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「昨日、夢に霊夢が出てきたんだ」
霧雨魔理沙は賽銭箱に落ち葉を放り込みながら呟いた。真っ赤に色づいた紅葉。幻想郷はすっかり秋めいている。気温も少しずつ下がってきていて、特に今日は寒かったので、魔理沙は冬用の服を着て来ざるを得なかった。
実りの秋。賽銭箱には紅色の落ち葉がこれでもかというほど詰め込まれていて、それが博麗神社に対する信仰の厚さを、来る者に等しく伝えている。薄い。
「奇遇ね、私の夢にも魔理沙が出てきたわ」
参道に対して背を向けながら横たわる霊夢は、神社の象徴である箱の中で繰り広げられている、その惨劇に気付いていない。寒い今日は、布団から出たくないと駄々をこねているのだ。
それも、魔理沙がお茶を出してやればすぐに動き始めるのだが。
「お茶いるか?」
「いる」
霊夢は即答して、のそのそとその身体を起き上がらせた。寝ぼけ眼がゆっくりと魔理沙を捉える。頭は寝ているが、耳は起きている―――いつもの霊夢だ、と納得して、魔理沙はお湯を沸かし始めた。本来客人に淹れさせるべきでないことくらいはお互い承知しているが、いつものことなので既に誰も突っ込まなくなっている。
ふいに、虚空を睨みながら霊夢が口を開いた。
「ねぇ魔理沙、知ってる?」
「知らないぜ」
「平安時代ではね、夢に誰かが出てきたら、自分はその人に想われている、って解釈されていたみたいよ」
「なるほど。私は霊夢に想われているって訳だ。私は霊夢を想っているのか」
「どうかしらね」
「どうなんだろうなぁ」
魔理沙は火に当たりながら、ぼんやりと今の台詞を反芻していた。火の温かさが余計に感じられる。さっきまで寒かったはずなのに、何故だかとても暑い気がした。
ごろり、とそのまま仰向けに倒れて、天井を見上げた。
「うわ」
「あら」
天井ではなかった。金髪の妖怪だった。スキマ妖怪、八雲紫。
無駄に綺麗―――そうとしか形容しがたい整った顔が、目の前で妖しく笑っていた。特に用があって来た訳ではないと、その表情だけで把握できる。
それでもひとまず、訊いてやらないと始まらない。
「こんな夕方にどうしたんだ? いかにも妖怪らしいじゃないか」
「妖怪ですもの。もちろん用なんて無いわ。面白そうな話をしていたから寄ってみただけ」
「じゃあお賽銭だけ払って帰って良いわよー」
畳に頬杖を突いている霊夢が、ジト目で紫を見やる。
そんな視線をさらりとかわして、紫は変な姿勢で賽銭箱の中身を覗いた。もちろん、中身は秋の風物詩で溢れている。
「……風流ね」
「私もそう思ったぜ」
「何がー?」
風が吹き、また葉が落ちる。秋とは、数少ない巫女の仕事が増える季節なのか、と今更ながらに魔理沙は感じた。落ち葉を全部集めて賽銭箱に入れたら、果たして霊夢は怒るだろうか、なんて下らないことも考えていられる。もしかしたら、集める手間が省けた、と言って喜ぶかもしれない。
要は、魔理沙は暇だった。
紫も、多分暇なのだろう。
霊夢は、暇を持て余すのに忙しいのかもしれない。
それは多分、秋だから。
自然が死としての冬に向かう中で、人間や妖怪はただその変化を待つだけなのだから。そして待っているだけだから、紅葉狩りなんて行為が生まれたのに違いない。
冬なんかより余程、生産性のない季節だと、魔理沙は毎年感じている。
「間違いに決まってるわ」
紫がぽつりと声を漏らした。幽かに白い息が見える。我が家からマフラーを探すのは、今年も困難になりそうだと、ふと思った。我が家を想像すれば、その結論に至るのは容易い。
「間違いって、何がだ?」
「夢よ、夢。平安時代の話、霊夢がしてたじゃない」
「したわね。未確認生命体から聞いたのよ」
「想って想われて、のアレか? 何だ、間違いだったのか」
言って、また熱くなるのを感じる。どうやら自分は恥ずかしいようだった。
霊夢は相変わらずのジト目で、お湯が湧くのを待っている。魔理沙にも紫にもさほど興味が無い様子で、その視線は燃え続ける火に向けられていた。
「だって、ねぇ?」紫は袖をひらひらと振りながら笑った。「どう考えても、誤魔化しているだけじゃない。夢に出てきたからって想われてるだなんて。自意識過剰、自己満足の自分勝手な結論ね」
「じゃあ一体何を誤魔化してるんだ?」
「知りたい?」
「お湯、沸いたわ」
空気をぶち壊して、霊夢の白い腕がやかんへと伸びる。魔理沙は慌てて急須を取りに行き、紫はスキマから自分の分だけの湯呑みを用意した。
真っ白な湯気を立てながら、お湯が急須へと注がれていく。仕方なく魔理沙は二人分の湯呑みを戸棚から取り出し、自分と霊夢の前に置いた。霊夢がどこからともなく茶菓子を用意して、けだるいお茶会の準備はようやく整う。
「今日は煎餅は無いのか」
「昨日切らしちゃったじゃない。あんたらが余計に食うから」
「なるほど、今日は砂糖まみれなのね」
扇子を口元に当てながら紫がくすくすと笑う。昨日は確か萃香や天狗たちが来て、酒のつまみが無いからと煎餅を口にしていた。魔理沙もそれに便乗して食べたのを覚えている。もちろん飲み比べで鬼や天狗に勝てるはずもなく、結局酔っ払って寝てしまったのだが。
「で、紫」魔理沙は茶菓子を頬張りながら囁いた。「平安の人たちは何を誤魔化してたって?」
「んー? それはもちろん、自分の恋、よ」
「そろそろ炬燵の準備しなきゃなぁ……」
霊夢が興味なさそうに横になり、魔理沙は目を白黒させて紫を見つめた。今の魔理沙は、白黒テレビで正確に表すことの出来る、唯一の人間かもしれない。肌さえ白ければ何の問題もなかった。
「恋? そりゃどういうことだ?」
「飲み込みが遅いわねぇ。夢に出てきたから想われている、じゃなくて、夢に出てくるほど想っている、というわけよ。平安の人たちは恥ずかしかったのかもしれないけど、やっぱり臆病としか言いようがないわね」
「あぁ、なるほどな。じゃあやっぱり逆なのか。私が霊夢を想っていて、霊夢が私を想っている、と。なかなか恥ずかしいが。なぁ霊夢? ……おーい、れいむー?」
霊夢は魔理沙を無視して、茶菓子に手を伸ばした。こっちを向かないので、表情がまったく見えない。向かいに座っている魔理沙には、とりあえずその顔を見る術はなかった。
その代わりというように、紫が彼女の顔を覗き込んだ。
「……紅白巫女じゃなくて、ただの紅巫女だわ」
「ひゃっ」
頬を両手でがっちりとつかまれた霊夢は、変な声を上げてきつく目を閉じた。そのまま紫の手によってぐりぐりとこちらに向けられる。
紅巫女だった。
「紅いな。賽銭箱の中身のようだぜ」
「だって恥ずかしいじゃない。……賽銭箱?」
「ちゃんと聞いてたんじゃないか」
「耳に入ってくるだけよ。……賽銭箱がどうしたって?」
紫の手から開放された顔を再び背け、霊夢は手だけを伸ばして湯呑みを手に取った。結局は霊夢も恥ずかしいということらしく、それはそれで、やはり人間なのだった。
今も、平安も、人間については大差ないのかもしれない。
紫は例のニヤニヤ笑いに戻り、魔理沙を見た。
「ま、夢なんてそんなものよ。とても優れていると思わない? 夢の所為にして言いたいことを伝えられるんだもの」
「言葉の調子が何か矛盾してないか?」
「夢なんて優れちゃいないわよ、別に」
不満そうに霊夢が呟き、残った茶菓子を丸ごとつかんで口へと持っていった。皿は空っぽになり、卓上には冬が訪れる。
また強い風が吹いて、紅葉が部屋の中へと入ってきた。
「秋ねぇ。……ほら、恋愛の秋」
「食欲の秋ね」
「読書の秋だぜ」
思い思いに呟いて、三人は天井を仰いだ。
築云百年の古き神社でも、秋は等しく訪れる。時間が経てば、やがて冬も来るだろう。そしてまた春が来て、夏が来て、季節は巡っていく。
「儚いものね、夢も恋も」
「夢は確かにそんな気がするが、恋は経験が無いから分からないぜ」
「恋色なのに?」
「恋色だからだ」
紫が茶化し、魔理沙は笑う。冷えたお茶を啜り、下らない話に花を咲かせる。枯れ逝く季節で咲く、言葉の花。
そんな―――ただの日常の中で。
永遠の巫女、博麗霊夢は、境内の方ちらと見やった。
「……これは巫女の勘だけど」
「おん?」
「どうしたのかしら?」
「もうすぐ、皆が来るかもしれないわ」
皆……人間や、妖怪。幽霊も亡霊も獣も妖精も。
等しい立場で酒を飲み、酒に飲まれて現を殺す。
そんな宴が、久しぶりに始まるのかもしれない。
それは―――
「―――秋だから、ね?」
そんな夢で、日常を過ごして。
明日もそうして、過ごすのだろう。
夢、夢、そして夢。
もっとも優れた、自衛術。
想い想われ、好いて好かれて。愛に恋にと、騒ぐ歌たち。
―――そんなもの、どうだって良いじゃないか。
そう考えて、にやりと笑い、
「じゃあ、私は酒の準備してくるぜ!」
神社の奥にある倉庫へ、霧雨魔理沙は駆け出した。
了
>残った煎餅を丸ごと
煎餅は無いはずじゃ…
あ!?
しまった、普通に矛盾しました!
訂正しました。茶菓子に直しておきました。どう考えても茶菓子だろ、流れ的にも……w
指摘、ありがとうございました。
やだ可愛い
お湯は沸く、では?
それはそうと、賽銭箱に葉っぱ詰めちゃいけませんw
>>28さん
また誤字。すみません……。
お湯が湧いたら怖いです。訂正しました。
葉っぱ? 風流ですよね
>>13さん
やだ嬉しい。
>>16さん
ほのぼのを書いてみたかったんです。
シリアスばっかだと肩凝りません? たまに
>>19さん
紅巫女の人気に嫉妬。
>>24さん
……素敵ね。って教授もいってた
>>25さん
どういたしまして。
>>31さん
照れちゃうじゃない、そんなこと言われたら。
とまぁ、特に意図してない部分で人気になったこの作品でしたwww
霊夢可愛い