Coolier - 新生・東方創想話

炬燵の上の砂時計

2009/12/08 15:39:00
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 嫌われることには、慣れている。利用されることにも。私の瞳は危険で、便利だから。好きに使われるのは、面倒なことだけれど。
 地霊殿。煉瓦を積み上げた暖炉の前で、私は溜息を吐いた。一通の手紙を、円卓の上に放った。山の神社からの封書だ。内容は頼み事。曰く、地上に新しくできた寺の主人が危なそうなので、内面を視てほしいそうだ。報酬は用意するという。

「別に物要りじゃないんだけど」

 お金も物も間に合っている。目の前には林檎と蜜柑を満載した硝子の鉢や、白葡萄酒の入ったグラスがある。身体はソファに埋もれている。山の神様に恩や義理はない。ペットを勝手に改造された縁があるだけだ。

「断っちゃおうかしら」

 ただ、寺の主人とやらには少し興味が湧いた。やりたい放題の山の神々が恐れるなんて、一体どんな相手なのだろう。彼ら以上に身勝手で、力ある存在だろうか。地霊殿を揺るがすほどに。それとも、彼らの早とちりだろうか。
 寺を訪ねてみようか。久し振りに、外に出て。黙して考えていたら、

「ただいま、お姉ちゃん」
「その言葉を三日前に聞きたかったわ」

 愛すべき我が妹が、雪を連れて帰ってきた。私の肩に両腕を回して、後ろから抱きついてくる。こいしは無断外泊を謝るどころか、

「ねえ、上はまだ明るいよ。たまにはお姉ちゃんも遊びに行こうよ」
「地霊殿の管理があるでしょう。急に留守にはできないわ」
「お燐がうまくやってくれるよ。面白いお店、見つけたんだよ」

 元気一杯に、私の手を引いた。肩が外れるかと思った。この状態のこいしには、なかなか逆らえない。腕力でも気力でも、敵わない。

「行こうよ、お姉ちゃん。上も楽しいよ」
「仕方ないわね。余計なものをねだらないのよ。買わないから」

 寺を訪問するには、丁度いいきっかけかもしれない。私は立ち上がると、自室に戻って白い厚手の上着を羽織った。丈は膝下まである。第三の目は見えるように、外に出した。周囲の者は嫌がるかもしれないが、別に構わない。見えなくなるほうが不便だ。手には上着と揃いの白手袋を。ヘアバンドは外して、ふわふわの白耳当てをつけた。こいしの格好を見て、同じ位の防寒対策にした。
 部屋には灼熱地獄跡と直結の電話線がある。私は受話器を取ると、お燐を呼んで外出を告げた。物分りのいい彼女は、「夕飯に遅れても大丈夫ですから」と言ってくれた。妹の教育はともかく、ペットの躾は得意だ。


 天井の高いエントランスを抜けて、粉雪の舞う地底世界に繰り出した。こいしが私の手を引いて、先導する。白銀の世界を、姉妹で飛んだ。

「そんなに急がなくてもいいでしょう」
「店主さんが気まぐれなんだよ。今日は冷えるから早めに閉めちゃうかも」
「その用が終わったら、一箇所寄ってもいいかしら」
「うん。どこ?」
「新しくできたっていうお寺」

 こいしは白い息と一緒に、ああ、と声を上げた。

「知ってるの?」
「知らないの? 楽しい場所だよ。皆良くしてくれるの」

 皆良くしてくれる? 地底育ちの、危なっかしい妹にも? なら、やはり山の神々の心配は杞憂ということだろうか。それとも、嘘や愛想の仲良しの関係を築いているだけなのだろうか。こいしの心は、私の瞳でも読めない。愉快そうに輝く両目を、私は黙って見詰めた。寺の人々が、妹を嫌わないでくれるといいと願った。
 眼下には、鬼の都が広がっている。遠くから、囁くように思念が届いた。おい、あれを見ろ。地霊殿の奴らじゃないか。何をしに行くつもりだ。気付いてないといいな。こっち見てないか? いつも通りの、ささやかな敵意が肌を抓る。正々堂々を良しとする鬼でさえ、私の瞳には嫌悪感を示す。正々堂々の中に隠された、嘘や本音を明らかにしてしまうからだ。愉しいことではないだろう。嫌われるのは、仕方がない。

「お姉ちゃん、大丈夫だよ。すぐ着くから」
「そうね」

 慣れている。




 博麗神社の近くに出ると、こいしは魔法の森の方角へ歩を進めていった。人里からは離れていく。人の思念は届かない。こいしによると、寺があるのは人里の外れらしい。店から寺まで、ちょっとした大移動になりそうだ。
 地上に雪は降っていなかった。曇天の道を、粉雪を落としながら歩いた。古木の間を抜け、木の根道を通って、こいしは私を案内した。
 何里となかった。しばらくすると、暗い森には不似合いな、色とりどりの電飾が見えてきた。看板を縁取っている。配線が緩いのか、幾つかは光っていない。看板には下手とも上手ともつかぬ筆文字で、『香霖堂』とあった。
 いかにもこいしが好きそうな、混沌とした店構えだった。店の外にまで、商品と思しきものが山積みになっていた。大きな焼き物の狸に、縁の厚い薬瓶。天狗の使うような羽ペン、用途不明の機械の箱、目の外れた人形、ドロップのような硝子球のついた指輪。希望や哲学のような、形のないものまで売っていそうな店だった。

「どう、面白い店でしょ」
「理解に苦しむ店ね」

 こいしは私を連れて、店の中へ入った。ドアにつけられた鐘(ところどころ錆びている)が、濁った音を発した。中は外以上に散らかっていた。足の踏み場を探すのに苦労した。至る所に、奇奇怪怪な商品が散らばっていた。
 だから、最初はその人のことも商品かと思った。

「霖之助さん、お姉ちゃん連れて来たよ」
「やあ、今は取り込み中だよ」

 霖之助さん。こいしがそう呼ぶ店主の男と、こいしとの間に、人? が佇んでいた。袖に白いリボンの巻きついた、黒いコートを着て。金とも紫ともつかぬ、不思議な髪を揺らめかせて。
 やましい思念のない女性だった。買い物に夢中になっているからではない。本当に、心が澄んでいた。満月を映す湖のように。直せるかしら、元に戻るかしら。炬燵。これがないと、お寺の皆が困るのに――お寺の皆? 彼女は、寺の一員なのだろうか。答えを探る前に、こいしが彼女の腕にもたれかかった。

「白蓮、こんにちは!」
「あら、こいし。こんにちは」
「お姉ちゃん、この人がお寺の一番偉い人だよ」
「お姉ちゃん?」

 こいしは彼女の腰を掴むと、強引に私の方を向かせた。蜂蜜色の瞳が、私を捉えた。ちびでやせっぽちな身体も、胸元で瞬く赤い瞳も。ああ、また嫌われるのかと思った。違った。私を見て、彼女は最初に

「可愛い」

 本物の声と心の声で、そう言った。嫌悪感を一切、滲ませることなく。私の目の力を、知らないのだろうか。

「可愛いお姉さんね。お名前は?」
「お姉ちゃん、自己紹介」
「古明地さとりです。人の心を読めます」

 これでどうだ。私は浴びせられるであろう嫌悪の感情を予想して、身を縮めた。しかし、何時まで待ってもそんなものは来なかった。

「そう、心が読めるの。便利ね」

 おっとりと、その人は微笑んだ。春の日差しのような笑みだった。壁の隙間から吹き込む寒風を、一時忘れた。

「私は聖白蓮。魔法使いです。命蓮寺の住職をしています。よろしくね、さとりさん」

 握手を求めて、手が差し出された。おかしな人だ。私の目を前に、これほど動じないなんて。隣で機械炬燵の修理をしている店主は、厄介そうな客だと心で愚痴っているのに。嫌悪どころか、好意をぶつけてくる。真っ直ぐに。私は扱いに困って、握手をしながら目を逸らした。掌は温かく、外から来た私を労ってくれた。

「寺で使っていた炬燵が壊れちゃって。直せないか、試してもらってるの」
「配線を鼠が齧ったみたいだね。新しいものに取り替えれば直せるよ」
「ならそれでお願いします」

 ナズーリンの鼠が噛んじゃったのかしら。白蓮はぼんやりと心を巡らせていた。ナズーリンと呼ばれる鼠の妖怪の姿が視えた。
 こいしは白蓮に懐いて、腕を組んでいた。

「白蓮、またジャイアントスイングして」
「ここでは駄目よ、売り物が壊れちゃうわ。ただでさえ、私はものを壊し易いのに」

 彼女は相当な力持ちらしい。大所帯用の炬燵を、余裕で振り回す像を視た。壊れた炬燵に気付いた彼女は、自分の所為だと思って此処に来たらしい。自力で運んで。寺には他の者も居るだろうに、自分で動くタイプのようだ。寺の面々には苦労をさせたくないのか。
 と、冷静に観察していたら、笑みを向けられた。人の心を掴んで離さないような、優しい微笑を。何だか居心地が悪くて、私は店内の安楽椅子に腰を下ろした。視線を外した。好きの感情を与えられるのは、くすぐったかった。
 何故、彼女はさとり妖怪を嫌わないのだろう。妖怪に対して、温かな思いしか持っていないのだろう。私は両目を逸らしながら、覚りの瞳で彼女を睨んだ。駄目だ、今の感情しか視えない。幾らこの店でも、是非曲直庁の浄玻璃の鏡は置いていないだろう。彼女の、過去を知りたい。
 突然の好意に、私は戸惑っていた。人であれ妖怪であれ、さとり妖怪は苦手なのが普通だから。彼女の心の奥底にも、私への苦手意識があってほしかった。そうでないと、安心できなかった。嫌われていないと安心できないというのも、おかしな話だが。

「直ったよ、試してみよう」

 炬燵の下で作業をしていた店主が、起き上がった。拡大鏡がついているのだろう、両目型のゴーグルを外した。一度店の奥に引っ込むと、丸めた布団を持ってきた。白蓮が受け取って、天板を持ち上げた。

「手伝おう、お姉ちゃん。お布団のそっち持って」

 こいしが青い布団の端を私に渡した。正方形の炬燵に、バランス良く布団をかける。手を離すと、白蓮が天板で押さえた。

「これは此処で買った、電気で動く炬燵なの。炭の炬燵と違って、すぐに暖かくなるのよ。さ、入って。スイッチを入れてみましょう」

 私、こいし、白蓮、店主が、正方形の四辺に足を潜らせた。店主が天板の裏のスイッチを押す。中の装置が、低い唸りを上げて動き始めた。ややあって、仄かな熱が布団の中を満たし始めた。冬風の中を飛んできた身には、心地良い。他人がいなかったら、身体まで埋めてしまいそうだ。現にこいしは首まで埋もれていた。

「お行儀悪しないの、こいし」
「だって気持ちいいんだもん。お姉ちゃんだって本当はしたいくせに」
「いいわね、姉妹仲が良くて」

 言いながら、白蓮も胸まで布団に入っていった。長い髪が汚れるとか、服に埃がつくとか、全く考えていない。髪の先が、売り物だろう素焼きの徳利を撫でた。こいしと白蓮の脚が、左と前方から私に触れた。こそばゆかった。触れられるのにも、私は慣れていない。店主の男はゴーグルを眼鏡にかけ替えて、炬燵のぬくもりに浸っていた。石油ストーブよりもいいじゃないか、これは売るんじゃなかった……等と後悔している。
 そのうちに、こいしの寝息が聞こえてきた。三日間遊び歩いた結果だ。幸せそうな顔で、睡魔に身を委ねている。あまり長居はしたくないのだが。

「こいし、起きて。起きなさい」
「んー」
「無理に起こす必要はないわ。炬燵は夕方までに運べればいいし」

 白蓮の穏やかな声が、私を遮った。彼女もまた、眠ってしまいそうだった。寒風吹きすさぶ昼下がり、どうしたものか。お喋りの苦手な私は、店主と話すでもなく、店内を見回していた。白蓮の脚が、炬燵の中で私の足を突いた。

「ね、さとりさん、霖之助さん。あそこの砂時計、素敵ね」

 まどろむ声で、指をさす。三段の棚の中段に、繊細な作りの砂時計が佇んでいた。店主が頷いて、炬燵の上に載せた。硝子の魚の絡みついた、砂時計。引っくり返して使うものだ。中の砂は、青味がかった金色。身を起こした白蓮が、砂時計を持ち上げた。

「これも何か、特別な力のあるものなの?」
「ああ、これは。貝殻を砕いて砂にした時計だよ。外の世界から流れ着いた品でね、昔は天辺に大きな貝がついていたはずだが。盗まれたかな」

 砂時計にへばりついた身体の長い魚を、私は見詰めた。魚には疎い。海のない幻想郷の生まれで、しかも地底暮らしが長いから。滅多に魚を見ないし食べない。

「――この時計はね、過去をなかったことにできるんだ。一度引っくり返せば、ひとつ。消したい過去を消せる。海の中の水のように、どうでもいいことにできる」

 心底楽しそうに、店主は説明を続けた。

「眉唾物でしょう」

 私の否定にも、

「信じて使ってみれば、そうなる。魚が、過去を食べてくれる」

 店主は応じなかった。
 過去を、本当に食べてくれるとしたら。私はまず、こいしのことを治してもらうだろう。嫌われることへの恐れから、瞳を黒く閉ざした彼女を。そうして、新しい道を探すだろう。
 彼女は、聖白蓮はどうだろうか。第三の瞳で、彼女を覗き込んだ。砂時計を持ち上げた彼女は、幾つもの想いをひらめかせていた。後悔。自責の念。間違っていないという確信。自分の信念への問いかけ。海のように、深く広い感情が渦を巻いていた。彼女はそれらの思念を、呼吸と共に吸い込むと、砂時計を置いた。

「私には、必要のないものね」

 再び、横になった。
 彼女の過去には、何があったのだろう。さとり妖怪を恐れない、彼女の秘密。閉ざされた記憶の、奥の奥。私は、この目で視たいと思った。

「君も、欲しくはないかい。売る気はないけれど」
「要りませんね。インテリアにはいいかもしれませんが」

 そう聞いても、店主は砂時計を片付けなかった。私達を試しているかのようで、少々不愉快だった。
 高い位置の窓から、光が差し込んできた。いきなりの眩しさに、瞳がすくみあがった。それで、思い出した。何も、浄玻璃の鏡がなくてもいい。私には、過去を、相手のトラウマを知る方法があるではないか。
 私は炬燵で温まりながら、彼女が眠りに就くのを待った。




 こいしは、眠っていた。今頃は無意識の世界にいることだろう。
 店主も、炬燵に突っ伏して眠っていた。寝たふりのはずが、途中から本当に眠っていた。私のすることに興味があったのだろうか。
 白蓮もまた、眠りの淵にあった。微かに、私の読める意識を残して。
 私は炬燵を抜け出ると、眠る白蓮の傍らに腰を下ろした。閉ざされた瞳に、手をかざした。

「想起「テリブルスーヴニール」」

 手の平から、目映い光を発した。不思議な髪色の女性は、ううんと寝言を捻らせた。

「さあ見せて、貴方のトラウマを」

 レーザー光が、彼女の過去をこじ開けた。


 独りの年老いた尼が、墓を掘っていた。泣きながら穴を掘っていた。最愛の弟を埋めるために。死への恐れが、彼女に絡み付いていた。死にたくない、永遠に生きていたい……強い思いが、彼女を魔法の道へと走らせた。
 魔を学び、彼女は今の姿になった。紫と金の髪を、若い身体を手に入れた。力を失わないために、彼女は妖怪を崇めた。初めは、欲と打算から。後には、心から。人間に虐げられる妖怪を、彼女は何体も救ってきた。それが正しいことだと信じて。
 彼女を警戒していた妖怪達も、心を開くようになった。彼女なら、助けてくれるから。妖怪の笑顔は、彼女にとっては宝物だった。
 人からも、妖怪からも愛される魔法使いがいた。頼られ、縋られ、折れない魔法使いが。けれども、人間と妖怪は決して交わらないもの。彼女の妖怪救済を知ったとき、人間達は怒り狂った。あの女は魔女だ、異形の術で妖怪と交わっている。許してはおけない。
 人から憎まれ、妖怪から愛される魔法使いがいた。封印の手が、彼女に迫っていた。寅の妖怪が、入道が、船幽霊が、彼女を守らんと立ち上がった。それぞれに、武器を手にして。
 いいえ、もういいの。
 彼女は、救いを拒んだ。人と妖怪は平和的に共存できる。妖怪は守られねばならない。自らの信念を曲げないまま、魔界の奥深くに封じられた。

「どうして」

 元は人間なのだ。妖怪など、見捨てれば良かったではないか。そうすれば、人間と暮らしていけたはずだ。平和に、何事もなかったかのように。
 彼女なら、きっと、さとり妖怪にも手を差し伸べただろう。握手を求めるように、至極簡単に。もしも自分の近くに、彼女がいたら。溢れんばかりの愛情に包まれて、幸せに過ごせたかもしれない。封印されそうな彼女を前に、他の妖怪と共に立ち上がったかもしれない。
 胸の奥で、女の子が泣いていた。紫がかった金髪の、意思の強い瞳の女の子が。
 ――本当は、封印なんてされたくない。私のいなくなった後、あの子達がどうなってしまうのか。彼女達を守って逃げたい。でも、それはできない。私は、妖怪も人間も裏切れない。両者の橋でありたい。
 ――ねえ、私は間違っていた? 私の願いは、いけないことだったの?

「違う」

 貴方は、きっと間違ってはいない。少し、理想が高すぎただけ。もう一度やれば、次は決して誤らない。賢い貴方のことだから。
 ふと、炬燵の上に載った砂時計に目が行った。
 ――信じて使ってみれば、そうなる。魚が、過去を食べてくれる。
 私が彼女のために使っても、効果はあるだろうか。もう一度、新しい道を用意してやりたい。最初から、やり直させてやりたい。聖白蓮は、間違えてなんかいないから。次はきっと、

「駄目だよ、お姉ちゃん」

 砂時計に伸ばした手を、妹が掴んでいた。

「こいし」
「その砂時計の効果は知ってる。前に教わったから。でも、使っちゃ駄目」
「私は自分のためじゃなくて、白蓮のために」
「知ってる」

 私も、視てたから。こいしは身体を起こしながら、そう言った。

「無意識の力で、白蓮と繋がってたの。お姉ちゃんが何かしそうだったから。予想通り、こじ開けちゃった。もう、やっちゃ駄目だよ」
「こいし。私はこの人に、もう一度やり直してもらいたいの。今度はうまくいくから、彼女なら」
「お姉ちゃん、私が目を閉じる前に戻りたい?」
「う」
「戻りたいんでしょ。でもね、それはいけないんだよ」

 全てを覚ったような瞳で、こいしは語りかけた。

「過去は戻せないものだから、今を大事にしようって思えるの。過去をなかったことにするなんて、ずるいよ。そんなことするお姉ちゃんは、嫌い」
「うう……」
「私は目を閉じたこと、後悔してないよ。こうして、お姉ちゃんと新しい関係を築けたから。どんな過去だって、今に繋がってるんだよ」

 本当に、この子は。覚りの瞳を閉ざしたくせに、覚ったことを言う。私は、砂時計に向けた手を下ろした。

「眉唾物かもしれないものね」

 白蓮にかざしていた光も、小さく収縮させた。好奇心に任せて過去を視るなんて、いけないことをした。多分、もうしない。

「膝枕でもしてくれるの、さとりさん」

 白蓮が、目を覚ました。傍らに私を認めて、笑いかける。

「あの、白蓮さん、私」
「とても幸せな夢を見たの。昔の夢。修行時代と、その後の暮らし。妖怪に囲まれて、幸せだったわ」
「いいよお姉ちゃん、謝らなくても。白蓮心広いもん」
「もう一回見られないかしら、懐かしい夢だったわ。私、凄く幸せだった」

 最後に封印されてしまっても?
 彼女は、優しい声で「ええ」と答えることだろう。
 トラウマを全て、穏やかに受け入れる。私は、この人には敵わないと思った。何故だろう、顔が綻んだ。笑っていたら、店主が顔を上げた。
 魚の砂時計は、使われなかった。




 『香霖堂』を後にして、私とこいしは白蓮に続いて歩いた。白蓮は炬燵を楽々担いで、夕暮れの道を寺まで歩んでいく。今夜は寺に泊めてもらうことになった。お燐には申し訳ないが、白蓮とその仲間に会ってみたかった。たまの地上なのだ、少しは遊んでもいいだろう。

「さとりさん、何か食べたいものはある? 人里に寄って行きましょうか」
「さとりでいいですよ、白蓮。お構いなく」
「お姉ちゃん、お客様らしくおねだりしようよ。私はきつねうどんがいいな。白蓮の寺のおうどん、すっごい美味しいんだよ」
「きつねうどん! 誠に美味で、得意料理であるッ! いざ、南無三!」
「なむさーんっ!」

 ジェットのように飛ぶ白蓮に、こいしが続いた。
 心の中では、あの砂時計が傾いていた。もしも、さとり妖怪でない自分として、やり直せたら――考えて、止めた。やり直せたら、楽しい今日はない。私を嫌わないこの人に、出会えなかったかもしれない。
 辛いことも、楽しいことも、過去から続いていることだから。私は心の中で、砂時計を置いた。

「待って、こいし、白蓮」

 軽やかな心で、冬の空に飛び上がった。
 山の神様には、後で手紙を送ろう。聖白蓮は、素晴らしい人だと。
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
 白蓮とさとりを会わせてみたくて、キーを打ちました。仲良くするのか、戸惑うのか、思ったままに指を動かしてみました。楽しんでいただければ幸いです。

 寒くなってきました。炬燵の恋しい季節です。インフルエンザや風邪には、十分気をつけてください。

 分類を霖之助から香霖堂に変更しました。ご指摘くださった14.様、ありがとうございます。
深山咲
saki_miyama_t@yahoo.co.jp
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コメント



0.3540簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
さとりも白蓮のような人ばかりなら生きていくのが楽だろうに
6.90名前が無い程度の能力削除
私が画いてる理想の白蓮でした
8.90名前が無い程度の能力削除
こいしは良い子。

おかえりなさいと言いたくなった。
14.90名前が無い程度の能力削除
霖之助程に脇役(裏方ポジ)が似合うキャラもそうそう居ない。
細かい事だけれど"分類〟は「霖之助」じゃなく「香霖堂」のが雰囲気に合ってるかも
20.100名前が無い程度の能力削除
自分が想像していたさとりと白蓮の関係がここにありました。
とても良かったです。
21.100七人目の名無し削除
冬の寒さも和らぐような暖かな雰囲気が良いですね。こういう話は好きです。
26.100奇声を発する程度の能力削除
感動!!!!
27.100名前が無い程度の能力削除
さとりと白蓮
この二人の出会いに祝福の言葉をささげたい
そんなあたたかな物語でした
31.100名前が無い程度の能力削除
ええのう、ええのう

白蓮さんになつくこいしちゃんが可愛らしかったです。
もっと前に、さとりんと白蓮さんが会っていたらな、とふと思った。
これからいい付き合いをしていって欲しいですね。
33.100名前が無い程度の能力削除
いい。すっごくいい。
36.100名前が無い程度の能力削除
そういや霖之助は半妖か…
37.100名前が無い程度の能力削除
きつねうどんwwwww台詞の改変がうまいwww

素晴らしいお話でした
38.90名前が無い程度の能力削除
嫌われものの妖怪のさとり、その妹のこいしと、元人間で魔法使いな白蓮が
半分妖怪な霖之助の店でコタツに入って心を暖めると……いい話でした
39.100名前が無い程度の能力削除
少し切ないけれど、暖かい気持ちになれました
3人が何処となく親子みたいに感じられましたね・・・
43.無評価深山咲削除
温かいご感想、ありがとうございます。嬉しいです。
皆が仲良くしている様子を書くと、ほっとします。
少し、コメントに答えます。

>理想の白蓮
そう感じていただけたのなら何よりです。出すまで、ちょっと不安でした。

>もっと前に、さとりんと白蓮さんが会っていたらな
書いてみたいお話です。昔出会っていたら、どのような関係を築いたのでしょうか。

>きつねうどん
勢いで書かせていただきました。
52.100名前が無い程度の能力削除
流石白蓮様真の聖人…
58.100三文字削除
温かいなぁ温かいなぁ……
過去を後悔せず、ただ素直に受け入れる。それが出来るのは本当に聖人くらいですよね。
こいしの素直さと白蓮の清純さが、とても気持ち良かったです。
68.100名前が無い程度の能力削除
いい意味で言葉がないですね.
素敵でした,ありがとうございます.
70.100名前が無い程度の能力削除
こいしちゃんがこんなにも素直な言葉を言えるのも白蓮の傍にいたからか

ほんと白蓮様はすごい人よ
79.100名前が無い程度の能力削除
駄目だ。涙がとまらん
85.100名前が無い程度の能力削除
この二人は素晴らしい組み合わせだと思います。こういう作品は本当に続きが読みたくなります。
97.100名前が無い程度の能力削除
今読み返すと口授のこいしの寺入りの前日談みたいですね
101.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷の在り方からして聖の理想はとても遠い