Coolier - 新生・東方創想話

魔法少女の十回忌

2010/01/15 18:12:41
最終更新
サイズ
55KB
ページ数
1
閲覧数
943
評価数
9/39
POINT
1970
Rate
9.98

分類タグ


「今何時くらい?」
「11時50分くらいね」

雲一つ無いのに星一つ拝めない冬の空の下
一面雪化粧の魔法の森

懐中時計で時間を確認しながら
パチュリーは小高い丘の上にそっと腰掛けた

「あら、そんな場所に座ったら服が汚れるし、冷えるわよ?」

パチュリーが座っている場所には雪以外何も無かった。


「いいわ、そんな事気にするのも面倒よ」
「ふーん…魔理沙みたいな事言うのね?」


パチュリーの気の抜けた返事に、笑いながらジョークを飛ばしかけてみたが…
やはりクスリとも笑ってくれなかった。

ここらへん…この魔女は変わらないわね

私の視界には黒い帽子を目深に被っている金髪の少女が居た
私は遠くで珍しく大人しくしているその少女から目を離さないようにしながら
ゆっくりとパチュリーの隣に腰掛けた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



・2075年12月22日

世も末?
世紀末?

そんな表現がしっくりくるのかも知れない
まだ四半世紀残ってるけどな

とにかく、
現状は凄惨たる物だ。

外の世界では
人間の技術が進化を続け、自然を完全にコントロールする事に成功した。

それはどういう事かと言うと
地上から植物と微生物を除く全ての種族
…端的に言えば人間にとってイレギュラーな存在である動物を全て滅ぼし
植物の成長や潮の満ち干き、気候、気温、湿度、更には地殻変動まで
自然の全ての変化を人間の支配下に置いたのだと言う


外の世界はそんな状態
人に、世界に忘れ去られた物が流れ着く場所、ここ幻想郷にも、その影響は勿論及ぶ


外の世界が進歩すれば、幻想もまた然り
もう、幻想郷では星なんて見え無くなっていた。純粋に空気が汚いのだ
見れても私のスペルカードぐらいのもので
それすら、私が年老いていくのと共に夜空から姿を消していった

幻想の住人の心は荒ぶ一方である。


さて、最近外の世界から流れ着いた物はたくさんある。

一つは動物
人間に死滅させられた動物の生き残りが幻想郷に流れ着き
その多くが妖怪と化した。
絶対的に、妖怪の数が増えたのだ。

二つ目に道具
実はこれが1番に重大な問題なのだ。

人間が道具を得た、それは人間が力を得た、と全く同義である。

昔……
私が異変を解決しようと妖怪を退治してた時期だから本当に相当昔だ
人間は妖怪に食され、掠われ、虐げられ、異変の度に振り回された。

ただ、今はどうだろう
今妖怪が人里に立ち入ればどうなるか

そう、立ち入った瞬間に
無数の鉄の塊が目にも留まらぬ速さで押し寄せる、それはもう弾幕のような勢いで

それが今の人里

今の人里には、あの八雲紫でさえ迂闊には近寄らない

たった数十年と言う短い期間で
人間は、幻想郷の主として君臨した八雲紫を脅かす存在にまで、化けた

そしてタチの悪い事に
人間は妖怪を退治する事を試みた
自らに害を及ぼす者は即ち敵、これが人間の単純明快な思考回路である。

昔の妖怪退治は非常に単純

人間が集団で重そうな荷物を担いで、えっちらおっちら山やら森やらに入り
あっという間に返り討ちに遭って終わり
運良く退治出来るとすれば、一部の夜雀程度であったろう

しかし、前に述べたように今は違う。
人は力を有するのだ

その力に屈するまいと、鬼はその横暴さを強め、人掠いは更に激化した。
人間の力を危惧した地底、天界の妖怪は、二度と地上に出て来る事は無くなった。
荒廃した幻想に嫌気がさした山の神々は新しい信仰の層を求め、旅立った。
白玉楼は生者の立入を全面的に禁止した。

今や、機械文化に順応した天狗や河童達が、人間に対する妖怪側の主力だった。


そんな人間が妖怪と対等以上の力を持って潰し合うご時世
悲惨な末路を辿った者も、やはり居る。


まず一人は上白沢慧音

歴史を守り、人を守り、人里の守護者として存在した人間と獣のハーフ
寺子屋で教師をする等、人間との結び付きは妖怪の中で誰よりも強い彼女だが

人里での彼女のあだ名は
「汚れた者」

荒れた世、対立する二勢力、その二勢力の間の子
ありふれた称号とは言え、それは彼女を苦しめた。

人間は彼女に容赦無い鉄の塊の弾幕を浴びせた

瀕死状態の際、妹紅に救われ一命を取り留めたらしい
今は、妹紅と共に永遠亭の世話になっているようだ
流石に、永遠亭はまだ人間に見つかっていないのだ

二人目
悲惨な末路、というテーマに於いて、最も特筆すべきは彼女であろう
「悪魔の犬」と人間に恐れられた完全で瀟洒なメイド
十六夜 咲夜

彼女は完全に人間だ
だが、彼女は妖怪の肩を持ち、人間に仇成す存在。そう、「異端」として認められたのだ。

そんな彼女には、当然の如く討伐チームが組まれた。


こうして、十六夜咲夜は殺された
人間でありながら人間に、だ

変えられぬ運命と、その能力のために誰よりも早く、深く知っていたのに
従者のために闇雲に戦い続けたレミリアの姿には、胸が痛んだ記憶がある。

咲夜の時間を操る能力と、レミリアの運命を操る能力と
フランドール・スカーレットと言う凶器(この場合は狂気の方が適切だろうか)
この三つが揃っても、人間を返り討ちにする事が出来なかったのだ



さて、人間と言えば一人忘れていた
博麗 霊夢だ

まぁ…忘れていたぐらいの存在なのだが…

博麗大結界を守る博麗の巫女であり
過去に於ける私の戦友で親友である。

よく神社にお茶をたかりに行った物だ
まぁ…今なんて私が神社の敷地に入った時点で殺されるんだろうな、悲しいが時間の流れなんてそんな物だ


霊夢は人里の男と結婚した。
もっと結婚とか、伝統とか、そんなちっぽけな事をぶっ飛ばしてくれる奴だと思っていたのだが
その事を問い詰めた私に対してのあいつの返答は、私を酷く落胆させた。


--これが、博麗の巫女の使命なの


いつもふわふわして、宙に浮いてるような奴だったのに
その時は地に足がついていた。


それ以来、あいつとは会って無い。
噂に聞く所、霊夢は子供を産み、巫女としての仕事をしっかり娘に教えた後、老衰で亡くなったらしい

葬儀は人間達だけで行われた。
博麗の巫女の葬儀に紫が出れない、なんて事は過去に一度も無かったらしいが、
今回それが起きた

幻想郷のパワーバランスの崩壊を、今1番よく示すエピソードではなかろうか
堂々と出れないなら面倒臭い、紫自身の思考はそんな程度であろうが


このように、人間も妖怪も、この長い間に随分と変化した

変化しない者が居るとすれば…アイツか
森近霖之助

アイツはいつも通りの商売人
お金を出されれば商品を売る、出さなければ売らない

それだけ

ただ一つ変わったとすれば店の繁盛具合か
アイツのスタイルは一つも変わっていないが
今も昔もあの店は幻想郷唯一の道具の流通ルート

ただ昔に比べ、今や道具の存在価値が跳ね上がっている

昔私があの店に行った時に椅子代わりにしていた箱…パソコンって言ったっけか?
あの式が今や幻想郷の中心だ
本当、世の中がどう変わるのかは、予測出来ない


店には、毎日人妖問わず多くの客で賑わい
外の世界から流れ着いた武器等が取引されている。

アイツが人間に武器を流している
そう言う見方もあるが
ただ、売らなければどうなるか
その結果は明白である。


商売する事、それが、力を持たぬ半人半妖の男、森近霖之助の自衛手段であった。

このご時世
皆が自衛の事で手一杯なのだ

私とアリスの住む魔法の森もまた然り
今、森にはアリスの人形が徘徊している
侵入者が現れれば、すぐに攻撃を仕掛ける。

事前に連絡を入れた者でなければこれを免れる事は無い


説明は長くなったが
今の幻想郷はこんな感じだ


さて、些か突然ではあるが、私は日記をつけようと思う

日記帳は、遥か昔にアリスから貰った物
埃を被って部屋の片隅にあった。

今時、手書きで日記を付けてる奴なんて居るのだろうか
私の知る範囲では、アリスだけである。

そんな古臭さ全開でこれから書くのは
私がこれからしでかす事
その一週間の軌跡
そして未来への布石である。

ちょっと言い回しも古臭いか?


………
つまり
私が生きた証を示すための記録である。



・2075年12月23日

今日も変わらぬ一日


この書き出しで始めるのは、何回目なのだろう?
でも、変わらぬ一日なのだから仕方ない

いつも通りの一日を過ごし
こうしていつも通り日記を書いて寝る

一年の大半は日常なのだから、当然と言えばそうだ
日常の中身は年々殺伐とした物に変化してるが
日常は日常であった

ただ、明日は少しばかり勝手が違った

クリスマスイブ、12月24日

私は何年前からこの日を魔理沙と過ごすようになったのだろう

近所付き合いの発展からスタートした物であるし、当初他意なんてなかった
しかし、年数を重ねる毎に、この日は特別な日になったし
魔理沙に対する感情も特別な物に変わっていった


魔理沙とは互いに本気で愛しあっているし
誰に見られる訳でも無い日記だけど、そこに書くのも躊躇われる事もしてきた

まぁ…近年はそんな事にはなっていない
私は人間を辞めた魔法使い
魔理沙は人間

違う種族の二人の間には、越えられない壁が存在する
その筆頭とも言えるのが老いである

先天的な魔法使い…パチュリーのような魔法使いは、とても成長が遅い
今パチュリーは150歳程度だが、1000歳ぐらいを越えるまで老いの傾向すら見えないと言う
500歳を超えた吸血鬼が幼女であるように、100歳そこそこの魔法使いは少女なのである。

次に、後天的に魔法使いになった人間…私のようなパターンだが
このパターンは、捨虫の魔法を取得した瞬間
…つまり、人間から魔法使いに変わった瞬間に、成長が止まる。

捨虫を取得するには数十年かかる。
故に、後天的な魔法使いには中高年程度の年齢層が多いのだが
(外の世界で魔女と言えば老婆、となる所以もここらへんである。)
しかし、私は恵まれていたのか、十代の内に取得する事が出来た。

そう、私はこの容姿のまま生き、最後はこの容姿のまま死ぬのだ

成長が止まると言っても、寿命はあるのだが、それでも人間の十倍程には伸びている。


本来、魔法を使う者とはこの二つのどちらかである。

捨虫も取得せずに上級魔法をバンバンぶっ放す魔法使いを私は聞いた事が無い。
魔理沙以外

それ程の実力があるのだ、その気になればすぐにでも人間を辞められるであろうに
魔理沙は断固として人間を辞めたがらなかった。

そうしている内に、魔理沙はどんどん成長を続けた。

背丈は私の鼻先程であった筈なのに
気付けば私を簡単に追い越していた

魔法の面に関してもそうだ
私やパチュリーが十数年かけて取得した魔法を、魔理沙は僅か4年で取得して見せた。
弾幕で勝負しても、いつからか私もパチュリーも魔理沙に歯が立たなくなっていた。

"常にはた迷惑で、目茶苦茶な奴だけど、人間にしておくには余りに惜しい"
とは、パチュリーが魔理沙に対して下した評である。
確かに、魔法使いに魔法で勝負を挑んで、圧倒的に勝ってしまう人間を私は聞いた事が無い。
魔理沙以外


そうして、あっという間に私達を追い抜いていった魔理沙は

また、あっという間に年老いていった

顔に、手に、首に皺ができ
腰は屈み背丈は私の目先程になった。
億劫そうに歩くようになって
弾幕勝負で私やパチュリーが負ける事はなくなった。


明日も、魔理沙は自分の家で横になっているだけであろう
でも、傍で寄り添えれば充分だ。


………
理解を超えた奴だけど
やっぱり私は魔理沙を愛している。


・2075年12月24日

ベットの上で仰向けに寝た私の左手を取って包むようにしながら、椅子に座ってアリスは寝ていた。

クリスマスイヴ
煙突から侵入したならば、そのままサンタが焼死してしまいそうな程に暖炉が燃え盛っている
ここは、私の部屋


いや、時代の主流はストーブだし、私もストーブを持っているが
やはり風情が無いと無理を通して私は暖炉を使っている。

横目で、再びアリスの様子を見る。
時折頭がふらふらと揺れてこそいるが、うん、しっかり寝ているようだ

私もいつもの感じで寝てしまう所だったが
今日は、それをしてはいけない

今日は、決意の日。
ふと思えば、最近はアリスを家に呼ぶばっかりだし、呼んでもこうしてばっかり
だった。

昔は様々な場所に行き、様々な事をして遊んだものだが
如何せん、私は年を取ってしまった

体を動かす事がそもそも辛い
昔のように弾幕勝負!
とか、本当にしたいのだが、最近は体が言う事を聞いてくれない

私は最近一日の大半をベットで過ごしていた

それはそうとして
しかし折角招いたアリスをそれに巻き込んでしまって
アリスは不満でないのか

私は気になって仕方無かったのだが
「ううん、良いの、私は魔理沙の傍に居て、魔理沙に触れられる事が幸せなんだから」


アリスはそう微笑んでくれたのだ

年をとると涙腺が脆くなるとは、本当の事だったのか
ガラにもなく泣きそうになっていた。


そんな訳で
最近は会ってもこうして横になっている私にアリスが寄り添う形が主なのだ。


もう一度、アリスを見る。
幸せそうな顔をしていた。

その様子を確認してから、私は寝ながら繋いでいた手をゆっくりと解いた

別れの際になって、やはり未練は残る。

もう一度アリスと弾幕勝負をしたい
もっとこの幸せそうな寝顔を見ていたい
もう少し、アリスと同じ時間を過ごしたい

それでも、私は行かなくてはいけないのだ
日記の最後のページをちぎり取った


私の老化か、箒の老朽化か
もう昔程のスピードは出なくなった箒に、私は跨がった。





「で…話はそれで全てかしら?」
私の前には八雲紫が腕を組んで居た。
そう、私は計画の遂行のため、迷ひ家を訪れて居た。
長い事幻想郷に暮らしたせいか
迷ひ家に迷わずに行ける、と言う無駄な特技を身につけてしまった。

「あぁ、全てだぜ」
紫の質問に私は躊躇う事無く答えた
「うーん…私にあんまりメリットが無いのよねぇ、楽園のルールに触れるし、百害あって一利無しね」
どうも不機嫌そうに答える紫
理由は単純、寝てる所を起こしたからだ
それもちゃんと考慮してちゃんと夕方に来たのになぁ…

「でもさ、幻想郷のためだ、頼む紫!」
語気を強めて頼み込む

それを見てどうにも呆れ顔の紫
「はぁ…怒った映姫ちゃんがどれだけ面倒臭いか知ってる?それに幻想郷のためって…私から見たらそうには見えないわ、それは完全にあなたのエゴよ」
…確かに…それは的を射た意見ではあった
何のためでも無く、私のための今回の計画であった
そのために紫の協力は必要不可欠なのだが…

「やっぱり…ダメか…?」
「人間風情が、僅かな力を振りかざして『幻想郷のため!』って、もう仰々しいを通り越して、滑稽ね」
寝起きの不機嫌顔のまま、一蹴される。
結構痛い所を突かれてしまった

しかし、ここで引き下がっては意味がない
ならば格なる上は…
「目的は、私がやりたいから、それには紫の協力が必要なんだ、お願いします!……これじゃダメか?」


当たり前のように土下座した私

昔はもう少しプライド高い人間だった気がするが…
まぁ…そんなのどうても良いと言うのが今の感覚だ


「滑稽さが増しただけね、ふふ」
クスクスと笑い始めた紫
…そんなに面白かったか…?私の土下座

「まぁ、そう言う滑稽さは嫌いじゃないわ、良いわ、協力してあげる」

突如上機嫌になって答える紫、やはり気持ちは素直に伝えれば通じる物だ
…と思う

「でも…ひとつだけ確認するわ」
そこで突然、紫の表情が神妙な物に変わる
「それを実行したら、あなたがどうなるか、それは理解しているのかしら?さっき映姫ちゃんの話も出したけど、それ程の問題よ?」

楽園の裁判長
私なんかが易々とちゃん付け出来る相手ではない

確かに、これは幻想郷の倫理に触れる程の問題であった

「あぁ、理解してるつもりだぜ」

紫の問いには、しっかりと答える
こう言う質問がある事は、事前に予測していた


「それで、覚悟はあるのね?」
「………あぁ」
二度目の質問には少し躊躇って答えた。

「そこまで言うのなら、文句は無いわよ」
紫の答に、ふぅ、と、一息つく
どうやら、問題無く事は進みそうだ

「ただ、やっぱり時間は必要ね、こちらとしても準備はあるし、後、必要な物もモノもあるわ」
どうせ机上の空論引っさげてきたんでしょ?と問いかける紫
しかし残念、その事なら、事前に準備はしてある。

「あぁ、それは承知の上だぜ、さっきも話したと思うが、後でにとりの所に行くしな」
「あら、意外ね、なら問題は一つも無いわ、一週間後、12月31日に来て頂戴、命日にはピッタリじゃない」

クスリと微笑む紫

「あぁ、そうだな」

負けずに笑いで返してやる。


………
でも、一つだけ気掛かりだった


「一週間後なんて、紫にしては珍しいじゃないか、最悪すぐにでもやるもんだと思ってたぜ」
簡単に済む面倒な事はさっさと済ます。
それがコイツだと言うのに

「さっきも言ったけど、こっちとしてもやっぱり準備は必要なのよ。
それに…あなただって未練遺して来たんでしょう?それを解決して来なさいな」

「…さ、さぁて…何の事かな…」

我ながら、最低に下手くそなシラの切り方であった。


・2075年12月24日


夢を見ていた

隣に居る魔理沙の姿から考えると、もう50年以上前の…だろう

当時私の身長は魔理沙より高かった筈だ

同じ布団の上
私は魔理沙に語りかけていた


「ねぇ…なんで捨虫をしようとしないのよ…」
魔理沙に背を向けて、壁に語るようにして問い掛ける私。
声色は非常に落ち着いていた。

昔の私が稀にやっていた事だ
夜とは、どうしても思考がネガティブになり易い時間帯である。
そんな時間に命について考えた時、どうしようも無い不安に襲われるのだ

そんな時は、こうして壁に向けて語りかける。
魔理沙に、こんな私を見せたく無いから

「簡単だ、人間でありたいからだぜ」
そんな時も、魔理沙はいつも通りの口調で、声色で答えた

「でも…なんでよ!?人間である事にメリットなんかないじゃない!」
この時の私は怒ってたのか焦ってたのか、自分でも未だに解らない
気持ちの整理がつかない時は、どうしてもあるのだ。

「…アリス、私は生きたいんだぜ?」
いつも通りに、快活な笑いを浮かべてそんな事を言う魔理沙

「なんでよ…そんなの人間でも魔法使いでも同じじゃない……寧ろ魔法使いの方が命は永いのよ?」
種族差による寿命の差
それは免れぬ運命
でも、人間と魔法使いはその限りでは無い筈なのだ

なのに…なんで魔理沙はその道を選んでくれないのだろう

先なんてまだ永いのに、そんな後ろ向きな思考だけが浮かんでは消え、また浮かんできた


「…私はさ」

唐突に、魔理沙が語りかけた

「常に新しい事をして、変化してこそ、初めて生きるって事になると思うんだ」


この時、私は魔理沙に背を向けていた
だから、魔理沙のこんな表情はこの長い歳月の中で初めて見る

そんな普段は絶対に見る事の出来ない神妙な面持ちで
ただ真摯に、自分の思想をその口から紡いでいた

「いつ終わるか解らない、それじゃ私は自分の意味を見失っちゃうんだ。
目と鼻の先に終わりが見える、それに急かされて私は生きてる。」

「違う、そんなの違う…生きる事自体に意味があるとは思えない…?」
反論する私の声は、なんでだろう、今にも消え入りそうだ。

「勿論それもそうだけどさ、どんなに短い生でも、私が居た意味をそこに遺せればそれで良いとも思うんだ
流星みたいに過ぎ去って、残像だけは暫く網膜に残る。って、ほら、何か私っぽいだろ?」

同意を求めるように、今度はニカッと笑って寄越した。本当に感情表現の激しい奴だ
勿論、当時の私はそれを見てはいないが

そんな私を尻目に、魔理沙は天井に向かって独白を続けた。

「それに、私はありのままが好きなんだ、私には人間として定められた何十年って寿命があるんだから
その間を必死に生きたいと思う。それで、次に繋いでくのさ、何か凄い生産的じゃないか
寿命を延ばすってのは魅力的な響きかも知れないけどさ、生きた意味を遺すのに、それは必ずしも必要な事じゃないぜ」

最後に、一言だけ付け加えた

「私に、無駄な時間は要らないのさ」

普段の理性の無さからは考えられない程、哲学的で、口の回る魔理沙だった
普段、ちょっとばかり年上面をしている事が多い私にとって、この魔理沙は新しく
自分が反論出来ない事に若干の悔しさを覚えていた

それでも、揚げ足ぐらいは取れる

「じゃあ、こうして人生倫理を語ってる時間は無駄じゃないのかしら?」

そう口にした瞬間
掛け布団がもぞもぞと動く様を感じた
後ろから手がまわりこんでくる

次の瞬間、私は抱き寄せられていた

少し戸惑い魔理沙の方を向くと、そのまま覆いかぶさるようにキスをされた。
少しだけ、いつもより長いキスをした後に
いつもの表情に戻った魔理沙は言った

「アリスと一緒に居る時間に、無駄なんて無いぜ?」

いつもの表情、即ち、いたずらっ子のような快活な笑顔だ
その表情は、卑怯…だと思う。単純に…

ただ、惚けていく意識の中でも、一つだけ疑問に思う事があった

「次に繋ぐ…って、魔理沙、彼氏でも作る気なの?」
彼氏、この世で最も魔理沙に似合わないワードであった

「まさか、霊夢でもあるまいし」
返答は、予想通りであった、が

「じゃあどうするのよ?」
「やっぱりアリスと子供を作りたいぜ、今の魔法技術なら生やす事ぐらいちょっと頑張れば出来るんじゃないかと思うんだが……」
「バカ!」


ムード台無しであった


…どうやら、夢の中での回想はここで終わりらしい
なんとなく、意識が引き剥がされてく感覚がある。

…しかし、夢とは思えないリアルさだった。
まぁ、私はアリスで、さっきまで見てたのもアリスなのだから、夢なんだろう

しかしながら良い所で終わる夢であった

聖夜の夢だ
最近のサンタもそこまで馬鹿ではないらしい、うん



………
しかし…私の馬鹿な一言で終わってしまったこの会話
この会話を夢なんて形で再び聞かされた意味は何なのだろうか

この時の私は魔理沙の事をちゃんと理解してあげてなかったのだ
…或いは、今もまだしていないのかもしれない、多分、そうだ


"生きた意味を遺すために生きてる"
その考えは年老いて、死と言うワードがちらつき始めてる今でも変わっていないのだろうか

私には、解らない



先程まで見ていた過去の映像が、完全に脳裏から消え、睡眠中の視界は真っ暗になった

…でも、意識だけはまだあるような気がした、睡眠中であるにも関わらず、だ


そんな真っ暗な視界の中に
一筋、光が走った
それはさながら夜空と流星のようであった
光は数を増す、さながら流星群と言った所か

手を伸ばす。視覚は出来ないけれど、目一杯手を伸ばす。
流星を掴めそうな気がしたのだ。

でも、それは叶わない、手を伸ばしても伸ばしても
流星は其の手の内には収まらない

‐確か…昔、魔理沙はこんなスペル使ってたなぁ…

流星と魔理沙の姿を重ね合わせた時
ぼんやりとしていた意識は急速に現実に引き戻された。


「魔理沙!!!」

布団から起き上がる


大概、うなされながら寝ていて、突然恋人の名を叫びながら起きたなら
「どうしたアリス、うなされていたし、顔色が悪いぞ?具合でも悪いか?」

なんて小馬鹿にされながら日常に回帰していくのがラブコメの王道というものである。
物語に私という主人公が居て、もしこの物語を紡いでいる者がいるとしたら

その人間は王道を行くような洒落たセンスを持ち合わせて居ないようであった。


・2075年12月25日


「へ?え?そ、それは…どういう事?」

幻想郷で一番機械文明に適応している種族、河童
その中でも最も扱いに慣れている者の一人、私の大親友の河城にとりでさえ、これは意味が判り兼ねたらしい

しかし、彼女の協力無しにして今回の計画に成功は有り得ない
辛抱強く、説明を試みる
「えっと、だから、これをデータ化して、機械に取り込んで…」
「ちょ、ちょっと待って、理論は解るよ?でも…でもさ……」

理論通りに事が進んだ場合どうなるか
これだけ機械に精通しているにとりだ、話を聞きながら理解してしまったに違いない
尻すぼみに言葉に勢いが無くなっていく

「成功率はどの位になるか、聞きたいんだ」

そんな様子のにとりを気に留めない風を装いながら、私は話を続ける。

「……いや、理論は間違って無いし、今の私なら、一応、不可能な事では無いと思うよ…」
「そっか、なら良かったぜ」
そこで、話は終わった

沈黙、何かを考え込むにとり

私は何故か自然と、落ち着いてその様子を眺めてた。

「ねぇ…」

静かに、にとりが口を開く

「確かに、不可能ではないけど…その後……」
「いい、それ以上は言わなくていいぜ」
私は無理矢理制した。

「魔理沙の友達として、私はこれに賛同出来ないし、協力も出来ないからね」
なんともにとりらしい
予想通りの返事だった。

「にとりだからこそ、お願いしたい事なんだ、確かに、にとりに相当な負担をかけるんだけどさ…」
「違うよ!そんな理由じゃないよ!」

ここまで感情的なにとりは初めてだった。
何を言わんとするかは、勿論解った。

「なんで…なんでそんな事をするの…?それは、こんなにも色んな物を捻じ曲げてまでする必要がある事なの…?」
にとりの言い分も、もっともなのかも知れなかった。


………
ただ…ここで引き下がる気も無い


「私はいつだって、自分のしたい事をしてるだけだぜ」
この上なくダメダメで、且つ私らしいセリフを吐き捨てて
ニカッと笑ってみせた。

この笑いを見せ付けた後、大体の人妖はため息をつく
その笑いを何度と無く見てきたであろうにとりもその例には漏れず

「はぁ…」

大きなため息をついた後、一言だけ言って寄越した。


「向こうで、きゅうり一杯用意しといてね」
「わかった、恩に着るぜ」


交渉成立だった。



・2075年12月26日


手がかりは一つだけだった

昨日はとにかく森の中を回ってみた
魔理沙が行方不明になって二日

いなくなった直後の部屋にはこんな紙が残されていたのだ
"紅魔館"

あんまりにもあからさま過ぎるために疑ってしまったのだ

灯台下暗し、魔理沙の良く用いる手法である。

最初は年甲斐もなくふざけていると思ったのだ、たまにこういう事するし
でも、森とその周辺をくまなく探しても見つからないと言う事は
端から私の見当違いだったと言わざるを得ないのだろう


なら、最初に書いた通りだ

先日の夢の件もある
あれは私が私に送った警告なのかもしれない

今は魔理沙の言う通りにしよう



館の主の部屋まで案内されながら、そんな事を思っていた。

私を先導するのは紅い髪をした少女
咲夜亡き後メイド長になったらしい小悪魔だ


かつて、広大な紅魔館はほぼ咲夜が管理していた
その下には大勢の妖精メイドが居る。

妖精メイドは、これをやれと言われた仕事はこなせる
しかしながら、他人に指示をしたり、多くの仕事をこなしたり、他人を案内したりは出来ない
自然の権化たる妖精なのだ、当然である。
それで、悪魔の館たる紅魔館のメイド長は人間だったのだ

一方、小悪魔はパチュリーに召喚されて図書館の司書をやっていた者
メイド長への転身は、所謂ヘッドハンティングなのだと言う
勿論、そこに小悪魔の意見は反映されていない

「ねぇパチェ、そこのリトルにメイド長をやらせたいのだけれど」
「新しい子を探す余裕も無いのね、まぁ、レミィが望むのなら構わないわ」
こんな一言二言のやりとりだけで異動は成立したようだ

今までのパチュリーの世話に加え、レミリアの世話にフランの暇つぶし相手
妖精メイドへの指示や昼寝する門番を外まで起こしにいったり客人を案内したり

悠々自適な生活を送っている私からは考えられない過密スケジュールであった
それでも毎日こうして健気に仕事をこなす彼女には涙せざるを得ない所だ

自律人形…人の意思の関与無く動ける人形
その研究を急ごう

素直にそう思った瞬間であった
私の夢や自己満足とかの問題ではなくて
急がないとこの子は過労死してしまうのではないか、本気で心配であった。


そうこうしている内に、レミリアの私室の前に到着した
以前は咲夜が能力で距離を縮めてくれていたために感じなかったが
やはり紅魔館は相当広大であった、廊下だけで何キロってレベルではなかろうか

幸い、レミリアは起床済みらしい
急ぎながらもレミリアの起床時刻だけは計算した甲斐があった。

「入りなさい」


私が此処に赴く事も、当然運命の内なのだろう
ドアの向こうから声が届いた

ドアを開け、部屋の中央へと進む
いつも通りの姿で、いつも通りのテーブルで悠々と紅茶を飲むいつも通りのレミリアが居た。

「何年経っても、この光景だけは変わらないわね」
「…そうね、変わったのは紅茶の味ぐらいかしら」
この館では毎回していた挨拶であったが
今回それはタブーであったようだ

「あ、違う…そういう意味で言った訳じゃ…」
「いいわ、軽い自虐なんだから、貴方の謝る所じゃないわ」
慌てて取り繕う私を、今迄見た事も無いような態度で制したレミリア
常に傲慢で、プライド高く、自信に満ち溢れていた吸血鬼
レミリア・スカーレットの影は、そこには無かった

「貴方にとっても、やっぱりあの存在は大きかったのね」
あの存在、とは、無論彼女の事だ

「そうね…」

それきり、レミリアは黙ってしまった。
私は何か目的があってここに居る訳では無い、漫然と居るだけだ
この状況で何を話すべきか、皆目検討もつかない

「これは運命…ね、我ながら、なんとも下らない響きね」
そうしている内に、レミリアは話を始めた
私に話しかけているのでは無い事は、彼女の視線が虚空を漂っている事を考えれば一目瞭然だろう

「反吐が出るわ、全く…」
瞬間、金色の物体が宙を舞った、なんとか受け止めると、その質感は金属のそれだった。
その物質を動かす度にジャラジャラとした金属の音が心地良い
注視すると、それは十六夜咲夜の愛用した懐中時計のようであった。
外側には血痕が拭き取られぬままにこびりつき、ガラス部分は罅割れ、針は0時0分でピッタリ止まっていた

「それをアイツに見せるのは、覚悟が出来た時だけ」

レミリアの説明は非常に簡潔で、故に解り易かった
アイツは誰か、覚悟とは何か、私も遂に状況は飲み込めた


「魔理沙だけは、いつまでもアイツ呼ばわりなのね」

状況が掴めた、急ぐ必要が無い事も解った。
少しだけ無駄話する猶予が出来ってもんである。

余裕が出来たからか、ふと気になった
格式高いレミリアがアイツなんて呼称で人を指すのは、私の知る限り魔理沙くらいのものだ

「アイツで充分よ、成人をとっくに越えても律儀にウチの屋敷を破壊して…何度弁償させようと思った事か」
「でもなんで実際に弁償させなかったのよ?」
当然の疑問である。
文々。新聞の一面
<悪魔の館、外壁損傷も犯人許し修理費自己負担>…なんて
なんとも間抜けで威厳を感じさせない見出しである。

「あー、それね、魔理沙を捕らえる度に咲夜がお仕置きお仕置きって、躍起になって魔理沙の所に行くもんだから」

うーん…確かにあのメイドはそういう所があった気がする…
紅魔館の実情その1、咲マリである
でも、メイドの色んな物の発散のために魔理沙は許されるのか
常々思うが、なんとも飼い犬、もとい飼いメイドに甘い主人である。

「いや、その度に咲夜がサディスティックな笑みを浮かべてて…
ちょっとゾクっときたのよ。あの笑みが見れるなら鼠ぐらい許してもいいなぁ…って」

多少、顔が紅潮している吸血鬼さん

「流石に色々と台無しよ」

紅魔館の実情その2、咲レミであった

自分の中のレミリアの人格の崩壊を受け止める覚悟は出来てなかったため
私は冷たく言い放ち部屋を出た。



「意外と長かったのね」

夕暮れ時だ、小悪魔は別の業務で忙しいのだろう
案内人無しに来た道を戻ると、大広間のテーブルで優雅に紅茶を飲んでいる魔女の姿があった。
パチュリー・ノーレッジ
一時、私の恋敵であったりもした彼女だが、本来的に非常に私とは仲が良い
私と魔理沙が親密になった事で、何らかのアクションがあるのかと思えば、そうでもなく
特に蟠りも無く、時折共に魔法の共同研究なんかもしている。

「貴方の事だもの、癇癪を起こしてすぐに飛び出してくると思ったのに」
さて、先制の嫌味を言われてしまった
私はそんなキャラだっただろうか

「あの鼠が関わると、アリスの性格は180度変わるわ」
想った事が顔に出たのか、返答は正確だった
苦笑いで誤魔化し、会話を始める。

「パチュリーが外に出るのは珍しいわね」
パチュリーが居住するのは紅魔館の大図書館
ここは紅魔館の大広間
実質的には外では無いのだが、この喘息魔女にしてみれば充分外だろう

「本来なら咲夜に図書館まで案内させてるわよ」
咲夜は時間を操る事が出来る、故に、空間の婉曲も可能
気づいたら見覚えの無い部屋に居る、なんて昔の紅魔館ならザラにあった
が…それは案内と言うのだろうか

「レミィから話は聞いたわ」
私が案内の定義について考えている内に、パチュリーは喋り始めた。

「その様子だと…充分状況を飲み込んだみたいね」
「えぇ…あなたの主が教えてくれたわ」
では、これから何が起こるかも
パチュリーはおよそ把握しているのだろう。

「その懐中時計、なんで壊れて汚れたままなのか、解る?」
徐にパチュリーは話し始める。
懐中時計は服のポケットに仕舞い込んであり、パチュリーに目視出来ない筈だが
それを私が受け取る事が、レミリアの言う所の運命なのだろう。

「アイテムに、持ち主の意思や能力が宿るなんて事は、ザラにあるわ」
「……流石、優等生の解答ね」
ならば、それ以上は言う事も無い、と言わんばかりに黙りこくったパチュリー

「…それを伝えにきたのかしら?」
パチュリーが動くのだ、もう少し重大な事と身構えていたばかりに、少し不安だった

「えぇ、まぁ、心配しなくてもアリスが乱雑に扱う事はなさそうね」
「しないわよ、流石に」
でも、本当に話はこれだけだった。
パチュリーに向かって小さく微笑んで、私は席を立った


………
「最後に一つだけ」
「?」
背中越しにパチュリーの声があった

「どうしたいの?」
難しい問いであったが、答えは決まっていた


「止めるわ……魔理沙を」

私は紅魔館を後にした。



・2075年12月27日

「あら、もういいの?」

私はまた、迷ひ家に来ていた

「あぁ、にとりには話を付けたぜ」
「もう一つは?」
紫の言葉は冷たかった
どうせ私が何もしなかったのは予想済みなんだろう

「昨日は家に戻って資料集めで一日終わったんだぜ、ほれ」
両手に抱えてたものをドサっと降ろす
数十年に渡って溜め込んだ資料だ

「全く、煮え切らないわねぇ。しかし資料…面倒くさい量ね」
「へへ、これでも一部だぜ」
紫は基本的に人の努力を認めるタイプじゃないため
たまに褒められるとちょっと得意になって顔が綻んでしまう

「褒めてない褒めてない、人間にしては上出来ってレベルよ。藍」
「はい」
紫の式神、八雲藍が飛んできた。

「これの検算をお願い、正しいかどうかね」
「待って下さい紫様…それでは橙と遊ぶ時間が…」
「一緒にやればいいじゃない、返事は?」
「あ、はい!」

…何年経っても、この一家の馬鹿さ加減は変わりそうに無いな
橙も大人になったと言うのに、何やら可哀相である。

「さて…」
紫がこちらに向き直る

「煮え切らない分は後に解決するとして、でも本番を前に練習しておくのも悪く無いわね」
「…練習?」
「引き剥がされる感覚に、慣れる練習よ」
紫の言ってる事が理解し兼ねた
練習、と言えど、具体的にどうするのだろうか…


「うわぁっ!?」
「じゃ、いってらっしゃ~い♪」
そうこう考えている内に、私の足元にはぽっかりと穴が開き
私は座った姿勢のまま垂直に落下した。



視界は真っ暗。
一筋の光すら見出せない、真っ暗。
堕ちきったのか、まだ堕ちている最中なのか
視界での確認は出来ないし、感覚も、この闇に呑まれていく
脳髄の中を掻き乱されるような気持ち悪さだ
気持ち悪い…気持ち悪い…ぐにゃぐにゃする…

不意に、光が見えた…赤い…いや、オレンジか?

その光はこちらに向かってきた
その光がが猛スピードで向かってきて、視界がオレンジに覆い尽くされた時
ぶわっと、視界が開けた

まず目に付いたのは、街灯
月光の下、オレンジに輝いていた
-最初のオレンジはこれか

次に、自らの傍にある巨大な塊に目が行った
入り口があり、窓があり…人が出入りしている
-建物か…
幻想郷では絶対に見る事の出来ない、天高く聳える建物
外の人間はこれをビルと呼んだ筈だ

ふと、冷静になって周囲を見渡す
色合いの基調は闇、夜だから当然だろう。
オレンジの街灯、光る建物、窓から漏れる光
闇の時間である筈なのに、我ぞ我ぞと他の色が自己主張を繰り返す

自分を取り囲むのは人、人、人
道路には車とか言う物体が走り、そいつらのためにある道路が無数に交差する
人は自分を取り囲んでると錯覚する程数が居た人は、私なんぞ見てもいなかった
書物を読みながら、新聞を読みながら、耳に細い線を入れたまま
ただ自分の前と足元だけを見て自分の目的地に向かっていた。
-こいつらは…人間か?…人形か?

風が生温い、気持ち悪い
風も、空気も、人も、建物も、光も
図書館で読んだ事がある気がする、これは外の世界の都市だ、と
こんなに気持ち悪い場所なのか…


そう思った刹那…先ほどと同じ感覚に襲われる
気持ち悪い…自分の中を掻き毟られるような…体の中で音がする…

周囲に目をやると、ぺしゃり、と音を立てながら私の目の前の建物が歪んでいた
ぐしゃりと、何者かに捻り潰されたような形に…屋上が地面に付く程にまで
それを皮切りに、次々に世界が歪んでいった
建物が、地面が、人が、音を立てながら婉曲していく
-どうして、こいつらは平然としているのだろう
周囲の人間を見る、ぐじゃぐじゃと混ざっていく、全て
其の中でも、こいつらは顔色一つ変えない
其の間にも、世界は歪む…ぺしゃりと押しつぶされたような…

その間にも、私の体内は犯され続ける
得体の知れぬ何かに
脳髄を掻き乱し、体中を弄り
私の中全てを搾り取らんとする何かが居るのは明白だった


………
「ーぁっ…っ、ぁぁぁぁぁっっつ!」
声にならない悲鳴をあげる
この体を弄られたかのような不快感
咄嗟に目を閉じていたようだ

目を開くと、一瞬目がやられそうになる程の太陽の光があった
-あれ…?太陽…?

そこに広がったのは一面黄土色の世界
幻想郷には無いもの、そう、砂漠
ただただ砂と太陽の黄色と空の青だけがその世界を征していた
-昼…?
先ほどまで私が居た場所は夜だ
一瞬にして世界が変わった?
-これは…後か…?跡か…?

吹き抜ける風はどこまでも乾いていた
風と共に砂塵が起こる。砂は私に纏わりついた。
視界を砂が覆う
それを払おうと手を動かそうとして、気づく
-動かない…

都市に居た時は周囲を見渡す事に精一杯で気づかなかった
神経が通っているような感覚が無いのだ
-…喋れない…
視覚はちゃんとしてる、耳も聞こえる、なまじ気持ち悪い程に触覚も生きてる
五感全てを残されたまま、私は動く事が出来なくなっていた

そう、雨に打たれる案山子、と言う表現が一番近いのかもしれない
ただ砂が肌にこびりつき、それをどうする事も出来ず、私は佇んでいた。

ふと、強風が吹いた
ザラザラとした砂が全身に纏わり付く
ザラザラと、ザラザラと
私を埋め尽くすかの勢いで、視界までもを覆っていく
視界は全て砂で覆い尽くされた

浮遊感が全身を包む
浮いているのだろうか、堕ちているのだろうか
また前進に気持ち悪さが走る、自分の中がぐちゃぐちゃに混ざっていくような…

視界は砂嵐
-砂嵐…砂嵐…

次の瞬間には、纏わりついた砂の感触は無かった
-どこだろう、ここは
遂に色彩と呼べるものは無くなった、白黒なのだ。
物質を見るに、ここは誰かの家の中だろうか
大きめのソファに、四人掛けのテーブル
パソコンにストーブ、ゲーム機と呼ばれる物も置いてあった
部屋の隅にはテレビ、電源は付いていたか、砂嵐の状態であった
-砂嵐とテレビの砂嵐…なんつーセンスだ
見知らぬ場所と言え、今迄の二つと比べると随分と安心出来る場所に到着した
久々に、冷静になる事が出来た
-少し、色々探してみるか

とりあえず、落ち着いて状況を確認したい
今何が起きてるのか、ここはどこなのか
さっきから私を蝕んでいるものの正体は何なのか…
-あれ…?
先ほどまでずっとあった気持ち悪さが無い…
掻き毟られるような何か…

「蓮子、ねぇ蓮子ってば!」

原因を考えようとしている最中だが、不意に声が聞こえた……どこかで、聞き覚えのある声だ
すっかり誰も居ない家かと思っていたが、この部屋がそうでないだけらしい

「どうして!?ねぇ!」

テレビの砂嵐の音だけのモノクロの世界にその声は響き渡る
しかし、声の主は見当たらない、絶対に聞いた事のある声だ
声の方に向き直ろうとした、先ほどの砂漠の時と違い、私は自由に動く事が出来た
だが、それはあまりに自由過ぎた
-足音が…しない?
どんな者でさえ、移動の際に音は生じる、それが…足音が…
-脚が…!?

顔面蒼白、顔があったならそんな風になったに違いない
-私の体は…どこ?

「ねぇ…なんでよ…」

次第に消え入りそうになって行く少女の声と共に
私の意識はまた闇に呑まれた


もう、体を蝕まれるような感覚は無い。



・2075年12月29日

私は、ただ座って紅茶を啜っていた
-この家は、ゆっくり時間が流れてるな

魔理沙に昔言われた事がある
深い森の中だ、家の主が物音を立てなければ静寂に包まれる

紅茶を啜る音だけが響く

私には、こうして待つ事しか出来ない

レミリアは
-覚悟が出来た時だけ
と言った

覚悟とは、失う覚悟、そういう事だろう
飼い猫は、飼い主に最期を見せないのだと言う
この失踪は、つまりそういう事だろう

でも、魔理沙は飼い猫でもない、ひとつヒントを残した
紅魔館
そして運命を司る吸血鬼から、十六夜咲夜と言う人間を宿した懐中時計を受け取った
魔理沙はこれを欲している

裏を返せば、ただで死ぬ気は微塵も無いと言う事だ
何かをしでかそうとしている。
あのぶっ飛んだ大馬鹿の考える事だ
私なんかには到底想像も付かない事だろう。

でも、これでも私は長年魔理沙と連れ添った者だ
この幻想郷を救うとか、きっとそういった事に違いない

それの善悪なんて、論ずるつもりも無い
でも、私は魔理沙を止める
武力行使だろうと一向に構わない


それが運命だろうが何だろうが関係は無い
魔理沙はまだ生きる

だから涙は無い


………
世界がどうあれ
私にとって一番大切な物は魔理沙だ


ただゆっくりと、紅茶を啜りながら待つだけである。



・207?年 月 日

日記がこんなに役に立つとは、思いもよらなかった
箒の上で、ちょっと日記を読み返し、やっと全て思い出した

ここは誰?今はどこ、何がどれでこれは何?
数分前までの私はこんな状態だ

最初に書いた12月22日の日記は他人が読むように付けたのに
結局私が一番重用してしまった

なんとか27日の日記は書き終えた
そのまま箒の上で日記をつける事にしよう



「ふぁっ!?」
「あら、可愛い寝起きね」
ストン、とどこかに落ちたような感覚と共に私は飛び起きた

「ここは何だ!?次は何?和室…うわぁっ!?紫!!」
「落ち着きなさい、ツアーは終了よ」
ツアー?ツアーって何だ?
あ、でも…体がある、喋れる…
あの地獄は終わりなのだろうか…周囲を見渡す

「そんなに自分の胸をペタペタ触っても大きくならないわよ?」
紫の嫌味を聞き流…す…?
いや、相手してる余裕はなかった、ひとつ異変に気付く

「おい…これ…どういう事だ?」
自分の体を確認するために胸に手を置いていた、その手を頬に持っていく
触る…相当昔に失われた感触がそこにはあった。
「そんなに心配しなくても、一時的に若返ってるだけよ、寿命は変わらないわ」
若返ってる…?腕を見、脚を見る。異変解決に飛び回ってた時期ぐらいの透き通った肌だ
「そんな事有り得るのか…?ツアーとやらの影響か?」
天井に向かって腕を伸ばし、拳を握って開いてを繰り返す…おお、凄い軽やかに動く

「グダグダうっさいわねぇ、サービスだと思って受け取りなさい、それ以上の意味は無いわ」
そう言って、ため息一つ吐いた紫
素直に感謝の念を示すのも癪なので、強がってみる。

「ふん、このツンデレババァめ」
「ツアーもう一周を御望みかしら?」
「あ、いや、すいません、ゴメンなさい…」
私、弱かった。

「しかし…死ぬかと思ったぜ本当に…そうだ、ツアーって…どういうことだ?」
「まずは落ち着きなさい、ほら深呼吸、ひっ、ひっ、ふー」
「待て!子供は産まないぞ!」
…何だ、このベタベタな会話

「冷静な突っ込み入れれるまでには落ち着いたじゃない、で、どうだった?」
「どうだった?って…何がだよ」
いや、この場合何を聞かれてるのかは当然判ったが

「とりあえず…さっきまでのが何だったのか教えてくれないか?」
私の今居る場所は布団の上、紫と会話が出来ているのだ、現実空間…なのだろう
じゃあ、夢とも現実とも言えないあれは何だったのだろう
現実にしてはあまりに非現実的で、夢にしてはあまりに現実的な…

「私命名、スキマツアーよ」
えっへん、と言わんばかりに自慢気に話す紫
絶対に自慢するもんじゃないと思う、絶対に

「ちょっとばかり、境界線の内側にご案内しただけよ」
「…マジか…」
紫の能力は境界を操る程度の能力
物事には必ずしも境界線が存在する
目に見える線、見えない線、その線を統括し、また自ら境界線を作り出す事が出来る
生物の生殺与奪、本気になれば外の一国の存亡までがその手中にあるのだ
あんまりに恐ろしい能力である。

「外の世界も内の世界も、今も過去も未来も、現実も仮想も、スキマの中では全て存在が可能なの」
「カオスとしか言い様の無い場所だな…」
「でも、慣れるためには仕方ないわ」
そこでふと、前回聞き逃した事を思い出した

「あ、そうだそうだ、引き剥がすとか練習とか慣れるとか、どういう事だ?」
「体と意識を引き剥がす練習よ。貴方の計画には、それが必要じゃないの?」
あぁ…なるほど…
スキマの内で体が無いのは、本当に無かったからなんだ
理解は出来ないが納得は出来た

「スキマツアーは、その間の暇つぶしみたいな物ね」
なんと余計な事を…
コイツのお遊び精神は、少し度が過ぎてやいないか

「あら、でも意識が現実にある内に意識の引き剥がしをやったら、一生返って来ないわよ?」
…その理論は理解したが…じゃあ寝てる内に!
そう反論しようとして、止めた
意識の引き剥がしって、考えれば幽体離脱と同義だ
起きてる寝てる、どちらにせよ根本的に変わりは無いのだ
紫はこう見えて合理主義だ、多分、これが最良の手段だったのだろう

「色んなスキマの中の場所に飛んでる内にコッソリ引き剥がしてあげるつもりだったんだけど
ちょっと私にとって都合の悪い場所に迷い込んじゃったもんだから、強制的に断ち斬っちゃったわ」
何気に怖い事言われた
都合の悪い場所…とはどこだろう、紫にそんな場所があるのだろうか
27日の日記に書いたのは最初の三つまでだったが
その後は100箇所以上を巡ったと思う

人間がマンモスを追ってるような時代、戦乱の世、どう見てもただの宇宙空間
トゲの生えた巨大なカメをヒゲのおっさんが倒してる世界、カードにある魔物が現実化する世界…

その種類は多岐に渡った
体の喪失に気付いて暫く経ってからは少し落ち着けたのだが
瞼なんて無いのだ、視界を自分の意思で閉じる事は出来ないし
体の喪失後は触覚をも失ったのだ、正直気持ち悪かった
視覚と音だけの世界が延々と延々と形を変えてループする、地獄と形容するのが正しいだろう

「強制的に遮断した後、体は拾ったんだけど、意識がどっかいっちゃってねぇ
捜すの時間かかったのよ。想定より辛くなっちゃった事はお詫びするわ」
普通より辛いんだ…
普通はもう少し短く済んだらしい

「でも、いい警告にはなったわね」
「…どういう事だ?」
突然、紫の口調が重くなった

「計画が成功した場合、記憶を失った貴方の意識はどうなるか、想像付くわね?」
…そういう事か
仮に世界が破滅しようが何しようが、私の地獄は終わる事は無い
紫が言いたいのはざっとこんな所だろう

「自然の摂理を捻じ曲げるの、当然、代償は付いて回るわ」
「……」
すぐには、返事出来なかった
私への代償は、永遠と言う時間
蓬莱人のような形ある永遠ではない、人に認めてすら貰えない永遠だ
正直、何よりも辛い物だ


それでも…
「私は決めたぜ、最期まで、いつだって私は私のやりたい事をするんだ」
辞める、退く。そんな選択肢は、ここで断ち切られた

「そう、好きにするといいわ…」

沈黙
そこで、はっと気付く
「さっき、時間かかちゃったって言ったよな?」
「えぇ、言ったわよ」
「どれくらいだ!?ってか、今は何月何日だ?」
焦る私に対して、紫の返しは、余りにいつも通りだった

「ぇー、教えたら面白く無いもの、教えないわ」
…こんのババァ…



回想はここまでである
結局、そのまま八雲邸を飛び出してしまった
今は何月何日なのかは解らず仕舞いである
外に出ると、どうやら夜のようだが、ヒントはその位だ


………
「んっ、と、危なっ」

そうこう書き記している内に、目的地が近づいてきた
お迎えはバッチリのようだ、何やらきっつそうだけれど

「よっ、アリス」
私らしく笑い、高度を下げた



・2075年12月31日

監視役の人形が、飛来する人影の存在を告げた
いよいよだ

コートすら着ずに外に出る
人影は、私が目視出来る所まで来ていた
小手調べに一発、というのも面白いだろう

-魔符「アーティフルサクリファイス」
人形を投擲した

何やら呟きながら上手くかわす魔理沙
まぁ、こんな所で直撃を喰らうような奴じゃ無い事ぐらい百も承知だ
魔理沙の後方で人形が爆発を起こす

そうこうしている内に魔理沙からも弾幕が飛んできた
相も変わらずメルヘンチックな星型だ

「よっ、アリス」

上空から声が聞こえた
見ると、そこには一週間前までの魔理沙は居なかった
笑い方だけはいつもと変わらない
ただ若々しく、何より活き活きとした魔理沙がそこに居た
若々しく見えるんじゃない、本当に若いのだ。異変解決に飛び回ってた当時程に…
幾ら年をとっても、美しい金髪やその可愛らしい顔立ちは不思議な程残ってはいたが
明らかに若返っている。何か異変に近い事があったに違いない
当然、何か悪い事の前兆だろう

でも、だからって関係無い、攻撃の手を緩めるつもりは毛頭無い
弾幕は霧雨魔理沙一番の楽しみである事を、誰より私は知っている
それを止めるのは無粋というものだ
魔理沙の弾幕を上手く避けつつ、私も反撃体勢を整える

-恋符「ノンディレクショナルレーザー」
上空から複数のレーザーが襲来した
こちらもスペルの詠唱中だったために大きくバランスを崩してしまう。
これに通常弾幕を絡められたら幾らなんでも被弾は免れないだろう

ならば…
-咒詛「蓬莱人形」
魔理沙を直接狙える物があれば攻撃の手は止まる

案の定魔理沙の攻撃は止まった。
私の発したレーザーは夜の闇に呑まれ、そして消えた。

…どうやら、若返ったのは見た目だけじゃ無いらしい
スピード狂のお出ましだ

「こんな時にまで他人の真似事?」
背中越しの人物に、振り向いて話しかける、自然と私の顔は綻んだ

「こんな時にまで人形頼りか?」
私の救援に駆けつけていた人形を撃ち落としながら魔理沙は笑った

クスクスと、二人の笑い声が森の中に反響する。

「それが私よ」「それが私さ!」

飛び退く
二人の動きは早かった
即座に詠唱に入る

ちょこまか動く魔理沙への対処法は嫌と言う程身につけた
まずは動きを封じる事が先決、手数で勝負
-操符「乙女文楽」

-恋心「ダブルスパーク」
遠くから詠唱が聞こえ、はっとしてそちらを向く
自分の詠唱に集中していて見えなかったのだ
二本の極太レーザーが私に向かって飛んできていた

「あくまで力で押す、か…面白いわね」
咄嗟の判断で下に落ちる、自ら落下したのだ
閃光が目の前に迫る。空中でバランスを崩し、仰向けに寝るような姿勢を取った
それが功を奏した、鼻先ギリギリを閃光が過ぎ去った。

なんとか体勢を持ち直し、地面に着地する。
私のスペカは、まだ生きてる。
-咒詛「首吊り蓬莱人形」
追い討ちだ
空中に飛び上がると同時に私はスペカを発動した。

「あくまでも数、か…面白いぜ」
呟くと同時に、魔理沙は上空高く飛び上がった。
この位置取りは…当然…
私は大きく後ろに下がった。
-星符「ドラゴンメテオ」
上空からレーザーが降り注いだ
初動で後ろに下がっていたためになんとか避けきる事が出来たが、それだけで終わりではない

「まだまだっ!」
-魔符「スターダストレヴァリエ」
ドラゴンメテオに身を隠すように私の傍まで飛翔していた魔理沙
続けざまに無数の星屑がこちらに向かって飛んでくる。

綺麗…
そんな感想が真っ先に浮かんだ
最近は何があっても殆ど見れない星だ
思わず見とれそうになる

それをぐっと堪えて、上空へ飛翔する
魔理沙はハイレベルなスペカを連発してる
消耗しきって、もう限界は近いだろう

なら、私も消耗するまでの本気を出すべきなのだろう

「ラストワード…」
小さく呟いた

「グランギニョル座の怪人」

魔理沙の表情は驚いた物だった
当然だ、普段は絶対に見せない取っておきなのだから

視界が、弾幕のみで覆われる
森の木も、家も、魔理沙も見えない
「決着かしら」


-恋符「マスタースパーク!」

「決着だな」


真下から来た猛烈な閃光に、為す術もなく私は被弾し
墜落した。



落ち往く最中
魔理沙が作った無数の星屑が空を覆っているのを眺めていた


「きれい…」
小さく呟いた。


そんな中に
一筋、光が走った
それはさながら流星と言った所か

手を伸ばす。目一杯手を伸ばす。
流星を掴めそうな気がしたのだ。

でも、それは叶わない、手を伸ばしても伸ばしても
流星は其の手の内には収まらない

絶望に包まれそうになった私を
トスッっと、小気味の良い音と共に、暖かいものが包み込んだ

そうか…私の心配は全て杞憂だったんだ。
私はたどり着けもしない遥か彼方を見据えて
結局一番近くにあるものを見失っていたのだ。


やっと、気付けた。


・2075年12月31日


空から降ってくる少女を受け止める
重力なども相まって、相当な衝撃だろうと腹を括っていたが
そんな事はなく、トスッ、っという音と共に私の両手の内に納まった
一世一代のナイスキャッチである。若くて本当に良かった。

手を虚空に伸ばし、不安そうな表情をしていたアリスだったが
少し髪を撫でてやると落ち着いたような表情に変わった
こんなにも脆いアリスは、初めてだ

ジャッ、っと、金属の音が聞こえた。
「必要なんでしょ?」
「…あぁ」
アリス懐中時計を受け取る。

「じゃあ、そうだな…これ」
「?」
アリスに向き直り、私の宝物ミニ八卦炉と魔女の必需品帽子を贈呈…
否、無理矢理手渡した

「持っといてくれ、私が帰ってきた時の…ために…さ」
いよいよを以って最期が近い
少し怖い、唇が震えるのは冬の夜の寒さのせいばかりではあるまい
でも、笑顔を作った。
アリスも、小さく頷いてくれた

アリスの家の前まで着くと、先客が一人居た
「タイムリミット、丁度よ」

その言葉を聞いて、ようやく今がいつなのかを把握した
そうか、もう年が明けるのか

着陸し、アリスを降ろした
「一言だけ、別れの挨拶を認めてあげる」

相変わらず、手厳しい一言だった。
まぁ、八雲紫がこんな場所に来てる事自体が異常なのだ
こんな寒空の下で長々と話を聞いていたい訳が無い

まぁ、私とて、最期にグダグダするのは主義に反する
だから最も手短に、いつもの日常と同じように

「アリス」
アリスに向き直り、あっけなく最期の一言を告げる

「じゃあな」

歩み寄って、短く口付けを交わして、別れの挨拶は終了だ

「…また明日ね」

何の事は無い、アリスの返答もまたいつも通り
昔から何十年、変わらない挨拶だ


「じゃあ、ご案内♪」
紫の一声と共に、私の体は闇に呑まれた。



…スキマに呑まれても尚、私の意識は健在であった
体も、まだある

まぁ、引き剥がすには本来時間がかかるのだろう

どこまでも落下しながら、私は日記帳を取り出し
書き記した。

最初、私は生きた証を記す、と書いたが
誤りだ

日記とは自己満足で書く物だ
でも、結局は誰かに見て貰いたくて書いてんだ


アリス・マーガトロイドに捧げた私の半生を
誰かに見てもらいたいだけなのだ


アリス…
愛してる


そんなありふれた言葉を最期に記して
私はスキマの中に日記を放った。




・2076年1月1日

今日も変わらぬ一日


この書き出しで始めるのは、何回目なのだろう?
でも、変わらぬ一日なのだから仕方ない

いつも通りの一日を過ごし
こうしていつも通り日記を書いている私がいる

一年の大半は日常なのだから、当然と言えばそうだ
日常の中身は日々奇特な物に変化してるが
日常は日常であった


いつもと違う事と言えば
まず気付いたら年が明けてる、しかも朝である事
そして目覚めた場所が外、自宅の扉を背もたれにして寝ていた事
最後に、寒さのせいか、目の下に滴っていた水が凍り付いていた事である。

それを除けば、極めて日常的な朝だ。


ただ、珍しくも今日は来客が居た。
「ん…ぅ、流石アリス、美味しいね…ぅく…」

河城にとりが、いきなりキュウリを大量に持ち込んで、何か作ってと言ってきたのである。
元旦の朝から何だ、と一瞬思ったが、すぐに事情が飲み込めたために家に通した。
キュウリ料理なんて作る事はまず無いのでなんとなく作ったが、確かに意外と美味しい。

にとりはそれを涙を流しながら食べていた。
そんなに美味しい?なんて茶化そうかとも思ったが、無粋なのでやめた。


家のベルが鳴った。今日は来客の多い一日である。
来客者はパチュリー・ノーレッジ
絶対に外に出る事の無い喘息魔法使いが、寒空の下ここまで来た
これが今年一番の非日常かも知れない

「凄いキュウリの数ね…」
第一声はそれだった。
にとりが持ってきたきゅうりの数が異常だったので、玄関前に溜めておいたのだ
それなのにテーブル一面のキュウリ料理を見たら、そう言わざるを得ないだろう。

「そう…その子が」
次いでパチュリーはベッドの上に目をやった。
安心そうに布団の内で眠る、赤子の姿がそこにはあった。
透き通るような金髪、可愛らしい顔立ち、瞳の色は私と同じ、スカイブルーだった。

「レミリアに全部聞いてたの?」
「えぇ、アリスが紅魔館に来る前日にね」
そんな時点から、レミリアは全て見越していたのか…
やはり能力とは侮れない

「魔理沙を止める…なんて言ってたわね、私」
「そうね、完全に灯台下暗しって所かしら?まぁ…弾幕して最期を遂げたんだから、魔理沙も本望じゃないかしら?」
終わりよければ全て善し、よ
パチュリーは呟いた。

「そんな訳で、少し状況を説明して欲しいんだけれど、大丈夫かしら?」
「ふぇ…うん、大丈夫」
パチュリーも私もテーブルに腰掛け
にとりに説明を求めた。

にとりは包み隠す事無く説明してくれた。
魔理沙のやらんとしていた事
そのために何をしてきたのか、していたのか

「人体創造の禁術!?」
パチュリーが驚いた顔をして立ち上がった
無理も無い、言ってる事がメチャクチャだ

「人体創造の禁術…神話の時代に封印されて以降、誰もメカニズムを解明出来なかった魔法よね」
なんて…恐ろしいものを

「魔理沙は、それを模擬的に作り上げようとしたんだ」
にとりは話を続ける。

その後もにとりの話は充分理解には足りた。
人間としての外郭を作り上げて
その後に、霧雨魔理沙と言う経験や記憶を、搾り取ってデータ化してその中につぎ込む。
途方も無い話であった

昔、自律人形の研究の時に、私も考えた事がある。
人型の外郭を先に作って、三途で彷徨ってる魂魄を拾って中に詰め込む、という物だが
これは失敗であった。

データ化…
全く機械に対応してなかった魔理沙の口から出たとは思えない言葉だ

で、最初の実験台は自らだと、言わんばかりに
八雲紫を頼ったそうだ

にとりが紫から聞いた話では
霧雨魔理沙としての記憶や経験を積み込んだからと言って霧雨魔理沙が転生した
そんな訳では無いと言う
どうあってもデータ化なのだ。その妨げとなる人格や自意識は除いてしまう

つまり今後魔理沙は、記憶喪失の亡霊として、彷徨うらしい
普通に彷徨うなら、まだなんとかなる
巫女の所に頼み込んで浄化して貰うだの
妖夢に頼んで白玉楼まで直接案内して貰うだの

しかし、魔理沙が居る場所はそうでは無い

紫の操る境界線の内部
これは紫とて到底統制出来る場所では無く
その中で永遠に彷徨う運命、らしい

何か方法は、無いのだろうか
三途の川を渡らない魂魄は、何かに宿る事で再び顕在する。
呪いの人形なんてものは、魂魄が自らの意識で人形に宿った結果発生する現象だそうだ
自分が霧雨魔理沙である事を知らない霧雨魔理沙の自意識は
何か、人型で無くても良い、物質に宿る事が出来れば、或いは…
と言う所だろうか

しかし、境界線の内だ、そもそも物質に遭遇出来ないのも現実
外の世界から幻想入りした物と、その途中でぶつかる事が出来れば可能性は0ではないらしいが
極めて0に近い

永遠を彷徨う道を、自ら選んだ、と言う事だ


そこまでして、これをしたかった理由は、およそ検討が付く
「次に繋いでく…か」
「?」
呟いたのが、パチュリーに聞こえてしまったようだ。

「いや、魔理沙が昔言ったのよ」
「アリスとの子供を作りたいって?」
「え、いや、まぁ…」
結論そういう事だが…

「明らかに魔法で生やした方が早いわね」
ボソッと呟いたパチュリー、いや、なんと短絡的な…
そんな表情の私を見てか、取り繕うように再び喋るパチュリー
「まぁ…実際の所、そんな簡単なやり方じゃ面白くないって言いたいんでしょうね、魔理沙は」
「うん…多分それも結構あると思う」
普通なんかじゃつまらない、アブノーマル万歳。それが霧雨魔理沙という人間だ


「あっ、そうだそうだ、これ」
突然、ごそごそと、にとりがリュックの中を漁り
懐中時計を取り出した
「あ、ありがとうね」
にとりから懐中時計を受け取ったパチュリー

しかし、ここで疑問が浮かぶ
「…結局、その時計は何に使ったの?」

その質問待ってましたと言わんばかりににとりが答えた
「魔理沙も会心のアイディアって言ってたけど、ただデータ化して詰めるだけじゃ、人形も同然になるの、解るよね?」
「まぁ、確かにそうね」「当然ね」
二人同時に頷く、まぁ、当然である

「抜いたデータを人型に流す時にさ、この時計を媒体にする事で、人型の中に時間の概念を作り出せるんだ」
「つまり…人形でしか無い筈のものが、成長をする…と」
…絶句であった、晴天の霹靂と言うべきか

私が人生を賭けて研究してきた自律人形の分野でも
魔理沙はたった数十年で私を抜き去ってしまった。
「またアリスに勝ったぜ」なんて言って、ほくそえんでるに違いない。
そういう奴だ

今回、魔理沙が駆使した技術を使えば
私の自律人形の研究は完結するのだろう

でも、第一人者では無くなってしまった。
どうあっても、短い命を必死に生きた魔理沙に
私は勝てないみたいだ

「自律人形なんかで、たち止まるなよ」
そう言われてるような気がした。


「あ、その子、名前は決めたの?」
その子、とは、魔理沙が残した子供の事。
見事に、私の特徴と魔理沙の特徴を受け継いでいる。

「フィーリングなんだけどね、アリサにしたわ」
「ぷっ…」「ぅくっ…」

…名前を言っただけなのに
にとりもパチュリーも同時に口を押さえて笑いを堪えた。

「なんかそんなに面白かったかしら?アリスと、マリサ、で、丁度だと思ったんだけど」
「…安直よ…」
パチュリーから、冷静な突っ込みが入った
「…でも、魔理沙が居たら絶対そんな名前にしてるよね」
くすくす笑いながら、にとりが言った。


「…なら、それでいいじゃない」




幻想郷を救う
魔理沙はそういう触れ込みで色んな所に協力を求めたらしい
まぁ…紫もにとりも、一瞬で何をしたかったが見抜いたらしいが。

自分のためならつまらない嘘も方便、そんな大馬鹿者だ
だが結局、そんな嘘に翻弄されてたのは、私だけだったのだ。

なんとも、灯台下暗しである

結局、魔理沙がしたかった事は一つだけ
私への贈り物であった。

それはアリサの事でもあるし、使用した術の事でもあるし
また、生き方に対する啓蒙でもあった。


どうであれ
私は、世界一の大馬鹿者に、世界一愛された


大切な贈り物を貰った

そんな日常の一ページであった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「アリサ、何してるの?」

もうすぐは魔理沙の十回忌であった。
12月31日
その墓参りをしていたのだ

「いや、お墓の裏でこんなものを見つけたんだ」
アリサは年相応に成長を続けている
いや、能力は年相応どころではなかった

流石幻想郷を救うと豪語してまで作った子供だ
魔法のみならず、魔理沙の旧知の妖怪のスペルカードは難なく扱うようになった
更に、機械への適応力も恐ろしく高い

凄まじいラーニング能力である

一方の見た目は、本当に若い時の魔理沙と私を足して2で割ったようであった。

私が魔理沙のイメージに縛られて何かを強制するのは良くないと思ったため
服装は自由にさせていたのだが、黒帽子だけは断固として身につけたがった。

そのアリサが手に持っていたのは、果たして日記帳であった
「ちょっとゴメンね、アリサ、貸して?」
「はーい」

随分と、ボロボロであったが、名前は読み取れた
「…霧雨魔理沙…」

らしくもなく、隣のパチュリーと顔を見合わせてしまった。

相当気になるが
これについての考察は、家に着いてから行うとしよう
今は…

「今何時ぐらいかしら?」
「12時丁度、よ」


1月1日

魔理沙の命日
そして、アリサの誕生日である。

プレゼントはちゃんと用意してあるが、その前に、だ


この淀んだ夜空を見上げる
記憶にある、だけではもの寂しいだろう、やはり

「わぁ…」
アリサが息を呑んだ

そう、ここ10年で変わったのはアリサだけではない
その証明を、してみせよう。



-魔符「スターダストレヴァリエ」




無数の星屑が覆う夜空の下を
一筋、光が走った。
お初になります。
初投稿の嫉み人(ねたみびと)と申します。宜しくお願いします。

今回この作品を書こうと思った動機と致しましては
「アリスはもっと愛されるべき」ですね
マリアリと言えば、どうもアリスが病んでたりぶっ飛んでたりする事が多いのですが、時にこういったアリスも恋しくなるものです。
まぁ、個人的にぶっ飛んだアリスさん大好物ですが

さて、個人的に、普段はヘタレな(印象が強い)魔理沙
どうもこういった寿命差話になると自然とカッコよくなるのは何でだろう

以上です。
稚拙な文で、しかも長い
なんともコメントしにくいSSですが
批評を頂ければ之幸いで御座います。

p.s.
こんな所まで読んで頂いた方に
少しおまけを用意してみました。

本文の途中、不自然に「………」となってる箇所が幾つかあった筈です。

………
の次の行を平仮名に変換して並べてみると面白いかも知れません。(「」は飛ばしてください)

※ただの筆者の遊びです。気分を損なわせてしまう可能性が高いのでやらない方が賢明です。
しかも特に意味はありませぬ、冗談の一環として
嫉み人
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1300簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。文句なしの満点です。

ところで、縦読み(?)にはあまり深い意味は無いのでしょうか。
4.60名前が無い程度の能力削除
物理攻撃のみの近代兵器で妖怪を簡単に倒す? それを恐れる? ゆゆこが?
もし紫が酷い目に合わされたなら簡単に仕返しする気が・・・
という前提条件で、はて? となってそのまま最後までいっちゃったのでこの点数で
7.80名前が無い程度の能力削除
んー久々の作り込んだマリアリ。ごちそうさまでした。
私も「幻想郷の現状」でちょっと引っかかったです。
やや冗長に感じたので匂わす程度でよかったのではないかと思ったり。

しかしこのまりさカッコイイ。見送ったアリスも。
12.50名前が無い程度の能力削除
そもそも物理攻撃が効かない連中まで人間を恐れるのはなー。
ゆゆこは物理無効は当然として、紫にも核兵器すら効かないと思うんだが……。
なぜなら、そこには昔の人が使った霊的攻撃力がないからだ。

まあそこはともかく、マリアリとしてはすばらしかったです。
13.90名前が無い程度の能力削除
紫さえその気なら○○浄化なんて簡単に出来てしまうって事で
人間とか居なくたって地下じゃやっていけますし
おぶつはしょうどくだーって夢見てもいいじゃない
でも偶にはディストピアでげんなりしたくなるの

な読後感
15.50名前が無い程度の能力削除
正直に言うとぼかした表現ばかりで読んでておもしろくなかったです。
最後の最後にネタばらしというのは理解できますが、さすがにそこまでいくのが長かった。
ネタばらしもただ説明されただけでしたし。

それと最初の未来の幻想郷の詳しい描写って必要だったんですかね?
近代兵器の流入やら妖怪の数の激増、人間と敵対関係?!とおもしろい設定でわくわくしてたんですが、結局本筋とは一切関係なしというのはちょっと拍子抜けかも。
16.100名前が無い程度の能力削除
素敵なマリアリでした!
こういうマリアリは大好物です♪
18.40名前が無い程度の能力削除
前半と後半で別の話ですよね?

後半はよくあるマリアリ寿命ネタですが、前半との繋がりが意味不明です。
前半10と後半30の別評価で、合わせてこの点数ということで。
30.100ずわいがに削除
素晴らしいお話しでした。マリアリ成分はもちろん美味しいですが、キャラの心情などの描写もかなりキます。
ただ、このような状態になってしまった幻想郷を、どのように救っていくのかという部分ももっと欲しかったです。
これなら普通に最初からアリサを作る物語だけで良かったような気もします。
逆に、荒廃した幻想郷だけで物語を終えても良かったかもしれません。
しかしその分を差し引いても100点を入れたくなったことは確かです。面白かった。