Coolier - 新生・東方創想話

東風谷の子として母として

2010/01/14 20:56:27
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 最後に見た母は笑っていた。

 その母の笑顔に送られて早苗は神社と共に幻想郷へ来た。
 ここは山の上らしく正面には美しい風景が広がっており、反対側は山の頂上にも関わらず、木々で遮られている。
 早苗達を幻想郷へ連れてくる手引きをした妖怪がいうには、この山から東側が幻想郷で、西側は「あの世」に繋がっているという。
 そして、
「幻想郷とはそういうところなのだから慣れてちょうだいね」
 といってその妖怪は笑い、空間に切れ目を作ってそこから帰っていった。













「いらっしゃいませ」
 と明るい声で客あしらいをしているのは、人里で団子屋を営んでいる東風谷早苗である。団子屋と看板を出しているが、甘味処といったほうが正確であろうか。
 早苗が幻想郷に来てから三十年近くたち、今は風祝でも現人神でもなく普通の人間としておかみさんをしていた。
 そこへ、
「こんにちは」
 と挨拶しながら早苗の店にきたのは、常連の一人、十六夜咲夜である。
 年相応に皺が増えてきた早苗と違い、咲夜はまだ二十歳に見える若々しさ。どうやら能力で歳をごまかしているらしいそんな咲夜を、早苗はずるいと思っていた。その咲夜は今も完全で瀟洒なメイド長として紅魔館の主レミリア・スカーレットに仕えている。
 また、咲夜にプライベートな時間というものが存在しないことを早苗も知っていたが、それでも古くから付き合いのある早苗や霊夢たちとだけで館外において話をするときには、メイド長という立場を忘れたかのように砕けた口調で話してくれるようになっていることを、早苗は嬉しく思っていた。
 そして、咲夜が店先に置いてある長椅子に座り注文する。
「お団子一皿と、そうね、今日はウーロン茶をちょうだい」
 早苗の店では、団子のほかに通常甘味処においてあるようなもののほか、中華まんなども置いている。早苗特製の中華まんは人里でも人気であった。そして、そういったメニューにあわせてウーロン茶なども置いていたのだが、そのウーロン茶の仕入れ先は紅魔館である。
 紅魔館では、ウーロン茶のほか、紅茶やワイン、ジャムなどを少量生産し、一部の店に卸していた。そのウーロン茶をわざわざ注文する咲夜に、早苗はちょっと変ってる人、という印象を持っていた。紅魔館で飲めばただなのに……と。
 その咲夜に、
「はい、少々お待ちください」
 と愛想よく応じ、早苗は奥に入る。そして、団子一皿と二人分のお茶を運んできて咲夜の隣に座り込んだ。
 まだ昼前であり客も他にいないから、少しくらいならおしゃべりしてもいいだろうと、早苗は思ったのだ。

 そして早苗は、そういえば、と前置きしてから咲夜に言った。
「こないだの異変は凄かったですね」
「またうちがやらせてもらいました」
 といって咲夜が笑う。
 紅霧異変以来何度目かの紅魔館主導の異変であった。
「今回はパチュリーさんが首謀者ですってね。うちの娘も梃子摺ったって言ってました」
 早苗は二十歳の時に祝言を挙げた旦那との間に娘を設けており、その娘が二代目守矢の巫女であった。また、娘は一子相伝の秘伝も受け継いでおり、風祝でもある。
 そして、早苗は娘に風祝を引き継ぐと、旦那と共に人里に降りて団子屋を始めたのであった。
 紅魔館に住む魔女、パチュリー・ノーレッジが今回の異変の犯人であった。パチュリーの相手に合わせて繰り出される多彩な弾幕に、解決に向かった早苗の娘も翻弄されたようだ。
 また、娘から話を聞いた早苗は、パチュリーの弾幕を思い出し、自分の青春時代を懐かしく思った。早苗が最後に弾幕ごっこをしたのは、まだ二代目が新米だったころ、初めての異変解決をサポートしたときだったろうか。それ以来、弾幕ごっこは一切やっていない早苗であった。
 そんな早苗がたまに神社に行くと、神奈子や諏訪子が相手してほしそうに挑発してくることもある。しかし、早苗は一切応じない。異変解決業としての巫女を引退した早苗の、自分なりのケジメなのである。

 早苗はちょっと昔に思いをはせていたが、咲夜がそのまま会話を続けた。
「ええ、パチュリー様よ。守矢の巫女に退治された後、霊夢にも酷い目に遭わされたようだけど」
「霊夢さんは容赦ないですからね」
「ほんとそうよ。パチュリー様は異変の後、十日間も封印されてたからね。しかも、相当な精神的苦痛を与えられたみたいよ」
 咲夜がいうには、パチュリーの口からその十日間の出来事が語られることは無かったという。レミリアに問われてもパチュリーはうわごとのようなことを繰り返すのみだったらしい。
「何か霊夢さんの気に障ることでもしたのでしょうか?」
「霊夢のことだから加減を間違えるとも思えないし、パチュリー様が何かしでかされたのでしょう」

 そして、咲夜は突然思い出したように、早苗に注文した。
「いけない、忘れるところだったわ。夕方にとりに来るから、中華まんを五十個いただけるかしら?」
「了解です。用意しておきますね。特別仕様のものは必要ですか?」
「お嬢様達用を作るから、二個は生地とタネだけでいいわ。あとは人間用で十分」
 早苗の店では通常は人間用しか扱っていないが、対応できる範囲内で妖怪たちの事情に合わせることもあった。
「そうですか、わかりました。今日はまたパーティーかなんかですか?」
「今日は特に予定はないけれど、メイド達にも食べさせてあげようかと思ってね」
「それはたくさん必要になりますね。そういえば、うちの中華まんは美鈴さんに教えてもらったものですけど、わざわざうちのを買っていってくださるのはなんでですか?」
 早苗はかねてから不思議に思っていた。
「そうね。美鈴のもおいしいから好きよ。でも、早苗のもまた違った味わいがあるのよね」
「まぁ、アレンジはしていますよ。私が外の世界にいたときに好んで食べていた味に近づけてありますから」
「おふくろの味ってやつかしら?」
「母が作ってくれていたわけではないですけど、まぁ、母との思い出があることは確かです」
「いいわねぇ」
「そういえば、咲夜さんのご両親ってどんな方ですか?」
 その質問にはちょっと考えるようなそぶりをみせてから、咲夜が答えた。
「私の親は紅魔館よ」
 早苗は咲夜の生い立ちを知らないが、どうやら咲夜はあまり話したくないようだなと思い、軽く流していまうことにした。
 そして、冗談めかして言う。
「なるほど、それじゃぁ、レミリアさんがお父さんというところですね」
「どちらかというと、お嬢様は優しいお母さんと言う感じね。厳しい父のような方は他にいたから」
 咲夜が昔を懐かしむような目をした。早苗は事情を知らないけれど、自分にとっての神奈子様や諏訪子様のような存在の人が咲夜にもいるのだろうと思った。
 
 そのまま特に客もこなかったので、早苗は咲夜と小一時間ほどおしゃべりをしていた。
 そして、咲夜が帰っていくと、入れ違いに常連客の一人が来店してきた。
「清く正しい射命丸です! 早苗さん、おめでとうございます!」 
 少女に関わる記事しか書かない文であるが、早苗の店は弾幕少女たちのたまり場の一つになっていることもあり、よく現れる。
 文がこの店に来る時は、たいていの場合ネタに困っているときである。しかし、今日はどうやら早苗自身が取材対象であるようだった。
「ありがとうございます。耳が早いですね」
「幻想郷最速を誇っておりますから」
 といいつつ、文は緑茶と善哉を注文して一番奥の座席に座り込む。長居を決め込むつもりらしい。
 
 早苗が注文の品を運んでくると、文が善哉に舌鼓をうちながら取材を始めた。
「お孫さんができる感想をお願いします」
 早苗の娘が懐妊したのである。早苗の娘は早苗同様に早くに結婚していた。その娘が懐妊したということを早苗自身も昨日聞いたばかりであった。
「そうですね。まだ実感はないですが、娘も子を持つ事でまた一回り成長してくれるのではないかと思うと、楽しみですね」
「そういえば、貴方が出産したのも、今の娘さんと同じ年の頃でしたね」
「ええ、私がまだ二十歳を越えたころでした」
「そのころの感慨などもあったりするのではないですか?」
「そうですね。あの時はいろいろと必死でした。自分が母親になるということがなかなかイメージできずに戸惑いもありました」
「当時は異変解決業は休業されてましたね。娘さんもそうされるのでしょうか?」
「それは娘が決めることですけれど、恐らくそうするのではないかと思います。霊夢さんもいますし、咲夜さんもいますから」
 霊夢、咲夜と名前がでたところで思い出したように文が聞いてきた。
「そういえば、魔理沙さんの居所について何か情報はないですか?」
 魔理沙は数年前から鋭意失踪中である。
「ないですね。まぁ、多分、大丈夫ですよ」
 そういえば、あれからもうすぐ十年になるなぁ、と早苗は当時を思い返す。魔理沙の不幸な出来事は今でも早苗の気持ちを重くさせるに十分であった。
 そして、あのときほど取り乱した霊夢を見たことはない。ただ、三日後にはいつもどおりの呑気な巫女に戻っていて、その霊夢の姿が安心させてくれたことを早苗は覚えている。
「そうですか。でも、誰に聞いても知らないというくせに、心配してるようすがないのですよね。本当は知っているんじゃないですか?」
「いえ、ほんとうに知りませんよ。ただ、心配はいらないと思っているだけです」
 早苗は魔理沙がどこで何をしているのかほんとうに知らなかったが、霊夢が心配していないようであったから大丈夫なのだろうと思っていた。それに、これは早苗の推測でしかないけれど、霊夢は魔理沙の居場所を知っているのではないかとも思っている。
 また、他の連中も大体そんな理由で特に魔理沙を探したりはしていないようである。文にしても本気で取材しているわけではないのだろう。
「まぁ、いいでしょう。その件はいずれ魔理沙さん本人に取材することにします」
 やはり、文も探しているわけではなかったようである。その文が話を戻す。
「娘さんに何か一言お願いします」
「そうですね。まずは無事に出産できるように祈っています。娘にもそのことだけを考えていてほしいですね」
 文が手帳に書きつけながら聞いている。早苗はさらに言葉を続けた。
「そして、出産したら暫くの間は子供の世話で目一杯になりますが、そのがんばりは必ず自分を成長させてくれるでしょう」
「つまり、貴方自身は成長を実感できた、ということですね」
「ええ、そうですね。私が一番実感できたのは、娘を出産したずっとあとで、彼女に風祝を引き継いだときでしたけど」
「貴方が守矢神社を去ったときですね」
 早苗は頷いてから、答えた。
「あの時、私はやっと母親という存在を理解できた気がします」
「それはどういうことでしょう? 正直、我々には人間の親子の情とかいまいちよくわからないのですよね。天狗になる前はわかっていたのかもしれませんけど」
「やっぱりこういうのは、命短い者の特権でしょうか。ええとですね、そのとき娘が無事成長してくれたということを実感して、母親としての勤めを果たせたと思ったのです。」
「なるほど、そういうものですか」
 早苗の話を聞きながら、文は熱心にメモをとっている。
「そういうものだと思います。少なくとも私はそうでした」
「そういえば、貴方のご両親はどうなさっているのですか?」
「私の父は病弱でした。そのため、私が十のときに先立ちました。母は、私がこちらにくるときにはちょうど今の私の年齢ぐらいでした。今も元気でいてくれているのかどうかは知りません」
 
 すると、どこからともなく――少なくとも入り口からではなく、八雲紫が現れた。
「先日、ちょうど向こうに用事があったので覗いてきましたら、貴方のご母堂は壮健でいらっしゃいましたよ」
「…………」
 突然の朗報に早苗は返事すらすぐには出来なかった。
「あ、あの、ありがとうございます」
 数瞬固まってから、なんとか紫に返事を返す。
 早苗は戸惑っていた。そして、今のまで今まで知る由もないと思っていた母の近況に、嬉しさのあまり涙がこみ上げてきそうになってくる。
 そこへ、紫がいった。
「ついでよ、ついで。ところで、中華まんを三ついただけないかしら? テイクアウトで宜しくね。あ、一つは猫用ね」
 そんな自分の様子に気を使ってくれたのかもしれないと早苗は思った。猫用は特別に作る必要があるから、暫く一人になれる。
「はい、少々お待ちを」
 そういうと、早苗は紫のさりげない気遣いに感謝しつつ奥に下がった。
 そして、奥に入ると、ねぎ等猫の食べられない物を除いたタネを作り、生地で包んで蒸す。
 早苗は勤めて目の前の作業だけに集中するようにした。子供のころからの修練がこういう時に役に立つのはありがたいことで、なんとか平常心に戻していくことができた。
 
 早苗は猫用の中華まんが蒸しあがると、袋に通常の中華まん二つと猫用一つ入れ、店内に戻る。
 すると、紫と文がなにやらひそひそやっていた。
 文が食い入るように聞いているから、何かネタの提供をうけているのだろう。
 その話に区切りがついた頃合を図って、早苗は紫に声をかけた。
「中華まん三つです。一つは猫用で色紙で包んであるのがそうです。お代のほうはいつもどおり末締めでよろしいですか?」
「ええ、よろしく。月初めにまた藍をよこすわ」
と紫は言いながら、袋に手を伸ばす。そして、早苗の耳元でぼそっと、
「それと、いつもどおり、あの子の分もうちの請求にのせておいてね」
 といって今度は入り口から帰っていった。
 人里の商店では割と常識となっているのだが、霊夢に未払い金がある場合には八雲につけてもいいことになっていた。
 これは、霊夢がたまたま現金を所持していないかぎり、まず支払うということをしないからである。しかし、そんな霊夢を店のほうでは特に迷惑に感じてはいなかった。霊夢が行き着けになった店は不思議と繁盛するようになるから、店の側では歓迎すらされていた。それに、霊夢の買い物は慎ましやかなものであり、特に商売に影響はなかったからでもある。
 そのため、実際には高額でないかぎりは、未払いのまま放置している店がほとんどであった。
 また、紫が霊夢のたにまちであることは、今では公然の秘密となっている。むしろ、隠しているのは霊夢ぐらいのものだった。 

 そして、紫が帰っていくと、既に食べ終わっていた文が簡単に手帳の整理をすませて席を立った。
「さて、私も取材がありますのでこれで失礼します。お代はここに置いていきますね」
 文は現金でお代を払っていく、数少ない天狗である。大抵の天狗は山の幸などを置いていくことでお代としているのだけれど。
「はい、丁度ですね。またのお越しをお待ちしております」
 と早苗が型どおりに挨拶をすると、文は店を出て風に乗って飛んで行った。さっきの紫との会話で、パチュリーだの霊夢だの聞こえてきたから、多分この前の異変の取材に紅魔館へいったのだろうと早苗は思った。
 文のいたテーブルの後片付けをすると、そろそろ昼になろうとしていた。店が忙しくなるのはこれからだ。
 早苗は今のうちに旦那と交代で食事をすませてしまうことにした。

 昼を廻ると客も増え早苗は忙しく立ち回っていた。夕方には約束どおり咲夜が中華まんをとりに来たが、今度はすぐに帰っていった。
 そして、夜になり客足も途絶える。
 いつもより少し早かったが、早苗は店を閉める事にした。
 後片付けをし掃除を済ませると、翌日の仕込を旦那に任せて自身は書斎に向かう。
 書斎に入り、机に向かうと、昼間に聞いた話を思い起こした。
――貴方のご母堂は壮健でいらっしゃいましたよ。
 紫は早苗にそういった。
 早苗は全く知る由もないと思っていたことを知らされたために、今晩はどうしても母のことが頭から離れそうにない。
 商い中はさすがにそんなことはなかったが――聞いた直後はともかくとしても、ふっと忙しさから開放されるとどうしても脳みそを占拠してしまうのである。
 早苗の母は、もう七十半ばになっているはずである。壮健というからには、まだ十分に元気なのだろう。
 自分の足でしっかり歩き身の回りのことも全て自分でする、早苗はそういう母であってほしいと思うし、また、あの気丈な母ならそうであろう。
 あるいは再婚しているかもしれない、と早苗は考えてみた。早苗が幻想郷に来たとき、母はまだ四十過ぎ。娘の早苗から見ても、女性としてまだ十分に魅力があった。そして、早苗はそうだったらいいな、と思った。家族全てと分かれて一人で過ごす母よりも、誰か素敵な方と知り合って賑やかに過ごす母であってほしいと。もちろん、身勝手な発想だと早苗も思ったが、母にはそうであってほしいと思うのも娘として当然じゃないかな、とも思った。
 また、今までも母のことを思い出すことがなかったわけではない。しかし、考えても仕方の無いことなのであえて遠ざけるようにしていたのである。
 でも、今日は、母の近況を――元気であると聞いただけであっても、それを聞いて早苗の中に現実感を伴って甦ってきたのだから仕方が無い。母のことを次々と脳裏に浮かべてしまうのを、やはり止めることが出来ない。
 そこで、早苗は便箋を取り出し、心に浮かぶままに母への手紙を書きつけていくことにした。

『元気ですか? 
 私の知る貴方の歳にいつのまにか追いついてしまいました。しかも、もうすぐおばあちゃんです。つまり、貴方のひ孫が産まれるのです。
 このお手紙を貴方に読んでもらうことはできませんが、それでも書きたくて、どうしても書きたくて書いています。
 私は貴方に孫の顔を見せることも出来ない親不孝者ですが、それでもこちらに来たことを悔やんではいません。
 あの日、私が貴方と別れた日。貴方は笑っていました。それが今でも強く印象に残っています。そして、今はその笑顔の意味が私にもわかるような気がします。
 貴方の背中を見て育った私ですが、少しは近づけたのでしょうか? 
 そうそう、おぼえていますか? 
 寒い冬には、神社から帰宅してきた私に、いつも買ってきた中華まんを食べさせてくれてましたね。あの味は今でも鮮明に覚えています。
 そして、こちらの世界にも中国出身の方がいらっしゃったので、作り方を教えてもらいました。自分でいうのもなんですが、お店に出せるぐらいには上手に作れる様になりましたよ。貴方に食べてもらうことが出来ないのが残念ですが……。――――』

 もちろん、手紙が送れるわけではない。それでも、早苗は母に対する想いを書き綴りたかった。そして、こっちへ来てから学んだこと、娘のことなど、書きたいことは幾らでも沸きあがってきた。
 そして、早苗が何度も読み返しながら書き直しつつ心の整理がついたころには、もう、外は明るみかけていた。
 早苗はその一晩かけて書き上げた手紙を封筒に入れ、糊をつけて封を閉じ、そのまま机の引き出しにしまう。
 そして、早苗は冷た水で顔を洗い、気持ちをしゃきっとさせると、商いの準備にかかった。
 早苗は毎日の忙しさの中に、その手紙のことは忘れていった。

 それから一ヵ月たった。
 娘の妊婦生活は順調なようで、今のところ心配はいらなさそうだ。
 早苗は相変わらず店のきりもりに忙しいが、暇な時間帯を選んでくる、咲夜や霊夢たちのおかげで特にわずらわしさを感じずに日常を過ごしている。
 店は今日もたくさんの客が来て、それなりに売上もたった。
 そして、いつものように夜になると店を閉め、早苗は帳簿をつけるために書斎に篭る。
 お汁粉や善哉がよく出ていたのは風がつめたかったからだろう、などと分析しながら帳簿をつけていた早苗であったが、ふと手を止めた。
 そして、早苗はなんとはなしに机の引き出しを開けてみる。
 そこには、手紙があった。当然である。
 しかし、その手紙は見たことのない封筒に入っており、わずかながら妖気が感じられた。
 ――?
 早苗はその封筒を手にとってみる。宛名には、『早苗へ』と書いてあった。
 その宛名の字に早苗は見覚えがある。なつかしい筆跡。まぎれもない、母の筆跡だった。
 何故? という疑問も胸の高まりが押しだしてしまう。その高まりを深呼吸でおさえながら、早苗は丁寧に封を開け手紙を取り出し読み始めた。

『お手紙ありがとうございます。早苗もお元気そうでなにより。
 貴方のお手紙は八雲紫さんに届けていただきました。この手紙も八雲さんに預けたものです。
 八雲さんは貴方がそちらに行ってから毎年かならず挨拶にきてくださります。そして、貴方や貴方の娘、ご主人の近況、貴方のそちらでの活躍などを語ってくださります。そのときにはお土産にいつも貴方のお店のお団子や中華まんを持参してくださるのですよ。
 早苗の中華まんはおいしいですね。昔、一緒に横浜で食べた中華まんよりも私にはおいしく感じられます。ふふ、親ばかでしょうか?
 あ、これは内緒の話ですよ? 八雲さんに自分のことは書くなと言われているのです。だから、八雲さんにお会いしてもお礼などはしないように。いいですね?
 さて、貴方がそちらに旅立ってから早くも三十年が経とうとしています。その間、寂しくなかったといえば嘘になります。貴方のことを想って枕を濡らすことも一度や二度ではありません。それでも、私は辛いと思ったことはないのです。私は貴方が自分の意志で母のもとから巣立っていってくれたことを親として誇らしく思っています。子は親から離れて一人前になれるのだから。そして、あなたは人よりも少し早く一人前になれたのです。それを誇りに思わない親なんていませんよね。あなたも娘どころか孫を持つということですから、わかっていただけるのではないでしょうか? ――――』
 
 何枚にも渡って書かれた母からの手紙。母自身のことはほとんど書かれておらず、早苗に対する想いばかりが書き綴ってあった。
 早苗は母の言葉を一つ一つかみ締め、自身も一児の母として、また、孫を持つことになる身として、しっかりと心に焼き付ける。
 そして、早苗は手紙が濡れてしまわないように気をつけながら、何度も何度も読み返した。
よろしくお願いします。

ストーリー上はあまり関係がないのですが、以下の二作品が関連作品となります。
関連作品には『咲犬』タグから飛べます。

『咲夜は私の犬よ、当然じゃない  前編・後編』
『ご隠居様のできるまで 前編・後編』

追記(1/17)
読んでくださった方、コメントくださった方、ありがとうございます。
いすけ
簡易評価

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コメント



0.1450簡易評価
7.90名前が無い程度の能力削除
良かった。年をとった少女はなんか寂しいけど成長できる人間の特権ですかね。ちょっとホロリときました。紫はいい妖怪だ。
魔理沙が若干気になります。
12.100名前が無い程度の能力削除
素敵なお話でした。
人間組が成長してどう生活してるのか?と想像するのが好きな私にとっては読んでいて凄く楽しかったです。

魔理沙がどうして行方不明になったのか、とか今どうなっているのかが気になりますね。
15.100名前が無い程度の能力削除
素晴しい
16.100名前が無い程度の能力削除
うん、よかった。関連作も読んでみます
17.100名前が無い程度の能力削除
最近涙腺が緩くていけません。
皆壮健てあって欲しいなぁ。
18.90名前が無い程度の能力削除
時の流れのせつなさを感じました。
いくつになっても母は母。
良いお話であったと思います。
口に出すと少し違和感のある文章があったのでこの点数で。
21.100名前が無い程度の能力削除
良い話ですね。自分の里心が刺激されました。
29.100名前が無い程度の能力削除
良いお話でした。

二柱とのカラミがほとんど無い早苗の話は
珍しいですね。

紫がいい味だしてますね。
32.100ずわいがに削除
おぉおおぉおぉぉ、なんじゃこりゃあ!?
早苗が普通に子供産んで孫まで出来て、婆さんで美鈴から習った中華まん売ってて、紫と結構交流があって普通に近所の小さな店にいそうな感じで、……何で俺、今泣いてるの?
41.100名前が無い程度の能力削除
なんかもぉ、薄味ながら歯ごたえのある作品ですね。
口の中でカリコリと、長く楽しんでしまいそうな作品だと思います。
45.100終身名誉東方愚民削除
想いが繋がっていく感じが本当に暖かくて浄化されました。引退後の人里でひっそりと穏やかに暮らしている感じが雰囲気から伝わってきてとてもいい感じでした。お孫さんにも想いが伝わって欲しい…