Coolier - 新生・東方創想話

死に往く貴女に一片の栗羊羹を

2009/09/16 04:34:09
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 ―――第百八十七季 長月―――


 それはまだ残暑が厳しい、とある日の昼下がりのことだった。



 博麗霊夢、八十五歳。


 物心ついた頃からおよそ二十年間、博麗の巫女として異変の解決や妖怪退治に明け暮れ。
 引退後は、後進の育成や幻想郷のお目付け役に精を出し。
 齢六十を迎えた頃には、里の端に小さな住処を構えての隠居生活。
 
 そしていよいよ、その人生に幕が下りようかという頃。
 彼女が終の棲家として選んだのは―――若き日の思い出が詰まった、この神社だった。

「なあ、霊夢」
「……ん?」

 畳の上に敷かれた布団に、仰向けに寝ている霊夢。

 真っ白に染まった髪に、皺が深く刻み込まれた顔。
 やせ細った首と腕。
 しかしそのどれもが、かつての博麗霊夢の面影を残していた。

 そして、彼女の隣で胡坐をかいているのは、霧雨魔理沙。
 当然のことながら、彼女も歳相応に老け込んでいた。
 髪は白くなり、顔には皺が刻まれている。

 魔理沙は穏やかな声で、霊夢に問い掛ける。

「何か……最後にやりたいこととか、ないか?」
「……そうねぇ……」

 霊夢を看た永琳が、「もってあと三日」と告げたのは、今から三日前。
 つまり彼女の診断どおりなら、今日が霊夢の命日となる。


 霊夢はそれを聞いてから、最期の時を、魔理沙と二人で過ごすと決めた。


 いつも、一緒だった二人。
 異変を解決する時も、何気ない日常も、どんなときも。

 二人はいつも、一緒だった。


「何でもいいぜ。私にできることなら、何だってやってやる」
「…………」

 魔理沙は泣いていた。
 泣きながら笑っていた。

 泣いても泣いても涙が枯れなくて、笑ったら枯れるだろうと思って無理に笑ったら、そしたら一層溢れてきて……もう、どうしようもない状態だ。

 そんな魔理沙に、霊夢は優しく微笑んで、言う。

「……栗羊羹、食べたいな」
「……へ?」
「少し前に、里の人から貰ったのがあるの。ちょっと高めの、老舗のやつ。食べるの忘れてた」
「……分かった。すぐに持って来る。どこにあるんだ?」
「戸棚の引き出し」
「……分かった」

 魔理沙は袖で涙を拭うと、いそいそと寝室を出た。

 勝手知ったる何とやら。
 霊夢が巫女を引退してからは、めっきりここに来る回数も減ったが、それでも身体は目的地に向かって勝手に動く。

 魔理沙が戸棚のある居間に着くと、当代の博麗の巫女がお茶を啜っていた。

「あ、魔理沙さん」
「おう、ちょっと邪魔するぜ」

 少し慌てた様子の魔理沙に、巫女の顔色が一瞬、険しくなる。

「……まさか」

 魔理沙もすぐにその表情の意味に気付き、慌てて否定する。

「ああいや、そうじゃない。あいつはまだピンピンしてるよ」
「そ……そうですか」

 ほっと胸を撫で下ろす巫女。
 ピンピンというのは流石に嘘だろうが、そこにツッコミを入れるのは野暮というものだ。
 そして、改めて魔理沙に問う。

「では、何を?」
「ああ、あいつ、栗羊羹を食べたいって言うんだ。何でも少し前に、里の人から貰ったとかで」
「あ、それでしたら」

 巫女はそう言って、戸棚の引き出しを開ける。
 そしてすぐに、しまわれていた羊羹を取り出した。

 ……が。

「……ん?」
 
 巫女はすぐに怪訝な顔を浮かべ、それを鼻の近くにやる。
 そしてすんすんと鼻を鳴らした後、くるりと裏返して、

「あ」

 と、小さく呟きを漏らした。

「? どうした?」

 そんな巫女の様子を不思議に思った魔理沙が近寄る。
 無言で、魔理沙に羊羹を差し出す巫女。
 魔理沙はそれを受け取ると、

「あ」

 と、巫女同様、小さく呟きを漏らした。

「…………」
「…………」

 思わず、顔を見合わせる二人。


 そこに印字された羊羹の賞味期限は、今から一週間前のものだった。

 

「……んじゃ、ちょっくら行って来る」
「はい、お気をつけて」

 巫女に見送られた後、魔理沙は箒に跨り、颯爽と空へと舞い上がった。
 
 目指すは人間の里。
 
 霊夢の容態を考えると、そう悠長にはしていられない。
 しかし、これは彼女の最後の望み。
 是が非でも叶えてやりたいと、魔理沙は思った。

(まあ私だったら、一週間くらいなら平気で食べるんだが……)
 
 あるいは霊夢だって、同じことを言うかもしれない。
 しかし流石に、親友の最後の餞に、賞味期限切れのものを食わせるわけにはいかなかった。
 
「待ってろよ、霊夢」

 魔理沙はありったけの速度で飛ばした。
 全盛期の頃には程遠いが、それでも十分過ぎるほどのスピードで。



 程無くして、魔理沙は里に到着した。
 箒から降りた途端、全身に疲労感が襲い掛かる。
 息もかなり上がっている。

「……くそ。やっぱり歳は取りたくねぇな……」

 はあはあと肩で息をしながら、魔理沙は箒を杖のようについて歩いた。
 しかしこんなところで挫けてはいられない。
 さっさと栗羊羹を購入して、霊夢のところに戻らねば。

 ……しかし。

「……売り切れ?」
「はい。栗羊羹はウチでも人気の一品でして。いつも午前中には完売しちまうんですよ」

 目的の店に着いた魔理沙を待ち受けていたのは、残酷な現実だった。
 魔理沙は絶望感にうちひしがれる。

「……そんな」
「すいませんねぇ。また明日にでも……」
「あ、明日じゃ、駄目なんだ」
「え?」

 思わず詰め寄る魔理沙。
 しかし事情を知らない店主は、目をぱちくりとさせるばかり。
 
「あ、いや……と、とにかく、なんとかならないか? 一本、いや、一片でもいいから」
「いやあ、そう言われましてもねぇ。材料自体がもう無いので、どうにも……」
「…………そんな」

 魔理沙は肩を落とした。
 なんということだろう。
 親友の最後の望みなのに、それを叶えることができないなんて。
 自分は何と無力なのだろうか。
 
 ……しかし次の瞬間、店主は思い出したように口を開いた。

「ああ、そういや」
「?」
「今日の最後のお客さん、紅魔館のメイドさんでしたよ」
「……え?」
「確か三本ほど買っていかれたんで、頼んだら一本くらい分けてもらえるかもしれませんよ。お客さん、あちらさんと仲良かったでしょ、確か」
「…………!」

 魔理沙の顔に生気が戻る。

「……ありがとう!」
 
 店主に礼を言って、魔理沙は再び、空高く飛翔した。

 次の行き先は決まった。

 異変と聞くたびに空を駆けていたあの頃を思い出すように、魔理沙はまっすぐに空を飛んだ。



 それから程無くして、魔理沙は紅魔館へと着いた。
 八十を過ぎた老体に鞭打ってここまで来たものの、もはや息は絶え絶えである。

「はぁ……はぁ……こ、このままじゃ、霊夢より先に私の方が死にそうだぜ……」

 箒にしがみつくようにしてよろよろと歩きながら、魔理沙はなんとか応接間まで辿り着いた。
 若い頃の魔理沙なら、平気で門を強行突破していたのだが、今はもう流石にそんな無茶をする元気は無く、普通に「レミリアと面会させてくれ」と門番に頭を下げ、普通に客人として通してもらったという次第である。

 そうして応接間のソファに腰掛け、待つこと暫し。
 やがてゆっくりとドアが開いて、レミリアが入ってきた。
 三歩ほど遅れて、咲夜も。

「よう、まだ生きてたか。老いぼれ魔法使いさん」
「ああ、お生憎様でな」

 いつものように軽口を叩くレミリア。
 それを嫌な顔一つせずに受け流す魔理沙。
 もう慣れたものである。

 そしてレミリアは魔理沙の対面のソファに腰掛け、尋ねる。

「それで? 私に話って?」
「ああ」

 魔理沙は咳払いを一つしてから、ソファの前のテーブルに両手をつき、ぺこりと頭を下げた。

「今日買った栗羊羹、私に一本分けてくれ」
「…………」

 魔理沙の言葉に一瞬、呆けるレミリア。
 すぐ隣に立つ咲夜も、同様の表情を浮かべている。

 ……しかしすぐに、レミリアはくっくっと笑い出した。

「?」

 何がおかしいのだろうと、顔を上げる魔理沙。

「魔理沙。あんた、そんなに羊羹好きだったっけ?」
「……?」
「確か、私の記憶では……羊羹を好んで食べるのは、あんたじゃなくて……霊夢」
「!」

 魔理沙の顔色が変わる。

「レミリア、お前……まさか」
「おやおや。ひょっとして、耄碌して忘れてたんじゃないだろうね? 私の能力を」
「―――!」

 そうだ。
 
 レミリアの、こいつの能力なら―――。

「……知ってたのか」
「当然。もうずっと前からね」
「…………」
「ま、そうは言っても、具体的な死期まではっきりと分かるわけじゃないけどね。……ただ、大体もうそろそろだろうとは、思っていた」
「……そうか」
 
 魔理沙は俯いた。


 ―――最期は、静かに逝きたい―――。


 それが、霊夢の望みだった。


 大勢の人妖に囲まれながら、涙涙で見送られるのなんてまっぴらだ。

 そんなの、自分の柄じゃない。

 でも一人じゃ流石に寂しいから、あんたにだけは傍に居て欲しい。

 
 そう言って霊夢は笑った。

 とても、綺麗な笑顔だった。

 
 だから魔理沙は、霊夢の死期が近いということを、誰にも告げなかった。

 ゆえにそれを知るのは、自分を除けば、霊夢自身と、当代の博麗の巫女、そして霊夢を看た永琳のみ。

 
 もっとも、紫あたりは当然に知っているのであろうが、空気を察してか、未だ姿を見せていない。


 ……しかし、ここにも居たのだ。
 霊夢の命の終わりを、察した者が。

「…………」

 だがこの場合は、むしろ好都合。
 魔理沙はそう思い、語気を強めた。

「……それなら話が早い。霊夢が最後に、栗羊羹を食いたがっているんだ。……だから頼む。譲ってくれ」

 そう言って、魔理沙は再び頭を下げた。

「…………」

 しかしレミリアは、無言のまま、そんな魔理沙をじっと見下ろすのみ。

「……レミリア?」

 沈黙に耐えかねた魔理沙が顔を上げると、レミリアはにやりとほくそ笑んだ。

「…………嫌だ、と言ったら?」
「!?」
「お、お嬢様!?」

 予想外のレミリアの答えに、目を見開く魔理沙。
 それまで黙っていた咲夜も、思わず声を上げる。
 するとレミリアは咲夜を一瞥し、冷たい声で言う。

「咲夜は黙ってな」
「…………」

 まだ何か言いたそうではあったが、主にそう言われては黙るしかない。
 咲夜は口惜しそうに下唇を噛んだ。

 しかし、黙っていられないのが一人。
 言わずもがな、霧雨魔理沙である。

「……どういうことだよ」

 その声は震えていた。
 
「別に、その通りの意味さ。もし私が嫌だと言ったらどうするんだ? って」

 レミリアは、さも愉快そうに言う。
 そんな彼女を前に、魔理沙は拳を握り締める。

「……そんな下らない冗談……言ってる場合かよ」
「……あぁ?」  

 レミリアの眉が吊り上がる。
 次の瞬間、魔理沙は声を荒げた。
 
「こんなことしてる間にも、霊夢が死んじまうかもしれないんだぞ!?」
「…………」
「なあレミリア、頼むよ。頼むから……」

 そして再び、魔理沙は頭を下げる。
 今の自分にできることはこれしかない、と言わんばかりに。

「……魔理沙」
「!」

 レミリアの声に、魔理沙は思わず顔を上げる。
 しかしレミリアは、相変わらず、薄く冷たい笑みを浮かべているだけだった。

「お前いつから、そんなに賢い生き方をするようになった」
「……え?」
「昔のお前は、そんなんじゃなかったろう。もっと馬鹿で、向こう見ずで……欲しいものがあったら、力づくで手に入れるのが、お前じゃなかったか」
「…………」

 レミリアの言っている言葉の意味が理解できない。
 魔理沙は首を傾げる。

 するとレミリアは溜め息を吐いて、続ける。

「お前に頭なんか下げられたって、私は嬉しくも何ともない。そんなに欲しけりゃ―――昔みたいに、力づくで奪ってみせろ」
「…………!」

 そこでようやく、魔理沙はレミリアの意図を理解した。
 毅然とした表情で、すっくと立ち上がる。

「……分かった」
「くっくっ。まだ完全にボケてはいなかったようだね」
「……どこで、やるんだ」
「大広間に行こう。そこなら多少暴れても問題ない」
「……分かった」

 レミリアに先導され、魔理沙は応接間を出る。
 困惑気味の表情を浮かべたまま、咲夜もそれに続いた。



 それからおよそ十分後。

 大広間にて対峙するは、老いた魔法使いと永遠に紅い幼き月。

 遠い昔の満月の夜のように、二人は互いに見つめあった。


 
 ……やがて、レミリアは不敵に微笑むと、ゆっくりと宙に浮かんだ。

 そして声高に、宣言する。

「―――『レッドマジック』」

 その瞬間、レミリアの身体から大量の弾幕が発せられる。
 吸血鬼のエキスが詰まった血液がベースとなった、真っ赤な弾幕。

「……いきなりこれかよ」

 魔理沙の脳裏に、あの日の光景が蘇る。
 何十年経っても色褪せることなく、鮮明に脳にこびり付いた記憶。

「だが生憎、身体は覚えているぜ」

 流石に往年のようなスピードは出せないが、それでも弾幕の隙間をかいくぐるには十分。
 魔理沙は懸命に、正確に、弾をかわしていった。

「……しかしこの歳になって、また弾幕ごっこに興じるハメになるとはな」

 最後に弾幕を飛ばしたのは、いつのことだったろう。
 しかしそれでも身体は動く。
 心はあの日のように弾んでいる。

(……ああ、そうだ。私はあの頃、夢中で弾幕ごっこをやってたんだっけ)
 
 霊夢に勝とうと、陰で必死に特訓したり。
 他の者の弾幕を分析して、本に纏めてみたり。

 魔法使いとしての研究が本格化するにつれて、いつのまにかやらなくなってしまったけど。

 それでも、あのきらきらとした毎日は、今でも自分の中に息づいている。
 
(―――やっぱり、楽しいな。弾幕ごっこは)

 気が付くと、レミリアの放った弾幕はなくなっていた。
 どうやら無事、被弾することなく避け切れたらしい。

「よし、じゃあ次は私の番だな」

 魔理沙は懐から、お馴染みのミニ八卦炉を取り出した。
 それを両手でしっかりと固定し、空中のレミリアに向けて構える。

「いくぜ!」

 魔理沙はありったけの魔力を、八卦炉に込める。 
 そしてにやりと笑うと、腹の底から叫んだ。

「“恋符”『マスタースパーク』!」

 魔理沙が叫ぶと同時、八卦炉から渾身の一撃が放たれる。

 それはかつてに比べるととても小さく、細い光。
 しかし紛れもなく、彼女の信念を体現した、眩い光。

「……!」

 レミリアもまた、にやりと笑う。
 そしてそのままの姿勢で、真正面から撃ち抜かれた。

「よっしゃ!」
 
 思わず、ガッツポーズをする魔理沙。

 レミリアはそのまま落下し、どさっと床に落ちた。

 そんなレミリアに向けて、魔理沙はVサイン。

「―――弾幕は、パワーだぜ」

 どんなに歳を食ったって、どんなに皺くちゃになったって―――。
 この信念だけは、変わらない。

 魔理沙の笑顔は、それを雄弁に物語っていた。



 こうして無事、魔理沙は念願の栗羊羹を手に入れた。

「サンキュー、レミリア。この借りは必ず返すよ」

 そう言って、急いで神社に戻ろうとする魔理沙に対し、レミリアがぼそりと呟いた。

「……そんなに慌てなくても、霊夢はまだ死なないさ」
「え?」
「……少なくとも、今からまだ三時間はもつ」
「……レミリア」
「ふん」

 それだけ言うと、レミリアはそっぽを向いた。
 そんなレミリアに、魔理沙は軽口を叩く。

「……具体的な死期は、分からないんじゃなかったのか?」
「……うるさいな。もういいから、とっとと行け」
「……はいはい」

 魔理沙は肩をすくめると、晴れ晴れとした表情で紅魔館を後にした。

 そして後に残された主に対し、老いた従者がそっと声を掛ける。

「……お嬢様」
「ん」
「……何故、このような事を?」
「……別に。……ただ、あいつが霊夢の最期を看取るのに相応しい人間かどうか、試してやっただけだ」
「成る程。では、魔理沙は合格ということですね」
「…………まあな」
「私はてっきり、霊夢の最期の付添い人に選んでもらえなかった腹いせに、魔理沙に八つ当たりをしたのかと……」
「……咲夜」
「はい」
「お前……歳取ってから、随分口が回るようになったな」
「ボケ防止ですわ」
「……ふん」

 ……まったく。
 これだから、人間ってやつは。

 瀟洒に微笑む従者の横顔を見ながら、レミリアは大きく嘆息した。

 


 それからおよそ一時間後。

 息を切らしてふらふら飛びながら、ようやく魔理沙は博麗神社に戻ってきた。
 レミリアの言っていたことが正しければ、霊夢が最期の時を迎えるまでには、まだ余裕があるはず。

 しかしそれでも、自分の目で確かめないことには安心できない。

 魔理沙はがくがく震える足腰を恨めしく思いながら、懸命に霊夢の寝室を目指した。

「霊夢」

 その名を呼びながら、寝室の襖を開ける。

 そこには、ここを出る前と変わらぬ様子で、仰向けに寝ている霊夢が居た。
 その顔に白い布が掛けられていたりすることもなく、魔理沙はほっと胸を撫で下ろす。

「霊夢。生きてるか」

 魔理沙が声を掛けると、霊夢はゆっくりと目を開けた。

「……ええ。なんとかね」
 
 そう言って、霊夢は薄く微笑んだ。

 その途端、じわりと魔理沙の視界が滲んだ。

 魔理沙は、目尻を軽く指でなぞってから、栗羊羹を差し出した。

「……ほら、霊夢。お前のご所望の栗羊羹だぜ」
「……随分掛かったのね。期限が切れてたから、わざわざ里まで買いに行ってくれたって聞いたけど」
「ああ、ちょっと色々あってな。結局レミリアからお裾分けして貰った」
「レミリア? 何でまた」
「店に行ったら売り切れでな。でもあいつが三本買ってたっていうから、一本譲ってもらった」
「ふぅん……。別に、そこまでしてくれなくてもよかったのに」
「何言ってんだ。何でもやるって言っただろう」
「……そうね。ありがとう」
「…………ん」

 魔理沙はぐっと涙を堪えながら、先に台所から拝借していた小刀で羊羹を切り分ける。

「……でも、レミリアに貰ったってことは、あんた、はるばる紅魔館まで行って来たの?」
「ああ」
「その歳でそんな無茶して……死んだらどうすんのよ」
「ああ、危うく死に掛けたぜ」

 本当にな、と魔理沙は心の中で付け加える。

「ほら、あーん」
 
 魔理沙は、これまた台所から拝借していた竹串に栗羊羹の一片を刺すと、それを霊夢の口元に近づけた。

「……頂きます」

 霊夢はそう言って、口を開けた。
 羊羹が口内に入ったのを確かめると、ゆっくりと噛み千切る。

「無理せずにちょっとずつ食えよ。羊羹は逃げたりしないんだから」
「……ええ。分かってるわ。……うん、美味しい」
「そっか。……よかった」

 そうして、霊夢は少しずつ羊羹を食べた。
 もっとも、もうそんなに多くの量は食べられないので、霊夢が食べたのは二片くらいであった。
 残りは魔理沙が食べたが、やはり魔理沙も歳相応にしか食べられないので、二片くらいでやめた。

 その後は、とりとめもないことを話して過ごした。

 一緒に異変を解決したときのこと、様々な妖怪達に出会ったこと、時には月にまで行ったこと……。

 本当に、本当に、色んなことがあった。

 その全てが昨日のことのように思い出されて、話が尽きることはなくて。
 
 







 ―――やがて、すっかり日が沈み、あたりが暗くなった頃。


「もうすっかり暗くなったな」

「最近は夜になったら冷え込むよな」

「もう秋だもんなあ」

「……………」

「……………霊夢?」


 ―――魔理沙は、霊夢の息が静かに止まっていることに気付いた。


「……………」


 ―――魔理沙は霊夢の頬をそっと撫でると、優しく囁いた。



「……おやすみ、霊夢」








 


























 ―――それからおよそ一ヶ月後。

 
 天界にて。


「よっ」

 見慣れた笑顔が挨拶をしてくる。

 霊夢はあんぐりと口を開けた。

「よっ、て……あ、あんた何でこんなとこにいんのよ?」
「何でって……普通に死んで、成仏したからだぜ」
「し、しんだ?」
「ああ。死んだぜ。老衰でな」
「い、いつ?」
「うーんと、一週間くらい前かな」
「…………」

 あっけらかんとそう言うのは、見紛うことなき親友―――霧雨魔理沙であった。

「なんだよその顔。私がここに来たのがそんなに意外か?」
「いや、意外っていうか……」

 霊夢はまだ思考が追いつかない。
 しかし目の前の魔理沙の笑顔が、全てを物語っていた。

「まあ、私は生前、色々功績を残していたからな。異変解決とか」
「……泥棒もしてたのに?」
「そこらへんは大目に見てくれたみたいだぜ」
「ふぅん……閻魔も結構適当なのね」
「まあ、霊夢でもちゃんと成仏できてるくらいだしな」
「私は順当でしょうが!」

 あの日と変わらぬ、二人のやりとり。

「しかしあんた、しっかり若い頃の姿にしてもらったのね」
「そういうお前こそ」
「まあね」
「……ところで、霊夢よ」
「何?」
「折角お互い、若い身体に戻ったことだし、久々に―――どうだ?」

 そう言って、にやりと笑う魔理沙。

「――あら、奇遇ね。私も久しぶりにやりたいと思って、ちょうど相手を探していたところよ」

 そう言って、にやりと笑う霊夢。

「へぇ、そりゃ奇遇だな」
「ええ、奇遇だわ」
「それじゃあ、早速」
「やりますか」

 二人は適当に距離を取ると、弾けるような笑顔で向かい合う。

「“恋符”『マスタースパーク』!」
「“霊符”『夢想封印』!」


 永遠に変わらぬ友情が、そこにはあった。





『明るい死に物語』っていうのを一度書いてみたくて、今回挑戦してみました。
あと霊夢と魔理沙の友情物も書いてみたいと思っていたので、それも併せて実現でき、よかったです。

さて、本作で私の創想話(無印)投稿作品も晴れて二十作品目となりました。
ここで一旦一区切り、という程でもないのですが、まあ二十作目でキリがいいのと、これからリアルがちょっと忙しくなりそうなのとで、今回の作品をもちまして、投稿は一旦お休みします。
またひょっこりと戻ってきた時には、暖かく迎えてくださると嬉しいです。


それでは、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
まりまりさ
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コメント



0.3500簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
あなたの書く魔理沙が大好きです。
復帰お待ちしております。
12.100名前が無い程度の能力削除
やはり霊夢と魔理沙は親友という言葉が合いますな
いつまででも待ってます
13.100煉獄削除
「弾幕はパワー」という、老いていても変わらない魔理沙の信念や
行動力など面白かったです。
死んだ後も弾幕勝負を始める二人の関係も良いものでした。
氏が戻って来る時を楽しみにしています。
24.100名前が無い程度の能力削除
ぐおお…日々の楽しみの一つが…。人間組は最後まで明るく生きると思うからこういう逝きかたが合ってるなぁ

復帰待ってるんだぜ!
32.100a削除
素晴らしかった。
野暮ったいこと言わないです。復帰を待ってます。
36.100名前が無い程度の能力削除
貴方の素晴らしい作品は私の癒しでした。
復帰をお待ちしております。
57.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナ-!!
74.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷の人間は、少女達は、法外な力を持ちながらも最期は人として人生を全うしていくと・・・魔理沙ばあちゃんがパワフル過ぎてヤバイ
76.100名前が無い程度の能力削除
こんなところに埋もれた名作が……。
本来東方の死に話というのは好きではないのですが、これは良かったです。なんとも霊夢と魔理沙らしいなと。
普通に泣きました。
84.100名前が無い程度の能力削除
る、涙腺が崩壊した(泣×無限) まなみさんが書いたssは最高だ・・・(泣) まなみさん。私たちはあなたがまたこんな感じの小説を書いてくれる事を心からお待ちしております。