今は彼女にいろいろ反応してあげてちょうだい。そうすれば、彼女がどう考え、どう行動するか分かるはずだから」
「ふうん……あなたのその言葉、本当に信じても良いかしら?」
「まかせとけ」
 全く、信用できない。しかし、ほかに打つ手もない。
「ああ、後人形を黙らせているでしょう? それやられると実験が成り立たなくなるから、一時間三回までの制限付きにしといた」
 にとりのまさかの告白に私は驚きとともに思わず声を張り上げる。
「ちょっとお、もう二回使っちゃったわよ!」
「仕様です」
 私はラジオを一方的に切り、その後深いため息をついた。ちらりと目に入ったアイルは直立姿勢で立っており、椅子に座って頬をついている私を見下ろしたまま動かない。
「たぶんこれから騒がしくなるのでしょうね……」
 予想されうる未来を想像しながら、私は貴重な独りの一時間を過ごした。

 アイルが私の所へ来てから一日が経った。私の周りではにわかに騒がしくなり、地上の不思議な人形を一目見ようと、野次馬たちが現れ始めたのだ。
「さとり様、これが例の喋る人形ですか……」
「ほう、よく出来てるな」
 多分お燐が広めたのだろう、今日はお空と勇儀がこの人形を目当てに地霊殿に見学に来ていた。
「どう、すごく煩いでしょう? なんだったらあなた達の相手をさせても良いぐらいよ」
「本日の地霊殿の天気は晴れ時々雪です。それは若干空気の湿度が高く、および大気圧がいつもより低いことから、きっと上空の雨雲が活発になり、さらに今は冬の気圧配置となっており……」
 相も変わらずアイルは喋り続ける。勇儀がにやにやと笑いながらアイルにちょっかいを出していた。
「これ、河童が作ったものなんだって? いや、昔から河童は優れた道具を作ってはいたが、まさかこんな物までつくっちまうとはなあ」
「一度、彼女と話をしてみますか?」
 勇儀は興味津津と言った様子で私の提案を受け入れた。
「アイル、目の前に居る勇儀とお話しをしなさい」
「了解です」
 腕を組み、椅子に座ったまま不敵な笑顔を浮かべる勇儀。並みの妖怪ならば、その迫力と妖気に圧倒され立ちすくむ所なのだが、アイルには当然関係ない。難なく勇儀の2メートルほど前まで進んで、止まった。
「初めまして、あなたは勇儀、さんですか?」
「ああ、そうだよ。勇儀だ」
「……認識しました。では勇儀さん、お話しをしましょう。実は今日はいなり寿しの日で、なぜそのような日かと申しますと……」
「ああ、いいよいいよ。そんなことより、お前の事を聞きたい。酒は飲めるか?」
 アイルは何かを考えるかのようにピピピと音を鳴らした。数秒の間があった後、再び口を開く。
「私は人形ですので、酒を含む飲料は取り込む必要がありません」
「違う違う、私が聞いているのはそんな事じゃないよ。好きか嫌いか、どっちだい?」
 勇儀は優しい笑顔で目の前の人形とちゃんと会話をしていた。これには私の方が驚いてしまった。勇儀の事だから、きっとアイルとの一方的ともいえる会話にすぐに飽きて、
帰ると言い出すと思っていたのだ。ところが勇儀の心の中は、純粋に目の前の人形に関心を寄せており、それがこの行動に一切の嘘が無い事を私に確信させた。
「飲む事は出来ますが、酔う事は出来ません」
「……なるほどねえ。あんた、なかなか面白い人形だから飲みにでも連れて行ってやろうかと思ったけど、どうやらそうはいかないみたいだね」
「私はさとり様のおそばにいないといけないので、あなたの提案には乗れません」
 アイルはまっすぐ前を向いたまま、そう言い放った。場の空気が一瞬にして変わる。
「ねえねえ、さとり様、次は私と話をさせてくださいよ」
 絶妙なタイミングで、お空が楽しそうに懇願してくる。それを断る理由もなかったため、私は勇儀に許可をとってアイルの相手をお空に任せた。
「いやあ、実に興味深いね。あの人形は」
「……」
「私の考えている事に不満でもあったかい?」
「いいえ。ただ、楽しそうだなって」
 勇儀は私の方を向いて笑顔を作る。
「人形は嘘をつかないからね。私を恐れないって所も新鮮だったから、余計に楽しいさ」
「人形が嘘を言うとは思えませんが……」
「そりゃあそうだ。なあ、その人形連れて、街に来いよ。皆にお披露目しよう」
「そんな事をしても、私には何のメリットもありません」
「そうかい?」
「それに彼女、アイルとの会話は疲れるんですよ。心の声が全く聞こえないのに、人間っぽい話し方をする。そんな経験は生まれて初めてですから、私も戸惑っているのです」
「なるほどね。さとりらしい悩み方だ」
 そう言って、勇儀は私の肩にぽんと手を置いて耳元で囁いた。
「でも、新鮮だろう? 相手もこちらの事を全く恐れない、というのは」
 言われてそれもそうだと思いなおした。アイルは人形だ。その身体の一番奥には、何も無い。
 アイルはそう言った意味で薄っぺらい人形だった。ただ、その薄さには私自身がどこか身を預けたい、暖かえ柔らかい弾力を持った緩衝材があるのかもしれない。
「河童の復讐かもしれないね」
「……つまり鬼達がこの人形に入り浸ってしまう可能性がある、と思われているのですね」
 一瞬で勇儀の思考をトレースする。勇儀は馴れた物で、そんな私に動じず、けろっと微笑み返す。
「そうでなくても」
「我々地底の連中の心をつかんで離さないだろう、と」
「今日はやけに突っかかるね。同じ事を考えてた?」
「……或いは、そうかもしれません」
 多分、その予想は間違ってはいないと確信があった。
 忌み嫌われた者たちが集う地底の世界。そこに、常識を知らず、恐れを知らず、感情を知らず、心の無い、人間に近い人形が放たれるとどうなるか。
 裏切られた者たちにとっては、それはある意味で癒しとなる。
 アイルとの会話は一方的だ。
 相手を気にする必要がないのなら。
 自分が傷つく事は無いと。
 そんな幻想に浸りたくなる。
でも私は知っている。
 人形はどこまで行っても偽物なのだ。
 与えた言葉を冷徹に、無機質に分解し、分析する。その作業には生物特有の温かみは一切無く、そうして人形から発せられる言葉は恐ろしく重く、まるで水銀のように身体に少しずつ溜まっていく。
 そうして、その許容範囲を超えた時、彼女たちはきっと自分で自分を殺してしまう。人形が、自分の事を大切にしてくれないと、錯覚を引き起こす。
最初からそこには愛情など無いのに。
それは、人形のせいではなく、彼女たちの心の弱さが引き起こすのだろう。
 それでも、私はアイルと名乗るこの人形に吸い込まれてしまいそうだった。
「核融合とは、それはそれは大きなエネルギーを持っていまして、出来るなら私の動力に使いたい……」
「え、つまり、あなたは私を取り込んで食べるつもりなの? 人形のくせに私を倒そうなんて、生意気!」
「出来るなら、ではありますが、しかし私には到底不可能かと。空様のエネルギーは私のそれをはるかに上回っております」
「空……様? そうよね、私ってばとっても強いのよ! あなたごときじゃあ倒せないんだから!」
 なぜか会話が成立しているお空とアイルを見ながら、せめてこの人形に負けないくらいの勉強はしてほしい、といろんな意味で私は胸を痛めたのだった。

 結局私はこの厄介なお喋り人形と日々を過ごす事になる。地霊殿での仕事の傍ら、と言ってもほとんどはペット達がやってくれているが、私はアイルを連れて地底を駆け巡る。アイルは私の行く所、どこでもついてくるので、自然と地底での知名度が上がっていった。
 アイルは喋り続ける。それは来客がある時や大事な会議でもお構いなしだった。そこで私はペットを一匹連れて、その子に話の相手をさせる事になった。
 こんな面倒くさい仕様にした河童に私はかなり不満を持っていた。そして、にとりとの通信で私はかなりの愚痴をこぼしたが、にとりの方は文句も言わず、ただただごめんなさい、と謝り私の機嫌を取るように努めていた。
 にとりは私の中で、変人に分類されている。なぜか。それは、アイルの変な仕様に他ならない。
 数日後、いつものように私は部屋で読書をしていた。アイルはというと、私の隣で何かを呟いている。私はアイルの音量を最小まで下げて、気に留めないように努力した。
 本に書かれた黒い文字に意識を預け、私は本の世界に没頭していく。
 ちなみに、読んでいたのは『バーテンダーの世界へようこそ』というタイトルの本だ。
 それを読みながら、私は真剣にバーを始めようかと考えていた。
 中ほどまで目を通し、次のページをはらりと開いた時。
「ぽおうう!!」
「はうあ!」
 何物ともつかぬ奇声が放たれる。その直後、私も思わず声をあげる。
「ちょっとちょっと、一体何? 何事?」
 嫌な汗が手先から全身に広がっていく。心臓が不規則に動く。私は声の主であるアイルにそろそろと問いかけるが、アイルはよくわからないと言った様子だった。
「私にもさっぱり分かりませぬ……」
 結局、バグか何かと思い、私は再び本に目を落とした。しかし一度乱れた心はなかなか元には戻らない。そしてアイルの謎の行動に、私は不安になる。
 なんだこれこの人形は一体何がしたいのかしら……
 だが、話はこれだけで終わらない。一時間後、物静かな空気がようやく読書に耽る私の心にまで浸透してきたころだった。
「ほあちゃあああああああああ!!」
「!!」
 またか、と思う。と同時に私の心に怒りの火がともる。それは青い葉が黄色く染まるほどの、ゆっくりと蓄積された怒りだ。
「アイル、いい加減にしなさい!」
「私は何も話していないっす」
「何、そのふざけた語尾は?」
 私は思った。アイルは私をバカにしているんだなあ、と。
「ダカラコレハワタシイガイノモノガ……」
「あ、だめだこいつ話にならねえ」
 私はアイルに愛想をつかし、部屋の引き出しからラジオを取り出して、にとりに連絡する。
「はい、何か問題でも?」
「壊れた。修理して」
 具体的にお願いします、とにとりは言ったので、ここ数時間の出来事を出来るだけたっぷりと皮肉をこめて報告した。すると、にとりの第一声は
「ああ、出ちゃったかあ」
 だった。
「出ちゃった?」
「アイルは相手にされなくなると、たまに癇癪を起こす設計にしたんだ。例えばさっきみたいに突然奇声を発したり、ね」
「なにそれえ……」
 私は呆れて全身から力が抜けていくのを感じた。
「まあ、会話が無い時の応急処置という事で」
「ふざけすぎですよ、もっとましなアプローチの仕方はいくらでもあるでしょう! 何この盛りのついた猿みたいな奇声は……」
「それは仕様だ」
「にとり、あなた仕様って言えば私が引き下がると思っているの? 自分の物差しで測るのはやめなさい」
 けらけらと笑うにとりの声を聞きながら、何となくアイルの言葉使いや行動がおかしい原因が分かりだしてきた。
 そしてその笑い声を聞きながら、にとりはもう末期なんだなあ、と私は諦めた。いろんな事を。
「……もう良いです。あなたには頼りません」
 にとりは慌てて、ごめんよと謝ってくる。そして、その仕様を止めるプログラムを教えてくれた。
「アイルに向かって、暗号を言うんだ。暗号は主の名前の後に、にゃあん、をつけるだけ……」
「ねえ、あなたもしかしなくても私をバカにしてるでしょ?」
 受話器越しのにとりは大まじめだ、と言っていた。しかし、これしか方法がないのならしょうがないのも事実である。
 通信を切って、アイルの前に立つ。アイルは私の視線に気がつくと、どうしましたか、と声をかけてきた。
「アイル、あなたの行動を規制します」
 しっかりとアイルを見据えながら、私はにとりに言われた事を実行する。
 大丈夫、外には誰もいない。この声を聞いている人もいない。
「……さとり、にゃん」
 決意とは裏腹に、とても小さな声が出る。そして、言い終わった後の、屈辱感と敗北感、後悔などなど数多の負の感情が私を侵食した。
「今何とおっしゃいました?」
 アイルはまるで聞こえなかったと言わんばかりに聞き返す。その聞き方に腹が立ったが、ここで諦めては意味がない。
 深呼吸。そして
「さとりにゃあん」
「申し訳ありません、もう少し声を大きく可愛らしい感じでお願いします」
「さとりにゃ……なんだって?」
「ですから、大きな声で可愛らしく。こう手をくるっと丸めて、片足をあげて、笑顔で言うのです」
「……」
 張り倒してやろうか、とも思う。思わない方がおかしいとも思う。とにかく、色々な感情がぶつかり合い、せめぎ合い、砕け散って、私の心はいわゆる、やけ、を起こしてしまった。そして、最後に生き残った私の感情は、このアイルを満足させてやろう、という感情だった。
「いいわ、あんたに私の本気を見せてあげる……さとり、にゃあん!」
 にっこりと笑顔を向ける。多分私は人生で一番の、媚びた笑顔をしている自覚があった。
 そのまま、もう殺してほしいぐらだった。
 ふと見ると部屋のドアが開かれていた。
 私の視界にお燐と空が映る。
 まず言える事は、立ち位置が悪かった、という事。ちょうど、アイルがドア側にいたため、ドアを開けたお燐と空が私の間抜けな笑顔を完璧に捉える事が出来てしまった。
 そしてタイミングも最悪だった。私が叫ぶと同時に、二匹は入ってきたのだから。
「失礼しました……」
 お燐が、空が、私の心から離れて行くのを感じた。ドア一枚を隔てた物理的な距離よりも、その心の距離に私は泣きそうになった。
「待って、これは誤解なのよお……」
 手を伸ばした所で、あの二人には触れられない。ただアイルがだけが、私に向かって、呑気に
「命令を、確かに受け入れました。さとり様」
 と言っていた。その声は私をより一層みじめな気持にさせていくのだった。
 この誤解は日ごろの私の行いが良かったのか、すぐに解けたものの、改めてアイルという存在が地霊殿のにぎやかな日々の中心になっている事に気付かされた。
 そして、私の中でも同じように。
 それはしばらくアイルと一緒に居ることで、砂時計が落ちるかのように私は徐々に自分の心が変化していったのだ。
 
 
 ある日、私が目を覚ますと、目の前にアイルがいた。
「……ちょっと、顔が近いんだけど……」
 起きたばかりの体は重い。しかし、その時の気分は体の何十倍も重かった。当然、目の前のアイルのせいだ。
 黄色い目がちかちかと眩しい。やめて下さい、と言いたい。
 けれどこの目も仕様らしい。こんな細かい所の仕様なんて聞いたこともない。私が思うに、河童の手抜き。これ一択しか考えられない。
「起きましたか。さとり様、起きましたか。ご飯のご用意が出来ております」
 予想外の出来事だった。普段から私は何も食べない。当然、朝ごはんなどほとんど口にした事など無い。
「ええ? 私は別に何も食べなくても良い……」
「まあ、そう言わずにどうぞ」
 ベッドの中でじいっとアイルを見つめる。どうやら、今は笑っているらしい。この頃だと表情も分かるようになってきていた。
「もう少し寝る」
 甘えた声で、そんな事を言った自分に驚いた。たぶん、ちょっとした私の悪戯心がそう言わせたのだろう。私の言う事には決して逆らわないアイルが、一体どのような反応を見せてくれるのか、面白がってからかってみたのだ。
アイルはしばらく止まった後、そうですか、と一言だけ言って、再び脈絡の無い事を喋る。
「つまらない反応ね……」
 布団の中で聞こえないように呟いた。私はアイルに一体何を求めていたのだろうか。
 この時に、私の中でアイルに対する感情が変わってきた事をはっきりと感じ始めていた。それは雲が形を変えるような速度で、ゆっくりと、そして大胆に変化していった。
 今、私はアイルに何を期待したのだろうか。ベッドの中で思考を巡らす。
 たぶん、私は試したのだと思う。この妙に人間くさいアイルが最初にプログラムしていた、主人に朝食を食べさせる、という行動と、私の食べたくない、という意思のどちらを優先するのかを、私は意地悪な気持ちで試したのだ。そして結果は、とても当たり前の事になった。
 アイルは私の命令を聞く。それは彼女の中で一番強い命令だ。だから、彼女は私の遺志をとるにちがいない。そんな事は分かっていたのに。
「何でだろう」
 私の心の曇りは一向に取れない。灰色の霧が視界を遮る。心のどこかで、アイルに反抗して欲しかったのかもしれない。
 心が生まれる事を望んでいるから? 
 心は染まりやすく、壊れやすく、私を揺るがすものだと知っているのに。
 私は色ひとつ無い、真っ白な心という幻をまだ追い掛けているのだろうか。
「……であるから、今日のメニューはスクランブルエッグにいたしました。このスクランブルエッグはもちろん、卵と牛乳から出来ておりますが、卵と牛乳を一緒に取る事により、ビタミンの吸収がよくなり……さとり様?」
 私はベッドから元気よく起き上がると、相も変わらず、呑気に方便を垂れているアイルに向かって、私ははっきりと言った。
「私は和食派よ。今度からは、味噌汁にしなさい」
 多分、明日は味噌汁の蘊蓄を聞ける事を期待して、私は笑顔でアイルに命令した。

 アイルの事を理解すればするほど、私は彼女に惹かれていくのを止められなかった。彼女は言葉に裏表がない分、彼女の言動自体が信用でき、しかもこちらの言う事は基本的に聞いてくれる。
 月の満ち欠けのように変わる他の妖怪の心と違って、彼女には月そのものが無かった。ペット達とも違う、完全な透明。
 だけど、それは所詮ガラスと鏡で作られたまやかしだ。
 本物の心は、透けては見えない。透けて見える心は、死んだ心だけだ。
「さとり様、お出かけですか?」
 私は外行きの着替え、街へ繰り出そうとしている。そこは様々な想いが重なり合う場所。
「街へ、出かけるわよ」
 アイルは私の横にぴったりと付いている。だけど、私は彼女には決して近寄らない。近寄るとそれ以上離れられなくなる。
 透明な心は、全てを吸収してしまう。
 だから気をつけないと。
 そんな事を思いつつ私はアイルを引き連れ、重苦しい暗闇に足を踏み入れるのだった。

「あ、アイルだ!」
「あれがアイルか」
 何だろう、この胸の躍動感。不必要な心臓の高鳴り。どうも惚れたはれたの問題ではないらしい。
「元気かい? アイル、そしてさとり様」
 私の胸にこみ上げる、ぐずぐずとした藻のような物。それに名前をつけるならば、ぴったりの言葉がある。
 それは、
 不快感
 に他ならない。
「ちょっと、アイル。あまり近寄らないでちょうだい」
「分かりました」
 そうしてその場でぴたりと止まって、待てと言われた犬のようにその場でじっとしている、だけならいいが、相変わらず私に話し掛けてくる。
「ねえねえ、あれって放置プレイってやつ?」
「さとり様は怖い方だ……人形と言えど、衆人の前であんな事をなさるなんて」
 道行く妖怪たちのそんな純粋な思いが私の心を深く深く傷つけていく。
 出来る事なら、叫んでやりたかった。
 そういう関係じゃないから!
 そう、心の底から叫びたかった。
「……やっぱり付いてきなさい、アイル!」
 私がそう叫ぶと、アイルは再び私に近づいてくる。嬉しいのかめんどくさいのか、恥ずかしいのか。歩み寄ってくるアイルには、そんな感情は一切見受けられない。
 ただ、私の命令に従っているだけなのだ。
 なのに。
「ねえ、やっぱりさとり様とアイルは愛し合っているのかしら」
 私は声のした方を、ばあっと振り返る。睨まれた妖怪はそそくさと退散してしまった。よほど私の顔が歪んでいたらしい。
「さとり様、血圧が上がっておられるのですか。血圧の上昇には、様々なホルモンが関与しており……」
「ぐう……っ」
 私は今まで出したこともない、怒りと悔しさと羞恥が滲み出た息を吐きだした。
 今、アイルを黙らすのは簡単だ。只一言、怨霊が集まりそうなほどのどす黒い声色を使って、黙りなさい、と静かに言葉にするだけでいいのだ。
 だが河童は言った。それが出来るのは三回までだと。
 そして私にはあと一回しか残されていない。貴重な一回をここで使うわけにはいかなかった。
 恨むぞ、河童のにとり。次に会った時は容赦しないと心に誓った。
 久しぶりに街へ出たのは勇儀からのお誘いもあったし、何より私が久しぶりに外を歩いてみたかったのだ。
 だがそれは私に大きなトラウマを残す事となった。
 地獄の旧街道から一本外れた暗い道を歩く。ここならばあまり妖怪も通らないと高をくくっていたのだが、アイルはこの地獄でも随分人気者らしく、奥に進むにつれて、野次馬たちの声が私の心に届き始めていた。
 アイルと私の関係は、人々の口伝えによってあらぬ方向へと進んでいったのだ。よくあるデマ、と言われる物だった。
 もちろんある程度は予想していた。しかし、まさか恋人同士という設定にまで発展しているとは思いもよらなかった。
 仮にも地霊殿の主である私に、ワンパターン言いなり人形との恋に落ちる可能性を考えること自体が、味噌汁にヨーグルトを入れてマヨネーズをおかずに食べるぐらい、あり得ない事で、もはや頭が狂っているとしか思えないのだが……
「あれがアイルか……本当に人間みたいだ。顔以外は」
 何だか胸が苦しい。とっても苦しかった。
 多分、恋煩いでは無いと思う。
 絶対に。
「さとりすぁま大丈夫ですか?」
 アイルが私の事を変な呼び方をしたような気がするが、今回ばかりは見逃してやろうと思う。なぜなら私の気力がもう残り少ないから。

「おう、来たか。って、その様子だと随分と苦労したみたいだな」
 店の中では、勇儀が日本酒の一升瓶を空けていた。その横にはお燐やパルスィなどの見慣れたメンバーが一緒に酒を飲んでいた。
「……酒を持ってきなさい」
「お、いいねえ。ほら、どんどん飲みな」
 私がどっかりと席に座ると、アイルは私から二メートルほど離れて立っていた。
 アイルには必ず守る事があった。それは、妖怪に対しては、二メートルの距離を保つ努力をする事。命令以外では、不可抗力を除き、決して妖怪に触れない事。
 どんな状況になっても、アイルはそれだけはきっちりと守ってきた。なぜだろうか、私には分からないけれど、これもきっとにとりの仕様なのだろう。
 出来れば、相手をしない時は黙っていて欲しかったが。
「地底じゃあ、さとり様はアイルにべったりと付いているってもっぱらの噂です」
「まあ、人形だから仕方ないのは私たちも分かっているよ。けどそこまでいちゃいちゃされると、ねえ……」
「よからぬ妄想をして、楽しいですか? パルスィ」
 苦笑いのパルスィ。いい気味だわ、と何だかすさんだ心で一杯目の日本酒を飲みほした。
 すると何者かが私に近づく気配がした。それも一瞬で、ともすれば見逃してしまいそうなほどだ。しかし、私はこんな事をする人物を一人ほど知っている。
「……ん? ちょっとアイル。こいしを探して頂戴」
「了解です」
 そう言ったアイルが私をまっすぐに指差す。つまり、この線上にこいしはいるのだ。
「ほら、かくれんぼはおしまいよ。こいし」
「あれえ、何で見つかっちゃうんだろ」
 こいしは意外そうに声をあげその姿を現した。私の鼻先50センチメートルほどの場所にこいしはいたのだ。
「アイルはだませないわよ。だって、彼女には意識が無いんだから」
「うわあ、まさかこんな所で私の弱点が見つかるなんて……」
「もうこれで、勝手にふらふら出かけられないわね」
 私はこいしの頭を優しく撫でた。
「むう……」
 アイルを連れて良かったと思う数少ない事の一つに、こいしの監視に役にたつ事があった。さらに、こいしはアイルの事をよく可愛がっており、暇を見つけてはペット達と共にアイルとのお話をせがむのだった。
「ねえ、アイル、お話ししましょう? ひさしぶりに」
 くるりとこいしは振り返って、アイルの方を向いた。こいしがアイルと話すには、私が命令をしないといけない。普段は私が忙しく、そんなひまもないためあまりアイルを他人と喋らす事など無いのだが、今日のような時間のある日は積極的に話を聞いてもらうようにしている。
「アイル、こいしと話をしなさい」
「了解です」
 こいしとアイルが楽しそうに話をする。会話、というよりはアイルの話にこいしが耳を傾けているだけのような気もする。
「最近、調子いいみたいだね」
 勇儀がこいし達の方を向いて、嬉しそうにしていた。
「アイルの扱いが分かってきましたから」
「アイルは歩く雑貨辞典だからねえ。あの知識の量には感服するよ」
「量はあるのですが使い方はいまいちですね……」
 アイルには不思議な魅力がある。最近ではこいしやペット達からアイルとお話をしたい、という要望が数多く出ていた。そう言った時、私はペットにペットの世話をさせる感覚で、アイルの相手をペット達にさせるのだが、ペット達からの評判もいい。
それは、人間のように言葉の裏側が存在しないから、なのだろうか。
 ちなみに肝心の実験の方は全くと言っていいほど成果は上がっていない。
 アイルが起動してから幾日が経ったが、アイルに自我が芽生える様子は一向に感じられなかった。
「アイルは未だに感情が無い。でもさ、感情なんて生まれるのかね? だってゼロに何を掛けてもゼロだろう?」
 片手に酒を持って、勇儀が尋ねてくる。
「そんなの私に聞かないで下さい。私はあくまで実験のお手伝いをしているんですから」
「ふうん……あのままだと、何も起きなさそうだけど。アイルは感情に関する言葉や理解をしていないからね。ほら、ここまで来る時にさとりの事を全く考えていないあの行動と言い、まだまだ自律型、というには程遠いな」
「その意見は、是非あの河童と魔法使いに言ってやってください」
 私はさらにお酒を注文する。程よい照明に照らされた店内は、私たち以外には客がおらず、物静かな空気に満たされていた。アイルの音量を、最小にしても若干耳に聞こえるほどだった。
「さて、今日は楽しく宴会と行きたい所だけど、ね」
 勇儀の声が一層低くなる。表情は変わらず微笑んでいるが、その目の奥は、ひっそりと暗くなる。
「……私の、この人形を受け入れた事を喜ばしく思っていない連中がいるのですね」
「元々地底は地上を追われた妖怪が住む所だからね。最近ではましになってきているとはいえ、まだまだその根幹にある感情は取り切れていない。そんな中で、地霊殿の主であるさとりが地上の依頼を受けた、というのはあまり印象がよくないだろう」
「……それも、私の責任の取り方ですから」
 お空が引き起こしたあの異変のお蔭で、私のペットに対する反感が生まれたのだ。今回の事で、その黒々とした感情を私の所に一つにまとめることで、無駄な争いを避ける狙いもあった。
「これで、一部の過激な連中は、主人であるさとりを狙う事だろう。今後、周囲には気をつけた方がいい」
 心配をする勇儀に、私は自信満々といった表情で言い返す。
「一人、叩きつぶしておけば、大丈夫でしょう?」
 私には自信があった。どんなに嘘が上手な妖怪でも、私の前では裸同然でその真の姿を現す。無防備な心の前では、どんな屈強な妖怪も膝をつき、喚き、そして懇願する。
 もう、止めてくれ、と。
 それが妖怪をも恐れる私の能力だから。
「いいかい、さとり。その発想がいけないんだ。私が言うのもなんだが、なんでも力任せにしちゃあいけない。時には柔軟な発想と、何物にも耐える強い心が必要なんだ」
「しかし、私にはこれ以外の方法を知りません。その人の本当の姿が聞こえてしまう私には、そんなキレイな方法は使えないのですよ」
「さとり……」
「むこうだって、私の能力ぐらいは知っているはずです。仮に知らなくても、私と話せば分かるでしょう。もう、長い間私は他人と距離を置きすぎました。今さら変化する事など、もう難しいのです」
 私はお酒の瓶を手に取り、透明なコップにとくとくと酒を注ぐ。そうして、コップの半分ほどで、注ぐのをやめて、勇儀に差し出した。
「今日はこれでおしまいよ。そして、私は大丈夫だから」
 それは終わりの合図。そして宴会の始まりの合図でもある。
「……まあ、何かあったらすぐに呼んでくれ。多少は力になれるよ」
 勇儀のその言葉に、嘘は無かった。
「さ、楽しい宴会の始まりだ」
読んでいただき、ありがとうございます。
後編へ続きます。点数はどちらに入れてもらってもかまいません。


追記:タイトルを直しました。いつのまにか「住処」になっていました。申し訳ありません……
suke
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コメント



0.510簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
さとり、にゃあん! 猫耳追加で。
難しい題材をうまく描いているなと思いました。
後編へいってきます。

誤字報告。

>小明地さとり
 古明地。

>人形のくせに自分の行った事をごまかすなんて。
 これは言ったかな? おこなった、だったらごめん。

細かなとこですが一字下がっていなかったり、改行がおかしくなっているとこもあり。
4.90名前が無い程度の能力削除
すいすい読める
おもしろい
11.100ずわいがに削除
アイル良いキャラし過ぎだろww
本当ににとりに作れるのか?
続きにwktk
12.90llllll削除
なんか、いいね(^ー^)/