Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館のロミオとジュリエット異変 ~上~

2009/12/06 02:44:52
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「綺麗です、咲夜さん……」
 紅美鈴は、“うっとり”と見惚れたように呟いた。
 紅魔館の門番を勤め上げる彼女は普段、装飾よりも機能性を重視した、緑を基調とするチャイナドレスを好んで纏う。
 しかし、その日に限り珍しく、何時もとは異なる装いを見せている。
 黒を基調としたロングタキシードが、美鈴の凛々しさを際立たせていた。
「ありがとう、美鈴」
 美鈴の言葉にはにかむようにして、紅魔館の従者、十六夜咲夜が微笑みを返す。
 彼女もまた、何時もの侍女服とは違った装いを見せていた。
 オフホワイトのウェデイングドレス。
 婚礼の儀においてのみ纏うことを許される、花嫁の衣装。
 一切の穢れとは無縁の白が、咲夜の美貌を引き立たせている。
 本日は何を隠そう、紅魔館で働く二人の少女が、新たな人生の門出を迎える日でもある。
 紅美鈴と、十六夜咲夜の結婚式。
 “りんごーん”、“りんごーん”と、鐘楼の鐘の音が、二人を祝福するかのように鳴り響いていた。
「咲夜さん……」
「美鈴……」
 少女たちは互いに見つめあい、感極まったように呟く。
「ああ、一体……」
「……どうして、こんな事に?」
 事の始まりは、一週間程前に遡る。



 ある冬の日の午後。
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは、館のサロンにてアフタヌーン・ティーを楽しんでいた。
 専属の従者、十六夜咲夜のいれた風変わりな創作紅茶に、ティースプーン山盛りの砂糖を溶かし込み、甘やかな味と香りを堪能している。
「そう言えば……最近、観劇をしていないわね」
 ふと紅茶を楽しんでいたレミリアが、何事か思いついたかのように、ぽつりと洩らした。
「観劇……ですか?」
 咲夜が、虚をつかれたかのように問い返す。
「ええ。ま、この幻想郷には劇場も何もないから、言っても仕方の無いことだけどね。思いついただけよ」
 紅茶に戻るレミリアを見つめ、咲夜は、“ふむ”と考え込んだ。
「確か、紅魔館には劇場があったはずですが?」
「ああ、あれね。昔は劇団や楽団を呼びつけて、舞台やコンサートを楽しんだりしたけれど。幻想郷に来てからこっち、使う機会も減っているわね。偶に、プリズムリバー楽団を招くくらいかしら?」
「そうですね。さすがに舞台演劇は、あの騒霊たちの管轄外でしょうし」
「でしょうね。ま、思いついただけよ。気にしないで頂戴」
 紅茶を啜るレミリア。
 咲夜は、主の考えを推し量るように問いかける。
「お嬢様。もし仮に観劇を行うとして、どういったものをお望みですか?」
「ん? そうね。久しく見ていないし。ロミオとジュリエットなんかいいわね」
「ロミオとジュリエット……ですか。あのウィリアム・シェイクスピアの?」
「そう。個人的に、ああいう話は好みでもあるわ。同じ作者でもハムレットやリア王よりは趣味に合うわね」
「そうですか」
 レミリアの口より告げられた、有名な戯曲のタイトルを聞き、咲夜は思案した。
「お嬢様。素人のお遊戯レベルでよろしければ、ロミオとジュリエットの舞台、用意できない事も無いですよ?」
 咲夜は、しばし考え込んだ後、レミリアへと告げる。
「それは本当?」
「ええ。ただし、少しばかりお時間を頂くことになりますが」
 咲夜が、何やら含みを持たせて言う。
 咲夜の笑みを見て、レミリアは、従者の考えを察した。
「咲夜……もしやと思うけれど、貴女――」
「ですから、申し上げた通りです。お時間さえ頂ければ、素人のお遊戯レベルではありますが、お嬢様ご所望の舞台を――ロミオとジュリエットを、ご用意致しますわ」
 曰く有りげに微笑む咲夜を見つめ、レミリアもまた、面白そうに微笑んむ。
「そうね。私くらいになると一流どころの劇団の公演など、そも見飽きているし。偶には素人のお遊戯の、ロミオとジュリエットを観劇するのも良いでしょう。咲夜。時間は何時までかかってもいいわ。貴女達の納得のいく舞台を、私に披露しなさい」
「承知いたしました、お嬢様。それでは、早速準備に取り掛からせて頂きます。また何か御用がありましたら、及びください」
 主へと忠節を尽くした礼をし、咲夜は音も無く、その場を辞した。
 レミリアは優雅に紅茶を啜り、これから見れるであろう、面白い催し物に思いを馳せる。
「さて……誰がロミオで、誰がジュリエットになるのかしらね?」
 レミリアの呟きと共に吐き出された吐息が、紅茶の、琥珀色の水面に波紋を立てた。



「あれ? どうしました、咲夜さん?」
 不意に紅魔館の門前へと現れた咲夜へと向かい、紅美鈴が問い掛ける。
「美鈴、今から大図書館の方に来て頂戴」
 咲夜は、端的に用件のみを告げた。
「パチュリーさまのところですか? それはいいですが、門番の仕事がまだ……」
 “ちらり”と、紅魔館の紅い門柱を見やる美鈴。
「ああ、それなら、これでいいわ」
 咲夜は美鈴の目の前で、“きぃ”と軋む鉄製の門扉を堅く締め、懐から取り出した札を貼り付ける。
 札には、太字でこう書かれていた。

――本日の営業は終了いたしました。

「じゃあ、行きましょうか」
 忽然と美鈴の前から消え失せる咲夜。
 時を止める程度の能力を用いた、種の無い瞬間移動の手品。
 既にその場を辞した咲夜へと向かい、美鈴は呆然と呟く。
「あのー……これでいいって……咲夜さん? 私の、門番としての存在意義は一体……?」
 “はらはら”と涙を零す美鈴に、夕暮れの空を渡る烏が、優しい言葉を投げ掛けてくれる。

――あほー

 今度、烏天狗が取材に来たら、全力でスペルカードをお見舞いしてやろう。
 美鈴は、堅く心に誓った。



 紅魔館地下、大図書館。
 咲夜は、図書館の主、パチュリー・ノーレッジへと問いかける。
「パチュリー様。探しているものがあるのですが」
「あら、咲夜じゃない。どうしたの? 探し物といっても、ここにあるのは本だけよ」
「探しているのは本ですわ。だから、ここに来ました。ウィリアム・シェイクスピアの、ロミオとジュリエットなのですが」
 咲夜の口から発せられたタイトルを聞き、パチュリーが、意外そうな顔をした。
「あら、貴女にそういう趣味があったなんてね。初耳だわ」
「いいえ、お嬢様の趣味ですわ。出来れば、物語でなく、舞台の脚本が欲しいのですが」
「ああ、確かにレミィは、あの話が好きだったわね。でも……脚本? 確か、あったはずだけれどね。ちょっと待ってて」
 パチュリーは手を“ぱんぱん”と鳴らし、忠実な使い魔を呼びつける。
「小悪魔。ロミオとジュリエットの舞台脚本。確か、西の棚にあったでしょ。持ってきて」
「はーい」
 主たる魔女の言いつけに答え、赤い髪を背中まで伸ばした少女が現れた。
 背に、レミリアのそれよりも一回りほど小さい、蝙蝠の羽を持っている。
「こちらです、どうぞ」
「ありがとう」
 咲夜は、小悪魔より差し出されたロミオとジュリエットの脚本を受け取った。
「一体、どうしたの? 脚本だなんて」
 パチュリーが、不思議そうに問い掛ける。
「いえ、お嬢様が、久しぶりに観劇を楽しみたいと仰いまして。ですが、幻想郷には楽団はいても劇団はいないので……」
「失礼しまーす。咲夜さーん、一体、何のようですかー?」
 咲夜の言葉を遮るように、“ばたん”と扉を開け放ち、美鈴が図書館へと現れた。
「……ああ、美鈴も来ましたね。つまりは、自分たちで、お嬢様のお望みのものをご用意しようかと思いまして。出来ればパチュリー様にも手伝っていただけると、大変に助かるのですが」
 “くすり”と、美鈴を見て微笑む咲夜。
 パチュリーは咲夜の考えを察して、溜息を一つつく。
「咲夜……まさかとは思うけれど……私達でやろうっていうの? あの、ロミオとジュリエットの舞台を?」
「ええ。お嬢様にも許可はいただきました。大丈夫です。練習の時間は、何時までかかってもいいとの事でしたので」
 にこやかに微笑む咲夜の傍。
「え? えっ? 何ですか、一体?」
 美鈴は一人、不思議そうに首を傾げていた。



 レミリアを主賓として招き、舞台の上で、戯曲を披露する。
 当の本人からは、子供のお遊戯レベルでも構わないと、既に許可を取っていると、咲夜は言った。
「問題は誰が、どの役を演じるかです」
 咲夜の言葉に、美鈴が勢い良く手を上げる。
「はーい。私、主役をやりたいです!」
「あら、随分と乗り気じゃない?」
 パチュリーが、意外そうに美鈴を見た。
「こういうのって、結構好きなんですよね。皆で一つの事をやるっていうの。それに、劇をするんでしょう? なら、やっぱり、一番楽しめそうなのは、主役じゃないですか」
「楽しめる……ねぇ。ロミオとジュリエットって、そういう話でもないんだけど。美鈴。貴女、ロミオとジュリエットがどういう話か知っているの?」
「名前ぐらいは知っています」
 美鈴の答えを聞き、パチュリーは疲れたような表情をした。
「やっぱりね。まぁ、有名な話ほど、その内容に触れる機会は、意外と限られているからね。じゃあ、今からロミオとジュリエットの、ざっとした内容を教えて上げるわ。良く聞きなさいよ」
 ロミオとジュリエット。
 イングランドの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲。
 舞台は、14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。
 抗争を続けるキャピュレット、モンタギューの二家に対し、ヴェローナの大公は、再度争った者を死刑にすると告げる。
 キャピュレット家の姪であるロザラインに恋をする、モンタギュー家のロミオは、彼女に一目合おうと身分を隠して、キャピュレット家の晩餐会に忍び込む。
 しかし、そこで彼は居合わせたキャピュレット家の娘、ジュリエットに一目惚れしてしまう。
 ジュリエットもまたロミオを気に入り、ロミオはキャピュレット家の庭園に忍び込み、窓辺に姿を見せたジュリエットと愛を確かめ合い、二人は結婚の約束をする。
 やがて、二人は密やかに礼拝堂で式を上げ、夫婦となるも、式の直後、街でキャピュレット家の者との諍いに巻き込まれ、友人であるマキューシオを殺されたロミオは、キャピュレット夫人の甥であるティボルトを殺してしまう。
 騒ぎを知ったヴェローナの大公は、ロミオを追放処分にする。
 ロミオが追放される前の最後の夜、二人は夫婦として結ばれ、翌日、ロミオはジュリエットの元より去っていく。
 悲しみにくれるジュリエットを見かねて、キャピュレット夫妻は伯爵パリスとジュリエットを三日後に結婚させる事を決めるが、既にロミオの妻であるジュリエットはこれを拒む。
 ジュリエットは、ロミオと式を上げた教会の修道士ロレンスに相談し、ロレンスは、二人が結ばれる為にある策を授ける。
 それはジュリエットに毒を飲ませ、仮死状態にし、ほとぼりが冷めた後にロミオと共に逃げると言うもの。
 ロレンスは策の内容をしたためた手紙をロミオへと送るが、その手紙はロミオの手には渡らない。
 仮死状態になっているジュリエットを見て、ジュリエットが本当に死んでしまったのだと思い込み、自分も毒を飲んで自害するロミオ。
 目覚めたジュリエットはロミオの死を知り、彼の後を追って自害する。
 二人の若者の愛の深さを知ったモンタギューとキャピュレットの両家は、遂に和解する。
「……と、まぁ、こういう話よ」
 パチュリーから物語の概要を聞かされ、美鈴は、しんみりと呟く。
「……何だか、悲しいお話ですね」
「まぁね。オセロやハムレットといった四大悲劇ほどでは無いにしても、悲劇である事に間違いは無いわ」
「でも、綺麗な話ですよね。本当はハッピーエンドで終る話が好きなんですけど。でも、自分の命を顧みないような一途な愛は、憧れますねぇ……」
 美鈴が“うっとり”と、夢を見るように言う。
 その様子を見つめ、咲夜は頷いた。
「そうね。やる気はあるようだし。じゃあ、ロミオ役は美鈴がやりなさい。いいですか、パチュリー様?」
「ええ、いいわよ。私は体調もあるから、あんまりスポットライトが当る役は遠慮しておくわ。それに、ロミオのキャラクターは好みじゃないし。私は、マキューシオでもやろうかしら。小悪魔。貴女、ペンヴォーリオやる?」
 マキューシオと同じく、ロミオの友人であるペンヴォーリオ。
「はい。それでは、僭越ながらペンヴォーリオの役目を頂きます」
 小悪魔が、嬉しそうに翼を動かす。
「じゃあ、もう一人の主役のジュリエットだけど……消去法で行くと、咲夜になるわね」
「私……ですか? しかし……」
「はーい! 私も、咲夜さんが適任だと思います」
 言いよどむ咲夜を遮り、美鈴が、賛成の意をいち早く示した。
「そうね。私も、そう思うわ。『あのひとは松明に輝き方を教えているようだ。まるで夜の頬に掛かる宝石さながら』……作中における、ロミオの台詞よ。貴女は、確かに美人だし。ジュリエットの役目にはぴったりでしょう」
「パチュリー様? 褒めても、何も出ませんよ?」
「本当の事よ。では、決をとりましょう。咲夜がジュリエットを演じることに賛成の者は?」
「はーい!」
 一際勢い良く手を上げた美鈴以下、パチュリー、小悪魔と、三人の手が淀みなく掲げられる。
「では、これで決定ね。ジュリエット・咲夜?」
「もう……判りました。それでは、私がジュリエットの大役を務めさせて頂きます。よろしくね、ロミオ・美鈴?」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
 咲夜と美鈴が、共に頷きあった。
「さて、ロミオとジュリエットには、他にも多くの登場人物がいるのだけれどね。モンタギュー夫妻にキャピュレット夫妻、パルサザー、ティボルト、ジュリエットの乳母にロレンス、ジョン。パリスに、エスカラス役も決めないとね。舞台装置は、妖怪の山の河童たちに発注しましょう。曲は、何時もどおりプリズムリバー楽団で良いかしら?」
「ええ、その心算です。それと、他の役についてですが、天狗の新聞に募集広告を出そうかと思います。多少でも謝礼を出せば、何人かは集まってくれるでしょう。それでも、本職の劇団を一日雇うより安くつく筈です。いざとなれば、紅魔館妖精メイド四天王に任せますわ」
 咲夜の口から発せられた耳慣れぬ言葉に、美鈴が驚愕の声を上げる。
「なっ……紅魔館妖精メイド四天王……!?」
「知っているの、美鈴?」
「いいえ。知りません」
「なら、驚くんじゃない」
 パチュリーが、手に持った本の角で、美鈴の頭を叩いた。
 “がすっ”と洒落にならない音が響く。
「ぬおぉ……!!」
 “ぴくぴく”と身体を痙攣させる美鈴を無視して、咲夜が答える。
「ああ、私が勝手に呼んでいるだけです。紅魔館で、一番働き者の妖精メイドたちの事ですわ」
「あ、そう。まぁ、人が集まらない時は仕様がない。妖精の手を借りましょうか。練習やら、後の話は、もっと人が集まってからね。でないと、さすがにこれ以上の打ち合わせは不可能だわ」
「そうですね」
「ああ、そうだわ。打ち合わせはともかく、自主的な練習は別ね。主役なら、覚える台詞も量があるし。はい、これ。さっき咲夜には渡したから、美鈴にも……って、貴女、何時まで痙攣しているの?」
「だ、だって……広辞苑が……角が……」
「あら。世の中には酷い事をする奴がいるものね」
 手に広辞苑を持ったまま、いけしゃあしゃあと言い放つパチュリー。
 パチュリーの手からロミオとジュリエットの脚本を受け取り、美鈴は涙を拭った。
「……ぐすん。ありがとうございます……」
「どう致しまして。さて。じゃあ、今日は解散かしら。咲夜。また何か進展があったら、呼んで頂戴」
「はい、パチュリー様。お時間をとらせまして、申し訳ありませんでした」
「うう……ありがとうございました」
 咲夜と美鈴は礼をして、図書館を後にする。
 パチュリーは読書に戻り、ふと呟いた。
「美鈴と咲夜が、ロミオとジュリエットねぇ……あのシーン、果たした二人は、どうやって演じるのかしら?」
「あのシーン?」
 小悪魔が、不思議そうに主へと問い掛ける。
 パチュリーは悪戯な笑みを浮かべ、使い魔の問いに答えた。
「ああ、ロミオとジュリエットにはね――」




 紅魔館、門前。
 紅い門柱に背を預け、月と星と湖の明りを頼りに、美鈴は、ロミオとジュリエットの脚本を読み込んでいた。
 一通り脚本を読み込んだ後、美鈴は、顔を真っ赤にして、“ぱたん”と脚本を閉じた。
 軽々しく主役を引き受けてしまった事を、今は後悔さえしている。
 いや、他ならぬ主役を希望したのは自分ではあるのだが、かといって、これはあんまりだろうと思う。
「どうしましょう……この脚本どおりに演じるとなると……」
 自分は咲夜と――。
 そのシーンを演じている自分と、咲夜の様子を頭の中に思い浮かべ、美鈴は更に赤面した。
「なんでこの話……こんなにキスシーンが多いんですかー!?」
 美鈴は元来、そういった、艶めいた話には疎い。
 さすがに女同士とは言え、動揺を禁じえない。
「おまけに……咲夜さんとベッドシーンって……どうやって演じればいいんですかー!?」
 夜の霧の湖に、美鈴の叫びが、虚しく木霊する。
「無理です! 私には、絶対に無理っ!」
 頭を抱え、“ごろごろ”と地面を転がる美鈴。
 それもそのはず。
「だって私、キスどころか、誰かと付き合った経験も……あまつさえ、ベ、ベッドシーンだなんてっ!」
 人間より遥かに長い寿命を誇る妖怪は、恋愛感のそれも、人間とは異なっていた。
 百年以上を生きてきた美鈴ではあるが、いまだ、誰かをそういった対象として見た事は無い。
 そういう相手が、必要だと思った事もない。
 せいぜいが、図書館から借りて来た外の世界の漫画を読んで、憧れる程度。
 美鈴にとって、ロミオとジュリエットの脚本が要求する演技は、難易度が高すぎる。
 第一、ベッドシーンとは何だ。
 キスシーンは判る。
 こう、つまりはあれだ。
 自分の唇を、誰かの唇とくっ付ければいい。
 なんて言うか、“ちゅう”とか言う擬音と共に、この場合は咲夜の唇と自分の唇を触れ合わせる。
「えーと、つまり……」
 ちょっと、頭の中で想像してみた。
 脚本を見る限り、自分から咲夜へと口付けをするシーンが、圧倒的に多い。
 14世紀のイタリアの恋愛感を考慮するに、それも当たり前の話。
 目を閉じた咲夜に、ゆっくりと自分の顔を近づけ、やがては二人の顔は互いの吐息がかかるほどの距離へと近付く。
 そして、やがては零となり、唇同士が触れ合う。
「にやぁーっ!? む、無理ぃー!?」
 “ごろごろ”、“ごろごろ”。
 もう一つおまけに“ごろごろごろ”。
「こんな……じゃあ、ベッドシーンなんか……!」
 一応、これでも百年以上生きてきた妖怪だ。
 何をすればいいのかぐらい、理解している。
「よ、ようは二人で、お蒲団の中で、裸で抱き合って眠ればいいんですよね? そうすればコウノトリさんが赤ちゃんを運んできてくれて……え、違う? あ、そうですか……そうですよね……」
 だから、あれだ。
 ようは蒲団とかベッドとか野外とか、とにかく二人きりになれる場所で、生まれたままの姿で、いや、中には服を着たままもあるかも知れないが、とにかく、互いに抱き合って、或いは一方に跨って、のし掛かられて、ニャンニャンすればいいだけの話。
 簡単、簡単。
「てぇっ!? 出来るわけ無いでしょうっ!? それも、お嬢様の見てる前で! 第一、咲夜さんも私も、女ですよっ!?」
 またも“ごろごろ”、“ごろごろごろ”。
 傍から見ている分には実に愉快な動作を一通りやってから、美鈴は“ぜいぜい”と肩で息をする。
「い、今からでも主役を誰かに変わってもらって……ああ、でも自分からやりたいって言っちゃったし……!」
 美鈴は、自分の脳内で、自身の妄想に追い詰められるだけ追い詰められてから、名案を閃いた。
 それは例えるならばスペルカード戦で、残機も、ボムも使い切った状態で、相手の放つ弾幕に包囲され、逃げ道を無くした時の状況に似ている。
 人は八方手詰まりとなった時、思いもかけぬ名案を思いつくものだ。
 美鈴が思いついた名案は、先の例に照らし合わせれば、気合でよければいいんだと思いついた時の閃きにも匹敵している。
 それがそもそも出来ないから、そういう状況に追い込まれたのだと言う事を、存外、人はあっさりと忘却せしめるものだ。
「そうですよ! このシーンは、つまり私と咲夜さんが演じるわけですから…やり方が判らないなら、咲夜さんに聞けばいいんです……!!」
 美鈴は、自分の天啓にも似た閃きに希望を見出す。
 こんな簡単な事に、どうして今まで気付かなかったのかと。
 全く、さっきまでの自分のうろたえぶりが、滑稽で仕方が無い。
「さて、そうと決まれば膳は急げです! 今なら、丁度、咲夜さんは夕食の片づけも終わり、暇なはず!」
 思い立ったが吉日と、美鈴は自分の職務を放棄して、脱兎の如く館へと向かい駆け出す。
 閉ざされたままの門扉に貼り付けられた、本日の業務は終了いたしましたと太字で書かれた札だけが、一連の美鈴の行動を見つめていた。
 もし仮に、その札に口があれば、走り去っていく美鈴の背に対し、このような言葉を投げ掛けたに違いない。
 曰く。

――もう紅魔館の門番、本当に私でよくない?

 と言った類の事を。



「あら、美鈴。どうしたの? 門番の仕事は?」
 咲夜は仕事の手を止め、変に服を泥だらけにしている美鈴の姿を、不思議そうに見つめた。
 咲夜の周りで仕事を手伝っていた妖精メイドたちも、手を止めて、何事か美鈴の姿を見る。
「はぁ……はぁ……咲夜さん……!」
 息も絶え絶えに、血走った目で咲夜を見つめる美鈴。
「な、何かしら……?」
 さすがに尋常ならざる雰囲気を察し、咲夜が思わず後じさる。
 美鈴は、咲夜の様子など目に入っていない様子で、“つかつか”と咲夜に近付き、その肩を掴んだ。
「ちょっ……本当にどうしたの、美鈴?」
 周囲の妖精メイドたちも、美鈴の尋常ならざる様子に、その一挙手にまで注意を払う。
 美鈴は、乱れた呼吸を整えるように、大きく息を吸い込んだ。
 そして咲夜へと向かい、その疑問を口にする。
「咲夜さん! あの……私、本当に咲夜さんにキスしたり、咲夜さんを抱いたりしてもいいんでしょうかっ!?」
 時が凍りついた。
 無論、咲夜の能力によるものではない。
 周囲で聞き耳を立てていた妖精メイドたちの間にも、沈黙と動揺が広がっていく。

――あれ、私は一体何を……? 何か、今とんでも無い事を口走ってしまったような……?

 美鈴がふと自分の言動を鑑みてみるも、時既に遅し。
 最早、取り返しのつかない言葉が、他ならぬ美鈴自身の口から放たれた後だった。
 思わず、周囲を見回してみる。
 顔を真っ赤に染め上げた妖精メイドたちが、何やら桃色の空気を纏いながら、美鈴と咲夜を見つめていた。
 ついで、咲夜へと視線をうつす。
 まるで抱き合う寸前のような、或いは口付けの寸前のような格好になっている自分の腕の中で、顔を赤くして震えていた。
 見開かれていた咲夜の目が、だんだんと据わっていく。
「あ……あの、咲夜さん……? これは、ちがっ……その、だから咲夜さんを、どうやって抱いたらいいか聞きたかっただけで――」
 何やら頭の中が真っ白になってしまい、自分が、一体何を口走っているのかさえ判らない。
 “ぎらり”と、咲夜の澄んだ蒼い瞳の中、凶悪な光が見えた。
 光の加減か、咲夜の瞳が、蒼から紅へと変わったような気さえする。
「え。なに、なに?」
「まさか、美鈴さんとメイド長が?」
「私、前からあの二人は怪しいと思ってたんだよねー」
「そんな、私の美鈴さんが!」
「私はメイド長の方が……」
「私、メイド長とお嬢様だと思ってたのにー」
「馬鹿ね。だから言ってたでしょう。メイド長には、美鈴さん以外考えられないって」
 きゃあー、と言う妖精メイドたちの黄色い悲鳴。
 それを背景に、美鈴の腕の中、遂に咲夜の我慢に、限界の時が訪れた。
 正確には、既に限界だったものが、周囲の刺激を受け、噴火の時を迎えただけ。
「一体……何を血迷ってるの貴女は――ッ!!」
 咲夜の怒声と共に放たれた幾本もの銀のナイフが、狙い過たず美鈴の身体へと突き刺さる。
「にやぁっ――!?」
 美鈴の断末魔の叫びが、紅魔館中に響き渡った。



 紅美鈴と十六夜咲夜を中心として巻き起こった、時ならぬ艶話。
 これが後に、幻想郷を騒がせた、紅魔館のロミオとジュリエット異変の、最初の物語だった。
どうも、早苗月翡翠です。
今回は、自分の好きな美鈴と咲夜の話です。
結果が、御覧の通りです。
思ったよりも長くなってしまいましたので、分割致します。

それでは――読んでくださって、どうも有難うございました。
心から、感謝いたします。
早苗月翡翠
http://
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コメント



0.2650簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
いわゆる一つの理想を見た。この美鈴はほんと可愛い。
5.100名前が無い程度の能力削除
にやにやしちまったから続きを待ってます
めーさく万歳
9.100名前が無い程度の能力削除
お、なんか面白そう。これは期待。
11.100煉獄削除
美鈴の反応などにニヤニヤしてしまいますねぇ。
続きを楽しみにしています。
14.90名前が無い程度の能力削除
ちょっと美鈴の扱いが…と思うところはありましたが、転がる美鈴の可愛さに負けたので。
続きが楽しみです。
17.90名前が無い程度の能力削除
2828せざるをえない!w
19.無評価名前が無い程度の能力削除
続きに期待!!!

しかし、広辞苑は痛いだろw
20.100名前が無い程度の能力削除
↑点数忘れ OTL
21.100名前が無い程度の能力削除
にやにやした。
続き待ってます!
31.100名前が無い程度の能力削除
いいセンスだ。   

……「オセロ」と「ハムレット」を『オセロット』って読んだ自分が恥ずかしいwww
33.100名前が無い程度の能力削除
これからが気になる!
2828して待ってます。
34.90名前が無い程度の能力削除
期待していますぞ~
ちゅっちゅ
37.100名前が無い程度の能力削除
めっちゃいいところでw
続き楽しみにしています。
めーさくいいよめーさく
38.100名前が無い程度の能力削除
これは面白いwww続き読んできますwww
44.100名前が無い程度の能力削除
幸先がいいぞ!!

レミリア。
貴様、運命を見ているな!