Coolier - 新生・東方創想話

びゅーてぃふる・みょん

2009/12/21 02:10:51
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○異変


とある巨大な船の中、佇む影が五つ。

「なんてことだ、飛倉の欠片が散らばってしまうなんて……! これでは目的を達せられないっ」
「私たちの悲願――“あのお方”の復活――それを成し遂げる為には……そうね、雲山。早く欠片を回収しないと」
「だからこそ私も必死に舵をきってるんですよ」
「大丈夫さ、私が誘導してる。少しずつだけど、確実に欠片は集まってるよ」
「……時間がかかればそれだけ回収は困難になります。頑張りましょう」





西行寺家に仕える半人半霊の庭師――魂魄妖夢は人里を訪れていた。

「あぁ、忙しい忙しい。毎年こうだと流石に嫌になるなぁ」

季節も春を迎え、桜の花が咲き始めるこの時期は、白玉楼も花見の幽霊でごった返す。特にここ数年――春雪異変以降に冥府の境が弱まってからは、さらにその規模も大きくなったようだ。
連日開かれる宴会騒ぎに、妖夢が買い出しを頼まれることも多い。

「まぁまずは……すみませーん、苺大福ください!」

和菓子屋で大好物の苺大福を買い、

「えーと、買い物は……」

妖夢がやっと頼まれた買い物のリストを確認すべく、手元のメモに目を落とした、その直後――

「え、夜?」

突然辺りが暗くなった。
里の人々も空を指して騒いでおり、何事かと見上げてみると、そこには巨大な船の姿があった。

「あれはいったい……?」

そうこうしている間にも船はすぐに上空を通り過ぎ、高速で彼方へと飛んでいく。

(これは異変の予感!)

妖夢はメモ用紙の裏にささっと筆を走らせた。

――幽々子様、異変の影がありましたので、調査に向かいます。買い物は出来ません、どうかお許しを。

主である幽々子への伝言である。妖夢はその紙を半霊に渡し、白玉楼へと飛ばした。
そして半人の方は単身――いや、半身――飛び去った船を追いかけた。





○ヒーロー 剣参!


船頭が向いていた方へ飛行していた妖夢だったが、

思わぬ事態が起こり、急停止する。

「こっちにくる!?」

なんと船は方向転換して妖夢に向かって突っ込んでくる。
慌てて下降し、船が再び自分の真上を通過していくのを見送った。

「あ、危なかった」
「おいおい、もしかしてこの反応は君からか?」

突然かけられた声に振り向くと、そこにはヘンテコな形をした棒を持ったネズミの妖怪がいた。

「誰ですか、あなたは?」
「“ナズーリン”、ダウザーさ。宝の反応があったと思ったんだが、どうやら君……いや、正確にはその“刀”に反応していたようだ」

ナズーリンは大仰に溜め息を吐くと、妖夢に背を向け立ち去ろうとした。

「待って下さい、あの空飛ぶ船は何なんですか?」

慌てて訊ねる妖夢に、ナズーリンは振り返ることもなく答える。

「私たちは“マドー”、偉大なる魔法使いの復活を目的としている――それだけさ」

その言葉に、妖夢はさっと思考を巡らせる。

(何かを復活させようなんて、典型的な悪者のすることね)

ナズーリンの話を聞いて、妖夢は本気でそう思った。実に勝手な思考である。
ここで「お前も西行妖を復活させようとしてたじゃねーか」などと突っ込んではいけない。というのも、何も自分のことを棚に上げているわけではないからだ。

妖夢はかつて春度を集めて妖怪楼――西行妖を満開にさせようとしたことがあった。が、本人はその行動の意味を知らなかったのだ。
悪気は無かった。しかし知らなかったから悪くない、ということはない。
春雪異変の後で西行妖の脅威を知った妖夢は、己の行動を反省した。そしてもう同じ過ちは繰り返さないと決めたのだ。
故に妖夢は今、この異変に真っ向から立ち向かう決意をした。

「待ちなさい」

妖夢は静かに“楼観剣”を鞘から抜いた。

「……私は忙しいんだ。これ以上の問答は無用!」

ナズーリンは振り返ると同時に攻撃を仕掛けてきた。
とんでくる弾幕を刀で捌く妖夢。

(くっ、やはりそれなりの実力者か)

相手は決してザコとは呼べない力を持っている。刀から伝わる弾幕の衝撃がそれを物語っていた。

(まずいなぁ、半身を飛ばしたのは間違いだったかな)

半霊が傍にいなければ、妖夢は全力で闘うことが出来ない。さらに、妖夢は幽々子のおつかいを途中で投げ出してしまったことも、僅かながら気がかりではあった。
妖夢の心の中に、早くも焦りの感情が浮かび始めた、その時――


――……む……よ……ようむ……妖夢!

(この声は――幽々子様!)

妖夢の頭の中に直接幽々子の声が響いてきた。

――やっと気付いたわね。そうよ、私よ。今、半霊を通じてあなたに話しかけているわ。

そう、幽々子は半霊を通して、半人の妖無と会話することが出来るのだ。さらに半人の見聞きしていることも、半霊を通して知ることが出来る。その為、幽々子も妖夢が今どのような状況におかれているかは把握していた。

(そうですか。すみません、おつかいをほっぽり出してしまって)

――それは別に構わないわ。それよりもまずは目の前の敵をなんとかしなさい。

(そうしたいのは山々なんですが、半身がないので全力を出せず……)

――言い訳は情けないわよ。半霊はすぐにあなたのもとに送るわ。

(しかしそれまでもつか……)

――解放しなさい、妖夢。

(えっ、よろしいのですか!?)

――えぇ、春雪異変以降、あなたに命じた禁を解くわ。さぁ、解放しなさい、あなたの本気を!


そして幽々子の声は途切れた。

「さぁ、そろそろ終わりにさせてもらおう。“ビジーロッド”」

妖夢が幽々子と心中で会話している間も、ナズーリンは絶え間なく弾幕を放っていたが、とうとう焦れたのかスペルカードを使ってきた。
レーザーで左右の逃げ場を無くし、広範囲に散布された弾幕が妖夢に向かって降り注ぐ。

「終わりだよ、おかっぱ君」

ナズーリンは勝利を確信した。が、

「剣・心! ア・みょんみょん・ベイビー!」

妖夢が叫ぶと、楼観剣が怪しい光を放ち、

「はぁ!」

一閃――弾幕を全て掻き消した。

「なっ、そんなバカな!」

通常弾幕で防戦一方だと思っていた相手が、スペルカードを潰したのだ。ナズーリンも驚きを隠せなかった。

「君はいったい何者なんだ?」

その問いに妖夢は刀を掲げ、堂々と答える。

「今の私はただの辻斬りではない。主と苺大福のためならこの身をなげうつことも厭わない、悪を斬り潰す信念の刃、白玉楼西行寺家二代目専属庭師兼警護役――“ビューティフルみょん”だ!」

ビューティフルみょん――漢字で書くと“美優亭風流妙”――それはまさに、勇敢なる“戦士”の称号である。
幽々子の言葉により覚悟を固めたこの状態の妖夢は、感覚を研ぎ澄まし、とんでもなくテンションとモチベーションが上がるのだ。そして何より、“特殊能力”の発動が可能となる。
見た目こそ大した変化は無いものの、その表情は引き締まり、実力者特有の覇気を纏っている。言うなればこれは“心の変身”なのである。

(はくぎょくろうさいぎょうじけせんぞくにわしにだいめけんけいごやく――これを噛まずに一発で言い切るとは……只者じゃない!)

ナズーリンは狼狽し、すぐに次のスペルカードを宣言した。

「出し惜しみはしない、“ゴールドディテクター”」

数本の黄色いレーザーが放たれ、分裂して多方向から襲い掛かってくる。
しかしそれを妖夢は華麗に避け、一気に距離を詰めた。ナズーリンの攻撃は範囲が広い分、本体付近の弾幕の密度が薄かったのだ。

「今度はこちらの番です」
「うっ」

縦に振られた楼観剣での直接攻撃を、ギリギリで避けたナズーリン。しかし、

「!? ロッドが……っ」

ナズーリンの持っていた奇抜な形の杖が、二本まとめて折られてしまった。

(何てことだ、これではダウジングが機能しない。それにこのビューティフルみょんというやつのことも侮れん)

「これはいかんな、早くご主人様に知らせねばっ」

ナズーリンはさっと身を翻すと、船に向かって全速力で飛行した。

「待て!」

妖夢も弾幕を放って追撃しようとしたが、

「“ペンデュラムガード”」

突如ナズーリンの周囲に展開した、五つのひし形の物体によって攻撃を阻まれた。

「……逃しましたか」

遠ざかっていくナズーリンに舌打ちし、刀を鞘に納めた妖夢もすぐに後を追おうとしたが、

「? これは一体……」

何やら小さなUFOが目の前を漂っていた。それは赤・青・緑と色を変えている。
そんなきみょんな飛行物体を不思議に思って伸ばすと、それは小さな数珠玉のようになって、妖夢の手に収まった。

「何だかよくわからないけど、綺麗だし貰っとこうかな」

首を傾げながらもそれを懐にしまうと、妖夢は再び船を追いかけた。





○VMXパワー


空飛ぶ船の中――

「……それは本当ですか?」
「あぁ、厄介なやつが現れたもんだよ。そいつのせいで私のロッドもこのありさまさ」
「これはひどい。どれ、ちょっと貸して」

ナズーリンが妖夢に分断されたロッドを相手に渡すと、ロッドは淡い光に包まれて元に戻った。

「これで大丈夫です」
「ありがとうよ、ご主人」
「……ちょっと待って下さい」

礼を告げて立ち去ろうとしたナズーリンを呼び止める。

「なんだい?」
「実は――頼みがあるんです」





「うらめしや~」

船との距離を徐々に詰めていた妖夢の前に、突然紫のからかさお化けが現れた。

「……」
「……なんか反応してよ」
「き、きゃぁ~」
「そんな棒読みの悲鳴じゃ余計むなしいわよ!」

あまりにお粗末な妖夢の悲鳴に、傘の妖怪は憤慨する。

「まったく、これだから近頃の人間ときたら……!」
「いえ、亡霊のお嬢様に仕えて、普段からたくさんの幽霊に囲まれてますし、というか私自身も半分幽霊ですから、今さらおばけの何に驚いていいやら」
「あれ、あんた人間じゃないの?」
「半分人間で半分幽霊です」
「ふ~ん」

傘の妖怪は妖夢の全身を上から下へ、下から上へと視線を這わせると、ニヤリと笑った。

「ま、半分でも人間ならやっぱり対象内ね」

と、いきなり傘を振り回して弾幕を放ってきた。妖夢は咄嗟に身を引いてそれを回避。

「何を――っ、まさか、マドーの一味!?」
「そんなやつら知らないよ。実はさっきのネズミとの戦いを見ててね、私もあんたと戦いたいと思ってたのよ。さぁ、この“多々良小傘”と戦いなさい、ビューティフルみょん!」
「……挑戦状を叩きつけられては、逃げるわけにはいきませんね」

すかさず楼観剣を抜刀し、構える妖夢。

「最初っからとばしていくよ! “パラソルスターメモリーズ”!」

大・中・小と展開される弾幕。妖夢は大玉・中玉の動きを気にしつつ、小弾の列をかわした。

「やるねぇ。なら次はこれだ、“超撥水かさかさお化け”」

まるで土砂降りの雨のように降ってくる弾幕を、しかし紙一重で避けていく。

「~~っ、だったらとっておきぃっ、“置き傘特急ナイトカーニバル”!」

巨大な玉が列を成して辺りを取り囲み、そこから派生して生まれる色とりどりの弾幕で空がおおわれた。
上下左右から追い詰められ、流石の妖夢でも避けきれる自信は無かった。

(これは厳しいですね。ならば……こちらもスペルカードで迎え撃つのみ!)

「“俗諦常住”」

刀で空間に切れ目を入れ、そこから小粒の弾幕を生み出しながら自身も三列になって突き進む赤玉を放つ。
幸運にも妖夢の放ったスペルは小傘のスペルに打ち勝ち、さらにその余波は小傘本体にまで届いた。

「そんなもの」

その弾幕を、なんと小傘は己自身とも言える傘でガードした。
通常弾幕ならともかく、スペルによる弾幕をそれで受けきれるのか――という疑問は杞憂である。
小傘は柄を軸に傘を回しているのだ。回転する傘は、直線の弾道を描く弾幕の軌道を捻じ曲げ、雨粒を掃うが如く周囲に弾き飛ばしている。

「あっはははは! 見たか、これぞ傘の真髄なりぃ!」

高笑いする小傘。

「だったら――“一念無量劫”」

妖夢はさらにスペルを宣言した。
桃色の弾幕が降りかかり、それを再び傘でガードしようとした小傘だったが、

「マックスピーィドッ」
「!? そんなっ」

弾幕が急加速して突っ込んできた。

“マックスピード”――秘伝・魂魄流呼吸術により、自分の動きと弾幕の速度を格段にアップさせる技である。それはまるで「自機だけ早送り」するようなものだ。

その勢いは凄まじく、小傘も衝撃に耐えかねていた。

「ぐぐぅ、まだ……まだぁ……っ」

何とか気合で持ち堪えようとするが、加速したのは弾幕だけではなかった。妖夢自身の動きも早くなっているのだ。
腕の残像が見える程の素早い動きで弾幕を乱射し、その弾幕がまたそれぞれ加速する。
小傘は今、ガトリング砲を撃ち込まれているようなものだ。もはや傘の回転も追いつかない。

(もう、限界)

諦めの感情に呑まれ、傘を下げた瞬間、

(あ――)

見えたのだ。傘に弾かれた妖夢の桃色の段幕が辺りに散っていき、

(――すごく、綺麗)

まるで桜吹雪のようなその光景に、小傘は見蕩れた。――その一瞬の隙に妖夢は懐に入り、喉元に刃を向けた。

「……降参だわ」





「んもぅ、もう少し見物させてくれても良かったんじゃない?」

ムスッとした顔をする小傘。

「白玉楼に来れば、本物の桜を見放題ですよ」
「本当?」
「はい、それこそ飽きるほどです」

自慢気に無い胸を張る実直な性格の妖夢に、小傘は好感を覚えた。

「ねぇ、私も手伝ってあげようか?」

だからこそ、この異変に同行しようかと提案したのだ。が、

「ありがとうございます。でも、この件は私の手で何とかしたいんです。修行にもなりますしね」

妖夢は断った。ヒーローとは苦難を乗り越えてこそ成長するものなのだ。

「そう、わかったわ。じゃあ頑張ってね」
「はい! ではまたいずれ」

別れの挨拶をし、妖夢は再び船を追う。だいぶ引き離されてしまったが、まだ遠方にその姿を認めることが出来る。





(花吹雪 駆ける少女は 傘いらず――なんちゃって)

「ビューティフルみょん……面白いやつだったわ」

小傘は久しぶりに清々しい気分になった。そんな心持にしてくれた妖夢の後ろ姿を見送り、

(うちは晴れ 春雨なくとも 傘は差す)

紫の傘はくるくると回りながら、何処かへと消えていった。





○道に入っては雲ばかり


「はぁ、はぁ、ちょっととばし過ぎた」

小傘との戦闘を終えてから大急ぎで飛行し、途中に何匹もの妖精に道を阻まれながらも、ようやく船に追いついた。
妖精を倒す度に現れるUFOも律儀に回収したおかげで、数珠玉もかなりの量になっており、服とスカートのポケットの中でジャラジャラと擦れている。これなら本当に数珠が作れそうだ。

(首飾りにして幽々子様に差し上げ……ちゃ不味いよね~、多分)

亡霊に数珠――どんな嫌がらせだろうか。

「それにしてもこの船、やっぱりおかしいよね?」

妖夢は宝船の底に張り付きながら疑問をこぼした。
遠目からならこの船は輝きを放ち、まるで金の装飾でも施しているかのように見えるのだが、間近で見ると実際はただの木造の船に過ぎなかった。まぁ、普通の船は空を飛んだりはしないのだが。

「ふぅ、ちょっと一服……むぐ、ん、……YUMMY!」

妖夢は懐から苺大福を取り出すと、パクッと一口で頬張り、幸せそうに頬っぺに手をあてた。

「エネルギー補給完了。さて、早く中に乗り込んで……えぇー!?」

妖夢が仰天したわけのも当然。船が雲に突っ込んだのだ。





雲の中では色んな妖怪や妖精たちがいたが、船はそんなことはお構いなしに轢きまくっている。

「なんて乱暴な……う、うわっ」

雲の抵抗や轢き逃げの衝撃を必死に耐えながら、何とか船底にへばりついていた妖夢だったが、突如何者かに体を引っ張られた。
そして船が雲を突き抜けて上空へ出た瞬間、妖夢も船底から引っ剥がされ、空中に投げ出される。

「無賃乗船とは感心しないわね」
「あなたは?」
「私は“雲居一輪”、この入道は“雲山”。私たちはこの船の警護役よ」

船に平行して飛行しながら妖夢と対峙するのは、尼のような格好の少女と、それに纏わりつく入道の妖怪である。

「いやぁ、乗船はしてませんでしたよ、底にしがみついてただけで」
「でもこれから中に入ろうとしてなかった?」
「あ、あははっ」
「笑って誤魔化さない」

曖昧な態度の妖夢に、一輪はイラついたようにぶちぶちと愚痴を溢す。

「まったく、破片はろくに集まらないし、ネズミはいつの間にかどっかいなくなるし、賊は乗り込んでくるし、……ん?」

ふと、顔を上げて改めて妖夢の相貌を凝視する。

「な、何ですか?」
「むむむ、刀を持ったおかっぱ少女――さてはあなたがネズミの言ってた『ビューティフルみょん』とかいうやつね?」
「あ、そうですよ」

その返事を聞くと、一輪の体は小刻みに揺れ、雲山も激しい眼光で怒りをあらわにする。

「私たちの邪魔をする賊め、許さん!」

かなりの気迫を放つ二人だったが、それが逆に妖夢の気を高めた。

「どうやら怒らせてしまったようですね。まぁ、もともとただで済むとは思っていませんでしたが」

妖夢が楼観剣を抜き、戦闘体勢に入るとすぐに勝負は始まった。





「“天界地獄突き”」

一輪の体から剥離した雲山が巨大化・分裂し、正面からいくつもの拳が向かってくる。
妖夢は急いで右へ左へと大きく回避した。

「な、なんて豪快な技を」

初っ端からの珍技に度胆を抜かれた妖夢。

「このくらいで驚かれちゃ困るわ。“キングクラーケン殴り”!」

再び一輪のスペルカード宣言――今度は横から拳が飛んでくる。数も多く、その名の通りまさにタコ殴りである。しかし、

「どこを狙ってるんです?」

妖夢の目の前を行き交う拳たち。わざわざ前に出ようとしなければ当たることはないだろう――と、油断したのがいけなかった。

「はっ……!?」

危うく拳の影に隠されて迫っていた弾幕に当たるところだ。さっと身を翻し、なんとか掠る程度で済んだ。

「私としたことがっ、今のはギリギリでした」

まさかあの拳が囮に過ぎないとは誰も思うまいが、やはり戦闘中に油断は禁物だ。

「惜しかったか。でも次こそ本当におったまげてもらうわよ、目玉が飛び出るぐらいにね」

一輪が雲山の方を向いて口端を釣り上げると、雲山はそれに頷き、

「“空前絶後大目玉焼き”!」

先ほどの拳よりも大きな雲山の顔が二つも現れ、十六のビームが四つの眼からそれぞれ放たれる。

「目からビーム!?」

その迫力に、妖夢は一輪が言った通り、まんまと目を丸くした。
無数のレーザーで行動範囲を制限し、横から挟み撃ちを仕掛ける対の拳。

「はっはっは! 凄いでしょ? これであんたもおしまいよ」
「いえ、それはありません」
「はんっ、もう何をやっても無駄よ!」

驚きはすれど、妖夢の表情に焦りの色は浮かんでいなかった。むしろ不敵な笑みを見せる。
そんな妖夢の言動も、高笑いする一輪にはただの強がりにしか思えなかった。
そうこうしているうちに巨大な拳が迫る。そして――

「“業風神閃斬”、マックスピード……スッロォーゥ!」

“スロー”――精神を集中させて反射神経を高めると共に、卓越した動体視力によってあらゆるものの動きを遅く感じることが出来る。「処理落ちみたいな感じ」とでも言えばわかり易いだろうか。

妖夢はまず半透明の大玉を多数放つと、すかさず刀をかざしながら、空間を裂くようにして一瞬で真横にスライドした。すると大玉は弾け、辺りに様々な種類の弾幕が飛び散る。
さらに妖夢の頭の中では鈴の音が響き、認識する世界の動きが緩やかなものになった。
冷静にビームを避けながら、拳と拳のほんの僅かな隙間に身をすべらせ、潜り抜ける。

「抜けられた!? な、何、い、今何をやったの? どうやって――きゃあぁっ」

絶対の自信があった技をあっさり破られ、呆気に取られる一輪と雲山。そこへ妖夢が直前に放った弾幕が降り注いだ。





「うぅ、聞いてはいたけどまさかこれ程とは」
「相手を侮りましたね。その時点でそちらにはハンデがあったんですよ」
「ぬぬぬ、敗者に言い返す言葉無し」

ガックリと項垂れる一輪だった。が、

(! この感じは……)

不意に何かを察知し、ガバッと顔を上げる。気配は間違いなく目の前の妖夢からだ。

「いいわ、中に入りなさい」
「おや、急に態度を変えるとは怪しいですね。何か罠でもあるんですか?」
「いいえ、ただあなたのような強い相手と闘えたのは久しぶりだったからね。私はこの船の番人のようなもの。その私が、“あなたなら入れても大丈夫だ”と判断した。それだけよ」

「んー?」と訝しげな視線を向けてくる妖夢に、一輪は不敵な笑みを見せ、「ただ、中には私よりもさらに強い相手が待っているかもしれないけどね」と言った。

「……そうですか」

(私が船に乗ったところで、別の方に返り討ちにあうだろう、と)

「望むところです。私はそう簡単には負けませんよ?」
「そんなこと、闘った私にはよくわかってるわ。これはただの警告よ」
「それはありがとうございます。では――」

納得した妖夢は一輪と雲山をそれぞれ一瞥すると、船内へと足を向けた。
それを見送ってからしばらくして、

「――そうね、上手くいって良かったわ。それにしても、私たちの代わりに欠片を集めてくれるなんてね。あとはムラサ船長があいつを引き止めてくれれば……」

一輪と雲山はニタリと笑った。





○激突! キャプテン・(アクア)ブルー


とうとう船の中へと乗り込んだ妖夢。見た目からして大きかった船、その内部はさらに広かった。

「中は結構広いですねぇ。空間を弄るのがブームなんでしょうか?」

どこぞの紅い館や竹林の屋敷を思い浮かべながら、ふよふよと浮遊しながら辺りを詮索していた。が、突然何かが視界の端に映り、ハッとその方に顔を向ける。

(何、この光は?)

青い光を放つ何かが、流星の如く目の前をよぎっていった。その去り際に紫の星を落として。
あまりに一瞬の出来事だったため、妖夢には今のが何だったのかはわからなかった。
とりあえず落とされた星を拾ってみると、その星は弾けて光の粒となり、妖夢の体に吸い込まれていった。

(お、よよよ? なにやらガッツがみなぎってきたぁ!)

「むんっ」とハッスルポーズを取る妖夢に、新たに近づく影が一つ。

「おや? 外には一輪さんと雲山さんがいた筈ですが」

その声に、慌てて妖夢は姿勢を正し、キリッと相手に目を向ける。そこにはセーラー服を着た黒髪の少女がいた。

「ちゃんと許可はいただきましたよ」
「そんな、――あぁ、なるほど」

(そういうことですか)

その少女は一瞬訝しげな顔をしてみせたが、妖夢からある気配を感じ取ると、すぐにパッと人当たりの良い笑みに変えた。

「ようこそ“聖輦船”へ。私はこの船の船長なのですが、どうか私とも手合わせ願えませんかね? 船は自動操縦に切り替えてありますので」

(早速きましたね)

初対面の相手に突然勝負を挑まれる――幻想郷ではよくあることだ。

「えぇ、歓迎されるとは聞いていましたので、準備は出来てますよ」
「それはありがたい。では……大海の益荒女こと“村紗水蜜”、いきます!」





「“シンカブルヴォーテックス”」

水蜜が腕を振るうと、柄杓から水を撒くように弾幕が形成される。

「スッロゥッ」

その水飛沫のような弾幕を、スローを使い慎重に避ける。剣心状態の妖夢がこの程度の弾幕に当たることはまず無いだろう。

「こんなものですか?」
「まさか。これはほんの小手調べですよ。メインは……」

水蜜はどこからともなく大きな錨を出現させ、

「こいつです、“撃沈アンカー”!」

背負った錨をそのまま投擲するという、単純かつ強力な技である。さらに錨が通ったところから青玉も生み出されている。
錨が自分に向かって飛んでくる――普通なら取り乱してもおかしくはない状況だが、雲で出来た巨大な顔や拳と戦ったばかりではそれ程の衝撃も無い。
さらに妖夢は凡人ではない。冷静に周囲に気を配りながらそれを回避する。

「当たったら痛そうですね」
「はい、痛いですよぉ~。どれくらい痛いかと言えば、……これぐらいです!」
「えっ」

水蜜が腕を引くような仕草をすると、

「うぐぁっ……かは、っ」

避けた筈の錨が、まるで鎖で引かれるように戻ってきたのだ。

(くぅ、き、効いたぁっ)

強制的に背中をくの字に反らされたのだ、先ほどのガッツが無ければ今ので終わっていたかもしれない。

(もう油断しないって誓った筈なのに……っ、やっぱりまだまだ未熟だなぁ)

とにかくまずは呼吸である。衝撃で上手く空気が吸えなくなっている。
体に活を入れ、半ば無理矢理に肺を機能させると、最後に深く息を吐き出し、キッと相手を見据える。

「同じ手は二度とくらいません」
「そうですか? では――“幽霊船永久停泊”」

十個もの錨が水蜜を中心に隙間なく展開され、時計回りの順で投擲される。

「この数を見ても同じ事が言えますか?」

挑発的な笑みを見せる水蜜。だが、

「えぇ、それはもう通用しません」

妖夢には微塵も恐れなど無い。

「ズゥーッム」

“ズーム”――目の前に意識を集中させるため視野は狭まるが、ある一定の間合において、平常とは比較にならない程の“みきり”とパワー、そして絶対の感覚を発揮する技である。「慎重になると画面に顔を近付ける」ようなものだ。

まずは前方からの錨をかわす、先ほどと同じ。
次に後ろから迫り来る錨だが、これは一瞥もせずに宙返りでかわした。

「!? も、もういっちょ」
「ズームッ」

再び前方から向かってくる巨大な錨を、今度は刀で真っ向から受け止め、軌道をずらした。

「なんとー!?」

妖夢はすぐさま、錨が離れて無防備になった本体へ一気に近づき、刀を振るう。

「し、“忍び寄る柄杓”」
「むっ」

直前で水蜜の体が透け、刀もそのまますり抜けてしまった。

「は、ははっ、言い忘れてましたが、私は亡霊なんですよ」

半透明になった水密は、消えては現れ、現れては消えを繰り返し、徐々に妖夢に近づいてくる。その際に放たれる波紋のように広がる水色の弾幕は、水蜜が出現する位置を変える度に違う角度で飛んでくるため、時間をかければかける程に回避は困難になる。

「――ズーム」

居合いの構えで静止し、ズームを使う。ズームは時間を掛ければ掛ける程、集中力を消耗する代わりに間合を拡げることが出来る。
そして水蜜が再度現れたのは、妖夢を中心とする“円”の中だった。

(――今!)

「はっ」

肺に目一杯溜めた空気を一息に吐き出し、掛け声と同時に刀を抜き、水蜜の体を斬る。

「う、嘘でしょ……亡霊のこの私が斬られるなんて……っ」
「残念でしたね。妖怪が鍛えたこの刀――楼観剣に、斬れないものなんてそうそう無いんです」

耐久が厳しいなら、早く潰せばいい――誰の名言でもないが、つまりはそういうことだ。主役という名のヒーローの前では、無理も通され道理となる。

「言い忘れてましたが、私は半人半霊で、亡霊のお嬢様にお仕えし、たくさんの幽霊と共に日々を送っております」
「っ……うぅ、相手が悪かったようですね」

妖夢の言葉に、水蜜はガクッと項垂れた。

「ふ、ふふふ、しかしこれで良いのです。私の目的は時間稼ぎですからね」
「? それはどういう……わわっ!?」

妖夢の問いに応えてなのかどうかはわからないが、水蜜は声を絞り出す。

「さぁ、“魔界”に入りましたよ」





○魔界大決戦


水蜜を置いて船から飛び出ると、どこまでも広がる闇と辺りに漂う不穏な空気が、ここが幻想郷とは異なる世界であることを物語っていた。

「あちゃー、まんまとやられちゃった。……まぁ来てしまったものはしょうがない。まずはエネルギー補給~」

溜め息を漏らすして落ち込んでもすぐに復帰。あの主にしてこの従者、なかなかに楽観的である。

「って、あぁー!? い、苺大福がぁっ」

嬉々として懐を探って取り出した苺大福のほとんどが、先の戦闘の衝撃ですっかり潰れてしまっていた。

「うぅ~、こ、こんなに惨めな姿になって……はぐっ、ん、むぐむぐ……YUMMY!」

味は変わらなかったようだ。

「やれやれ、一見するとこんなにとぼけたやつなんだがなぁ、ホントに、君は」
「ん? あなたは……」

掛けられた声に振り向くと、そこにはこの異変で最初に遭遇した妖怪、ナズーリンがいた。

「“ゲンソーランド”中に散らばった飛倉の破片を集めてくれてありがとう。おかげで私もご主人様に頼まれていた宝塔を探す余裕が出来たよ」
「飛倉? 破片?」
「……まぁいいさ。君はもう何も考えなくていい。私が勝手に奪い取ろう」

その言葉に、ぽへ~っとしていた妖夢の顔もキッときついものになる。

「やめておいた方が良いですよ。次は斬りますから」
「フンッ、嘗めないでくれ。今の私にはこれがある」

ナズーリンが掲げて見せたものが何なのか、妖夢にはわからなかった。が、それがただのお飾りなどではないことは感じ取れた。

「かの毘沙門天の宝塔――その力、とくと見よ! “グレイテストトレジャー”」

掲げられた宝塔が発光し、青と赤のレーザーが交互に放出され、分裂して辺りをおおい尽くす。

(ネズミの力だけじゃこんな弾幕は作れない筈。あの道具の力? あれはいったい……)

「はははっ、凄い、これは予想以上だ! はっはっはっはっはっ……あ?」
「?」

妖夢は何もしていないが、ナズーリンの表情が急に強張った。

「うぅ、せ、制御しきれない」
「! いけないっ」

どうやら宝塔が暴走したようだ。ナズーリンの意思に関係なく、レーザーが乱射される。
当然、一番近いナズーリンがまずその被害を受けることになる。咄嗟に妖夢は助けようとしたが、光に遮られて容易に近づけない。

「あぁ、ひ、光が……っ、ああああっ!」

その時、ナズーリンの手から何者かが宝塔を奪った。眩い光も徐々に収まっていく。

「大丈夫ですか、ナズーリン!?」

負傷したナズーリンの体を抱える、虎柄の髪と腰みのを身に付けた人物。その突然の登場に、妖夢もただ傍観しているしかなかった。

「ご、ご主人……。ちっ、やっぱり私なんかが扱える代物じゃなかったようだ」

悔しそうに顔を歪めるナズーリン。

「いいえ、ナズーリンは欠片の回収や宝塔を見つけ出すのに、疲労が溜まっていたのですよ」
「気を使わなくていい。己の未熟は百も承知、せいぜい精進するさ」
「……えぇ、一緒に頑張りましょう。さぁ、今は早く船へ避難して、ゆっくり休んでて」
「あぁ、後は任せるよ」

どうやら大きな怪我は無かったらしい。ナズーリンは自力で飛んでいった。
それを見届け、ようやくその人物は妖夢に顔を向けた。

「どうも初めまして、“寅丸星”と申します。皆から聞いていますよ、ビューティフルみょん――相当な実力者だと」
「あなたがあのネズミの主ですか。なるほど、主君と呼ぶに相応しい器のようです」

今のやり取りから、妖夢はそう判断した。

「そんな大それた者ではありませんよ。私は毘沙門天の弟子であり、ナズーリンはかのお方の命により、私の監視を兼ねて従ってくれているのです」
「それだけ、という風には見えませんでしたよ」
「……あなたは良い人ですね」
「あなたこそ」
「それ故に残念でなりません。これからあなたを倒さなくてはならないことが」
「それはこっちのセリフです」

刀を構える妖夢と、宝塔と槍を掲げる星。二人の気に呼応するように、魔界の大気が震えた。





「お手並み拝見!」

星が動いた。出始めを捻じ曲げることによって、かく乱するように黄色いレーザーが放たれる。
妖夢は能力に頼らず、純粋な反射神経のみでそれらを避けた。

「流石に刀を振るうだけはある。素晴らしい運動神経ですね」
「どうも」
「しかし、このまま続ければ必ず私が勝つでしょう」
「どうでしょうか」

(相手は全然本気を出してない。でも私は今のを避けるのにも余裕はなかったっ)

お互いまだ余裕の表情を浮かべているが、内心妖夢は気が気でなかった。これからの勝負の算段を組み立てようと、必死で頭を回転させていると、

(!――間に合った!)

妖夢に勝算が湧いた。

「……確かに、あなた相手にこのままでは厳しいでしょう。ですが心配は無用です」
「?」
「カモン! シックスセーンス!」

妖夢は大声で叫ぶと、パチンッと指を鳴らした。

“シックスセンス”――半霊の別称である。妖夢の半人としての五感と半霊としての第六感が合わさることで、初めてビューティフルみょんはその真価を発揮するのだ。半霊がいなければ一度にほんの二、三秒程しかもたなかった特殊能力も、十秒間は連続で維持できるようになる。

直後に、どこからともなく飛んできた人魂、紛れも無く妖夢の半身である。
突然現れた人魂に星も動揺を隠せない。

「な、なんですか、それは?」
「私の半身です。一時主のもとへ送っていましたが、ようやく追いつきました」
「半身……では今までのあなたはまだ本調子ではなかったと?」
「はい、ここからが本番です」
「ふふっ、これはおっかないですね」

これで妖夢は本来の戦闘スタイルになった。もはや勝負の行方はわからない。

「見せていただきましょうか、あなたの全力とやらを。“レイディアントトレジャーガン”」

星が宝塔を掲げて放ったスペルは、先ほどのナズーリンのものと酷似しているが、赤・青のレーザーにぐねぐねとした黄色いレーザーが纏わりついており、さらに時間差で直線のレーザーまで飛んでくる。

(また桁違いの威力ですね)

同じ宝具を使っていてもここまで差が出るものかと、内心妖夢も冷や汗をかく。

「ズゥーム!」

レーザーと弾幕、どちらか一方に気を取られればもう一方に当たってしまう。
両方に注意するには動きを最低限に抑える必要がある。ズームを使いながら四肢を動かし、触れるか触れないかのギリギリで避けていく。

「ん、私の同志たちを倒してきただけのことはあります」
「これ程の力を持つあなたが復活を望むなんて、一体何が目的なんです?」
「目的のために復活させるのではありません。復活させること自体が目的なのです」

一瞬、星は苦しそうな表情を浮かべたが、すぐに頭を振り、

「彼女の復活……私たちにとってはそれこそが正義なのです!」

迷いの無い瞳で言った。正義とは、人によってその意味が大きく変わってくる。それが価値観であり、信念である。

「“正義の威光”」

縦に現れた数本の光の柱によって逃げ道を無くし、連なる弾幕と本体から放たれる黄玉でとどめをさしにくる。

「ならば私も己の正義をもって、あなたたちの正義を打ち砕いてみせましょう! スローゥ!」

迷路のような隙間から瞬時に適切なルートを見極め、躊躇せず一気に駆け抜ける。

「ほぅ、これを抜けますか。なら完全に隙が無ければどうですかね? “隙間無い法の独鈷杵”」

交差する二本の光の柱。その緑色の輝きはどこまでも伸び、魔界を怪しく照らしている。星本体からも絶え間なく楕円形の弾幕が放たれ続けている。

「やってやれないことはありません! マックスピーッド」

幸い柱は二本しかない。ちゃんと回避スペースは確保されているのだ。ただ急ぎすぎても遅すぎてもいけない。
その為妖夢は出来るだけ動くのを我慢し、片方の柱が迫ってきたら「ここぞ」というタイミングで一気にもう片方の柱の手前まで駆けるのだ。
それを繰り返すうち、程なくしてスペルブレイクとなる。どうやらエネルギーの消耗も激しいらしく、さほど長い時間逃げ回らずに済んだ。

「はぁ、はぁ、驚きました。せめてスペルで返されるぐらいは、っはぁ、予想していましたが……っ」

一気に大技を連発した為か、息を切らす星。長期戦は不利と判断し、

「そろそろ決着といきましょう」

宝塔をさらに高く掲げる。

(……っ、くる!)

「“憑坐の縛”」
「“コンプリートクラリフィケイション”!」

横からの無数のレーザーが空をおおった、と思うとすぐにそれら全てが分裂し、光の玉は僅かな逃げ道すら埋め尽くしてしまう。黄・青・緑・赤と色を変える星のスペルは、辺りをまるで昼間のような明るさにした。

「スッローゥッ……ズーッム!」

スローでレーザーに触れないようにし、分裂したら即座にズームに切り替え、細かい動きで慎重に避ける。それにしても数が多過ぎた。

「どうやら避けるだけでも精一杯、いや、それすら限界のようですね」

玉の汗を額に浮かべながらも、勝利を目前にした星の表情は明るい。

「時間を稼いでも無駄ですよ。いくらこの技の消耗が激しくても、あなたを仕留めるまで維持するぐらいは出来ます」

星の言葉が届いていないのか、はたまた返事をする余裕がないだけか、妖夢は一心不乱に弾幕を避け続けている。
勝った――星がそう思った瞬間だった。

「“奇び半身”」
「ぐはっ」

突如背後から大量の弾幕を浴びせられ、前につんのめる。そのせいでスペルも解除されてしまった。
ギッと振り返ると、そこには半霊がふよふよと浮いていた。

(やられたっ)

「“迷津慈航斬”!」

妖夢の声に、ハッとして再び前を向く星。その目には、青色の闘気を纏った刀を振りかぶる妖夢の姿が映っていた。





「うぅ……み、見事です、ビューティフルみょん」

星は体を斜めに走る大きな刀傷に呻きながらも、称賛を述べた。

「先ほどのはいったい……?」
「あなたが最後のスペルカードを宣言する直前に、仕込みをしておきました。気付かれないように私の半身を近くに配置して、隙を窺ってたんです」
「なるほど、頭の良い子です」

苦笑を浮かべる星。しかしその目はどこか怪しげな光を湛えている。

「……もう全ての手順は済みました」
「え?」

(破片を持ったあなたをここまで誘導し、宝塔にはもう十分私の力を充填してある)

「あとはこれを……」

よろめきながらも、なにやら宝塔を弄る星。
妖夢が「何をしているのか」と問う前に、異変は起きた。宝塔がこれまでで一番強く光り輝きだしたのだ。
さらに妖夢のポケットが、――いや、ポケットの中の数珠玉までもが光を放ちだす。

「な、何をっ」
「さぁ、法界に風が吹きますよ!」





○復活! 伝説の僧侶!?


「ここはどこだろう?」

辺りを包み込んだ光が収束すると星の姿も消えており、そこには妖夢がただ一人、赤い空に漂うのみであった。

「……んぐ、もぐもぐ、ごくっ……YUMMY!」

何が起こるかわからない。エネルギーは補給出来る時に補給しておかなくては、と苺大福を食べる。

「ん~、誰もいない?」

(! いや、違う、びんびん伝わってくる、とても強い力の奔流が……!)

肌にピリピリと来る気配を頼りに、空中を進んでいく妖夢。その目の前に青い光を放つ――聖輦船の中で遭遇した謎の物体が再び現れた。

(またこの光っ)

それは先と同様にすぐに彼方へと飛んでいき、今度は黄色い板のようなものを落としていった。
妖夢が近づくと吸い寄せられるようにして手の中に収まる。

(何だろう、不思議な力を感じる)

それが何なのかは妖夢にはわからなかったが、とりあえず懐にしまい、先を急いだ。

(あれ、おっかしいなぁ……?)

しばらく力に導かれるように飛行していると、突然それまで感じていた気配がふっと途絶えた。妖夢も首を傾げる。

「何を難しい顔をしているのですか?」
「!?」

(全く気配を感じなかった……!?)

いつの間にそこにいたのだろうか、妖夢の隣には白黒の衣服に身を包んだ、落ち着いた雰囲気の女性がいた。

「初めまして、私は“白蓮”と申します。あなたは?」
「わ、私は妖夢です。またの名をビューティフルみょん」
「よろしく、ビューティフルみょんさん」
「そっちで呼ぶなら“さん”はつけないで欲しいんですけど……」

にこやかな笑顔を浮かべてはいるが、妖夢は何故か気を緩めることが出来なかった。
それもその筈、こんな異世界で突然現れた、気配も悟らせない程の実力者である。油断など出来よう筈もない。

「ところであなたは外から来たの?」
「外、と言いますと?」
「ここは魔界。さらに言えばその一部である“法界”。私が訊いたのは“魔界以外の世界から来たのか”という意味ね」
「それでしたら、答えは是、です」
「本当? あなた一人でどうやって」
「いえ、実はマドーというやつらの仕業でして。だからその一味の星さんや水蜜さんたちがいる筈なんですけど……」

妖夢がそう言った途端、空気が凍りついた。

「星……水蜜……?」

そう呟くと、白蓮は目を丸くし、次いで堪えきれないと言ったようにクスクスと笑い出した。

「ど、どうかしましたか?」
「ふふふっ、そう、あの子たちが封印を解いてくれたのね」

危険な雰囲気を感じた妖夢は、すぐに距離を取る。

「もしや、あなたが星さんたちの言っていた……」
「えぇ、これでようやくここから出られます。やりたい事がたくさんあるんですよ」
「出て、どうするつもりですか?」
「妖怪を差別してきた人間を懲らしめ、妖怪のための世界を作ります」
「……それは半分人間の私としては半分困りますね。やはりあなたとは闘う必要がありそうです」

すかさず楼観剣を構える。

「あら、あなたは半分人間で半分幽霊なんですね? では――」

白蓮が半霊の方に手をかざすと、

「うぐっ」

突然全身が圧迫されるような感覚に襲われた。

「私は法力を扱えるのですよ。幽霊にはかなり効果があるのではありませんか?」
「つ、ぐぐぐ、っ、こ、こんなものぉ!」
「!? 無理矢理私の力を」

妖夢は強力なプレッシャーを気合で吹き飛ばした。

「……どうやらあなたを見誤ったようです。本気でお相手しなくてはなりませんね」
「降参するなら今のうちですよ?」
「それはありません。妖怪のための世界を築く――人間たちに貶められ、苦しめられ、虐げられてきた妖怪たちのために楽園を築くのです」
「それなら間に合ってますよ!」

飛びかかる妖夢。
対して白蓮、魔界言語で記された巻き物を開き、特殊な陣を展開した。

「いざ、南無三――!」





○結成! よろしく命蓮寺


白蓮が展開した陣には蓮の花のような紋章が――右上下・左上下の端にそれぞれ――全部で四つ据えてあり、そこから多数のレーザーを連続して放ってきた。
どうやらこの紋章が白蓮の基本的な攻撃手段となるようだ。

妖夢はレーザーをギリギリまでひきつけ、少しずつ横に移動してそれをやり過ごした。

「“マジックバタフライ”」

間髪入れずに発動されるスペル。
独特のリズムをつけて多方向へ放たれるレーザーだが、結局自分に向かってくるのは一本だけだ。紋章からの弾幕を気にしつつ、タイミング良くステップでかわす。

「反撃です、“現世斬”」
「させませんよ、“魔法銀河系”」
「! くっ」

スペルが切れるタイミングを狙って踏み込もうとしたが、すぐに別のスペルを発動され、慌てて妖夢も技を止める。
白蓮が発動した次のスペルによって、曲線を描く黄色いレーザーが大量に生み出される。中途半端に近づいた妖夢は、その真っ只中に晒されてしまった。

(まるでバナナの山に埋もれた気分ですね)

などと悠長なことを考えてはいるが、正直余裕は無い。

「スッロー!」

とにかく必死で避けようとするが、紋章からは極小の弾幕が飛んでくる上に、次々に生み出されるレーザーの軌道は読みにくく、遂に被弾してしまう。

「うぁあっ」
「攻撃の手は緩めませんよ」

妖夢の被弾を確認した白蓮はスペルを解除すると、四つの紋章から無数の弾幕を放ちながらそのまま突っ込んできた。動く要塞と化したその迫力は、まさに脅威である。

「うぅ、ま、マックスピード!」

背を向けて逃げ出す妖夢。情けないが、今は白蓮から離れることが先決だ。幸い白蓮の動きは重々しく、弾幕の弾道も全て直線なので妖夢には当たらない。
距離を取られてしまい、この戦法では無駄だと判断した白蓮は再びスペルを発動する。

「“魔神復誦”」

周囲の空気が変わった。妖夢も大技を予感して気を高める。
白蓮が高度を上げると、紋章は大量の弾幕を吐き出した。高速で連続して放たれる弾幕はまるで触手のようであり、紋章一つにつきそれぞれ三本ずつ発生している。
それにより妖夢は白蓮の正面に誘導されてしまった。

「さぁ、避けられるかしら?」

白蓮の表情がはっきりと見える距離だ。

「っ、“結跏趺斬”!」

楼観剣と、ついに抜いた“白楼剣”の二刀を使って放たれる十字の剣気。
だがそれが届く前に白蓮本体からの赤い半透明の大玉で相殺されてしまった。

「ダメかっ、スロー!」

仕方なく後退し、触手のような弾幕の列の僅かな隙間をスローで掻い潜る。
その様子を見ていた白蓮は、素直に感嘆の息を漏らす。

「そう、それがあなたの力なのね。……なら」

白蓮は目を閉じ、一瞬だけ思考に耽った。そしてスペルどころか陣まで解除してしまう。

(何をしてくるつもり?)

妖夢は疑問に思いながらも、この僅かな時間のうちに、乱れた息を整えようと必死で呼吸する。

(……命蓮)

「伝説の僧侶が姉――“聖白蓮”。叶えるべき理想のために、私は戦う!」

瞼をカッと開き、次の瞬間にはその姿が消えた。少なくとも妖夢にはそう見えた。

(ど、どこへっ)

と思った刹那、顔面に強烈な一撃がめり込んだ。後方に飛ばされ、数瞬後にようやく理解する。

(殴、られた? これは……、マックスピード!?)

慣性に逆らって急ブレーキをかけ、体勢を立て直す。辺りを見渡しても白蓮の姿は見えない。が、目の前では青白い弾幕が次々に形成されていく。

「す、スロゥッ」

そして見えたのは信じられない光景。スローで見ている筈なのに、自然に動作しているかのような速さで、青白い弾幕の軌跡を生じさせながら動き回る白蓮の姿。
妖夢に向かってニッと口の端を釣り上げると、白蓮はとび蹴りを繰り出してきた。

(見える、見えてる……けどっ)

視覚では認識出来ても体の動きが追いつかない。妖夢は成す術もなく、無防備な腹でその足を受け止めることとなった。

「わ、私より、……ぅく、は、速い゛っ」

腹を抱えて空中で蹲ってしまうが、この衝撃に耐えられる者などどれほどいるだろうか。

「私の得意な魔法は身体能力を強化する類のものなんですよ」

上から見下ろす白蓮を視線だけは力強く睨み返すものの、体は限界だった。
そんな妖夢に、残酷な声が届く。

「“伝説の飛空円盤”」

白蓮のラストスペルである。
再び陣と紋章を展開し、動けない妖夢に向かって大量の札弾が集中する。

(私の……負、け……?)

妖夢の心を敗北の色が埋め尽くしかけた、その時である。

(!? な、何? また、力がみなぎってくるっ!)

己の胸元を覗き込むと、先ほど手に入れた黄色いパネルが輝いていた。その光は妖夢の体を包み込み、直後に弾ける。

「? 今何か光ったかしら」

白蓮も少し気になったが、後はとどめをさすだけだと深く考えはしなかった。これが白蓮の誤算となる。

(これなら――!)

今の妖夢は自信に満ちていた。それは決して空元気ややせ我慢ではなく、ましてや慢心などでは決してない。根拠のある勝算を見出したのだ。

「“幽明求聞持聡明の法”、……マックスピーッ」

迫る弾幕をマックスピードで回避する。しかも先ほどまでとは比較にならない程の速さだ。残像を残し、まるで何人にも分身しているように見える。

「まだそんな力を残していたの」

流石に驚きの表情をみせる白蓮。

(確かに速い。でも……)

「それだけではね」

しかし残像に惑わされることはない。それは視覚が優れているわけではなく、魔法使いとしてのセンスだ。
妖夢の動きを先読みし、弾幕を放つ。
すると白蓮の予想通りの地点に妖夢が現れ、そこに弾幕が直撃した。

(仕留め……えっ?)

しかし札は全て対象をすり抜けていった。――まるで“幽霊”を突き抜けるように。

(半……霊……っ)

そう、それは間違いなく妖夢であった。ただし“半人”ではなく“半霊”の方だ。
半霊が半人の姿に化けていた――聖がそれを認識したと同時に、背後に気配を感じ取る。
振り返ろうとするが、今の妖夢が相手ではもう間に合わない。

「スルォーッ・ズゥーッムッ・マックスピードッ……!」

黄色いパネルの効果で、妖夢は二つ以上の能力を同時に発動させることが出来るようになっていた。
スローで世界を遅くし、ズームでパワーを高め、マックスピードで限界を超える。

「“未来――」

白蓮の後ろから、三つの能力を同時に発動させて放つ、渾身の居合い斬り――

「――永劫斬”ん!」

――で打ち上げてから、連続斬りによる追い討ち。最後に、胸に溜めていた息を一気に吐き出すと共に刀を振り下ろし、それは見事に聖の体を空中から地上へと叩き落とした。その威力は幽霊百匹分、いや、千匹分の殺傷力にまで至る……かもしれない。

「っつっ、かは……っ!」

血反吐を撒き散らし、どうやら気を失ったらしい、倒れ付す白蓮。勝負あった。





妖夢が地上に下りると、はかったかのようなタイミングで聖輦船もやってきた。
血を流し、うつ伏せになっている白蓮に、皆血相を変えて船から飛び下り、駆け寄ってくる。

「あぁ、聖、しっかり……!」

星だ。どうやら傷はもう回復したらしく、真っ先に辿り着いた星は聖の体を仰向けにし、治癒の術を使った。
他の面々もすぐに追いつく。

「聖!」
「大丈夫ですか、聖っ!」

一輪と水蜜も焦った表情で呼び掛ける。

「安心して下さい、峰打ちです」

妖夢がそう告げると、皆一様に感謝を述べた。

峰打ち――妖怪が鍛えた業物でどんな技を使っても、峰なら有情ということになる。便利な言葉だ。

とにかく星の術が効いたか、呻き声を上げながら白蓮が意識を取り戻した。

「あ、あなたたち……」
「お久しぶりです、聖」
「お久しぶりです」
「久しぶり」
「やぁ、久しいね」

星に続き、次々に白蓮と挨拶を交わす水蜜たち。それに返す白蓮。
積もる話もあるだろうに、白蓮はまず妖夢と話をさせて欲しいと頼んだ。

「ありがとうビューティフルみょん、この私を止めてくれて」
「? どういうことですか」

まさかお礼を言われるとは思っていなかった妖夢は尋ねる。
白蓮は数秒の沈黙の後、静かに語り始めた。

「その昔、弟の命蓮はそれはそれは素晴らしい人物でした。私は元は普通の人間でしが、命蓮が教えてくれた法力のおかげで、ただの人間では到底及ばないような力を得ました」
「弟さんですか」
「えぇ、本当に良い子でした」

懐かしそうにそうに笑みを浮かべる白蓮。が、その表情もすぐに曇ってしまった。

「そんな弟も寿命で呆気なく死んでしまったのです。死を恐れた私は、妖力・魔力に手を出し、若さと強靭な肉体も手に入れました」

まるで懺悔でもするかのように言葉を紡ぐ。それを妖夢は黙って聞く。

「それから私は表で妖怪退治を依頼される一方、裏では妖怪を助けていました。初めは妖力を維持するという私利私欲のためでしたが、長く接するうちに次第に妖怪たちと打ち解けていったのです。――しかしその事が人間たちにバレて、私の存在も人々から“妖怪”と認識されるようになってしまったのです。侮蔑と嫌悪の感情を向けられ、とうとうこの法界に封印されてしまいました」

白蓮が語るにつれ、星たちも怒り・苦しみ・悔しさなどに顔を歪めていく。

「この瘴気に溢れた魔界の片隅、長い時の中で私の心には憤まんが募り、いつしか人間たちに復讐しようとまで考えるようになっていたのです。自分たちと同じもの・近しいものしか認めず、少しでも違うところがあればその存在を否定する、愚かな人間たちに……!」

段々と声が荒くなっていき、

「……でも、もし命蓮なら、決してそんなことは望まないでしょうね」

最後は自嘲気味にそう呟いた。

それからしばらくは誰も言葉を発さず、静寂が続いていたが、不意に妖夢が口を開いた。

「妖怪は妖怪、人は人、幽霊は幽霊、神は神――それでいいじゃないですか」
『え?』

その声はあまりに暢気で明るく、この場の雰囲気に合わないものだったので、白蓮たちも間の抜けた声を上げた。

「変わりましたよ、人も妖怪も。あなたたちが知らない間に、世界は大きく変わったんです。今、妖怪たちはゲンソーランドで伸び伸びとして過ごしています。外の世界と明確な境界が作られ、自分たちの居場所を誇示してるんです」
「そ、そんなことが」
「あるんですよ」

笑顔で言い切る妖夢に、嘘を言っている様子など微塵も無い。
白蓮は呆然とした感じで虚空を見つめていたが、フッと息を吐いて気の抜けた表情をすると、

「人間と幽霊の気持ちがわかるあなたとなら――今さらだけど、仲良くなりたいわ」

手を伸ばして握手を求めた。当然妖夢はそれに応え、手を握り返す。

「マドーとやらは解散しなさい。私が復活したのだから、もう目的は達成出来たでしょう?」

白蓮は星たちを見やって言った。

「し、しかし聖……っ」
「新しくお寺を開きましょう。人も妖怪も差別なく訪れられるお寺――“命蓮寺”を。皆、もちろん手伝ってくれますよね?」

その提案に星たちはしばらく渋っていたが、最終的には頷いた。

「いやぁ、良かった良かった。これで一件落着です」

妖夢はニパッと笑うと、懐から苺大福を取り出した。潰れずに済んだのを最後までとっておいたのだ。それをちびちびと味わって食べていく。





「しかしわからないな」

一同ホッとする中、まだナズーリンだけは難しい顔をしていた。それに水蜜が問いかける。

「どうかしたの?」
「……結局、何故飛倉の破片が飛び散ってしまったのかは謎のままだ」
『あっ』

そうなのだ。初めは、地底に封じられていた水蜜たちが出てくる時の間欠泉で同様に吹き飛んだのかと思ったが、それにしては広範囲に散らばり過ぎていた上に、妖精がただの破片を持ち去る理由もわからない。

「今回の件、まだ完全に解決というわけにはいかないようですね」

妖夢が腕を組んでむむむ、っと唸っていると、その前を小型のUFOが通り過ぎ、挑発するようにあたりを飛び回った。

「これは……」

妖夢が捕まえようと近付くと、その分だけ円盤は離れた。

「もしかして、どこかへ案内しようとしている?」

そう思い至り、白蓮たちの方に顔を向ける。

「私たちはまだしばらく動けそうにありません。勝手を承知で、託させてはくれませんか?」
「……うん、任せて下さい、乗りかかった船ですから」

申し訳なさそうな白蓮に、妖夢は気にしなくていいと返した。

「お願いします。後日、お礼はします」
「そんな……あ、じゃあ苺大福、お気持ち分だけ頂きたかったりして」

断ろうとするのを途中で訂正してそんなことを言い出した妖夢に、白蓮たちは吹き出し、笑いながらそれを了承した。

「では、行きます」

マドーの――いや、命蓮寺の面々を後にし、妖夢はそのUFOを追いかけた。





○真の黒幕


妖夢が円盤を追って魔界からゲンソーランドに戻ると、あたりは既に夜の闇に包まれていた。どこからか妖怪たちの不気味な笑い声も響いてくる。
雑多な妖怪や妖精には構わず、円盤を見失わないように一定の速度と距離を保ちながら飛行していると――

「待ちなさい」
「小傘さん!」

昼間に出会った妖怪、多々良小傘が声をかけてきた。

「この先からは何か得体の知れない力を感じる。それでもあんたは行くって言うの?」

どうやら心配して警告をしにきたようだ。

「行きます。私は白玉楼の庭師として、命蓮寺の友として、行かなければなりません」

妖夢は揺らぎの無い瞳でそう言い切った。

(……やれやれ、こりゃまた頑固さ丸出しね)

「そう、ならもう止めないわ、何処へなりとも勝手に行きなさい。どうなっても知らないからね」
「はい、ご忠告ありがとうございます」

UFOを追っていく妖夢の後ろ姿を昼間と同様に見送る小傘は、何故か言い知れぬ不安のようなものを感じていた。





「おや、どうやら終点に着いたようですね」

妖夢の目の前には、夜の闇よりさらに濃い闇の塊が漂っていた。それはもやはどす黒い霧と言った方がいいかもしれない。追いかけていたUFOは、その霧の中に吸い込まれていった。

「さぁ、あなたが異変の黒幕ですか?」

黒幕というか黒霧である。妖夢は異変の犯人としても間違いなく黒だろうと確信していた。というか黒そのもの、わかりやす過ぎる。
しかしそこから聞こえた声に、妖夢は耳を疑った。

「大きくなったな、妖夢」
「!? そ、その声は、まさか……っ」

徐々に霧が晴れていき、現れたのは、

「し、師匠」

近くに霊魂を伴った、長い白髪に皺の刻まれた厳しい顔つきの初老――妖夢の剣術の師にして実の祖父、“魂魄妖忌”であった。

「そ、そんな、今回の事件の黒幕が、おじい……師匠だったなんてっ」

信じられない光景に声が震える。喜びからではなく、恐れから。
久しぶりに会えたというのに素直に喜ぶことが出来ないのは、全てこの状況のせいだ。

「久しぶりだな。まさかこのような形で再会することになるとは思わなんだ」
「……」
「よくもわしの計画を無駄にしてくれたな」
「そ、そんなつもりは」
「黙れ!」
「っ」

師の喝に、妖夢の体はビクリとはねるが、それでも何とか言葉を紡ぐ。

「しかし、何故このようなことを」
「未熟なお前には到底理解の及ばぬことだ」
「説明して下さい!」

妖夢は声を張り上げた。確かに相手は尊敬する師だが、それでもただ一方的に丸め込まれるわけにはいかない。
そんな妖夢に、妖忌は憐れむような目を向けた。

「本当に何もわかっておらんのだな、妖夢よ。ならば教えてやろう、幽々子様はお前の死がお望みなのだ」
「えっ?」

(今、何て?)

確かに聞こえた筈だが、認めたくないせいか理解することが出来なかった。
その様子に妖忌はもう一度、ゆっくりと言い直した。

「お前が華々しく散っていく――そうすることで幽々子様をご満足させられるのだ。大変栄誉なことじゃあないか」

何度聞いても同じだ。ありえないと頭では思っていても、心臓はバクバクと激しく音を立てる。とうとう剣心モードまで解いてしまった。

「そ、そんな、嘘ですよ。幽々子様が、ありえませんよ、そんなこと」
「このわしがお前に嘘を吐いたことがあったか?」
「あ、あぁ、い、嫌だ……」

遂に妖夢は焦点すらぼやけて頭を抱えてしまった。手で顔を覆い、狂ったように「嘘だ嘘だ」と繰り返す。
その様に妖忌は苦虫を噛み潰したような顔で「見込み違いか」と溜め息を吐く。

「もういい、“鵺的スネークショー”」

妖忌を中心に大量のへにょりレーザーが発生し、妖夢に向かって飛んでいくが、肝心の妖夢は冷静さを欠いていてそれに気付けない。
被弾する――その直前であった。

「“からかさ驚きフラッシュ”!」
「む?」

突如妖夢の前に割って入った影、それはなんと小傘であった。飛んでくる広範囲のくねくねとしたレーザーを、こちらはさらに広範囲の直線レーザーを回転させて全て掻き消している。

「何やってんのよ、ビューティフルみょん!」
「こ、小傘さん? どうして」

相手の攻撃を傘で防いでいる小傘は、顔だけを妖夢の方に向けて叫ぶ。その怒号に、妖夢も正気を取り戻す。

「何ボーッとしてんのよ! ここであんたがあっさりやられちゃったら、あんたにやられた私の立場がないじゃない!?」
「しかしっ」
「あんたそれでも白玉楼の庭師なの? 信念の刃、ビューティフルみょんは刃こぼれでもしたの!?」
「!」

再び目に焔が灯る。が、それでもまだ妖夢の心は決まらずにいた。

「くぅ、っ」

小傘にしもいつまでももつわけではない、絶体絶命のピンチである。その時だ、

「騙されてはいけません、ビューティフルみょん! それはあなたの祖父などではありません!」

さらなる乱入者が現れた。

「だ、誰――って、早苗さん!?」

緑の髪に白と青を基調とした巫女服――明らかに見知った人物の登場に思わず叫ぶ。

「私は“セクシーふるーつ”です」
「な、何ですと……?」

が、本人は別の名前を名乗った。

「もうっ、わかりませんか? 妖夢さんを助けるために、わざわざ駆けつけてあげたんですよ」

それと別名と何の関係があるというのか。

「なるほど、ありがとうございます!」

あったようだ。

「それより、さぁ、あなたの心の眼で真実を――やつの正体を見極めるのです!」
「やつの……正体?」

今尚レーザーを放ちながらこちらを睨みつけてくるその姿は妖夢のよく知る妖忌の姿。しかし冷静になって見れば、どこか違和感を覚える。

「……」

妖夢はキッと顔を引き締めると、おもむろに白楼剣を取り出し、己の胸に突き立てた。

『なっ』

その行動には早苗と小傘も驚いたが、妖夢はゆっくり白楼剣を胸から抜き取り、

「剣・心! ア・みょんみょん・ベイビィ!」

左手に白楼剣を持ったまま右手で楼観剣を抜き、ビシッとダイナミックなポーズを決めてビューティフルみょんとなった。
完全復活、さらに半霊が妖夢の首に巻き付いて長いマフラーとなり、風を受けてヒラリとなびいている。

「ゲンソーランドに異変ある時、正義と忠義と仁義を掲げ、ビューティフルみょん、ここに剣参!」
「せ、切腹したんじゃ……?」

早苗の問いかけに妖夢は頷く。

「はい、確かに自刃しました。この白楼剣――迷いを断つ刀によって、迷いに囚われた己自身を斬ったのです」

そして前へ出て妖忌に指を向け、盛大に声をぶつける。

「あなたは絶対に師匠ではありません!」

その声に妖忌は攻撃を止める。
小傘はガクッとくずおれた。

「うっ……やっと、目が覚めたようね」
「手間をかけさせてすみませんでした。ありがとうございます」
「……勘違いしないでよ、ビューティフルみょん、あなたを倒すのはこの私の役目なんだから、他のやつに倒させたりなんかしないんだからね」
「はい、また今度手合わせしましょう」

そう言葉を交わすと、小傘はフラフラとその場を離れていった。足手纏いにはなりたくない、と。
そして妖夢は“敵”へと向き直る。

「本気で言っておるのか? このわしを疑うのか?」
「万が一あなたが本物の師匠だったとしても、私の決意は変わりませんっ。たとえ魂魄妖忌を退治することになっても構わない――それが私の覚悟です!」

もはや妖夢の心には僅かな揺らぎも無い。あるのは己の信念のみだ。
断言された妖忌は俯き、しかし不気味な笑い声を上げる。

「……ふ、うふふ、うふふふふっ。上出来よ、ビューティフルみょん。流石は私が見込んだだけのことはある」

妖忌の体が青い光に包まれていく。

(!? この光はっ)

妖夢にはその光に見覚えがあった。聖輦船と魔界で遭遇した、あの光だ。

「……ふっ、クックック、確かに私はあなたのおじいちゃんなんかじゃあない。それは正解。だけど私の“正体”を見破ることなんて、誰にも出来やしないわ!」

聞こえてくる声はさっきまでの低いものではなく、少女のようなそれに変わっていた。そして光が収まると、そこにいたのは姿までまさしく少女のそれであった。黒髪に黒い服、赤と青の翼が特徴的だ。

(なんときみょんな)

「私は“封獣ぬえ”。今あなたに見えてるこの姿でさえ、私の本当の姿ではないのよ。鵺の妖怪たるこの私の正体を暴こうなんて、驕りが過ぎて滑稽よ、セクシーふるーつ……だったっけ?」
「……」
「ぬえ、どうしてこんなことを?」

妖夢の問いに、ぬえは笑いながら答える。

「飛倉の破片に細工をして飛び散らせたのは、強いやつを釣るため。あなたに力を与えたのは私と闘うに相応しいようにするため。そしてここに呼び寄せたのは、強い相手と戦うため。――全ては私が楽しむための配剤よ!」

嬉々としてそう語ったぬえに、早苗はガックリと肩を落とす。

「……そうですか。はぁ、今回の件、“茶番異変”なんて呼ばれたら嫌だなぁ」
「気を落とさないで下さい。異変なんてみんなこんなもんですから」
「そうなんですか? ゲンソーランドってやっぱり変な所ですねぇ」
「それは言わない約束です」

気を取り直して、早苗と妖夢の二人はぬえと対峙する。

「さぁ、封獣ぬえ、博麗の巫女に代わっておしおきです!」
「おじい……師匠の姿を偽り、幽々子様を冒涜した罪、物理的に償わせます!」
「あ、そう、やってみなよ」
「共同戦でいきますよ」
「御意」

かくして、今回の異変の最終決戦の幕が切って落とされた。





○決着! みょんみょん星蓮船


「“平安のダーククラウド”、いきなりやられちゃったりしないでよね」

ぬえの体から吹き出す闇、それが周囲に広がり、その中から突然黄色いレーザーと小粒の弾幕が突き抜けてきた。
二人はそれを難なくかわす。

(まずはあの闇をなんとかしないと)

「“悪し魂”」

妖夢のマフラーが発光し、辺りの闇を照らし出した。レーザーの発生も明るみとなる。

「ふんっ、その程度の光で私の技を攻略したつもり? あまいわ、“アンディファインドダークネス”」

ぬえからさらに闇が吹き出し、その影から今度は無数の青玉が散りばめられる。半霊の光も届かない。

「く、闇が濃過ぎるっ」
「任せて下さい、“客星の明るすぎる夜”」

早苗が右手を掲げると、スペルによって夜空に光が瞬き、星屑を撒き散らしながらぬえの闇を掻き消した。
これにはぬえも渋い顔で舌打ちする。

「とんでもないやつがきたもんだ。じゃあ、あんたから先に始末しようか、“弾幕キメラ”!」

そして繰り出されたのは青い放射線レーザー、かと思いきや、それは分裂と結合を繰り返し、メリーゴーランドのように回転して二人をかく乱する。

「スッローウ・マックスピーッ!」

妖夢は能力を発動して早苗を抱え、レーザーが分裂するタイミングを狙ってかわしていった。

「ありがとうございます」
「いえ」
「えぇいっ、だったこいつでどうよ、“義心のグリーンUFO襲来”」

ぬえの左右に緑のUFOが数機現れた。それらは細かい弾幕を散布しながら、さらに黄色いへにょりレーザーまで纏わせた直下ビームを発射する。

「なんてゴリ押しっ」
「でも純粋に強力ですよ……ぅわっ」

ビームが二人の間に迫り、慌てて別々の方向へ回避する。ぬえの狙い通りだ。

「はっはっはっ、やったわ、さぁさぁお楽しみ! “忿怒のレッドUFO襲来”、“哀愁のブルーUFO襲来”」

早苗と妖夢を引き離すことに成功したぬえは、すかさず二枚のスペルカードを発動する。
赤いUFOが赤玉を発射しながら早苗を、青いUFOがレーザーを照射しながら妖夢をそれぞれ取り囲む。

「きゃあっ」
「ふるーつ!?……うっ」

自分に向かって集まってくる赤玉を避けきれず、早苗が被弾してしまった。
慌てて妖夢が助けにいこうとするが、レーザーに邪魔されて満足に動けない。そうこうしているうちに妖夢までもがUFOと衝突してしまう。

「ちょろいねちょろいねぇ、このままじゃ圧勝だよ? でも手加減はしてあげない、“恐怖の虹色UFO襲来”!」

今度は赤・青・緑に変色しながら飛び交うUFO群が、黄色い連鎖弾を放ってくる。

「不味いっ。ふるーつ、ここは一旦……」
「ちょ」
「へ?」
「調子に乗るなー!」

妖夢の呼びかけにも答えず肩を振るわせた早苗は、突然大声を上げるとスペルカードを掲げた。その目はギロリとして眉は攣り上がっている。

「一掃します! 諏訪子様、ご加護を――“手管の蝦蟇”!」

早苗の前に光の玉が出現し、ジワジワと大きくなっていく。かと思えば一気に膨れ上がり、炸裂した。
先ほどよりも強烈な光に、一瞬、辺りは昼間のような明るさとなる。

「ぐぅ、眩しいっ」
「ふ、ふるーつぅ~っ」

ぬえどころか妖夢まで巻き込んだその攻撃は、見事にUFOを全滅させた。

「そ、そんなバカな」

唖然とするぬえ、だがすぐにハッとして地団駄踏む。

「だったら何人相手だろうが関係ない処刑方法よ、“平安京の悪夢”っ」

辺り一帯に赤い縦のラインが走り、それは先ほどのスペルのように分裂と結合を繰り返す。そして早苗と妖夢に向かって、極太のレーザーが飛んでくる。
初めは避けるのもそう難しくはなかったが、その赤いラインは次に横に並び、さらには縦横交差する碁盤の目のようになった。当然、一マス毎のスペースは狭まっていき、二人は出来るだけ離れてお互いが動き易いようにした。
しかしうっかり背中合わせに近づいてしまい、そこを四方から向かってくる極太レーザーに挟みうちにされてしまった。現在は赤いラインが結合状態なので逃げ場は無い。

「やるしかありませんね」
「はい、“成仏得脱斬”」
「“九字刺し”」

そう、こうなってしまえばとる手段は一つ、スペルによる相殺だ。
妖夢は白楼剣と楼観剣を交差さえて剣気の柱を作り、レーザーを打ち消した。
早苗も印を結び、赤いラインに重なるように結界を発生さえ、それらを打ち消した。

「まさかここまでやるなんてっ」

ぬえも自分の予想を遥かに上回る二人の力に、動揺を隠しえない。

(余裕なんてありゃしないわ)

「どうやら遊びはここまでね、“源三位頼政の弓”!」

これがぬえのラストスペルである。残る力の全てをこれに費やす。
上空に向かって大量のレーザーを撃ち、途中で分散して小粒にバラけた弾幕が、まさしく雨のように降り注ぐ。

「ビューティフルみょん!」
「はい、これで最後です! “桜花閃々”、スッロォゥ・ズーム・マックスピーッド!」
「!?」

弾幕をかわしながらぬえの方に向かって突進する。その際、妖夢が通った後には、

(さ、桜……桜が見える?)

桜色の軌跡が生まれていた。ぬえはそのあまりの美しさについ目を奪われ、その間にまんまと接近を許してしまった。思わず目をギュッと瞑ってガード姿勢をとるが、

「くぅっ……あれ?」

衝撃がこないことを不思議に思って目を開けてみれば、妖夢はぬえを通り過ぎて後方にいた。
「何がしたかったの?」とポカンとしている、と――

「あぁうっ!?」

突然体に走る激痛。見るとそこには数箇所、刀傷が走っていた。

「この技は時間差で剣閃が現れるんですよ」

ぬえは蹲り、スペルも解除される。

「今です、セクシーふるーつ!」
「どっこい! 神奈子様、ご加護を――“神代大蛇”!」
「ひっ」

早苗の宣言と同時に、迸る神力が視界を埋める程の巨大な大蛇の形に顕現し、ぬえを呑み込んだ。

「きゃあぁっ、……っ、ちっくしょお゛おぉぉ゛ぉーっ!」





「うぐぐっ、流石にあんたらみたいのを二人も同時に相手にするのは無理があったか」

勝負の後、しばらく気を失っていたぬえは、意識を取り戻すと悔しそうにギシギシと歯を擦り合わせた。しかしフッと体の力を抜くと、満足したように息を吐いた。

「はぁ~……まぁいっか、勝ち負けは。私はただ楽しみたかっただけだからね、もう十分だわ」

そう呟くと二人に向き直り、「さぁ、後は煮るなり焼くなり好きにしなさい」と両手を広げて天を仰いだ。

「そんなこと言われても」
「私たちではなく、命蓮寺の皆さんに決めてもらいましょう」

戸惑う早苗に、妖夢が提案する。
それに早苗とぬえが「え?」と振り向くと、いつの間にか星輦船に乗った一行がこちらに向かってきていた。本当にはかったようなタイミングだ、ご都合主義万歳。

「なんだ、ぬえじゃない!?」
「久しぶりですね、ぬえ」
「やっぱり君の仕業だったか」
「やぁ、一輪、雲山、星、ナズーリン、ムラサ、……久しぶり。あと聖、だよね?」
「えぇ、初めまして、ぬえ」

白蓮の時と同じように、次々にぬえへと駆け寄る面々。違うのは白蓮が駆け寄る側にいることである。

「皆さん、ぬえの処分はあなたたちに任せます」

妖夢の言葉に星たちは顔を見合わせると、「聖の意見に従います」ということで一致した。

「そう、それじゃあ……」

白蓮の言葉を、ぬえは緊張の面持ちで聞いている。

「妖怪庇護のためにお寺を開こうと思うの。そのお寺、手伝ってくれない?」
「へ?」

ぬえはガクッとずっこけた。

「そ、そんなことでいいの?」
「そんなこととはなんですか、私の崇高な目的を」

と、ぷりぷりとわざとらしく怒る白蓮に、「やれやれ、こりゃしばらく退屈出来ないわね」とぬえは呆れたように笑った。

「これでよろしいですか、ビューティフルみょん」
「えぇ、あなた方がそれでいいなら」
「ありがとう」

やっと皆が笑顔になれた。

「さぁて、これで本当に今回の異変は解決ですね」
「お疲れ様です! じゃあ、アレをやりますよ」

伸びをする妖夢に早苗は振るが、アレと言うだけで何が伝わるというのか。

「アレですか、御意!」

伝わったらしい。

「いきますよ、相棒……」

妖夢の声で同時に飛び上がる二人。ビシッとそれぞれが最高にクールなポーズを決めた。

『ビューティフルみょん&ふるーつ!』


謎の浮遊船から始まった今回の異変も、二人のヒーローの手によって無事解決された。
しかし次々とゲンソーランドに忍び寄る脅威の影、影、影。
『東方シリーズ』は終わらない。新作が控えている限り、ビューティフルみょんの、……そしてセクシーふるーつの戦いはまだまだ続くのだ。
「はぁ」

溜め息を吐いて、妖夢は読んでいた漫画本を置いた。

ここは守矢神社の客間で、今この部屋には早苗と妖夢がちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。

「どうです、最高に面白かったでしょう? さらにこの後もまだまだ続く、冥界が誇る庭師――魂魄妖夢、いえ、ビューティフルみょんの……!」
「早苗さん、もういいです。漫画の中で自機になっても意味は無いので」

(しかも一番おいしいとこは早苗さんがもってっちゃってるじゃないですか、結局)

「え、そうなんですか? せっかく私が、今回の異変に立ち会えなかった妖夢さんの為に、わざわざストーリーを考えてあげたのに~」

妖夢が今読んでいた漫画は、なんと早苗が描いたものである。それもかなり慣れているようで、普通に上手い。
『東方星蓮船』に全く関わることが出来なかった妖夢の為に、早苗が妖夢編の星蓮船ストーリーを考えてあげたのだ。
ちなみにアシスタントとして神奈子と諏訪子も手伝っていたりする。神は何でもこなせるのだ。

「この漫画、実は外の世界のとあるゲームを参考にしてまして、アメコミ調のグラフィックにベタなヒーロー展開、ダサカッコ良さが魅力なんです。相手の攻撃を捌くと隙ができて大ダメージを与えられるので、その為に“敵の攻撃をいかにして捌くか”、そして“いかに魅せる戦いをするか”を模索するのがそのゲームの醍醐味なんですよ! しかもアニメ化までされて……」
「あの、日本語でお願いします」
「あぁ、すみません」

知らない単語を交えて熱弁する早苗に、妖夢は若干引き気味だ。

「と、とにかく、厚意は嬉しいですけど、私が漫画の主人公というのはちょっと……」
「そんな、もっと自信を持って下さい。それにこれはまだ第一部なんですよ? ゲンソーランドにはあと二回、危機が訪れます。その度にヒーローは立ち向かうのです! 第二部では……で、さらに……して……」

(二回で済まない気がする……)

再度溜め息を吐き、早苗の言葉を遮る。

「もう結構です」
「えっ、あ、そうですか?」
「私のためにわざわざこんな物まで作ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、どーいたしまして!」

社交辞令であるが、早苗は全くあっけらかんとして笑っている。

「で、お願いなんですけど」
「何ですか?」
「この漫画、増刷して売ってもいいですか?」
「えぇ!?」

予想外の言葉に仰天する。

(わ、私が主役の漫画が、大勢の人に読まれる……!?)

僅かながら、妖夢の顔がニヤけそうになる。

「し、しかし、命蓮寺の皆さんや小傘さんの扱いがっ」
「あ、そこらへんも大丈夫ですよ。小傘さんは『これで人間たちに私の存在を知らしめられるのね!』と喜んでましたし、命蓮寺の皆さんも『寺の宣伝になるなら』と快く許諾してくれましたので、後は妖夢さんが首を縦に振ってくれれば何も問題はありません」
「でも……」

尚も渋る妖夢の耳もとに近づき、早苗はそっと囁きかける。

「これが売れて人気が上がれば、本当に妖夢さんもまた自機として抜擢されるかもしれませんよ?」
「!? あ、あはは、そうなったら良いですねぇ」

もはや目は泳ぎ、口は完全にニヤけきってしまった。

「で、どうですか、販売の是非は?」
「……よろしくお願いします」
「ありがとうございます! えぇ、任せて下さい、奇跡の力は伊達ではありませんよ!」

満足気に頷く早苗。

(ま、まぁ、別に私に何か損があるわけでもないし、守矢神社の信仰を上げる手助けと思って、ね)
(うふふ、これで命蓮寺の悪役キャラとしてのイメージを作り上げ、メインキャラに抜擢されないようする。さらに妖夢さんではなく私がラスボスを倒したということで、私の方が格上であることをアピールする。――完璧、まさに完璧な計画だわっ。最後に笑うは守矢なり! 次の自機も私で確定ね!)

必死に自分に言い訳をする妖夢と、してやったりの早苗。
やはり妖夢にはもっと修行が必要らしい、……主に世渡りの。





○おまけ『家政婦を見た!』


「……ふっ……ふっ……はっ」

ここは白玉楼は西行寺家の屋敷。その庭の一角で、妖夢は修行として素振りに励んでいた。
ある程度の回数をこなし、一息ついた後。タオルで汗を拭き、納めた刀をおこうとしてふと動きを止めた。
きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、すぅっと息を吸い――

「剣・心! ア・みょんみょん・ベイビー!」

ビシッとポーズを決め、高らかに叫ぶ。

「――あはは、なーんて」
「……よ、妖夢?」
「幽々子様!? いつからそこにっ」





○あとがき

最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
今回は『ビューティフル ジョー』のパロディという形で書かせていただきましたが、元ネタを知らない人にも楽しんでもらえるよう工夫したつもりです。

……ところでね、これほとんど書き終わった後に知ったんですよ――DS版でもう“マドー”って組織が敵として出てたってこと。
オレ DS モッテネーシ>orz
い っ そ 気 付 き た く な か っ た …… っ !
……まぁ、これはあくまで“東方のSS”なので、そこらへんはどうかご容赦下さい;

あと、ストーリーの都合上この作品ではぬえをラスボスにしましたが、個人的にはEXボスより6面ボスの方が上だと思いますよ。

※誤字・脱字などを修正しました。
つなてち
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コメント



0.410簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
なにこれ超かわいい。
4.50名前が無い程度の能力削除
面白いことは面白いんですよ。ただ元ネタわからないんで全体的に妖夢のテンションについていけません。
5.70名前が無い程度の能力削除
あー・・・5年前の日曜日、ビューティフルジョーを見るのが楽しみだったなぁ
と言うのが感想
8.80名前が無い程度の能力削除
構成の散漫さをもっと抑えるべきだと思う。
文章やキャラは悪くないので、全員出すつもりで書くのではなく、もっと切り取ることを意識して書くべきじゃなかろうか。
あとギャグが書きたいのだろうなと思って読んだのだが、ジャンルとしても結構曖昧なところがあって、何を読ませたいのかわからなかった。
今後に期待してこの点数を。
10.50ぺ・四潤削除
そもそも私が元ネタがわからないというせいもあるのですが、それでも最初は面白いと思っていました。
ですが、だんだん展開がダレてきてしまった感があり、最後まで読むのがちょっと辛かったです。
私は貴方の作品が好きですので、次作に活かしてもらいたい意味で今回はこの点数を付けさせていただきます。
ところで、「美優亭風流妙」がしっかり意味の通った当て字ですげえwwww
12.無評価ずわいがに削除
御指摘・御意見・御感想ありがとうございます。

どうやら今回の作品は俺の自己満足に終わってしまったようで、パロディというものの難しさを痛感致しました。
ご不満を抱かれた方には、長々とお時間を拝借した割に、それに見合ったものをお返し出来なかったようで申し訳ありませんでした。
今回の反省はしっかりとこれからに活かしていきたいと思います。

実は一月に入ると、リアルの事情でしばらくケータイ・パソコン・ゲーム禁止なので、次の投稿はおそらく二、三ヶ月後ぐらいになってしまうと思います。
その間に頭を冷やして、次こそは皆様に「読んで良かった」と思っていただけるような作品を書きたいです。

こんな未熟者ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。