Coolier - 新生・東方創想話

咲夜は私の犬よ、当然じゃない  後編

2009/09/10 17:18:37
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咲夜が死去した翌日の朝。
咲夜の訃報は幻想郷中に知らされた。



魔法の森にある魔法使いアリス・マーガトロイドの家。
そこに箒に乗ってやってきたのは、魔法使い霧雨魔理沙である。
魔理沙はかつて人間であったが、
今は捨食の法によって種族としての魔法使いとなっている。
なお、アリスは元から魔法使いであり、かつては魔界に住んでいた。
しかし、アリスが人間風の生活を好んでいるせいか、
元は人間であったと思っている者も少なくないようだ。
アリスが幻想郷に住むようになった頃の文献にも、
人間から魔法使いとなったと書いてある。
もっとも、アリス本人がそのように語っていた節もある。
そのほうが何かと都合が良かったのかも知れない。

魔理沙はアリス家の玄関を乱暴に開けると、大声でアリスを呼んだ。

「アリス、いるか?」
「貸すものならないわよ」

アリスは顔も向けずに返事をする。
アリスは人形遣いであり、今日も人形の研究をしていたのだが、
魔理沙が来たぐらいでは作業をとめるに値しないようだ。
これもいつものことなので、魔理沙も気にしない。

「そうか、邪魔したな、じゃないぜ。聞いたか、昨日、咲夜が死んだぜ」
「えぇ、聞いたわ。さっき小悪魔が案内を持ってきたわ」

人の生き死にの話であってもアリスは手を止めない。
話の内容に関係なく、
相手が魔理沙であれば自分の作業を止める必要はないと思っているのであろう。

「てっきり咲夜は死なない人間だと思っていたんだが、違ったんだな」
「そりゃそうよ、あの子唯の人間だもの」
「いやいや、唯の人間が何百年も生きていないだろう」
「あら、魔理沙。もしかしてわかってないの?」

アリスが初めて魔理沙を見る。

「何がだ」
「咲夜は何百年も生きてなんかいないわ」
「何言ってんだ?私が咲夜と出会った紅霧異変は700年ぐらい前だぜ」
「あんた、ほんとにバカなのね」

アリスはあきれたかのような表情を作り魔理沙に見せ、
また人形の方へと視線を戻す。
魔理沙は、アリスがこれ以上説明してくれそうにないと見ると、
またくるぜとだけ言い残して出て行った。
アリスはちょっと意地悪しすぎたかな、
と思いながら葬式に着ていく喪服の準備をし、
魔理沙が迎えにくるまでと、再び作業に集中した。









霧の湖の畔に建つ紅い館、紅魔館。
そこにかつては幻想郷を担当する閻魔であった四季映姫はやってきた。

「四季映姫と申します。当主レミリア殿にお取次ぎ願います」

映姫は門番に礼儀正しく伝える。
門番はすぐに紅美鈴に四季映姫様が訪ねてこられたことを報告した。
その報告を聞いた紅美鈴は、葬儀の準備作業の最中であったが、
四季映姫の訪問とあっては無碍にできないのだろう、速やかに門へと出てきた。

「映姫様、ようこそおいでくださいました」
「お悔やみ申し上げます」

美鈴はそつなく応対する。が、葬儀に来るには早すぎる来訪である。
何事にもきっちりとする映姫らしくない行動に、美鈴は疑問を持っている。
その疑問に映姫はしっかりと答える。

「実はレミリアに少し話があってですね、
 まだ時間は早いのですが訪問させていただきました」
「わかりました。それでは案内しますのでどうぞ」
「お邪魔いたします。ごめんなさい、まだ準備に忙しいのでしょう」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
 それで今日はうちのお嬢様に何のお説教なのでしょう?」

映姫と言えばお説教。そのイメージが払拭されることはないのである。

「残念ながら今日はお説教ではないのです。
 レミリアに改めて伺いたいことがあるのです」
「そうですか。お嬢様が不機嫌にならずに済みそうで安心しました。」
「いくら私でもこんな時に説教などしません」
「それもそうですね。それではここで少々お待ちください」

紅魔館において上客だけを通す事になっている特別応接室に映姫を通すと、
美鈴はすぐさまレミリアを呼びにいった。

映姫が応接室の豪華な調度品の数々を眺めていると、
ようやくレミリアがやってきた。

「閻魔が何の用かしら。私はまだ死なないわよ」

入ってくるなりぶっきらぼうにレミリアが言い放つ。
そんなレミリアに対しても映姫は礼節を崩すことはない。

「まずはお悔やみ申し上げます」
「ありがとう。咲夜はあなたのところには行かないけど、宜しくね。」
「そのことですが、本当にこれでよかったのですか?」

映姫は早速本題を切り出した。
まだ葬儀の準備で忙しいであろう紅魔館に長居すべきではないため、
最初から手短に済ませる気でいたからである。

「えぇ、もちろんよ。何か不都合でもあるの?」
「いえ、是非曲庁としては問題ありません。すでに調整も終わっています。いまさら文句もありません。」
「そう、よかったわ。咲夜も安心して暮らせるわけね。最も、本人には自覚はないのでしょうけど。」
「私が聞いておきたいのはレミリアあなたのことです。」

映姫が言っているのは、
咲夜に特例措置を行う上での対価についてのことである。
是非曲庁は、ただ咲夜を不問とし冥界に住ませるわけにはいかなかった。
咲夜に罪があれ徳があれ、それを無に帰することはできない。
罪も徳もなんらかの形で清算をし、処理する必要があった。
そうしないとバランスが崩れて、
どこに良からぬ影響が出るかわからないからである。

一個人の罪・徳の清算に関して、特殊な事例を映姫はニ例だけ知っていた。
稗田家の事例と、西行寺幽々子の事例である。

稗田家の場合は、労務によって都度清算している。
是非曲庁の処理としては、それほど特殊な処理をしているわけでもない。

幽々子の場合は、特殊な処理をしている。
生前の罪と徳を亡霊である幽々子自身が未だ引き継いでいるのである。
これは清算を先延ばしにするという処理しているにすぎない。
つまり、西行寺幽々子という人間はまだ死んでいない、
ということになっているだけであった。

亡霊になるという点では咲夜は幽々子と同じである。
ただ、幽々子の場合と咲夜の場合では、少し事情が違った。
幽々子の場合はある者の強い要望があったにしろ、
幽々子の能力は是非曲庁にとっても有用であった。
そのため、是非曲庁自身が積極的に取り組んだのである。

しかし、今回は是非曲庁には直接的なメリットはない。
したがって、単に先延ばしという名の無罪放免にするわけにはいかない。
八雲紫の説得により幻想郷にとって有益であることはわかってはいたが、
是非曲庁の体面としても、事務処理としても、許されなかった。

その結果、代償としてレミリアが要求されることとなった。
咲夜が生前に犯した罪と積んだ徳の全てをそのままレミリアの罪と徳に加算し、
レミリアの裁判を行うこととしたのである。

レミリアはその要求を逡巡することなく受け入れた。
交渉を請け負っていた紫も驚くほどの潔さであった。
罪を負うということの意味。その重さをわからぬレミリアではないはずなのに。

「ふふ、そういうこと。なら問題ないわよ?」

レミリアは答えた。
映姫はそのレミリアにさらに深く問う。
  
「貴方は何故そうまでして咲夜を守るのですか?」

前日、藍が同様の質問をしたとき、レミリアはとても不快であった。
自分の心の奥底に、
土足で入ってこようとしているように感じられたからである。
しかし、映姫に対してはそのように感じなかった。
映姫には当然聞く権利があると、レミリアにも感じられたのだ。
咲夜は冥界において永遠に過ごすわけであり、
レミリアとしては映姫に預けたと考えているのであろう。
しかし、だからといって正直に心の内を語る気にはなれなかった。

「咲夜は私の犬、それだけのことよ」

レミリアは偽ってはいないが、正直でもない答えを返した。
そこに様子を見に来ていた、パチュリーが口を挟んだ。

「従者の罪は主の罪。とくに咲夜の場合、
 レミィのために犯している罪がほとんどのはず。
 だから、レミィは自分が負うべきと考えているのよ。
 まぁ、それだけじゃないんだろうけどね」

レミリアがパチュリーをキッと睨む。
余計なことは言わないでよ、ということだろう。
映姫はここでこれ以上のことを聞くこともないと考え、
一旦引き上げることにした。

「レミリア、あなたが来るのを楽しみにしています。
 そのときには全て見せてもらいますよ」

映姫は今は幻想郷を担当する閻魔ではない。
しかし、レミリアの裁判だけは自ら担当すると決めていた。
自分が最後まで責任を持つべき事案だと考えていたからである。

「いいわ。そのときにはあなたのつまらない説教もいくらでも聴いてあげるわ」
「それでは失礼します。葬儀には小町を連れて改めてまいります」
「そう。咲夜も喜ぶわ。あの死神ともいろいろあったみたいだからね」

映姫は紅魔館をあとにした。
レミリアと話をしたことで、
映姫はレミリアの心の奥に少しだけ触れることができた。
その結果、今回の特例措置は間違っていなかったと思えた。

映姫は紅魔館を出ると三途の河へと向う道すがら、
小町と行動するのも久しぶりだから、
一緒に食事でもしようかしらなどと考えていた。















アリスと魔理沙は紅魔館へと向かっていた。
咲夜の葬儀に参列するためである。
すると紅魔館からこっちに向かっている一人の少女が見えた。

かつての博麗の巫女、今は天人となった霊夢である。
霊夢は巫女を引退した以上、博麗を名乗るのは憚れた。
そこで、天人になるにあたって世話になった
比那名居性を使わせてもらっている。
しかし、大抵の場合は霊夢とだけ認識され呼称されているようだ。

「よう、霊夢」
「あら、魔理沙にアリスじゃないの」

アリスは、霊夢が紅魔館方面から飛んできたことと、
赤を基調とした喪服らしからぬ服装に疑問を持った。

「咲夜の葬儀には参列しないの?」
「出ないわよ。レミリアには今会ってきたけどね」

魔理沙が口を挟む。

「咲夜とは永い付き合いじゃないか。なんで葬儀に参列しないんだ?」

魔理沙には霊夢がちょっと薄情すぎるように映るのか、
非難する声色が混じっている。

「ん?んー、まぁ、いろいろあるのよ」

と、とりあえずお茶を濁してみたが、
霊夢はちょっと考え込んでから魔理沙に耳打ちした。

「葬儀が終わったら白玉楼にいらっしゃい」

霊夢は魔理沙にだけ伝えると、アリスに別れを告げ飛んでいった。

「魔理沙、霊夢はなんだって?」
「終わったら白玉楼に来いってさ」
「ふーん、何があるのかしらね?
 どっちにしろ私は行かないほうが良いみたいだけど」
「まぁ、話しても問題ないようなことなら、後で教えてやるぜ」
「期待せずに待ってるわ」

アリス達は再び紅魔館へと向かった。





咲夜の葬儀は厳粛に執り行われた。
常に賑やかな紅魔館も、この日ばかりは騒がしさとは無縁であった。

葬儀が終わると魔理沙は一人で白玉楼に来た。
白玉楼の庭先に着いても、
いつもは問答無用で斬りかかってくる妖夢の姿が見えなかった。
魔理沙は、珍しいこともあるもんだな、と思いながら、白玉楼の縁側に回った。

「おーい、霊夢いるか?」
「あら、魔理沙じゃない。どうしたの?」

答えたのは霊夢ではなく、幽々子である。

「あぁ、咲夜の葬儀が終わったら来いって霊夢が言ってたからな」
「そう、じゃぁ、上がって頂戴。ふふ、今日は千客万来で賑やかでいいわ」
「ん?霊夢以外にも誰かきているのか?咲夜の葬儀ほっぽって」
「葬儀に出れない者が集まってるのよ」

そういうと幽々子は一つの部屋に魔理沙を案内した。

「ちょっとここで待ってて頂戴。霊夢を呼んでくるわ」

魔理沙が通された白玉楼の和室。床の間にはきれいな華が活けてある。
魔理沙はこの花を知っている。デュランタという花だ。
夏の花がまだ咲いていることに魔理沙は珍しいと思ったが、
幽々子が何か仕込んだのだろうと結論づけた。

「あら、花はお好き?」

幽々子が霊夢を連れて戻ってきた。

「あぁ、好きだぜ。でもこれ、夏の花だよな?」
「あら、よく知ってるわね。そうよ、幽香に頼んで分けてもらったのよ」

風見幽香、花を操る妖怪である。

「そうか、なるほどな。お、霊夢来たぜ」

幽々子に呼ばれた霊夢が部屋に入って来た。
霊夢は魔理沙の横にちょこんと座るとお茶を飲んだ。
幽々子が霊夢を呼びに行ってすぐ妖夢が淹れてくれたお茶。
もちろん、魔理沙の。

「ねぇ魔理沙、今この屋敷にね、咲夜が来てるのよ」
「なんだって?」
「だから、咲夜がいるの。でもね、咲夜は咲夜じゃないのよ」
「わからないぜ」

わかるはずもない。霊夢は順を追って説明した。

「なるほどな。で、霊夢は何でここにいるんだ?」
「最後の仕上げをするためよ。咲夜には今、藍の結界が張ってあるんだけど、
 それを解く必要があるの。
 でも、ただ解くだけではただの幽霊になってしまうこともある。
 だから、確実に亡霊になるようにね」
「ふーん、よくわからんぜ」

一通りの説明を終えると、霊夢は席を立った。

「さて、そろそろ安定したころね。咲夜を起こしにいきましょうか」








霊夢の術により咲夜は無事亡霊となった。
その咲夜に幽々子が状況を説明し、
咲夜が理解をしめすと霊夢たちは引き上げていった。

そして、咲夜が眠りに付くと、妖夢は幽々子に謎解きを求めた。

「幽々子様、咲夜さんがここにいるのって、
 閻魔の裁きを受けさせないためですよね?」
「そうよ」
「でもやっぱりわからないです。
 なんで咲夜さんが閻魔の裁きを受けちゃいけないのか」
「あの子は罪が重いからよ」

幽々子はなかなか核心に触れてくれない。

「いえ、だからなんで咲夜さんの罪が重いのかがわからないのです」
「あら、この間言ったじゃない」
「だからわかりませんってば」

幽々子ののらりくらりな会話に妖夢も苛立ってきたようだ。
その様子を見て、幽々子もそろそろ説明してあげようか、
という気になったようである。

「仕方のない子ね。あのね、罪って何かわかる?」
「悪いことしたってことです」
「そうね。でもそれじゃ、正確じゃないのよ」
「そうなのですか?」
「罪というのはね、外れた行為よ」
「はぁ」

妖夢にはいまいちピンとこないようである。

「つまりね、理から外れた行為、それが罪よ。
 咲夜は理から外れすぎているのよ」
「ええと、それはつまり、長く生き過ぎたということですか?」
「あら?長生きは罪じゃないわよ?」
「え?でも幽々子さまもこの間・・・・・・」
「もう、違うわよ。
 あのね、咲夜自身はね何百年も生きてなんかいないのよ。
 咲夜は数十年しか生きていない。
 自分の時を引き伸ばしただけだから。
 しかし、それでいて数百年の時に干渉し続けてきた。それが罪なのよ」

幽々子は妖夢の表情から理解していることを確認すると、さらに説明を続けた。

「それにね、咲夜の罪はそれだけじゃないのよ」
「まだあるのですか?」
「咲夜の主、レミリアは吸血鬼。そして主の食事の用意も咲夜の仕事よ」
「でも、幻想郷では吸血鬼は食材を提供されているわけですし」

妖夢はいまいち腑に落ちないようである。

「自分と同種族の食材を調理することも罪よ。
 それに、幻想郷にくるまえは調達もしていたかもしれない」
「そうなんですか」
「つまり咲夜は理をまげて長く存在したことも罪だし、
 レミリアに仕えたことも罪。わかった?」
「はい、やっとわかりました。
 だからレミリアさんは咲夜さんを閻魔に引き渡さなかったのですね?」
「そうよ。裁きを受ければ罰を受ける上に、確実に転生すら許されないから。
 それほどに咲夜の罪は重いのよ」

妖夢の疑問は解決した。
妖夢は思う。
いつもここまで丁寧に説明してくれたら苦労しないのに、と。
そして、疑問を一つ解決すると、また新たな疑問が湧いてきた。

「でも、そうなると是非曲庁が咲夜さんの処置を認めた理由がわかりません」
「もう、妖夢はなんでも聞くのね?」

といいつつ、幽々子は嬉しそうである。
妖夢の思考が、そこに至ったことを喜んでいるのだろう。

「すいません」
「幻想郷全体の利益のための超法規的な政治決着よ」

幽々子は、最終結論だけを妖夢に示した。
もちろん、妖夢には何故なのかわからない。

「つまりどういうことでしょう」
「あら、ここまでよ。ここからは自分で考えなさい」

結局、妖夢は新たな宿題を抱えることとなった。

しかし、咲夜が新しく白玉楼の使用人となったため、
翌日から妖夢は咲夜に付きっ切りとなった。
そんな日常のなかで、妖夢は幽々子からの宿題を忘れていった。

いつまでも聞いてこない妖夢に幽々子は内心、
だからあなたはいつまで経っても未熟者なのよ、と思っていた。
そして、聞いて来ないものをわざわざ教えることもないと、
幽々子は思っていた。















季節は移り、氷精が恋しくなるような茹だる様な暑さが幻想郷を包んだ。
紅魔館の庭には、今年は紫苑が咲き乱れていた。

その紅魔館の図書館に、魔法使いが集まっている。

「魔理沙、そこの魔道書取って」

アリスが魔理沙に言う。

「おう、これか?ほれ」

それに答えて、魔理沙がその魔道書を放り投げる。

「ちょっと、何やってんのよ!私の魔道書手荒に扱わないでよ」

怒っているのはこの図書館の主である、パチュリーである。
そこに、館の主レミリアが入ってきた。

「あら、今日は賑やかね」
「おう、レミリア。邪魔してるぜ」

レミリアは小悪魔にアイスティーを頼むと、席に着いた。

「アリスはよく来てるみたいけど、
 魔理沙、あんたはここんところあんまり見なかったわね」
「ああ、ちょっとな」

魔理沙は話をつづけた。

「白玉楼に新しい使用人が入ったんだが、そいつの料理がうまいんだぜ」

レミリアとパチュリーが顔を見あわせる。事情を知らないアリスが答える。

「ふーん、最近あんまり来ないと思ってたら、冥界なんて行ってたの」
「ああ、あそこには霊夢も時々くるしな、丁度いいんだ」

何が丁度いいのかわからない。

レミリアが魔理沙に問う。

「で、その使用人は元気してるのかしら?」
「ああ、すこぶる元気だぜ」
「そう」

レミリアは咲夜が白玉楼で問題なく過ごしていそうだと思うと安堵すると共に、
魔理沙も霊夢も咲夜の様子を見に行ってくれていることに、
レミリアは感謝した。

魔理沙は勿論、咲夜の様子をレミリアに告げてはいけないことを知っている。
それどころか、アリスにも教えていない。
まぁ、それはアリスが聞いてこないからという消極的な理由でもあるが。
アリスにしても聞かなくていいことを聞くほど、野暮ではないつもりである。

魔理沙は、レミリアが咲夜のことを気になっていないはずがないと思っていた。
かつて霊夢にがさつと窘められた魔理沙も、
長く生きた中で機微と言うものを理解するようになっていたのであろう。
あるいは、霊夢はそれを期待して魔理沙に教えたのかもしれない。

レミリアが魔理沙に聞く。

「あなた白玉楼にまた行くでしょう?」
「ああ、行くぜ」
「じゃあ、その使用人さんに届け物お願いしてもいいかしら」

というとレミリアは何やら箱を取り出してきた。

「たしかに請け負ったぜ」

と、魔理沙は箱を受け取った。

魔理沙は先に紅魔館を出ると、白玉楼に向かった。
レミリアから頼まれた用事を片付けるために。
とはいえ、直接咲夜に渡すわけにもいかないということに魔理沙も思い至った。
まず、魔理沙が咲夜に贈り物をする理由がない。
もちろん、誰からのものか言えるはずはない。
そこで、幽々子に預けることにした。

魔理沙やアリスが帰ったあとの紅魔館では、
レミリアとパチュリーがメイド長紅美鈴の淹れたアイスティーを飲んでいた。

「レミィ、何を渡したの?」
「内緒よ」
「そう、まぁいいわ。それにしても、魔理沙も粋なことをしてくれるじゃない」
「そうね」

レミリアはそれっきり黙った。パチュリーも話すのをやめた。
それぞれ咲夜のことを想いながら、静かに夜を過ごす事にした。









さらに時はたち、ここ白玉楼の木々も葉を落とし始め、
秋から冬へと季節を移そうとしていた。

「咲夜、そろそろ炬燵の用意をおねがいね」
「はい。炬燵ならいつでもお出しできますよ」
「そう、さすがね」
「もう出しますか?」
「まだいいわ。準備さえしてくれていれば十分よ」
「そうですか」

幽々子は咲夜の完全な仕事ぶりに感心させられてばかりいる。
吸血鬼が大切にするのも当然である。

「ねぇ、咲夜、あなたの手が空いたらお茶にしましょう」
「はい、それではお菓子の用意をしてまいります」
「そう、よろしくね」
「妖夢さんも呼びますか?」
「あの子はあの子の仕事があるわ」
「そうですね」

咲夜は二人分のお茶とお菓子を用意し、卓袱台に座した。

「それでね、咲夜。貴方に渡したいものがあるのよ」
「はい、何でしょうか」

幽々子は箱を取り出し、咲夜に渡した。
以前、魔理沙が幽々子に預けていった箱である。

「貴方もここに来てから、本当によくやってくれているから。プレゼントよ」

咲夜は受け取ると幽々子に問う。

「ありがとうございます。あの、これ開けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」

咲夜は箱を開けた。そこには時計が入っていた。
なんとも古風な銀色の懐中時計で、
随分使いこまれた物であることが咲夜にもわかった。

「どう?気に入ってくれたかしら?」
「幽々子様よろしいので、このような物を戴いて」

その懐中時計はマメに手入れがされ、
大切に使われていたことが咲夜にも感じられた。
あるいは、咲夜はその懐中時計を、
幽々子の愛用品の一つだと思っているのかもしれない。

「ええ、いいわ。私は使うことがないのよ。
 だから貴方が使ってくれたほうがいいの」
「そうですか。それでは大切に使わせていただきます」

咲夜はその懐中時計を腰の帯締めに括りつけ、ぶら下げた。
咲夜はその懐中時計をずっと身につけていようと心に決めた。



    










10



時は移る。それは理である。
生まれれば死に、死ねば生まれる。
たとえ時を操ろうとも永遠に死を遠ざけておくことなど出来ない。
死は迎えるべき理であり、
その死を不自然に遠ざけることは理に反する行為である。

十六夜咲夜は時を操り罪を犯し続けた。
罪は重大であり、閻魔の裁きを受けたとしても、転生を許されるべきではない。
それも理である。
レミリア・スカーレットはその理にあらがった。
その結果、レミリア・スカーレット自身が理を大きく外れることとなった。

十六夜咲夜はレミリア・スカーレットのために罪を犯し、
レミリア・スカーレットのために裁きを免れた。
レミリア・スカーレットは十六夜咲夜のために
その罪を己の罪とし裁きを受ける。
裁きを受ければ転生を許されない。永遠に苦を与えられることとなる。
それでもレミリア・スカーレットは己の従者のために、
その裁きに甘んじる道を選んだ。

そして今、中有の道を行く。
1000年前に従者十六夜咲夜が行くはずであった道を。
閻魔の裁きを受けるために。



レミリアは賽の河原へと足を踏み入れた。
ここは、親より先に滅した子が、その罪を償いながら親を待つ河原である。
そこに人影があった。
正確には人ではない。
そこにいたのは、冥界の姫と呼ばれる亡霊西行寺幽々子。
そしてその隣には、かつて従者として忠誠を尽くしてくれた、
十六夜咲夜の姿があった。

咲夜には生前の記憶はない。したがってレミリアを知らない。
ただ、主幽々子に付き従ってきただけである。
いつもは和風の女中服を着て主に仕えている咲夜であるが、
今日は主に与えられた西洋風の給仕服を着ている。
咲夜は主の気まぐれに付き合ってそれを着ているにすぎない。
そして、その腰には咲夜愛用の懐中時計がぶら下がっていた。


思いもかけずかつての従者と顔を合わすことになったレミリアは、
不覚にも固まってしまった。
その様子をいたずらが成功した子供のような楽しげな顔をしながら見つめる
幽々子が、レミリアに話しかける。

「あら、早かったわね」
「誰かと思ったら、冥界の亡霊じゃない。
 あんたに用はないわよ。私は閻魔のところに行くんだから」
「つれないわね。そうそう、紹介しとくわ、こっちはうちの使用人の咲夜よ」
「十六夜咲夜と申します」

咲夜は主のためにレミリアに失礼のないように対応する。

「ふ~ん、まぁ、紹介されても二度と会うことはないでしょうけどね」

嬉しい気持ちを隠そうとして、レミリアは必要以上に無関心を装ってしまう。
そんなレミリアを幽々子がおかしそうに眺め、
そんな幽々子を咲夜は不思議に思っている。

「咲夜と言ったかしら、こんな亡霊なんかに仕えてないで、
 もっとまともな主人を探したらどう?」
「いえ、幽々子様はすばらしい方です。他の方に使える気は全くありません」
「そう」

レミリアは咲夜の言葉に半分満足して、半分寂しく思っている。

「あらあら、咲夜ったら。そんなこと堂々と言っちゃって」
「でも、本当のことでございます」

いかにも咲夜らしい振る舞いにレミリアは懐かしさが込み上げてくる。
そして、そのやり取りから咲夜が幽々子に大切に扱われていることを
感じとった。

「西行寺幽々子、世話になったわね」
「いいのよ」
「それでは行くわ。四季映姫が首を長くして待ってるしね。
 咲夜、あなたも元気でね」

レミリアはこれで見納めと咲夜をじっと見つめる。
その視線を見つめ返している咲夜の口から自然と返事が出てくる。

「はい、お嬢様」

一瞬、レミリアが驚く表情を見せたが、その表情はすぐに満足気になる。
咲夜自身はなぜそのような事をいったのかわからずにいる。
レミリアは咲夜に背を向けると三途の河へと向かっていった。
宜しくお願いします。

追記
コメント・評価ありがとうございます。
誤字修正しました。

さらに誤字修正しました。(あながった→あらがった)
いすけ
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コメント



0.3070簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
こういう話を作るのは纏めるのが難しいと思います。短いと伝えたいこ
とが伝わらないし、長すぎると冗長になってしまいますしね。
正直な話、最後まで読むまでは物足りない感じがしてましたが、最後の
咲夜の言葉で満足しました。
大きな波もこず淡々と物語が進んでいく中、最後に波がどっと押し寄せ
て来た感じでしょうか。
なかなか面白いお話でした。
7.100名前が無い程度の能力削除
前編を読んで超展開だなぁ~と、思っていたが……GJ;n;ノ
15.90名前が無い程度の能力削除
最後の一言が良かったよ

>幽々子は箱を取り出し、幽々子に渡した。
咲夜に渡したの間違いかな
18.100名前が無い程度の能力削除
良い話だ
想いが凝縮されてるよ
22.90通りすがり削除
GJ…正直その後のレミリアが気になる…けど、こんな〆で良いのかも知れませんね
23.100名前が無い程度の能力削除
最後の咲夜の一言に不覚にもほろりときました。


レミリアにとって全く救いの無い契約だったのに、咲夜の為にそれを受け入れるお嬢さまにも感情移入しすぎて涙腺が・・・

とてもいい話でした。
24.100名前が無い程度の能力削除
時の流れの表現が上手いですね
土台となる設定もしっかりしていて読みやすくいい作品でした
33.100名前が無い程度の能力削除
レミリアのメイドとしての所作が魂にまで染み付いていたってことなのかな。
レミリアは重い物を背負ったのに、タイトルのようなツンデレをかますところが
彼女らしくて良かったです。
34.100名前が無い程度の能力削除
在り得る。物凄く在り得る話だ。
魔理沙もそうだし、霊夢もそうだし、勿論このお話のメインキャラクターである咲夜さんにだって、この未来はとても在り得るものだと思います。
いっそ、今後これこそが正当な幻想郷その後なのでは、とか思いそう。
36.100名前が無い程度の能力削除
寂しいし、悲しい。果たして本当にコレで良かったのだろうか。もっと良い選択肢があったのではないか…。そう考えさせる素晴らしく切ない作品でした。最後に一言だけ言わせてほしい。

レミ咲最高ぉおおおおおおおお!!!
37.100名前が無い程度の能力削除
レミリア様はほんとに従者想いだな…


ところで寿命関連は捨食ではなく捨虫かと。あと
>その理にあながった
あがなった。かと。
41.100名前が無い程度の能力削除
全体に漂うもの寂しい雰囲気が何処か魅力的でした。
最後の一言には思わず涙腺が緩みましたよ・・・。
47.100名前が無い程度の能力削除
ありがとう。
53.60名前が無い程度の能力削除
レミリアの想いには感動しましたが、何度か読み返すうちにレミリアの自己満足なんじゃないかと思えてきてしまいました。
自分を救うためにレミリアが永遠の責め苦を受けるということを咲夜が知ったら絶対に喜ばないと思いますし、何より記憶を無くして紅魔館での日々のことを忘れてしまうのは、ある意味ではレミリアと過ごした700年間の完全否定になっているのではないでしょうか。
55.無評価名前が無い程度の能力削除
最後の一言に涙がちょちょ切れました。
58.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、哀しい
65.100名前が無い程度の能力削除
うおおおい・・
75.100名前が無い程度の能力削除
この話はもっと評価されるべき
79.100名前が無い程度の能力削除
二次創作で初めて泣いた