Coolier - 新生・東方創想話

八分十七秒のまどろみ

2009/12/12 01:58:34
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 01.
 私がまだ唯の烏だった頃、記憶のあったのは空を眺めていた事だった。
 見上げればそこには空があって、その空が青い時は高い確率で大きくて丸い物があったのを覚えている。それは太陽って言うらしく、この地上には欠かせないものなんだとか。眩しくて直接眺めるのは難しかったけど、いつか私はその太陽とやらにあってみたいと思った。
 そして私は空を飛んだ。飛んで飛んで飛びまくった。羽がちぎれそうになるまで羽ばたいて、どうしてもそいつに近づきなかったけど、叶う事無く地面へまっさかさま。こんなに頑張ってるのに太陽は見向きもしない。
 それでも私は空を飛んだ。烏の癖に地面に落ちてみっともない奴め、なんて仲間にからかわれて、悔しくて泣きそうになったけど、どうしても太陽に近づきたくて、私は必死に飛び続けた。

 笑いたけりゃ笑えばいい。私は烏だ、この両翼の羽ばたきは誰にも邪魔させやしない。


 やがて私は妖怪になった。その頃には太陽を目指して高く飛翔する事を諦めてた気がする。
 そんな折に今のご主人様である古明地さとり様に出会った。心を読む事が出来るらしく、その力のせいで他人から疎まれてるんだという。よく分からないけど面白そうだからついていく事にした。なんでも、地上に住むのはやめて、地下に引っ越すんだとか。それは益々私にとって丁度良いと思った。
 太陽を追いかけて高く飛び続けてた私は、仲間から変わり者扱いされていて独りぼっちだった。そして、さとり様は安住の地を求め、地下へと移った。
 だから私達は一緒になって、そして地上を捨てたんだ。

 地下での生活は新鮮で、誰かと暮らす事、誰かが傍に居る事がこんなにも嬉しい事だなんて知らなくて、私は太陽を追い求めることを完全に止めた。
 でも、空だけは覚えている。何千、何万回と太陽を目指して羽ばたいた私のすぐ近くにあったあの青い空を、私は覚えている。暖かかったり暑かったり、涼しかったり寒かったり。色んな事があったけど、確かに空は私の傍にいてくれたんだ。
 だから私は、時々夢にそれを見た。もう太陽は見れないけど、空も触れられないけど。まるで忘れない様にと夢は私に語りかけてた。そんな私を見てさとり様が、私に名前をくれた。あの眩しくて広大だった、私の世界。
 そして暫くして、私は力も授かった。核融合。熱エネルギー。

 きっと神様はいじわるなんだ。あの日どんなに目指しても近づけなかったあいつの力を、私にくれるなんて。

 大好きな名前と、ほんのちょっとだけ嫌いな力を貰った私は、多分神様に利用されてる。何か影で私の知らない事が動いてる。
 でも、そんな事はどうでも良かった。だって、私はあの日近づけなかったこいつに、また会えた。仲間達に馬鹿にされて、独りぼっちだったけど。もうお前らに馬鹿になんてされないからな。
 ざまぁみろ。太陽も空も、いつだってここにあるぞ。

 私の名前は霊烏路空。例え地上に飛べなくとも、あの日の夢を、私は叶えたんだ。






 02.
 意外だと思われるかもしれないけど、ああ見えて空は責任感が強い。
 さとり様の下に出会い、それぞれ異なる仕事を任されてからは毎朝六時にきっちり起きて、きっかり八時間働いている。勿論今まで休んだ事は一度もなく、それとなくデートに誘ったりはしてみたんだけど、断られる事の方が多かった。まぁ多分、空からして見れば私は単なるペット仲間で、恋とかデートとかそんな言葉は一切知らないんだろう。だから空は悪くないんだけど、それはつまり私のこの想いが宙に浮いたままって言う事になるから、どうしたものかと悩んでいた。

 そんな私の悩みを悟ってくれたのか、さとり様も度々相談にのってくれるんだけど、目立った進展はない。最もあの方もあの方で恋をしているらしく、やたらと私の恋愛相談を口実にして紅魔館の図書館まで出掛けてるみたいだけど、心の読めない私でも本音と建前、そして結果が良く分かる。おかげで、食卓に私とさとり様の溜息が重なったのは一度や二度じゃない。そんな私達を見て頬に米粒を付けながらぽかんと頭上に疑問符を浮かべてる空がその時だけは憎く感じる。

「お燐、知ってる? 太陽の光って、なんか、見えるけど見えないんだよ!」
「何を言ってるんだい。もっと分かりやすく話してよ」
「だから、太陽ってすぐそこにあるようで、でも本当は凄い遠くにあるんだって。だから、今見てる太陽の光は今じゃなくてちょっと前なんだってさ。時差ってやつだよ」
「へぇ。どのくらい遅れて見えるの?」
「えっと。八分。八分……あー……忘れた」
「何だい、自分からいっといて」
「あ、それより燐の食べてるのおいしそう。ちょっと頂戴よ」
「……あたいが食べてるのは寸分違わずあんたと一緒だよ」

 普段、仕事をしてる時の凛々しい表情もドキっとするけど、こう言う緩んだ顔もやっぱり可愛い。そう思うとまるで自分の髪の様に顔が赤くなってしまうんだけど、空やこいし様にバレない様に必死に元に戻そうとするとテーブルの下でさとり様がスリッパで突いてくるからタチが悪い。さとり様と違って、自分の好きな人がいつも近くに居るのは嬉しいけど、こうして毎回さとり様にからかわれるのは何とかして欲しいと切に思う。
 でも、さとり様もさとり様が好きな人も、共に内外見が良く似てて、滅多な事では表情を変えてくれないから、多分私が優位に立てる事はないんだろう。


 そんな私の元に、ある日さとり様がやって来た。乏しい表情の変化の中にも緊張は見てとれて、珍しく私は猫背の背中をピンと伸ばして話を良く聞いた。
 さとり様曰く、幻想郷で異変が起きた場合、それを解決しに紅白の巫女が来るらしい。今回の異変はまさにこの地霊殿で起きていて、この場合は空を成敗しにやってくるんだろう。空は山の上の神様から力を授かって、今はちょっとした騒ぎになっていた。
 だから私はどんな事があっても空とこの地霊殿を守らなきゃいけないと思った。幻想郷の存在その物自体に関わる程の凄い巫女なんて、唯の妖怪である私に勝つ術なんて在るようには見えなかったけど、失いたくない物があるのは誰だって一緒だったから。私達の為に家族という世界を創ってくれたさとり様やこいし様、そして何より空と一緒にいたいから。そうして私は紅白の巫女を倒そうとした。


 結果から言うと、その願いは叶えられず、紅白の巫女に私達は負けた。最初は空が殺されるんじゃないかと思って、不安で一杯だったけど、思いのほかペナルティは少なく、無事に地霊殿に日常が帰ってきた。ようにみえた。

 でも、一人だけそうは思ってない奴がいたんだ。そいつはいつだって責任感が強くて、愚直なまでに真っ直ぐだった。そんな姿に私は惹かれて、好きになったんだけど、どうボタンをかけ違えちゃったんだろう。そいつは私の想いに気づかないどころか、無意識の内に砕こうとしたんだ。今でも意味が分からないよ。何で突然あんな事を言い出したのか。どうしてくれるのさ、私のこの想いは。
 そう本人に言ってやりたかったけど、そうも出来なくなっちゃった。

 だって。
 紅白の巫女が地霊殿に来てから一週間後に、霊烏路空は、地霊殿を出ていったんだから。
 まるで八分前の太陽の様に、私の中に思い出だけを残して。







 03.
 元より少ない荷物を抱えて地上へ出てきたはいいものの、行くあてなんて全くなかった。家は地底だし、泊めてくれる程度の友達なんていやしない。地底では与えられた仕事だけをやってただけで良かったから分からなかったけど、地上ではそうじゃないらしい。最初は人里で仕事をさせてもらえたけど、読み書きも計算も得意じゃない私は結局長くは雇ってもらえず、つまりはご飯が食べられなかった。
 おまけに私が地上に来てからは雨が降り始めて、先の異変の噂も合わせて、私は次第に人里で居場所を失った。

空を飛ぶ事と核融合の力なんて、地上では珍しくないか、あるいは必要とされてないって事が分かって、私は哀しくなった。けど、いつの時代でも地上は私が嫌いみたいで、空からは連日大粒の雨が降ってくる。暑いのは平気だけど、寒いのは慣れない。雨を凌ぐ場所なんて分からずに、私は毎日身体を濡らしていた。

「さとり様、こいし様、どうしてるかな……」

 はぁ、と、両手に自分の息を吐きながら、そう零す。
 家もなく行くところの無い私は、とりあえず大きな木の下で雨を凌いでいた。座りながら眠れるほど器用じゃないから、膝を抱えて朝と夜を過ごしながら。
 後一月もすれば、今年も終わる。新年の為にとっとけばいいのに、雨の中にちらほらと雪が先走りもしていて、全身の震えは止まらなかった。冬は雨より晴れてるときの方が寒いってさとり様が言ってたけど、やっぱり雨も寒いよ。体が、ううん、体も心も、凍て付くくらいに震えちゃうもん。
 まるで、
 地上では誰の力にもなれない私を、
 地底では誰の役にも立てない私を、
 そんな私を怒ってるみたいに、空は私を雨で撃ち殺そうとしてくる。私と同じ名前なのに、私をどうして嫌いになるんだろう。私はそんなに悪い子なのかな。こんなことなら、地上に出てくるんじゃなかったな、なんて思ってしまう。

 今頃皆はどうしてるかな。怒ってるかな。まさか私を探してなんていないよね。制止を振り切って、無理矢理出てきたんだもん。あれからもう一週間。その間こうして雨に打たれ続けて、地上の常識に打たれ続けたけど、さとり様にもこいし様にも、一度も会わなかった。

「燐……」

 もう一人、地霊殿には大事な仲間が居た。無意識に、その名前を呼ぶ。
思えば燐とは、さとり様やこいし様より一日を一緒に過ごす事が多かった。燐は朝が弱かったから私が起してあげて、仕事の後は何かと話しかけてくれて、遊んだりお風呂に入ったり、何をするにも一緒だったな。もうその生活が出来ないと思うと、胸が苦しくなるけど、だからって泣かない様にぐっと歯を食いしばる。

 紅白の巫女が地霊殿に来る前後、食事の度にさとり様と燐が溜息をついていた。あれはきっと私の所為で、その溜息を何とか止めたくって、どんな事をしてでも紅白の巫女を倒したかったけど、私は負けた。馬鹿な私の、たった一つの取り柄がその時無くなったんだ。このまま地霊殿に居ても、きっと皆に迷惑を掛けるに違いない。燐と会えなくなるけど、燐の溜息をきく位なら、こうした方が良かったはず。馬鹿な私にはそれくらいしか思いつかなかったから、だから自分が辛いなんて事にも気付かずに、地上に来ちゃった。

 そうしてこの一週間を耐えてきたけど、もう限界。空腹はとっくに吐き気へと変わり、下がった体温は指先の感覚を切断してた。ガンガンと脳内で雨音が響くのに、何かを考えようとするとぼんやりと靄がかかった様にそれを阻止される。

――このまま私、死ぬのかな。

 妖怪が死んだらその後はどうなるんだろう。
 死んだ後の事なんて分からないけど、
 死ぬのは凄く寂しいって事は分かる。
 こんな何もない場所で、雨に打たれて死ぬのは、寂しい。

――燐。燐は、私が死んだらどう思うのかな。

 堪えても堪えても涙が勝手に眼から落ちようとするから、思い切って目を瞑った。でも目を瞑ると暗い世界に燐が居る。その燐は泣いたり怒ったりしてて、まるで普段の燐そのものだった。
 地霊殿を出ても、目を瞑っても。どうしても燐が私の中から居なくなってくれなくて、それが嬉しいのに哀しくて、どうして良いか分からなくなって、きっと空を睨む。
 昔は何度飛んでも近づけなかった太陽を、今では見る事さえ出来ない。灰色の空に覆われて、まるで今のお前には会う必要も無いって言ってるみたいだった。
 だから私はぐっと足に力を入れる。向こうが顔を見せないなら、私が会いにいってやる。かつて地上に居た時は、幾らでもそうしてきたじゃないか。知らない間に身体は大分弱っていて、立ち上がった瞬間世界が歪んで、気が付いたらまた膝を地面に付けていたけど、それでも立ち上がる。木の幹に手を付き、まだ笑ってる膝に力を入れて、もう一度だけ空を見る。どこに太陽が在るかは分からないけど、あの灰色の雲を抜ければ少しは景色が違うだろう。

――このまま死ぬくらいなら、今度こそあいつに触ってやる。

 今度こそ。そう、本当に今度こそ、空を突き抜けて天界を越えて、あいつに会ってやる。
 そうして私は飛び上がる。水滴で一杯になった羽は重くて、少しでも気を緩めたら意識がどこかにいきそうなほど身体はボロボロだけど。だけど、私は空を飛ぶ。

――燐。

 ぐんぐんと空を飛ぶ。
 空は雨を弾丸にして、
 私は私を弾丸にする。
 空を飛んで、空気が薄くなって来る。

――燐。

 息が苦しくなってくる。まだ唯の烏だった頃は、もっと高く飛べたのに。知らない間に私は飛べなくなってた。何でかなんて、分かってる。重い羽や吐き気のする程死にそうな体の所為じゃない。もっと別の、形に出来ないのもなんだ。

――燐。

 知識が、
 力が、
 想いが、
 燐への想いが、
 楔の様に私を絡めとる。
 空気が薄くなって、薄くなりすぎて、息が出来なくなる。泣くもんか。絶対に、泣くもんか。
 空気が薄くなる。
 意識が薄くなる。
 あの頃の半分も飛んでないのに肺は軋み、頭が痛む。酸素がほしくて口をあけても、入ってくるのは雨粒だけ。ふっ、と、力が抜けて、翼は完全に動かなくなる。するとどうなるかくらい、私でも分かる。幾ら妖怪でも、硬い地面に叩き付けられれば無事じゃない。誰にも気付かれずに墜落して、体中の血を雨に流されて死ぬのかな。それはきっと、痛いだろうなぁ。自分の事なのに、どこかぼんやりとしか考えられない。
 けど、身体は無意識に、自分の事を考えてた。歪んでぼやける視界の中に、湖を見つける。このまま落ちれば、私の身体は地面じゃなくて湖に投げられるだろう。それなら、死なないかもしれない。
 ああ、やっぱり。心のどこかで、私は生きようとしてる。
 湖に叩き付けられても助かるかは分からないけど。

 燐、元気かな。勝手に死んだら、怒るかな。最後にごめんねって、言いたかったな。
 ごめんねって言いたいな。怒られても良いから、やっぱり、会いたいな。
 燐、会いたいよ。

――さとり様、こいし様。燐。
  地霊殿を守れず、すみませんでした。
  だからこうして皆に迷惑を掛けまいとしました。
  でも、駄目でした。私は、やっぱり駄目な子でした。
  許してください。死ぬのが怖いです。生きたいです。生きて、また皆に会いたいです。
  許してください。許してください。
  燐――

 やがて私の意識は薄れて、そのまま水面へ落ちていった。






 04.
 目を覚ました瞬間、最初に訪れたのは全身の痛みだった。遅れて雨の中とは違う暖かさを感じて、最後に左手の感触を確かめた。

「お空!」

 ぎゅっ、と私の左手を強く握りながら、涙を拭いもせずに燐が声を出す。

「ん。ここは……?」
「家だよ。地霊殿だよ」

 また、戻ってきちゃったのか。
 あんまり自由に動かない身体で部屋中を見回そうと思って、体を起こす。一番傍には燐が居て、さとり様は椅子に座ってる。膝元には本があって、多分私が目を覚ますまではそれを読んでたんだろう。心を読まれるから意味はないけど、合わせる顔がなくて、目だけは逸らした。それからこいし様は壁に寄りかかって、自分の髪をいじってる。横顔だけではどんな表情をしてるかは分からなかったけど、元々こいし様の心情は読み辛い。
 だから、今この部屋では燐以外に話しかけられる人が居なかった私は、とりあえず燐に謝った。

「お燐。ごめんね」
「え?」
「色々。迷惑掛けちゃった」
「止めてよお空。そんな言葉、聞きたくないよ」

 燐は優しいな。一週間くらいしか人里には居なかったけど、私にそんな言葉掛けてくれる人は居なかった。でもきっと、あれが普通だったに違いない。
 読み書きも計算も出来ない私が唯一した事と言えば、先の異変くらい。
 優しくなんてされる理由が無いのにね。

 ――そんな言葉で自分を囲って。
 同情なんてされたくないよと格好付けて。
 でも優しくされたくて、燐が優しくて。
 ふっ、と、笑った瞬間。

 乾いた音が耳まで響いて、それから頬に熱さを感じた。

「え、あ、こいし様!?」

 燐の声で、ようやく自分がこいし様に叩かれたんだって、気付いた。
 見るとこいし様はいつもと同じ、にこにことした表情を顔に貼り付けてた。
 貼り付けてた、なんて言うとまるで心では笑ってないような言い方だけど。実際、こいし様は笑ってないような気がした。

「お空、何日振りに会ったかな。あえて嬉しいわ。はは、嬉しい」
「ちょ、こいし様! 止めてください、お空は重傷なんですよ!」

 そう笑いながら、今度は反対の頬を叩かれる。燐が止めようとするけど、それより早くこいし様の腕が動いて、私を叩いた。無意識の原理なんて分からないけど、きっとどうやってでもこいし様は私を叩きたいんだろう。だから私も抵抗なんてしない。これくらいで地霊殿の事件の責任が取れるなんて思わないけど、まぁ、こいし様の気が晴れるなら良いかな。

「お燐、見てよお空の顔。仕方ないって顔してるよ。だから良いのよ。叩いても良いの」
「良いわけないですよ、お空もなにされるがままにしてんのさ!」

 ようやく燐がこいし様にひっついて、その手を止めた。けど、それくらいで止まるこいし様じゃあない。まるで燐が自分で放したかの様に、するりとこいし様は燐の制止を振り切って、さっきよりも強く、私の頬を叩いた。叩くだけじゃなく、私の胸倉を掴み至近距離で笑うこいし様が、何故だか泣いてるような気がしたのは、やっぱり気のせいなんだろう。

「そりゃあされるがままだよねぇ。だって、お姉ちゃんや燐が巫女に痛めつけたれたのは、自分の所為だって思ってるんだもん。
 呆れちゃうよね、誰もそんな事言ってないのに。やっぱり馬鹿は馬鹿なんだよ。無い頭使って考える事ってそんな事なのかな。そんな頭、なくなっちゃえば良いのに。
 ああ、でも無くそうとしたよね。ここを出てって、死のうとしたんでしょ? 何で生きてるの? 何で生きてるのよ?」

 燐が何かを言い掛けて、さとり様に止められる。
 息がしづらくて苦しいけど、何も言わず、こいし様の瞳を見据える。こいし様の瞳は揺れていて、それが怒ってるからなのか違うのかは、分からない。

「本当、自分勝手。自分独りで責任感じて出てくなんて。ありえない。ありえないよ。
 だって貴女は家族でしょう。私もお姉ちゃんもお燐も貴女も、みんな全員家族でしょ!ふざけないでよ、家族が何の相談も無しに居なくなって良い訳ないでしょ! 家族を置いて勝手に死ぬなんて……思わないでよ……」

 私を叩こうと高く上げられた手は、けれどそれだけだった。顔をくしゃくしゃにして、下を向いたこいし様が、そのまま私の胸に顔をうずめる。嗚咽を漏らしながら手を降ろしたこいし様を、さとり様が抱きかかえる。まるでさとり様にはそうなることが分かってたかの様に――ううん、分かってたんだ。きっとこいし様は途中で我慢出来なくなるって。だって、たった一人の姉なんだから。
 でも、そんなこいし様を見るのは辛くて、そして、さとり様には合わす顔が無くて。だから私は咄嗟に下を向いた。
 そんな私に、さとり様は何も言わない。怒ってるのかな。まさかさとり様まで泣いてるなんて事は、絶対にありえないだろうけど。

 だって、本当にこの異変は私の所為だったから。だから私だけは巫女に負けるわけにはいかなかった。そしてそれが出来なかった時、せめて私を嫌ってほしかったんだ。そうすれば、きっとそれが免罪符になって異変の責任なんて感じなくてすむかなぁ、なんて。どこかに逃げ道を探してたんだけど。無意識の内に楽をしようと思ってたんだけど。
 こいし様も、さとり様も、燐も、全員優しいから、そうならなかった。それが本当に、辛くて、どうして良いか分からなくなったんだよ。

「お燐、後は任せます。私はこいしを部屋に連れていきますから」
「あ……はい」
「それと、お空」

 初めて、さとり様が私に話し掛ける。恐る恐る見ると、凄く優しい目をしていた。そして一回だけ私の頭を撫でて、一言だけ、言った。

「おかえりなさい」
「…………!」

 咄嗟に、言葉が出なかった。
 唯の烏だった時も、
 異変を起こす時も、
 地霊殿を出た時も、
 雨に打たれた時も、
 何度も泣きそうになっては堪えてきたのに。
 不意にその一言だけで、今までためてきた涙が、ぶわっと目から零れた。
 本当に、この方に拾われて良かった。
 本当に、この方が優しくて良かった。
 二度と、この方から離れないようにしよう。
 読み書きも覚えて、計算も覚えて、二度とこの方の傍を離れない様にしよう。
 太陽よりも暖かい、さとり様の傍にいよう。

 パタリと扉が閉まる音を聞きながら、何度も何度も涙を拭う。でも、どうしたんだろう、ちっとも止まってくれない。

「お空、今日はもう、寝よう?」

 燐に促されて、私は再び仰向けになる。燐はもう泣き止んでて、何だか少し恥ずかしいけど、燐になら見られても良いかな。

「お空の泣いてる顔、初めて見た」

 すっ、と、燐が私の目元に手をやる。ひんやりと冷たい燐の手が、心地良い。

「お燐の手、冷たくて気持ち良い」
「死体とか怨霊とか触ってると、こうなるのかな」
「分からない。でも、気持ち良い……」

 燐の手を取って、自分の額に持っていく。寒空の下、湖の中に落ちたからかな。身体が熱くてだるい。だから、燐の手がひんやりとしてて、それに柔らかくて、丁度良かった。

「お燐、このままでいて」
「うん、お空が寝るまでここに居るよ」
「ううん、そうじゃなくて」

 きょとんとする燐。涙と一緒に、もうこの気持ちも抑えられない。

「今だけじゃなくて、ずっと傍にいて。
 私、馬鹿だから上手く言えないけど、一緒のベッドで寝て、お喋りしながら夜更かしするの。それで朝になったら、先に起きた方がまだ寝てる方を起こすの。私はお燐にキスするよ。手を繋いだりもしたいな。
 そんな関係に、なりたいな」
「あ……」

 地上の太陽には、届かないけど。
 さとり様を守ってあげられなかったけど。
 身体が痛くて、また泣き出した燐の涙を拭いてあげられないけど。
 でも、もうこの気持ちを捨てるだなんて、止めよう。
 私は確かに馬鹿で救いようもないけど、誰かを好きになったって、良いよね? 燐を好きになっても、良いんだよね?

「……私も。私も、お空が好き。だから、勝手に出てった時は哀しかったし、お空の事、嫌いになろうと思った。
 でも、出来なかったよ。お空の事、嫌いになんて、なれなかった……」

 燐の言葉が心地良い。
 燐の体温が心地良い。
 留めようと思ってるのに、意識が段々遠くなってく。燐の言葉が、少しずつ聞こえなくなってく。今燐は、なんて言ってるんだろう。

 分からなかったけど、今、燐は確かに笑ってた。
 そして、再び私の意識は深く沈んでいった。






 05.
 翌朝。
 いつもと同じ朝、いつもと同じベッド。
 けど、一つだけ、いつもと違う光景。
 私の左に眠る、燐の姿。
 すやすやと気持ち良さそうにしてて、とても可愛い。
 そんな燐の姿を見て、そうだ、と、思いつく。
 もぞもぞと体勢を変え、燐の腰辺りとシーツの間に左手を通し、反対に燐の上から伸ばした右手と組み合わせる。そして、燐を起こさない様にそっと引き寄せ、九十度動かす。
 向かう合う形で、すぐそこに燐の顔がある。
 ほんの少しだけ濡れたまつ毛。
 本人は気にしてる、赤い癖毛。
 僅かに開いた唇。
 そのどれもが私のドキドキを強くして止まない。

(――そうだ)

 思えば、昨日の返事をしてない。
 最後までは聞こえなかったけど、確かに燐は私に「好き」って言ってくれた。だから、それに応えてあげなくちゃいけない。
 難しい言葉はいえない。昨日は言いそびれたけど、私も同じ気持ちなんだって事、伝えなくちゃ。
 だから一言だけ言って、また眠ろう。今日くらいは仕事をしなくても、さとり様も見逃してくれるよね。だから、眠ろう。
 燐の、少し荒れた唇に。自分の唇を、重ね合わせる。

「私も好きだよ、燐」

 そうして私は目を瞑る。最後に見えたのは、枕元の時計。
 午前六時八分十七秒。どこかで聞いた事あるな、と思って思い出す。
 ああ、そうだ。太陽の光。地上に太陽の光が辿り着く時間だ。
 燐の匂いと、唇の温もり。八分十七秒間のまどろみに、それらを反芻させて、私は再び夢の世界へ落ちていった。


 あの日、無我夢中で太陽を求め、大空へ羽ばたいた時の様に。
 普通の組み合わせですみません。そんな訳で空燐でした。
 昔は出来た階段手すり降りも、今やれと言われたら出来ません。それは、落ちて怪我をした時の事や、恥や外聞世間体色んな事を覚えたからです。人が成長する上で取捨選択をするのは当たり前の事ですが、捨てると忘れるは別物です。どうか皆様、童心を忘れずに。

 まぁ、文雛をかくだの何だの言ってたのにこれを書いてる私が言えた義理ではありませんが。
 四種類ほど同時進行で描いていますので、また近いうちにお会いできるかと思います。それでは。
神田たつきち
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コメント



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あぁ、お空もまたすごく真っ直ぐないい子です。
 これからまだまだ成長していける強くて明るい太陽のような子です
お燐は、とてもやさしい子
 あたたかくて、切なくて、まだまだ揺れる恋心をもてあましています。
さとり様は、これからもきっとずっと、
 みんなの飼い主であり、お姉さんであり、お母さんなんでしょう。
こいしちゃんは、いつまでもいつまでも
 すべてのことに素直にいきて行くのでしょう。

ここには紛うことなき家族があります。
それがあたたかくて、すてきなお話でした
17.80名前が無い程度の能力削除
家族としての感情と、恋心と……。
もうちょっとそのへんにメリハリがあってもいいかと思いましたけれど。
でも、とても優しいお話ですね。
31.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです