Coolier - 新生・東方創想話

めぐりあい地中

2009/11/19 19:40:19
最終更新
サイズ
21.42KB
ページ数
1
閲覧数
1406
評価数
3/52
POINT
2560
Rate
9.75

分類タグ


 額から一本角を生やした鬼――星熊勇儀は地上へ通じる縦穴を昇っていた。いつも持ち歩いている大きな杯も今は無く、全くの手ぶらである。
 大分の昔に地底に移り住んで以来、地上に大した執着も無くなった勇儀がこの道を通るのは初めてであった。

「あら、鬼が出て行くなんて珍しい」

 その地底と地上とを繋ぐ縦穴の守護者、水橋パルスィは呟いた。

「しかもなんだか楽しそうね。……そうだわ、ヤマメ、キスメ!」

 勇儀は相当酔っているのか、頬を染めて鼻歌まで歌っている。そのご機嫌な様子にイラッとしたパルスィは、たった今まで一緒にトランプをしていたヤマメとキスメを呼ぶ。

「どったの、パルスィ? また地上から何か来たの?」
「地上じゃないわ、地下からよ」

 この縦穴の側面には、ちょくちょく横穴が開いており、そのうちの比較的大きな穴でパルスィたちは遊んでいたのだ。奥の方でトランプをしていた最中、不意に何かを察知したパルスィが様子を見に来、そのパルスィに呼ばれた二人も縦穴の方へ出て来た。
 そしてパルスィが親指でくいっと示した方に勇儀の姿を認めると、ヤマメは驚いた。

「ありゃあ星熊勇儀じゃないか! 何だってこんなところに」
「あら、知ってるの?」
「知ってるも何も、あいつは旧都のトップだよ。鬼の中でも、そんじょそこらの雑魚とは桁違いのやつさ」
「へぇ、流石旧都の人気者は物知りね」
「ちょ、睨まないでよ!? 私だって直接話したことはないけど、酒屋で何度か見かけたことがあるのさ」
「ふーん」

 ヤマメは旧都の方にもよく遊びに行くので、勇儀のことも知っていた。一方、あまり旧都の方へは赴かないパルスィは、ヤマメから初めて勇儀のことを聞いた。そして少し考える仕草をすると、

「悪戯してやりましょう」

 と言ってにやりと笑った。
 これは鬼を見つけた時から既に考えており、その正体を知ってからも気は変わらなかった。むしろよりやる気が増したかもしれない。

「ちょっ、相手は鬼の中の鬼、オニ、アマング、オニーズなんだよ? もし怒りを買ったらどうなるか」
「あら、臆したの、ヤマメ? キスメはどう?」
「……」

 話を振られたキスメは、それに無言で返す。無言、ではあるが、その瞳はきらきらと輝き、「オラ、ワクワクすっぞ」と言わんばかりのオーラが滲み出ている。

「じゃあ私とキスメの二人でやるから、ヤマメは見ているだけでいいわ。あぁ、でも旧都のトップをからかえるなんて機会、果たして次はいつ来るかしらねぇ」

 大仰に残念がるパルスィに、ヤマメは俯き、

「誰がやらないって言ったよ」
「あら、無理しないでいいのよ? 震えてるじゃない」
「わかりきったこと訊かないでよね。こいつは当然……」

 顔を上げたヤマメは、不敵な表情を浮かべていた。

「武者震いさ」





「ふっふっふ、来おったわ。酔うた獲物が揚々となぁ」
「ヤマメ殿、そちも悪よのぅ」
「いえいえ、パルスィ殿程では。きっしっし」
「ふふふっ」
「くすくすくす」

 縦穴の側面の横穴は、蟻の巣のように複雑に入り組み、穴同士が繋がっていることもある。しかし普段ここで遊んでいる三人はこの地形を完璧に把握しているため、勇儀から身を隠しながら先回りすることも容易い。
 下の方から徐々に近付いてくる勇儀に向けて、悪役顔を繕おうともしない三人は、早速行動に出た。

「ではキスメ先生、お願いします」

 パルスィの合図にこくっと頷き、

「ぼらぼらぼらぼら」

 キスメは謎の呟きとともに大量の鬼火を降らせた。

『落ちろ! カトンボ!』

 パルスィとヤマメは横穴から身を乗り出して、今頃鬼火を食らって慌てふためいているであろう勇儀の姿を見る。

『んな!?』

 が、そこには空中をゆったりと漂いながら、ふらふらとした動きで全ての鬼火を避け切る勇儀がいた。
 その光景にムッときたキスメは、さらに鬼火の量を増し、一つ一つの大きさもでかくした。が、勇義はそれでものらりくらりとかわし、たまに頭の上にきた鬼火を手で払い落としていた。

「さっきからな~にが降ってきてんだい? ん~、落石かなぁ」

 全く応えた様子の無い勇儀にぶちギレたキスメは、桶ごと体当たりをかました。

「釣瓶落としの真髄、ここに見せる」
「んぁ?」

 と、そのタイミングで勇義が上を向いた。それにより額から伸びる角も真っ直ぐ上を向く。

『!? 危ないっ』

 桶は急には止まれない。キスメの入った桶はそのまま勇義の頭に落下し、逞しい一本角が桶を貫通した。

《き、キスメぇーっ!》

 心配する二人だったが、角が刺さったのが桶の端の方だったおかげでキスメは無事だった。しかし桶の底から突然角が生え、鼻をかすめていった恐怖によりガクブル状態である。キスメの鼻があともう少し高いか、体を前に傾けていたらと思うと、考えるのもおぞましい。

「ん~、これは? ……桶か。しかし重いねぇ」

 桶は頭にもしっかりぶち当たった筈なのだが、まるで何事も無かったかのように桶を角から引っこ抜き、中を覗いて見る勇義。

「あぁ、人が入ってたのか。……ちょいとお前さん」

 桶の中で、両手で頭を抱えてうずくまっていたキスメは、じと~っと睨まれてだらだらと冷や汗を流していた。が、いぶかしむような顔をしていた勇儀はそれをパッと明るいものに変え、

「この桶くんないかい? これならいっぱい酒が入りそうだ」

 その言葉が聞こえたヤマメとパルスィはずっこけた。
 言われた当のキスメは涙目でぶんぶんと首を横に振る。

「あ、そう? 残念。あ~、でも穴開いちゃってるな。これじゃ酒は入れられないし、どっちみち駄目か」

 そう言われて改めて桶の底を見て、自分のお気に入りの桶に穴が開いてしまったことと、駄目だと言われてしまったショックのあまり、気絶するキスメ。

「そうだ、今度自分で作ろうっと」

 勇義はキスメの入った桶を近くの横穴にそっと置き、また地上に向けて進み出した。

「くぅっ、キスメ、あなたのことは忘れないわ」
「仇は私が取ってあげるからね!」

 キスメという尊い犠牲を乗り越え、パルスィとヤマメは再び先回りする。





「キスメを倒したことは褒めてやろう。だがやつは三人衆の中でも最弱、今度こそ仕留めてやる」

 かなり先回りしたため、まだ勇儀の姿は見えていない。今のうちにヤマメは仕掛けをしておくつもりなのだ。

「キャプチャーウェブ!」

 ヤマメの掛け声とともに手の上に毬のような物が現れ、それが弾けると縦穴に蓋をするように蜘蛛の巣が広がった。ちなみにスペルカードや弾幕ではなく、本当に蜘蛛の巣である。

「これであいつも通れまい!」

 出来上がった蜘蛛の巣は何重にもなっており、ほとんど隙間は無かった。

「なんという悪、なんという非道! 許せるっ!」

 あまりに隙の無い嫌がらせにパルスィのテンションも上がる。と、だんだん勇儀が近付いてくるのが見え、二人は慌てて近くの横穴に身を隠した。

「ふん、ふん、ふ~ん、ふふふふふん? 何だ、この壁?」

 いきなり行く手が塞がれて戸惑う勇儀。

「行き止まりか? 『横穴は迷うから素人は入るな』って言われてるしなぁ。いや、でも誰もこんなとこに壁があるなんて言ってなかったよなぁ」

 呟きながら巣に触れた。すると、

「こ、これはっ!?」

 さらさらと滑らかな手触り。弾力性があり、なのに表面はふわふわとした壁は、大量の糸が張り巡らされたものだ。と、ようやく気付いた勇儀は、そのまま巣に向かってダイブした。

「なんて気持ちいいんだ~」

 まさかの行動にそれを見ていた二人もぎょっとする。

「何あいつ、自分から飛び込んだわよ?」
「わからない、鬼の考えってわからない」

 ヤマメは頭を抱えたが、実際には“鬼”だからではない。蜘蛛の巣だとわかってて突っ込むアホは鬼にもいない。つまり、正しくは「酔っ払いの考えはわからない」である、どうでもいいが。
 はしゃぐ勇義の体にはどんどん糸が巻き込まれ、絡み付いていった。

「あぁ~あ、あんなに巻き込んじゃって」
「こりゃ助け出すのも一苦労ね」

 と、溜め息を吐きそうになる二人をよそに、がんじがらめになった勇儀は両手両足を引っ張り、絡みついた糸を壁から剥がした。

《ウソぉ!?》

「壁かと思ったら膜だったね。いやぁ、こりゃいいもん見つけたわ。最近寒くなってきたし、持って帰って毛布にしよ~っと」

 嬉々として、まだ壁に張り付いている糸まで引き剥がしていく勇儀。

「や、ヤマメの糸が……」

「ふ、ふふふふふ、流石は鬼のリーダーね。並の力じゃあの糸はビクともしないってのに。でも、そのせいでこの私を本気にさせてしまった。かわいそうに、もう反省しても遅いわ」
「ヤマメ、こわい」

 怪しい光を瞳に宿して笑うヤマメは、パルスィさえもビビらせた。





 先ほど絡め取った糸は帰りに回収しようと手ごろな横穴に置き、勇儀は改めて縦穴を昇り進めて行く。
 しばらくして、また白い膜に出くわした。

「ありゃりゃ、またかい?」

 頭を掻く勇儀の様子を見つめる影二つ、お得意の先回りである。

「三度目の正直よ」
「ふっふっふ、その糸に触れた者は死ぬ!……わけではないけれど、神経が麻痺して動けなくなるわ」
「それって何ていう病気なの?」
「えっ」
「えっ」
「なにそれこわい」
「……」

 とにかく今度の蜘蛛の巣はヤマメのとっておきで、危険なものであったが、そうとは知らない勇儀は手を伸ばし、その密集した糸の壁をちぎっていく。

「あいつ普通に動いてるけど?」
「大丈夫、効果は徐々に表れるわ」

 ちぎっていく。

「まだなの?」
「そろそろよ」

 ちぎっていく。

「ねぇ……」
「あいつ、やせ我慢してるのさ!」

 ちぎり終えた。

「……」
「そ、そんな、私のとっておきがっ」

 さっきといい今度といい、自慢のトラップがことごとく破られてしまったことにより、プライドを傷付けられたヤマメはすっかり落ち込んでしまった。今は横穴の奥の方でうずくまっている。

〈せめてあの鬼の豪傑っぷりを妬んだりしてくれれば、私の能力でショックを和らげてあげられるんだけど、……ヤマメは良い子だからね〉

 ヤマメの性格上、相手を妬むより自分の駄目さに塞ぎ込んでしまうのだ。
 ここで「本当に良い子はまずこんな悪戯はしないだろう」とは思ってはいけない。彼女らは必死だ。

「キスメ、ヤマメ、あなたたちの分まで私、やってやるわ!」

 大切な友人たちを(勇儀にその意思は無かったとしても)傷付けられ、怒りに燃えるパルスィ。

「さぁ、受けてみなさい、この私の体を通して出る力を! あなたの妬みを大増量、嫉妬ぶぃ~、んむっ」

 パルスィは両の掌を勇儀にかざし、その手から放たれた緑のビームは、へにょりへにょりと特殊な弾道を描き、勇義に直撃した。

〈勝った! 『めぐりあい地中』、完!〉

「ぅわ、何だ今の? 眩しかったなぁ」

 しかし勇儀に変化は無い。

「!? ……っ、しまった!」

 パルスィは己の重大なミスに気がついた。相手は一人、しかも酔っ払っててご機嫌だ。これでは嫉妬の対象がいない。ありもしない嫉妬心を増やそうとしても意味は無い。

〈完っ敗だわ〉

 その場にくず折れるパルスィ。そこへ、

「あの~、もしもし?」

 あろうことか勇儀が話し掛けてきた。
 見つかってしまった。しかし(勝手に)打ちひしがれたパルスィにはもはやどうでもいいことだった。その場で仰向けになって手足を投げ出す。

「ふっ、何よ、行きなさいよ、行けばいいじゃない。せいぜい地上で楽しくやってくるといいわ」
「ちょいとお前さん」
「あら、地上に行く前に私をしばき倒すつもり? ふん、いいわ、煮るなり焼くなり切るなり炒めるなり蒸すなり味付けするなりしないなり以外、好きにしなさい!」
「それ、何もするなって言ってるだろ。いや、ていうか私は地上に行くつもりなんて無いんだけど」
「はいはいそーですかどうぞご勝手に……へ!?」
「よいしょっと」

 勇儀の言葉にガバッと上半身を起き上がらせるパルスィ。勇儀はパルスィがいた横穴の少し奥の方に入り込み、腕に巻き取って束ねたヤマメの糸を降ろしていた。

「え、地上に行かない? じゃあ何でこんなとこ通ってんのよ」

「さっき仲間と酒飲んでたんだけど、そいつらが面白い話してくれてさ。『地上への通り道には橋姫とやらがいて、通る奴らを賑やかに送り迎えしてくれるらしい』ってんで、興味が湧いちゃってさぁ。聞いた話じゃもうとっくに会っててもいい頃なんだけど、お前さん、その橋姫とやらがどこにいるか知らないかい?」

 笑顔で尋ねてくる勇儀に、パルスィは深く溜め息を吐いた。

「おぉ? どうかしたか?」
「どうしたもこうしたも、馬鹿らしいったらないわ。あんたも、私たちもね」
「?」

 地上に向かってうきうきしている鬼をからかってやろうと思ったら、勘違いだった。さらに今まで縦穴を通るやつらを邪魔していたのが、“賑やかな送り迎え”程度にしか思われていなかったことも、割とショックであった。
 そんなことなど全く理解していない表情の勇儀。その鈍感さにイラついたパルスィは、

「あんた、さっきからここに来るまでにおかしな事は無かった?」
「おかしな事? いや、特に」
「あったでしょ!? 火の玉が振ってきたりっ、でっかい桶が振ってきたりっ、道が塞がれてたりっ、緑の光に包まれたり!」
「あぁ、あったあった、よく知ってるなぁ」
「当たり前でしょ、私たちがやったんだから!」

 言ってしまった。自分たちの所業を白状してしまった。パルスィは自分のらしくない行動に内心戸惑っていた。

「お前がやったのか? いや、『私たち』ってことは他にも……」
「そうよ。でも他のやつらは私がけしかけたの。だから仕返しするなら私だけにして」

 半ばヤケクソになって言うパルスィは、勇儀の手が自分の肩に置かれた瞬間、ビクッとして縮こまり、

「いや~、そっかそっかぁ、凄く楽しかったよ! うん」

 と笑顔で言われて呆けてしまった。

「は?」
「なぁ、もしかして君が橋姫かい?」
「えっ、あ、ま、まぁ、ね。ここらへんにいる橋姫って言ったら私だけど」
「や~っぱりー! なかなか会えないと思ってたら、もうとっくに歓迎してくれてたんだなぁ。ごめんごめん、気付かなかったよ」
「……」
「せっかくあんな面白い仕掛けをしててくれたのに、私ったらもうっ、やだねぇ、これだら酔っ払いは」

 大口を開けて笑う勇儀に、パルスィは「ホントよ、これだから酔っ払いは」と心底呆れ果てていた。が、何はともあれ、どうやら咎められることは無さそうなので一安心である。

「ところで他のやつはどこにいるんだ?」
「あっ、そうよ、迎えに行かないと!」

 自分を目当てに来た相手を邪魔しようとし、そのせいでキスメとヤマメを落ち込ませることになってしまったのだ。まずは謝らなければ。

「ほい」

 パルスィが立とうとするのを見て、勇義が手を差し出した。

〈そうだ、こいつにも謝らないと〉

 企みは失敗し、当人も楽しんでいたとは言え、嫌がらせをしたのは事実である。

「ごめんなさいね」
「ん? 何が?」

 きょとんとした顔をする勇儀に、パルスィはつい笑ってしまい、

「ふふっ、何でもないわ」

 右腕を伸ばした。そして立つのを手伝おうとした勇儀がその腕を掴んだ瞬間、

「ありが……っ!? いだだだだっ、いだいいだいいったーいっ!」

 とんでもない力で握り締められてパルスィは悲鳴を上げた。慌てて手を離す勇儀。

「あぁっと、こりゃすまん! 今、なんか全身の感覚がおかしくてさ。どうやら加減が出来なかったみたいだ」

 勇儀自身も慌てている様子を見ると、どうやら嘘ではないようだ。

〈こ、こいつ、ヤマメの病気にはかかってたのね!?〉

 ヤマメのトラップは効いていた、そう思い至った瞬間、


「おーい、ヤマメー! あんたのとっておきはちゃんと効いてたわよ!」

 パルスィは大声でヤマメを呼んだ。その声は洞窟内を反響し、穴の奥で体育座りをしてぶつぶつ呟いていたヤマメの耳にまで届いた。

「本当!?」

 ピクッとしてガバッと立ち上がり、ダバダバと駆け寄ってくるヤマメ。あっという間にパルスィと勇儀の前に姿を現すと、すかさず勇儀の方に詰め寄った。

「あんた今感覚ないの?」
「ん?あぁ」
「これでも?」

 ヤマメは勇義の腋の下あたりを思いっきり抓った。

「さっぱり」
「うぉっほほーい! やっぱりあたしの能力は最強だぁ!」

 自分のとっておきがちゃんと効果を発揮していたことに有頂天で飛び跳ねるヤマメ。しかしすぐにハッとして動きを止める。

「って、じゃあ何で普通に動けてんの?」
「いや、感覚は無いけど動かせはするみたいだからさ。こう頭ん中で普段体を動かしてる時の感覚をイメージしてみたら、結構上手いこといけちゃってさ」

 何でもないように答えた勇儀だったが、ヤマメは愕然とした。

「あ、あり得ないっ」
「そんなに驚くこと? どれくらい凄いの?」
「丸二日間正座して痺れた足で百メートル全力ダッシュするぐらい」
「凄っ!」

 パルスィは足が震えた、恐怖と謎のむず痒さで。

「ヤマメ、あなたは凄いわ。本気で妬ましいぐらい。ていうか妬ましい、死ね。っと、だからこれはあなたの能力がどうこうじゃなくて、こいつが化け物なだけよ」
「私は鬼だ」
『知っとるわ!』

 こいつは酔っ払ってるからなのか生来の天然なのか、とにかくまともに相手にしない方が良さそうだ、と思う二人だった。

「ところであんた、その腕大丈夫なのかい?」
「あ?」

 そんな勇儀に指差され、パルスィはめんどくさそうに視線を下ろす。
 パルスィの右腕のさっき勇義に掴まれた部分、手首と肘の間には新しい関節が出来ていた。

「……」

 トサッと静かに横に倒れるパルスィ。

「いやぁぁぁあああパルスィー!?」

 ヤマメの悲鳴は気絶したパルスィにはもう届いてはいなかった。





「う、うぅん、……あれ?」
「あ、起きた」
「ここは?」
「パルスィの家だよ。勝手して悪かったけど、私やキスメの住処じゃちょっと遠いからね」

 パルスィが目を覚ますと、そこには見慣れた天井があり、自身は愛用の布団に寝かされていた。見慣れた天井と言っても、パルスィやヤマメやキスメの住処は、元は数ある横穴の一部を改造したもので、露出した岩肌は一見しただけでは他の横穴との違いはわからないのだが、毎日そこにいれば微妙な違いもわかってくる。
 住処にしている横穴は結構な広さで、家具も一式揃っている。家を持たない者も多い妖怪からすれば、これは十分過ぎる程快適な“家”である。

「あいつは?」
「そっちにいるよ」

 パルスィから見て右側にヤマメがいる。そしてヤマメに言われて左に顔を動かすと、そこには勇儀もいた。

「腕、本当にごめんな、パルスィ。あ、名前はヤマメから聞いた」
「こんなの自業自得よ、あなたが気にすることじゃないわ。それにこの程度の怪我、一週間もすれば元通りよ」

 頭を下げて謝罪する勇儀をパルスィはあっさり許した。実際、この程度の骨折ならそう騒ぐ程ではなかった。ただ、地下に移り住んで以来、このように負傷することがあまりに久しぶりだった為、気が動転してしまった事は確かである。少々恥ずかしくなるパルスィであった。
 誤魔化すつもりで勇儀にも話を振る。

「あなたこそどうなのよ?」
「私か? あぁ、感覚ならもうすっかり元通りさ。ついでに酔いもすっきり醒めてるから」
「勇儀にかけた病気は治しといたよ」
「そんな簡単に治せるもんなの?」
「病気は病気で治すのさ」
「毒じゃあるまいし」
「えっ」
「えっ」
「なにそれこわい」
「……もういいわ」

 とにかく寝込むようなものでもないのでパルスィは体を起こすと、右腕の違和感に気付く。

「あれ、これは」

パルスィの右腕は白い糸でぐるぐる巻きにされていた。これは一目でヤマメがしてくれたものだとわかる。だが固定する為に用いられている木の板が気になった。

「この副木は?」
「そ、それは……」
「私の桶の一部」

 いつの間にいたのか、天井の方からふよふよと目の前に下りてきたキスメの姿に、パルスィは驚愕する。

「だ、ダン、ボールっ!」

 あまりにもあんまりな光景である。何の変哲も無い四角いダンボールにキスメが入っているのだ。これで雨にでも打たれていれば誰でも拾いたくなってしまうだろう。その姿に己の目の奥から涙が滲んでくるのをパルスィは感じた。

「キスメっ、あなたって子は、あなたって子はぁ!」
「いいのよパルスィ、どうせ私の桶はもうこの鬼に貫かれてキズものにされちゃったもの」
「なんか嫌な言い方ね。まぁとにかく、パルスィは気にしなくていいってさ」
「ヤマメの膜も破られちゃったそうだし」
「だからその言い方やめぃ!」

 その二人の様子にパルスィの瞳からはとうとう涙が溢れ出し、

「っ、あんたたちのその心の広さが妬ましいわっ」
「何言ってるのさ」
「私たち友達でしょ?」
「ヤマメっ、キスメぇ!」

 がっしと肩を組み、おいおいと涙を流す三人。そして、

「ぐすっ。へへ、粋なやつらだねぇ。安心してくれ、キスメとやらの桶は私が責任を持って弁償するよ。明日にでも上等なやつを用意して持ってくるから」

 そのやり取りに貰い泣きする勇義。そして桶の弁償も約束した、実は全く悪くないのに。

「あんた、良いやつじゃんか!」
「ちょっかいかけて悪かったわ!」
「上質の桶!」

 勇儀も加えて四人で肩を組んで涙を流した。ちなみにこれは決して舞台の上の演劇などではない。四人とも素である、念の為。





 四人はしばらく泣いていたが、やっと我に返ったパルスィが三人を左腕で払いのけ、何とか治まった。

「んもぅ、恥ずかしがり屋さんなんだから」
「やかましい! と、とにかくこれで一件落着でしょ」
「でも腕治るまで不便だよね」
「そりゃあまぁ、利き腕だしね」

 うーんと唸る二人にキスメがボソッと呟く。

「私とヤマメが付き添う」
「そりゃあ名案! 治るまで泊り込み、付きっ切りでお世話しちゃうよ?」
「余計なお世話よ! だいたい、布団は一つしかないわよ?」
「私はそんなの構わないよ、蜘蛛だし」
「私、釣瓶落とし」
「あぁ、もうっ」

 パルスィはキスメの提案にそう返しつつも、頬を若干赤く染めている。この抵抗もただの照れ隠しだろう。
 というか、そもそもヤマメとキスメの二人も本気で言ったわけではない。ちょっと遊ぶだけならまだしも、一日中一緒にいれば、パルスィは嫌でも嫉妬の感情に苛まれてしまうからだ。それをわかった上での軽い冗談であり、パルスィも二人が本気じゃないのはわかっていたので余裕があった。が、

「じゃあ私も!」
『は?』

 手を挙げて自分も参加しようとする勇儀に三人は冷めた視線を向ける。

「あれ……なんか不味かったかい?」
「不味かったか、って。だから泊めないって言ってるでしょうが。特に、見ず知らずの鬼なんて」
「もうお互い見知った仲じゃないか。それに私の責任だし」
「いやいや、元はと言えばそれは私のトラップのせいで」
「でもパルスィの腕を掴んだのは私の意思だったからな」

 状況をわかっていない鬼の介入に、急遽小会議を開く三人。

「どうしましょう。正直、旧都を仕切ってるようなやつにずっと傍にいられちゃ、色々プレッシャーだわ」
「でもなんか『私はもう決めました』って感じさせてるよ」
「もしかすると仕返しのつもりかも」

 チラッと勇儀の方を見る。真剣な顔で三人の方をジッと見つめていた。
 それを確認してすぐさま会議を再開する。

「いや、ないわね」
「ないね、鬼はストレートだし」
「曇りの無い真っ直ぐな瞳、妬ましい」
「キスメ、それ私のセリフ」

 とにかくヤマメとキスメの冗談に本気で乗っかってきた勇儀を何とかしなければ、と考えるパルスィは、

「あなた、旧都の方は忙しいんじゃないの?」
「いんや。特にやらなきゃならんことも無いし、しばらく祭りの予定も無いね」
「誰かと約束してたり」
「今パルスィと約束しようとしてる」
「私は大丈夫だから」
「遠慮はいらん。私が勝手にやりたがってるだけだからね」

〈本当だよぉ! 結構しぶといわね。ありがた迷惑って言葉を知らないのかしら〉

「キスメの桶を用意してくれるんでしょ?」
「あっ、あ~、そうだった」

 うっかりしてた、という表情を見せる勇儀。

〈ひるんだ、いける!〉

「それにさっきも言ったけど家には布団が無くて」
「私はどこでも寝れるよ」
「あなたが良くても私が駄目なの。旧都を治める勇儀様にそのような扱いは出来ませんので」
「そんなの気にしなくていいよ」
「わ・た・し・がっ、気になるっつってんのよ!」
「そ、そうか。うん、わかった」

 いい加減声を荒げてしまったパルスィの剣幕に、流石の勇儀もたじろいで身を引いた。

〈よし。誰であっても四六時中一緒にいるのは駄目なのよ。ヤマメやキスメでさえ、ね〉

 内心申し訳なく思いつつも、やはりホッとするパルスィであった。が、

「じゃあやっぱ通うしかないかぁ」
「そうそう、そうしてちょうだ……はい?」

 勇儀の言葉に耳を疑った。

「自分の家から通うなら大丈夫だろ?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「どういう問題だ?」
「それは……え~と」

 形勢逆転で言葉に詰まるパルスィ。その様子を見ていたヤマメとキスメは、

「この鬼、意外と賢しいね」
「むしろ小賢しい」

 と洩らした。もはや他人事である。
 結局パルスィは押し切られてしまった。

〈ま、どうせすぐめんどくさくなって止めるわよね〉

 仕方なくパルスィは楽観的に考えることにした。





 次の日、約束通り勇儀は立派な桶を担いで現れた。それからパルスィの期待とは裏腹に、腕が治るまでの五日間、毎日縦穴を訪ねてきた。

 すっかり仲良く(?)なってしまった四人は、それ以降もよく一緒にいる場面が見かけられ、地下の住人たちからは「背の順に並ぶと身長差がすっきり斜めになってて面白い」と親しまれるようになっていったとさ。めでたしめでたし。
さとり「お燐は紅白巫女に、おくうは山の神に懐柔されてしまいました。挙げ句こいしまでもが地上に遊びに行ってばかりで、ろくに帰ってきやしない。やれやれ、偉いというのも考えものですね。まぁ、人の上に立つ者は常に孤高の存在であるべきですからね。まったく、大した地位も責任も無い人はホント、お気楽で羨ましいですよ。……しくしく」



最後までお読み下さった方、ありがとうございます。
大した捻りも無い話でしたが、皆が仲良くやってる話が大好きなので、自分もこんなのを書かせて頂きました。
前回の「・・・」を三点リーダと勘違いしていたという失態を反省し、今回は基本に注意して書いたつもりです。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
もしまた誤字・脱字などがあれば、そちらのご指摘もよろしくお願いします。
ずわいがに
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2270簡易評価
21.100名前が無い程度の能力削除
これは面白いwwwなんて豪胆な勇儀さんwww

寂しがるさとりんを影から見つめて悦に入るこいしたんまで夢想した。
22.無評価ずわいがに削除
≫21様
ありがとうございます! 果たしてこいしが本当に地上に行っているのかどうかは俺にもわかりません。
33.100名前が無い程度の能力削除
すげー!
なんかもうみんな仲良しで!
つーか勇儀の姉御が男前すぎるだろうjk
だいすきだーっ
36.90ぺ・四潤削除
「ダンボールキスメ」

おおおおおおおお持ち帰りーーーーーー