Coolier - 新生・東方創想話

好きなのに

2009/09/01 03:12:53
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 ぐすんぐすんと、ぐぐもる声。
 ひくりひくりと、しゃくりあげる音。


 薄暗闇の中で、響く音はそれだけ。
 時折「ごめんなさい」という言葉が途切れ途切れに混じる。

 その小さな腕には、壊れたクマのぬいぐるみがあった。
 所々解(ほつ)れて中の綿が至る所から飛び出し、片腕はもげて、片足は半分しかなく、円らな目も片方失ったクマのぬいぐるみ。
 涙がぽたりぽたりと、そのボロボロのぬいぐるみの顔に落ちた。

 血のように赤い紅い瞳から、流れる涙。
 それは夜空に浮かぶ紅い月が血を零す痛々しい様に、少し似ていた。



 ぐすんぐすんと、ぐぐもる声。
 ひくりひくりと、しゃくりあげる音。

 その音に、ギギッという重い金属が擦れる音が混じる。
 扉が開く。光が少しだけ入る。
 涙で濡れる紅い瞳が、射した光を眩しそうに見つめた。

 「妹様ぁ~、おやつですよ~」

 光と共に、間抜けな声が届く。
 その声があんまりにも場違いだったから、フランドールの紅い瞳から涙が一瞬止まった。

 「め、い……」

 重厚な扉をなんなく開いて、軽い足取りで微笑みながら入ってくるその妖怪。
 美鈴はいつも通りの大陸風な緑の服を纏い、片手には大きな蒸篭を持っていた。
 蒸篭からもわもわと湯気が立ち上がり、美味しそうな匂いがフランドールの元まで届く。

 「お腹すいちゃったんで、中華まん作ったんです。いっぱい作っちゃったんで、妹様と食べようかなと思いまして」

 気の抜けた笑い方をして、美鈴がフランドールの傍に膝を付く。
 えへへ。と、いつも通り笑う。
 その笑みを見て、フランドールの顔が歪む。
 一瞬止まった涙が、ぼたぼたと溢れ出した。

 「ぅえっ、ふ、ひっくっ……め、い……めぃぃ……」

 抱き付き、首根っこにしがみ付く。
 美鈴は驚いたような声を上げたが、直ぐにフランドールの小さな体を抱き締めた。
 そして、そっとぎゅっと、その大きな手で包んで、蜂蜜色の髪を撫で付けた。

 「はい、妹様。私はココにいますよ」
 「うんっ……ふ、うぅ……うん、うん……ごめん……ごめ……めぃぃ……」

 フランドールはこくこくと美鈴の言葉に頷きながら、「ごめんなさい」と繰り返した。

 「大丈夫ですよ。全然痛くないですよ」

 でも、その度に美鈴はそう繰り返す。
 痛くないなんて嘘だ。
 大丈夫なんて、嘘だ。

 あんなに血が出てた。
 咲夜があんなに泣いてた。

 「ごめん、メイっ……わた、し……咲夜のコト、ま、で……っっ……」


 いつかやってしまうんじゃないかと、そんな恐怖があった。
 だから近くにいたくなかった。
 咲夜のことを守りたかったから。
 美鈴の笑顔を守りたかったから。

 だから、近くにいないようにしたのに。
 だから、メイの傍じゃないと、咲夜の近くにいないようにしてたのに。
 お姉さまと一緒じゃないと、咲夜の近くに行かないようにしてたのに。

 なのに。



 「大丈夫ですよ。妹様も咲夜さんも、私が守ります」


 ――――だから、泣かないで下さい。



 優しい声と一緒に、瞼に柔らかい感触。
 美鈴の唇が、フランドールの涙を拭っていた。


 「なん、で……?」

 なんで、咲夜のコトを壊しちゃいそうになったのに。
 そんな風に笑ってくれるの?
 わたしのコト、嫌いにならないの?
 怒ってないの?


 「怒るなんて、そんな……。妹様も私の大切な人ですもん」

 困ったように目尻を下げて、穏やかに笑う。

 (あぁ……メイのこの顔、好きだな………)

 フランドールはぼんやりと思って、美鈴の顔を見る。
 薬品の匂い。包帯の匂い。血の匂い。
 そんな匂いが美鈴の体中からして、また泣きたくなる。

 大切な人なのに、なんでいつもこうやって傷付けてしまうんだろうか。


 美鈴はまた「えへへ~」と間抜けな顔で笑って、フランドールの頭を撫でた。

 「さっ。アツアツの内に食べましょ♪」
 「……うん」

 蒸篭を明けると、むわっと濃い湯気が立ち上がった。
 「熱いですから気を付けて下さいね」と、大きな中華まんを渡される。
 ふわふわの生地に、肉汁たっぷりの餡。

 地下で一人泣いていると、美鈴はいつもこうして中華まんを持ってきてくれる。
 優しい言葉と、抱擁と一緒に。

 「……ねぇ、メイ」
 「ふぁい?」

 熱いのでチビチビと中華まんを齧るフランドールに対して、美鈴はパクンパクンと大きな口で中華まんを齧る。
 ほっぺいっぱいにアツアツの中華まんを入れて「あふあふ」と言いながら美味しそうな顔をする美鈴。
 素敵な女性(ヒト)なのに、こんなトコロはいつも可愛いと思う。

 「……メイは、わたしのコト嫌いにならないの?」
 「えー。なんでですか?」
 「だって……」
 「私が嫌われてしまうことがあったとしても、私から嫌いになるなんてことはないですよ」

 俯いてしまうフランドールの頭を、また美鈴の大きな手が撫でた。

 「そんなコトないよっ。メイを嫌いになるなんて、絶対にないよっ!」

 顔を上げて、強い口調で言う。
 美鈴は「ありがとうございます」と、苦笑しながら言った。
 少し寂しげな、苦笑で。


 なんでそんな顔するの?


 「メイのこと大好きだもん。だから、嫌いになんかならないもん」

 言って、ぱくんと中華まんに噛み付く。
 だから、

 「……私も、妹様のこと好きですよ」

 美鈴がそう、泣きそうな顔で笑ったのを、フランドールは知らない。


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