Coolier - 新生・東方創想話

天まで届け、同胞の灰

2009/12/25 03:53:29
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 その地には守護者が住んでいた。
 長い永い時の中、人々の営みを見守り続けてきた、一人の女性が。
 名を、上白沢慧音という。



「ういーっす。邪魔するよ、慧音」
「ん……」

 戸板をガタガタと鳴らしながら、藤原妹紅は内にいるであろう相手に声をかけた。

 ――油を差してやらねばならぬだろうか?

 そんなことを、妹紅は考える。
 滑りが悪ければ閉じるも開くも時間がかかるし、何より力が必要となる。
 加えて冬の冷たい風は体に毒であるから、彼女がそのように考えたのは至極当然のことだっただろう。

「やあ、妹紅」

 それを迎える慧音は布団から上半身を起こした格好で、今まさに起きたところといった様子である。
 着ているものも寝巻きのままであるから、恐らくはその通りなのだろう。

「ん、寝てたか? 五月蝿くして起こしたようなら、済まん」
「いや。することもないし、横になっていただけさ」

 頬にかかる髪を手櫛で梳く姿に、妹紅は少しばかりの罪悪感と、少なからぬ無力感を覚えていた。

「どれ、茶でも淹れようか」
「ああ待て待て、そのくらい私がする」

 布団から這い出ようとする慧音を制し、妹紅は急いで上り框を飛び越える。
 そうして上がりこんだ家の中、もう昼になるというのに空気は未だ冷たく、

「……慧音。お前、朝メシちゃんと食ったか?」
「妹紅、女の子がそんな言葉遣いを……」
「食ってないんだな?」
「……うん」

 それはつまり、慧音が今の今まで眠っていたということの証左でもあった。

「そんなことだろうとは思ってたが、全く……」

 うなだれる慧音の姿に、妹紅は溜息一つ。
 しかしすぐに気を取り直し、腕まくりをすると、

「少し時間かかるけど、粥でいいか?」
「ああ。そのくらいがありがたい」
「分かった。それじゃ、台所借りるぜ」

 冷えた空気を肩で切りながら、調理場へと向かうのだった。



 慧音は、老いた。
 聖獣・妖獣の類であれば今以って衰えることなく、むしろその力は高まってすらいただろう。
 だが彼女は半獣……それも後天的に、そうなった存在に過ぎない。
 歳と共に老いさらばえるのは必然だったのだろう。
 詰まるところ、上白沢慧音は、あまりにも人間過ぎたのだ。

「この歳にもなって、人に世話をしてもらう破目になるとはなあ」
「そんな歳だから、の間違いだろ? ったく」
「ははは。私より年上のお前が、それを言うか」

 そう言って笑い合う二人の髪は、どちらも白い。
 一方の髪は艶を持ち、ともすれば銀に見えるが、もう一方は痩せ衰え、乾ききっている。
 無論それは、両者の外見にも表れている。

「……ありがとう、妹紅」
「なんだよ、藪から棒に」

 不意に妹紅の手を取り、慧音が言った。
 枯れ枝のように頼りないその手を握り返して、妹紅は問う。

「別に、このくらい、礼を言われるようなことじゃないだろ」
「いいじゃないか。言われて減るもんでもなし」
「薄れるんだよ、ありがたみが」

 そっぽを向いて呟く妹紅に、慧音は微笑む。
 面倒を見てくれてありがとう。
 そのような意味も多少は含まれていただろう。
 だが、それだけではないことに、そこに込められた万感の思いに、妹紅は気付いていた。

 果たしてどれだけ、祝福と哀悼を繰り返してきただろうか?
 新たな命の誕生を、旧知の友の永眠を、同胞たちの営みを。
 人は、泣きながら生まれ、笑いながら死んでゆく。
 少なくとも、彼女らが見守ってきた者たちは、そうだった。

 故に妹紅は、微笑むなと叫びたかった。
 死に逝く者の笑みなど、どうか浮かべてくれるなと。






「妹紅。済まないが、一つ、頼まれごとをしてくれないか?」
「ん? なんだい、そんなに畏まって」

 時は少し遡る。
 慧音がまだ、守護者としての役を果たせていた頃のことだ。

「最近、夜の見回りが大儀になってきてな。ちょいとばかし手伝ってもらいたいんだ」
「なんだ、そんなことか。任せときなって、お安い御用さ」
「……ありがとう、妹紅」
「いいっていいって。何なら、全部受け持ってやろうか?」
「それはとても魅力的だが……怠けてたんじゃ、お天道様に顔向け出来ないからね」

 けれど、辛くなったらその時は、と。
 互いに笑い合いながら、そんな言葉を交わした。



 果たしてその時は、思いのほか早く訪れた。
 慧音が流行り病を患ったのだ。

「おい、馬鹿。メシが出来たぞ。食え」
「妹紅……。お前は女の子なんだから、もっと言葉を選んで」
「馬鹿に説教される筋合いはない」
「むう」

 正確には、里に流行した病を慧音が喰らい、代償として、病毒に冒された。
 その甲斐あって、里の者たちは恙無く暮らせているが、

『慧音様のお加減は、どうでしょうか?』
『これ、お見舞いです。どうか慧音様に渡してくださいまし』

 とまあ、慧音が自発的に行ったこととは言え、多くの者は、やはり気に病んでいた。
 だが、自らが見舞いに赴き、患えば、慧音の行いが水泡に帰してしまうのもまた事実。
 ならばせめてと、皆は妹紅に思いを託した。

「ったく。よくもまあ、今までそんなやり方で体がもってたもんだ」
「まだまだ頑張れると思ってたんだがなあ。年寄りの冷や水だったらしい」
「それが分かったんなら、もう、無理はするなよ。今はアイツんとこの薬師だって居るんだからさ」

 言葉と共に押し付けられたのは、小さな巾着袋だった。

「薬、貰ってきたヤツ。後でちゃんと飲んどけよ」
「ん……ありがとう」

 手をひらひらとさせて応える妹紅を、変わったな、と慧音は思う。
 以前の妹紅は、あまり人と関わろうとしなかった。
 恐らくは、彼女が不死であるが故に。
 それが、今はどうだ?
 慧音のために仇敵の従者を頼り、薬を貰い受けてきたではないか。

 妹紅は変わった。
 誰かの幸せを願うことが出来るようになった。
 ただ、仇敵を殺すことだけを考えていた少女は、今はもう居ないのだ、と。

 そして、ならば、と慧音は思う。
 今の妹紅ならば、人を、この里を、守り抜いてくれるのではないか、と。

 この期に及んで尚、慧音は他人のことばかり案じていたことを、妹紅はまだ知らない。



 それから少ししたある日の朝、妹紅は里の様子に違和感を抱いた。
 誰も妹紅に、慧音の様子を尋ねなかったのだ。
 無視をされている気配はなく、むしろ挨拶は向こうからしてくれる。
 全てはいつも通り。
 だからこそ、違和感を覚えた。

「起きてるかー、慧音」
「ん……、妹紅か。おはよう」
「珍しいな。慧音がこんな時間まで寝てるなんて」
 
 皆の問い掛けは、純粋に慧音を慮ってのものだったのだろう。
 妹紅もそれは理解していた。
 そこに妹紅を責める色合いなど、含まれていなかったことは。
 だが、誰に問われるたび、他の誰でもない、妹紅自身が己の無力を責めていた。
 故に、

 ――或いは、皆は全てを己に託してくれたのかもしれない。

 この時はそう結論付けて、目を逸らしてしまった。
 正常であるという異常に、気が付いていながら。



 さらに異常が際立ったのは、翌朝のことだ。

『あ、妹紅様。もうお体はよろしいのですか?』
「……は?」
『え? 私、何かおかしなこと、言い――……あれ?』

 不死の身が病など患わぬことは、皆が知っているはずなのに。

『えっと……御免なさい、変なこと言いました。妹紅様はご病気なんて、なされませんよね』

 妹紅を見かけた者たちは、その悉くが、妹紅の身を案じたのだ。
 まるで話している相手が、慧音であるかのように。

 そうして妹紅は、ようやく気付いた。
 気付かなかった振りを、やめた。

 天を仰げば、そこには月も星も無く、ただ太陽だけが燦々と輝いている。
 だが妹紅の脳裡には、確かにそれが見えていた。
 まあるいまあるい、十五夜の月が。
 歴史を創る、半獣の姿が。

 刹那湧き上がった感情を、果たして何と呼ぶべきか?
 理性がそれに名を付けた瞬間、しかし妹紅は戸惑った。
 それは無二の親友に対し初めて抱いた、殺意にも似た憤りだったのだから。



「慧音!!」

 激しく打ち付けるように、戸板が開かれる。
 だが、開かれた空隙から入り込んだものは冬の冷気などではなく、

「やあ、妹紅」

 怒りに震える、業火の化身だった。

「お前は何を考えているんだ」
「ふざけるのも大概にしろ」
「生きてるうちから腑分けなんて御免だ」

 慧音に浴びせられた言葉は、おおよそそんなところだったろうか。
 叫び、喚き、胸を掻き毟りながら、妹紅は慟哭した。
 文字通り、思いの丈をぶつけるために。
 それを受ける慧音は反駁する様子すら見せず、ただ静かに、耳を傾け続ける。
 妹紅の、一言一句を逃すまいとするかのように。

 やがて妹紅は心の裡を吐露し終え、若干の落ち着きを取り戻した。
 それを見て取ったのだろう、
 慧音は此処に至って、ようやく口を開いたのだった。

「なあ、妹紅。……人を、里を、守ってはもらえないか?」
「なっ――」

 紡がれたのは弁明ではなく、願い。
 お前に全てを託しても良いかと問う、切実な嘆願だった。

「馬鹿、言うな! 守るのは、慧音の務めだろうが!」
「こんな形になってしまって、本当に済まないと思っているよ、妹紅。でも、頼める相手は、お前しかいなかった」
「ひ、人の話を……っ!」
「大丈夫、お前ならやれるさ」

 床に叩き付けられた妹紅の手を、慧音の細い皺だらけの指が、そっと覆った。

 病を患った身で歴史を喰い、その間隙に新たな歴史をねじ込む。
 どれだけの覚悟のもとに、どれだけの代償が支払われたのか。
 想像することさえ出来ぬはずの妹紅は、しかし、触れ合った指先に、気付いてしまった。
 支払われたものが、慧音自身の命であることに。



 それからというもの、妹紅はただ甲斐甲斐しく、慧音の世話を焼き続けた。
 慧音の余命は幾許もない。
 なれば、より多くの時間を友の為に捧げたいと、彼女は思ったのだろう。
 それでも住処を共にしなかったのは、慧音の愛した日常を守るためか、それとも最後の意地か。

「ういーっす。邪魔するよ、慧音」
「ん……。やあ、妹紅」

 愚直に、一途に。
 誰一人、他に訪れる者のない家で。
 穏やかな日々を、二人は過ごしていった。



 そうして、慧音は。
 人を愛し、守り続けた守護者は。
 たった一人、最愛の友に看取られながら、永劫の眠りに就いた。



 不死の炎に舞い上げられ、高く、高くへ灰は行く。
 後には何も残さずに。
 骨の欠片も残さずに。



 慧音が背負っていたものは、その全てが妹紅の手に委ねられた。
 形あるもの、形なきもの。
 それら一切合財が。

 逆に言えば、慧音は何も持っていかなかった。
 思い出も、絆も、誰かの悼みでさえも。

 ……否。
 他者の背負うべき痛みだけを、彼女は持っていってしまった。
 ただ一人。
 妹紅にだけは、全てを残して。






 ――その地には守護者が住んでいる。
 長い永い時の中、人々の営みを見守り続ける、一人の女性が。
 名を、藤原妹紅という。
お疲れさまでした。
この話はこれにて終幕となります。

世間はクリスマスムードも最高潮だというのに、暗い話です。
我ながら、書き終えてここまで胃が重いのは初めてかもしれません。
多分、油モノによる胃もたれですが、ね!

したり顔で阿呆なことを言ってる場合ではありませんね。
えー、地雷を踏んでしまったと思われた方、申し訳ありませんでした。
また、慧音や妹紅の幸福を至上とされる方にも申し訳ないことをしました。
いずれ、いずれ幸福度マキシマムな二人の話を……書けるといいなあ。

せめてと背景を暖色にしてみたけど、効果がありますかねー……。
ともあれ、今回はこの辺りで。
また次の、叶うなら幸せなお話でお会いできれば幸いです。
それでは。
新戸
arat@live.jp
http://bloodletters.blog64.fc2.com/
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コメント



0.1310簡易評価
19.90ずわいがに削除
慧音もなかなか勝手を押し付けますね。
慧音の頼みを、妹紅が断れるわけ無いのに。
24.100名前が無い程度の能力削除
慧音にとっては一世一代の術であり、
人妖として本望だったろうな。