Coolier - 新生・東方創想話

掴んだり引っ張ったりするもの

2009/08/21 03:36:43
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 紅魔館はあるふたりの客人を迎えていた。
 うちひとりは、紅魔館の主と共に過ごしている。応接室ではなく、テラスに通されていることから、主と客人は親しい関係にあることが判る。
 主と客人がふたり、机を挟んで並んで座っている。
 ふたりは向かい合っているわけではなく、空を見上げていた。
 空は真黒だ。そこに無数の光点が描かれている。
 それは夜空だ。
 紅魔館の主が好む夜である。
 客人には馴染みない空である。
 客人は、地底の者だ。遥か地の奥底に在る、灼熱地獄を管理する地霊殿の主である。
 そのふたりが並んで座っている。

 机の上には、紅茶のティーカップが2客とクッキーが1皿、それぞれが自由に置かれていた。
 テラスには、見下ろす月の光と部屋から漏れる明かりだけである。ふたりは淡い光に照らされていた。
 そして、辺りは静寂に包まれている。湖の面に波はなく、遠くに見える黒い影のざわめきさえも聞こえない。
 だから、そこにいるふたりの仕草だけが音を生む。しめやかな空気の中、音の反響する範囲に、ふたりだけの世界が構築されるのだ。
 そこには、静かだが、しかし情熱的な波の動きがあった。
 それを加速させるのは、ふたりの言葉である。――口を開いたのは紅魔館の主だった。


  □


 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは、机のクッキーを手に取りながら軽い口調で、いう。

「この間、流しそうめんを食べようと思ったんだよ」

 地霊殿の主、古明地さとりは、また同じように軽く答える。

「それは涼しげでいいわね」

 ふたりは、相手の顔を見ず、ただぼんやりと夜空を眺めている。
 ひんやりとした空気が頬を撫ぜ、ふたりを懐古的な気分にさせる。

 ふたりは、向かい合っていない。ふたりは、自らの内に向かっている。
 ――そのときふたりは、ふたりではなく、ひとりである。
 真にひとりになったとき、寂寥感に襲われる。だからこそ、安心感に浸りたくなり、相手の存在を探す。
 ――そのときふたりは、ひとりではなく、ふたりに戻る。

 ふたりはそれを繰り返す。
 まるで水の中を浮き沈みするように。日常生活のサイクルを往復するように。
 これは、必要なときだけ相手を求めるような関係である。それはとても身勝手なようであるが、全体として見れば、ふたりはお互いを満たし合い、満たされ合う関係である。お互いがお互いを必要としている関係なのである。
 それはとても理想的なようである。
 ――少なくてもふたりの間では。
 だからふたりは、また浮き沈みを繰り返す。思い思いに言葉を発し、自由気ままに言葉を拾う。
 離れては近づき、また離れては近づく。
 それがふたりにとって自らの心を癒す方法になっていた。

 ――そんな中、古明地さとりは想う。
 ……吸血鬼って流れ水が苦手じゃなかったかしら?
 だが、夏に涼を求めようというその心意気はとても好ましく、素晴らしいものだ。なんかそういう錯誤をしてまで達成しなければならないことではないが、風流なことだと思う。
 だから私はそこは気にしないことにした。細かいことを気にしていてはこの幻想郷で生きていくのは難しい。
 その点を踏まえて会話を拾い上げる。

「それで、その流しそうめんは美味しかったかしら」
「え、あ、うん……美味しかった」

 会話終了。
 私はまた、孤独に浸る。これは精神的な孤独である。
 この場において孤独になるということ、実際には、相手が何をいっても無視することである。

「いや、そういうことじゃなくてさ……聞けよ人の話!」
「私はもっと精神的に自堕落でいたいです」
「せめて相槌くらい打ってくれないかしら」

 そうですね、と私は口ずさんだ。

「まああれよ……流れ水は吸血鬼の弱点なんだからそれに触れなさい」
「良かったじゃない克服できて。わあい、どんどん、ぱふぱふー」
「うわあ、こいつ……うわあ」

 レミリアはそのあとも、何かぶつぶついっていた。私は気にしなかった。
 そのようにして私たちは取り留めなく世間話をしていた。
 私にとっては、他人と自由気ままに話す時間は貴重で、とても充足していた。
 ――これが、紅魔館を訪れた目的のひとつである。
 そしてもうひとつの目的は――私の連れにあった。


  □


 私はなんとはなしに、クッキーに手を伸ばす。ひとつつまみ、取り上げ、それを手元に寄越す。
 口元まで持ってきたところで、私の人差し指と親指が何も捉えていない事に気付いた。
 気付かなかった。まったく意識の中になかった出来事だ。――そう思ったとき、一緒に連れてきた彼女のことを思い出した。無意識のうちに行動し、さらには他人の無意識を操ることの出来るのは彼女しかいなかった。
 私は辺りを見回し、その名を呼ぶ。

「――こいし。そこにいるんでしょう?」

 まるでそれに応じるかのように、私の妹――古明地こいしの姿を見つけた。
 彼女は、私とレミリアの間にある机にしがみついていた。私の顔を見ながら、クッキーをつまみ、私の紅茶のカップに口を付け、またクッキーをつまむ。それを繰り返していた。たまにレミリアのカップにも手を付けた。
 あまりの傍若無人さにかける言葉が見つからず、私は彼女を見詰めるだけに終始した。彼女も私の顔を見ていたので、お互いが何もいわず見詰め合っている形になる。
 その時間は決して短くなかった。
 こいしがクッキーを咀嚼する音だけが辺りに反響した。そこには、こいしがクッキーを咀嚼するだけの世界が構築される。
 静かではないし、どこか頭に来る何かの動きがあった。
 その深沈たる空気を破ったのは、レミリアだ。

「――お前は、私の妹の相手をしてたんじゃなかったのかしら?」

 そうだ。こいしはレミリアの妹――フランドール・スカーレットと遊ぶというので、今日一緒に紅魔館を訪れたのだ。レミリアが館に幽閉している、彼女の妹。偶然にもその妹と気があったこいし。だからこそ、こいしが遊び相手をしに来ているのだ。紅魔館を訪れたもうひとつの目的とは、つまりそれなのだ。
 そのこいしが、どうしてひとりで、ここにいるのか疑問だった。
 それをきかれると、こいしはレミリアに顔を向けて、考える風に唸り始めた。何か悩んでいる風にも見て取れた。
 やはりその時間も短くなかったので、レミリアはこいしの顔を覗きながら、菓子を頬張った。
 次にこいしが言葉を発したのは、レミリアがこいしが飲んだのも気にせず紅茶に口を付けたときである。

「ねえ、ちょっとききたいことがあるんだけど」
「ふむ」

 レミリアが、相槌を打ったときだ。
 こいしはいやに真剣な眼差しで、レミリアを見ていた。きっとフランのことに違いなかった。
 それは恐らく彼女の相手を放り出さなければならないほど重大なことなのだろう。
 だから私は覚悟した。こいしが何をいったとしても、受け止めてやる覚悟だ。姉として、妹の面倒を見る覚悟だ。
 ――私が何でも引き受けよう――。
 そして、こいしがその言葉を口にした。












「――フランって、おちん○ん付いてるの?」











 レミリアが口から吹いたはずの紅茶が、こいしに付着することなく消失していた。
 きっと紅魔館のメイドが片付けたのだろう。そんなペットがうちにも欲しい。
 ちなみにこれは決して現実逃避などではない。もっと地に足の着いた現実的な思考である。
 ……何回か咳き込んだ後、レミリアは反論する。

「いい? フランは私の妹、つまり女の子なのよ。そして女の子にそんなものは付いていないわ。――つまり、フランにもそんなものは付いていないのよ」

 三角論法である。そしてそれはもっともな論だった。何百年も一緒に連れ添った姉妹がいうのだから、それは確かなはずである。
 しかし、こいしは不満顔だ。

「でも、さっき会いにいったら、ドロワーズの中に手を突っ込んで、何かを弄ってたよ。すごく熱心に弄繰り回してたんだよ。あれは絶対おちん○んだよ」

 そういうのは決して姉に報告しにくるものではない。本来なら伝える本人も気まずいし、聞いている人も気まずい。Win-Winの関係ならぬ、Lose-Loseな関係である。そういうときは、見なかったことにするのが最も平和的な解決法である。
 ……しかしこいしは触れてはならないところにずかずか踏み込んでいくきらいがある。私は思い出す。この前も『操作「ブレインウォッシュ」』とかいうスペカを作っていたことを。表現がストレートすぎるので取り上げたことを。
 そうだ。こいしが踏み込もうとしているときは、私が抑えてあげなければいけないのだ。

「あれはおちん○んに決まってる! おちん○んに間違いないよ!」
「……あー……」

 ――そう思うだけで、実際に止める気が起こらなかった。
 私は知っていた。私はこいしを止めることができないのだ。
 私は知っていた。ペットの何匹かが「唯一神古明地こいしの思想は絶対である。それに反するものは、唯一神古明地こいしが灼熱地獄の火の中に投げ込むも者たちだ。彼らの支持者も同様だ」などと街頭演説をしていたが、あれはつまり予兆の逆というか後の祭りだったのではないのかと。
 どうしても私はこいしを止めることが出来ないのである。

「違うわ、何かの間違いよ。……大体貴方、そういうの見たことあるの?」

 もちろんレミリアは疑ってかかる。訝しむ。こいしの言葉など最初から信じる耳を持たない。
 それに対し、こいしは反駁する。何が彼女をそこまで執着させるのか私には判らない。……ナニが、といっても別に上手くはない。
 こいしは、いう。

「あるもん! ペットのシェパード(オス)にはおちん○ん付いてるもん! レトリバー(メス)にはおちん○ん付いてないもん!」

 他人が触れにくい話題にまで踏み込んでいくのが唯一神古明地こいしである。
 気圧されたのか、かける言葉を見失ってか、レミリアは助けを求めてこちらを見た。心を読んでみたが、とても複雑な心境だったので、私はとりあえず頷きを返した。何に頷いたわけではなかった。
 レミリアはこいしに向き直る。

「フランはシェパード(オス)じゃないわレトリバー(メス)よ」
「でもでも、ドロワーズの中をいじっているのはおちん○んが付いてるからじゃないの?」

 こいしはじっとレミリアを見詰めた。
 傍から見ても、こいしの瞳は透き通っていて、どこまでも引き込まれそうな雰囲気を持っていた。
 レミリアは思わず目を逸らした。それから、ぽつりと反論の弁を述べた。

「――付いてなくたって、いじることはあるわ」

 その言葉で、辺りはやけに静まり返った。悪魔の御言葉は私たちの動きを制するのに充分だった。
 2、3分ほどの静謐が場を支配していた。その気になれば、クッキーに手を伸ばすことも出来たが、それを許さぬような空気が場に満ちていた。その場の行く先から目を離すわけにはいかなかったのだ。
 三者同様にして、膠着状態が続いた。
 それからしばらくして、こいしが私の方に首を動かした。

「お姉ちゃんは、いじったりすることあるの?」

 私に問う。
 私はどう答えるべきか迷った。こいしの心は読めない。その真意を読み取ることは私には出来なかった。
 では姉としてはどうか。どっちに答えても羞恥プレイである。何このどん詰まり。
 だから私は、レミリアの方に首を向けた。

「お姉ちゃんは、いじったりすることあるの?」

 こいしと同じ言葉でレミリアに問う。
 これは決してレミリアに擦り付けた訳ではない。いうなればパスである。レミリアが、何かやたらと心の中で叫んでいるが無視を決め込むことにする。
 レミリアは少し悩んだが、明後日の方向に目を向けた。

「咲夜ー、咲夜ー?」

 虚空を呼ぶ。だが応えはない。
 レミリアは待った。待ったが、すぐに諦めて、こいしに向いた。
 少し息を吐いた。ひどく落ち着いて、いかにも真面目そうな顔で宣言する。

「――いじったりするわ」
「私の妹に変な事教えないでください」
「うわあ、こいつ……うわあ」

 でさあ、とこいしが話を戻す。
 こいしにはどうしても気がかりなことらしい。

「フランはおちん○ん付いてるの」
「さっきといっていることが違うな」

 レミリアが指摘する。妹のことだからこそ引き下がらない。

「さっきは、疑問だったはずだが。――お前は、フランにそれが付いている状態を、はっきりと見たわけではないんだろう?」
「……うん」

 でも、とこいしは続ける。彼女は何のために引き下がらないのか、私には判らないが、並々ならないものがあった。
 それは、友情、と呼べるかもしれなかった。

「でも、お股というよりは、何か別なものを触ってる感じだった」
「じゃあ、本人に確認は取ったのか? そうでもしなきゃ、確実とはいえないでしょう」

 レミリアが問う。
 それが生えているのか尋ねたところで、レミリアが生えていると答える訳がなかった。フラン本人に確かめるのが順当だった。それはこいしにも判っているはずである。では、何故こいしは本人をおいてここに現れたのか。
 こいしは少し言葉を躊躇った。何かいい淀むものがあるらしかった。

「……気になってフランに声をかけたら、ものすごく怒られた。だからよくわかんない」

 こいしは項垂れていた。心を閉ざした彼女なりにも、拒絶されて堪えたのだろう。
 そうしてすることのなくなったこいしは、ここにやってきたのだ。
 私は傍観することしかできなかった。妹の友人関係について考えることなど、これまでほとんどなかったからだ。
 不甲斐なさに耳が痛くなった。それはレミリアについても同じようだった。

「ほとぼりが冷めた頃に会いに行こうと思う。けど今は、ダメ」

 こいしがいった。フランとの接し方を一番よく知っているこいしがいうのだから、私もレミリアも口を出すことは出来ないように思われた。
 こいしは続ける。

「でも、今のうちにできることがあるとも思う。どうか、お姉ちゃんたちに確かめて欲しい」

 こいしは、じっと私たちを見た。その瞳は吸い寄せられそうなほど深かく、澄んでいた。

「――フランのお股に、おちん○んが付いているのかを」

 それはこいしの切なる願いだった。
 こいしはフランに拒絶され、ひとりで悩んでいたのだ。そして姉ふたりに助けを求めたのだ。何よりフランの相手を、こいしに任せきりだったことが間違いだったのかもしれない。そう後悔した。
 そして、まだ私たちにも出来ることがあるような気がした。それは、こいしの願いを聞き届けることだった。
 だから私は頷いた。レミリアも頷いた。
 私は答える。

「わかったわ。フランのこと、確かめてきましょう」

 そういって、私はこいしの手を取った。
 こいしの顔がぱあっと明るくなった。無邪気な笑顔だった。
 そのこいしの笑顔は、とても久しぶりに見たような気がした。
 やはり、フランのことを大切に思っているのか。私はこいしの心の動きを感じて、嬉しくなった。
 その一方で、私は期待を裏切ってはならないと思った。それを誓うように、私は握る手にぎゅっと力を入れた。








 ところで。

「――とりあえずその「おちん○ん」連呼止めないかしら」

 少なくとも、この年頃の女の子がいっていい言葉ではない。

「おちん○ん」
「だから止めなさい。他に言い方があるでしょう?」
「何があるの?」

 逆に問われた。例えばそれをどのように呼称すれば適切であるのか?

「えーと……。だ……だ……」

 悩んだ。別なものを教えたところで、あけすけにその言葉を使っては意味がなかった。
 言葉の意味が伝わってしまうからだ。
 だから私は、意味の伝わらない言葉に置き換えることにした。

「だ……大根」
「さとり、字面的にむかつくわ」

 スポンサーから不満が来たので別な案を考える。

「おりんりん」
「本人の前でいったら灼熱地獄に放り込まれるよ、お姉ちゃん」
「おりん○ん」
「お姉ちゃん!」

 私は考える。
 しかし、いんけ……、どちょ……、いちも……、どの言葉も不適切に思えた。
 息子でも語弊がある。
 私は考えた。考えに考え抜いた末、私はある結論に達した。

「……シェパード(オス)」
「それでいいの?」
「(オス)が要らないな。そこまでいったら前後の文脈から推察できそうだわ」
「じゃあ……シェパードでいいわね」

 私はひとつ咳払いをする。

「こいし。私たちはちゃんと、フランにシェパードが付いてるかどうか確認してくるわ」
「うん、わかった。フランのシェパードを見てきてね」
「フランのはレトリバーよ」

 そして、こいしはふっと姿を消した。
 私とレミリアは腰を上げ、まずはフランの部屋に近い図書館に場所を移すことにした。


  □


「それで、どうやってフランのシェパードを確認するかだが――」

 私たちはひとつの机を囲んで座っている。
 レミリアの正面に私が。特別顧問として、ふたりを見渡せる位置に図書館の主パチュリー・ノーレッジも同席している。
 そして、作戦会議が行われている。

「まずは第三者の意見を聞こう。――パチェ、フランのシェパードについて何か知っていることはないかしら」
「……あー?」

 パチュリー・ノーレッジは面倒そうに本から顔を離した。眉間に皺が寄っていて不機嫌そうだった。その理由のひとつには、私たちがいきなり図書館に押しかけたことにもあるのだろう。レミリアの相手という圧迫から逃れ、ひとり悠々自適に読書に耽ると思った矢先に騒がしくなったのだから、不機嫌になるのも判るような気がした。
 そもそも、彼女が見える位置に私たちが座っただけで、自分が会話に参加しているとは彼女は考えていなかったようだ。

「あー、シェパード?」

 要領を得ていない様子だった。
 ちなみにシェパードが何を指す言葉かという説明は済んでいない。私はそのことを指摘しない。

「言い方が悪かったわ……。フランのシェパード、もといレトリバーを見たことは?」
「ないわよそんなの」
「そうね。私がフランの大切なレトリバーを見たことがないのにパチェが見たことあったらはなんか腹立たしい」

 レミリアがひとり納得して頷く。
 パチュリーが考えているようだった。そして表情が変わった。何か思い当たることがあるような顔だ。といっても、先の会話で事態を飲み込んだとは到底思えない。
 彼女はその的を得ない考えを口にする。

「フランのシェパードもレトリバーも知らない。けれど……前に、美鈴が何か持っていたのなら見たわ」

 えーと確か、と彼女は眉間を押さえる。

「チャウチャウ」
「……チャウチャウっ!?」

 レミリアは驚愕した。
 それから、私に近づいて、耳打ちする。

「チャウチャウって何?」
「えっ」

 判らなければいった本人に尋ねればいいだろうに、しかしそれは彼女のプライドが許さないようだった。
 チャウチャウといえば、毛がもさもさしていて、がっちりとした体格の犬である。もちろん、それだけの説明でチャウチャウがどのようなものか理解するのは難しい。
 判るように説明するのはとても骨が折れるので、私は両手で自分の胸元を軽く押さえて見せた。

「つまりこういうことよ」

 ――フィーリングで判れ。

「えーと、こういうこと?」

 レミリアも自らの胸に手を当てる。
 2、3度軽く叩き、それからはっと顔を上げる。

「これは、チャウチャウだわ!」

 伝わると思っていなかった意図が伝わったようで何よりである。
 それからレミリアは自らの席に戻ったかと思うと、パチュリーを指差し、叫んだ。

「門番が、チャウチャウを見せ付けていたということね! これは由々しき事態だわ!」
「……何でヒステリックになってるの? レミィも見たかったのかしら」
「べ、別に見たくなんて……っ!」

 心なしか声が上ずっていた。

「ああ、咲夜もメイドの連中もみんな見たわよ。というか見せて回ってた。知らないのはアンタだけね」
「誰か止めなさいよ! 風紀が乱れてるわ!」
「風紀? ……ああ、まあ、衛生上良くないのは確かね」

 レミリアにとって、チャウチャウは風紀を乱すという認識らしい。
 まだ自分の胸に触れていた。

「とにかく、私が知ってしまったからには門番は厳罰ね」
「別にいいじゃない。――ちゃんとチャウチャウは野に帰したわ」
「野に帰るの!? 帰しちゃって大丈夫!?」
「元々野生だろうから、大丈夫でしょう」
「元からの野生……? あの門番、どういう生態してるのよ……」

 レミリアは、チャウチャウが独立していった門番に想いを馳せていた。
 かくいう私も興味があった。


  □ □ □


 誤解を解くのに要した時間は、一杯の紅茶を飲み干すのと同じだった。
 ……チャウチャウは犬種のことだ。間違っても門番がたわわに実らせている双球のことではない。
 私は、誤解の原因を生んだ彼女――古明地さとりを睨みつける。さとりは向こうの本棚に目を遣りながらも、口元が歪んでいた。きっと私の心を読んで、楽しんでいるのだろう。陰険な奴だと思った。
 気にしていても仕方がない。私はパチェに目を戻し、片手を挙げる。ふたりの注意を惹くための振舞いである。
 そして、私は次の議題を述べる。

「――どうやってフランのシェパードを確認するか?」

 私は、ふたりに確認を取るように目配せする。
 それに呼応するように、彼女たちは頷く。共通認識が出来ているようで良かった。うん。
 次に、私は提案する。

「とりあえず、三人で行っても警戒されるだけだわ。基本的にひとりでフランに相対しましょう」

 それにはふたりとも同意する。論に筋が通っていたし、不都合なことがなかったからだろう。
 加えて、ひとつの利点があった。
 ――誰かが先に行けば、自分が痛い目を見なくて済む。
 それはそうだ。
 我が妹ながら、フランドール・スカーレットは一介の妖怪には手の負えないほど凶暴である。いや、見境がないというべきか、思慮が浅いというべきか。だからこそ館に幽閉しているのだ。
 出来れば相手をしたくないというのが本音である。
 しかし、友人よりも自分の身が大切とは、どいつもこいつも友達甲斐のない奴らである。

「まあ、それで誰が先に行くかだけれど――」

 これが現在最も重要なファクターである。
 誰もが譲れない――他人を蹴落としてでも手にしたい優位である。
 だからこそ議長である私は、公平を期す。

「誰かがフランに近しいからとか、そんなことで順番を決めたりしないわ」

 それでは主観が入って一意的ではないし、納得のいかない結果が出ることもあるだろう。
 だから私は、客観的に見てもはっきりと、そして決して文句の付けられない方法を採ることにする。
 そう、それは古来より絶対的な運命の決定である。

「――じゃんけんで決めましょう」

 どこが公平か――七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジが視界の端で毒づいた。
 私には心は読めないが、確かにそう聞こえた。


  □


 理由は簡単である。私は運命を操ることが出来る。
 もう一度いおう。私は運命を操作することが出来る。
 じゃんけんは心理戦? 心の読めるさとりが勝つ?
 そんな小手先の技術など必要ない。
 何故なら私は、運命を操作することが出来る。
 故に私は、じゃんけんの結果など、勝負する前に決定することが出来るのだ。

「くくっ……腹は括ったか? 地獄を見る覚悟は出来たか?」

 ふたりを笑う。お前らは、無謀な闘いに挑む愚か者だと笑う。
 パチェは、己の無力さに肩を震わしている。自らの敗北を予感しているからこそ、この先の未来に嘆き悲しんでいるのだ。

「絶対あんたまで順番回して非道い目に遭わせてやるわ」
「今のうちに吼えておくがいい、負け犬よ」

 さとりは私たちふたりを見比べながら、

「じゃんけんひとつでそこまで盛り上がれるなんて仲が良いですね」

 私たちは三つ巴になり、立つ。
 互いに睨み合う。しかし無力な者たちが虚勢を張っているだけだと思うと、私は笑いを堪え切ることが出来ない。

「構えろ」

 言葉と共に、腰を落とす。腰の横に右の拳を構え、左の手の平でそれを覆う。
 これがじゃんけんの基本体勢である。
 じゃんけんとは刹那の勝負である。この体勢は、剣術でいうと居合いの構えだ。
 勝負は一瞬のことだ。
 空気が張り詰める。互いを牽制しつつ、己の手を確かめる。

「――これは恨みっこなしの『絶対じゃんけん』だ。勝者には絶対逆らえない」

 『絶対じゃんけん』――その名前の由来が、私には『絶対』勝つことが出来ない、という意味もある。
 絶対的に私が征する闘いなのだ。
 私は負けない。

「征くぞ」

 私は己の手を決めた。同時に、考えごとをしていた。
 ――それに……。

「ぜーったいじゃんけん、じゃんけん……っ!!」

 三人の掛け声が、揃う。
 ――それに……。








 負けたところで、
 負けた方が勝ちなんだよ、といえば良い。







「――ぽいっ!?」

 三人の手が揃った。
 ふたりは、拳のままのグー。
 対する私は――。

「……レミィの負けね」

 鋏のチョキだった。
 しまった、と思った。つい負けることを考えたら、本当に負けてしまった。
 だが、

「――知らないのか? この勝負、負けた方が勝ちなのよ」

 そう、『絶対じゃんけん』は私が絶対に勝つのである。
 その絶対的勝者である私を見て、パチュリーがいう。

「……いや、馬鹿いわないでさっさと行きなさいよ」
「な……っ!?」
「驚くまでもなくレミリアの負けでしょう」

 さとりまで付け加える。

「ふ、ふざけないで! いつでも私の勝ちに決まってるのよ!」

 だというのに、ふたりは私の話をきいていない様子だ。

「はい、じゃんけんぽん……と。パチュリーさんが2番で私が3番ですね」
「こらあ! 私を無視するなあ!」
「レミィ、さっさと行って来なさいよ。可愛い妹が自慢のシェパードぶらぶらさせながら待ってるわよ」
「フランはレトリバーだっていってるでしょ!?」
「もうシェパードでもレトリバーでもチャウチャウでもいいから家の戸締りみたいに確認してきてください」
「なっ、……お前ら絶対後で床に跪かせて、フランのレトリバーを舐めさせてやるからなぁっ!!」

 覚えてろよ――そう叫んで、私はフランの私室に向かった。


  □ □ □


「フランの部屋は――」

 パチュリー・ノーレッジは、司書の小悪魔に一面にガラスの窓が付いている箱を用意させた。

「――これでモニターできるわ」
「無駄に準備万全ですね」

 私、古明地さとりは溜め息を付いた。
 便利なのは便利だが、平然とこんなものを用意するのは、少し恐ろしくもあった。

「ちなみに、個別にレミリアと通信できるわ」

 いってパチュリーはひとつの装飾品……大きな水晶の付いたイヤリングを取り出して見せた。
 そして、もしもし、とイヤリングに問う。

「聞こえるかしら?」

 すると、少しのノイズが入った後、イヤリングが答えた。

『――ええ、聞こえているわ』

 それはレミリアの声だった。さっきまでとは打って変わって落ち着いた口調だった。嵐の前の静けさというのが相応しいか、これから実の妹の股間を確認するというのだから緊張しているのだろう。

「さて、レミィがどれだけ姉として振舞えるか……お手並み拝見といこうじゃないかしら」

 どれだけ姉として振舞っても妹の股間を直に見てきて許されるようなことはないと思うが、私はそれをいわなかった。さっきシェパードが何を意味する言葉かいわなかったのと同じ理由である。
 パチュリーが箱を叩くと、窓に映像が映し出された。少し彩りに欠ける部屋を俯瞰する図だった。
 窓の向こうで、フランドールが床の上に寝転がって、腕を動かしていた。近くに様々な色のクレパスが転がっていることから、絵を描いているのだと判った。
 すぐに連続する軽い音が、箱から聞こえた。ドアをノックする音のようである。
 レミリアが部屋を訪れたのだ。
 フランはすぐに紙や、絵を描く道具一式をベッドの下に突っ込み、返事をした。

『はーい、どうぞー』

 箱から聞こえる声は、彼女の声を直で聞いたのと同じように、ほとんど透き通っていて、僅かな濁りがその幼さや純粋さを思わせた。加えて、彼女の声には警戒心というものがなかった。
 私は、白雪姫を思い出した。七人の小人の家で番をする白雪姫のことを。
 彼女は悪い魔女の来訪だと知らず、その戸を開けてしまうのである。


  □ □ □


「ごきげんよう、フラン」

 私は努めて笑顔で挨拶をした。

「ごきげんよう、お姉様」

 妹も、邪気のない笑顔で返してくれた。
 ここまでは完璧である。
 その後のことを考える。どれだけフレンドリーに接したところで、フランのドロワーズに手を掛けた瞬間私は行方不明者だ。タイミングでいえば氾濫した川に流されるのと同じである。
 しかし行方不明になるまえにドロワーズを脱がす方法はある。例えば、ドロワーズを脱がしたことを気付かれない。フランが抵抗する前にドロワーズを脱がし切る。
 私は前者後者のどちらの作戦も採用する。両方の長所を生かしたハイブリッド形式は大好きだ。
 まず、このレミリア様のスピードは絶対である。フランが抵抗する前にドロワーズを脱がす自信があり、それを裏付けする実績がある。
 もちろん、警戒されてはフランが追いつく可能性もある。フランの気を逸らすことが必要だ。
 その策はある。
 それは。

「フラン、突然だけど――じゃんけんをしましょう」
『本当に唐突ですね』
「うっさい、黙ってろ」

 咄嗟に耳に入れた通信機から聞こえた声に反応してから、私は気付く。
 フランが私を不思議そうな目で見ていることを。
 図書館にいるふたりの声は、フランには聞こえていなかった。

「ねえ、誰と喋ってるの?」

 私は誰と話しているのか。まさかパチェやさとりと通信しているなどとはいえまい。いえば、何故そんなことをしているのか、不審がられてしまう。
 不安を煽ってはいけない。任務達成のためには、出来るだけ疑問を持たせてはいけない。
 出来るだけ、不穏な空気を悟らせてはいけないのだ。
 だから私は取り繕う。

「……メリーさんと話してるのよ」

 しっかりと、まるで公然の事実を語るような口調で、いう。

「そんなの、どこにいるのさ?」
「フランには判らないかもしれないけどね……今貴方の後ろにいるのよ」

 ? とフランが振り向く。そこには誰の影もない。
 しかし私は、さもそこに誰かがいるかのような事実を構築するのだ。
 そしてフランを安心させるのだ――。

「あの壁に人型の染みがあるでしょう? ――あれがメリーさんよ」
「メリーさん怖い……」
「メリーさんはここでずっとフランのことを見守っていたのよ。いわばフランの守護霊なのよ」
「守護霊というか怨霊だよ、あの壁染み……」

 よし、上手く誤魔化せている。不審な点など何もない。
 また、これで私がパチェたちと会話しようが、フランには私がメリーさんと話しているとしか思われないのである。
 なんて私は言葉巧みなのだろう。罪作りな女でもある。

「私はメリーさんとお話しできるわ。ねぇ、メリーさん」
『いっぱいいっぱい過ぎてすごく笑えるわ』
「やっぱり黙ってろ」
「メリーさんって口悪いの?」

 フランは少し不安そうな顔をしているが、通信していることが知れてしまうよりは遥かにマシな展開だ。
 とりあえず、後で壁を塗り替えてやらねばならないと思った。

「メリーさんのことは放っておいて、とにかく、じゃんけんをしましょう」

 軌道修正する。じゃんけんをしないことには何も始まらない。メリーさんが『どんだけじゃんけんしたいんだよ』と突っ込んだがもはや無視せずにはいられない。

「じゃんけんをしましょう、ね?」
「べ、別にいいけど……」

 フランが承諾する。さすがフランは物分りがいい。
 フランは良い子だ。素直にいってドロワーズ脱いでくれるくらい良い子だったら嬉しいのだが。

「それじゃあいくわよ。ぜーったいじゃんけん……」
「じゃんけん――」

 ――先にも述べたと思うが、私は運命を操ることが出来る。
 故に私は、じゃんけんの結果など、勝負する前に決定することが出来るのだ。
 さっきのは少しの気の迷いがあっただけである。
 私は、このじゃんけんに必ず勝つことが出来る。――

「ぽいっ!」

 私は、チョキだ。
 フランは、手の平のパーだ。
 私は勝った。
 そして――。

「あっち向いて――!」

 フランの顔を指差して、叫ぶ。
 その掛け声は、じゃんけんから連続するあっち向いてほいの初期動作である。
 フランは、突然の出来事に身体が跳ねる。そうして正常な思考能力を一時的に失ったフランは、私が行おうとしているあっち向いてほいに否応なく反応してしまうのだ。
 そして――私はあっち向いてほいにおいても、必ず勝利を収めることが出来る。

「――ほいっ!」

 私は腕を振り上げる。指差す先は天井。
 つられてフランも天井を見上げる。
 ――これが私の策である。
 フランの注意を惹き、その間にフランのドロワーズを脱がしてしまおうというのだ。

「足元がお留守よッ!!」

 叫び、私は飛び込むように腰を落としながら踏み込む。フランの股下を覗くような格好だ。
 そして、私はフランのスカートの裾よりも低い位置に両手を滑り込ませる。
 すぐに手の軌道を上昇に切り替える。
 スカートを撥ね上げる。
 そうしてスカートが持ち上がると、フランの大事なところを包み隠す下着――ドロワーズが露になった。
 それを、掴む。
 柔らかい布地が、細い脚が、私の手にあわせて僅かに歪む。
 あとは引き摺り下ろすだけである。それだけでフランのシェパードか、フランのレトリバーを目に収めることができる。
 なんという眼福!
 さあ、至福の時は目前だ。

「ご開帳――!」

 ――だが私は失念していた。
 ドロワーズを脱がすために必要な動きは、スカートを持ち上げる、ドロワーズを掴む、それを引き摺り下ろすという3動作だ。
 それに対し、脚を蹴り上げるという動作は、それだけの1動作で済んでしまうのである。
 私の手がドロワーズを掴んだ瞬間、目前にあるフランの脚が、わずかに浮いた。
 蹴りの初期動作である。
 僅かに遅れて、私の頭が上からがっちりと抑え込まれていることに気付く。
 回避不可能。
 フランの膝が、眼前に迫り――。

「――ごっ」

 鈍い音を立てた。
 それが、ゆっくりと引いていく。
 視界がぼやけて見えた。

「……これは、何かのまちが――」

 言葉が終わる前に、膝が顔面に再突入する。それでも私は、ドロワーズを放さない。

「……は、話せば判るわ……っ」
「へえ……じゃあ、今何をしようとしているのか教えてよ」

 き、聞く耳を持ってくれている! 有り難い!
 フランは、私の行動を理解しようとしない。理解する機会を持とうとしない。直感で私をただの変態だと思っている。
 しかし、今こそ、その先入観を打ち破るときなのだ。
 フランも私が何をしようとしているのか、それを聞けば思い直すに違いない。そして今まで私を見下していたことを後悔するだろう。
 私は――。

「フランのお股が見たいのよ」

 フランの膝が私の顔に三度目の突入を果たす。
 それから、大きく脚を引いて、私の身体を蹴る。私は弧を描き、その途中で壁に打ち付けられた。
 肺から息が漏れる。
 そのまま、床に落ちる。このまま寝ていたいところだが、フランが一歩一歩、こちらに歩み寄ってきている。
 もちろん、背後は壁だ。彼我の距離は縮まる他ない。
 見ると、壁の染みが、哀れむように私を見下ろしていた。

「き、聞いてメリーさん! フランが乱暴してくるの!」
『漢字二文字で表すと、悲劇、って感じですよね』
「妙な解説入れるな! いいか、次はお前らだから覚悟しとけよ!」

 叫び終わるが同時、私は強い力で襟首を掴まれた。


  □ □ □


 私は、パチュリー・ノーレッジと共に、本を読みながら時間を潰していた。
 一冊読み終えた頃、レミリアが戻ってきた。一見して誰か判別できないほどに顔が腫れている。頭の形は歪んで見えるのは、首がおおよそ曲がるはずのない角度を保っているだけが原因ではない。身体も形容しがたい様子であるが、五体満足なだけで感謝しなければならない。

「レミィ、グロッキーとグロテスクの境界を見失った造形してるわよ」
「うっさいバーカ」
「妹相手の手柄がその台詞ですか……」

 レミリアは近くの椅子にどっかと座った。横着に髪を手櫛で直しているうちに、ゆっくりとだが、彼女の身体は本来の姿を取り戻していった。それから、耳から耳栓のようなものを引き抜き、パチュリーに放り投げた。それが通信機のようだった。

「次はパチェよ。死んでくるがいいわ」
「私は貴方ほど妹様の扱いを知らないわけじゃない」

 パチュリーは立ち上がった。その姿は威風堂々としていて、自信に満ちていた。寸毫の不安も見て取れなかった。
 彼女は宣言する。

「――見てなさい。シェパードどころか、フランとわんわん動物園してきてあげるわよ」
「意味が判りません」

 パチュリーは、通信機を耳に付けながら図書館を後にした。
 私とレミリアは、モニターに目を遣った。モニターの向こう、フランドールはベッドに横になり、絵本を読んでいた。とても落ち着いていて、さっきの一悶着が嘘のようだった。きっと、次に何か慌しくなることがあっても、すぐに元通りになってしまう、そんな気がした。
 ――悲劇は繰り返す。
 私はそんなことをぼんやりと考えていた。


  □


『今晩は、フラン。今日はフランにプレゼントがあるのよ』

 パチュリーは優しい口調でいい、抱えるほどの大きさのそれを取り出して見せた。

『――ゾウさんのぬいぐるみ』
「何かすごいむかつくわ」

 隣でレミリア。ひとりごちる。
 箱の窓を通して見える景色の中、フランはその象のぬいぐるみを嬉しそうに手に取る。デフォルメされた象のぬいぐるみ。当然その象にシェパードは付いていないが、象の造形はどことなくシェパードを思い起こさせるものがあった。それはレミリアも同じだったが、フランはまったく気にしていないようだった。
 パチュリーは、その象の頭を撫でながら、フランに語りかける。

『フラン、良かったら遊びましょうか』

 レミリアは息を呑む。

「パチェったら……本当にわんわん動物園する気ね」
「えっ、伝わるんですかわんわん動物園。――どういう意味なんですか?」

 問う。が、答えはない。
 レミリアは答えを持っていない。明後日の方向に目を遣っただけである。
 パチュリーはこちらの声が聞こえているはずだが、まったく意に介さずといった感じに振舞っている。

「パチェ、返事してもいいのよー。……メリーさんで誤魔化せばいいから」
「誰もメリーさん使いたくないと思いますが」

 私たちの会話を無視して、パチュリーは構わず話を続ける。

『ほら、座りましょう。おいで』

 窓の中、画面の向こう、パチュリーはベッドに腰をかけ、脚を開く。
 そこにフランが座る。パチュリーに抱え込まれるような形になり、かつフランはさっきもらった象のぬいぐるみを抱きかかえている。判りやすくいうと背面座位である。
 フランは腕の中の象の頭を撫でている。パチュリーは腕の中のフランの頭を撫でていた。

『ちゃんと髪の毛、綺麗にしてるわね』
『ん……、毎日梳いてもらってる』

 確かに、フランの髪に乱れは少ない。フランはお嬢様然としているが、彼女にとってそれが当たり前ではない境遇にあることを思い出した。私はそれを僅かばかり感じ取った。
 ……ところで。

「レミリアが梳いてあげているんですか?」
「私がそんなことするわけないだろう」

 確かにレミリアを見ると、髪を梳くのはメイドの役割の方が似合っている気がした。

「ブラッシングくらいしてあげたらどう?」
「それお前のところのペットと同列に考えてないか」

 それはなかった。お燐が自らを毛繕いして毛玉吐いているところなら見たことあるが、ブラシをかけてあげるようなことをしたことはなかった。ペットに関しては放任主義なのだ。
 むしろ私はこいしの髪を梳いてやりたかった。こいしは辺りを放浪していて、その機会はなかなか得られなかった。欲求をペットで代替することはなかった。こいしのためにもその場所を空けておきたかったからだ。
 今、私は私の欲求をレミリアに押し付けていないか、少し気になった。

「……じゃあ誰がフランの髪を梳いているの?」
「え? あー……メリーさんじゃないかな」
「なにそれすごく怖いんですが」

 レミリアは考えを巡らせているようだった。私は待った。待ったが、いくら待っても、箱から聞こえる世間話しか耳に入ってこなかった。

「――今夜は眠れそうにないわ」
「何なら寝かしつけてあげますよ」
「だからそれペットと同列じゃないのか」

 箱の向こうと同じように、私たちはそんな他愛もない話をしていた。
 私が変化に気付いたのは、その少し後のことである。

「――あれ」
「どうしたの、さとり」

 私は画面を凝視した。
 さっきまでパチュリーはフランの頭を撫でていた。
 その手の位置が肩まで降りているのである。

「あれのこと? 別に大したことじゃないでしょうに」

 確かにレミリアのいうとおりだった。
 けれど私は、嫌な予感がしていた。
 レミリアのときと同じ、悲劇の二文字が目の前にちらついているのだ。

『――フランも今度、おめかししたらどうかしら? きっと可愛くなるわよ』
『そ、そうかな?』
「パチェは見る目あるわね」

 妹を褒める言葉に、姉は満足しているようだった。
 でも私は気になっていた。その手付きは傍目に見て微笑ましいような触れ合いではなく――どこか婀娜めいたものがあることを。
 そして、その手の軌道が変わる。

『ええ、だって――』

 そっと。

『――フランも成長しているもの』

 胸に触れた。

『……ん』

 服の上からこねるようにして胸を撫でる。パチュリーの両手が、ゆっくりと静かに円を描いている。
 そしてそれを、フランは甘んじて受け入れている。
 ……はたと目を遣ると、レミリアが口をぱくぱくさせていた。

「あ……あいつ、私の妹にセクハラしてるわよ!? チャウチャウと不健全に戯れてるわよ!?」

 レミリアは、指差し叫ぶ。

「ドロワ脱がそうとした貴方よりマシなんじゃないんですか」

 私はいったが、彼女は聞かない。

「私の可愛い妹ににゃんにゃん……もとい、わんわんしようなんてっ! 天誅を下すわ!!」

 レミリアはいきり立っていたが、私は冷静に画面を眺めていた。
 ……どうしてパチュリーは、フランの胸をこねくり回すなんて奇行に走ったのか。その行動がフランのシェパードを確認することにどのように繋がるのか。私は想像する。
 ふと、パチュリーの一連の動きを思い出す。
 彼女は最初、フランの頭を撫でていた。世間話をしながら、それとは気付かせずに手を肩に移動させた。
 そして今、その手が胸まで下りてきている。
 もしかして。

「撫でる箇所を順々に移動させ、最後に股間に触れようとしているのでは?」

 そうして、徐々にガードを緩めながら、フランにシェパードが付いているのか確認しようというのである。

「ABCのBが開演したら、私はパチェを殴りに行かなければならなくなるわ」
「部屋に乱入したら、ふたりとも共倒れになってしまうわ。ここは様子を見ましょう」

 レミリアの肩を押さえ、どうにか席に座らせる。そして落ち着かせてから、画面を見る。
 パチュリーはまだフランの胸を揉んでいた。ただ、フランはじゃれ付いているという様子だったので、レミリアの気分は少し落ち着いたようだった。
 それから少しして、パチュリーの撫ぜる手はフランの腹部に移行した。

『まだ幼いけれど、少しずつ大人の身体つきに変わっていってるわ』
『……えへへ、そうかな?』
「いや、全然そんなことなかったわ」

 フランには聞こえなくとも、レミリアが否定する。

「そういう風にいうから吹っ飛ばされるんですよ」

 とはいいつつも、姉が未だに幼児体型だというにも関わらず妹に第二次性徴が起きているなどちゃんちゃらおかしかった。
 しかし私は、思っても口に出してはならないことがあることを知っていた。
 ……やがてパチュリーの手は、下腹部に動いた。フランの股間まであと僅かな距離を残すだけになった。

『フランもやがて、ボン、キュッ、ボン、になるのよ……』

 囁くように、パチュリーがいった。息多めに、だ。
 どこぞのおっさんみたいな発言だった。

『う、うん……』

 フランの顔は、曇ってきていた。何かを心配しているようにも見えた。
 画面の向こうにいる者の心を読むことなど私には出来ない。
 けれど、私も予感することがある。
 触れたら爆発してしまう――地雷の存在を。
 それが、すぐ近くにあるような気がした。下手したらパチュリーは片足を見事に持っていかれるのではないだろうか。
 だが、パチュリーは地雷を踏まないためにわざわざ回り道をしているのだ。レミリアの失敗を認め、それを回避するようにパチュリーは進んでいるのだ。下手を踏むわけがなかった。
 ――地雷の埋まっているのが目的地でなければ、の話だが。
 嫌な予感は止まらなかった。悲劇は足音を、すぐ傍まで響かせているような気がした。

「次にこそパチェは、フランのクリティカルポイントに突っ込んじゃうんじゃないかしら……!」

 自然と手に汗を握る。レミリアも私も、次の展開を見守っていた。
 そしてその手が動いた。
 何かが始まろうとしている。いや、終わろうとしている――そう思った。
 だが、パチュリーの手は股間を避け――フランの大腿部を撫でていた。

『……脚も今は細いけれど、やがては魅力的な脚線を描くようになるわ』

 ちっ、まだ焦らすのかよ……私は心の中で毒づいた。
 それだけにパチュリーが慎重であることを表していた。
 だが、もう後はない。次こそは、パチュリーの手はスカートをかいくぐり、フランのシェパードもしくはレトリバーを撫で撫で良い子良い子してしまうだろう。
 私は固唾を呑んだ。レミリアのそうする音も聞こえた。
 そこで、レミリアが何かを思い出したように言葉を口にする。

「そ、そうだわ……!」
「今いいところなんだから邪魔しないで下さいよ!」
「違うわよ! ――パチェはあることに気付いたのよ。私はフランのドロワーズを脱がそうとした。それにはスカートを捲り、ドロワーズを掴み、引き摺り下ろすという3動作が必要だった! それは完了までに時間がかかる。けれど……っ!」

 そのとき、パチュリーの手が動く。
 フランの太腿をスライドし、スカートの中に滑り込んでいく。

「――けれど、スカートを捲り、ドロワーズの上から触って確認するのは、たったの2動作で済んでしまうのよっ!」

 3動作が、2動作に短縮される。
 それだけ素早く行動できる。
 故に、フランが抵抗するまでに、フランのシェパードを確認できてしまうのだ。
 パチュリーは短い時間に、レミリアの失敗から多くのことを学び取っていたのだった。

「――まあそれは、相手の反射神経を上回れればの話になりますね」

 そこから悲劇が始まった。
 パチュリーの両手首を、別の手が固定した。それはフランの手だった。
 そして、フランが前かがみになったかと思うと、勢いづけて身体を後ろに引いた。
 運動には遠心力が伴われる。
 それをもって衝突する頭蓋と頭蓋。
 それだけの運動エネルギーだったが、それは絶大だった。もうひとつの、紫色の方の頭蓋が弾かれた。
 飛ぶ。
 飛んでいる。
 ふたつのおさげが揺れている。
 彼女の滞空時間は永遠にも思えた。
 だが、本来のとおり、すぐに紫の頭蓋が壁に衝突し、遅れて付属する身体が叩きつけられる。
 その瞬間、短い音が聞こえた。

『――ごふっ』

 悲劇完了。
 後には、フランの心配する声が残るだけだった。


  □


 パチュリー・ノーレッジはミイラになって帰ってきた。
 寝台は書物を載せるキャスター付きのものが採用されており、全体的にどこか親しみを覚えた。

「お帰り、セクシャルむらさき」
「うっさいわね。モニター見ながら興奮してたくせに。エロビデオに群がるガキかっての」
「あ、このひと野犬がたむろっているところに放り投げてリアルわんわん動物園にしていいですか」

 結局、パチュリーも失敗してしまった。
 実の姉であるレミリアも、取り分け親しいパチュリーも、手を尽くしたというのに敵わなかった。
 私たちは、打つ手を失ったわけである。
 私は、申し訳ない気がした。元はこいしとフランの仲を取り持つためにやっているようなものだったのだ。それに、こいしに期待をかけられていた。けれど私は、その期待を裏切ってしまったのだ。

「残念ね……」

 口から、ぽつりと言葉が出た。本心からの言葉だった。
 私は出来るだけ無関心でいることに努めている節がある。他人の心を読める私は、そのことで傷を負ってしまう。その傷は、心を通わそうとすればするほど深くなる。だから私は出来るだけ触れないでいる。無関心でいる。それが傷を負わない方法であるのだ。
 けれど今回、私は触れ合うことを望んだ。こいしに信頼され、レミリアやパチュリーを信用し、フランの気持ちを確かめようとした。今回の失敗は、その全てが裏切りに終わったのと同じだった。
 私の心は虚無感に満ちていた。
 今頃になって気付いたが、私は傷を負ったのだ。
 けれど。

「……今度は、頑張りましょう」

 絶望はしない。
 決して諦めてはいけないと思った。めげずにいれば、きっと心を通わすことが出来るのだと。触れることを恐れていてはいけないと。
 それはこの地上に訪れて思い出したことだ。
 長い間、地霊殿に引き篭もり、忘れていたことだ。
 自ら歩み寄っていけば、やがては触れ合えるのだということを。
 私と対話してくれる者がいるということを。
 そしてそれは――楽しかった。
 本を読むことによる仮想的な対話よりも、ずっと楽しかった。
 だから私は、諦めたくなかった。その者とは触れられないと、諦めてこちらから拒絶してしまうことは、悲しかった。
 私はどうにも、諦めが悪くなっていた。

「ありがとう、ふたりとも。元はこいしが言い始めたことだけれど……付き合ってくれて、ありがとう」

 ふたりが、私を見た。私の表情を窺っているようだった。
 だから私は、ふたりを落ち込ませるような暗い表情にならないよう努めた。
 私は、出来るだけ、付き合いを諦めたくないと思った。

「さとり……」

 名前を呼んで、レミリアが私の肩に手をかける。
 彼女の温度が伝わった。
 温かかった。
 彼女の繋がっている気がした。
 私の心も、彼女に伝わっている――そんな淡い想いを抱いた。





「――次はお前の番だ」
「やっぱりですか」
「そんなぬるい演技で欠片も同情が貰えるとでも思ったかしら?」

 ふたりに言い寄られてしまう。我ながらまだまだ未熟だ。

「まあでも、このまま画面見てたらいいんじゃないですか。フランも欲動に負けて思わずポロリシェパードしちゃいますよ」
「ふざけたこといってると尻の穴から奥歯突っ込んで手ぇガタガタいわせるぞ」
「そんな芸当受けるのは嫌ですね……」

 急かされて、私は席を立つ。フランのシェパードを確認する3人目の挑戦者として。
 ――二度あることは三度ある、とはよくいったものだ。
 私の目の前には、やはり悲劇の二文字が横たわっている。
 それでも赴かなければならないらしい。
 これから起こるだろうことを想像して、やるせない気持ちがこみ上げてきて、ひとつ息を吐く。
 それから、通信機を取る。
 せめてでもと思って、ふたりに向かって親指を立てて見せた。

「まあ任せてください。私がこの手で――」

 それは己を奮い立たせる言葉だ。

「――フランのシェパードをチンチンさせて見せますよ」
「お前が一番最悪だ!」

 ふたりに見送られて、私は図書館を出た。


  □


 私は心を読むことが出来る。
 もしも私が問えば、答えるつもりがなくても、答えは意識の上に浮き上がる。
 私はその答えを知ることが出来る。話術など必要ない。
 例えるなら、道順をすっ飛ばして目的地に辿り着くようなものだ。一歩で目的地に踏み込むことが出来るのだ。
 だから、私が出てくるには、もうこの問題は終わったも同じようなものだった。


  □


 その扉をノックする。くぐもっていたが、返事が聞こえたので私は扉を開き、部屋に踏み込んだ。
 地下の一室。窓なと付いてはいない。むっとした空気に咽そうになるのを堪える。
 部屋の主、フランドール・スカーレットはベッドに横になっていて、私はその背中が見えた。さっきの象のぬいぐるみを抱いているのが見えた。
 フランは怒っていた。
 それはそうだ。前のふたりの奇行があり、次に来た私がこれから何をしようとしているのか判っているからだ。
 それでも私は――彼女に触れなければならなかった。

「ねえ、フランドール?」

 私の声に、フランが身体を起こす。そして、こちらに振り向いた。
 彼女はこちらを睨んでいた。
 フランは怒っていた。
 ――「私が」会いに来たことに怒っていた。前のふたりなど関係ない。私がここに来たことに対して憤っていた。
 嫌な予感がした。
 例えばそれは悲劇の二文字。最悪の結末が待ち受けているという予感。
 例えばそれは地雷の存在。決して触れてはいけない領域の存在。
 そして、その地雷が、もしも目的地にあったとしたら?
 それでも、私は問わなければならなかった。

「そのドロワーズの中に……」

 ――私は心を読むことが出来る。
 もしも私が問えば、答えるつもりがなくても、答えは意識の上に浮き上がる。
 私はその答えを知ることが出来る。話術など必要ない。
 例えるなら、道順をすっ飛ばして目的地に辿り着くようなものだ。
 たったの一歩で目的地に踏み込んでしまうのだ――。

「ドロワーズの中に、何を入れているのかしら?」

 問い。
 問いに、彼女は意識する。
 意識は、解答を心の奥から引き出す。
 その解答が、私の心に流れ込んでくる。
 私は答えを知る。
 その答えを、知ってしまった。
 私の全ての疑問が解決すると共に――、

「どうして……」

 私は、フランドールの触れてはいけない領域を踏みにじっていた。

「どうして……っ!?」

 彼女は、象のぬいぐるみを掴んでいる右手を振り上げ、それを私に投げつけた。
 ぬいぐるみは直線を描く。
 柔らかく、しかしその軽くはない重量が、私の顔面を打った。それから、ゆっくりと足元に落ちていった。

「どうしてさとりが来るのさっ!? さとりが来たら、隠し事も全部判っちゃうじゃない! 隠したいことも全部、判っちゃうじゃない……! 勝手に私の心に踏み込んで、踏みにじって、ぐちゃぐちゃにして……楽しいの!?」

 彼女は思いの限り吐き出す。
 彼女の震える声が、心が、同調して響く。

「ひどい、ひどいよ……。そっとしておいてくれればいいのに、何も触れなければいいのに! ここに来なければ、何も問題はなかったのに!」

 フランは私を指差す。その指先は、私の眉間を貫いてしまいそうだった。

「どうしてここに来たのさ……!!」

 フランは私に問うた。息を切らし、目の端に涙を溜めている。私を威嚇し、この部屋から追い出そうとしている。
 それでも私は怯まない。
 私は答えるために、口を開く。先の問いに答えるために。
 どうしてここに来たのか?
 ――その答えは、ある。
 それはこの地上に訪れて思い出したことだ。
 長い間、地霊殿に引き篭もり、忘れていたことだ。
 それは。

「私は触れることを恐れたくない」

 フランが、拍子抜けな声を上げる。
 その言葉を理解できなかったようだ。
 だから私は繰り返す。

「私は触れることを恐れたくないのよ」

 私は、言葉にする。
 一度拒絶されて、それから二度と触れ合おうとしなければ、ずっと心を通わせられないままだ。
 私はそれを望まない。
 だから私は触れることを望む。踏み込むことを望む。
 心の中を覗き、それ以上に触れ合えることを望むのだ。

「――残念だけれど、貴方の言い分は癇癪にしか聞こえないわ」

 私は一歩近づく。

「私を拒絶することは、お互いの理解を拒んでいるだけに過ぎないわね」
「――私は理解しよう譲歩しているのに、貴方がそれを拒んでいる、とでも続けるの?」
「そうなるわね」
「ふざけないでっ!!」

 ふざけてなどいない。私は大真面目だ。

「私がここに来た理由が何か、判るかしら」

 私は諭すために、口を開いた。

「知らないわよ」
「こいしに頼まれて来たのよ」

 その言葉で、彼女の少し怯えた風な眼が、私を見た。私の言葉の続きを急かしているようにも思えた。

「この秘密を見ていたかもしれないこいしに怒鳴ったでしょう? もしかすれば、こいしに悪い点があったのかもしれない。けれど、ただ怒鳴ってそのままにしている貴方は正しいのかしら。それでいいのかしら?」
「それは……」

 フランは口ごもる。それでいい、といって投げ捨てなかった。まだ修繕できるかもしれない関係を壊すという選択肢を選ばない。フランは冷静を保っている。
 そこに私は一手を決める。

「このまま、私さえも退けてしまっていいのかしら?」

 こいしが差し向けた手を振り払うつもりなのかしら?
 その問いに、フランは悩んだ。こいしという存在を遠ざけてしまっていいのか、考えた。
 天秤にかかるのは、こいし、それと、彼女の意地だ。
 意地というものを氷解させるのは、案外難しいものだ。意地を張っている本人がそれを望まなければ、意地がなくなることはない。意地を心の拠り所としていることもある。
 意地は心の砦である。
 では、その砦を壊すにはどうすればいいか? それは簡単である。
 それは見掛け倒しなのだから。
 入り込んでしまえば、それまでだ。
 私の心を読む能力は、その一線を越えてしまっている。

「……ひどいよ」

 フランはゆっくりと呟く。

「秘密がもう、私だけの秘密じゃなくなったのに、意固地になっていても仕方ないじゃない。今更、誰に隠すことでもないじゃない」

 そうだ。フランは誰にも知られたくない秘密を抱えていた。
 その秘密を暴きそうになったこいしを怒鳴った。その秘密を知った私に落胆した。
 そして今、その秘密は秘密などではなくなっている。抱える価値などとうに無くなってしまった。

「だったら、その秘密、もう教えてあげてもいいでしょう?」

 私の言葉にフランは頷く。落ち着いているようだった。無理して抱えていた荷を降ろしたのだ。
 フランに了承を貰ったので、私は彼女の名を呼ぶ。

「――こいし、いるんでしょう?」

 私の呼びかけに応えるように、妹、古明地こいしが、私を追い越すように歩いて姿を現した
 フランは目を見張った。驚きの感情だ。
 その驚きは、おそらくこいしがいることに気付いていなかったからくるものだろう。

「い、いつからいたの?」
「んー、ついさっき、からかな」

 こいしはフランに歩み寄る。一歩前で立ち止まる。
 しばし沈黙。
 フランは、言い辛そうにもじもじしていたが、意を決して問う。

「その……怒ってない?」
「ん、怒ってない。でも、聞かせて欲しいな……フランの隠し事が何だったのか」

 そういって、こいしはそっとフランの背中に腕を回した。そして身体を抱き寄せた。

「ねえ、確かめてもいい?」
「……うん」

 フランはゆっくりと頷く。
 そして、こいしはフランのスカートを持ち上げ、ドロワーズの中に手を滑り込ませた。
 ドロワーズの上からでも、こいしの手が蠢いているのが判った。

「ん……ふぁ……」

 フランの両腕が、こいしの腕に巻きついく。こいしの動きに合わせて、僅かに肩が震えるのが見て取れた。

『な、……お前ら、私の妹にBしてるのよ! 今すぐ殴りに行くわ!』
「メリーさんも祝福しております」
『おい、聞けよ人の話!』

 それから、フランが一際大きく肩を震わした。ちょっと目を背けたほうがいい気もした。
 こいしはゆっくりとフランのドロワーズから手を引き抜く。
 その手には棒状のそれが握られていた。
 こいしが、それを見詰めて、いう。

「……鍵?」

 それは、こいしの小さい手に収まってしまうほどの大きさの鍵だ。金属特有の光沢を放っている、金色の鍵。
 しかし、それだけの大きさの鍵はそれなりに大きな錠を、もしくは堅牢な金庫を想像させる。
 そして、彼女がどうしても守りたかったものを想像させる。

「……うん」

 合間に、フランドールはしゃがみこみ、ベッドの下に腕を伸ばした。箱状のものがいくつか収納されているのが見えるが、それよりもずっと奥に押し込まれているのだろう、フランは身体を流し込むようにベッドの下に入り、それを引き出した。
 出てきたのは、やはり、箱。
 直方形ではなく、その上面に膨らみを持つ箱。表面を見る限り不連続。水平に、下が大きくなるように切れ込みが入っている。その切断面を覆うため、または箱自体の形成のため、要所が金属で覆われている。全体として紅の色、アクセントに緑や青の宝石が光る。
 それは宝箱だ。それも、一抱えほどもある。
 成程、正面には先の鍵がぴったり納まりそうな鍵穴が据えられている。背面にはきっと蝶番が付いて上下に開くのだろう。

「誰にも見られたくなかったから……」

 フランはそういい、

「ごめん」

 謝った。
 フランは後悔していた。そして思い直していた。
 この宝箱と、宝箱を隠さなければならなかったその経緯を。
 私はそれを無意識のうちに読み取っていた。


  □ □ □


「ああ、フラン様!」

 珍しく、館の中で美鈴の姿を見つけた。
 美鈴は箱を抱えていた。今日は荷物運びでもしているのか、気になった。

「ん、美鈴。一体何を持っているの?」

 私が尋ねると、彼女は莞爾と笑って答えた。

「宝箱ですよ。昼間作ったんです」
「どうしてそんなもの作ったの?」
「それは最近、空に宝ぶ……いえ、なんでもっ」

 美鈴は何かをいいかけたが、私は気にしなかった。宝箱に興味が湧いていた。
 宝箱は、自分の宝物を入れておくものだ。例えば財宝や宝石などの価値あるものを守るために。
 けれど、宝箱に何の意味があるのか。見たところ、鍵穴が付いている。が、そんなもの外から叩き壊せばいいだけじゃないか。一体何が守れるというのか。
 宝箱を作ったからには、美鈴にも大切な宝物があるのだろう。
 後で壊して、何を入れているのか確認しよう――そう思った。
 けれど美鈴は意外な言葉を口にする。

「これを、妹様に献上しようと考えた次第であります」

 美鈴はおどけた風にいった。私は最初、意味が判らなかった。そんな粗末なものを貰っても使い道がなかった。

「どうして?」

 それはですね、と美鈴がいう。

「フラン様の大切なものを入れてもらうためです。そしてそれを、フラン様により大切にしてもらおうかな、と」
「けどこれ、すぐ壊れちゃうよ?」
「それは、フラン様が守るのですよ」

 美鈴はおかしなことをいったと思った。
 私は、宝箱が宝物を守るのだと考えている。だが美鈴は、そうではないのだという。

「仰るとおり、これは力を加えればすぐ壊れてしまうでしょう。だから、これを、宝物を守るのは持ち主なんです」

 私はそれを、とても面倒なことだと思った。きっと私では持て余すとも思った。宝物を守るために宝箱があるのではないのなら、何のために宝箱があるのか、判らなかった。

「あとはパチュリー様に装飾を頼んでみます。出来たら、フラン様の大切なものを入れて、そしてずうっと守ってくださいね。ああ、生き物とか食べ物は入れちゃダメですよ」

 美鈴はにっこりと笑っていった。私には何が何だか判らなかった。


  □ □ □


 ひとつ、合点がいった。
 フランは宝箱を守っていたのだ。誰にも触れられないように。
 それはとても不器用な行いだった。
 フランにとって苦手なことだっただろう。
 フランは宝箱を守るのにとても必死になっていたのだ。


  □ □ □


 しばらくして美鈴から、完成した空っぽの宝箱と、一本の鍵を手渡された。
 けれど私は、そこに何を入れていいのか判らなかった。それは小物入れではないのだから。
 私は頭を捻った。何時間を考えた末に、私はあるものを入れておくことにした。
 ずっと取っておきたかったもの。ずっと大切にしたいもの。
 それを宝箱の中に入れ、鍵を閉めた。
 ……そこで私はさらに困った。
 鍵をどこに仕舞えばいいのか判らなかったのだ。
 鍵があれば宝箱を開けられてしまう。どこかに放置しておくわけにはいけない。いっそ、鍵も宝箱に入れてしまえば……それでは何の解決にもならない。
 一体どうすればいいのだろう。私はまた考えて、そしてひとつの答えを出した。
 肌身離さず持っていることが出来て、決して誰かが触れることのない場所。
 私はドロワーズの中に鍵を隠した。


  □ □ □


「こんな面倒なことになるのは目に見えていたんだから、もっと別な場所に隠しなさい……!」
「だってこれが一番安全確実な方法だと思ったんだもん!」

 するとあれか、ドロワーズの中に手を突っ込んでいじっていたというのは、気になって触って確かめていたというところか。
 鍵を失くさないための確認作業のおかげで、姉やその友人が何をしているのか調べに来たというのはなんとも皮肉なことだ。

「ああ、それと、フランにひとついっておきたいことがあるわ」
「何?」

 それはひとつ、経験者の立場からいわせてもらうことだが。

「何かを守るっていうのはとても大変なことなのよ。ひとりで守れるものなんて高が知れているわ」

 だから。

「誰かの手を借りなさい。私でもいいし、こいしでもいいわ」

 だって。

「私たちは貴方の敵じゃありませんから」

 私の言葉に、フランはこくんと頷いた。
 だからだろうか、フランはこいしに向き直り、尋ねる。

「中、見たい?」

 うん、とこいしは答える。

「一緒に、守ってくれる? 私の大切なもの」
「うん、守るよ」

 それからこいしは、ちらと私を見た。だから私も続く。

「ええ、守りましょう」

 それに満足したように、フランの頬が緩んだ。
 フランは手を差し出した。そこには一本の鍵。それをこいしが受け取る。
 そしてこいしは、宝箱の前に屈みこみ、鍵穴に鍵を挿した。ゆっくりと回すと、小さく何かが弾けるような音がした。
 鍵を引き抜く。
 こいしは、宝箱の側面に手をかけ、蓋を持ち上げた。
 開く。
 そこにはフランの大切な宝物が入っていた。

「これは……」

 フランにしてみれば、きっと財宝や宝石なんて価値のないものだろう。だから何を宝箱に入れるのか悩んだ。
 そのうちにフランは気付いたのだ。もっと身近にある大切な宝物の存在を。
 それは。

「……絵?」

 何枚かの絵が描かれた紙が、宝箱の底に保管されていた。
 こいしはその紙の束を手に取る。一見すればただの子供の落書きだ。こいしは紙を捲りながら絵を見ていたが、その途中で手が止まった。

「ねえ、これ……」

 フランは咄嗟に顔を背けた。少し顔が赤くなっていた。
 それでも躊躇わずこいしは問う。

「私?」

 フランは、ゆっくりと頷いた。
 私も、こいしから何枚か受け取って見た。乱雑な線だが、確かにその絵はモデルとなった者の特徴が出ていると思った。

「特にこの根暗ジト目は……あのセクシャルむらさきですね」
「それ、さとり」
「心外ですね。私はそれほど陰険そうな風貌のつもりはありませんが」
「お姉ちゃんそっくりだと思うよ」

 こいしにいわれて、私は否定しづらくなった。
 それから私は別の絵を見た。パチュリー・ノーレッジも、門番の紅美鈴も、メイドの十六夜咲夜もいた。
 もちろん、レミリア・スカーレットの姿もあった。
 そして、フラン自身を含めた全員が描かれている絵もあった。絵の中の者たちはそれぞれの表情を持っていたが、みな、どこか楽しげであった。
 しかし、フランは宝箱に大切な宝物を入れているといったが――なかなか恥ずかしいことをしてくれる。

「ねえ、あのさあ……」

 フランは何かをいおうとしたが、なかなか言葉にしなかった。
 だから私はフランの心を読んだ。彼女の言葉を読み取った。

 ――これを、守っていけるかな……?

 私は確かに感じ取った。だが、その言葉を私が代弁するのは憚られた。フランが言葉にしなければならないことだった。
 こいしを見る。こいしは私と違って心を読むことが出来ない。心の瞳を閉ざしてしまっている。
 けれど確かに感じ取って欲しいことだった。
 こいしは、フランの様子を見ていた。
 それから、近づいていき、そっとフランの背に腕を回し、いった。

「……うん、一緒に守ろうね」

 フランも、こいしの腰に腕を回した。私はそんなふたりを眺めていた。


  □


 しばらくふたりきりにして、私はフランの部屋を後にし、図書館に戻ってきた。
 図書館にはレミリアとパチュリーがいる。さっきの出来事をすべて見ていたふたりが。
 見ると、レミリアはまだ画面を見続けていた。パチュリーは本を読んでいた。

「さっきの、見ていたでしょう? 事の真相はこういうことよ」

 パチュリーは本を読むのをやめ、私の方を見た。

「あんたら恥ずかしいことするわね」
「貴方も含まれているんだから、期待に応えてあげなさい」
「当たり前よ」

 そういってパチュリーは本に目を戻した。それが当然とでもいうような素振りだった。彼女も紅魔館の家人なのだった。
 今度は、レミリアに声をかける。

「レミリアも、あんまりフランにひどいことするのは止めなさい」

 レミリアはこちらを見る。どこか不服そうな顔だ。

「ひどいことねぇ……。あのさあ、どうしてフランは私を拒絶したのに、こいしはすんなりとドロワーズに手を入れさせたのよ」

 そんなことを気にして、画面を見ていたのか。私は少し呆れてしまった。

「単に場合の問題。あの鍵を確かめるためになら手を突っ込んで股間をさわさわしてもいいのよ」
「そうか、私もそうすればあるいは……」
「だからそれを止めなさいと」
「違うよ。後でフランと一緒に鍵と、宝箱の確認しなきゃって思っただけよ」

 その言葉から、レミリアはフランの考えに好意的なことが読み取れた。
 ……なんだかんだで、『自分の絵が出てこない』と思ったのかしら? 今でもなお彼女をこの館に幽閉している――虐げているともいえる自分の絵が。
 だったら、自分の絵が出てきたときは恥ずかしかったのかしら?
 そう考えると、なんだか微笑ましく思えて、私は笑った。
 それが気に入らなかったのか、レミリアはまた画面を向いた。それに、今度は声を出して笑ってしまった。
 話題を変えるためか、レミリアが口を開く。

「……そういえば、結局フランはシェパードかレトリバーどっちだったのかしら?」
「確かに、どっちか判らず仕舞いでしたね」

 私たちは画面を見ている。

「仲直りの勢いで見せ合いっことか始めないかな……」
「また変な事いいますね。そんなこと考えるのは貴方ひとりだけじゃないみたいですよ」
「べ、別に私は考えてないわ……」
「あれ、パチュリーさんどうしましたかー?」
「うわあ……何このさとり……うわあ」

 そういって、笑った。
 すると突然、レミリアが立ち上がった。私の前まで来て、スカートをたくし上げた。

「私のお股を触りなさいっ!」
「えっ、嫌ですけど」
「何をいっているの! フランとこいしのような親友なら、お股を触ることだって出来るわ!」

 ああ、成程。何かに感化されてレミリアが突然、特殊な性癖を開けっ広げにし始めたと思ったが、そうではないらしい。画面の向こうのふたりに感化されたのだ。友人という関係を確認するために股間を触れ、という意味らしい。
 理解した私は、精一杯の笑顔を作って。

「もちろん嫌です」

 断る。

「なっ、……ふん、パチェなら出来るわ! パチェは私の親友よ! 私のお股を触るくらいのスキンシップなんともないわ!」
「私も嫌なんだけどレミィ大丈夫?」
「拒否しながら私の心配するようなこといわないでよ!」

 レミリアは怒ってそっぽを向いてしまった。
 まあ、こんな誰が見ているか判らないところで股間を触れなんていっている方が大概だ。誰も見ていなくても遠慮願いたいが。
 そう考えていると、今度はレミリアは、両手を構えてわきわきと動かし始めた。

「だったら私がお股を触ってあげるわ」
「他当たってください」


  □ □ □


 フランのシェパード……レトリバーだったかどっちだったか、一連の事件は解決し、さとりとこいしは地霊殿へと帰っていった。
 けれど、私にはまだやることが残っている。
 フランドールに宝箱の話を聞くためだ。
 そして、一緒に大切な宝物を守ることを約束するのだ。

 私はフランの部屋の前にいる。
 ノックする。

「私よ、入っていいかしら?」
「お姉様? はい、どうぞ」

 許可が下りたので、私は扉を開け、中に入る。
 フランはベッドに座っていたのを立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。

「お姉様、今日は何の御用かしら?」

 微妙に言葉に棘があるような、ちょっと表情もきつい気もするがそれはやはり気のせいにする。

「今日はちょっと、フランに大切なお話があってね……」

 とはいったものの、鍵のことをどう切り出そうか、悩んだ。いっそ押し倒して全ての事態が好転すればいいのにと思った。
 もちろん、それで今まで失敗してきているのだが。
 とにかく、冷静を保とうと、ひとつ息を吐く。
 まずは。

「悪かったわ、フラン。私はあなたにひどいことをしようとしたわ」

 フランの表情が変わる。私が何をいわんとするか理解したのだろう。我ながら快調な滑り出しである。

「でも、フランがシェパ……もとい、お股を気にしているようだという話を聞いたから、つい……」

 すると、フランが口を開く。

「お姉様。私も、その、心配かけて……。それでね、私も話したいことがあるの……」

 それは恐らく、私がいいたいことと同じだろう。
 だが、なかなか、いい出さない。
 やはり実の姉という血縁の近さが、恥ずかしさを増長させ、彼女を躊躇わせているのだろう。
 ここはやはり、姉である私がリードする他ない。

「大丈夫よ、フラン。何もいわなくても、お姉様は何でも判っているわ」

 何故なら私は、優しさとかっこよさのふたつを兼ね備えたパーフェクトな姉だからである。
 今更隠すことはない。鍵を隠してあるのはドロワーズの中だ。

「あなたがいいたいのは――これね!」

 そういって、私は動いた。
 行動の許される時間は一瞬である。でなければ、恥ずかしさがフランの手を通して私の腕を止めるやも知れない。
 そんな心配も杞憂に終わるだろう。私はその許容時間内に行動を終了することができるのだ。
 動く。
 左手はフランのスカートを掴み、引き上げる。
 右手は浅くなったスカートの壁を掻い潜り、ドロワーズの中に滑り込む。
 動作は同時。
 それはたったの1動作で満たされる――以前の私とパチュリーの失敗を踏まえた、完全に無駄の排除された動き。
 それはフランの神経伝達速度をも凌駕する。
 私の腕を止めるために持ち上がるフランの両手が見えたが、もう遅い。
 私の右手は、フランの恥丘を駆け抜けた。
 そして、触れる。
 揉む!
 掴んで引っ張る!
 むう、柔らかい! 肌に吸い付く感覚が堪らない!

「――と、それよりまずは鍵を探さないと……」

 私は、フランのドロワーズの中をまさぐってみるが、どうにもそれらしい硬い感触は得られない。
 ドロワーズは両脚の裾が長く、そちらに落ちてしまっているのかと思って深く腕を入れてみたが、何もない。
 お尻にも腕を回したが外れ。
 とりあえず、腕を前に戻して撫で続けるが、はてさて、鍵はどこにいってしまったのか。

「……ねえ、お姉様?」
「何、フラン? もう少しで済むから待っていなさい」

 お股の下から腕を通し、お尻の割れ目に指を沿わせてみるが、

「すごく柔らかい……!」

 それだけである。
 鍵が見つからなければ始まらない。フランのお股を撫で回しながら、そう考えるが、どこにも鍵が見つからない。
 どうしたものか。
 鍵が見つからないので、話をどう進めればいいのか判らない。フランのいいたいことが判っているとして行動しているのだから。そうして、フランのドロワーズに腕を突っ込んでいるのだから。
 そして、フランのお股を撫でているわけで……。
 ――これ、傍から見て、すごくヤバイ状況じゃないか?
 自問自答する。答えはイエス。やっていることはエロス。
 もしかして、フランは鍵を別の場所に移してしまったのだろうか。悪い予感が過ぎる、がそれは予感ではなく現実である。
 はたと、フランの顔を見る。はち切れんばかりの笑顔を作っているが、如何せん、敵意剥き出しである。

「ねえ、お姉様。これは何をしているの?」
「これは……」

 フランのお股を未だに撫で続けている。この動きを止めてしまっては、気まずくなってしまう気がしたからだ。
 私は次にどのように答えればいいのだろうか。シミュレートしてみる。

 1.フランの鍵を探しているのよ。
  判っているといったにも関わらず不発。しかもまだお股を撫でているという状況。これでは弁解できまい。
 2.フランを良い子良い子したかったのよ。
  間違って頭じゃなくてお股を撫でてしまったわ! 私だったらそんな姉は嫌だ。
 3.フランと良いことしたかったのよ。
  今後一切フォローを入れられないレベルの大暴投。

 これではダメだ。私は更なる案を考える。
 そうだ、と思い出す。
 こいしはフランのドロワーズに手を突っ込んでも怒られなかった。フランとこいしのような親友なら、お股を触ることだって許されるのだ。
 そしてそれは、私とフランの間にも成立して然るべきである――。
 そう。

「これは私たちふたりの仲を確かめるスキンシップなのよ!」
「――だったら私の答えはこうだ!」

 頭に、真横から衝撃を受けた。
 鋭い痛みと共に、身体が宙に浮いた。
 地面すれすれを横っ飛び。翼を伸ばして体勢を直し、床に足を着け、滑る。
 ――よし、ここは一旦退却だ。
 勢いが掻き消える前に床を蹴って、入り口まで跳躍する。
 髪が燃えているのはレーヴァテインで殴られたからか。着地から、床を一回転して炎を揉み消す。
 そして勢いをそのままに立ち上がり、戸を目前としたときだ。

「ああ、今回もこっぴどくやられてるね」

 古明地こいしがドアの前に立っていた。

「……あら、いたの。お姉さんによろしくいっておいてね」

 私はとにかく脱出せねばならない。
 片手を挙げるだけの挨拶をし、私はこいしの向かって右の脇を通り抜けようとした。

「――えっ」

 のだが、こいしの腕がすっと伸び、私の身体に絡みついた。
 私の突っ込んできた勢いを利用して、私たちはこいしを軸に回転する。
 そして半回転後、腕の束縛を解かれ部屋の中へと飛び込んだ。放り込まれたともいえる。世界が回っていた。
 部屋へと戻る身体は、バランスを崩してこけそうになる。それを持ちこたえようとして、しかし叶わず、私は膝を前に折り、部屋の真ん中に座り込んだ。
 つまり正座である。
 前方にはフラン。後方にはこいしがいる。

「はあい、フラン。また会ったわね」

 小さく手を振る。フランは答えない。
 フランは不敵な笑みを浮かべ、レーヴァテイン片手にこちらへ近づいてくる。
 そして、背からはこいしの歩みの音が聞こえるのだ。

「ねえ、お姉様。私、もっとお姉様とスキンシップしたいなー」
「私も混ざるよ」

 スキンシップとは。フランが積極的にしたいというのなら願ってもないことだ。

「ところで、そのスキンシップはいちゃいちゃするものかしら?」
「いちゃいちゃはしないけど、ぐちゃぐちゃはすると思うわ」

 この妹は本気である。
 仕方があるまい。流石に今回は、逃げ道がない。

「ほら、お姉様立って、そして遊びましょう?」
「ええ、そうね」

 私は正座の体勢から、右足を立てる。左足の爪先で、床を踏む。
 それから、前屈みのまま両足を蹴る。

「――ほらよっ!」

 額でフランの鼻を打ち付けた。
 仰け反って、その場に尻餅をつくフラン。鼻を押さえてもがいている。
 それを見下ろす私。

「はっ、お前に何が守れるっていうんだよ! 誰を守ることが出来るんだよ!」

 ――言葉を吐き捨てながら、私はぼんやり考えていた。

「ふたりまとめてでもいいさ、かかって来い」

 拳を構える。翼を広げると、紅の閃光が舞った。

「お前には何も守れないってこと、教えてやるよ!!」

 ――私は、一緒に守ろうとか、そういうことを約束しに来たんじゃなかっただろうか?
 考えがまとまらない。ただ、目の前のフランは、戦闘のために構えようとしていた。
 だから、私は思考を放棄して、フランの構えを割るように、右の拳を突き出した。


  □


「……はあ、それで喧嘩を」

 十六夜咲夜は紅茶の準備をしながら、いった。私の部屋で、私はベッドに座っている。

「後で何かフォローするわよ」
「もう修繕できない気もしますが」
「元に戻らなかったら、それは、あいつの決意がそれだけだったということよ」
「壊した本人がいう事じゃありませんね」

 結局あの後、私はフランと、ついでにこいしと喧嘩した。
 フランの部屋はもろくも崩れ去ってしまった。そこまでは憶えているが、気が付けばベッドに横になっていて、さっき目を覚ましたところだった。

「……フランはどうしているかしら」
「代わりの部屋を用意しました。地上にある一室ですが、随分大人しくされているので問題はないと思いますわ」
「こいしは?」
「お帰りになられました」

 妹が生傷付けて帰ってきたなら、きっとさとりは怒るだろうな。私はぼんやりと考えた。
 それから、壊れたフランの部屋を思い出した。あの宝箱はどうなったのだろうか、フランは守れたのだろうか、気になった。
 咲夜が、私の傍らにある机に紅茶の淹れたカップを置いた。

「ああ、そういえば……」

 咲夜は思い出した風に、いった。何かしら、尋ねると、咲夜は腰を折った。

「失礼します」

 その一言で、咲夜は私のスカートを丁寧な手付きで捲った。
 何をするのか、ただ眺めていると、咲夜は右手を私のドロワーズに突っ込んだ。
 そして、私のお股を撫でた。
 撫で続けた。
 私は、咲夜が何を思ってそんな行為に走ったのか判らなかった。心は空虚で、咲夜の手の触感だけが、私の心に空しく響いていた。

「これは、親しいふたりの仲を確かめるスキンシップだと聞きました」

 そういえば、そんなこともあった、などと私は思い返していた。
 咲夜は手を動かしながら言葉を続ける。

「このスキンシップの噂が、どこにでも広がっていますよ」
「へえ、流行ってるの?」
「逆です。何をされるか判ったものじゃないと、誰も紅魔館に近づきません」

 それはまあ、大したことじゃないと思うが――。

「それと、パチュリー様から伝言があります。しばらく図書館に来るな、と。……あとメイド妖精もお嬢様を避けているようで」

 そんな噂が広がっているのか。一体誰が広めたのだろうか。
 少なくとも、このことを知っている範囲の者だろう。
 そのとき、ぱっとこいしの顔が浮かんだ。恨み晴らしかよこの野郎。
 すると私は、しばらくはひとりだということか。ひとりであることに惨めな思いをすることなんてないだろうが、それでもやはり少し寂しく感じてしまった。

「――でも、お嬢様には私が付いていますよ」

 私の気持ちが沈んでいるのを読み取ったのか、咲夜は微笑んだ。私のお股から、咲夜の手の熱が伝わってきた。それはじわりと広がって、身体の芯が暖められるような気がした。

「……ん、そうね」

 私は、咲夜の細い腕を抱きしめた。















  □


 壊れたフランの部屋。瓦礫の詰め物となった空間から、私は宝箱と鍵を見つけ出した。咲夜も手伝った。フランのために用意したベッドは頑丈だったため、その下に保管されていた宝箱はほとんど無傷だった。
 宝箱を開くと、中にはフランの描いた絵が出てきた。

 私は、フランの描いた絵を見ていて気が付いた。
 それを描いた絵がたくさんあるのに、ある構図が描かれていないのである。
 それは紅魔館の外観だった。


  □


 それから私はフランのいる部屋を訪れた。フランはベッドで横になっていた。
 彼女は警戒したが宝箱を見ると急にしおらしくなった。私はベッドに腰掛け、その宝箱を開けて見せた。

「それ、お姉様が見つけ出してきてくれたの?」
「まあ、ね。あと、中身は拝見させてもらったよ」

 すると、フランはシーツに顔を埋めた。乱れた髪の間から見える耳は紅くなっていた。
 その耳に、私は口を近づけ、囁く。

「ねえ、フラン。今度、写生大会を開こうと思うのよ。場所は――」

 私は、いった。彼女は驚いて私を見た。

「それって――」
「でも、遠くに行ってはいけないわよ」

 彼女の顔が、ぱあっと明るくなった。

「――うんっ!」

 彼女は嬉しそうに頷いた。私も喜んで貰えて嬉しかった。
 だから、そっと彼女の肩に腕を回した。

「ねえ、フラン。改めて、確かめてもいいかしら?」
「……ええと、何を……」

 フランは判らないようだったので、私は耳元で囁く。

「あの噂、フランも知っているでしょう?」
「ええ!? それは、知ってるけど……」

 フランは戸惑った。それこそ、幻想郷の住人が私を避けるようになるほどの行為なのだから。

「やっぱり、私のこと、嫌い?」

 決定的な問いだった。それだけで真意を問うていた。
 フランは、その言葉で、私を拒否することも出来るのだから。
 けれど。

「……きらい、じゃない、けど……っ」

 淀む。私はそれ以上聞く必要はないと思った。
 嫌われていないという事実に対する喜びが、私を行動に移させた。
 彼女のスカートを持ち上げ、ドロワーズの中に手を入れた。そして、お股にそっと触れた。

「あ……、やっ……ん」

 そこは、汗でほんの少し湿っていた。

「……いや?」

 私の問いに、彼女はふるふると頭を振った。目の端には涙が溜まっていた。
 私はたまらなく愛おしくなって、フランの身体を強く抱きしめる。
 そして、お股をずっと撫で続けていた。
 せっかくお盆休みだったので久々に……下ネタばっかりなんですけれど。
 まあそれは、小学一年生がいっているような微笑ましいものに受け取ってもらえれば幸いです。

 『場所は――』なんて書きましたが、フランにはいろんな場所の絵を描いてもらいたいですね。
じじじ
http://jjjingle.blog113.fc2.com/
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コメント



0.3830簡易評価
5.無評価名前が無い程度の能力削除
『うわあ、こいつ……うわあ』で全敗しました。
他に、咲夜さんが逃げた所とかじわじわきました。
こういうの大好きです。

ただ18禁じゃないかなあ。他のコメント見てから、100点入れにきます。
7.無評価名前が無い程度の能力削除
アウトだろコレ
9.無評価名前が無い程度の能力削除
まぁ、なんだ
お下品
11.70GUNモドキ削除
アウトじゃないんですけどね、アウトじゃないんですけどね。
大切なことなので二回言いました。
ただ、物凄く、そう、 物 凄 く 露骨な表現が多い、と思うわけでして。
それさえ気にしなければ普通にいい話だと思いますヨ。
これぐらいの表現なら、結構他の作者さん方も使っているのではないでしょうかねぇ? 使用量の多寡は別にして。
外角ギリギリ。
後は読み手のストライクゾーンが広いか狭いかの問題かと。

と、論理武装を展開したところで。

な ん だ こ れ www
笑えるけど、これは厳しいなぁ。
でも、言わんとする事は理解できます。
変態的な思考と身体能力を併せ持つパーフェクト過ぎる姉がいると苦労する、と言うことですねwww
13.70名前が無い程度の能力削除
じゅうはっさいみまんならこのぶんしょうをよんでもりかいできないよきっとたぶん
というわけでギリギリセーフだと思います。
14.100名前が無い程度の能力削除
はは、こやつめ!
17.80名前が無い程度の能力削除
いい話系なんだけどやってることで台無しだwwwwwwwwwwww
20.90名前が無い程度の能力削除
恥丘はあうとー
21.100名前が無い程度の能力削除
アウトだと思うけどメリーさんで腹筋崩壊したから、ゆるす!
26.100名前が無い程度の能力削除
ぎりぎりだ…ぎりぎり…アウトだ…

でも面白い
27.80名前が無い程度の能力削除
お股をずっと撫で続けるのはだめでしょw
28.100名前が無い程度の能力削除
あうとー
29.90名前が無い程度の能力削除
なんだろう、これ‥‥‥。
30.100七人目の名無し削除
イイハナシダナー。とは思うんですけどね局所的に。
全体的にはオモロエロイ話・・・・・・かな?
31.100名前が無い程度の能力削除
このドスケベ野郎が。もっとやれ。
33.100名前が無い程度の能力削除
アウトだとかそんなことはどうでもいい。
面白かったから100点評価を付ける、それだけだ。
こういう真面目にギャグをする作品は自分の好物ですw
38.100名前が無い程度の能力削除
や、やっぱ・・・アウト・・・かな?
だが作品自体は素晴らしいので100点を付けざるを得ない。
41.100名前が無い程度の能力削除
前言通りにまた来ました。
米を参考にして、さらにもう一度読んで考えてみてもどう見てもアウトです。
本当にありがとうごさいました
44.90名前が無い程度の能力削除
ギリギリの境界線。一番突っ込みたいのは咲夜さんが触る必要はないってことだ!!
面白かったです。有難うございました。
48.50名前が無い程度の能力削除
アウフじゃない、アウトだ
だがおもしろかった
49.100名前が無い程度の能力削除
アーフではない・・・・セウトくらい?
面白かったので100点をば
51.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれwwwwwwwwwアウトつーかなんつーか……
どこぞのデッドボールな人を想像しました。
普通に面白いのでこれでw
59.100名前が無い程度の能力削除
スリーアウトーww
いや、単発ならともかく
なんというか、蓄積値でw
60.100名前が無い程度の能力削除
うわあ、この作者……うわあww
62.100名前が無い程度の能力削除
うわぁ……咲夜さんさりげなくうわぁ……
68.90名前が無い程度の能力削除
アウトだろこれwww
70.90名前が無い程度の能力削除
シェパードwwwwwwwどう考えてもアウトです本当に(ry
ギャグの切れがすばらしかったですw
72.100名前が無い程度の能力削除
こんな可愛い子が女の子の訳がない!!
75.70Jing削除
良い話?とは思いますが、レミリアが逆ギレした所がムカついて仕方がないのですが・・・。
77.100名前が無い程度の能力削除
せ、せーふなの?
79.無評価名前が無い程度の能力削除
とてもKEN☆ZENでこってり面白かったです
102.90名前が無い程度の能力削除
いずれにせよ、
アレは掴んだり引っ張ったりするものじゃないと思いますぜ。
106.100名前が無い程度の能力削除
腹筋がぶっ飛ぶwwww
110.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー
111.100名前が無い程度の能力削除
こういうシリアスと変態の共存は大好物です
119.100nop削除
ほう、やるな貴様( 一一)