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星熊勇儀の鬼退治・零之伍~くちづけに至るまで~

2009/10/17 07:46:09
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このお話は
作品集65「おにごっこ~星熊勇儀の鬼退治・参~」

同作品集「温泉に行こう!~星熊勇儀の鬼退治・肆~」
の間くらいのお話ですが読んでなくてもあんまり問題ありません。










 勢いのままに押し倒したら顔面に蹴りを入れられた。まだ腫れは引かない。

「うむ――――歯がぐらぐらする気がする」

 三発だったからなあ三発。

 しかも同じ場所に正確に。割かし痛い。鬼じゃなければ骨が砕けてたかもしれない。

 まあほっとけば治るだろ。この分なら晩飯は食える。

「しかし……これほどとはな、パルスィ」

 あいつの貞操観念を甘く見過ぎていたかもしれない。

 打ち解けたから後はもうなし崩しで行けると思ったんだが。

 私が性急過ぎたのだろうかとも思わんでもないが、なんとなく違う気もする。

 うーむ。一度だけだけどあいつの方からくちづけしてくれたんだから嫌ってことはないだろうが。

 それに、嫌なら嫌と言うと言ってくれたんだし。

 む。

「……ふ、そういうことか」

 閃いちゃった。閃いちゃったぞ。

 くっく、パルスィもまた婉曲なことをしてくれる。いや、パルスィ故にか。

 あいつは素直じゃないからなあ。くっくっくっくっくっくっく。可愛いじゃないか。

「嫌よ嫌よも好きの内ってわけかぁっ!!」

「じゃかあしいっ! これ以上騒ぐんなら猿轡噛ますわよ!!」

 すぱーんと戸が開けられパルスィが出てきた。

「おおパルスィ。開眼したぞ。下ろしてくれ」

 私は水橋家の軒先に逆さに吊るされていた。

 蹴り倒された後、問答無用でミノムシの如く縄でぐるぐる巻きだ。指一本動かせん。

「そう。なんに開眼したのかさっぱりだけど閉じなさいそれは。嫌な予感しかしない」

「はっはっは。つれないなあ」

「それから絶対下ろさないから」

「……はっはっは。……まだ怒っていらっしゃるのでしょうかパルスィさん」

「は? なんのこと? 見当もつかないわね勇儀さん」

 やべえ。欠片ほども怒りが薄れてない。

 よく見れば包丁を持って出てきてた。ちょう怖い。

「……は、腹がへったなー……そろそろ下りたいなー……」

「今夜は熊鍋かしら」

 下手打ったぁっ!

 包丁から意識を逸らせようとしたのに逆効果だったあっ!

 ど、どうにか話題を逸らしていかないとまずい。私の命がまずい。

「な、鍋かー……そうだな、冷えてきたもんなあ。あはは寒いなそういえば」

「そう。じゃあそろそろ家に入れてあげましょうか」

 よっしゃあ! なんか簡単過ぎる気もするが上手くいった!

 私の話術も馬鹿に出来んな! 自画自賛できるぞこれは!

「両手足の腱を切ってから下ろしてあげる。安心して勇儀。手当てするから。絶対死なせないから。

治りそうになったらまた切ってあげる。何度でも何度でも切っては手当てしてあげる。

私が一生かけて面倒見てあげる。ずっとずっと芋虫みたいに動けないあなたを可愛がってあげる」

 パルスィは笑っていなかった。

 やべえ。これが噂に聞いたヤンデレか。ちょうこわい。

 パルスィは優しい奴だからそんなこと本当にはしないと思うんだが、嘘と言いきれない。

 だってあの目本気だもん。感情が見えない光を反射しない真っ暗闇みたいな目になってるもん。

「あの、パルスィさん。ごめんなさい」

「え? なに? 聞こえなかった」

「土下座するから下ろしてください」

「え? なに? 聞こえなかった」

 ……解決の糸口がまったく見えない。

 どうしよう。ここまで命の危険を感じたのは千年ぶりだ。

 よもやあいつへの愛情を示せなくて悶々としてた時の私より怒り狂うとは。

 はははやっぱ恋人だなぁ私たち。とち狂って言い出すことが丸被りだよ。

 ――――笑えない。

 なんでここまで怒ってるか冷静に考えなきゃならんな。

「…………」

 そうしなければ私は明日の酒も呑めるか怪しいのだが――

「――わからん……っ」

 まず下から脱がそうとしたのが拙かったのか、それともあれか。押しが足りなかったのか。

 いきなり脱がさずくちづけでめろんめろんにしてからじゃなければダメだったか!?

 ちらりとパルスィを見ると包丁が五寸釘と玄翁になっていた。

 ちょうこわい。

 ここは……真っ当に指摘して流すべきかもしれない。

 ちょっと頭の中で練習してみよう。

『こらパルスィ。いくら私でも頭蓋に五寸釘打ちこまれたら死ぬほど痛いんだぞ』

 ぷんぷん。

『そう。じゃあ心臓ね』

 私が死んだ。

 ……いっそ開き直ってみるのはどうだろう?

『ふふ、ここまでするたぁ欲求不満だね。今夜発散させてやるよ』

 ばきゅーん★

『そう。まずは両目ね』

 私が死んだ。

 ええと……おかしいな。何しても私が死ぬぞ?

 もしかして既に積んでいるのか私。

 はっはっは。いやいやまさか。両想いと確認した翌日にそんな。

 ――何時だかパルスィの家で読んだ恋物語じゃ幸せの絶頂で死ぬなんてのがあったけど忘れよう。

 ないない。現実はあんな芝居染みた展開にならないって。だから忘れろ私。

 ああ! なんで忘れようとするとより鮮明に思い出せちゃうのかなぁっ!

「……勇儀」

「はひゅい!? な、なんでしょうパルスィさん!」

「反省してる?」

「え、と――なにを反省すればいいのかなー……?」

 具体的にどこが悪かったのか本気でわからん。

 嘘は吐けないので素直に答えたのだが――拙かった。

「そう」

 やばい。死ぬ。

からから ぱたん

 顔面に釘打ち込まれるのを覚悟したのだが――パルスィはなにもせずに戻って行った。

「……あれ?」

 なんだろう。私が思うほど怒ってなかったのだろうか。それとも怒りが振り切れたのか。

 ……どうしよう。さらに凶悪な武器持って戻ってきたら。確か床の間に刀が飾ってあったんだが。

 激高しやすい奴だからなぁ……

からり

 ひぃっ!? 来たっ!?

ひゅっ がすっ どちゃっ

「あだっ!?」

 が、顔面から落ちた……! ミノムシ状態だから受け身も取れん……っ。

からり ぱたん

「ぱ、ぱるひぃ……?」

 戸は、閉じられている。パルスィの姿は、見えない。

 えー……と……これは――許してもらえた、のだろうか。

 見上げれば縄を切り裂き庇に刺さっている包丁。縄を切って下ろしてもらった――ようだが。

「……むう。わからん」

 あいつがなにを考えているのかさっぱりわからん。

 どうにか察するのがいいとは思うのだが、鈍感だと自覚している私には無理難題だ。

「もっと直截言ってくれればなぁ」

 まあ――プライドの高いあいつにゃそれこそ無理な相談だろうけれど。

 弱みを見せるくらいなら抱え込む、頼るくらいなら傷つくことを選ぶような奴だ。

 逐一私が考えにゃならんから――骨が折れる。あいつの為なら何本でも折れるのだが。

 んー……まあ今は縄を引き千切るか。馬鹿の考え休むに似たりだ。

「よっと――あれ?」

 ……びくともしないんですけど?

「ぬ、ぐ、ぬんっ、ぎぎぎ……っ」

 あれえ!?

「ぱ、パルスィ!? 縄切れないんだけど!?」

からり

「ああ。それ呪ってあるから」

「まじか」

「本気と書いてまじよ」

ぴしゃり

「……どうしろと」

 幾分か怒りが治まってはいるようだが、完全には許してくれてないようだった。

 …………

 ああ――つまり、そういうことか。

「ふ――本当に可愛い奴だなおまえは――」

 これは、私の愛を試しているんだな?

 この程度の呪いも破れんようでは愛が足りないと、そういう意味か。

 それは私を甘く見過ぎだぞパルスィ――

 こんなもの、本気を出せば妖力を使うまでもないわ――っ!!

「差し詰め今頃布団敷いて待ってるな!? よぉしパルスィ今行くぞぉっ!!」

からり ごきゃっ

 火鉢が顔面にぶち当たった。

 痛過ぎて悲鳴も出なかった。

「ぬ、ぎ――む、無言の突っ込みか……!」

 とりあえず宣言するのは拙いということは理解した。

 ん――宣言が拙い?

 ……無言で押し倒せということなのか? いやなんか違う。そこを間違えたら次こそ命がない気がする。

 ええと――そういえばさっきも私が叫んだら飛び出て来た。叫ばれたくないということか……?

 ははーん。恥ずかしかったんだな? それで怒ったのか。うむ。成程私の配慮が足りなかったようだ。

 抱き上げただけで恥ずかしがる奴だから当然と言えば当然か。

「つまり――夜這いか」

 古風な奴だ――だが、それもまた可愛いと云うもの。

 静かに抱かれたい、か――

 初心で恥ずかしがりやなお姫様というわけだ。くっく、愛いねえ。

 ならばお望み通り夜這いと行こうじゃないか――――













 縄を引き千切るのに夜中までかかった。

 ……どんだけ強力な呪いかけたんだあいつは……

 些か疲労困憊だが、問題ない。あいつへの欲情は留まる事を知らん。

 山の四天王、力の勇儀を甘く見るなよ。

 さて、夜這いに――行く前に腹ごしらえでもするか。結局晩飯食い逃したし。

 からりと戸を開け台所に向かう。ちゃっちゃと簡単なものでも作って

ぴんっ

 え? なんか足に

どどどっ

 顔を上げれば壁に矢が三本刺さっていた。

 足元に張られた糸と連動した罠のようだった。

「って、待て。なんだ罠って。ここ民家だぞ」

 はっはっは。そんな城じゃあるまいし普通の家に罠なんてええええええっ!?

 手足を突っ張ってなんとか落下を免れる――床が抜けて落とし穴になっていた。

 おまけに底には竹槍が所狭しと突き立っている。……さっきの矢といい、下手すりゃ即死だぞ。

 ……この罠の配置、見覚えがある。

 旧都にある私の屋敷に設置されてた罠と同じじゃないか。ってことは――

「私の屋敷建てた鬼の大工――あいつがこの家建てたのか――!」

 女の一人暮らしってなぁ物騒ですからねえ、とか言って河童も吃驚のからくり屋敷建てたあいつ!

 百年前にパルスィが言ってた家建てるのに頼んだ鬼がよりにもよってあいつだったなんて……

 私の屋敷に設置された罠、試しに作動させたら真っ先に私が死にかけたんだぞ!?

 ……ま、まあ作動させたの忘れて酔っ払って帰った私も悪かったんだろうが……

「しかし……この家で寝泊まりし始めて一週間は経ってるのに、罠があるなんて初めて知ったぞ」

 恐らく、パルスィは一度も罠を作動させなかったのだろうが――

 拙い。思った以上に怒ったままだ。こんな死に至る罠を作動させるなんて。

 ――――いや、待てよ――?

 これが、あいつなりの試練だとしたら……?

 あの縄の呪いにしたってそうだ。加減を知らんでやっただけなら。

 それは――存外筋が通る仮説だった。

 なにせパルスィは喧嘩慣れしてない。加減と云うものがわかってなくてもおかしくない。

 知らん相手ならおっかなびっくり手加減もするだろうが、親しい相手なら――

 ……私相手なら、ついつい全力を出してしまうこともあるだろう。

 心を許して、箍が外れているだろうから。

「――ふ」

 いいだろう。受けて立つよパルスィ。

 あんたの試練を乗り越えて――夜這いを完遂してみせるっ!!

 がばっと落とし穴から這い出た私の目に映ったのは、今まさに振り下ろされんと飛んでくる木の杭だった。

 寸でで躱し廊下に飛び出す。

 パルスィの部屋まで――ざっと五間ってところか――

 目を凝らせば、あちこちに糸が張られている。迂闊に飛び出せば蜂の巣だなこりゃ。

 んじゃまあまずは一歩、と。

 壁に手をやり支えながら――かちり?

 見れば壁が凹んでいた。

「ぬわぁっ!?」

 槍が飛び出してきた!? って、どこから……あっ!?

 まず、糸を踏んづけて――斧が飛んできたー!?




 結局、見渡す限りの罠に全て引っ掛かった。

 廊下はもう原形を留めていない。

 剣林弾雨とはこのことか――否、旧地獄なのだから剣樹地獄と称するべきか。

 まあどっちでもいい。どうやらこれで――打ち止め、らしい……

 辛く長い夜だった…………うんおかしいよなこの距離であの罠の数は。

 つーか設置から百年経っても正常に動作する罠もおかしい。

 本気出し過ぎだ大工。ちょっとした軍隊くらいなら壊滅出来るぞこの家一軒で。

 パルスィの部屋の前でへたり込んでしまっている。

 ええと……何時間かかったんだここまで来るのに。

 頭に噛みついたままだったトラバサミを取って放り捨てる。

 …………疲れた。

 矢に槍に斧に杭に刀に剣山に落とし穴。あとなんだっけな……思い出すのも馬鹿らしい程の罠の数。

 一晩で四十回くらい死にかけた。ああいや、五十回だっけ?

 三歩進んで五歩下がらざるを得ないってのを何回繰り返したんだっけな……

 ――いや違う。

 違うだろう星熊勇儀。罠なんてどうでもいい。

 私の狙いはその先だ。過ぎた過去にかかずらってる場合じゃない。

「まぁいい! 終わったことだ! それよりも……っ!」

 ここはもうパルスィの部屋の前――この薄い襖の向こうでパルスィが待っているんだ……!

 この期に及んで疲れたから帰るなど鬼の矜持が許さん。

 目の前に美姫。何を躊躇うことがあろうか。

 …………でもその前に罠の有無を。

 糸は、無いな。無いよな? よし無い。

 取っ手に刃物ってこともないし、引いたら何かが飛び出すって感じでもない。

 構造上そんな罠設置したら部屋の中に居る者まで怪我するしな。

 天井も――開いて槍が降ってくるという感じでもない。

 罠は、無い。

 ふ、では入ると

ばぢんっ

 ………………トラバサミ。

 床か。襖になんか仕掛けてあると思えば床か。

 地味に痛いじゃないかチクショウ。

 引っぺがして大穴の開いた壁から外に放り投げる。

 もう何が来ても驚かんわ。

 襖をすぱんと開ければ凶悪な物体が突っ込んでくることもなく――布団で眠るパルスィの姿。

「――――長かった……っ!」

 ここまで来るのにどれだけ苦労したか――だが、それも今報われる……!

 安心しろパルスィ。私とて反省した。二の轍は踏まん。

 今度は上から! くちづけをたっぷりして! ちゃんと脱がすっ!!

「御開帳ーっ!!!」

「もう朝よ」

 氷よりも冷たくなった緑眼がしっかり私を見ていた。

 剥いだ布団をそっと戻し廊下まで後ろ歩きで戻って土下座する。

「お許しください」

「判決 死刑」

 そこから私の記憶は途切れ途切れになった。

 今は果たして何時なのだろうか――陽の昇らぬ地底世界ではそれすらも判然としない。

 仮に太陽が昇ったとしても今は見ることもできなかろうが。


 打撃技三百十八回。

 投げ技七十三回。

 関節技三百九十五回。


 最初に食らった腕拉ぎ十字固めのときに腕に感じた胸の感触に気を取られたのがまずかった。

 もうちょいだけ。もうちょいだけこの感触を、などと考えていたら腕が動かなくなって打撃が始まった。

 筋があんな音を立てるとは知らなかったぞ……ぶちんて。ぶちんて。

 絶対切れちゃいけないのが切れた。

 ふっ、鬼の私が指一本動かせん。強くなったなパルスィ……

「夜這いのつもりだったのかしら」

「……はい。その通りです」

「あんだけでかい音立てといて寝てると本気で思ってたの」

 ……ですよね!

 途中までは気にしてたんだけど最後らへんすっかり忘れてた!

 熟睡してようが起きるよなあの破壊音。

「ったく。夜這いにまで出るなんてね」

 う。視線が痛い。吐き捨てるような声が痛い。

 真剣に逃げ出したい。

 …………拙い。またも私は致命的に間違えたようだ。このままでは命さえも危うい。

 しかし、逃げ出そうにも体が全然言うこと聞かん。今度こそ、積んだか。

 いや――そんなことより、こんな、静かに怒る程に……傷つけてしまったか。

 私の命などより、その方が……

「――勇儀」

 倒れたままの私の頭上に、パルスィが座り込む。

「ごめんなさい。私は、まだ……無理よ」

 彼女は――辛そうに、顔を歪めていた。

 謝られると、立つ瀬がない。

 悪いのは、私だけじゃないか。

 おまえが本気で嫌がってると察せなかった私の愚かさが、悪いんだろうに。

 そんな風に抱え込まれる方が――困るよ、パルスィ。

「まだ――――怖い」

「……悪かった。今後は控えるよ」

 そりゃ、おまえと触れ合えないのは寂しいけれど、おまえを悲しませるくらいならそんなのいらない。

 私が我慢すりゃいいだけの話だ。怒られたから、黙って耐えるなんて真似はしないけれど。

 私も抱く想いを伝えるから、おまえも伝えておくれよ、パルスィ。

 言葉にされなきゃ――わからないよ。パルスィ。

「――ごめんなさい」

「…………なんで謝るんだい? 悪いのは私だろ?」

「だって、私の勝手な都合だもの」

 ったく……自罰意識の強い奴だ。

 本当に、立つ瀬がないよ。

「勝手な都合、ってんなら私のも勝手さ。私は私の意思でパルスィを抱きたいって思ってる。

愛ってなぁ勝手なもんだよ。好きで好きでどうしようもなくなっちまう。

わかってんのにおまえの都合も考えずに突っ走っちまう。怯えさせちまった」

 どうにか動くようになった手で、彼女の顔を撫ぜる。

「だから、相子さ」

 これでお終いだ。

 気に病むのはここまで。自分を責めるのは終わりだよ、パルスィ。

「……でも」

「詫びるってんなら、膝枕でもしておくれ。流石にくたくたでねぇ」

 数瞬彼女は迷っていたようだったが、観念したのか、諦めたのか、私の頭を持ち上げ、膝に乗せてくれた。

「んー……そういや、膝枕は初めてだね」

「そう、ね。……ちょっと恥ずかしいわ」

「嫌なら嫌って言っておくれよ。すぐ退くから」

「動けないくせに生意気言わないでよ」

「はっは。お見通しかい」

 ――パルスィの匂いがする。水気を帯びた、柔らかな匂い。

 心が落ち着いて――こいつを抱けないことなどどうでもよくなってくる。

 私は……おまえが傍に居てくれるだけで満足なのかもしれないね、パルスィ。

 まったく、そんなことに気付くのにえらい遠回りをしたもんだ。

 あの罠だらけの廊下が暗示染みて思えてくるよ。

「どうしたものかしらね。これじゃ住めないわ」

 気恥ずかしくなったのか、パルスィは視線を廊下に逸らしそんなことを言った。

 ああ、そういやそうだった。私が罠に引っ掛かりまくったから足の踏み場も無くなっている。

「こんなの私が一日で改築してやるよ。一眠りしたらね」

 もう罠は必要ないだろうから、普通の家にしてやるよ。

 これでも建築にゃ一家言あるんだ。立派に直してみせるさ。

「……この惨状を乗り越えて来たんだ」

「ん? まあ、そうだね。何度も死にかけたけど大したこたない。おまえに怒られる方がよっぽど怖いよ」

 ふうん、とパルスィは生返事をする。

 何やら考え込んでいるようだが――まだ、気に病んでいるんだろうか。

 そんなの必要ないのに。相手はこの私だぞ? 頑丈さが売りの力の勇儀に



 ――――え?



 なんだ。

 今、私はなにをされた。

 パルスィが覆い被さって来て、長くはない彼女の髪が私の頬に触れて。

 え、っと――え?

「勇儀」

 ぽかんとしている私とは対照的に、彼女の顔は真っ赤で、僅かに、震えているようだった。

「……その熱意に免じて、く、く、……くちづけ、までなら……許してあげる」

 恥ずかしさに口籠りながらも、言ってくれた。

 プライドの高いパルスィが、自ら――私の為に折れてくれた。

 怖いと、まだ無理だと言っていたのに、私の為に……頑張ってくれた。

 ああ、もう、どうしようもないな私は。

 こいつが好きで好きで――本当に、どうしようもない。

 パルスィ。

 おまえが頑張ってくれた分、しっかりと報いるよ。

 何度でも誓ってやる。

 星熊勇儀は、おまえを絶対傷つけない。

 星熊勇儀はおまえだけを守り続ける鬼神になってやる。



 おまえは――私だけのモノだ







【星熊勇儀の鬼退治・零之伍~くちづけに至るまで~ 完】


【温泉に行こう!~星熊勇儀の鬼退治・肆~ に続く】
パルスィのキッスはいただきだぁ!(あいさつ

三十五度目まして猫井です

鬼退治・肆で語っていた「くちづけ以上は許さない」云々のエピソードを形にしてみました

この二人はもっと全力でいちゃこくべきだと思うのですが筆が追いつきません

本編の方、書いてはいるのでお待ちくださっている方が居るのなら申し訳ありませんがもう少しお待ちください……
猫井はかま
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コメント



0.2360簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
勇儀さん自重しろwww

勇パルは素晴らしいな。
9.100名前が無い程度の能力削除
勇儀さんの思考回路がステキw
コメディだと思っていたらラストに甘味料を丸ごと口に放り込まれて悶絶した…
バケツはどこだっ!?
11.100名前が無い程度の能力削除
勇パル恐るべし 砂糖水14ℓの甘さとは之に事か

しかし、この流れ
夜這いを仕掛けようとする→対象の部屋までの道程に大量の罠→無事着いたはいいが「朝」なので「夜」這いは掛けられない
この流れから某街狩人を思い出したのは私だけでいい筈
15.100名前が無い程度の能力削除
予想外に甘くて
ミノムシ状態で顔面から落ちたら角がやばいなーとよくわからないこと考えてしまった
16.100名前が無い程度の能力削除
姐さん、あんた漢だ!
21.100名前が無い程度の能力削除
パルスィはツンデレ、略してパルデレ
24.100名前が無い程度の能力削除
シティハンター思い出しました。
25.100名前が無い程度の能力削除
パルスィがめっさ強くなってるwww
30.100名前が無い程度の能力削除
パルスィのキッスはいただきだぁ!
なんかもう最高です。
35.100名前が無い程度の能力削除
>>両手足の腱を~
ボクシングヘレナかと