Coolier - 新生・東方創想話

レミリアとフランドール

2009/09/14 18:42:28
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 私の妹は気が触れている。
 簡単に言うと、ちょっとおかしい。

 でも私は、そんな妹を愛しているのだ。

 何故かって?

 そんなことは決まっている―――。












 
 

 重たく閉ざされた地下室の扉を開ける。
 薄闇に浮かぶ、二つの眼が赤く光る。

 それは私を捉えると、たちまちに敵意を剥き出しにした。

 うむ。
 今日も元気そうで何よりだ。

「……何しに来たの」

 唸るような声がする。
 私は不敵に素敵な笑みを作って、答える。

「愛しに」
「……誰を」
「貴女を」
「……ハッ!」

 瞬間、炎が視界の右端を埋めた。

 同時に、私の右腕が灰と化す。

「――まいにち毎日ィ。よぉくそんな戯言が言えますねぇ? お姉様――?」

 ゆらりと、黒い影が歩みを踏み出す。
 だがその足取りはおぼつかない。
 まるで、行くあてを求めて彷徨うゾンビのようだ。

 私は何事も無かったかのように右腕を再生し、影に言葉を返す。

「戯言は戯れに放つ言葉。本心からの言葉は、戯言とは言わないよ」
「……ハァ――? お姉さま、あんたが何言ってンのかァー、ちーっともわかりま」

 影が消えた。

 刹那、背後に殺気。

「せん」

 左胸に鈍い痛み。
 迷わず心臓を狙ってきたか。

「……ふん」

 私は自分の胸を貫いている腕を掴んだ。
 見た目にはとても華奢で、強く握ったら折れそうな細腕。
 でもこの腕が鋼よりも頑丈なことは、他ならぬ私が一番よく知っている。

「――放せッ!」

 ズボッと音を立てて、腕が勢いよく引き抜かれた。
 私は胸に開いた風穴を一息で埋めると、背後を振り返り、影に視線を向けた。

「今日もいい感じね。フランドール」
「――あァ?」

 狂気。

 そう呼ぶに相応しい笑顔で、フランドール―――私の愛する妹は口元を歪めた。

「くくっ。そういうお姉様こそぉ―、相変わらずですねぇ?」

 ふらふらと左右に身体を揺らしながら、いつものように私を挑発してくる。
 
「――そろそろ本当のこと、イッちゃってもいいんですよぉ?」
「何のことかしら」
「――本当は、私のことぉ―、ブッ殺シたくて、仕方ナイ、って――」

 言いながら、フランドールは再び私に炎を投げてきた。
 でも今度のはただの威嚇。
 炎は左肩を掠めただけ。
 肉の焦げた臭いが鼻につく。

「馬鹿。妹を殺したい姉が、何処に居るっていうの」
「――こ・こ・に」

 にやにやと笑いながら、私を指差すフランドール。

「……やれやれ。じゃあ仕方ないから、証明してあげるわ」
「……何を?」
「少なくともそんな姉は―――ここにはいないと」
「…………」

 また、フランドールの姿が視界から消えた。

 と思った瞬間、私の世界が回転した。

 激しい衝撃とともに、壁にぶつかる私の身体。

 上下が逆転した世界の中で、変な方向に曲がった首を元に戻すと、右足を高く掲げたままの妹の姿が目に入った。
 
「――いつまでェ―、イイコちゃんぶってるンですかァ――?」

 その虚ろな瞳はまだ私を見ていた。
 よかった。

 私はまだ、あの子の全てを受け止める存在として、認識されている。


 ――さて。

 私はゆっくりと立ち上がる。

 準備運動は、もうこのへんでいいだろう。

 首をゴキゴキと鳴らし、口の中の苦いものを吐き出す。

 そして、なるべく妹の逆鱗に触れるような口調で、言う。

「来な」
「……あ?」

 妹は両腕をだらりと垂らし、前傾姿勢を取っている。

「愛してやるよ。全力で」
「…………」

 妹の瞳孔が開く。
 
「かかって来な。―――マイシスター」
「……ッ!」

 妹が飛ぶ。
 今度は私も。


 空中で、骨と骨が軋み合う。


 妹の顔が狂気で笑う。

 私の顔は歓喜で笑う。



 
























 

「……レミリア。いつまでこんなことを続ける気だ」

 今から百年ほど前。

 私はある日、父から唐突にこう言われた。

「こんなこと、とは?」
「……フランドールのことだ」
「ああ」

 私が至極あっさりとした返事を返すと、父は額に手をやった。

「ああ、じゃないだろう。いいか。こんなことを繰り返していたら、いつかそのうち――」
「……私があの子に殺されてしまうんじゃないか、って?」
「…………」

 父は無言で頷いた。

「……いいか。レミリア」
 
 そして、諭すような口調で続ける。
 
「お前は私の亡き後、このスカーレット家の当主の座を継ぐ者なんだ」
「…………」
「そのお前が、あんな、無意味な殺し合い―――ましてや実の妹との―――で、命を落とすようなことがあっては……」
「……スカーレット家の歴史に泥を塗ることになる、ですか」
「!…………」

 父が目を見開いて私を見る。
 だがすぐに、いつもの口調で続けた。

「……ああ、そうだ」
「…………」
「こう言っちゃなんだが、あの子は……フランドールは、出来そこないだ」
「…………」
「力ばかりが余りあって、感情がそれに追いついていない」
「…………」
「あの子は我が家に害悪をもたらすことはあっても、利潤をもたらすことはありえぬ」
「…………」
「だからレミリアよ。もうあの子に関るのはやめて……」
「お父様」

 私は静かな声で、父の言葉を遮った。
 そして、強い口調で問う。

「……私があの子に関らなくなったら……誰が、あの子を愛してやるのですか。誰が、あの子の愛を受け止めてやるのですか」
「……何?」
「お父様は先ほど、私とフランドールのやりとりを、殺し合い、と形容された」
「…………」
「でもそれは違います。私とフランドールは殺し合っているのではない。愛しあっているのです」
「……何をばかな」
「貴方にとってはばかでも、私もあの子も、まじめにそうしているのです」
「……理解の外だ」
 
 父は大袈裟に肩をすくめてみせる。
 しかし構わず、私は続ける。

「あの子は愛し方を、愛され方をしらない。だから、ああするしかないのです」
「……じゃあ何か。あの子の破壊衝動が、愛情の表現だとでも言う気か」
「ええ。言う気です」
「…………」
「あの子の破壊衝動は、愛したいという気持ちと、愛されたいという気持ちの現われ」
「…………」
「だから、あの子の気持ちを満たしてやるには、あの子の愛を全力で受け止めて、そして同じくらいの愛を全力でぶつけ返してやるしか、ないのです」
「…………」
「私があの子に関らなくなったら、あの子の愛を受け止める者も、あの子に愛をぶつけ返す者も、いなくなってしまう」
「…………」
「そうなれば、今度こそ……あの子はただの破壊者に成り果ててしまうでしょう。たった一人の世界で、永遠に―――得られるはずのない愛を求め、受け止めてもらえるはずのない愛をぶつけ続ける、悲しき破壊者に」
「……そうなるのを防ぐために、お前は毎日、あの子と殺し合いをしているというのか」
「愛しあい、ですわ」
「…………」

 父は額に手を当てたまま、無言で首を横に振った。
 そして溜め息混じりに、私に語り掛ける。

「……レミリア」
「はい」
「……それは全部……お前の思い込みではないのか」
「…………」
「あの子の破壊衝動にそんな意味があるとは、私には到底思えぬ」
「…………」
「私には、お前が―――妹が無意味に破壊を繰り返している、という事実を認めたくないがために―――無理にでも、そう思い込もうとしているようにしか見えない」
「……そんなことはありません」

 私はきっぱりと答えた。

「あの子に、直に向き合っていれば分かります」
「…………」
「あの子の声が、叫びが、聞えるのです」
「…………」
「もっと愛したい。もっと愛されたい。―――そんな、心の叫びが」
「…………」
「…………」

 会話が途切れ、場は沈黙に包まれる。
 やがて父が、それを破るようにぽつりと呟いた。

「……お前の」
「?」
「お前の能力で、どうにかできないのか」
「……と、言いますと」
「あの子の運命を操って……自発的にこの館から出て行くように、仕向けるとか」
「…………」
「あるいはいっそのこと、あの子の寿命を――……」
「…………」
「なあ、レミリア。出来るんじゃないか。お前の能力なら、そのくらい――」
「……そうですね」

 そのとき私は、自分の右手の掌を、父の方に差し向けていた。
 
「……何を、している?」
「いえ。少々――ああ、大丈夫。お時間は取らせませんわ」





 
 ……その日、父は私にスカーレット家の当主の座を譲ると宣言し、そのまま何処かへ隠居した。


 





















「―――あぁッ!!」

 妹の咆哮が轟く。

 同時に、巨大な炎剣が私を襲う。

 その剣は酷く歪な形をしていて、それは妹の感情をそのまま表しているように思えた。

「―――神槍」

 私も瞬時にそれと同サイズの槍を放ち、空中で相殺させる。

 閃光。

 半瞬遅れて、爆風が部屋全体を揺らす。 

「ぐッ……」

 両足で踏ん張って、全身をびりびりと襲う衝撃に耐える。

「!」

 息つく暇も無く、砂煙を突き破って影が飛び出してきた。
 掴んだものをあまねく壊す、悪魔の手。
 
「がぁ!」

 私はその手を、真っ向から受け止めた。

 右手と左手。
 左手と右手。

 みしみしと、腕の節々が嫌な音を立てる。
 やがて血管が切れ、噴き出た私の血が妹の顔を紅に染めた。

 それをぺろりと舐めて、妹は笑った。

「……楽しい……楽しいよ……お姉様……」
「……私もよ。フランドール」

 私には、分かる。
 フランドールの狂気が、徐々に薄らいでいることに。

「……私、ずっとこうしていたい。お姉様と、ずっとこうして」
「……私もよ。フランドール」

 私の言葉に、フランドールは一瞬、邪気の無い笑顔を浮かべる。


 ――しかし、次の瞬間。


「―――ぅあ」

 再び、その表情は狂気に染まった。

「ッ!?」

 同時に、私の腹に妹の右足がめり込む。

「がっ……は」

 身体が浮き上がる。
 しかし両手は妹に掴まれているため、空中で私の体は一旦静止し、振り子のように揺れて、再び妹の方へと近付く。

「……やってくれる」

 私は首をやや後ろにそらし、その反動を利用して――、

「オラぁ!」
「!?」

 その勢いのまま、妹に頭突きをかました。
 ドゴン、と鈍い音がした。

「………ぐっ」

 視界が白くなり、一瞬、意識も遠くなる。
 
「う……あ」

 流石の妹もこれには堪えたらしく、掴んでいた私の手を放した。

 支えを失った私は、そのまま床に落ちる。

「……い……いった……」

 両手で頭を押さえ、うずくまる。
 ちょっと無茶をし過ぎたか。

 今妹に襲われたら、私はほぼ確実に死ぬ。
 運命を視るまでもない。
 

 ……しかし、妹は来なかった。

 朦朧とする意識の中、彼女の方を見ると、私と同じように頭を押さえて、ふらふらと揺れていた。

「う……ぐ……」

 妹が呻いているのは、どうやら、私の頭突きのせいだけではないようだった。
 
 そう。

 妹が戦っているのは、私だけではない。
 彼女は、自分の中の狂気とも、必死に戦っているのだ。
 永遠に勝敗の着くことのない相手と、彼女は毎日―――戦っているのだ。


 愛したい。
 愛されたい。

 その強い衝動は狂気を生み。

 彼女を破壊へと駆り立てる。

 彼女はそれを抑える術を知らず。
 ただただ、狂気の赴くままに暴れるのみ。

 正気と狂気の狭間で。
 妹は毎日、自分を必死に保とうとしている。

 ならば私にできることは、ただ一つ。

 その衝動を。
 その狂気を。

 全て―――受け止めてやることだけだ。


 私の全力の、愛を以って。


「……くぁ」

 やがて妹は頭から両手を放し、そのまま大の字に倒れた。

 一時的に満たされた狂気は、彼女に暫しの休息を与える。
 それは彼女の精神を薄皮一枚で保持させるための、神の気まぐれなのかもしれない。

 ……妹はまもなく、すぅすぅと寝息を立て始めた。

 そんな妹の様子を見届け、私は安堵の溜め息を吐く。

「……やれやれ」

 兎にも角にも、今日も死なずに済んだらしい。
 私は自分の強運に感謝し、妹と同じ体勢で寝転がった。


 ―――意識が、薄れる。


 夢と現のさかいめで、ふいに、いつか父に言われた言葉が蘇る。

 もしこれが、全部―――私の思い込みだったとしたら。
 妹は、愛したいとも愛されたいとも思っておらず、ただただ、無意味に破壊を繰り返しているだけだとしたら。
 その事実を認めることが怖くて、私が勝手に、妹の行動に意味付けをしているだけだとしたら。


 そうだとしたら―――狂っているのは、実は私のほうなのかもしれない。


 狂った妹を無条件に愛し続ける、狂った姉。

 ……ふん。

 仮にそうだとして、何の問題があるというのか。

 妹のためなら、私はいくらだって狂ってやる。
 何を引換えにしようが、喜んで狂気を買い取ってやる。

 だってそうだろ?

 姉が妹を愛するのに、何の条件が要る。何の理由が要る。

 本当のところがどうであろうと、私は妹を愛することをやめないし、信じることもやめない。

 ……何故かって?

 そんなことは決まっている―――。


 














「うぅ……」

 
 ―――まどろみの中、小さな呻きが聞えた気がした。


 どうやら、妹が目を覚ましたらしい。 

 やれやれ。

 それなら私も、起きないわけにはいくまい。


 ……目を開くと、先程とほとんど変わらない光景が、私の視界に飛び込んできた。

「……っち……」

 瓦礫と硝煙の中で、半身を起こしたフランドールが顔を歪めている。

 その顔は煤と埃でまみれているものの、どこか生気に満ちているように見えた。

「……うぅ……ん」

 そのすぐ傍で、私も、悲鳴を上げる全身に鞭を打ち、ゆっくりと上体を起こす。
 そして、溜め息混じりに呟いた。

「……あ~あ。またお洋服が台無しになっちゃったわ。せっかくお気に入りだったのに」

 壊れた肉体は再生できても、破れた服は元に戻せない。
 吸血鬼も結構不便だ。

「……はは。いい気味」

 愚痴をこぼす私を見て、フランドールは無邪気に笑う。
 そこにはもう、先ほどまでの狂気の色は無い。
 無垢で純粋な双眸が、きらきらと輝いている。

「……あんたこそ。随分いい顔になってるわよ」
「……ふん」

 私がからかうように言うと、フランドールは照れたようにそっぽを向いた。

「…………」
「…………」

 暫しの沈黙。

 やがてそれを破ったのは、フランドールだった。

「……お姉様」
「ん?」
「……また、明日も来てくれる?」

 少し不安げな面持ちで、フランドールは私に尋ねる。
 そんな彼女に、私はそっと微笑み掛ける。

「……もちろん。だって貴女は――」

 

 
 


 私の妹は気が触れている。
 簡単に言うと、ちょっとおかしい。

 でも私は、そんな妹を愛しているのだ。

 何故かって?

 そんなことは決まっている―――。








「―――私の、たった一人の妹ですもの」



 そう言って私は、歓喜に笑った。
 それを見て妹も、歓喜に笑った。






無条件に相手を愛せるのは、家族だけ―――そんな言葉を、どこかで聞いたような気がします。
無条件の愛に、幸あれ。



それでは、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
まりまりさ
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コメント



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21.100Zeke削除
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42.100名前が無い程度の能力削除
何か好きだな。
53.100名前が無い程度の能力削除
こいつはいい殺し愛