Coolier - 新生・東方創想話

自立人形への探求

2009/10/10 19:16:38
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 紅魔大図書館。
 そこで一日を過ごす魔女の生活は、心地の良い退屈で満ちていた。
 その退屈を、魔女は嫌ってはいなかった。










「パチュリー様、お客様がお見えになっていますが」
 小悪魔の声を聞いて、私は本を読む手を止めた。
「誰?」
 思えば、正規の手続きを踏んでこの場所まで足を踏み入れてくる者は、それ程多くない。 しかし、久々の来客だった。相手を思い浮かべて、自然と顔が綻ぶ。
「アリスさんですよ」
 やっぱりか。
「通して」
 あの子が来たとなると、実のある話が出来そう。
 コンコン……と、ノックの音を響かせて扉が開く。
「ご機嫌ようパチュリー」
「ご機嫌ようアリス……今日は何の用かしら?」
いつも通りの受け答えを聞くと、アリスは苦笑した。
「貴女は変わらないわねぇ。……早速だけどね、頼みがあるの」
「……頼み?」
「そう、魔法の協同研究」
 珍しい。
 私に助力を頼みに来ると言うことは、アリスの研究が行き詰まっていると言うことだ。足りない物があると言うこと。
 アリス程器用な魔法使いが、いったい何に行き詰まっているのか……それだけでも興味が湧いた。
「それは効率を求めているの?それとも、貴女の実力不足?」
 刹那、アリスの顔が少し歪んだ。
 愚問だった。そもそも効率を求めるのなら、私のように使い魔を使役すればいい。
「両方、と言っておきましょう」
 面白い。
 アリスは私にない物を持っている。彼女との協同研究は間違いなく、私の知識を深めてくれるだろう。
「……詳しく聞かせて貰いましょうか」










「……どうぞ」
 小悪魔がティーセットとクッキーを並べて、一礼した。
「ありがとう……私が自立人形を創ろうとしているのは、知ってるわよね?」
 知っている。天狗の新聞で読んだし、ここで話題に上がったこともあった。
「何?理論の組み立てで破綻したのかしら?」
 私は、魔法使いは結果ではなく、過程に実を求めるものだと思っている。
 こうしたらこれは失敗するだとか、成功するだとか、その過程を知識にして、自分を高めていく。
 果たして、アリスはどうなのか。
「逆、理論の組み立ては殆ど出来てる」
 ……それは、ほぼこの研究に成功していると言うことではないの?
「一つ一つ……聞いていっても?」
 私がそう言うと、アリスは笑顔になった。
 それは自信の表れか、私が興味を持つことを確信していたか。
「身体はもう出来ているの。……こっちに持ってきても良い?」
「勿論」
 アリスは小型の杖を取り出すと、床を三回杖先で叩いた。
 転送用の魔法陣が、床に描かれるのを見て、私は図書館の結界を解く。
「あ!それ、魔界の魔法陣ですね」
 小悪魔が私の後ろから魔法陣を覗き込んでいた。
 確か、この子が住んでいるのは魔界は魔界でも悪魔界だったか。
と、言うことはアリスは魔界人?
「……ああ、これ?ただ単に魔界の知己に頼んだだけ。作品を置かせて下さいって」
 アリスのような人間から魔法使いになったタイプは、交友関係が広いのが強み。
 ……しかしそれにしたって、元人間が魔界と繋がりがあるというのは少々おかしい。
 そうやって考えている内に、転送の準備が整ったようで魔法陣の上に光が停滞していた。
 最後に魔法陣の中心を杖で二回ノックすると、停滞していた光が四散して、純白のドレスを着た少女が現れた。
「……これは」
 本当に人形か。
 私は結界を張り直しながら、そんなことを呟いてしまった。
 そう思わずにはいられない程、精巧な作り。
「どうかしら?……今の所、これが最高傑作。……貴女がロケットを飛ばしたことに触発されてね。……久しぶりに燃えたわ」
 あれは最終的に、霊夢の力に頼らざるを得なかった。……そう考えると、アリスは私に霊夢の代わりを務めて欲しいのかも知れない。
 と、今はそれどころじゃなかった。
「これ、髪は霊夢で、顔は自分のを使ったのかしら?……触れても良い?」
「ええ、大丈夫。……顔はその通りだけどね、髪は永遠亭のお姫様のもの」
 人形は艶やかな黒髪だった。
 肌にそっと触れてみると、まるで本物の様な、柔らかな弾力。
「あ、あ、アリスさんアリスさん!私も!私も触らせて下さい!」
 小悪魔が異様に興奮していた。
 人形遣いの技も、突き詰めると神の業に見えるのだろうか。
 ……生命を宿らせることは出来ないのに。
「どうぞ。……ただ、あんまり乱暴に扱わないでね」
 小悪魔は万歳をして、ぺたぺたと人形を触っている。
「肌の材質は何なの?関節部は上手く隠せているけれど、これは」
 球体関節は覆い隠せるから良いにしても、この感触はあまりにもリアルだった。
「何だと思う?」
 人の肉の感触に一番近いのは、豚の肉だと、本で読んだことがあった。
 だが、それだけでは無理だろう。
「豚の肉……だけじゃないわね。……色々と混ざってる」
「凄いわね、正解よ。……豚の肉に西洋酒と樹液を混ぜて、私の血を染み込ませる。……それともう一つは、触手ね。……これらをうすーく伸ばして、一枚一枚交互に骨組みに巻いて出来上がり」
 瞬間、小悪魔の笑顔が凍り付いた。
 私では出来ない発想だ。……確かに触手なら柔軟性がある上に、人形に発汗作用を持たせることも出来るのではないだろうか。
 人間に近付ける、と言う自己満足に熱意を燃やすのは、何も悪いことではない。
「随分人間に近い仕様なのね」
「人間に近付けることによって、学習機能が付けられたらと思ってね。……ただ、食事だけはどうしても力業で、食べさせた物を魔力放射で分解させるしかないの」
 話を聞いて、納得する。つまりは出力に問題があると言うこと。
 それを解決するのが、私の役目。……目的は賢者の石か。
「……強度は?」
「内部の部品全てを、黄金の膜と結界で覆っているから、それなりには」
 それならば問題はない、後は……。
「……貴女に協力したとして私にメリットは?」
 これは少し意地悪な質問だ。
 魔法使いの技術は秘匿されたものであるから、それを詳しく聞かせて貰った以上は、私の方から文句を言えない。
 ……詳しく聞かせてと言った時点で、私は協力に同意しているのだ。
「そうね……この人形のデータと、経験全てをコピーしても構わない、と言うのは?」
 製法さえ分かれば、私にもこの人形が作れると言うことか。
 人形を作るつもりはないが、データには興味がある。
「ただ……製法は秘密ね?……そこまでは流石に釣り合わない」
「十分だわ。……材料が分かって分量が分からないというのは、少し歯痒いけどね。……私の賢者の石を核に使う、と言うことで良いのでしょう?」
「話が早くて助かるわ」
 私の賢者の石は、無限の魔力を保有しているわけではない。魔力の貯蔵量に限界がないという代物だ。
「それじゃあ、計算を始めましょう。……今の賢者の石でこの人形を何時まで動かせるか」










 私は、設計図を広げた机をバン!と強く叩いた。
「……それじゃあ、ブラックボックスを作るために記憶を消したって事!?」
 前言を撤回しよう。アリスは熱意を燃やしすぎだった。
 どうも目の前の人形遣いは、完全に自立した人形を創るためにはブラックボックス、つまり解読不能部分が必要だと思ったらしい。
 人形の思考パターンをしこたま魔法石に読み込ませた後、永遠亭の薬師に記憶喪失になる薬を貰って飲んだのだそうだ。
 お姫様の髪の毛も、その時に貰ったとか。
「ええ、パターン製作に入る前に、日記に『この先パターン製作の為、白紙』と書いて置いて、記憶を無くした後に日記を読めば、終わったかどうか確認できるからね」
 確かにそうだ、確かにそうだが!……これは私を頼ってくるわけだ、無限記録装置に賢者の石はうってつけだろう。
「人里で日付を確認したら、三ヶ月家に籠もっていた計算に」
 異様な長さだった。……パターン化したものを打ち込むのは、それ程難しいことではないのに……いったいどれだけの数を打ち込んだのか。いや、考えるのはよそう。
 む?声と聴力と凄い発想だわ。かなり出力を抑えられている。
「……ああ、それはほら、蓄音機って音を備蓄する機械って書くから。分解して、音を集める部分を耳に、音を出す部分を喉に。……振動を伝えやすい金属の筒で繋いで」
 眼はゼラチン質に紫水晶のレンズ、鼻と同じ魔法センサーか……これは出力を喰う。
 味覚もセンサー……多いわ。
 皮膚感覚は……そうか、その為の触手か。
 怪我をしたら擬似血液……まあ、これはさほど難しい事じゃない。
 でも此処まで大掛かりな物だと、賢者の石でも結構厳しいわね……相当な魔力を溜め込んでいたはずだけど。
「どう?どれぐらい持ちそう?」
 更に言えば、ある程度の戦闘にも耐えられる構造だった。
 これでは自立人形と言うよりも、充填式人形だった。アリスの目指す完全自立型とはほど遠い。
「通常型で、三ヶ月……戦闘態勢でフルパワーを続けるなら、一ヶ月ってところか」
 アリスは一体、この短い期間で何を狙っているのか。学習機能と言ったからには、人形自ら充填を行うことが出来れば良いのだろうか。
「かなり持つのね……私の手持ちの魔法石で試したときは、一日持たなかったわよ」
 例えば、幻想郷縁起にあるメディスン・メランコリーのようなパターンを狙っているのか?
 出来るだけ長く愛情を注いで、自我を持つような?
「アリス……貴女は一体、この短い期間で何を狙っているの?……もしかして、無名の丘の妖怪のような……」
 私の問いに、アリスは首を横に振った。
「本当に行き詰まったのなら、それを狙っても良いんだけどね。……あれは感情を持つ、人形の『妖怪』なのよ。……私が目指しているのはあくまでも自立した『人形』だから」
 勿論負の感情ではなく、愛情で!と付け加えた。
 可能性があるのなら、不確定の要素にも縋りたい、と言う気持ちは分からなくもないけれど、それは魔法使いとしての感情ではなく、人形遣いとしての感情だろう。
 まあ、アリスは私とは違うから、そう言う考え方が出来るのかも知れないが。
 何割の確立でこの魔法は成功または失敗する、ならいい。……だが、何割かの確立で成功するからそれに懸けよう!と言うのは……なんだっけ、確か外の魔法でこういう物があった気がする。
「……狙い通りに、学習能力が芽生えたとしましょう。でもそれで人形と言えなくなるんじゃないの?新しい感情が芽生えれば、生き物になるんじゃ?」
 アリスの言うことは分かっている。
 内部機構には全て、結界が張ってあると言った。
「いえ、それはないわ。……分かっていると思うけど、内部の物には全て結界を張ってある。その中で何か芽生えたとしても、それは偶然、内部機構が噛み合って生んだものになる。……だから人形と呼べるはずよ」
「その結界を、何かに突破された場合は?」
 アリスは唇を噛み締めて、絞り出すように言った。
「そ、それは……分からないわ。……成功と言えるのか、失敗と言えるのか。……そもそも、ただの人形にそう言うものが作用するのとは訳が違う」
 なかなかに苦しい。……迷いがあるわね。
 更に、アリスは言葉を絞り出す。
「……わ、私も目処が立ってない訳じゃないの!此処の門番、確か気を使う能力を持っていたわよね?」
 成る程、気を使えるのなら、大気から力を吸収することも出来るかも、と言う考えか。
 確かに、魔法使いが魔力吸収系の魔法を使うよりは断然良いだろう、あんな物使っていたら、吸収が放出に追いつかなくなるに決まっている。
 ……ああ、思い出した。
「成る程、じゃあ貴女はこの紅魔館で、パルプンテを唱えようとしているのね」
「へ?……ぱ、ぱる?」
「パルプンテ……外の世界だと、何が起こるか分からない魔法のことをそう言うらしいですよ?……きっと、外の世界でロケットを飛ばしたときはそう言っていたんでしょう」
 小悪魔も覚えていたのか。
 まあ、外の世界のことはいい。
「アリス……これは魔法使いの魔法研究と言うよりも、人形遣いの魔法研究ね」
 少し、アリスの困った顔を見たくなって、意地悪をした。
 案の定、アリスは困った顔をしていた。
「あ、あの……パチュリー……怒ってる?」
 怒っているわけではない、ただ……そんな風に魔法使いの常識を簡単に捨てられるアリスが羨ましいだけだ。
「いいえ、貴女の人形が完成した光景を、私も見たいと思ってる。……冗談よ」
 そう言うと、アリスの顔が綻んだので、少し嬉しくなってしまった。
「取り敢えず、レミィに掛け合ってみましょうか。……美鈴の側に置くなら、ここで働かせるのが良いでしょう」
 私が立ち上がって、部屋を出て行こうとすると、小悪魔が静止する。
「すとーっぷ!パチュリー様、事情を理解して頂くためにも此処で人形を起動した方が良いんじゃないですか?……ね、ねっ!アリスさんもそう思いますよね!?」
 お前はただ動くのが見たいだけでしょうに。
 アリスに目配せすると、遠慮がちに頷いた。
「私もその方が良いと思うわ。……出来ればレミリア以外にこの子が人形だと言うことを知らせたくないの」
 確かに、人形であるという先入観を与えてしまうのはよろしくない。
 出来るだけ人間に近付けたのも、その為なのだろう。
「……賢者の石よ」
 私はぶつぶつと呪文を唱えて、賢者の石を召喚する。
 スペルカードではなく、単一で破格の魔法石。
 それが、アリスの魔法石数個と連結して、核が出来上がる。
「おお!」
 小悪魔が感嘆の声をあげた。
 核がゆるゆると回転しながら、アリスの手の中に落ちた。
「あ……後は、貴女の、仕事よ……アリス」
 一気に組み上げて、息が切れた。……この程度のことで。
 ああ、自分の喘息が恨めしいわ。
 アリスも、杖を取り出して床を叩いた。
「そ、そう……言えば、貴女は、人形が此処にいる間、どう、するの?」
 アリスは魔法陣を展開していきながら、答えた。
「そう……ね、普通に家で待っていることにするわ。……時たま様子を見に来るつもりだけど」
 それならば、此処にこの人形がいる時間は、私が監督責任を負うことになるのね。
 色々と、条件が此方に有利すぎると思ったけど、そう言うところも計算に入れていたのか。
「御免ね、色々と面倒を押しつけちゃって。……お詫びと言っては何だけど、研究が上手く行ったら、その子は此処で使ってあげて」
 それを聞いた瞬間、小悪魔が目を輝かせた。
「マジですか!?いやったぁ!」
 人形趣味なのか、可愛い物好きなのか……やけに気に入っているようね。
そうこうしている内にも、アリスの魔法陣はどんどん組み上がっていった。
「さあ!目覚めなさい!私の努力の結晶!」
 アリスはそう叫んで、核を人形へと押し出した。
 人形は核を静かに受け入れると、一度ガタンと音を立てて立ち上がった。
 静かに目を開けると、少し青い綺麗な瞳で、辺りをキョロキョロと見回す。
「おはよう、気分はどうかしら?」
 アリスが語りかけると、人形はやんわりと微笑んで言った。
「おはようございます、アリス。……状況説明をお願いできますか?」
 
 
 
 
 
5作目の投稿になります、和菓子炬燵です。
今回は続き物ですので、詳しい話は
『自立人形への愛情』の方で。
次回は美鈴視点です。
和菓子炬燵
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コメント



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14.90名前が無い程度の能力削除
割とワクワク感があって面白かったです。
後編も読ませていただきます。