Coolier - 新生・東方創想話

秋静葉誘拐事件

2010/01/12 01:30:25
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 天子を看病してからと言うものの、どういうわけか私はすっかり彼女に懐かれてしまった。
 まぁ危害を加えられるよりは遥かにマシだし、何より誰かに好かれる事自体悪い気はしない。
 一方、怪我の方もたまに疼く時はあるものの以前ほどの激痛が走る事は無くなった。ほとんど動かなかった腕も大分元に戻っている。もしかしたらあの桃が効いているのかもしれない。
 後は彼女の刀をなんとかすればいいだけの話だ。あれからこの屋敷を探索し、私はいくつかの手がかりを見つけた。
 まず、ここが天界であるという事だ。いや、薄々そんな予感はしていたが、何せ今まで窓の無い部屋に閉じ込められていたので、外の景色を見るまでは確証が持てないでいたのだ。
 そしてもう一つ。それは例の刀の鞘らしきものを入手出来たと言う事だ。これは天子の部屋とおぼしき場所で手に入れた。この鞘には細い紙切れが数枚貼り付けられている。恐らく魔を封じる護符だろう。
 これを使えば刀を封印し、彼女を救えるかもしれない。
 肩の傷が治り切っていない今はまだ試すのにはリスクが大きいが、別に時間に追われているわけでもない。傷が癒えてからでも遅くないのだ。
 それまで彼女の感情を高ぶらせるような事をしない限り刀に侵食される事もないはずだ。
 うん、どうやらここに来て確実に事態が好転しつつある。これなら案外早く事が解決するかもしれない。
 布団の上に横になり天井の明かり見つめる。
 今、天子は自室で眠っている。体が頑丈な天人とは言え、どうやら睡眠時間はきちんととらなければいけないらしい。
 そう言えばここに来て今何日目なのだろうか。多分まだ数日くらいしか経ってはいないのだろうが、もう長い間ここにいるような気がする。だが、この生活ももうすぐ終わりだ。
 彼女の刀を封印さえ出来れば私は解放されるはず。思い返せば無視された復讐なんて理由で彼女に襲われた時は一体どうなることかと思ったものだが。

 ……そういえば彼女は私をここに閉じこめて結局どうしたかったんだろうか。復讐という割には彼女は私を殺しはしないと言った。もしや、じわじわと嬲るつもりだったとでもいうのか。
 行動が荒れているのは刀のせいという事を差し引いても彼女の言動には些か矛盾がある。
 そういえば彼女は自分の事を深く語ろうとはしなかった。
 倒れる前に彼女が吐いた言葉から察するに、自分に何かしら劣等感を持っていたのは間違いない。それを克服するためにあの刀に手を出したと考えるのが妥当だろうが……。だがそうなると私に復讐するためにこの刀に手を出したというのは嘘になる。
 そもそも彼女はあの武器をどこで手に入れたのか。少なくともこの屋敷にはあの刀以外の武器は見つからなかった。
 例え天界にそんな武器が溢れているとしても、彼女が果たしてこんなに危険な刀にわざわざ手を出すだろうか?
 いくら復讐するためだろうと己の身を滅ぼしては元も子もない。それくらいはいくら何でも彼女にだってわかってるはずだろう。しかし、もし刀の危険性を知らなかったとしたらどうだろうか。
 ましてや、その刀を誰か信頼する者から渡されたとしたら。
 
 ふと誰かの気配がした。天子じゃない。振り返るとそこには今まで見たことが無い妖怪の姿があった。
 しまった。考えに耽っているあまりに全く気配に気づいていなかった。一体何者だろうか。
 その妖怪は縁が緋色に輝く衣を身に纏い、涼しい眼差しで私を見つめていた。

「私に何か用かしら?」
「……あなたは何者ですか?」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀というものよ」
「それは失礼いたしました。私は永江衣玖。天人に仕える竜宮の使いです」

 そう言って頭を下げた妖怪は、見たところ礼儀正しいように見える。いく、そういえば前に天子が寝言で呼んでいた名だ。
 彼女の事だったのか。

「私は秋静葉。紅葉を司る秋の神様よ」
「なんと! 神様であられましたか! これはとんだご無礼を!」
「気にしなくて良いわよ。囚われの身の神様がいくら偉ぶろうと威厳も何もあったもんじゃないわ」
「まあ、囚われですか?」
「そう、ここに住んでる天人のお姫様にね」
「総領娘様に! と言う事はあなたが……」

 そこまで言うと、彼女は言葉を濁らせる。何かを隠しているようだ。よし、ここは少し突っついてみる事にしよう。

「さっきあなたは天人に仕えていると言ったわね。と言う事は天子とも関係があるのかしら?」
「ええ、多分に。私は天人の中でも特に比那名居家とは結構な付き合いですので」
「そう。じゃあ、話が早いわ。私が何故こんな目に遭ってるか説明してもらうわよ」
「端的に言ってしまえば、総領娘様はあなたに助けを求めているのです。あなたが心の拠り所なのです」
「それは、あの刀が関係してるのかしら?」
「あの刀を手にした者はいずれ身を滅ぼします。だから総領娘様は、あなたに助けを求めたのです」

 彼女の言葉が本当ならば、天子はあの刀の危険性を知りながらも自分で手にとったことになるのだが……。どうも何か引っかかる。

「どうして私じゃないといけなかったのかしら……? 私以外でも良かったんじゃないの。そう、例えばあなたとか」
「いえ、私は今、総領娘様の前には姿を現せられない身ですので」

 困った事に話が全く掴めない。わざとはぐらかしているのか。それとも単なる天然なのか。わざとならまだしも天然なら性質が悪い。そこで質問を変えてみる事にした。

「ところであの子はどういう経歴を持っているのかしら?」
「総領娘様の事ですか?」
「ええ。そうよ」
「わかりました。お話いたしましょう」

 彼女は天子のみならず比那名居家というものが天界でどういう位置づけなのかをこと細かく説明してくれた。
 天子の一族は元々地上に住んでいたが、ある事がきっかけで天界へと住める事になったのだという。しかし、天人になるため修行を積んだわけでもなかったので他の者からは『不良天人』と揶揄されてしまっていた。そしてまだ幼かった彼女もそのついでに天人となれただけである上に、親から溺愛を受けていたため我侭に育ってしまったのだという。
 ある時彼女は、己の暇つぶしのため天界の道具を持ち出し地上で『異変』を起こしてしまったらしい。それも下手すれば幻想郷を消滅させるような惨事を招くほどの規模だったのだという。
 それまでも度々問題を起こしていた彼女は、ついに親にも見離され、いよいよ独りぼっちになってしまう。皆を見返そうと懲りずに再び刀を持ち出したのだが、その刀が妖刀であったため彼女は呪われてしまった。というのが彼女の説明だった。
 なるほど。これで事の顛末と天子の持つ劣等感の正体がわかった事になる。しかし、まだ肝心な事がわかっていない。

「どうして彼女は私に助けを求めたのかしら」

 すると衣玖は神妙そうな顔つきで答える。

「……異変を起こしてからの間、総領娘様を構う者は皆無でした。しかし唯一地上から来たあなただけが相手をしてくれた。その事を総領娘様は何度も私に教えてくれました。それはもう嬉しそうに」
「……なるほどね。つまり他の天人から疎まれ、親にも見放され、どうしようもなくなって、唯一話をかけてくれた私を無理やり連れてきたというわけね」
「ええ、その通りだと思われます」

 そう言って衣玖は、にこりと笑みを浮かべる。
 確かに人との接し方をあまり良くわかってない天子ならそんな行動に走ってもおかしくはない。言ってしまえば衝動的なものだったのだろう。
 それにしてもこの衣玖という妖怪、なんとも掴みどころのない奴なのだろうか。表面上は笑顔だが、その裏では何を考えているのか全く読み取れない。
 天界がこんな人物ばかりで溢れてるとしたら天子が嫌がるのもわかる気がする。
 こういう奴にはあえて直球を投げてやるに限る。

「さて、永江衣玖と言ったかしら」
「は、はい。何でしょうか?」
「あなたは今、天子の親側についているのでしょう?」

 それまで飄々としていた彼女の顔がたちまちこわばる。

「あなたはあの子の一族に仕えていながら、今直接会うことは出来ない。しかも親は彼女を見離した。それは即ちあなたが親側についてる事に他ならないわ」
「……ええ、まぁそうなりますね。その通りです」

彼女は笑顔を浮かべているが、それは先程までとは違う少し引きつらせたような笑みだった。

「そして、もう一つ。いいかしら」
「……はい。なんでしょうか」

 彼女は依然笑顔ではあったが明らかに自分を警戒していた。実にわかりやすい。
 この衣玖という妖怪も曲者に見えて実際は案外思考は単純なのかもしれない。
 天子とウマが合うというのなら確かにそれも納得できる。

「私ね。あの子と知り合って未だそんなに経ってないけど、これだけははっきりわかったわ。確かにあの子は我侭で人とのコミュニケーションをとるのが下手だけど、同じ過ちを冒すほど愚か者ではない。あの子の根っこはとても純真で素直よ。会って少ししか経ってない私でさえわかったんだから、あなたならそれくらい痛いほどわかってるんじゃないかしら?」
「……何を言いたいのでしょうか?」

 衣玖は妖怪特有の冷ややかで相手を飲み込むような視線をこちらに向けている。
 負けじと、確信を持って質問を投げかける。

「天子にあの刀を持たせたのはあなたね? 永江衣玖」

 彼女は冷ややかな視線を向けたまま押し黙っている。構わず更に質問をぶつける。

「しかもあの刀の危険性を知ったうえであなたはあの子与えた。そうね?」

 睨むように見つめると、彼女も負けじと睨みつけていたが、やがて観念したように目を閉じると小さく呻くように言葉を漏らした。

「……ええ、その通りですよ。あの子を騙したのは私です。でもこうするしかなかったんですよ……こうでもしないとあの子は……っ!?」

 そこまで言って彼女は背後の気配に気づき、慌てて振り向く。
 そこには呆然と立ち尽くす天子の姿が。不味い。いつから話を聞いていたのか。

「……う、嘘でしょ? ねえ、衣玖。だってこの刀使えば皆を見返せるって言ったでしょ……? 辛いけどこれを克服すれば天人で最も強い力を得られるようになるって言ったでしょ……っ!!?」

 彼女は放心した様子で衣玖の方へと滲み寄る。

「ねえ……衣玖? 嘘って言ってよ?」
「そ、総領娘様……も、申し訳ございません!!」

 衣玖は崩れるようにひざまずき、彼女に向かって頭を下げる。その時、天子の手に例の妖刀が。
 とっさに衣玖を壁の方へ突き飛ばす。それまで彼女が居たところには刀が振り下ろされていた。明らかに殺意のある剣撃だった。

「ころしてやる……」

 天子からこれまでにないくらいの邪悪な気が溢れている。これはかなり状況が悪い。
 身の危険を感じ、急いで部屋から飛び出る。一方衣玖は、いつの間にか一階の広間にまで逃げていた。瞬間移動でも出来ると言うのだろうか。自分もそこまで逃げようとしたその時だ。
 天子の廻し跳び蹴りを背中に受け、気がついたら屋敷の玄関の上の壁に叩きつけられていた。
 どんなに強烈な攻撃であろうとあの刀で攻撃されない限りダメージを負う事はない。 
 とは言え流石は天人。身体能力が半端なく高い。恐らく並みの妖怪なら今のでお陀仏だろう。

「だ、大丈夫ですか!?」

 衣玖がふわりと浮いてこっちにやってくる。

「あの刀で斬られない限りは私は平気よ。それより来るわ!」

 天子が刀を振りかざして二階の手摺を越えて飛び掛ってくる。
 かろうじて横っ飛びで避けるが、彼女が着地した瞬間に衝撃波が発生し、それに吹き飛ばされてしまう。起き上がると天子は衣玖の目の前に居た。

「総領……いえ天子様。あなたは私の命が御所望なのでしょう! この裏切り者の命でよければいくらでも差し上げます!」
「駄目よ! お逃げなさい! 今の彼女には何を言っても無駄よ!」

 衣玖は私の方を向き、微かに微笑んだ……ように見えた。次の瞬間、彼女の体を天子の凶刃が貫く。刀が引き抜かれると、辺りに鮮血が吹き溢れ、衣玖の体がくの字に折れるようにして床へと崩れ落ちた。その様子を天子はうっすらと笑みすら浮かべて眺めていた。

 自分の体の中が急激に熱くなっていくのを感じる。

「天子! 彼女は確かにあなたの親側についていた! それなのにどうしてここにいたかわかるのっ!? 彼女はあなたを心配して様子を見に来ていたのよっ!!」
「……何言ってるの? こいつは私を裏切った。私に嘘をついてこの刀で殺そうとした。……もういいわよ。すべては茶番に過ぎないの。こんな腐った世界なんてめちゃくちゃになればいい。誰も信出来ないわ。あんたも同じなんでしょ? どうせ私を裏切って地上へ戻るんでしょ」
「……ええ、そうよ。私は用事が済んだら帰らせてもらうわ」
「用事?」
「あなたの呪いを解いて正気に戻す事よ」

 天子が感情のない笑みを浮かべながらゆっくりを私の方へと迫る。
 彼女の眼からは完全に光が消えている。もう彼女の心は完全に刀に乗っ取られてしまったとでも言うのか。

「残念でした。私は正常よ」

 万事休す。そんな言葉が頭をよぎった。そして彼女の刀が私に向けて振り下ろされようとしたその瞬間。
 突如、轟音とともに天井が崩れ落ちてくる。その衝撃で彼女は大きく体勢を崩し攻撃は急所を掠め、わき腹をえぐる程度で済んだ。しかし天井が崩れた衝撃と刀によるダメージで自分の意識が徐々に遠のいていくのがわかる。
 そして意識が切れる寸前、大きな銀色の円盤のようなものが視界に見えたような気がした。

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