Coolier - 新生・東方創想話

五月雨閑話

2004/12/16 14:02:45
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【五月雨】……梅雨。旧暦五月頃の長雨。
【閑話】 ……無駄話。心静かにする話。物静かな会話。(大辞泉)






 短すぎた分、盛大だった春があっという間に終わり、夏へと季節が移ろうとするステップ、春と夏の境界の雨季、幻想郷にも―――梅雨が来た。
 本でも読むか、と気楽な者。
 洗濯物が乾せないなぁ、と悩む者。
 外に出て遊べないなぁ、とつまらなそうな者。
 幻想郷の住人の反応は様々で、これはそんな梅雨の一時の話である。






 それは、丸一日雨が降りつづけた翌日のこと。
 その日は朝から、からっと晴れた。
 家事をこなす各々は、溜まっていた洗濯物を片付けるにはいい天気、と腕まくりをしながら思った。
 そんな各自の一人に、迷い家の式。
「よし、絶好の洗濯日和。橙、掃除は任せた」
 言いながら背伸びと深呼吸。朝の済んだ空気を吸い込み、九本の尻尾と共に身体を伸ばす。
「任されましたー」
 縁側から元気な返事が響く。猫の耳と二本の尻尾が特徴の妖怪の式の式、橙(チェン)。
「良い返事だ」
 よいしょ、と三人分の洗濯物が入った大桶を持って井戸に向かう妖怪の式、八雲 藍(らん)。
「あら、ほんとにいい天気ね」
「おや、お珍しい。おはようございます紫様」
 本当に希少なことだ。朝にご主人が起きるとは。
 一瞬、雨でも降るかな、と思ったが、折角の快晴。縁起でもないので口には出せない。
 寝起き姿で、縁側から外を眺める隙間妖怪、八雲 紫(ゆかり)。日の光の眩しさに目を細めている。
「おはよう。いい天気過ぎて、目が潰れそうだわ」
 朝方とはいえ、梅雨の晴れ間の陽射しは刺すように厳しい。
 直視するからですよ、と諌め、藍は言う。
「起きたついでです。家事を手伝ってください」
「えー」
「猫の手も借りたい……というか既に借りているぐらいですから。特に洗濯は、水が駄目な橙には出来ないんですよ」
 見てくださいこの溜まった洗濯物、と大桶山盛りの汚れものを見せる。
「とりあえず朝ご飯をくださいな。話はそれからよ」
「ああ、そうでした。朝ご飯なんていつ振りですか」
「さあ? 今年中に一回ぐらいはあったと思うけど」
「そうでしたっけ? まあ、本当に珍しいですね。何かありますか」
「あれ? そうそう、何かあったのよ。それで目が覚めたんだもの。……なんだったかしら?」
 むむ、と首をかしげる。
「私に訊かれても……。とりあえず、朝食は橙に言ってください。昼食に持ち越すはずのがあったはずです」
「残り物を食べさせるっていうの?」
「毎朝起きて、家事を、手伝いでいいからしてもらえれば、ちゃんとしたのを作りますが」
「はいはい」
 居間に引っ込む式の主人。家の中から「朝ご飯ー」「わかりましたー」とのやり取り。
 それを聞き届けて、井戸に洗濯へと向かった。






「今日は晴れたわね」
 自室の窓から外を眺め、紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜は呟いた。
 その口調は、少し悔しそうである。
「こんなことなら、昨日わざわざ雨の中行くんじゃなかったわ……」
 がっかり、という調子。
 昨日、彼女は買出しで、博麗の向こう側へと出向いていた。
 元は人間界の生まれで、能力柄結界を抜けることも容易であるため彼女はしばしばあちらに出向き、こちらでは手に入りにくい物品を手に入れている。
 例えば、実用的かつ趣味的なナイフとか。遠出して手に入れたという、刃が飛ぶ仕掛けの軍用ナイフはコレクションの中でもお気に入りに一品らしい。
 その時、他のお土産は何故か小さな大仏の置物であったりするあたり、このメイド長のセンスは侮れない。
 お金はどうしてるかというと、主人に断って、いくつか宝石やら金銀財宝の類いを紅魔館から拝借したものを換金して手に入れていた。まだ当分は困ることはないだろう。
「さてさて……」
 昨晩遅くに帰還した際は、雨天での強行軍ということもあって戦利品の確認もせず、着替えただけで疲労に任せてベッドに入ったのだった。
 早速手に入れた品々の確認をしようと、振り返り窓を離れる。
 ベッドサイドに置かれていた大きく丈夫な麻袋の紐を解き、その中身を取り出し始めた。
「♪~」
 その様子は傍目にも明らかに嬉しそうというか楽しそうである。
 いずれもこちら側では手に入らない、あるいは手に入りにくい品々ばかり。
 まずは、珈琲豆やお茶類、お酒。銘柄物のティーセット。
 次に、個人的な刃物やら、読書本やら。
 最後に、きちんと包装されたやや平べったい直方体の箱を手に取り―――
「咲夜ー」
「――――っ!?」
 いきなり背後から声がかかった。
 ノック無しで、彼女の名を呼びながら私室に入ってきたのは館の主であり彼女の主人、レミリア・スカーレット。
 咲夜は慌てて振り返りながら、手にもったソレを背後に隠す。
「帰ってたのね。昨日は雨が酷かったから、向こうで一泊するのかと思ったわ」
「いえ、今日も仕事はありますから。……お嬢様、お早いですね。おはようございます」
「おはよう。うん、晴れたしちょっと神社に行こうと思ってね」
 やりとりをしながら、空間をいじくってポケットを作り箱を隠し、手を前に戻す。
「そうですか。お供は要りますか?」
「要らないわ。それよりも―――」
 主人の眼が怪しく細められる。
「何を隠したのかしら? ねぇ、咲夜」
「な、何も持ってませんし、隠してませんよ」
 ほら、と両腕を振って示す、と……

 ―――ぽろ……

「あ」
 どうしたことか、空間のポケットからしまったはずの箱が零れ落ちた。
(な、まさかお嬢様、運命操作!?)
 咲夜が拾うよりも早く、それを手にし、
「これはなぁに?」
 紅い悪魔はにんまりと笑った。






 気が付けば朝だった。
「んー……?」
 机から立ち上がり、窓から外を見る。
 朝陽が見えた。今日は晴天らしい。
「む……」
 徹夜で本を読んでしまった。
 ずっと本に向かっていた姿勢で体が硬くなっていて、ほぐそうと腕や首を回す。
 ついでに出てきたあくびをかみ殺して、魔法の森の魔法使い、アリス・マーガトロイドは朝を迎えた。
「ねむ……」
 一日中読んでいたということになるか。存外に面白い本だった。紅い館の図書館から借りてきたという。
「また貸しはどうかと思うけどね」
 確かにあの黒白が足繁く通うだけの価値があるな、と評価。
 今度は、自分で借りに行ってみようか、と思案。
 しかし、本来は貸し出しはやっていないとも聞いている。
 はて、では如何にしてあの黒白で人間の魔法使いは、大量の本をレンタルする許可を貰っているのか。しかも長期間。延滞してるのかも。
 ちなみに今読んでいる本は、その大量の本の中からお勧めだと言われた物だったりする。
(……強奪の線もありえなくはないけどねぇ……)
 まあ、その辺はまた聞いてみるか。
 とりあえず、軽く一眠りしてから、読書の続きといこう。
「あ、まてまて」
 折角の晴天である。
 少々溜まった洗濯物を片付けてしまわないと。
 趣味の人形関連の服が多く、独り暮らしとは言え馬鹿に出来ない量だ。小物だけあって手間も掛かる。
「さっさと済ませなきゃね」
 もう一度だけ伸びをして、アリスは私室を後にした。






「よし、と」
 ぱんぱん、と叩いて張って、物干し竿にかける紅白の巫女、博麗 霊夢。
 ここ数日分の洗い物を全て終わらせた達成感に三秒だけ浸ると、次に待ち構える境内の掃除へと意識をやった。
「……暑くなりそうで嫌ねぇ」
 太陽は大分登ってきている。あと三時間もすれば南中に至るだろう。
 遮るもののない太陽は容赦無く地面を照り付け、気温を高めていた。
「あー、やめやめ。どうせ雨で流れてるでしょ。それに明日にでも雨が降るし」
 無茶苦茶な理屈で以って、掃除を放棄。
 何せ日向は熱いのだ。暑いではなく熱い。
 洗濯の際、邪魔にならないようたすきがけしていたのだが、さらされた両腕はちりちりと陽射しに焼かれていた。
 吸血鬼でなくとも、この陽射しは嫌なものである。乙女に無用な日焼けは大敵であるし。
 このまま放っておけば、地熱に相なって相当気温は上がるだろう。
 打ち水は夕方にやるものだが、焼け石に水という言葉もあるし、水でも撒いておこう。
 明らかな誤用は無視して、手水舎で手桶に水を汲み、柄杓を持って境内に。
 ぱしゃりぱしゃり、と水を撒く。
 うむ、少なくとも見た目には涼しげで良し。
「お茶でも飲みますか」
 二回ほど水を汲み、撒き終えた後、そう言って霊夢は縁側から屋内へと引っ込んだ。






 魔法の森から外れた湖のほとりにて。
 箒に乗った黒白の魔法使い霧雨 魔理沙と、水面に立つように浮いている湖の氷精チルノが交渉をしていた。
「なあ、ちょっと頼むよ」
「わたしだって暑いのは苦手なのよ。これからどんどん暑くなるっていうのに、余計な力を使うなんてできないわ」
 これは交渉の手口。安売りはしないぞ、という意思表示である。
「そう言わずにさ、な。これをやるから」
「こ、これは……」
 赤い液体の入った一升瓶を出す黒白。息を飲む氷精。
「氷柱、三本分とどうだ?」
「それは多すぎ。せいぜい一本ね」
 む、足元見やがって、と黒白が唸る。
 冷涼のために氷を求め、冷気を操る程度の能力を持つチルノを訪ねていた。
 魔法使いである魔理沙も氷を生み出すことはできるのだが、燃費の問題があった。こちらはいちいち術式に乗っ取って氷を作らなければならないが、向こうは生まれながらにして冷気を操る術を持つ氷精であり、呼吸同様に冷気を操れる。
 ならば手っ取り早くかつ効率的に、と氷精に頼んでいる。
 もちろんただで氷精が頼みを聞いてくれるはずがない、と思いちゃんと交換材料も持ってきていた。
 先ほど出した赤い液体の入った一升瓶がそうである。それが何かというと、
「ならば、イチゴだけじゃなくレモンとミルクもつけるっ!」
「乗った!」
 氷菓――カキ氷のシロップであった。






「それじゃ、出かけるから」
「……今日は陽射しが強いのでお気をつけ下さい」
 少し早めの昼食の後、レミリアが告げると、しゅん、としながらも咲夜は答えた。
 ……なんか、うなだれた耳を幻視してしまった。尻尾付きで。
(うん、やっぱり咲夜は犬ね)
 かわいいなぁ、などと心の中で再確認しつつ、見た目はやや冷たそうな表情を崩さない。
 ここは、隠し事をしようとした従者を戒める主人というポジションを維持しなくては。
「後は任せたわね」
「はい……」
 後ろ髪を引かれつつ――もうちょっと苛めたいなぁ、とか――レミリアは廊下を歩き、玄関へと向かう、と、
「あ、お姉様」
「フラン」
 カーテン越しに窓から外を眺めている妹に遭った。
「あれ。お姉様、お出かけ?」
「ええ。神社まで。フランもどう? 外に行くなら、途中まででも」
「んー……。私はいい。夜になるまで我慢する」
 まあ吸血鬼にとって日光は大敵であるし、普通は昼間に出歩こうとする吸血鬼は居ないものである。
 レミリアも普段は、今日のような陽射しが強すぎる日中は外に出ようとはしないのだが……。
「…………」
 ちょっとした悪戯心が湧いた。
「お姉様?」
「――なんでもないわ」
 取り繕うように微笑む。
「それじゃあ、行ってくるわ。留守番よろしくね」
「うんっ」
 そして別れる。
 玄関に辿り着くと、まず日傘を差してから、通用門を開けて慎重に外に出た。
「っ…………」
 やはり梅雨の晴れ間の陽射しは厳しい。
 反射光だけでも、肌にちりちりとした軽い痒さにも似た痛みが走る。
「でも、出れるうちに出ないとね」
 てくてくと歩き、館を囲む外壁へと辿り着く。
 風を通しているのか、今日は門が開いていた。そのまま通ると、門の脇にある詰め所の外に番人役の紅 美鈴の姿が見えた。
 なにやら柔軟体操なのか、ゆったりとした動作で身体を動かしている。
 よく見れば、武術の型を取っているようにも見えた。
「あ、お嬢様。お出かけですか」
 見ているとこちらに気づき、動作を止め姿勢を正した。
「ええ。……何をやってたの?」
「え? ああ、別にたいしたことでは。ちょっと気を整えていただけです」
 普段からやっていることらしい。昨日は雨だったので屋内で行ったらしいが、気を整えるというのは自然の中、つまり外でやったほうが良いとのこと。
 そういえば彼女の能力は気を使う程度の能力だったか、成る程成る程、と頷いて、外出を伝える。
 お気をつけて、と頭を下げて見送られながら、レミリアは思いついて、一言だけ残した。
「夜までには雨が降ると思うから、気をつけてね」
「へ?」
 それはどういう意味ですか、と訊き返す美鈴の声を無視して、飛び立つ。
 言葉通りの意味である。昼過ぎには雨が降る、と解かっている。
 運命を操る程度の能力を持つレミリアには、多からず少なからず過去現在未来の流れが掴めるのだ。
 博麗神社を目指しながらレミリアは、妹が「お姉様の意地悪ー!」と叫ぶ姿を幻視した。






「あれはレミリアか。霊夢のとこに行ってるのかね」
 しゃきしゃき、しゃくしゃく。
「レミリア? ああ、あっちの館の主人ね」
 しゃくしゃく、ぱくぱく。
「うむ。……ミルク、パス」
「はい」
 しゃきしゃき、もぐもぐ。
「美味いぜ」
「美味しいわ」
 湖畔のほとりにて、黒白の魔法使いと氷精は二人で仲良くカキ氷を食べていた。
「チルノ。お代わり」
「まだ食べるの?」
「だって暑いしな」
「その格好せいじゃないの? 見てるだけで暑苦しいんだけど」
 と、黒主体の魔理沙の服を示して言う。
「暑いぜ。暑いが、脱ぐわけにはいかないな」
 魔女の正装だぜ、と冗談のつもりで魔理沙は言うが、チルノは他の魔女の格好を知らないのでふぅんと曖昧に頷いた。
「今度は、荒め? 細かく?」
「荒めで」
 チルノは冷気を操って宙に氷を作る。それを砕き、何故か用意して来ていた魔理沙のグラスへと注いだ。
「サンキュ」
 しゃきしゃき、もぐもぐもぐもぐ。
「――――ぐぁっ!」
 きーん。
「どうしたの」
「一気に喰いすぎて、頭にきた」
「あはは、ばーかばーか」
 おのれ、チルノごとき馬鹿呼ばわりされる日が来るとは……、と魔理沙は頭痛に耐えながら思った。
 チルノは、自分の分のお代わりを作る。今度は細かめのほうで、小さな氷の粒を少しずつ集めてカキ氷と成す。器用なものである。
 レモンのシロップをかけて、しゃくしゃくしゃく、もぐもぐもぐ。
「――あ、いたたたたっ!」きーん。
「お前もかよっ! ていうか、氷精なのに!?」
 ……とりあえず、チルノ印の氷柱三本は今の所保留らしい。






 正午を迎えた迷い家では、ようやく掃除洗濯が一段落つこうとしていた。
「橙。紫様を見なかったか?」
 襖という襖、障子という障子を全て開け放って風を通しているうちに、主人の不在に藍は気づいた。
「紫様? ……見てないです。てっきり二度寝に戻ったのかと……」
「寝室には居られなんだ。むぅ、出かけるなら出かけると一言言って欲しいのだが」
 もしかしたら隙間に引っ込んだのかもしれない。そうであればもはやどうしようもない。
 はあ、とため息。
 たまには家のことを手伝ってくれてもいいじゃないか、と狐の式神はこっそりと愚痴をこぼす。
「紫様の布団も干しちゃえば?」
「そうだな。いい機会だ」
 主人は寝てばかりいるので、中々布団が乾せないのだ。
 苦肉の策として、夏冬の布団を二組ずつ、合計四組の布団が主人一人のためだけに用意されていた。
 二つを交互に使わせることによって、一方を干すという作戦なのだが、ものぐさな主人は一方ばかりを使いつづけるために、単純に予備と化していたりする。
 なので、布団を干すという機会に中々恵まれないのである。
 大体主人の睡眠は不規則すぎて、こちらが合わせていては迷い家が廃屋になってしまうのだ。
 と、藍は太陽の位置を見て、橙に言う。
「っと、すまん。それは橙に頼む。私は昼餉の準備をしよう」
「はーい」
 念のために三人分作らなきゃいけないかなぁ、食糧だってただじゃないのに、などと思う苦労性の式であった。






 その主人はというと、
「こんにちは。今日も退屈そうね」
 博麗神社に訪れていた。
「こんにちは」
 と返したのは神社の巫女、ではなく、時を同じくして来訪したレミリアだ。
「……やな予感はしてたのよ」
 ようやく霊夢が口を開いた。
 何がどうして、こんな天気の真昼間に、この二人が来ると思うだろうか。
 片や夜行性の吸血鬼、片や同じく夜行性の隙間妖怪。
「それもまた運命ということで」
 レミリアが言う。彼女が言うと、何か仕掛けられていた気がするから困る。
「そうそう」
 何も考えて無さそうで、何も考えていないのであろう隙間妖怪が適当に頷いた。
「三人分の昼食なんて無いわよ」
 ため息を吐いて、霊夢は言った。
「あ、私は食べてきたから」
 と、レミリア。
「私の分はよろしくね」
 と、紫。
「やれやれ……」
 とりあえず上がんなさい、と声をかけて縁側から台所へと向かう。
 お茶を用意して、二人に出し、それから霊夢は昼食の準備へと取り掛かった。
「まあ、一人分作るよりは二人分のほうが楽っちゃ、楽よね」
 主に分量の調整で。その分食糧が掛かるのだが。
「あとで何か貰わないと割に合わない……」
 元々この神社、参拝客も賽銭も滅多に無い。財政的にはそう余裕のあるわけでもないのだ。
 いや、まあ、普通に暮らす分には別段問題はないのだが、請求しても罰は当たるまい、と霊夢は考える。
 単に貧乏性なのかもしれない。
「そういえば霊夢ー」
 居間の方から、レミリアが声をかけてきた。
「何?」
 火起こしの札をかまどに入れて、朝の残り味噌汁を温める準備をしながら返事をする。
「多分、夕方ごろに雨が降り出すと思うから、それまでに干してるものは取り込んだほうがいいわよ」
 それは良いことを聞いた。
 聞いてなければ、いくつか洗い直しのものが出たかもしれない。
 善き哉善き哉。剣呑剣呑。
「……使い方あってたかしら」
 まあいいか。






「ふぅー。これ以上食べると流石に腹を下しそうだぜ」
 いくら小さなグラスのカキ氷でも、何杯も食べたら腹を冷やす。
「わたしはもうちょっといけるけど」
 氷精とは身体の造りからして違うぜ、と黒白。
「……むぅ、食べている間はいいけど、この陽射しはまずいな。痛いくらいだぜ」
 特に黒の部分は、存分に日光を吸収して熱を持っている。
「というわけで、そろそろ氷柱のほうを頼むぜ」
「はいはい」
 と言って、氷精チルノは慣れた調子で氷柱を作り出す。
 というか実際、慣れていた。
 今回の魔理沙のように何らかの交換条件と共に、チルノに氷を貰いに来るという人間や妖怪がいくらかいるのである。
 大抵交換条件というのは、お菓子や果物といった嗜好品。氷精である彼女には特別必要な食べ物というものは無いが、食事ということはできるため、いつのまにかそういうことになっていた。
 純粋な冷気による、純粋な氷のため、“チルノのお得意様”たちは何気に重宝している。
「まずは一本、と」
 数分かけて、一辺が三十センチ、高さ一メートルの直方体の氷が作られた。
 魔理沙は暗幕のような大きく厚めの布を取り出して放ると、それは勝手に氷柱を包み込んだ。続いて模様のような文字の描かれたロープを放る。同じように独りでに氷柱を縛る。
「おっけ。次もよろしく」
 布は断熱、ロープは軽量化の魔術が込められている。
 これで氷柱は融けることは無いし、氷柱の重さも誤魔化される。
 これで安心してもって帰ることが出来るのだ。
「はいはい。…………二本目、っと。……あれ?」
 二本目の氷柱を作り終えると、何故か周囲が夜のように暗くなった。
「む?」
 二人して空を見上げると、遮光板を通してみたかのような太陽の姿が。
 あ、なんとなくわかったぜ、と呟く魔理沙。ほどなく、
「それはなぁに?」
 という問いかけが聞こえた。
「ルーミアだろ。ちなみに氷柱を作ってもらってるんだ」
 声のした方を向くと、腕を左右に水平に伸ばした姿勢の宵闇妖怪、ルーミアの姿が。
 宵闇妖怪の名は伊達じゃなく、彼女によって実際にこの辺りが夜になってしまったのだ。
「そーなのかー。あと、何か美味しそうな匂いが」
「あー、これか。氷菓子だ。氷菓。カキ氷」
 グラスに残っていた融けかけの氷を示す。
「美味しいの?」
「食べてみるか?」
 食べてみたい、との返事に、魔理沙はとりあえず二本目の氷柱に一本目と同じように処理をしてから、チルノにグラスを向けた。チルノによってカキ氷が入れられる。
「イチゴとレモン、どっちがいい?」
「イチゴ」
 魔理沙が訊くと、ルーミアは即答した。
「ミルクはかける?」
「んー……、かける」
 チルノが訊くと、ルーミアは少し考えてから答えた。
「はい、おまちどう」
「お~……」
 恐る恐る、という様子で、スプーンを握り、一掬い。
 しゃく、ぱく。
「――――!」
 しゃく、ぱく。
 しゃくしゃく、ぱくぱく。
 しゃくしゃくしゃく、ぱくぱくぱく。
「……ああ、あんまり一気に食べると」
「――――っ!?」
 キーーーーーーーン。
「遅かったか……」
 何にせよ、宵闇の妖怪はカキ氷をお気に召したようであった。
 頭痛に顔をしかめつつも、スプーンが止まらない。
「……あー、快適だ」
 それを眺めながら魔理沙は呟いた。
(日光はルーミアが遮ってくれるし、チルノの周りは冷気が漂ってるしなー)
 ある意味、究極のコンビネーションであった。
 あまりにも良い環境であったために、いつの間にか雨雲が空を覆い出してきたことに、魔理沙は気づかなかった。
「……涼しい……」
 ほけー、と真昼間の夜に涼んでいる魔理沙。
「おーい、三本目ができたけど、いらないの?」
 ようやくルーミアが食べるのをやめたらしく、最後の氷柱をチルノが作り終えていた。
「ん、すまんすまん」
 さっきまでの二本と同じように、布で包んで縛る。
「まあいいけど……。でも食べすぎて、せっかくもらったシロップがだいぶ減っちゃったのよね」
「あー、私も食べさせてもらったからな。また今度持って来るぜ」
「ほんとう? 約束よ」
 魔理沙は、おう、と答えて、帰路につこうと向きを変えた。
 背後では、もう一杯頼もうかどうかルーミアが悩んでいて、チルノはルーミアがいると暑くなくていいなぁ、と魔理沙と同じことを考えていた。
 じゃあな、と言い残して、箒を駆り、魔理沙は魔法の森の我が家へと目指した。
「――――ん?」
 いや、目指そうとした。
 ルーミアから離れたので、もうすでに夜の範囲から出ている。
 出ているのはずなのだが……妙に空が暗い。
「嫌な雲行きだな。今にも降りだしそうだぜ……」
 と呟いた途端、ぽつぽつと雨粒が落ちてきて、間もなくざあざあと本降りになった。
「言わんこっちゃない!」
 悪態をついて、魔理沙は箒のスピードを上げた。
(ああ、ええっと……うちにはまだ遠いな。この辺で雨宿りできそうなところは――)
 幸い、魔理沙は洗濯物の類いは干していなかったので、至急帰宅しなければならないという訳ではなかった。
 ただ、問題は……
「やばいぜやばいぜ。ロープに書いた呪文が消えちまう」
 軽量化の魔術を込めたロープの呪文、これは魔理沙自身の手によって書かれたものだが、魔力を込めたとはいえ普通のインクである。
 水に濡れるとにじんで効果を失ってしまう。現に先ほどから重さが増してきている。
「ええいっ」
 箒に吊るしていた氷柱を、抱き込むようにして雨から守る。普通に雨にさらすよりはマシだ。
「そうだ。ここからなら、アイツんちの方が、うちより近い……!」
 面舵一杯、方向転換。
 矢のような速さで魔理沙は雨の中を飛んでいった。






「藍様! 雨ですー!!」
「なんですと!?」
 そろそろ乾いたかな、と洗濯物を取り込んでいた式の式が叫び、妖怪の式が叫んで返した。
 取り込み始めたばかりで、まだ八割方残っている。
「くっ、橙は、戸の方を頼む!」
「了解!」
 橙は水に弱い、というか苦手である。藍は避難を命じ、真っ先に布団を取り込んだ。湿らせては後で主人が怖い。
「ああもう……紫様もたまには役に立ってくれればいいのに!」
 ここには居ない主人をなじりながらも、取り込む手はよどみない。
 今の愚痴を聞かれたりしてないよね、と内心不安に思っていたりするあたり、この狐の式神、複雑である。
「ぎゃー! 吹き込んできたー!?」
「雨戸だ。雨戸を閉めなさい!!」
 夕立なのか、雨脚は一気に強まる。
 藍はそれこそ飛ぶ勢いで急いで取り込んだが、何枚かは大きく雨粒に被弾してしまっていて、リトライ(洗い直し)を要求していた。
「やれやれ」
「いきなり降ってきましたね」
 短時間とは言え、結構な量の雨に濡れた藍を拭きに橙が駆け寄る。
 藍も取り込んだ中から布巾を一枚取り、水を拭った。
 せっかく乾かしたのだが、しょうがない。
「紫様が、雨に打たれてなければ良いけれど…………いやそれはないか」
 いざとなれば、というか眠くなれば隙間に引っ込むし。
「……はたしてどこにいるのやら」
 主人のことを思い、八雲 藍は嘆息した。複雑に。






「あー、ほんとに降ってきたわね……」
 霊夢は危なかった、と内心思いながら言った。
 そろそろ降ってきそう、とレミリアが告げたので、霊夢は早々に取り込みを始め、それが終えて間もなく雨が降り出したのだ。
 いい天気だったのだが、あっという間に崩れだして、一気に降りだした。
 少々時間は早いが、夕立なのだろう。
 霊夢の場合は、レミリアが予報してくれた。しかし、よそでは不意打ちを喰らっているのではないだろうか、と霊夢は考え、いくつかよその家を思い浮かべた。
「紫、あんたのとこは大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、洗濯物とか。式神に任せてるんだろうけど、教えなくてよかったの?」
「んー」
 紫が家事一切を、使役している式に任せているのは知っている。
 もしかしたら、使い魔と何かしらの繋がりがあってそれを通じて連絡とか取ることができ、既に伝えてあるのかとも思ったのだが……、どうも違うような気がする霊夢。
「降ってから取り込んでたら、絶対何枚かは濡れてるわよ」
「そのときは、お仕置きね」
 さらっと酷いことを言うこのスキマ。
「…………鬼か」
「呼んだ?」
 と、レミリア。吸血鬼も鬼だ。
「呼んでないから……。まあ、助かったわレミリア」
「どういたしまして」
「さてと、私ものんびりしますかね」
 お礼も兼ねてお茶菓子を、と霊夢は台所の戸棚に向かった。
 そして戸棚を開けると、霊夢は顔をしかめた。
「げっ……」
 饅頭がかびていた。
「参ったなぁ……」
 梅雨の湿気にやられたらしい。
 あと一日ぐらいは持つかと思っていたのだが。
 ないものはしょうがない、と切り替えてお茶の準備に取り掛かる。
「せめて、美味しいお茶を淹れなきゃね」
 と言っても、紅魔館のメイド長に敵うとは、彼女自身思っていないわけだが。
 三人分のお茶を淹れて、居間へと戻る。
 紫とレミリアは、向かい合って座っていた。
 二人の間には将棋盤があり、二人とも駒の配置を凝視している。
 紫側に並んでいるのは普通の将棋の駒だが、レミリア側に並んでいるのはなぜかチェスの駒だ。
 始めは普通に将棋の対局をしていた二人だが、次はレミリアが持ってきたチェスで対決し、三戦目に当たる今回は和洋折衷とかなんとか、チェス対将棋の異種格闘技戦じみた対決をしている。
「お茶淹れてきたわよー」
 これって、どっちが有利なのかしら、などと思いつつ霊夢は観戦しやすい位置に座った。
「ああ、ありがと」
「ありがとう、霊夢」
 ちょっとだけ視線を霊夢に向けて、答える二人。
 どうやら接戦のようだ。すぐに盤面に向かう。
 将棋の腕は、どちらかと言えば紫のほうが強いらしい。先読みという点ではレミリアも優るとも劣らないのだが、年の功という奴だろうか。
「悪いけど、お茶請けは無いわ。カビてた」
 少々不貞腐れたように霊夢が言う。
 すると二人とも、
「あ、なら私、持ってきてるわ」(レミリア)
「そうそう、今日はお土産があるのよ」(紫)
 珍しいことを言った。






 くいくい、と服を引っ張られる感触に、安楽椅子に深く腰掛けて仮眠を取っていたアリスは目を覚ました。
「ん……降ってきそうね」
 窓の外に目をやり、そして服が引かれているほうを見ると、赤い服の人形が見上げていた。
 ありがとう、と礼を言う。
 何かあったら起こすようにと、(使役ではなく、アリスの感覚では)頼んでおいたのだ。
「さて……」
 椅子から立ち上がり、窓の外に意識を向け、呪文を紡ぐ。
「…………――――」
 手応え。
「よし」
 雨が降り始めていたが、アリスは慌てない。のんびりとした歩調で、物干し場に出る。
 物干し場の石造りの地面に刻まれた魔法陣は、淡く光って発動していることを示している。
 刻まれているのは、水除けの魔法陣。アリスはのんびりと洗濯物の取り込みを始める。
 雨はどんどん降ってくる。しかし雨粒は空中で見えない傘に弾かれるようにして、彼女と洗濯物を濡らすことは無かった。
「魔法使いは優雅たれ……と」
 以前はここも普通の土の地面だったのだが、ある時、今日のようににわか雨に見舞われた際、慌てて飛び出したアリスは、雨水でぬかるんだ地面で思いっきり滑って転び、洗濯物も引っ掛けるという大惨事を起こした。
 その後、二度と同じ過ちを犯すまいと石造りに改装し、さらに水除けの魔法陣を描いたのだった。
「えぇい、発端なんてどうでもいいじゃない」
 悲惨な記憶を思い出してしまい、アリスはかぶりを振った。
 ともかく、アリスは落ち着いて洗濯物を取り込み始めた。そして、両腕に抱えられる分だけ抱えて、一旦勝手口に。
 両腕が塞がっているので、つま先で軽くドアをノック。内側から赤い服の、上海人形が開けてくれる。
「良い子ね」
 満足げにアリスは言った。中に入る。
 取り込んだ洗濯物をテーブルに乗せた時に、ふと気づいた。
(あれ? あの子の服も洗ったはずよね。なんで服を着てるのかしら)
 ということは、アリスを起こす前に自分の分だけ取り込んだ、ということ。
 小賢しい真似を、ちゃっかりしてるなぁ、と思うがよく考えると、少し驚きだ。
(使役しなくても、自立行動できるようになってきていたとはいえ、もしかして自我も芽生えてきてるのかしら)
 元々人形は人の形を模した物。自我は芽生えやすい。
 原動力はアリスの魔力なので、供給を断てば動かなくなるとはいえ、完全な自動人形になる日も近いかもしれない。
 これだから人形は面白い。
(うーん……魔力を込めた核を埋め込んで、供給無しでもある程度動けるようにするのも良いかな……)
 などとアリスが考えながら、残りを取り込もうと勝手口を出ると、
「アーーーーーーーリーーーーーーースーーーーーーー!!」
 えらく遠くから、必死な――聞きようによっては助けを求めるような――叫び声が届いた。
「…………は?」
 アリスが思考停止に陥ること一秒。
 とりあえず声がしたと思われる方角に首を向けると、空中に黒胡麻のような黒点が……いや、どんどん近づいてきて、黒い帽子と箒のシルエットが見えてきた。
「……あーーまーーやーーどーーりーー!」
「…………」
 思考力、復活。言いたいことは、大体理解した。
 とりあえず残りの洗濯物をすみやかに取り込み、物干し竿も除けておく。
 これで着陸のスペースは確保できた。
 派手好きで騒がしい人間の魔法使いのことだ。大人しく降りてくるとは思えない。
 ほら、現に、もう肉眼で彼女の顔が確認できるぐらいまで接近しているというのに、ほとんどスピードを落としていない。
 猛スピードで突っ込んでくる気だ。絶対にそうだ。そうに違いない。
「ちょっと! 少しはスピード緩めなさいよ!!」
 無駄とは思いつつもアリスが叫んだ。
「着地体勢に入るぜ!!」
 無視して着地体勢――といっても単に足を前に突き出すだけだが――に入る箒に乗った黒白、霧雨 魔理沙。
 げっ、と呟き、アリスは傍らの上海人形を背中にかばいながら、数瞬後に来るであろう“不時着”に備えた。
 箒に乗った魔女が、スピード狂さながらに目を見開いて、叫ぶ。

「霧雨、魔理沙っ! 着陸し――――」

 ます、と続けるつもりだったのだろうその叫びは、



 ―――――×××××!!

「ぅぐはぁぁぁ――っ!?」



 形容しがたい音によって、途絶えられた。



 言語化するのが難しい、しかし、とてもかなり非常に痛そうな音が響き、魔理沙は吹っ飛んだ。
 その音を強いて表現するならば、めこっ、とか、ごきゅっ、とか、めきりっ、とか、めきょっ、とか。


「――――はい?」

 再び思考停止に陥るアリス。背中をよじ登っていた上海人形が、肩越しに同じ光景を見て可愛らしく首を傾げた。
 わけがわからない。
 魔理沙は見えない壁にぶつかったように、吹っ飛んでいた。
 何にぶつかったのか。
 結界でも張られていたわけでも有るまいし。
(…………結界?)
 結界ならあるじゃないか。

 ――水除けの結界が。

「え、でも」
 水除けの結界は、あくまで水除けである。
 人体の六割は水分だからといって、あんな風に弾かれることはないはず。
 ならば、雨でびしょびしょに濡れていた状態が原因か? いやいや、それでも無理だ。
 せいぜい魔方陣に入ってくるときに、少々結界に引っ掛かる感じになるだけだろう。
 うーん、と考察に入ろうとするアリスの裾を、くいくいと引っ張る上海人形。
「あ、そうだ。魔理沙」
 理由や原因はともかく、墜落した魔理沙の救助が先決だ。
 石造りの物干し場から、水溜まりやぬかるみのある自然な地面へ出る。
 五メートルほど離れたところに、魔理沙が倒れていた。
「うわぁ……」
 かつてアリス自身が起こした大惨事を彷彿させる有様。
 服なんかもうびしょ濡れで、泥まみれ。
 それでも魔理沙は布で包まれた何かを大事そうに抱えていた。奇跡的にほとんど汚れてない。
「……ぅ、うぐ……」
「……大丈夫?」
 意識はあるのか、呻き声を上げる魔理沙に、アリスは声をかけた。
「……ぁ、り……す。……なんで、結界、なんて……張ってんだよ……?」
 お前、私に怨みでもあるのか、なんて微かな声がアリスの耳に届いた。
「結界って言っても、たかが水除けよ?」
 いや、まあ怨みの心当たりはいくつもあるんだけど、などと思いながら答える。
「水除け……?」
 呆けたように魔理沙が呟く。
 わずかに驚いたかと思うと、今度は可笑しさに堪えきれないように笑い出した。
「ああ、水除けね……! 痛たたたたっ」
「このまま放っておいていい?」
「後生だ。助けてくれ」
 笑いながら痛がる魔理沙にアリスは奇異の目を向ける。
 はあ、とため息を吐いて、襟を掴んで家に向かって歩き出すアリス。
「…………いやいやまてまて、いくらなんでも引き摺るのはどうかと。ていうか、泥水っ、泥水がっ! 背中が気持ち悪いんだけどー!?」
「だって、そうしないと私まで汚れるじゃない」
 しれっと言って、水除けの結界を解除。石造りの地面に足を踏み入れる。
「痛っ、背中痛いって!」
 無視。
 とりあえず、そのまま脱衣所に投げ込んだ。
 これでよし。あとは勝手にやるだろう。
「やれやれ」
 あー、もう濡れちゃったじゃない、と愚痴る。
「あ、しまった。タオル、中だ」
 このタイミングで中に入るのはなんとなく嫌なものが。
 どうしたものかと呟くと、タオルが差し出された。
「……ほんとに良い子ね、あなた」
 あらかじめ取っておいたのか。人形の心遣いに、ちょっと、じーん、と感動するアリス。
 我が子を持つ幸せというのはこんな感じなのかしら。故郷のお母さん、生んでくれてありがとう。
「アリスー、これは風呂を使ってもいいということだよなー。服も洗っていいか?」
 ドアの向こうから魔理沙の声。
「いいわよ。でも手短にね。私も入りたいから。誰かさんのせいで濡れなくてもいいのに濡れちゃったわ」
 タオルで水を拭いながら答えるアリス。
「そいつはおあいこだぜ」
「どうだか」
 アリスが憮然として答えると、魔理沙は大して意味もなく笑った。
「あ、そうだ」
 そして、魔理沙はいきなりドアを開けて、
「せっかくだから、一緒に入ろうぜ」
「――――は?」
 アリスを引っ張り込んだ。
 ちょっと待って、という言葉を出す間もなく、身包みを剥がされるアリス。
「ちょっ!? あんた、どこでそういう技術を仕入れてくんのよ!?」
「企業秘密だぜ。さあ、大人しく脱いじまえ。すぱーん、と!」
「えぇい、そこまで触るんじゃないっ!」
「――ぐぁっ! 腹は止めてくれ、腹は。しこたまぶつけたんだから!」






 いっせいの、で、両者のお土産が披露された。
「あら?」
「おや?」
「まあ?」
 霊夢、レミリア、紫、三者とも同じような反応を見せる。
「おんなじ?」
「おなじね」
「奇遇ねぇ」
 開けてびっくり。玉手箱というわけではないけれど。
「ふむ。二人とも同じ菓子折りかぁ」
「私のは咲夜が外から手に入れたものだけど」
「こっちは隙間の漂流物ね。今朝方、頭に降ってきたの。多分、外から流れてきたんだと思う」
「あんた、それは食べても平気なのか?」
 胡散臭そうに霊夢が訊いた。
「大丈夫よ。隙間は普通の時間の流れとは違うし。あと結構、快適だし」
「ふぅん」
 そういうものなのかしら、と一応納得しておく。
「よく隠れて昼寝してるわ」
「あんたはいつも寝てるでしょ」
「きちん寝るのならやっぱり布団が良いわ。まあ、中身が同じ物なのは、あっちじゃ普通よ」
 家にあっちから拾ってきたものがたくさんあるから詳しいのよー、と言うが、説得力があまりないのは何故だろう。日頃の行いのせいか。
「それは咲夜に聞いたことがあるわね。同じ物をたくさん作れるんだって」
「そうなの?」
「ええ。でも同じ物がたくさんあるのなら、なんで咲夜は隠そうとしたのかなぁ」
「む? 隠そうとした?」
「うん。だから、ちょっと略奪してみたり」
「……鬼か」
「そうだけど?」
「そうでした」
 どこかで聞いたようなやりとりをする霊夢とレミリアを傍に、紫は自分が持ち込んだ菓子折りの中身を見分していた。
 クッキーやミニケーキ、チョコレートなど洋菓子の詰め合わせである。
 ふと、レミリアが持ってきたほうと見比べてみて、……ふむ、と頷く紫。
「うーん、これはちょっと、趣きが違うわね」
「?」
「?」
「んーとね、確かにたくさん作られているんだけど、ちゃんと人の手が掛かってる。よく見比べてみたら、詰め合わせの種類は同じなんだけど、違いがあるわ」
「大量生産だからって、全く同じってわけにはいかないんじゃないの?」
「紅白にしては真っ当な意見ね。でも的は外れているわ。百聞は一見に如かず。霊夢、一つ食べてみなさい」
 クッキーを一つまみして、霊夢の口に突っ込む。
「――あら、美味しいじゃない」
「へぇ?」
 意外そうな霊夢の反応に、興味を持ったのか同じクッキーに手を伸ばして一口。
「あ、本当だわ。咲夜もお菓子作り上手だけど、それ以上かも」
「きっと手作りね。いい腕してるわ」
「紅茶じゃないのが、残念ねぇ」
 霊夢とレミリアはクッキーを食べ終わり、もう一つ、と手を伸ばしたところで、これが紫が持ってきたものだと気づいた。
「あ、食べていいわよ。昼食のお礼も兼ねて」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「いただきまーす」
 いろんな意味で、妙な取り合わせのお茶会が始まった。
 湯飲みでお茶をすすりつつ、クッキーやミニケーキを摘まむ三人。
「…………って、聞き流してたけど、あんたのとこのメイド長は結界越えてるのか?」
「あら、霊夢気づいてなかったの?」
「あんたは知ってて黙ってたのか」
「……あー、時たまよ、時たま。どうしても欲しいものがある、って時だけ仕事休んで行くのよ。それで外はどんな感じなのか聞いても教えてくれないし」
「ふーん……でも、それらしい結界の乱れとか無いんだけどなぁ。紫はわかる?」
「知らない」
「知らないって……」
「日常点検は藍にまかせっきりだわねぇ」
「たまには孝行してやんなさいよ?」
「孝行されるべき立場なんですけど?」
「いや、まあ、そうなんだけど」
 そんな風に二人が話をしている横で、
「そういえば」
 外の雨を眺めて、レミリアは独り言を呟いた。
「館のほうはどうなったのかしら?」






「つーまーんーなーいー!」
 紅魔館の数少ない窓に張り付いて、唸り声をあげる悪魔の妹、フランドール・スカーレット。
「妹様、わざわざ私の書斎まで来て暴れないで……」
 その数少ない窓のある部屋の主――パチュリー・ノーレッジが宥めた。
「うううう……」
「まあ、退屈なのはわかるけど……」
 別にフランドールは暴れていたわけではないのだが、感情の昂ぶりによって魔力が流出してしまい、ガラスにヒビが入っていた。
 彼女の魔力の属性は『破壊』。割れたら大惨事である。フランドールにも(死活問題)、パチュリーにも(本が濡れる)。
「おやつの時間まで晴れてたのにぃー……」
 フランドールはがっくり、とうなだれると、そのままずるずるとへばりこんだ。
「こんなことなら、お姉様と一緒に出かけておくんだったわ……」
 レミリアが居たなら間違いなくフランドールは彼女と遊ぶことを選択したはずだ。
「あら、レミィは出ていたの?」
「ええ。早めにお昼を済ませて出て行ったわ。神社に行くって」
「ついて行けばよかったのに」
「そうなのよね。こんなに降るなんて……。でも、お昼は凄い天気だったから、お姉様に誘われたからって出る気にはならなかったの」
 だからフランドールは大人しく夜を待っていた。晴れたまま夜を迎えることを願いつつ。
 期待を込めて外を眺めていたのは行き過ぎだとしても、これが吸血鬼にとっての普通であろう。
「誘いがあった? ますます惜しいわね」
「でも、あんな快晴の真昼に出たがる吸血鬼なんて……」
 本来いないわ、と納得いかない様子のフランドール。
「ふぅん。……お嬢様は誘ったんでしょう?」
「うん。でもあっさりしてたし、別に何かありそうな感じじゃ……」
 いやまて、と顔つきが変わる。
 あっさりしすぎなような気はしないか。
 そういえば妙な微笑みを浮かべていたような。
 あれは誤魔化しの笑みでは?
(変な間もあったような……)
 思考中のフランドールに、パチュリーは言った。
「レミィって、よく天気を当てるのよね」
「――――」
 運命を操る程度の能力ということは、多かれ少なかれ過去と未来を掴むことが出来る。
 こんな天気になることを識っていたとしても、おかしくない。
(あ、なんか、お姉様の悪戯っぽい笑顔が脳裏に――)
 激昂一歩手前の気配を察し、パチュリーは本を抱えて三歩下がった。
 いち、にの、さん。

「――――お姉様の意地悪ーっ!!!!」

 ――――ぴしぃっ!!

 ヒビだらけになった窓を見てパチュリーは思う。
(窓はもう取替えね。妹様の魔力じゃなければ、魔法で直せるんだけど……。まあ、粉々に砕け散らなかっただけ、マシ)
 硝子の換えがあるかどうか思案し、咲夜に聞いておこうと心に止める。
「……それで、どうするの妹様」
「ええっと」
 まさか叫びに来たわけではないわよね、とパチュリーが視線向けると、フランドールは、あははー、と明後日の方向を向いた。
 大方、暇過ぎて館をぶらぶらしているうちにたまたま辿りついた、とかその程度の理由なのだろう。
 小さくため息を吐くと、パチュリーは言った。
「せっかくだから、“授業”、前倒して、しましょうか」
「えー」
 不満そうな声を上げるフランドール。
「どうせ暇なんでしょう? だったら、今やって、後で遊んだ方がいいわ」
「それはそうだけど……」
 暇だからといって勉強はなんだかなぁ、と言った感じである。
「むぅ」
 かといって、することがないのも事実。
「……わかった。お願いします、先生」
「よろしい」
 言って頷くパチュリー。
 だが、よく考えてみると、授業の題材を準備していなかった。
 一般教養というのはこれまでの百年で既に大体は教えてあるし(しかし、フランドールの実感や体感が伴っていないことが多い)、世間についてとかだと図書館に引き篭もっているパチュリーでは教えられない。
 それで近年、魔法の授業を加えることにした。
 ……したのだが、フランドールにとって最も重要である魔法の制御法について、パチュリーは上手く教えられなかったのだ。
 パチュリーとしても制御法、手加減の仕方を覚えればフランドールの暴走癖も少しは抑えられると思っていたのだが、どうしても要領を得ず、上手くいかない苛立ちのせいで余計に暴走するという本末転倒な結果になってしまった。
 生まれながらにして魔女であるパチュリーには魔法の制御、特に低いレヴェルのものは、呼吸よりも意識したことが無かったのだ。パチュリーが意識して制御する程度の魔法は危険すぎて教えられず、低難度の魔法でも手加減のできないフランドールに適切な助言ができなかった。
 魔法を覚える、扱うということに関しては、フランドールは魔力の強さに見合った才を見せた。属性上、系統が破壊に傾倒していたが。
 これでは逆効果だな、とパチュリーは思ったので、何かしらテーマを用意して雑談のような授業をするようになったのがさらに最近。なお、雑談形式の常として、話が脱線するのはお約束である。
 そして、これらの問題を解決してくれたのが、魔理沙なのだ。フランドールを引っ張りまわして、魔法の手加減させ方も教えている。
 努力家故に、壁にぶつかることが当たり前な彼女だ。上手くいかないという経験は誰よりも多い。
 優れていることと教えることが上手であることはイコールではない。苦労して克服した者のほうが、わからない者に共感できるため、教え上手になれるのだ。
(適材適所……だけどね……)
 そのせいで最近のパチュリーは、知識人として役に立っていない場合が多かった。
 これはゆゆしき問題だと、パチュリーは密かに悩んでいる。
「じゃあ……なにか、手頃な便利魔法とか? 覚えたいの、あるかしら」
 用意が無ければ、残る選択肢は魔法の授業しかない。
 魔法の授業は周囲に迷惑をかける心配の無い地下でしたいので、パチュリーは手頃な便利魔法、と限定をかけてみた。こういう注文ができるのも、手加減の基礎を教えた魔理沙のおかげだったりするのだが。
「手頃な? うーん……」
 フランドールは素直に考えて、そして言った。
「じゃあ、水避けか、水除けの魔法って、ある?」
 少し考え、ふむ、なるほど、と頷くパチュリー。
 水を弱点とする吸血鬼である彼女は、それに対抗したいのだろう。
 確かに水除けの魔法も水避けの魔法も存在する。要は水の制御なのだ。カテゴリーの中には、簡単なものから複雑なものまで多々ある。
 しかし……、と魔女は考える。
「……そうね、とりあえず実践かしら」
 二枚の紙と、ペンとインクを呼び寄せ、さらさらと図を描く。
 まずは円。一回り小さな円をもう一つ。その中に三角形を二つ、上下を逆に描き、六紡星を成す。
 ここまではいいだろう、とパチュリーはフランドールを窺い見ると、真剣な面持ちでその工程を見ている。
「…………」
 紙面に視線を戻し、少しだけ息を整える。
 そして、外円と内円、その間に魔力を込めた文字を書き連ねる。
 外へ。水は外へ。流れ下る水は外へ。空(から)は殻とし、玉、弾かれん。
 そういう意味の呪文を、三度、繰り返し画き、円周を埋めた。
 一息吐き、告げる。
「―――排斥外水ウォーター リジェクト
 外ニ、水ヲ、排斥ス。
 パチュリーは呪文と共に紙に描いた魔法陣に魔力を注ぎ、手応えを感じた。
 魔法陣は淡く光り、発動していることを示していた。
 ちなみに魔女であるパチュリーは、普段はこんな面倒かつ効果の低い水除け、魔術を使わない。彼女の場合は、直接水の精霊に命じて、水を避けさせる。
「よし」
 パチュリーは呟くと、グラスを引き寄せ、水と風の精霊に命じて、それを水で満たした。
 そして、魔法陣の上に、水を一滴だけ垂らす。
 水滴は、ぱんっ、と弾かれ、細かな水玉となって宙に散った。
「おー」
 フランドールが感嘆の声を上げる。
「……と、まあこんな感じ。重要なのは円と円の間に書いた呪文ね。これは三回書いたけど、描く魔法陣の大きさに合わせて適当に繰り返すこと。文字はできるだけ均等に、必ず一周させること。そうしないと結界に穴や偏りができるわ」
 うんうん、と首を振るフランドール。
「最後に発動させるときに唱えた呪文だけど、あれは自己暗示(イメージ)しやすい言葉でいいわ。魔力は丁寧に注ぐこと」
 特にフランドールの場合、下手に魔力を注ぐとすぐに回路が壊れてしまうため。
「魔力を注ぐ感触は……魔理沙に習ったかしら?」
「うん」
 肯定し、フランドールは渡された紙にペンを走らせた。
 呪文の部分が少々歪な形になったが、魔法陣が完成。
 あれこれと、少し頭を悩ませて、魔力に言葉を乗せた。
「―――水は嫌いディスライク ウォーター
 淡い紅色の光を発して、発動する魔法陣。
「……成功?」
 フランドールは心配そうに上目遣いで窺う。
「とりあえずは、ね」
 魔術の発動させる段階までは成功。
 それを確認すると、パチュリーはグラスの水を一滴垂らした。
 水滴は宙で弾かれた。しかし、
「あ……」
 水除けの魔法は大きく揺らぎ、たった一度でその効力を失ってしまった。
「失敗かぁ……」
「呪文が偏ってたから。そのせいよ」
 がっくりとうなだれるフランドールに、はいもう一度、と新たに紙を渡すパチュリー。
 そうやって小一時間ほど、魔法陣を描く練習を繰り返した。
「……うん。もうほとんど完璧ね」
 描く陣の大きさを変えても、乱れが無い。
「…………――――」
 フランドールは慎重に魔力を込め、呪文を呟いた。
 淡く、最初に比べると薄い紅色の、光を放つ魔法陣。
 パチュリーが水滴を垂らす。
 ぱんっ、と水玉が飛び、魔法陣は……安定を保っていた。
「成功ね」
「やった!」
 おめでとう、とパチュリーが告げると、フランドールは跳ねるように喜んだ。
 確かに術式は成功した。最も簡単な部類の魔法、習得したと言っても差し支えは無い。
 しかし、とパチュリーは思う。
 妹様の喜びに水を注してしまうが、言っておかなければならない。
「でも、フラン。過信はしないでちょうだい」
「――うん」
 ぴた、と喜ぶのを止めて、神妙にフランドールは頷いた。
「前にも言ったけど、吸血鬼にはどうしようもない、呪いめいた弱点がある。最たるものは日と水。この二つに対抗することは、不可能と言っていいわ。この、水除けの魔法陣も――」
 グラスの水、手のひらでひとすくいした程度の量の水をかける。

 ――――――。

 たったそれだけの量の水で、フランドール魔法陣は揺らぎを生じた。
 ……別に、魔法が失敗しているわけじゃない。
 フランドールの魔力の属性が、水に弱いだけ。ただそれだけの理由だ。
 水除けの魔法であるのに、水に弱いという矛盾。
(吸血鬼の呪い、か)
 嘆息する。複雑なものだ。
 これゆえに、助かっているという現実もあるのだから。
「……こんな風に、少ない水量でも揺らいでしまう。もっと大きく、強くすればその分、許容量も増える。だけど、砂で作った壁みたいに、水の浸食には耐えられない」
 今度は、自身の魔法陣に、同じぐらいの水をかける。
 ぱんっ、と弾いて、安定していた。
「……でも、まったく無意味というわけでもない。不意の雨宿りとか、そういうときに使えばいいと思うわ」
 ばしゃっ、とフランドールとパチュリー両者の魔法陣に残った水をかける魔女。
 両者の魔法陣、共に、水を弾く。フランドールの魔法陣は揺らぐ。
 宙に弾かれた水は、重力に引かれ紙面へと落ちる。
 紙の上に落ちた水は、染み込み、浸透していく。侵食していく。
 そして両者に明らかな違いが現れた。

 パチュリーの魔法陣は、染み渡ろうとする水を防いだ。
 フランドールの魔法陣は、インクごと水に溶け、水除けの魔法は消えていった。

「…………」
「魔法陣や物といった、媒体を使った魔術は、媒体そのものを破壊されると効力を失う。私の場合は水除けが魔法陣を守りきっているけど、妹様の場合は……」
「端っこだし、守りきれないってわけ、か」
「そう」
 精霊魔法、五行、七曜と、属性が中性に近いパチュリーの魔力ならば、このようなことは起きない。
 吸血鬼として水と日を弱点に持ち、破壊の属性を持つフランドールの魔力は、角砂糖のように水に弱い。
 故に、水の侵食を完全には防げず、わずかに侵されれば、そこを糸口にさらに侵食を進められる。
 宙に展開した結界ならばいい、魔力の膜は魔力で補修できる。しかし、土台となる陣を侵されれば、魔法の維持は不可能だ。
「……やっぱり無駄だったのかな」
 予想はしていたけど、と、フランドールにしては珍しい弱音に、
「――そんなことはないわ」
 と、パチュリーはきっぱりと否定した。
「さっき言ったとおり、雨宿りぐらいなら十分に用を足すわ。それに、何も魔法陣は紙に描かなければならないって決まりはない」
 紙とインクは水に弱いけれど、たとえば石に刻み付ければ魔法陣は消えない。
「石に落書きするのは、妹様得意だしね」
 破壊の力も、無益ではない。
 要は、使いようなのだ。
「…………さて、こんなところで、今回の授業はおしまい。お疲れ様」
 先生、パチュリーがこう言うと、フランドールは改まって姿勢を正し、一礼。
「ありがとうございました。…………おなかすいたー!」
 最初と最後の挨拶は、授業のけじめ。
 これが終わればいつもどおり。
「咲夜に言って、夕食にしましょうか。お嬢様は出てるのよね」
「うん。そういえば、咲夜、今日はなんか変だったわ」
「変?」
「落ち込んでるみたいな感じ」
「へぇ、珍しい」
 二人は雑談しながら、書斎を後にした。






「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
 合掌し、声をそろえた迷い家の式たち。藍と橙。
 自分の分の食器を持って立ち上がり、流し台へ。
「…………」
「…………」
 無言。
 いつも仲睦まじい二人だが、この時、両者の間には微妙な緊張が漂っていた。
 がちゃがちゃ、と水を張った桶に食器を漬ける。
「…………」
「…………」
 二人とも用は済んだのだが、互いを窺うように立ち尽くしている。
「…………それじゃあ、私、食器洗いますね」
 沈黙の末、水が嫌いなはずの橙が食器洗いを申し出た。そして水桶に手を伸ばす。
 ――ぱしっ、とその伸ばされた手の、手首を掴んだ藍。びくっ、と橙が震える。
「いやいや、食器はしばらく漬けておこう。それよりも橙――」
 なぜか橙にとっては、背筋が凍るような笑みを浮かべて藍は言った。
「お風呂に入ろう」
 ぷつん、と何かの糸が切れた。
「―――いーーーやーーーでーーーすーーー!!」
 じたばたと、飛び上がらんばかりに暴れ始める橙。
 しかし、しっかりと掴んだ手を離さない藍は、そのまま引きずるように風呂場へと歩き出した。
「いやですいやです。そんな藍様嫌いですー!」
「嫌いで結構。今日は大掃除したのだから、汚れてるわ。大体、橙も女の子なんだから、清潔にしないと駄目っていつも言ってるでしょ」
 お風呂の準備は夕食前に済ませていた。
 強制入浴の気配を察した橙に、食事前から緊張が走る。
 しかし、ご飯は食べたい。
 しかも、今日は焼き魚。一尾丸ごと。これは橙だけであった。
 藍と紫の分は、一尾を半分に切ったものであり、藍の分は半分に切られた頭側。一番身が少ない方。
 もうこの時間になれば、流石に紫も帰ってこないと思ったが、念のために藍は半身残しておいた。
 橙に一尾丸ごとというのは愛ゆえか、それともお風呂への布石だったのか。
「水は嫌ーーー!!」
「水じゃない、お湯だ」
 そんなの屁理屈だー、なんて式の式の声は、式で式の主人には聞こえない、聞いていない。
 脱衣所まで引きずって、手早く橙の服をはいだ。
 さすがに衣類まで取られては、諦めがついたのか大人しくなる。
 とはいえ、まだ気を抜けない。
 藍が服に手をかけ脱ぐという、手足や目が不自由になる瞬間を狙って逃げ出す可能性が残っているのだ。
 だが藍が橙と暮らし始めてもうそれなりの長さだ。こういうときの対処方の一つや二つ、もうすでに持っている。
 だからここで藍は、一つ息をつく。少々の集中を要するため。
「ふぅ……」
 そして、
「――とりゃ」
 一瞬の早業で、脱衣を済ませた。
 それはもう、すぱーん、と。
「さあ、入った入った」
「ふぇーん……」
 そうして二人して風呂場へと入っていった。
 ……なお、この脱衣法はあくまで橙を速やかにお風呂に入れるために藍は習得したのである。あくまでも。







 日も暮れ、人の時間が終わる頃。
 博麗神社の巫女もまた、一日の営みを終わらせようとしていた。
「……とはいえ」
 一応、客間に布団を二組敷いてみたものの、この二人が寝るとは霊夢は思えなかった。
「そもそも人じゃないし」
 しかも夜行性といってはばからない二人である。
「というわけで」
 言っておくべきだろう。
「なにが、というわけ、なのかしら」
「そうそう。あ、私の分の枕はいいから。ちゃんと持参してるわよ」
 寝巻き代わりに浴衣を着ているのはレミリア(翼はしまえるらしい)、きっちりお泊りセットを持ってきている紫、この二人を前にして霊夢は言った。
「私の眠りを妨げたら、わかるわね?」
 威圧の意を込めてみたのだが。
「うん?」
「……慣れないことはやめときなさいな」
 あっさり流された。
(そりゃ、相手が悪いわよ……)
 くっ、と悔しさと恥ずかしさを胸に秘めてさらに霊夢は言った。
「……私は部屋で寝るから。起きててもいいけど、うるさくはしないでね」
「はーい」
「おやすみ」
 そして霊夢は、ぱたん、と襖を閉め、私室に向かった。
 残された二人は、行灯の明かりでとりあえずとばかりに将棋を打ち始めた。
 ぱち、ぱち、と駒を進める音が小さく響く。
 外からは未だ降り続けている雨が、雨音を響かせていた。
 ぱち、ぱち、ぱち。
 ざあ、ざあ、ざあ。
 ぱち、ぱち。
 ざあ、ざあ。
 しばし長考。
 ざあ、ざあ。
 ――ぱちり。
「…………」
「…………」
 雨の夜は、静かに過ぎていく。
 ぱち。
 紫の角がレミリアの陣内に打たれる。王手。
「そういえば……」
 言いながら、銀を上げて、王手を阻止するレミリア。
「なにかしら?」
 さらに飛車を飛び込ませて攻勢を見せる紫。飛車は竜王と成る。
「霊夢も言っていたけれど、貴女の家は大丈夫なのかしら?」
 ふむ、と手を止めて長考。このまま角を取っていいものか。
「大丈夫よ。うちの子たちは独りでもちゃんとやれるわ。ちゃんとやれすぎて、邪魔にされるぐらいだもの」
 楽させてもらっているわ、と微笑む。
「そういう貴女の家はどうなのかしら。家というより館だけれど」
「……それこそ愚問ね。何人私に仕えていると思っているの。それに、優秀なメイド長がいるわ」
 レミリアは銀で角を取った。これで角が二枚。レミリアの優勢。
「ふぅん」
 竜を動かし、桂馬を取る紫。
「なにか?」
 紫の竜をひとまず置いておき、レミリアも飛車を振って対抗する。
「いえいえ。ただ、その優秀なメイド長を苛めてきたのね、なんて思っただけ」
 その気持ちはよくわかるわ、などと言う紫。
「…………いやまあ」
 だってかわいいんだもの、と内心呟くレミリア。
「――優秀なメイドが、一生懸命手に入れてきたお菓子を取り上げるなんて、酷い主人」
 くすくすと笑いながら紫は、責めるような台詞を、面白がる口調で、吐いた。
 ……つまり、全然責めていない、ということ。
 レミリアは、はぁ、とため息を吐いて、答える。
「元から私は酷い主人よ。大体、貴女も私のことを言えない」
「ええ、知ってるわ」
 ぱちり。
「…………」
 やはり年の功か、レミリアは紫を少し苦手に感じる。
 別に強さ弱さの話ではなく、なんとなく苦手、と
 どことなく、霊夢に似ていると感じることも理由の一つか。
「……でも霊夢のように可愛げが無いのが、アレか……」
「ああ、私も霊夢ぐらいの年のころはそれなりだったかもね」
「胡散臭い話だわ」
 はあ、とまたため息。
「――ふむ。まあ、気になるのなら今からでも、帰る?」
「…………?」
「貴女の家よ。結構気になってるんでしょ。雨間の境を引くぐらい簡単だけど」

 ざあざあ、という雨の音が――途切れた。

「――――八雲 紫、いくらなんでもお節介だ」
「――――年寄りは世話好きなのよ、お嬢さん」

「…………」
「…………」
 しばらく緊張とも弛緩とも取れる沈黙が続き、雨音が再び遠く響きだした。
「…………」
 紫を相手に重圧をかけてみるなど暖簾に腕押し。
 レミリアをお嬢さん呼ばわりできるのは紫ぐらいなものだ。
 ……はあ、とこれで最後にしようと思いながらレミリアはため息を吐いた。
 そして、ぱちり、とレミリアが角を打った。
 ざあ、ざあ、ざあ。
 ぱち。
 ざあ、ざあ、ざあ。
 ぱち、ぱち。
「…………」
「…………」
 雨の夜は、静かに過ぎていく……。






 暗い雨夜の、暗い魔法の森でも、魔法使いの家は明かりが灯っていた。
「……反射、屈折、膨張、収縮、加速……」
 安楽椅子に深く腰掛け、瞑想するように目を閉じている魔理沙は、怪しげに単語を呟いていた。
「……なにぶつぶつ言ってるのよ」
 机について、読みかけの本に向かっているアリスは鬱陶しそうに訊く。
「ん、寝言だ」
「寝言は寝て言ってちょうだい」
 魔理沙の戯言を切って捨て、アリスはお茶の入ったカップを傾けた。カップの残りは少なく、飲み干した。
「ほんとのとこを言うと、まあ、新スペルについて思案していた、というところだ」
「ふぅん」
 アリスはカップを置き、ポットに手を伸ばそうとする。
 と、その前に上海人形がカップにお茶を注いでくれた。
「あら、ありがとう」
 思いがけず、アリスが礼を言うと、上海人形もぺこりとお辞儀した。
「いい子だなぁ……」
 感慨深くアリスは呟いた。
「今のは、使役したわけじゃないのか?」
 不思議そうに魔理沙が訊いてきた。
 ええ、とアリスは答える。
「魔力の供給はしてるけど、使役はしてないわ」
「単に反射行動なのかと思ったけど、そいつの動きがえらく人間染みてたな。何か憑けたのか?」
「いいえ。勝手に自我が芽生えたって言ったほうが近いかな。気づいたのは今日だけど」
「へぇ。何かしたわけじゃないのか?」
「んー、使い魔みたいに長いこと魔力を与えつづけてたし、そのうちこうなるとは思ってたけど……。……あ、昨日、この本を読みながらいくつか魔法のイメージをしたから、そのせいかも。この子はお気に入りだから、イメージ上でスペルの起点にしてたわ」
「なるほど」
 流石は魔法使いだぜ、と呟いて魔理沙は目をつぶった。
 この場合魔法使いとは、狭義の魔法使いを指す。
 魔法使いの魔法は常にオリジナル。
 魔導書を用いたとしても、それは魔力とイメージの喚起に用いるだけ。
 即席の魔法なんて朝飯前だ。
「……だからどう、ってこともないけどな」
「なによ?」
「寝言だぜ」
「寝て言え――って、なんだか面倒になってきたわ」
「まだ二回目だぜ?」
「あんたに付き合うのがよ。いきなり風呂場に引っ張り込まれるし」
「いいじゃないか。手間が省けたろ」
「なんの手間だ、なんの」
 どたばたの共同入浴の後、上海人形にバスタオルを手渡されたアリスは、脱衣所に無造作に置かれていた大きな布包み三つを見つけた。
 分厚い生地に断熱の魔術が込められていることに気づき、魔理沙にこれが何なのか訊いた。
 断熱という魔術で封印してあるため、危険物かどうかという心配もあったのだが、中身が氷柱であると聞きアリスは色々と納得した。
 そして、納得して振り返ったアリスは驚愕した。魔理沙が勝手に、当たり前のようにアリスの服を着ていたのだった。
 そこで魔理沙は一言、感心したように。
『アリス、お前、結構胸あるんだなぁ』
 そこでまた一悶着。
 その後もお茶やら、夕食やら、読書やらでたびたび衝突を起こしながら、結局二人で過ごして今に至った。
 アリスがいい加減に面倒に思うのも仕様が無いことである。
 それでも、相手をするのが面倒だから、喧嘩ばかりの犬猿の仲だからといって、アリスは魔理沙を追い出さない。
 未だ雨が止まないというのが一つ。
 もう一つ、読んだ本の感想を言い合う相手が欲しいというのがあった。
 アリスにとっては真に遺憾ではあるが、この手の話ができるのは魔理沙以外に居ないのだ。少なくとも近くには。
 正味二時間ほど雑談、討論の後、魔理沙は小休止、アリスは読書の続きとなった。
 魔理沙の服は乾かしたので、もう元の黒白に戻っている。
「…………」
「…………」
 ざあざあ。ぱさり。
 雨音。本をめくる音。
 暇を持て余した上海人形はくるくると踊っている。
「なあ」
「なによ?」
「そいつ、確か『呪詛』だったよな。えーっと、魔彩光だったか?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「いや、全然、呪いって感じしないなって」
「ああ……。消耗品だったのよ、その子の呪い。スペルごとにだんだん減っていってね。おまけにこの間、霊夢の札が直撃しちゃって、すっかり浄化しきっちゃったみたいなの」
「ほー」
「今でも同じスペルが使えないわけじゃないけどね。呪詛がお好みなら、蓬莱人形がいるけど? あの子のは中々しぶといわよ」
「そういうつもりで聞いたわけじゃないぜ」
「わかってるわよ。……あー、あんたが話し掛けてくるから気が散るわ」
 アリスは言って、立ち上がった。
「外出か? まだ雨降ってるぜ?」
「違う。工房(アトリエ)でちょっと作業するの。――おいで」
 机の上でステップを踏んでいた人形を呼び、アリスは作業室――工房へ向かった。
「見学は?」
「駄目」
「了解」
 アリスは工房のドアを閉めると、内側から部屋そのものに封をした。
「ふむ。本腰を入れた作業と見える」
 残された魔理沙は呟き、身動ぎをして居を正すと、脱力した。
 流石に魔法使いの作業中にちょっかいを出すほど落ちぶれてはいない。
「ん~……」
 良い座り心地だぜ、と椅子を評価。このまま寝るのも悪くない。
 そして、何気なしに首を回すと、窓から外が見えた。
「――――おや?」
 雨が、止んでいる?






 吸血鬼が活動する時間帯は夜だ。
 だから普通は夜に寝るなんて、人間のような真似はしない。
「――――!」
 だからフランドールは自室に戻らず、未練がましく外を睨んでいた。そして、
「……妹様?」
 夜の見回りをしていた咲夜が、そろそろ就寝してはどうかと上申しようと、夕食後から張り付いていた窓辺に行ってみると、居ると思っていたフランドールの姿は無かった。
「…………部屋に戻られたのかしら」
 それは、完全で瀟洒な従者とされる十六夜 咲夜にしては、信じられないほどの浅慮だった。
 ――注意深く見なくとも、窓は僅かに開けられており、その外ではずっと降り続いていた雨が止んでいたのだから。
 しかし彼女にしてみれば、そんなことに回す気は無かった。
「……せっかく……」
 呟いた言葉は続かない。
「だめだめ……」
 かぶりを振って、未練を引きずる思考を振り切ろうとする。
 いつも凛とした姿のメイド長は、今ばかりはとぼとぼとした様子で歩いていった。







 どこにいこう? どこにいこう? どこにいこう?
 矢のごとく紅魔館を飛び出したフランドールは、目を爛々と輝かせ、落ち着き無く飛んでいた。
 おあずけにされていた外出の禁断症状からようやく開放された反動か、注意力はこれ以上ないほど散漫になっている。
 とりあえずの目標を博麗神社においたフランドールだが、きょろきょろと忙しなく外界を覗っていて、行程は遅々として進まず、ようやく湖を越えたあたりだった。
「あれ?」
 それだけきょろきょろしていたにも関わらず、彼女は空の様子に全く気づいていなかった。
 すっぱりと切れていた雲があっという間に元通りになり、雨が降り始めようとしていた。
「え、わっ!? ――――ちょ、ちょっと待ってー!?」
 雨が待ってくれるはずもなく。
「ひぇーーー!!」
 咄嗟に急降下。森の中に身を滑り込ませる。
 これで『雨』に直接さらされる危険は減った。まだ危ないけれど。
 暗い森は視界が悪いが、その程度は吸血鬼には関係ない。
 木々の間を疾走しながらフランドールはこの危機的状況を打開する案を考える。
「えぇっと……!」
 落ち着け、落ち着け。はしゃぎすぎた。こういうときは……
「――あーーまーーやーーどーーりーー!」
 絶叫しながら、フランドールは雨宿りできそうな場所を探し始めた。
 紅い疾風が森の木立を切り裂かんばかりに、駆け抜ける。
「邪魔ー!」
 というか、邪魔な樹は実際なぎ倒していた。
「って、きゃー!」
 しかもそのせいで余計に雨に濡れそうになりながら。
 ……はたして、フランドールは雨宿りできそうな場所を見つけることができた。
 小高い丘の崖、その横穴に、その身を滑り込ませた。決して大きくは無いが、フランドールが翼を広げてもぎりぎり引っかからない程度の広さはあった。元は大きな動物の巣であったのだろう。もちろんフランドールはそんなものを恐れない。
 それよりも横穴の深さがそれほどではないため、風の具合で少しではあるが雨が吹き込んでくることのほうがよっぽど怖い。
 だからフランドールは覚えたての魔法を使った。
「――水は嫌いディスライク ウォーター
 杖を使って岩に魔法陣を刻み、一息で呪句を唱えた。
 練習を重ねた成果か、大急ぎで発動させたが、陣に乱れは無かった。
「ふぅ」
 魔法陣の真中に座り込み、一息つく。
「あーもうー」
 憮然として岩の上に寝転がった。
 なんだか全然うまくいかない。こんなことなら外に出るんじゃなかった。
 家の中ならまだ誰か捕まえて気晴らしの弾幕ごっこがやれたのに、一人で外に出てしまえばそうもいかない。
 もしかしたらここまでお姉さまの差し金だろうか……さすがに考えすぎのような気はするが。
 暇で、退屈で、死にそう。吸血鬼は首をつっても死なないが、退屈には殺される。
「……………………はぁ」
 不貞寝してやる、と呟いてフランドールは目を閉じた。
















 日が昇り、朝が来た。
 早朝未明に雨は止んでいた。丸半日ほど降っていたことになる。
「これでまた、不意打ちで降り始めるなんてことはないでしょうね……」
 雨戸を開け放った寝巻き姿の霊夢は、不安そうに呟いた。
「今日は大丈夫よ」
 ちゃっかりと、まだ寝ているはずと霊夢は思い込んでいた紫が、こちらも寝巻き姿のまま顔を出して言った。
 根拠は? と訊くと、勘よ、と返ってきた。
 なんだそれは、と霊夢が呆れると、紫は笑って、
「貴女だってそう思わない?」
 と訊いた。霊夢は少し考えて答える。
「思う」
 博麗の巫女の勘は外れない。
 ならば今日は雨は降らないのだろう。
「あんたが起きてるとは思わなかったわ。レミリアはまだ寝てる?」
「お嬢さんはついさっき、飛んで帰ったところよ。用事を思い出したって」
「なんだ、帰ったの。せっかくだから紫も帰ったら?」
「嫌よ。霊夢は朝ご飯に何を食べるのか楽しみにしてたんだから」
 楽しみと言われても別に大した物は食べていないはずだけど、と苦笑しながら、霊夢は台所へ足を向けた。






 目覚めは良好。寝床代わりの椅子はいい按配で、寝違えたりした様子は無い。とりあえず問題は……
「腹減った」
「目が覚めての第一声がそれか、あんた」
 生理的欲求にしたがって呟いた独り言のつもりだったのだが、この場には家主がいた。
 そういえばそうだった、と魔理沙は寝起きの頭を覚醒させた。
 アリスは既に朝食を済ませていて、食後のお茶を飲んでいる。
「私は健啖だからな。一日三食きちんと摂らないと調子が出ない」
「本当?」
「嘘だぜ」
 何かに集中すると、一日二日食事を抜くことなんてざら。当然不眠不休でだ。
「んで、何か私にも食べられるものは?」
「ああ、それなら」
 ほれ、とアリスが示した先からは、上海人形が万歳するようにトレイを掲げ持ってやってきた。
 小さな体で大きなトレイを持っているのは見た目には危なそうなのだが、意外にもしっかりした足取りで(といっても宙を飛んでいるのだが)無事にテーブルに並べられた。
 上海人形は、ぺこりとお辞儀すると、くるくると舞いながら離れて行った。
「……気のせいか、あいつ昨日よりもえらく機嫌がいいような」
 よくわかったわね、と呟いてアリス。
「正式な使い魔にしたからね。魔力の貯蔵量が増えたし、体が軽く感じるそうよ」
「ほー。ちなみにこれを作ったのはアリスか?」
「私よ。私以外に誰がいるのよ」
「いや、そいつがあんまりに元気良いし、作っちまったのかな、と」
「良い勘してるわ。でも、この子まだ料理の仕方を知らないのよ。作ろうとして包丁を取ったはいいけど、どうすればいいのかわからなくて困ってたわ」
「つまり、私の朝飯があるのはそいつのおかげというわけか」
「そういうことね」
 アリスの言葉を聞いた魔理沙は、上海人形と向き合うと、
「ありがとな」
 と笑顔で礼を言った。
「――――」
 礼をいわれた上海人形は一瞬静止した、
「うわっ、なんだ」
 と思ったら、天井にぶつからんばかりに飛び上がって、物凄い勢いで踊りだした。
「……えーっと……? しゃべれないのかこいつ」
「声帯なんてないからねぇ」
 そのうち話せるようにはするつもりではある。
「となると、これは喜んでいるのか」
 昨晩からよく踊っていたが、これは人形なりの感情表現だったらしい。
「そのようね。しゃくだけど」
「しゃくなのか」
 自分の使い魔が他人に心奪われて良い気分になる主人がいるはずが無い。しかも使い魔とは、主人の分身とも言うし。
「――――」
 くるくるくる、と三割増に舞っていた上海人形は我に返り、はたと止まって、魔理沙に深々と一礼した後、改めて歓びのダンスを踊りだした。
「むぅ」
 アリスは面白くなさそうに唸った。






 レミリアが紅魔館に戻る帰路につき、もうじき館が見えてこようかというとき、なぜか門番が二重の意味で飛んで来た。
「――あ! レミリアお嬢様でしたか。おかえりなさいませ」
「どうかしたの?」
「妹様が、昨晩外に出られたまま、行方がわかりません。それで……」
 朝になって気づいたメイドたちは大慌てで捜索活動を始めた。
 メイド長が館内をくまなく飛び回ったところ、紅魔館の中には居ないと判り、すぐさま周辺及び関係各所へ探索に行くようにとほぼ全てのメイドに指示を飛ばした。
「神社にはお嬢様が居られると思いまして、捜索隊は向かっていません。ご一緒ではないようですね」
「フランは来てなかったわ。魔理沙の家には?」
「真っ先に。しかし誰も。家主の姿も無く」
「それは参ったもんだ」
 フランドールが行くところといえば、博麗神社か魔理沙の家ぐらいしか心当たりはないのである。その両方が駄目であるなら、人海戦術しかない。
「ああ。それで」
「ええ。館のメイド、警備隊はほとんど出払っています。大きな気配を感じたので、私が参りました」
 もし関係の無い襲撃者が訪れても問題なく対処できるように、少数精鋭の守りを敷いている。
「じゃあ、咲夜も館に残っているのね」
「ええ……。それに――ああ、いえその、咲夜さん、少し体調が思わしくなくて」
「……はい?」
 それは聞き捨てなら無い。レミリアは美鈴に詰め寄った。
「その……言いづらいのですが、えと、二日酔いで……」
「はい……?」
 今度は呆気に取られる。レミリアの様子に慌てて美鈴は取り繕うように言った。
「えぇっと! 何か昨日は咲夜さん落ち込んでて、何も言わずに私の部屋に来るや、黙ってお酒を飲み始めまして」
「あー……」
 レミリアが思い返すのは、昨日のうな垂れた従者の様子。
 しょうがないわねぇ、と呟いて、門番を急かした。
「とっとと帰るわ。貴女だって暇なわけじゃないんでしょうし」
 それに、と付け足す。
「アレのことなら、そんなに心配しなくてもいいでしょ。そう簡単にくたばる妹じゃないわ」






 本来、吸血鬼にあるまじき起き方。
 朝陽の眩しさで目が覚める。
「――――――っ!?」
 声にならない悲鳴をあげながら、フランドールは狭い洞穴の中で目を覚ました。
 とっさに奥に転がって日光をひとまず避けたが、穴の開いている向きが悪い。入り口が東南に向かって開いていて、日が昇ってくれば逃げ場がなくなってしまう。つまり、すでに逃げ場はないのだ。
「夜明け前に起きなかったのは失策だったわ……」
 フランドールは穴の最奥に背をつけ、むすっ、としながら呟いた。
「さて……」
 どうしよう。
 一番妥当な案は、曇るのを待つ、というのだ。
 その間に外に出て、森の中に逃げる。森の中なら日陰に事を欠かない。昼間でも夜のように暗いくらいだ。
「しかし……」
 直射日光を見ないように、外を覗って見ると憎たらしいほどの快晴。日が昇るほうが早そうだ。
「……吸血鬼って、生き埋めにされても大丈夫だったっけ……?」
 洞窟そのものを破壊して、土の中で夜を待つというのどうだろう。
 問題は、絶対に退屈になるということだ。森の中なら散歩もできるが、土の中ではそうもいかない。それに、なにかしら吸血鬼が生き埋めに対して弱点を持っていたら危ないし。
「迷ってる暇はないのよね……」
 妥協案として、入り口のところだけ壊して、穴を塞ぐというのはどうか。
 生き埋めにもならないし、覗き穴も作って、曇りを見計らって森の中に飛び込めばいい。
「よぉし」
 ぶん、と魔杖を振り、洞窟を入り口――の天井部を見据える。
 杖を握る手に力が入る。そして、力を込める。

 ―――レーヴァテイン。

 破壊の炎を纏った剣を構えて、フランドールは狙いを定めた。
(手加減、手加減。思い切り壊したらダメ。少し崩壊させるだけ。消滅させたら元も子もなし……)
 杖に込める魔力を調整。レーヴァテインを維持できるギリギリまで威力を下げる。
(これが面倒なのよね……)
 ぎりぎり、と緊張と集中で力が入りつつも、魔力を絞った。
(――――よし!)
 あとは、狙い通りの場所を壊すだけ――

 ――そのとき、ふっ、と“闇”が射し、

「―――誰かいるのー?」

 と、誰かが洞穴を覗きこんだ。

(え?)
 その誰かは、フランドールのように金髪で、紅い眼をした少女だった。

「あ――――」
 と、フランドール。驚きで手元が狂う。
「え――――」
 覗きこんだ人影は状況を把握できなかった。そして、

 ――――ばしぃ
「きゃう」

 狙いを外したレーヴァテインが、少女の脳天に炸裂した。






 正門で門番と別れて、邸に入る。
 こっそりと。
「…………」
 呼び出せば出てくるのだろうが、それは面白くないので。
(さてさて……)
 落ち込んでいるという我が従者はどこにいるのか。
 手っ取り早く、咲夜と遭遇する運命を引っ張る。
 いくつかヴィジョンが視える中、最も早く遭えるのは……
「廊下ね」
 ――掴んだ。
 いつもどおり廊下を掃除しているらしい。
 視えた様子では、モップを立て、柄に両手を乗せ、さらに顎を乗っけてだれていた。
 瀟洒なメイドらしくない様に、苦笑する。
 やれやれ、寂しがり屋な犬だこと。
 気配を消しながら、件の廊下を目指し、運命を辿る。
 ほどなく、従者の後姿が見えた。物憂げにモップを動かしている。
「…………」
 後ろから静かに近づき、聞き耳を立ててみると、なにやらため息をついて呟いていた。
(せっかく、とかなんとか……)
 しょうがないなぁ、と内心呟いて、後ろから首に抱きつくように、従者に飛びついた。
「――お、お嬢様っ!?」
 完全に不意を突かれた咲夜が驚いて、モップを落とした。
「ただいま、咲夜」
 意に関せず言う。
「あ、おかえりなさいませ……」
 ばつが悪そう答える従者。
「ねぇ、昨日の菓子折りなんだけど」
「……はい」
「どういう経緯で手に入れたのかしら」
「…………? ええっと……」
 人間界へ買出しに出た際、たまたま五十箱限定で販売されていた、と咲夜は説明した。
 お菓子作りについては興味もあるし、そろそろ弾みが欲しいと思っていた。
 向こうでは名の知れたお菓子作りなのか盛況で、なんとなく並んでいたのだが、偶然ギリギリ手に入ったという。
 味見をしてみようと箱を開いてみて、思いのほか美味しそうだったので一口も手をつけずに持ち帰ってきた、ということらしい。
「ふぅん。それだけ?」
「? あー、限定五十個なのに、実際に売られたのはそれよりも少なかったですね。紛失したそうです。……私は盗ってませんよ」
「疑ってはいないけど。――だけど、それで」
 あの隙間妖怪は手に入れたわけだ。あの菓子折りを何の苦労もなく。
 訝しげに咲夜が窺ってくるが、あえて無視する。
「さて、普通のご飯しか食べてないから、お腹すいたわ。何か準備してね」
「わかりました」
 機械的な咲夜の返答。これも気にしない。
「あと、午後のお茶には付き合いなさい」
「わかりました」
「せっかく、咲夜が手に入れたお菓子だもの。みんなで味わうわよ」
 と言って、隠しておいた菓子折りを見せた。

 ――目を丸くして驚いた咲夜の顔は見物だった。



(あ、尻尾)
 ぱたぱた振っているのが幻視えた。








 日が昇りつつあった。
 博麗神社で朝餉を馳走になった八雲 紫が、迷い家に戻ってきていた。
「朝と昼の境界、ってところね」
 日傘をつい、とずらし空を覗き見る。
 嫌になるくらい快晴だったので、ふと呟いてみた。
「また誰かさんが霧とか出さないかしら」
「そんなことされたら、畑が全滅してしまいます。おかえりなさいませ、紫様」
「ただいま、藍」
 式の藍は畑仕事をしていたらしく、割烹着にほっかむりという姿をしていた。
「何か変わったことは?」
「特には。結界のほうもだいたい安定してます。私でできる分の補修点検は終えていますが、気になるところもあるので、視ておいてください」
「気が向いたらね」
 早めにお願いします、という式の言をやんわりと無視する紫。やれやれ、と藍。
「昨日はどこへお出かけに?」
「神社にね。お茶菓子が手に入ってきたから披露してきたわ」
 そうですか、と気の無い返事。
「二度寝するからお昼ご飯が出来たら呼んでちょうだい」
「了解です。寝れなかったんですか?」
「一応寝れたわよ」
「そうですか。それでは」
 畑仕事に戻ろうとする藍に、そうそう、と紫が声をかけた。
「三時のおやつは楽しみにしておいてね」
「?」
 隙間から落ちてきたお菓子は、一つではなく二つだったのだ。









「さて、と、っと」
 行くか、とアリス邸の前にて、背伸びをして魔理沙は言った。
「とっとと帰れ」
 しっしっ、とやりつつもアリスは見送りにきている。傍らには上海人形が浮いていた。
「忘れ物とかないわよね?」
「無いぜ」
 一晩置きっぱなしにされていた氷柱三本も、再び魔術を込められたロープで箒に吊り下げられている。
「――おお、そうだ」
「あった?」
「いや、一宿一飯の恩義というやつを忘れていた」
「忘れものね。一応」
「というわけで、おすそ分けだぜ」
 魔理沙は氷柱の一本をロープから外し、いや僅かに引っ掛けつつ、アリスに向かって放り投げた。
「な!? んなもんを放るなっ!」
 重量操作の魔術が解け、ずしり、と重たい氷柱を、慌ててキャッチするアリス。
 もしや昨日の意趣返しなのだろうか、アリスは思った。
「しかも、これ、どう使うって言うのよ」
「割となんでも使えるぜ。触媒、媒体、納涼に観賞に氷菓子」
「まともなのは最初の二つだけじゃないの。いや、逆なのかしら……」
 とっさに魔法使いとしての用途を考えたが、魔理沙ならば後ろ三つの方が本命かもしれない、とアリスは思考回路を働かせた。
「んじゃ、私は行くぜ。上海も、またな」
 とーん、と地面を蹴り、箒が宙に浮かぶ。
 挨拶をされて、上海人形は力いっぱい腕を振った。アリスは先ほどの疑問を考えていたので、微妙に反応が遅れ、顔を上げただけに留まった。
 しかしふいに、本が借りっぱなしであることを思い出して、飛翔を開始した魔理沙に向かってアリスは叫んだ。
「あの本! “また貸し”なんでしょ、どうするのよ!?」
「――あー? 満足したら、湖の紅い館の図書館に返してくれていいぜ」
 それでいいのか。その図書館の司書は認めているのか。
 当然の疑問を投げかける間もなく、魔理沙は自慢のスピードで飛び去っていった。
「……というか、湖の紅い館って紅魔館でしょ。……気が進まないなぁ」
 腕の中の氷柱とは別な重さを感じつつ、アリスはぽつねんとして呟いた。上海人形はくるくると踊っていた。







 いつもどおり美鈴が門の前で番をしていると、雲も無いのに周囲が闇に包まれた。
「……夜の子ね」
 時々ふらりと訪れる宵闇妖怪で、知り合いである。
 一度、レミリアを狙いに来た妖怪と勘違いして、撃退したことがあった。ただ単に散歩をしていただけだったそうだが。
「どうしようかな……」
 一応様子を見に行ったほうがいいのだろうか。
 緊急事態ということで、防衛態勢がシリアスになっている。しかし、危険度が極めて低い相手だとわかっているのだ。
(あ、でも)
 フランドールを知らないかどうかぐらい聞いてみてもいいかもしれない。
 できれば探してもらいたい。ルーミアの夜の中ならフランドールも安全だし、誘われて現われるかもしれないし。
「よし」
 門の守りを他に任せて、飛び立った。
 ほどなく予想通りの宵闇妖怪の姿を見つけ、そして予想外の妹君の姿があった。
「あ、――フランドール様!!」
「あれ、美鈴?」
 美鈴は驚きのあまり無作法にも大声を出してしまったが、フランドールは気にしていない様子だった。
「おかえりなさいませ。ご無事でしたか」
「ただいまー」
 とりあえず無事がわかり、ほっ、と胸を撫で下ろす美鈴。
 そして、館のほうを向いて、深呼吸し、
「――みなさーん! 妹様がお帰りになりましたよー!!」
 とんでもない大声量で、伝達した。どんな肺活量なのか、近くに山もないのに木霊まで聞こえてきた。
「?」
 まさかそんなに大騒ぎになっているとも知らずに、フランドールは首を傾げる。
「まあいいわ。行こう、ルーミア」
 振り返り、同行者に声をかけた。
「うん」
 と、金髪で紅い眼をした少女、宵闇妖怪のルーミアは答えた。
「そちらは?」
「日光で困ってるところを助けてくれたの」
「ああ」
 予想通りになったわけだ。
「弾幕ごっこもしたね」
 と、ルーミアが言った。それには驚く美鈴。
(え――妹様と弾幕ごっこして、無事なの!?)
 そんなに強い妖怪ではなかったはずでは、と美鈴はルーミアを見返した。
「日光が邪魔で、思いっきりできなかったんだけどね。だからうちに来てもらうことにしたの」
 フランドールのレーヴァテインで叩き落されるルーミア。
 ルーミアが墜落したせいで夜の外に出かけてしまうフランドール。
 そんな光景を美鈴は想像した。
「そうでしたか」
 と納得して、美鈴は紅魔館の帰路についた。フランドールとルーミアを先導する。二人は二人で、
「地下だったら思いっきり遊べるから、たくさん遊ぼうね」
「うんー」
 となどと話している。ほどなく紅魔館正門に到着し、美鈴はそのまま玄関まで見送った。
 玄関ではなぜか、レミリアがフランドールたちを迎えた。
「おかえり、フラン」
「あ、お姉さま。ただいま」
「こんばんは」
 何気なしに挨拶をするルーミア。レミリアは内心少しだけ驚いた。
「……いきなり訪れた夜は貴女ね。妹が世話になったみたいで」
「あ。えっと、私のお姉さま。レミリアお姉さま。こっちはルーミア」
 フランドールが互いの紹介をする。
「はじめまして」
 ルーミアは物怖じせず、挨拶を受けた。
 レミリアは、不思議そうにルーミアを見ている。
「…………?」
 首をかしげるルーミアに、なんでもないわと断って、
「それじゃ、あとでお茶の時間なったら呼ぶから、遊んでらっしゃい」
 とレミリアは言った。
「はーい」
 行こっ、とフランドールはルーミアを連れて、遊べる場所へと向かって行った。
「…………」
 残ったレミリアは、首をかしげて、
「珍しいな。私を直視して何も感じない奴なんて」
 と呟いた。







 昼の博麗神社。
 暑さに負けて、昨日に引き続き掃除を放棄した霊夢は縁側に引っ込んでいた。
「また誰か霧とか出さないかしら。しばらくだったら歓迎するんだけど」
 どうでもよさそうに呟きながら、熱いお茶を自分で淹れて飲む。
「暑いわねー」
 チルノでもやってこないかしらねー、とか都合のいいことを考える。
 寒さには割と強いのだが、暑さにはちと弱い。
「水風呂とか」
 あ、結構いいかもしれない。
「禊という名目で水遊び」
 とか。
 うむ、これはよいことを思いついた。適当な清流を探しに行こうかしら。
 などと霊夢が考えていると、
「おーい」
 魔理沙が箒に乗って現われた。
「これはちょうどいいところに」
 やる気のなさそうに霊夢が言った。
「ん?」
「その箒で、代わりに掃除してくれない? 暑くて」
 やってらんないのよ、というジェスチャー。
「断る。こっちだって暑いんだ」
「その格好やめたらきっと涼しいわよ」
「お前さんだけには言われたくないぜ」
 軽口を叩き合いながら、魔理沙も縁側に上がる。
 ごとり、と音をたてて転がされた魔理沙が持ってきた太く厚そうな包み。霊夢はそれを見て言う。
「何その、暑そうな包み」
「おー、土産だぜ」
 じゃーん、と効果音付で披露する魔理沙。
 現われた氷柱がきらきらと光る。
「涼しげね」
「おう」
 実際、通る風がひんやりと涼しく感じられた。
「で、どうするの。くれるのならありがたくちょうだいするけど」
「いいぜ。あと一本あるからな。氷室にでも突っ込んでくれ」
 魔理沙の気前のいい台詞に、ふむと頷いて霊夢、
「その前にかき氷にでもしたいところね。のこぎりとってくるわ。あと小豆」
 言って立ち上がる。
 氷をそのままにしておくと融けそうなので、包みなおしておいて、と言い置く。了解との返事。
「そうそう、シロップ持参してるぜ」
「ふーん、イチゴミルクは?」
「ある」
「よし、キープ」








 梅雨の晴れ間のこんな一時。
 幻想郷はおおむね平和だった。





 終わり。





























「あれ、ルーミア。リボンが曲がってるわ。直してあげるね」
「――――ありがとう」



                   Next PHANTASM...?
 こんばんは。
 ショートショートを除くと、その5以来の投稿になります。
 はじめましてな方も多いでしょうか。

 やまもおちもなく、そして長いとか。
 そもそも梅雨っていつの話ですか。
 肩の力を抜きまくって、遊び心をふんだんに取り入れてみました。
 ……取り入れすぎました。うん。えーっとごめんなさい。
 絵板やら、他の作品やら、影響や被り、参考にしたものが多すぎます。
 そのくせ永夜抄前に書き始めたから勘違い設定が。
 なんか、どうしようもない気がしてきた……。_| ̄|○

 ただただ、(私の中の)幻想郷を書き連ねてみた、という感じです。
 いかがでしょうか……?(^^;
 ここは違う、ここは変だ、という点はどんどん突っ込んでください。

  <後日追記>
 一部誤字訂正、修正を入れました。
 コメント、評価、本当にありがとうございます。

>Next PHANTASM...?
 あくまで「?」なのです。予定は未定なのです。
 むしろ誰か書いてくれませんかー(駄)
 Exルーミアには漠然と、フランドールと同じくらい、というイメージしか持ってません(^^;
 興味が無いといえば嘘になるのですが……。

>上海人形
 迂闊でした。ありがとうございます。
 そのうち話せるようにはするつもりではある。
 という一文を追加しました。この時点では、まだ、という扱いで。
 これを皮切りに、他の人形たちにも同じようにしていったりとか。

>日常
 満喫していただけたら、本望です。
 むしろ他の作者の方々と違って、それしかない気もします(^^;

>他の作品
 作品その5で作者検索を掛けたら全部出てきます。
 あと、HPでも同じ物を公開しています。
 結構自信ありますよ?(何)

>おかえりなさい
 うわぁ、えーっとお待たせしました(^^;
 ほんとはせめて9月中には書き終えたかったのですが、すみません。_| ̄|○

>背景
 適当に自作したものを入れてみました。見やすくはなったでしょうか。

(蛇足めいた言い訳兼後書きもHPにて公開しました)
峰下翔吾(仮)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kiwami/th/
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コメント



0.8980簡易評価
5.70名前が無い程度の能力削除
作中の表現でいえばこの作品は色彩豊かなお菓子の詰まった箱というところでしょうか。
ほのぼのしてて良かったです。
幻想郷は毎日こんななのでしょうねw
ファンタズムは楽しみにしていいですか?w

>上海人形
おそらく喋る事が出来ます。
永夜抄のプロローグのストーリーを見てもらえれば人形達はしゃべっていますし。
7.無評価IC削除
お帰りなさいませ。ずっと待ってましたよ…と。

長さをまったく感じさせないくらい、一つ一つのエピソードがすごく魅力的でした。
それに彼女たちがすごく「らしい」

肩の力を抜いて…とのことですが、私も読んでいて肩の力がすうっと抜けるのを感じました。
9.90色々と削除
幻想教の割と平和な一日を堪能させて頂きました。
みんなたのしそうですねぇ・・GJ(´ω`)
16.80七死削除
山なく落ちなく意味もあまりなくってのが幻想郷には大事なんすね。 改めて再認識しました。

下手に説教臭くなったり壮大にしたりするより、何も無い日常を楽しく書くことがなんと難しい事か。 それなのにも関わらず、この見事な御手前、爪の垢を頂きたい限りでございます。
18.60名無しっぽい人削除
まったり読ませてもらいました。

特にアリス&上海&魔理沙のやりとりがよかったです。
52.80水冬削除

私だけかもしれませんが、この背景は文字が読みにくい~。

日常をこの長さで書くと、普通はだれてしまうものですが……最後までおもしろく面白くえがいたのは見事です。 癒されました。
全てのシーンが私の琴線に触れ、ここが良い、と言えないのが残念(笑) 強いて言えば、妹様が可愛いー。

申し訳ないことに、この作品を読むまでは峰下翔吾(仮)さんの名前を知らなかったのですが、この機会に過去の作品を検索してみようかと。

60.70名前が無い程度の能力削除
長い話なのに自然にいつもどおりの彼女達を
感じさせてくれる手腕に脱帽です。

それぞれがそれぞれの空気を持ちつつも
それらが微妙なバランスで混ざり合っている、それが幻想郷。
といった感じです。
61.80名前が無い程度の能力削除
それぞれの日常、交差する日常。ああ幻想郷が幻視るようだ。
話のまとめ方、〆方が実に上手いと感じました。
こういった日常を描き出す形式のSSは大好きなので非常に気に入りました。

まぁ、Exルーミアvs妹様というようなバトル物も大好きなのですが、ね(?)
65.70いち読者削除
これと言って大きな変化も事件もない、ありのままの、日常としての幻想郷。
けれど、そんな日常の一部を覗いてみれば、こんなにも魅力に溢れた生活が見えてくる。
その日その日を生き生きと生きる、素敵な少女達の日常、堪能させていただきました。
お見事です。
73.80MSC削除
この日常的な会話がいいですね。
幻想郷のほのぼのした日、楽しそうです。
人間界と違って、文明・機械・化学が発展してない世界とはきっとこんな感じで毎日が過ぎていくんでしょうね。
87.70灰寺削除
飾りけ無くストレートにそれぞれの日常を過ごすキャラたち
これだけの登場人物でありながら
何の遺憾も破綻も無く、語りきってる所が素晴らしい

気が付けば読後って感じで…次回作も期待しております

88.90名前がない程度の能力削除
やまなしおちなし・・・その方が抵抗無く読めますね。
東方にはありふれた日常が微笑ましくて良いですね・・・
過去の作品でファンになってから貴方様の作品はこっそり心待ちにしておりました。やまなしおちなしご馳走様です。密かにファンタズムを楽しみにしておりま(ぉ
106.100rock削除
b
116.80名前が無い程度の能力削除
ph待ち
120.70名前が無い程度の能力削除
まったりまったりで、楽しめましたー
やっぱり良いですよねぇ、まったり
121.100no削除
これはとてもよいものを読ませていただきました。
167.100時空や空間を翔る程度の能力削除
リボンに手を掛けちゃらめーーー!!
紅魔館が無くなるーー。
168.100名前が無い程度の能力削除
日常を淡々と書き綴ったもの、しかもこれだけの長さのものを最後まで読ませるのはすばらしいです
幻想郷らしい、いい日常でした
169.100名前が無い程度の能力削除
するすると読み進めました。面白かったです。
189.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。
ルーミアがとても気になりました~
201.80名前が無い程度の能力削除
夏の夜の素晴らしい癒しでした