Coolier - 新生・東方創想話

懐中時計

2009/11/27 00:00:12
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※咲夜さんがお婆さん


 花模様のカップが、かちゃかちゃと揺れた。私は咄嗟に自分の手を見下ろした。手全体が小刻みに震えている。そして、カップを持つ手は皺が目立ち、骨ばっていた。細くて、頼りない。カップをトレーの上に置き直すと、私は息をついた。椅子に座っていたお嬢様は顔を顰めている。早く紅茶を注がなければと思いつつも、私は全身を取り巻く気だるさに、そろそろかと悟ったような感慨に耽ってしまった。
 「恥じることはないわ。何者も等しく終わりを迎えるものなのだから」
 お嬢様は突然、身を乗り出すと、自分で紅茶をカップに注いで一口飲んだ。その様を情けなく思った。メイドである私がご主人に自ら紅茶を注がせるとは、呆れてしまう。ものも言えなかった。
 しかし、お嬢様ももう随分前からこうしてご自分で行動を起こすことが多くなった。私の体はひたすらに老いを抱き始めている。それを考慮してのことなのだろうと感謝の念を抱きつつも、要らぬ世話だと思った。私にとってこれは一つの裏切りだ。老いと比例して、行えることも少なくなってきた。時期に寝たきりになるだろう。そうなれば、こうしてアフタヌーンティーに主の傍に立っていることすらできなくなるのだ。だからこそ、お嬢様のこうした行動は、私を要らぬものだと言っているように思える。これは裏切りなのだ。私は裏切られているのだ。
 そして同時に、私はお嬢様を裏切っている。

 「どう? 老いは怖ろしいかしら。だから言ったでしょう、あなたのその力を使えば幾らでも若くいられるのよ、って」
 お嬢様は唐突にそう言った。私はまだ漠然とした感慨に耽っていたが、お嬢様の声で意識が浮上する。暫し黙り込み、それからふるふると首を振った。
 「確かに、老いは怖ろしいものです。けれど、もしも私が力を使い幾らでも若いままになれたとしても、死は来るのです。逃げ道はない」
 「あら、あなたにしては良い考えね。私も同感よ」
 お嬢様は少しばかり引き攣ったように笑い声を上げ、また紅茶を一口飲んだ。
 「けれどね、あなたが死んでしまうと困ることもあるのよ。ほら、美鈴は真面目に門番もしないし。フランだって遊び相手が居なくて困るでしょう。それに、私にも」
 お嬢様は目を伏せると、長い睫毛を震わせながら口元だけを緩ませた。
 「アフタヌーンティーに付き合ってくれる"人"が、いなくなるでしょう?」
 私は沈黙した。頭の中でいろいろなことを考えてはみるが、お嬢様の気に入りそうな切り返しは見つからなかった。
 幾らお嬢様がそう言ったとしても、最早ここまで来てしまえば老い、醜くなって死んでいくことに抵抗はなかった。確かに、私が死んでしまったら……と考えることもあるが、そのどれもがどうにもならないことではない。どうにかなることなのだ。全て残されたものの幾らかの努力で埋まる穴。私の死は、ただの一人の人間の死でしかない。なにものも残しはしない。

 「……あなたの手」
 お嬢様が呟いた。私はその声がかすれたようにしか聞こえなかった。とうとう聴力まで、と悲しみよりも諦めが胸を叩く。お嬢様は私の皺だらけの手を取った。
 「皺だらけね」
 お嬢様の声を聞き漏らさないようにと耳を澄ました。
 「でもおかしいの。あなたの綺麗な頃の手が、重なったように私には見えるわ」
 「手、が?」
 「ええ。顔もよ。若く、快活な笑みが見える」
 ふと顔を上げたお嬢様の目は、何かを言いたそうにも見えたが、私は唇を閉じた。
 「あなたが死んだ後もきっとそうだと思うの。あなたの綺麗だった頃の姿が私の網膜に焼き付いているんだもの、きっとあなたが居なくなった後も、私はあなたの綺麗だった頃の姿をこの目に映すわ」
 お嬢様は微笑んだ。けれど、その笑顔もとてもぎこちなく、今にも落ちてしまいそうだ。
 「時計の針を、戻すことは、もうできないのね」
 私の手を握ったまま、お嬢様はその皺だらけの汚い手に唇を寄せた。


 「ええ、もう、針は進むしか、ないんですよ」
 その声はあの綺麗な頃の声だっただろうか。
咲夜さんが老いて死んじゃう、ってなったらどうなるんだろうと思って、少し咲レミっぽく。
初投稿、拙い文章で申し訳ありません。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
mishima
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コメント



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1.40名前が無い程度の能力削除
少し短すぎる気がします。
起承転結を基本につなげばもっと面白くなりますよ。
期待してます。
3.70煉獄削除
少々短いですけど、でも咲夜さんとレミリアの会話や話の雰囲気など面白かったと思います。
5.60名前が無い程度の能力削除
若い頃の咲夜さんに拘るという心情はもっともらしいのでしょうか。
雰囲気はいいのですが少し引っかかりました。
7.70名前が無い程度の能力削除
いいと思うけどよく見るネタなのでこの点で
11.100 削除
短いけれど、二人の関係や愛着が全て凝縮されていると思った。レミ咲派の俺には大変満足な作品でした。