Coolier - 新生・東方創想話

雨見酒

2009/08/03 22:35:13
最終更新
サイズ
7.72KB
ページ数
1
閲覧数
340
評価数
0/10
POINT
370
Rate
7.18

分類タグ


 
 幻想郷に雨が降る。その一滴一滴は大地へと染み込み、地上に潤いをもたらす。
それは里の百姓たちにとってはなくてはならないもの。まさに恵みの雨だ。
今の時期に十分な雨が降らないと、秋の収穫に多大な影響を及ぼす。そしてそれは、そのまま冬を越せるかどうかの死活問題へとつながって行くのだ。
故に、この雨の季節は重要だ。しかし、それは百姓だけにとっての話であり、他の人々からすれば鬱陶しい以外の何者でもない。
洗濯物は乾かない。湿気のせいで食べ物が腐りやすい。雨が降り続いて出かける気も起きない。じめじめしてるので不快指数が高く、黙っているだけでも汗が滴り落ちてくる。
一年の間でこの時期が一番苦手と言う人も決して少なくはない。
そんな住人たちの思惑なんてお構いなしと言った具合に今日も雨は降り続いている。

「あっめあっめふっれ~ふっれ~もっとふれ~」

そんな陰鬱な雨の降る中で、軽やかに足を蹴り上げながらはしゃいでいる者がいた。

「ねぇケロちゃん! 雨の日は気持ちいいね~!」
「そうだね~。にとりちゃん」

河城にとりと洩矢諏訪子。二人は人里に近い田園地帯のあぜ道を、傘も差さずにじゃれ合いながら進んでいる。
こんな雨の中で農作業する人などいるはずもない。辺りには二人しかいなかった。

「しっかし、誰もいないね~。にとりちゃん」
「そうだねー。こんなに気持ちいいのにねー」

そう言って、にとりが思わず伸びをする。諏訪子も一緒になって伸びをした。

「ケロちゃんたら真似しないでよー」

にとりは頬を膨らませて諏訪子のほうを見る。彼女は急に笑い出し始めた。

「な、なんなのさ? いきなりに」

驚いたにとりが尋ねると、諏訪子は笑いをこらえながら答えた。

「だ、だって……にとりちゃんってば、そっくりなんだもん」

にとりが何にそっくりなのか更に尋ねると、諏訪子は「これだよ」と言いながら、おもむろに屈んだかと思うと、田んぼから雨蛙を一匹捕まえて手のひらに載せる。

「へ? 私が蛙に似てるって言うの?」
「そーそー。そっくりだよ」

彼女が「どこがそっくりなんだよ」と尋ねようとしたとき、蛙が頬を膨らませて鳴き始めた。

「ほら、ほっぺたの膨らまし具合とかそっくりだよー!」

そう言って諏訪子は再び笑い出す。

「もう! ケロちゃんったらひどいや!」

にとりは諏訪子を捕まえようとするが、するりと抜けられてしまう。

「わー! にとりちゃんが怒った~やばい、にげろ~!」

諏訪子はそう言いながらそのまま駆け出す。

「まてー! 神様だからって許さないかんね~!」

にとりも諏訪子を追いかける。二人とも口調とは裏腹に笑顔で。
二人は蛙たちが大合唱を続ける田んぼのあぜ道を、雨粒を散らしながら駆け抜けていく。
そのまま田園地帯を抜けて、ちょっとした森へとたどり着いた。
二人の追いかけっこは森の奥まで続いた。森の奥はちょっとした広場になっていて、その中心にはしめ縄が結ばれた巨木があった。どうやら広場のご神木らしい。

「ねえ、にとりちゃん。ここにしない?」

諏訪子がそう言うと、にとりは思い出したように答える。

「あぁ、そうだね。ここなら雨も当たらないね」

周りの木々は頭上まで枝を伸び広げて雨を受け止めている。辺りは薄暗かったが真っ暗と言うほどでもなく、なんとも不思議な雰囲気を醸し出していた。
二人は神木の地面にせり出してる根っこに座り込む。

「さ、にとりちゃん。早く出して」
「ういさ」

諏訪子に促されて、にとりは自分のリュックから真っ黒な箱を取り出す。

「じゃじゃ~ん! 幻の大吟醸! その名も『誠鏡 幻 黒函』! これ手に入れるの大変だったんだからね~」
「わぁー私初めて見るよー。そのお酒」

諏訪子は、まるで子供が玩具を欲しがるような眼差しでそのお酒を見つめている。

「まぁ、待ってよ。これがどんだけ凄い酒か、今説明するからさ。そもそもこのお酒は、リンゴ酵母ってヤツを使ってる極めて稀有な米酒で……」

にとりは滔滔とこの酒に関する薀蓄を語り始める。諏訪子は始めこそ我慢して聞いていたが、徐々に堪えきれなくなり、仕舞いには痺れを切らしたように、にとりの言葉をさえぎった。

「もう! にとりちゃん! 御託はいいからー! こういうのは飲めば分かるもんでしょ」
「も~、せっかちだなー。ケロちゃんは」

にとりは仕方ないなと言った感じで一升瓶のふたを開ける。その瞬間、果実酒のような甘い香りが辺りに広がった。思わず諏訪子が聞く。

「にとりちゃん、これ、米酒だよね?」
「そうだよ」
「なんで、こんなワインみたいな甘いにおいがするの?」
「だからー。さっき説明したでしょー」
「あー、ゴリラ空母」
「リンゴ酵母! 母しか合ってないよ!」

気を取り直して二人はカップに酒を注ぐ。注がれたカップからは、米酒の甘い香りと果実酒の香りが混ざったような、なんとも言えない美味な香りが立っていた。

「そんじゃ、乾杯しよか」
「そうだね。んじゃ、かんぱ~い」

二人がカップを合わせると、グラスの澄んだ音が辺りに響いた。諏訪子はぐいっと一気に飲み干す。対するにとりは、ほんの少しだけ口をつけただけだった。
不思議に思った諏訪子は思わず尋ねた。

「あれ? にとりちゃん。飲まないの?」

諏訪子の問いに、にとりはうっすらと笑みを浮かべて答えた。

「このお酒はねぇ。香りを楽しみながら飲むんだよ。ケロちゃんもそうしてごらんよ」
「へえーじゃあ早速……」

諏訪子は言われるままにお酒を少量口に含む。次の瞬間、思わず目を丸くさせた。
米酒の甘みがじわじわと口いっぱいに広がっていく感覚、そして濃厚で心地よい香り。それでいてしつこくなくすっと溶け入るような後味の爽やかさ。今まで味わったことのないような感覚に思わず驚きの声を上げた。

「に、にとりちゃん! すごいよ! これ! すごいよ! すごいよー!?」
「ね、おいしいでしょ?」
「前さー。博麗神社で宴会したとき、スキマさんが持ってきたお酒覚えてる?」
「あ~。水道水だっけ? あれもおいしかったよねー」 
「でも、あれとはまた違うね。こっちの方が好きかも」

そう言って諏訪子は再び口に酒を含む。

「だって、ほら。こんなに甘いし。まろやかだし。すっきりしてるし。後に残らないし」
「う~ん、正直私には甲乙つけがたいね。ほら、あっちも割と辛味があるのに後味がまろやかでしょ。ついつい後を引くって感じで」
「確かにそうだねー。言われてみれば、あっちもおいしいよねー。それにしても、にとりちゃんって舌が肥えてるって言うか、結構、通だよね?」
「う~ん? そうでもないよ。基本的にきゅうり以外は、あんま食べないし」
「そうなの?」
「そうだよ。……ただし」
「ただし?」
「自分で言うのもなんだけど、お酒にはちょっと五月蝿いかもね。やっぱさ、好きなものには、ついつい熱が入っちゃうんだよね」
「なるほどね~。にとりちゃんらしいや」

そう言って諏訪子は笑う。
その後も二人は雨の降る中、気持ちよさそうに酒盛りを楽しんだ。
そしてそろそろおひらきにして帰ろうかと思ったそのときだ。

「あんた達いい物飲んでるんじゃないの。私にもわけてくれないかねぇ?」

突如、広場中に声が響き渡った。

「な、何? 誰かいんの?」

にとりは思わず周りを見渡す。

「その声は……もしかしなくても神奈子ね!」

諏訪子は声の正体を即座に見破った。二人の目の前に風雨の神様が姿を現した。

「なんであんたがここにいるのよ?」

諏訪子は思わぬ闖入者を思わずにらんだ。

「まぁまぁ、そう邪険にしないでおくれよ。ここは私の出現ポイントなんだよ」
「出現ポイント……?」

怪訝そうな顔を見せる二人。

「そう。このしめ縄がまいてある木には、こうやっていつでも移動できるようになってるんだよ」

どうだい凄いだろうと言わんばかりに胸を張る神奈子を見て、思わず諏訪子がつぶやく。

「あんたも暇ねぇ……そんなことして何の意味があるのよ」
「何を言うんだい。こうやって人のいるところへ頻繁に現れることで、存在も知られて信仰が増えていくんじゃないか」
「そう言って同じ事して前の世界で失敗したんじゃない。不審者が出るって噂が広まって誰も近づかなくなっちゃったんでしょ」

二人のやり取りを遠目に見ながらにとりは「神様ってのは大変なんだなぁ」と思いつつお酒を口に含んでいた。
そのとき急に思い出したように神奈子が叫ぶ。

「そうだ。こんなことをしてる場合じゃない! そこのあんた、その酒を少し見せてくれるかい?」
「へ? これ……ひゃっ!?」

神奈子は、にとりが持ってる一升瓶を半ば強引に奪い取ると、札を確認するようにまじまじと見る。

「へぇ~間違いないね。こいつは超一級品の銘酒だよ。久々に見たねぇ~」
「神奈子ってば知ってるの? これ」
「ああ、その昔、一回だけ口にする機会があってね。他の酒とは比べ物にならないくらいのシロモノだったのを覚えているねぇ」

神奈子は嬉しそうに酒を見つめている。まるで初恋の人にでも再会したかのようだ。

「さ、せっかくこんないい酒もあるんだ。一丁、雨見酒と洒落込もうじゃないか」
「あんたが仕切るな!」
「どうでもいいけど私のお酒返せ~!」

こうしてこの後も雨が降る中、三人で酒盛りは続けられた。
ふと気づけば、遠くの空は青く晴れ渡り、入道雲が顔を出していた。
どうやら今年も幻想郷に騒がしい夏がやってくるようだ。
もう夏ですね。
梅雨が明けませんが……。
バームクーヘン(B・G・M
http://mimimo.blog34.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.370簡易評価
0. コメントなし