Coolier - 新生・東方創想話

こんなに月が綺麗な夜は

2009/08/14 23:24:40
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 月が綺麗だった。
 その壮年の男にとって、それは妖怪の跋扈する夜に外へと出かける理由として、十分なものだった。
 月には人の感情を動かす力があるという。
 満月に狂気に駆られよう。
 月が紅ければ本気で殺し合いもしよう。
 月が蒼ければ不思議なことが起こる気もしよう。
「――ああ、良い月だ」
 男は芳しい花の香りに釣られるかのように、しかし、ふらふらとではなくしっかと大地を踏みしめて、時に自らの髭に手をやりながら、暗い夜道を歩いていく。
 細身の身体だが、そこには不思議な威厳があった。
 歩く。ただ歩く。
 その足が赴くまま。


 しばらく歩いてふと見上げると、上空を蛍が通過していた。
 少女の姿をした蛍の妖怪を先頭に、無数の光が尾を引くようについてゆく。
「ああ、まるで彗星のようだね」
 目を細め、うっとりと見入る。
 満天の星空を背中に、その光は流れていく。
 その光景は、男が今まで見てきた中で、一番綺麗な天の川だった。
 男が見ているのに気づいているのか、それとも単にやりたくなっただけか、蛍の妖怪はくるりと回りながら飛び去っていく。
 後の蛍も忠実にその軌跡をなぞり、彼女が戯れに動いた部分が、線の芸術と化していく。
 やはり出かけて来てよかったと、その男は暢気に笑っていた。
 堪能し、蛍たちが通り過ぎて言った後も、余韻を楽しむかのように、しばし空を見上げていた。
 そしてまた、歩き出す。
 時たま髭をいじりながら、好奇心に引っ張られるように。


 次に聞こえてきたのは歌だった。
 昔聞き馴染んだものとは違う、テンポの速い歌。
 少女の高い声が、適当な歌詞を運んでくる。
「時代を感じるね」
 男はそっと歌声に耳を傾ける。
 だんだんだんだん歌しか聞こえなくなっていって。
 だんだんだんだん辺りが真っ暗闇に包まれてくる。
 男はついと天を見上げた。
「ああ、よかった。お月様だけははっきり見える」
 狂気に誘う歌と、狂気に誘う月と。
 それらが競合しなかった結果だと言うべきなのだろうか。それはわからない。
「耳に聞こえるはただ歌だけ。目に見えるのはただ月だけ。ああ、いいね。酒の一つでも持ってくればよかった」
 男はまったく余裕を失わなかった。その命は今、薄氷の上であるかも知れぬのに。
 しかし男はそれ以上歩かなかった。素晴らしい舞台にたどり着いたのだから、今はそれ以上歩く必要は無い。
 だから男は迷わない。
 夜雀の歌をバックに、ただ月だけを眺める。
 このような贅沢が他にあろうか?
「おい、何をやっているんだ」
「うん?」
 男は不意に呼びかけられ、振り向いた。
 いつの間にやら闇は晴れ、そこに立っている女性の姿がはっきりと見える。
 もっとも頭に角が生え、更にその片方の角に可愛らしいリボンが結わえられているというオマケつきだったが。
「さすがは月の綺麗な夜だなぁ。本当に不思議なことが起こる」
「まぁ、月の綺麗な夜だからね」
 女性が苦笑する。
 自分のこの姿を見て狼狽することを予想したが、こんなやわらかい笑みを向けられることはまったく予想していなかったから。
「お前人間だろう? さっき夜雀に狙われていたぞ。あぶなっかしい奴だ」
「ああ、まったく面白いステージだったよ」
 ずれる。
 とても、ずれる。
「何だお前。妖怪が怖くないのか?」
「あんまりね。私は妖怪が大好きだもの」
 ほう、と女性が嘆息する。
 彼女は妖怪である。が、人間が大好きだ。
 妖怪でもそういう変わり者は珍しいと思っていた。まさか逆がいるとは思いもしない。人間は襲われる側だと言うのに。
 まさか仙人か? と勘ぐる。だが、とてもそういういでたちではない。それに仙人とて妖怪には襲われる側なのだし。
「なんでまた妖怪が好きなんだ」
 単刀直入に女性は尋ねた。
 男は、変わらぬ笑顔で答えた。
「見ていて楽しいから。四季にて花が移ろい行くように、空にて月が形を変えるように、色んなのがあって、見ていて飽きない」
「ふむ」
 女性もまた、笑顔を浮かべる。
 彼女もまた、似たような理由で人間が大好きだった。
「お互い様と言うことなのかな」
「そうなのかい?」
「あぁ、きっとそうなんだろう」
 お互い変わり者に過ぎない。そう言ってしまえばそれまでなのかもしれない。
 だがしかし、二人はここに、こうしている。
 変わり者は、確かにここに存在している。
「まぁ、それにしても夜の出歩きは物騒だぞ。里に戻るなら送っていくが」
 女性の申し出に、男は首を振る。
「まだまだ歩くよ。こんなに月が綺麗なんだから」
 そんな言葉に女性は呆れた。
 限りなく好意的に、呆れた。
「ならばご一緒しよう。見た以上は放っておけないからな」
「ああ、とても楽しい散歩になりそうだ」
 女性の申し出に、男はそう言って笑った。


 妖怪とは自然である。
 春に桜を眺めるように、秋に紅葉を眺めるように。
 すべからく視て楽しむ。
 また足元で蝉の死骸が蟻に引かれてゆくように、森の中で鹿が狼に襲われているように。
 動いていると言うことを、楽しむ。
「静かだねえ」
「ああ、風の音だけが良く響く」
 人間と妖怪が、連れ立って歩く。
 それを見守るのは、ただただ綺麗な月ばかり。
「うん?」
 ふと、月を横切る影。
 箒に跨ったその姿は、紛れもなく魔女だった。
「あぁ、月に魔女もまた、似合うものだなあ」
 ふと、魔女の影が旋回し、進路を男たちの方角へと取る。
 見る見るうちに影が色づき、白黒の服と金色の髪をなびかせた少女が鮮やかに浮かび上がる。
「なんだなんだ。こんな夜ふけに人間と妖怪がそろって歩いてるなんてどういう状況なんだい」
 すいっと流れるような動作で、魔法使いは地に降り立つ。
「歪んだ月の夜に、妖怪と連れ立って飛んでいたのはどこの誰だったかな」
「知らんなぁ。そんな奴がいたんなら顔を見てみたいぜ」
 女性が突っ込んだ事実に、魔法使いは元気にとぼけた。
「じゃあ何か、今まさに異変が起こってるって言うのか?」
 しかし、首をかしげて揚げ足だけはとってゆく。
「ああ、異変なんてそこかしこに起こってる」
 それに答えたのは男だった。
 髭をいじりながらのんびりと。
「大きな異変、小さな異変、たったそれだけの違いだけど」
 一つとして、この世界が平常であるものか。
 百万億の異変がこの世を動かす。
「月に魔女の一枚絵だって、私にとっちゃ宝物さ。魔法使い殿、貴女は何を思って夜の空を飛ぶ?」
 突然に質問を投げかけられて、魔法使いは面食らった。
 何を思って空を飛ぶ。
「何か面白いことはないかと思ってなぁ」
「面白いものは見つかったかい?」
「とりあえずはあんたらがな」
「違いないなぁ」
 女性もまた、苦笑する。
 だけど男は得意げに。
「やっぱりそうだろう。君も私も、面白いことを探している。私は小さなものでも、見つけることが出来ればそれは満足なんだ」
「ふぅむ」
 やや派手好きな普通の魔法使い。
 だが、派手な魔法も最初は、地味な仕込みから始まる。
 妖怪の女性も唸る。
「なるほどな。今度教え子たちにも少し外出させてみようか。座学ばかりではつまらんしな」
「あぁ、そうすると良い」
 男はにこりと笑った。
「昔は私も本ばかり読んで、周りのことなんて何も見ていなかった。遠い世界を夢想していた。……だが、そんな遠かった光景が身近にある世界に、私は来てしまった」
 その言葉の意味するところに気づき、魔法使いは少し驚く。
「! 外来人か、お前」
 元の世界に帰らず、幻想郷に住み着く外来人は、変わり者が多い。逆に言えば、変わり者だから幻想郷に住み着く、のかもしれない。
「だから当然、私はそこで初めて、身近なところに目を向けた。そして、良く視ると身近に見えていたものの下に、もっと沢山の物が隠れていることに気がついた」
 石の裏を捲るがごとく、草の根を掻き分けるがごとく。
 そこには何かが、ある。
「あぁ楽しい。綺麗な月に誘われて、ふらりと歩いて出ただけで、こんなに楽しいことが見つかる」
「月に誘われるのはお勧めせんぞ。迷いの竹林に突っ込んでしまうからな」
 魔法使いが苦笑する。あそこの月は本物の狂気だ。
「あぁ、でも死ぬときは、竹林で月を見ながら死にたいものだね」
 しかしやっぱりその男は、平然とやわらかく笑っていたのだった。






「やぁただいま」
 男が平然と自宅に戻ると、女の子がぱたぱたと奥から出てきた。
「ただいまって……どこに行ってたのよお父さん。心配したんだから」
 眠い目をこすりながらぐちる娘に、男はにこりと笑いかける。
「お母さんは?」
「ぐっすり」
「見習うといいと思うよ」
 にべなく言いながら、男は家に上がり、そそくさと自分の机を目指す。
 結局気にしすぎないのが吉なのかと、娘はやるせない気分になった。
「寝ないの?」
「寝るのがもったいないね」
 言いながら、手早く墨をすり始める。
「もう一気に書いちゃうんだ。よくやるよ」
「この世界はいくらでも物語が埋まってるんだ。少しだって時間が惜しいよ」
 ――物語を掘り起こす。
 それは事件を収集する天狗や、事実を収集する御阿礼の子などとは、また一つ意味合いの違うことなのかもしれない。
 それをこの男は、生業とする。
「ほんとに、よくやる」
 眠たそうに、娘は苦笑した。


「さてはて、こんなに月が綺麗な夜は――」

 fin
永遠亭寸止め。

どうも、ナルスフです。
いわゆる一つのスランプみたいな状況なので、いつもと違うことをやってみたり。
へんなおっさんを主人公にして東方SSを書く奴がいたっていい……自由とはそういう(ry

ともあれ、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ナルスフ
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コメント



0.1070簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
こういう物もまた一興。良いものですね。私も月は好きですよ。風情ある作品、ありがとうございました。
12.90名前が無い程度の能力削除
なんとなく秋の風情ですなぁ
精気に満ちた夏じゃなくて静かに風が流れる秋のような