Coolier - 新生・東方創想話

巫女として

2009/08/24 19:50:51
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 やりにくいな、と霊夢は思った。
 
 目の前にいるのは、妖怪の親子。

 その母親は、子供を背後に隠すようにして立ち、毅然とした視線を霊夢にぶつけている。

 まるで、“この子には指一本触れさせない”と言わんばかりに。
 
 ……元より、退治の対象となっているのは母親だけで、子供まで退治するつもりはないのだが。

 霊夢ははあ、と嘆息した。



 ――妖怪に人が喰われた。



 その知らせを受けたのは、つい先ほどのこと。

 最近では、めっきり人を喰う妖怪は減ったものだが、それでも年に数回は、こういう事件が起きる。

 そしてその後始末を付けるのは、言わずもがな、博麗の巫女の仕事である。


 ――人を喰った妖怪は、巫女が退治する。


 それは、この幻想郷における一種の不文律であり、絶対的な掟であった。

 絶対であるということは、即ち、例外は無いということ。

 如何なる理由であれ、人を喰った妖怪は、退治されなければならない、ということだ。


 だからたとえ、目の前の妖怪が人を襲った理由が、

「病気を患ってから、満足に獲物を狩ることができなくなった。でも、この子だけは食わせてやらなければならない。だからやむをえず、人間を襲った」

 というものであったとしても、だ。

 
 本来、人間を主食とする妖怪には、定期的に、食糧用の人間が供給されている。

 しかし、この妖怪はそのような種ではなく、本来は、より低級の妖怪を主食としている種族だった。

 ただ、難病に冒されてからは、その低級の妖怪すらも襲うことが適わなくなった。

 その結果、最早襲うことができるのは、人間くらいしかいなかった。

 だから、人間を襲った。

 ただそれだけの、理由だった。


「……同情はするわ。でも、これは掟だから」

 霊夢は極力感情を殺した声でそう言うと、ゆっくりと退魔用の針を掲げた。

 見るからに弱った妖怪である。

 急所に一刺しすれば、それで終わるだろう。


 ――大丈夫。私は今までも、ずっとこうやってきたんだから。


 霊夢は目を閉じ、心の中で自分に言い聞かせる。
 

 そうだ。

 自分は何も、間違ったことはしていない。

 むしろ、正しいことをしているのだ。

 どんな理由であろうと、この妖怪は人を喰った。

 人を喰った以上、この妖怪は退治されなければならない。

 もし今この妖怪を見逃せば、また第二、第三の犠牲者が出ないとも限らない。



 ――そしてこの妖怪を退治するのは、巫女である私の仕事――。



 霊夢はゆっくりと、目を開いた。
 
 そして霊夢が針を構え、その先端部を、目標箇所に重ねたときだった。


 不意に、目の前の妖怪が口を開いた。


「……あと、一ヶ月でいいんだ」

「…………」

 霊夢の持つ針が僅かに揺れた。

「あと一ヶ月もすれば、この子も自分で獲物を狩れるようになる。そうすれば、もう私が居なくても生きていける」

「…………」

「だから頼む。あと一ヶ月だけ……私を退治するのを待ってはくれないか」

「…………」

 霊夢は下唇を噛む。

「今、私が居なくなったら、この子は……」

「……どんな理由があろうと、人を喰った妖怪は退治されなければならない。そしてそれをするのが、私の仕事」

 前髪に隠されたその横顔からは、霊夢の表情を窺い知ることはできない。

「……どうしても、か」

「……どうしても、よ」

「…………そうか」

 
 すると、妖怪は、すべてを観念したかのように、だらりと両手を下げた。

 そして、その背後に隠れる子に、優しく微笑みかける。

 どうやら、何かを囁いているようだ。

 やがて再び、妖怪は霊夢の方に向き直った。

 どこか、清々しい面持ちだった。



「…………」


 霊夢は無言のまま、再び針を構えた。


 そして一瞬だけ息を止め、


「――――」


 迷わず、針を放った。


 それは吸い込まれるように、妖怪の額に突き立った。


 間もなく、妖怪はゆっくりと倒れた。


 もう、動くことはない。


 子供の妖怪は、何が起きたのか理解ができず、倒れ伏した母親の身体を押したりつついたりしている。

 暫くの間そうやっていたが、何の反応もないため、困ったように空を見上げた。

 そして、その幼い視線は、宙に浮く、一人の人間の姿を捉えた。

 しかしその幼さゆえに、その人間こそが、母親の命を奪った存在であると、気付くことはなく。

 ただ純粋で無垢な瞳だけが、いつまでも霊夢を視ていた。


「…………!」


 その視線に耐え切れず、霊夢は逃げるようにして、その場を離れた。


 ――あの子は、これからどうやって生きていくのだろう。


 そんな思いが、胸の中でわだかまりとなっては霧散していく。

 その繰り返し。


 馬鹿な話だ。

 あの子の未来を奪ったのは、この私なのに。


 
 霊夢は思う。



 ――ただ、生かすために。


 
 その純粋な気持ちが、果たして罪となりうるのだろうか。

 それに対し罰を与えることが、本当に正しいことなのか。


「…………ッ」

 神社へと戻る空の上で、霊夢は頭をかきむしった。


 分かっている。

 そう、分かっているのだ。


 どんなに優れた正義でも、対立する正義の前では、それは悪でしかない。

 それでも自分が正義だと信じているから、人も妖も生きていけるのだ。


 ただ、それだけのこと。


 
「……これでいい。そう、これでいいのよ……」



 霊夢の呟きは、虚空へと吸い込まれて消えていった。





飄々としているように見える霊夢ですが、彼女もやっぱり人間なので、少なからず、こういう心の機微はあるのではないでしょうか。
そんな思いから書いてみました。


それでは、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
まりまりさ
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コメント



0.1880簡易評価
17.100ほむら削除
こういう不器用なところも、霊夢の魅力の一つだと思っています。
・・・でも、やっぱりやりきれない部分はありますね。
読み手にも、その苦悩がはっきりと伝わってきました。
21.70名前が無い程度の能力削除
みじかいぜ
29.100名前が無い程度の能力削除
「人を喰らった妖怪を倒す」と言う大衆の正義と、「何をおいても子供を生かす」と言うたった1人の正義。
どちらも紛れもない正義だけど、どうしても大衆が正義で少数が悪、になる。
そう言う世界とそれに苦悩する霊夢を巧く描いた作品で、非常に良い物だと思います。
無駄に長いのではなく短い事で、伝えたい部分をよりハッキリと伝えられていると思いました。
37.70名前が無い程度の能力削除
うむむ……深い。
ですがちょっと短いですね。もうちょい色々なエピソードを加えても良かったかもしれません。