Coolier - 新生・東方創想話

博麗神社の四季

2010/01/08 11:23:20
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私は、春が好きだった。過去形なのは、今は違うという事だ。いつの頃からか、春は私にとってそれほど重要な位置を占めなくなっていた。
なんでかな?
考えてみると、春を一つ経験するたびに、死へまた一歩近づくからだろうか。そうであっても、私は別にどうと思わない。死と生の境界が曖昧なこの幻想郷ではそれほど重要ではないからかもしれない。早苗が言うには、外の世界は生と死は絶対的で、誰にも犯す事が出来ないらしい。そうなると外の世界はもしかしたら幻想郷よりも、もっと整然とした、枠にはまった世界なのかもしれない。そんな世界、私は嫌だけど。
 そんな事を考えながら、貴重な午前中は過ぎてしまった。
 博麗神社の庭先には、美しい色とりどりの桜が咲いている。桜の花びらは木々によって、見る位置によって変化する。昔は、この変化を楽しんで、庭を駆けずり回ったものだが、今はそのような体力も無く、軒下でお茶を一杯すすりながらこうして考え事をしながら見物するのが日課となっている。
 そう言えば、もう一つの日課がまだ来ていないな、と思った途端に、やっぱり来た。
「いやあ、いつ来てもここの桜は見事だな。白玉楼なんて行かなくても、十分だ」
 ずけずけと人の庭先に入ってくるのは霧雨魔理沙。
 彼女は私の古くからの友人だ。腐れ縁ともいう。どうやらここに来るのが彼女の日課らしく、この軒下で相手をするのが私の日課だ。
「あら、今日は宴会の予約なんて入ってないわよ。何しに来たの?」
「ちょいと桜を見たくなって、ここに寄ったんだ。いいだろう? 美しい物を見たいというのは、人間の性だからな」
 そう言って、魔理沙は当たり前のように私の横に座った。香水をつけているらしく、柔らかい桜の香りが鼻をくすぐる。
「いい香りの香水を付けてるわね。春にぴったりだわ」
 お世辞でも何でもなく、本当にそう思った。
「そうか? 私もこの香りは結構気に入ってるんだ。また今度霊夢の分も作るよ」
 そう言って、魔理沙はうれしそうに笑う。
「あ、そういえば今日は萃香がお花見をやるって言ってたような……」
「うそ? 私はそんな話聞いてないわよ。どこで聞いたのよ」
「ここに来る途中で酔っぱらった萃香が大声で歌ってたぜ。きょう~は~皆で~飲むぞぉって」
 この前も宴会を開いたのに、まだ萃香はまだ懲りないらしい。まったく、世話が焼ける。
「準備する側にもなってほしいわね。やるんだったら事前に言ってくれればいいのに」
「私はお祭り好きだからいいけどな」
 魔理沙が本当に好きなのは、魔法使いの事じゃないのかという言葉はそっと心の奥にしまい込む。
 最近、魔理沙はアリスやパチュリーの所へよく出かけているらしい。らしいというのは、私は現場を目撃していないから。魔法は私の土俵ではないし、興味も無いからあまり深くは突っ込まない事にしている。あ、でも召喚術はちょっと興味あるかも。
「おや、噂をしていれば、張本人が現れるわよ」
 魔理沙は不思議なものを見たような顔をしている。あたりをきょろきょろして、何で分かるんだ、という表情をしている。
「ただのカンよ。そんなに深い根拠なんてないわ」
「そのカン、よく当たるからインチキくさいんだよな。私にも少し分けてくれよ」
「博麗の巫女の言う事をインチキなんて、よく言えたものね。私から見れば魔理沙の言動の方がよっぽどインチキよ」
 魔理沙は頬を少し膨らまして、その後まるで怒られた犬のよう沈んだ。
「インチキは言いすぎじゃあないか」
 急にしおらしくなったかと思うと、本当にがっかりしているようだった。とても珍しい事だったから、私はあっけにとられたのと同時に、少しいじめてみたくなった。
「そもそも魔理沙の魔法からして、インチキくさいわ。どこかで見たような、魔法ばかりだし、キノコも得体のしれないものばかりで……」
「お前は……」
 そこまで言うと、魔理沙は悲しみを超えて怒りを見せ始めた。すかさず、ここいらでフォローを入れておく。
「けれど、魔理沙の魔法は、私の知る魔法使いの中で、誰よりもキレイ。魔理沙の放つ光と熱の魔法は、まるで夜空の一筋の光を残す流れ星みたいで、私は好きよ」
餌をもらう鯉のように口をパクパクさせながら、魔理沙は恥ずかしそうにうつむいた。少し恥ずかしいセリフを言ってあげれば、うぶな魔理沙は何も言えなくなる。昔からこの純粋さはちっとも変わらない。あるいは、前進しない。または成長しない。
 そんなやり取りをしていると、噂の萃香がやってきた。
 だけじゃなくて、なんか後ろにいっぱいいる。
「ちょっとぉ、どういう事?」
 その様子を見た瞬間、思わず立ち上がって素っ頓狂な声を出してしまった。横で魔理沙が大笑いをしている。どうやらツボにはまったらしい。
「霊夢でも、そんな声、出すんだな。あっははは」
 全く、こちらが先手を取ったと思ったら、すぐに盛り返されてしまった。
「よう、霊夢。今日も花見をさせてもらうよぉ」
「あんたまた能力使ったんじゃない?」
「とんでも無い。彼女たちは私が普通に呼んだら、付き合ってくれたんだ」
 それにしては、色々な所からやってきている顔ぶれを見て、集まりすぎじゃないかと呆れてしまった。
 サクヤとヨウムが私の前に現れる。
「霊夢さん、台所お借りしますね」
「私も借りるわよ。私が料理した方が早そうだし」
 好きに使ってちょうだい、と返事をすると、二人は台所に入っていく。そうして気付いた時には、もう宴会の準備が出来ていた。サクヤが時間止めたに違いない。さすが瀟洒なメイドだ。
 そうして、宴会は始まった。どこからかき集めたのか大量の酒と料理が用意されて、桜の花が舞い散る中、それなりに皆で楽しんでいるようだった。
「お久しぶりね。二人とも」
 隅の方で魔理沙とちょびちょび酒を飲んでいると、透き通った声がした。声がしたほうを向くと何とも珍しい客がそこに居た。
「アリス、珍しいな、こんな所に来るなんて」
 魔理沙は嬉しそうにそう言った。アリスも笑顔で答えている。
 私はそっとその場を離れた。まあ、気遣いというやつだ。
 私が思うに、魔理沙はアリスに対して、魔法使いの関係以上の想いがあるんじゃないかと思っていた。
 今ので確信に変わった。魔理沙の表情は、私に見せる表情とは全くの別物だった。言うならば、ソメイヨシノと山桜ぐらい違う。ちょっと分かりにくい?
 何となく寂しい気がするのは、この気持が、子が自分の元から離れていく親の心境というものなのだろうか。
「あら、霊夢はあの中に入らなくていいの?」
「あんたはいつも突然ね、紫」
 インチキを身にまとった、幻想郷の大妖怪もこの宴会に参加していた。
「別に恋愛にまで宙に浮いてないでいいのよ。連愛は地に足をつけた作戦を立てないと、いくら博麗の巫女と言っても、撃ち落とせないわよ?」
「何の事だかよくわからないわ。私が魔理沙の事を、友人より先の目で見たことはないわ」
 咄嗟に否定する。それは熱いヤカンに触れたような早さだった。
 自分の気持ち。それは、自分にしか分からないこと。
 相手の心。それは私の心以外の物。
 他人の心なんて、理論から導き出した、空想の産物。
 理論値と結果が異なったら、そうなった誤差を検討し、次回からの試行の判断材料とする。
 感情と言葉は、結果を現す器具の一つ。
人との付き合いって、そんなものでしょう?
「違う?」
「さぁ、ね」
 紫はそっと笑った。その一言は同意するでもなく、否定するでも無い。ただ、純粋に相槌を打っただけだった。
 私は、なぜ、魔理沙を気にするのか。そこに愛情が無いというとウソになる。
 じゃあどこからが、好きの境界線なの?
 それは、氷と水の境界線のようなものなのだろう。確かに存在するのに、それを知る事が出来ないもの。だから、感情って厄介だ。結界のように、別れ目がはっきりとしていたら、こちらも動きやすいのに。
「ともかく、せっかく皆が来てくれたから少しは参加しないといけないかな。まだお酒は残ってる?」
 鉛のように重く鈍くなる心に耐えかねて、話題を変えた。
「早くしないと、萃香が飲み干すわよ」
 紫はそう言って、さっさと会場へ足を運んでいった。続けて中へ入っていくと、魔理沙とアリスが話している姿が目に飛び込んできた。
 先ほどの、紫との会話が思い起こされる。
 宙に浮いた関係か。
 私は博麗の巫女なんだ。皆の夢を守る巫女。何物にも染まってはいけない。何者にも特別な感情を抱いてはいけない。
 たとえ、一番の友人に対しても。
「霊夢さぁん、どこいってたんですかぁ? ささ、飲みましょう。せっかくの宴会ですよぉ」
 千鳥足で早苗が絡み付いてくる。絡む、ではなく絡み付いてくる。
「なんでこんな酔っぱらってるのよ……あんた下戸じゃなかったの? あと重いんだけど」
「せっかくの宴会ですからぁ、霊夢さんもささ、どうぞぅ」
 コップを渡され、乱暴に酒を入れる早苗は、いつも以上に厄介だった。いや、本当に厄介なのは、眼の隅に映る、魔理沙とアリスの後ろ姿か。
 紫とあんな話をした所為だからなのか、すごく不機嫌になる。二人の姿をこの景色からかき消すように、渡された日本酒を一気飲みする。早苗が横で嬉しそうに、さすがぁ霊夢さぁんと言っていた。

お酒が入り、朦朧とする意識の中で、私は考えた。他人を気にしてはいけないと誰かが言っていたけれど、人は誰かを気にせずには人は生きていけない。なぜなら、自分は他人がいてこそ成り立つ概念なのだから。
 小鳥のさえずりで目を起こした朝。体にはお酒がまだ残っているのか、少し意識が朦朧としていた。肌がべとついて気持ちわるい。
 目をこらすと、まだ日は昇っていなかった。しかし空は薄く青く、かすかに周りが確認できる程度に明るい。誰かがタオルケットをかけてくれていたが、春先の日の出前は少し肌寒かった。
「やっと起きたか?」
 魔理沙が優しく聞いてきた。春の木漏れ日のように暖かな声だった。私は上体を起こす。
「魔理沙? あなたいつからここに居たの?」
「霊夢がぶっ倒れてからだぜ」
 私は倒れたらしい。そう言われれば、早苗と馬鹿をやってから記憶がない。
「迷惑をかけたわ。ごめんなさい」
「いや、いいよ。それよりも、霊夢があんなに飲むなんて、珍しいな。何か悩み事があるのか?」
「いいえ、何も」嘘だった。
「ふうん、まあ次からは飲み過ぎないように気を付けないとな」
 原因はアンタよ。そう言いたい。素直になりたい。
「……あんたの、せいよ」
 顔を伏せて、小さな声で、そっと呟く。
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないわ」
 今が薄暗くてよかった。たったこれだけの事なのに、顔が真っ赤になっている。自分の気持ちに素直に生きる事が、こんなに恥ずかしい事だったなんて思ってもみなかった。
 いや、少し違う。
 好きな人の前で、自分の気持ちを見せることが、恥ずかしいんだ。
 私は、魔理沙を、好きなんだ。
「霊夢、体調が悪いのか? さっきから口調に張りがないぜ」
 そう言って、魔理沙は私の前にぐいっと出てきた。私が驚いて、顔を上げた隙に、おでこを当てる。
「なんだ、風邪は無さそうだな」
 突然の事で、身動きが取れなくなる。魔理沙の顔が、こんなに近くにある。今、私は魔理沙に押されている。
自分が自分じゃなくなるみたいだった。顔だけじゃなくて、体も熱くなる。指先がひりひりする。
「ちょ、ちょっとだけお願い」
「おいおい、大丈夫か」笑いながら、魔理沙は私を受け止める。
 私は魔理沙にそっと寄りかかる。魔理沙の右肩に頭をのせ、慎重に体重を乗せる。
 これなら私の顔も見られないし、魔理沙の顔を見ることもない。
 今の私には、これが精一杯。
 今回のことは、全て二日酔いの所為にしよう。そうしないと、恥ずかしさで潰れてしまいそうだ。
 もう少しだけ、もう少しだけ。睡眠を貪るように、私はこの時間を貪った。魔理沙の暖かい体温がこちらに伝わってくる。太陽が昇らないように、祈ったのも、今日が初めてだ。
 外では、薄い青に染まった桜の花びらが、時の流れを示すように一枚、また一枚と舞い落ちていく。



梅雨が明けたと思ったら、今度はちりちりと焼けるような太陽が顔を出す。そんな夏の日に、やっぱり魔理沙は博麗神社に訪れていた。
その理由は涼みに来たかったらしい。
何それ。なんて単純。
つまんね。すごく、つまんない。
「ちょっとはあんたも茶菓子を用意してきなさいよ」
「いいじゃん、別にそんなケチんなくても」
「毎日出してたら結構な量になるのよ?」
「じゃあコウリンドウから貰ってくるか」
「あ、それは賛成」
 他愛のない会話。でもこんな時間は嫌いじゃない。魔理沙の髪留めの位置が、今日はやや高かった。あわてて付けてきたのだろうか。そうして、こんな事まで分かるほど、私は魔理沙を見ていたんだ、と自分に驚いた。
「そういえばさ、今日は幽香のヒマワリ畑へ行く日じゃないのか?」
「ああね。あれはもういいんじゃない? 暑いしめんどくさい」
 幽香のヒマワリ畑が満開になったと聞いたのは、つい先日の事だった。今年はいつも以上に見栄えの良い、素晴らしいヒマワリが咲いたという噂が実しやかに流れて、というか文々。新聞の号外情報だが、そして魔理沙が、それなら少し見に行ってもいいんじゃないかという話になったのだ。
「幽香はこれを許したってことは、別に訪ねて行っても大丈夫ってことだろ?」
 そんなわけで、今日がその約束の日だった。
「どうせ暇なんでしょう? 霊夢さん」
「気持ち悪い言い方しないでよ。魔理沙ちゃん」
「ありがとう、霊夢さん。やっとその呼び方で呼んでくれたのね」
 きりがない。
「はいはい、もう冗談は良いから。しょうがないわね、行くんだったらさっさと行くわよ」
「やっぱり暇だったんだな」
 悪びれも無く笑う魔理沙。ちょっとは遠慮しなさいと心の中で憤る。
 こうして、焼けるような太陽の下、空を飛んでいく。弱い風がふくが、弱すぎるせいで、湿気を含んだぬるい空気が全身を覆う。
 しばらく汗を流した後、目的のヒマワリ畑が眼下に広がってきた。
 博麗神社の敷地が丸ごと入ってもまだ余裕がありそうなほど広い土地に一面のヒマワリが咲いていた。巨大な花びらを付けた黄色い太陽の花は、本物の太陽の光を強烈に照り返し、その黄色を一層強めており、幽香の能力の所為なのか、皆一様に同じ方向を向いる。
 そのため、花の正面にあたるこちら側は、まるで巨大な太陽を見ているかのような錯覚に陥る。それほどまでに、ここのヒマワリの花は、少し悔しいぐらいに美しかった。
「こいつは……想像以上だな」
 隣の魔理沙が感心したように言った。
「感動するのはいいけれど、そのだらしない口は閉じた方がいいわよ」
「口で呼吸してるから無理だぜ」
 言い訳くさいな。素直になりなさいよ。私ほど卑屈じゃなくてもいいけれど。
「あら、あなた達もここに見に来たの?」
 下から声がすると思ったら、幽香がいた。
「ええ、少し、中を見させてくれないかしら? 少しこのヒマワリを近くで見たいんだけど……」
「構わないけど、花に傷を付けたら腕一本貰って行くから」
 笑ってそんな事を言うのはやめてください幽香さん。シャレになりません。
地上へ降りてみると、思いのほかヒマワリは大きかった。私の身長ほどか、中にはそれ以上のものもある。その全てが丁寧に手入れされており、まっすぐに空にのびるヒマワリは普段目にする小さな花たちとはまた違った雰囲気を持っていた。
「驚いたわ……立派なヒマワリね」
「今年は気候も良くて、皆すくすくと育ってくれたから」
 愛おしそうにヒマワリをなでる幽香は、とても強い力を持つ妖怪には見えない。その仕草や表情はまるで自分の子供を諭すような、柔らかなものだった。
「ほんとに、花にだけは優しいわね」
「あら? 私は明らかな敵意がない者に対しては誰にも優しく接しているはずなんだけどね。程度の差はあるけれど」
「ふうん。ところであなた達もってことは、各方面からいろいろな妖怪が来てるってこと?」
「ええ、おかげさまで。毎日大繁盛よ。ところで、あなたの所の黒いのがいないけど?」
「あれ?」
 気がつくと、横に居たはずの魔理沙はどこかに消えていた。きっともうヒマワリ畑の中へ入って行ったのだろう。気の早い奴だな、と思った。
「ちょっと魔理沙を探してくるわ」
「ええ、お気を付けて、行ってらっしゃい」
 気を付ける、とはヒマワリに傷を付けないようにということだろうか。もしも、もしもヒマワリに何かあったら許さないという事だろう。まったく、恐ろしい妖怪だ。

 しばらく魔理沙を探していたのだが、何分広い畑で、ヒマワリも背が高かったため、なかなか魔理沙は見つからなかった。慎重に中を歩いていると、思わぬ人物に出会った。
「あ、アリス……」
「霊夢じゃないの。久しぶり」
 アリスは興味深げにヒマワリを観察していた。すらっとのびた手足。魔法使いらしい、不思議な魅力を帯びた瞳の色。私には無い、金色になびく髪の毛。夏らしく肩のラインできれいに揃えられている。
アリスとはあまり会う事はないけれど、不思議と話はよく弾んだ。たぶん彼女と私は自分を織りなす核のような物が似ているのだろう。
そこに、魔理沙は含まれているだろうか。
「あなたもここに来ていたのね。魔理沙を見なかった?」
「私は見ていないわ」
「そう……あなたなら魔理沙の居場所を知ってると思ったんだけど」からかうように、少しおどけながら質問する。
「何で私が魔理沙の場所を逐一知らなきゃいけないのよ。霊夢の方がよく知ってるんじゃないの?」
 アリスは少しだけその目を開いて、その後冷静に反論した。
「最近、魔理沙はアリスの所に入り浸ってるから、ちょっと聞いてみただけよ」
「確かに最近はよく来ているけど……魔理沙は紅茶飲んで、お菓子食べてどうでもいい事話したあと、帰っていくわよ。本当にそれだけ」
「あ、私と一緒だ。あいつはどこへ行っても変わらないわね」
 アリスは笑った。私もつられて笑う。こんな風に、二人の共通の話題の中心はいつも魔理沙だった。
 笑いながら、ざくざくとヒマワリ畑を進む。気が緩んだのか、私はアリスに気になる事を聞いてみたくなった。
「ねえ、アリス。そんなに魔理沙が頻繁に訪ねて来るのはどうしてなの?」
「そうねえ……」そう言いながら、アリスは平静を装っていた。足音のリズムが微妙に変わったのを、私は聞き逃さない。
「新しい魔法を覚えたいとか言ってたけど」
「うそね。博麗の巫女の前でうそはいけないわ」
「……悪かったわ。霊夢の前で嘘をつくのは難しいわね」
 アリスは微笑んで、そうして、意を決したように、急にまじめな顔になり、低く小さな声でつぶやいた。
「本当の事を言うとね、それは言えないわ。魔理沙との大事な約束だから」
 とくんと、心臓が打つ。
「そう、魔理沙がそんな事を。珍しい」
「魔法使い同士の守秘義務みたいなものね」
 アリスは少しだけばつが悪そうにそう言った。
「……ま、二人には二人の事情って言うものがあるからね。無理に言わなくていいわ」
 そう言った瞬間に、何かが胸の中でつっかえた。けれど、砂のように小さなものだったから、少し迷ったけど無視することにした。
「そういう貴女は、どうなの?」
「一人の友人としては、大切な人ってことかしらね」
「……」
 アリスは、複雑な表情をしていた。憐み、驚き、諦め、その他思いつく限りの感情を上げてみる。そのどれも、嬉しさや喜びといった言葉は出てこなかった。
「なあに? その顔は。私何か変な事を言ったかしら」
 とぼけて笑ってみせる。私は今まで本心をひた隠しにして、生きてきた。力ある妖怪を退治するには、とても便利な力で、けれどその代償として、私は孤独になった。それをつらいと思った事はなかったし、多分未来にもそうした事は考えないと思っていた。
 でも、最近になって私は本当にそれでいいのか分からなくなってきている。他者との関係が、それだけでは割り切れなくなってきたのだ。例えばアリスの事だったり、紫の事だったり。
 だけど、一番は、魔理沙の事だ。
 私の心にとって、魔理沙は麻薬みたいなものだった。
 私の心の中に取り入れたい、と思う欲求と、離れようとする欲求が私の中を回転木馬のように回っている。
 霞がかかったように、この気持ち、先が見えない。
 そんな事を考えながら、しばらく歩いていくと、魔理沙を発見した。
「魔理沙、こんな所に居たのね。一体何を……」
 よく見ると魔理沙の目の前には、チルノがいた。どうやらここまで遊びに来ていたらしい。
「チルノ、今はお前と遊んでる暇はないんだ。また今度な」
「あんたなんか、さいきょうのあたいにおじけづいてるんだろ。みればわかるもん」
 魔理沙は厄介そうにチルノの相手をしていた。ヒマワリが邪魔で、弾幕で勝負することもできないからだろう。
「わかったよ。もうお前が最強で……うわお!」
 興味はないと背中をむけた魔理沙にチルノは突然弾幕を打ってきた。
「魔理沙は私をなめてるわね。氷符アイシクルフォール!」
「お前、それ反則じゃないか……?」
 一目そのやり取りを見た私は、反則どころの騒ぎではない事に気付いた。
 どんなに目を逸らしても、ヒマワリの花がなぎ倒されていく様子が見える。見えてしまう。頭の中で考えられる最悪を想定する。
 間違いなくだれか死ぬだろうな。
「魔理沙、逃げるわよ。早く」
「霊夢か。いつからそこに……ってうおい!」
 アリスが、人形を巧みに使って魔理沙を無理やりチルノから遠ざけた。私の考えを読んで、すぐに行動に移せる辺りはさすがというべきだろう。
「アリスまで、いったい何やってるんだぜ?」
「今は説明している暇は無いわ。とにかくここから離れないと……」
 魔理沙は一瞬、混乱していたが、私がヒマワリの方へ目配せをすると、納得したようだった。そうして空に上がった私たちを見つけたチルノが後ろから追いかけてくる。本当に力を持つ妖精は厄介極まりない。
「にげるな! あたいとの勝負はまだついてないよ」
 血気盛んに叫ぶチルノ。しかし、それもそう長くは続かなかった。
「あれ? あんただれ……」
「少しお板が過ぎた様ね」
 何かがつぶれる音、その後にチルノの叫び声が聞こえ、そのうち消えてしまった。その瞬間に、背筋に寒気が走り、思わず顔が引きつってしまう。
「間に合わなかったわね……」素早く周りの状況を読む私。
「覚悟を決めなさい」戦闘準備をするアリス
「私は逃げることをお勧めするぜ」逃げる準備をする魔理沙
 また復活できる妖精がうらやましいと思ったのは、後にも先にもこれっきりだろう。そっと後ろを振り返ると、日傘を優雅に持ち、軽やかにステップを踏む笑顔の幽香が佇んでいた。
「あら、お久しぶりですね。皆様」
「いい訳ぐらいは聞いてくれるかしら?」
 アリスが果敢に交渉する。
「さて、言い訳ですか? 言い訳なら先ほどの氷精で聞き飽きました。私は別に、花の一本や二本がつぶれた程度では怒りはしません。それ自体はごく自然な事ですからね。ただ皆様には、この庭をキレイにして頂きたいという願いも込めて、大げさ注意しました。そして私にも許容の限界がございます。あなた達は残念ながらその限界を超えるような事件を起こしてしまいました。そんなあなた達に、求める物はただ一つ……」
最高の笑顔で、彼女はこう言った。
「死んで」
 言った瞬間に、幽香はこちらに突っ込んできた。それを見て、私たちは無我夢中で逃げる。逃げた理由は、幽香は本気だったから。
「やばいわ。幽香、本気っぽい。怒りのあまりスペルカード戦の原則をだいぶ忘れてるわね。もう、なんでこんな事になるのよお」
 アリスが泣きそうな声で叫んだ。泣きそうなのは、私もだ。
「とんだとばっちりだぜ。どうする、三つに分かれるか?」
「そんな事したら、一人、確実に消えてなくなるわよ。ここは三人力を合わせて……」
「勝てるのか? 確実に勝てるんだな?」
 魔理沙が強調して聞いてくる。それを聞いて私は思った。
 そんなこと知らん。
 無責任なようだが、これが真実だ。だが、言葉に出せるはずも無く、ただ黙っていた。それが私の答えだと言わんばかりに、沈黙した。
「……とにかく、この状況を何とかしないと。捕まったら、即アウトよ」
 アリスが叫ぶ。
「よし、私が足止めするから、二人は援護を頼むぜ」
 魔理沙はくるりと振り返り、八卦炉を構えた。それとほぼ同時に私は素早く霊符を放ち、幽香の足止めをする。アリスも自前の人形で応戦する。幽香はどちらかというと、肉弾戦が得意な妖怪だ。だから、こちらになるべく近づけさせないよう、距離をとる。
「魔理沙、まだなの? あなたの自慢の魔法は、ねぇ」
「焦らすなよアリス、あと少しだ。もう少し……」
「ちょこまかと、うっとおしいわね」
 そう言いながら幽香がどんどん近づいてくる。いやな汗が額に流れる。
「魔理沙っ……」
 もう、限界だ。これ以上近づかれると、こちらが危ない。
「待たせたな。いくぜ。恋符、マスタースパーク」
 魔理沙は叫んだ。小さな八卦炉から、溢れんばかりの魔力と光が放たれる。身体全身がふるえるような、強烈な震動とともに、猛獣の雄叫びのような轟音が辺りに響く。
「やったか?」
「たぶんまだよ。今のうちに、あの森へ避難しましょう」
 アリスの提案で、近くの森に避難することにした。

「いやあ、参ったわね。何が参ったのか分からないけど」
 まだ呼吸が整わないまま、正直な感想を溜息のように吐く。魔理沙もアリスももうこれ以上は勘弁してくれと言わんばかりに疲れていた。
「あの氷精、大丈夫かしらね」
「あいつはまたすぐ復活するから問題ないぜ。」
 肩を寄せ合って、三人木陰に隠れている。もちろん、幽香が落ち着くまでは油断ならないが、とりあえず一安心というところだろうか。
「全く、魔理沙は事件の火種をよくつまんでくるわね」
 アリスが呆れたように呟いた。私もうなずく。
「二人してなんだよ。今回は不幸な事故じゃないか。私に非はついてないぜ」
「ま、ほとんどあの氷精のせいってことでいいんじゃない?」
 そんな事を論じながら、日が暮れるまで三人で話していた。結論として後日三人で改めて謝りに行くことになった。
「また無茶な要求突き付けられたりしてな」魔理沙は残念そうにそう言った。
「幽香の事だからあり得るわね」アリスが、やっぱり残念そうに言った。
 三人で交替でこの辺りを見回ることになり、そうして、最初にアリスが見回ることになった。
 連絡用と地図用の霊符をアリスに持たせた。気を付けて、と声をかけて、アリスは森の中に消えていく。いつもの二人になった私と魔理沙は、疲れもあってぼそぼそと話をするだけになってしまった。
「魔理沙、寝ちゃだめよ。夜の森は危険で、私たちもいつ他の妖怪に襲われるかわからないんだから」
 魔理沙は初めの方こそ、うんうんと相槌をうっていたが、次第に反応が鈍くなっていった。
「ちょっと魔理沙、聞いてるの……?」
 返事の無くなった魔理沙の方を振り返る。すると目を閉じて、まるで無防備な子どものように、魔理沙は眠っていた。リズムよく呼吸をして、その度に魔理沙の肩が上がる。こうも無防備だと、逆に何もできないな、と思った自分に驚いた。
 私は魔理沙に何をしたかったの?
横で眠る少女に、私は一体何をしようとした? いやそれは、沈みかけの太陽が紅く染まり、森が本来の暗さを取り戻してきたからに違いない。きっと吊り橋効果みたいなもので、この薄暗い森の中にいる事の緊張や恐怖の鼓動が、近くにいる人への大きな愛情に変換されて、私の脳内に幻覚を見させているんだ。だっていつもより魔理沙が可愛く見えたなんて誰にも言えないし、でもその事が、魔理沙の唇の事って事にはならないから、結局私は魔理沙に、その小さな唇を奪おうなんて、考えてないけど、でもさっき雰囲気で行きそうだったわねあれは一体どういう事なんだ、私。
「……魔理沙、起きてる?」
 相変わらず、隣の少女は気持ちよさそうに寝息を立てていた。夜になり、静まり返る森は私の鼓動の音と、少女の寝息を一層大袈裟なものにしていく。
 よく極太の魔法砲を撃てる、と感心してしまう程の小柄で華奢な魔理沙の身体。今は閉じられている、その小さな瞳。やや癖のある、きれいな金色の長い髪。そのどれもが愛おしい。そして何よりも、純粋さや素直さが、魔理沙の魔法の秘訣なのだろう。気取っているようで、虎視眈々と常に私の上手へ出ようとする魔理沙。けれど、私にはそれが分かってしまって、負けず嫌いで皮肉屋の私は常に魔理沙の少し上を行くように歩いてきた。
 だから、魔理沙に素直になることは、魔理沙に負けると思ってしまう事なのか。
 それだけじゃない。この苦しい気持ちは、たぶんそれだけじゃない。
 博麗の巫女という肩書は、誰かを愛する上で、重荷以外の何物でもない。
 私が普通の女の子なら、あるいは普通の魔法使いなら、もっと素直に生きてこれたのかな? 
「ねえ、魔理沙。あなたの素直さ、少し分けてよ」
 誰にも聞こえないように、本当に小さな声でそっと呟く。今この一瞬だけでいい。私は私を捨てて、ただの人間になる。
 魔理沙の顔にそっと近づく。周りの音が消えた、いや耳に入らなくなった。心臓の鼓動は静かに、しかし力強く打ち付ける。震える掌は、冷たい汗で湿っていく。
 少しぐらい、と傲慢な気持ちになる。例えば、魔理沙が望まない事だったとして、この気持ちは抑えられない。
 きれいにそろえられたまつ毛。唇の紅は一層生々しく、私を引き込む。魔理沙の体には一切触れないで、顔だけを近づけた。
 目と鼻の先。魔理沙の規則正しい息の音がこちらに聞こえる。もう何も考えられない。あと、少しだけ。あと少しの勇気をください、神様……
「霊夢、そっちは大丈夫だった」
 ざざざと草をかき分け、アリスが帰ってきた。あわてて、魔理沙との距離を置く。
「ええ、心配ないわ。隣の魔理沙が安眠できるくらい、安全よ」
 しくった。馬鹿だ、私は。神様に祈ったらだめでしょう、普通に考えて。
 そしてこの切り替えの早さ。自分でも、素晴らしいと思う。もちろん悪い意味で。
 ああ、でも連絡用の札のおかげで、アリスの気配が察知できたのは良かった事なのかもしれない。
 こんな姿は、誰にも見せたくない。でも、一番アリスに見せたくない。
「じゃあ、交替ね」
 そうして、私は魔理沙を起こすアリスを見つめながら、そっと森の中へ入っていく。
このタイミングで一人になるのは、ある意味良かったのかもしれないと思う。あのまま、唇を重ね合わせていたら、私はどうなっていたのかわからない。魔理沙が起きたら、なんて声をかけたのだろう。普段通り、ちょっと寝てたから悪戯したの、なんて言えるだろうか。それとも、魔理沙は怒る? 
ちらりと後ろを振り返る。二人は木に寄り添って、楽しそうに話していた。ここからじゃあ何を話しているか分からなかったが、魔理沙は、やっぱりアリスにしか見せない笑顔で話していた。
 こういう姿を見せられると、少し憂鬱な気分になる。
 魔理沙は、やっぱりアリスの事が好きなのだろうか。
 アリスは、魔理沙の事が好きなのだろうか?
 考えても、結論の出ない難題は、いつまで私を苦しめる? 
 空はうす暗くなっていき、所々に青白い雲が浮かんでいる。私の心も、この空に浮かぶ雲の様によくわからないまま、ただただ宙ぶらりんだった。



 私は、根本的な事を忘れていた。
 魔理沙の気持ちを聞いていない。
 たぶん魔理沙はアリスに傾いているのだろうけど、万に一つ、億に一つ可能性があるかもしれない。もしくはいっそのこと結果を聞いてしまって私が早く楽になりたいだけなのかもしれない。
 あの夏の日、私たちは幽香の所に謝りに行った。一晩経って、幽香は冷静になって、そしてとても落ち込んでいた。そのため謝りに行った私たちが、慰める羽目になった。博麗の巫女が妖怪を慰めるとは、どうしたものか。
「あぁ……私の可愛いヒマワリが……」
 終始幽香はその事ばかり話すものだから、私たちも途中で諦めて帰ることにした。その時、アリスがとんでもない事を言ったのだ。
「私たちで、これを元に戻しましょう」
 そうして、夏から私は幽香の畑に入り浸っている。何で妖怪のためにそんな事をしなきゃいけない、めんどくさいと一蹴するつもりだったが、何と魔理沙がやりたいと言い出したのだ。
「ここの畑から、魔力を感じるんだ。だから、土をいじってみたかったからいい機会だ」
 いやな作業も、魔理沙がいるなら楽しい、かもしれないと思った。
 これは、素直になった証なのだろうか?
「そういえば、今日はお月見だな。団子を用意しないとな」
 きれいなコスモスが咲く畑に、魔理沙と私は腰をかけていた。結局、ぐちゃぐちゃになったあの部分は、コスモスを植えることになった。理由はこれから咲く花だから、見栄えもよくなるだろうという事だった。
「もうそんな時期か。早いわね」
「去年は皆で祭りをしたけど、今年は静かに祝いたいな」
「そうね。宴会の度に神社を使われていたら、たまらないわ」
 魔理沙はにっこりと笑って、そうだなあ、と他人事のように呟いた。静かに祝いたいってことは、私と一緒に居たいってことかしら?
 ここしかない、と思った。
「魔理沙は、静かにしたいって言うなら、いつかのようにコウリンドウでお月見をしない? そうすれば、誰も邪魔は入らないわ」
「うん? 霊夢から誘うなんて珍しいな。こりゃあ、お月見はくもり空になりそうだ」
「まさか。そうなったら魔理沙の所為よ。だってあなたは雨に好かれているもの」
「ま、それはともかくそいつは良い案だ。コウリンドウで決定だな」
「そうね。今から楽しみだわ」
正直な話、ワタクシ、こんなにうまくいくとは思っておりませんでした。心の中で、拳を強く握り、ほくそ笑む私が映し出された。その調子で、ここで決意した一つの事。それは、この世界では些細な出来事で、けれど私にとっては大きな一歩になるであろう事。
 どんな結果が来ても、私は素直に受け入れようと思う。それは、ドアの番いがきっちりとはまるように、私の心の穴を埋めてくれるだろう。
「ほら、さぼっていないで手を動かして」
 後ろから、幽香の声。こちらが下手に出ると、すぐに調子に乗り始める。
「まったく、人使いの荒い妖怪だ。行こうぜ、霊夢」
「ええ」
 いつの間にか、魔理沙がリードする事も多くなった。でも、居心地は案外悪くない。
 これが、変わることなのか。この季節の変わり目のように、少しずつ、溶け出すように変わっていく自分。
「悪くないなあ」
 跳ねるように溢れ出す言葉。たぶんこのセリフに色を付けるなら、橙色。山に落ちる夕陽のように優しく穏やかな、橙色だ。
「ん? 何の事だ?」
「別に。何でもないわ」
 後ろを振り返る魔理沙に、私は最高の笑顔で応えてやった。魔理沙は、少し驚いたように、目を開き、その後、恥ずかしそうに顔を赤らめた。私の本心からの笑顔に心を貫かれたのかしら。
 こんなにも、自然に笑える日が来るなんて思いもしなかった。
 ありがとう。魔理沙。
この笑顔はあなたへの贈り物。
あなただけに許す特別なもの。
 だから、こっちを向いてよ。早くしないと、この笑顔、あなたから逃げちゃうわよ?

手伝いの後から、お月見の準備が始まった。何せ、自分たちでやらないと、当たり前だけど、誰もやってはくれないのだから。
コウリンドウは、やはり誰も来る気配はなかった。雑然とした店内は、見る人が見れば、骨董品屋のようにも見えなくはないが、私から言わせれば、ただのガラクタ屋敷。動かない道具ほど、役に立たないものはないからだ。そんな店の店主、リンノスケさんに許可をもらい、早速台所を借りて団子を作り始める。これが無い事には、何も始まらない。
「魔理沙、あそこの粉取ってよ」
「あいよ」
 二人で、一生懸命作る。とは言っても、何回か作ったことがあるので、あまり時間は掛からなかった。昔は団子がお月見に間に合わなくて半べそをかいたものだと、思い出話も二人でしながら、手際よく団子を並べていく。いよいよ、山になった団子を縁側へ運んでいく時が来た。
「おい、霊夢。私が持とうか?」
「これぐらい平気よ。心配しないで」
「じゃあ、先に行ってるから」
 そう、普段なら何てことない動作。しかし、私は今日が特別な日だと忘れていた。
 神様の悪戯、と言うほかなかった。
 部屋のちょっとした段差に、私はつまずいた。普段なら、絶対に考えられない事だ。けれど、見事につまずいた。
 この世には、慣性の法則というものがあり、動くものは動き続けようとする性質がある。今、私の足がつまずくことで、運動を止めてしまっても、上半身は動き続ける。これがこの世の定めで、結果私は盛大に転んだ。つまずいた瞬間に飛べばよかったのだが、そんな反射神経など持っていない。いつもなら、転ぶ前にカンが働くのだが、今日はいまいちらしかった。
 それだけじゃない。前に居た魔理沙の背中に、思い切りぶつかった。二人して派手に転ぶ。
「きゃ」
「どわ」
 粉だらけになる魔理沙。黒い服に、白い粉は目立つ。
「いたた……霊夢、大丈夫か?」
 振り返った魔理沙の顔が、ちょうど、私の顔の前に来る。戸惑いを隠せない魔理沙。確かに、普段私はあまり転ばないから、余計に戸惑っているのだろう。
「ごめん……けがはなかった?」
「ああ、別に大丈夫だ……ぜ……」
 私が魔理沙に覆うような格好になる。その時、不思議な雰囲気が二人を囲んだ。それはちょうど、弾幕勝負をする時の気分の高揚によく似ていたけれど、それよりももっと温かく、繊細なものだった。
 この状況、神が与えたもう、偶然以外にあるだろうか。月明かりで明るく照らされた部屋。微かに匂う、団子の甘い香り。何かを訴えるように、鳴き続ける虫。
 私は、考える前に行動した。この雰囲気が障子の向こう側に消えてしまう前に、本能の赴くままに、
「……魔理沙」
 言って、すぐにその口をふさぐ。素早く、けれど触れた瞬間にそっと優しく。
 綿あめのように柔らかく。
 冬の毛布のように暖かく。
 飴細工のように美しく、繊細な瞳はこれでもかと開かれて。
 唇を離す時は、名残惜しそうに、その温かさを自分の唇に残した。
 我に帰って、はっと気付く。私は今何をした?
「魔理沙、大丈夫だた……」
 噛んでしまう。
「……いやあ、なんて言うかその……」
 魔理沙もなんだか煮え切らなかった。
 考えている事を現実にすると、痛い目に会うということがよくわかった。
 唇を重ねることに、これほどの恥じらいを覚えるとは、思いもしなかった。私は急に何かを思い出したように、さっと立ちあがった。魔理沙はあっけにとられて、寝ころんだままだった。
「顔が真っ赤だぜ、霊夢」
「おどおどしながら、そんな事言わないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ……」
 魔理沙に背を向けて、そんな事を言っている私にも、まるで説得力はなかった。
 そして生まれた、しばらくの沈黙。魔理沙は何を考えているだろうか。
 私は、この後どうしようか。どうすればいいだろうか。
「霊夢、私は、その、あれは」
「あ、新しい団子取ってくるわ。魔理沙は先に行ってて」
 逃げだす。すごい勢いで逃げだす。でも、気分は悪くはなかった。

 戻ると、魔理沙は一人で縁側に座っていた。少し距離を開けて、魔理沙の隣に座る。私と魔理沙の間に、何かの防壁のようにお団子を置き、空を見上げる。見上げた先には綺麗な満月がぽっかりと浮かんでいて、辺りを怪しげに照らしている。
「魔理沙……怒っている?」
 目は合わせず、月を見ながら話しかける。魔理沙の体が少し跳ねた。
「何で? 霊夢は良かれと思ってしたことだろう」
「いいえ……でも勝手な事をしてしまったと思って。魔理沙には……その……」
 私が言葉を濁すと、魔理沙はうつむきながら小さな声で言った。
「私は、嬉しかったぜ。とても驚いたけど、嬉しかった」
 嬉しかった、という魔理沙の言葉が頭の中で響いてくる。鳥肌が立つ。
「……それだけ?」
 いじめてみたくなる。私から言い出したことなのに。けれど、告白は魔理沙の方からさせてやると、そう決めていた。
「だから、その……」
「よく聞こえないなあ」
「……」
 魔理沙はこちらを恨めしく睨んできた。そうして、ふと思い出したように、ポケットから小さな瓶を取り出した。
「これを、季節外れだけど、霊夢が欲しそうだったから」
 渡されたのは、春先に魔理沙が付けていた香水だった。本当に何で今さらとは思ったが、嬉しかったので黙っておくことにした。
「霊夢、私はお前に大事な話があるんだ。とても大事な話だ」
「あら、それは今の質問より、大事な事?」
「もちろんだ」
 素直に返されて、少し驚いた。このタイミングで、とても大事な話とは一つしか考えられなかったが、私のカンはそうではない、と告げていた。
「私は……」
 そこで魔理沙は言葉を切った。私は次の言葉を期待したが、魔理沙はなかなか切り出さない。うつむいたまま動かない魔理沙を見て、私は不思議に思った。言葉に詰まるほどの話とは、いったい何だろうと考えていると、魔理沙が小刻みに震えだした。
「魔理沙、どうしたの……きゃあ!」
突風が吹いた、と思った。見えない力におされ、思わず目を閉じ、顔を腕で覆う。次に目を開けると、そこには苦しそうに悶える魔理沙がいた。
 見えない力の正体は、魔理沙からの魔力だとその時気がついた。魔理沙から、とめどなく魔力が溢れ出す。私にもはっきりと感じられるほどに、だ。
「大丈夫? 魔理沙、あなた少し変よ」
「おうう……」
 体が魔力に耐えられないのか。しかし、なぜ今さら、魔力の暴走など。
「夢想封印!」
 咄嗟に、霊符を投げる。魔理沙に張り付いた霊符は魔力の放出を少しは和らげてくれるだろう。
「霊夢……私を……月から、見えないところへ……」
 慌てて私は、魔理沙を部屋の奥へ運び、障子を閉める。突然の事で、とても驚いたのと同時に、魔理沙の口から出た、月という単語に引っかかる。
 この発作は月の影響ということなのか。
満月に精神を犯される。
 それは、人間ではない者の証。
 頭が真っ白になった。魔理沙が? 人間をやめた? そんなばかな。
 横になって、息を整える魔理沙。
 私は魔理沙のことをまだまだわかっていないとその時初めて思った。
 後悔、不安、疑問。色んな感情が混ざり合う。とにかく私の心をかつてないほどかき乱した出来事だった。
 

 次の日、嫌がる魔理沙を連れて、事情を聴きだす。
 満月の夜、魔理沙は明らかに様子がおかしかった。
「魔理沙、あなたまさか魔法使いに……?」
「いや、違うんだ。アリスに相談したら、まだなりかけだって。半分ぐらい進んでるらしいけれど、このまま魔力を使うと魔法使いになるらしいんだ」
 何か黒い物がさっと頭の中を通り過ぎる。すぐに頭を切り替えて、次の思考に移る。
「とりあえず、アリスの所へ行きましょう。昨夜の事を聞きに行くのよ」
 しばらく飛んで、アリスの家へ向かった。アリスは私たちを見て、最初は驚いていたが、私が事情を話すと、全てを理解してくれた。
 アリスの家は、こざっぱりとした無駄のない作りだった。中に入ると、本棚の中にたくさんの魔道書が並んである。天井は照明がない代わりに、魔方陣が描かれていて、そこから光が発せられている。
 真中にあったテーブルに座ると、アリスは人形を使って紅茶をいれてくれた。相変わらず、この人形たちの精度には驚かされてばかりだ。
「なるほどね……魔理沙、あれほど満月の夜には注意しなさいと言っておいたのに……」
「悪かった」
 魔理沙は素直に謝った。
「で、アリス。このままだと魔理沙はどうなるの?」
「このまま魔力を使い続けていたら、あと半年で魔女になるわね。でもあと半年魔力を使わなかったら、ただの魔力を持った人間に戻るわ」
 アリスは冷静に、ただ淡々と事実を言ったように見えた。
「ここから先は、魔理沙次第ね」
 結論はそれと、アリスは言葉を切った。再び、
沈黙。魔理沙はしばらく考え、重々しく言葉を発した。
「私は……魔女になるんだ」
 心に鉄を流し込むような、重く鈍重な衝撃が走る。
 たぶん、魔理沙は昔からそうすると決めていたのだろう。あの沈黙は、それを言葉にするための覚悟を決める時間だったに違いない。
「魔理沙……あなたはそれで良いかもしれないけれど、私は嫌よ」
 それは、私の本心。
「私は、霊夢。おまえに追いつきたかったんだ。けれど私がどんなに努力しても、お前は私の前にあり続けた。それをありがたいとも思ったこともあるし、自分を嘆くこともあった。私は、霊夢という遠すぎる目標を追いかける、そうして肩を並べるために、人間をやめる他ないんだ」
 目を伏せながら話す魔理沙。
違う。あなたの先を歩いてきたのは、負けず嫌いな私の所為なの。あなたの所為じゃないの。
「常に私の前を歩いていた、それが私には耐えられなかったんだ」
 そこが、魔理沙。私のいけない事なの? そんなに大事な事なの? ならいつもみたいに、素直に言ってよ。
「私が魔女になれば、少しは対等になると思う」
 私は? 人間の私を置いていくつもり?
「これは、私のけじめなんだ」
 何でわからないの? 私はそんなつもりじゃなかったのに。魔理沙がそうなる事で、私は魔理沙に置いて行かれるのよ?
 何で、理解してくれないの? 私が悪いなら、そう言いなさいよ。顔を上げて、私を見てよ。
「私の気持ちはどうなるのよ……」
「別に、別れようって言っているんじゃあないんだ。そうした方がお互いのためだと思ったんだ」
 うそ。魔理沙は自分の夢を取ったんだ。それを、私への気遣いという言い訳で、塗り固めているだけ。自分の夢なら、しっかり両の手で掴みなさいよ。私なんて置いて、走って行きなさいよ。
どうして立ち止まるの? どうしてそんな目でこっちを見るの?
「……ま、魔理沙には魔女がお似合いってことね。勝手にやっていれば?」
 少し前の、卑屈な私が表面に出てくる。本当は、魔理沙に行って欲しくなんかなかったのに。
「その言い方、気に食わないな。私の生き方に文句があるのか」
 怒るように、魔理沙が噛みついてくる。私は素気なく、氷のように冷たい声で反論した。
「文句なんてないわ。ただ、結論として、魔理沙は私の事なんかどうでもよくて、魔女になってアリスと仲良くなりたいだけなんでしょう?」
「下らないな。そんな事で私が魔女になるのを反対していたのか? 器の小さい奴だ」
「何ですって? それはあなたの方よ」
 自然と熱が入っていく会話。
 そこからは、あまりよく覚えていない。ただ、魔理沙を傷つけるような言葉を吐き出した事は五感が覚えていた。言葉を吐き出すたびに、私の心に傷が一つ二つと増えていく。
「魔理沙、あなたには心底呆れたわ」
「なんだよ、霊夢。悪いのはおまえだろ。勝手に勘違いしたんだ」
 もう何で喧嘩をしているのか、わからない。二人の声も、がらがらとしたものに枯れてきた
「魔理沙なんて、勝手に魔女になればいいんだわ」
 最後の言葉は私から言った。私がそう言うと、魔理沙は黙って、厳しい表情のまま部屋を勢いよく出ていく。ドアが勢いよく閉められ、乾いた音がした。
魔理沙の瞳が微かに濡れていたのを、私は見逃さなかった。見逃せなかった。
 ほら、やっぱり魔理沙も泣いていたんじゃない。感情を隠すのがまだまだ下手くそね。
 意味のない、優越感。無尽蔵に湧いてくる、どろどろとした苛立ち。ただの空しい強がりだった。
 一瞬の沈黙の後、アリスは、何も言わずにそっと部屋から出ていった。その気遣いがありがたかった。
「ありがとう……アリス」
「……」
 今度は、ゆっくりとドアが閉められる。行き場を無くしたカチャリという音が、静かなこの部屋に奇妙に響いた。
 一人になった瞬間に、津波のような後悔が押し寄せる。私はそんな波の中で立つことができずに、膝をついた。視界がなんだかぼんやりして、声にならない嗚咽が喉の奥から漏れ出てくる。どうやら、体が泣き方を忘れたみたいだった。こんなにも、泣くことが苦しい事だとは、思わなかった。
 違う。魔理沙、私から離れないでよ。同じ人間でいてよ。
 ねえ、魔理沙。私がそう望むのは、野暮な事なの?
 二人で歳を取って、二人で笑いあって、二人で支え合って、生きていく。
 私だけ、先に死ぬなんていやだ。私は負けず嫌いなんだ。絶対に、魔理沙よりも長生きするんだ。
「ねえ、魔理沙ぁ、お願いだから帰ってきてよぉ」
声にならない、叫びだった。あたりは不気味なほど静かで、けれど虫が鳴いているはずなのに。手に込めた力は、自分の手を傷つける。伸びた爪が、手の平に食い込んだ。瞼を閉じても、止めることのできない涙。冷たく重い水だった。もう、泣くなと言い聞かしても、止められない。そんな自分が嫌いになって、また涙が溢れ出す。悪循環。頭を床につける。どんっという低い音がした。今の私の顔は、丸めた紙のようにくしゃくしゃなのだろう。声帯が捩じ切れそうになるほど、声を押し殺す。
やけくそになって小さな瓶を投げて、転がり床にこぼれた、魔理沙からの贈り物。部屋に広がる桜の匂いは、二人が幸せだった頃の残り香だった。



あれから二か月が過ぎただろうか。冬になれば熱は冷めるだろうと踏んでいた私は、この騒乱に火種の大きさを把握していなかったらしい。
 吐いた息は、白い吐息となり、すぐに消えていく。息を吐く度にこんな白いもやが出ていたら、邪魔だろうに、と思うのだが、意外とそうは思わない。箒で庭を掃きながら、これは不思議だと思った。
 虫の鳴き声と一緒で、身体に染み込んでいる、そうと考えれば我々の先祖は、広い心を持った者達という事になる。虫の鳴き声は一歩間違えれば騒音で、この白い吐息は視界を遮るお邪魔虫になりかねない。
 秋に大喧嘩した。それは本当に大がつくほどの暴れっぷりだった。あの時に、私は私の中に溜まっていたものをすべて吐き出したような気がする。
分かっている。分かっているのだ。早く関係を修復した方が良いという事は。ただ、きっかけが無いだけ。
違うな。私から行く勇気がないだけ。
「今年の冬は、いつにも増して寒さが厳しいわね」
 ぽつり独り言。
 魔理沙はどうなったのだろう。本当に魔法使いになることにしたのだろうか。そのためにアリスの所で修業をしているのだろうか。
 一人でいる神社は、懐かしいようで、さびしかった。日課が無くなってしまった事をこんなにも後悔した事も無い。人間は失って初めて大事なものに気付くとよく言うが、私は大事なものを初めて失ってしまった気がした。
「こんにちは、霊夢さん。何だか元気がないですね」
 珍しくお客が来たと思ったら、早苗だった。
「気の所為よ。それより、あんた何で来たの?」
「何でって、もう年末じゃないですか。分社を掃除しに来たんですよ。うちに参拝しにくる妖怪達もいるでしょうけど、これない人たちのために、ここも掃除をしたほうがいいだろうと思って」
「そりゃご苦労な事で」
 言われてみれば、もう年末だ。まだ祭事の準備もできていない。
「年末は守矢の神社で忘年会があるんです。皆さんも参加するのですけど、霊夢さんもどうですか?」
 早苗は悪気もなく誘っているのだろうけど、私はそんな気分にはとてもなれなかった。矛盾しているけれど、今は一人が良かった。独りでよかった。その方が気楽だと思った。けれど、それではいけないと、もう一人の自分が胸の中に居るのも、無視はできなかった。
たぶん、どちらも本当の私なのだろう。
「ええ、気が向いたら参加するわ」
 余った手で箒を使って遊ぶ。そうして、当たり障りのない答えで先延ばし。いやな事は全て先延ばし。最近の私はそんなのばかりだ。自分が嫌になる。それは、今までのとは明らかに質の違う嫌いだ。嫌悪に近いものだと思う。救いようがない、自分の嫌な部分だ。
「霊夢さん、やっぱり最近元気がないように見えますね……」
「だから、気の所為よ」
 そう言って、私は神社の奥へ戻ることにした。早苗はしばらく困ったように、突っ立っていたが、やがて分社の方に行ったのか、姿が消えていた。
 それでいい。今の私は冷静だけど、抜けがらだから。
 靴を脱ぎ、居間の方へ行く。こたつの中はまだ温まっていなかったが、体が疲れていたのかこたつに座ると、何もやる気がしなくなった。外に比べ、部屋の中は少し暖かったから、うとうとと眠くなってきた。机に体重を乗せ、そっと目をつむる。
 寝ていれば、何かいい案が浮かんでくるかもしれない。気分転換になる。
 沈んでいく意識の中で、今まで何度繰り返してきたか分からない言葉。そうして、意識は深い湖の底へと沈んでいった。

 目を覚ましたのは、お昼頃だった。起きてまず気付いた事は、部屋がとても暖かった事だ。燃料をそんなに焚いた覚えはないのだが、上着を脱がないと暑いくらいに温まっている。そうして、鼻をくすぐる、味噌の匂い。誰かが台所を勝手に使っているのだろうか。
 すぐに起きて、台所へ向かう。部屋から廊下に出ると、急に冷気が入ってきて、震えてしまう。寒い寒いと言いながら、急いで台所へ向かい、戸を開けて見ると、そこには早苗が立っていた。
「起きましたか? 霊夢さん。台所勝手に借りて、すいません。燃料はまた守矢から取り寄せますから安心して下さい」
「あんた、いったい何してんのよ……」
 呆れたのと同時に、泥棒じゃなくてよかったと安心する。
「霊夢さん、お腹すいているでしょう? 今朝、守矢の所に差し入れで大根が届いたんで、お裾分けをと思ってたんです。あと少しでできますから、部屋で待っててくださいね」
「ええ? ちょっと早苗……」
 そう言って、早苗は私を部屋に連れ戻した。まあまあと促す早苗に押されて、部屋で待機する事となった。
 何となく釈然としなかったが、燃料は守矢持ちらしいから、まあいいかと思い、素直に受け取ることにした
 しばらくすると、味噌汁とご飯、大根の煮付けを早苗が持ってきた。
「さあ、食べて下さい」
「……」
「やだなあ、毒なんて入ってませんよ」
 そんなの当たり前じゃない、というのはもう疲れたから言葉にしなかった。
「じゃあ頂こうかしら。せっかく作ってもらったしね」
 早苗は嬉しそうに笑って、どうぞと言った。大根から、箸を入れる。
「あ、おいしい……さすが守矢の台所番ね」
「本当ですか? ありがとうございます」
 料理は美味しかった。でも、早苗の考えがいまいち分からない。
「何で、私に?」
 味噌汁を啜りながら、早苗に尋ねた。早苗は、何でそんな事を聞くんだと言うように、首をかしげる。
「だって、霊夢さん、ろくに食事をとらなかったような顔してたから……だから、元気になってもらおうと思って作ったんです。一人よりも、誰かと食べるご飯は美味しいでしょう?」
「私は、そんなにやつれているように見えた?」
 少し笑いながら早苗に聞いてみる。早苗は困ったように、苦笑いを浮かべた。
「そうですね、少し。でも、これからは呼んでくれればいつでもご飯作りますよ」
「早苗、私を励ます方法って、ご飯作ることしかできないの?」
「いや、そういう意味では無くてですね……」
 あたふたしながら早苗は答える。何となく、このやり取りは久しぶりだった。
 やはり、自分の事はよくわからない、と思う。今まで正常だと思っていたが、早苗が見てもおかしな程に、私は変らしい。
「でも、少しは元気になりましたか?」 
「元気のないふりをしていれば、早苗がご飯をタダで食べさせてくれるってわかっただけでも儲けものね」
「な、何ですかぁ、それ。今までの態度は全部演技だったんですか?」
 軽い冗談に面白いほどに引っかかる早苗。出会ったころの魔理沙のようだ、と思う。
「最初は寒いから元気がなかっただけなのに、早苗が勘違いするから、私もいけないなあと思いながらも、何となく言い出せずにいたのよ」
 嘘にはわずかな本当を含ませる。
「そうだったんですか。でもそういう時ってたくさんありますよね。勘違いを訂正できないときって」
「そんなに多くないわよ? 早苗だけじゃない?」
「そうですか?」
 そんな話をしながら、時間は過ぎていく。食べ終わった後、片付けも早苗がやると言い出してきかないので、私は黙ってそれに従った。早苗の分かりやす過ぎる気遣いが、今はありがたかった。
 弱くなったもんだ、と自分でも呆れてしまう。こんな時昔の私なら、さっさとお願い、ぐらいのずうずうしさで応えたことだろう。
 そう考えると、あの喧嘩から、もう随分と経ったような気がする。そこでもう一人の私が口を出してきた。ここが正念場だ。ここで、私は私を取り戻さなければならない。きっとこれ以上延ばすと、本当に取り返しのつかない事になる、と。
 たぶん守屋の忘年会には、魔理沙も出るだろう。そこで決着をつけるのだ。
「早苗、忘年会はいつ行うの?」
 皿を洗う早苗に尋ねる。
「12月26日ですね。霊夢さんも参加する気になりましたか?」
「料理は、あなたがするんでしょうね?」
「もちろん」
 それを聞いて、このチャンスを生かせずにどうするんだ、と自分に言い聞かせる。
「……そうね、その日は残念ながら、予定が入っているの。私はその日に、風邪をこじらせて、元気がなくなる、という予定が入っているわ」
 私はちらりと台所を見た。早苗はにこりと笑って、
「なら、私は霊夢さんを元気づけるために、最高の料理で御もてなしをしますね」
 自信満々に早苗は宣言した。

 それからの日々は、年末の準備に向けて仕事に没頭した。忘年会までの間は何も考えたくなかったのもあったし、他に何もやることが無かったというお寒い事情があったこともある。
 そうして、師走も半分を折り返した頃だっただろうか。部屋で内職をしているとアリスがやってきた。
 アリスはあの日、外で、朝まで私を待ってくれていた。そうして二言三言話して、それっきりだった。
「久しぶりね、霊夢。思ったよりも元気そうで、何よりだわ」
「そんなに何カ月も落ち込んでいられないわ。喉元過ぎれば熱さ忘れる、よ」
「ええ。その方が体にも心にも健康的だわ」
 アリスは少しだけ安心したように笑うと、上がるわよ、といって私の前に座った。
「お茶を入れるわ」そう言って、台所へ駆けていく。
「ありがとう、霊夢。ところでこれ、何?」
アリスはこたつの上に置かれた、お守りを指さして言った。
「お守りよ。一応、年末だし、準備だけはしないとね」お盆にお湯をのせ、答える。
「買う人いるのかしら? いや、ちょっと違うわね。この神社に買いに来る人がいるのかしら?」
 不思議そうに、お守りをつまむアリス。アリスにお茶を出しながら、はいはいと適当に流して、私は本題に入る。
「で、何の用? 私はこの通り元気よ?」
「……忘年会は、出るんでしょう?」アリスはまっすぐに私を見つめた。
「もちろん。全ての決着をつけるわ。私の事も、魔理沙の事も、ね。これ以上のモラトリアム期間は要らないわ」私もまっすぐに返す。
「そう……もう心配ないみたいね。さすが霊夢だわ」
「その様子だと、魔理沙はまだまだ落ち着かないみたいね」
「魔理沙の事は、聞かないの?」
「魔理沙から直接聞きださないと、意味がないわ。それにね……」
「それに?」
 一呼吸おく。
「先に魔理沙の気持ちを知ると、また先越してる、なんて言われちゃうもの」
 布を詰めたお守りを、机の上にそっと置いた。
「確かに、そうね」
 目を細め、微笑を浮かべるアリスは魔女にふさわしい、妖しい雰囲気を纏っていた。
「じゃあ、もう用は済んだから、今日はこれまでにするわ。また忘年会で会いましょう」
「ありがとう、アリス。本当に心から感謝するわ」
 いいのよ、と笑ってアリスは飛んでいく。
 今は何も知らなくていい。
 私は、鏡に近づきすぎて、全身が見えないように、多分今まで魔理沙の近くに居過ぎたせいで、一番近くのものが見えなくなっていたのだと思う。だから、この期間は、少しだけ鏡から離れるための期間だったのだ。細部は見えないけれど、自分の、そして魔理沙の今まで見えなかった所を観察する時間。そして、私は結論を出した。
「よし」
 アリスに言って、少し楽になった。忘年会まで、あと少しだった。

 年末、クリスマスが終わり、いよいよ忘年会の日になった。守屋の神社には多種多様な妖怪が集められ、まさに幻想郷の信仰はここにありといわんばかりに大盛況だった。
「やいやいやい、この萃香様を差し置いて、勝手にお酒を拝借している奴はどこのどいつだ!」
「食べ物がもうないわよぉ。早く次の皿を持ってきてちょうだい、妖夢」
「幽々子様、私にも何か食べる暇をくださいよ!」
「てゐ、待ちなさい! またあんたは料理にいたずらなんかして……」
「引っかかる鈴仙が悪いんだよ」
「料理もお酒もまだまだ沢山ありますからね! みなさん、楽しんでいってくださいね」
 叫ぶ早苗の声は、この喧騒にかき消されあまり聞こえなかった。私はなんとなく、中に入ると厄介なことに巻き込まれそうだったから、外に待機することにする。すると宴会場から少し離れたところに、幽香が座っていた。その横にはお酒と料理がある。どうやら、幽香も私と同じ結論に至ったようだ。
「ここ、いいかしら?」
 幽香はこちらを一瞥したあと、いいわよと言って、その体を少し寄せた。
「このお酒、中から持ってきたの? 萃香が怒ってた、お酒を勝手に持って行ったのは幽香でしょう?」
「私には、あんまり関係のないことだわ」
 横目で笑いながら、幽香はこちらを見る。
「外にも何人かいるわね。皆、中のお祭りが苦手な人たちばかりかしら?」
 同じような場所に、妹紅や慧音、パチュリーなどが外でくつろいでいた。皆、自分で火をおこし、快適そうにくつろいでいる。
「中は騒がしくて、私は疲れるから、外に居るの」
「それには同意するわ」
 雪はもうやんで、月の光が雪に乱反射し、雪原は青く見える。時折吹く冷たい風は肌をさらさらとこすっていく。
「霊夢、あなたは宴会に参加しないの?」
 突然、紫が入り込んでくる。でも、そんなのももう慣れたもんだ。
「紫、あんた何がしたいの? あとそのセリフ春先でも聞いたわよ?」
「よく覚えているわね」
 感心したように紫は声を上げた。多分、紫はわかっててこういう事を言っているのだろう。何を考えているか、相変わらず読めない。
「葉が赤く染まりだす頃にひと悶着あったらしいわね。霊夢でよければ、話してほしいんだけど?」
 紫は実に楽しそうに私に聞いてくる。幽香も興味津津とばかりに聞き耳を立てていた。
「別に何も。何かあったの」
「いやあ、別に。ただ何かあったのかのかなと思って」
 何か何かばかりで会話にならない。紫は私から話をしてもらいたいようだ。
「面白い話を聞けると思ったのに、どうやら話す気はないみたいね。霊夢。ま、大変なことがあったらしいから、その時期から急にあなた達が私のところに来なくなったのは大目に見てあげるわ。あんなに一緒にいた、かわいい魔法使いさんは、今日はまだ来ていないようだし?」
 幽香は嫌味ったらしくそう言って、こちらを見てくる。右には幽香、左には紫。いくら私が妖怪退治を専門にしているといっても、こうも挟まれると手の打ちようがない。
「まったく、あんたたちはいったい何がしたいのさ」
「ふふふ、今日はお酒がおいしく飲めそうね。中に行って、お酒をとってこようかしら。あと、そうね霊夢にはこれを」
 幽香はそう言って立ち上がり、手の中から一輪の花を取り出し、宴会場の中へ消えていった。
「まったく、幽香の奴……」
 その花は椿の花だった。なぜこれをと思ったが、確か花言葉は、なんだっけ?
「あら、椿の花じゃない。ふうん……」
 紫が隣から顔を出す。なんとなく納得したように頷いたところをみると、やはり花言葉にヒントがありそうだった。
「花言葉、聞かないの?」
「それくらい自分で調べるわ、と言いたいところだけど、資料がないから教えてもらえるかしら?」
「ふふ、たまには素直になりなさいよ。椿は完全な愛、理想の恋、謙遜ってあたりかしら。幽香は何を思ってこれを渡したのかしらねえ」
「しらじらしい」
 理想の恋、そして、謙遜という言葉に引っかかる。幽香め。本当は秋の経緯の事を全部知っているのかしら。
 紫はそっと私の前へ出る。
「霊夢、あなたは小さい頃から他人を頼らなかったわね。巫女としては立派だけど、人間として生きるには窮屈でしょう?」
「突然何を言い出すの」
「もう少し、あの魔法使いを信じてもいいんじゃない?」
言われた瞬間に、呼吸が止まった。手に持った椿の花を落としかける。
「ばれていないつもりでしょうけど、私にはわかるわよ。本当は不安で、消えたいくらいに窮屈で、でも逃げたくない自分も、心の中にいる。今日も本当は行きたくなかったんじゃないの?」
 心配そうにこちらを見つめる紫はまるで母親の様で、私は叱られる子供の様に、少し下を向いて、ぼそぼそと呟く。
「いいえ、紫。少し違うわね。それはほんの少し前の私よ。今は、例えるのなら、劇の本番前みたいなものね」
「なら、今の不安は、役者がいつ舞台に上がるかわからない事になるわけね?」
「まあ、そんな所」
 紫はわかったように、優しく笑った。
「練習はしっかりと積んできたのね?」
「もちろんよ。なんなら今から踊って歌ってもいいくらいよ?」
 立ち上がって、その場で一回転する。再び紫の前に立ち、笑ってみせる。
「ふふ、頼もしいわ」
 
 こうして、忘年会の夜は更けていく。中は相変わらずお祭り騒ぎだった。私は外で待っていたが、肝心の魔理沙が現れない。
 魔理沙、あなたこのまま私を舞台に置いていくつもりなの? 私を一人ぼっちで演技させないでよね?
 そう思っていると、不意に空が明るくなった。上を見上げると花火のように光を放つ魔法が見えた。
「魔理沙ね……」
 空へ昇り、辺りを確認する。すると、山の方角からきらきらと光るものが見えた。そちらへ向かって飛んでいくと、箒にまたがる魔理沙が居た。使い古された箒、体の割に大きな黒い帽子、コートの様にマントをはおり、首元には白いマフラーをしている。夜だから顔ははっきりわからなかったが、笑っているように見える。少し、痩せただろうか?
「久しぶりだな霊夢。久しぶりのついでに、決着をつけようぜ。勝ったほうは、負けた方の言う事を一つだけ聞くんだ」
 唐突に話し始める魔理沙。しかし、その言葉には純粋に私と弾幕勝負をしたいようにも聞こえた。相変わらずだ、と少し安心した。
「じゃあ、私の願いは一つだけね」安心したからこそ、私たちに遠慮はいらない。
「なんだ?」
「魔理沙が私の願いを二つ叶えること。これしかないわ」
 魔理沙は一瞬きょとんとした様だったが、すぐに笑い声がした。
「それでもいいぜ。私に勝てるならな」
「はいはい、じゃあさっさと撃ちなさいよ。そしたら、動いてあげるわ」
「それは私のセリフだぜ」
魔理沙がゆらりと動く、帽子を片手で支え、いきなり特大のマスタースパークを撃ってくる。私は白い光に包まれながら、これからどうしようかなと考えていた。

 結局、弾幕は私の勝利で終わった。相変わらず魔法でごり押しの魔理沙の魔法は、見ていても美しく、私の正反対を突き進む弾幕だ。
「くそ、やっぱり霊夢は強いな」
 地上に降りるなり、魔理沙はそう言った。
「あたりまえでしょう。じゃあ約束通り一つだけ願いを聞いてもらうわよ?」
「ああ、いいぜ」
 さっと顔が暗くなる魔理沙。何を考えているかはわからないが、どうやら悪い方向ばかりにその逞しい想像力を働かせているようだ。だから、私は予想もしない事を聞いてやった。
「魔理沙の願いを正直に言って」
「え?」
 そんなことでいいのか、と意外そうに見上げる魔理沙に、私は笑顔で返す。
「さあ? 早く」
 しばらくの沈黙。
「……私はあの日、すごく後悔した。霊夢が私のことを、あんなにも大切に思っていてくれていたなんて、思いもしなかった。私は霊夢に追い付きたい一心で、霊夢の気持ちなんて考えもしなかったんだ。今考えると、本当に身勝手な奴だよな」
「だから、私は喧嘩した後いろいろ考えた。自分のことや霊夢のことを、あきるほど考えた。考え過ぎて、お風呂でのぼせた程だ。そうして、私が出した結論だ。私が魔女にならない、何て言うと霊夢はきっと怒るだろう。気づいたんだ。霊夢が怒っていたのは、言い訳していた私に対してだったんだと。だから私は霊夢を言い訳にはしない。魔女になることは私の夢でそれは誰にも邪魔させない。けれど私はそれでも、霊夢、私はお前のことを……」
 少し間を空ける。
「好きなんだ」
「身勝手な話だともわかってる。結局自分のことしか考えていないってことも知っている。けれど、この気持ちに嘘偽りはない。だからお前の気持ちを聞かせてくれ、霊夢。これが私の願いだ」
 驚きはしない。わかっていた。多分心のどこかで、きっと魔理沙はそうするだろうと、諦めていた。
 魔理沙が夢を諦める事を、願っていたわけじゃあない。けれど、万に一つ、諦めるかもしれないと期待した気持ちは確かにあった。
 ねえ、魔理沙。私はこんな卑怯な人間なの。許すと言って、けれどまだ心のどこかで諦める事を期待していた。そんな卑しい人間なのよ。
 それでも、魔理沙は私を好きだと言ってくれた。
 多分、私のこの気持ちを予想して魔理沙は告白したのだと思う。
魔理沙は、自分の道を行く。もう、私が止めても、彼女は夢を追い続ける。
 その道に、私は乗っかっていないだけ。
 すべてを犠牲にして、魔理沙を愛することは、魔理沙の重荷にしかならない。
 ならば、私は魔理沙の止まり木になろう。広大な空を飛びまわって、疲れ果てた彼女を、暖かい暖炉と料理でおもてなしをする、止まり木の主。
 それが、私の役割。そして迎えの最初の一言は決まっている。
 何しに来たの。
 笑いながら、そう言ってやる。
「この話はね」
 ゆっくりと切り出した。もう私の中で答えは決まっている。
「私たちのどちらかが、相手の信念を許すことでしか解決できない。私は今でも、魔理沙には人間でいてほしいし、けれどそれが魔理沙の夢であることも分かっている。だから、魔女の件について、私は許すことにしたの。私はそんな強情な魔理沙も含めて好きになったのだから、ね」
 魔理沙が息をのむ様子がわかる。
「それに、私は、私の中の信念を貫いたから、お互い様ってところかしらね」
「……霊夢の信念だって?」
 魔理沙は少しだけ眉をひそめた。その真剣な顔に、私は思わず笑ってしまう。
「ふふ、わからない? 一つヒントを言ってあげるとね、私はプライドが高いのよ」
 魔理沙はしばらく考えていたが、突然何かを思いついたように、あっという声を上げた。
「なるほどな、霊夢。確かにお前は昔からプライドが高かった。だから、霊夢から他人に何かをお願いすることは、ほとんど無かった。それは今も一緒か」
 魔理沙はにやりと笑って、こちらに近づいてくる。
「私に告白させたな? 自分から好きだ、というのは趣味じゃない?」
 魔理沙は、私の手の届くところまで、きていた。
「ええ、そうよ。下手に出る事は、私の趣味じゃない」
 そこから、私はそっと魔理沙の顔に近づいて。
 目をつむって、そっと魔理沙の顔を引き寄せる。
 唇に冷たいものが当たる。風はなかったが、雪がちらついてきていた。
 それ以外は何も見えなかった。何も聞こえなかった。

 それから、忘年会の事も忘れて、魔理沙と話をしていた。たった二カ月ほど会わなかっただけなのに、私たちは随分盛り上がった。雨降って地固まるとはよく言うが、まさにその通りだ。魔女になるために、頻繁にアリスに相談していたこと。夏ごろには、話はまとまっていた事。魔理沙はまた魔女になるために、今から本格的に修業をしなければいけないらしく、その期間の見通しはまだ分からないらしい、という事などを教えてくれた。思い出せば、アリスが夏に言っていた、魔法使い同士の守秘義務とは、この事だったに違いない。
「アリスはもともと魔女だから、そこらへんはよくわからないらしい。人間が魔法使いになることが、かなり珍しいから、その期間も未知数だそうだ。ま、死ぬような事にはならないだろうけどな」
 何でもないように話してはいるが、きっと魔理沙の胸中は複雑だろう。私と今すぐにでも離れなければならない事に、少しだけ後悔しているようだった。
「喧嘩した時は、やけくそでもうそのまま修業に出てしまおうか、って考えてたけど、アリスが許してくれなかったんだ。そんな中途半端な気持ちで修業をするくらいなら、自分の舌を切ってから行きなさいってね。それはものすごい剣幕で怒られたよ。今考えると、その時のアリスの判断は結果的には正しかったんだ。アリスは本当に偉大だな」
「ええ、そうね」
 本当にそう思った。けれど、舌を噛み切るとは少し言いすぎではないだろうか、とも思った。
 いよいよ、雪の塊が大きくなり始めた。時間にして、1時間ほど経った時だろうか、アリスが私たちの様子を見に来てくれた。そうして、一目見て、安心した、と言った。
「でも、霊夢、もう魔理沙から聞いていると思うけど、魔理沙は今すぐに出かけなきゃいけないの」
 アリスは、表情を崩さず、淡々と言った。けれど、淡々とした口調の中にも、アリスなりの気遣いがあふれているのが感じられた。
「そうか、もうそんな時間か」
 魔理沙は立ち上がって、肩に積もった雪を払いのける。そうして感慨深げに川の先を見つめていた。
「アリス、今まで本当に世話になった。ありがとう」
 魔理沙は右手をアリスに差し出して、握手を求めてきた。アリスもそれに応える。
「魔理沙なら、きっと乗り切れるわ」
 まかせろ、と言うと今度は私の方を向いた。
「じゃあな、霊夢。今度はおいしい茶菓子と、少しばかりのお賽銭握りしめて遊びに行くから」
「あまり期待しないで待っているわ」
 最後は笑顔で別れると、決めていた。魔理沙はそれだけを言い、私たちに背を向けて、川を渡り始めた。何もない雪原に、魔理沙の足跡だけが刻まれていく。
 魔理沙が無事帰ってきますように。それだけを心の中で祈った。
 やるべきことは、もう全部やった。
 これで良かったのだ。これ以上は、魔理沙を無駄に引っ張るだけで、邪魔なだけ。
 ふとアリスの方を見ると、何か言いたげな表情をしていた。私が何か顔についてるかと聞くと、別に、とそっけない返事が返ってきた。
 一体何なんだ、と考えを巡らせていると、アリスが突然口を開いた。
「そういえば、霊夢。あなた勘違いしているようだけど、魔理沙が私に特別な顔をしているわけじゃないの」
 それは初耳だったから、私は口が開くほど驚いた。
「じゃあ、魔理沙は……え、どういう事? 魔理沙は最初、アリスの事が好きだったんでしょう?」
 アリスは呆れたような、けれど羽毛の様に柔らかい調子でこう続けた。
「その逆。魔理沙は霊夢にだけ、いつも特別な顔をしているのよ」
 そう言われた瞬間、顔が熱くなった。外は震えるほど寒くなってきているのに、熱くなって、そしてどうやら涙腺が壊れてしまったようだ。なんだか視界がぼやけてきた。
 春先から、私は魔理沙の事を見ていた。春先から魔理沙は私のことを見ていた。
 どうして、私は気付かなかったのか。私の中の先入観がそうさせたのか。
 でも、嬉しかった。
 魔理沙は一年前から、私を見てくれていた。
 もっと早くに気づけばよかったのかな? もっと早くに素直になれば、今日みたいにならなかったのかな?
 でも、もうそれは過ぎてしまった出来事。ここに舞い散る雪の様に、止めることも、空に戻すことも出来ない。
 私は、心にぽうっと穴が開いていくのを感じた。
 そこに一瞬の虚無感があったがすぐに別の感情が、その穴に満たされていく。
 そうして、遂にはとても温かな気持ちになったのと同時にわずかな後悔もそこにはあった。
 これが、幸せという事なのか。
 だったら、私には刺激が強すぎる。
 後悔するほどの愛をもらうより。
 思い出に残らない程の小さな愛がほしい。
 そう、望むことは贅沢でしょうか。
 川の向こう側に居る魔理沙の方を向く。そうして、呼び飽きる事のない、その名前を再び呼んだ
「魔理沙!!」
川を横切る寸前で、魔理沙は立ち止る。肩が震えていた。その小さな体が、大きく震えていた。
 凍った川を、積もる雪を、流れる景色を、今までの自分を、すべて置いていく。眼下に広がる、青い雪原を見つめ、体は高揚する。雪は、私に触れて、一気に水になる。
「私が……悪かったんだ……ごめんなあ、霊夢」
 涙ながらに叫ぶ魔理沙。けれど、それ以上に私は泣いていた。声を張り上げ、けれど消えそうになる言葉を精一杯吐き出して、胸の中の黒い物を取り除き、雪の冷たさなんて、もう関係なくて、頬に流れる水は、少ししょっぱくて、もう、何が何だか分からない。自然と足は魔理沙の方へ向くけれど、理性がそれを抑える。後ろでアリスが引き留めようとして、何かを叫んでいる。こんなにも気持ち高ぶっているのに、魔理沙は再び歩き出す。多分自分の足に、止まらないよう魔法をかけていたのだろう。馬鹿な奴。本当に、自分勝手。でも、そうじゃないと私があなたを止めてしまったかも。ざくざくと、柔らかく積もった雪を踏んで、前に歩みを進めるけれど、次第に足が重くなり、呼吸も苦しくなり、そうして雪の上に膝をつく。胸が苦しかった。足が痛かった。心が寒かった。体が泣き方を覚えていた。今度はうまく泣けている気がした。顔を上げ、ひと思いに叫ぶ。
「はやく帰ってこいよお、魔理沙あ」
 しんしんと降る雪の中、叫ぶ二匹の獣は、遠く引き裂かれた恋人を思う人間の雄叫びによく似ている、と思った。

再び、春

もうすぐ冬が終わる。
 私は春が好きではなかった。過去形なのは、今はちょっと事情が変わったという事。今は、少しだけ春が待ち遠しい。
 桜のつぼみが、ほんの少し膨らみかけ、それに追いかけるようにして私のこの想いも、もうすぐ花開く。その時は……
「これからもよろしくね、魔理沙」
 去年より少し背が高くなった少女は、私の隣に座る。
 自然と重なる手。
 そうしてこちらを向いてまた微笑みかける。
 春の訪れは、もう近い。
半年ほど前に、とにかく色々なジャンルの作品を書こうと思い書いたものです。目標としては、恋愛物を書くことと、短編をまとめ上げる事を目標としていました。一部の登場人物の名前がカタカナなのは、半年前に書いた時は人に見せる事を考慮に入れていなかった、私の怠け者精神がにじみ出た結果です。
そして今読み返すと、かなり恥ずかしいですね。やはり恋愛物は苦手かもしれないです。
何よりもこれを書いて、もう半年が経っていた事に驚きました……


追記:コメントで注意があったので、人物を全て漢字に直しました。作品として未完成のものを出して申し訳ありませんでした。
suke
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コメント



0.840簡易評価
2.10名前が無い程度の能力削除
そりゃ人名が全部カタカナは読みにくいでしょうね。
それを把握してるのに直す手間を惜しむって…
3.10名前が無い程度の能力削除
これは酷い、全員が片仮名ならともかく紫や早苗はちゃんと漢字になっているあたり、
本当に手抜きなのがわかります。作品の内容以前の問題。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
どうも一発で変換できないキャラは名前がカタカナになってるような。
自覚してたのなら直しておくべきだったのでは?

内容も個人的には今ひとつだったかな…。
7.無評価名前が無い程度の能力削除
>人物を全て漢字に直しました。

コウリンドウとリンノスケが直ってない件
9.100バナナ軍曹削除
私はこの作品は好きですよ
表現力もありますし、量的にも努力は見られます
後半の霊夢と魔理沙の葛藤はドキドキしながら読ませていただきました!
名前の件は今後気を付けて下さいね♪( ̄▽ ̄)ノ″
11.100名前が無い程度の能力削除
内容を見てやろうぜ。
長い時間かけて読んだかいがあった作品でした。
結局魔理沙が魔女になってしまうのはちょっと残念でしたが、こういう結末もいいと思います。
後日談的なものもほしかったですけど・・・・
とにかくいいレイマリでした、レイマリ作品少ないので歓喜でしたよ^^
12.10名前が無い程度の能力削除
うーむ。
人物の名前くらい調べて辞書登録しろよと言いたい。
二次創作をする上で常識だとは思わんかね?

それすらしない作者が嫌いだ
13.100名前が無い程度の能力削除
面白かったですぜ!
次回作も期待してます!