Coolier - 新生・東方創想話

化かす程度の能力 ~式神編~

2009/10/16 21:35:26
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 幻想郷の中にありながら、簡単にたどり着けない場所。
 それを上げるとするならばどこだろうか。

 迷いの竹林の中にある永遠亭が代表格に上げられるかもしれないが、住人の意思で入れたり入れなかったりする。そんな奇妙なお屋敷がある。そんな幻のような場所があるわけないと思うかも知れないが、この世界では奇妙な能力を持った妖怪が多く。人間が夢の中でしか想像できないものを、あっさりと具現化してしまうものすらいる。
 そう、つまりその不思議な家にも、不思議な能力を持った妖怪がいるということだ。
 

 その場所の名は「マヨヒガ」
 境界を操る妖怪が住まう屋敷である。
 
 
< 化かす程度の能力 ~式神編~ >


 八雲 紫の朝は遅い。
 もぞもぞと布団の中で動き始めるのは太陽が一番高くなる1時間ほど前。そもそも、その時間を朝と定義するのは、世界にケンカをうっているような気もする。そしてそのまま、睡眠と覚醒の境界、まどろみタイムを味わうことおよそ2時間……
 紫の式神である九尾の藍がフスマを明け、声を掛けるまでまったく立ち上がろうとしないのだ。しかも幻想郷に流れてきた書物の影響か、昨日から妙なことを藍に要求してくる始末……

「……いい加減、起きて下さい……紫様。秋とは言ってもまだ暖かいのですから」
「……もう少し……後、5時間」
「それ、たぶん少しじゃないです」
「えぇぇ……じゃあ起きるから、ん~~~……」
「え~っと、その、口を突き出して ん~~~は、もしかして……」

 できれば予想と違って欲しい。
 そう神に祈る藍だったが、どうやら世界は彼女を見捨てたようで。

「め・ざ・め・の・き・す♪ きゃっイッチャッタ」
「またですか、もう……」

 すごくわざとらしい仕草で顔を隠しながら、うっすらと頬を染める紫。新婚生活が始まったばかりの夫婦のようなことを要求してくる主に、部屋の入り口で固まったままの藍は、ため息を零すどころか涙すら流しそうな勢いで表情を暗くし、肩を落とした。
 元々、紫がこういう性格だったというなら諦めが付くのだが、あの八雲の名のついた大妖怪がこんな痛い仕草をするわけがない。これはいわゆる、紫なりの遊び。外の世界の常識から妙な知識を取り入れて、それを実行することで藍がどんな反応をするかで楽しんでいるのだ。そのためには自分の威厳すらかなぐり捨てるのだから、藍としては非常に迷惑極まりない。
 
「一応確認ですが、そのキスというのは口と口で間違いありませんね?」
「もう、当然じゃない。ん~~~」

 これをやり始めた昨日は、顔を真っ赤にしながら応じた藍だったが……
 何故か今日は妙にさめた顔をしてコクッと頷いた。そして一度廊下に出て周囲を見渡してから、開けっ放しだったフスマを静かに閉じる。
 そしてこほんっと一度咳払いしてから。

「では、紫様、目を閉じてください」
「……もう、藍ったら恥ずかしがりねぇ。
 そんなに警戒しなくてもいいじゃない。ほら、ん~♪」

 掛け布団を軽く手で掴み、瞳を閉じながらその行為を待つ紫。
 そんな紫の瞼が完全に降りたのを確認してから藍はゴソゴソと衣擦れの音を鳴らしながら、紫の横に膝を尽きゆっくりと頭を下げていく。

(ふふ、また真っ赤な顔をしているのかしら?
 こんなに顔を熱くして、まったくしょうがない子……)

 瞳を閉じているため表情はわからないが、段々とその温もりが顔に近づいてくるのはわかる。
 気のせいだろうか、それが昨日よりも少し熱く感じる。
 そんなことを考えている間に、とうとう紫の唇に触れ


 カツ……
 

「……?」

 (あれ? 歯、当たった?)
 
 いつもよりも固い感触に一瞬だけ戸惑っている間に。
 その唇から……


 ジュっ……


 この行為の最中には聞こえるはずのない音が耳に入ってきた。
 そういえば、なんだか唇が……


「…………あ、あっつぅぅぅぅ~~~~~~~!!!」

  
 唇に、信じられないほどの熱量が加わり、紫は慌てて布団から飛びのくと、乱れた肌着を直そうとすらせずに涙目になりながら藍を睨み付ける。


「何? 朝からいったい何? 下克上? 下克上なのかしら?」
「落ち着いてください紫様。とりあえず昼です」
「注目すべきところはそこじゃないでしょう!
 何なのよ! その手にもったものは!」

 紫は尻餅をついたような体勢で、いまだ布団の近くにいる藍を指差し。
 次に藍の手にいつのまにか握られていた、金属製の物体へと指を動かした。それを冷たい瞳で見下ろしながら、藍も静かにその物体を見つめ……

「昨日なんでも屋から仕入れた、新しいヤカン。
 八雲 ヤカリ 二式 のことですか?」
「……なんか勝手に八雲の姓つけてるし。
 しかもその名前私にケンカうってるのよね? ねぇ?」
「何を馬鹿なことをおっしゃるんですか。
 愛する紫様の名前を身近な道具にもつけたいという私の歪んだ愛情表現ですよ」
「……なにか、納得しちゃいけない気がするんだけど。それに歪んじゃってるし。
 そもそも、口付けをお願いしたのに、なんでそんなに熱いヤカン持ってるのよ!」
「ああ、先ほど狐火で暖めておいたせいですね」
「だから注目するとこ間違いすぎでしょう!!
 誰も熱さについて質問してないわよ!」
 
 その疑問はもっともである。
 朝の熱い口付けを希望したのに、何が悲しくて唇を火傷しそうにならなければいけないのか。ただ、そんな怒りの絶叫を繰り返す紫に対し、あくまでも藍は冷静にヤカンの尖ったある一点を指差す。

「口付けしてほしいと言われたので、ヤカンの口をつけただけですが何か?
 そんなことより紫様!」
「そんなこと扱いされる私って何なのかしら……
 もういいけど……」

 寝起きでいきなり打ちひしがれた紫に、藍は燃えるような瞳を向け……
 ヤカンを庭に放り捨てながら、必死に訴える。

「橙が、橙が大変なんです!」

 そんな仕草を見つめながら紫は藍に聞こえないようにため息をつき……

「……ヤカンの方が大変なことになってる気がするのだけど。
 まあ、いいわ、よくわからないけど今日だけ付き合ってあげようじゃない」

 こっそりとそんなことをつぶやきながら、場の流れに従うようにすばやく着替え、早く早くと急かす藍の後ろをゆっくりと歩いていくのだった。










 一人でやってみなさい。

 そう、それが彼女の主、八雲 藍の命令だった。
 いつもなら、何も言わなくても橙の前に現れて優しく撫でてくれたり、温かい尻尾で包み込んでくれる存在。しかし今回だけは、すべてが違った。

 いくらこの場から逃げ出したくても……

 覗く切れ長の冷徹な瞳は、それを許さず。
 声を掛けても、返事すらない。
 まるで、命令を実行するまでは許さないと無言のプレッシャーを与えてくるようだった。

 そんないつもと違う藍の様子に怯えながら、橙は耳をぺたんっと倒しそのあわれなモノを見下ろす。その身を覆っていた茶色い服は、慣れないボロボロに剥ぎ取られ……
 ところどころに白い肢体を晒していた。
 その目の前の熟れた、哀れな獲物。

 声をあげることもなく、抵抗することもない目標。
 どうしても躊躇してしまう橙に対して、藍は……
 無慈悲に言葉を告げる。

「はやく、ヤレ」と。
 その手に握る、濡れた刃で切り裂け、と。

 橙はそれでも、その後に起きるはずの光景を思い浮かべぶんぶんっと首を横に振る。私にはできません、と。尻尾をだらりと垂らしたまま、瞳を潤ませて……
 それでも、藍は引かない。
 これは、必ず経験しなくてはいけないこと。
 命を食らう自分たちにとって……
 多少苦しくても、慣れなければいけないことなのだから。

 その藍の固い決意。
 それに押されるように、さきほどまで嫌がっていた橙は、震える手をその獲物に向けた。
 握る刃は、小刻みに震え今にも落としてしまいそう。それでも橙は、意を決したようにそれを振り上げて……


 縦一文字に、振り下ろす。


 幼くても、それは妖獣の身体能力。
 人間など相手にならない馬鹿力で振り下ろされた刃は、目標を真っ二つに切り裂き……

「あは、あはは……あはははははは!!」

 それでも、橙は止まらない。
 溜め込んだ感情を爆発させるように、無我夢中で刃を振り回す。そんな刃が触れるたび、脆弱な獲物は切り刻まれ……

 とうとう、橙の目の前には……
 原型をとどめないまで分解された、細切れの何かが出来上がる。

 それを見下ろし、大粒の涙を流しながら、橙は笑う。
 ただ、心を覆い尽くす達成感だけを感じようと、ひたすら笑う。

 そして、涙を拭こうともせず、後ろにいるはずの藍へと振り返り……


「やりました!
 やりましたよ! 藍様~~~~♪」
「ちぇえええええええええええええん」

「……どういうことなの」

 抱き合いハートマークを周囲にばら撒きながら、台所でくるくる回り始める。
 そんな式たちの行動についていくことができず、藍は寝起きの頭を抱えて、狂喜乱舞する二体へとお気に入りの扇子を向ける。

「とりあえず、藍。
 私、寝ぼけてるかもしれないから、よくわからないんだけど……」
「あ、すいません、今いいとこなので」
「そうね。邪魔してごめんなさ―― じゃないわよ!
 わかるように説明しなさいと言っているの、この八雲 紫が」

 朝から何度目かの怒鳴り声を上げ、絡み合う式を引き剥がすと。
 さっきまで橙が切り刻んでいたものを指差し。

「一応聞くけど、これって タマネギ よね?」

 紫が指した先にあるのは、まな板の上に乗った白っぽい欠片、それが山盛りになったもの。どこからどう見てもたまねぎの微塵切りにしか見えない。
 そんな紫の質問を受け二匹の式は顔を見合わせて。
 その後、同時に何かに気づいたようで尻尾をぴくりっと振るわせ何故か紫から顔を背けた……

「…………ああ、紫様……もう、タマネギすらわからなくなるほど……」
「橙、泣くんじゃない……いつかはみんな、ああなってしまうんだから……」
「……え~っと、ちょっと怒りを通り越して泣きたくなってきたのだけれど。
 だから、そういうことじゃなくて!
 藍、さっきあなた、橙が大変だって言っていたでしょう?
 なんでこれが大変なことになるのよ」

 当然といえば当然の質問に、何故か藍は不思議そうに首を傾げる。
 九本の尻尾を小さく揺らしながら、腕を組み。眉を潜めてから静かに紫へと疑問を投げかけた。

「えーっと、もしかして本当におわかりでない? 冗談ではなく?」
「むしろ朝からの行動がすべて冗談であって欲しい気分なのだけれど?」
「昼ですけどね」
「それはもういいのよ!」
「そうですか、見ていただければすぐわかると思ったのですが」

 少しだけ表情を暗くしながら、藍は橙を呼び紫の前に立たせる。そして彼女は後ろから橙の肩を抱くようにした。

「まず、橙がたまねぎを切ろうとしていた。それはわかりますよね」
「ええ、それは確かに」
「でも、橙はタマネギを切れば目に染みる液体が出ることを知っている。
 それを知りながら私は切れと命令した」
「単なる料理の勉強にしか見えなかったけれど」
「私の命令だからやらないといけない、でも、目に染みるのは嫌。
 そんな橙のあの、表情!!
 もう可愛くて可愛くて、途中で抱きつきたくなるのを我慢するのが『大変だった』でしょう?
 そういうことです」
「ええ、とてもわかりやすいけど理解したくない解説をありがとう」

 橙が絡むといつも暴走しがちだとは思っていたのだが……
 こうも振り切ってしまっているのも珍しい。
 紫は長い金髪を困ったように手串で整えながら、疲れた顔をして台所を出て行く。
 が、何かが気になって振り返る。

「ねえ、藍。あなたタマネギ食べられなかったはずよね? 血筋的に」
「ええ、悪魔の食べ物ですね」
「じゃあ、それどうするのよ……」
「大丈夫です、きっとなんとかなりますよ!」
「なんとかなりますよね!」

 じーっ……

「……そんなキラキラした目で見ても絶対食べないから!
 料理でもなんでもないじゃないそんなの」
「じゃあ、こういうのはどうでしょう……
 『たまねぎのサラダ 荒塩を添えて』、ほら新料理」
「塩を添えただけのみじん切りでしょうが!
 もういいわ! あなたたち夕方まで留守番でもしてなさい!!」

 とうとう、そんな二人がかもし出す不思議空間に耐え切れなくなった紫は、隙間を開いてどこかに消えてしまう。
 残された橙と藍は、しばらくその場で様子を伺い……

「さて、じゃあがんばろうか、橙」
「はい、藍しゃま♪」

 笑顔を交わし、行動を開始したのだった。




 
 
 
「……でね~、酷いのよ。ふたりったら。
 昨日まではあんなに可愛かったのに……
 どこかでしつけ間違っちゃったかしら……」

 バリバリバリ……

 隙間から上半身だけを出し、コタツの上に置かれた煎餅を奪っていく。
 そんな迷惑な来訪者へ向けて、体を温めていた紅白の巫女がおもいっきり目を細めていた。

「いきなり出てきたと思ったら……
 なんで、あたり前のように私のお茶請け食べてるわけ?」
「仕方ないじゃない、ご飯食べてないんだもの」
「それは私の煎餅を持っていく理由にならないって言ってるのよ!
 さっさと冬眠しなさいよね」
「あら、酷い。あの夜はあんなに激しく共同作業を行ったというのに」
「……い、異変解決しただけでしょう? 誤解を招くこと言わないで。
 って、あ、また!」

 不意をつくような一言で霊夢が少し頬を赤らめているうちに、すばやく二枚の煎餅を掠め取り両手にキープする。まだまだコタツの上の煎餅は10枚以上あるものの、この博麗神社という場所。何故か人間以外が図々しく訪問することが多く、楽しみにしていたお饅頭がいつのまにかなくなっていたりするのだから困りものなのだ。
 せめてたまにはお茶請けを提供してくれてもいいものなのだが……

「あのねー、紫。
 あなた境界を操れる妖怪なんだから、別の世界からおもしろそうなお菓子とか取り寄せられないわけ?」
「できるけれど、それは無粋というもの。
 できる限りこの世界にあるもので楽しむのが大事なのです」
「……じゃあ、今、この幻想郷の中で珍しい食べ物でも取り寄せてよ」
「無茶を言ってくれるわねぇ、本当に。だったら、そうねぇ……」

 そして、紫はあるものを思い出し、少しだけ楽しそうにくすくすと笑う。

「『たまねぎのサラダ 荒塩を添えて』なんていかがかしら?」
「丁重にお断り」
「あら、残念♪」

 木々の葉が赤く色づき始めた季節の中で、二人はゆっくりとした時間を過ごしたのであった。
 
読んでいただきありがとうございます。

今回のお話は、『ズレ』をテーマにネタを作ってみました。
まずは一つの会話の中で、二つの単語を表示し、大事じゃない方を話題にして繋げる方法。

そしてもう一つは、簡単な作業を別な作業へと見せるように視点をずらすこと。

まあ、ボケの基本なのかもしれませんけれど。

さて、短編のような形で書かせていただきましたが、もしかしたらこの話の内容を使ってつなげていくかもしれないのでまたよろしくお願いします。
pys
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コメント



0.1060簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
ズレってレベルじゃねぇぞw
3.100名前が無い程度の能力削除
何このゆかりんかわいい
5.100名前が無い程度の能力削除
薬缶wwwwwww
6.100名前が無い程度の能力削除
最高だったb
14.100名前が無い程度の能力削除
たまねぎはわかった。
だがゆかりんかわいいから満点だ。
16.無評価pys削除
皆さんコメントありがとうございます。

>1さん
 ちょっとだけですよ?
 元々色の濃い東方キャラたちですからね、少しいじればいろんな作品にかわっちゃいます。

>3さん
 普通の紫さんなら傘でおしおきしちゃいそうなものですが。
 今回は押さえ気味のようです。

>5さん
 やかん……ムチャシヤガッテ……
 まあ、口付けということで、口の付いた道具を思い浮かべた結果がこれなわけで

>6さん
 楽しんでいただけたのなら幸いでございますっb
 個人的にはケモナーなのでどうしても藍とか橙ひいきしてしまう私。

>14さん
 やっぱり途中で読み切る人はおられましたかっノ
 でもわかっても楽しめるような書き方を目指してみたのですが。
 お楽しみいただけたでしょうか
17.60名前が無い程度の能力削除
永遠亭があるのは迷いの”竹林”だったよな
18.無評価pys削除
>17さん
 本当ですね、大事なところを失敗してました。
 世界観に引き込むには冒頭が大事だというのに……

 ご指摘ありがとうございます。